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お待たせしました!!九州ボンテンの新しいホームページがまもなくオープンします!時代をちょっと先取りするメッセージやコラム、いい感じで仕上がってます。正式オープンは平成21年12月21日を予定しております。ご期待ください。
2009.12.15
クリスマスを前にとても感銘を受けた記事を紹介します。 フリーペーパーのGariyaに掲載されていた猫エッセイより 「動物管理センターを動物を殺さないセンターに変えよう」という署名活動が福岡市議会を動かし動物を生かすセンター実現に向けて動き出したとのことです。 詳細は掲載されていた記事と同じ内容のブログをみてね!http://www.gariya.com/magazine/essay/animal/2009-01/index.html(日記のエディターがおかしいのでURLがリンクされないので上のアドレスをコピーしてアドレス入力に貼り付けて見てね!)罪もない動物達が無意味に殺される現実を誰もが認識し変えていかなくてはと以前から考えておりました。 政治家も役人も色々なしがらみに縛られて身動きがとれない今、市民の側から我々が真に望む社会の実現にむけて現実を変えていくことがますます大事になってきました。 これから福岡で実現される動物を生かすセンターの理念と雛形がやがて全国へそして世界へ広がり、動物と人間、命あるもの全てが同じ目線に立った仲間として地球の未来を創っていく世界の実現を心から願ってやみません。 この記事の想いを多くの方々へ伝えていければと思います。
2008.12.24
宇宙がつむぐ光のメッセージ ~宮武恭子のマヤンオラクル~マヤの珠玉の叡智であるマヤンオラクルの翻訳者であり、スピリチュアルでいて、気さくで魅力的な宮武恭子さんが、再び福岡にやってきます。いにしえの時を越えて、過去・現在・未来そして本当のあなたをカードは語ります。心がすーっとほどけて軽くなるカードリーディングの個人セッションを開催します。ちょっとワクワク、少しドキドキ・・・そして、ホロリと。美しい感動を。懐かしい感情を。麗しい想いを。この旅の途中、ひとやすみして、ぜひ体験してみませんか?☆マヤンオラクルによるリーディングの個人セッション(60分程度)☆9月22日(月)(1)11:00~(2)12:00~ (3)13:00~(4)14:00~(5)15:00~(6)予約済(7)予約済(8)18:00~(9)予約済9月23日(火・祝)(1)予約済 (2) 12:00~(3)13:00~(4)14:00~(5)予約済(6)16:00~(7)17:00~(8)18:00~(9)19:00~9月24日(水)(1)予約済(2)予約済(3)予約済(4)14:00~(5)15:00~(6)16:00~(7)17:00~(8)18:00~(9)予約済セッション料 7000円 九州ボンテンオフィスにて (要予約)《申し込みお問い合わせ》TEL: 092-761-4634 FAX: 092-761-4766MAIL:info@bonten.co.jp九州ボンテン株式会社福岡市中央区天神2-3-35新和ビル3階
2008.09.20
日記を書くのが随分ご無沙汰しております。長い間、沈黙の時を有意義に過ごしておりました。今は自分の中で様々な想いをじっくり熟成させている最中なのかもしれません。沈黙の間、スピリチュアルな体験は相変わらず次から次へと休む事なく体験しておりますが、いずれその体験をまとめて物語風にして1冊の本にまとめようと思っています。今年最初の日記なので今感じていることを書きます。2008年のを読み解くテーマの1つは「今まで手をつけずにやり残してきたことを片付ける」ことだと感じています。見ないふりをしてきた事やめんどくさくて後回しにしてきた事、やらねばと思いながらその切っ掛けが無かった事・・・・などなど。世間では偽装や不正などの膿出しをしておりますが、個人レベルでも魂の大掃除とも言うべき時期に来ているのだと思います。特に「家族」などの身近な問題をクリアーにすること、これが大切だと思います。これから来たるべき大いなる変動変革の時を迎えるにあたって、今生の自分の役割を100%果たすためにも、今のうちにクリアー出来ることはしておいた方が良いと思います。多分そんな意味で2008年が大きな節目になると思います。私の直感では、この先どうなるのかを考えた時に「自分という意識を超えた自他の無い私達という意識の中での雛形をどのような世界に創造していくかによって、これからの地球そして宇宙へとその雛形が反映され新たな世界が創造されていく」のではないかと考えています。「雛形」というキーワードがとても大切な意味を成すような気がしてます。
2008.02.21
今年の春に沖縄の精霊に導かれた旅を終えて能古島の家へ帰って来る時に「次は能古島だよ」と精霊からメッセージが来たのですが、能古島に帰ってきた途端「能古島にアボリジニの人達が来るかもしれない」という話がまい込んできて余りのタイミングのよさに武者震いが起こる体験をしました。 そしていよいよ11月の第二回能古映画サークル上映会開催の時にアボリジニの人達が能古へやって来ることになりました~ アボリジニの聖地ウルル(別名エアーズロック、ウルルとは「偉大な石」の意味)の守り手であるボブ・ランドルさんファミリーがオーストラリアから来日します。 ボブさんがアボリジニの語り部として出演するドキュメンタリー映画『カニニ』は、今この時に我々に大変必要なメッセージを伝えようとしています。 「カニニ」とはピタンジャラ語で「接点」「結びつき」という意味で、とても意味深い感じがします。 能古島の能古の文字が表すように「能古は古い叡智が眠る島」だよと能古の精霊が私に教えてくれたのですが、地球上で一番古い叡智を持つアボリジニと能古島の今回の「接点(カニニ)」はまさに魂の錬金術的な岩戸開きのイベントかもしれないと私自身は思っています。 11月は世界中から日本へネイティブ達が集まる情報を耳にします。 これはけして偶然ではなく必然な出来事です。 日本に眠っている古代の叡智を呼び覚まし地球変革へのうねりへと繋がっていく、そんな感じがしてなりません。 アボリジニの4万年の叡智に触れたい方も映画に興味がある方も能古島大好きな方も是非!!能古映画サークル上映会へいらしてください。 能古映画サークル上映会の詳細は次のホームページをご覧ください。 能古映画サークル上映会HP 地球の歩き方HPにも掲載されています(こちらの方がイベントの詳細がわかりやすいかも)
2007.10.05
今日から大阪出張です。 今朝、能古島を出てくる時に、空が南北方向にま二つに分かれていました。 境界線をはさむように西側が青空、東側が雲でした。 これは何かのメッセージかそれとも前触れか?もしかして2月22日(222の日)だからか?などと思いつつ空を眺めながらフェリーの座席に座っていると能古仲間のオーストラリア人のTさんがやってきて、しばし歓談しながらの10分間の船旅となりました。 10日前にオーストラリアから1年ぶりに帰ってきたTさんいわく、「日本はいつもはまだ寒い時期なのにィ~今年はもう暖かい変な天気だよねェ~」と流暢な日本語で一言、最近よく耳にする話題ではあるがつい最近までオーストラリアにいたTさんでさえ今年の日本は異常気象だと肌で感じてしまうことに何か重要な示唆が含まれているようでなりませんでした。 それから大阪空港行きの飛行機に乗り離陸して20分ぐらいで眼下に瀬戸内海の島々を眺めることが出来ました。 私は瀬戸内海の島々を見て今どこの辺りを飛行機が飛んでいるかが大体わかるのですが、地球温暖化の影響で海面が上昇したせいなのか島の形が以前よりも変わってしまっているような気がしました。 私の両親が生まれた香川県の粟島も飛行機から良く見えるのですが、やはり昔から見慣れた島の形よりもだいぶ痩せたような感じに見えるのは、やはり目の錯覚ではないような気がしました。 現実に堤防の高さが足りなくなってきていることや数年前の台風の時に高波で港町が初めて床下まで水没したことがあり海面の上昇はまぎれもない事実になっています。 このまま地球温暖化が進むと未来の地球には日本列島の形すらないなんて~ということになりかねない現実が目の前にせまりつつあるのを実際肌で感じる機会も最近多くなりました。 けして沈まないと言われたタイタニック号が氷山に衝突して一夜にして大西洋に沈んでいったように、皆さんがけして沈むはずがないと思って住んでいる日本列島が奇しくも氷山が溶けることで徐々に沈みはじめている現実をどう受け止め、どう乗り越えていくのか・・・我々に課されたハードルの真の意味を、もう一度じっくり考えてみるようにと神様は沈没までの猶予を与えてくださっているような気がしてなりません。
2007.02.22
一つのキーワードから、沢山のインスピレーションがもたらされ、面白い展開になることが良くあります。 驚いたことに先日書いたクワガタ虫からのメッセージから更にシンクロしている内容を発見し、段々面白い展開になってきました。 先日の日記を書き終わった後にタイミングを図るかのように頭に浮かんで来た言葉があったのですが、それは「ナーダ ブラフマー」という聞き覚えのある言葉でした。 「ナーダ ブラフマー」とは「世界は音なり」という意味の言葉でインドのヒンドゥー教の教えの中にある言葉で、何故私がこの言葉を知っているかというと、数年前に地球交響曲(ガイアシンフォニー)の映画を撮られた龍村監督の事務所から私の会社宛に手紙が来て、「地球交響曲の第六番を製作するのでスポンサーになりませんか?」とのお誘いの手紙だったのですが、その手紙のあいさつ文の冒頭に「ナーダ ブラフマー = 世界は音なり」という言葉で始まったことを印象深く記憶していたのを思い出したのです。 早速「ナーダ ブラフマー」をインターネットで検索して、たどり着いたページを見て、思わずビックリ\(◎o◎)/! 「地球交響曲第六番~全ての存在は響き合っている・・・」という龍村監督のメッセージに背筋がぞっとするような感覚を覚えました。 その内容はこちらへ → http://gaiasymphony.com/co_guide6.html シンクロしすぎて\(゜ロ\)ココハドコ? (/ロ゜)/アタシハダアレ?状態に。 やっぱりこの龍村監督のメッセージにしても、最近のマイミクさんの日記にしても、そして私の友人達からもたらされるスピリチュアルな情報にしても、どれもこれも地球の精霊界と繋がる内容で、シンクロどころではない何か大きな変化に向けてのウネリが来ている気がします。 これら一連の出来事が刺激となって、ますます私の中で次から次へとインスピレーションが沸いてきました。 先日宇都宮で受け取ったメッセージの 「人間の体は地球の色んな生き物や存在物のコンビネーションで出来ているのは知っての通りだが、そのように人間の体を作ろうと意図した本当の意味を思い出すがよい」 というメッセージの意味が私なりに段々紐解けてきました。 皆さんもイメージと想像力を働かせて考えてみてください。 例えば皆さんが創造主の立場になって地球に人間を作ろうと思った理由と、そして人間の身体を地球上の色んな生き物や存在物のコンビネーションで作ろうと思ったその意図を考えてみてください。 そのように考えた時に私自身の中でイメージが沢山沸いてきたのですが、その中の1つのイメージを紹介するならば、人間の身体は地球上の色んな生き物や存在物のコンビネーションで出来上がっているということは、1つの考え方として、地球の精霊の集まりによって人間のボディーが形作られているということを意味し、人間の身体と地球の精霊界は元々深く繋がっているのだということを意味するということ。 だから元々人間も地球の精霊界もお互いに響きあえる出来る存在なのに、人間自身の行動や考えが自然とかけ離れた存在になってしまったことで精霊界と共鳴することを忘れてしまったのではないでしょうか。 まさに地球という舞台で自然の精霊界というオーケストラをバックに、人間という楽器をどのような想いで、どう扱い、どんなメロディーを奏でるのかが今現在問われているような気がしてなりません。 前回の日記を沢山の方々に読んで頂けたようでありがとうございました。 私の考えはあくまでも発想の種子であり、皆さんの個々人の思考と直感で自然との在り方を見つけて頂ければ幸いです。 皆さんの中でどんどん直感ヒラメキが沸いてきて発想の種子が生まれ、また多くの人達がそれに触発されて自分なりの在り方を発見して頂ければさらに良いと思います。
2007.02.09
最近はミクシィでの活動がメインで、ずっと楽天のブログの書き込みを中断しておりました。今年初めての書き込みです。私が今、本当に伝えたいと感じたことを書かせて頂ます。最近私の周辺でシンクロニシティのラッシュとも言うべき状態がずっと続いています。 そのシンクロニシティの多くが地球の精霊界と繋がる内容のものです。 これからお伝えすることは、今あちこちで同時発生的に起こっているシンクロニシティに関連することで、私が9年前から何度も何度もご縁のある方々に情報を発信し続けているメッセージです。 実は9年前の5月に季節外れの一匹のクワガタ虫が私の住んでいた福岡市のマンション8階の部屋に飛び込んで来るという不思議な体験をしました。 そのクワガタ虫を山に逃がしてあげようと菓子箱の中で飼っていたのですが、ある晩にゴソゴソと物音がするので見てみたらクワガタ虫が菓子箱を壊して外へ這い出してきていたのです。 そのクワガタ虫をつかみ上げて私の顔の前に持ってきた瞬間に私の頭の中に衝撃が走ったのです。 いきなり地球全体の映像を見せられて 「地球上の人間以外の魂ある存在は、これまでの人間の行いを全て許し、一刻も早く人間の魂が成長し(霊性が上がり)宇宙との調和のとれた意識で地球創造をしていくことを切に望んでいるのです。その為に我々のエネルギーを使って人間の魂を成長させることに役立ててください。我々人間以外の魂ある存在と人間が同じ目線に立ち共同作業でもって新たなる地球を創造することで、ある日一斉に魂の共鳴が起こり愛と調和に満ちた地球交響楽(ガイアシンフォニー)が奏でられる日がやってきます。」というものでした。 私は、これまでに地球の自然界の精霊達と私を導いてくださる天使界とコンタクトをとりながら準備的な活動を続けてまいりました。 真に霊性に目覚めた方々にとって今まさに直感で感じているものやこれから皆さんが体験することは、地球人類の創生の本来の目的を意図するためのものが大半を占めてくると思います。 しかしながら今の地球上は本来の目的を見失うほどのノイズで満ち溢れております。 そのノイズの中で真理を探すためには、もう少しあなた自身の更なる成長が必要です。 誰かに与えられた価値感ではなく、何かの集団の中で得られる感覚でもなく、自らの魂で感じとった確かなものが求められます。 これからは特にスピリチュアルの名のもとに目に見えて素晴らしいと思わせるものや、あなたの顕在欲を刺激し満足させるもの、安易に何かの能力を得られると思わせるものに目を惑わされないでください。 もうこれまでのように同じ場所を堂々巡りして無駄なエネルギーや意味の無い時間を使うことのないようにを自ら意識してコントロールする必要があります。 悟りを得る為に特別な何かをするのではなく、あなたの日常生活の中に悟りの種は無限にあるということを理解してください。 そしてあなたの身近な自然と向き合い語りかけてみてください。 自然は今まさにあなた方に多くのことを教え伝えたがっています。 自然の言葉は、あなたの体自体が全て自然であるように、お互いが音叉のように共鳴することで伝わり、感じ取ることが出来ます。 出来る出来ないというあなたの意識に関らず自然とコミュニケートすることにトライし続けることが大切です。 そしてあなたの足元にいつも共にある地球に何を感じるかもう一度意識してみてください。 そしてあなたの思いを伝えてみてください。 これからも自らの体験をもとにした必要な情報をブログを通じてお伝えしたいと思います。
2007.02.01

宇宙がつむぐ光のメッセージ マヤンオラクルの光の集い ~宮武恭子の人生爆笑トーク~ 来年、ナチュラルスピリットさんで復刊され出版される「マヤンオラクル」の翻訳者でもあり、前回参加者を笑いと感動の渦に巻き込んで大好評だったお茶目で明るく、それでいてスピリチュアルなオバ様、宮武恭子さんが再び福岡にやって参ります。 マヤンミラクルな生き方をしてきた宮武さんならではの、とても愉快で心がスッと楽になって元気になる人生爆笑トークやマヤンオラクルを使ったミニワークなど、楽しい時間を過ごしませんか。 そして「あなたの地球の旅を「らくちん」にするために、問題に魔法をかけます」~マヤンオラクルのバースサインとロングカウントによるカードリーディングとカウンセリングの個人セッションも同時開催します。 ★(前回は予約をオーバーするほど大人気でした。先日の岡山のすぴこんでも行列が出来るほど大好評だったようですよ~!ご予約はお早めに)★ 皆さんのご参加をお待ち申し上げます。 ●お話会(各会限定20名 要予約) 参加費3500円 場所 九州ボンテンの新しいオフィスで 11月16日(木)イブニングトーク 18時30分~20時30分 11月17日(金)アフタヌーントーク 14時~16時 ●マヤンオラクルによるリーディングと カウンセリング個人セッション(50分程度) ※前回よりセッション時間を20分延長しました。 セッション料5000円 場所 九州ボンテンオフィス (11月5日現在予約可能な時間枠は次の通りです) 11月16日15時~、16時~ 11月17日11時~、19時~ 11月18日11時~、12時~ ※残り6枠のみとなりました、ご予約はお早めに! 《申し込みお問い合わせ》 電話 092-761-4634 FAX 092-761-4766 メール info@bonten.co.jp 九州ボンテン株式会社 福岡市中央区天神2-3-35新和ビル3階
2006.11.06
ご無沙汰しております。「沖縄をめぐる魂の冒険」の話の続きを読みたいと思われている方が多いかと思いますが、大変申し訳ありませんが私事の理由でしばらくお休みさせて頂いております。ちょうど、自分も会社も大変革期で、あり方を見直す時がきているようです。一言で言えば、かなり身軽になって本来自分がやらなければいけない事に全てのパワーを注ぐ必要があるようです。どうも私の今生の魂のプログラムの最大のイベントを実行するために必要な変化のようです。同時に私の周囲でも色んな変化が起こり始めています。色んなメッセージも沢山降りてきています。とにかく急げ~という感じです。落ち着きましたら「沖縄をめぐる魂の冒険」の続きを書き始めますのでよろしくお願いします。今回はイベントのご案内です。宇宙がつむぐ光のメッセージ マヤンオラクルの光の集い ~宮武恭子の人生爆笑トーク~ マヤンオラクルの翻訳者でお茶目で明るく、それでいてスピリチュアルなオバ様、宮武恭子さんが福岡にやって参ります。 マヤンオラクルな生き方をしてきた宮武さんならではの、とても愉快で心がスッと楽になって元気になる人生爆笑トークやマヤンオラクルを使ったミニワークなど、楽しい時間を共に過ごしませんか。 そして「あなたの地球の旅を「らくちん」にするために、問題に魔法をかけます」~マヤンオラクルのバースサインとロングカウントによるカードリーディングとカウンセリングの個人セッションも同時開催します。 皆さんのご参加をお待ち申し上げます。 お話会(各会限定20名 要予約)参加費3500円 場所 九州ボンテン オフィス 9月27日(水)イブニングトーク 18時30分~20時30分 9月28日(木)アフタヌーントーク 14時~16時 マヤンオラクルによるリーディングとカウンセリング個人セッション(30分程度) セッション料4000円 場所 九州ボンテン オフィス 9月27日15時~15時40分~16時20分~17時~ (4名)9月28日11時~11時40分~17時~17時40分~18時20分~19時~ (6名)9月29日11時~11時40分~14時~ (3名)申し込みお問い合わせ 電話 092-761-4634 FAX 092-761-4766 メール info@bonten.co.jp 九州ボンテン福岡市中央区天神2-3-35新和ビル2階
2006.09.08
今日は久し振りに料理を作りました。もらい物のジャガイモと玉ねぎなどを使ってホワイトカレーというクリームシチューとカレーのあいのこのような料理を作りました。1日で食べきれる量を作って夜までに食べきったのですが、さすがにお腹一杯で今だに消化しきれてないという感じです。お腹ごなしにブログの続きを書いておりましたが、やはり頭を使うだけでは消化は促進されないようです。では沖縄をめぐる魂の冒険の続きをどうぞ。11月の末に沖縄のミユキさんに電話しました。12月の沖縄旅行の際にミユキさんと久し振りの再会を果たすためのアポイントを取るために電話をしたのでした。電話をかけるなり「沖縄に来た時に是非、あなたに行ってもらいたいところがあるのだけれど、1日スケジュール空けられる?」とミユキさんが訊いてきたのでした。「沖縄本島の知念町という所に久高島という聖地があるのだけれども、そこへ行くといいよ。その島にナエさんという見るからにインディアンのシャーマンの顔をしたおばあさんがいるから是非会って島を案内してもらうといいよ。」とのことでした。ミユキさんのその話を聞いて自分の心の中で「えっ聖地!キター!」と思わず叫んでいました。私は躊躇することなく「久高島という聖地にすごく呼ばれている感じがするから、是非行きます」と返事をしました。ミユキさんは「私からナエさんに連絡入れておくから、OKだったらまた連絡するね。」と言って電話を切りました。後日ミユキさんから連絡があり、12月10日の10時にミユキさんとモノレールの県庁前駅の改札口で待ち合わせて再会を果たすことになり、久高島へは11日に私1人で行ってナエさんに案内してもらうことになりました。そしてミユキさんがナエさんに連絡を入れた時に、ナエさんが私の名前を聞いて、私が久高島に来るのが事前にわかっている様なニュアンスの返事をくれたとのことでした。ミユキさんはナエさんの言葉に何かを感じたのか「なんだろ~ナエさん意味深な返事くれたわよ! きっと久高島に行けば何かがわかるはずだよ」と話の最後に付け加えました。『何が待っているのだろう?・・・』『何がこれから起こるのだろう?・・・』久し振りに期待に胸膨らませるようなワクワクドキドキ感が私の中に湧き上がってくるのを感じました。つづく
2006.07.21
すごくご無沙汰しています。色んな事情があってブログをしばらくお休みしておりました。今日は仕事がお休みなのですが、扁桃腺がパンパンに腫れていて食べ物を食べるのにも痛いので安静にしておこうと思ったのですが、昨晩から今日にかけて親しい方々とお電話で長電話を何度もするはめになり、私の周囲の人達に不思議な展開が始まっている感じで、これから何が始まるのだろうと、ドキドキワクワクする気持ちがすごく湧いてきて、久し振りにブログを書こうかという意欲が出てきました。「沖縄をめぐる魂の冒険」もいよいよ核心の部分に入っていきますのでこれからの話の展開にご期待ください。それでは話の続きをどうぞ。 コルテさんのセミナーで思い出したのですが、コルテさんのセミナーの通訳をしていたミオさんも9月頃沖縄に引っ越したということを思い出しました。ミオさんとは2001年に初めて出会ったのですが、彼女との縁は色んな所で私とシンクロしていて驚くことが多いのです。ミオさんは有名な精神世界系の雑誌の編集長をしていた時代があり、私の古くからの友人は彼女と編集長時代から懇意にしている人達が多く、友人が私に「ミオさんと一度会うといいよ」と薦めてくれることが何度もあったのですが出会う切っ掛けがなく、ようやく2001年のホメオパシーのセミナーの通訳をしている時に出会ったのが最初でした。その後、フラワーエッセンスのワークショップの通訳の仕事をお願いしたのですが、その当時彼女は結婚したばかりで、色んな話をしていくうちに、偶然にも彼女の結婚した相手が私の中学時代の同級生だとわかったのです。偶然なのか必然なのか本当にびっくりしました。その後ミオさんとは、2ヶ月間違いではあるがほぼ同じ時期に沖縄に引っ越したミユキさんとも何か縁があると思い、私が沖縄に行った時に2人を引き会わせることになるのですが、そこから2人は意気投合して面白い展開になっていったようです。魂的なつながりを感じて人と人をコーディネートすることも、1つの錬金術的な行為だと最近つくづく思います。出会いによって、思いもかけない発想が生まれ生成発展し新たな創造が次から次に行われることは、まさに錬金術だと言えます。人と人との出会いによって何が生まれるか、私自身もすごく楽しみなのです。話が前後するのですが、コルテさんのセミナーの前に、実は久米島にすごく惹かれるような感じがして1泊の旅に出ました。初日はレンタカーで島を思いつくまま1周しました。ミーフガーという大きな岩の割れ目のある奇岩や阿嘉の滝などを巡りましたが、一番気になったのが五枝の松という幹周り4.3m、高さ6メートルの枝が地表を這うように伸びた巨大な松でした。この松を囲むように縁石が円形に並べてあったのですが、地表近くまでに伸びた松の枝と縁石をぼんやり眺めていると、何故か瞑想状態になって宇宙空間へ引き込まれるような感じになりました。まるで規則的に並んだ縁石1つ1つが惑星のように思えさらに宇宙の成り立ちの秘密を解き表すデータベースのように思え、さらに地面近くまで伸びた松の枝と針ネズミのような葉がデータベースをつなぐ回線のように思えました。あたかも「松という植物(Plant)を通じて宇宙の創造主の計画(Plan)が平面図(Plane)に書かれた幾何学模様のように思われ、それが惑星(Planet)へと有機的に繋がっている」ような感じがしました。1本の大きな松の木を通じて、宇宙が私に語りかけてくるような不思議な感じでした。翌日、久米島を後にして那覇経由で福岡へ帰ったのですが、その頃あたりからあるメッセージが何度か届くようになりました。「沖縄本島にある聖地へ行きなさい。その場所へはいずれ近いうちに導かれます。」このメッセージを受け取ってから1ヶ月もしない内に、本当に沖縄の聖地へ導かれることになったのです。つづく
