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はい、今日も今日とて疲れた身体を引きずりながら、我が家へと帰ってみると、郵便受けに某配達業者からの不在通知表が入っていました。普段、本やら本やら(以下略)を懐の許す限り買いまくっている私。どの本が届いたのか、と思って不在通知表を良く見てみると「代引き」との文字が・・・。それでハッと気が付きました。今日は、マナー・ハウスの発売日ではありませんか!慌てて、配送業者に連絡を取って、つい、2時間ほど前に我が家にマナー・ハウスが届けられた次第であります。という訳で、今夜は残念ながらDVDの中身を見る時間と気力がないので、今度のお休みの時に、とっておきのフォートナム&メイソンの紅茶と、図書館の近所にあるケーキ屋さんでラムの効いたドライフルーツのケーキを買ってきて、お気に入りのロッキングチェアに揺られながら、大画面のテレビでジックリと鑑賞したい思っています。しかし、マナー・ハウスを買う動機ともなった、森薫&村上リコさんの対談やマンガが載っている『MANOR HAUSE エドワード朝生活の手引き』だけは、好奇心に負けて目を通してしまい、1時間、しっかり読み込んでしまいました。疲れ切っているのに何しているのだろう、私・・・。しかも、興奮からブログまで書いちゃって・・・。病気ですね。まぁ、鬱という精神病に罹っているので、もう、何も言う事はない状態なのですが・・・。さて、そんな状態で読み込んでしまった『MANOR HAUSE エドワード朝生活の手引き』ですが、ギャーッと言うほど良かったですね。まずは、森薫&村上リコさんの対談!ふたりともはじけて本音トークです。HPにも書いてあったのですが、森さんはハウスメイドのレベッカさんがお気に入りだそうなのですが、その辺りの話をリコさんがふると、「仕事はきっちりやっていながら、いつも余裕がありそうな、ニコニコした雰囲気が。」好きだとか。あとは、ビジュアル面で、「黒髪で、かわいくて、メガネが似合うところ。」(エマじゃん!)とかそんな話しが盛りだくさんでした。他にも、森&村上両女史が「メイド服が惜しいんだ。」「メイド服惜しいねー(笑い)」とか本音を吐きまくっているところとか、リコさんがエマの時代考証担当らしく、「女子のトイレとバスルームが映らなかったところ。」が残念であるという指摘や、マナー・ハウスの家族の中に女の子が出てこない事が「女の子の生活と男の子の生活はぜんぜん違うはずだから、少女の生活も見てみたかった」、「この時代の少女小説を映像化したものはわりとあるけど、裏側からの視点ってなかなかない。だからオリフ・クーパー家は女の子つくらなかっただよう!って」なんて深い突っ込みもあります。そして最後に、リコさんがちゃっかり「そう!『MANOR HAUSE』を見ると、映画とか小説とかを鑑賞する時、出てきていない裏側の部分を想像する能力が養われるかも。妄想する楽しみが強まるっていうか(笑)。森さんの『エマ』も、もっと楽しく読めるはず!」と力説&宣伝しているところはさすがだと思いましたね。もっとも、私は『エマ ヴィクトリアンガイド』の参考文献を図書館で借りて来て、妄想力をつけていましたがね。あとはそうですね~、森さんの『天国に一番近い場所(私にとって)MANOR HAUSE』が、最高でしたね。表題のところには、森さんのお気に入りのレベッカさんとジェシカさんのふたりが出ていました。しかし、森さん。このあとはそうですね~、森さんの『天国に一番近い場所(私にとって)MANOR HAUSE』では、のっけから飛ばしています。自己紹介とこの漫画を書く事になった理由をひとコマで終わらせると、「ところで突然ですが、メイドは好きですか?」ときたものです。で、「私は 大好き です」とこぶしを握って力説する姿を描いてあって「あとお屋敷とか執事とかフットマンとか貴族とか(以下延々と続く)」ときて、そんな人間にとってこのDVD(『MANOR HAUSE』)は夢のような空間です、と紹介しています。森さんは、前から英語版はお持ちだったそうですが、今回発売のものは「なんといっても日本語字幕付き!」。そして「そんな 事を 言って いたのか」というセリフが…。「いや英語字幕で見てはいたのですが、何しろ英語力が中学生程度なもので・・・」という言葉と共に「字幕を止めて辞書で引く(そして途中で諦める)」といった私にとっても身につまされる様な(私も英語は苦手、むしろドイツ語のほうが好き。だから『エマ』のドロテア奥様が好き!)エピソードが書いてありました。それから「まあ、そう言っても映像だけで十分楽しいこの『マナーハウス』」と書いてあって、そのあと「そんな個人的な見所をご紹介してみます」と森さんの『MANOR HAUSE 見所紹介(別名 メイドさん’S観察記』が始まるのですが、6ページに渡る見所紹介マンガ、内容がとても濃いですし、私も『マナーハウス』を全部見てから、ああなるほど、と相槌を打ちながら解説&紹介をしていきたいので今日はこの辺で止めておきます。というか、躁状態が切れ掛かってきたようなので・・・(食後の薬を飲むと、しばらくは楽になるのです、はい)。では、この『マナー・ハウス』ネタ。まだまだ続きますので、お楽しみに!
