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今日は、あの 「覚悟が足りない」 患者さん(虫垂癌・70代・男性)の近況です。娘さんが律儀に、定期的に近況の報告を下さいます。HNにしている 「覚悟が足りない」 の理由は発病当時(2011年秋)の患者さんご本人と、娘さんとの温度差を表しています。患者さんは70代ということもあり、病気の情報を入手する手立てが、大してある訳ではなく、それがネットでの情報収集に猛進する方にとっては、「歯がゆい」もの。だから、こんなHNにしました。ネットでは、腹膜播種のシビアさは氾濫しているというのに、腹膜播種と言っても、本人の反応はイマイチ。それは仕方ないです。そんな言葉、これまで聞いたこともなく、聞いたところで何それレベル。ただショックなのは、「癌」という言葉。これだけでも、十分打ちのめされてしまうのが当たり前だから、これ以上、何も言う必要もないといえばそれも真なりです。でも、今の世の中、癌は治る病気という風潮もあり、これを真に受けてしまうとマズイのが、腹膜播種。だから、温度差が生まれてしまう。この患者さんの経過はこうです。 ●2011年秋 手術にて虫垂癌・腹膜播種判明 ●ゼロックス+アバスチン治療施行この後、米村先生の元へこられ ●2012年4月 腹膜切除+術中温熱療法施行 人工肛門造設この際の注意事項としまして、この患者さんの場合は、地元病院にて既に術後の治療が開始されていました。ですが、基本、手術前の大腸癌の患者さんに対しましては、アバスチンの使用は控えています。というのも、アバスチン使用経験のある患者さんは術後に消化管穿孔が見られる傾向があること、そして、手術時の出血が止まりにくくなる傾向もみられるからです。ただ、この患者さんの場合は使用回数が少なかった事もあり、こういった傾向はみられずに済みました。 ●2013年夏 再発 CEA30 ●2014年1月 再手術で現在に至ります。腹水4Lの癌の患者さん(80代・女性)も、3度目の手術の際に、精神的な問題が勃発しましたが、この患者さんも、3度目の手術の際に、精神的な問題が勃発しました。年齢的なものもあるようですが、複数回の手術や入院が、患者さんに与える影響というかストレスは相当強烈のようです。何かが、おかしくなる傾向を感じます。この虫垂癌の患者さんも、かなりの鬱状態に陥り、それに付随して、付き添う奥さんもちょっと不安定になりまして、被害妄想が膨らんでしまいましてねぇ・・・何を見ても、悪い方にしか捉えないと申しましょうか・・・兎に角、夫婦揃っておかしくなってしまい、患者さんなどは「もう死にたい」 と漏らすほど。。。でも、腹水4Lの患者さんも、この虫垂癌の患者さんも、数ヶ月を経て、すっかり元通りになり、心身共に元気復活しましたから、人間の底力も大したもんです。ただ不思議なのは、この虫垂癌の患者さんの腫瘍マーカー。CEAの推移が凄いんです。CEAは5以下が正常値ですが、この患者さん、大幅に超えている状態が続いてます。127135115数字だけを見たら、「それ、CA19-9 の間違いでしょ」って思ったアナタ、結構、通ですねところがどっこい、CEA なんです。数字だけ見たら、末期で寝込んでいるくらいな想像をしてしまいますが、ぜんぜん、違います。術後は、ご自分で2時間車を運転して通院してますし、先日などは、娘さんを連れまわして遊びまくり。。。娘さんは疲れを感じたというのに、本人、元気、元気。何故か、常に前向きで明るく、ちょっとした事など全く気にしない。ちょっとした事ちゃうやんか、それ・・・って事まで、我、意に関せず。 そんな事で、死にゃぁせんわ、あっははは・・・ってな感じ。何から何まで、ポジティブシンキング。いやぁ。。。手術の度、大きな山を乗り越えて、力をゲットしているようです
2014年08月31日