2006.07.10
だいぶご無沙汰してしまいました。調整と充電期間を経て少しバージョンアップした感じです。ブログをお休みしている間に色々出来事があったのですが、昨日まで伊豆大島に5日間ほど滞在していました。伊豆大島は、心と体をリセットし回復させる為に、時々訪れるのですが、のんびりしようと思っても、必ず仕事が舞い込んでくるので完全な休養にはならないのですが、三原山の火山のエネルギーと私の体の相性が良いようで、オーラに溜まった不要なエネルギーが浄化されて、体の中にエネルギーが充電されるように細胞が活性化されるのが実感できる場所です。三原山の火口の外輪山の裏砂漠と言う場所は、私の1番のお気に入りの場所で、異次元空間のようなミステリアスな絶景と、地球の息吹をダイレクトに感じることが出来る場所であります。そして神が今にでも降りてきそうな神聖さも感じる場所でもあります。伊豆大島に行って、この6月に自分が投げかけていた質問の答えが色んな形で返ってきて段々輪郭がはっきり見えてきた感じがしています。「人間は個にして全である」とか「自分とは自然の中の分身である」とか「人間は魂的な存在であると同時に霊的な生き物であるという真の意味」とか「自分の意思で全てを行っているという幻想から解き放たれる必要性」とか「自分を越えた意思によって全てが成り立っているという意識に到達した時に生まれる真の創造」などなど色々なことが紐解けてきた感じがします。私が感じたことを言葉で表現することの難しさもありますが、これからのブログに私が感じたままに書いていこうかと思います。文面から何かを感じとって頂けたら幸いです。ではまた。
2006.06.23
お待たせしました。「沖縄をめぐる魂の冒険」の続きをお楽しみください。 出雲大社でのミソギはアカネさんとの再会で幕を閉じたのですが、福岡に帰ってから約3ヶ月間はミソギの効果なのか体がとても軽い感じで、直感ひらめきに磨きがかかったようにクリアーに物事を感知することができました。運気の流れがすごく良くなったという実感をすごく感じました。ミソギをしてから「すごく変わったね~、なんかいい感じだね!」というようなことをいろんな人から言われました。 私はすっかりミソギの魅力に取りつかれてしまい、それからというもの「浄化」のために、時々シャワーを使ったミソギをするようになりました。この後、思いがけない所でミソギを体験することになるのですが、これから自分の魂のルーツを辿る展開になるなんて、そしてミソギが必要になる旅が始まるとは全く思いもよりませんでした。 出雲大社から帰ってから数日後に、沖縄へ引っ越したミユキさんに電話しました。ミユキさんはまだ引っ越したばかりなので知り合いもまだ少なくこれからということであった。私はこの1年間の間に北海道のアイヌの聖地と青森の聖地を旅してきて、直感ひらめきで青森からいきなり沖縄へそして石垣島へ導かれるように行った経緯をミユキさんに話しました。一連の旅の途中で感じた「アイヌのエネルギーと琉球のエネルギーをつなぐ」感じがしたということと「沖縄の意識が世界の雛形になる」という感じがしたことを伝えました。 ミユキさんも自分が今このタイミングで何故沖縄に引っ越すことになったのかを考えているとのことであった。結局12月の初め頃、沖縄で再会しようということになり、「その時までにいろんなことが紐解けているかもしれないね!」とお互いに確認し合って電話を切りました。 それから1ヶ月後の11月8日にとても不思議なことが起こったのです。その日から2日間の日程でドイツ人のコルテさんを福岡にお招きしてのフラワーエッセンスのセミナーのお世話をしたのですが、セミナーはとてもよい雰囲気で1日目を終了し、夕食をコルテさん交えてしたのですが、夕食後にコルテさんが「ここから近い海岸のある所に連れていってくれませんか?」との依頼があり、どこへ連れて行くべきか色々迷ったのですが、結局タクシーの運転手さんに任せようということになり、筥崎宮の海岸へ行くことになりました。 筥崎宮の海岸は、港湾施設に囲まれた本当に猫の額のような場所なのですが、お水取りの神事も行われる神聖な場所でもあるのです。海といっても目の前に都市高速の高架橋があって雰囲気など無いのですが、神社自体のエネルギーはとても良い場所なので私自身は「まあいいか」と思ったのですが、ドイツ人のコルテさんには都会の海岸で何か申し訳ないな~という気持ちが少しありました。しかしながらコルテさん自身、日本の神社に興味津々であったのでちょっぴり安堵しました。 筥崎宮のお水取りの海岸でしばらく過していると、コルテさんがここでイルカのワークをしましょうということを提案したのです。そこでちょうどコルテさんが作られたイルカのエッセンスを1本持参してきた人がセミナーのスタッフにいて、そのイルカのエッセンスのボトルを海に投げ込むことになったのです。コルテさんのイルカのエッセンスは水の浄化を助ける働きがあるとのことで、ボトルごと海や川に投げ込むことによって半永久的に水の浄化を助ける振動波を発し続けるのだそうです。 今回筥崎宮に来た7人のメンバーは、イルカのディーバ(妖精)に意識を合わせるように海や地球に対する感謝の祈りを捧げ、そしてその最中にイルカのエッセンスのボトルを海に投げ込みました。しばらく祈りを捧げてイルカのワークが終了した時に、驚くべきことが起こったのです。それは沖の方から突然イルカの鳴き声がし始めたのです。イルカ特有の「キュイーン」という鳴き声が何度か連続で聞こえてきたのです。たぶん2匹以上のイルカが鳴いている感じでした。 これには思わず全員感動し歓喜の声を上げてしまいました。博多湾には江戸時代以前には500頭ほどのイルカが住んでいたらしいのですが現在はほとんど目撃例がなくなっていると聞いていたので私もびっくりしました。しかしながらこのイルカのワークをした後に博多湾でイルカが度々目撃されるようになり2005年3月にはイルカの大群が目撃されたようです。そして偶然なのか必然なのかイルカのワークをした筥崎宮は放生会(ほうじょうや)という海や山そして生き物に感謝するお祭りがある場所でもあったのです。 人間は思いあがって自分の力で生きていると思っている人が多いのですが、地球上の生きとし生けるものの存在があってこそ私達人間は生かされていることに気づかなければなりません。そして地球上の人間以外の魂ある存在は、これまでの人間の行いを全て許し、一刻も早く人間の魂が成長し(霊性が上がり)宇宙との調和のとれた意識で地球創造をしていくことを切に望んでいるのです。つづく
2006.06.06
6月は祈りのアルケミー(錬金術)を始めるスタートの月です教義や作法や形式にとらわれずに自分が感じた時に感じるままに祈りましょうあなたのこだわりやしがらみの重い荷物をちょっと脇に置いて素のあなたで祈りましょう大地とつながって母なる地球に生かされ許されてきたことへの感謝を込めて祈りましょうあなたがこの地球にやって来て色んな思いで踏みしめた大地が輝くように祈りましょうあなたのこれまでの人生においてありがたく感じるもの全てに感謝を込めて祈りましょうあなたの思い描く理想の地球をイメージして未来の地球へ向けて祈りましょうみなさんの祈りの波紋が共鳴し美しいハーモニーを奏でることを信じて祈りましょうみなさんの共鳴した祈りの力で地球に創造の光をもたらしましょう祈りは私達の魂のアルケミーの扉を開き深遠なる叡智をもたらすことに気づいてください
2006.06.01
こんばんは。仕事の日は毎日行き帰りにフェリーに乗るのですが、今の季節は外のデッキで海風にあたるととても気持ちいいです。片道10分の船旅ですがとてもリフレッシュします。気分が落ち込んだ日は特に効果がありますよ。浄化の効果もありうそうです!母なる海のパワーをますます感じる今日この頃です。お待たせしました「沖縄をめぐる魂の冒険」のつづきをお楽しみください。新年会の抽選で貰ったサチコさんの「究極の宇宙意識」のリトグラフの絵は引っ越してきたばかりの国立の部屋に飾ることになったのです。ちょうど部屋に飾る絵が欲しいなと思っていた矢先だったので思わぬ贈り物に飛び上がるほど嬉しかったのを覚えています。また波動調整の振動波が出ていると言われるサチコさんの絵を自分の部屋に飾る事によって、何か起こった時のお守り代わりにもなるかもしれないと考えていました。というのも阪神淡路大震災の時にサチコさんの絵やデザインした商品が置いてある建物や部屋は不思議なことに、ほとんど被害が出なかったという話を聞いていたからでした。その新年会から2週間後に、今回出雲で再会したアカネさんと最初に出会った自己啓発セミナーを受けることになるのでした。ハーモニースタディーという自己啓発セミナーはサチコさんの兄のイクロウさんがかかわって波動の法則の実践という意図が研修プログラムに組み込まれていたセミナーで、研修を通じて自分に対しての色んな気付きを得るきっかけとなったセミナーでした。レベル1とレベル2があったのですが半月の内に一気に受講して修了し、その後主催者の依頼を受けて3月にはそのセミナーのアシスタントスタッフになって今度は研修の進行を助ける側になり、8月頃には研修の進行を務めるトレーナー見習いへと役割が拡大していくことになりました。そして私にとっての大きな収穫の1つは、この研修にかかわることを通じて延べ200名程の参加者と知り合い親しくなることとなったのです。サチコさんからのメッセージの「前払い」の意味が、この研修のアシスタントをするようになった時にだんだん理解できたのですが、その1つはこの研修を通じて多くの人が気付き宇宙との調和がとれた方向へ導かれるようにサポートすることの役割があったということ、2つ目はこのセミナーの主催者の真の意図(表向きは宇宙の調和がとれた世界の実現するという意図があったが、本当はネットワークビジネスの会員の拡大するという意図があった)が自分の本当の役割だと誤って解釈されて遠回りすることなく、参加者個人個人の持ち場で自分の選んできた今生の人生を、自分自身の直感ひらめきにより決心し行動し宇宙の意思とつながって創造する方向へ参加者を導いていくアジテーター(扇動者)としての役割を果たすことがサチコさんから私に課せられた仕事であるとわかりました。目に見えない世界の人達との協同作業とも言うべき仕事は結局上手くいく結果となり多くの参加者の中で気付きが起こり必要な学びを得て、巣立っていきました。今も全国各地でこの研修を受けた参加者の多くが自らの内なる宇宙と対話し進むべき道を見つけ行動しているという情報を耳にするととても嬉しく思います。私は、その後も様々な出来事があって「沖縄をめぐる魂の冒険」の旅へと導かれるのですが、今だ「前払い」の仕事は続いているのかもしれません。そろそろ追加ボーナスが出てもいいかな~などと思うのですが、「前払い」でなく今度は「後払い」でお願いしたいところです。つづく
2006.05.31
こんにちは~。もう梅雨の時期に入ったように最近雨の日が多いですね。ゴールデンウィークに探していた能古島に昔祀られていた岩の場所がわかりました。実は探しに歩いた時に岩に導かれてその場所へ行ったのですが、能古博物館で見た写真と違う感じがして確証がもてずそのまま帰ってきたのですがノコニコカフェのオーナーが情報を仕入れてきてくれてその場所だと分かりました。実は以前にもブログに書きましたが、岩探しをした日の晩に寝ようとしていたらいきなり強い風が部屋の中に吹いて地鳴りと共に地震のような揺れが5秒間続いたと思うと私の体の上を黒くて長い龍が通り過ぎて行ったのですが、たぶん祀られていた岩の主の龍神が出てきたのではないかと思いました。夢の中で青龍や白龍と出会ったことはありますが、黒龍の体験は初めてで凄く迫力がありました。実力を誇示し脅すがごとく産土神が突然現れることに私は慣れているので、今度お酒などを持って岩の所へお参りし丁重に祝詞などを上げようかと思っています。能古島の黒龍さんとお友達になったら何を教えて頂けるのだろうかと今から楽しみです。それでは「沖縄をめぐる魂の冒険」の続きをどうぞ出雲大社の境内に戻り、ミソギの打ち上げで昼食を食べることになりました。一軒の出雲そばのお店に入り全員がテーブルに着いた時に私の前に座った女性が、私の名前を呼ぶので顔を見ると朝夜行バスで出雲に着いてミソギに合流した女性でした。朝会った時から何処かで見たことがある顔だな~と思ってはいたのですが、その女性から「私の事覚えていませんか?」と言われ、まじまじと女性の顔を見ると誰だか思い出しました。「あかねさんだよね!」と私が言うと「そうよ~、何処かでお会いした人だな~と考えていたら、やっと今思い出したのよ!」と彼女が言いました。あかねさんとは4年ぶりの再会でした。彼女とは東京のハーモニースタディーと言う自己啓発セミナーで一緒でした。当時の彼女の派手目なラフな服装とはかけ離れた落ち着いたスーツを着ているので全く別人と見違えるほどでした。あかねさんと出会った自己啓発セミナーに参加した時期は私にとって自分らしい生き方を模索し方向性を見つけた節目の時期でした。実はその自己啓発セミナーを受けた当時に私は東京に住んでいました。正確に言うと、ちょうど1998年の11月に私の直感ひらめきに従って福岡で借りていたマンションを引き払って東京の国立にマンションを借りて、月の半分を福岡、残り半分を東京で過ごすようにしたことがありました。それは1997年の冬頃から何故か東京に引かれる気がしていたのですが、私の頭の中ではもう15年以上も東京に住んだのだから大都会での暮らしはうんざりと言う気持ちが強かったのですが、その気持ちとは裏腹に東京で何かが待っている気がしてその衝動が段々高まるのをどうしても抑えられなくなったのです。その時に住んでいた福岡のマンションを引き払いその代わりに東京のマンションを借りて拠点として使い、福岡にいる時は大宰府の実家に泊まろうというアイデアが頭に浮かんだのですが、実際東京の何処にマンションを借りるべきかイメージが沸くまで1年近く待ったのでした。1998年の10月初めに突然ビジョンが浮かんで場所は国立で谷保天神にも近く、マンションの部屋の窓から大きな木が何本か見える部屋で、その物件のある不動産屋さんの場所の大体の位置も分かったのです。私は変な能力をもっていて、これまで何度も引越しを考えた時に、自分が次に住む所の具体的なビジョンが浮かんでから物件を探すと不思議とビジョン通りのものが必ず見つかるのであった。この時もビジョン通りの不動産屋を見つけ物件情報から部屋を探したのですがビジョンに合った部屋がなかなか見つからず悩んでいると、不動産屋さんから「うちが管理している部屋なんですけどこれはどうですか?」と提示された物件の情報をみて「これだ~!!」と確信し実際に部屋を見に行くと、確かにビジョン通りの窓から大きな木が何本も立っているのが見える部屋でした。部屋を確認した後ですぐ借りる契約をしました。東京の国立に住み始めて2ヶ月を過ぎた1998年の1月初めにに取引先の新年会があって、その時の出席者は200名以上いたと思いますが、その時に抽選会があって1等賞がサチコさんの「究極の宇宙意識」のリトグラフの絵だったのですが、不思議な事に抽選会が始まった時に1等賞のサチコさんの絵が私の元にくるという確信めいたひらめきがあったのですが、本当に自分の持っていた抽選番号が1等賞の時に読み上げられて私がその絵を受け取ることになったのです。その時のプレゼンテーターはサチコさんのお兄さんのタクロウさんだったのですが、壇上でタクロウさんから絵を受け取った時に頭の中で「前払いだから」とサチコさんの声がしてびっくりしました。私はサチコさんから受け取ったメッセージに対して「何の前払い?」という質問をテレパシーで投げ返したのですが「いずれ分かるわよ!がんばってね~」というメッセージが帰ってくるだけでした。サチコさんのお兄さんのタクロウさんとは、新年会の5ヶ月後に偶然再会するのですが、その時に新年会の賞品のサチコさんの絵が誰に渡るのかすごく興味があったことと、この絵を受け取った人がサチコさんの意向を受けて何らかの役割を果たす必要があるということを事前に知っていたとのことでした。私は「前払い」のメッセージをサチコさんから絵をもらう時に受け取った話をタクロウさんに話すと「サチコらしい」と大笑いされたのを覚えています。また、私が東京の国立の中2丁目に部屋を借りて月の半分に住んでいて、最近谷保天神が何故か気になる場所なのだということをタクロウさんに話すと、「国立ですか!サチコも生前、あなたが今住んでいる場所あたりに居た事があって、その時にしきりに谷保天神が気になるからよく行っていたようですよ!」とびっくりしたように話されたのでした。タクロウさんとはこの6年後にまたまた偶然に沖縄で再会することになるのであった。つづく
2006.05.26
今日は釜炊きの神事を初めて体験しました。釜が鳴っている時は正常な状態なのですが、釜の音が鳴らなくなると何か霊的な問題があるということが分かる神事でした。私の時に釜が鳴らなくなったらどうリアクションしようなどと考えていましたが、結局私の時は釜は物凄い音をたてて鳴ってくれたので霊的な問題はとりあえず無いということで安堵しました。音がなった状態の釜を持って部屋の中を移動すると急に音が消える場所があり、その場所を清めると音が鳴り出すという不思議な神事でした。昔の人の知恵はいろいろな事を考えだすな~と感心致しました。それでは「沖縄をめぐる魂の冒険」の続きをどうぞ。翌朝、早めの朝食を摂って、正式参拝するためにスーツとネクタイを着用して、9時頃には旅館をあとにしました。旅館から出雲大社までは車で30分位で到着し、まずは正式参拝を済ませました。その後、出雲大社の禰宜(ねぎ)の方に案内されて境内の裏山にあるミソギの滝へ案内されました。今まで何度も出雲大社を訪れましたがこんな滝があるなんて知りませんでした。女性は着替え小屋で男性は山の中で人の目を気にする事無く堂々と着替えをすることが出来ました。私はフンドシを初めて着けたのですが、なかなか快適でパンツよりも締め付けが無いので楽に思えました。全裸の状態でフンドシ一丁を着けて、頭に白い鉢巻を締めると気合が入ってミソギをやるぞという気分にさせてくれました。着替えが終わると滝に入る前に祝詞を斉唱して天鳥船(あまのとりふね)という船を漕ぐ動作と詠唱を繰り返し、体の気の巡りを良くする準備運動のようなものをしてからミソギに入りました。滝に入る前に、人差し指と中指の手刀で上から下へ切る動作をしながら男性の場合は「【自分の名前】常立命(とこたちのみこと)エーイッー」と言い気合を入れて滝に入るということを教わりました。前の人から順番に2人ずつ滝に入っていき滝に打たれながら両手を組んで「大祓戸大神(おおはらいどのおおかみ)」を何度も唱えていきました。そして約5分間ぐらいの間隔で次の人と交代していきました。滝に入っていない人達も他の人が滝に打たれている間中、両手を組んで「大祓戸大神」を各自のペースで唱えている必要がありました。いよいよ私の番になって自分の名前に常立命をつけて大声で叫び、エーイッーと手刀を切って滝に入りました。ただ無心に「大祓戸大神」を唱えながら滝に打たれましたが、水の冷たさはほとんど感じることなくミソギに集中できました。あっという間に時間が過ぎて次の人と交代になりました。滝に打たれた後の爽快感となんとも表現しがたい達成感がありました。1回目のミソギが一巡して全員終了したところで、2度目のミソギに入りました。前回と同様に2人ずつ滝に入っていきました。私は「大祓戸大神」を唱えながら滝の流れを眺めていると、突然、滝に優しい色合いの綺麗な虹がかかりました。私の番になって滝の奥に入ってミソギをしましたが、不思議なことに滝の内側からも水を通してその虹が見えました。後から考えると、今回のミソギのメンバーは神様にとても祝福されているんだな~と感じました。全員が2度目の滝のミソギを完了したところで全員で祝詞を唱えて終わりになりました。着替えを終わって歩いて出雲大社の境内に戻る時に体がとても軽くなり頭も明瞭な感じでスッキリとして心も体も魂もしっかり浄化された感じがすごくしました。「あ~ミソギをやって良かった!」と心の底から思いました。つづく
2006.05.24
日曜日はホメオパシーの学校の講師でした。私は講義の中で母と子の絆の事を話すのですが、講義の途中で、その日はよくよく考えると母の命日であることに気付きました。今から10年前に母は乳癌で亡くなったのですが、死ぬまでの3ヶ月間は私の借りていたマンションで一緒に暮らしました。病院でもなく自宅でもなく私のマンションで暮らすことは母の希望でそうなったのですが最後まで見届けられて良かったと思います。不思議なことに母が亡くなる1時間前にいきなり「サイババさんのビブーティ(聖灰)」を体に塗ってと言うのでミュージシャンのシホさんからお見舞いに頂いていたビブーティを全身に塗ってあげました。すると安らかに眠るようにあの世へ旅立っていきました。母が亡くなって遺体を通夜の会場へ運んだ途端に雷があちこちでなり始めて一晩中雷の音が空に轟いていたのを覚えています。翌日の葬儀には200人以上の人が弔問に訪れてびっくりしました。私の知らないところで母はたくさんの人を励まして勇気づけていたことを後から知りました。今も沢山の人達の記憶に母が生きていると思うと大変嬉しくそしてありがたく思います。私も沢山の方々の記憶に残るような生き方がしたいと感じた1日でした。それでは「沖縄をめぐる魂の冒険」の続きをお楽しみください。出雲市駅で集合して今晩の宿泊先である温泉旅館に向かいました。旅館に向かう送迎バスの中で世話役のミツコさんからフンドシと白い鉢巻を受け取りました。受け取ったフンドシを見てこんな薄い布でパンツのようにお尻を隠せるのだろうかと不安になったのですが、男性はみんなフンドシ一丁で滝でミソギをするのだから、恥かしがってもしょうがないなと開き直りました。旅館について部屋に案内されたのですが、旅館の人が気を利かせてくれて他の人との相部屋でなく何故か私だけが1人部屋になりました。みんなで食事を終えて温泉に入り明日に備えて早めに寝ることにしました。私の部屋は一階の川が見える12畳程の1人で寝るには広い部屋でした。この時何故だか分かりませんが、私は寝る前から早く深い眠りに入って夢の世界に行きたいと感じていました。部屋の明かりを消して眠りについてしばらくすると目を閉じているにもかかわらず眩しい緑の光の玉と白い光の玉が私の体の上に現れて、その2つの光の玉が私の胸の当たりに入って行くのが分かりました。その後、私の体の下の方から大地からエネルギーがシャワーのように上がってくるのを凄く感じました。その後の夢は内容がはっきり思い出せないのですが古代の日本の風景と神話に出てくるような白い服を着た男の人が出てきたのを断片的に覚えています。実は奥出雲の旅館で十数年前に泊まったことがあって、その時見た夢がとても不思議な夢で、今でも時々思い出すことがあります。その夢の内容は私が長い剣を持ってすごく巨大な大蛇を命がけで退治する夢でした。まさしく出雲に伝わる神話のスサノオが姫を助けるために大蛇を退治する物語そのものを私が体験したのです。余りにもリアルすぎて起きた時は汗をびっしょりかいていたのを覚えています。出雲の地に泊まると何故か不思議な夢を見るのは、たぶんこの土地と私の魂が深いつながりがあるからではないかと考えています。この出雲の地でミソギの初体験をすることになるとは、何か因縁めいたものを感じざるおえませんでした。つづく
2006.05.22