2007年05月25日
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え~、公共図書館というところは、土日も開館しないといけないので、どうも曜日の感覚が狂っていけません。おまけに、シフトによっては平日2連休という週もあるので、今日が何曜日か、一々新聞やカレンダーで確認をしている今日この頃です。さて、今日はそんな世間一般が平日の休みの日にレンタル屋へ行って借りてきて鑑賞したDVD、『砂漠のライオン』についていつものようにダラダラと紹介and解説をしていきたいと思います。この『砂漠のライオン』は1981年にムスタファ・アッカド監督の指揮の下、撮影された史実に基づいた映画です。映画の内容は、第1次世界大戦前の1911年、イタリア王国がオスマン・トルコ帝国と戦争を行い、当時、トルコ領であったリビアを割譲させる事に成功します。ところが、現地リビアでは砂漠の民ベドウィン族がリーダー、オマー・ムクターらの指導の下、激しい抵抗運動を展開し、イタリアのリビア統治は苦難の連続という泥沼に陥ってしまいました。ところが、1922年、イタリアでファシスト党のムッソリーニが政権を獲得、一大ローマ帝国を築こうと野望に燃えていたムッソリーニは、1924年にはユーゴからフィウメを併合、続いて1926年にはアルバニアを保護国化するなどしてファシズムの旗を地中海沿岸に拡大しようとしていました。そんなムッソリーニとって一番我慢ならないことが、リビアでのベドウィン族の抵抗運動でした。そこで、頭にきたムッソリーニは大軍をリビアに投入し、鎮圧作戦を実施していましたが、ついに1929年、第1次世界大戦の英雄グラツィアーニ将軍をリビアの司令官に任命します。彼は後に「虐殺者グラツィアーニ」と呼ばれるほどの過酷なゲリラ掃討作戦を実施します。グラツィアーニはまず、近代兵器を砂漠へ投入します。史上初の戦車の砂漠での作戦行動の実施。航空機による無差別爆撃。毒ガスの使用等々。さらに、毛沢東の格言「ゲリラとは人民という海を泳ぐ魚である」という考えを逆手にとって、ベドウィン族の村や耕作地、井戸を破壊し、反乱分子を躊躇なく処刑し、その他のベドウィン族を強制収容所に隔離してしてしまいます。当然、人権の欠片もないイタリア軍の手による強制収容所では、栄養失調者や病気で死者が続出、この残虐なゲリラ鎮定作戦を列強は「イタリア式」と呼んで眉を顰めました。この残虐で近代的な合理主義者のグラツィアーニ将軍に頑強に抵抗し、リビアのベドウィン族の指導者、オマー・ムクターたちは果敢にゲリラ戦を展開していく、というのが映画のあらすじです。この映画、私がまず観ていて目に付いたのはイタリア軍の装備ですね。当時のイタリア軍の歩兵の主装備は6,5mmのカルカノ・ライフルで、このライフルは日本の三八式歩兵銃より古いという代物。そして機関銃は故障だらけのブレダ社製の機関銃(この機関銃、撃ち終わった薬莢をもう一度保弾版に戻すという摩訶不思議な機能が付いていてこの複雑怪奇な機構が故障の原因となったのです。まぁ、日本人も11年式軽機関銃で弾倉を作るのがもったいないといって、小銃実包をクリップのまま使える様にした軽機関銃を作っているので、他国の事はどうこう言う資格はないのですが)、さすがに映画の中では調子よく火を吹いてベドウィン族をなぎ倒していましたが・・・。それから、イタリア軍の装甲車や戦車の出来の良さ!とくに戦車は、イタリアがフランスのルノーFT型戦車をコピーして作ったフィアット3000突破戦車(戦車といっても当時のトラックの荷台に乗るようなちいさな二人乗りで、しかも重機関銃が1丁しかないという貧弱なものですが・・・)が本物そっくりなのには驚きましたね。さらに、当時のイタリア軍の制服など、小道具も当時の写真や映画(ファシストは宣伝を重視していたので、このような映像資料がたくさん残っていて、映画を製作する際の参考になったそうです)そっくりに作られていて、違和感がない仕上がりとなっています。このように、空からは戦闘機が空爆を行い、野砲が援護射撃をする中、戦車の支援を受けて攻撃するのですから、小銃ぐらいしかもっていないベドウィン族に勝ち目はまずありません。