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ここ神奈川県は昨日、今日と本当に涼しくて、8月とは思えないほどの陽気になっています。この陽気であれば、通常業務が可能なんですけども、あの酷暑ではどうにもならず、更新もメールのお返事もお待たせばかりでして、誠にすみません。ここでは明るいお話ばかりを書いておきたいところですが、現実は、良い話ばかりじゃありません。経過の良くない患者さん、また、残念ながらご遺族となられた方々の心情を思いますと、やはり書くことに躊躇われるものがあり、なかなか 「暗」 の部分をお知らせできない事情もあるのですが、良いことばかりじゃないのが人生であるように、癌治療も同じ。現実を知った上での治療選択という事も大切な事。ですから、できるだけ悪い話も書いておこうと思っています。全てにおいて結果論なのですが、良い結果が出ない方から後悔の念を聞いたり、時に、不満爆発なんて事はこれまでも何度かありました。心に大きな傷を負われたのですから、心情を思えば致し方ないことではありますけども、爆発をまともにくらう私も、無傷という訳ではなく・・・これも致し方ないこと。。。と思ってますが。ですが不思議と、患者さんご本人からというのはなくて、ご家族からの事が殆どですから、ご本人の真の心はまた違うかもしれません。そんな中で、あるスキルス胃癌(40代・男性)患者さんの弟さんの言葉が心に沁みました。手術不能の状態でスキルス胃癌が判明し、その後、米村先生の元で治療を受け、手術となった患者さんです。術後10ヶ月程度の闘病生活で幕を閉じました。最初の病状から推測する限りでは、この時間は短かったとは言えませんが、長いとはもちろん言えません。残念ながら、この患者さんは 「元気」 にはなれませんでした。食事も摂ることができず、地元の病院での入退院を繰り返しました。病状が進み、最後の入院を強く薦められた時、この患者さんが望んだ事は、最後に米村先生に会う事でした。米村先生から、もう駄目だと言われればもう本当に駄目なのだろうから諦める。そう言ってました。何とか会う事は叶ったのですが、病状は改善しないまま・・・その後、弟さんから最後を迎える場所を探しているのだとメールが届いたきり、連絡が途絶えました。その時に弟さんが言った言葉があります。結果的に治療が上手くいったとは言えない状況です。それこそ、恨みつらみ、怒りをぶちまけられても心情は理解するところです。ところが、そうではありませんでした。 たまたま兄には、治療の効果がでませんでした それでも、家族で相談して本人が望んだ治療です 結果が出なくても、それは仕方ありません「兄には」 という言葉に心が打たれました。同じ治療を受けても、良い結果ばかりではなく、この患者さんのような経過もあります。それでも、良い結果を出している患者さんが現実におられる以上、身内の結果が多くの患者さんから、その希望を奪うことはできない。そう聞こえました。こんな風に言って下さる方は、本当に少ないです。それだけに、心に沁みこむものがありました。
2014年08月28日
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8月2日に書いた患者さん(虫垂癌・40代・男性)の近況が届きましたあの後、無事に退院されています。思えば。。。って、前回も使ったような気がするフレーズですけども、今年の6月に久しぶりに届いたメールが、腸閉塞でイレウス管を入れて入院中という内容だったんですよね。米村先生の手術を受けて、もうすぐ2年になろうとしていた頃で、腸閉塞の原因は再発でした。画像上、狭窄箇所は複数個所認められ、地元病院では手術不可。辛い絶飲食が続いていました。このような経過が珍しくないのが、腹膜播種の現実です。再発までにかかる時間は個人差が大きく、術後5年以上も再発していない患者さんもおられますが、これは私の感覚でしかありませんけども、術後2~3年で再発というのが一番多いように感じます。逆にもっと早くに再発、数ヵ月後に再発してしまう患者さんもおられますから、一概に、「どれくらいで再発」とは言えませんが。腸閉塞になると食事が摂れなくなり、患者さんご本人にとってはこれが何より辛い症状と言えます。