今流行りの映画「ダビンチコード」が世界中で物議をかもし出しているようですが、「ダビンチコード」を批判し配給元の親会社であるソニーの製品をカトリック信者は買わないようにとボイコットする動きまで出てきました。私は「なんと受容の器の小さいことか~」と感じてしまいました。この騒動を見ていて人類に対して「宗教って一体何だろう」という問いかけが神様からなされているような気がしてなりません。私から見ればキリスト自身の教えは清い水のような感じなのですが、宗教団体や派閥というフィルターを通ると加工され色付きの水に変化して、それをキリストの教えとして飲まされる信者の多くは魂の自由を奪われてしまうと思います。私はキリストの教えもブッタの教えもマホメットの教えも素晴らしいと感じますが、それと同様に自然界からの教えも本当に素晴らしいと思うし、ましてや畑を耕している田舎のお婆ちゃんの教えも真理をついていて素晴らしいと思います。自分の内側と向き合って宗教とは何かを考える時期に来ているのかもしれませんね。それでは「沖縄をめぐる魂の冒険」の続きをどうぞ仕事の取引先の会議の会場は市ヶ谷のホテルであった。会場に着くと取引先の社長が出迎えてくれて、私に会うなり挨拶そこそこで、「明日から出雲に行って出雲大社での正式参拝と滝でのミソギをするけど一緒に来てやらないか」というお誘いの話をしてきたのである。「ミソギですか~、私も1度、ミソギがどういうものか体験してみたかったんですよ」と自分の口から自然にそういう言葉が出てきました。「フンドシや鉢巻はこちらで用意できるから是非参加してくれると嬉しいけどなあ」という取り引き先の社長の言葉に「はい、わかりました」と何も考えず即返事をしていました。返事をしたものの明日福岡のマンションへ戻ってミソギに必要なサンダルやバスタオル等をそろえなければいけないのと出雲までどうやって行くかを考えないといけませんでした。早速携帯のIモードで明日の出雲空港行きの便を調べると15時にあるのがわかりました。幸い明日の午前中に福岡に帰るので、一旦自分のマンションに帰ってから荷物の準備をして空港に向かっても余裕で15時の出雲空港行きの飛行機に間に合うことがわかりました。翌日は予定通りに福岡に帰り荷物の準備をしてから、福岡空港へ向かい無事に15時の出雲行きの飛行機に搭乗した。出雲行きの飛行機は定員が30名にも満たない小さな飛行機でした。小型の飛行機は壁が薄いので一体感があって、空を飛んでいる感覚が不思議に思えました。これで風を感じることが出来れば夢の中で空を飛んでいる感覚に少し近いように感じました。出雲空港に着いてすぐ出雲市駅行きのバスに乗りました。何度も出雲の地を訪れているのですが、飛行機で来るのは今回が初めてでした。私が一番最初に出雲に来たのは大学生の時で東京から夜行列車で行ったのを覚えています。2度目に行ったのは広島の会社に勤めていた時で原付バイクを片道約4時間運転して行きました。福岡に帰ってからも4回行っていて、今回で7度目の出雲であった。いずれも出雲大社へ行ってお参りするのが目的の1つだったのですが、今これまでのことを振り返って考えてみると、不思議と出雲大社を訪れる時は何か霊的な旅の始まりを意味する儀式のように思えてならないのである。その思いは私にとって出雲の地は縁が深い土地であるところからもきているのかもしれなかった。というのは私の父方の先祖は出雲の地を守護していた尼子氏に仕えていた尼子十勇士と呼ばれた武将の1人の末裔であると聞かされていたのも1つの理由であった。またこれまで私が出会った霊能者の多くが私の魂は出雲の神様と深い縁があるよと言われたことも理由の1つでもあった。いずれにせよ出雲の神様に呼ばれる感じがする時は、何も考えず出雲に行ってしまう、または行ってしまう羽目になるのであった。今回も出雲の地でミソギをすると聞いて「私は行く」即決したのも出雲の神様に呼ばれていると思ったからであった。そして後からよくよく考えると石垣島でのヒルギ林を見た時の「浄化だよ」というメッセージと今回の滝でのミソギがすごくシンクロすることに気がつきました。人生初体験の「ミソギ」は一体何を意味するのだろうか?とますます気持ちが高まってくるのがわかりました。つづく
2006.05.19
こんにちは。今日は「老子」の漫画本を読んで、すごく共鳴しました。これからの時代にふさわしい心の向きようとは何であろうか?自分の人生の価値とは?知識を沢山得ることよりも捨て去ることによって得られる物事の真理、利便性を求めればますます自然からかけ離れていくことへの気付き・・・まさに自分が求めている「道」が「老子」にありました。自分がおかれた時代や環境、与えられた持ち場で最善をつくすことの大切さを感じた1日でした。では「沖縄をめぐる魂の冒険」のつづきをどうぞ。ヒルギの木のメッセージが、あたかも自分の魂の扉のつっかえ棒を取り除いてくれて、「自分の魂が決めた道を躊躇なく歩んでいくぞ」という力が全身に湧いてくるのが分かりました。この時、海岸を後にしながら「いずれ自分の体験をインターネットで書いて発信する時がくる」と今の自分を予見するような考えが突然湧き起こったのを覚えています。一路、御神崎に向けて車を走らせていたのですが、御神崎方向に曲がる道をうっかり通り過ぎてしまい、かなり来てしまった所で道を間違えたことに気が付きました。「今回は御神崎へ行く必要のないのかもしれない」と何故かそう思い、無理に道を引き返すことはしませんでした。「御神崎に行く前に別の所へ行く必要があるのかな?」と感じたのです。直感ひらめきの旅は、たぶん見えない世界からの導きによって行く場所も行く順序もあらかじめ決められているので、私自身が目的地を決めていても道を間違えたりしてどうしても目的地にたどり着けないことが多いのである。そんな時は「何か別の理由があるのではないか?」と考え方を切り替えて流れに身を任せてみるのである。よく神社巡りをしている人達に起こることですが、何処か目的地を決めていてもその途中で「○○神社の神様に呼ばれているから」とか「偶然そこへ行く羽目になってしまった」とかいう理由で目的地が変更になることは多々あるのである。私達が霊的世界の扉を開くと3次元に生きる存在として、時には見えない世界の存在との媒体または代理となってパズル合わせの1つのピースのように動かされていくこともあるのです。ヒルギの木のメッセージを受け取った時点で今回の石垣島の旅の目的が果たせたような気になっていましたので、帰りの飛行機の予定時間までは、野球の消化試合をこなすように、思いつくまま道の途中にある観光スポットに立ち寄りながら空港へ向かいました。空港に到着すると、お世話になった大きなランドクルーザーにお礼の気持ちを伝えてから、レンタカー屋の指示でキーをつけたままの車を駐車場に残して空港のカウンターへ向かいました。石垣島に「またくるよ!」と別れの言葉を心の中で呟きながら15時過ぎの飛行機で石垣島を後にして那覇経由で東京へと向かいました。そして翌日、仕事の取引先の会議に出席したのですが、そこで思いがけない言葉を聞くことになるのであった。つづく
2006.05.15
こんばんは。今日はお腹をこわして家で寝ていました。夕方から起き出しておかゆを食べてからブログを書いていました。最近家の中で不思議な現象が続いていて、昨晩は寝入りばなに強い風が吹いたたかと思うと地震のような地鳴りと揺れが5秒くらい続き、あたかも体の上を何かが物凄いスピードで飛んでいったような現象が起こりました。地の精霊グノームかと思いましたが何か別物のような感じがしています。たぶん私が住んでいる能古島の産土神にアプローチし始めて起こり始めたので、その内にボスがお出ましになるのかなと思っています。念のため最近私がプロテクションで愛用しているドラゴンブラッドのオイルを体につけて、オーラソーマのミカエルのスプレーを部屋に撒いてから寝ようかと思います。では話の続きをどうぞ。その日は15時過ぎの飛行機で東京に向かわないといけなかったので、朝食を済ませると9時にはホテルをチェックアウトしました。今度はホテルから市街地とは反対の方向に車を走らせることにしました。ホテルのフロントでもらった石垣島の観光地図を片手に、気になった御神崎という岬を目指して行こうと思いました。時間の都合もあって唐人墓やフサキビーチなどの観光スポットは完全に無視して目的地のみを目指しました。途中、ターコイズブルーの美しい海が見える海岸線を走っていると、先日見たヒルギ林が今度は海岸一面に生えていました。次第にぽつりぽつりとヒルギの木が1本ずつ単独で海岸から生えている風景に引かれるように車を停めて、ヒルギの木に魅入られるようにしばらく何も考えず眺めていました。初めてヒルギの木が密集して生えているのを見た時は何も感じなかったが、ぽつんぽつんと1本づつ独立してヒルギの木が生えているのを見ていると、何故か映画に出てくるような歩くことの出来る木の精霊のように感じました。心地良い潮風を受けながら、このまま1日中ヒルギの木の前で向き合っていれば、ヒルギの木の精霊が色んな面白い話を聞かせてくれるような気がしました。私はフラワーエッセンスの勉強を始めるようになってから常に自然と対話したいという思いが高まるのを感じていたし、自然の方から歩み寄ってきて何かを伝えたいと思わせるような『呼ばれる感覚』というものが時々ありました。この『呼ばれる感覚』は子供時代から度々あったのであるが、この感覚にさらに注意を払い意識を向けるようになるきっかけをつくってくれたのが2000年のアメリカのレイクタホで開催されたFESフラワーエッセンスのインテンシブセミナーであった。セミナーの中で野の花が咲き乱れる高山での野外実習の日が1日あって「沢山咲いている花の中で自分が呼ばれていると思う花、気になる花を見つけて、その花と向き合いスケッチやその花の観察を通じて得られる印象や情報、瞑想などを通じて花のメッセージを受け取りなさい」という内容の野外実習でした。私はその時に1本のビストートというハーブの花に引き付けられて、その花を選んでスケッチや観察をしてレポートを提出したのですが、何故その花を選んだのだろうかと思った時に、やはり呼ばれるような感覚と日本では見たことない花だけれども、何故かなんとなく懐かしい感じがしたので迷わずその花を選んだのであった。その花から受け取ったエネルギーの印象は、『何か自分の中で消化できなくなった未解決な問題をクリアーする感じ』を受け取ったのですが、後から植物図鑑で調べると『インディアンハーブの1つで根の部分を食用にしたり消化不良時の下痢止めの薬として使用していた』との説明を見て、自分の受け取った印象と実際の薬効が「消化」というキーワードでつながっていることを発見して心が揺さぶられるような感動を受け、もっと植物とつながっていろんなことを教えてもらいたいという気持ちが益々湧いてきたのであった。それからというもの自然の中で歩く時は、アンテナを張り巡らせるかのように自然に意識を向けて『呼ばれる感覚』がしないかどうかに注意を向けるようになったのであった。ヒルギの木からも何か『呼ばれる感覚』がするので、防波堤のコンクリートに腰をかけて瞑想するようにただじっとその木を見つめているとあるメッセージが浮かんできました。「もう上(天)ばかり見るのはやめて大地とつながりなさい。大地に無数の根を張るように地球の意識とつながりなさい」というメッセージでした。自分の中では、大地とつながることの意味の重要性が益々高まりをみせて、この先自分はどうすれば良いのかを模索し始めている時期でしたので、このメッセージはすごくシンクロしていてハートに響く感じでした。つづく
2006.05.11
今日、ふとある人の事を思い出しました。瀬戸大橋のたもとの公園で占い師をしていた今は亡き宗仙人という人の事を思い出しました。今から5年ほど前のゴールデンウィークに最初にお会いしたのですが見るからにインドの行者のような方で、ちょっと口が悪くユーモアがあってすごく印象深い人でした。私が占ってもらった時に「お前が宗教をやればそれなりの大きな団体になるよ」と言われたのですが私は宗教には興味ないと言うと「それならお前のこれからの人生を見せてやろう」と言って私の目を見つめた途端、走馬灯のように私のこれからの人生が早送りされて見ているような体験をしたのです。その体験はほんの4~5秒で終わり、何が見えたのかさっぱり分からないのですが、私の立てたシナリオ通りになるんだな~と言うことと、いずれ死を迎えなければいけないんだな~という事を確認させられたのです。自分の人生はとても良い人生だったのだけれども、その過程で起こる避けられない出来事や自分の死というものに直面した時の悲しい感情がこみ上げてくるのが分かりました。その宗仙人も「自分も、もうそろそろ帰るよ」と言っていたのですが、その言葉通りにある日突然亡くなってしまったのです。『時間は過去から未来に流れていると思うが、実は未来から過去にも流れている、その2つの交点が今なのだ』と言う、そんな言葉が思い出されてならない1日でした。では、「沖縄をめぐる魂の冒険」の話の続きをどうぞ事故を起こした本人はどこかへ消えてしまったし、原付に接触されたタクシーもどうすることも出来ずその場を立ち去ってしまいました。結局私も何事もなかったかのように車を市街地の中止部に向けて走らせて行きました。時計を見ると、ちょうど18時過ぎでしたので夕食は何処にしようかと考えているとホテルに行く道の橋を渡る手前に「あんまー食堂」という看板が見えたのでそこで夕食をすることにしました。お店に入って店のメニューを見ながら何を注文しようかといろいろ迷いましたが、イカ墨汁とてんぷらが付いた定食とオリオンビールを注文しました。出てきた料理はてんこ盛りのボリュームのある定食で、食べきれないかと思いましたが、なんとか残さず食べきりました。夕食を食べ終わると、どこへも立ち寄らずホテルへ向かいました。食堂からホテルまでは車で約3分くらいの距離なので、あっという間にホテルの駐車場に着いた感じでした。自分の部屋に戻る頃には夕焼けが赤く空と海を染め上げていて見とれてしまうほど美しいと感じました。それから部屋に入ると締め切った部屋のむせるような蒸し暑さが押し寄せてきて、たまらず窓やバルコニーに続くサッシのドアーを全開にしました。広いバルコニーに出て辺りを見回すとホテルの横は広いグラウンドがある海浜公園になっていて道を挟んで小学校がありました。やっぱり南国へ来たんだな~と思わせるような雰囲気を肌で感じることが出来ました。バルコニーの椅子に座って夜空を眺めると星も満月になりかけた月も八重山のエネルギーのスパイスを加えたように格別のものに見えました。「こんな広いバルコニーのある家に住んで夜空や海を眺めたいな」と心の中で呟いていました。そんな願望が1年も経たない内に実現しようとはこの時は思いもよりませんでした。この日は疲れたせいもあって早めにベッドに入りました。夢うつつになった頃に私のベッドの横に誰かがやってきてじっと見下ろされているような感じがしました。しばらくするとその存在がその場を立ち去っていく感じがしました。別に嫌な感じはしないのですが人間とはかけ離れた大きさの存在の気配を感じました。そのまま気にせずに深い眠りに入ってしまったのですが、朝目覚めた時に運動したような疲労感を感じつつ、かすかに夢の中で椰子の林を歩いていたことを思い出しました。「昨晩の気配は、石垣島の土地の神様が訪ねて来たのだろうか?」「夢の中で何処かへ案内されるかのように散々歩かされたような感じだったな」と眠い目をこすりながら思いました。いままで来たことの無い新しい土地で泊まると、夜中に誰か訪ねてくる気配がすることが今までにも時々ありました。最初は夢でも見たのだろうと思っていましたが、6年前に周囲を富士の原生林で囲まれたホテルに初めて泊まった日の晩に、数百年経った杉の大木のような大きな足を持つ巨人が私のベッドの横に立って、数分間私をじっと見下ろしている感じがして目が覚めて何者だろうと思ったことがありました。それがけして夢ではないということが翌朝証明されたのです。それは隣の部屋で泊まっていた私の知人であるそのホテルのオーナーの奥さんが「夜中に大きな足を持った巨人が訪ねてきてびっくりしたわ。ここでこんなこと今まで経験したことがないわ」と言うではないですか。私も同じ経験をしたことを彼女に話してお互いの体験をすり合わせをすると、全く見た内容が同じで、それが起こった時間も一致したのです。それ以降も伊豆大島で初めて泊まった時も、阿蘇や人吉で泊まった時など何度も経験するようになりました。特に伊豆大島で泊まった時は3日連続で、夜中に誰かやってきて火山の噴火する場面や溶岩が迫ってくる恐ろしい映像を何度も見せられ「何をしにここへ来たのか」と言って脅されることもありました。そんな場合はその土地の産土(うぶすま)の神を祀る神社にお酒やお塩を供えたりして土地の神様に礼を尽くすと脅されることが無くなり、逆に気に入られたような現象が起こるようになりました。今回も石垣島を司る産土神が出てきて私の様子を偵察しにきたのかもしれないと思いました。私はこのような現象が起こる時の方が物事が上手く運びやすいし不思議な縁を授かるということを経験上知っていたので、これから先の旅への不安など全くなく、かえって何が起こるのか期待する気持ちで一杯でした。つづく
2006.05.08
今日でゴールデンウィークも終わりですね。今回のゴールデンウィークは星が降るような感覚で沢山のインスピレーションの情報が降りてきました。その1つを公開すると「沖縄をめぐる魂の冒険」のネタばらしにもなるのですが、私の過去世の1つが物部氏一族の1人で石上神宮と深いつながりがあり、物部氏の「物」とは「精霊」という意味で物部氏は天皇の都を守護する「精霊使い」すなわち「陰陽師」のことで「悪事をはたらくもののけ(悪霊)」を払う役目をしていたのである。陰陽師はいわば錬金術師のようなことをしていた人達でパラケルススやシュタイナーと意外な接点があることに気付きました。そして物部氏が護る石上神宮に伝わる日本神道界の謎の1つである十種神宝(とくさのかんだから)の奇妙な絵記号は錬金術のことを表しているのではないかという推論を得るに至りました。以前から十種神宝の解釈については色んな説があり「死者をよみがえらせる玉」とか「地球を癒す比礼」とか興味深い解釈に私は強く引き付けられるのを感じていました。いずれ近いうちに私が神社めぐりをしていた時に経験した、十種神宝を含めた不思議な「鍵を受け取る旅」を含めてブログで紹介しようと思っています。それでは「沖縄をめぐる魂の冒険」の話の続きをどうぞ。市街地の中心部へ向かう4車線の広い道路に入ってすぐにハプニングがおこりました。反対車線をゆっくり走っていたタクシーを追い越そうとした原付バイクがタクシーに接触し倒れて、その拍子に原付バイクがこともあろうにこちらの方へ跳ね飛ばされてくるではないですか。「あっーぶつかる」と思った瞬間、「ドーン」という音と振動と共に私の運転する車に激しくぶつかりました。私はすぐに車を道の端に停めました。私はとっさの事で、ガラス越しに原付を運転していた若者が、私の車に当って跳ね返って道のセンターライン辺りにころがっていた原付を起こしたかと思うと、それに乗ってあっという間に逃げてしまう姿を、ただ唖然として眺めていることしか出来ませんでした。その様子をぼう然と見ながらも怪我がなくて良かったと思いました。はっと我に返って、レンタカーが損傷してしまったのではないかと思い車を降りました。恐る恐る原付が衝突した辺りを眺めてみましたが幸運にも何も損傷してませんでした。奇跡的に原付バイクの車輪と私の車の大きな車輪同士がぶつかったので車体には傷一つなくて済みましたしタイヤにもちょっとこすった跡が残っているだけで他には何も傷がついておりませんでした。「ランドクルザーで正解だった」とつくづく思いました。今回私の意向とはうらはらにランドクルーザーというタイヤの大きくて頑丈なボディーを持った車に変更されたのは「偶然」でなく「必然」だったのだとその時強く感じました。これが小型車だったらと思うと背筋がぞっとしました。自分は見えざる存在に本当に守られているな~と思うと感謝の気持ちで一杯になりました。これまでにも幾度と無く見えない存在である守護霊さんや守護天使さんに危機的な状況を助けてもらったのではないかと思われる事がたくさんありました。小1の時にあと数センチでトラックに巻き込まれそうになった時も、雪の降る高速道路で前を走るトレーラが事故を起こし道をふさぎかけたわずかな隙間を奇跡的なタイミングで自分の車がすり抜けた時も、スリランカで泊まっていたコッテージの真裏で銃撃戦が起こり流れ弾がコテージに飛んできた時も、登山中に山崩れに遭遇し巨大な岩が沢山落ちてきた時も、海で泳いでいて急に貧血のような状態になって意識を失いかけて溺れそうになった時も・・・・後から考えると見えざる手が守ってくれたとしか思えないような不思議で奇跡的な出来事ばかりなのである。たぶん私は子供の頃から見えない守り手とい存在を信じていましたし、その存在に対して心からの信頼と敬意をもって感謝するということが一番大事だということを感じていました。そして出来るだけ沢山の見えない存在達を自分の味方につければこれから先に何があっても守ってくれるだろうし、自分が何かやろうとする事に対しての必要なサポートも得られて物事がスムーズに行くだろうと常々考えて行動していました。「沢山の見えない存在達を自分の味方につける」という考え方を子供の頃から私が何故持つようになったのか?その理由は後々、私の魂のルーツと共に明らかにされていくのであった。つづく
2006.05.07
今日は子供の日でしたね。大人になってからは柏餅とかチマキとか食べられる日だ~などと思ってしまうのですが皆さんはいかがですか?今日はお昼過ぎに能古博物館へ行ってきました。受付で400円の入館料を払った後で、「どこかで見たことある顔ですね~」と受付の女性の方が言われるので能古の住民ですと答えると「あ~だから良く見かける顔なんだ~。能古の住民の方は入館料はいりませんよ」と400円返してもらいました。これが子供の日の最初のプレゼントでした。館内を見てまわる内に博多の古い地図を見つけて私の会社のある場所をみたら、なんと真言宗のお寺が2つ並んでいる場所でした。これを見つけて思わずびっくり!、どうりで都会のど真ん中の会社のオフィスでも土地の磁場が物凄くいいのだと理由がわかりました。それに私の父の家系は真言宗で祖父は高野山で修行をし紫色の法衣を拝領して、晩年は手当て術(ハンドパワー)で病人を治しながら地方を回り生活していた人なのである。やっぱり縁のある所にオフィスを借りたんだ~と納得しました。これが2つ目の子供の日のプレゼントでした。3つ目のプレゼントは、探していた石の写真と大体の位置がわかったことです。しかしながら今日その辺りを探しましたが、やはり案内がないといけないようです。その時期がくるまで待つことにしました。それでは話の続きをどうぞ石垣島は他の沖縄の島と比べてドライブするにはちょうど良い大きさで1時間半ほどで島の南端から北端へ行ける感じなのと、南国特有の雰囲気の景色が楽しめるので運転していてもストレスが解消される感じで心地よさを感じました。結局16時半過ぎに平久保崎に到着しました。車を駐車場に停めて車から降りるとかなり強い風が吹いていることが分かりました。駐車場のフェンスの先がなだらかに傾斜していてそこに3名ほどの若者が風を楽しむように寝転がっていました。駐車場から伸びる坂を上りきった所には白い灯台があって、そこにも何人かの観光客がいました。私もフェンスに腰掛けて強い風に身を任せるように、しばらくコバルトブルーの海を眺めていました。考えてみれば、8ヶ月前の2月の初め頃に、マイナス15度以下の極寒の地である北海道の能取岬(のとろみさき)で強風と吹雪の中で長い時間、凍った真っ白で暗い海を眺めていたことを思いだしました。その時は羽根の長さが2mはあろうかと思えるほどの大きな1羽の大鷲が私を出迎えてくれて、しばらくお互いの顔を見つめ合う感じで、あたかもアイヌの精霊達の歓迎を受けた感じであった。それから4ヶ月後の6月に同じ北海道の積丹半島の神威岬(かむいみさき)に行った時にも強風で今度はキタキツネが出迎えてくれたのです。そして岬の突端の手前まで来た時に、一緒に同行してくれて案内してくれた地元の知人達の1人にメッセージが降りてきて、記憶が定かではないが確か「アイヌの7つ(もしくは5つ)の光が大地とつなぐ」という意味のメッセージを受け取ったと話してくれたのであった。その話を聞いた後で、岬の突端に立った時に海一面が眩しいほどの光を放っていて、太陽の周囲の光の中に虹のような光の宝石がちりばめられた幻想的な光景を目の当たりにして、光の中へ引き込まれるように見入ってしまいました。この時も地元の人から「アイヌの精霊達に歓迎されているよね!」ということを言われたのを覚えています。今回の石垣島は、日本列島の北の端から南の端へ移動してきたんだな~と思いました。8ヶ月前の極寒の北海道から温度差が45度はあろうかという熱帯気候の石垣島へ、日本列島の北の端から南の端へ、私は魂のおもむくまま、何のために旅をしているのだろうか?と問いかけた時、「アイヌのエネルギーと琉球エネルギーをつなぐ」という言葉が返ってきたのである。アイヌの精霊達と琉球の精霊達の橋渡しの役を私がしているのだろうか?それとももっと深い意味が何かあるのだろうか?あたかもジグソーパズルの真ん中で1つのパズルがつながって右端から左端へ一列にパズルがつながったような感じであった。全てのパズルがはめ込まれた後にどんな絵が浮かびあがってくるのかを早くこの目で見たいと思いました。30分ほどフェンスに腰掛け何も考えずただ海を眺めていました。平久保崎での風は私のまとったオーラを浄化するがごとく全身をするりと吹き抜けていく感じでした。気がついたら誰もいなくなっていたので時計を見たら17時を過ぎたあたりでした。そろそろ町の方へ引き返そうと思い車に戻りました。車の中に入ると何故か静けさが漂っている感じで何故か夕闇に追っかけられるのが怖くて日が暮れるまでにおうちに返ろうとなどといつも思っていた子供の頃のことを思い出してしまいました。車は来た時よりもスムーズに道を進み、車がいないことをいいことにスピードを上げて1時間もかからずに石垣市の市街地にたどり着きました。つづく
