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運動会と行っても小学校のではなく(もう終わってるしね)地域の運動会で、今現在自治会の役員をしているので、その打合せをしたのだった。プログラムの出場者、お弁当、打ち上げ等の内容を決めて、後は当日のことなどを話し合った。今週の日曜日、晴れるかなぁ?午後からは夫が講演会から帰宅して一休みしてから、買い出しへ。いつものスーパーの立体駐車場が全て満車という驚くべき事態が起きていて、仕方ないので車で30分ほどの別のスーパーへ。飲み物とか夕食の一品とかをちょこっと買って、夫の下着、靴下なんかも買って帰宅。あー、ほんと、娘のバレーがないとこれだけのんびりするのかぁ。そうそう、娘のバレーなんだけども、もう本人はすっかりやる気を無くしていて、バレーをしたいという気持ちには全然ならないみたい。親のほうもこの楽な生活に慣れつつあるので、今さら娘を奮起させてまで・・・という気もするしなぁ。うーん、どうするかなぁ。
2007.09.30
娘がバレーに行かなくなってから、土日がまったりと過ごせるようになった。今日もゆっくり起きて遅い朝食を食べながらテレビを見て、雨だったから図書館に行って時間をつぶし、夜は息子の柔道を見に行って。柔道は試合を見るのは好きだけど、練習はあんまり面白く無いんだなー(ワガママです)バレーだと練習でも面白いんだけどねぇ。でもまぁ、平日は自分のバレーと重なっているのでほとんど見れてないわけだから、土曜日くらいはびっちりと見てあげないとなぁと思っているんだけどね。そろそろ柔道を始めて10ヶ月になる息子。最近ようやく前方回転がキレイにできるようになってきました。それだけでもすごいことなんだけどね。
2007.09.29
午前中にビーチ(ビーチボールバレーね)で夜は普通のバレー。夜のバレーは絶好調に体が動いた。やっぱり、体ってのは動かし続けていると、どんどん瞬発力も出て来るし、思ったように動かせるようになるものなんだなぁと改めて実感した。もともと運動はオンチなはずだったのに、40前になってこんなに運動ばっかりするようになるなんて思ってもみなかったな~。結局、息子を産んでビーチをし始めてからかれこれ6年、バレーをし出して4年になるんだけども、その間、ずーっと休まずに運動し続けてるんだから、我ながらすごい。と自画自賛してみました。
2007.09.28
火・水は休息日だったような。少し体調は復活するも、だるさは多少残っている感じ。とりあえず家事をこなして、仕事もぼちぼちと。納品には自転車で出かけてみたけど、それほどしんどくもならなかった。良い感じ。仕事先でIちゃんと会って、Iちゃんがチームを辞めたと聞く。体調不良が原因で辞めたそうだけど、本当はチームの方針に付いていけないからだそうで。結局体調不良になった原因もその方針のせいだったりするから、仕方ないんだろうな。でも、きっとまたどこかで復活するよね、応援してるよ。そして夜には娘のバレー友達のRちゃんが強豪チームに移籍するとのメール。娘は「絶対に入りたくない!」と断言したほどのスパルタチームだったりするので、Rちゃんがつぶれなければいいけどと心配。ま、お母さんが付いてるから大丈夫かな。娘のことも心配してもらっているけど、本人は全くバレーに関心も無い状態だったりするので、当分は様子を見ないといけないだろうな。
2007.09.27
なんだか昨日に引き続いて体調が悪い。昼寝をしても頭がぼーっとして、夜のバレーもひたすら調子が悪かった。反面、アタックだけはちょっと調子良かった。なんでだろ?
2007.09.26
土日の疲れなのか、ひたすら眠くて眠くて・・・仕事もぼちぼちとあって、合間をぬっては昼寝をして。あぁ、こういう時は家の仕事で良かったなとしみじみ思う。夜は柔道の場所取り会議と広報の会議。めんどくさいけど、あと半年だ!
