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慌てたため、シックイの白いのが付いている。
2008.03.31
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2008.03.30
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じゃれて自分で引き裂いたチリガミの中のフクスケ。
2008.03.29
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岐阜に用事があるので、ひとまずここへ。
2008.03.29
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ガソリンのレシートでマックのコーヒー券が当たったので入ってみたが、コーヒー以外に注文した360円のソウセイジマフィンが、あまりにもちゃちなものだったので、二度と入らないことにした。
2008.03.29
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2008.03.29
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私は日本の過去の中国侵略に関し、その加害行為を深く反省する必要があると考えますが、そのことを強く強調する中国が、チベットを侵略し占領しながらそれを正当化してやまないのは、根本的な矛盾であり、誤りであると考えます。チベットは古くから独自の文化をもった地域であり、中国の一部ではありません。
2008.03.28
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野の花社の横のBhで、昨日採ってきた榊の整理中。
2008.03.28
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今日午後四時頃送ろうとして、できなかったもの。少し重かったが、いやになるほどではなかった。
2008.03.28
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これで筅手鋏の刃を十回ほど擦るだけで、かなりよく切れるようになる。あさだそうとしたもの。
2008.03.27
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2008.03.27
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2008.03.26
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こうして写してネットに出してくれと、新ちゃん。
2008.03.26
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(前回の続き)ぼこの立場は「第三者」的なもので、まあ、今、部屋のみんなが寝床に入ってテレビを見ているのを横目で見ながら、手をかじかませて白い息を吐きつつペンを走らせているのは人事じゃない気持ちからなんだよね。デバン、以前O(私註ー私がイニシアルに変えました)産のパンフ作りの時、実存ということや主体的に生きるという点をOさんにアドバイスしていたよね。今、ここの場にいる「私」に開かれている自由には、水を飲みにいくとか、便所に行くとか色々あるけど、その色々ある中からひとつを選んで生きているけど、次の瞬間では寝床に入るかもしれない。そういう次々とあらわれる選択場面を、まず自由であるというところから己の責任を負うという意識で選んでいく実存であり主体的に生きるということだと趣旨で、Oさんに手紙を書いていたんだけど。告訴が共に生きるという立場からもありえるのは、公の地方自治体や、国相手の場合、そういう告訴という形式が対話(対等の立場での)基本形式になっている(法的に)場合はやむを得ず、そうするしかありませんよね。8時30分になってしまった。今日はこれでストップ。
2008.03.25
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野の花社の前の川の土手で、妹が採ってきたもの。今はテーブルの上。
2008.03.24
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2008.03.24
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2008.03.23
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2008.03.23
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2008.03.22
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2008.03.21
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2008.03.21
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今日も忙しかった。というか、なんだかやることが次から次へと出てくる。朝は例によって名古屋の市場に出かけ、酢後名古屋から1時間ほどかけて岐阜の兄のアパートに行き、掃除をしようとして疲れているのを感じ、ゴミだらけの兄の部屋で寝てしまう。起きると8時過ぎていたから、しばらく休んで8時半過ぎに岐阜の保健所に電話をしてから、兄へのヘルパーの派遣の申請に関して、相談に行く。1時間ほどいろいろ話しアドバイスも貰い、先ず期限起きれている兄の障害者手帳の行進のために、下呂の病院に電話したりもする。そしてまた兄のアパートに帰り、掃除を始めたが途中で眠くなりまた寝る。それでも昼過ぎにはほぼ片付く。ただ片づずけるだけならかんたんだけど、ペットボトル、アルミ缶、スチール缶、ビン、可燃ごみなどと分別しつつだから時間がかかる。こんなに酒の空き缶があっては、身体も心もおかしくなるはなーとも思いつつ。生活保護費だけではとても追いつかない酒などの量、本当に酒をやめなければ、兄の生活は成り立たないぞと思いつつ。 分別し終わったゴミの袋を車に積み込んで、帰り道。本当は自分で固唾けるまで手をつけないのが良いのかもとも思うけど、やはり兄にこちらに来て貰うためにも、とりあえずこうするしかない名とも思う。 兄のアパ-トから野の花社に向かう道すがら、猫たちの食糧を買い、新ちゃんの携帯ストラップと携帯入れをダイソウでかい、疲れが出てる。今日はもう寝る。ひとまず休む。今日の売上は4万6千円ほど。
2008.03.21
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2008.03.20
