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なんとな~く 風邪気味 だったのが長引いて、なんとな~く 調子がいまひとつな日が続いていましたが、昨日は とうとう、というか やっと、というか、久しぶりに38度台の熱を出しました。おとといの朝から節々が痛くて、「んー、コレハキット熱が出るなっ♪」と、シンドイながらも、ちょっと嬉しい感覚がありました。(ぐずぐず長引くより、さっさと熱出してスッキリしてしまいたい!という願望)それで、歪みをとって血流を良くし、身体がスムーズに熱を出せるよう保育園から帰宅して犬と散歩した後、アロマ整体に行ってきました。結果、思惑通り(?)気持ち良く、ぐったりとして、軽くフルーツのみの夕食を取り、父に「風邪を治すので、これから寝込みます!」と宣言して寝込みました(笑)昨日は暖かい一日だったのに午前中から寒気が...朝は、よーく煮立てた白湯を一杯飲んだ。その後は、熱が上がりきるまでは寒気がするのは仕方ないとたくさん着込んで、本棚からアーユルヴェーダや整体の本を引っ張り出して読んだ。自己治癒力を高めて治病する時に私がしっくりくるのは、アーユルヴェーダ。あとはその時の体力で出来そうな快医学や整体の方法を取り入れる。まぁ今回は明らかに風邪だと分かっているので、断食して寝てればいいんだけど...(私はすぐにお腹が空いてしまう、断食に向かないタイプ)10時過ぎにちょっと小腹が空いたので、自分の体質と症状を考慮した上で、メロンを食べた。胃で「メロンの重性」をすごく感じました。病んでる身体は鋭敏だぁ~その後からやっと熱が上がり始める。布団に潜り込んで、MAXで何度まで出るかを楽しみに検温しながらウトウトした。電子検温計ですが、MAXは38.5℃ でした。過去にマラリアで3週間、43℃の体温計(水銀計)を振り切る熱を出し続けた私にとっては、「なんだぁ~、こんなもんかぁ~」と、ちょっと拍子抜け。。。「この程度の熱で風邪菌さんをやっつけられたのだろうか...?」と思ってしまいました。それで夜は、よーく煮立てた白湯に生姜汁を入れたものだけで済ませました。(さすがに、空腹は感じなかった)今朝起きた時もまだ微熱(37度台)があり、ぐったりしていたのですが、よーく煮立てて、しょうが汁を入れた白湯を飲んで、「保育園行くぞ!」と気合を入れてから検温したら、平熱(36.5℃)に。今日の保育園では、あまり役に立たない、へなちょろ保母サンでしたが、勤務後、温泉へ行き、アロマテラピーを受けた後は、いい感じにボーッと爽快。帰宅したら「顔色がよくなったなぁ。朝と全然違う」と父に言われました。自分でも矢印が回復方向に伸びた感覚があります。今回の発熱で気付いたこと。「無理をしやすいタチなので、いろいろと気をつけたいと思います」いつも言ってることなんだけど、ね(笑)
2004.04.30
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大好きな友人が誕生日プレゼントに贈ってくれた本です。昨夜から一気に読みました。ここで表現されている「出アメリカ」の「アメリカ」とは、シンボルとしての言葉で、心と生命とを物質的繁栄のために売り渡してしまった拝金教徒たちの社会のこと。 「合衆国に住む友人たちのためにつけ加えておくならば、 アメリカを脱出して環境社会をめざそうとする人々は 今日ではむしろアメリカ人に多いといえる。」旅人だった著者が、二度目に訪れたインドで、導きに従い、突き動かされるように霊性に目覚めていく体験談がリアルです。サマーディ(神意識に浸って恍惚境に入った状態)に入った牛の話が印象的です。新聞で報じられたその牛を、著者も目撃した時の事が書かれています。 「牛はとても気高い雰囲気をたたえて、白金の輝きのような微光を 全身からうっすらと放射してたたずんでいた。 ぼくはしばらく見とれていたが、なにが起きているのか理解できなかった。 