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本人が言うには「終活」だそうで、今まで仕事部屋として使用していた部屋を片付けだした。急性膵炎で入院し約10日で退院したが、膵石をなんとかしなければならないので近日中に再入院する可能性がある。それまでの間に片付けをしたいそうで。本人は笑いながら「終活だ」と言っているが膵臓の状態を考えるとあまり笑えない。せめて夫が家にいる間は病気のことは忘れて過ごしたい。退院してからというもの活動的になっているがあまりにせわしなく動き回るものだからこれも何かの症状なのでは?と疑ってしまうほど。もしかすると躁鬱の「躁」の状態なのではとも思うが止めることもできないため、ただひたすら夫のやる事を見守るしかない。これからセカンドオピニオンも考えているそうだ。いずれも私にはわからないところで夫が進めている話なので今はどうなるか待つしかない。
2025.05.20
退院して3、4日目。だいぶ通常通りの夫が戻ってきた気がした。このまま普通の生活が続くのかというとそういうわけではなかった。膵嚢胞もあるし、膵石もあるらしいので近いうちにまた入院し、外科手術なりをするようだ。退院後も結局酒はやめられない夫に対してまた周りの友人たちにも飲むのはもう諦めてるから止めない。このままいくと膵臓癌まっしぐらだからたくさん保険金かけとくわ!と、事あるごとに吹聴して回った。そうしたところ「あれ?俺死ぬの?そんなヤバいの?」と思ったのかやっと色々調べ出して、危機感を持ったのかもしれない。「酒、、やめなきゃ」とは言っていたがもしかしたらそれは病院の診察が迫っているからだけかもしれない。
2025.05.19
沈んだ気持ちのまま、疲れて寝落ちたが朝は夫の声で目覚めた。久しぶりに起こしてもらった。昨日に比べると少しだけ、声に明るさが戻っていた。しかし、朔によると元の夫が100%だとすると昨日は20%で、今日は50%くらい。だがテンションは低いがずっと動き回っている。昨日家に帰った時にはソファのニス塗りをしていたり。今日は息子を連れて車で出かけてしまった。まだ戻ってきていないので不安で仕方ない。夕方無事に戻ってきたので安心した。そして夕食は友人宅で、結局飲んでしまった。まぁ家にいてもおんなじ事だ。そこまでは良かったが、家に戻り落ち着いた後はまたテンションが下がっているようだった。抑うつ、というのか、表情があまりない状態で静かになる。明日はどうだろう。
2025.05.17
今回夫が入院するまで、「せん妄」という言葉自体知りませんでした。入院後数日し面会に行ったら大部屋から個室に移動させられていた夫。私が部屋に行った時には夫は寝ていて状況を全く理解できなかったが、看護師さんに聞いたところ「大部屋で暴れて個室に移された」とのこと。(一応本人の承諾を得ているそうです。)私としては周りに迷惑かけるくらいなら全然そうしてくださいと思うのだが、そんな錯乱状態で署名できたのかな?というのは気になりました。まぁ入院してたとしても大人だしね。基本的には本人の承諾なのね。
2025.05.17
仕事が終わり、家に帰ると何故か朔と陽が玄関横の部屋から顔を覗かせて「おかえり!」「・・・え?あれ?お父さんは?」「いるよ。上の部屋。今大変なことになってて。僕たち今日はこの部屋でご飯食べるんだ!」「どゆこと?」わけのわからないまま2階のリビングを覗いた。あ、夫帰って来てる。感動よりも「?」だった。ソファがひっくり返っている。「おかえり…」とりあえず声をかけてみたが返事はない。こちらに背を向けたまま何か作業をしている。何事だと部屋を見渡した。倒されたソファは引っ越してきた時に買ったものでもう10年以上使用しているが…、「あっ!ソファの色!」やっと気づいた。ソファの色の茶色が薄めの茶色から濃い色に変わっていた。「・・・塗った?」「塗った。」多少会話はしてくれるが、やっぱりなんだか変だ。そのあともひとりで黙々と作業を続けていた。先に帰ってきていた朔にも聞いた。「ねぇねぇ、お父さん、変くない?」「変。お父さんなんだけど、、なんか違うんだよなぁ。」会話はしてくれるが、笑顔がない。ほとんど笑わない。歌が好きだった夫が歌わない。口ずさむようなこともない。…なんというか、抑揚がない。穏やかっちゃ、穏やかなんだろうけど喜怒哀楽が薄れてしまったような。それと、普段使っている固有名詞とか単語が出てこなかったり元々あるはあったが、都合悪いことは全く聞こえないようだ。帰ってはきたけど、元通りではなかった。そしてこれはこれからまだ続くんだろう。思っていたような退院の喜びではなかった。
2025.05.16
今朝は目覚ましをしっかり二段構えでつけていたのでいつもの時間に起きることができた。陽の散歩に行き、シャワーを浴びたところで髪を乾かしながらスマホをチェックすると夫からの着信履歴。何回か電話してきていたので掛け直した。「おはよー。」「昨日寝坊したと言っていたから。起きてたか。」夫だった。ちょうどシャワーを浴びている時に入院した翌日は私がねぼすけな事を知っているから毎朝電話すると言ってくれていたが、その翌日から電話が掛かってくる事はなかった。朦朧としていてそれどころじゃなかったのはわかっているが、家族を忘れてしまった事が悲しかった。今日退院とは言っていたが、昨日会った感じだとまだそれ以前の夫に戻ったわけじゃなかった。退院は嬉しい反面、不安もある。しかし、今電話口の声を聞く限り、夫は夫だった。一週間ぶりにまともな会話ができている気がする。「うん、今日は起きた!これから朔を起こすとこだよ!」「そっか。…今日退院だ。」「うん!私仕事でいないけど大丈夫?タクシーでもいいし。」「荷物はほとんどないから歩いて帰るよ。」「そか!朔が学校からすぐ帰ってくると思うから。」「今日は習い事何かあったっけ?」「あっ、、と、確認しとくね!」ここまでは良かった。元の夫が戻ってきてくれて嬉しかった。が、「退院したら…早く酒飲みたい」マジか。まだ酒と言うか。続けて「今回の入院は酒じゃないと思うんだよね。ほら、膵臓にできた石が原因だから。」とのたまう。まさにアルコール依存症だなと実感した。それを認めたくないんだろう。「…あのー、その石ができた原因はなんだと思う?」「・・・。」言っても無駄なんだよな。わかってる。だから、「また痛くなるよ?だからせめて今までみたいにビールのようにウイスキーをがぶ飲みすんのはやめてね!」「あはは!たしかに!わーった!」とはいえ飲み出したらどうにもならんだろうけど。「あとは1日3食、ちゃんとご飯を食べること!」「(入院中)めっちゃ食ったから!」いや食ってないだろ。そもそも食えるようになったの一昨日ぐらいからだろ。「飲むなら約束して!」「わーった、わーった。」そして電話を切った。・・・はぁぁぁああ。だみだこりゃ。まぁね、20代だったらもっと必死で止めるわ。しかしアラフィフのおっさんだからね。一通り、やりたい事はやったろうし。あとは好きにすりゃええ。それに夫が考えるほど事態は甘くないと見ていた。飲みたくてももう身体の方が悲鳴をあげているのだから。近いうちにまた同じ事を繰り返すのは目に見えている。次入院したらアルコール依存症の専門病院に入院してもらうよ、と脅しておこうかな。無駄だとわかっていても言いたくなるのは人の性だ。あとどれくらい、一緒に過ごせるだろうか。せめて息子がもう少し大きくなるまでは、ふたりで子育てを終えてホッとするまでは、それが私の願いだ。
