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久しぶりに、あの愉快な患者さんの経過です。今年の2月20日以来となります。過去、「腹水4Lからの・・・」 シリーズで長編で書いています。この患者さん、癌5年生になりました。ですから患者さんの年齢も変わり、当初は70代女性とか、70代半ばと書いていましたけど、今は80代・女性になりました。あっ、お歳は変わっても「女性」は変わらずですよ。原発はハッキリしていません。腹膜癌としていますが、どうも卵巣癌だったような・・・米村先生の元へ来られた時には、既に卵巣を切除した後だったこともあって、イマイチ、よくわからない。ただ、腹水が4Lもある状態で癌が判明したことは確かです。何度も書くようですが・・・地方の病院から一縷の望みをかけて、大都市の癌専門病院へ転院したのの腹膜播種だから、手術はできない。抗癌剤治療しても効果は期待できない。まぁ、とにかくやってはみましょう。でも、効果が出なければ早々に地元に帰って看取りを考えて下さい。もう治療の段階じゃないですよ。実際、ここで受けた抗癌剤治療は効果なし。それでも諦めきれなくて、米村先生の元へ来てから5年です。それからの事は、過去に経過をその都度書いております。2回再発して、2回手術を受けた話も書いてます。どちらも手術は上手くいきましたし、術後のアクシデント(感染症や合併症)もなく、順調、順調・・・と言いたいところですけども、今回はちょっと違いました。2月20日に書いた時は、体の方は特に問題もないものの、どうも精神状態が良くないという話を書きました。笑わない、表情がない・・・とにもかくにも、反応がおかしい。一過性の鬱病それとも、年齢から疑うに・・・認知症退院して自宅に帰ってからも、実は異常事態は続いていたんです。下着をつけないままズボンを履く。ズボンを3枚も重ねて履く。トイレに行きたがらない。強制的にトイレに連れて行くと、泣きべそをかく。これまで出来た事ができない。認知症を疑えば疑うほど、当てはまりそうな行動に言動。。娘さんから何度かメールが届いてましてね。大丈夫、必ず戻るからって返事してました。でも、実際はおかしな状態は続いていた訳で・・・その手の病院やら治療やら、施設やら・・・いつの間にか癌治療から、認知症路線に変わってしまい。。。こんな風に書くと、私が茶化しているかのように思うかもしれませんが、同じ経験があるからこそ、この時の衝撃はこんな風に書かねばやりきれません。ある日突然、ステージ4の癌で余命数ヶ月って言われる衝撃と、ある時を境に、認知症を発症するのとでは、どちらが辛いのか・・・どちらも味わったけど、私は後者の方が辛かった。ステージ4の癌患者だった父は、貧血で倒れ前頭葉を損傷しましたから。目の前にいる家族は、良く似た他人のようでした。脳に異常が出来て、人格が変わってしまうというのは、心底切ないし、何より、1人の独立した社会人だった筈なのに、他人からはまるで子供のように相手される、情けなさ・・・家族はしんどいです。話は戻って、この患者さんですけども、こうなるともう癌の治療の対象外になる・・・米村先生の元へも通えない。と娘さんの悲観度は増すばかり。ですが、おかしくなってから数ヶ月が経ち・・・今は、すっかり元通りの愉快なお婆ちゃんに復活だだをこねる子供のようだった頃の事は、上手い具合に、本人、記憶なし。もちろん、癌治療続けてますし、米村先生の外来にも元気に出向いてます。癌5年生となりました。
2014年05月25日
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しばらく更新もせずにすみません。更新もしていないのに、毎日、多くの方々にご訪問頂いているので、ご心配をおかけしているのではないでしょうか。日々、メール対応は欠かしておりませんので、この間、私からメールが届いている方は、ご心配もされていないと思いますが、こちらのご訪問だけの方は、やはり気になって・・・という方もおられるでしょう。緊急対応が続いていただけですので、私は元気しております。ここで書き記したい内容は多々あるのですが、時期をずらした方が良いと思われる内容も少なくないです。だからそういった内容は、しばらく時差してお伝えしていきますね。逆に、時差せずに早くお伝えしたいご報告も多々届いているのですが、何せ、こちらも追いつかない。結局、どちらも 「時差」 ありですけども。