2006.05.05
ゴールデンウィークもあと3日ですね。私は一昨日、自分の住んでいる能古島の散策に出かけました。久し振りに15kmほど歩きました。自然探勝路というハイキングコースを歩いたのですが道端に野の花が沢山咲いていて、まるで花のエネルギーのシャワーを浴びているようで心地良かったです。実はある物を探して歩いていたのですが手がかりが見つからずに、帰りに船着場前にある馴染みの「Noko Niko Cafe」でコーヒーを飲んでいたら、そのお店のマスターが「郵便局で最近能古島に伝わる昔話の絵葉書セットが発売になって、その中に白髭神社のご神体になった大きな岩が昔祀られていたという話が載っているんですが知ってますか?」と話かけてきたのです。私の欲しい情報がまたしても向こうから「キター!」と思ってしまいました。手がかりが見つかったので能古博物館の古地図でその場所を調べてみようと思っています。ゴールデンウィーク期間中は沢山の情報が天から降りてくる感じで、私の受けたインスピレーション情報から、私の魂の遍歴を読み解く上で鍵となるいくつかのキーワードが結びついて、それが歴史上のとんでもない発見につながりそうな予感がしてます。いずれブログにてご報告いたします。それでは特別編のためしばらくお休みしていた「沖縄をめぐる魂の冒険」の続きをどうぞお楽しみください。「ヒルギ林」の場所でしばらく過ごしてから車に戻り、石垣市の町の中心部へ向けて出発しました。石垣島の市街地に入ると大きなファミリーレストランやショッピングモールなどがあるので今まで見た離島の雰囲気とはかけ離れて大都市の郊外や小さな地方都市で最近よく見かける風景がそこにありました。その風景を見ていると石垣島へ都会の人が移り住みやすい理由の1つがわかるような気がしました。しかしながら「こんな離島に来ても都会の便利さを象徴する風景に出会うなんて思ってもみなかったな~」と少し残念で複雑な気持ちになりました。沖縄を旅すると、どこかしら懐かしい風景に出会ったと皆さんも思わないだろうか?人によっては時代遅れの産物だとか洗練されていない田舎の風景だとかに思うかもしれませんが、私にとってはそれがコンクリートの建物であっても長い間使い込まれて、そこにかかわる人々の愛着を感じさせ、人の温もりが伝わってくるような風景に見えるのである。そんな風景が失われていくことが残念なのである。私自身もコンビ二は良く使うし便利さを享受している者の1人であるが、余りにも便利さにどっぷり浸かりすぎると、何か自分の中の大切なものを失うような気がしてならないのである。(私は、そんな思いもあって仕事は都会で、生活は不便な島暮らしへと後々決心するのであった)一度人間が便利さを味わってしまうと、後には戻りにくくなるし、それがMore and Moreの状態になって欲望が更に拡大していくのである。果たして欲望の終着点は何処にたどり着くのだろうか?便利さを手に入れればいれるほど、大事な何かを不便さの名目のもとに捨ててしまっているのに皆さんはお気づきだろうか?皆さんも便利さ不便さという物差しを一度手放して物事を考えてみてはいかがだろうか?車は南国特有のコンクリート造りの建物の間を走り抜け、一路今日宿泊するホテルへ向かったのであった。市街地を抜けて橋を渡り小さな住宅街や郵便局を過ぎたあたりから今日泊まるホテルの建物が見えてきた。ホテルの駐車場に車を止めてスーツケースを後部座席から降ろしてからホテルのフロントに向かった。フロントで部屋の鍵を受け取りエレベーターで8階まで昇り、自分の部屋へ向かった。このホテルはリゾートマンションのような造りで通常は長期宿泊者を対象に部屋を提供しているホテルだった。部屋の鍵を開け、室内に入ると廊下がやけに長く感じられました。それもその筈、部屋の造りがツインの12畳ぐらいの寝室が2部屋と20畳くらいのリビングとオープンキッチン付きダイニングに広いお風呂とトイレがあり、おまけに10畳くらいのバルコニーが付いている豪華な部屋でした。思わず私1人が1泊するにはもったいない部屋でした。それにしても1泊朝食付きで1万円にも届かない値段でこんな部屋に泊まれるなんて思ってもみませんでした。何気なくインターネットで良さそうな感じのする所を選んだだけなのにびっくりしてしまいました。余りの広さに落ち着かない自分の気持ちを抑えて、「まあ自分へのご褒美と思えばいいか~」と気を取り戻してから、ファッションミラーに写る場違いなスーツ姿の自分に思わず苦笑してしまいました。楽な夏服に着替えてからすぐに出かけることにしました。フロントで貰った石垣島の観光地図を見て、石垣島への旅を思いつく切っ掛けとなった那覇の空港に張ってあった八重山諸島の観光ポスターの石垣島の岬の写真の場所が分かったのであった。その岬の名は平久保崎だった。石垣島の北端に位置しているのでさっき立ち寄ったコンビ二の先をずっと進めば行けたのにと少し後悔しました。計画性の無い直感ひらめきの旅なので仕方が無いと言えばそうなのですが、気を取りなおしてホテルの駐車場から車をもと来た道へ走らせて行きました。つづく
2006.05.05
夜中にコツコツとブログを書いている(実は書かされている)トトロです。やっと特別編の最終章です。今回はちょっと心して読んでくださいね!ワークショップの終了した翌日、福岡に帰るためにタクシーで羽田空港まで行くことにしました。1台のタクシーを拾い「羽田空港のANAのターミナルまで」と運転手さんに告げると車はゆっくりと動き始めました。「高速を使いますかそれとも一般道を走りますか」と運転手さんが尋ねてきたので時間の余裕はあったのですが私は「高速でお願いします」と返事をし運転手さんはそれに肯いてから車を首都高速の入り口方面に向かわせました。しばらくたってレインボーブリッジを渡りきったところで「道を間違いましたので高速を戻って空港への道に戻り直しますね。料金はここで止めますので。」と運転手さんが聞いてきたので私は「はい、わかりました」と返事をしました。運転手さんは「どうしたんだろう、普段はこんな事無いのに頭が良く働かないのか目がおかしいのか訳わからなくなるよなあ~」とぼやいているのです。私は運転手さんの言葉を聞いて、「あ~まただ~」と心の中で叫んでいました。というのは以前にも私が今回のようにフラワーエッセンスのセミナーなどで驚くような出来事があった後や神社めぐりなどで不思議な出来事が起きた後などにタクシーを使うと、必ず道に慣れているはずの運転手さんがその日に限って道を間違ったり迷ったりするこが多いのである。それはたぶん私のオーラが異次元とつながったままの状態でタクシーに乗ると運転手さんのオーラにまで影響してしまい、それに慣れない運転手さんは混乱してしまうのではないかと思います。結局レインボーブリッジを3度渡り羽田空港へなんとか着きました。自動発券機でチェックインして大きな荷物を手荷物のカウンターに預けてから、さあ何処へ行こうと思っていたら見えない存在に手を引っ張られるように感じるのである方向へ歩き始めました。今回利用する羽田の新しいターミナル利用するのは今回が初めてで何処に何があるのか全くわからない状態でした。エスカレーターを上りカフェなどの飲食店が並ぶ方向へ引っ張られるように進んで行き、結局本屋さんの入り口を入ったすぐの文庫本の並んでいるコーナーで立ち止まりました。「ここに並んでいる本の中で何か私が読むべき内容の本があるのかな?」と思いながら本棚に並んでいる本のタイトルを1冊ずつたどるように読んでいったが、それらしい本は見あたらなかったのである。「恐怖の心霊写真集」とか「闇の秘密結社の真相」だとかオカルトっぽい本が本棚の真ん中辺りを中心に並んでいるので「私はこんな本興味ないよ~」と思いつつ気になる1冊の本を手にしたのであった。その本のタイトルは「世界史怖くて不思議なお話(PHP文庫)」という本だった。その本のあるページを開いた途端、ある人物の名前が私の目に飛び込んできたのである。その名は「パラケルスス」15世紀に活躍した医師であり偉大な錬金術師でゲーテの「ファウスト」のモデルになったとされる人物である。皆さんご存知のタロットカードの大アルカナの魔術師は彼をの事を指している。 今度は私に「パラケルスス」について学べという事なのか? 世界史怖くて不思議なお話(PHP文庫)」という本の「孤高の錬金術師 パラケルスス」の章を数ページ読んだだけでパラケルススにとても強く引かれる見えない糸のようなものを感じざるおえなかった。パラケルススについては9年前にホメオパシーの授業で習った覚えがあり、いつか詳しく知りたいと思ってはいたが、今まで彼の偉業のほとんどを知ることはなかったのである。福岡に帰ってから、早速パラケルススの本の検索をインターネットでしてみるとパラケルスス本人が書いた原作本の種類は沢山あるらしいが、その内日本語に翻訳されている本は数冊しか無くその中の大部分は中古本でしか手に入らないとのことだった。パラケルススの本を購入するために検索してみたら「自然の光」という中古本を見つけたが値段が千円ほどプレミアが付いているのでどうしようか迷っていると、耳元で「この本は手に入りにくいから、買うなら今しかないよ」と目に見えない世界のガイドさんからアドバイスをもらい、他の錬金術に関する解説本もガイドさんに薦められたので「ん~買っちゃえ~」とばかりに何も考えず6冊も勢いで買ってしまいました。でも届いた本をめくってみると全て買って正解だと思いました。とにかく内容が面白いのである。昔だったらこんな訳の分からない本は一度も読まれずに本棚で埃をかぶって長い眠りにつくはずなのに、不思議と作者が何を言わんとしているのかがよく分かるのである。つくづく今だから読めるのだろうな~と思いました。パラケルススの本やシュタイナーの本を読み進めると分かるのは両者ともすごく似ているのである。たぶん似ていると思う理由の1つは、パラケルススの影響を受け自分の作品のモデルにしたゲーテを思想のよりどころにしたのがシュタイナーなのである。(しかしながらシュタイナーは独自の霊的成長の道を辿ってパラケルススと同じ考えに至っている。)その系譜を辿ってもっと飛躍すると私の推測ですがシュタイナーの影響を直接受けた次なる人物はエドワードバッチ博士ではないかと思います。このことは私の推測にすぎませんが1920年前後にバッチ博士はポーランドの研究所時代もしくはスイスの親しい友人を介して晩年のシュタイナーとの接点があったのかもしれないと推測しています。そして1970年代にパラケルススとゲーテ、シュタイナー、バッチ博士の全ての遺産を受け継いで作られたエッセンスそれが北カルフォルニアのリチャードキャッツ氏とパトリシアカミンスキー女史によるFESのエッセンスだと思いました。さらにFESの流れをくむエッセンスの1つが今回のイアンホワイト氏のオーストラリアブッシュエッセンスなのです。15世紀のパラケルススから始まる『魂の錬金術』の系譜は、21世紀初めの我々の世代へとバトンタッチされようとしているのだと感じました。そして「もう既に『魂の錬金術』が華々しく開花し結実する時が目前に迫っているよ」とディーヴァ達は自然を通じて教えてくれています。人間と天使、ディーヴァ、精霊達が同じ目線に立った霊的な地球創造とも言うべき協同プロジェクトの存在を皆さんも是非感じて頂きたい。そして愛と調和に満ちた地球交響曲(ガイアシンフォニー)を奏でる一員として参加して頂きたい。魂を持つ全ての存在が一斉に宇宙の歌を奏でる日に向けて。その中心となる大きな鍵は3次元で肉体を持ち創造的活動が出来る地球上唯一の存在である人類の霊的な成長、即ち『魂の錬金術』にあると私は確信します。私がこのブログを書き始めようと思った大きな理由はここにあるのです。『ある偶然が人の心に愛を目覚めさせる。 すると一切がこの愛を中心にして秩序立てられる。 この愛が「これからもつづいていく」という 未来を想わせる。 ~これほど沢山の星があっても 夜明けの香り高い一杯のコーヒーを ぼくたちに用意してくれるのは、 この地球だけだ。』 by サン・テグジュぺリ ~ Fin ~
2006.05.02
こんにちは!今日は天気も良く春めいて気持ちいいですね。こんな日は外でひなたぼっこをするのが最高ですね。小学校2年生の時に北鎌倉に住んでいたことがあって、ちょうどゴールデンウィークの頃に家族でレンゲやシロツメ草の花が一面に咲いている野原で寝転がって、空高く飛んでいるヒバリのさえずりを聞きながらひなたぼっこをした時の心地よさが今も忘れられません。いつまでもそのような心地よさを味わえる地球であって欲しいと心から願わずにおられません。では話の続きをお楽しみください。ホワイトライトのワークショップが終わってからホテルに戻っても私の周りを光の存在がまだ一緒について来る感じでした。部屋に戻ってから窓に映る東京タワーの夜景をぼっーと眺めながら、今回の4日間のワークショップを通じて私は一体何を学んだのかということを考えてみました。今から考えると体の中に出来た石は、けして偶然ではなく必然だったということ、体の中に石が出来たことが『内なる自分の読み解き』をさらに深めてくれて、それはやがて『自分とは何者なのか?』というテーマにまでたどり着いたということ。それと同時に長年の疑問点だった私達の体を含めた自然界の構造を読み解く為のキーであった4つのエレメントの全体像がはっきりと体感をもって掴めたということが今回の大きな収穫だったと思いました。それは自分の中で未知なる次元を知覚し認識する能力とそれを読み解く為の思考回路が開かれ飛躍的に霊性が向上したということを意味することであった。「まさにこのことが魂の錬金術なのだ!」と叫びたい気分でした。同時に私の心の中では「これであの難解なルドルフ・シュタイナーが書いた本をシュタイナーと同じ視点に近づいて読む解くことが出来るのではないか」という期待と喜びに似た気持ちが沸き起こるのを感じていました。一般的にシュタイナーの書いた本はわざとシュタイナーが読者の思考能力を鍛える為に難解に書いているのだという評論家の意見が通説となっているのですが、私はシュタイナーの見えていた世界が余りにも高次元で幾何学的なイメージで捉えざるおえない状況があったのと、そのイメージを文章や平面的な絵図に変換し3次元的な思考の世界の人にも分からせようと書く試みはしたのもののそれでも難解な表現にならざるおえなかったのではないかと思いました。しかしながら一般の人が高次元の幾何学的なイメージを3次元的な通常の思考で読み解くことはとうてい困難であるしその本当の意味を理解するのは無理なのであると思いました。シュタイナーの書いた本を真に理解する為には『頭』で理解するのでなく『霊的な視点』で理解することが必要であり、そのためには霊性の向上が不可欠であると思いました。(このことはいずれブログにて分かり易く説明したいと考えております)以前のブログでも触れたように今回のワークショップを受ける前からルドルフ・シュタイナーをめぐる布石とも言うべき出来事がいくつかありました。《ブログの内容が個人的な内容で不適切な表現がありましたので文章を削除させて頂きました。関係者には大変ご迷惑をおかけしました。この場を借りてお詫び申し上げます。》またしても不思議な体験をしたのです。大阪の友人の自宅のマンションで、私が休憩をしようと隣のリビングルームに入った時に最初に目に付いたのがなんと「ルドルフ・シュタイナー」と書いてある文庫本の背表紙でした。その偶然に驚いて思わずその本を手に取ってめくってしまいました。シュタイナーの本は何冊かは持っているのですが、以前からシュタイナーの入門書とも言うべきわかり易い本はないのかと思っていたので、この本はまさに入門書というべき内容だったのです。その本をその日の内にインターネットで調べて中古本で見つけ注文しました。そして今回のワークショップの為に東京へ来る時の飛行機の中で読む本として「ルドルフ・シュタイナー」の文庫本を携えてやってきたのでした。飛行機の中でその本を読み進むにつれ以前から私が抱いていた思いがますます強くなるのを感じました。「シュタイナーと同じような霊的な視点を持ちたい! シュタイナーの本を真に理解してそれを役立たせたい!」そういう思いを抱きながら今回のワークショップに臨んだのです。まさに天があたかも私をシュタイナーへ導くがごとくに事が進んでいき今回のワークショップで自分の中での魂の錬金術が起こったのです。実はそれで終わりではなかったのです。天の意図しているところはもっと私の魂の核心に触れる内容であることが明らかになっていくのであった。つづくお知らせ 「トトロの独り言」公開講座の第一回目を5月10日水曜日に福岡のオフィスで行います。テーマは「スピリチュアルアルケミー(魂の錬金術)の世界」のお話です。興味のある方はこちらへどうぞ→イベント案内
2006.04.30
こんばんは。昨日は久し振りにインスピレーションでコンビネーションエッセンスを作ってみました。コンビネーションエッセンスの名前は「Light of Uesaku」です。5月13日の満月の日はウエサク祭(お釈迦さんが降誕した日、悟りを開いた日、入滅の日が5月の満月の日で天上界の神々が降りてくる日)にあわせて作ってみました。FESのアンジェリカとマグワート、FESのリサーチエッセンスのグリーンベルズアイランド、アラスカのジェムエリクサーのムーンストーンをあわせて作ってみました。あともう1種類ハートのエッセンスを追加しようと思うのですがFES版バッチ・ヒーリングハーブのワイルドローズにしようかな~と考えております。効果は未知数です。ウエサク祭の日の満月の光をコンビネーションエッセンスに当てるといいよとガイドさんが教えてくれました。ムーンストーンのエッセンスが月の光をチャージして保持してくれるそうです。(ムーンストーンの石をエッセンスに入れて月の光を当てる方法もあります)さらに透明なビンの下に鏡を敷いて月の光を反射させてつくる方法が効果的かもしれません。みなさんもいろいろ試してみてください。では話の続きをどうぞ。休憩をはさんでついに最後のレクチャーである天使のエッセンスの説明に移っていった。初めに天使のエッセンスを7滴飲んでから説明が始まった。天使のエッセンスは、ペルーのマチュピチュの真向かいにあるプトゥクシ山の山頂で作られました。天使のエッセンスはその名の通り天使とのコンタクトを持てるように助けてくれるエッセンスで物質的な3次元の視点をスピリチュアルな高次元の視点へと高めてくれるエッセンスです。我々が3次元にいながらにして多次元を体験出来るように促してくれるエッセンスでもあります。また天使界の守護が必要な時や、特定の天使に保護を求める時にも使うことが出来るとのことだった。瞑想の時間が近づくにつれ、スライドの映像を写し出す為に薄暗くなっている会場の天井や壁のあちこちに流れ星のような光の帯が流れては消えてまた現れるというように何かの存在が動きまわっている姿が時間が経つにつれて段々増えてきているように思えた。今朝ワークショップの会場に入った時に感じた「今日は天使、ディーバ、エレメントの精霊達が大集合し最後の瞑想では参加者誰もがその存在を感じるだろう」というイメージがまさに始まったという感じだった。瞑想が始める直前には目の前を緑や黄色の光が通過するのが見えるほどになり、瞑想が始まって目をつぶっても次々と目の前を強い光が通過するのがまぶた越しにわかるほどであった。瞑想を始めてしばらくはまぶた越しに光の移動を眺めていたが、段々瞑想が深まってきて静寂の暗闇の中に自分が浮かんでいる感じがしたかと思うと、ピンポン玉くらいの大きさの2つの白い光の玉がこちら近づいてくるのが分かった。その2つの光の玉はどんどん近づいたかと思うと、1つは私の額に、もう1つは私の喉のあたりに光の玉が入ってくるのが分かりました。以前にも似たような体験をしたことがあって最初の時は伊勢神宮にある神宮会館に泊まった時に寝ていたらソフトボール大のまぶしい白い光の玉が額に入ってきたことがあり、もう1つは人吉の温泉旅館に泊まった時にもソフトボール大のまぶしいグリーンの光の玉が額に入ってきた体験がありました。よく神社めぐりをしている神道系の人にそのような体験をされる方が多いように思えますが、その光の玉が体の中に入ることにどんな意味があるのかはよくわかりませんが、私自身はその光の玉が何かを開くための鍵になっているように感じています。光の玉が体に入ってきた後、とても眩しい強い光を発する人間大の存在が私の正面に立っている感じがして次のような言葉が聞こえてきました。「これからも共にある、あなたと共に歩んでいく」というメッセージが聞こえました。そのメッセージが聞こえた途端、私の両肩から背中にかけて2つの大きな手が置かれたような感触がハッキリと伝わってくるので、誰が手を置いているんだろうと思わず薄目を開けてしまうと会場は色とりどりの光のオンパレードで7色の蛍が乱舞するような状態で、さらに何か巨大な動物が歩くようなズシンズシンという足音や振動が聞こえてきたり、大小様々な人間のような2足歩行をする存在が動いているのが見えました。さらに私を驚嘆させたのが、緑色の半透明な人間のような存在が私の前まで近づいてきて、いきなりその存在の緑色の半透明な両手が私の胃の両側辺りに入ってくるのが見えたのです。ちょうど石が出来てこわばっている辺りにです。緑色の半透明な両手が私の体の中に入ってきても何も感じないのですが、さすがにこんな経験は始めてなので思わずまた目をつぶってしまい瞑想が終わるまで目を開けることはありませんでした。私は幻覚でも見ているのだろうかと自分の目を疑いましたが気を取り直して瞑想に集中するように意識を向けました。しかしながら今だに肩から背中にかけて誰かの大きな両手が置かれている確かな感覚があり、その両手からなんとも言えない安らぎと安心感に包まれるような優しいエネルギーが私の体の中へ注ぎこまれているような感じがしました。その心地良いエネルギーに身を委ねながら瞑想を続けているとまた言葉が聞こえてきて「共に1つである、全ての存在と・・」というメッセージが聞こえてきました。そのメッセージを受け取ると光のシャワーを浴びるかのようにまぶたを通して7色の光が上から下へ移動する感じが続いている最中に天使の瞑想が終了しました。目をゆっくり開けるとまだ色んな光があちこちに飛んでいて、横に目をやると誰もいないはずの私の右隣の空間に馴染みの深い大天使ミカエルの巨大な足が立っている姿が2秒ほど見えてから消えていきました。天使の瞑想はホワイトライトのワークショップのエンディングにふさわしいオールキャスト総出演の光のフィナーレの舞台という感じでした。やはり他の参加者の人の多くが色んな光の存在を見たり感じたりしたようで、額に半透明な手が入ってきた人もいれば両肩の辺りに手が置かれた感じがした人も沢山いましたし、大天使が来ているのを感じた人もいました。ホワイトライトのワークショップはここで終わった訳であるが、この後もさらに不思議な展開をみせていくことになるのであった。つづく
2006.04.29