2025.05.16
しまった。目指しをかけるのを忘れていた。目を開けるとニコニコの息子の笑顔があった。・・・れ?「・・・今何時?」聞いても息子から答えは返ってこないのもわかっているので頭の上あたりにあるはずのスマホを探した。6時45分げ、やべえ。いつもなら陽の散歩を済ませ、シャワーを浴びてから息子を起こしている時間だ。週の半ばだし、疲れが出たかな。だいぶ現実に近い夢を見ていた気がする。なんとか息子を送り出し、仕事を始めた。今朝は夫から連絡はない。まぁもう大丈夫だろう。昼過ぎにまた面会に行くつもりだった。面会に行くと窓辺に置いた椅子に腰掛け、スマホに目を落としている夫。「来たの。」昨日に引き続き抑揚のない声が返ってきた。「来たよー!明日退院でしょ?明日は私仕事で迎えに来れないから、せめて荷物なるべく持って帰っといとくよ。」気にせず返した。「あ、それから。」と持ってきたタッパーを渡した。昨日りんごが食べたいと言っていたので。りんごではないが、果物があったので家に届いた美味しいイチゴを5粒ほど持ってきたのだ。「先生に聞いてから、、、」と言おうと思ったが受け取ると何も言わずにヘタを取って食べ出した。美味しい、とかありがとう、とか何にもなく。ただパクパクと食べ、あっという間に持ってきた分なくなった。途中「一緒に食べよう」と言ってくれたのが唯一の救いだ。こうなってから初めて私を認識してくれたような気がしたからだ。だけどなんだかやっぱり表情がない。今日は私も時間がなく、すぐ仕事に戻らねばならなかった。反応が薄い夫に不安もあったが、明日になれば家でたくさん話せるだろう。「雨は元気?」雨、は陽の前に飼っていた子だ。「えっ、とぉ、雨はお空に…」「あ、間違えた。」言えば気づくのだが、昨日も今日もそういったちょっとした誤りが多い。「じゃ、帰るね」退院してもずっとあんな感じなんだろうか。不安だなぁ。甘かったか。今日会えば、以前の夫に戻っていると考えていた。まだ元通りには時間がかかるのか、戻るのか。家に戻りまた仕事をしていると、夕方息子のスマホに夫から電話がかかってきた。後から気づいたが、私に電話をかけてくれていたが私が仕事に集中していて気づかなかったらしい。それにLINEも入っていた。LINEの文面が、、元の夫に近くなっていた。「!」などの記号や「サンキュー」などのカタカナが入り漢字は時々間違えてはいたが、以前のやりとりに近くなっていた。わわわ、嬉しい。まだ対面ではテンションが低いが、LINE上では大丈夫そうだ。息子とも久しぶりに電話口で話をした。嬉しい。ただそれが嬉しかった。
2025.05.15

月火は出社だったため病院の面会時間には間に合わず、不定期にかかってくる酩酊状態の夫からの電話だけが情報源だったので不安は昨晩から今朝にかけてピークだったかもしれない。退院しても会話もままならず、フラフラと出歩かれてはどうするべきか。夫が落ち着いて家にいてくれるのであれば最悪私が稼ぎに出れば良いが、それすら出来ない状況になってしまったら詰んだな、と考えていた。本当にそうなってしまったとしてもなんとかはなるし、なんとかはするつもりではいる。元々ないならないなりに工夫してやればいいという考えなので、そうなったらまた考えよう。だが息子や義母の事を思うと胸が痛んだ。夫が今のままなのか、というのが一番気にかかるところだ。呂律の回らない口調で独り言のようにボソボソと喋る姿はまるで別人だ。夫と話をしているはずなのに寂しさが増幅するばかり。昨晩最後に「うちの茶色いヤツのこと、覚えてる?」とLINEを入れていたが既読がつかないまま朝を迎えた。そして今朝「陽に会いたい。いうえるうちに会えるかなぁ?」これは、、、今までの会話と少し雰囲気が変わった。まだ後半は謎単語だけど、、「生きてるうちに」かな?あと数日で退院できるよ!と返信を返すと「仕事はねーかもしれねーけど。」とまたつっけんどんな返信が来た。内容はともかく明らかに昨日までとは違う気がした。「まだ入院して一週間しか経ってないから大丈夫だよ。」と一応フォロー入れた。そこから返信はなく、仕事の始まる頃にまた電話が掛かってきた。「今日行くね。着替え持っていくけど他何かいる?」「・・・ふりかけ。のりたまかゆかり。」あ、今普通っぽい会話してる、と思った。だが声のトーンは相変わらず低い。「膵臓の経過はどうなの?お医者さんはなんて?」「明日退院。」「あれ?金曜日じゃなかった?」「・・・金曜日だった。」「退院はするけど、石を砕く手術?はするんでしょ?他院紹介してもらって。」「・・・しない。」「あれ?そうなの?」「そんな1000万もかけてやりますかっての!!」そして電話を切られた。う、うーん。なんとなく昨日よりは会話になるけど思い込みが強いというか、色々ちょっとずつ間違った情報を思い込んでいる感じだ。ちなみに膵石を砕く機械を調べたら10〜20万くらいのようだったので、金額も思い込みだったのか?それに発言がネガティブな感じ…。鬱っぽくなっているのか?それが午前中のこと。午後の昼休憩を少し後ろ倒しにして面会に行った。正直会ってもまた会話にならなかったら、と思うと恐怖を感じた。個室に入ると窓際に椅子を置いて座りながらスマホに目を落としている夫がいた。その横には点滴が置いてある。「おつー。着替え、持ってきた。」「・・・そこ置いて。」全くアガらないテンションで一言だけ。スマホに視線を向けたまま。く、暗っ。「ご飯は食べられる陽になった?」「・・・」その時、ガラっとスライドドアが開いて「どうされました?」と看護師さんが顔を覗かせた。夫がナースコール押したのか?「…風呂、入りたいんすけど。って、言ったんすけど。」「あーお風呂?今からだと14時半か16時だけ空いてるけど…、予約した?」「してない。」「入る?」「入るたい。」「わかった!14時半で予約入れとくね!」どうやら私が来る前にやりとりしてたのか。風呂か。いつぶりに入るんだろうと聞いてみたら「毎日入ってる」とは言うが、この数日間は意識ほぼなかったんじゃ?「入れたの?」「入れた、、てない。けど体は拭いたる。」たまに言葉おかしいのと、やっぱり記憶にところどころ誤認識がありそう。