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NHKホール 15:00~ 3階中央 ソプラノ:角田祐子 メゾソプラノ:石津なをみ テノール:カン・ヨゼプ バリトン:キム・テヒョン 国立音楽大学合唱団 指揮:アンドリュー・リットン 結局、年内最終のコンサートは、ベタベタながらN響の第九であります。うわぁもろベタベタ。今ラジオを聞いてますが、山下達郎の「クリスマス・イヴ」が掛かってますけど、それとおんなじくらいにベタベタ。「クリスマス・イヴ」の方は、今日はちょっと捻って英語バージョンで掛かってますが、今日のN響の第九もベーレンライター版ってことで、わざわざ謳ってるあたりが同じように「ベタベタにちょい捻り」くらいで、もう存在からしてべったべた.... でもまぁ、ベタベタなのもそれはそれで面白いから続くのよね、と最近思うのであります。 昨日のオルガンコンサートもそうですが、やっぱりこういう時に、それこそ年に一回くらいしかコンサート行かないけど、っていう人達が集まるのは、なんとなく嬉しいのです。観念論でやれ日本ではクラシックは明治時代から普及してるだのなんだの言っても、普段のコンサートには来ないじゃない、といつも思うだけに、ベタでも何でもこういう演奏会で「普通の人」で会場が埋まるのを見るのは(いやそればっかりじゃないけどさ)嬉しいのです。 で、演奏は、まぁ第九は第九ですから、いつもの通りで。 ちょっと独唱(特に男声)が弱かったかなぁ。合唱も、粗かったんじゃないかしら。もう少しデュナミークのコントロールに気を使って欲しいなぁ、とか、いろいろあるんですけどね。 N響はそつなくこなしておりました。ま、毎年弾いてる曲だろうし、今更どうこうってことはないんでしょうけど。言ってしまえば、もうちょっと上手く纏め上げてコントロールしてよ、って感じでしょうか。指揮者の力量かなぁ。 まぁ、旬の物ですから、煩いことは言いっこ無し、ですかね。 これでこのblogでの報告は多分年内はおしまい。明日から旅に出ます。海外で聞いた分はいちいち載せないので、基本はこれで最終更新だろうと。それでは皆様、よいお年を!
2007年12月24日
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本当はBCJのメサイアを持っていて、これに行くつもりだったのが、急用が出来て開園時刻まで家に居なければならないことに。その後出掛ける予定もあったし、ちくしょー、なんかあるかなー、と思って見つけたのがこれ。 MUZAコンサートホール 17:00~ 4階中央 ブクステフーデ:暁の星のいと美しきかな BuxWV223 J.S.バッハ:パストラーレ BWV590 メシアン:おお、聖なる響宴 レーガー:クリスマス op.145-3 レーガー:コラール幻想曲「暁の星のいと美しきかな」op.40-1 サン=サーンス:クリスマス・オラトリオ op.12 より 第1,2,5,6,7,10曲 フォーレ:即興曲 op.86 M.デュプレ:古いノエルによる変奏曲 op.20 <アンコール> グリーンスリーヴズ オルガン:廣江理枝 ハープ:篠崎史子 合唱:ヴォクスマーナ 時節柄の日曜日ということもあって、客席は満員に近い状態。カップルや家族連れがとても多い。隣に座ったカップルの男の方は、「最近クラシックちょっと聞いていて」とか言っていて、白水社の文庫クセジュの「パイプオルガン」で予習して来たそうな。うわぁ真面目。俺絶対そんなことしないよな、とか思ってしまったのでした。 曲目からすると、全然客が入らなさそうな演目なのに、これだけ入るっていうのは、やはりクラシック音楽を聴きたいと思っている人が決して少なくない、ということの表れなんでしょうね。きっと。レーガーとかデュプレとか、そのへんのが来ても取り敢えず聞いちゃうくらいのバイタリティはあるのかな。件のカップルは、デュプレの面妖な変奏曲を聴いてクスクス笑ってました。でも、それはそれで健全なんじゃないかな、と思うのです。少なくとも、私は悪い気はしなかったけど。 こちらの主なお目当ては、サン=サーンスのクリスマス・オラトリオ。