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この慌しい年末に最後のテニス。以前通っていたスクールにて、スポット受講を2クラス。日頃、ゲーム形式ばかりなので、同じ形の練習を繰り返す大変さに愕然、体力なさ過ぎ。というか、いかにゲーム形式が手抜きをしているかを実感。折角2クラス入れたのに、後半は気力・体力とも切れてしまい、いい加減なものになってしまった。「自分なりのテーマを決めて」と言われた最後のゲーム形式も悲惨……。 年明けたら、走りこむか?筋トレか?って言っててできないんだな、これが。体力の衰えを感じる今日のレッスンであった。反省。
2003/12/29
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なんといっても源氏である。万難を排して見なければ!(そのわりに映画館で見なかったのはなぜだ!?)とテレビに向かう。 ガーン、あまりの薄っぺらさに愕然。かなり早い部分で、森光子扮する清少納言が「春は曙、やうやう白くなり行く山際、少しあかりて……」と読み出した。「やうやう白くなり行く。山際少しあかりて……」と読むのが近年は主流だが、多分森光子自身が覚えていた呼吸で読んだのだろう。ということで、製作者側の古典作品に対する姿勢の甘さを垣間見た不安が、最後まで続く。わずか2時間の間に、源典侍や末摘花、空蝉まで出すことはないのに、駆け足で出していくのでさっぱりわからない。多分、様々な恋を描きたいのだろうが、これだけ様々な階層・境遇の女に手を出す背景に、亡き母の面影を重ねた母代わりの人藤壺の中宮と結ばれない熱い思いがあるということがさっぱり見えてこない。おそらく、この映画を見る人にはわかっていることだろうと、製作者側が観客に寄りかかりすぎている。 母桐壺更衣と母代わりの藤壺中宮は高島礼子のダブル、その面影を重ねた紫の上は常盤貴子、んー、似ているはずの設定なのにまったく似ていない。まぁ、常盤貴子、好きだからいいんだけど。 それにしても、光源氏の天海祐希は、やはりサイボーグみたいだねぇ、ヅカファンには怒られるだろうが、画面を通して見ると大振りすぎて、細やかな情感がぜんぜん出てこない。顔的には好きなのだが、そして、誰が光源氏をするのかといった時には、その辺の男の俳優よりもふさわしいのだが、サイボーグが女を抱いているようにしか見えない。 芯の強い女・紫式部は吉永小百合。夫藤原宣孝と藤原道長をダブルで演じる渡辺謙との絡みが良かった。でも、道長の元を辞す時、「またお会いしましょう」みたいなこと言っておいて、そのまま会えずじまいで道長は死んでいく。最後の場面で、紫式部が越前(作中では「故郷<こきょう>」と設定)の海で幻視したのは宣孝の方であろうし、道長との仲は一体どうなったのか?で終わってしまった。
2003/12/28
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気が付けば冬至、これからは日が長くなっていく。 とはいえ、1日全体の日照時間が最短と言うだけで、たしか日の入り自体は何日か前から遅くなっているはず(逆に日の出はまだこれからも少しの間遅くなる)。だから、体感的にはすでに日が伸びたと感じるはずなのだが、やはり「冬至」と聞くと、あぁ日が長くなるんだな、と嬉しくなってしまう。 今日は昼に入ったイタリアンも、南瓜の入ったトマトソースのスパゲティ、夜に帰宅したら南瓜、そして柚子風呂、とりあえずって感じで冬至の雰囲気を味わった。
2003/12/22
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今日は朝から横浜某研究所施設にてテニス。だが、参加10名のうち所員はわずか1名!そのうち使用禁止命令が出たりして…… 今回は女性が少なかったので、男子ダブルス1面とミックス1面展開で行った。球の速さ・重さが変わるのも面白い。それにしても、男ダブでも前に行かない佐藤って一体!?最初に前に立っている時に動けないわけでもないのだが、後衛に居ると絶対に前に出ていかない。人はそれを謙虚と呼ぶだろう(呼ばないって)。まあ、身体的な問題もあり(サメザメ)後衛で広くコートカバーする方が好きなのだけれど。でも、やはり前に出てなんぼ、の世界なのだから積極的に前に出られる日が来ることを祈ろう(って他人事だよ)……と年末にして決意した佐藤であった。 早朝とはいえ9時始まりだが、今日は風もなく暖かで気持ちよくテニスができた。相変わらず紫外線が痛いんであるが。
2003/12/21
