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ジャイアンツの名投手、堀内恒夫さんは一昨年8月に繰り上げ当選され、今、参議院議員。昨年の3月26日の復興特別委員会で初めて質問に立ち、気仙沼で牛乳販売店を営む千葉さん父子が実現したバッティングセンターのエピソードを紹介されました。出席していた私は、委員会後すぐに、その2週間前、3.11の日に掲載された千葉さん父子の体験談をお届けしました。津波で母親と二人の妹、そして祖父母を亡くし、父と二人きりとなった瑛太(えいた)君(当時、小学3年生)。震災2ヶ月後、父親の清英さんの仕事で向かった盛岡からの帰り道、親子で寄ったバッティングセンター。自宅の気仙沼から1時間半のところです。「遠いね。気仙沼にもあったらいいな」3.11までは毎日、野球に打ち込んでいた瑛太君。市内の空き地は、がれきで埋まり、子どもたちが遊べる場所が少ないという状況だったのです。「任せとけ。父さんが人生かけて建ててやる」千葉さんは内陸部の倉庫を間借りして牛乳販売店を再開。震災を風化させまいと独自ブランドの「希望の飲むヨーグルト」を発売。収益の一部をバッティングセンターの資金に充てることにしたのです。マシンを格安で譲ってくれる人、造成を無償で引き受けてくれる人、全国の方々の応援で、ついに堀内議員の質問の4日後の昨年3月30日。「気仙沼フェニックスバッティングセンター」がオープンしました!嬉しいことに、堀内恒夫さんも、そのバッティングセンターを訪問してくれただけではなく、昨年11月に宮城で開催された、東日本復興支援の巨人阪神OB戦で、瑛太君が始球式の大役に!「いいボールを投げますよ。きっと彼はいい野球選手になる。」瑛太君とキャッチボールをした堀内恒夫さんは目を細めて私に語ってくれました。被災地はこの春より5年目。今まで以上に「心の復興」が重要になっています。「心のキャッチボール」。浜田まさよし、これからも続けて参ります。
2015年03月16日
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