こんにちは。最近思ったことがすぐ実現することが多いのですが、昨日大変嬉しい知らせがありました。私が大好きな大林宣彦監督が映画「22歳の別れ」のロケで私が住んでいる能古島にやってくることがわかったのです。大林監督にはまだ一度もお会いしたことがなく、十数年前に私が広島でサラリーマンをしていた時に大林監督の代表作の「ふたり」のロケを境ヶ浜というところでやるのでエキストラ募集をしていたので行こうと思っていたら急な仕事が入り行けなくなった経緯がありました。いつかお会いしたいなと思っていたら2年前に引越しした能古島で知り合った女性の方が大林監督とすごく親しくされている方でいずれ福岡に来られた時にお会いできればいいですよねと話していました。ちょうど3~4日ぐらい前に大林監督がテレビの対談番組に出ておられて、ふと能古島に映画のロケで来ないかなと思っていたら昨日大林監督がロケに来るから会えるよ~との話を頂いてびっくりしました。最近直感がすごいので「キター!!」と思ってしまいました。お会いしてお話出来るかどうかはわかりませんが、お話出来たら何を話そうかと今から興奮してます。たぶん井上陽水の「能古島の片思い」の曲をテーマにした映画を作って~とお願いすると思います。そうなった暁には「花の妖精と話す変なおやじ」とか「ぶーたれた天使の役」とかのズッコケタエキストラ+αの役で出れたらな~といまから妄想を膨らませています。(笑)では話の続きをどうぞお昼休みがそろそろ終わる頃に自分の席に戻ってくると、隣の席のフェアリーさんが既に席に座っていました。私が戻ってくるのを待っていたように話かけてきました。「やっぱり今日あなたがここの席に座るようになったのはすごく意味があるようですよ!・・・」とまた意味ありげなことをニコニコしながら話すのであった。そういえばフェアリーさんとイアン氏が休み時間に2人で長々と話していたのが気にはなっていたのだが、わざわざ私の事を聞いたのだろうか?と思ったがその時はその事を余り深く追求しなくてもいいと思いました。それは前にも書いたようにこの席に座ることはデジャブ(予知夢)で事前に予告されていると思ったからであった。これまでにもデジャブと感じることは見えない世界との間で何らかの約束事があってこれから起こることのシナリオを事前に夢の中で知らされていることが多かったからである。私自身はたぶん天使やディーヴァ達の意図があってその席へ導かれたのだと思いました。私の体の不調から始まる今回ワークショップをめぐる一連の出来事は、全て目に見えない存在達によって仕組まれた計画の一部であることをワークショップが進むにつれ信じざるおえない状況になっていましたし、なんとなくこれから起こるであろうことも事前に分かって対応している自分がいました。私だけでなくこの会場にいる人達も皆、目に見えない存在達の意図と計画に沿ったシナリオ上を動かされているのだと思いました。「みんなそのことに気付いていないだけの事である」何年後かに長いスパンでの視点で今回のワークショップを振り返るときっと何人かの人はその意味がわかるかもしれないと思いました。私自身は目に見えない世界の意図と計画にもとずいたシナリオをこの3次元の物質世界で現実化させるという実践訓練ともいうべき体験を何年もの間、嫌というほど味わってきたのでそのことが良く分かるのである。(このことは「沖縄をめぐる魂の冒険」の中で明らかにしたいと思います)お昼休みが終わり、今度はディーヴァのエッセンスの説明が始まりました。お決まりのこれから説明するテーマのエッセンスをみんなで7滴ずつ飲むことから始まって、スライドを使った説明に入っていった。ディーヴァのエッセンスはイギリスのグラストンベリーにあるチャリスの井戸がある場所で夏至に作られたエッセンスである。このエッセンスは自然界即ちディーヴァ界との強いつながりを確立させてくれるエッセンスである。人が自然界とのコンタクトを取った時に自然界のディーヴァからのどんなメッセージにも耳を傾け受け取れるようにしてくれるエッセンスです。また自然とのつながりが感じられなくなって心身が疲れていたりする人をグランディングさせ自然界の癒しのエネルギーと繋がるようにさせてくれるエッセンスです。また今あなたが何故ここにいるのかを思い出させて自分自身の人生に情熱を注ぐようサポートしてくれるエッセンスでもあります。チャリスの井戸で作ったエッセンスは8年以上前にアラスカエッセンスプロジェクトのスティーブジョンソン氏が作ったチャリスウエルのエッセンスを良く飲んだ覚えがあって私を自然界のディーヴァ達とのつながるように導いてくれたエッセンスであった。スティーブの環境エッセンスや宝石のエッセンスは今でもたまに使うが、ホワイトライトのワークショップを受けて4つのエレメントを理解して使うと最大限の効果が上がるように感じました。説明が終わりディーヴァの瞑想へと進んで行きました。瞑想が始まる前から私の周りを7色の光を放つ存在がくるくる回っていました。目を閉じて呼吸のリズムを掴むとすぐに目の前に孔雀の羽のような蝶の羽根のような綺麗な色とりどりの光を反射するような模様が拡大されて出てきました。あっという間にその映像が消えたかと思うと今度はハリネズミのハリに似た羽根の先端近くに7色に輝く模様の付いた3体のディーヴァが出てきて私の周りを左回りにぐるぐる回り始めました。7色の光の模様が動くととても幻想的で綺麗なのでとてもリラックスして癒されるようでした。その内にそのディーヴァ達から「一緒に踊ろうよ!」とメッセージが来て私の手や体を引っ張るので瞑想している私の体が何度も前にのけぞりそうになるのを感じました。すごく楽しい気分になって3体のディーヴァ達の輪に私も加わって一緒に踊りました。踊っている時に自分の顔が心の底からの嬉しさを表現したような笑顔になっているなと感じました。この感覚は私が野に咲くお花とつながってメッセージを受け取った感覚がした時や自然の中で自分と自然がつながって一体感を感じた時に感じる至福の笑顔の感覚であった。自分がお花や自然とつながった時に沸き起こるある種の感情は「無上の喜びを踊って表現したい」という魂の叫びだったのかもしれないと思いました。そして「これからもお花畑でディーヴァ達と共に踊りたい! 人間とディーヴァ達と踊れるそんな地球を創りたい!」と強い決心のようなものが涙と共に自分の奥深いところから湧き出てくるのを感じました。そう感じたところで瞑想が終わっていきました。これまでの瞑想の中で一番心地よく癒された感じがして思わず感情が込み上げてきて泣いてしまいそうな状況でした。しばらくボッーと放心状態のような感じで、気が付くと心の中で何度何度ももディーヴァ達に感謝の気持ちを伝えている自分がいました。ディーヴァの瞑想の教えてくれたもの『ディーヴァ達と地球上でダンスを踊れるような世界を創りたい』 私の魂が地球にやってきた目的は今も変わらない・・・。つづく
2006.04.27
こんばんは。もうすぐゴールデンウィークですね!皆さんは何をして過ごされますか?私は今住んでいる所が博多湾に浮かぶ島なので島の探検に出かけようかと考えています。ちょうど草木の花が沢山咲いているシーズンなので花のディーヴァ(妖精)と面白いお話が出来ればいいなと今からワクワクしています。海辺での瞑想や花に囲まれての瞑想などホワイトライトのエッセンスを活用して楽しんでみたいと思います。それでは、話の続きをどうぞお楽しみください。休憩を挟んでハイヤーセルフのエッセンスの説明が始まった。これまで同様に今度はハイヤーセルフのエッセンスを7滴飲んでからスライドの写真を見ながらのレクチャーに入っていった。ハイヤーセルフのエッセンスはメキシコのパレンケのマヤ遺跡で作られました。このエッセンスはその名の通りハイヤーセルフへの同調とアクセスとを可能にし今生での魂の学びとして必要としているものを過去世の経験や魂の源の記憶から呼び覚まし活用できるように手助けしてくれるエッセンスです。このエッセンスを活用する時は、使う人がしっかりグランディングしていなかったり経験から学んでいなかったり、内省をおろそかにしていたりする時には効果が無いとのことだった。このエッセンスを作る前にイアン氏自身もマヤの精霊に試されるという体験を経てようやく出来上がったエッセンスであるとのことだった。エッセンスの説明が終わりいよいよハイヤーセルフの瞑想に入っていった。これまでのように瞑想に入る前に何かの存在が現れるということは今回は何も起こりませんでした。目を閉じてイアン氏から習った呼吸法で瞑想状態にゆっくり入っていきました。瞑想の始めは呼吸に意識を集中するように務めたが3分ぐらいでリズムを掴み呼吸に意識を向けなくても自然に呼吸が出来るようになり理想の瞑想状態を保つことが出来ました。瞑想状態に入ってしばらくすると表面がチョコレートでコーティングされたような色と質感をした屋根が丸みをおびた長方形の箱のような突起が整然と並んでいる映像が見えました。その突起の表面には血管とか神経とか電気配線とかのような赤い線が規則正しい間隔で並んでいてあたかもアニメなどに出てくる人間の意識をもったコンピューターのデータ保存庫のように思えました。地のエッセンスの時の体の中を探検するような感覚に似ていて、何処までも続く突起のようなデータ保管庫を移動しながら眺めているという感じでした。その状態がしばらく続いてから急に映像が切り替わって10歳ぐらいの金髪の女の子の姿が突然現れました。その女の子は今朝の夢に出てきた女の子そのもので、学校の授業風景なのか手を元気よく「はい」と上げている姿でした。女の子はとても無邪気ではちきれんばかりの笑顔が印象的で元気なオーラのエネルギーがこちらによく伝わってくる感じでした。その映像が現れてしばらくすると映像が次第にフェイドアウトしていって、今度は40代前後のインディアンの女性が出てきて空を旋回しながら飛ぶイーグルのような鳥を眺めている姿が現れました。そのインディアンの女性は、顔立ちが凛々しく口元をぐっと結んでいて鳥を見つめる目には威厳が満ちあふれている感じだった。背筋がピンと伸びて、インディアンのシャーマンのように思えました。金髪の女の子とインディアンの女性は共に間違いなく自分自身の過去世の姿であると思いました。インディアンの女性の映像がフェードアウトするように消えて暗闇となった時にある考えが浮かんだのです。「どちらも選択出来る」という考えが浮かびあがったのです。それはどちらか片方だけを選択するという意味ではなくて両方同時に選択出来るという意味に聞こえました。その思いが浮かんだところで瞑想は終わりました。「2人の好対照な女性は確実に今自分の中に在るのだ」と心の中で言い聞かせながら体を目覚めさせるためのストレッチ運動をしていました。もしかしたらこれまでの自分はインディアンの女性のような芯のしっかりした威厳のある人間像が理想のスタイルだと思い、いつも意識のどこかでそう振舞おうとしていたのではないだろうか?そのような思いが前面に出過ぎて自分の中に頑なな部分を作り出してしまったのではないか?その反面、私が子供の頃は金髪の女の子のようにいつもニコニコして元気があふれるような感じだったのに大人になるにつれて社会常識という壁に押しつぶされるように段々感情を抑圧し、子供の頃のような天真爛漫な無邪気さを表に出すことををためらうようになり、気が付いたら子供のような気持ちになる為には、どう振舞えばいいのかを忘れてしまったのではないか?と思ったのである。そういえば昨年の春に「マヤンオラクル」の作者のアリエールさんと瀬戸内海の島でお会いした時に、マヤンオラクルショートサイクルとロングサイクルの両方を占ってもらう機会があってこう言われたことがあった「あなたの場合は両方ともチューエンだわ!本来はこの地球を無邪気に楽しむためにやって来たダブルのチューエンだけど、あなたの場合は珍しくてちょっとまじめでお堅いダブルのチューエンだわ~」と言われてその場にいた皆さんが爆笑したことがありました。チューエンはいたずら好きの猿、別の意味ではイルカを意味するのですが、「ちょっとまじめでお堅いダブルのチューエン」という表現が「自分の中の2人の好対照な女性」と結びつくように感じられたのであった。ワークショップは2人のペアで瞑想の時に感じたことのシェアへ進み、それからお昼の休み時間に入っていったのであった。つづく
2006.04.25
昨日はホメオパシーの学校で今年の新入生向けの講義を1日やりました。通常のカリキュラムの講義内容以外に、これから4年間ホメオパシーを勉強するにあたっての心構えや勉強するポイントなどをを自分の体験をもとにお話をしました。ちなみに私の持論は「ホメオパシーは頭で覚えずに自分の体の感覚で覚えよ」である。授業では生徒からかなり鋭い質問がきてドキッとしましたがなんとか無事に終わることが出来ました。昨夜はブログを書こうと頑張ったのですが、授業の疲れからか酷い眠気に襲われてブログの筆が進まずとうとう寝てしまいました~。私のブログを待っている方々が段々増えてきて早く書かなきゃと少しプレッシャーがかかりますが、やはりトトロモードで書きたいのでこれからも皆さんをお待たせするかも知れませんがこれからもよろしくお願いします。では話の続きをどうぞお楽しみください。会場にイアン氏が現れて、昨晩から今朝にかけてどんな夢を見たのかをシェアすることからワークショップは始まりました。それが終わると次に急遽瞑想の時の呼吸法のレッスンが始まったのです。「頭の方を意識して息を鼻からゆっくり吸いこみ、吸い込み終わったら鼻から吐き出す前に4秒息を止めてからお腹の丹田のあたりを意識しながらまたゆっくり息を吐き出し、息を吐ききったら4秒間息を止めてからまた頭の方を意識しながら息を吸い込む」という瞑想時の呼吸法だった。イアン氏が私の為に呼吸法をやってくれているのがとてもありがたかった。瞑想法はいろんな方法を習った事があるが今回のやり方はとても自分に合っていると思いました。この呼吸法をやっていてわかったことは、これまでの瞑想の時の呼吸では私のお腹の石が出来ているところあたりが硬くこわばる感じがして腹式呼吸が出来にくいということに気がつきました。また姿勢が前かがみになりかけた時に呼吸を頭の方を意識して吸い込むと楽に姿勢を元の状態に戻せるということもわかりました。昔サラリーマンをしていた時に新入社員を引き連れて1週間ほど禅のお寺で修業の研修を受けた時の座禅修行の調身調息の教えがよみがえるような気分であった。「これこれ、この感覚だ」と自分の中で呼吸法のコツが再びつかめたことに嬉しい気分であった。呼吸法のレッスンが終わると、いよいよエアー(空)のエッセンスの説明が始まった。まずはエアーのエッセンスを7滴ずつ皆で飲んでからスライドを見ながらのレクチャーが始まった。エアーのエッセンスはオーストリアのザンクト・ヴォルフガングのシャーフベルグ山の山頂で作られました。このエアーのエッセンスをとることで霊的な次元でより高い領域レベルに達することを可能にし、霊性を最大限引き出してくれる可能性を持っているエッセンスであるとのことだった。そして私達のハートの中心に平和と調和をもたらし、人生はシンプルなものであると理解させるために、些細な問題に心を捉われ惑わされないように人生の問題を広い視野で捉えるように手助けし、どんな問題も神に身を委ねることによって人生のシンプルさを保てるように導いてくれる効果もあるとのことだった。また困難な時に神聖な導きと守護が常にあるということに気づかせてくれるエッセンスで、空(エアー)のエレメント精霊シルフの協力のもとに作られたエッセンスであった。 既にエアーエッセンスの説明が始まった時点から身長1メートルぐらいの白い羽根に黄緑色の目立つアクセントがついた鳥のような存在が天井のあちこちを移動している姿がチラチラ見えていた。これが空のエレメントの精霊シルフなのか?それにしても鮮やかな黄緑色が目に焼きついて離れなかった。 レクチャーが終わるとすぐにイアン氏の指示でエアーの瞑想が始まりました。瞑想を始めようと姿勢を整え、さあ目を閉じようとした時に私の右横のすぐの空間に先程の鳥のような存在が立っているのが見えました。一瞬「何故?」と思いましたが気を取り直して目を閉じて瞑想に入っていきました。瞑想に入るや否や体の中心がスパイラル状の回転するような感じがして、それが更に上昇するような感じで天に昇っていくような感じがしました。しばらくその感覚が続き、やがてその感覚がおさまると映像が見え始めました。風を受けながら空高く飛んでいる感じで眼下に険しい山脈が見え、頭の上には空にフタをするような分厚い雲が広がり、何故か下に降りるのも上に上昇することも出来ずに戸惑っている自分がいる感じがしました。何処へ飛んで行こうかと迷っていると隣に先程の鳥のような存在が現れて一緒に付き添って飛んでくれるのがわかりました。その鳥のような存在が現れてから目の前の山脈と分厚い雲の間に広がるちょうど夜明け前の空が明るくなり始めた頃の光の帯のような水平線に向かって飛べばいいのだと感じるようになりました。あたかも困難な状況下で一筋の希望を見つけ、その光に向かって迷うことなく全てうまくいくという確信にも似た自信をみなぎらせて進んでいるような気持ちでした。最後の段階ではとても楽しく飛んでいる感じが伝わってきました。あっという間に瞑想が終わり目を開けるとやはり私の右の空いた空間に鳥のような存在が私に寄り添うように立っていました。「あ~やっぱりシルフなんだ!」何故か心の中で呟いていました。シルフとはとても昔からの親友のような存在に思えてなりませんでした。瞑想が終わった後は、とても気分が爽快で、体の中の血液や気の流れが上手く循環し活性化しているのをとても感じることが出来ました。今度は後ろの席の人とペアを組み瞑想の時に何が見えて何を感じたかをお互いに意見をシェアし合いました。私は「地上の険しい山と上空の圧迫感のある分厚い雲が見えてそれは人生上の困難な問題を表していて、それらに目を奪われてしまうと人生どう生きて良いのか迷ってしまうが、困難な状況に目を奪われることなく自分ではどうすることも出来ない問題を神様に委ね、夜明け前の水平線の光を目指して飛び続ければ、本来自分が進むべき方向へ導かれ道が開かれるということを意味しているのだ」とシェアしました。これで4つのエレメントのレクチャーと瞑想が終わったわけであるが、実際に4つのエレメントの存在を自分の体で体験することは、まさしく私の中で魂の錬金術が行われてルドルフ・シュタイナーの言う霊性の拡大と向上というものがどんなものかを体験する良い機会になったと思いました。この後のワークショップで更に『本来の自分とは何か?』を知ることになるのであった。つづく
2006.04.24
私のブログをいつも見てくださってありがとうございます。いつもブログを書き始めると止まらなくなるので気がつくと真夜中に更新になってしまいます。話を早く先に進めたいのですが次々と記憶がよみがえるので話の進行が遅れてしまいます。自分でもよくこんなに覚えているな~と感心してしまいます。でも人の名前はよく覚えられないな~と反省しております。以前テレビのIQテストをやった時に人の名前を覚える問題が全然だめでした。ちなみにその時のIQは124ぐらいでした~。では話の続きをどうぞ。朝、7時少し前に目が覚めたのですが夢が漠然として思い出せないのでそのまま目をつぶって8時頃まで寝なおしてしまいました。寝なおしたのが功を奏したのか8時に起きた時は夢のだいたいの内容をハッキリ覚えていました。夢の中で私は10歳くらいの女の子とかくれんぼをして遊んでいて、どうも自分も子供の視点で物を見ている感じだった。そう思ったのは夢に出てくる大人や家具がすごく大きく感じたからである。その遊んでいる場所はオーガニックのレストランのような所で木造の居心地の良い場所だった。夢はある時点で子供の視点から大人の視点に切り替わり、今度は同じ場所で私は丸い大きなテーブルの席に座ってハーブティーを飲んでいる映像がみえて、私の隣にフェアトレードの商品で売っているようなアジアの雰囲気がある麻のシャツを着た30代の女性が座っていて同じようにハーブティーを飲んでいるのが見えました。ゆったりと時間が流れるようでとても心地良い感じがしました。隣にいる女性とは幼馴染のような感じでもあり私のパートナーのような気がしました。しばらく彼女との会話が続いたのですが話している内容は全く覚えていませんでした。そこへ先程出てきた女の子が駆け寄ってきてその彼女に抱きつきました。そこで夢は終りました。特にストーリー性の無い夢なのですが未来を暗示している夢なのかそれとも私の願望を描いた夢なのかは今もって分かりません。でも「夢」というキーワードは別の意味で今回のワークショップにかかわりを持つようになるのであった。この日は座席を指定されたこともあってホテルを早めに出ることにしました。会場に着くともう何人かの受講者が席に座っていました。指定された席にはまだ誰も座っていなかったのですが指定された隣の席にはもう小柄な女性の人が座っていました。私は彼女に向かって「この席いいですか?イアンさんに今日はこの席に座るよう指定されたので。」と話しかけました。「あっ、そういうことでしたらOKですよ」と一瞬ためらいながらも彼女は心よく承諾してくれたのでした。たぶん誰かにの席で確保されていたのかもしれないなと思いながらも指定された席に座りました。(その時に隣の小柄な女性に名前を聞いていたのだが記憶に残っていないので、見た目がなんとなくフェアリーチックな感じなので彼女の事をこれからフェアリーさんと呼ぶことにします。)それから隣の席のフェアリーさんとしばらく会話をしました。フェアリーさんはヴォイスヒーリングをやっておられる方でイアン氏とは日本で始めて開催されたフラワーエッセンスコンファレンスで不思議な縁で出会いそれからイアン氏のファンになって日本や海外でのワークショップに何度か参加したりしてイアン氏と仲が親しくなったとのことだった。余りにもイアン氏と仲がいいので他の受講者から嫉妬された経験が何度もあるとのことだった。イアン氏が風の精霊と魂的に深い関係がある事やホワイトライトのワークショップを通じてどんなことをしようとしているのか等、私が知らない情報を沢山知っていてフェアリーさんの話を聞くほど彼女は単に浮ついたイアン氏の追っかけではないことがわかった。たぶんフェアリーさんとイアン氏は魂的なご縁が深い人だと感じました。それにしても昨日イアン氏から席を指定された時から私の頭の感覚が何かおかしい感じがするのである。自分は今日この席に座らされることを事前に知っていたという感覚があるのである。この感覚はデジャヴ(予知夢)ではないかと思いました。実は今日のワークショプでこれから何が起こるのか大体分かっている自分がいるのであった。「今日は天使、ディーバ、エレメントの精霊達が大集合し最後の瞑想では参加者誰もがその存在を感じるだろう」というイメージが何故か頭に浮かぶのであった。ワークショップが始まる直前にまた通訳の人が来て「瞑想の時に深く入りすぎて寝てしまわれるようですのでその時は起こしますね」と言われたのである。「あーやっぱり瞑想の時にイビキをかいていたか~席を指定されたのはその為か~」と心の中で恥かしい思いで一杯でした。私は瞑想の時に寝ているわけではないのですが意識はハッキリしている状態で体が寝てしまうことが多かったのです。フェアリーさんにそのことを笑いながら話すと、フフフッと笑って「昨日私の後ろに座っていたでしょ、とても苦しい息をしている感じが伝たわってくるのがわかったわ。でも体がなんとか変化しようとしている感じがすごく伝わってきたわ。イアンはそんな理由だけでこの席を指定した訳ではないと思いますよ。」と意味ありげな言葉を私に返してきたのであった。つづく、次回の更新は日曜日の夜以降になると思います。
2006.04.22