2007.09.25
金曜日にもらった仕事がまだ半分もできていなかったので、遊びに行きたいのはヤマヤマだったけれど、夫に子ども二人を任せて(遊びに行ったみたい)仕事仕事。運動会、昨日の練習試合の疲れからか、眠くなりながらもなんとか完了。少し昼寝をして夕食の準備をしたところに3人が帰宅。農業公園のようなところに行って、ソフトクリームとウインナーを食べて、スワンボート(正確にはパンダボートだったらしいが)に乗ってきたそうだ。今までバレー漬けだった娘には、そういう体験も滅多にないことだったので、楽しんできたようだ。
2007.09.24
私のバレーのほうで、審判講習会という会のモデルチームとして参加した。モデルチーム同士が試合をして、審判のタマゴの人たちが審判をするというものなんだけれども、大御所(バレー連盟の偉い人)達が見守る中で、タマゴの人たちは大緊張していた。かわいそうに~。私は3つのポジションをさせてもらって(ライトバック、バックセンター、ライトアタッカー)それぞれに良い所もあれば悪い所もあって、楽しかったのだけど、タマゴの方達の緊張ぶりと審判のあり得ないミス(恐らく、緊張のためにテンパってしまったんだろうと思われる)と、途中で何度も試合を中断させられるという状況がなかなかすごいものがあった。帰りにジュース代として一人200円ずつもらって帰ってきました。
2007.09.23
朝5時に起きてお弁当作り。昨日のメニューに書き忘れていたけど、プラスおにぎり。夜の下ごしらえのおかげで7時前にはお弁当完成。子供たちを送り出してから、今年は良い場所確保のために、7:45に出発。8時過ぎには学校に到着したけれど、目的の場所はすっかり埋まっていた。それでも、日なただけど良い場所が取れたので、そこで今年は見ることにして、お弁当だけは日蔭で食べることにする。2つシートを持っていって正解だったわ~。後から聞いた所によると、日陰の良い場所には前日の11時ぐらいからシートを敷いてる人もいるみたい。そこまでするのはどうかと思うので、来年も同じ時間で同じように場所取りをすることにする。息子の出場したのが・50m徒競走・ダンス・綱取り合戦娘が・100m徒競走・リレー・組体操+ダンス全部を見た感想としては、息子は去年に比べると、冬から始めた柔道のおかげか、走りが断然早くなっていた。去年はたしかビリかなんかだったのに、今年は6人中、2位と僅差の3位。一応タイム順に組み合わせはされてるみたいだけど、何度かした練習では着々と順位をあげての結果だったようで、がんばったんだな~と嬉しかった。体力が付いたお陰だろうな。ダンスも昨年に比べるとしっかりきちんとできていたし、綱取り合戦は結構張り切っていて、楽しんでる様子が見えた。そして娘、100m走は6人中4位。でも6人中5人(娘以外は全員)男の子だったし、早い子ばかりだったようなので、仕方ないのかな。一応タイム順で組み合わせはされているようなので、たまたま早いチームに入ってしまったと思っておこう(笑)そしてリレーはというと、赤、青、黄の3グループ対抗で、娘が赤チームで娘の前の子から2位でバトンを渡され、1位の青チームの子と5mくらい差がついていたのを、グングン追い抜いて1位に踊り出るという快挙を成し遂げたのだった。(ちなみに、この日記の最初の写真がその抜いた瞬間だったりします。)周りの人の何人かからも、「○○ちゃん(娘)早かったね~」なんて言われたりして、嬉しかったわ。そして組体操も良く頑張ってました。成長を感じた。もんのすごい良い天気(秋晴れというより真夏日だけど)で、日に当たりまくって食欲が無くなるくらいしんどかったけど、とっても楽しく見れました。晴れて良かったわ~!
2007.09.22
さて、明日は娘&息子の小学校の運動会。毎年お弁当のネタはほぼ決まっているので、買い物も簡単に済ます。いちおう、今年のメニューは、・サンドイッチ(タマゴ、ハム、ツナ、ホイップ(いちごジャム、パイナップル缶))・唐揚げ・ハンバーグ・ポテト&ソーセージのチーズ焼き・梨・パイン缶ってな感じ。野菜少なっ!でも、今日だけは子供の好きなモノを作ってあげたいので。ついでに、今年は、敷物を新調して、簡易テーブルも買った。夜のバレーの練習に行った後(今日はライトアタッカーが休みだったので、ライトのアタッカーとレシーバーの両方を交互にして、本当に疲れた)夜中1時過ぎまでかかって下ごしらえ。明日は晴れるかな~?