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終っちゃったね~。毎回必ずとはいかなかったが、深夜番組で放送されていた頃からのファンなもんで、捨ててはおけない番組である。仲間由紀恵、うさんくさいし、阿部ちゃんはさらにうさんくさい。深夜枠だった頃が面白かったなどと、誰もが思っていることはとりあえず措いといて、野際陽子もいい味出してるし。次も同じような顔ぶれで放送予定あるのだろうか? そんなことはさておき、また起きてしまった小学校乱入、教職課程の担当教科で「開かれた学校」の話をする時、必ず触れていたのだが、タイマンで絶対負けることのない小学生を襲うなんて、人間の屑であるが、それがわかるくらいなら通院したりしないよな。「朝、門が開いていた」という点が問題視されていたが、学校の敷地って、門以外にも入り易いところはいくらでもある。壁際全部鉄条網で覆ったら、それはそれで学校ではなくなってしまうし、難しい問題である。
2003/12/18
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年末は慌しいが、少しずつ仕事が片付いていくのは嬉しい。だが、これから年度末に向けて押し寄せる仕事を考えると憂鬱、嬉しくもあり哀しくもあり……。 そんなわけで、今日は仕事帰りに青山の銕仙会へ。佐藤が学部学生だった頃は、改装して数年で、コンクリート打ちっぱなしの斬新な研修所であったが、だんだんとそのコンクリートにも味わいが刻まれていく気がする。さて、一旦席を確保して、軽食を求めて外に出ようとしたら、なんと小鼓の大倉源次郎様が受付近くに出ていらしていた。うおおぉ~!(心の叫び、何故だ?) 非常に背の高い方で、以前は一歩間違うと体育会的な音であったが、穏やかな曲の繊細さに磨きがかかってきたように思われる。だが、今日の舞台はシテ片山清司様の見事な舞に集中してしまい、曲の間はほとんど顔を眺めることもしなかった。嬉しくもあり哀しくもあり……
2003/12/17
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そういえば、昨年、先代三宅藤九郎13回忌追善公演を拝見した後、HP作成に着手したのだった。あの頃、同僚の先生が、短大のHPに各教員の研究業績が出せない!授業計画もWEB上で出せない!と憤慨していらしたことに影響を受け、おもむろに作り始めたんだねぇ。 一応、研究業績と授業計画・クラブ活動をメインとするはずだったのだが、気が付けば生き物や芸能といった余技ばかりが先行した1年だった(これからもきっとそうなるだろう)。まあ、日常的に書けるのが後者なのだけど。 今年観に行く予定の舞台もあと僅か。のぞむらくは、日本文学専攻の学生を引率した、かつての鑑賞会が開けるようになること……。芸術委員会の記録を読み返すと、お囃子方の動き(音の部分ではなく)とか見所のこととか、本来気にならないはずの点まで書くようになりつつあり、反省。見えていても見えない部分のはずなのにまだまだ青いなぁ、気を付けようっと。「あの先の人たちは見えない約束」とか「役者の周りに場面を描いて」とか学生に注意する引率機会が無くなってしまったせいだろうか(涙)。 昨日は暦日のことに触れたが、佐藤の文学の修士論文は全体の1/3近くが陰陽道関係である。「陰陽道」などと書くとにわかに興味を持つ方も居るだろうが、あれって漫画『陰陽師』の影響だろう(お勧め漫画でもある)。しかし、実際、暦日と遊行神の動き・方位を調べていくと、楽しいことなんて何もない、地味で暗~い作業ばかりである。難しい規則だらけでぐったり。わずか5回の方違えを論究するのに、原稿用紙50枚も要したのである。勤務先の学生でも、当初こういう方面に興味を持っていたが、佐藤の指示で調べ始めたら、あっさり撤退していった者も居た。マスコミの力っておそろしい。
2003/12/16
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今日、職場でふっとあることが気にかかった。だが忙しくてHPを見られない!というわけで帰宅して確認してみたら、ガーン!昨日の宝生会月並能の説明が微妙に誤っている。絵馬という曲は大晦日の場面ではなく、立春前の節分であるのに、何をボケていたのか、「大晦日」などと書いていた。 いうまでもなく旧暦の大晦日は太陰暦に基づく12月の最終日で、絵馬によって吉凶を占うのは、立春の前日の節分(ちなみに立春・立夏・立秋・立冬の前日はいずれも節分)だったのだ。タイトルに挙げたのは、超有名な『古今集』の巻頭歌で、太陰暦の大晦日の前に立春が来た時のことを詠んだもの。まあ、そんなに見ている人が多いわけではないので大騒ぎするものでもないが、一応「芸術委員会」は今後観るかもしれない学生に向けての解説が主眼(本当か?)なので、迂闊なことは書けない。 それにしても、楽天に移動して4ヶ月。ここの日記って書き換えるとNEW!のマークが着いてしまうので、コッソリ書き換えることが不可能なのだ。恥ずかしや~。だが、放置しておくわけにもいかないので、とりあえず他の箇所も含めて訂正。
2003/12/15