この患者さんも2ヶ月くらいだったでしょうか、絶飲食状態でした。絶飲食ですよ、水も飲めないということです。全て、栄養の点滴や電解質の点滴で補っていました。「生きる」 という意味においては、点滴で十分賄えます。ですが、「食べる」 という行為は気力をもたらしてくれる行為でもあり、点滴だけでは、どうしても気力は萎えてしまう。。。おまけに、この患者さんの場合はイレウス管なんていう異物が入っている状態でしたから、どれほど精神的にも、体力的にも参っていたのかが想像できます。こういう状態から脱却でき、尚且つ、食事も普通に摂れるようになり、日常生活を取り戻すのは、容易な事ではありせん。せめて食事が摂れるようになるだけでも・・・と切望するのが人情ですが、何をしても、それすら叶わない方も実際にはおられます。だから、地元病院から米村先生の病院に送り出すお手伝いはしたものの・・・どういう結果が待っているのか、わかりませんでしたから、私の願いはただただ、「少しでも食べられるようになって帰って来てください」 でした。本当の事を言えば、必ず生きて帰って来てくださいね・・・というのもありました。それだけねぇ。。。再発の腸閉塞というのは、シビアな状態なのです。この心配は敢えてご本人に伝えてはいませんでしたが、伝えずとも、ずっと体で感じとっていたご様子です。そりゃそうですよね、何を言われても体が感じてしまう現実は本人しかわかりませんから。ですが、私の不安は見事に払拭されました。ストマにはなったものの、ご本人、普通に食事が摂れていますし、今は体重も5Kg増えたんですから前回の日記にも書きましたように、この患者さん、小腸も切除しています。残せた小腸の長さにもよりますが、小腸を切除すると、どうしても栄養の吸収率が低下してしまうので、栄養の点滴で補う必要が出てきます。単に栄養というだけでなく、電解質のバランスも崩れてしまう懸念もあることから、点滴は不可欠なんです。電解質のバランスが崩れてしまうと、最悪、心臓が止まってしまいます。人間の体は、電気信号で動いているようなものですからね。筋肉を動かせなくなってしまうんです。手足にも筋肉がありますが、臓器も筋肉で動いているものが多々あります。そして、つい先日届いたご本人からのメールには、 無事、転院が出来て、手術も受けられて、温熱療法も受ける事ができました 幸い、再発した癌は完全切除ができました 食事も沢山食べることが出来るようになりました 辛い時間は長かったけど、全てが良い方向で動いてくれたというのに、 何故か、昨日まで葬儀や身辺整理ばかり考えていました 入院中は、生きて帰れないかもしれないと真剣に思いました でも、退院してきて、地元病院が在宅ケアの環境を整えてくれてから、 もう少し生きられるかもしれないと思えるようになりましたこんな内容でした。少しずつ、新しいご自分の体に慣れてきて、真の意味で新たな自分自身を受け入れられたという事ではないかと推測します。ついこの間、入院中のある女性患者さんから電話がかかってきましてね。彼女、 QOLが落ちても、生きられるならありがたいですって言ってました。真剣に死を意識した方だけが思える悟りかもしれません。だから、この虫垂癌の男性患者さんも、今、こう思っておられます。 もう少し生きられそうだと思えることに感謝ですってね
2014年08月24日
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今日は、こちらでは常連さんとなりました患者さん(80代女性)の近況です。えっ80代と驚くなかれ。だって癌、発病当時は70代半ばでしたが、元気に日常を過ごすうちに80代になったんですから。何が凄いって、腹水でお腹がパンパンからの5年ですよ。この患者さんの話は5月25日以来となります。5年が経過しているお元気な患者さんなのでもう、このブログでは「お得意さま」と申しましょうか。腹水が多量だった5年前は、既に治療の段階ではないけど一応、抗癌剤やりましょう。