全26件 (26件中 1-26件目)
1

マレーシアは,ご存じの通り,マレー半島南部とボルネオ島(カリマンタン)から成る。有名なペナン島は,友人と,アジア第2弾として'96年12月に行っている。ペナン島から,対岸のバタワースにフェリーで渡ったが日帰りだった。 2回目に行ったのは,'01年8月だ。このときは,半島の両側とボルネオ島へも行った。 今日は,ボルネオ島のコタ・キナバルだ。今は,いろいろ変わっているかも知れない。VTRのキャプチャ画像が中心なので,画像は粗いものが多い。 セドコ・コンプレックスだ。夕方になると,広場に屋台のテーブルが並ぶ。食堂自体は,周りの建物にある。中華系が多かった。ビール会社のキャンペーンガールが何人かいて,勧めてきた。当然,喜んで飲んだ! この店の兄ちゃんだ。たいへん陽気だった。おもしろいので,ここには3日間通った。 近くには,いろいろな屋台があった。食べ物だけではないのだ。その中のTシャツ屋だ。そこの姉さんだ。これまた,みんな陽気だった。ちゃんと,Tシャツを買った。 街からバスで2時間ぐらい行くと,キナバル国立公園がある。キナバル山を中心とする自然公園である。世界遺産になっているのだ。キナバル山は,4101mもある。 これは,キャノピーウォーク。地上41mの高さの木々に,つり橋がかけられている。幅は,たいへん狭い。全長で160m近くある。途中の木には小屋もある。熱帯雨林のジャングルを上から見られるのだ。橋が揺れてこわいような,おもしろいような… これは,下だ。ジャングルの中に細い道が造ってある。道がなければ,どこを歩いているのか,わからない… ジャングルの中には,見たことのない虫,きれいなチョウ,ウツボカズラ,寄生木など,いろいろなめずらしいものが多くあった。ぜひ見たかった世界最大の花ラフレシアは,残念ながら咲いていなかった… キナバル山の周りには,山が連なる。雨季で,雨も少し降っていた。標高が高いので,気温は低く寒かった。少し震えながら歩いたのだ。 これは,帰りのバスの中から。この山は,キナバル山なのか周辺の山なのかは,わからない。しかし,山にかかる雲の形がおもしろかったので撮った。山岳地帯では,こんな雲がよくかかるのだろうか?私は,こんな形の雲は後にも先にも見たことがない。 キナバル公園の近くにある,ポーリン温泉だ。第2次大戦中に日本軍が開発したそうだ。たくさんの人が入っていた。水着を着用するのだ。温泉がある国自体が少ないが,あっても,日本のように裸で入る国はないと思う。大型の浴槽から小型の浴槽まで,いろいろな形のがあった。 小型の浴槽は,1回ごとに湯を入れ替えるのだが,湯の抜けが悪く,さらに栓をひねってもゆっくりとしか出ずに,結局こんな量でつかっていた。 ここは,完全な観光地だ。外国人が多いし,日本人にも会った。私は,そこら辺の家々や人々の生活を見るのが大好きだが,観光地が嫌いなわけではない。こんな所なら喜んで行くのだ。 ↓ どんどんクリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。クリックするだけでOKです。よろしくです。ぜひぜひお願いします!人気blogランキングへこちらも!クリックで,本サイトへ!本サイト
2007/05/30
コメント(12)

バングラデシュのチッタゴン。以前から何回も書いているが,この国では外国人は,インド人・スリランカ人を除くと非常にめずらしい。首都ダッカだけでなく,どこの都市へ行っても同じだ。ほぼ全員と言ってもいいぐらい,みんな注目してくる。カメラなんか持っていると,余計に目立つ。「撮ってくれ!」攻撃だ!! 今日は,町を歩き回ったときに出会った人々だ。ただ人々を次々にUPしたので,おもしろくないかも知れないが,これも私のライフワーク??なのだ! どこへ行っても,本当に良く声がかかる。例の「撮ってくれ!」だ。ふつうの店だ。何屋かと聞かれても困る…ジュース,お菓子,卵があるが,ほかにもいろいろあった。 この人たちは,「この車を撮ってくれ!」だ。自慢げに車を紹介してくれるのだが,ベンガル語なので,何を言ってるのかさっぱりわからない… 陽気な兄ちゃんたちが通りかかった。デジカメは,銀塩カメラと違って,その場で画像をチェックでき,何枚撮っても後で整理ができるので,つい何枚も撮ってしまう。兄ちゃんたちは,喜んで何枚も写ろうとしていた。カメラに夢中になりすぎて後ろ向きに前進…「ゴーン~☆」向こうの電柱に激突していた!(^_^;) リキシャの兄ちゃんだ。仕事中だが,これだ!兄ちゃんとは対照的に,客は「……」だ。 市民の憩いの場「フォイズレイク」の手前だ。8/3の日記で紹介している。この辺りは,人が多い。すぐに集まってくる。 フォイズレイクは,湖と山がある。その麓の入り口で,柑橘系を売っている姉さんだ。横にいるのは,我が子のようだ。弟?? 工事中の人々の画像は8/3に載せているが,これは別の人々だ。この人たちも,わざわざ工事の手を休めて集まってきた。ふつうは,工事中にズケズケと部外者が入っていったら怒るだろう。しかし,この通りなのだ。 物売りの子どもたちだ。ものを売るだけでなく,この国では有名な「ボクシーシ攻撃」もありだ! ※再び注釈:早く言えば,「お金ちょうだい」。本来は,喜捨の意味のはずなのだが,そこら中で声をかけられる。大人子ども関係なく声がかかるのだ。 若者たちが,遊びに来ている。この兄ちゃんたちは,遠くから手を振っていた。 今になって気づいたが,今年の4/15にUPしたことのある,エナジードリンクの鮮明版があった。「エネルギー飲み物」!!日本語が書いてあった。車みたいに,日本語が書いてあれば,売れるのか!! 外国人がいっぱいの観光地へ行くよりも,人々のくらしや笑顔を見ているだけで,何十倍も楽しいのだ!! ↓ どんどんクリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。クリックするだけでOKです。よろしくです。ぜひぜひお願いします!人気blogランキングへこちらも!クリックで,本サイトへ!本サイト
2007/05/28
コメント(6)

昨日に引き続き,ラオスだ。ジャール平原があるシェンクアン(シェンクワン)県。今日は,ポーンサワンではなく,郊外の集落だ。ゲストハウスのツアーで回ったので,自ら歩き回った集落ではない。しかし,この田舎の雰囲気は大好きだ!昨日の5枚目の画像は,この集落なのだ。 7/7の日記でも書いているが,ボール爆弾(ボンビー)を利用して,ネギらしきものを植えている。 カンボジアの地雷やベトナム戦争の悲惨さは有名だが,ここラオスにも相当数の爆弾が投下されたのだ。不発弾が,地雷のように点在している。今でも,毎年100人以上の命が失われ,多くの人々の体を不自由にしている。現代で言えば,クラスター爆弾の不発弾で被害が出ているのと似ているかも知れない。 大人から子どもまで,あちこちにいる。外国人が見に来たからと言って,特別に何かするわけでもない。ふだん通りのくらしをしている。 店のようになっているが,商売をしているのか,こんなもんなのかは,わからない。どこの村でも,こんな店が必ずあるので,観光客用か地元人用かは判断がつかない。 小さい女の子が子守をしている。このような姿は,あちこちで見られる。小さい子どもでも,しっかりと商売を手伝ったり,働いたり,自分よりさらに小さい子どもの世話をしていることが多いのだ。日本の子どもたちも,昔はこうだったのではないか… 子どもたちは,そこら中で遊んでいる。見るからに素朴な姿だ。私は,古き良き日本が大好きなのだ!正直,今の日本の速いペースには,私は合っていない… 日本では,「何時代や!」と思うような家だ。しかし,じつに味のある高床式の家だ!東南アジアでは,こんな家はめずらしくない。 のんびりとした集落だ。誰かが,横を指さす。「なんやろ??」…「マリファナ!」,「何!?」…見ると,大麻になるアサの木が生えているらしい。植えていると言うよりも,ふつうに自生している。そう言えば,ラオスでは簡単に手に入る。声がかかることも,めずらしくない。ゲストハウスに泊まっていたイタリア人の兄ちゃんも,軽い目のを吸っていた。私は,もちろん吸ってない。変なところで引っかかるのはゴメンだ。しかし,煙の臭いが付いて空港で引っかからないかと冷や冷やした…ただし,シェンクアンの空港は,セキュリティチェックは大甘だ。 シェンクアンでは,まだまだ画像がある。ジャール平原も,またUPする。 ↓ どんどんクリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。クリックするだけでOKです。よろしくです。ぜひぜひお願いします!人気blogランキングへこちらも!クリックで,本サイトへ!本サイト
2007/05/26
コメント(8)

