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どこかへ行く時、必ず誰かの車に乗せてもらって、出かけようとする症状。「乗り合いで行こうよ!」 大学の仲間とテニス合宿、会社の同僚達とのお出かけ、子どものお母さん方の会食など、グループでどこかへ移動しなければならないときに発病する。どんな時でも誰かの車に乗せもらって、出かけようとするのが代表的な症状だ。自分だって車も免許も持っているのに、決して車は出さないし、運転もしない。車を出してと言われても、「運転が下手だから、荷物しか運んじゃダメって、親(夫)に言われているの」と、言い訳も完璧だから誰も反論できない。電車で行った方が早い場合でも、なんとか車での移動に持ち込もうする。電車だと駅まで歩かなければならないし、運賃もかかるからだ。当然、自宅前まで送迎してもらう。自宅の前まで送ってもらったお礼は、感謝を込めた爽やかな笑顔と、「ありがとう」という、言葉のみの場合が多い、ちゃっかり系の依存症である。Posted by大京寺 かりん研究員
November 27, 2005
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なにが起きても「ほら、この間オレが言ったとおりだ」という症状。 子どもが蚊に刺されると、「ほら、オレが言ったとおり。うちの庭で遊んだら蚊が寄ってくるって言っただろう。」 夕べよく眠れなかったと言えば、「ほら、言ったとおり。」 あそこの肉屋は安かったと言っても、「なぁ、言ったとおりだろう。」 子どものクラスの先生の事をグチったときも「やっぱりオレが言ったとおりだったな。」「なあ、前にオレがそう言っただろう。」と言われても、いつそう言ったのか当人以外は記憶に無いが、反論したところでばかげた水掛け論に終わることを周囲は認識している。 しかし、「ほらやっぱり。絶対増税するって、オレ前に言ったろう?」という言葉には、そんなのアンタが言う前からみんな言ってるよ…と胸の内でこっそり突っ込みを入れられている事を当人は知らない。posted by 片桐みさこ研究員
November 23, 2005
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「携帯電話がないとダメ」というプチ依存症。今、最も多い依存症のひとつ。 時事通信社の実施した「携帯電話に関する世論調査」(2004年度)によると、成人男女の携帯電話保有率は約65%で、地域別では東京や大阪などの14大都市で74.2%と、都会ほど保有率が高い傾向にあり、自由業・管理職に至っては、約9割超の人が携帯していることが分かった。成人の3人に2人が保有する、生活必需品になりつつある今、携帯電話にプチ依存する人が増加するのは、必然的なことといえる。 学校や会社に行く途中、携帯電話を家に忘れてきたと気がつくと、“戻れば遅刻ギリギリ”という場合でも、必ず家に取りに帰る。手元にないと「メールや着信があるのでは」と、居ても立ってもいられなくなるのが、主な症状だ。「夫や妻、恋人が、置き忘れた携帯電話を覗いて、秘密が発覚するのでは――」という理由から、ドキドキ不安で落ち着かないというケースもあるが、それも“携帯電話依存症”と密接に関連して場合が多く、依存症の一種といえる。 今後、携帯電話の普及に伴い、ますます増えることが予想される依存症といっても、決して過言ではない。posted by 大京寺 かりん研究員
November 21, 2005
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ひとりで行動するのは嫌い。必ず誰かさんと一緒でなければ行動ができないという症状。 お昼時のランチ時にお弁当を買いに行くのも、職場で休憩中に化粧室に向かうのも、必ず誰かと一緒に行動。夏休みも独りで過ごすことなど考えられず、会社の同僚や友達を誘って旅行へ出かけたり、ショッピングをしたりと、とにかく“誰かサン”と一緒でないと、なかなか前に進めないのが、この依存症の特徴だ。 結婚をして子どもが幼稚園や小学生になり、学校の役員などを頼まれても「○○さんと一緒ならお引き受けします!」などといった条件は、欠かすことができない。孫ができると『いつでもどこでも孫と一緒!依存症』に移行する傾向もある。 小・中学校の頃、女の子は友達と誘い合うようにして、トイレに行ったものである。大人になると独りでも行動できるようになるものであるが、その点が成長しなかった場合、発病するパターンが、現在確認されている。 好きでくっついて行動しているのであるが、他人を振り回したり、逆に振り回されたりと、ストレスを抱え込むという、副作用を伴う場合も多い。posted by 大京寺 かりん研究員
November 18, 2005
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就寝中以外、家にいるときは、とにかくテレビがついていないとダメ、という依存症。 学校や仕事から帰ると、まずテレビのスイッチを入れる。食事中も雑誌を読んでいる時も、トイレやお風呂に入る時だって、テレビはONの状態だ。観ていないからとスイッチを切ると、「観ているんだから、消さないで」と怒る。「テレビは社会の窓だから、窓の外の景色のように流れているだけで、十分に役立っているんだ」などと主張するようになれば、テレビ依存症上級者だ。 1人暮らしの寂しがり屋さんは、特に発病しやすい。posted by大京寺 かりん研究員
November 15, 2005