2007.09.21
朝から仕事を納品して、ビーチバレー。今日は昨日のアタック練習と試合のおかげか、アタックのキレが良かった。それにしても暑かった~。最後のほうになったら、フラフラになる人続出。残暑が厳しいのって、真夏に暑いよりも体力的に厳しいものがあるのかな?私はお陰様で体力だけはあるし、普段から運動してる日が大いので、特に疲れたってこともなかったけど。で、夜、子供たちにご飯を食べさせてから地域の役員の会議。11月にある祭りの打合せ。今年でこの役も終りだな~。2年っていうのはなかなかしんどいな。で、同じ場所で開かれていた、娘のバレーのほうの打合せにも顔を出した。辞めると言った監督が本当に辞めてしまった(でも、本人は1週間ほどで戻るつもりだったみたいだけど)ので、崩壊してしまった我がチーム。でも、チームを存続させないといけないからと言って残った2人のうち、一人がその辞めた監督を戻したいと思っていて、それ以外の人(残った一人と休部状態の人数人)はその監督以外の監督の下でバレーをしたいと思っているという複雑なことになっているみたい。うちは休部というか辞めたつもりだし、このチームに戻るということはほぼ無いと思っているから発言するつもりは無いんだけど、辞めた監督をそんなに嫌がってる人が多いってのがまず驚きで、そしてその監督を引き留めたいと思っている一人の人が反対勢力からことごとく嫌われているってのも驚いた。あれだけ多くの人に嫌われるってのもある意味すごい。ま、実際私も嫌いなんだけど。チームのためとか色々言っても、その人はやっぱり自分のことしか考えてないんだよね。自分の娘をその辞めた監督に見てもらいたいから色々と動いてるってのも私はよくわかってるし。でも、当の娘事態は本当はバレーをしたくないって思ってるんだけど、実は両親が恐くて言えなかったりするんだよねー。自分の娘のことすらちゃんとわかってないその人はアホか!って思う。でも、この会議の流れを見ていくと、その1人の人をみんなで追い出そうとしてるのがはっきりとわかるんで、自分の良心としては、ちょっと咎める気持ちがある。大人のいじめですな。
2007.09.20
子供たちの運動会の練習も佳境に入った。今日は3時間の全体練習だったみたい。とっても暑い日だったので、息子なんて帰った頃にはヘロヘロ状態。冷たいものを食べて着替えて扇風機に当たってやっと生き返ったそれでも、夕食をモリモリ食べて柔道に向う息子。柔道も学校も「休む」とは絶対言わないところが、我が子ながらえらいなーと思う。何でも続けることに意義はあるよね。「継続は力なり」****************************さて、私のバレーのほうはと言うと、近くのチームとの練習試合。ライトアタッカーの人が遅れるということで、急遽そのポジションに入ることになった。いつもはライトのレシーバー。アタックやブロックはいつもビーチバレーでやっているので違和感なくできるんだけど、トスが難しい。(普段は滅多にやらないので)3本くらい上げて、まともにレフトオープンに上がったのが1本。滅多にしないポジションってのは難しいね。ま、ぼちぼちがんばろーっと。2セット目からは通常ポジションに戻るも、今ひとつ調子が出ず。ポジションの切り替えってのは難しいね。でも3セット目は普通に戻り、結構ミスも少なく行けた。17-10くらいからみんなで一つになってボールを拾いまくり、逆転して勝つという、近年まれに見る追い上げ&盛り上がりだった。試合後に監督から「今日の3セット目は良かった。バレーボールの面白さを感じた。」とのお言葉をいただく。いつもこういう試合ができるといいね。
2007.09.19
久々に仕事をした(2週間ぶりくらいかな?)けど、やる気が出なくて困った。それでも無いやる気を絞り出してなんとか完了。休みモードになっちゃうとダメだなぁ。さて、テレビでやっていた特攻隊からの生還者の方の再現ドラマを見て思ったことを書いてみる。つい最近のことだけど、ちょうど硫黄島の事を調べているときに、米軍が撮影したと思われる映像を見た。そこには日本の零戦とおぼしき飛行機が写っていて、雨あられの砲撃の中を戦艦に向って一直線に突っ込んで爆発している姿があった。あの中には実際に日本の若い未来のある若者が乗っていたのだと思うと、どうしようもない怒りと虚しさを感じてしまう。そんな特攻隊の一人だった方が、命令を受けて敵へと向っていったのだけど、敵に銃撃されて飛行機が墜落、一命を取り留められたという話だった。ちょうど、この番組を担当していた?放送作家の高須氏がダウンタウンの松ちゃんとパーソナリティーを努める「放送室」でちらっと話をされているのを聞いていたので、おおよその内容は分かっていたけれど、実際に放送を見ると改めて、これは本当に60数年前に起こった事実なんだなぁと改めて実感する。10代後半、20代前半の若者たちが負けるとわかっている(本人たちは知らないが)戦で、命を落として行ったのだ。死にに行く直前にもらった母親の手作りの甘さの無いだんご(当時は砂糖も無かったはず)を仲間たちに分けると、仲間たちが「お母さんの味がする」と言って嬉しそうに食べたというシーンにはぐっと来てしまった。(これを書いている今でも涙が出そうだ)まだ母親に甘えたい年齢の少年たちなのに・・・本当にやりきれない。こういう番組をもっともっと今の若い世代に見せて欲しい。戦後生まれの私たちの世代の子供達にはもう「戦争」というものは想像し難いものになっていると思う。でも、自分のひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんの世代の人が若い頃に戦争というものがあって、沢山の尊い命を落として国を守るために戦ったんだということを沢山の子供たちに知ってもらう必要があると思う。そうしなければまたあの悲惨な戦争が起こってしまうかも知れないからだ。