今日は,出張だった。京都府京丹後市網野町の浜詰だ。天気は,まずまず良かったが,風が強かった。たまには,ちょこっと日本も書くことにした。まあ,この後にすぐに,いつものUPをするので,短いが… 車で4時間少しで到着。向こうは日本海だ。 今は,まだ波が荒い。サーファーは,結構来ていた。このビーチには,ライブカメラが付いている。「ゆったり丹後」ライブカメラのサイト ここには,夏に多くの海水浴客が,冬はカニや寒ブリなどを食べに来る人で賑わう。ふだんも,結構来ているらしい。 業務用?に撮った画像を流用しました??別に,問題はありませんので(^_^;) ↓ どんどんクリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。クリックするだけでOKです。よろしくです。ぜひぜひお願いします!人気blogランキングへこちらも!クリックで,本サイトへ!本サイト
2007/05/26
コメント(8)

ラオス北部のポーンサワン。シェンクアン(シェンクワン)県の県都であり,有名なジャール平原への観光の拠点になる町である。 不発弾の問題を7/7の日記に書いている。人々は,大量に投下された爆弾を,逞しくも生活の糧にしている。昨年の5/21の日記と同じく5/19の日記でも,触れている。 空港(航空機)の様子は,10/16の日記で,10/22の日記では自家発電の様子を書いた。 首都ビエンチャンから,ラオス航空のATR-72に乗り,シェンクアン空港に向かう。高度が下がってくると,平原のそこら中にクレーターのようなものが多数見える。インドシナ戦争時にアメリカ軍とラオス軍が投下した爆弾の後だ。 そのクレーター状の穴は,大きさの大小はあるが,人と比較してみると,よくわかると思う。 前後するが,シェンクアン空港はたいへん小さい。外からでも簡単に入れそうだ。1日,数便も発着しないので,こんなもんか… このように,爆弾がふつうに置かれている。上に乗っている子は,これがその昔,人々に悲劇をもたらしたものだとは知る由もないだろう。その悲劇は,今も続いているのだが… 田舎の村の子どもたちだ。素朴な古き良き日本を見るようで,気に入っている。こんな光景は,日本では絶滅したのでは… この画像は,本サイトのトップページに採用している。 ポーンサワンの町だ。町自体は,小さくて,特に何があるというわけではない。ごくふつうの田舎の町だ。 以前も書いたが,バンガローがあるゲストハウスに泊まった。コングケオ・ゲストハウスだ。この辺りは,電気は夜間しか来ない。行ったのは12月。乾季で,朝晩はかなり冷え込む。半袖では寒い。水シャワーは,かなり応える。本館へ行けば,ソーラー発電のホットシャワーがあるようだが,面倒くさいので震えながら水シャワーを浴びた。 ゲストハウスが主催するツアーに参加してみたのだ。シェンクアンの各地やジャール平原をまわった。その前に,朝のマーケットに寄ったのだ。欧米人が数人でアジア人は私1人だ。なんとなく肩身が狭い… このマーケットには,いろいろな動物が売られていた。また後日UPする。 こちらは,旧マーケットである。こちらは,1人で歩いている時に寄った。雑貨が中心である。 こういう店の雰囲気は大好きだ。日本では,ほとんど見かけなくなってきたジュースのビンは,こちらでは堂々と最前線でがんばっている。 町から郊外へ歩いてみた。田舎なので,町並みはすぐになくなってしまう。ムアンカム方面へ向かってみた。町の中心部から40分ほど歩いた。 自転車に乗り,多数の小学生がやって来る。学校へ行くのだ。自転車は,日本で言うと昔のママチャリが多い。 こちらは,徒歩で学校へ向かう子どもたち。日本のように,1日ではなくて,午前と午後で交代すると思う。このときは,昼前だった。 町の家は,とりあえずコンクリートなどを使った家だが,町から出ると,このような木造(葉っぱ?)が中心となる。 こんな笑顔は,大好きだ。なんともほのぼのとしている。 こんな湖を発見した。これは,きれいだった。ガイドブックにも載っていないので,名前もわからない。通りがかるだろうが,だいたい,こんなとこまで歩いてくる外国人は,いないかも知れない。 もっと,あちこちを歩いたら,まだまだいろいろなものを発見したかも知れない。 ↓ どんどんクリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。クリックするだけでOKです。よろしくです。ぜひぜひお願いします!人気blogランキングへこちらも!クリックで,本サイトへ!本サイト
2007/05/25
コメント(8)

今日は,ラオス北部のポーンサワン…しかし,時間がなく,今朝も更新できず…今晩にします! ↓ どんどんクリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。クリックするだけでOKです。よろしくです。ぜひぜひお願いします!人気blogランキングへこちらも!クリックで,本サイトへ!本サイト
2007/05/25
コメント(4)

ミャンマー3連発だ。昨日と時も所も変わって,'99年12月,ヤンゴンより西へ行った。パテインとチャウンタービーチだ。 アジア7回目,6カ国目だった。まだまだ知らないことが多く,慣れていなかった。友人と3回行った後,弟と4回目だった。友人とは,タイ・マレーシア(ペナン島)・台湾で,弟とは,台湾・ベトナム・中国へ行った後だった。弟と二人旅だ。 全て,ミニDVのVTRからのキャプチャ画像なので補正をしても粗いが,ご了承を… 当時の首都ヤンゴンのバスターミナルから,パテイン行きのバスを探す。ビルマ語は全く読めないので,何もわからずに必死だった。何とか探し当ててバスに乗り込んだ。3/27日の日記で,バスのことを書いている。 日本語がそのままの日本の中古バスが異常に多くて驚いた。路線バスが長距離用になっているのが多い。 バスには満席だった。見ると,プラスチックのイスが多数乗せられている。「なんやろ?」そのうち,あちこちで止まり,どんどん人が乗ってくる。「いったい,何人乗せるんや??」ここで,プラスチックのイスの登場だ。座席の隙間にどんどん並べられていく。「あ~!」…補助席になるのだ。ギュウギュウ詰めだ。乗せられるだけ,めいっぱい乗せるのだ。 今なら,別になんとも思わなくなったが,当時はかなり新鮮だった。周辺国でも,よく見られるのだ。 この画像は,以前の日記でも載せている。鉄橋があった。一旦止まる。係員(軍人?)が指示を出している。「なんやろ??」よく見ると,鉄橋の手前には踏切らしきものがあり,レールがある。「まさか!?」… バスは,まさかのレールのある鉄橋の上を走り出した。「なんちゅうこっちゃ!!」ビックリした。よく考えたら,線路があるが,実際に列車が走っているようには見えなかった。もったいないので,あるものを有効的に使うということか! ミャンマー第4の都市と言えど,少し外れると,こんな風景だ。この画像は,以前の本サイトのトップページに使っていた。 屋台が並んでいる通りがあった。夕方になると,人がいっぱい集まってきた。 何を食べたか忘れてしまったが,この焼きそばだったような気がする。いい加減で,すみません… パテインの,これまた違う方向の町外れにいた子どもたち。顔が白い。これは,タナカーというミカン科の柑橘類で,日本名は月橘、長柄密柑。このタナカーの木の樹皮を,すり鉢で水と一緒に摩り下ろしたものを顔に塗るのだ。日焼けや虫除けになるとされる。最近流行りの,癒し系としても注目されることもあるようだ。ミャンマーの子どもや女性の多くが塗っている。ただ塗るだけでなく,オシャレとしていろいろな模様を描くことも多いようだ。 さて,このパテインの町から,さらに西のチャウンタービーチへ行くのだ。バスは,古いマイクロバスだった。しかし,途中からすごい道になってきた。舗装などなく,ガタガタだ。跳ねる跳ねる!バスのサスペンションなんて,とっくにくたびれているので余計に応える… 途中から,山道になった。さらにガタガタだ。「なんちゅうとこや!」しかし,何もないと思われる山中にも家があるのだ。乗り降りがあるのだ。これには,ビックリだ。3時間ほどでチャウンタービーチへ着く。バンガローを並べたホテルが結構あった。 知り合った地元の人(バイタクの兄ちゃんを含む)と食事だ。兄ちゃんたちとは,滞在中ずっと食事をした。いろいろな所へ連れて行ってくれた。商売上?,バイタクの兄ちゃんと一緒にいる時間が長かった。いつもにぎやかな兄ちゃんだったが,クリスチャンで,ある晩,お祈りに行った。帰ってきたら,人が変わったようにおとなしくなっていた。「どういう事や??」と,弟と話した。次の日も,同じくだった。何の効果なのか?? また,この兄ちゃん,弟に「Tシャツをくれ!」ときた。「なんでや??」,「日本のTシャツは品質がいいから!」だと。なるほど。しかし,そんなにTシャツを持ってきてるわけでない。弟が「何回も来て,さらに着たまま洗濯してないのあるけど,これならいいで!」と言いだした。「そんなん,もらうかいな!」と私。しかし,この兄ちゃん「ありがとう!」だ! 次の日に進呈した。うれしそうだった。なんとも妙な感じだった。 ビーチから少し入ると集落があり,ふつうの地元の生活が広がっている。その中の1軒だ。今から思うと,この頃からもうこんなことをしていたのだ。 民家の中だ。とてもシンプルである。実際にここで暮らしている家族がいるのだ。笑顔で見せてくれた。これは,うれしかった。 少し奥へ行くと,ビーチの面影はない。このように,ふつうの田舎だ。日常の生活が垣間見られる。 こういう国では,学校などは外国人などの一介の観光客にはなかなか見せてくれない。しかし,この小学校は簡単に見せてくれた。 もうすぐ行われるという村の祭りで披露する踊りの練習だそうだ。みんな楽しそうにしているが,見慣れぬ外国人を興味深げに見てくる。なかなかおもしろかった。 当時のガイドブックには,チャウンターではなく,チャンターと書いていた。地元の人に聞くと,「チャンウンダ」と言っていた。パテインは,パセインだった。発音は難しい… 今は,もう何とも思わなくなってしまった光景も,この当時はたいへんめずらしく,新鮮だった。この頃は,新鮮な驚きが数多くあったのだ。 ↓ どんどんクリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。クリックするだけでOKです。よろしくです。ぜひぜひお願いします!人気blogランキングへこちらも!クリックで,本サイトへ!本サイト
2007/05/22
コメント(6)

