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一昨日の晩、テレビのニュース番組で癌の遺伝子検査を取り上げていました。ご覧になった方も多いと思います。ある一般の女性が出ていました。彼女の実の姉が、婦人科系の癌で40代で他界した事を機に自分も、遺伝子検査を受ける気持ちが生まれたそうです。調べてみると、父親からの変異遺伝子を自分も受け継いでいることが判明。それとほぼ同時に、乳癌が見つかったとありました。早期に対処できたようです。乳癌の遺伝子と言えば、女優のアンジェリーナ・ジョリーが予防切除したのが有名です。実は、つい先だって、遺伝と思われるスキルス胃癌になった方の奥さんから相談メールが届いておりました。患者さんは30代。残念ながら、短い交流で終わってしまいました。今後は、ご主人のご兄弟、そして忘れ形見である小さなお子さん達の遺伝子検査をしようと思いますとありました。あまりにも若い年齢での旅立ちで、後悔の念は大きく、早期に見つかっていれば、米村先生の手術を受けていれば・・・の思いが大きいようで、その為には、遺伝子の存在を知っていれば・・・という思いに繋がっているご様子でした。ですが。。。これは慎重であるべきだと思っています。ですから、くれぐれも慎重にご検討をと返しました。先ず、遺伝子検査に関する、法の整備が整っていません。例えば、この患者さんの血筋に、胃癌になる可能性が高い遺伝子が見つかった場合でも、予防切除は今の日本では認められていません。つまり、わかったとしても、常に定期検査をして早期発見に努めるしかできません。癌細胞が見つからなければ、発病しなければ、何もできないのが今の医療です。だからと言って、検査検査で、X線をやたらと浴びるのもどうか?と思います。これも被爆の一種ですからね。そして、下世話な話になりますが、容易に想像できるのが医療保険の改定です。契約前に、遺伝子検査を受けている事が判明した場合、支払いに応じない場合があります・・・等の覚書が追加されるでしょう。保険に入れなくなるかもしれません。困った時の為の、万が一の為の「保険」 ですが、本当に困った時に助けて貰えなくなる恐れが十分に考えられます。そして。。。ある程度の年齢であれば、40代とか50代なら、早期発見や自由診療の予防的処置で、己の人生を変えることに意味を成す場合もあるでしょう。ですが、10代や20代であれば、癌遺伝子を持つと知った場合、将来をどう捉えるのでしょう。結婚しない、子供を設けないという選択肢も真剣に考えるのではないでしょうか。就職にも影響を及ぼすかもしれません。必ずしも受け継ぐとは限らない遺伝子に振り回されるのではないかと危惧します。知る事により、出会わなくて済む不幸もあるでしょう。ですが、知る事によって、得られなくなる幸せも生まれる気がします。せめて法の整備が整うまでは、下世話な心配も含め、予防切除が認められていない今は慎重に対処すべきことだじゃないかと。。。
2014年10月31日
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先週は、九州におりまして、ずっと留守をしておりました。メールは欠かさずチェックしていましたが、ブログの方は殆ど見ていなくて、留守中にも、多くのご訪問を頂いていたと知り、びっくりです。コメントも頂いたようで・・・勝手ながら、コメントは拝見のみとさせて頂いておりまして、ご無礼させて頂いております。すみません。ところで先日、ある患者さんの娘さんからこんなメールが届きました。この患者さんは、米村先生の手術を受けてから、かれこれ3年近く経ちますが、お元気な患者さんです。通院も長くなり、顔馴染みの看護師さんも増えてきました。そんな中で、初顔の看護師さんがいて、この看護師さんとの雑談の中で、ご自分の病気の話をしたんだそうです。そしたら、この看護師さん、 「2年以上、生きている人を知らない」と大層、驚かれたんだそうです。言葉にはニュアンスがありますし、言い方により、また、言われた側の精神状態により、捉え方は変わります。今回、この患者さん自身は特に気にする風ではなかったんですが、この話を聞いた娘さんは、ちょっと眉をひそめました。「どんなつもりで、言った言葉なのか」・・・と。私が思うには、文字だけを捉えると無神経のようにも思えますが、この看護師さんは最大の賛辞の意味で言ったんだと思います。医療関係者からすれば、これは正直な感想です。