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歌舞伎者慶長から寛永年間(1596~1643)にかけて、江戸や京都などの都市部で流行した。異風を好み、派手な身なりをして、常識を逸脱した行動に走る者たちのこと。茶道や和歌などを好む者を数寄者と呼ぶが、数寄者よりさらに数寄に傾いた者。芸人、芸能人、芸術(芸能技術)家、芸の神髄はかぶく(歌舞く)ことにあり。。そう思っています。だから、歌舞伎者がかぶいていけないのであれば、歌舞伎者には成れません。かぶく事を許さない世間であるならば、その世間は「歌舞伎」を欲してはいけません。かぶくからこそ、芸能人なんです。常識人が常識しか持たなあたなが、かぶく世界に身を置けば、、そこで、極めようとしたならば、、かぶく事になってしまいますよ。。歌舞伎者、河原乞食、、、そのプライドを極めるチャンスです!!草彅くん。世間の常識やルールからは逸脱しましたが、人の道は外してないです。。歌舞伎者なんだから、、、勲章にしましょう!!一般的に出来ない事を託されてる仕事なんだから、、。その道理をわからない人も居るでしょう。。でも、その理解は人の上に立つ器には必要でしょう。。勿論、上に立つ人は法は法で守って頂きたいし、規範を示す使命は果たして頂きたいのですが、、。
April 24, 2009
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鳩山大臣何だ?この人?先日の草彅くんの事件での発言、人からの話では聞いていたけれど、、ニュースの映像で実際に見たら、呆れるしか無い。。事件を起こした草彅くんには嫌悪の気持ちは微塵も無いが、真に醜悪な姿と心を世に晒したのはどちら?
April 24, 2009
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そう、、何だかわからないけど、、そう、、そうなんだよ、、、!!って言いたくなります。心から、、、。何なんですか?これって、、VISAのCMにも登場してます、、涙が止まらなくなります。。いつ見ても、、何だかわからないのに、、、なんで?
April 22, 2009
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「カラヤンの思い出」といっても、カラヤンと共演したり、師事したり、、という体験を僕が持っている訳では、残念ながらありません。。でも、僕の音楽体験としては、大変強烈なインパクトを与えてくれたのが、カラヤン、そして60年代から80年代にかけてのベルリンフィルでした。。中学生の頃から、録音も聴いてはいましたが、、何と言っても彼らの生演奏を聴いた事が大きな衝撃でした。実は、初めて聴いた生オケの演奏会が、カラヤン&ベルリンフィル、だったのです。ブラスバンドで一応ホルンを吹いていた少年時代の僕は、ザイフェルトとハウプトマンが自分の目の前に居て、その生のパートソロが聴けて、、、という事でも興奮しまくりでした。。タンホイザー序曲、ドヴォルザークの交響曲8番チャイコフスキーの4番、モーツァルトのジュピター、、大阪のフェスティバルホールに聴きに行きました。。そのとき、生まれて初めて大阪に出た日でもありました。。それが、僕が中2のとき、、1973年でした。タンホイザーの金管にはしびれまくりでした。ドヴォルザークの終楽章のホルンも、、、、、この年、東京ではブルックナーの7番も演奏されました。このライヴ放送をカセットテープに録音し、聴いたのが、、生まれて初めて聴くブルックナーでした。。何度も何度も、、お風呂の中ででも聴いていた事を覚えています。。そして、1977年、高校3年の11月。再度、大阪のフェスティバルホールにて、、カラヤン&ベルリンフィルを聴けました。。ブラームスの1番は本当に圧巻でした。。これ以上の音楽体験はその後もほとんど無い、、と、いっても良いと思います。で、、今になって思えば、是非が頻繁に議論される所のカラヤンの音楽、その、是も非も少年時代よりもわかる様になって来ました。。でも、僕の音楽の大事な原体験の一つになっている事は間違いありません。そして、、声楽の道へ進んだ僕も、、その体験で得た感動を追いかけている事も事実です。。あの日のブラームスやタンホイザー、、ブルックナー、ジュピター、、無理矢理、乱暴に大きく意味を広げてしまえば、、オーケストラの音楽は「ポリフォニー」だと考えています。そういう意味では、同じ作曲家の作品であっても、、僕が追いかけて来たのは、歌曲でもオペラでもありません。あの日のブラームスやタンホイザー、、ブルックナー、ジュピター、、で得た感動、、そういった音楽への憧れを今、満たしてくれるもの、、パレストリーナ、、ルネサンスのポリフォニー、、、そして、バッハのフーガほかバロックの音楽です。。
April 21, 2009