それに対して、どうのような戦法でオマー・ムクターの指導するゲリラがイタリア軍と戦っていくのかが、この映画の醍醐味のひとつだと思います。こうして、グラツィアーニ将軍はオマー・ムクターの指導するゲリラを追いつめていくのですが、相手はゲリラ、舞台は広大な砂漠、包囲しようとしても山岳地帯に逃げ込まれ、中々、掃討する事が出来ません。そこで、グラツィアーニはムッソリーニに直訴して「古代のハドリアヌスの城壁」の近代バージョンを提示、これを実行に移します。これは、英国保護領であるエジプトとの国境に海岸線から本当の不毛の地である「砂の海」まで鉄条網で国境を封鎖、ゲリラへの物資の補給を完全に遮断するという作戦でした。こうして追いつめられたオマー・ムクターはついにイタリア軍に捕らえられ、ベンガジで軍事法廷にかけられた後に、公開処刑(絞首刑)に処され、映画はそれで幕を閉じます。さて、この映画を観ていて思ったことは、ゲリラの指導者、オマー・ムクターに対して、グラツィアーニ将軍をはじめとする、幾人かのイタリア軍人が騎士道的精神をもって敬意を表するシーンが多々出てくる点です。これは、まだ戦争に古き良き時代のロマンの香りが残っていたということなのでしょうか?興味深い点です。監督のムスタファ・アッカド氏は、歴史上に残る勇猛な戦いを演じた偉大なる2人の人物を描き出すことに本作は成功している、なんて述べていますが、私は、どうもオリヴァー・リード演じるグラツィアーニ将軍が「高慢なヨーロッパ人」というような感じで鼻についたのは少々辟易しました。それに比べて、オマー・ムクターを演じたアンソニー・クインの演技は、ゲリラを指揮するリーダーの苦悩や個人の持つ信念というものがにじみ出ていて好感が持てましたね。それにしても、アンソニー・クインと本物のオマー・ムクターが本当に写真を見比べるとそっくりなのには驚きましたね。それにしても、この映画を観ていて考えさせられたのは、当時のイタリアのスローガン「ローマ帝国の復活」が随所にお目見えしますが、よく考えてみると、当時の日本も皇紀何年とか三韓征伐とか叫んでいましたし、ドイツもキリスト教化される前のゲルマニア文匡ルーンの文字とか色々を利用していましたね。このような先祖がえり的な症例はファシズム特有のものではないかな?と、少し思いましたね。あと、映画の中ではイタリア軍がリビアのベドウィンを人を人とも思わぬ所業を随所で行いますが、これも、日中戦争での日本軍の対八路軍作戦や、ナチスドイツがユーゴスラビアやロシアで行ったパルチザン掃討作戦を考えると、対ゲリラ戦略は結局はそこに落ち着くのか、と考えさせられましたね。アメリカもベトナムで、「イタリア式」に似た作戦(住民を一箇所に集めて隔離する作戦や枯葉剤の散布など)を取っていましたしね。そう考えると、現在進行形で進んでいるイラク戦争やアフガニスタンで行われている対テロ戦争も結局は、イタリアのリビア制圧に似ている点があることに留意すべきかもしれませんね。このように、この映画は、簡単にファシズム国対被抑圧国という視点だけでみたらつまらないと思います。映画の中でも言われていましたが、憎しみは憎しみを生み、世代を超えて受け継がれていきます。一体、力の論理だけで何が得られるのでしょうか?そのような事を考えさせられる映画でした。
2007年05月16日
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今日は、「MANOR HOUSE(マナーハウス)英國発 貴族とメイドの90日」の紹介文の中で出てくる「ハウスメイド」なる用語について、以下の図書を参考にさらりと解説していきたいと思います。参考にする本は、当然村上リコさんの『エマ ヴィクトリアンガイド』(エンターブレイン、2003年12月、ようやく表紙画像が登場です。)と、池浦良太著『図解メイド』(新紀元社、2006年5月)、そしてパメラ・ホーン著、子安雅博訳『ヴィクトリアン・サーヴァント』(英宝社、2005年5月)の以上、3冊です。 まず、ハウスメイドを日本語に訳すると、単純に家女中となります。さて、その、ハウスメイドの仕事ですが、『エマヴィクトリアンガイド』では端的に「清潔と整頓―彼女たちはこの二つの美徳に仕える召使である」と紹介されています。