また違う看護師さんが部屋に入ってきて担当だと挨拶してくれた。そのまま夫と会話をしつつ手際良く点滴の管を外してくれた。そうか。お風呂に入るからか。よくよく考えると私来たとこなのにお風呂行っちゃうの?…なのだが、それもまだイマイチ意識が回っていない証拠なのか。そんなにはかからないと言うので部屋で待っていることにした。部屋は個室なのでウロウロしながら待っていると「呼びました?」とまた看護師さんが入ってきた。いや、、夫は風呂だし、私は呼んでません、、、。適当に会釈すると看護師さんは戻って行った。どゆこと?!?と部屋を見回して理解した。入り口前に段ボールのようなものが床に貼られていてそれにはコードが繋がっており、それがナースコールに続いていた。ははん。夫が勝手にフラフラ出歩きでもするのかとひとりで納得してしまった。これを踏むとナースコールが鳴るのか。それだけ夫がフラフラしてたんだろう。ご迷惑をおかけして申し訳ない、、、。それからまたしばらく夫が座っていた椅子に腰掛けて待っているとさっぱりした夫が戻ってきた。「さっぱりした。」心なしか声音もさっきよりハッキリしたような。それから持ってきてと言われていたが持ってくるのを私が忘れてしまったふりかけを一緒にコンビニに買いに行った。デザートコーナーで足を止める夫。チョコレートに手を伸ばした。「あれ?もう食べていいの?」「・・・ダメ。食べたい。」普段甘いものなんて食べない人だ。さすがに食べたい欲求が出てきたんだなと思い、つまりそれは生きてるって事だからと見ていて嬉しかった。それからも「りんごが食べたい」とかスティックのチョコバーを眺めていたりとかして結局ヨーグルトドリンクを購入。あとはふりかけとマンガ本。そのマンガ本というのが寿司職人の話のようだった。…あ、食べたいのか。苦笑なんだか笑ってしまう。まだいつもの夫からすると口数は少なかったが動きが少しおぼつかないのと、あまり周りが見えていないような言動はあるものの昨日までの明らかにおかしい感じとは違い、意思を感じられる時もあったのでホッとした。部屋に戻る時も手前の個室に入りそうになったりとやはりどこかで認知のズレがありそうだったが「そこだったっけ?」と問いかければ「あ、違った。」と返ってくる。夫を部屋に届け、私は仕事もあるため帰る事にした。「あのドアのやつ、踏むと看護師さん来るんだね。」帰りがけに何気なくそう聞くと「…俺がどこか行こうとすると、5人くらい、着いてくるんだよ。囚われの宇宙人みたいだ。」少し口角を上げて笑ったように見えた。あ、笑った。その会話を聞いて安心できた。夫は大丈夫。ちゃんと戻ってくる。帰り道で、自転車を漕ぎながら渡った橋の下を流れる川は日の光でキラキラ光っていた。昨日までの鬱鬱とした気分が晴れた気がする。そしてまた夕方。息子と出かけに見た夕日は先週見たものとよく似た色をしていたが、先週に比べると晴れやかな色合いに感じられた。世界の見え方がまるで昨日と違う。このまま明日が来て、そして来週には元通りの毎日が待っている事を願うばかりだ。快活な夫に戻ってきてほしい。まだ何も終わっていないけれど、長い一週間だったな。
2025.05.14
昨日は肌寒かったが、今日は暑くなりそうだ。通勤の電車に乗り込んで数分したところで電話がブルブル震え出した。夫からだ。社内だから出れん。LINEで今電車だからごめんね、ちょっと待ってと伝えたが既読にらならなかった。途中下車し、電話を掛け直した。状況が知りたい。「もしもし、体調はど?」「・・・ない。」?「記憶が、ない。」「いつから?」「入院した日の夜。」入院したのは覚えているらしい。「そこから、ないの?」「ない。」「・・・えっと、入院したのが先週の水曜日の夜ね。今日は火曜日だから…ちょうど一週間だね。」「会社はどうなってる?」・・・いや、自分で連絡するって言ってたから知らんけど。したんじゃないの?「・・・記憶がない。どうなってんの?」「先生からはなんて言われてるの?」「金曜、退院。」マジか。嬉しいのと不安と半々だ。「会社どうなってんの?」だから知らんがな!「連絡してみたら?」「・・・うん。」お、まだ頭にモヤはかかってはいるようだがだいぶ通じているような…。この数日のおかしな感じが残っているかもしれない不安はありつつも、今日は通常の夫に近いように感じた。この数日の記憶がないっていうのも、回復の兆しなのか。ジキルとハイドってこんな感じ?全くの別人格だったと思えば良いのか、それとも覚えているが無かった事にしたくてそう言っているのかは推し量れなかったが、いずれにせよ、意志を取り戻したと考えていいだろう。あのおかしな感じを見た後で、元の生活に戻れるのかの不安はあるが、久しぶりに夫に会えたような安堵感は感じられた。また夜にでも連絡してみよう。…と思っていたら、仕事中に電話が来た。「何が起きた?」まただ。また覚えてないんだろう。「記憶、ないの?」「ない。」「いつからないの?」「・・・。」「入院したのは覚えてる?」「覚え、てる。」「水曜だったよね?今日が火曜日だからちょうど一週間。」「計算が合わねーじゃねーか!」急に声を荒らげた。これも症状のうちなのか。「ん?」「だーかーらー!今日が火曜日なら水曜日は未来じゃないか!」・・・え?理解ができないんだ?時系列がわからなくなってるのか。数日の記憶が飛んだだけならまだしも、一般的な事もわからないのかと不安を覚えた。「違うよ、入院したのは先週の水曜日だよ?それから一週間経ってるんだよ?」「・・・そういうことか、、」なぜこの場所にいるかもわからない、という。入院している記憶はあるのに。もう一度、入院までの経緯を話した。タクシーを呼んで病院に向かったこと。痛みが酷くて強めの鎮静剤を投与したこと。土曜日に面会したこと。なんとなくは記憶があるようだけど…。アルコール依存症の離脱症状だよ?と言ったが、「それはない。」と否定して黙った。依存症の怖いところは病識が持てないところ。そのまま無言になってしまったので電話を切った。今朝は回復したと思ったが、私が考えているほど良くはなっていなそうだった。また夜になり、帰りがけにLINEを入れてみた。「ご飯は食べられるようになった?」「私や朔のこと、覚えてる?」この数日間はLINEへの返信は一切なかった。電話はかかってきたが。もしかすると文字を打つなどの細かい動作も難しいのか。「食べれる。おぼえいる。」短いが、返ってきた。さらに「何食べたの?」と入れたが既読にはなったがそれきりだった。本当に、こんな状態で退院していいのか。もう考えることに疲れてきた。今日はもうこれ以上、考えるのはやめておいた。
2025.05.13