2007.09.18
しかし今日は暑かった。温度計の34℃を確認して、思わずエアコンをかけちゃいました。もう9月も半ばだっつーのに、暑いよね。明日から学校だということで、エプロンにアイロンをかけたり、今週末の運動会に向けて体操トレパンにゴムを入れたりゼッケンを直したり、上靴を洗ったり色々と雑事をこなした。夫と子どもたちは図書館へ。帰ってきて5時からスイミング。あっという間に3連休が終了しちゃったなー。まぁ、昨日の良い試合を見せてもらったから、充実した連休ではあったけどね。****************************さて、世界柔道最終日。国民が金メダルを期待する谷亮子の出場ということで、俄然盛り上がる我家(笑)というか、私。試合を見た感想としては、谷の技のスピードが全く衰えていないことにまず感心した。全盛期の動きじゃないかな?その動きに冷静さと円熟みが加わった感じで、ジョシネを筆頭に強豪揃いの組み合わせだったそうだけど、全く負ける気がしなかったくらい強さを感じた。金メダルも当然の素晴しい仕上がりだったと思う。しかし、本当に心から思うことだけど、日本の選手には組んだら負けるから、なるべく組まない奇襲戦法を貫くという外国人選手たちが多いけど、はっきり言ってそんなの柔道じゃないでしょ?柔道はまずお互いに組み合って、そこから技を繰り出して勝ち負けを競うものなのにね。それに、返し技の判定が曖昧なのも納得いかない。特に鈴木桂治のあの判定、全く理解不能。相手の選手のアレ、あんなのどう考えても技じゃないでしょ?鈴木が大外をかけて勢い余って受け身を取って転がっただけじゃない?あり得ない。あれで勝って相手の選手は嬉しいのか?胸を張って国に帰れるのか?自分がかけてもいない技(技じゃないけど)で一本を取って嬉しいのか?国民性の違いがあるから、それでも勝ちは勝ちだと言うかも知れないけど、日本人の一人として、そんな選手が神聖な畳の上に上がることが納得できない。もっと日本人は怒っていいよ。というか怒るべき。解説の篠原さんがあの判定の日から最後まで仏頂面でいたのが私には本当に心の底から理解できる気がする。彼も疑惑の判定に泣かされた一人であるし、彼のあの負けから何も変わっていない国際柔道の世界に心の底から怒っているのではないだろうか?「こういう感じの柔道になるなら、柔道じゃなくなりますからね」こういう判定がなされるなら、柔道が柔道ではなくなる。という篠原さんの叫びを、国際柔道連盟の責任者達は心して聞いて欲しい。でも、まぁ、こんなことで鈴木という天才選手はくじけるような選手じゃないと思うし、この悔しさは北京で絶対に晴らして、目が覚めるような一本勝ちを決めてくれると信じてるけどね。。。がんばれ、負けるな、鈴木桂治!日本の柔道はジュードーになりはててしまうのか?と危惧したこの4日間ではあったけど、棟田と塚田が無差別級という最後の大舞台、日本人として絶対に譲れない、譲りたくない階級で見事、金メダルを取ってくれたのが、何より嬉しかった。特に棟田の一本勝ちは胸がすくような思いだった。あれぞ、まさしく日本の伝統の柔道。柔よく剛を制す。小さい物が大きな相手を倒す柔道なのだ。奇襲技を胸を張ってはねのけ、力まかせに来る相手を間合いを取っていなし、最後は一本背負いや寝技でがっちり押さえ込んでの一本勝ち。あー、すっきりした。そしてよく頑張ったね、棟田選手。きっと棟田の中には、しょうもない判定で散ってしまった鈴木や井上の分も頑張るぞという気持ちがあったに違いない。(プライベートで仲が良い、良きライバルなので)そして死守すべき無差別級を守りきった彼は本当にカッコイイ。
2007.09.17
(注)今日は親ばか炸裂日記です。予めご了承下さい。さて、息子の柔道の試合の日。今日は午前中に個人戦、午後からは団体戦というスケジュール。今日は「一回戦を勝つ!」という目標を持って試合に臨んだ息子。初戦の相手は息子よりも体格の良い選手だった。試合開始早々に相手の技で有効を取られ、その後も続けて技ありをとられて劣勢になった息子、しかし今日の彼はいつもと違った。果敢に得意技の大外刈りをかけていき、有効を取って、相手がひるんだスキに(というか技ありを取っているので、余裕をかましていたみたい#夫談)再び息子の大外刈りが炸裂(笑)。ちょうど相手の両足が揃ったところに、相手の腰を抱え込んだ状態での技だったみたい。(私の位置からはよく見えなかったけど、近くで見ていた夫にはそう見えたそうだ)背中から相手が畳に落ち、見事、一本勝ちしたのだった。うわー、勝った!勝ったよ!!私も柔道をかじった経験があるので(一応、黒帯です(^_^;))試合に勝つということがどれほど難しいことかはよくわかる。劣勢になっても諦めずに技をかけること、目標をもって頑張ることの大切さを改めて息子に教えてもらったような気がする。