今日は、時差せずに・・・の内容です。昨年の2013年11月4日の日記以来です。患者さんは胃癌の再発で、40代の女性です。胃癌の手術後、TS-1 + シスプラチンを1年施行したのですが、術後2年で腹膜播種で再発してしまいました。尿管狭窄が見られたことから、腹膜播種と診断されたのでした。その後、米村先生の元へ来られました。(この話は11月4日の日記に書いています)2013年9月に手術となり、現在に至ります。大きな手術を受け8ヶ月が経過しました。過去の日記に書いていますが、開腹してみると腹腔内化学療法が功を奏したのか、腹膜に癌は見つからず・・・こういった症例は他の患者さんにも存在します。腹膜に直接抗癌剤を投与することで、抗癌剤が高濃度を保ったまま癌に届きます。それで腹膜にあった筈の癌が消える・・・ですが、この場合の「消える」は存在しなくなったとは断言できません。目視できないだけ、顕微鏡で見えなかっただけ、癌がいる細胞を採取しなかっただけ・・・癌幹細胞が眠っているだけ・・・事実はどうあれ、とにかく、こんな風に疑わないと。これが腹膜播種ってヤツですから。だ・か・ら・・・・今も辛いけど、治療は続いていて彼女、頑張ってます。ご主人から、近況メールが届いたんですが、 山あり、谷ありですが日常生活は普通に送れていますとありました。ご主人にすれば、「今」 が 「存在」 することが、私にメールを送ってきた頃の 「夢」 でしたからね。あの時は、「儚い夢」 で終わることも半ば覚悟していたようです。それでも、夢は見ないより見た方が良い。泡沫(うたかた)と消えることになったとしても、「夢」は 「希望」 だから。当の患者さんは、抗癌剤治療が相当、お辛そうですけどね。「夢」 を見続ける事は楽じゃないです。でも、今は、患者さんの頑張りによって、その「夢」が叶っていて、幸せを作り出しているようです。
2014年05月23日
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医療は日進月歩なんて言葉は、今や、過去の栄光で実際は遅々としています。他の病気のことはさて置き、癌治療において言えばですね、この遅々としている理由は幾つかあります。先ず、新薬の認可の問題。諸外国と違って、新しい薬剤が開発されても認可が下りるまでかかる時間。折角存在している新しい薬を使いたい患者さんは、待っている時間などない。止む無く、自由診療でトライするとなると莫大な費用がかかります。抗癌剤はどれもこれも高額です。自由診療となると、月に50万円かかる抗癌剤なんて普通に存在します。毎月50万円の出費に加え、他にもかかる検査代や処置料・・・混合診療が認められていませんから、全てにおいて実費負担に化けます。薬代だけで月50万円、それに加えて全てが実費となれば、毎月どれだけかかるやら・・・当然、高額医療還付の対象外です。だから、早期の認可をってな運動が巻き起こり、実際に以前より早く認可が下りた抗癌剤がありますが、皮肉なことに、副作用による死亡症例が複数でてしまい、遺族が訴訟・・ってな顛末。早期認可の問題も一筋縄にはいきません。そして、これが一番の問題だと思いますが、癌の正体が掴めきれていないこと。「癌幹細胞」 が判明したのは、ほんのちょっと前のことです。癌細胞を抑える、発症させない働きをする、免疫細胞のことだって判明しきれていません。免疫を全て解明するには、100年かかると断言する海外の免疫学の大家もいるほどです。2001年に父がスキルス胃癌・腹膜播種と診断を受けた時、その8年くらい前だったと思います、アナウンサーの逸見さんが同じ病気で亡くなるというニュースが記憶に深く直ぐに頭に浮かんだものです。でも、あれから8年も経つんだから、医学だって発展しているはず。あんなに直ぐに死に直面するような病気ではなくなったはず。当時、そう信じていました。だけど当時の主治医は、8年経っても「そんなに変わってない」 と発言。それから更に13年経ち・・・当時は1年生存率なんて言葉が大きく存在していたけど、今は、2年生存率という数字はやや大きく伸び、3年生存率という数字が少し伸び・・・ってな感じでしょうか。実際、お付き合いしている患者さんには、3年生以上生存されている方が明らかに増えてます。5年以上生存されている方も実際にいますけどね。ただ、生存率なんてものは、原発や、癌のタイプにより大きく異なりますが、やはり、今も尚、腹膜播種はシビアで厳しい。