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至福のとき、この言葉を今日ほど実感した日はそうめったには無い。いや、今までにもきっと沢山あったのだと思う。でも、気付かなかっただけだったのかもしれない。19歳のときから歌い続けてきたバロック、そしてバッハ。曲がりなりではあるにせよ今バッハが歌える自分で本当に良かった、、、と今日の「場」でひしひしと痛感させて貰った、、。この様な自分に育てていただいたすべてのこれまでの、人、事柄、に感謝せねばならない事を教えてもらった今日の場、でもありました。バッハの感じた神の愛、を感じられた(そう思えた瞬間)泣きそうになる。テキストだけ読むと、「あ、そう、、」どう頑張ってもそうしか感じられない、、。そんなところでも、バッハのカンタータを歌っていると「あぁ~。そうだったんだ!」と感じる事が出来る。お客さんが「何か」を求めようとする気持ちも大きな力になっているし、舞台の演奏者のバッハを通した共感も源となっている。56番のカンタータのアリオーゾの波に浮かんでいるように、自分が音楽を通し、大きな波に浮かべられ、そこに漂っていられる幸せ。人生約半世紀を過ぎようとしていて、これこそが正に「有り難い」一瞬である事を、やっと理解出来かけているのかもしれない。「ただ、練習あるのみ」打ち上げで、某器楽女史が云われたが、音楽家の持てる財産は本当にこれにつきます!でも、音楽だけやっていても決して音楽は出来ません。自分の好きな、愛する音楽のためにこのような「場」を自らの手で作り、手だけでなく、、"Herz und Mund und Tat und Leben"を捧げ「戦う」(大げさでは無く、また人を相手にでは無く。)人たちに心から感謝とエールを送りたいと思います。さあ、また明日から私は私の「使命」というより、まず「罪」と格闘して行きます、、。はい、行きたいです、、。微力ながら私も私の場を作らねば、、。バッハクライス神戸
April 30, 2007
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マイミクの何人かの日記にも書かれていましたが、ロストロポービッチが亡くなりました。母校の公開講座を聴講し、その音楽に触れた事があります。そのとき、最初は楽器を手にせずに指導していましたが、生徒の楽器を取り弾き始めたときのその響きに驚いた事は忘れられません。バリトンのハンス・ホッターの公開講座で聴いた声と同じような驚きを持った事を思い出します。この二人の20世紀の巨匠の音色は確かに「魂」を揺さぶられた、、といっても過言では無いのかもしれません。「出て行きなさい!出て行きなさい!」ロストロポービッチは、あるチェロソナタのフレーズをこのように台詞にして身振り手振りを交え表現していた姿が思い出されます。器楽の音楽であっても、ストーリーに置き換え音楽を感じる、ということを生き生きと目の前で展開してくれました。リヒテル、、ディースカウ、、なぜかこの二人の巨匠の音楽も思い出されます。追悼、そして、感謝。
April 27, 2007
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またまた、ブログから遠ざかってしまいました、、。今回は音源アップのご報告です。これまで指揮した合唱の演奏会の中からいくつかアップしました。よろしければお聴きください!自分の演奏はまだデータをmp3ファイルに変換しきれていないので、その作業が終わりましたら、またアップします。そのページはここです。よろしくお願いします。では、、
April 26, 2007
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道に迷わば年輪を見よという言葉が大好きだ、、。年輪を見れば方位がわかる。四季の状態も知る事が出来る。日当たりや、風の具合、、その瞬間ではわからないいろんな事を年輪は教えてくれる。僕は絵葉書が好きで、少しずつ集めている。テーマは神戸、六甲を中心に芦屋、摩耶、、。実にたのしい。正に年輪のひとつである。生まれ育った街の子供の頃を思い出し、また、ついさっきの出来事を思い出し、あ、そういうことだったのか。と、絵葉書のみならず他の郷土史の資料が教えてくれることも多い。(僕の持っている僅かな資料でさえそうなのだ、、。)特に今は居留地一帯が気になっている、、。そして、そこで起こった出来事をかじって行くうちに、秀吉、高山右近の頃から事が連なっている事もまだまだ少しだけだが知る事となる、、。今、特に考え、思いを寄せるのは滝善三郎のこと。そして、その周辺、、。海の向こうばかりではなく、自分の足下に間違いなく世界の波は届いている。こじゃれた神戸も良いのだが、日本史の中で、世界史の中での神戸、その足下を見つめれば大きな足跡がたしかにある。郷土史の資料はそんな事を教えてくれる。そこで生まれ育った地元民が郷土史をひも解けば、学べる事が多い事も知った。 きのう見し夢は今さらひきかえて神戸の浦に名をやあげなむ滝善三郎のことはまた、、
April 2, 2007
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いつも枚方で教えているコーラスが練習している会場には、いつも沢山のチラシが置いてある。その中の一つに目が止まった、、。中年からのピアニスト、ジャズにいどむ行こうと思った。そして、昨日、コンサートに行った。演奏者は素人のピアニストが一人、、。井上章一さん、、、。風俗史家。ウィキペディア昔出版された「美人論」という本に興味を持ったが、その著者である、、。が、何よりも、、僕が自分の身の回りを取り囲む文化に誇りを持ち、自信を持つ事が出来る様になったのも、教育テレビの番組で井上章一さんの喋りを見て、「ああ、関西弁って良いもんだ、、。」と、感じてからの事。それから人前でも標準語へのコンプレックスを捨てて話せる様になった。つまり、僕はこの人のファンであった、、否今でもファンを辞めた訳ではない、、他に考える事ややる事が多くて手が回らなかっただけだが、、。さて、コンサートは、、、、、、、、楽しかった!!話が素敵だ、、。すげぇ~、、そして、、、、嬉々としてピアノに取り組む後ろ姿は感動ものである。最初の「枯葉」の音を聴いた時は涙が出た、、。ある日、ある事がきっかけで、41歳の「おっさん」(ご本人が度々一人称として使われたので、、)が、ジャズをやりたくなった、、でも、回りにジャズを教えてくれる先生は居なかった、、。近所のピアノの先生に相談に行くと、「基本ですよ、、」とバイエル、ハノン、チェルニー、、を勧められる、、で、41歳の「おっさん」井上章一さんは独学を始める、、。ここがすごい!大抵はジャンルは違っても先生の言うがままで、ずるずると引きずり、自分は才能が無い!!で挫折する場合が多い、、。クラシックとジャズのジャンルの相違を見抜き、独学の道を選んだセンスは拍手!「おっさん」も捨てたものではない!中高年の音楽を指導する者の一人として得るものは多かった。人は何歳からでも音楽(演奏)を楽しむ事が出来る、、。こりゃ間違いなさそうだ、、。この事を身をもって示してくれた事はすばらしい!正直「プロ」の立場の人間は、中年になってから音楽を始めた訳じゃないから本当のところは良くわからんのですよ、、。だから、中高年の音楽の指導者としては、考えにゃいかん所も多々ある事が良くわかりましたが、、実は、とても有り難かったのです。。
April 1, 2007
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