あっぱれ、わが息子。さて、2回戦の相手は、明らかに猛者の風格漂う(と言っても小学2年生ですが(^_^;))がっしりした子。格の違いを見せつけられて、開始早々に有効を取られてそのまま押さえ込まれて一本負け。ただ、支えつり込みが結構効いてたのが収穫だったかな?残念だったけど、良い経験をさせてもらいました。そして団体戦。息子は2年生ながら3年生と対戦する次峰で出場。1回戦目は負けてしまったけど、チームのみんなが頑張って勝利。2回戦目は引き分け。大将戦にもつれ込んで大将が一本勝ちしてくれたので勝利。そして3回戦目はチーム全員が一本負けしてしまって敗退。それでも、5人の団体戦で全部の階級(?)に出場したのが初めてという我がチームながら、3位入賞の大健闘でした。いやー、団体戦っていいね!特に応援する方は盛り上がりますな。団体戦の賞状をもらって大喜びの息子。バレーお休み中の娘は、「いいなー、いいなー」としきりにうらやましがっていた。じゃ、柔道やってみる?と聞くと、「絶対イヤ!」だそうで。けが人が何人も出てるのを見てびびったみたい。確かにこの日はけが人が多かったわー。骨折か脱臼かで腕を吊ってる子が2人もいたしなぁ。帰宅して寝る前にしみじみと、「今日は本当に一勝できて嬉しかったなー」と息子が言っておりました。その気持ちを忘れずに、今度は2勝できるようにがんばろうね。
2007.09.16
ニトリで頼んでいた衣類用タンスが午前中に配達された。思っていた通りにぴったりの大きさで、使い心地も良い感じ。これで少しは部屋が片付くかな?午後からは実家の父母とSドライブインで待ち合わせ。お昼をごちそうになって、お米をもらって帰宅。来週の運動会には来られないそうだ。残念。さて、明日は息子の試合。久々なので楽しみ。明日は個人戦、団体戦にも出してもらえるそうなので、初の団体戦でみんなで戦う姿が見れるなぁ。わくわく。
2007.09.15
ここ数日、バレーのオーバーパスの練習をちょこちょこっとやっていたのだけど、今日の練習でその成果が少し出たような気がする。やっぱりコツコツと努力するってことは、今更だけど大事だなぁと実感。忘れないように、気が付いた時には練習していきたい。
2007.09.14
とある動画サイトで、NHKスペシャル 「硫黄島玉砕戦~生還者61年目の証言~」を見た。というのも、先日見た「硫黄島からの手紙」に影響を受けて、もっと詳しく硫黄島の戦いを知りたいと思ったからなんだけども。昭和20年に硫黄島で20,000人の日本兵が亡くなり、1,000名の方が生還された。この作品は、その奇跡的に生き残った1,000人の中の数人のインタビューを元に、硫黄島の戦いの様子を詳しく解説したドキュメンタリーなのだ。このドキュメンタリーを見て、やっと硫黄島の戦いの全容が見えた気がした。かの有名な栗林中将、バロン西中佐、市丸少将などの逸話は有名ではあるけど、そうではない本当の庶民の兵士の死闘の様子がはっきりと理解できた。硫黄島から生還された人達は、当時のことをあまり話したがらないそうだ。というのも、その体験があまりにも凄惨だかららしい。「昨日の事は忘れるんですけど、戦争当時のことは今でも鮮明に事細かに覚えています」と語られる生還者の方もある。61年経った今でも、その当時のことを話し出すと号泣される程。今でも悪夢を見たり、当時のことが頭から離れなかったりするそうで、爆撃の音が頭の中で鳴りやまずに、耳が遠くなってしまった方もいた。色々なお話しをされていて、どれも大変ショックな内容ではあったのだけど、中でも特に印象的だったのが、・栗林中将率いる本部の突撃が終ってからが地獄で、それから3ヵ月近くも、あちこちでゲリラ戦が行われていたこと。・自決や万歳突撃、投降も厳禁されていたため、兵士達は負傷していても最後まで敵を倒すことを止めなかったこと。・飢えと乾き、暑さに耐え抜いて戦っていたこと(地下壕は地熱のため、気温が40℃近くになっていたため)・戦いが長引く毎に次第に理性を無くし、仲間の安楽死(というか、苦しまないためにとどめをさしてあげる。介錯みたいなもの?)をしたこともあったこと。・仲間が亡くなっても、悲しいという気持ちが起きなかったこと。・ゲリラ戦のために、仲間の遺体2~3体の下にもぐり、戦車を待ち伏せして攻撃したりしていたこと。(死んでもまだ戦わなければならないのか?と思ったとのこと)・食べるものが無くて炭を食べていたこと・地下壕に生き埋めになり、仲間が自決するために使った手榴弾の爆風で穴が空いて助かったこと。・最終的に助かったのは、意識が無い状態で地下壕から引っ張り出されたためだったこと(投降は禁止されていたから)・部下達が死ぬ前にみんな「一杯の水を飲みたい」と言っていたので、61年間、毎朝晩、氷を入れた水を仏壇にお供えしていること。・硫黄島には、未だに1万体以上の遺体(遺骨)が発掘されずに残されていること。・自衛隊の航空機用の滑走路は、沢山の遺体の上に作られていること。まさに生き地獄という状態で、大本営が「アメリカに取られても仕方がない」と諦めた硫黄島で、普通の市民兵士が命を落としていったのだった。そんなことがたった60年程前に起きていたとは全く信じられない。そして、未だに遺骨が収集されずに放置されているという事実にも耳を疑う。日本人は一体何をしているんだろうか?