信号が青になるのを待っている時、横断歩道のシマシマが今までの伏線のように見えてきた。どこかで、夫がこうなるのがわかっていたような気がしていたから。しばらく前から幸せだな〜って感じていた。忙しい日々だけど一緒に子育てをしている実感があったし恋人のようなそういう感情ではないけどたしかに家族として穏やかに楽しい日々を送っていたが、忙しいあまり、夫に感謝は伝えていなかった。もっと落ち着いてから、改めていつか伝えたいな。そんな事言っているうちに伝えられないままになってしまったりしたらどうしよう。ま、そんなわけないか。ふとそんな考えがよぎる事はあったが、まさか本当にこんな事になるとは思ってもなかった。思ってなかったけど、わかっていたような、なんと表現したらよいかわからないが、前からわかっていたような気持ちもあって。横断歩道が変わるまでの一瞬、そんな事を考えた。青になった瞬間にそれも忘れてまた日常に溶け込んだ。
2025.05.13
朝っぱらからのあまり会話にならない夫からの電話に今後の不安がよぎる。今の錯乱状態のまま退院してこないでくれ、、、息子を危険に晒すようなことはしたくない。早く症状が落ち着いてまともになった夫と話したい。調べると数日で落ち着くとあったが、、、少なくとも今朝はまだ、おかしな感じは継続中。先ほどの電話を思い返しつつ、もしかしたらもう落ち着いたかな?と淡い期待を抱いて移動中のバスからあたりさわりない事をLineで送ってみた。「お腹痛いのはおさまった?」「今日はちょっと寒いね」直後に既読になったと思ったら電話がかかってきた。バスの中なので出られないや、、「今バスだから出られないの。LINEで話そ。」と送ったが既読にならないままやりとりが途切れた。心配だったが、今日は月曜日だし仕事は仕事でやらねばならない。気持ちを切り替えて職場に向かった。昼の時間になり、まわりが昼食に向かい出した頃電話が鳴った。夫かと思ったら病院からだった。先生とちゃんと話すのはこれが初めてだった。何か問題が起きたとかではなく、経過と状況の説明だった。・ちゃんと会話もできてるし、急性膵炎の症状は落ち着いてきたので、早ければあと1週間ほどで退院できそうだ。・今回は急性膵炎だが、背景に慢性膵炎がある。・膵臓にできた石を取るには内視鏡や外科手術もあるが、機械を使うものもあり検討中だが、機械を使うものだとうちの病院にはないため紹介状を書くなり対応を考える。・看護師から聞いたかもしれないが、夜中に暴れて個室に移動したが、アルコールの離脱症状と考えられる。飲酒は常態化しているのか、と聞かれた。→20年以上毎日飲んでいる。・飲酒の常態化が問題だが、断酒は難しいのも理解している。おそらく繰り返すことになる。まぁそうですよね、、、。思ったより退院が早くなりそうで嬉しいは嬉しいが、昨日今日の状態だと通常の生活に戻れるのか不安だ。「ちゃんと会話もできてる」と先生は言ってだけど…そうだろうか。電話口で聞いてる限りはおかしな感じだ。とりあえず状況が聞けてよかった。また水曜日あたりに面会に行きますと話して電話を切った。それからまた小一時間が過ぎ、昼過ぎから外出だったが出先でまた電話がかかってきた。今度は義母だった。入院したことは伝えていた。心配してかけてきたのだろうかと考えたが、そうではなかった。昨日送った母の日のプレゼントに宛名がついてなかったため、私からなのかという確認の電話だった。「夫と選んで送りました」と話をした。それは本当。土曜日までは至って普通だった。息子とも面会したし、まさかこんなふうになるなんて思わなかった。だから母の日のプレゼントもLINEでやりとりしながら私が選んだものを見て夫が「いいんじゃん」と返事もくれていた。なのに…。今はまともに会話が出来ないなんて。仕事中なので手短に説明して電話を切り上げた。夜にでも改めて義母に説明しなきゃな…。それから数時間は仕事に集中できた。今日は現場からの直帰狙いだ。帰りは習い事に行っている息子と駅で待ち合わせた。息子を待っている間に夫から電話が掛かってきた。「…大丈夫?」開口一番、そう聞かれのはこっちだ。「?何が?」入院中の夫に聞くならわかるけど。「そっちのほにゃほにゃは大丈夫?」(ほにゃほにゃは聞き取れなかった部分)夫は普段から声が大きい事を自慢していたくらいなのだが今は電話口でボソボソと話しているのでよく聞き取れない。「大丈夫だよ〜。夫は?気持ちとか落ち着いてきた?」無言「先生は炎症落ち着いてきたし、もうすぐ帰れるよって言ってたよ。」今朝は少しイライラしてしまったからなるべく、優しく声をかけたつもり。すると、「…ふーん。そういう風になるんだ。。。」なんていうか、疑われているような夫がいじけている?ようなそんな声音で返ってきた。また何か妄想入ってそう。そして、「変な宗教は崩壊してきたし…」ブツブツと訳の分からない事を言いながら電話が切れた。最後の一言は訳がわからなかったが、夫の混乱している頭の中が整理されてきて現実がわかるようになってきた…とか?それだったら良いのだろうけど。明らかにおかしい感じだった。先生はちゃんと会話できている、と言っていたが普段私の知る夫ではなかった。ほんの少しの会話だったが、鬱っぽいような気もした。そのあと気分を晴らすのに息子と外食して帰った。こっちの気も知らず、ふざけんな、とも思った。早く夫と普通に会話できるといいな。そういう日が来ないんじゃないかという不安がよぎるが考えないようにした。夜改めて義母に連絡をした。入院してからまだきちんと状況も説明出来てなかったし、今の状態で義母に電話していたら心配するだろうから事実を伝えなきゃならない。アルコールの離脱症状が出ていて妄想でおかしな事言うかもしれません、て母親には酷だろう。だからといって隠せるものではない。夫のことだ。確実に義母に電話するだろうから。年を取ってからは離れて暮らす義母を心配し、よく電話をかけて近況を話していたから。若い頃のちょっとスレていた夫も知っているので母親に感謝するようになったんだろうと私は嬉しく思っていたのだが、、今のおかしな状態ではあまり電話しないでいてほしいな…。案の定、義母に状況を伝えたら電話口で泣いているようだった。謝られたが、全くもって義母のせいではない。私にも息子がいるから、10歳も過ぎればあとは親の言う事なんて聞かなくなってくる。本人がどう捉えてどう生きるかは親であってもコントロールできるものではないし、コントロールすることもおかしい話。意思を持ったひとりの人間だ。それは本人が決めて進んだ道なのだから、誰も責められない。泣いている義母になんて声をかけてよいかわからなかった。「泣かないで。私や息子には良い夫ですよ…」それだけ言うのが口下手な私には精一杯だった。「それでも、、今の生活を止めなきゃ、お酒をやめなきゃ、、治らないんでしょう?」まぁそう。そしてまた泣いていた。義母は、夫の体裁よりも命の心配をしているのだ。母親だもん。何より、どんなことをしたって生きててほしいのが母親なんだろう。私も、夫とまだずっといたい。できるなら健康のために酒はやめてほしいと思ってる。だけど、私たちが口うるさく言うのは逆効果だから言わないようにしましょう、と話をして電話を終わらせた。私も不安なはずだけど、不安よりも私が舵を取らなきゃという思いが強く、あまり感情は湧いてこない。まだ緊急事態の真っ只中という感じ。明日の朝も、夫の変な電話は来るのだろうか、それとも…?一縷の望みを託して眠りに落ちた。