それこそ文字だけ捉えれば、このブログだって無神経の塊ですもん。反感を持つ患者さんや、ご家族もおられるでしょう。それでも、深く、長く、厚くご支援を下さる患者さんやご家族が多いのは、無神経の中にも、長らくお付き合い下さる間に信頼が生まれるからなのでしょうか。かくいう米村先生にも、こんな事があったんですよ。もう10年も前の話です。あるスキルス胃癌の女性患者さん(当時30代後半)が、術後にご主人と2人で、米村先生のセカンドオピニオンを受診に来られました。この時、私、側におりましたのでよく知っているんですが、患者さんとご主人の2人で診察室に入り、しばらくして出てくると、奥さんが、不安そうにご主人の顔を見ながら、 違うよねと問いかけてます。ご主人の方は 違うよ、違うよと答えてました。何の事やら2人で、「違う」 の連呼です。話を聞いてみると米村先生が 「40%」 と言ったんだそうですが、これが何の数字なのかわからない。だけど話の流れから 「5年生存率」 ではないかと思った患者さんが、ご主人に問いかけていたのでした。当時、ご主人が、持参したデータを見せてくれたのですが、そこには、限りなく腹膜播種にクロと思われる内容が書かれていました。胃のショウ膜を癌が突き破っていたんです。ただ、リンパ節には転移認められずでした。それで、米村先生、大奮発して、オマケして5年生存率を40%って言ったんです。米村先生的には励ました 「つもり」 だったんですよ。だけど、当事者はそうは捉えず、励まされたどころか、思い切り、落ち込んでしまったのでした。・・・この患者さんとご主人とは、今もお付き合いが続いております。毎年、年賀状が届きますし、ご主人からは手術記念日には必ず、メールが届きます。不安にさせた米村先生でしたけど、月日は流れ、この患者さんもご主人も、大好きな医者になってます。5年生存率40%の数字に、不安がっていたこの患者さん、今はフルタイムで、ナント看護師さんやってます米村先生ってば、もっとオマケしても嘘じゃなかったやん。・・・って言うか、生存率ってアテにならんと言うべきか。医療関係者の常識を覆せるのは、患者さんしかいないと言うべきか。生存率なんていう数字を塗り替えるのは、患者さん自身と言うべきか。
2014年10月27日
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今日は、久しぶりにあの 「腹膜癌」 の患者さんの経過を。今年の3月16日以来となります。経過はその時に書いていますが、この患者さん(60代・女性)も、腹水多量から癌闘病が開始です。2012年2月の事でしたから、もう2年8ヶ月前になりますね。腹水が溜まる状態は、前回も書きましたけど、単に腹膜播種という状態よりも、更に癌が進行した状態と言えます。腹膜播種がステージ4なら、ステージはその上・・・ってないですけどね。まぁ兎に角、大変な状況から病気が始まった訳です。この患者さんの場合、何が一番大変だったかと言えば、癌じゃなく、抗癌剤の副作用でもなく、ナント、制吐剤の副作用、「アカシジア」による症状でした。多動症のような症状が出てしまって、じっとしていられない。米村先生の診察の僅かな時間ですら、診察室で動き回ってしまう。家では、光と音に過敏になり、僅かの光や音でも眠る事ができない。癌より何より、おかしくなってしまった患者さんを家族は悲観して、緩和ケアを真剣に検討したほどでした。でも原因が判明して、この制吐剤を止めたら、いつもの患者さんに戻りましたけどね。で、無事に2012年9月に手術を受け、現在に至ります。ただ、2013年11月には、再発らしき影が画像に見つかりました。それからは、ずっと抗癌剤治療を続けています。再発したらしいと判明してから、約1年。腫瘍マーカーは正常値を越えた数値が続いています。少しずつ、数値は下がってきてますが、まだ高目。それでも、食欲も旺盛だし、家事も散歩も毎日こなしていて、日常生活は、全くもって支障なし。抗癌剤治療は、辛いもの、過酷なもの、時に日常生活を脅かすもの・・・これが常識ですけど、この患者さんの場合、これが当てはまらない。全く辛くない訳じゃなさそうですが、周囲が心配するような状態ではないんです。だって、日常生活が楽しく普通に過ごせているんですもの。抗癌剤治療の期間は、長くなってきました。今後も続けるとなると、蓄積も懸念されるので、どんどん辛くなるよ・・・と、周囲からは心配の声が。。でも当の本人は、きょとんです。再発しても、腫瘍マーカーが高くても、そんな現実は、本人の体を何ら苦しめてはいません。だって、普通の日常を送れてますもん。