それでも、おそらく効果はないだろうから、その時は看取りを考えて下さいって、言われた患者さんです。言われた通り、最初の抗癌剤治療は効果なし。確か、TJ療法だったと思います。それでも諦め切れなくて米村先生の元へやって来られ、今や5年経過です。この5年の間には、肝臓に2度再発がありました。一番懸念していた腹膜やその近辺、腸やら尿管やらの転移再発はなし。米村先生オリジナルの手法である、腹膜切除や術中温熱療法が奏を功したものと思われます。2度も肝臓に再発していながらも、その都度、抗癌剤治療を駆使しては切除を繰り返し、今に至ります。QOLの低下は一切なく、それどころか食欲旺盛、好奇心旺盛で、まぁ、よく食べる、よく遊ぶ。どの80代よりも元気はつらつじゃないかなぁ。だけど、前回の肝臓の手術の際には、術後に認知症のような症状が出てしまいました。それが長引きましてね。娘さんは、癌治療よりも介護やら、痴呆症やら、施設やらの勉強を真剣に始めてました。それが、今では完全に元通り。ですが、ですが、また肝臓に再発が見つかりました。肝臓に再発した癌は、本当にしつこい。で、今回は切るのは止めて、焼くことにしました。前回の術後のように、おかしな状態になることが一番、懸念されました。やはり、この患者さんの年代になりますと、そのまま体だけでなく、精神状態そのものが要介護状態になってしまう懸念が拭いきれません。それで、ラジオ波で腫瘍を焼いたところです。ちなみに、ラジオ波で焼かれた細胞は、免疫細胞のマクロファージがお掃除してくれます。今回の入院は1泊2日でした。既に退院され、ご自宅でくつろいでおられます。今回の短期入院で辛かったことは、食事量が少なすぎた事だとか。。。 食べ足り無い。。。と不満を漏らす有様ですラジオ波治療を行った医師からは、 脂肪が多くてやり辛かったと言われたとかそう、この患者さん、太っているんですよ。米村先生の患者さんの中では、実に珍しいんじゃないかと。今回は、何も心配な事はなく早々に元気復活しています。まだまだいけるなぁ
2014年08月20日
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お盆の前は、何かと多忙しておりまして、更新もままならずにすみません。ろくにPCにも向かえずにおりましたが、更新をサボっている間にも多くのご訪問を頂きまして、誠にありがとうございます。頂いているコメントもちゃんと、拝読しております。お返事はできておりませんが、コメントを頂いた方々、ありがとうございます。お盆ということで、今回はちょっと治療云々から離れた話を。これも、人が生きる、そして天寿を全うするという意味において大切な話だと思っています。スキルス胃癌で他界した父の命日は9月6日です。2002年のことでしたので、来月、13回忌を迎えます。これまでの時間は、そのまま私のサポート活動時間でもあります。親孝行もできず、当時は無知故の苦労も多く、ある意味、懺悔の意味合いと、2001年に初めてお会いした米村先生への恩返しの意味を含めての活動時間でもあります。感謝と恩返しの相手が、何時しか常々小言を言う相手に変化しようとは思っておりませんでしたけども^^;何時だったか、最近の話ですけども いやぁ、ひろりんがいてくれてほんま助かってるんですわぁと開口一番に仰って下さったんですけども、(ど~したん先生、おだてられても何も出ませんし、小言も減りませんケド)と訝る私です。話が逸れました、スミマセン。私ねぇ。。。どうにも忘れられない言葉があるんです。過去にも何度か書いています。それは、あるスキルス胃癌の患者さん(30代・男性)のお子さんの言葉です。当時、小学生でした。父親がスキルス胃癌となり、みるみるうちに病状が進行してしまったんです。米村先生の元に飛び込んで来た時は、まだ、発病間もないというのにお腹は腹水でぱんぱんでした。急いで腹水を抜き、応急処置的な治療で抗癌剤を腹腔内に投与しました。それでも、また直ぐにパンパンになり、また腹水を抜くを繰り返しましてね。本当にあれよあれよと言う間に、末期、そして危篤状態になってしまったんです。