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何かを始める前に、一口食べるか飲むかしてしまう依存症起床後、まず、フルーツをかじる、仕事の詰めに入る前に、まず、コーヒーを一杯飲む、帰宅後、夕食作りの前に(家族には「つまみ食いしちゃダメ」と言いつつ)まず、チョコレートを口に放り込む。これらは、この依存症の典型的な例である。「何か一口」することで、自分自身のスイッチをオンにしているのだ。スイッチさえ入れば、後の仕事はスムーズに片付くので、比較的周囲との摩擦の少ない依存症と言える。ただ、問題なのは、この患者にダイエットの必要が出たときである。宣言後、「何か一口」すること自体に迷いが生じ、結果として仕事を始めるのが遅れ、患者は二重のストレスを負うことになる。周囲としても、ダイエットは成功させてやりたいが、仕事や日常生活がスムーズに運ぶことも同様に重要なので、つい「一口」してしまった患者を見ても見ないふりをすることがこの患者にとっては何より助かることなのである。Posted by 山椒ぼうや研究員
November 10, 2005
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和風の煮物や丼鍋などの味付けに、全てめんつゆを使ってしまう依存症。料理上手な主婦を自負する人が陥りやすい依存症。煮物は「お袋の味」としてあげられることも多く、主婦として必須のレシピの一つだ。しっかりとだしのきいた和風の煮物や丼などは、醤油味の物が多い。最近発売されているめんつゆには、だしの風味がきいているものも多いので、隠し味としてめんつゆを使うという人は多いと思う。確かに、めんつゆは味が確立されているので、醤油味のどの料理に使用してもおいしく仕上がることが多いのだが、ついついめんつゆに頼りすぎて多用してしまう。てんぷらのつゆも煮物も丼もすき焼きも皆同じめんつゆの味になってしまっていることに家族は気がついていても、当の本人は全く気づいていないのだ。Posted by 小林 絵美子研究員
November 10, 2005
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日曜日の夕方遅くになると、重く、せつない気分になること。毎週、日曜日の午後7時前、「サザエさん」のエンディングが流れると休みの終わりを感じ、明日からまた一週間が始まるという重苦しくもせつない気分になる。「サザエさん」が直接の原因のものではない。むしろ、独り暮らしの場合、家庭の暖かさを求めて毎週欠かさず、午後6時半には、チャンネルを合わせる人も多く最近では、唯一、“安心して観ることができるアニメ”となっている。放映が終わる時間が、この依存症を発症させる。日曜日が終わってしまう、寂しさ、虚しさ。「あ~あ」と発してしまうこともある。この症状は、月曜日の朝の重い足取りへと悪化する場合があり職場や学校での感染率も高い。特効薬としては、学校や職場、もしくは、通勤、通学途中に楽しみを見つけること。但し、そのことに新鮮さを感じなくなったとき、再発する恐れは多いにある。Posted by 本田 喜美代
November 8, 2005
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どこへ行くにも、どんな天気でも、本日のスタイルの仕上げは帽子。帽子をかぶらないと落ち着かない症状。 今や機能性だけでなく、ファッションの一部でもある帽子。かつては、屋内や天気の悪い日に帽子をかぶっていると、周囲の人に怪訝そうな目で見られたが今やファッションの一部なのだから、食事中にかぶっていても失礼にはならずお咎め無し。曇りの日でも紫外線対策としてつばの広い帽子をかぶることは、皆納得という時代。いつの間にか毎日のようにかぶるのがクセになり、ついには手放せなくなる。そしてついつい色とりどりの帽子を買ってしまうので、コレクションは増える一方。 子供の場合、かぶることそのものに抵抗がある子供もおり、慣らすためにかぶらせているうちに、本人が毎日かぶりたくなる、というケースもままある。こうなってしまうと、帽子がないことに気づくとパニックになってしまうこともあるので少々厄介だ。外出先で寝てしまったので、汗をかかないようにと気遣って帽子を脱がせたとたん、「ぎゃー!」と大泣きされることも覚悟しなければならない。すやすやと寝ていたはずなのに、どこにセンサーがあるのだか不思議な現象だ。 大人の場合、ヘアスタイルが決まらない時のお助け役でもあったりする。しかし逆に帽子をかぶると、ヘアスタイルが乱れ、その日1日帽子が脱げなくなってしまうこともあるので、乱用には要注意!Posted by 田口 ゑりこ
November 7, 2005
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打ち身でも擦り傷でも、絆創膏さえ貼れば「治った」と思い込む現象。特に幼児期によく見られる。 一種のおまじないのようなもので、怪我をした時に大泣きをしていても絆創膏を貼ればもう治ったも同然。安心できる。にっこりと元の遊びにすぐさま戻れるのだ。「これさえ貼れば治る」「これを貼らなきゃ治らない」と思い込んでいるので、必要のない小さな傷や打ち身ですら貼りたがるのが困りもの。まれに小学校低学年でも、そんな魔法の薬=絆創膏がまだ手放せない子供もいる。 もっとも、最近では「傷の手当ては、患部をよく洗って被覆材などで覆い、乾燥させるより湿った環境を保つと治りが早い」と言われるようになってきているのであながち間違いとは言い切れない。Posted by田口 ゑりこ
November 4, 2005
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病院からもらった薬、薬局で購入した薬など、形も錠剤、カプセル、水、粉といろいろあるが、粉タイプの薬だけは、オブラートに包まないと服用できないタイプの人たち。 朝食は自宅で取ることが多いので、比較的容易に薬を服用することができるのだが、問題は昼食後。ある人は、服用する薬と一緒にオブラートを持参し、ある人は、自宅で薬をオブラートに包んだ物を持ち歩く。外出時くらい、オブラート無しで薬を服用できればいいのだが、この依存症の人は、「薬の味が苦手で、粉薬を飲めない」ため、普通に粉薬を服用することができないのだ。Posted by ささきこう
November 1, 2005
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