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久しぶりに拳法の動画をアップします。空乱撃は撮り忘れてしまい実乱撃のみになります。一本目二本目三本目四本目五本目
August 20, 2013
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8月17−18日の2日間、南相馬市小高区の復旧活動のお手伝いに参加したときの写真です。原町区から小高区に向かう途中で撮影。ここは小高区かあるいはまだ原町区なのか?ここはかつて田んぼだったところらしい。まだ流された車が放置されている。積み上げられた瓦礫。このへんは夜間立入禁止になる地域で、写真のホームセンターやドラッグストアは営業していない。道はアスファルトが剥がされて、まだ舗装されていない。この少し先に今回お世話になったボランティアセンターがある。さらにその先には商店街もあった。多分、震災のあとそのままの。
August 19, 2013
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南相馬市での単独ボランティア参加2日目、今日も民家の片付けの作業だった。今回とった宿にはコインランドリーがあり昨日汗まみれになった服を洗濯できたのはとても助かったビジネスホテルStepin六貫山朝、半乾きの服を乾燥機に放り込んで、出かける準備をしてボランティアセンターへ。昨日と違って今日は遅刻せずにボランティアセンターに着いた。ボランティアセンターでマッチング(作業の割り振り)をする。今日の班のリーダーS さんはタイガーストライプの迷彩パンツにOD 色のブッシュハットといういでたちの人で、私は英国軍の迷彩パンツにOD 色のブッシュハットだった。ボランティア活動に参加して2年、初めて服装がかぶる人と出会った。今日の作業は民家の片付けで、原発事故による2年にわたる立入禁止措置の間にネズミの被害にあった家とのこと。実際に現地に行くとあちらこちらにネズミに齧られたものが見られた。午前中は母屋の片付けと草刈機を使える人は庭の草刈りをした。今日もとにかく暑く、服はすぐに汗まみれになる。時々物陰でTシャツを絞ったり、井戸水で顔を洗ったりすると少し楽になるけれどすぐに汗だらけになる。昼休みは、現地で弁当を食べて、みんなで話をしたりして過ごす。今日の最年少の参加者はU くん。なんと中学生で単独で横浜から来たそうだ。話をしていたK くんは感心していたけれど、K くんはK くんで三重からバスを乗り継いで参加してきた大学生だそうなので、それもすごいのだけれど・・・。午後は、納屋に作業の中心が移り、ここでも廃棄するものを袋に詰めていく作業をしていた。一つの民家にこんなにものがあるのかと驚かされる量で、廃棄物の一時保管場所の納屋の一角は袋の山になっていた。廃棄依頼があったものの中には写真なども含まれていて、中には古い相当古い写真も出てきた。そのひとつは、セピア色になった白黒写真で、旧陸軍の服装をした若い二人の男の人が肩を組んでいる写真などもあり、この家の歴史を感じさせられた。納屋の片付けが大体おわったところで今日の作業時間が終わり、片付け、撤収となった。そのあと、三重のK くんと一緒に原町の銭湯に行き、原ノ町駅で別れ、新潟に向かった。
August 18, 2013
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今日は福島県南相馬市小高区でのボランティア活動に参加した。災害ボランティアに参加するようになって、初めての単独での参加。今年の2月に宮城の山元町で一緒に活動した人が、「南相馬市はまだ手つかず」だと言っていたことが頭に残っていたことから今回の参加を決めた。それだけでなく、これまで何度か災害ボランティアの活動に参加したことがあったが、すべて災害ボランティア部やボランティア団体の新潟恩返し隊に連れて行ってもらっていたので、ボランティアセンターへの連絡、現地への移動、宿の確保などを自力でしてみることにした。朝、4時半起きで南相馬市へ向かう・・・、が、ガソリン給油や忘れ物でかなりのタイムロスをしてしまう。気を取り直して南相馬市へ向かうが、ここでもミスをしてしまった。ナビ任せで南相馬市へ向かったのだけれど、南相馬市まで眼と鼻の先まで来たところで、通行止めになっていた。災害時には通行止め情報の確認を怠るとこういうことになってしまう。そのため、葛尾、二本松、飯館と迂回をしていくことになり、ボランティアセンターのマッチング(作業の割り振り)には間に合わなくなってしまった。ボランティアセンターに連絡すると途中からでも作業に加われるようにしてくれたので、迂回路を急ぐことにした。二本松付近では除染作業が行われていて、飯館を通りかかると壊れた建物が多く見られ復旧・復興にまだまだ時間がかかることがわかる。南相馬市に入ると、飯館に比べると壊れた建物が少なく、店舗も多くが営業していた。それでも立ち入りが制限されている地域に入って行くと、まだ田んぼに流された車が放置されていたり、壊れた家屋も多くみられるようになり。2月に聞いた「南相馬は手つかず」という言葉が今でも現実だということがわかる。