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この人達、、久しぶりに見たら、パワーアップしていた。。す、すごい。。たまらない、、、練習、半端じゃないだろうな、、演奏者だけで無く、スタッフなどとの打ち合わせ、、、半端じゃ無く大変だろうに、、アレンジ、リハ、ゲネ、、考えただけでも、凄い、凄い。。。これぞ「音楽」、、音楽の本質があるなぁ。。無茶苦茶、楽しい!!仲間も増えて、しかも皆生き生きと音楽してる。。。We Will Survive: Igudesman & Joo + Kremer & KremerataAnd Now...Mozart (Alla Molto Turca) Igudesman & JooIgudesman and Joo Rachmaninov By Himself("All by myself")Where is the Remote Control?Bach versus Vanessa Maeそして、身近にもこんな作品を産み出す人が居た。。たゆまぬ研鑽と研究、努力、そして、人への、音楽への愛のなせる技。。
April 16, 2009
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このユルさ~、たまらない。。。アベマリア。。ブースカBittersweet Sambaペコリーノ
April 8, 2009
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"longing time"Si Folkの復刻アルバムが4月8日に発売です。まだ誰もアイルランド音楽を日本で演奏していなかった頃、。。アイルランド音楽といえば「ダニーボーイ」や「庭の千草」と、いったものが「アイルランド民謡」だ、、と、誰もがそう漠然と思っていただけの頃、、。ヨーロッパをたった一人で放浪の旅を続けていた当時の若者がアイルランドでその地の音楽に出会います。ハンチング帽から雨水を滴らせながら、ボタンアコーディオンをひたすら弾いている老人。それを見て、聴いた当時の若者、、吉田文夫さんの胸中はどんなだったのでしょう?そんな熱い気持ちが伝わってくる様なCDです。今や日本でもアイルランド音楽を演奏する人は多くなりました。その露出度や一般の認識具合からすると、パイオニアである吉田さん、Si Folkを凌ぐ勢いで今や沢山のミュージシャンがアイルランド音楽を自ら演奏しています。が、その原点ともいえる音楽はここにあります。吉田さんは「グレンミュージック」を立ち上げ、日本の多くのミュージシャンがこの「グレンミュージック」を、手がかりに、指針にして、アイルランド音楽の世界へと足を踏み入れて来ました。"longing time"音楽を始めた頃の気持ち、、大切な宝物だと思います。その当時は夢中で、ただ、必死で、、で、何十年、、という時間が経つと、そのとき当然の様に思っていた中に、大切な宝物が疑い様も無くそこにある。誰しも持っている「源泉」を思い起こさせてくれます。
April 5, 2009
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また、季節外れですが、偶然にも二回続けてクリスマスネタです。今日、出来上がったチラシを持ってサクルエヴに行きました。何か忘れている事は無いか、、?と、オーナーのコヌックさんと打ち合わせをしながら"Taco-taco singers"の録音を聴いてもらっていました。すると、コヌックさんは「クリスマスに歌ってもらっても良いね。」『え、良いんですか?』「良いよ。僕、去年パーティでサンタクロースのカッコしてたし。」で、僕が驚いて笑うと、、「何で笑うの?サンタクロースはトルコ生まれだよ。」『へ?』サンタクロースはトルコ生まれ。そうだったのだ、、知らなかった。トルコのナショナリズムが生んだ話?とも思ったが、そうではないらしい。事実だ。そして、トルコは「キリスト教のゆりかご」と、呼ばれている。「イスラム対キリスト教」と日本で一般的に思われている常識は当てはまらない。。かつて山登りをせっせとやっていた頃、山小屋「燕山荘」のご主人、赤沼健二さんに、「日本の常識は世界の『非常識』ですよ。」と言われた事を思い出した。日本の「都会」や「一般」を離れ自然と毎日直に向き合っている人の言葉だった。当時、年に90日間、山に入っていた僕にはとても共感出来る言葉だった。いま、僕は『日本の常識』に絡めとられようとしているのかもしれない。。『西洋の常識』を日本の視野で追いかけているのが、『日本の常識』という固有な価値観なんだと思う。そんな事を西洋圏以外の文化が教えてくれる。自然と直に向き合う営みが現代文明の枠の外側を教えてくれる。やはり、異文化は本当に面白い。。心、いや、魂に染込んでくる。。人が人である事を改めて発見させてくれる。「日本人」というものが人ではないのだ。人は人。そんな当たり前の事が、井の中に居ると見えなくなってくる。。という事すらも、日本の「普通」の中では見えてくるのが実に難しい。。。思っている以上に、「鎖国」は続いているのかもしれない。。でも、日本の普通、、を信じて慎ましやかに、、ひた向きに生きている人。。その中にも真実はある。。人としての普通、、、
April 1, 2009
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