2025.05.12
今週も夫は入院中だ。私がしっかりしなければ、という意識が片隅にあり少しばかりストレスを増大させている。朝起きたら陽の散歩とゴミ出しをして息子を起こし朝食を用意する。それから自分の支度だ。こんな時に限って客先に往訪の予定がある。しかし、仕事がある事が逆に救いでもあった。夫に何かあってもなんとかはなると思える。息子を送り出し、出勤前にカフェラテを飲んで一息ついていると友人たちのグループLINEに夫から「ジラフ、」と一言だけ入ってきた。…え?キリン、すか?こんな時でもおかしい事には笑ってしまう。こんな事もあろうかと夫が連絡を入れそうな共通の友人たちには昨夜のうちに状況を共有しておいたので無視してくれるだろう。その後間髪入れずに私に電話がかかってきた。「おはよう。体調はどう?」「…仕事、どうすんだよ?」「入院してるから休みにするんでしょ?」「まだ今週は言ってない」「じゃあ連絡したら?」「・・・。」「難しいなら上司の連絡先教えて。私から連絡しとくから。」「…いや、俺から連絡する。仕事、クビになったらどうすんだ?」「え?知らないよ。」「知らないって、、お前の生活もあるだろ?」「知らないよ。しょーがないじゃん。どーすんのは夫のほうでしょ?今なんで入院してるかわかってるの?」「・・・分かってる。」たぶん、わかってない。「お腹痛くて、膵炎で入院したんだよね?」「・・・うん。」「覚えてる?」「・・・うん。」「お酒、飲み過ぎて膵臓も、頭もやられてるんだから大人しく先生の言う事聞いて早く治しなね。」「・・・会社にはなんて言えばいいんだよ!!アルコール依存症で入院してます、なんて言ったらクビだろ!!」いやいや、私にキレられましても。「そうだね。しゃーないんじゃん。今実際そうなってんだから。まずはちゃんと今の状態と向き合いなよ。」「・・・アルコール依存症は置いといて、体調わるいからと連絡する」いったんそれで良いと思いますよ。膵炎だし。「それで良いと思うよ。だけど現実を受け入れなね。アルコール依存症だって自分が認められないでずっと逃げ続ける気だろ?」プツッと通話が切れた。ほらね、自分の都合良く事実を捻じ曲げる天才だからね。若い頃は自分自身にも軸がなかったからだいぶ振り回されたけどね。たくさん泣いてたくさん悩んだおかげで今私は自分を持っている。あくまで夫の意見は夫の意見だ。私は私の軸で目の前の事実を受け止めて生きるから。それはまた違う話。散々心配かけやがってと少しイライラしつつも、真っ先に私に電話をかけてくれた事が嬉しくもあった。こんなわけわからない状態でも信頼を置いてくれてると感じたから。今日は私も仕事で出かけているため、心配だけど面会時間には行けないや。アルコール離脱の症状はかなり怖いなと思ったし、改めて酔っ払っている人に切々と訴えたところで時間の無駄なんだなと感じた。人格とはなんぞや。脳の機能的なものか。まるで別人のような会話が続いているが、これも私の知らない夫の一面なのか、はたまた今の状況がそうさせているのか。人って、所詮自分の見たい現実の中で生きている生き物で現実というのも捉え方は千差万別なんだなーと思ったら自分の今いるところすら不思議の国に見えてきたよ。苦笑今日も一日、無事に過ごせますよーに!
2025.05.12
膵炎の原因のひとつとしてアルコール摂取が挙げられるが、今回の夫の入院も「飲酒による膵機能の低下」だろうと推測される。なぜなら毎晩欠かさずに大量のアルコールを摂取していたからだ。6年前に急性膵炎になって入院したが、退院後も晩酌をやめる事はなく、たまに体調が悪くなった時だけは飲酒を控えてはいたが基本的には飲まずにいられなかった。ただ息子が生まれた後は若い頃のように暴れる事もなく、おとなしく家で寝落ちるだけなので特に害があったわけではない。酔っ払いは基本相手をしないに限る。もちろんぐでんぐてんになっている夫を見たくはないし外でそんな風になったらと思うと気が気ではないため本音では飲んでほしくはなかったし、夫のカラダも心配だった。しかしアルコール依存症は根深い。やめようと思ってそう簡単にやめられるものではないだろう。夫の飲酒歴からしても難しいだろうことは想像に難くない。最初から諦めていたわけではない。以前酒はやめてほしいと散々言ったが、関係が悪化するだけで結果的にムダだったので諦めた。綺麗事ではどうとでも言えるが、他人にはどうしようもない。所詮本人が選ぶ道だ。さて今回、入院する事になり結果的に酒を飲めない環境に身を置くことになった夫。毎晩のように飲んでいたアルコールを飲まなくなり昨日が3日目。そして今日が4日目になる。そうなってくるとアルコールの離脱症状が現れてもおかしくはない。そういえば、普段はさすがに昼間から飲むような事はなかったが、手が震えると家でも言っていたような気がする。またある朝は冷や汗をかいてガタガタブルブル震える事があり、普段から食事はあまり取らなくなっていたため、栄養失調なのでは?と疑ったが思えばそれもアルコールの離脱症状だったのかもしれない。専門家ではないので、私の推測の域を出ないが。消化器系の疾患で入院したはずなのに違う角度の課題が露見した形になった。…まったくもう。今日は午前中から待ちぼうけを食らい、午後面会に行けば行ったで昨晩大暴れして病院にご迷惑をおかけした夫は意識混濁状態で朦朧としていて話にならないまま家に帰るハメに。なんて日だ!と思いながら洗濯物を取り込んでいると夫から電話が掛かってきた。面会に行った時、着替えを置いて行ったので目覚めて連絡をくれたのだと考えて電話に出たのだが、、、「なんで入院してるの?退院したいって言った。」…は?電話口の夫は夫じゃないみたいだった。「どうしたの?」優しめに聞いてみた。「大部屋にいたんだけど、隣のおじいちゃんをもう看護じゃなくて介護だから介護施設に移送するとか職員の人が話してて…怖ってなって、、」んー…謎!!「で?」「いつもは優しかったのに急に俺らに冷たくなって。」「看護師さんが?」「そう。急に『わっ!』とかっておじいちゃんに大声出したりとかして」「ふむふむ?」「それからおじいちゃんいなくなっちゃったから、排除されたんだと思って、怖ってなって、」ふむ…「退院か転院したいんですけど、って言った!」「転院するなら精神病院になるけど?」「…え?なんで???」アルコール依存症だから。と言いたいが、、残念ながら本人自覚ないだろうなー。アルコール依存症は本人が自覚できないっていう怖さがある。
2025.05.11