2014年10月19日
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今日は、9月6日の日記に書いた、スキルス胃癌・腹膜播種(60代・男性)の患者さんの近況です。病気が発覚したのは、今年の3月です。腹水が多量に溜まり、お腹が膨れた事から病院へ行き、スキルス胃癌・腹膜播種が判明しました。同じ腹膜播種のステージ4でも、この場合、更に進行していると言える状態です。手術不能で、抗癌剤治療(TS-1+シスプラチン)が早々に開始されるも、効果は出ませんでした。治療開始当初、患者さんは、遠方の病院での治療など全くもっての論外でした。これは、経済的な事情も絡んでの事ではありましたけど、ご自分のシビアな状況を、知らなかったから・・・でもありました。本人にその気が全くないので、米村先生のセカンドオピニオンを娘さんから頼まれた時も、話を聞くだけで終わりそうな雰囲気でした。ですから、米村先生には事前に、 先生の治療や手術までは、希望されそうもありませが、 話だけでも、お願いしますって言ったくらいです。超ご多忙で、外来の待ち時間なんて数時間は当たり前ってほど混雑しまくっている現状ながら、米村先生 いいですよ~んっと快諾でした(常々、相当お疲れのハズなんですけど、何故かノリが良い・・)時間が経つにつれ・・・患者さんは、治療に効果が出ていないにも関わらず、治療に対して、主治医に積極性を感じられなかったことから、少しずつ不満を感じ始めていたようです。そんな事もあり、ご本人、米村先生の元で治療を受ける気になりました。そして、ご自分が置かれているシビアな病状を知り、尚且つ、手術におけるリスクの高さも知った上で、手術を受ける気になった・・・という話を9月6日に書きました。で、9月6日の日記に書いた時点では、ご本人の気概というか、心構えというか、強さというか・・・そんな内容を正直に書きました。ですが、私は沢山の患者さんの術後経過を知ってます。手術前と後では大違い・・・って事も実際にはあります。少なくても、一時的には新しい自分の体を持て余し、鬱状態になる方は、珍しくはありません。先日書いた 「娘にせがまれて仕方なく」 の患者さんも今でこそ、本当にお元気ですけど、術後しばらくは大変でしたからね。だから、この患者さんも術後を心配していました。この患者さんの切除内容は、胃全摘、大腸全摘、小腸部分切除、腹膜切除、人工肛門造設、そして術中温熱療法です。進行していただけに、大きな手術となりました。現在は、退院していて在宅療養をしておられます。近場ながら外出する事も増えてきました。食事の苦労は、あります。思うように未だ食べられません。体重も減少傾向です。それでも、一番心配していた合併症もなく、どかんと沈む精神状態でもなく、まずまずの出足です
2014年10月12日
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今日は、2013年12月26日以来の、まいちゃんシリーズですまいちゃんと言うのは、現在、小学校4年生の女の子です。2009年6月に、パパはスキルス胃癌で旅立ちました。だからパパがいなくなって、5年が経ちます。パパが闘病中から、まいちゃんの話は書いています。闘病中は、パパ本人からまいちゃんとのツーショット写真が添付されたメールが何度も届きました。そこに書かれていたパパの夢は、 まいとバージンロードを歩くことでした。闘病期間は、計4年だったでしょうか・・・米村先生の元へ来てからは2年だったと思います。小さいまいちゃんも、パパと一緒に癌と戦いましたから、パパの戦友でもあります。まいちゃんは、パパが癌だということ、治る事が難しい病気だということ、長く生きられないかもしれないこと、抗癌剤治療や手術は、凄く大変で辛い治療だということぜ~んぶ知ってました。だから、パパを一生懸命支えてました。だけど、まいちゃんが小学校にあがる前にパパは遠い世界へ・・・その後、生まれた時から一緒に生活していたパパのお父さんが交通事故で、パパのお母様が膵臓癌で、パパの所に行ってしまいました。だから、まいちゃんは誰にもわかることの無い見えない傷を負っています。小さい頃から心療内科に通ったり、何かのきっかけで、一人で学校に行けなかったり、また、何かのきっかけで食べれなかったり・・・ママはその都度、心配で心配でたまりません。