昨日は,ミャンマーのモウラミャインの町を紹介したが,その途中の鉄道を再び紹介する。昨年の7/6・7/7に続けて紹介し,レギュラー?の方からのコメントもいくつかもらっているが,再UPする。再UPするからには,画像と文も増やした。 ヤンゴンからモウラミャインへ行くまでにバゴーで4日間過ごした。ここは,バゴー駅。ヤンゴンから2時間ほどである。駅舎には多くの人々がいる。 こんな風景は,めずらしいことではないが,線路上にふつうに人がいる。多くの人が座っている。列車の乗り降りも,ホームだけでなく,直接線路に降りることもしばしばである。 ある意味,のどかな風景である。荷物をいっぱいに持った人もいる。その辺の道路に座っているようだ。しばらく構内をウロウロした。 列車が入ってきた。汽笛を鳴らしている。しかし,人々はほとんど動かない…そこら中に荷物が置いてある。轢かれる!列車は,超ゆっくりだ。ギリギリまで迫ってきた。寸前でやっとどけた。みんな落ち着いているが,見ているこっちが冷や冷やだ。 しかし,荷物の多いこと!これらを次々に下ろしたり積んだりしている。忙しいのか,のどかなのか,わからん風景だ。 ちょっとひいて撮った画だ。列車が入ってしまえば,一応ちゃんと周りに広がっている。この列車は,バゴー近郊用だそうだ。 売り子も多くいる。列車が入ってくると,このように食べ物などを売るのだ。たくさん集まってくる。このときだけは,にわかに騒然とする。この列車は,私も乗った。 私は,別に鉄道マニアではないが,駅には,いろいろな機関車や列車が入ってきて,おもしろかった。 よく見ると,ずっと座っているだけの人もいる。列車が何本か来たが,どれにも乗らない人がいるのだ。暇つぶしに来ているのか?? 列車が動き出した。向こう側の青っぽい服の人は開いたドアにふつうにつかまっている。手前の灰色の服の人は…「あれ??」ドアを必死で引っ張っている。ドアが開かないのだ!少なくとも,私の視界から消えるまでは,一生懸命に叩いていたが,あとはどうなったんだろう!? バゴー駅では,SLも見た。2/25の日記で紹介している。 駅は,ただ見ているだけでも楽しいのだ。 鉄道には,ヤンゴン~バゴー間とバゴー~モッタマ間の2回乗った。 3日前に,サイカーのドライバー(この後,ずっと世話になる)とモウラミャイン行きの前売り券を買いに行ったら,勝手に駅員室に入っていく。ふつうは外から窓口で買うはずだが,ホームの駅員通用口から入ったのだ。「いいんかいな!?」,「ノープロブレム!」そこにいた駅員は別に怒るでもなく対応してくれた。「こんなん,あり??」…この日の発券はできないが,予約を受け付けるということだった。パスポートを確認し,黒板に書いていた。 駅員室を出ようとしたときだ。若い兄ちゃんと欧米人が入ってきた。「あれ?」ここは,外国人はみんなそうなのか??知り合いなのか笑顔だ。聞くと,サイカードライバーの息子らしい。親子で,サイカーのドライバーをしていて,同じように外国人をこのように案内しているらしい。やはり,ふつうは外の窓口から買うらしい。 この後,黒板の文字が消されてしまわないか心配だったが,乗車当日にはちゃんと発券してくれた。さらに,早く行ったので大きいバックパックを預かってくれた!再び町へ出たのだ。 構内で撮影してもらった。地元の人と同じようにレールに座って列車を待ったのだ。やはり,“郷に入っては郷に従え”だ!なんとなく,現地の人になったような気になる。 普通席がオーディナリークラスで,いいのがアッパークラスだ。ほんまの庶民と一緒ならオーディナリークラスだが,線路事情が悪いと聞いていたのと8時間以上かかるので,アッパークラスにした。アッパークラスはリクライニングする座席だが,乗ってみるとかなりボロかった…でも,バスよりも少し余裕があった。 エアコンは無い。扇風機があるだけだが動いていない…電灯も壊れていて,豆電球のような小さな球がついているだけである。 モッタマへ行ったときは,夕方になり暗くなったが,電球だけではほんまに暗かった。フラッシュを焚いて,この明るさだ。途中から,何人かのオーディナリークラスの客が入ってきて,勝手に座っていた。車掌に注意されていたが,追い出されることはなかった。いいんかいな?? 駅に止まると,窓から売り子が一斉に来る。乗り込んで,天井伝いに歩いている売り子もいる。たいへん賑やかだ。 さて,一番の売り物??は,名物縦揺れだ。横揺れは,日本でもある。しかし,ここでは縦揺れがあると聞いていた。どんなんだろう??それは乗ってみて,わかった! 列車のスピードは,たいへん遅い。しばらくは,横揺れしかなかった。ほんまに縦揺れなんてあるのか??乗車後,何十分かして少しスピードアップした。おっ!来た来た,縦揺れだ。しかし言葉で言うのは難しい…まさに縦揺れだ!(説明になってない…)こんな感覚は初めてだ。なんか飛び跳ねているようだ。 列車が古いせいだろうかと考えながら,線路を見ていた。すごい線路だ。レールが完全に浮いている。そら縦揺れもするわ!と思った。さらに,脱線するんじゃないかと思った。 全部こんなわけでないが,すごいレールである。ほんのたまに,外れて脱線するそうだ。速度は,そんなに速くないので大事故にはなりにくいかも知れないが,ちょっと怖い…お薦めはしにくいが,なんとも楽しかった。 モウラミャインからヤンゴンまでの帰りは,バスに乗った。どちらがいいかと聞かれたら,答えるのは難しい…バスの方が,それなりに安定はしているが窮屈だ。バス会社によって,最終はどこに着くかわからない。列車は,結構自由に動けるが,揺れが激しく脱線の恐れもある。個人的には,列車の方がいろいろな人々や景色が見られてよかった。 ↓ どんどんクリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。クリックするだけでOKです。よろしくです。ぜひぜひお願いします!人気blogランキングへこちらも!クリックで,本サイトへ!本サイト
2007/05/21
コメント(8)

ミャンマー南東部のモウラミャイン(モーラミャイン)。ベトナムのダナンからの東西回廊の西の起点だ。ラオス~タイの第2メコン橋(サワンナケート~ムクダーハーン)ができて全線が開通し,いずれ注目されるだろう。 今までに何度か書いてきた町だ。11/29の日記,3/27の日記,4/18の日記など。あまり観光客は行かないかも知れない。ネットで探しても,この町の情報はあまり出ていない。 ヤンゴンからバゴーまで鉄道で約2時間かかったが,そのバゴーからさらに8時間半かかって,対岸の町モッタマに着いた。そこから,ピックアップで20分ほどだった。 モウラミャインとモッタマの間には,タンルウィン川が流れており,橋ができるまではかなり遠回りをするかフェリーだった。橋が開通し,車や人は通行が可能になったが,鉄道はまだ工事中だったのだ。 昨年に鉄道も開通し,ヤンゴン~モウラミャインまでが直通になり,便利になっている。 以前に同じ事を書いたかも知れないが…列車は定刻よりもかなり遅れたので,モッタマに着いた時は7時頃で,もう真っ暗だった。右も左もわからない。モッタマからのスシ詰め状態のピックアップから適当なところで降りた。しかし,「ここはどこ??」サイカー(三輪自転車タクシー)がやって来たので,それに乗ってホテルを探すが… 着いたのは12/31の大晦日だった。ふだんは空いていても,過去の経験から,この日は危ないことを知っていたのだが…案の定,町のホテルが全て満室で,あせった。この町に外国人の泊まれるホテルは少ししかない。初野宿か??探したあげく,やっと1室だけ空室があった。オーロラ・ゲストハウスで1泊US$3。水シャワー・トイレは部屋になく共同。大晦日に,1番質素な宿に泊まることに…最近は,贅沢になってきたので,シャワー・トイレ共同は久しぶりだった。地元人用と外国人用のシャワー・トイレが別になっていて,カギを渡された。トイレが,ミャンマー仕様と洋式の違いがあった。地元用の方は,カギがなかった。宿泊客は,地元人ばかりのようだった。 これが,モウラミャインとモッタマを結ぶ鉄橋だ。丘の上から見たところだ。左側が車道と歩道で,右側が鉄道になっている。向こう側は,しばらく高架になっているのがわかる。鉄橋上のレールは敷かれていたが,両町側の高架がまだまだ建設中だった。 こちらは,町から見たところ。この橋の開通で,かなり便利になっただろう。 今は,フェリーや渡し船がなくなったかと思いきや,まだちゃんと運行していた。船着き場はあちこちにあり,大きいものから小さいものまでいろいろあった。軍の艦艇もいくつか係留していた。 タンルウィン川沿いの通りは,車通りも少なくて,のんびりとしている。何軒かのレストランもあり,2軒にビールを飲みに入った。そのうちの1軒は,上記の過去の日記で書いた。馬車は,街中を走っていた。 メインストリートだ。車は多いと言っても,知れている。 大通りの横は,すぐにこのようになっている。ここでは,ふつうの日常のくらしが広がっている。 路地裏に入ると,もっとふつうの生活が見られる。あまり厚かましく入るとよくないので,そっとおじゃまする。 当然,この町にも路上のマーケットがある。前の人が車が押しているのは,ここが上り坂なのだからだ。 小学校だ。門が閉められているので,外から撮影していると,横から叫び声が!誰かが走ってきて叫んでいる。言葉はわからないが「撮るな!」だろう。門番か?ミャンマーは撮影禁止の場所が多くあるが,学校もNGなのだ。わかってはいたけど(^_^;) しかし,学校の周りにいた子どもたちは喜んで写っていた。向こうから声をかけてくるぐらいだ。 以前に載せた画像だが,笑顔は子どもたちだけでなく少年たちも同じだ。これも,向こうから声をかけてきた。 仕事中の人も「写してくれ!」とポーズをとる。画像では緊張しているように見えるが,話している時は笑顔だったのだ。 チャイタンラン・パゴダのある丘を登り,そこから南へ歩いた。途中で,地道をあちこち歩いていると,迷ってしまった。しばらく行くと,ビューポイントと書かれていて,ベンチなどがある。何人かが来ている。男女で来ている者もあれば,1人で来ている人もいる。この手前にも,イスや石のテーブルが置いてある場所があった。 町を望んだところだ。確かに見晴らしがいい。町なかにいるとわからないが,上から見ると緑が多いことに気づく。ここへは,バイクや車などでは,そんなに時間がかからないだろうが,坂道でもあり歩いてくるとキツかった… これは,川沿いで。タンルウィン川の向こうに沈む夕陽だ。これも,以前に載せたと思う。 特に何があるというわけではないかも知れないが,のんびりするにはいい町と思う。また,これから発展するかも知れないが… ↓ どんどんクリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。クリックするだけでOKです。よろしくです。ぜひぜひお願いします!人気blogランキングへこちらも!クリックで,本サイトへ!本サイト
2007/05/20
コメント(10)