院内のコンビニでけっこう待った、と思う。1時間半は待っていたが、LINEは一向に既読がつかなかった。色々あったと言っていたし、起き上がれる状態ではないのかもしれない。また午後の面会時間に来てみよう。面会時間なら病室に行けるから会えはするだろう。「また午後の面会時間に来るね!」とLINEを入れて一度家に戻ることにした。それほどに病状が酷いのか…。つい良くないことを考えてしまう。会ったら意外とケロっとしていてこっちが心配して損したと脱力できるならいちばん良いが…。午後になり、再度病院を訪れた。病室に行くのはまだ2回目だった。何号室だっけかな?とナースステーションで看護師さんに声をかけた。夫の名前を伝えると「ああ!ちょうどご家族をお待ちしてたんです。」そんなような事を言われた気がする。そのまま病室に案内してもらったのだが、どうやら記憶にあった病室とは違った。…れ?個室??? 大部屋から個室に移動していた。んんん?病状が芳しくないのだろうか。それとも仕事をしたかったから変えてもらった、とか?通してくれた看護師さんはそのままどこかに行ってしまい病室には私と夫だけになった。…はい?状況が全くわからん。夫に目をやるとベッドに腰掛けていた。「来たよー!体調ど?…良いわけないか!」そんな私の呼びかけに「…覚えてない。」「んっ?」「昨日から覚えてないんだ。」「昨日の、いつから??」「わからない…○△×…。眠い…。」途中から何言ってるかもわからなくなった。お腹痛くて眠れなかったのかな?「横になったら?」夫の肩に手を当ててベッドに横たえた。しばらくは独り言のように聞き取れない言葉を喋っていたが、いつのまにかスースーと寝息を立て始めた。寝てしまった夫の手を握ったが夫の手はひんやりとしていた。何にせよ会えた事が嬉しかった。手を握って夫を眺めていたが寝息がいつの間にかイビキになっていた。こりゃ起きなそうだ。ちなみに息がマスク越しでもめっちゃ臭かった。普段綺麗好きな夫からは信じられないがそりゃ風呂も入ってないだろうし、何も飲み食いしてないし、仕方ないのだろう。ただそれが何らかの病気の臭いでないように祈った。そういやこの状況はどうした事だろう。もちろん夫に聞く事もできない。しばらくボケーっとしていたが面会に来たけど寝ていて話も聞けていないが部屋が個室になっている。どういうことだろう?と、ママ友のひとりにLINEをした。「看護師さんに声かけて聞いてみた方が良いよ」すぐに既読になり返してくれた。言われてみたらそりゃそうだ。笑ポカーンとし過ぎて頭が回ってない私。頼もしい友人たちに感謝だ。個室のスライド式のドアを開けるとちょうど向かい側の部屋の前で看護師さんがカート上で作業をしていた。「あのぅ…、すみません、以前来た時は大部屋だったはずなんですけど、今日来たら個室に移っていて…その、状況が全くわかってなくて。」「ご家族の方ですか?奥さん?…え?奥さん?」何を驚かれているのかわからなかったが「はい、お世話になってます。あの、何かありましたか?」病状が悪化したのか?と思って聞いたのだが、「ああ、夫さんですね、昨晩アルコールの離脱症状で大暴れして、最終的には男手で押さえつけて落ち着かせたんですけど、同室の患者さんとかにも、その、うるさいとか、見えないものが見えたりとかしてるみたいでそれで先生が個室が良いだろうと、、本人には話をして署名してもらったのですが、、」げぇえええ。思ってたんと違うやないかーいっ!!と突っ込みたくなる内容でした。「すすすすみません!ご迷惑をおかけして申し訳ないです、、、」平謝りだ。「離脱症状は仕方ないので、そんな気にしないでくださいね。」優しく返してくださったものの、大暴れの想像がつくだけに申し訳ない。「病院の指示にお任せするので、危険なら個室で全然問題ありません、、ご迷惑をおかけします…泣」ため息をつきながら部屋に戻った。イビキをかきながら眠らされている夫を眺め…まったく。夫だったら有り得るな。結局病状は聞けずだが、新たな問題が発覚してしまった。こりゃしばらく息子にも会わせられんわ。呆れながらも、依存症の恐怖も理解しているためこのタイミングで入院になってよかったのかもしれない、と思ってしまった。待ちぼうけの真相がわかったところで長期的な夫不在の生活を覚悟した。
2025.05.11

昨晩は友人宅で夕飯をご馳走になった。同級生のいるその家に息子はそのまま泊まらせてもらい、私はひとり帰宅した。玄関の鍵を開けようとドアの前に立つと陽が待ってましたとばかりに吠えているのが聞こえた。風呂を済ませ、リビングで待ち構えていた陽に盛大にひとりきりにした事を謝った。それでもしばらくは吠えていたが、フンッと鼻息を鳴らし私にピッタリとお尻をくっつけて丸まった。ひとりになった。さて、何をしようと少し胸を躍らせたがリビングに繋がる階段からパキ、パキと音が聞こえた気がして固まってしまった。足音ではないが、誰かが鳴らしたような連続音。怖っ!さっきまでのウキウキ感は消え去り、家にひとりきりだという現実を突きつけられた。実際には1人と1匹だが。トイレもしたかったが、怖がりの私は動けずに陽を抱いてそのままソファで眠りについた。電気も消さずにだ。そして今朝目が覚めると隣で陽が体をぐーんと伸ばして仰向けに寝転がっていた。目覚めに誰かが隣にいてくれるのはありがたい。それだけで少しハッピーな気分になる。陽におはよ、と挨拶をし手だけ動かしてスマホを掴んだ。時間を確認すると6時過ぎだった。悪くない。そのまま夫にLINEを入れたが既読にならなかった。10時頃に行ってよいか、と入れたのだが。陽の散歩と自分の支度を済ませて一息ついているとスマホが鳴った。「はーい」「…もう、来てる?」夫だった。「まだだよ。連絡なかったから。行っていいの?」「…色々あって。10時からの診察だけ終わったら来ていいよ。」今ちょうど10時だ。今から向かえばちょうどよいか。「おっけ。じゃあ向かうね。」面会時間は決まっている。13時からだ。しかも中学生以下は病室に入れない。だから正面玄関横のコンビニで待ち合わせて少し話すくらいなのだが。病院につき、LINEを入れたが既読にならなかった。のんびり待ってようかとコンビニでおにぎりを買った。そういや朝ごはん食べてないや。朝ごはんを食べて、それでも連絡なければコーヒー飲んで待ってよう。それが、まさに今。笑
2025.05.11
