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朝起きて窓の外を見ると霜で一面真っ白、まるで雪が積もった様な景色。気温は-6.8度と今年一番の寒さ、幸い風が吹いていなかったのでムサシの散歩にはそれほどの影響は無かった。 早いもので今年も今週で仕事が終わる。年内に納品する物件が何件かあるが何とか見通しもついた模様。 ほおずきの苗も今年は前期の反省から一月前に約8000本を挿した・・・育苗期の乾燥に注意し今の所生育は順調だが・・・・正月休みの間にせめて新盆用の植付個所の施肥と土壌消毒を終えたい。
2009年12月22日
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昨日前の会社の本社に行った。その訳は我社で引き継いだ社員が受け持っていた仕事が正当な理由も無く大幅な遅延に対する処置についての説明であった。 社員といってもベテランで経験もあるが・・・・元々は福岡の人間で今までに一緒に仕事をしたことは無かったが人事異動でこちらに移動して本人の希望により会社を移籍した。 何度も業務の進展についての質問をしたが・・・本人が大丈夫ですを繰り返すからそれ以上こちらも追及することなく信用していたが・・・・大幅な遅延を招いたことは前の会社に迷惑をかけ申し訳ない結果となった。最終的には両社で業務を一緒に行い年内に納品をすることとなった。 前の会社の社長とは同じ経営者として11年間友に苦労を重ねた間柄で信頼はあるが・・・・・私は会議の中で○○の約束したものについては私が責任を持ちますとしか言えなかった。 問題はそのベテラン社員がどの程度の責任を感じているかである・・・・このたびの協議自体が本人にとって屈辱として受け止めているかが問題である。 そのことを考えていたら目がさえて眠れないので深夜にもかかわらず日記を更新している。私は事あるごとに『自分の飯は自分で食え』一人一人が経営者でありその集合体が会社であると。 月曜日には全体会議で甘えた構造を叩きなおしてやる。
2009年12月11日
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福澤諭吉の『学問のすゝめ』の中で「一身独立して一国独立する」がある。 私の好きな作家である司馬遼太郎の作品で坂の上の雲が始まった。秋山兄弟の兄が尊敬する福沢諭吉の 一身独立して一国独立する を弟に話すシーンがありその言葉を久しぶりに思い出す。 一身独立について現在の企業においても私は大変重要であると思っている。何事も個人が責任を全うする、個々の独立した人の集まりが会社であり、社会であり、国家であると思っている。 私たちは今展望の無い社会と直面している。巨額な財政赤字と共に、医療・年金・福祉・雇用・・・・・等全てが読めない。 特に地域経済のこれからが非常に心配。民主党の事業仕分けの重要性も判るが・・・・長期戦略に欠けるとの批判もある。マニフェストで約束した農家の個別補償については集票目当てで全くお粗末としか思えない。 日本の食糧の中で受給率が100%の米作を中心とした全ての農家に対しての個別補償で、米が余っているにもかかわらず、その他の作物への転作による補助金がカットされてその費用の付替えに過ぎない。 私が農業を始めて気づいたことであるが。農業は産業の中で最も難しいものだと感じている。最近自治体も新規就農者の増加に取り組んではいるが実効性には程遠い。 何故農業は難しいかと私なりに考えると。 個人経営が主体で零細であり、毎年ある程度の収入が無ければ生活が出来ない。 自然が相手であり良く言えば経験であるが現実には失敗の積み重ねである。また個人経営であるがゆえに病気・入院等健康障害で営農が不可能となる。 さらに総合力が求められる(経済力・気力・知力・体力・忍耐力・実践力等々) 農機具等の経費が大きい。 国民年金加入者が殆どであり、将来の受給金額が少なく生活が出来ない。 親は子供には自分と同じような苦労をさせたくないと思っている人が殆ど・・苦労の無い職業は無いが努力や苦労に対する対価の少ない農業を後継者として選ぶ人は少ないと思う。 先人から受け継いだ農地も自分の代で終わりにしても良いと思っている人が殆どでほぼ絶望的な感がある。 