今日はこちらは風がかなり強いです。1日遅れてパソコンに録画しておいた「オーラの泉」を観ましたがとても面白かったです。ゲストの釈由美子さんの見たジャージを履いてる妖精や大仏頭の妖精の話は笑い転げて観ておりました。私は釈さんが見た変な格好の妖精は見たこと無いですが、ゴーストバスターズに出てくる緑色のモコモコとしたゴーストは見たことがあります。とっても愛嬌があってかわいい感じでした。ある日変な男のお客さんが訪ねてこられて放射線や電磁波を解毒するものありませんか?と言われたので試飲でヤローエンバイロメンタルソリューションというコンビネーションエッセンスを飲ませたら、突然その男の人がピカッと発光してその直後に緑色のモコモコっとしたゴーストが飛び出てきてびっくりしたのを覚えてます。見えない世界の住人はまだまだ色んな存在がいるようですよ。その内に紅の豚風のトトロがあなたのところにも現れるかもしれませんよ~では先日からの続きをどうぞ。休み時間をはさんで火のエッセンスのワークに入ることになりましたが地の瞑想が終わって休み時間に入って瞬間から会場の部屋の温度が急激に上がりはじめ、私はとても暑くて会場の外でお茶を飲んでいました。何で暑いんだろうと思いましたが次が火のエッセンスであることに気付きこれは火の精霊サラマンダーの仕業なのかなと皆で話していました。休み時間も終わり部屋が薄暗くなりスライドの映写が始まり、火のエッセンスの説明に入りました。他のエッセンスと同様に地のエッセンスも7滴ずつみんなで飲んでいった後でスライドを見ながらの説明に入っていきました。火のエッセンスはオーストラリアのカタユタの聖域で作られました。火のエッセンスは火が持っている内なる情熱、創造力、可能性と潜在能力によって地球に人間として生まれた本来の目的明確にし目的達成の為の後押しをしてくれるエッセンスなのだそうです。またその過程において障害となる不純物を錬金術的に燃やして昇華させる働きもあるそうで、火のエッセンスによって深い部分の秘めれた事が表面化する作用もあるそうです。その結果、その人本来の人生の道を最高の運命をまっとうするよう強く動機付けられ奮起しながら辿れるようになるとのことでした。瞑想が始まるまでの間にまた何か現れはしないかと見回していると今度は真っ黒な人型の物体の周りを紫色の強い光とその外側が白く強い光を発している存在が通訳の人の机の前に一瞬の間、立っているのに気付きました。明らかに強い紫と白の光は高温で何かが燃えているような炎であることに気付きました。これが部屋の温度を上げた犯人の火の精霊サラマンダーなのか。余りの異様さと迫力に「うあ~すげ~」と心の中で叫んでいました。本当に火に当たっているかのように熱気が伝わってくるのが分かりました。体にうっすら汗をかきながら火の瞑想が始まりました。瞑想が始まってすぐに赤茶けた山肌が見えてきた。たぶんこのエッセンスを作ったカタユタにあるウルル(エアーズロック)の山肌が見えたのだと思いました。しばらくその風景を眺めてから段々映像がフェードアウトしていって暗闇がおとずれました。その状態が数分続いた後で誰かが目の前を通過する感じがしました。足音はしないのですが目をつぶった状態で外から強く光と熱を発する物体が移動する感じがまぶたを通して感じられたのです。そう感じられた後で突然目の前が真っ赤な溶岩で覆われてそれが流れている映像が見えました。その溶岩が流れている映像がしばらく続き、今度は溶岩が地面の割れ目の火山から噴出している映像が見え始めたのです。噴出したその溶岩は野原を焼き尽くすほどの一面の炎を上げて草や木を焼いていていました。その後で溶岩が一ヶ所でとどまり黒く固まった状態の映像が見えました。その映像が1分ほど見えてから段々映像がフェードアウトしていって暗闇に戻っていくと思ったら目の前に横断歩道の歩行者用の進めの青い信号が見えてきて、まるで「GOサイン」が出された感じでした。ちょうどその信号が見えたところで火の瞑想は終了しました。火の瞑想を終えて目を開けた時に余りの暑さに「ふう~」とため息をつきました。講師のイアン氏が「エッセンスを作ったカタユタの風景が見えた人はいますか?」と質問したので私を含めて何人かの人が手をあげました。いくつかの質問をしていった後に「火山から溶岩が噴出しているのを見た人はいますか?」との質問があったので再度手をあげると、私の方を向いて「どんな様子が見えたか教えてください」と私を指名しました。私は真っ赤な溶岩が地面の割れ目の火山から噴出していて野原の草木を燃やしている風景が見えたことをイアン氏に伝えました。私の回答を聞いてイアン氏は何かを確認するようにニッコリしてうなずきました。それからイアン氏は「イタリアや日本は火山が多いので火のエレメントの要素を持った人が沢山いて、その中にこれからの時代にビジョンを持って伝えていく役割のある人いるのだ」と説明をつけ加えました。私はやはり火のエレメント要素が強いのかな~と思いました。それから2人ペアになって瞑想中に見たことや感じたことをシェアし合いました。私は真っ赤な溶岩が噴出していることの意味をこう説明しました。「溶岩が火山から噴出す姿は私自身が情熱をもってものごとを進めている時の姿を表しているのだと思ったこと。逆に情熱が無いと溶岩が冷やされたように身も心も固まるのではないかと感じたこと。そしてたぶん情熱が無くなると体の中に石が作られる原因になっているのではないかと感じたこと。信号の意味は情熱を持って止まらずに行けという合図ではないかということ」をシェアしました。思えば「情熱」というキーワードはフラワーエッセンスを選ぶ際の私重要なテーマでもあった。私のライフエッセンス(人生のテーマエッセンス)の1つがワイルドローズのエッセンスで、これまでにもストレスがたまると気分が落ち込んでハートが閉じてしまい無気力無関心になりがちな私に再びハートを開いて「情熱」を取り戻させてくれるエッセンスでもあった。イアン氏は「今日のワークショップが終わったら自分に優しくするように。それから今晩どんな夢を見るか記憶しておくように」との指示をされて1日目のワークショップが終了したのであった。私がノートなどの荷物を鞄につめて帰ろうとした時に通訳の方から呼び止められてイアン氏から明日のワークショップの時は前列の一番右端の席に座って頂けますかという謎めいた指示があったのであった。前にも同じこと言われことがあるような感じがしてとても変な気持ちになりました。たぶんあんまり積極的に発言していないのでイアン氏に一番近い前の席に座らせられるんだろうな~などといろいろ理由を考えながら会場を後にしたのであった。つづく
2006.04.21
こんばんわ~今日は午前中に一般向けのホメオパシーの講座の講師をやります。人を教えることは自分を成長させる良い方法だとつくづく思います。初めて人を教える立場になったのが今から17年前の4月だったのを記憶しています。その時はある大手企業でサラリーマンをしていて人事移動で企画室から人事部の能力開発課に配属となり最初に担当したのが新入社員教育でした。新入社員に対していかに良い企業人になるかということよりも、人間としていかに悔いのない人生を送るかということを教えたような記憶があります。今も変わらない自分がここにいるよな~と自分で納得しております。では続きをどうぞお楽しみください。休憩時間をはさんで今度は地のエッセンスの説明に移った。水のエッセンスと同様に地のエッセンスも7滴ずつみんなで飲んでいった後でスライドを見ながらの説明に入っていきました。地のエッセンスはインド北部のパタールシュワネル村にある聖なる洞窟で作られました。この聖なる洞窟はインドのある高官の人の夢にサイババが現れてこの洞窟へ案内してくれる夢を見て、現実に仕事でパタールシュワネル村を訪れた時に夢と同じ風景だったのでサイババに案内された通りの道順で探しにいくと本当に洞窟が見つかったという逸話がある所なのだそうです。講師のイアン氏いわく、その洞窟に入ることによって人間が元々持っているDNAの螺旋を元に戻す事が出来るとのことでした。地のエッセンスは、体の仕組みを再調整してくれる働きや自分の思考パターンや行動パターンの生活パターンなどの秩序面の成長を促してくれる働きがあるとのことでした。またグランディングをしっかりさせ自分の住んでいる土地ばかりでなく地方や海外に行ったところの土地を統治するマヌ(日本で言うところの氏神とか土着霊の主、八百万の神々)との繋がりを確立させる働きを持つそうですし、土地の波動を感じとれるようにしてくれるエッセンスだそうです。そして地のエッセンスは地の精霊グノームの協力で出来たエッセンスなのです。瞑想が始まる前にまた何か出てくるのではないかと部屋の壁や天井をボーと眺めていると赤みががった銅色の物体がチラチラ見えているのを感じました。ちょうど通訳の人が座っている2メートル上の方にいきなり赤銅色金属の鎧を着たようなずんぐりした存在が一瞬現れたのです。姿形は日本や南米などでみつかる土偶のような感じで赤銅色の皮膚にはまだらに土色のような斑点がついているような感じでした。この存在が地の精霊グノームなのかそれともグノームを統括する存在なのだろうか?瞑想する前からとても興奮気味になってしまいました。地の瞑想が始まりました。始まってからすぐ地鳴りのような音がし始めました。その地鳴りが止んでからしばらくはやはり雑念のようなノイズがたくさん浮かんでは消えてはまた現れてということを繰り返してました。5分ぐらい経った頃でしょうか透明なクリスタルの結晶が数秒現れたかと思うと今度は赤茶けたまるで腸の中か血管の中に入り込んだような洞窟のなかを動いているような感じの映像が見えました。ミクロの決死園という映画のように体の中を探検している感じでした。この時の瞑想は頭と上半身が前に曲がり、何度もそのまま眠りこけてしまいそうな感じでした。後から気づいたのですがお母さんのお腹にいるような胎児の姿勢になっていたのではないかと思いました。その状態がかなり長く続いた後に背骨のあたりのどこかで急にポンという音がしてその振動が体全体に広がりました。あたかもスパークリングワインのコルクの栓を抜いた時の様なあのポンという音の感覚が一番わかりやすいと思いますが、背中のどこかで栓が抜けた感じがしました。自分の中で今何かが起こりつつある、何かが調整されるような感じでした。瞑想が終わる直前にまた地鳴りがして、今度は地震のように体が小刻みに揺れ始めました。瞑想が終わって1つ思い出したことがありました。それは昨年の3月の初旬にオーストラリアブッシュエッセンスのレベル1のワークショップがあってその時にホワイトライトエッセンスの実物を初めて見て即購入し早速水のエッセンスを2週間飲んでから地のエッセンスを飲み始めたとたん私が住んでいる福岡の能古島の隣の玄界島を震源とする震度6弱の地震があったのです。その後数ヶ月間は毎日頻繁に地鳴りや地震が続いたので、いくら神経が太い私でも熟睡できなくなり地のエッセンスまではどうにか飲んだのですが、それから先へはどうしても飲むことが出来なくなってしまったことを思い出しました。1年経った今でも地のエッセンスから先へはどうにも進めず、今日に至ったのでした。奇妙なことに地のエッセンスを飲み終わる頃にある考えが浮かんだのでした。頻繁に地震や地鳴りが続いている中でベッドに寝ているとあたかも戦場の塹壕にいて周りに砲弾が飛びかっている感じがして、戦争を体験していない私にとってどうして戦場にいる感覚がするのかとても不思議な感覚だったのでたぶん過去世で戦争を体験したのだろうか?(確かに子供時代に潜水艦がドックに帰ってくる同じ夢を何度も見たことはあるが)とも思ったりしていたのですが、ある時この感覚は私が体験したというよりも先祖が体験したものではないか?もしかしたら先祖の過去の記憶がDNAを伝わってよみがえっているのではないかとその時ひらめいたのであった。それはたぶん私のお祖父さんが日露戦争に従軍し乃木将軍の下で激戦の203高地で戦って生き延びた時にDNAにその記憶が刻まれてその遺伝子が私の父へ受け継がれ、それから私へと受け継がれて今回の地震を切っ掛けに再度時間を越えてよみがえってきたのではないか?という確信めいた考えがその時浮かんだのです。今になってあの時のひらめきは偶然ではなく地のエッセンスを飲んでいた為に引き起こされたのだと納得したのであった。地のエッセンスは本当にDNAに作用しDNAに刻まれた歪んだ過去の記憶をも修正する力があるのかもしれない、地震の後から頻繁に体の中に石が出来るようになったことを考えると体の中に出来る石はDNAの歪みの産物が何らかの影響を与えているのかもしれない、そんな思いが頭から離れなかったのである。水の瞑想の後と同じく今度は違う組み合わせのペアで地の瞑想で見たことや感じたことをシェアし合いました。今度の相手はフラワーエッセンスを始めた頃からの知り合いのタマミさんだった。お互い気心知れている仲なので瞑想前に現れる存在のことを彼女に話すと確かに私が見たような存在がいるのを彼女自身も感じているとのことだった。地の瞑想の始まりと終わりに地鳴りと地震のような揺れがあったのもお互いの共通の体験だった。お互いのシェアし合う内容も共通点があり不思議な感じであった。私同様、体の中が調整されている感じを受け取った人は他にも沢山いました。水の瞑想と地の瞑想が終わった時点で私の頭の中に、ある方程式が浮かんだのであった。カルシウム+シュウ酸+心の状態(頑固さ)+DNAの影響+エレメントの働き=腎結石コレステロール+心の状態(頑固さ)+DMAの影響+エレメントの働き=胆石この変な方程式は体の中に出来る石が単に偏った栄養素のみによって出来るのではないということを自分なりにあらわしたものであり、今回のワークショップを受けてからの直感ひらめきにより出たものであった。私はこの方程式の中のエレメントの働きという要素の理解がとても重要で、例えば中国の陰陽5行をもとにした漢方医学などに既に存在しているが、一般的に知られているエレメントの扱い方は平面的で無機質な感じがして元々あった大切な要素がぬけたような感じがするのだが、私が感じているのはもっと多次元的で有機質で霊的なものがそこに隠されているのではないかと強く感じました。方程式の意味よりも「エレメントの捉え方が最も大事」だと頭の中で何度もその言葉がこだましている感じであった。「常識に捉われた見方をやめて霊的な見方で考えなさい」と誰かが耳元で囁くのを感じました。何故かあのルドルフ・シュタイナーが認識していた霊的な視点が今扉を開けて目覚めつつあるのかも知れないということをこの時強く感じました。(今回のワークショップに先駆けてルドルフ・シュタイナーにまつわる不思議な布石とも言うべき出来事がいくつかありました。そのことは最後の方で触れることにします。)つづく
2006.04.20
いよいよホワイトライトエッセンスワークショップについて書きましたので読んでくださいね~!今回は水のエッセンス編です。4月10日 いよいよ日本で始めて開催されるホワイトライトエッセンスのワークショップは幕を上げたのであった。ホワイトライトエッセンスは水・地・火・空・ハイヤーセルフ・ディーバ・天使の7つのスピリチュアルエッセンスから成り、フラワーエッセンス界でトップクラスの才能と実績を持つイアンホワイト氏が4年の歳月をかけて精霊の導きによって示された世界の聖地をまわり精霊との協同作業で作り上げた究極のエッセンス、それがホワイトライトエッセンスなのです。ホワイトライトエッセンスとは何者なのか?この後その正体が徐々に明らかにされていくのである。会場に現れたイアン氏の表情は昨日までの緊張した表情とは違ってにこやかでハートが全開に開いた感じだった。イアン氏はホワイトライトのワークショップだけを世界中でやりたくてしょうがないくらい思い入れが強いワークショップだと昨年から聞いていた。ワークショップの内容もレクチャーよりも主に瞑想の時間が多く取られているので、実は今回の日本の主催者自身も瞑想ばかりすることに何の意味があるのだと疑問に感じていたようであった。私の方はと言えばあのワークショップ初日の浄化の状態から普段の食事の量の3分の1の食事で満足するようになり肉も全く食べず、体重も減ってお腹が少しへこんでしまい、その上感覚もシャープになり体はすこぶる快調だった。万全の体調で臨んだにも拘らずワークショップに入る前の準備運動の時に頭がどういう訳か混乱をきたしてしまったのであった。足踏みをする運動の時に同じ側の足と腕の動きが同時動かないように、右足を上げた時は左手が前に出て、左足を上げた時は右手が前に出るよう交互に出すような運動が今朝に限って出来なかったのであった。イアンも私の異変に気付き足と手の動きが同じ側に重ならないように指示してくれたがどうしても出来なかったのである。準備運動が終わった後で右側の脳の中の配線が入れ替えられるような不思議な感じがしたのであった。あたかも小学生3年生の時に左利きを無理やり右利き変えられた後の頭の混乱の時のようであった。その後ホワイトライトエッセンスの概略と使い方のレクチャーがあった後にいよいよ最初の水のエッセンスの説明と瞑想へと進んでいきました。水のエッセンスの説明が始まる前に水のエッセンス7滴を参加者全員が飲むことから始まりました。水のエッセンスはスコットランドの西海岸にあるアイオナ島で作られた北半球の水のエッセンスとオーストラリアのグレートバリアリーフにあるヘロン島で作られた南半球の水のエッセンスの2種類のエッセンスを合わせて錬金術的な結び付きで作られたエッセンスである。このエッセンスは自分の感情の不調和を表出させ、その感情が浄化され解放へ導いてくれるエッセンスで母親のお腹の中にいる時の状況を再体験させてくれるエッセンスで、母なる地球のように受容の器を広げ自分自身を受け容れ、自分の周囲にいるスピリットの愛の波動を受け取りやすくしてくれるエッセンスです。このエッセンスは水の精霊ウンディーネとの協力で出来たエッセンスである。いよいよ水の瞑想である。会場の照明が薄暗くなった瞬間私は目を疑った。まばたきくらいの瞬間であったがスライドの映写機の前に身長3メートルぐらいの天使のような存在が立っていたのである。クリーム色の肌の上に渦巻き状の水の膜をまとった感じで太股から背中にかけてこまかな羽またはウロコのようにも見えるものがついているのがハッキリわかったのであった。思わず指差して「オッ」と声を上げそうになったが瞑想へ入る直前のことだったので口をつぐんでそれから静かに目を閉じて瞑想状態へ入っていったのであった。 瞑想を始めて1分ぐらい経った頃だろうか海の表面みたいなものが見えてきました。少し薄暗い水面がわずかに波立っている感じで静けさに包まれていました。私は空高くその風景を見ているようで、段々その水面の全体像が見えてきて曇りの空から太陽の光が一筋漏れてくるように水面の光と影のコントラストが広がっている感じだった。しばらくすると一旦その映像がフェードアウトする感じで消えて一面の闇が目の前に広がり、何故か色んな雑念が湧いてきた。ノイズのような雑念はそれほど長くは続かず、今度は水の底から水面の裏側を見上げている自分がいた。水面の表も裏も波は穏やかで恐れも不安も感じなかった。また映像がフェードアウトするように消え今度は海に浮かぶ氷山が見えてきた。その氷山の一角が割れて大きな氷の塊が水面に崩れ落ちていくのが見えた。それを見ている私は氷も海の水も元は同じものというイメージを強く感じた。そう感じたところで瞑想の時間が終わった。目を開けるととても穏やかな気持ちだった。普段の感覚を取り戻すために体をしばらく動かして瞑想状態から完全に目覚めるように務めた。水の瞑想が終わると座っている席の隣同志がペアになって瞑想で見たことや感じたことをシェアし合いました。私は海の水面の表と裏を見たことと、その水面はどちらも穏やかで静かな感じで、たぶん私の最近の精神状態が表向きも内面も恐れも不安のなく穏やかな状態であることを表しているのだと思うことと、氷山の一角が割れて大きな氷の塊りが水面に崩れて落ちて行くのはたぶん体の中に出来た石を象徴していて柔軟な考えをしていると水のような状態でいるのに頑固さに捉われると心が冷たくなって氷のように硬く固まってしまうことを表しているのではないかと答えました。今回のワークショップはやはり体の中に出来た石を通じてスピリットが何か私に大事な事を教えようとしているのではないか?そんな気がしてならなかった。それにしても瞑想前に現れた天使のような存在は何だったのだろうか?あんなにディテールまでハッキリ見えたことは大人になってから始めてだった。もしかしたらあれが水の精霊ウンディーネなのか?もう最初の準備運動の時の頭の混乱は治った感じで感覚がさらに鋭く視覚も良くなったようで先程の一件が本当に頭の中の配線を組み変えたのではないかと思えるくらいだった。興奮する自分を抑えながらこれから始まる何かに胸がドキドキする感じであった。つづく~予告~次回は地のエッセンス編です。お楽しみに!
2006.04.19
続きの更新です。文字数が多くて分けて更新しています。これから段々内容がぶっ飛んでいきますので覚悟して読んでくださいね。午後のワークの最初は「肉体的な症状の裏にある感情的問題に関するデモンストレーション」であった。「自分自身が今一番問題になっている体の症状は何か」について1.その問題(症状)の理由は何か?2.その問題(症状)を持っていることのメリットは何か?3.その問題(症状)を治すためには何をする必要があるのか?ということを2人ペアになって質問する側と答える側に分かれて実践的に練習するワークであった。そのワークでの私の回答はこうだった。Q「自分自身が今一番問題になっている体の症状は何ですか」A「体の中に石が出来易く困っています」Q「何故、石が体の中に出来るようになったのですか?」A「1つ目の理由は食生活にあると思います。2つ目の理由は昨年の3月の地震にあって以来、頻繁に石が出来て出てくるようになったので強いストレスが原因だと思います。3つ目の理由は自分の中の頑固さが石を作る原因に関与していると思います。」Q「石が体の中に出来てから、自分が得たメリットは何だと思いますか?」A「1つ目のメリットは食生活を変えなくてはいけないという意識が出来たこと。2つ目は仕事で根を詰めないようにゆったりと力を抜いて仕事をすることを心がけること。3つ目は頑固にならないということが今日わかりました。」Q「体の中の石を治すまたは体の中に石を作らないようにするにはどうしたら良いと思いますか?」A「1つ目の方法は食生活を変えるという点ではシュウ酸を含むチョコレートやココアを出来るだけ食べないようにしたり、ほうれん草などは小魚などのカルシュウムと一緒に食べることかな。2つ目の方法は頑固にならないよう柔らかくなることかな。」Q「柔らかくなるためにはどうすればいいのでしょうか?」A「柔らかくするためには子供のような無邪気な心になることかな。子供のように純粋に感情を表現することも必要かな。」Q「子供のような気持ちになるにはどのようにしたらなれますか?」A「子供のようになるためには実際に子供と接するのが一番かな。子供と遊んだりすることができればベストだね。そのためには自分が子供の親になることも1つの方法だね。」Q「子供と接することで自分も変わる。なかなかいい答えですね。子供の親となるためには結婚しなくてはいけませんね。結婚したら食生活の問題も解決しますよね!」こんな具合に話がどんどん進んでいきました。今回のワークショップは「体の中の石をめぐる魂の冒険」なのか~などと思ってしまいました。午後のワークの2つ目は野外実習でした。会場の外はビル街なのですが道を渡ったところに川が流れていてその川の両脇が遊歩道になっていてそこに桜の木や花壇にたくさんの植物が植えられ、ちょうど色様々な花が沢山咲いている都会のオアシスのような場所を使って行われた。ここでは4つのエレメントの精霊の話と自然の精霊に捧げる感謝の祈りの言葉(スピリチュアル・グリーディング)の実習であった。ここからはいかにもあやしい内容だと思えるかもしれませんが、実際にハリーポッターの魔法学校のような講義が行われるのである。地のエレメントのグノーム、水のエレメントのウンディーネ、空のエレメントのシルフ、火のエレメントのサラマンダーについての話だった。4つのエレメントの精霊についてはフラワーエッセンスを勉強し始めた時からその存在は強く感じていたのだが実体がぼやけてまだ自分の中で把握しきれない存在だった。言い換えれば自分勝手な解釈でコンタクトを取っている状態だった。普通の人から見れば精霊なんて神話やおとぎ話の世界の想像の産物だと思うかも知れないが、我々の目には見えないのですが精霊は確かに存在するのである。また他に天使もディーバ(妖精)も実際に存在するのである。私自身、大天使ミカエルには何度も命を守ってもらった体験があるし、夢の中で時折開かれる天使の会議(前回は9.11のテロが起こる3日前に開催された)ではこれから地球上で起こることについてのレクチャーを大天使から受けたりすることもありました。またフラワーエッセンスを飲み出してからはタンポポのディーバからフラワーエッセンスに関する情報や植物の性質に関するメッセージをもらったり、クワガタ虫のディーバからも私の人生を変えるほどの重大なメッセージをもらったり数々の体験をこれまでにしてきました。(これらの詳細については「沖縄をめぐる魂の冒険」の中で追々紹介するつもりです。)野外実習の話に戻して、講師のイアン氏の自らの体験で、4つのエレメントの存在とは別にエレメントを統括するパンという牛と人間の合いの子のような精霊がいることを話してくれました。その人間と動物の合いの子の精霊がいるという話しを聞いている時に過去にも同じような話しを聞いた記憶がよみがえってきました。それは忘れもしない1998年の10月5日に私がアメリカ人のサファイアムーンさんの個人リーディングを受けた時のことだった。サファイアムーンさんは今で言うところのスピリチュアルカウンセラーの江原啓之さんのような方で当時アメリカの著名なドクターと組んで患者さんをサイコリーディングして得られた情報をドクターに提供してそれを元にホリスティックな治療を行っていた医療チームの一員として活躍されていた方であり、時々私の友人の招きで日本に来日しては個人リーディングを行っていた女性でもあった。彼女が私をサイコリーディングした時に過去生で私と縁が深かった精霊が出てきて今生も好意的に私の傍にいてくれているそうで、それは人間と動物の合いの子のような存在だと言っていたのを思い出しました。私に好意を持つ精霊には2つの存在がいて1つは顔は人間で体はライオンのようなエジプトのスフィンクスの原型になった精霊で、もう1つはトーテムポールに描かれているようなくちばしが曲がった特徴をもつ鳥と人間の合いの子のような精霊だと教えてくれました。その過去生で深く関わった2つの存在が今生の私の使命を果たすために必要とあらば自然の叡智をもたらし目に見えない存在との橋渡しをしてくれるということだった。(サファイアムーンのことはいずれブログに書くつもりですのでお楽しみに!)次の野外実習は自然の精霊に捧げる感謝の祈りの言葉をみんなで唱えた後のまわりの風景にどんな変化が現れるかという実習だった。みんなで祈りの言葉を唱えた後しばらく目をつぶって、再び目を開けてまわりを見渡すとさっきまで目立たなかった花の色が濃く鮮やかな色になり植物の輪郭がはっきり見えるようになったのである。自然の精霊に捧げる感謝の祈りの言葉を旅行に行く前にすると旅行先の土地の精霊に事前に伝わり見知らぬ土地でも旅の目的がスムーズにに行くとの事でした。野外実習が終わってワークショップ会場へ戻り、再びスライドを見ながらのフラワーエッセンスのレクチャーとなりましたが、それからはあっという間に時間が過ぎる感じで2日間のワークショップが終了しました。帰りにシドニーローズのフラワーエッセンスが気になったので1本購入して会場をあとにしました。シドニーローズのフラワーエッセンスは私達の意識を進化させ「私達の存在は全て1つである」ことを認識させるエッセンスであった。明日からのホワイトライトエッセンスワークショップに備えてシドニーローズのエッセンスを飲んでから早めにベッドに入って眠りについたのであった。つづく予告 次回のホワイトライトエッセンスのワークショップは私の人生を変えるほどインパクトがありました。まだその余韻が続いている状態です。お楽しみに!