2007.09.13
どーんと飛んで、夜のバレー。あ、ちなみに、昼間は寝たり掃除したりと自由時間を満喫しておりました。バレーは監督の号令により反省会。・集中を切らさないこと・連続失点しないこと・負けている時こそ声を出す。(ミスした人を盛り立ててあげる)・勝とうという気持ちを表に出すこと等を言われて、納得。自分では声を出してるつもりだけど、まだまだだなぁ。オーバーが弱いんで、これからは毎日、なるべくオーバーの練習をしていこうと思う。娘に「これから、時間があったらパス(オーバー)の練習しない?」と言ったら、「いやだ!」とのこと。なんで?って聞いたら、「もうバレーの練習なんてしなくていいやん。」だって。なんでそんなに頑なに嫌がるのかよくわからないなぁ。「そしたら、お母さんのパスの練習につき合って」って言うと、「それならいい」だって意味分からんぞ。
2007.09.13
昨晩は去年のスポ少の会長さんから電話をもらい、励ましてもらってちょっと元気が出た。一昨々年の会長さんにも退団の挨拶をして、温かい言葉をもらって涙。2時近くまで眠れず(興奮してたのか?)朝はそれでも5時に起きて、あんまり寝て無くてダラダラ。ようやっと子どもたちのお弁当を作り、送り出した。さて、昨日の話し合いで気が抜けたのか、朝からやる気のない私。一応、掃除と洗濯はして、その後はぼーっと過ごしてしまった。お昼前にお昼を食べて、眠くなったので昼寝。起きたら3時間近く経過。心身共に疲れが取れたような。よく寝たーって気がしたけど、昨日の夜とプラスして6時間くらいの睡眠か。それほどでもないな。本当にもうバレーは辞めちゃうんだなぁと考えると、楽しかった思い出ばかりが浮かんでくる。娘は今は辞めて清々している感じだけど、また「やりたい!」って思ってくれるといいんだけどなー。なんて、もう既に、バレーに未練を感じてます。やっぱり私はバレーをしている娘の姿が一番好きだなぁ。それとなくどこかで復活できるように、洗脳していかないと(笑)
2007.09.11
どーんと飛んで夜になって(笑)スポ少の最終話し合い。結局、我家は娘が「今はバレーがしたくない」というので、退団することに。居残り組だった9人のうち、うちを含め3人が退団、1人が保留(休団)、3人が移籍(別の団に移る)、2人が残留という結果になった。コーチは前のコーチに頼むのか、新しいコーチを探すのかは未定なんだそうだ。過ぎたるはなお及ばざるがごとし。覆水盆に返らず。人と人との付き合いというのは本当に難しいものだな。
2007.09.10
私のバレーの試合。内容は・・・まぁ、こんなもんでしょ。しかし、暑かった~。最初に着たユニフォームが汗を吸わない生地なもんだから、汗を常に体にまとわり付かせた状態で、お茶ばかり飲んでたら気分が悪くなるし、もしかして熱中症の一歩(いや、二歩くらい?)前だったかも。午後からは涼しいユニフォームに替えて、イオン飲料やアミノ酸飲料なんかを飲んでたらかなりマシになった。やっぱりこういう汗をかく時期にはこういうのを飲まなきゃいけないね。夜は自治会の役員会。運動会についての話し合い。9月~11月は忙しくなりそう。
2007.09.09
もめにもめてる娘のスポ少。やっぱり解散する方向で話が進みそうだ。「覆水盆に返らず」とはまさにこのことなんだなぁ。私のほうも、やっぱりあのときちゃんと「このまま決行してしまったら、取り返しのつかないことになりますよ!」と強く言うべきだったなぁ。でも、60を過ぎた人生の大先輩なのに、そんなことも分からないなんて思わなかったんだもんな~。あー、後悔、後悔。今、娘が6年生だったら、半年休んで中学校で部活に入ればいいや~なんて言えるんだけど、あと1年半もあるもんなぁ。やっぱり、1年半も何も運動しないってのはもったいない。まだ、本人が今はやる気を無くしてるんで、とりあえずはお休み状態でも良いんだけど、絶対にまたバレーをしたくなる日が来ると思うんで、その時はどうしたら良いかまた悩むんだろうなぁ。まぁ、それまでに色んな展開をシュミレーションしておくべきだな。****************************さて、日曜日の試合に向けて、今日が最後の練習日。朝からちょっと体調が悪かったんだけど、練習をしだしてから気持ち悪くて息苦しい状態に。もしかして熱中症になりかけ?お茶をなるべく沢山飲んで、なんとか最後まで持ちこたえたけど、こんなに気分悪いのって久々だなぁ。いつまでも暑いから、体力が落ちたんだろうか。早く涼しくなってくれ~。
