♪らんどくつんどく♪

2003.01.29
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新潮社

 伊丹十三特集にひかれて購入。しかし、それだけでなく思いがけない豪華執筆陣で、読み応えのある1冊でした。満足満足。

 まずは伊丹十三。エッセイを読んだことはなかったのですが、かなり面白そうなのです。
 ちょうど私が生まれたころに「女たちよ!」が刊行されて、かなり当時は話題になったようです。「日常生活に潜む正しい・本物のありかた」をユーモアをまじえてつづる。何より彼は聞き上手・まとめ上手だったらしい。「私自身は無内容な空っぽの入れ物」。。空っぽであるからこそ、人の話、体験したことをなんでも吸収し、新しい視点で「再構成」することができた、ということのようです。たちまち読んでみたくなってネット書店で検索しましたが。。。ほとんど絶版状態になっている模様。なんてこと。

 橋本治氏の「いま私たちが考えるべきこと」と次の茂木健一郎氏「仮想の系譜」は、いずれも「自分と他人=他者」について考えさせられる内容。
 橋本氏は「自分のことを考える」ことが「他人のことを考える」につながる人と「自分のことを考える」になる人がいることを指摘しています。前者は前近代的な人、後者は近代的な人。ひとりひとりが人権をもつ近代になってはじめて、他人と自分という自覚が生まれ「他の人はどう考えるだろう」と思うことができる。しかし前近代では自分=主権をもたないその他大勢の他者なので、他者は存在しない。といった内容をいつものまわりくどい説明で語っていく。いったい結論がどこへ落ち着くのか、続きを読まないとわかりそうにないのですが、端々にちりばめられた「自分」と「他人」についての考察が、頭にひっかかっる。
 茂木氏のほうはもっと明確。今回の題が「断絶の向こうの他者の心」。他者の心をわかることは絶対に不可能だ、というのが結論なのです。人は他人の心を言葉などのコミュニケーションを通して、わかろうとする努力をするのだけれど、そこで「あいつのことがわかった」と思った瞬間に他者との断絶ができてしまう。レベルを貼って、安心してしまう。のだけれど、安易に人の心を「わかった」と思ってはいけない、「わからないものなのだ」ということを真摯に受け止めて、わかろうとする気持ちを持ち続けることこそが、個人が断絶された世界においては大事なのだ。
 私たちは子どものこと、つれあいのこと、友達のこと、わかったつもりにはってはいないだろうか。わかったつもりになって、見えなくなってはいないか。人とのかかわりのなかで、常に自分に問いかけたいテーマのような気がします。

 他にも9・11後について語られているのが梨木香歩さんの連載と、池澤夏樹氏とギリシャの映画監督テオ・アンゲロプロス氏の対談。

 池澤氏の対談では監督のこれまでの映画について、「国境」がテーマになっていることを語り合っています。国境というのはあとでつけられたもので、会話が可能であれば「宗教も肌の色も人種もなにも人と人の間に立ちはだかることをやめる」。

 表現者として言っておかなければならないことがある、という切実なものが感じられる、読む方も思わず「考える人」にさせられる一冊、でした。





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Last updated  2003.02.10 22:58:43


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