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折角の良い天気だが、午後日が傾いてからテニス参加。前半は同年代の主婦中心組、ナイトテニスは男性のみで。計6時間ゲームをやっていた。「軟式出身?」とよく聞かれるが、後についたらほとんど前に出ない後衛スタイル。サーブ&ボレーなんて、スクールではやったことがあったが、ゲームでは一生やらないだろう。 このグループでは今日が今年最後と言うことで、忘年会(いつも飲んでるけど)。気が付けばメーメー羊が3世代。最上級羊さんの少し上の方がいらして、週番との年齢差はなんと27歳。その方が大学でテニスをしていらした頃は、週番はまだ影も形もなかったのだ。これだからテニスって面白い。
2003/12/13
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やれやれである。怒涛の日々を抜け、この間提出した論文の量は原稿用紙換算85枚(←卒論か?)。だが、佐藤の方針として、査読を受ける時に、今もって手書き原稿(原稿用紙は愛用の満寿屋の青罫!)を提出するので、審査パスの論文はこれをワープロソフト入力で出し直さなければならない。あうぅっ……
2003/12/11
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今日は横浜の某メーカー系研究所内にあるテニスコートで昼までテニスをした。その会社の方々が中心なのであるが、佐藤が最年少で、上は還暦を過ぎた方も。というか、佐藤は結構ご年配の方のテニス相手をすることが多いのである。 体力的には当然低下していくわけだけれども、特にダブルスだと熟練の技なんかもあったりして、シングルスとは違った結果も出てくる。60~70の方(しかも女性)でも、長年テニスをやっていらっしゃると、走るは拾うは、まだまだ元気。佐藤もこういう年の取り方をしたいと見習うばかりである。
2003/12/07
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何をいまさらなんであるが、「白い巨塔」が面白い。記憶の彼方には田宮二郎(カッコよかったねぇ)がウスボンヤリと佇んでいるが、今回のもなかなかきりっとした役者揃いである。 ……という顔の話はともかく、病院の大名行列(教授回診)が有名になったのも、このオリジナル版である。佐藤が某病院に居た時、第1内科の教授(院長)回診は本当にすごかった!まさに「白い巨塔」の世界であった。 佐藤の勤務先はああいった教授会がないので、幸せと言えば幸せ(なのか?)。それにしても、医学と文学の差はあるが、大学の教員って、世の中とは違った部分で、あれやこれや、のた打ち回っているものなんだよね、と見るたびに再確認しているのであった。今回は石坂浩二が崩壊していたし。赤裸々な人間模様はさすが山崎豊子である。
2003/12/06
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昨日、1つ目の論文を送った今日、2つ目の論文の終わりが見えてきたやれやれである。 そんなわけでほっとして更新しかねていたページを手直しした。これまで元のHPに載せていた読書紹介(図書委員会)をこちらに移動、そしてマサオとメダカたちの記録も更新。 ……ってそんなことしてる暇はないのである。次の論文、そしてオオモノ平家物語がまだだぁ~!!!
2003/12/04
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静岡の東側ならば雄大な富士山を仰ぎ見ることができるのだが、今日はあえて藤枝にて富士山見物。というのも、佐藤が少し調べている『正広日記(しょうこうにっき←漢字表記が違うとかなりヤバイ)』という室町時代の日記作品に藤枝の鬼岩寺(きがんじ)の裏山で富士山を見たという記事があり、それの確認に行ったのだ。確かに、記事どおり焼津市の高草山が右端を邪魔している。和歌などの文芸作品では観念としての名所というのがあり、実際に行っていなくても歌に詠んだりするのだが、正広の場合は実際にその眼で見ているのだから確認できてよかった。滞在先だった長楽寺や、ちょっと東京方面に戻って清見潟からの富士山も見た。 「すっきり晴れないと富士山はこの辺りからは見にくい」と藤枝市郷土博物館の方からうかがっていたので、台風が抜けた今日を選んで(研究日でラッキーだった)出かけたのだが、確かに朝一はすっきり晴れていたのに、昼近くになるとだんだんと霞んできた。うむぅ、先達はありがたい。 ところで、品川駅も新幹線が停まるようになり、東京の南の方に住む佐藤としては非常にありがたいことであった。行きも帰りも30分くらい短縮された。
2003/12/02
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