動けるうちに地元に帰った患者さんでした。あれよあれよと言う間に・・・と言っても、それなりの時間はあったんです。いきなり動けていた状態から危篤にはなりません。兆候や、顕著な症状はあった訳で家族は皆、もう残り時間が少ない事は医師から告げられていましたし、素人でもそれを認めない訳にはいきませんでした。それでも、2人の小さな子供達にはずっと内緒でした。だから、子供にしてみれば突然、さよならの時が来てしまったんです。そして大好きな父親が亡くなった後、母親に言った言葉がこれでした。 「お母さんはお父さんが死んじゃうことを知ってたの? だったら、なんで教えてくれなかったの? 知っていたら、ちゃんとさよならが言えたのに」真の意味はわからないけれど、ちゃんとお別れを告げることでお父さんを安心させたかったのかもしれませし、自分の中でも、これから生きる上でそうしたかったのかもしれません。私もちゃんと言えませんでした。父にさよならと、ありがとうが・・・今となっては、線香を手向けたり、お花を飾ったりしかできないむなしさよ。。。。という心境です。その分、今も尚、こんな活動を続けているのかもしれません。
2014年08月17日
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久しぶりにあの患者さん(胃癌・60代・男性)のお話です。5月6日以来です。 2012年7月に胃癌・腹膜播種判明 (オペにて判明していますので、間違いないです)その後、米村先生の元へ 2013年1月に、腹膜切除及び、術中温熱療法施行現在に至ります。術前も術後も山あり、谷ありなれど、それでも掴んだのが今のお元気です。これまでの莫大症例データーから、術後の抗癌剤治療は術後2ヶ月以内に開始すると再発率が激減する・・・というのがあります。ですので、術後2ヶ月以内の再開を目標と言うか、目処にしていますが、術後の回復は患者さんによって、まちまち。なかなか2ヶ月以内に再開できない患者さんもおられますし、再開したものの、副作用が強く出すぎてしまって頓挫を繰り返す患者さんもおられます。この患者さんの場合もそうでした。術後の回復は、決して順調とは言えませんでしたからねぇ。時折届く娘さんからの報告メールでは、かなり深刻な状況の時もありました。心身共に深刻だと、私は思ったものです。人間って目を見るとわかることがあります。脳の活動は目に現れる・・・と申しましょうか。鬱病や、認知症、脳に何らかの異常が疑われる方の目には力が感じられません。同時に、顔から表情も消えます。この患者さんも術後に届いたお写真には、目に力がない時期がありました。ある年代、60代前後あたりからか、もう50代早々も含まれるか・・・ある年齢を越えると、病名や病状、治療内容に関わらず、入院という環境下におかれると、ちょっとおかしくなる事があります。入退院を何度か経験していても、起こります。高齢の方の場合だと、そのまま認知症と化してそのまま・・・という事もあると聞きます。ですから、私が心配したのは病状はもちろんではありますが、精神状態の方が心配でした。病気が奪うのは命ですが、脳の異常が奪うのは人格です。どちらも同じくらい大切なものなんです。ですが私の心配は泡と消えまして、どちらもばっちり回復してくれました。そうなると、次の心配は再発です。再発を極力避ける為に、術後も抗癌剤治療が必須とされるところですが、この患者さんの場合、術後のTS-1 服用で酷い副作用が出たんです。休薬期間を延ばしたり、服用量を減らしたり工夫するも駄目。抗癌剤が明らかに「元気」 を奪っていると思われ、地元の医師の判断で、術後の抗癌剤治療を止める事となりました。そのお陰で・・・ってこの場合「」は付きませんが、副作用に苦しむことなく、辛い思いをすることなく、今もお元気です。今回頂いたお写真は、フラワーセンターへご家族揃って出かけた時のものでしたけど、決して痩せてはなく、目には力がみなぎり、体力も腕力もばっちり感ありましたしさてさてこうなると、娘さんの心配はやはり「再発」。