そもそも、ある日突然腹膜播種と言われた患者さんに、3年生存率がこんなに伸びてますから・・・って言ったところで、嬉しくも何ともないでしょう。医療関係者にとっては、「3年も」ですが、患者さんにとっては「たった3年」です。こんな過去の経緯でもわかると思いますけど、過去ざっと20年かけてこの伸び率です。劇的な新しい医療を期待する時間など、到底あるとは思えません。ならば、どういう形であれ、今現在存在する治療から選択するしかないと思うべきでしょう。つい話が逸れてしまいました。手術連絡が来ないとメールが来てから、直ぐに米村先生に電話。手術待ち患者さんが沢山いて、ベッド事情が大変なのは十分承知してます。予定より日程が遅れるのは何時ものことですが、患者さんにしてみれば鶴どころか、首をキリンより長くして待っているわけです。少しでも、安心して頂かねばです。 せんせぇ~、またなんですけどぉ患者さんのお名前を伝えると ん~今、わからんからぁ、明日、確認しておきますわぁこの翌日だったかな、その次だったかな。。。「連絡きました」と患者さんサイドからメールあり。。。はい、一件落着まだつづきます。
2014年05月14日
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「腹膜播種」 に首を突っ込んで、早、13年。医療は日進月歩なんて言われていた時代もありましたが、どうして、どうして・・・「腹膜播種」 に関して言えば、今も尚、医療の中では置き去りのままです。スキルス胃癌だった父が開腹して、初めて腹膜播種が判明なんて事があったのは、もう13年も前の話です。13年も経っているのだから、今なら、切る前にわかっても良さそうなものですが、今でも、わからないんですよねぇ。機械や検査なんて物は予測の範囲を超えず、未だに「開いてみないとわからない」んです。腹膜播種が判明すると、恐らく(これも予測ですが)癌は極限してはおらず、全身をくまなく血流なり、リンパなりに乗って駆け巡っている。その際に、癌はどこかで宿ってしまっているやもしれない。だから、癌を切除しきれない以上、切っても意味がない・・・かもしれない。でも、切ることで未来が開ける・・・・かもしれない。これが今現在の医療の現状で、医師により見解が分かれます。実際のところ結果的に、切っても意味が無かった患者さんもいれば、大いに意味があった患者さんもいますから、どちらも正解と言えます。話は戻って、先日の40代・男性の直腸癌の患者さんです。直腸が原発ですから、人工肛門は免れない可能性大・・・というのは理解しやすい話だと思います。では何故、自己導尿?という疑問もあるでしょう。これは必ずしもではなく、何ともない方もおられます。術後の一過性のケースもありますが、半永久的に・・・というケースもあり、経過をみなければわかりません。手術内容により、膀胱周りの癌も切除することになるのですが、その際に、止む無く神経を傷つけてしまうことがあるんです。そうなると、尿意を感じることができなくなるので、自己導尿が不可欠となるんです。それでも、普通にフルタイムの仕事と日常は過ごせます。この患者さん、FOLFOX を受けながらの手術待ちとなりました。ぼちぼち、規定の治療も終わるので、おおよその手術日程が決まりました。米村先生お得意の、「○月の下旬頃」 みたいな言い回しです。手術前の1ヶ月は抗癌剤治療をストップせねばなりません。抗癌剤で痛んだ細胞の回復が必要なのと、やはり、血液状態の回復です。抗癌剤には骨髄抑制という作用があります。癌の栄養源は血液中の糖分です。癌は超甘党なんですねぇ。骨髄抑制の目的は、造血機能を下げ、癌に栄養を与えないようにする・・・兵糧攻めってな感じです。でも、切ったら出るのは血液なわけで、血が大量に出ないように出血を食い止めようとする働きは血小板の役目なわけで・・・まぁ、血液状態の回復には、血を作る栄養素を摂る食事も必要ながら、抗癌剤を止めるのが一番、手っ取り早い。とまぁ、こんなあんな理由で抗癌剤治療を止め、手術を待つこと1ヶ月。心配なのは、治療を止めている間に、癌が調子付かないか・・・ってこと。これは確かに心配なんですが、手術する為には止む無しのリスクなんです。そして、おおよその目安の手術日が近づいた頃、奥さんからメール。 えっまた・・・そう、私にとっては、またまたのまた、「まだご連絡を頂いてないんです」のメールでした。ふぅ~つづく
2014年05月12日