カンボジアのプノンペンにあるセントラルマーケットより南西方向にあるオルセーマーケット。庶民のマーケットだ。この近くには,バックパッカー御用達の有名な安宿のキャピトルゲストハウスがあるので,訪れた人も多いかと思うが,観光客はあまり来ないかも知れない。 前には,モトドップ(バイタク)やシクロが多くいる。周りを走っているバイクや車も多い。 1階は,食料品売り場だ。こんな風景は,どこの国でもよく見かける。肉が,そのままドンと置かれている。照明が少なく,薄暗い。床は濡れていて滑りやすい。 2階へ上がる階段から撮った。1階部分の店舗の屋根がよく見える。2階は,雑貨や文房具の店が入っている。客は結構来ている。 子どもたちが,あちこちで遊んでいる。生活や遊びの場にもなっている。これは,よく見かける光景だ。しかし,水筒を持っている子は,あまり見たことがない。 建物の周りにも店が多数並んでいる。これは,焼いた豚肉を売っている店が並んでいる。いつも思うが,競争相手が多い。 拡大だ。焼いた豚が吊されている。下には,顔なども見られる。 道路を隔てた周辺にも店が並んでいる。人がいっぱいいる。 周辺の通りには,車も多い。屋根に多くの荷物だ。人間も屋根に乗っている。 これも屋根に高く積まれている。後ろからも荷物があふれている。 この周辺にも,いろいろな店があった。首都プノンペンという大きな街でも,歩くだけで楽しいのだ。 ↓ どんどんクリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。クリックするだけでOKです。よろしくです。ぜひぜひお願いします!人気blogランキングへこちらも!クリックで,本サイトへ!本サイト
2007/05/19
コメント(10)

なんやかんやでヒマがなく疲労も手伝ってネットができず,当然更新もできていない。今も睡魔と戦っている… 更新は,明日の朝の予定だ。 朝追記:朝も時間がなくなった…今晩OR明日に! ↓ どんどんクリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。クリックするだけでOKです。よろしくです。ぜひぜひお願いします!人気blogランキングへこちらも!クリックで,本サイトへ!本サイト
2007/05/17
コメント(6)

昨日に書いた,ワット・プーへは,パークセーから行った。そのパークセーの町を少し書く。'01年11月なので,様子は変わっていると思うが… この町からは,ワット・プーだけでなく,コーンパペンの滝へも行っている。7/27の日記(クリック)や6/7の日記(クリック)に書いている。 泊まったのは,ラーオチャルーン・ホテル。オープンして間もなかった。フロントが,いきなり外の歩道横にあって驚いた。寒いと吹きさらしだ。エアコンつきの部屋(料金は忘れたが,今は$10)に泊まったが,寒くて必要なく,約半額のファンの部屋にしたらよかった。部屋は,冷蔵庫とTVもあるが,たいへん狭くて窓もなかった。 屋上のベランダ(洗濯物干し場のようになっていた)から,街の様子だ。 街を流れるセードン川。川沿いに家が建っている。大通りは,車通りも結構あるが,のんびりとした町である。 このセードン川は,メコン川に注いでいる。左側はメコン川だ。この横にある屋台でビールだ。デジカメの時刻調整をしていないので記録を見ると5時台だが,記憶では昼の3時だったと思う。 街だけではおもしろくないので,外れまで行った。やはり,この赤土だ!?人通りは,途端に少なくなる。まあ,だいたい街にも人が多いわけでもないが。 途中にいた少年たち。サッカーをしていた。私を見つけると,手を振ってきた。子どもは,どこへ行っても明るい。 街の東側にあるタラート(市場)まで歩いた。この先をずっと行くと,タイ国境だ。道路の工事をしているようだった。その横で遊ぶ子どもたちがいた。この子たちも,みんな元気だった。 これは,中華系の店で食べたラーメンだ。まあ,日本のものとはかなり違い,別物だと考えた方がいい。 この町からしばらく行けば,国境を越えて陸路でタイへ出入国ができる。うれしいことに,今年1月から,14日以内ならビザが不要になった。これは,いい! ↓ どんどんクリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。クリックするだけでOKです。よろしくです。ぜひぜひお願いします!人気blogランキングへこちらも!クリックで,本サイトへ!本サイト
2007/05/15
コメント(8)

1周年記念翌日の第1弾は大好きなラオスだ。昨日に1周年の日記を書いたので,今日にUPすることにした。じつは,この日記を昨日に一旦UPしたが,引っ込めた。 ラオス南部のチャムパーサックの町。この町から10kmほど行くと,ワット・プーというクメール遺跡がある。この周辺のチャムパーサック平原とが'01年に世界遺産に登録されている。この遺跡は,たくさんの方々が書かれていると思うが,自分風に書いてみた。 私が行ったのが,その'01年の12月だった。今と様子が違うかも知れない。別に,世界遺産を意識したわけでなく,クメール遺跡に興味があったのと,高いところから平原を見たかったからである。日本と違い,地平線まで見える広い大地はすばらしいものがあるのだ。 このときは,チャムパーサックの町自体についてはあまり詳しくわからなかったので,パークセーの町から車をチャーターした。公共のバスも走っているが,時間がかかるのと本数が少ないので日帰りは厳しい。 バックパッカーは,とにかく安く行くといいという風潮があるが,それはよくわかる。私も以前はそうだった。しかし,今は別に何が何でも安く行こうとは思わない。必要なら現地の旅行会社やホテルで車をチャーターするのだ。1人なので,高い費用がさらに高くなるが…でも,行きたいところに行けないよりはいい。お金がかかっている分,個人なので自由がきく。旅には,いろいろな形があっていい。 1時間以上走っただろうか。車は脇道に入った。店や食堂などが並んでいる。「なんや??」と思っていたら,いきなり前に川が。「メコン川か!?」そう言えば,メコン川を渡らなければチャムパーサックへは行けないのだ。 どうするのかと思えば,いきなり車ごと船へ乗った!「えっ!?」ほかにも何台かが乗る。さらにバイクや人も乗ってきた。「大丈夫なんかいな?」船を2艘並べて真ん中に板や柱などを渡して造った船だ。ドライバーが「車から降りた方が気持ちいいよ!」と言う。確かにそうだ。すげ笠に天秤棒の人々が座っている。ここはベトナムか?? これは,帰りにチャムパーサック側の船上から撮ったものである。船の上に車やバイク,人がひしめいている。 反対側の船着き場から,またしばらく走らなければならない。やっと,ワット・プーへの入り口が見えてきた。この画像は,すでに中腹へ来ている。結構な坂道だ。何よりも日ざしがキツい。帽子などは必要かも知れない。私は,どこへ行っても炎天下の中を帽子もかぶらないで歩き回る。帽子が大嫌いなのと,かぶらなくても平気だからである。良くはないと思うが…足が痛くなったことは多いが,頭がしんどくなったことはない。 北宮殿だと思うが,崩壊しかけだ。あちこちがそんな感じであるが,このときはほとんど手つかずだった。あれから数年経つが,どの程度の修復がなされているのだろう。最近行かれた方は,これらの画像と見比べてもらえればわかると思う。 頂上にある本殿だ。仏像に日傘がかけられているところが,なんともおもしろい。なお,クメールの寺院は,ヒンドゥー教である。 守り神のシバ神だと思う。このようなレリーフがあちこちにあった。遺跡については,他に詳しいサイトが多くあると思うので,そちらを参考に…(^^;) わたしは,どちらかというと,取って付けた知識と見たままを書いているだけなので… 本殿の中にはこのような仏像が安置されている。そういえば,この真上に質素な屋根が掛けられていた。 これは,よく見かける画像だ。上からの眺めだ。ワット・プーのほか,チャムパーサック平原が見渡せる。いい眺めだ。向こうの方まで見渡せるのは,じつに気持ちがいい。またまた最近行かれた方,比べてどうですか?? 私が行った時は,人は誰もいなかった。のんびりと見て回った。 これは,帰りだ。チャムパーサック側の船着き場だ。小さい子どもたちが,水を汲んだりして,のんびりとした雰囲気だった。 ミニDVからのキャプチャなので画像が粗いが,こんな小舟にもバイクを積んでいる。モーターが付いているので走行は問題ないだろうが,上げ下ろしのときは大丈夫なのか? 今は,この当時よりも行きやすくなっていると思うが,果たしてどうなっているのだろう? ↓ どんどんクリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。クリックするだけでOKです。よろしくです。ぜひぜひお願いします!人気blogランキングへこちらも!クリックで,本サイトへ!本サイト
2007/05/14
コメント(6)