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2008.03.20
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兄のことはともあれ確に春はきた。写っている二階の部屋が兄の部屋。
2008.03.20
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2008.03.20
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野の花社で寝てばかりいる兄だけど、生活保護のこともあり、そろそろアパートに帰る必要も出てきている。
2008.03.20
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飯田さんから3月1~2日付で手紙がきた。以下にその内容を書いていきます親愛なるデバンへ2月26日付のお便りありがとう!!暖冬といわれていた昨年暮れの天気予報はどこの予報だったのかな?という感じ、寒いぜぇブルブル。 えー「形を変えた同じことの繰り返しという印象」についてというか、岐阜病院の医師らを告訴した点ね、共に生きるという立場にたつということは、互いの違いを違いとして認めるということがまづ大切だとぼくは思うんだけど、デバンはこの点についてどう思う?違っている点についての良し悪しを脇において無条件で病院の医師とお兄さんとデバンとぼくと妹さんも含め、それぞれがまづ互いに違うんだということを認められるだろうか?立場も違う、経験も価値観も違うし性別も違う場合があるよね。 で、違う立場の人間どうしが互いに理解しあえる為にはなにが欠かせないと思う?まづ出会いの場がなければ交流が始まらないよね。そして互いの違いを認めるところから相手への理解が始まるよね?デバンとぼくの交流も立場や思想的なものが違うという事を受け入れていったからこそ続いてきたと思うんだ。勿論、交流の中で違っていても共有できることも発見してきたし、ぼくはデバンのその行動力や、こちらの疑問にきちんと答えてくれる姿勢に尊敬の思いを今も持っている。それどぼくが「えっ?」感じたのは、病院の医者とお兄さんのトラブルについて、共に生きるという立場からなら、警察という「第三者」になりえない立場の存在を介入させたら(警察は被害者と加害者とそれらの関係者という立場を固定化して裁くという構造に我々をはめこみますから第三者という水平の立場じゃないよね)当事者どうし話し合いによる相互理解や相互の解決努力というものがどこかへ吹っ飛んでしまうということ、これです。 医者が少なくとも患者の苦しみを軽減していく手助けをしようという立場製を形式だけであってもそれを表看板としている以上、話し合うことをこちらから捨ててしまって告訴へ行くのは、潜在的に共に生きられる仲間を「敵」化していくようなものではないだろうか?と思うんだ。病院側が警察を呼んだからといってこちらも告訴じゃ五十歩百歩という感じをもつのは以上の点からなんだけどね。医者が警察を呼んだ時点で医者としての対処できないとギブアップしてしまったわけで、それはお兄さんにとって医者という存在への不信感を強めるトラウマにもなり得るものでしょう。(以下続くー加藤)
2008.03.20
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米つぶほとの白い花が、野の花社の前の道端に咲いている。小さい小さい花である。右上は私の小指。
2008.03.18
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モンジュのブログに藤原さんの文章のことが書いてあり読んでみて私自身もチベットで起こっていること、現在の中国のあり方など改めて考えさせられた。以下のその藤原さんの文章を引用しておく。2008/03/15(Sat) 今回のチベット抗議活動について20年前のチベットの抗議活動のおり、当時20万のチベット人が虐殺された。一口に20万というが、一個の市の人口のすべてが殺戮されたと考えればむな怖ろしい。広島の原爆投下による死者は10万人前後とされるから、広島の死者の倍という勘定だ。20万人という数が途方もない数であることが知れる。また中国側の主張する南京の虐殺30万人説と比しても、同等のチベット人が中国軍によって殺されているということになる。それはあくまで抗議活動時の死者の数であって、1951年の中国のチベット占領時に120万人ものチベット人が虐殺されている。ただし、中国はチベット占領時にアメリカのように大量殺戮兵器を使ったわけでもなく、ナチスのようにガス室で一気に大量に人を殺したわけでもない。人海戦術で120万、そして20万人を殺したわけだ。この途方もない負の人間力は驚愕に値する。さてその20年前のチベット抗議活動時に鎮圧の陣頭指揮を執ったのが現国家主席の胡錦涛氏であることは歴史的事実として誰もが知るところのものである。胡錦涛氏は1990年10月、チベット軍区中国共産党委員会の第一書記に任命され、チベット人を大虐殺の末、抗議活動を鎮圧したわけだ。 これが評価され、のちに国家主席の地位に就くわけである。私は胡錦涛氏が国家主席になったとき怖ろしい人が主席になったものだなと当時そのように思った。その怖ろしいという意味は胡氏のその穏和で紳士的な面相と過去に行ったことの大きなギャップの怖さである。そのように胡錦涛政権はチベット弾圧と虐殺という血塗られた過去の大きな負の遺産の上に成り立っているということを忘れてはならない。今回のチベットの抗議活動(マスコミは「暴動」という言葉を使うべきではない)は胡錦涛政権の元でのオリンピックを照準としたものであることはほぼ間違いないだろう。というのは中国でオリンピックが開かれるということは、それに参加する世界の国々が半ば中国を民主国家として承認するに等しいからである。そして胡錦涛氏の過去の負の遺産をも忘却の彼方に押しやってしまいかねないからである。その意味においても、マスコミはそれを暴動という言葉で括るべきではない。暴動という言葉には無分別、無思慮という意味合いがある。今回の出来事は歴史的事実の上に立ち、現状を見据えた上に起きた抗議活動に他ならないからだ。 2008/03/05(Wed) 手に入りにくい藤原新也特集
2008.03.18