では、具体的にはどのような仕事をしていたかを1日の動きを追って見てみると、まず、朝食前に暖炉の火格子の清掃、客間、食堂、正面玄関、各部屋の掃除を行います。さらに、レディーズメイド(小間使い)やフットマン(従僕)がいない場合は、沸かしたお湯を雇い主の家族の部屋に運び、食事の際の給仕までしなくてはなりませんでした。そして、昼間の間は寝室や寝室用便器の清掃を行い、石鹸や蝋燭、タオルなどの必需品が足りているかを確認します。そして、ディナーの後には各部屋を巡回して最終確認を行い、寝室や化粧室にお湯を運びこむ、というのが大体の1日の仕事でした。ところで、このハウスメイドの仕事の中で、最も重要かつ大変な仕事だったのが、ベッドメイクです。まあ、その前の部屋の掃除も「部屋に妖精が住んでいるように」掃除をしなくてはならなかったそうですが。さて、このベッドメイク、埃のつきやすいヴィロードの椅子や他の家具を運び出し、それから、普段つけている労働用のエプロンとは別のきれいなエプロンに着替えてから、上掛けを取りのけてよくふって埃を落とし、マットレスを毎日裏返して、リネンと枕を綺麗に整えなくてはならないという、かなりの重労働でした。当然、ベッドの下には塵ひとつ落ちてないようにしなければなりませんでしたし、雇い主の中には、ベッドを作る前に爪が綺麗か検査までする奥様までいたそうで、それは、神経を使う仕事だったようです。また、都会では「虫」とくに虱(シラミ)に対して細心の注意をハウスメイドしなくてはならず、虫一匹見つかろうものなら、ベッドをバラバラに分解して磨きあげたそうです。ヴィクトリア朝と呼ばれる時代は、とくに「清潔」という概念に対して、大層重視された時代ですので、窓は綺麗にピカピカに拭かねばならないし、マットレスにはブラシをかけ、カーテンはゆっすて叩き、壁のペンキの塗ってある場所は綺麗に洗わなければならない。さらには、鏡をテカテカに磨き上げ、カーテンレールまで刷毛で埃を払い、床をよく擦り洗いするのですから、ハウスメイドというのは、本当に肉体労働です。でも、「MANOR HOUSE(マナーハウス)英國発 貴族とメイドの90日」の紹介文の中にあるようにバーナーの「第三メイドのエリカさん」というように、ハウスメイドもお屋敷に複数人いると、古参の人から序列がついて、上にいくほど楽な仕事をしていたそうです。例えば、『ヴィクトリアン・サーバント』によりますと、女中頭が部下の仕事ぶりを監督し、さらに装飾品の埃を払い、主要な部屋の掃除をしたそうです。あるお屋敷では、第四家女中がもっぱら女中たちの(!)身の回りの世話をし、第三家女中が勉強部屋の仕事に従事し、第二家女中が雑用をこなしていたそうです。家女中頭(ヘッド・ハウスメイド)は軽い仕事しかしなかったようです。このような仕事をこなしているハウスメイドですが、彼女たちは少女と言ってよい年代からハウスメイドとして奉公に出るわけですので、当然、豪華なお屋敷の中には見たこともない品物がいっぱいで、そんな取り扱いのわからない豪華な代物をたいした説明もなく掃除を命じられるのですから、当然、貴重な家具を傷めたり最悪、破損してしまうケースがよくあったそうです。その場合、すぐに申し出れば許される事もあったそうですが、たいていの場合は給料から天引きされ、酷い場合は首になることもありました。もっとも、一番悪いケースは、壊したものを隠したりした場合で、このときは主人に対する卑劣で恥ずべき行為であると同時に、神に背く行為であるという理由で、即刻首になったそうです。さらに、彼女たちを襲う試練は、主人が彼女たちの誠実さと勤勉さを確認する為に、床の上やカーペットの縁の下に硬貨を置いておくというものです。当然、ハウスメイドはその硬貨を主人に届けなくてはいけないわけです。意地の悪い雇い主もいたものです。このように、ハウスメイドという使用人は、今日、私たちが抱くメイドのイメージの根幹となるものだといえるでしょう(メイド喫茶はどちらかというと客間女中・パーラーメイドのイメージですがね)。という事で、今日は「MANOR HOUSE(マナーハウス)英國発 貴族とメイドの90日」の宣伝も兼ねて、ハウスメイドの解説をしてみました。それでは今日はこのぐらいで!