最近は新規就農者への指導や補助金等の対策も自治体に於いては実施しているところもあるが将来に向けての長期戦略が無い。このままでは地方は崩壊し住民全てが最低生活保障が出来ない状態になることを懸念する。 農地の保全は環境保護はもちろん、下流域に住む人々を自然災害から防ぐ大きなダムの役割を果していることも理解してもらう必要がある。 長期的には農業を一つの産業として成り立つ政策が必要であるが、人は必ず病気をする事を念頭に、それでも安心して就農が出来る組織が必要で、それは個人ではなく企業として経営が出来る制度であると思う。しかし、企業として成り立つまでには相当な資金と時間が必要であり、さらに国民からの理解と支持が必要である。 しかしながら地方の現状は5年後が読めない状態まで深刻化している。私はその繋ぎ期間として、年金受給者を主体とした集団による法人化を目指すほうが現実的な手法だと考える。 定年を迎え、都市には田舎での生活を希望する人も憧れとしては多いと思う。当然憧れとは程遠い現実ではあるが、 年金に補填する程度の営農集団を作り法人化する。事業に国や自治体が補助金を与えて産業として成り立つ足場作りが必要と考える。 明治維新以来今日の繁栄を築いた官僚の影響は大きい。高度成長期には問題にはならなかったがその間に政治家が官僚任せにしたことが今問題視されている。 民主党は政治家主導と言いながらその実力も判らない・・・政治家は次の選挙の事しか考えていないのも事実。地方区で約束したことも一部の実力者の意見で反故にされる。自分たちはその人に託した訳であるのにその通りに出来ないのがくやしい。 一身独立して一国が独立する精神は今こそ必要だと信じている。
2009年12月06日
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11月27日の病院検査の後前の会社を訪ねた。その日は株主総会の日で会長から話しがあるからと言われ会議室へ・・・・。 会社の現状や次期社長に会長が復帰する事を話してくれた。会長とS氏と私と約11年間経営して4年前に揃って退陣したが・・・・新役員になり経営は上手くいかなかった。時代背景の影響もあり気の毒な感じもある。 私とS氏は退社して現在の会社に所属しており、会長は前の会社で社長に復帰。S氏は前の会社の監査役も兼任することになり、関係はこれからも続く・・・・。 この難しい時代を生き抜くためには一人では出来ない。それぞれの知恵が必要でありお互いの協力は欠かせない。
2009年12月01日
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11月27日に九州○○センターで定期健診、診察室の前のソファーで当時一緒に入院していたH氏と偶然会った。 H氏は私よりも早く退院したがその後一度も会っていない、彼は喉頭がんで場所も声帯に近かった為に手術による摘出を避け、放射線化学療法を選択した。 退院当時は喉チンコ辺りが放射線の影響で焼け爛れていた事を思い出すが・・・現在は異常もない様子で元気であった。 私も3ヶ月に一度の通院のために会う機会が少なく偶然が重なった感じでお互いの現状を楽しく語り合った。 私が診察室に呼ばれ、血液による腫瘍マーカーについて主治医に尋ねた。私の腫瘍マーカーばどの部位の何のガンについて反応するのですか?。 主治医曰く、私の場合は扁平上皮ガンについてのマーカーであり、皮膚や内臓の一部で有効である。大腸ガン等は別の腫瘍マーカーの検査が必要である。 腫瘍マーカー値は一つの目安であり、絶対では無い、マーカー値が高い人でもガンでない人も、反対に正常な人でもガンになっている人もいて絶対では無いが、有効な手段の一つではあるとの回答であった。 今までに主治医が3人代わった。最初の主治医は腫瘍マーカー値や炎症マーカー値を丁寧に説明してくれた。2人目の主治医はエコー検査のみで全く血液検査をしなかった。現在の主治医は触診と2回に1回はMRI画像診断をする。 医師にはそれぞれの自己の考えはあるのは当然ではあるが・・・お任せしかないのも事実。自分の異常には自分で気づくしかないとは思っている。
2009年12月01日
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