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・・・と、石見銀山遺跡レベルでの世界遺産推薦にがっかりして帰る途中、いい温泉を発見しました。 同じ島根県大田市の三瓶(志学)温泉の国民宿舎さんべ荘です。その名のとおり、島根県の出雲地方(東部)と石見地方(西部)の境にある三瓶山の中腹にあるちょっとした温泉地です。 ここの湯は無色透明の湯が多い島根県の温泉(私の確認した範囲)にしては珍しく、茶褐色の湯で、炭酸が含まれ、口に含むとシュワシュワとした感じがします。 湧出量が多い割には、温泉施設が少ないため、ほとんどが川として流れてしまっているもったいないものです。 さて、さんべ荘は、近年リニューアルされたらしいのですが、露天風呂がとても充実していました。(男湯で)7つくらいも風呂桶があるのです。よくある、石を敷き詰めた風呂に加え、木桶の風呂、陶器の風呂、昔懐かしい五右衛門風呂、地酒を造っていた桶を再利用したと思われる桶、舟の形をした風呂桶などです。 もちろん、(露天は)源泉掛け流しで、注ぎ口から、なみなみと湯がそそがれています。そうたくさんは入れないのですが、親子だけで入るのにもってこい。いいスキンシップになりそうです。なお、一部は温かいのですが、源泉(36度前後)を加熱しない湯もあり、これからの時期は少し難かもしれませんが、保温効果が高いようです。 また、内湯には、サウナも併設してあり、これでわずか500円。外には足湯もあり、玄関脇には温泉情緒をかもし出す温泉の湯が陶器に流されています。温泉マニアのホームページにも推薦の記載がしてあり、いいリニューアルをしたな、と思いました。私も、各地で温泉につかりますが、再訪問したいリストに加えます。
2005/10/28
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島根県大田市にある、石見銀山遺跡に行ってきました。戦国、江戸時代を中心に400年間、銀を提供した遺跡で、当時の世界地図にもその存在が示されている遺跡です。 同市大森町の代官屋敷跡周辺の古い町並み、メインともいえる銀山の坑道跡である龍源寺間歩(りゅうげんじまぶ)を見てきました。 この遺跡、報道のとおり、9月に、政府として、世界遺産に推薦することが決定、2006年1月に、ユネスコ世界遺産センターに推薦書が提出される運びになっています。 石見銀の採掘・精錬から運搬・積み出しに至る鉱山開発の総体を表す「銀鉱山跡と鉱山町」、「港と港町」、及びこれらをつなぐ「街道」の3つから構成されている。この遺跡は、東西世界の文物交流及び文明交流の物証であり、伝統的技術による銀生産を証明する考古学的遺跡及び銀鉱山に関わる土地利用の総体を表す文化的景観としての価値を持つ。(島根県のHPより) というのが推薦理由であるのですが、その坑道跡を見学するだけでは、何も伝わって来なかった、というのが実感です。坑道の龍源寺間歩には、掘った跡のほか、2分程度の音声ガイドと出口の前に、掘り出しから、銀精錬の過程を示す電光パネルが10枚程度あるくらい。ことし春に見た、銀の積み出し港である温泉津港とその町並み(大田市温泉津町)と総合して見ても、いわゆる世界遺産に登録すべき価値を見い出すことがさっぱり理解できないのです。 世界遺産というくらいですから、その国内においてはもちろん、国外からも押しも押されぬ評価があってしかるべきだと思います。もちろん、数年前の日本人ノーベル賞受賞者のように、一企業の無名な社員を見つけ出すようなことも、世界遺産の役割であるとは思います。 少なくとも、現時点で世界遺産である、私が訪れたウィーンの市街地、プラハ歴史地区、日本では京都や奈良の歴史文化財と同列に置くというのは、スケールにおいても、「感銘度」においてもあまりにも強引すぎないか、という印象を受けました。 ローカルニュースでよく取り上げられるので、どれほどのものかな?と思って行き、普通はこうしたものを見たときに、「言われる以上にすごいものだ」などと感動を受けて帰るのですが、今回は「スケールも感銘もなく、がっかりした」というのが印象でした。 私は、専門家ではありません、また、世界遺産=観光資源ではないことは踏まえてはいるのですが、少なくとも、見てがっかりするようなところが世界遺産に登録されるとは思えないのです。やたら、登録を急ぐのではなく、やはり、その価値をわかりやすく示す努力をする必要があると思います。 このまま、へたに登録されると、「世界遺産」の価値自体が下がって、そのさらにえりすぐりの「特別世界遺産」を作らなければならない事態になってしまうのではないでしょうか。 政府が推薦書を出すわけですから、日本では「石見銀山は世界遺産としての価値がある」、と認められたわけです。そうなったわけですから、世界遺産の登録の可否を決めるユネスコのみなさん、世界遺産の価値を維持するかどうかの瀬戸際でもあります。世界的な一国の利害のない見地から、慎重に吟味ください。 登録の可否は2007年7月ごろに決まる予定です。 本当は、島根県民として応援すべきなのでしょうが、あまりの落胆で、逆に応援したくなくなりました。