今日で,アジアのブログを始めてちょうど1年になった。始めた頃は,方向性も定まらなかった。アジア以外のことも書いていた。続けられるのかが疑問だったが,なんとか続いてきた。 旅行後や旅行中は,ネタがいっぱいある。また,始めた頃はネタ自体はたくさんあった。書きたいものは探さなくてもたくさんある。書く時間も早かった。しかし,どうしてもおもしろいものを先に書いていくと,1年経ってくるとネタが不足気味になってくる。どうしても書く時間もかかってしまうのだ。といって,ネタがなくなったわけでない。まだまだ書くものはある。 その解消法の1つに,以前書いた日記の再UPがある。まあ,初期の頃のアクセス数が少なく見てもらえなかったのをもう1度という意味の方が大きいが…そのままというわけでなく,画像と文章を増やしている。 初期の頃は,画像は1枚だけだった。その後,3~5枚ぐらいになった。最近は,10枚前後になっているが一時的なことで,また5枚前後に戻すつもりだ。画像の容量が気になるのだ… 気になっているのが,カテゴリー分けができていないことだ。国別に分けておいたらよかった。後から探すのがたいへんだ…新しいものだけでもできるのだが,そうなると以前の分も整理するとなると,今からだとかなりたいへんだ。 ここで知り合った人も多い。ありがたいことだ。少しでも見聞が広まった。みなさんに感謝です! とにかく,これからもできる限り続けていきたいと思っている。よろしくお願いします!!本サイトも,よろしくです!※ 文字ばかりになるので,また我が家の登場だ。画像1:その昔,木戸孝允が家で休憩していった。画像2:表の木。名前は知らない…その年によって色が変わることがある。オレンジ色になった年があった。画像3:家の屋敷に住んでいるノラネコの中の1匹。最近,エサをもらいにやってくる。近くにいても逃げない。 ↓ どんどんクリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。クリックするだけでOKです。よろしくです。ぜひぜひお願いします!人気blogランキングへこちらも!クリックで,本サイトへ!本サイト
2007/05/13
コメント(10)

アジア各地には,バイクや車のいろいろなタクシーが走っている。そのなかでもオート三輪と呼ばれる車が多い。国によって型が違うし,同じような車でも呼ばれ方が違う。日本でも,昔は多く走っていた車だ。 今日は,各地のオート三輪を紹介する。2/22の日記(ここをクリック)でも一部を書いている。すでに,以前にUPした画像もある。 三輪と言えば,まずはタイのトゥクトゥクだ。これは,たいへん有名だ。もとは,日本のダイハツミゼット前期型だ。ハンドルは丸ハンドルではなく,バイク型だ。タイは,日本と同じ左側を走る。客の昇降は左側になっているが,両側から昇降できるチェンマイ型もある。 これはアユタヤ型だ。これは,丸ハンドルになった日本のミゼット後期型そのものだ!今はタイの車屋などによって模倣してタイ製として造られていることも多い。後ろの車は角目になっている。これは新型車だ。 同じトゥクトゥクでも,ラオスではこんな型になる。バイクに座席をくっつけた形だ。一体型になっている。 これは,カンボジアのトゥクトゥク,ルーモーだ。正確には三輪ではない。これが増えてきている。 画面はぼけているが,ラオスのトゥクトゥク同様に,バイクと座席が一体化したルーモーだ。雨季なので,横の幌が下げられている。 今度は,ミャンマーだ。日本のマツダK360。日本では,昭和34年~44年まで販売された。ここでは,まだまだ現役だ!各地で走っていた。 オレンジ色の車は,現在はトヨタグループであるが工作機械のメーカーの三井精機のハンビーだ。これも,昭和34年に販売を開始した。この会社は,オリエントというトラックも造っていた。 両サイドにある青い車は,マツダの現地生産車である。これも古い。戦後補償で造られた車だ。 ミャンマーのタチレク(タキレイ)だ。タイのメーサイとの国境付近だ。こんなタクシーもある。ここ以外では,見なかったが… これは,スリランカのスリーウィラーだ。インドを中心に走っているオートリキシャーだ。いろいろな色の塗装があった。タイのトゥクトゥクよりも,やや小ぶりに見えた。 これは,バングラデシュのベビータクシーだ。これもインド系だろう。これは,4サイクルエンジンである。以前は,2サイクルエンジンの煙をもうもうと巻き上げる車が走っていたそうだが,首都ダッカでは今はない。規制されたようだ。車体には,CNGと書かれている。天然ガス車なのだ。昔の大気汚染された街の面影は少なくなったようだ。バングラでは,意外とタクシーでも天然ガス仕様が多いのだ。 その2サイクルベビーだ。ダッカから追い出されて,各地にある。(もとからあっただろうが)地方では,まだまだ活躍している。でも,チッタゴンでは,4サイクルの新しいのが走っていた。 ベビータクシーには3人ぐらいまでしか乗れるスペースがないが,これはテンプーと言って10人ぐらいまで乗れる。チッタゴンで見た。 他国には,まだまだいろいろな三輪が走っていると思う。見ているだけでも,楽しい。 ↓ どんどんクリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。クリックするだけでOKです。よろしくです。ぜひぜひお願いします!人気blogランキングへこちらも!クリックで,本サイトへ!本サイト
2007/05/12
コメント(9)

かつて日本人町のあったベトナムのホイアン。町並みは,世界遺産に登録されて,観光客も多い。中国南部と日本の建築様式を中心に,ベトナム風もミックスされたような家々が並ぶ。ホイアンの町並みは,現地からと帰国後にも何度かUPしてきた。 ツアーの客は,観光バスで移動するのだろうか?私は,路線バスだった。往復して,客の中で外国人を見たのは欧米人の女性1名だけだった。今日は,街の様子ではなく,ダナン←→ホイアンのバスターミナルの画像だ。 ここは,ダナンのリエンティン・バスターミナルだ。街なかから西に6kmぐらいある。ガイドブック通りに「リエンティン・バスターミナル!」と言っても,全く通じない。英語がわかるホテルのスタッフも「??」,表の通りに出てセオム(バイタク)やタクシーのドライバーに言っても「??」だ… 通じないので,西の方を指さし,「旅の指さし会話帳」を取り出してバスターミナルの言葉を指さしてみた。「お~!」すぐにわかってくれた…で,「バス!」と言っている。なんや,「バス」ってわかってるやん!!どうなってんねん!!! 結局,雨が降っていることもあり,タクシーでバスターミナルへ行った。西へ行っても,かなり市街地が続いていた。かなり大きい街と言うことを改めて実感した。 タクシーの運ちゃんが,ホイアン行きのバスを尋ねて横で止まる。数人の男がやって来た。バスを指さし,「ホイアン!」と言っている。口々に,「60,000ドン(約480円)」と言う。ガイドブックによると,7,000ドン(約56円)なのだが…少し離れたところにいる男にもそっと聞いてみた。やはり「60,000ドン!」…外国人料金が残っているのか!? 画像の男性は,係員か,その辺にいるだけなのかは不明だが,愛想がよく親切だった。 バスターミナルは,かなり広かった。いろいろなバスが止まっていた。よくわからないが,いろいろな人々がウロウロしている。 これは,ホイアン行きのバスである。 バスはガラガラのまま出発した。「あれ?おかしい…」しかし,どうせどっかでいっぱいになるだろうと思っていた。案の定,20分近く大通りをトロトロ運転だった。そして,客が少しずつ乗ってきて,結局満員になった。やっぱりな~地元のベトナム人ばっかりだった。 ホイアンのバスターミナルまでは,1時間20分だった。そこから,さらにセオムで街へ行くのだ。短時間なのに,何ドルか取られた。高い!これも外国人料金か??しかし,帰りのセオムは1,000ドン(約8円)だった。しまった!! 今度は,ホイアンのバスターミナルだ。ダナンに戻ることにしていた。この小さなミニバスがダナン行きなのだ。おそらく,いろいろな大きさの車両があると思う。 料金を聞くと,やはり「60,000ドン」…ここでも同じ外国人料金か??座席は,助手席になった。いいのかな??と思って聞いたが,「OK!」だった。 バスには,地元人しかいなかった。乗客の何人かは親切に「食堂で,何か食べてきたら?」と声をかけてくれた。いい人たちだ!! 車内の様子である。座っているのはベトナムの女性だ。 さて,30分ぐらい経った時に,欧米人の女性がやって来た。乗客はベトナム人ばかりなので,金髪は目立つ。バスの係員に何やら言っている。よく聞いてみると,「10,000ドン!」と言っていた。まさか,値段交渉か?聞いていると,やっぱりそうだった。結局20,000ドン。また「しまった!」だ。 バスターミナルには,食堂が数軒あった。食事をしている人が多くいた。 バスを待っている人たちかと思ったが,たんに近所の人々が食べに来ているだけということに気づいた。 バスの後ろが開いていた。奥に見えるのは,乗客の荷物ではないか。つまり,最後列の何列かが少し高くなっており,その下のスペースにものが入るようだ。 そこへ,シクロが何やらポリタンクをいっぱい積んでバスに横付けした。「なにしてんのや??」と思ったら,それを積み込み始めた。なるほど。 帰りは,1時間半だった。場所にもよるが,街中でも止まるので,終点のバスターミナルまでは乗る必要はない。 バスは,地元の人の生活感があるので,とてもいいですよ! ↓ どんどんクリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。クリックするだけでOKです。よろしくです。ぜひぜひお願いします!人気blogランキングへこちらも!クリックで,本サイトへ!本サイト
2007/05/11
コメント(2)