そんなまいちゃんから、この間、電話があったんですこれまで、何度かママと電話でお話してますが、その都度ママは、まいちゃんに ひろりんさんとお話するって聞くんですけど、恥ずかしがって、1度も電話に出てくれたことがなかったんです。そんなまいちゃんでしたが、先日、まいちゃんのお名前でプレゼントが届きましてね。だからお礼をと思って、ママのケータイに電話を入れたんです。そしたら、出ない・・・お風呂に入っていたらしいんです。私からの着信に気付いたまいちゃんが、お風呂場まで教えに行ったらしいんですね。そしたら、ママ、お風呂場から まいがかけてみればって無茶ぶりをしたらしい。。。まさか、本当にかけるとは思わなかったというか、できる訳ないと思っていたら・・・ちゃんとお電話できたものだから、ママも私もビックリです決して小学校4年生の女の子を侮っている訳じゃないですよ。ずっと前から知っている相手とは言え、私は、まいちゃんにとって、1度も会った事がない大人です。見知らぬ大人と言っても良いです。私は、まいちゃんにとって、想像の中の存在でしかありません。そんな相手に、自分から電話をかけるって、凄い事じゃないでしょうか・・・あんなに、ちっちゃい女の子だったのに、こんなにも成長したんだぁ・・・・ってもう、感激しちゃって・・・だって、2歳くらいの頃から知ってますからねぇ。まいちゃんがニコニコしながら話しているのがわかりました。パパがいなくなって5年経つけど、まいちゃんは、今でも、最年少のひろりんサポーターです
2014年10月07日
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8月10日の日記に書いた、患者さんの娘さんから、今回のメールシステム障害が起こる少し前に、こんなメールが届きました。ケータイの機種を変えたら、上手くアドレス帳が引き継げず、私のケータイ番号や、ケータイアドレス、PCの交流アドレスが消えてしまったのだと。それで、プチパニックになってしまったご様子で、慌てて、受付アドレスの方に お手すきの時で構いません アドレスを教えてください・・・こんな内容でした。この時はそんなに慌てんでも、こうやって公開しているアドレスがあるんだしぃ・・・なんて思ったもんです。この後直ぐ、また慌てた感じで スミマセン、前のケータイに残ってましたってなメールが届いたんですけどね。あっあっはは、ちょっとあわてんぼうさんみたいですでも、今回、こんなメールのシステム障害があると同じ思いをされる方がおられるかもしれませんねぇ。他の方からも、実際はケータイに電話する事がなくても、メールする事がなくても、知っているだけで安心できますと言われる方も多く、私の連絡先はちょっとした保険というか、お守り代わりみたいですねご利益はあんまりない、お守りでしょうけども^^;また、やはりメールのシステム障害直前に、「至急」って書かれたメールが受付アドレスに届きました。米村先生の患者さんのご家族からなんですが、私とは直接の交流がなく、今回、至急米村先生と連絡を取らねばならない事ができたものの、しばらく先まで米村先生の外来予約が取れずにお困りの内容でしたね。それで、こういう場合の米村先生のご指示は伺っていますので、米村先生に確認を取る前に、「米村先生は、こう言われる筈ですから・・・」と急いでお返事したりして・・・ちょっと遅かったら、対応できませんでしたから、ギリギリセーフでしたね。ヤフーIDは幾つも持っているんですが、受付アドレスIDにだけ、直接のお詫びメールが届いたところをみると、ヤフーのスタッフの方も、気にしておられるのかしらんなんて思ったりして。話が逸れまくりましたけど、「娘にせがまれて仕方なく」 の60代の男性患者さんの近況ですが、また、写真を送ってくれましてね。そのお写真は、お孫さんと患者さんの奥さんと、ご家族団らんの良いお写真です。患者さんは誰?と思うほど、誰が見ても癌患者さんには見えません。お顔の色艶も良く、目には力がみなぎり、本当に良い笑顔。腹膜切除と、術中温熱療法を受けた患者さんですが、とても、そんな大きな手術を受けた方とは、誰も思わないでしょう。今では、術後に大変だった山や谷も嘘のようですメールは完全復活しましたので、徐々に、お返事いたします。
2014年10月05日
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