ただその不思議な光景にあっけにとられていただけだ。 新聞を見てはじめて、牛がサマーディにはいっていたということを知った。」やがて著者は、フランス滞在中に、ある日突然重大なことに気づきます。 「大昔の人はだれも就職していなかった! 何万年も何百万年も、人間は就職なんかしないで生きてきたのだ! 100年前でさえ、多くの人は就職などしていなかった。 ~~ 中略 ~~ 自給自足すれば生きていける!」そうして著者の家族は、紆余曲折しながら<出アメリカ>な暮らしを実現します。 「自給自足をめざした当初から、51パーセントの自給を考えていた。 もし、100パーセント自給自足しようとしたら、 そのことだけに大変な精力をついやさなくてはならないだろう。 そんなことはぼくの目的ではなかった。 ~~ 中略 ~~ チャルカを回したガンジーも、生活必需品はなるべく自給するほうがいいが、 完全に孤立してしまったら、社会に対して善をなすことができないばかりか、 かえって害をなすことになるだろう、といっている。」子供の頃から自給自足生活に憧れている私も、同じ理由(思い)から完全なる農的生活に踏み切れないまま年月を過ごしてきました。世間的にいう、いかにも仕事仕事した仕事に従事するのは嫌だけれど、外で働くのは(人に逢うのは)好きだし、ずっと出かけないでいることがストレスになるタイプ。サルを専門に勉強して(研究して)得た思いが、「ヒトが人間たるのは、人と人の間にいてこそ」ということだったので、なおさらです。そういった自分自身のことを見詰め直す、とてもいい機会(読書体験)でした。( Kリン、ありがとー!感謝♪ )現在、著者は、無私の歓びと共に、森を育てる活動をなさっているようです。<明日、世界が滅びるとしても、私はリンゴの樹を植えるだろう>ずっーと自分への励みにしている大好きな聖者の言葉です。私はまだまだ学びの時期であることを、改めて感じました。リンゴの樹を植えながら、自分育て楽しみます~☆~~~*~~~*~~~*~~~*~~~*~~~*~~~*~~~*~~~本日、保育園ではタケノコ掘りに行きました♪お預かりしているお子さんの両親が管理人さんをしている大きな農場のリッパな竹林で、子供達は意気揚々とスコップで掘り起こされたたくさんのタケノコを拾って運びました。それから、お弁当やお茶を持って行ったので、木陰の草地に座って、みんなでのんびりと、おむすびやらを食べました。食べるのが遅い子を待つ間も遊び出す子供達。大きな木の枝に吊り下げられたブランコで遊ぶ子供。草地を駆け回る子供。山羊に突かれて泣き出す子供。大人も子供もゆったり過ごせてくつろげました。園に戻るバスの中でも、寝ちゃうかなーと思ったけど、なぜか、♪だーるまさん、だーるまさん。にらめっこしましょ。 わらうとまけよ、アップップ! 遊びで大賑わい。子供達が創る表情が可笑しくて可笑しくて、私は笑い過ぎてほっぺが痛くなりました(笑)
2004.04.26
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金曜日に美味しいパン屋さんに連れて行ってくれた友達は、アーユルヴェーダ式ベジタリアンです。私のような思想から入ったなんちゃってベジタリアンとは違って、時としても肉や魚を食べないことを周囲にキチンと伝えて食べません。お魚も出汁などに使われている程度には目くじらをたてることはありませんが、「菜食なんですよ」ということを周りの空気を乱すことなく上手に伝えられる人です。乳製品と、スウィーツに使われている卵はOK←甘いものが大好きなカパな人なのです(笑)朝晩TM瞑想を実践し、いつ会ってもたおやかで幸せそうにニコニコしています。私はそんな彼女が大好きです。特に何か話すことがなくても、一緒にいるだけでお互いに幸せ~☆そんな彼女が、那須にあるかなりハイソな宿泊場所に友人が泊まったので夕食を食べてきた話をしてくれました。