6年前の急性膵炎の時は背中側が痛いと話していた記憶がある。それも我慢できないような相当の痛みだったよう。慢性膵炎と診断された今回は背中の痛みはなく、みぞおちあたりをずっとおさえていた。そして入院してからも痛みは治らず麻薬系の鎮痛剤を使用しているらしく、副作用で吐き続けている状態だ。そういえば救急外来に行く前日か前々日にも気になる事があった。運転中に目が見えない、足が痛いと訴えていた。そのまま問題なく帰宅したが、食事をするとその症状は消えたようだ。またこの数年夫は私と同じ、もしくは私よりも痩せている。体重は減る一方で心配はしていた。また血圧も異常に高いらしい。糖尿病の症状では?と疑っているが、これらはここ1か月前後の話。ちなみにアルコール摂取は毎日。夫はすでに慢性膵炎の非代償期ではと考えてしまう。膵臓の中に、石が出来ているという。膵炎が悪化すると石ができたりするそう。お医者様たちは今その石を切り取るかどうかのカンファレンス中だと聞いたが、手術自体がリスキーな場合もあるためまだ治療方針が定まらないと夫から聞いている。だから、来週聞きたくない話を聞かなきゃいけない状況になるんじゃないかと不安になっている。
2025.05.10
やっと日記が追いついた。今日からは日記としてつけていこう。朝、2日ぶりに夫に会いに病院に向かった。雨が降っていたので傘をさして息子としりとりをしながら歩いた。もうだいぶ体つきはがっしりしてきてあと10センチも伸びれば私の身長にも追いつきそうな息子は少し生意気にもなってきたが、それでもかわいい事に変わりない。コロナ以降、面会も厳しくなったのだろう。小学生の息子は病室には入れないため院内のコンビニまで夫に来てもらって会った。思ったよりは元気そうだったが話を聞くと昨日までは死にそうだったという。とにかく嘔吐が止まらず、絶食中だが、喉がどうにも乾くので水を口に含む程度ならと許可されたそうだが一口飲み込んでは吐いて飲み込んでは吐いて水と胃液しか出てこない嘔吐を繰り返していたそうだ。つ、つら…。本人は明るく話してはいるが聞くだにしんどそうだ。面会時間は15分。あっという間に過ぎた。散々一緒にいるのに離れたくないとは自分自身にも驚く。午後は息子の用事がある。近場の外食で昼を済ませて息子を送り届けた後、近所のスーパーに1週間分の買い出しに向かった。スーパーで「游魚?大変だったね…大丈夫?」正面で手を振りながら息子の友人母が声をかけてくれた。頼れる友人の登場に気持ちの糸が切れた。カートを押しつつこの数日にあった事を話しているうちに涙が止まらなくなった。以前も書いたが、まだ何もわかっていないのに、だ。そんな私に「いいよ、いいよ、泣いても大丈夫だよ。大変だったね。朔を預かることもできるから言ってね。」と落ち着くまで寄り添ってくれた。ありがと。またあとでね、と別れたが自分の思いを自覚した。前回のように元気いっぱいに退院、とはならない予感がしている。だから泣くんだ。けどそんな事本人には言えない…。来週になれば杞憂だったと笑えるだろうか。
2025.05.10
夫が入院してから3日目の朝。パチっと目が覚めた。…あ、れ?いま何時?いつもは早起きな夫が起こしてくれていたので目覚まし要らずだったのだ。しまった。目覚ましつけてなかった。まさか子供の登校時間過ぎてるとか…?焦ってスマホを見た。6時45分。セーフっちゃセーフだったが、通常であれば私は5時半に起床しているところなので「朔!起きて!お父さんいないから自分で準備して!!」普段は私も息子も夫に頼りきりな朝だ。息子も状況を察してかベッドから飛び起きると自分の支度を黙々と始めた。私は私の準備と陽の散歩だ。朝イチで散歩はマストだったので私が目覚めた事に気づいた陽が吠え出した。「わーった、わーった。行くって〜」陽に突っつかれて慌てて散歩の準備をして出かけた。散歩、と言っても家のまわりをウロチョロして満足なインドア派のワンコだもので、10分とかからない。散歩を済ませ、朔と陽に朝ごはんを準備したらあとは勝手にやってくれと自分の準備を始めた。シャワーを浴びて髪を乾かし、化粧をする。いちばん自分が時間かかるんだよなと焦りつつ。息子をなんとか学校へ送り出し、30分遅れだがなんとか通勤電車に飛び乗った。電車に揺られながら未読のLINEを確認した。夫から「おはよう。昨日は夜中は吐きっぱなしだった。頑張って早く治します」それ以上聞くのが怖くなり、話題を変えたくて今朝起きれなかった話を振った。「起きてたら、電話するよ。」けどやはり気にはなるわけで聞いてしまう。「ちゃんと寝れたの?」「ちゃんとは全然寝れてない。夜中に十回以上吐いてるし。本当にすまんがよろしくおねがいしますちょっと弱音吐きたくなるようなコンディションだ!」夫は、普段弱音なんか吐かない。だけど弱音が吐けるのは冷静に捉えているからだとも取れた。その日夫とのLINEで得た情報は取り敢えず週末まで絶食だということ。月曜以降具合よければ石の取り方を検討するらしい事。早くて来週末位になりそうだということ。それから同室のおじいちゃんたちがうるさいこと。苦笑。少しだけ方針が見えて安心した。仕事の帰り道は自然と病気について調べていた。調べていけば行くほど今の状況は芳しくないという事だけがわかったので気分が悪くなってきた。まだ何も決まっていないのにも関わらず涙が止まらなくなった。帰りのバスで涙が出ないように我慢すればするほど涙が出てきそうになる。やっぱ夫がいないと嫌だ。寂しい。早く帰ってきてほしい。つい数日前までの当たり前の日常が恋しくなった。それと昨日、息子の友人の母たちには夫が入院したことを伝えていたため、個別にも数名から連絡をいただいていたので返信をした。息子や私の事まで心配してくれる母たちに感謝すると共に、色々話したいけれど、余計に心配をかけてしまうのも申し訳なく思い、迂闊なことは言えない気もしてきた。家族や周りの友人にも悪い意味ではなく気は遣うものだ。それと、不穏を感じた夕日を何故か思い出してしまうから記録を残しておきたいと思った事がキッカケだった。何事もなく夫が退院できれば私の思い過ごしだったと済ませれば良いだけ。だが、この状況が長引くなら耐えられないかもしれない。どこかに吐露したい思いはあるが、どこに?それでこのブログを始めた。明日は息子を連れて夫に会いに行こう。
2025.05.10
昨夜、緊急外来を受診しそのまま入院となった夫。私はまだ実感がないままにやるべき事を進めなければならない。ど平日のため今朝は息子を学校に送り出した後、入院する夫へ届ける荷物をまとめた。歯ブラシかかとのあるスリッパ数日分の着替えAirPods箱ティッシュ…まぁ大体は院内のコンビニでなんとかなるけど。それから馴染みの保険屋さんに連絡。義母に伝えるかは悩んだ。まだはっきりと病状を伝えられない現状では心配かけるだけかもしれない…。とりあえず保証人は私の母にお願いした。面会時間を見計らって荷物を届けに向かった。ナースステーションで病室を確認し部屋に案内してもらった。「荷物、持ってきた。」「…ありがとう。」「これとコレを持ってきたよ。あ、歯ブラシはここね。」一通り持ってきた荷物を説明した後、「…ど?」体調はどう?なんて入院中にナンセンスと思いつつもやはり聞くでしょ。「痛いね。」「だよね…。」「痛み、おさまらない?」「全然…ダメ。」そっ…かぁぁあ、まぁ入院して正解だな。夫は会話する余力なさそうだし、んじゃ。と部屋を後にした。10分程度の滞在だったと思う。その足で会社に向かう。頭を切り替えて仕事やっちゃおう。帰宅時間に電車に揺られていると無駄に考え事をしてしまうが、今気になるのは夫の病状だ。帰りがけにLINEを入れてみると「痛みがやばくて、モルヒネ系の強い鎮痛剤やりながら過ごしてる。入院長引きそう。」6年前はそんなに痛みが続いていたっけ?と思い返しながら1日経っても状況が良くなっていない事に不安を覚えた。家に帰ると朔と陽が出迎えてくれた。ふたりともお腹を空かせていただろうに。「遅くなってごめん。今ご飯用意するね!」ふたりが夕飯を食べている間にまた夫にLINEをした。「落ち着かん。吐いた薬副作用」とだけ、返ってきたがそのあとの私の返信には無反応だった。明日も仕事があるし、息子は学校だ。今日もとりあえず寝よう。