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昨日の米村先生の外来に出向かれた患者さん方、大変お疲れ様でした。GW中に、私に届いた緊急連絡から、急遽、外来日程を早め米村先生に予約をぶち込んで頂いた患者さんも、何人かおられます。しかし、何せアノ米村先生でしょう。。。大丈夫かいな、ちゃんとやってくれてるかいな心配だぁ。。。不安だぁ。。。(相変わらず、私にとって米村先生のこのテの信頼度はゼロ)でも、ちゃんとやってくれたようで、ホッです。急ぎメールの対応はしたつもりですけども、急がないメールのお返事は、もう1週間はゆうにお待たせしちゃってますが、これから対応しますんで。あんなこんなのGWでした今日は、新しい患者さんのお話を。患者さんは直腸癌(40代・男性)です。癌が判明したのが、昨年の秋です。お腹が苦しい・・・と病院を受診して突然、直腸癌と診断されました。原発が直腸であることから、手術では人工肛門が免れないとの術前説明で、患者さんご本人は、同意書のサインを渋りました。突然のことで心の整理も、覚悟もできなかったようです。これに業を煮やしたのは奥さんでした。「命がかかっているのに、人工肛門が何なのよ、 私がサインするわ」と、さっさとサイン。それで、患者さんはまな板の鯉となったのでした。そう、こういう時、女性の方が度胸があります。落ち込んだり、泣いたり、先々を不安に思う気持ちは誰もが通る道ですが、そんな事より、今は手術が先決泣くのは後、後・・・って気持ちの切り替えが早いですねぇ。いざ、手術となったのですが、開いてみると腹膜播種が判明し、医師から、2つの選択肢が出されました。 ・このまま閉じますか ・原発だけでも切除しますかこの時、奥さんは腹を決め、「できるだけ癌を取って下さい」とお願いしました。どっちが良いとか、資料を見比べて検討する・・・なんて時間はありはしません。ただ、癌は切らなければ・・・と思ったようです。できるだけの癌の切除と、人工肛門造設。その後、自己導尿も必要となりました。腹膜播種が判明してからは、色々と調べたようで、さすがに腹の据わった奥さんでも、落ち込みっぱなしそんな中で、私のブログがヒットしたようです。米村先生のセカンドオピニオンを受けてみたいと、強く思うようになりました。ですが、当の患者さんは、まだ病気さえ受け止めきれていません。病状を聞いても、ピンときません。何より、ものすごく痛い思いをしたばかりで、また切るなんてとんでも無い話です。一応切ったんだし、後は抗癌剤治療で何とかなるんじゃないか、治るんじゃないかと思っていたようで、セカンドオピニオンは渋ってました。渋るご主人を説得し、何とか大阪まで行く事を承知させたものの、この分じゃ、話を聞いて終わりそうだ・・・と半ば、がっくりの奥さんでした。手配してくれたひろりんさんにも申し訳ない・・・とも思ったご様子でした。ところが、いざ米村先生に会い話しをしてみると・・・ご本人、「手術受けよう」という気持ちになり、2度目の手術に向けて、地元で抗癌剤治療(FOLFOX)を続ける事となりました。つづく
2014年05月09日
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昨日はさすがに早朝に目が覚めました。地震です。久しぶりに、大きな揺れを感じました。長かったです。地震があったし、雨だったし・・・の日でしたが、ふらりと出かけて来ました。駿府城です。先日、「日本百名城」 という本を注文しましてね、少しずつスタンプ集めをしようかと。既に、行ったお城も多々ありますが、また行ってみようかなぁと。駿府城見学は200円也。スタンプはチケット窓口内にあったので、さすがにタダというのもナンだし、チケット買って見学して来ました。ここは新しく建てられた建造物で、6億円の物件だそうです。今川の最盛期に、徳川家康が19歳までの12年間、人質として過ごしたお城でもあります。今日は、胃癌・腹膜播種で手術を受けた患者さん(60代・男性)の経過です。(1月6日にも書いてますので、過去の日記参照方)2012年7月に胃癌の手術を受け、その時、腹膜播種でした。その後、米村先生の元へこられ、腹腔内化学療法を受け2013年1月に腹膜切除術および、術中温熱療法施行です。術後は山と谷だらけで、そりゃ大変な時期を過ごしました。一山超えたら、また、山登りの時期がありましてねぇ。1月6日の日記には、元気になってお孫ちゃんとデレデレしている写真の話を書きました。