私が「え?食べられるメニューがあったの?」と聞くと、『予約する時に確かめたら、(ベジタリアンにも)完璧な対応が出来ますと言われたの』私「ビーガンでもラクト・ベジでも対応するってこと?」『そうなのよー。やっぱり本物は何でも出来るのねぇ』『そしてね、友達がデザートにアイスクリームを注文したら、卵は大丈夫なんですか?って聞かれたの』『それで友達はアイスクリームは特別なんですって答えたの(笑)』サービスとは何かということについて、考えさせられるエピソードでした。私もパン屋さんも、そのかなりハイソな宿泊場所は招待されても着ていく服がないよねと笑いあったのですが、たぶん、そこは服装などでお客様を判断しないかもしれないと思いました。この話題が私の中で、「もてなす」ということや子供達への教育の在り方と繋がりました。本物は余裕がある。本物は相手に合わせられる。本物は判断しない。本物は相手を思いやれる。本物は多様性を柔軟に受け入れられる。そうゆうことなんだなぁ~と、しみじみ感じました。余裕って、いかに自分(達)が愛と光に満たせれているか なのでしょうね☆
2004.04.25
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保育園の後、友達が那須の別荘地でパンを焼いている方の所に連れて行ってくれた。樹木達の一本一本全て違う芽吹きのグリーンのグラデーションを愛でながらのドライブ。 「ごはんだよ!(ア ターブル!)」の呼びかけで始まる温かい食卓 そんな風景に合う天然酵母のパンを 木々に囲まれたログハウスで静かに焼いています <A TABLE! の案内より>夕食。。。「静かに焼かれた」伊予柑ピール入りのパン。感激の美味しさで、食べ過ぎてしまいました(笑)
2004.04.23
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さなぎモードから脱皮して、動き回っています(笑)ところで、野生動物科出身の私は、野生動物を目撃することが多い。たぶん、みんな、目撃してはいるのだろうけれど、意識してないから見逃すのだろうと思う。薄暗くなると麦畑の上空を飛び回るコウモリ達。畑を横切るイタチ、ハクビシン...雑木林に走り込むタヌキ、キツネ、野ウサギ、リス...春になると、生き物達との遭遇も増えてきます。北米先住民達の言い伝えでは、遭遇する野生動物はメッセンジャー。一羽の鳥が目の前を横切ることにも意味があるのです!そういうスピリチュアルな視点から動物達との遭遇を観ると楽しさ倍増です♪車を運転してても、「あ、キツネ!」「あ、ハクビシンだ!」「ほら、イタチだよ!」などと、会話の途中でいきなり言ったりして、同乗者を驚かせてしまう。信号待ちしている私の車に野鳥がとまったりすることもある。散歩したり、どこかを目指して歩いている時も、野生の感覚が働き、ついつい草むらに走り去ろうとしている2センチ前後のカナヘビの子供などもみつけてしまう。今日は愛犬と散歩していたら雑木林の入り口近くの休耕田にイタチが仰向けで倒れていました。なぜここで?という日当たりの良い場所で息耐えており、綺麗な白い歯が見えました。農家がネズミ駆除に撒いたネコイラズなどを食べてしまったのかもしれませんが、一瞬一瞬を真剣に生ききった安らかな姿でした。幼い頃から建物の中に入ってきたヘビや昆虫などを外に逃がすのが私の役目で、学校や職場でも「動物愛護部」などと言われ(笑)生き物の進入があると呼び出され、殿方も捕まえられない生き物達を素手で難なく捉えて外に逃がしてきました。人工的な環境に迷い込んだ生き物には外に出る手助けをしますが、基本的には自然のまま放って置くのが私のやり方です。ライオンのハンティングを目撃しても獲物になった動物に「可哀相」などの同情心を持ちません。子供の頃、ヘビに捕らえられたカエルを逃がそうとする姉をみて、「ヘビだって、お腹が空いているのだろうに...」