術後は無理だったけど、元気なかったし、食事量も少なかったし、気力もなかたし、ないないばかりで無理だったけど、もしかして今なら TS-1 いけるんじゃ・・・その方が安心なんじゃ・・・それで、思い切って地元の主治医に申し出てみたけれど、過去の副作用の酷さから、止めたほうが良いと言われたようです。それで、吹っ切ったようです。また、あの辛い状態に舞い戻ってしまったら元も子もないって。再発は怖いし、不安で仕方ないけれど、今のこの元気は失って欲しくないって。だから、怖いけど不安だけど、先はわからないけど術後の抗癌剤治療を止めた事、もう後悔しないと決めました。あれもこれもある中で、自ら選択したということではないけれど、これしか道がないのなら、この道を行くしかありません。今回のお写真はですねぇ、この患者さん、ご自分の奥さんでしょ、娘さんでしょ、お二人の小さなお孫ちゃん(2人共女の子)でしょ女性ばかりに囲まれているから、嬉しそうなお顔でした
2014年08月10日
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今年の3月22日に書いた、お若い胃癌患者さん(20代・男性)の近況が届いております。過去に何度か、この患者さんの話は書いております。経過を簡単に書きますと、2011年2月に癌専門病院にて、腹膜播種、肝転移、腹水という状態で胃癌が判明しました。その後、米村先生の元へ来られ、腹膜切除+術中温熱療法を受けたのは2012年2月の事です。胃癌・腹膜播種、ステージ4、余命宣告という事態から3年半が経過です。お若い患者さんなだけに、ご両親のご心痛は相当のものでした。治らぬ病なら、長く生きられない病なら・・・と息子を不憫に思い、つい甘やかしてしまったり・・・・それでも、もしかしてもしかして、治るなら、長く生きられるなら、一人の社会人として、一人前の男として成長させねばならない義務を感じたり・・・ご両親の中にも葛藤がありました。しかしながら親の心配をよそに、驚くほど成長した息子の一面をみることもありました。この患者さん、抗癌剤治療の為に副作用の為にアルバイトを休むとクビになりました。それを、つい親の方は立腹したものですが、当の息子は 「社会とはそういうものだから仕方ない 雇う方の身になれば、致し方ない」と冷静に受け止めました。だから、こんな体の状態だから正社員を望むことはできない、それでも、仕事はしないといけないからと、また、アルバイトを探しました。すると今度は、理解あるアルバイト先に恵まれました。捨てる神あれば、拾う神ありです。そんなこんなの3年間でした。この患者さん、実は手術時に暫定のストマになってました。米村先生からは、そのうち外そうという言葉があったものの、なかなか、「そのうち」 が来ないまま2年以上が経過。そして、この5月にやっと 「そのうち」 がやってきて2年間使用したストマを卒業となりました。米村先生が、「そのうち」 を少しずつ引き伸ばしていたのは訳があります。こういう患者さんの場合、遠からず再発してしまう可能性が高いんです。何れ、そう遠くないうちに腸閉塞を起してしまうのが、これまでの常識だから、ストマは維持しておいた方が良いだろう、取らない方が良いだろう・・・と思っていたんです。だって、病気発覚当時は、紛れもないステージ4ですよ。間違いなく、腹膜播種だったんですよ。ところがストマにして2年が過ぎても再発しない。さすがに米村先生、時間の引き延ばしの言い訳も底をついたのかついに、ストマを外すことと相成りました。そして、今、この患者さんはストマがなくなり、普通の便が出るようになりました。食事量こそは、まだまだ少ないですし、体重も手術前より少ないです。でも、お元気です。そうそう、就職先も決まりまして、正社員となりました。腹膜播種から正社員って方、私、初めてです
2014年08月06日