2006.04.18
こんばんわ。東京から帰ってきてすぐ期限付きの急ぎの仕事があったのでなかなかブログが書けず、首を長くして待たれていた方々も大勢いると思いますがお待たせしました。数日前に一度ブログ更新していたはずなのに何故か跡形もなく消えていました。再度一部書き直してブログ更新しますのでよろしく。今回は「沖縄をめぐる冒険」の続きはお休みして、特別編として今回の東京でのオーストラリアブッシュエッセンスのワークショップで起こった衝撃的な体験についてお知らせします。今回のオーストラリアブッシュエッセンスのワークショップはレベル2のワークショップが2日間、ホワイトライトエッセンスのワークショップが2日間の計4日間受講しました。4月7日の午後に東京に入り田町にあるJALシティーホテルに宿泊しました。ホテルとワークショップの会場は歩いても5分くらいの近い場所にあり、周囲は高層のビルが立ち並び夕方になると勤め帰りの人達が歩道一杯に駅の方角へ歩いていくさまは、さすが東京と思わせるほどの風景でした。その日は明日のワークショップに備えて早めに休もうと思っていたら22時を過ぎた頃から急にお腹の調子が悪くなり下痢の状態になってしまいました。さっきまであんなに元気だったのに急に具合が悪くなるなんて変だなと思っていました。夜中下痢が続きお腹の中の物は全部出しきったかと思われるほど何度もトイレに駆け込みました。朝目覚めても下痢の状態は変わらなかったのですが体が脱水症状になることも無く気分的にも元気な状態でしたので今日のワークショップを問題なく受けられそうだと思い会場に出かけていきました。最初の2日間はオーストラリアブッシュエッセンスについて学ぶワークショップで、昨年レベル1のワークショップを受けていたので今回受講したのはレベル2の内容のワークショップであった。会場の席についてしばらくすると、突然喉が詰まるような息苦しさを感じ始め、最初の花の瞑想の時にはかなり具合が悪くなっていました。いったん瞑想を始めると体の状態は何も感じなくなりました。しばらく瞑想を続けていると4枚の花びらをもつ紫色の花が出てきました。その紫の花は白とうす紫の光周りに放射している感じでした。しばらくその紫の花を眺めていると「身をゆだねなさい」という言葉が突然頭に浮かび、さらに耳を澄ますようにその言葉の全体の意味を捉えようとしていると「紫の光に照らされた深遠なる宇宙の愛に身をゆだねなさい」という言葉がだんだん浮かび上がってきたのです。瞑想は20分程で終わり瞑想中に出てきた花のイメージとメッセージを白い紙に描き出しなさいと講師のイアンホワイト氏の指示に従って瞑想中に出てきた紫の花を画用紙の中心に描き、それから「紫の光に照らされた深遠なる宇宙の愛に身をゆだねなさい」という言葉を花の絵の下に書き加えました。その後自己紹介を兼ねて瞑想中に受け取った花のイメージとメッセージを参加者一人一人が発表することになり、私の番がまわってきました。最初に簡単な自己紹介を済ませた後で瞑想中に出てきた紫の花の事と受け取ったメッセージについて発表し『たぶん昨日から体の調子を崩しているから「身をゆだねなさい」などというメッセージを受け取ったのでしょう』と付け加えてあまり深く考えないで話を終わらせました。この後の展開が思いよらぬ方向にいってしまうとはこの時点では知るよしもなかったのである。瞑想が終わってから席を並べ替えてから次のレクチャーに移っていきました。今度は代表的なエッセンスについての説明でした。このレクチャーが始まった時から私は動悸が激しくなりあたかも貧血になったかのように意識は朦朧とし座っているのがやっとの状態でした。すぐに体の不調の原因は体の中に出来た石(今回は胆石)が原因だとすぐに分かりました。これまでにも同じ様な経験を何度かしていて最初の石の動きはじめがとても苦しいことを知っていたからでした。部屋を出て横になって休もうかと思いましたが、今までの経験からしばらくすれば治まるだろうという楽観的な考えがあったのと、どうしてもイアンホワイト氏の素晴らしい講義を聞き逃したくない思いがあって今にも倒れそうな苦しさをぐっとこらえながら頑張りました。あまりの苦しさにずっと心の中で「天使さん助けてください。この体の苦しみから逃れる方法を教えてください。」ということを何度も叫んでいました。気が付くといつの間にか冷や汗で体中がびっしょり濡れていました。2時間程その苦しさが続き最後の方では筆記用具を握る右手が肩から痺れて字が思うように書けない状態になり、やっとお昼休憩の時間になった時にはぐったりとしていました。何とかお昼休憩の時間まで耐えられたことは本当に驚異的な精神力だな~と自分なりに褒めてあげました。昼休みは昼食も摂らずホテルに戻って汗でぐっしょり濡れているシャツなどを着替えて少し休んでから会場に戻りました。お昼休みが終わる頃には体の調子は普段と変わらない元気な状態に戻っていて午後のレクチャーは問題なく聴くことができました。1日目のワークショップが終わってから親しいフラワーエッセンス仲間2人と会場近くのイタリアンレストランで食事をすることになりました。私自身の体調を気遣って軽めの食事を注文し食べました。考えて見ると今日の朝食から何も食べていない事に気付きました。しかしながら油っ気のない料理をほんの少し食べただけですぐ満足してしまう感じで、何故か食べなくても大丈夫という確信がありました。食事の最後にクィーンローズというハーブとバラの花びらをブレンドしたお茶が何故か気になり、そのお茶を注文して飲むことにしました。そのお茶を一口飲むと体の中で何かが溶けるように体の緊張がほぐれお腹のあたりがスッとしたように楽になりました。「あっそう言えばバラの花の入浴剤を昨日たまたま見つけたナチュラルローソン(ローソンの健康志向型コンビ二)で買っていたよな~今晩お風呂に入れてゆっくり楽しもーっと」という言葉を思わず発していました。一緒に食事していたフラワーエッセンス仲間から「似合わない」と笑われてしまいましたが何故かバラの花が今の自分の体の癒しに一番合っていると思ったのでした。ホテルに戻ってから宿題として出されていた『許しのプロセス』という内省のワークをやりました。誰か今または過去に一度でも恨んだことのある人を見つけ、その人をイメージして恨みを持つに至った自分の気持ちを伝え、今度は恨まれた相手の立場になって気持ちを考えるというプロセスを繰り返し恨みの連鎖のパイプを断ち切るというワークでした。対象に選んだのは父親でした。自分は何故父親を恨んだかという理由を突き詰めて考えると父親の「頑固さ」がとても嫌であるということがわかり、父親の側から私を考えるとやはり「頑固さ」ゆえに自分を許さないということがわかりました。どうすれば父親を許せるのかということを考えた時に私がもっと柔軟になればいいという結論に達しました。この「許しのプロセス」のワークは過去に何度もやった経験があるのですが1年に1度はやる必要があるのだなとつくづく感じました。「許しのプロセス」が終わった後で、バラの花の入浴剤を入れたお風呂にゆっくり入りました。入浴剤はバラの花びらといくつかのハーブとバスソルトがブレンドされティーバックのようになったものでした。お湯に浸かっていると今日のあの苦しさは何処へ行ったのかというぐらいにリラックスして心も体も和らぐ感じでした。お風呂から上がり窓を開け外の空気で体をクールダウンしていると何故かいつもより感覚が鋭くなっている感じがしました。食事を余り食べていない所為で感覚が鋭く感じているのではないかと思いました。もしかしたら昨日から起こっている体の不調はなんらかの意味があるのではないのだろうか?レベル2の後に受けるホワイトライトエッセンスのワークショップのために体を出来るだけ浄化しておく必要があるのではないか?よりによってワークショップの初日の日に胆石の苦しみを味わおうとは思いもよらなかったが、胆石で苦しむことに何か重大な意味があるのではないか?と気付いたのであった。まさにこの時の直感は正しかったのである。4月9日オーストラリアブッシュフラワーエッセンスワークショップレベル2の2日目、花の瞑想から始まった。始まってすぐ深い瞑想状態に入っていった。私の場合、余り深く入り過ぎてしまうと意識はハッキリしているのに体が寝た状態になりイビキをかいてしまう癖があるので集団でやる時は少しセーブしながら瞑想することが今まで多かった。今回は瞑想を始めると輝くダイヤモンドが最初に出てきてそのダイヤモンドがピンクのバラの花びらに包まれるイメージが見えたのであった。丁度昨日からのレクチャーのテーマが自分の内側を内省するという内容でしたので、今回の瞑想で出てきたダイヤモンドは自分の中の硬さとか頑固さを象徴したものでないかと強く感じました。瞑想の後で2人ペアになってお互いの瞑想の内容が自分の内省とどう繋がっているかをシェアし合いました。お互いの意見はすごくシンクロしている内容でインスピレーションを刺激する感じでした。その結果、ダイヤモンドを柔らかいピンクのバラの花びらで包むことの意味は自分の中に頑固さという一面を持っていても良いのだけれどもバラの花びらで包むように頑固さの周りは柔軟にしておく必要があるという結論だった。外側は柔らかく芯は硬くである。ここ一年の自分を振り返ると頑固さという面が強く出すぎている感じがして、ある部分では全く柔軟さに欠けていることを痛感していたのですごく納得した結論だった。「もしかしたら頑固さゆえに体の中に石が出来るようになったのかも知れない」そんな思いが段々と自分の内側から沸きあがってくるのを感じながらレクチャーを聴いている自分がいつの間にかいたのであった。そんな考えを更に深めてくれるワークが午後に待っているとはその時思いもよらなかった。つづく
2006.04.17
こんばんわ。今、東京に来ています。オーストラリアブッシュのフラワーエッセンスのセミナーを今日から受講してます。講師はイアンホワイト氏で数あるフラワーエッセンスのメーカーのプロデューサーの中でも世界の3本の指に入るほどの知識と経験は素晴らしいです。ハリウッドスターのような容姿で今日の服装はターコイズブルーのジャケットの上下でした。オーストラリアブッシュのエッセンスは感情ばかりでなく体にも強力に作用し、用途別に作られたコンビネーションエッセンスは使い勝手も良く効果も目を見張るものがあります。私としてはトラベルエッセンスは海外旅行に行く時には離せません。長い時間狭いエコノミーの座席に座っていても自分の空間を守られている感じで疲れないし、時差ボケも起こらないし、海外の知らない町での滞在にも日本にいるときのような感覚で不安を感じません。また女性特有の体の問題でお悩みの方はウーマンエッセンスを一度お試しいただくことをおすすめします。それでは「沖縄をめぐる魂の冒険」の続きをどうぞしばらくの間、車がどこをどう走ったかは覚えてはいないのですが道が2股に分かれるところにコンビニがあるのを見つけてそのコンビ二で一休みすることにしました。沖縄県のコンビ二に共通することなのだが他の地方では見られない沖縄県産品の商品が沢山あるのでどんな商品があるのか探すのがいつも楽しみである。おなじみのサンピン茶やうっちん茶、シークワーサージュース、ゴーヤー茶、玄米を使ったミキという飲み物、コーラのような味わいのルートビア、昔売っていたドクターペッパーなど普段口にすることの無い飲み物が商品棚に並んでいるのである。それからゼブラーパンやうずまきなどの懐かしい名前の菓子パンやスパムと卵をはさんだおにぎりや油味噌のおにぎりなど沖縄特有の食文化を反映した食べ物も沢山売っているのである。私はサンピン茶を1本とうずまきというロールケーキ状になった菓子パンを1個買い物カゴに入れると雑誌のコーナーで1冊の石垣島のガイドブックを手に取った。どうしてもさっきのあの津波のビジョンがどうしても気になったからであった。石垣島の観光地図を見ると空港のある地域の海岸線に石垣の津波石という文字を見つけて、その解説を読むと1771年の明和の大津波で打ち上げられた巨大な岩が今も海岸に残っているとのことだった。さっきの津波のビジョンを見たところは確か「ヒルギ林」という標識が架かった橋を過ぎたあたりで、津波石から小さな湾をはさんで目と鼻の先だった。「何度も過去の津波のビジョンを見るのは何か意味があるのだろうか」そんな思いが頭の中に湧き上がってきた。石垣島のガイドブックをしばらく立ち読みした後でレジで勘定を済ませてからコンビ二を出ました。10分ほどすごく冷房の効いたコンビ二の中にいたので外に出た時は焼け付くような暑さで目がくらみそうだった。車に戻ってから今来た道をもう一度戻ってみることにした。さっきの津波の衝撃を感じた所を身構えて通りすぎたが今度は何も起こらなかった。「ヒルギ林」の標識の所に駐車スペースがあり、そこに車を止めて宮良川という川のほとりに生えているヒルギ林というもを眺めてみることにした。眺めてみると熱帯特有のマングローブが密集して生えているのが見えた。「ヒルギ」とはマングローブの現地の呼び名なんだということがすぐ察しがついた。マングローブの奇妙な姿にしばしボーッと見とれて「あ~南の島って植物ものんびりした感じでいいな~」などと心の中で何度もつぶやいていました。そうしている内に「今回の石垣島行きは八重山諸島の神様にまずは挨拶しに来るのが目的で、再度石垣島へ来る必要がある」と直感で感じたのでした。私は新しい土地で何かをしようとする際や聖地と呼ばれる場所に入る時、人が余り踏み入れない自然に入る時などは必ずその土地の神様に尊敬の念をもってまずは挨拶をし、入りますよという「許可」をもらってから足を踏み入れるということを何故か子供の頃から意識的にやっていました。インディアンやアボリジニなど自然と共存する人達はそのようにすることを当たり前のようにやっているし、日本でも田舎に行くと伝統的にそういう風習が今でも残っていることからすれば私がその様にふるまうのもけして不思議ではないと思う。「今回は挨拶の旅なんだな」と思ってマングローブを眺めているとふいに『浄化も必要だよ』と耳元で誰かに囁かれたような気がした。「浄化?」どうして私が浄化をする必要があるのかその時はピンとこなかったが、後々になって「浄化」という言葉の意味の重大さが分かってくるのであった。つづく
2006.04.08
こんばんは。チョ~忙しい4月が始まってしまいました。ブログ書きたいけど急ぎの仕事があってこれからしばらく更新できない日がつづくかもしれませんのであしからず。毎回私のブログの続きを楽しみにしてくださる方々も増えつつあり「も~後へは引き返せないなあ」などとぼやきながら、でも楽しんで書かせていただいております。ちょっと気になのが最近私を含めて出会う人の多くが右側の眼の下が引きつったり、腫れたり、右側の膝が痛くなったりと右側に症状が出ている人が多いような気がします。原因がよく分からないのと余りにも症状が出た時期が一致しているので何か見えないところで何か起こっているのかな~?知っている人がいたら教えてください。では「沖縄をめぐる魂の冒険」の続きをどうぞ私は直感ひらめきに従って車の進路を進めていった。私は石垣島の雰囲気に浸れるよう持参した石垣島出身のBEGINのCDを付属のカーステレオで聴きながらドライブすることにした。スピーカーから流れるBEGINの曲は体の全ての感覚で石垣島を味わうための準備運動のような感じがした。私はBEGINの曲の中で『島人ぬ宝』が一番好きである。『島人ぬ宝』の歌詞を口ずさんでいると何故か心地良い響きなのである。魂の琴線に触れたように穏やかで温かく優しい響きを感じるのである。多分、他の人はそれを故郷を思う時の温かい気持ちと表現するかもしれないが、私はもっと魂の奥深い本質部分の何かを思う気持ちに反応しているかのようであった。『僕が生まれた この島の空を 僕はどれくらい知ってるんだろう輝く星も 流れる雲も 名前を聞かれても わからないでも誰より 誰よりも知っている 悲しい時も 嬉しい時も何度も見上げていた この空を教科書に書いてあることだけじゃわからない大切なものがきっと ここに有るはずさ それが島人ぬ宝僕が生まれた この島の海を 僕はどれくらい 知ってるんだろう汚れてくサンゴも 減って行く魚も どうしたらいいのか わからないでも誰より 誰よりも知っている 砂にまみれて 波にゆられて少しずつ変わっていく この海をテレビでは映せない ラジオでも流せない大切なものがきっと ここに有るはずさ それが島人ぬ宝~』(『島人ぬ宝』より)この歌詞を口ずさむ時の声の響きが自分の中の何かを揺り動かすような感じだった。海沿いの道を20分ほど走った頃でしょうか、急に後ろに仰け反るような感覚と共に、高さが十数メートルもあるような巨大な波が海から押し寄せてくるような変な感覚に一瞬陥ってしまったのである。「津波だ!」迷わずそう思いました。ほんの一瞬の出来事で幻覚をみたような感じでした。このような感覚を覚えたのは2度目だった。1度目は伊豆大島の泉津にある神社にお参りした時に海の方角から大きな津波が押し寄せてくるビジョンが数秒見えたことがあった。それは神社の境内にあるかなり古い時代のお墓のような石柱に彫られた十字架のようなものを触った後で不思議なビジョン体験が起こったのであった。その十字架のようなしるしは原始キリスト教の痕跡ではないかとの説があるとのことだった。日本にはキリストやユダヤにまつわる不思議な遺跡や伝説があり、その内有名なのが青森県にキリストの墓なる遺跡であったり、四国の剣山には失われたアークが埋められているという伝説であったりこれらの真偽のほどは定かではない。後で調べてわかったのだが伊豆大島の泉津の神社がある周辺はかなり昔に津波に襲われて沢山の方が亡くなったことがある場所であることがわかったのであった。今回の石垣島の体験も昔実際に津波の被害にあった場所だったから津波のビジョンが見れたのかもしれないと思った。実は私は子供の頃からちょっとしたきっかけで時空を越えて過去や未来のビジョンが見えたり感じたりすることがあった。そればかりではなくこの世のものと思えない存在や体験と遭遇することもあった。小さい時から変な事を言う子供だと親には思われていたようで子供が熱を出した時に見る幻覚と同じものを見ているのだと思われていたようだった。小3年の頃に鏡面文字を書く癖があるという理由で強制的に左利きを右利きに変えさせられてから不思議な体験をする頻度が極端に減ったのであったが、それからだいぶ時を経て26歳頃に広島でサラリーマンをしていた時に企画開発室から人事部に移動になり社員教育をする仕事を始めた時にまたその能力が徐々に復活し不思議な体験をするのが増えてきたのであった。今回の石垣島のビジョン体験の真偽の答えはすぐに出ることになるのであった。 つづく
2006.04.03
お待たせしました。ブログの更新が遅れてすみません。今回はちょっと長めで~す。明日から大阪出張で忙しくなるのですけどブログの更新を可能な限りやりますね!では沖縄をめぐる魂の冒険のつづきをどうぞ。そんな出会いから8年後の2003年の9月にミユキさんから『この度、夫の転勤で沖縄に引越ししました。』との葉書が届いたのである。しかし葉書が届いてからしばらくはミユキさんに何故か連絡する気にはなれなかった。たぶん何か自分の中でまだ準備が整っていないように思えてミユキさんに電話をする決心が出来なかったのである。「とりあえず石垣島に行ってみよう。何かが分かるはずだ!」そんな思いで石垣島への旅行の計画を立てることにしたのです。そう考えると意外にチャンスはすぐにやってきたのです。出来るだけ早く石垣島に行きたい気持ちがあったのですが仕事のスケジュールとの関係でなかなか日程を決められずにいました。あれこれ決めかねているうちに沖縄から帰ってきてちょうど1週間くらい経った頃でしょうか、1枚のお知らせのFAXが私宛に届いたのです。FAXの内容は10月4日(土)の午後に東京で取引先の主催の販売会議がある旨を知らせて来たのです。その時、「これはチャンスだ!東京に行くついでに石垣島に行ってしまおう」と思ってしまいました。そう思った理由の一つは東京の会議に出ると往復の交通費と宿泊費を取引先の会社が負担してくれるからでした。うまくやれば石垣島から東京の分と東京から福岡に帰る飛行機の分の費用は浮かすことが出来るのです。10月2日の朝に福岡を出発して石垣島に向かい1泊する計画を考えました。帰りは15時台の石垣島発の便に乗れば那覇で乗り換えをしても19時頃には東京に着くので翌日の会議にも余裕をもって出れるなと思い、この予定で飛行機のチケットをすぐに手配しました。今やインターネット時代なので思い立ったら即パソコンで飛行機のチケットの予約が取れるので、10分もかからずに都合の良い便のチケットを取ることが出来ました。宿泊の予約とレンタカーもネットで良さそうな所を検索して予約を入れました。インターネットに繋がったパソコンがあれば、どんな田舎だろうが出張先であろうが24時間いつでもどこかに旅に出ようと思い立てば、ほんの数分で旅行の予約を取ることが出来る便利な時代になったものだとつくづく思います。そんな訳で私は沖縄から帰って1ヶ月も経たないうちに石垣島へ旅立ったのである。今回の思いつき旅行、1つだけ不自由だったのが移動の時は暑苦しい紺のスーツ姿で行かなければならないことであった。東京での移動を考えて出来るだけ身軽な荷物にするためにも仕事の時に着るスーツをわざわざ収納して荷物を多くすることは出来なかったのである。10月とは言え石垣島はまだ真夏そのものの気温なのでこのまま暑苦しいワイシャツとネクタイ姿で石垣島を動き回るにはかなりつらいだろうな~と思いつつも石垣島に行く意気込みは変わらなかった。10月2日、奇しくも私の誕生日の翌日に石垣島へ旅だったのであった。那覇空港で飛行機を乗り継いで石垣空港に降り立ったのは13時頃であった。レンタカーを今日の13時から1日借りるようにしていたので、まずは空港の出口で予約したレンタカー会社の人を探すことにした。どこかで行き違ったのかレンタカー会社の人が見つからなかった。今回車を借りたのはメジャーなレンタカー会社ではなく、地元のガソリン代込みの格安価格のレンタカー会社をインターネットで見つけて予約をしていた。予約する時に少し不安があったのだが、何社か比較して安いのと何故かとても気になったので地元のレンタカー会社に決めたのであった。まあこちらの人はのんびりしているからしょうがないか~と思い携帯電話でレンタカー会社に連絡を取ってみることにしました。予約時に返信されてきたメールに書いてあったレンタカー会社の担当者の携帯番号に連絡を取ると、なんと私の後ろで携帯の呼び出し音が鳴り、ビックリして後ろを振り向くと何処から現れたのか予約したレンタカー会社の看板を抱えたアロハシャツを着た小柄な若いお兄さんが立っていたのであった。「探しましたよ~、何処におられたのですか?」と私が尋ねると、ずっと到着口付近で待っていたとの事、数分前の記憶をどうたどっても私の目には全くこの若いお兄さんの姿が出てきた記憶がなかったのである。石垣島の旅の最初の出だしから何か変だな~と思いつつも、その若いお兄さんに案内されて今日借りる車が停めてある駐車場まで歩いて行くことになったのである。そのお兄さんは1台の黒塗りの大きなランドクルーザーの前で立ち止まり、「今日お貸しする車がこれしかなかったんですよ。」と車を指さしました。確かシビッククラスの小型車を予約したはずが私の背よりも車高が高いランドクルーザーになってしまったのであった。余りのアバウトさに唖然としましたが、ガソリン代を含んだ安いレンタル料を考えると、まあしょうがないかなあ~とすぐに諦めがついて、何も文句を言わずにお兄さんから車のキーを預かって車に乗り込んだのであった。今まで7人乗りのワゴン車は運転したことがあったが、タイヤも車体もでかいランドクルーザーを運転するのは始めてだった。しかし実際に運転してみると加速が遅いことを除いては意外に楽に運転することが出来ました。とりあえず目的地を決めずに私の中から湧いてくる「直感ひらめきに従って」空港道路の連絡道路を出ると石垣市の街の中心街とは反対の海沿いの道を走ることにした。私は、サチコさんの『あるがままに生きる』の本の中に書いてある「直感ひらめきに従って行動する」ことを普段から実践している。「直感ひらめきに従い行動すること」はけして「いい加減に考えて行動すること」ではないことをこれまでの私の10年間の数々の体験が物語っている。何かの見えない糸に導かれてまさにベストのタイミングで自分にとって必要な何かと出遭ったり、人とのご縁が出来たり、現象が起こったり、時にはワンダフルな感動体験をしたりするのである。車の運転も例外ではない。道に迷った時に何故か真っ直ぐ行かず右に曲った方がいいと思い右の道を進むとすぐ標識が出できて助かったり、高速道路が空いているので思わず制限速度を越えて走っていると急に殺気を感じてスピードを落としたらスピード違反の取締りをしていたり・・・。しかしながら最初の頃は自分の直感ひらめきを無視して酷い目にあったこともありました。ある日、父親と共に取引先の会社に自分の車を運転して行かなくてはならないことがあって、その日朝目覚めた時に「今日は運転したく無い」と強く感じて今日は車で行くのやめようと言ったにも拘らず、父親が頑強に自宅から私の運転する車で営業に行くと主張するので、仕方なく車を運転して取引先の会社へ向かうと、その途中の道の交差点で急に車が飛び出してきて父親が座っていた助手席側にぶつかるという事故に遭ってしまいました。幸い乗っていた車が頑丈なフォルクスワーゲンのセダンだったので車は大破しましたが、乗っていた人には怪我はなくすんだのですが、父親は自分の横に車が突っ込んできたという事故のショックでそれから以降、私の意見を無視して車で営業に行こうということは言わなくなりました。そして不思議にもその時に事故をした場所がなんとフォルクスワーゲンを修理してくれる車のディーラーの裏口の前だったというおまけ付きの体験だったのです。この体験を通じて私は自分の直感ひらめきに従って行動することに改めて自信を持てましたし、直感ひらめきに従って行動することは自分の人生を良い方向へ導いてくれているのだという確信へと繋がっていくのを感じました。つづく
