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先日、コーチングの研修を受けた。コーチングというとあまり耳慣れないが、簡単に言うと「自分のためではなく、相手のためのコミュニケーション」なのだそうだ。元々は、管理職が部下の能力ややる気を引き出すための手法として日本に取り入れられたようだが、あらゆる人間関係に応用が利く。「わが子に対する接し方」という視点でも大いに役立つ研修だった。とてもいい話だったので、難しい部分は省いて要点だけを記しておこうと思う。1 「聞く」相手の話を「聞く」ことはとても重要なのだそうだ。聞き方によって、相手に安心感や信頼感を与えることができる。相手が真剣に聞いてくれていないと思うと、話す気力がなくなったり、虚しさや怒りを感じることもある。逆に相手が熱心に自分の話を聴いてくれていると感じると、話はどんどん広がり、「自分を認めてもらえた」という充実感を得ることが出来る。では、どんな聞き方をされると一番「聞いてもらえた」と実感できるか。講師の元上司は、話しかけられるといつも、仕事の手を止め身体をこちらにむけて、目を見て相づちをうちながら真剣に話を聞いてくれたそうだ。おかげで、いつも自分が大切に扱われていると感じたという。これを聞いてヒヤリとしたのは、私だけではあるまい。私はいつも、こどもの話を「忙しいから後にして」と後回しにしたり、何か作業をしながら横顔でハイハイと流して聞いていた。忙しい時はやむを得ないことだが、これからはなるべく手を止め子どもの目を見て話を聞いてあげる時間を持とうと反省した。そのことで、こどもは「自分を優先してくれた」という充足感、「自分は大切な存在だ」という自己肯定感を持つことが出来るだろうし、親子の信頼感も増すだろう。2 「承認」もう一つ大切なことは、「相手の存在を認め、それを伝える言動=承認」なのだそうだ。承認にはいくつかの種類があり、存在を認めるもの(挨拶など)や結果を認める「誉める」などがあるが、大切なのは、思っているだけではなく、それを相手に伝えることなのだそうだ。例えば、毎朝「おはよう」と声をかけることだけでも、相手の存在を承認していることになる。これを聞いた男性陣の中には、「いつも妻に感謝しながら、ありがとうと言ったことがなかった。これからは、口に出して言わなければいけないなぁ」と反省している人も多かった。この話で興味深かったのは、「承認は人にパワーを与える原動力となる」ということだ。しかも、承認は長く影響力を及ぼすものであるらしい。会場の受講生の中で、「保育園児の時、キャンプで人参を切っていたときに、保育士さんに誉められたことを今も鮮明に覚えている」という人がいた。その人は、今も料理が好きなのだそうだ。無意識に、過去の承認が影響を与え続けているいい例だと先生は言っていた。「叱責」でも人を動かすことはできるが、持続させるためにはずっと叱責し続けなくてはならず、双方にストレスもかかる。また、「叱責」には双方に信頼関係があることが大前提となるのだそうだ。(親子ならともかく、職場では難しい)ここでまた、反省。いつも、こどもを叱ってばかりいた。これからは、「誉めて動かす」を心がけなければいけないなぁと思った。また、一日に一度はギューっと抱きしめて、「大好きだよ」と口に出して伝えたい。夫や両親にも、感謝の言葉をきちんと伝えよう。誉めるためには、相手の「強み」、つまり長所を見つけることが大切だ。長所と短所は表裏一体のものだが、短所を克服するよりも、長所を伸ばす方がずっと容易であるらしい。相手の中にいかに強みを見つけ、伸ばせるか。それが、コーチングの極意なのだそうだ。これは、もちろん子育てにも言えることだと思う。こどもの悪いところではなく、いいところを見つけ、それを誉めて伸ばす。簡単ではないが、それが出来る母親になりたい。もう一つ、コーチングの極意でなるほどと思ったことがある。これは、カウンセリングなどでも言えることなのだが、相手に対してアドバイスをしてはいけないということ。相手に指示するのではなく、「どうしたいの?」などと質問をうまく投げかけることにより、相手が考え、自分で答えを見つける、というのがコーチングの手法であるらしい。私も子どもに対し、ついつい「あれをしなさい」「こうしてはだめ」と指示ばかりをしてしまっているが、そのままでは自分で考えて行動できない子どもになってしまう。もちろん、まだ子どもなのだから、教えることも必要だ。しかし、時には「どうすればいいと思う?」と投げかけて、自分で考えさせるということも必要なのかなと反省した。たくさん反省したので、これから私が実行したいことを、ここで宣言しておこう。・子どもが話しかけたら、手を止め目を見て話を聞くよう心がける。・一日一度はギューッと抱きしめ、愛情を伝える。・指示するのではなく、相手に考えさせる。・相手の短所ではなく、長所を見つけるようにする。・感謝や承認を伝えるよう心がける。多分理想どおりには行かないだろうが、時々読み返して反省しようと思う。
2007年09月27日