2005/10/26
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今週から、まんが日本むかし話が復活しました。あの昭和50年ごろからスタート、土曜日の夜からしていた、昔話を2人の語り手が語るシンプルな作りの番組です。 11年ぶりの登場だそうですが、久々の復活を待望していた者の一人です。デジタルリマスターということですので、当時より、画質が向上していると思います。 当時は、番組終了後、これを見て育った親世代などから「子どもに見せたい」「子どもと一緒に楽しみたい」などのたくさんの再放送要望が強かったようです。それもそのはず、日本人がもう一度、見つめ直してほしい様々な要素をたくさん持っている番組だと思います。 私も、少なくともすでに小学生低学年から見ていた(見れないときはビデオに録画してもらっていた)のを覚えています。(実際は幼稚園のころから見ていたでしょう) 番組からは、自然に対する恐れや敬愛、高齢者を人生の経験者として敬う、神々や寺社への敬意、勤勉の大切さ、信賞必罰、希望、避けられない運命、質素でつつましやか、日常のささいな幸せ・・・・などたくさんのことを学び、自分の現在に至るまでの考え方の基本となっている(私の場合、これに加え、誰もがあるであろう親からの教育のほかに、さらにもう一つありますが)といえるのかもしれません。 大げさかもしれませんが、道徳規範が薄れ、あるべきタガが外れかけている日本、そんな中でこうした夢や希望を与え、また楽しみながらも人間として、日本人として備えたいものを身につけさせてくれる番組だと思います。 また、ギターや、チェロ、フルートなどを使った、素朴なメロディーもいいですね。また、近年「読み聞かせ」の効果も言われていますがそれを地でいっています。(もちろん、下手でも親が自分の子どもに絵本を生で聞かせる効果には勝てませんが) 私も、当時を懐かしく振り返るだけではなく、子どもの視点ではなく、(あのころから、いろいろなものを学び、経験し成長した)大人の視点からこの番組の意義を再確認したいと思います。 当時のビデオではなく、DVDで保存し、自分が楽しむだけではなく、将来できる(「日本むかし話」の発想で言うと「授かる」)であろう子どもと一緒に見てみたいと思います。
2005/10/20
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ドイツの名匠、ヴォルフガング・サヴァリッシュ先生(82)=ドイツ・ミュンヘン=が、11月に予定していたNHK交響楽団の指揮を健康上の理由でキャンセルすることになりました。 ことしは、来日の予定はなかったのですが、春ごろ、急きょ来日するということで、思わぬ朗報に胸躍らせ、11月の公演を(BS2を通じて聴くことになりますが)楽しみにしていただけに、残念です。 しかも、曲がベートーベンの交響曲第6番「田園」、メンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」という名曲中の名曲で先生としても得意で知り尽くした曲だっただけに、残念さがこみ上げてきます。 多分、ドイツでは、指揮ができたんでしょうが、東京へは移動が大変だったのだろうと思います。ご健康の回復と、再びあの勇姿と、名演奏を聴かせてくださるよう祈っております。
2005/10/19