2007.09.07
大好きな俳優の香川照之さん著の「日本魅録」を読んだ。前にも書いたけど、やっぱり頭の良い人が書く文章っていうのは上手だよね。それに、共演者を褒めはしてもけなすことはほとんどしない人なんで、読んでて気持ち良い。年上、年下に関係なく、すごいと思った人のことは素直に書いてるから、とっても謙虚な人なんだなぁと思う。特に、俳優としてベタボメしてあるのが、松島菜々子。彼女はどんな状況でも本番ではすぐにトップギアに感情を持ってこれる女優なのだそうだ。香川さんはそれが羨ましいとさえ思っているようだ。私はあんまり松島菜々子については出演作も見てないし、知らないんだけど、声がとても綺麗な女優さんだなぁと思っていた。これはいつか彼女の出ている映画なりドラマなりを見ないといけないな。それと、私から見て、ものすごい繊細だったり大胆だったりと変幻自在な素晴しい俳優にしか見えない香川さんが、子供の頃は昆虫オタクで、一人が好きだったこと。そのせいで人付き合いが今でも苦手なこと。周りからうるさく言われないように、勉強をして良い子のフリをしていたこと。そのせいで頭でっかちになり、何をするにも理論が先になってしまうこと(左脳人間ということ)。最初はイヤイヤ選んだ俳優という道が、中国映画の「鬼が来た!」の監督との出会いで、自分の一生の仕事だと思えたこと。その俳優という右脳をフル稼働させて感情をコントロールする仕事で、人間として生きる実感を感じている(リハビリしている)ということ。父の記憶が無い(彼が2歳の時に両親が離婚した)ことがとてもコンプレックスになっていること。ということなんかを赤裸々に語っているのだ。香川さんなんて、ものすごい実力派俳優で、周りからかなり評価もされているはずなのに、心の中にはそんなコンプレックスの塊を抱えているんだなぁと思うと、何だかとても親しみを感じてしまった。だからこそ、益々応援したくなるわ。今後は彼の出演作をもっと見てみたい。
2007.09.06
3日にしたスポ少の親の話し合いの結果、今のコーチに引き続きお願いするという事は無くなった。親からの総スカンを食った形になった。確かに今のコーチはワンマンだしコミュニケーションは取りづらい人だけど、チームを強くするという点では優れた手腕を持っている。現に娘たちのチームは県大に連続出場し、1勝は確実にできるまでのチームに成長した。しかし、やっぱり親の負担は大変なもので、今回の話し合いでは付いていけないという親がほとんどだった。そういうことになると、新しいコーチを探して練習中心のチームになるだろう。うちの娘は2年間も土日はほとんど練習試合、火、木は練習という形に慣れてしまったし、今更弱いチームになってそこで満足するとは思えない。かといって今のコーチに頼むこともできないし・・・結局、今のチームを去って別の道を探したほうがいいんだろうなぁ。
2007.09.05
そうそう、昨日のゴタゴタですっかり書き忘れていたけど、昨日から学校が始まった。初日なので半ドンだけど、親的にはやっと静かな時間が戻ってきて嬉しい。集中できるって素晴しいね!(笑)9月に入ったというのに暑い日で、お茶を忘れた二人(特に息子!)は半泣きで帰宅。冷たいお茶とアイスで生き返っていた。というわけで、今日はちゃんと1リットル、1.5リットルのお茶を持って登校させた。今日はお弁当もちで娘が6時間、息子が5時間授業。いきなり大変だねぇ。22日の運動会に向けての練習もあったようで、帰宅したとたんに昼寝をしだす息子。お疲れちゃん。
2007.09.04
娘のスポ少の話し合い。2日でコーチが辞めたので、その後どうするか?という話に。一旦は辞めようと思っていた娘だけど、やっぱりバレーがやりたいということなので何とか続けられるようにと思っていたのだけど、退部する人が5人も出てしまい、(全部で12人なのに・・・)初心者の2人を含めた7人で活動しないといけなくなってしまった。そのことを娘に伝えると、「やっぱりもう辞める」とのこと。相当ショックだったみたい。それにやっぱり今の精神状態では何も決められないだろうなぁ。4年半も続けてきたバレーを、簡単には辞められないだろうし、またやる気が出るまではしばらくお休みしたほうが良いんだろうな。