と思ったことを覚えています。今となっては「死」を「大いなる祝福」と思っていますし...いのちは肉体そのものではないと考えていますし...地球時間、楽しみましょう♪森の芽吹きに溢れた那須野が原は、やわらかな美しさに包まれています☆朝のお迎え園バスの搭乗時間(1時間半強くらい)は、春の美の堪能時間でもあります。そして、森を歩いていると木々の芽吹きの香りが漂い、幸せこの上ない感覚です。今夜はシラキノメ(コシアブラの木の芽)を湯がいて胡麻和えにして頂きました。それから、茹でたジャガイモに庭の山椒の木の芽で作った山椒味噌を添えたもの。頂きもののエリンギと人参の葉のソテー。サラダアラカルト。山椒味噌を塗って焼いた餅。春の豊かさ大満喫の日々です~♪
2004.04.21
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パソコン時間は減りましたが、元々わたしはアナログな人間なので、春爛漫な日々を大満足して暮らしております。。。「忙しい」という言葉は「心」を「亡くす」と書くので、出来るだけ使いたくない。他にしっくりとくる言葉はないかなーと野菜を洗いながら考えていたら、『充実してます』という言葉が内側から湧いて出てきた♪そうそう 充実してるんだな~☆朝起きて、まずすることは、禊(みそぎ)。タングスクレイパーで寝ている間に舌の上に出てきたアーマをなで落とし、洗顔と同時に最近は髪が短いので髪もザッと湯洗いする。(スタイリング剤は頭や顔が痒くなるので使わないから寝癖直しも兼ねて)そしてフルーツの朝食。(朝はナチュラル・ハイジーンが定着してます)昨日はその後、冬物のウールのセーター3枚を丁寧に手洗い→トイレ掃除をして→寝室として使ってる部屋の掃除→水ぞうきんかけ今日も、セーター3枚を丁寧に手洗い→部屋などの掃除→水ぞうきんかけお天気がポカポカで暖かいと、水仕事が楽し~いっ♪わたくしは、お料理が大好きなので料理や食器洗いはちっとも苦に思いませんが、(ほとんど一日中、台所に居ることもある)寒い時に手洗いの洗濯物や水周りの掃除や水ぞうきんかけは、出来れば避けたいと思ってしまいます。昔のお母さん達は、家事一切も手作業で、子供を何人も育てたこと、エライなぁ~私にはできないなぁ~と、寒い時は考えてしまいます(笑)暖かければ、家事一切が手仕事でも全然構わないわぁ~♪と思うのですが。(実際、タンザニアジャングル生活は全て手作業でしたが、楽しかった!)昨夜は、黒磯市にあるマハリシ・アーユルヴェーダ・クリニックの院長先生による講演会「食べ物で病気を予防する」を聴いてきました。脈診のデモンストレーションあり、日常生活にすごく参考になるお話盛りだくさんで、大満足♪数年前に独学で取り組んでいたアーユルヴェーティック生活。マハリシ・アーユルヴェーダ・クリニックに関わる人々と知り合った時に、「独学で勉強しました。<アグニの立て直し>もやったことあるんですよ」と話したら、皆さんビックリしていた。フツー独学だとそこまでやらないと...(極端好きなので、始めたらトコトンやるのが私流なのです ^^; )マハリシ・アーユルヴェーダは、見えない世界への領域も深い。アーユルヴェーダを勉強して良かったことは、ますます人間が好きになったこと。体質別に大まかな性格やら乱れやすさなどが分かってみると、自分・家族・友人知人についての理解が深まり、みんな可愛く思えてくる。パーソナリティの肉体的なことや性格的なことについても理解が深まると、自分や他人の欠点も可愛く思えてくるのだ。今現在、習慣として残っているのは、毎朝のタングスクレイパーと、食事の時間や食べ合わせの知識の一部くらいでしたが、昨夜のお話で改めて身に入った知識を今後に繋げて活かしたいと思います。今日の午後は馬頭町の「もうひとつの美術館」の絵のワークショップへ。画材で思い思いに遊ぶ♪ といった感じのあっという間の2時間でした。私は、初めて使ったクレバスの優しさ柔らかさが気に入って、大きな画用紙に「争いのない、愛と調和の世界のイメージ」を描きました。好きな画家サンの絵を眺めるのは好きだけれど、自分の出来上がった作品にはあまり興味はない(笑)むしろ好きな画家サン達のような作風にはあえてしなかった。でも、お絵描きしている間はすごく楽しかった♪馬頭町の里山、春の芽吹きに溢れた淡い色合いで、とてもキレイだった☆