全曲ではないけれど、取り敢えず聞けるのは嬉しい。なかなか面白い曲でした。レーガーなんかに比べるとよほど保守的というか、近代的要素が薄いのだけど、その分古典的な表現を上手く折り合い付けて使っていて、気持ちのいい音楽に仕上がっています。 演奏の良し悪しは難しいですが、ヴォクスマーナ、Vox humana・人の声、という団体名に相応しい出来です。なかなか説得力のある演奏でした。透明感があって、結構伸びるし。 ルネサンス以前のポリフォニーと20世紀以降の現代音楽が中心だそうですが、古典的なところではどうなのか、聞いてみたい気がします。
2007年12月23日
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年末になんとか出掛けられそうなので、ただいま大掃除を兼ねて荷造り準備中です。まずは結局一年間出掛けずじまいで、整理してなかった旅行鞄の中身を整理。 そうしたら、昨年出掛けた時の公演のプログラムが出て来ました。ん?バイエルンの「運命の力」?ケント・ナガノ.......? じぇんじぇん覚えてない(爆) 多分、見えない席か何かに座ってたんじゃないかと思うんですが、本当に何も覚えてないんですよ。1年前なんだけど。 じゃ、なんもかんも去年のことは忘れてるかというと、存外そうでも無いので、その後に観た「ウェルテル」や「こうもり」はよく覚えてる。その後ウィーンに行って、ニューイヤーに潜り込んだりとか、「セビリヤ」を観たりしたのは覚えてる。チューリッヒに行って「ナクソス」とか観たのも。でも、「運命の力」とか覚えてないのは、多分、つまらなかったんでしょうねぇ.... そういや、ウィーンで元旦に「こうもり」観ている筈なんだけど、覚えてないのは、これもやっぱり........ 人間、覚えてられないものは仕方ないみたいです。改めて今年の日記をざっと見返してみても、よく覚えてるのもあれば、「俺なんでこんなの聞きに行ったんだろ?」と思うのもあり。つまらないかどうかじゃないんですよね。某か覚えてるものがあるかどうか。つまらない、とか思ったことも含めて。そんな感じなんでしょうか。 改めて見ると、随分色々行ってますが、来年はもう少し厳選するなりしようかな、と思ってます。コンサートもいいんだけど、結構時間を食いますしね。お留守にしていた諸々のことをやるべく、少しペースを落とそうと思ってます。思えば今年は長期休暇以外は、国内ですら旅行なんて全然してないし。コンサートもいいんだけど、そろそろペースダウンしてもいいかな、なんて思っています。 年内は今日明日二公演聞いたら、後は旅行です。それまでに片付けなくちゃ!
2007年12月23日
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http://www.t-i-forum.co.jp/lfj_2008/ やー、やっとサイトがオープンしましたね~ 今日、フレンズのメールマガジンが届いてました。 併せて、チケット一般発売が3月15日というのも公表。フレンズの先行はその前だから、恐らくは2月中に始まるんでしょうね。 さて、来年はどうしようか......歌曲のリサイタルは、あっても数少ないだろうしなぁ..... 合唱曲とかが結構あるのかな?いずれにせよ、倍率高そうだしな(苦笑)
2007年12月17日
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http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20070316/121227/ 知人に教えられて読んでみました。 全部読むには登録が必要ですが、自宅連絡先の登録だけで大丈夫みたいです。 面白いですよ。上に挙げたリンク先はトップページになりますが、トラックバック先は古楽器演奏(ピリオド楽器なんて言わないあたりがなんとも)に対するなかなか手厳しいご意見だったり。別の記事ではヤマハのピアノについてこれまた手厳しいことを書いていたり、スメタナ四重奏団についてもバッサリ。 共感するしないに関わらず、これは読んで面白いと思います。何より、クラシックに関して裏付けを持ってこういうことを言ってしまう人って、存外少ないんですよね。
