日本では、スミルノフ高等数学教程が有名。
佐野千遥教授という人が、その学説を引き継いでいるらしいんだが?。
どこの先生だって???
佐野千遥氏はエネルギー不滅の保存則を認めないんだ、という。
それでネット上での扱いがおかしいのかも?
ようわからん。
ソマチッドなど、半ばオカルト分類されるような領域にも手を伸ばす?
へんな「スミルノフ学説」として、新しい物理学理論体系であるとして紹介されるけど。
わからん。
スミルノフ氏の学説は、かなり古いもののようである。
ニュートンの教科書プリンキピア・マテマティカを、復権再現したものともいう。
F1×v1=-F2×v2=constantが、物理学の出発点の公理なんだとするらしい。 力=ー定数 *M.m(質量)/r(距離)の二乗 つうのもあった。
旧来の理論では、エネルギーの方向性を無視しているともいわれるが。
おいら、物理学は、もともと「ようわからん」。
現代では時代遅れとされる、ニュートン物理学者の部類?なのであるかのようだ。
「現代物理学は、この動的作用反作用の法則の1式を忘れ去ったが為に、自力では全く脱出できない大混乱・大矛盾・虚偽の理論に陥ってしまっているんだ」、と、現代科学を批判しているらしいので、注目してみた。
量子物理学、相対性理論、どっちもポイだと、捨てる人。
物理ド素人のおいらがなんで、こんな詐欺めいた学説紹介に興味抱いたかというと。
実は物理学が皆目ワカランから、なんである。
数学公式についていけんというアホな、だけじゃない。
基礎からして、皆目つかめん。
寺田虎彦先生が大先輩の高校時代からこのかた、物理学も化学も、じつは生物学も、およそ自然科学系統は、おいらぜんぜん理解できんかったんだということを思い起こす。
自然科学側にも問題がありそうと、アホなオイラにもわかって来たのは最近。
もう耄碌してから。
高校は理数系コースだったんで、わからんなりに数学点取り虫は、一応数3までやってた。
私学の(教育学と同じクラスだったが、日本で珍しい純粋な)哲学科の大学入試は、90点以上取れる社会のかわりに100点取れる数学で受けて。
英語がダメだったけど、なんとか文科系の三流大にもぐりこんで。
卒論で破綻した。
その破綻は評価してもらえてたんだが。
しかし一般教養の、数学とか教育原理で、落第して。
親父が立派な教育者だったけど。
未だに物理学もワカランアホなのである。
さて、そんな享有問題はどうでもよくて、スミルノフ氏は「宇宙人の優越」なんか認めん人だったらしい。
なので、オイラと同じなので、好感が持てるのである。
特にオイラは、宇宙人を騙る宗教家の詐欺師が大嫌いだ。
フランス系カナダ人、ガストン・ネサンのソマチッド説も、コトの本質に何か迫っていそうだが、宗教が絡んでくるので結構嫌いなのである。
興味の接点も、宗教めいたそっち系ではなくて。
物理学が数学からできており、数学は身体からできており、生物学とも実は垣根なんてないんだという、そっち。
ニュートン力学が、形而上学的公理で成り立っているという、そこ。
公理とはナニであるか理解して、その基礎をきっちり学べていたら、おいらも物理学がわかったんかもしれんが物理学の基礎は・・・という、そこ。
公理というのは。
客観的対象を一応は公共に論理的に説明できる、「仮説」理論のことだ。
所詮、仮の説。
つまりはっきりせん「うふぉっ」てことだ。
説明はできるようにした仮説命題。
宇宙の決まりや規則事なんかじゃあないので、まちごうたらあかん。
規則ごとはこの後できて、「論理」や「倫理」と、ことわりの名が付く。
つまり理が、あとから付く。
仮説では、きっちりした理論にはならんのである。
経験帰納的なものにする客観論議が、まだまだ必要なのだ。
で、いくら論議しても公理が証明されるわけではない。
公理は公理。
その論議上の「決め事」に使うのが、共有の場で専用の、数学「論理」だ。
なにもない虚無論理じゃない。
数学的な「時空定義に基づく」、論理。
きれいに見えてない、論じられた、ことわり(理)。
決まり事ではない、のである。
決まりごとまで帰納させて「定めて」しまうと、それは「定理」と呼ばれ一般利用される。
但し物理学の範囲でのことで現実へは適用され得ない。。
個人制限上の決まりごとが、<享有>の場のみに通用する「倫理」なのであるが。
戦後の教科書がズタズタにして一般人にわからんようにしてしまった、倫理・道徳の、その「倫理」部分。
道徳は、共有者に提示された命題なので誰でもわかるのである。
倫理は、享有専門の共有からは見えんものなので。
道徳でもって倫理は騙れん。
マナーには決して、ならん。
そのうち誰もわからんなった。
こういった問題を「整理するのが哲学」なんだが、それがさぼっちょるというか、死に体なので。
ワヤ、になっちょる。
公理は、ホントは。
現実への有効性を演繹確保できる「感性」持ち出してのバーチャリター理論、のはずなんだが。
哲学が死に体なので、はっきりせん。
もちろんバーチャリター理論なんて、そんなの一般的ではないんである。
で、公理がわからんなる。
基礎が見えんなるのだ。
このわからん公理から、帰納的、経験的に客観化されて見えるようにされた。