2004.04.18
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みなさま、少々ご無沙汰しておりましたが、お元気ですか?「読書するから」という理由で日記の更新をサボっておりますが、ほとんど読書する時間はなく ...(汗)しかし、この一週間の出来事を つらつらと書いても仕方ないので、この一週間を過ごしてきた感想を、まとめて一言だけ申しますと ...ベジタリアン☆パラダイスでは、工業生産的ではない第一次産業を応援します!!!ここで改めて、説明をひとつ。「ベジタリアン」というのは、ベジタブル(野菜)を食べる人(アン)という意味ではありません。本来の語源はラテン語のVegetus(健康で生命にあふれ生き生きとした)という語から、、、だと言われているそうです。つまり、『いのち』の本質を探究する者として、真摯に『いのち』にたずさわる人々は、「何を食べているか」というブシツ的な狭い分類枠を超えて、「いのちへのリスペクト」という見えない部分で共有できる感覚があるからです。それは「何のために肉体があるのか」を有限な言葉で以っては説明出来ない感覚だけれど、言葉を介さずに、時空を超えて分かり合える、地球のシンプルな本質だと思います。真摯に『いのち』にたずさわる皆様、この身をもって地上に光を通しましょう~☆
2004.04.16
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今日の保育園のお給食は「天ぷらうどん」だったのだけれど、何の天ぷらかというと、草木の豊かな園舎の外で、子供達が摘んできた タンポポの花、よもぎと畑の野菜の天ぷら。それに、蕪の花のおひたし、畑の大根と人参。たくあん。子供達も自分達で摘んだので「苦い!」と言いながらも嬉しそうに食べていました♪私は3月に1歳になったばかりの赤ちゃんと食べたので、自分の身のどこに入ったのかワカラナイ感じでしたが(笑)気持ちは大満足。見た目も、ほろ苦い味も、美しいお給食でした~☆帰宅して愛犬との散歩。咲き乱れる花々の、見た目も香りも楽しみました。農産物直売所に寄ったら、いつも買っている無農薬で様々な種類のレタスを作ってる農家さんコーナーに、いろんな種類のレタス、ルッコラ、水菜などの「サラダ用アラカルト」パックがありました。嬉し~い!葉っぱだけなのに彩りの美しい緑系の花束みたいで、とってもキレイ&おいしそう♪早速、夕食で楽しみました。春のワンプレートディナーにしてみました。ウルチアワを炊いて冷まし、地元産トマト&キュウリを白梅酢で揉み込んでおいたものと和えた一品。春大根の大きめな千切りに、白練り胡麻で作ったソースをかけた一品。葉っぱの花束のようなサラダ用アラカルトは、洗ってザクザク切って彩りを活かした一品。ドレッシングは国産レモン&香りのよい低温圧搾胡麻油&オーガニック胡椒&ヒマラヤの塩。見た目も、味も、春を感じる美味しさでした~☆那須野が原の広葉樹の芽吹きはまだ少し先ですが、木の芽も楽しみです。自然の恵みいっぱいの春の食卓、大好きです!フルーツ、葉っぱ、花びら... 美しい自然の恵みを頂いて暮らせることに感謝。。。
2004.04.09