今回も届きましたよ~目には、はっきりと生気がみなぎり、大きくなったお孫ちゃんをだっこしているデレデレの患者さんの写真がね。これまで時折、娘さんが送ってくれる写真からは、生気が感じられないこともありました。痩せている姿もありました。でも今はお顔もふっくらで、目には力が戻り、本当に良いお顔をされています。胃癌・腹膜播種が判明した時、あのままでは、今のこの時間は存在しなかったんじゃないかと。だけど、ありえなかったはずの時間を、今、お元気に過ごしておられます。手術の前。。。ご家族の中には、米村先生の手術はリスクが大き過ぎるからと反対する人もいたようです。自分なら、受けないと。。。そう言っていたご家族が、この娘さんに言った言葉 「お前が正解だったな」そう、こう言えるようになるか否かは、実のところ、やってみないとわかりません。こう言えなかった患者さんも実際にいますから。良い話ばかりじゃないです。だけど、こんな良い話もあるのも本当の話です。今回の報告メールは、米村先生の外来がてら、家族旅行した内容でした。水族館に行ったようですよ米村先生の外来受診は、色んな患者さんが、楽しい旅行と化すようになりました旅行がてら、米村先生に会いに行く・・・みたいな米村先生はオマケみたいな米村先生は家族旅行のダシみたいなこれ、良いなぁ~、米村先生、家族円満も生み出してるやんか
2014年05月06日
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毎年。。。GWは緊急連絡が相次ぐと相場は決まってます。米村先生も例年のごとく、心積もりはできておられるでしょうけども、 今年も宜しくと、GWに突入する前に、ちゃんと米村先生には宣言しておきましたなもので、このところちょくちょく米村先生に電話いれてます。ハイ、毎年毎年のことながら、現在、ひろりん奮闘中でございます。子供の頃、よく母から 「あんたは、日曜日に限って熱を出す」と言われました。そうなんですよねぇ、どうして病院がお休みの時に体調って悪くなるんでしょうねぇ。不思議。ところで、3月11日の日記に書いた、偽粘液腫の患者さんから近況メールが届いてます。ほら、ご自身で過去の 「精神異常」 を自覚しておられるあの患者さんです。術後、1年もの長い間のドレーン付きの生活で、ストレスが MAX となり、我慢も限界に達したのか、精神のバランスを崩してしまいました。その後、ようやくドレーンともおさらばの手術となったのですが、その際に再発が見つかり、腫瘍も切除。同時に、暫定のストマと、更なる消化管穿孔(十二指腸)ができてしまい、また、ドレーン付きの生活となりました。2度目のドレーン付き生活の中、ご本人は もう、これは抜けないんじゃないかなぁ・・・って気がします って言ってました。決して投げやりではなくて、何て言うかなぁ。。。前向きに・・・って言うのともちょっと違って、これも全てまとめて自分なんだ・・・って思えるようになったと申しましょうか。いいじゃない、これだって私なんだもんって、感じなんです。おおらかに開き直ったってところでしょうか。外来はちょっとした「日帰り旅行きぶん」 なんだそうです。それでこの間、その 「日帰り旅行」 の報告メールが届きました。もう塞がらないだろうって思っていた消化管穿孔が、不思議なことに塞がってました。それで、暫定ストマも外す話も出ました。よっしゃよっしゃで、二重丸。だけど。。。また、しこりも見つかりました。ん~、また再発・・・らしいです。この病気は、本当に嫌になるくらい、取っても取っても腫瘍が出来てしまうこともある難病。また、腫瘍も取ることになりました。消化管穿孔が塞がったという良い話と、また出来ちゃったしこりの話で、笑うべきか、泣くべきか・・・やはり泣くとこなんでしょうけど、泣き言はなく、今回の「日帰り旅行」の話で盛り上がり。実際、ちょっと足を伸ばして観光してきたようです。遊覧船に乗った話と、お土産を買ってきた話。外来だって彼女にとっては、癒しの米村先生に会いに行く日なんです。ご主人のことも信じられなくて、自分を見張って監視しているって思い込んで、米村先生の事だって悪党としか思えなくて、ひろりんだって相当の悪党だって思っていた頃を思えば、今は不幸なんかじゃない、幸せな時・・・みたいですよ
2014年05月04日
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