2007年12月16日
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武蔵野市民文化会館小ホール 19:00~ 中段右手 ブラームス:甲斐無きセレナード、鍛冶屋、乙女の歌、サフォー風頌歌、5月の風、愛の誠、我が恋は緑 R・シュトラウス:献呈、夜、明日の朝、万霊節、何も無く マスネ:ウェルテル「涙の歌」 ベッリーニ:カプレティ家とモンテッキ家「ああ、美しい心よ」 ワーグナー:ワルキューレ「あなたこそ春」 ヴェルディ:マクベス「光は弱まり」 プッチーニ:マノン・レスコー「捨てられて、独り寂しく」 <アンコール> ブラームス:谷の底では ? ピアノ:斉藤雅広 久し振りに武蔵野の公演。 武蔵野の公演は、チラシもよく入ってるし、時々つい買ってしまうのですが、正直言うと、結構博打です。というより、当たる確率がはっきり言って低い。でもまぁ、今度こそ、とか思ってつい買ってしまうのですが....... 正直言うと、評価が甘いんです。で、その評価にこれまた主催者が甘えるという構図が出来てしまう。だから、武蔵野の公演は顧客満足度も高いし、評判もいい。行った人は結構みんなよく言うから。 もっとも、来年カレシャを呼んだりするくらいのことはするから、そのへんを目当てに付き合ってはいるけれど。 レナーテ・ベーレも、海外ではそこそこ活躍してるので、という触れ込みで呼んでいて、それについ釣られて聞いたのですが.......... 率直に言って良くなかったです。 あれは、そもそも喉の調子が良くなかったのではないのかなぁ、と思うくらい。プログラムを見ても分かる通りで、この人、元はソプラノで、徐々にメゾの役に領域を移してるそうなのですが、ドラマティックな役が多い。で、そういう役をがんがんと大音声で歌う。最近、武蔵野の声楽では、このパターンが多いようです。元々500人くらいの小ホールなので、そりゃぁ迫力たっぷりに聞こえるのかも知れませんが、これが全然声が出ていない。 肺に空気を入れて、ちゃんと息に乗せて響かせて歌うのが王道で、そういう風に歌えば、このくらいのホールであれば位置に関係なく、ホール全体に響き渡らせることが出来て当たり前(それがオペラの歌い方というもの!)なのですが、全然響かないのです。舞台上で、頑張って大声出してるな、とは分かるのだけど、本来声楽家なら出来て当たり前の歌い方が出来てない。だから、全く声に深みが無い。 このコンサートはやるべきではなかったと思います。これが実力なら、呼ぶべきじゃなかった。やはり不調なんだったら、これはキャンセルさせるべきです。こんなところで喉潰してどうする!いや実際、後半3曲目のワルキューレ聞きながら、「もうやめろ!」と思ってしまいました。聞くに堪えないとかではなく、明らかに無理してるんですもの。 前半の歌曲も、ブラームスは全滅。立ち上がりだから仕方ないとして、その次のR・シュトラウスの「献呈」では、無理矢理大声を喉で出して(そう!そういう歌い方なのです)クライマックスを仕立て上げる始末。前半でわずかに良かったのは「万霊節」。それに、「明日の朝」くらいまででしょうか。あとはいい所無し。 後半は上記の通り。マクベスは、なかなか頑張っていて、ああ、歌い込んでるな、と感じさせる所もあり、安定していましたが、後はねぇ....... そもそも全体通して響いて来ないんだから、そもそもそういうレベルの人か、調子悪いか、どちらかでしょう。 それでも、大声で怒鳴れば拍手喝采が貰えてしまうんだから、なんともはや。酷いもんです。 この日一番良かったのは、恐らく、アンコールの1曲目に歌ったブラームスの民謡編曲、Da unten im Tale。とても安定していて、決して大音声でもなく、丁寧に歌っていて、良かった。でも、お客の方は、マクベスやマノン・レスコーに続く、ドラマチック大音声系を期待したのでしょう。冷ややかとまでは言わないけれど、ある種の戸惑いがありましたっけ。 もうちょっと行くコンサートを厳選吟味した方が良さそうだなぁ......