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なかなか更新もままなりませんけども、色んな患者さんご本人や、ご家族から、近況のご連絡を頂いております。中でも正直、私自身も嬉しい驚きだった近況連絡をご紹介します。患者さんは虫垂癌の40代男性です。2012年の夏に米村先生の手術を受けた方なんですが、私にメールが届いたのは、術後の事でした。当時の内容は、申し訳ないくらい記憶から消えておりまして・・・と言うのも、しばらく交流もなかったんです。ですから、今年の6月に久しぶりにメールが届いた時も 以前、メールさせて頂いた○○です ご記憶にないかもしれませんが・・・ってあって、お名前には何となく記憶があるものの、どういう状況の方だったかまでは、思い出せませんでした。それで記録を辿ると、術後は酷い下痢で体重が激減してしまって、当時はお困りだったことを思い出しました。6月に頂いたメールには、その後、元気を取り戻したものの、今年に入って、具合が悪くなったようです。数ヶ月前から、腸閉塞を繰り返しているのだとありました。もうじき、術後2年という頃合です。腸閉塞でも最初の頃は、絶食をすることで改善したようですが、そのうちに、絶食では改善しなくなり、今は地元の病院に入院中でイレウス管を入れて経過を見ている状況なのだと。もう数週間、経過観察に置かれているのだけれど、一向に改善がみられない。大変辛い状態ですとありました。短文ながらも、この一文には相当お辛い思いをされているのだと感じました。改善が見られないので、地元の医師から手術の提案を受けたそうですが、 「米村先生の承諾を頂ければ」という条件があるようで、米村先生と連絡を取ろうとするも未だ、連絡が取れなくて困っているのだと。 こんな時ばかり頼って申し訳ないのですがと切羽詰った様子が伺えました。手術して頂けるなら、して頂いた方が良いだろうと思いましたが、検査を進めるうちに、数箇所に狭窄箇所が見つかりましてね。手術した医師の方がお腹の中がわかるので良いだろう、ここでは手術できませんと、話が変化し始め、数回にわたりお困りのメールが届いたんです。その都度、米村先生に直接報告を入れてました。すると 「転院できるように直ぐ、手配しますわ」と米村先生が言われるので、それまでお聞きしていた入院中の病院名やら、電話番号やら、担当医名やらを米村先生にメール送信。珍しく、とんとん拍子に転院が決まりました。イレウス管を入れたまま、新幹線での大移動です。それで、今月の上旬に手術となったのですが、しばらく連絡もなくて心配していました。というのもですねぇ・・・実はこの頃、やはり虫垂癌の60代の男性患者さんで、腸閉塞で約1ヶ月にわたりイレウス管を入れていた方がいたのですが、手術をしても食べられるようにはならず、結果的に4ヶ月後に亡くなったんです。開腹してみると、癌がお腹全体に散らばっていてどうにも厳しい状態でした。こういう事は、少なからずあるんです。術前の検査では、わからない事の方が多いと言っても過言ではないのが現実で、だから、この40代の患者さんもどうなるだろうか・・・と心配しました。転院の運びとなった時には、感激されて 是非、お会いしてお礼を言わせてくださいなんて言われたんですが、厳しい現実ばかりを目の当たりにしている私としては、んな余計な気遣いなどせんで、自分の体の事だけを考えて下さいと返事したんです。そ・し・て・・・・つい先日、まだ入院中のご本人からメールが届きました。 今、ばくばく食べてます数箇所の狭窄箇所は、再発によるものだったようですが、今回、癌の完全切除ができたようです。小腸の切除も行われたようで、今後は、栄養の吸収率が下がることから、普通の食事でどこまで栄養状態を維持できるか・・・これが課題となりそうですが、今は元気を取り戻したようです。1ヶ月前は、食べることが全くできず、ただただ苦しい日々を過ごしておられたんですよねぇ。。。退院のめども立ち、ようやく新たな仕切りなおしができそうです。こういうミラクルもあるのだと、私自身も心底驚きました。
2014年08月02日
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