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あと数日、このままお日様ポカポカな日が続けば保育園の庭の桜の蕾も開くかしら?午前中、外遊びの時間。今日から入園した子が不安げに畑の周りを歩き回るのについて歩いていると、他の子供達が「じんねぇちゃ~ん!こっち来てぇ~!」などと呼びに来た。どうしたのかと思えば、スズメが園の窓ガラスに激突して死んでいたのを見つけたらしい。自然豊かな場所にあるから、こうゆう事故がよく起こるし、よく遭遇するのです。(日記に書いたばかりだなぁ...とボンヤリ思う)裏森に行ってみると、春休み中で遊びに来ている卒園生の小学生が、首の骨が折れたスズメの亡骸を、大切そうに手のひらに包んでいた。「埋めてあげようか」 私の一言で子供達も思い思いに行動を起こす。お花摘んで来るー!と駆け出す子たち、まだ小さくて何がなんだか分からずにひたすらついて来る子...コナラの木の間にシャベルで穴を掘り、落ち葉を敷いた上にスズメの亡骸をそっと乗せ、子供達が摘んできてくれた水仙・パンジー・ムスカリ・タンポポで包み込み、みんなで少しづつ土をかけ、最後に手を合わせた。「かわいそうだねぇ」と口では言っている子供達だけれど、それは大人たちが教えた言葉であって、「死」に分離や悲しみの判断がつくようになる前の子供達は、本当はとってもタフでフラットで柔軟な精神と心だと私は感じている。子供達は、「あるがまま」の天才だ。泣いたり笑ったりしながらも、全てを受け入れて判断しない。私たち大人にも、そんな時があったのだ。その感覚を思い出そう!夜、『黎明』を読んでいたら「視覚」の説明の所で、鳥は窓ガラスに当たるけれど、窓ガラスは超音波を反射するのでコウモリは窓ガラスに当たらないという話が出て来る。これも、シンクロ?ちなみに『黎明』思ってたほど難しくないです。シュタイナーさんの本のような難解さ とか、足立育朗さんの本みたいな「シンプル過ぎ!」みたいなのは、ない。かなり丁寧で分かりやすく、さすが執筆に13年8ヶ月要しただけのことはあります。
2004.04.06
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今日は満月ですね!この土日は、なぱふぇす2004 最後の2日間で、バタバタと過ごしました。この冬はずっと静かに暮らしていたので、いきなり子供達の有り余るエネルギーに触れて、「思いに身体がついて行ってない」状態。。。慣れるまで少し時間が必要かな。本も再読モードだったのが、新しい出会いに恵まれ、今日はこれから葦原瑞穂さんの『黎明(れいめい)』を読み始めます。相当難解なので、読み込むにも時間がかかりそうです。(それが楽しみでもありますが...)私にとっての大切な事(目的)は「個としての覚醒」なのですが、そのために、そしてこれからの変容のために、教科書代りに読んでみて下さいと、私の霊的マスターさんが貸してくれようとしたのが、この『黎明』です。リンクしたサイト Holistic Transformation の池沢美明さんのメルマガのバックナンバーにも『黎明』がオススメと書いてあったので、自分でも買って読み込むことにしました。(ちなみに amazon.com で購入。この本の古本の値段は良心的でしたが、 著者の方を少しでも応援したいから、普通に新しい本で購入しました。)しばらく読書優先にしますので、PC時間は減らします。この楽天日記の更新も時々になるかと思いますが、読んでいて書きたいことがバーッと出てくればシェアしたいとも思っています。「 真理は永遠不変なものであって、新しい真理などというものはない それが識られるのは、それぞれの魂の成長において、 実在するものに気付く過程である 」序章の後、第一章が始まる前の十四頁に書いてある言葉。(『黎明』上巻 葦原瑞穂 太陽出版 より)
2004.04.05