一時間ちょっと遅れて現地に到着して、民家の片付けの作業に加わる。途中参加だと、作業の概要がよくわからないので戸惑いながら見よう見まねで作業を始める。午前中は家の中のゴミを出す作業だ。ゴミは布団や、家具、本など多種多様で、中には初代のファミコンなんてものまであった。今日の福島はとても暑く、日差しも強い。少し作業すると多量の汗がながれて、身体から水分と体力が失われていく。昼前にはもうシャツや首からかけたタオルは汗が絞り出せるくらいに汗をかいている。昼休みに他のボランティアの人と話す機会があって、聞いてみると埼玉の川越から来た人や東京の目黒から来たグループの他に新潟の長岡や阿賀野市から来ている人もいた。新潟の人が意外と多いことに驚かされる。午後は庭を中心に草取りや、庭のゴミの片づけだった。暑さに少し慣れてきた感もあるけれど、体力はもうなくなりかけている状態で15時の作業終了までなんとか作業を続けた。作業が終了して、ボランティアセンターへ戻り、解散。解散後に銭湯に行き、明日の準備をする。少し頭痛と眠気がしている(軽い日射病か?)なかで、原町区に明日必要なものを買いにドラッグストアを探すが、ようやく見つけたツルハドラッグは閉鎖されていた。原町区はかなり回復しているようで機能は完全に回復していないようだ。
August 17, 2013
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長岡市乙吉町での水害復旧に災害ボランティア部が参加した。先月に長岡市乙吉町で起こった水害では79棟が床上浸水、516棟が床下浸水という大きな被害がでた。 朝、7時すぎの電車に乗り、8時半前に長岡駅に着く。長岡駅から歩いて10数分のところにある長岡市民防災公園内に設置されたボランティアセンターに集合する。ボランティアセンターには私達が普段からお世話になっているボランティア団体「新潟恩返し隊」や、長岡の消防団、私達がよく行く宮城の山元町にも行っているひのきしん隊をはじめ数々の団体が集まっていた。 ボランティアセンターでの説明を聴いて、バスに乗り込み現地まで移動する。現地まではバスで15分程度だが、移動するバスの窓からはほとんど被害にあった場所は見られなかった。田んぼに瓦礫た落ちているところが見られるようになり、家のわきに土嚢が積まれているところが見え始めたころ、現地に到着した。 バスを降りた私たちの最初に目に入ったのは、大破した銀色のトヨタヴィッツだった。これは水害で大破したのか、別の理由で大破したものなのかは定かではなかったが、経験の浅いボランティアを驚かすには十分だっただろう。 泥だらけの道を歩いてボランティアセンターが活動拠点にしているお寺まで向かう。途中、木の板にペンキで書かれた、「ボランティアさん、ありがとう」の看板があった。宮城の山元町でもそうだったように、この言葉は私達に力を与えてくれる気がする。 活動拠点のお寺に着くと作業の割り振りがされ、私たちは民家の庭の泥出しを担当することになった。泥だらけの道を歩いて現地に向かう。現地で依頼者の方から作業の内容をきいて、作業開始した。 今回の作業は、洪水で庭にたまった泥を土嚢袋にいれて庭の門のところに積んでいく。短距離とはいえ土嚢を運ばなくてはならない力仕事で、そして、蒸し暑い。なので、休憩を多くいれながら作業を進めていく。不慣れな学生が2名いるけれど、表情が少しずつなくなっていっているが一生懸命作業していた。今回参加メンバーと新潟恩返し隊T 隊長午後も同じ内容の作業を続けていると、作業の終わりに土嚢の回収が来た。重機とトラックを使って土嚢を運んでいった。15時作業終了、拠点に戻り撤収。防災公園のボランティアセンターに戻り終了。学校に戻って器材を置いて、みんなで夕飯を食べて解散した。
August 10, 2013
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毎年8月末に学生時代の仲間たちが集まっていた、伊豆北川温泉。今年は8月はじめになった。前日の夜中に新潟をでて、乗り合いバス(旧、ツアーバス)で川崎へ向かう。ツアーバスは昨年のあの事故以来使ってなかったけれど、今回は路線バスが満車で、臨時列車「ムーンライトえちご」も満席だったこともあって、使うことにした。運賃はツアーバス時代より高くなっていて、路線バスやムーンライトのほうが安いのでそこも残念だった。ここから東海道線にのり、熱海、伊東とJR に乗っていく。伊東ですこし途中下車して町をふらついて、そこからまた伊豆急に乗って北川温泉駅へそして北川の海定宿の山十旅館まだ仲間は誰も来ていないみたいなので、ひとりで海に潜る。アオリイカやきびなご?イワシ?(地元の子供はきびなごと言って、大人はイワシと言っていた)その他にハコフグやウツボもいた。そうしているうちに仲間たちと合流、この後は写真を撮る暇もないくらい先輩のうちの子供達に振り回された・・・。ことしもこんな伊豆の休暇だった。追記、写真のアオリイカは私は写真に撮るので精一杯だったけれど、漁師をしている先輩の娘さん(小学生)は素手で捕まえていた。先輩の英才教育、恐ろしい・・・。
August 3, 2013
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