シンガポールは,大きな街だ。一昨日前に書いた東ティモールとは全く別の意味で,周辺国とは明らかに感じが違う。私は2回行っているが,観光地へはあまり行っていない。有名なマーライオンタワーにも興味ない。たぶん,観光地へ行くと日本人がいっぱいいると思う。1度,街なかの免税店へ入ってみたが,観光バスで大量の日本人がやって来ていた。「うわっ!」すぐに出た。少し見てみようと思っただけなのだが…ブランドもんには興味がない。ただし,腕時計は好きで(特に機械式=自動巻・手巻き),20本近く持っている。アナログ式(針)が中心だ。 さて,この日はMRTに乗って南東部へ行った。東西線のパヤ・レバ駅で降りる。ここから南へ2,3km行くと,イースト・コースト・パークという大きなビーチと公園がある。ここへ行ったのではない。正確には行けなかったのだ。手前にあるハイウェイを渡れずにやめたのである。駅からビーチ&パークへは,別の駅から出ているバスで行くようだが,徒歩で行こうとしたのだ。 しかし,1番の目的はビーチの手前にあるカトン地区と言う小さなエリアだった。ここは,ガイドブックに載っているが,中国とマレー,欧州の文化が融合したプラナカン文化の残るエリアらしい。各地で開発が著しいシンガポールの中で,数少ない昔の面影が残る街なのだ。駅から,ブラブラとあちこちを見て行ったら,そこまで1時間以上かかった。 駅から少し南へ歩くと,一軒家が何軒もあった。この国では少数派と思う。ここは,まだカトン地区ではない。さらに行くと,マンションがあった。窓から物干し竿が伸びている。それぞれ,1本だけでなく,数本出ている。よく見ると,窓の壁に物干し竿を差せる器具が最初から付けてあるのだ。 高層ビルが建ち並ぶ街とは,かなり感じが違った。漢字の文字も見える。ビルもあるが,大きくはないし,少ない。 これは,古い建物だ。こんな建物が,あちこちにある。屋根を見ると,あちこちにシートが掛けてある。雨漏りがするのか! 近くで見ると,古いことが,もっとわかる。色あせた漢字も見える。 その横には,新しい建物だ。ずいぶんときれいだ。この先に進んでいくと… きれいな家々が見えてきた。プラナカン様式の家のようだ。この特徴はパステルカラーのようなきれいな色を使うらしい。 これも同じくだ。 食堂だ。中華とマレーの混ざったニョニャ料理の店が多いらしい。中国語と英語の2つを書いている食堂が多かった。ホーカーズのように,集合屋台になっている店よりも,1軒ずつが独立している店が多かった。 上を見ると,海南の文字。中国の海南島のことか?海南風チキンライスのようだ。おいしそうな店が並んでいたが,入らなかった。この地区に来たのは昼過ぎで,昼食を食べた後だったのだ。しまった!ここで食べたらよかった… さらに,もう1つの原因は… これだ!この日も非常に暑かった。立っているだけで,汗がダラダラだ。駅から1時間以上歩いていたので,のどが渇いていた。カトン地区へ入って少し歩くと食堂があった。店の前の路上にテーブルが出ていた。中を見ると,ビールが!ここで何本か飲んだのだ。 シンガポールにも,このようなところがまだ残っているのだ。ほかにも,チャイナタウンをはじめ,リトル・インディアやアラブ・ストリートなど,様々な顔がある。MRTで行けるので,ブランド品ばかり買いあさってないで(失礼!),まわってみられてはどうか? ↓ どんどんクリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。クリックするだけでOKです。よろしくです。ぜひぜひお願いします!人気blogランキングへこちらも!クリックで,本サイトへ!本サイト
2007/05/10
コメント(14)

東ティモール。行ったのは'03年の8月の1回だけだが,たいへん印象に残っている国だ。だから,何度も書いている。機会があれば,また行くつもりである。似たようなとこも多いが,他の国々とは,明らかに雰囲気が違う。独立及びその後に関して,いろいろと混乱していることはご存じだと思う。まあ,知らない人も多いかも知れないが… 混乱時の痕跡は,7/13日の日記(ここをクリック)をはじめ,何回か紹介した。焼き討ちされた建物が多数残ったままだった。こんな光景は,他の国では見ない。 東ティモールに関しては,大家のtheysunさんが,おられる。私なんぞ,足元にも及ばない。 今日は,首都ディリから海岸沿いに歩いた様子を紹介する。ほとんど景色だけだが… 午前中に街を歩き回った後,午後から東方向にあるキリスト像まで歩こうと思い立った。リオデジャネイロのキリスト像に似ているらしい…でも,本家のリオのキリスト像は全く知らないが…(^_^;)この前に行ったベトナムのブンタウにも,そんなキリスト像があり,2/3の日記(ここをクリック)紹介している。 海岸沿いを道が走っている。向こうには島が見えている。 画像は,デジカメとVTRの静止画だが,さっき気がついたが,細かい時間の記憶が曖昧なので,画像の情報を見ると,時間がおかしい…どちらかの時計の設定がおかしい。時刻が合わないのだ。脳の中から一生懸命に記憶を引き出した。 しばらく歩くと,少しビーチのようにもなっている。しかし,誰も泳いでいない。家が見えてきた。店もあるようだ。店にたどり着くと,UNMISET(当時)の車があった。早く言えば,国連の関係者だ。隊員が休憩している。そういえば,街のあちこちの店でも長い時間休憩をしていた。こんなもんなのか…?? 海岸には,このような質素な家が何軒かあった。漁でもして暮らしているのだろうか? 子どもたちは,どこへ行っても明るい。これが救いだ。まあ,大人たちも陽気で笑顔が多かった。生活はかなり苦しいはずなのだが,心までは貧しくなっていない。 今は(たぶん)なくなってしまったが,ガイドブックには,ビーチから2,3kmと書いてあったが,本当か??歩いたのは,この画像の右側をぐる~っと回って左方向に進み,まだその先だった。つまり,この画像ではまだ全く見えないのだ!話が違う!歩いても歩いても進まない… こんなところも通りがかった。海から木が生えている。いや,満潮か??マングローブ?その辺の知識は,あまりない… 少年が座って海を見つめていた。木を見ているのかも…それとも,物思いに?? 街を出て,1時間半以上経っただろうか??やっとキリスト像が見えてきた。だいたい,朝から街を歩いていたので,何時間も歩いているのだ。足が痛い。その上,「うわ!結構,丘の上や!!」この先,急な坂道か階段があることは容易に察することができる。 手前まで来た。しかし,登り口がわかりにくい…行きすぎて戻った。記憶は定かでないが,スロープのようになっていた。ふもとにバイクが1台あったが,誰もいない。じゃあ,このバイクの持ち主はどこだ??途中からは階段もあった(と思う…)。しかし,ただでさえ疲れているのに,これはキツイ! やっとのことで登り終えた。足下まで行けるのだ。海などが一望できる!しかし,疲れて座り込んだ。のども渇く。誰もいない。1人でしばらくの間くつろいだ。 …で,バイクの主は??とまだしつこく思う。やはり,どこにもいない。休んだ後,手すりから下をボーッと眺めていた。しばらくすると,ブ~ン!とエンジン音。下を見ると,いきなり兄ちゃんがバイクで走り出した。「どこにいたんや!」まあ,どうでもいいんだが… 長らくの休憩後に,戻ることにした。しかし,あの距離をまた戻るかと思うと,さすがに歩き回るのが好きな私でも,うんざりだった。 丘を降りる…と,ふもとまで来たときに,街方向から車が1台やって来た。止まる。どうもタクシーらしい(と,勝手に判断)。「なんや,こんなとこで?観光客か??」…違った。客は地元人らしいが,降りるとその辺を歩き出した。丘に登るわけでない。周りには別に何もない。「じゃあ,こんなとこに何しに来たんや?」よくわからなかったが,そんなことより,渡りに舟だ。かなり疲れていたのだ。足が重い。これは,ちょうどいい。うかうかしてると行ってしまうぞ!タクシーなんて,こんなとこまでは,ほとんど走っていない。しかも,街に戻るのかターンだ。 「ハ~イ!」と作り笑顔で声をかける。「んん!?」けげんな顔。「街まで!」,「ここまで歩いてきたのか?」,「そうだ!」,「クレイジー!」…で,ちゃんと乗せてくれた。英語は通じないと思ったが,お互い片言だが通じた。 めでたく無事に街へ帰った。まさに,足が棒になっていた。上での画像??VTRで撮影はしたが,なぜかデジカメと静止画像は撮っていない… ↓ どんどんクリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。クリックするだけでOKです。よろしくです。ぜひぜひお願いします!人気blogランキングへこちらも!クリックで,本サイトへ!本サイト
2007/05/08
コメント(6)