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保育園の園長先生のお母様が、肉体から解放されて旅立たれたので、今日は私もフルタイム勤務で、子供達が全員帰るまで保育園にいました。今朝の朝の園バスの中でのこと。新入園でママと離れて過ごすことにまだ慣れない小さい子がビャービャー泣いている。私が泣いている子の涙を拭きながらあやしていたら、他の子供達が唐突に素朴な質問をしてきた。「どうして帰りの園バスが出なくて、みんな、家族がお迎えに来てくれるまで園で待つの?」チャンス!と思った私は、泣いている3歳児の涙を拭きながら話し出す。「あのね、園長先生のお母さんが死んじゃったからだよ」「園長先生はね、天国へ帰るお母さんにサヨナラしに行くからバスの運転が出来ないの」4、5歳児は目をキラキラさせて聞いている。泣いていた3歳児も泣き止んだ。「どうして死んじゃうと天国に帰るの?」というようなことを、口々に言う子供達。そこで私は質問をする。「みんなもお母さんのお腹に入る前は、お空にいたんでしょ?」ちょっと考え込んでから、うなづく子供達。「みんな風船がお空に飛んで行っちゃったことある?」あるー!などと答える子供達。「みんなの魂はね、風船みたいに軽いんだよ」「それでね、生きてる時は風船の紐が体に繋がっているんだけど、死んだ時は紐が切れるんだよ」「紐が切れた魂は、ふわぁ~ってお空に飛んでいくんだよ」「みんながお空にいた時、どのお母さんとお父さんにしようかなー あっ!このお母さんにしよう!って選んで、お母さんのお腹に入ったんでしょう?」などと話すと、子供達の顔はますます輝きウンウンと嬉しそうにうなづいていました。夕方、子供達が「園長先生のお母さん、死んじゃったんだって!」と話しているのを聞きつけた他の保母サンが慌てて「知ってる子がいる!」と私に言いに来た。「あ、私が話しました」←確信犯です(笑)以前いた時も、園で飼ってる動物や野鳥が死んだりすると、他の保母サン達は子供達に嘘をついて「死」を隠そうとしていました。私はそれが納得できなくて裏森や横森に子供達と一緒に死んだ野鳥やウサギを埋めに行き、その度に他の保母サン達から「子供達にショックを与えるので止めて下さい」などと注意されていた。私は保育の勉強をしたこともないし、保育士の資格もないし、シュタイナーの保育書などを深く読み込んでいるわけじゃないから、どこかで「~歳頃までは『死』に触れさせてはいけない」などと教えられたりしているのかも知れないけれど、自分の感覚としては納得出来ない。だからいくら「止めて下さい」と言われても、子供達に『死』に触れさせることを止めなかった。結局そういった日々の細々した「違い」で苦しくなり、私は辞めたのだけれど、当時の私は自分の「違い」に自信が持てなかったので、苦しくなっただけのことだと今は分かる。再び、同じ保育園に同じようになんちゃって保母サンとして復帰した私。でも今回の再トライは「自分が納得出来ることしかやらない」ことへの自信もあり、「自分の感覚を大切にしていい」という確信もある。一年という歳月の流れの深み・重みに感謝している。子供達と共に私も、日々是成長していきたい~☆
2004.04.02
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今日は保育園の後、敬愛する私の霊的マスターさん宅へ~☆私のチカチカフラッシュの時に右目に出て来る図形(フラッシュ)の意味を解明して頂いたり、サイキックであることと スピリチュアルであることの違いの分かりやすい説明を聞いたり、これからの私に大切なメッセージをたくさん頂いたり。全ての事がものすご~く腑に落ちて、スッキリ満たされ、幸せハグしあって帰ってきました♪今日の私のエンジェル・カードは「オーロラ」さん。私、このまま飛んでていいみたいです(笑)理解してもらえないことを気にしなくていいみたいです(笑)そうすると、このままさらに飛べるらしい☆ってどこまで飛ぶの~?(爆)モチロン!愛の方へ~☆ 光の方へ~☆
2004.04.01
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