それが「定理」。
なんかおかしいやろ、逆のように思う。
定理は、よく「使われる」んやが、これでええんかいな?。
その基礎の基礎である、公理ということの認識は、いいかげんにしたままなので、ほんとうはおかしいんだが。
だから物理的「真理」だの「定理」だのと言われると、いつもワカラン???になっていたオイラが、単にアホなだけじゃないわけだ。
特に高校の若い物理の先生とは相性悪かったし、物理の成績も悪かった。
その公理説明が、方程式をまず提示させて、何と図式を見えるようにしてそこから始めようとするので。
ますます???になって。
結果的に物理学への興味失ってた。
思い返すに、デジタル頭でできてないアホな若造には、何にも理解の糸口がなかったわけだ。
「現実」にも、「享有」にも、物理学はそっけない。
無縁なふりを装う。
客観重視の、なおかつ倫理無視で中立化が原則だから、なんだが。
この中立化、中性化というのもじつはウソで。
実際には「目的」が絡んでる。
そこと、あらかじめつるんでしまっている。
そのことが、最近になってようやく自分で、うっすら、わかった。
安易に共有幻想を作り上げ、それを優生学で個々人の現実へと持ち込んでしまうこともある。
ニュートンは、デジタル頭でできた、そぎ落とし数学に拠る形而上学者なのである。 哲学者ではない。
「形而上学的な宇宙論」を騙る宗教家、なのである。
そのことも、やっと自分で見えて来た。
スミルノフ物理学は、それと違って、数学が基本なのか?。
ロクに接してないんで、まだわからん。
科学「技術(目的)」ではなくて。
現代科学がそぎ落として来た現実志向の宇宙観を持とうとする、数学者か形而上学者(宗教家の事)だろう、ということは推測できる。
「物理的な宗教教説化への志向」が、どうやらありそうなのである。
現代科学は、科の細分学で「ある」。
つまりもともと矛盾した出発点がある。
共有狙いなのに、享有が必ず必要だし。
享有と無縁な「帰納的成果物」も必ず要る。
その基礎の享有する居場所のために。
旧来のカトリック系の形而上学を遠ざけようと謀って、テクネーとロジックを頼りにテクノロジーを導入した。
だがそこでテクネーの解釈を誤ったのだ。
それを米国で、タ・プラグマータな、道具的な普遍技術にしてしまったので、基本享有が消え。
公理「理論」ではなく、空虚「論理」に頼る事となってしまった。
ヘーゲル哲学ではなく、哲学以上の空虚なナニカに頼ったつうこと。
宗教的なものに頼ることになって、虚無主義的「無神論」に落ち込んで。
果てはエネルゲイア優先の、悪魔主義に身を寄せてしまっているのが物理学の現状。
スミルノフは、それらとも若干違うようだ。
「現実世界は連続実数ではなく、離散値」だ、とするらしいからである。
数学的には、そのとおりだと思う。
とりあえず、コレ賛成。
現実は、連続値のデータではない。
だが科学だと、離散値データとしてであっても、やはりデジタル認識するしかないのだ。
切り刻んで殺して、数学可能なデーターにする必要がある。
「連続実数値の数学である微積分や確率統計学は使用せず、微分は差分、積分は和分となる。」らしいんだが。
おいらのアホ認識に、ここは若干近いのだが。
ここでおいらと別れる。
哲学は、アホ認識じゃなく「うふぉ」認識なのである。
物理学はオイラ、ぜんぜんわからんので、「アホ」認識の類となるのだ。
スミルノフ氏はアホ志向ではなく。
「宇宙は秩序を形成する。」
「エントロピー減少の収縮系である」という。
秩序整頓主義者なのだ。
「故に、秩序の高度化=生命体の進化が起きる」んだそうだ。
進化説、つまり優生学者をもやるのである。
つまりスミルノフ物理学は、即、生物学でもあるんだし。
いわゆる世間では、トンデモ理論の類とみなされてしまうしかないのであるが。
おいらは逆に。
彼の批判する現代の物理学自体が、現実において哲学無視やるトンデモ理論化してるんだと思ってる。
なので、複雑だ。
「現実」というものは、オイラ個々人だけの「享有の」世界だが。
科学界では共有思考だけ有効なので、ねじれてバーチャリターになってしまう。
と、そう思っている。
スミルノフ理論では、宇宙は、捻じれた空間なのである。
どこかバーチャリター的で、おいらの主張と、どこか似てはいるのだ。
しかし「エーテル繊維で満たされ、三次元的なイメージとしてはクラインの壺で表現されるんだ」という。
イメージにしたい、派。
基礎の宇宙論(形而上学の事)を騙ろうとする、それを大事にする丁寧さ、なのである。
バーチャリターは空間のみではなく時間も絡む。
「時・空」なのだが。
西洋人は時間が見えてるようで、なぜか時間を論議から落っことすと言うか、そぎ落とすようだ。
見つけたこの解説が、かなり詳しかった。
https://g-village.net/iyasaka369/%E3%82%B9%E3%83%9F%E3%83%AB%E3%83%8E%E3%83%95%E7%89%A9%E7%90%86%E5%AD%A6.pdf
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