連休が終わった。休日は,なんとか毎日書けるが,平日は疲れてなかなか書けない…我が極小ブログは毎日書かないと,なかなか見てもらえないのが辛いとこだ。 いつも訪問していただいている方のサイトにも,なかなか顔を出せてないし,行ってもコメントを書く元気もないことも多い。すみません。 新しい日記は,明日の朝にUPすることにした。下書きはしたので,保存しておいた。東ティモール編だ。 眠た~い!おやすみなさい!! ↓ どんどんクリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。クリックするだけでOKです。よろしくです。ぜひぜひお願いします!人気blogランキングへこちらも!クリックで,本サイトへ!本サイト
2007/05/07
コメント(0)

東南アジアの国々は,仏教の国が多い。ただし,日本とは違った上座部仏教だ。ほかにもイスラム教の国もある。さらに,キリスト教もある。欧州列強の植民地時代の影響が大きいと思う。インドへ行けば,ヒンドゥー教がある。ほかにも,小さな宗教が多くある。 その中で,今日はキリスト教の教会を載せてみる。ちなみに,私はクリスチャンではない。家は浄土宗だ。母親方は真言宗である。 フィリピンのマニラのチャイナタウン,ビノンド地区にあるビノンド教会だ。フィリピンは,ほとんどがキリスト教徒(カトリックが多い)である。当然,教会も多い。 内部だ。賛美歌を歌っていた(たぶん)。何か,一介の旅行者が入りにくい雰囲気ではあった。このときは,近くのサンタ・クルス教会へも行った。 これは,ベトナムのダナンにあるダナン大聖堂だ。この国でのキリスト教の割合は1割ぐらいだ。ちょうど夕方のミサの時間だった。前には,多くのバイク。人々も,どんどんやってくる。 中に入ると,人でいっぱいだ。外にまであふれていた。こんなに多くの人がいるとは思わなかった。VTRを回して歩いていると,「ここから写し!」,「ここにおいで」とか親切に声をかけてくれる人が多かった。神聖なミサの最中なので怒られるかと思ったので,ビックリした。 この方が,しばらく話したり歌ったりしていた。偉い人なのか??司教さん? 後ろには,このような方々がおられた。詳しくはわからないが,前に座っている人は,それなりの役職があるのだろう。 でも,こういう場にいると,私までもが厳かな気持ちになってしまう。 ダナンでは,カオダイ教の寺院があり,見に行きたかったのだが,うっかり忘れてしまった…これは痛い!カオダイ教とは,儒教・道教・仏教・キリスト教・イスラム教をもとにできた新興宗教なのだ。めずらしいので,ぜひ見たかったのだが… ラオスのサワンナケートにある聖テレサ教会だ。この国にも,ちゃんと教会はある。ミサの時間にはあわなかったので,様子はわからない。 今日は教会を載せたが,ヒンドゥー教寺院やイスラム教のモスクなども撮影している。また後日に機会があれば載せようと思う。 ↓ どんどんクリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。クリックするだけでOKです。よろしくです。ぜひぜひお願いします!人気blogランキングへこちらも!クリックで,本サイトへ!本サイト
2007/05/06
コメント(2)

台湾の台北を走っているMRT。台北市民の大事な足である。もちろん,観光客にとっても使いやすく便利な乗り物だ。 路線はいろいろあるが,今日は,東西に走る板南線の東の終点駅の昆陽だ。短時間しかいなかったので,画像も少ない。時間も遅いので,ショート編で… MRT昆陽駅前だ。MRTに乗るには切符を買ってもよいが,私は「EASY CARD」を買う。日本のICOCAやSuicaのようなものだ。これは便利だ。 ここはまだ台北市内だが,車や人通りは結構多いとは言え,かなりのんびりした雰囲気になってくる。 西側を見ると,大きなビルは少ないが,大きな街に見える。 しかし東側を見ると,中心部と違って山などが見える。左側の線路は,台鉄だ。何か工事中らしく,ゴチャゴチャしていた。 東北方向に少し歩くと,人通りは極端に少なくなった。 再び昆陽駅前。やはり,台湾と言えば漢字の看板を載せないと。 どこにでも見られる光景だが,今日は短いので画像を無理に?載せた。 他のMRT沿線の街については,また今後に載せることにする。 ↓ どんどんクリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。クリックするだけでOKです。よろしくです。ぜひぜひお願いします!人気blogランキングへこちらも!クリックで,本サイトへ!本サイト
2007/05/05
コメント(4)

ラオス南部のサワンナケート。この町のことを書くことが1番多いと思う。友人がいて,何回か行っているので自然とこうなる。 今日は,マーケットの人々だ。マーケット自体は,大きいものから,あちこちにある小さいものまでいろいろだ。屋根付きから路上まで,これはどこの国へ行っても同じだ。画像だけ見ると,どこの国かはわかりにくいと思う。 サワンナケートにも,バスターミナル近くの大きなマーケットから小さなマーケットまで,いくつかある。 屋外で野菜を売っている。これは夕方だ。友人宅で食べる晩ご飯の材料を買いに行ったのだ。マーケットは,朝が1番にぎわうと思うが,朝早いのは苦手なので,めったに行ったことがない。 ラオスでは,向こうから笑顔でカメラに向かってくることが少ないのだが,横にラオス人の友人がいるから,こうなるかも知れない。さらに,外国人の私とラオス人の彼女が2人で一緒にいると,めずらしそうに見られることが多い。 これも,向こうから手を振っているのだ。しかし,店員なのか客なのかは,よくわからない… このおじさんもにこやかに手を振っている。VTRも回していたが,ずっと笑顔だった。ここでは,調味料などを買った。 豚を切っている。どこへ行っても,たいていこのような木の幹をそのまま輪切りにした丸いまな板だ。これも,どこの国へ行っても見かける。よく見ると,後方に豚の顔が見える。 結構遅い時間でも氷もなく大量に並べられていることが多いが,残りはどうするんだろう?次の日に回すのか?でも,朝1番の肉が新鮮だとよく聞くが,どうなんだろう?? これは牛肉だ。肉を手で押したり触ったりして直接確かめる。何を基準に見ているのかは,わからない…と言うことは,それまでにも何人かが手で触っていたことになる。買うときは,皿に入れて横にある秤で重さを量る。そして支払いだ。 肉を切る手も持つ手もお金を持つ手も,みんな一緒くただ。おまけに,ハエもそこら中を飛び回っている。置いている台も,きれいかどうかなんてわからない。これでも,お腹を壊すことはない。こんなもんなのだ。清潔すぎる日本人がどうかしている。 代金は,私が払うことが多い。招待してもらうからという事もあるが,やはりいくら金持ちじゃない私でも,向こうからしたらお金持ちになる。経済の規模が全く違うのだ。物価が全く違う。あまり負担をかけたら悪い…という気にもなる。 ここでも,子どもが働いている。店番だ。上から3番目の画像にもカゴを運んでいる姿が写っている。 上着や長袖を着ている人が多いが,決して寒いわけではない。かなり暑い。しかし,現地の人はだいたいこんな格好が多い。ただし,夜は結構冷える。半袖でバイクで走ると,これは寒い! そのときの食事の様子は,6/25の日記(ここをクリック)に書いている。 ↓ どんどんクリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。クリックするだけでOKです。よろしくです。ぜひぜひお願いします!人気blogランキングへこちらも!クリックで,本サイトへ!本サイト
2007/05/04
コメント(4)