2006.03.30
こんばんわ。会社の前の警固神社の桜が満開できれいです。警固神社の桜は福岡でも先駆けて早く咲く場所なのでやっと春がやってきたという感じです。春といえばレンゲの花が沢山咲いた所に寝転んでポカポカの日差しを浴びながら、空でさえずるヒバリの声を聞くのが私にとっての最高のリラクゼーションだと思います。皆さんはどんな春の楽しみ方をしますか?では「沖縄をめぐる魂の冒険」の続きをどうぞ新しいオフィスに変わってからというもの目まぐるしい毎日であった。そんな最中に不思議な電話をかけ訪ねてきたのがミユキさんであった。電話が来て数日後の午後に会社のオフィスに彼女はスケッチブックを抱えて訪ねてきたのである。初めてミユキさんにあった印象はどこか懐かしく、以前から知っている人のように思えてならなかった。お互い初対面なのにもかかわらず古くからの親しい友人のように時間を忘れて結局4時間以上も語りあってしまった。ミユキさんの頭の中でサチコさんの声が聞こえてきたのは子供を出産した時から始まったとのことだった。最初は自分の妄想や錯覚なのだと思って戸惑ったようですが、それが絵を描くことについての具体的な内容にだんだん変わっていき、そのうち誰かに操られるように筆記用具を持つと自動的に手が動いて紙の上で絵を描き始めたのだそうです。持参したスケッチブックをひろげイルカの絵、子供の笑顔の絵、花の絵、地球の絵などを実際に見せてもらいました。その時点では普通の具象画を描かれていたのですが二度目以降にお会いした時にはサチコさんが描いていた宇宙の波動の絵が描けるまでになっていました。絵にはテーマが決まっていて例えば「感謝」というテーマでプログラムして具象画を描くことも出来るし「感謝」という波動エネルギーの形を絵で表すことが出来るということを目の前で絵を描いて説明してくれました。これもすべてサチコさんのレクチャーによってここまで描けるようになったとミユキさんは説明していました。お会いしたことも無い今は亡きサチコさんがミユキさんに私の会社へ行きなさいというメッセージを送るには何かとんでもない意味があるようで、「これから何が始まるのだろう、サチコさんは我々に何をさせようとしているのだろうか」と言ってはお互いにちょくちょく顔を見合わせました。この後の数年のお互いの人生は善くも悪くも濃縮ジュースのようなぎっしり詰まった驚きの連続の内容のものだったのは言うまでもないことだった。ミユキさんはこの後、コズミックアーティスト&作家としての活動を通じて多くの人に影響を与えることとなり、私も不思議なご縁を通じてたくさんの方々と出会い、色んなプロジェクトにかかわり、現在の仕事であるホメオパシーやフラワーエッセンスなどを先頭に立って普及する立場になって、これからの時代に人々が意識を変革させ魂を成長させるのに必要なことの種まきをしてきた感じであった。今から考えると1995年は少なくとも日本にとってこれまでの価値感を宇宙意識へ変化させる目覚めの最初の年であったように思われる。今やエコロジーは当たり前になり人々はロハスな生き方へ意識を成熟させていっている。私達はこの変動の時代に合わせて生まれそして出会い何か究極のゴールのようなものに向かって何らかの役割を果たしていっている、そんな感じがしてならないのであった。つづく
2006.03.25
東京出張も最後の夜です。すごくめまぐるしく忙しい2日間でした。WBCの優勝で世間の話題が盛り上がっていますが、先日のトリノオリンピックの唯一の金メダルの荒川選手といい、今回の神がかり的な日本の野球の世界一といい世界中が注目する中で起こる出来事に何か目に見えない神の意図を感じませんか。そんなことを考えるとこれから起こる出来事に注目ですね。どんな神のメッセージが込められているのか皆さんも考えてみてください。では沖縄をめぐる魂の冒険の続きをどうぞアダチサチコさんについてここで話しておかなければならない。サチコさんはコズミックアーティストとして沢山の芸術作品や商品パッケージのデザインを手がけられた方で著書「あるがままに生きる」という本の中で「現代のファインアートは、自我と自己主張を観念的に表現した観念のかたまりの様な作品がほとんどの様ですが、私の作品は、全く自我も自己主張もない、只々、宇宙の波動をアートにしている本質のみを追求した、いっさいの演出のない、要するにLet it be!の心境で作った作品です。宇宙は、アートと科学です。」と自らの作品に対する考えを述べられています。思い返せばサチコさんをめぐる不思議な出来事が1994年頃から私の周囲で起こり始めていたのである。その1つは、サチコさんが生前親しかった友人の方々と不思議なご縁で出会うことが次々と続いたのである。その1人であるムトウさんはサチコさんの作品のギャラリーをその当時されていた方であり、最初の出会いはたぶん仕事の関係のパーティーだったと思うが、1994年の11月の初め頃に突然私の会社のオフィスを訪ねてこられたのである。当時私の会社のオフィスはビルの3階にあり約30平米ほどの小さなオフィスだったのですがムトウさんが訪ねてこられた時に私が「サチコさんの本だけではなくサチコさん自身がデザインされたマグカップやトレーナーなどの商品を展示するコーナーが出来たら嬉しいけれども今はスペース的に無理なんですよ~」と言うとムトウさんは「このオフィスが2倍になればサチコさんのコーナーが作れるよね~」とお互い笑いながらその話は終わったのですが、それが二週間後に現実化に向けて動きだすことになるとはその時は思いもよらなかったのである。ムトウさんがオフィスに訪ねてこられて二週間後にちょうど私会社のオフィスの真下の階の部屋が空いたのである。部屋の広さは倍の60平米であった。早速ビルの大家さんに部屋を借り替える相談をすると長年の付き合いから良い条件で部屋を借りられることになったのである。奇しくも新しいオフィスのオープンは1995年の1月17日、あの阪神淡路大震災の起こった日だった。私は1月12日から珍しく高熱が出て物凄く具合が悪くなり肝心な引越し作業を全く手伝うことが出来ず、やっと熱が下がって会社に行けたのは1月17日の新しいオフィスオープンの日であった。昨日まであれだけ具合が悪く苦しんだのに今朝にはすっかり気分が良くなって会社に行く気力がわいてきたのは自分でも驚きだった。大きな地震の前には具合が悪くなることも大きな理由だと後から分かったが、今から考えるとこの後に起こる大きな意識の変化に対応する為に体の調整が行なわれていたのも理由の1つではないかと思う。新しいオフィスになってサチコさんのコーナーが出来ると加速度的にいろんな出来事が起こり沢山の人がオフィスに訪ねてくるようになったのである。保管してあった1995年のスケジュール表を今見直すと毎日が不思議の連続であったことが分かる。1995年からの不思議なエピソードの数々はこれから機会をみて徐々に語っていくことにします。つづく
2006.03.22
こんばんは。今日は久し振りに東京に出張で来ています。明日私が講師を務めるホメオパシーの学校の卒業式に出席するためにやってきました。東京は私にとって思い出深い場所で計16年間過ごした場所でもあります。3歳の時に東京オリンピックがあって水球とレスリングを父親と一緒に見に行った記憶が今でもまだ鮮明に残っています。その時は練馬区に住んでいたのですが、あの頃の東京にはカブト虫やクワガタ虫がお寺や神社の森に沢山いて捕りに行ったことを良く思い出します。また小川にオタマジャクシやメダカも沢山いたのを覚えています。江戸時代の東京の町は人と自然が調和した環境に優しいリサイクル型の美しい町であったと聞きます。ちょうどホテルの窓から見えている東京タワーや高層ビル群の人工物の光の夜景は見た目確かに綺麗かもしれませんが、私の心の中では何万匹の蛍の光のシャワーの中を歩く時の一生忘れられない程のすごい感動を再び皆さんと味わえる時代が来るといいなと何故か今日感じました。では沖縄をめぐる魂の冒険の続きをどうぞコズミックアーティストのミユキさんとは1995年の春に初めて出会った。ある日いきなり会社に変な電話をしてきた女性がいたのである。最初電話に出たのは当時会社の社長であった私の父親であった。「この人変なことを言っているぞ、電話を変ってくれないか」と言って父は私に受話器を手渡したのであった。私はなんだろうと思いつつも受話器を受け取ってその変な女性と話をすることとなりました。すぐに電話の向こうからその女性が不思議なことを語り始めたのです。「始めましてミユキと申します。実は変なことを申しますが驚かないで下さい。ある日突然頭の中で誰かが語りかけてきて絵を描くことについていろんなアドバイスをくれるようになったのですが、最初は何が起こったか分からずに自分の頭が変になったと思って抵抗していたのですけれども、余りにも私に関する情報でリアルなことを言うので段々自分の頭がどうかしたのではなくて姿の見えない誰かが本当に語りかけているのだと最近思うようになったのですが、その方のお名前を聞いたらアダチサチコって答えがかえってきてその方からキュウシュウボンテンへ行きなさいとメッセージをもらったんです。私はキュウシュウボンテンという名前を初めて聞く名前だったので私の友人達に知らないかと尋ねたら1人だけ知っている人がいたのものですから、連絡先を聞いてお電話しました。」というものだった。「えっ、サチコさん!もう2年前に亡くなっている方ですよ!」と驚きの余り叫ぶように私は答えたのでした。私とアダチサチコさんは実際にお会いする機会は無かったのであるが仕事上で間接的に一時的にかかわっていた人でもあり、彼女の著書「あるがままに生きる」は私の人生に衝撃を与えるほどのインパクトをもたらし今でもバイブル的な本であった。サチコさんに会う前に突然亡くなってしまったのでどんな方であった全くわからないのであるが、サチコさんが亡くなった後でお兄さんのイクロウさんと出会うこととなるのであった。亡くなった人からメッセージが来ることは霊能者やイタコの存在を考えればそんなに不思議なことでは無いかもしれないが、自分の身近で普通の主婦にそのようなことが突然起こることはその時は想像も出来なかった。しかしながら前にも同じような事を聞いた覚えがあったのを思い出したのであった。そう言えば、サチコさんのお兄さんのイクロウさんも同じ事を言ってたっけ・・・。前の年の夏にスリランカにイクロウさんと一緒に旅をする機会があった時に「サチコが亡くなってしばらくしてから突然夜中の2時頃になると毎日サチコからメッセージが届くようになったのです!」と語っていたことを思い出しました。これは本当のことかもしれないと確信めいた思いが立ち上がるのを感じつつも自分の目で確かめてみなくてはと思い「何か分かんないけど、とりあえずうちの会社のオフィスに来ていただけますか?直接お会いしたほうが事情が分かると思いますので」とミユキさんに返事をしたのです。お互いのスケジュールの合う日を決めて、後日ミユキさんと初めて対面することになるのであった。つづく
2006.03.20
最近珍しく、理由の無いイライラが出てくる。たまにこのような状況になることはあるのだがホメオパシーで体の毒出しをしているせいなのか、それとも地球の磁場の影響なのかはわからない。こんな時はフラワーエッセンスが有効である。今日はとりあえずヤローエンバイロメンタルソリューションという浄化と保護のコンビネーションエッセンスを摂ってみたら即効で意外とすっきりしました。体の中にネガティブなエネルギーが蓄積していたのかもしれませんね。では沖縄をめぐる魂の冒険の続きをどうぞ。朝食を食べ終わるとすぐに荷物をまとめてホテルをチェックアウトした。ホテルから県庁前のモノレールの駅まではほんの数分の距離で汗をかく前に着いたとい感じだった。ちょうど沖縄のモノレールが開通して間もない時期だったので駅もモノレールの車両も真新しいく心地良かった。車内は人もまばらで地元の人よりも空港へ向かう観光客が多いように思われた。車窓が広くとってあるので外の景色が良く見えるようになっていて、高い所から眺める那覇市内の風景に飽きることはなかった。東京のモノレールから見える殺伐とした都会の景色に比べ、どこか温かみのある心地良いパノラマが目の前に展開していた。空港に近づくにつれ、その心地良い風景の中にアメリカ軍や自衛隊の施設が増えていくにつれ沖縄のもう1つの顔を垣間見た気がしてとても違和感を感じざるおえなかった。モノレールはほどなく空港に到着した。モノレールに乗って約13分ほどの短い小旅行であったが何故か旅を満喫したという充実感があった。モノレールと共に那覇空港も新しいターミナルになっていた。数年前に宮古島の経由地として那覇空港を何度か利用したがその当時の建物は古く雑然とした感じで離島便の乗り換えにはわざわざ別の建物まで熱い日差しの中を数分歩かなければならなかったことを記憶している。新しい空港の建物はとてもスペースがゆったりして天井が高く、お店やレストランなどの施設も充実した使い勝手の良い空港に生まれ変わっていた。大きな荷物を航空会社のカウンターで預けてからおみやげ物を売っているお店を見てまわることにした。沖縄はまだ一般的になじみの無い色々な食材があるので見ていても結構楽しめるのである。赤紫色をしたドラゴンフルーツやレモンのような味わいのシークヮーサー、海のキャビアと呼ばれる海ぶどう、長命草やクミスクチンなどの薬草茶‥‥まるで宝探しをするように見ていて飽きなかった。私は味わった事が無い未知の食べ物に出会うとどうしても興味が沸いて一口食べてみないことには落ち着かない性分なので今回も飛行機の搭乗待ち合い室のフロアーでドラゴンフルーツのジュースの看板を見つけて躊躇することなく即注文してしまった。初めて味わうドラゴンフルーツのジュースは味は洋ナシをサラッとしたような感じで余りくせがなくちょうど良い甘さのジュースであった。ジュースを飲みながら売店に張ってあるポスターを眺めていると八重山諸島の宣伝のポスターであった。沖縄本島よりもさらにエキゾチックな南国の風景写真の中に石垣島の写真があった。石垣島にある岬の写真を見た時、次は石垣島へ行かなければというそんな思いが沸きあがってきたのであった。石垣島に一体何があるのだろうか?と後ろ髪をひかれる思いを感じながら那覇空港を後にしたのであった。お昼過ぎに福岡の自宅のマンションに帰りついてから一息つくとすぐに歩いて15分の所にある自分の会社のオフィスへ向かった。会社へ着くと一枚の葉書が私の机の上に置いてのがすぐ目にとまった。その葉書はコズミックアーティストのミユキさんからのものでした。『この度、夫の転勤で沖縄に引越ししました。』その文章を見るやいなや私の背中を電気のようなものが駆け抜けました。「あ~また何かが始まるな~」と私は思わずこう叫んでいました。その理由はミユキさんとの余りにも不思議な出会いにさかのぼるのです。つづく
2006.03.18
こんばんは今日も寒い1日ですね。先程、雷が鳴ってあられのようなものが降っていました。そろそろ春が近くなってきた感じですね。沖縄をめぐる魂の冒険の続きをどうぞ。店を後にした後にホテルまでの道のりをしばらく散策することにした。今度は趣向を変えて国際通りに並行している裏通りを歩いてみることにした。裏通りは表の華やかな喧騒とは裏腹に薄暗く静寂に包まれた感じであった。ビルに混じって沖縄らしい平屋の建物や沖縄定番の玄関や屋根に鎮座する様々な表情のシーサー達を眺めながら南国のつかの間の雰囲気を楽しむことができた。ぼんやりシーサーを眺めていると私の両親が生まれた瀬戸内海の粟島にある1体の逆立ちしたシーサーのことを思い出した。以前からなんで四国の田舎の島に逆立ちしたシーサーがあるのか不思議でならなかった。そのシーサーはあるお屋敷の塀の上に施された小さな屋根瓦の装飾の一角にあった。堂々とした風格でかなり年代が立っているように思えた。粟島は昔は塩飽水軍という海賊が本拠地を置いた島の1つで航海術に優れた船乗りを多数輩出した島でもある。塩飽水軍は古くは倭寇として朝鮮や中国大陸まで進出し、源平の合戦や秀吉の朝鮮征伐など歴史上に度々登場するのである。その優れた航海術によって海外まで活動範囲を広めていたことから考えて沖縄とも交流があったと考えてもおかしくはない。沖縄と瀬戸内海の小さな島との間になんらかの因縁めいた見えない糸を沖縄の裏通りを歩きながら感じたのである。その見えない糸はこの先思いがけない方向へつむがれていくのである。翌日、朝食をレストランで食べていると沖縄の人らしい顔立ちをした給仕のおばさんが声をかけてきた。沖縄独特の言葉で話しかけられたせいか最初何を言っているのかわからなかった。「コーヒーとジュースの飲み物がこちらにあるから自由に飲んでね」という言葉の意味だけは理解したが他の言葉はわからなかった。わからないような困った顔を察したのか「あ~あなたナイチの人じゃないの~、てっきり顔立ちからウチナンチュ(沖縄の人)かと思ったわけよ。」ウチナンチュという沖縄の言葉はおぼろげながら知っていたのでおばさんの言う意味は即座に理解することができた。「え、僕の顔って沖縄の地元の人に見えるんですか」おばさんはうなずくように「似てるさ~」と答えて笑いながら厨房の方へ歩いて行ってしまった。実は沖縄の人にこのような事を言われたのはこれが最初ではなかった。沖縄を旅する度に私の苗字と顔立ちをみて沖縄出身の人と勘違いする人が確かに多かった。私のルーツは沖縄にあるのだろうか?そう考えれば今回感じた不思議な感覚が理解できる。私と同じ経験をすれば誰でもそう思うに違いない。はるか遠くの自分をルーツを知りたいという欲求が心の奥底から湧き上がってくるのを感じざるおえなかった。この後、以外な展開経て時空を越えた自分の真のルーツを知ることになろうとはこの時思いもよらなかった。 つづく
2006.03.16
最近デトックス(体内毒出し)が流行っていますね~。私もホメオパス(同種療法の治療師)をやっている関係上、これまでにも水銀やアルミニウムなどの毒出しは定期的にやってきました。そのお陰でアレルギー性鼻炎の症状もほとんど無くなってきましたし口内炎が出来ることも無くなりました。ホメオパシー版のデトックスは毒出ししたいと思う特定の物質に絞ってピンポイントで毒出し出来るのでとても便利です。みなさんも一度試されたらはまると思いますよ。デトックスセット以外にも様々なホメオパシーのセットがありますのでお試しをでは「沖縄をめぐる魂の冒険」の続きをどうぞ夕方になって日が翳りだした頃、私はホテルのすぐ近くに面した国際通りを散策がてら歩いてみることにした。国際通りは沖縄の物産やお土産を売るお店や南国ムードあふれる食べ物屋が何百メートル先まで軒を連ねている感じだった。修学旅行生なのか学生服を着た集団があちこちの店をのぞき込んでは歓声を上げている風景をぼんやり眺めながらあてもなく歩いていた。外の気温はさすがに30度を越えて時々吹く風も蒸し暑さを増長させ全身に汗を吹き出させるには十分なものだった。しばらく通りを歩いて行くと、沖縄らしい日焼けした感じの建物の看板に目がとまった。観光客向けなのか琉球料理の店「ていだ」と書かれていた。「ていだ」とは沖縄の言葉で太陽の意味である。なんとなくその言葉にひかれて今晩はこのお店で夕食をとることにした。お店に入ってすぐ屋久杉で出来たあろう年輪を刻んだカウンターのテーブルに案内された。メニューを見て知っている名前の料理はゴーヤチャンプルーとソーキそば、豆腐よう、それからオリオンビールと泡盛ぐらいであった。とりあえずゴーヤチャンプルーとオリオンビールを注文した。これまでも何度か沖縄料理を食べたことはあったが、美味しいとは感じたことは一度も無くあまり積極的に食べようとは思ったことはなかった。しかし何故かオリオンビールと泡盛は例外で自分の好みにとても合うテイストであった。泡盛にいたっては最初口にした時にあまりの美味しさにあっという間にボトル1本空けてしまった経験があった。単に酒好きだということなのかもしれないが始めから相性の良いお酒だと感じていたのは確かであった。注文したゴーヤチャンプルーが運ばれてきて一口食べた時になんともいえない安堵感と共に「おかえり」という声が頭の中でこだましたような気がした。故郷に帰ってきてお母さんの手料理を食べた時のあの感じであった。何故か自分の中のDNAがうずくような体験だった。ゴーヤチャンプルーを食べ終わる前にメニューを見ていて気になったイカ墨汁と紅いものてんぷら、豆腐よう、それに泡盛のクース(古酒)を注文した。しばらくして注文したお酒と料理が運ばれてきたが、またどの料理も安堵感をもった美味しさが体中に広がるようであった。特にイカ墨汁に入っているフーチバ(ヨモギ)の苦味がとてつもなく懐かしく心地良く感じられた。今まで苦手だった沖縄料理がこの日を境にお袋の味のように恋しくなっていくのである。明らかに自分の中で何かが変わりつつある、何か封印したものが開きつつある、そんな気持ちで一杯になりながら店を後にした。つづく
2006.03.15
今日は、真冬に戻ったように寒いですね!夜になってすごく雪が降り始めました。今年は花粉症の症状がほとんど出ないのに北西風が強く吹く日には涙目になりクシャミが酷く喉も痛くなり花粉症のような症状になるのは、どうも中国大陸から飛んでくる黄砂に混じった環境汚染物質が原因のようです。毎年春の黄砂が飛ぶ時期に呼吸器の急性のアレルギー症状の子供が増えることがあり、経験上その子供達に共通していることは黄砂の多い日に1日中外で遊んだ後にアレルギー症状が出たことと、QXという波動測定器で子供の波動測定をするとウラニウムやプルトニウム、大気汚染を疑う重金属や化学物質の数値が断トツに高くリスクが上がっていることから何らかの環境汚染物質が黄砂と共に中国大陸の方から飛んできているとみて間違いないと思います。みなさんも黄砂が飛ぶ日はくれぐれもご用心を。それでは「沖縄をめぐる魂の冒険」の続きをどうぞ沖縄には1泊して翌日の朝の飛行機で福岡に帰る予定でした。国際通りの入り口近くにあるホテルにチェックインして、自分の部屋に入ってからしばらく窓に映し出される南国瓦のセピア色に染まった風景をぼんやり眺めていました。沖縄に降り立ってからずっと感じているこの不思議な感覚は何だろうか?穏やかでどこか懐かしく自分の求めていた心の平安がここにあるような気がしました。かつてスリランカを旅した時に泊まったキャンディーの中心街にあるクイーンズホテルの窓からみたセピア色の風景にどこか似ているような感じでした。そうスリランカといえば私の心をとらえて忘れられない風景がある。けして日本では見ることが出来ない動物達の穏やかで警戒心のない表情と裸電球1つ灯る部屋でみんな幸せそうに笑みを浮かべて家族が団欒している風景である。そのことを思い出すたび何とも心地良い感じなのである。悟りを開いたような動物の表情をみなさんは想像できるだろうか?便利さ快適さを追求すればするほど捨てなければいけない大切なものをみなさん気付いているだろうか?そろそろ人類も欲望の折り返し地点に差し掛かってきているような感じがしているのは私だけだろうか?大切な何かを探し求めて沖縄をめぐる冒険は続いていく。
2006.03.13
先日、久し振りに沖縄に行ってきました。沖縄は今回でたぶん10回目の旅でした。以前はあまり深く沖縄に行く意義を考えなかったのですが、いまから4年前の9月の青森旅行の帰りにふと思い立って沖縄経由で福岡に帰ろうという大胆な思いがよぎってしまい、それを素直に実行に移したことがひとつの意識変革の転機となったのです。山々の紅葉が始まって肌寒い青森から飛行機でいきなり30度をこえる蒸し暑さの沖縄へ行くなんて、なんて馬鹿なことをしているんだろうと考えつつも何かが始まるようなワクワク感が何故か心の底から沸きあがってくるという変な感覚でした。沖縄の那覇空港に降り立って国際通りを歩いている時に「あ~沖縄の意識がいずれ世界の雛形になる!」と確信めいたことが閃いたのです。自分でも何でこんなことが閃くのかその時は理由がわからなかったのですが、後々この確信めいた実体の姿が見えてくることになるのです。この日を境に沖縄との不思議な縁が結ばれていくことになるのである。つづく
2006.03.11
以前ホームページに掲載していた「トトロのひとり言」をブログの日記で復活させました。以前からホームページでご覧になられていた方々も、これから新しくブログでご縁のある方々もよろしくお願いしますね今回の日記のコンセプトは「スピリチュアル・アルケミー(魂の錬金術)の世界へようこそ~かけがえのない自分が今ここに在ることへのメッセージ~感じるままに、あるがままに」という感じです。その時々に感じることを素直に表現できたらと思います。ではご挨拶まで。
2006.03.10
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