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明日(今日)のコンサート、、リハーサルが本番と同じ会場でありました。。コルネットとサックバット、、、ガンバ、、で、リュート族が、、3本、、。すすすす、、すごい。。。ほぼ30年、関西で古楽を曲がりなりにではありますが、、歌って来て、こんな音風景は初めてです。でも、初めてなのに、、初めてな気がしない。。良いです。。みんな上手いし、、良い音楽だし。。とても、楽しいですよ。。
June 11, 2009
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先日、タリススコラーズを聴いた。純正なハーモニーと伝統的なディクション。それが英国の伝統的なテクニックを用いられた声で歌われる。指揮者のみならず、歌い手全てが音律を理解し、英国の伝統とも呼んで良いラテン語のディクションを理解し、それらを操り音楽を表出させる。現在、身の回りに普通に存在している平均律の事を思う。。古来から楽器は、器械としての呪縛から逃れられず、様々な調律法を編み出して来た。それは、融和し合う音が人の産み出すものには決して取り込め無い、神の領域、物質の存在と同次元の事象として在る事の証でもあった。。平均律を普及し一般化した事で、人は音の中の律を、本来、生まれ持っている力で自ら感じる事を捨てた。「捨てた」が言い過ぎなら、「マッチポンプ」の構図を産み出したのかもしれない。楽器を売り、経済活動の一部とするために、人間の本来持つ感覚とかけ離れた理論上の律を商品として普及させた。律は生まれながらに人間にも備わっているもの。それに反し、平均律の音程はユニゾン以外は全てが人工の産物。デジタル技術が普及すれば、今度は脱平均率も商品となる。しかし、それが現代の経済活動であり、そこから逸れて生きて行く事は出来ない。その人の営み自体、何か決して閉じようとしない五度圏を見ている様な気もしてくる。そして、ディクション、、これは正に伝統的な文化としか言いようが無い。技術論を重ねて行く事も決して不可能ではないが、人同士が同じディクションを共有し、アーティキュレーション、フレージングを表出し、歌として、アンサンブルとしてそこに現すこと。ハーモニーとディクション、音楽がそこに息づくための血肉の様な存在だと思う。これらを共有出来るとすればその喜びはとても大きなものだ。ルネサンスの音楽も、自然なハーモニーとディクションにのせられていて、それを体感することは決して小難しいものなのでは無く、大きな拍手で多くの聴衆に受け入れられていた事実がその事を裏付けている。
June 7, 2009
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