友人に薦められて,本来は本サイトのアクセス数アップのために始めたブログ。本サイトは,アクセス数が,毎日10前後しかなかったのだ。新画像をUPしたときは,30ぐらいになる時はあるが,その新画像UPの作業もはかどっていない…画像処理と更新作業の時間がないのだ。 というわけで,今や立場が逆転してしまった。本サイトのアクセス数は,今も変わらない。ここには来てもらえるものの,本サイトまでは行ってもらえないようだ。難しい… ブログサイトは,当初は毎日30~50ぐらいだったのが,今は100~130ぐらいになっている。ただし,妙な業者も入っているので純粋にはもっと少ない。 5/13で,1周年になる。早いもんだ。ここで,いろいろな出会いがあり感謝している。まだまだ未熟者だが,またアジアについて,いろいろと書いていこうと思う。勝手な思い込みや勘違い,間違いもあると思うので,そのときは指摘をしていただけたらありがたい。 まだまだ未熟者ですが,これからもよろしくお願いいたします!! 庭の紅葉。先ほど撮影。 ↓ どんどんクリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。クリックするだけでOKです。よろしくです。ぜひぜひお願いします!人気blogランキングへこちらも!クリックで,本サイトへ!本サイト
2007/05/04
コメント(4)

タイでは,あちこちの都市をバス路線が結んでいる。ガイドブックに載っていない路線もちゃんとあった。安心して旅ができる。しかし,ありそうで無い路線もある。 '05年8月。'94年の初タイ以来11年ぶりにタイ中心に回った時である。すでに以前の日記で何回も書いているが,バンコク~メーソット~ピッサヌローク~コンケーン~ナコーン・ラーチャシーマー~チャンタブリ~バーンペー~サメット島~パタヤ~バンコクと回ったのだ。 どこも,ちゃんとバスの路線があった。チャンタブリ~バーンペーは路線としてはないが,ラヨーン行きのバスで,途中で降ろしてもらった。そこから,モーターサイ(バイタク)でサメット島行きの港まで行った。 唯一なかったのが,バーンペー~パタヤだ。あちこちで聞いて回ったが,バスもミニバスもソンテウも全くなかった。困った… ふと見ると,クラシックなベンツが…タクシー??聞いてみた。「この車は,動くのか?」,「大丈夫,どこでも行くよ!」,「パタヤは?」,「行くよ!」,「いくら?」,「1000バーツ」…高い!バスがあったら,何十バーツぐらいで行けるやろな…しかし,予定を変えるわけにはいかない。以前の,超倹約型のバックパッカーは卒業していたので,お金を出すときには出す。こんな車に乗れる機会はめったにない!と無理矢理,都合のいい解釈。苦渋の選択だ。「OK!」 よく考えたら,この距離なら,もっと安いメータータクシーがあったかも知れない。贅沢な旅は,ここで終わらなかった… 私のパタヤ(パタヤー)での常宿は,「ノヴァ・ロッジ」だ。今までも,現地から書き込んだことがあると思う。結構古いホテルだ。部屋のつくりは古い。エアコンも,かなり古くて効きも悪い。もっときれいなホテルや,安くてもプールがあるホテルもあるが,ここがお気に入りなのだ。主に西洋人が多い。ドイツ系が多いと思う。日本人も時々いる。 ここのフロントの姉さんやボーイの何人かは顔見知りになり,「お帰り!」と言ってくれるスタッフもいる。 前置きが長くなったが,このときは部屋がフルでなかったのだ。年末年始ならわかるが,この時期に!??「ほんまに,ないん??」,「スウィートなら,空いてますが…」,「う~ん…」…5つ星ホテルのスウィートなら,とても泊まれるような値段ではないが,ここはそうでもなかった。結局,少し値引きしてもらって泊まることにした。値段の事よりも,1人でスウィートというのが,ちょっと恥ずかしかった… 寝室とリビングが別々だが,あまり高級感はない。まあ,こんなもんだろう。 トイレだが,左のは何??男子の小用か? ベランダもある。下の眺めは決していいものではないが,生活感がある。 いろいろ行っていると,たまには,ちょっと贅沢をするときがあるのだ。 ↓ どんどんクリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。クリックするだけでOKです。よろしくです。ぜひぜひお願いします!人気blogランキングへこちらも!クリックで,本サイトへ!本サイト
2007/05/03
コメント(6)

GWは,'03年から3年間行っていたが,久しぶりに日本にいる。事情はいろいろあるが… 日本にいるからといって,ヒマではないのだ。遊びで忙しいのなら,いいのだが… 我が家は,京都府南部。天気がいいのに室内で仕事だ…(*_*)いろいろあって,山のように積み残しがあるのだ。まあ,自分の責任だが…(^^;)下手をしたら,ずっと缶詰だ! 庭に出た,我が屋敷に住み着いているノラネコが顔を出す。余ったご飯をやる。すぐに食べに来る。警戒はしつつも,逃げない。かといって,触れるほどには近づかない。さっき撮影しようと思ったが,どこかへ遊びに行ってしまった。たまに,イタチが勝手に家に入ってくる。 ばあさんが,いろいろな野菜を作っていた裏の畑も,今は遊び放題だ。少し,野菜を植えていたときもあったが,今は放ったらかしだ。時々,家族がやって来て何かしている程度だ。さらに言うなら,表の畑も放ったらかしだ。この季節になると,雑草などが一気に背を伸ばすのだ。 さて,久々の日本のGWは,どうなりますやら… ↓ どんどんクリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。クリックするだけでOKです。よろしくです。ぜひぜひお願いします!人気blogランキングへこちらも!クリックで,本サイトへ!本サイト
2007/05/03
コメント(6)

今日は,タイのメーソット~ミャンマーのミャワディだ。以前の日記の,画像増強のリニューアル版だ。文章も増やしてある。「メーソート」と書かれているガイドブックがあるが,通じない…「メーソット」の方がすぐに通じる。 '05年8月だ。ここは,メーサイ~タチレクと違い,デイリターン(1日滞在)しかできない。国境までは,メーソットの街からソンテウで約20分。国境ゲートでは,パスポートに出入国のスタンプが押される。 モエイ川に架かる橋を渡る。川幅がある分,メーサイの橋よりも大きいし長い。ミャンマー側にも大きなゲートがある。何の問題もなく通過。 橋の上の様子は,10/22の日記(クリック)に書いている。 雨が降り続く…毎日降りっぱなしだったのだ。さっそく,ドライバーが声をかけてくる。見ると,タチレクと違って,自転車タクシーだ。しかも屋根もない。今回は,乗ってみることにした。屋根がないので,傘をさしての乗車だ。 街はアップダウンが結構あり,上り坂では降りて歩かなければならない。道も舗装されているのかされていないのか,穴ぼこだらけだ… ここは,おそらく旅行者を連れて行く定番の??パゴダだろう。雨が降り続く中,お参りに訪れる人は結構いる。 これも,定番のワニ寺院だ。これは,新しいと思う。いかにも,あとから造った感じの寺である。 市場の中だ。シャイなミャンマー人が多い中,意外と笑顔だった。 雨でズクズクになりながら,あちこちをまわってもらった。どこかわからない集落の間も抜けていき,あちこちの小さなパゴダ(寺院)をまわった。 舗装はされてなく,土もドロドロでたいへんだった。パゴダでは,裸足にならなければならないが,雨で足が濡れる。つまり,そのあと靴を履くと,さらに靴もズクズクになるのだ。地元人のようにサンダルにしたらよかった。 途中からは,バイタクに変わっていた。この大雨の中,ドロドロでデコボコの道を思い切り飛ばすのだ。カーブに坂道だ。こけないか冷や冷やした…小高い丘の上にあるパゴダへ行った。階段があるが,また裸足で歩く。階段はドロドロだ。 建物の屋上へ行く階段にはカギがかかっていた。ふだんは閉めているらしい。ドライバーが僧侶に頼んで開けてもらった。あとで寄進はした。上へ上がる。ミャワディの町が一望できた。しかし,気をつけないと滑って下へ落ちそうだった。見学用に造られているわけではないのだ。 このあと,お腹がすいたのでレストランへ行ってもらった。このレストランの上はゲストハウスのようで,欧米人が数名下りてきた。この町にも泊まれるのか?単に寄っただけなのか? 食事には,やはりビールだ!ピッチャーで頼んだ。約6年ぶりのミャンマービールだった。うまい!!食事も,もちろんおいしかった!ミャンマーカレーだ。生野菜も,たくさん食べた。(生では,あまり食べない方がいいが…) その後,数軒あるアンティークショップに寄った。これだけ,いろいろなものが置いてあるとは思わなかった。 古い看板だ。見ているだけでも楽しい。こんなのがプレミアでもついて高く売れるんだろうか?? これは,日本の精工舎の時計か!?本物ならば,今のセイコーの初期の頃の製品ということになる。いくつもあった。 おもしろいので,結構ギリギリの時間までねばって,国境に戻った。 しかし,雨季で,たいへんだった。毎年このように大量に降り続いているわけではないらしい。この年は特別に多く降ったと聞いた。乾季に行けば,また違ったおもしろさがあるかも知れない。 ※ 以前は,タイのメーソットまでは,バンコクからプーケットエアで短時間で飛ぶことができたが,プーケットエアが休業中の今は,バスで8~9時間ぐらいかかる。 ↓ どんどんクリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。クリックするだけでOKです。よろしくです。ぜひぜひお願いします!人気blogランキングへこちらも!クリックで,本サイトへ!本サイト
2007/05/01
コメント(6)
全26件 (26件中 1-26件目)
1