22日の土曜日は、近所の公立小学校の運動会だった。我が家の拓も、来年入学予定のため、「新一年生の旗取り競争」にピンポイントで出場した。受付をし、入場門のところに並んで待つ。新一年生には六年生がマンツーマンで一緒に並び、手を引いて誘導してくれる。拓は優しそうなお姉ちゃんがついてくれ(私より背が高かった!)、少し緊張しながらもポツポツと会話をしながら出番を待っていた。ところが。数人前に並んでいる女の子が、わんわん泣き続けている。どうしたのかと思ったら、どうやら一緒に並んでくれている六年生の男の子が怖い、と泣いているらしい。彼は特に何をしたわけでもないのだが、がっちりした体格で大柄なせいで(ちょっとジャイアンに似ていた)、怖がられたらしい。あまりに泣き止まないので、他の女の子と交代することになってしまった。泣かれた男児はちょっと悲しそうな顔で列を離れていく。なんだか可哀想に思えた。これで自信をなくして「小さい子は苦手」にならないといいけどな・・・と思っていたところ、担任らしき先生がことの顛末を聞き、「なんだ、一番優しいお兄ちゃんなのになぁ」と彼をフォローしていたのでホッとした。旗取り競争はあっけなく終わり、拓は風車と色紙をゲットして帰ってきた。来年からはここで運動会か・・・ちょっぴり感傷を覚えつつ帰途についた。
2007年09月22日
次男のまーくん(3歳)は、クリームが大好きだ。ミニクリームパンが好物なのだが、とても器用に中のクリームだけを食べ、外側のパンだけを残す。もちろん、とても誉められたことではないし、「ちゃんとパンも食べなさい!」と怒るのだが、みかんの皮のようにくりぬかれたパンの残りは、一種の特技と呼べるのではないかと思うぐらい、見事な残しっぷりである。先日、ロールケーキを食べた時もそうだった。驚いたことに、まず一口目でロールケーキの中央のクリームだけをスプーンでくりぬいて食べるのだ。こんな食べ方、見たことない。ドーナツのように中央に穴が開いたケーキを、内側から少しずつくりぬいていく。親バカの夫が、自分のケーキからクリームを追加してあげるので、喜んでそればかりを食べる。とても行儀がいいとは呼べない有様である。私も甘いものが好きだけど、こんな贅沢な食べ方はしたことがない。エスカレートしないよう、なんとか矯正しなくては。
2007年09月19日
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いとこのともくん(2歳)は、「ファインディング ニモ」のDVDが大好きらしい。我が家ではもっぱら「電車」か「歌」のDVDばかりで、ストーリーものは見ない。しかし、拓は最近ストーリーものに興味を示しだしたし、まーくんは魚が大好きなので、ニモなら見るかも!と思い、試しにレンタルしてみた。ところが・・・・。最初「魚のビデオだよ!」とビデオをつけた時には二人とも大喜び。美しい魚の世界に、みじろぎもせずに見入っていた。しかし、サメに追いかけられたり、不気味な暗い場面が続くに至り、拓が「怖いー!もう止めて!」と泣き始めた。「どうして怖いの?」と聞くと、「サメに食べられちゃうかもと思うと、怖くて見られない」と。この感動のストーリーを是非最後まで見せたいと願う私としては、(レンタル代もあるし)そう簡単には引き下がれない。「大丈夫、絶対食べられないから。最後はきっと、お父さんとニモも会うことが出来て、良かったねってなるよ。」と、「ネタバレ」という禁断の剣まで持ち出して、必死に食い下がった。しかし敵もさるもの。「どうして食べられないって分かるの?」と、痛いところをついてくる。ここで、「だって主人公は、大抵死なないことになってるんだよ」とはさすがに言えない。「ともくんが見て、そう教えてくれたんだよ」と苦し紛れに逃げに出た。しかし、拓は納得できず、結局前半30分ほど日の目を見ただけで、ニモは我が家から去っていった。まーくんは、拓がお風呂に入ってる間は喜んで見ていたのに、拓があまりに「怖い」と騒ぐので、どうやら「ニモ=怖いもの」とインプットされてしまったらしい。拓と同じく、その後は二度とつけさせてはくれなかった。悔しいので、子どもが寝た後に一人でこっそり見て、感動して大泣きした。こんなにいい話なのに・・・。仕方ない。もう少し成長するのを待つかな。
2007年09月10日
先日、実家に遊びに行った時の話。こどもたちが、仏壇にあったグレープフルーツを、めざとく発見した。母譲りなのか食い意地の張ったこどもたちは、「みかん食べる!みかん食べる!」の大合唱。ばーばが不在のため、根負けしたじーじが、慣れない手さばきでグレープフルーツをむいてくれた。しかし、そこは不慣れなじーじのこと。こどもだからと、房の薄皮までむいてくれたのだが、ばーばのようにきれいな形とはいかず、ボロボロの細かい解体仕上げになってしまった。「できたぞー」と得意げに持ってきてくれたお皿をチラリと見たこどもたちは、「こんなの、みかんと違うー」と無慈悲な一言。「細かくて食べやすいよ」「おいしいよ」と必死で取り繕ったが、「だって赤いし。みかんは黄色いもん」と取り付くしまもない。そう、グレープフルーツは「ルビー」だったのだ。「この赤いグレープフルーツの方が、高いし甘いんだよ。」と言ってももはや、遊びに熱中してしまって机に寄ってこようともしない。なんてわがままな子どもたち!うう・・・じーじ、ごめんよ。
2007年09月03日
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