2007年05月09日
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え~、みなさま。今年の1月より長らくご無沙汰をしておりました。実は、1月からこの4月まで、泥沼の地獄状態で、当然、鬱も悪化し、3月頃には病床に伏す始末となりました。この原因は、全て職場の人間関係によるものでしたので、病床から起き上がるとすぐに、学校から逃げ出す算段を考え、無事に(多少強引な手段を用いましたが)職場を異動することが出来ました。なにせ、私の天敵は着任一年目のおばさん教員。よっぽどのことがない限り、1年で異動していくことはありません。で、私が学校から逃げ出せばよい、との結論に達し、方々に迷惑をかけてこの4月からは、町の公共図書館に籍を移すことに成功したのです。ところが、学校から逃げ出して安心したのか、職場の環境が変わってしまったのが原因か、再び鬱が悪化。4月中は、職場と家を往復するだけで精一杯な状況でした。そして、風薫る5月に入ってようやく症状も安定してきたので、祝日で図書館がお休みの今日、部屋の窓を開けて青い緑の香りがする風に吹かれながら、近況を報告させていただくことにしたわけです。しかし、この3ヵ月半、ほったらかしにしてきたこのブログですが、それでも記事の更新もないのに日々平均16~20人ほどの閲覧者を記録していて、毎日楽天から届くメールをぼんやり見ながら「ありがたいことだな~」と思っていました。何も更新しなかった期間中に濫読屋雑記を覗きに着ていただいた方には本当に深謝深謝です。と、まあ、こんな感じで徐々に以前のように私が読んだ本についての感想・解説、職場が公共図書館に変わりましたので、その職場の様子などをぼちぼちと書き連ねていくように善処したいとおもっていますので、これからもよろしくお願いしますね。それではこれでは少し寂しいので最後に、今パソコンの手元にある読書途中の本を1冊、紹介して終わりましょうか。まずは、田所昌幸著『ロイヤル・ネイヴィーとパクス・ブリタニカ』(有斐閣、2006年4月)です。この本は、「七つの海」を支配し大英帝国を支えたといわれるロイヤル・ネイヴィー(英国海軍)とは、どのような国家制度であったのかをあきらかにした解説書です。これまで、ナポレオン戦争以降から第一次世界大戦までの英国海軍に関する適当な本がなかったので、この本が出版されたの軍事史&海軍史好きの人間にとってがうれしいですね。ちなみに、19世紀のロイヤル・ネイヴィーは、急速な技術革新、鉄船や蒸気機関、後装鋼鉄砲の導入(この関連では横井勝彦さんの『アジアの海の大英帝国』に鉄製蒸気船導入の経緯が書かれていて参考になりますが)、の波やイギリス社会の大変動、戦略環境の変化、スエズ運河の開通や新興海軍国アメリカや日本に応えつつ、奴隷貿易を取り締まり、ライバルたるフランス海軍や台頭するビスマルク・ドイツに備えなくてはなりませんでした。そんな、ロイヤル・ネイヴィーに注目し、ナポレオン戦争終結から第一次世界大戦勃発に至る時期の、イギリスの盛衰とイギリス外交(特に日英同盟)、イギリスが主導した国際秩序「パクス・ブリタニカ(イギリスの平和)」の実像に迫った意欲満々の一冊です。ただ、文章が横書きで、私は平気なのですが、横書きの文章を長くは読めない、という方にはちょっと問題ありな点ですね。 そんな感じで、今日はパソコンの横に置いてある本をサラッと紹介してみました。次は寝床の周りに置いてある本を紹介してみましょうかね。
2007年05月04日
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