2025.05.10
つい一昨日の話。いっさくじつ、と読みたい。(←どうでもいい)息子と家に帰ってきたのは22時近くだったと思う。普段リビングにいるはずの夫が玄関横の部屋から顔を覗かせ「おかえり」と言ったかどうか記憶にない。さて、息子を早く寝かせなければならない。お風呂を済ませリビングに上がると息子は自分でお湯を沸かして夜食のカップラーメンを啜っているところだった。そこへ夫が上がってきて「救急車…呼ぶかもしれない。」と腹を抱えて蹲った。…え?状況を察した。以前にも同じような事があり、救急車は呼ばなかったが私の不慣れな運転で病院まで連れて行き、そのまま入院となった。それが6年前。急性膵炎で2週間の入院だった。元気になり、元通りの日々を過ごしていたが生活習慣が変わらない状況を鑑みるといつかまたこうなるだろう事は分かっていたと思う。やるべき事は病院に繋ぐ事だ。やる事がわかっているなら問題はない。それをやれば良いだけなのだから。ただ夜間に電話するとしたら、とインターネットで検索をかけた。救急安心センター事業(♯7119)に電話をかけ、最寄りで受け付けてくれる救急外来の窓口を教えてもらった。病院に連絡するとその日はバタバタしているようでなかなか繋がらなかったが、何回か掛け直すと繋がった。1度目は電話口で問診があり、ロキソニンを飲んで様子見てくださいと伝えられた。それでもダメそうならまた掛けてくださいとのことだった。家にあったロキソプロフェンを飲ませてしばらくそのままベッドで様子を見ることに。その間に息子を部屋に連れて行き、もしかしたらこの後お父さんを病院に連れて行くかもしれないから陽と寝ててね。とお願いした。陽は飼っているミニチュアダックスだ。息子は一人っ子だが、兄弟のような陽がいてくれて本当によかった。息子の朔は頷くとそのまま眠りに落ちた。よほど疲れていたのだろう。リビングに戻り、何事も起こらない事を祈りながら温かいカフェオレを入れた。ソファに座り10分もしないうちに夫が階段を上がってきて「…無理かも。」その一言で私も決心がついた。夫が我慢強いのは知っている。その彼が弱音を吐く時はつまり、だいぶよろしくない時だって事だから。「了解。」再度救急外来に繋ぎ、「専門の先生がいらっしゃらないため、応急処置になるかもしれないが、それでも良いか」と聞かれたが一も二もなくお願いします、と返事した。あとは病院に向かう手段だが、今の世の中はだいぶ便利になっていてアプリひとつでタクシーを呼べるのだからありがたい。6年前にもあったのだっけ?と考えながらタクシーを呼んだ。10分と経たずに家の前まで来てくれたため、むしろこっちの準備が間に合わないくらいだった。腹を抱える夫をタクシーに乗せ病院に向かってもらった。前回の事がある。夫もこのまま入院も視野に入れていたのだろう、自分でリュックに充電器などいくつかの日用品を突っ込んで持っていた。夜間の救急外来は静かだった。電話口のバタバタした様子だと混雑してるものかと考えていたのでホッとした。ガラ空きだったので夫はソファに横になって診察を待った。名前を呼ばれ診察室にて。問診の後、ストレッチャーに寝かされ腹部の触診で「ちょっと固いかなぁ?検査しようか。」そこから私だけ外に出されて手持ち無沙汰でソファの手すりにもたれ掛かってウトウトしているうちに診断が下された。「専門ではないので、明日以降改めて検査結果を専門のドクターに診ていただいてからにはなりますが、おそらく慢性膵炎かなと思います。痛みと炎症が強いので、このまま入院手続きしましょう。」すみません、ありがとうございます。という心境でした。家に戻って痛がっていてもどうにもできないが、病院にいればその点は安心だ。入院の手続きはその場で済ませることができた。(夜中なのに対応くださったスタッフさんに感謝。)夫はそのまま病室へ。看護師さんに明日荷物を持ってくると伝え、私はそのまま帰路に着いた。病院は徒歩圏内。家が近くだったことにも感謝した。家に着いた頃には夜中の2時過ぎだった。今は眠る事を優先しようと思った。正直頭の中は混乱していた。というより非常事態を受けて覚醒している感じだったので疲れを感じていないような感覚だった。それでもまず寝よう。明日考える事も整理しよう。午前中は有休を取る事にした。荷物をまとめるのと頭の中を整理したいと思ったからだ。午後は用事があったため出社した。突然の夫の入院、不安がないわけでは決してないが息子の手前、なるべく日々のペースを崩さないよう心がけようと自分に言い聞かせた。
2025.05.09
「それ」は足音もなく突然やってくるもの。その日は夕方から息子と出かける用事があり、自転車に乗って家の裏手の坂を下り降りた。空は夕日が翳り出したところで、ピンクと青が混ざり合ったような不思議な色合いだった。見る人によってはキレイだと感じるだろうその空を私は不穏と捉えた。胸騒ぎがするほどではないが、地震か何かが起こる前兆のような気がして、ただそこには息子しかいないわけで誰に言うでもなく、自分の胸に仕舞い込んだ。ま、用事を済ませ家に戻る頃にはすっかり忘れていたのだが。今思えばそれは確かに予兆だったのかもしれない。
2025.05.09
今生きている場所ではない全く違う何処かに身を置きたいと思った時、自分に新しい名前をつけたいと思った。ら行はなんとなく、耳に心地よかった。実際の家族の名前も、ら行から始まる名前をつけた。自分もそれで行こうと思い「る」を選んだ。「る」の漢字の中で目に留まった「游」。一説に、水の上をおよぐのを「游」、水中にもぐっておよぐのを「泳」というらしい。今の心境にしっくり来た。泳ぐなら「魚」だろう。それで、今日から私は「游魚」という名前でこの日記をつける事にした。誰に見て欲しいわけでもないが、何処かに吐き出したいと思った日々の徒然なるままに。
2025.05.09
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