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日本縦断鉄道乗りつくしの旅 秋編。NHK-BSの番組ですが、15日はJR花輪線の終着、好摩駅(岩手県玉山村)から中継していました。 ここは、7月の日記に書いた、東北旅行で私も停車した駅でした。私がついたときは、夜の8時くらいだったので、あまり見えなかったのですが、改札口近くに、石川啄木の歌碑が建っているのは見えました。 旅人の前日の行程は、秋田県大館市の大館駅から好摩駅までのわずか(この旅にしては少ない)90キロほどでしたが、私が通り過ぎた駅に下車して、堪能していました。特に途中の安比高原駅(あっぴこうげん)は白樺とか生えていて雰囲気が良かったですね。あと、この旅で初の、紅葉も見られて。私は、駅のプレートを撮影しただけだったのですが。なんとなく、途中下車したい感じの駅でした。 そういえば、この花輪線、2両編成でしたが、私が乗ったときは、秋田と岩手の県境の兄畑駅前後から3つ4つの駅間は、客は私以外だれも乗っていませんでした。(土曜の午後6時前後)車両内を歩き回ったのですが、全くいないのです。 行ったことのない路線を見るのもいいですが、乗ったことのある路線を振り返るのもとても懐かしくて、いいですね。「秋編」では、私が5月に行った、新潟県の「弥彦神社と弥彦山」や、7月の東北旅行で行った岩手県の平泉駅前の「わんこそば」の店も出ていたので、懐かしかったです。 今週末からは北海道。私が1996年に、大学のサークルで行った、富良野あたりで下車してくれないかなあと期待しています。
2005/10/17
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湯=温泉、梨=ナシ、浜=海岸ですね。湯梨浜ですが、たしかにキャッチフレーズとしてはよいと思います。町民会館のニックネームを「湯梨浜ホール」、町内にあるJAを「JA湯梨浜」、町を「湯梨浜の里へようこそ」などと売り出すのは非常に結構。 しかし、自治体名にするのは別です。自治体名=地名ではありませんが、それに近づけていくべきです。古来の地名を守っていかないと。安易に合成地名(北条町+大栄(これも合成地名)=北栄町)や、ひらがなカタカナ表記(破談になった南セントレア市や石見銀山市、さいたま市、いなべ市など)や、観光名所をそのまま地名(南アルプス市など)にしたり、有名地名に安易に東西南北をつける(北広島町、東大阪市など)とかにすると、その地域のためになりません。下手にそのときの気分だけで地名をつけると、もとの意味が忘れ去られてしまい、以後そのいい加減な地名が定着してしまうから(鳥取県旧八東郡+旧智頭郡が合併し、「八頭」郡となり、その八頭郡の大部分を占めるから、八頭町など)こうなるともはや救いようがありません。先人がせっかくつけたものを守るべきです。 また、自治体名は公文書に残るのです。戸籍抄本や土地の登記書などに「南セントレア市○○1丁目5番地」と書かれるのですよ。恥ずかしくないのでしょうか。 私は、生活同圏域での市町村合併には賛成ですが、400年の歴史を持つ松江市の名がなくなってしまうのならば、それだけで合併は破談すべきと思っていました(県庁所在地だからといって、「島根市」だの「しまね市」だのとなっていたらと思うとぞっとします)。それぐらい大事な財産と認識しています。 古来の地名の魂を売り飛ばすような嘆かわしい話が続く中、私が関心したのは、吉賀町(島根県柿木村、六日市町が合併)です。町内にある県立高校名などにすでに使われてはいますが、鎌倉時代からの固有の地域名らしいのです。使われるべき地名がようやく戻った、ということです。やはりこうあるべきだとおもいます。
2005/10/04
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いわゆる「平成の大合併」は、10月1日に島根、鳥取両県で最終ランナーの島根県浜田市(浜田市、金城町、旭町、三隅町、弥栄村)、大田市(大田市、仁摩町、温泉津町)、吉賀町(六日市町、柿木村)、鳥取県北栄町(大栄町、北条町)の合併をもってひとまず収束しました。 また、同日、鳥取市は、人口20万人で行政権限が委譲される特例市に指定されました。人口19万8千人のわが松江市は、わずか2千人の差が示す以上に鳥取市に水をあけられたような気がします。 これにより島根県は昨年9月までの59市町村が21市町村、鳥取県は昨年8月までの39市町村が19市町村に再編されました。 次は、都道府県合併ともいえる道州制が上がってくるでしょう。私は中国四国地方が一つの州にならないとどちらも維持できないと思います。中四国ともほかの州(などの地方ブロック)に比べると、単独では、極端に小規模だからです。 それはとりあえずさておき、市町村合併のスケールメリットを生かした都市間のよい意味での競争と活性化、そして観光などでの知名度の向上が期待されます。
2005/10/02
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