2007.09.03
さて、娘は試合、私は役員としてのぞんだ大会二日目。私の仕事が、試合結果を離れた会場にいる大会委員長さんにメールで送るというもので、大きい体育館のために3つの試合が同時進行されていて、結構忙しいものだった。それでもしっかりと娘達の試合は全部観戦することができた。よくがんばっていたわ。3試合の予選リーグで4チーム中1位となり、別会場からやってきた1チームを加えての杯の争奪戦の決勝トーナメントに進出。1試合目は強敵だなぁと思っていたら、ほぼ互角の戦いで3セットにもつれ込み、どうにかこうにか3セット目をゲットして勝利。決勝戦へと駒を進めた。決勝はその準決勝でやぶれたうちの対戦相手と同じ県のチームで、2チームの保護者が入り乱れての大応援団の勢いに圧倒されたのか、あっさりと1セットを取られてしまったわがチーム。強いチームになるとうちの穴(ライト側)を狙われてしまうので、にっちもさっちもいかなくなってしまうのだ。案の定この1セット目もサーブにアタックにフェイントにとライト側が狙われまくり、歯が立たない状態になってしまった。しかし2セット目は何とか立て直し、18点まで追い付くもあっけなく敗れてしまった。残念ながら2位リーグ準優勝という結果に終わってしまったが、子どもたちの頑張りはとっても感動的だった。良いものを見せてもらいました。私のほうも仕事を無事に何事もなく終えることができてホッと一安心。新しいケータイでこれだけ一日にメールを送ったのって初めてかも(笑)だいぶ使いこなした感があるわ。****************************で、家に帰って、この大会を最後に「バレーを辞める」ことを決心していたはずの娘なのだけど、考えた末に「やっぱり、わたし、バレーを続けたい」と言い出した。親としては、コーチにもあまり良い気持を持ってない点からしても(感謝の気持はあるけど、付いていけない部分も多々あるので)辞めてくれたら楽だなぁなんて思っていたんだけど、子どもが「どうしてもやりたい!」って言うことを止めさせるなんて無理。娘にはバレーのセンスは多少なりともあると思ってるんで、続けさせてあげることがこの子にとっては大事なことなんだろうと思うし、決心することに。というわけで、バレーを辞めるのは止めることにしました。あー、あと1年半かぁ、長いなぁ。(早速溜息が・・・汗)
2007.09.02
娘のバレーの大会(1日目)昼から夫と息子と3人で応援に。そんなに強くないチームとの2試合で、難なく勝利。予定があったのでその2試合を見て帰宅。試合を終えて帰ってきた娘に聞いたら、その後にした試合で負けてしまって、明日は2位リーグで杯をかけて争うことになったそうだ。絶対トロフィーを貰うぞ!という意気込みがチームメイトのなかにあるみたいなので、是非明日は頑張ってもらいたい。****************************お昼に息子が「ぼくがおとうさんとおかあさんの分もお弁当を作る!」と言うので、任せてみることにした。作ると言っても、ご飯はあらかじめ炊いてあったものだし、おかずも冷凍食品、卵焼きは私が作り、昨日の夕食の残りのサラダを入れるというものだけど。でも、良い経験だし、これで気をよくして自分のお弁当を作るようにでもなってくれたらもうけものだと思ったりもして。(←下心ありすぎ!)卵焼きだけ作って後はお任せ状態にしていたら、2時間近く、キッチンでゴソゴソした末に「できた!」とお弁当を持ってきてくれた息子。見てみると、唐揚げ、ハンバーグ、たこ焼き(以上、全て冷凍食品)卵焼きにサラダ、ご飯にデザートはハイチュウのスイカ味(笑)という素晴しいお弁当の出来上がり。夫と3人で美味しくいただきました。また作ってや~!
2007.09.01
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