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14日は朝早く名古屋の市場に出かけ野の花社に10時頃帰ってきて、兄を下呂の谷敷病院に連れてゆき下呂から帰ってきて食事をすると、今度は新ちゃんを、関市の耳鼻咽喉科の病院に連れて行った。15日はシキミを採りに行って、谷の入り口で鬼に出会い1万円を支払い、もうけなしの感じで夕方また近くにチラを切りに行き400本、1万5千円分ほどを切り、夜は次の日にお寺に届けるシキミの束40を作り16日は朝早くから新ちゃんが作ってくれていたシキミの束に道の駅に出すためのバーコードを張り、新ちゃんが作ってくれていた朝飯を食べて、道の駅に行き、その足で下麻生のお寺にシキミを納めまた野の花社に帰ってきて、気分転換に喫茶店に行きたいといっていた妹と新ちゃんの3人で菅田の 花 にゆき、昼食後は新ちゃんとチラを切りに行く。新ちゃんにチラのきり方を教えたりしながら400本ほどのチラを切り、いったん野の花社に帰り、チラの整理を新ちゃんに頼んで、もう少しチラを切りに行き、夕食後は少し妹と話をしてたのち、10時頃までチラを束ねる仕事。昨日は朝早く名古屋に出かけ、市場にチラを出した後兄が入れるかもしれない名古屋の病院に下見に行き、兄の入院に関する相談をケースワーカーにして、できないことになり変える途中に美濃加茂の件事務所の福祉課に行き、兄や妹新ちゃんと私の生活に関する相談に行き、その後望みが丘ホスピタルのひびきという、地域支援センターに相談に行き、そこで兄の支援に関する相談をしけっきょく望みが丘の医院長が兄を診察拒否している関係で出来ないと断られた。家に帰ってきて、岐阜し役所の福祉課に電話し、兄の状態を報告しそのアドバイスで保健所に電話して、岐阜のアパートでならヘルパーの派遣も可能だということを確認し、夕食時とその後兄とその辺のことを話し合い、時期をみて兄は岐阜のアパートに帰るということにする。その後新ちゃんの失業保険に関する手続きを手伝う。目が回る。あの私から1万円をせしめた鬼さんは、あの金で酒でも飲んだんだろうか近所の人と共に。思わぬ収入、たった10分ほどの脅しで1万円かせいで儲けたなーと、内心ホクホクだっただろうか。いいなー
2008.03.18
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2008.03.17
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暖かくなったから、フクスケたちの食堂を隣の部屋、野の花社の事務室に移した。いままでは、私たちの食堂の入り口で、狭かったから。
2008.03.17
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2008.03.16
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2008.03.15
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今日はシキミを採りに行った。とても深い谷の奥で、見捨てられているような所に。帰りにその谷の入り口の民家の人に林の中で出会い、見咎められて警察に突き出されそうになった。朝会った2人の年配の女の人には、その谷の奥でシキミを採っても、この辺の人は何も言わないよ、良かったらうちの畑のもとっていきなさい、お礼なんかいらないから、とも言われて安心して入ったのだけど、帰りに会った男の人は、常習犯だろう許せない、警察に突き出すぞ、地主の許可をとっていないだろう、とか強く迫られた。女の人の許可など問題にならない、とも。兎も角そういわれればそういうことで、私は土下座して、頭を地面にこすりつけて、許しを乞うた。警察に突き出されるのは兎も角避けたかったから。野の花社の経済状態などを考えても、今仮に警察に拘置されるようなことがあると、大変厳しいことになるから。お詫びのお金も払うからということで、1万円を差し出し、何とか見逃して貰った。この仕事は完璧に合法的にするのは難しい。普通の商売なら、建前としてであれ、ルールは守らなければならないけど、それをしていたら仕事にならないような状況もある。しかしそうはいっても、今回の件がそれに当てはまるとはいえない。何とか許可を得るべく努力すれば出来たかもしてない所だ。
2008.03.15
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2008.03.14
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遅く植えたので、年末には収穫できなかったけど、今になってグングン成長し蕾をつけた。もうすぐ食べることになる。ありがとう。
2008.03.14
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今朝も野の花社にいるエプロン。やはり恋の季節は終わったのた゛。ずいぶん長かった気がする。多分もうすぐ去勢することにするから、よかった。一度は体験できて。
2008.03.13
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もう一ヶ月ほど2,3日おきに帰り、ガツガツと食事して、すぐどこかに飛び出していくだけだったエプロンが、今夜はストーブの前で休んでいる。
2008.03.13
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痩せ細っている。恋の季節ははかくも厳しいのか。
2008.03.13
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2008.03.11
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朝早く起きて市場に行った後、ジョイフルで少し寝ただけだったから、今日は山に入っても疲れていた。ここで横になって一休みした。
2008.03.10
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名古屋の市場から帰った後、比較的近くの森にチラを採りにきた。全部で700ほど切る。早くもブヨにたかられて。
2008.03.10
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このテープは神渕中学の合唱団の合唱が入っているとのこと。
2008.03.09
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新ちゃんのテープ、新ちゃんに撮って貰う。
2008.03.09
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2008.03.09
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2008.03.08
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雨上がりの湿った山の斜面のところどころに、密やかに実を付けているツルアリドウシ。
2008.03.08
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名古屋の市場の帰り、いつものジョイフル犬山店に寄り、朝御飯を食べた後一休み。今朝はチラだけを30束だした。市場の人と話して、今週は彼岸ようのチラだけを採ることに。
2008.03.07
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