2007年12月15日
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来年のことを言うとウニが笑うと言いますが.......* キャハハハ (謎) 来シーズン、即ち2008/9年シーズンの、各オーケストラの定期演奏会の予定が聞こえて来ました。今日は、新日フィルから定期演奏会の予定が。 正直、今シーズンはいまいちのラインナップだったので、来年ダメならどうしようかな、と考えていたのですが、なかなかに意欲的な内容です。 トリフォニー定期は、9月の恒例オペラ公演に「薔薇の騎士」。ゾフィーの森麻希、オクタヴィアンの藤村実穂子はともかく、元帥夫人にナンシー・グスタフソンというのがちょっとそそります。更に2月にはブリュッヘンの指揮で「天地創造」。7月には、シュミットの「七つの封印の書」。うーむ。声楽好きにはこたえられないラインナップです。アルミンクが8公演中4公演を指揮。5月にはルプーをソリストに迎えるようで、まぁ、これだけあれば聞きに行ってもいいな。継続決定。 もう一つ持っている、クラシックへの扉シリーズは、ちょっと弱いかな。アルミンクの指揮が多いのはいいけど、古典派作品が減ってます。アルミンクの古典派演奏はなかなかよかったのですが、ちょっとロマン派に傾いてるかな。まぁ、このシリーズ、お徳用なので継続はすると思いますが....... 東フィルの案内も来てるけど、どうしようかなぁ......
2007年12月10日
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新国立劇場 14:00~ 4階右手 予定通り二度目を聞いてきました。但し、今回は遅刻して、セギディーリャから。ハバネラは聞きそびれました。 実は昨日遅くまで飲んでいたので、今日も決して絶好調ではなかったけれど、まぁわりとちゃんと聞いてました。 今日が千秋楽でしたが、先週土曜日との差はそれほど無し。特に練れたという感じはなかったです。ただ、思い返すに、前回は所々引っ掛かる感じがあったのが、今回はそれは特に無かったので、まぁ「練れた」とは言わずとも「慣れた」部分はあったのでしょう。 テノールのゾラン・トドロヴィッチは今回も大音量。確かに、この声なら、ヘルデン・テノールとは言わないけれど、もっと力任せの役柄を歌ってもいいんでしょうね。でも、もうちょっと洗練の度合いを加えてもいいんでないかな?悪くはないけれど。 ミカエラの大村博美は、前回に比べると慣れた感じがより強くて、今日の方がスムーズだったのでは。 カルメン役のモンティエルは、役者ですねぇ。 前回同様、第2幕の踊りでは自らカスタネットを操って踊るし。 そういう面もあるのだけど、終幕のドン・ホセとのやり取りは、前回とも違って、更にどうしようもないデッドエンド感が強く出ていて、何とも言えませんでした。前回も、表現力の話を書いたけれど、この終幕での歌唱と演技は見事。形式に則っているとかではなくて、「モンティエルはカルメンをこうやりたい」というのを考えているなというのが見て取れます。そこまでの、止めようも無く破局に向かって突っ込むしか無いというのが、果たしてこのカルメンというオペラに相応しいのか、という議論はあるかも知れませんが、準備はあったにせよ代役で歌い通して、ここまで「私のカルメン」を作ろうとし、ある程度それに成功しているという点は褒められてしかるべきでしょう。 演出はやはり問題ありだなぁ。 人の動かし方は多少良くなったようですが、基本は変わらず。 内容について言うと、例えば終幕、ドン・ホセがカルメンを殺してからの処理。周りを暗くして、ドン・ホセがカルメンの遺骸を掻き抱き、「俺を逮捕してくれ」と叫ぶ。その周りに、人、というか群衆を出して来るのですね。これが俄にいけない訳ではないけれど、さてどうなのかな。 ドン・ホセとのやり取りの間、舞台には他に人は全く居ません。殺した後ほどではないけれど、舞台中央以外はセットも含めて暗く落としてあることで、二人の対決を際立たせている。モンティエルは、この状況を利用して、より様式的な方向へ話を持っていこうとしている。二人だけが強調される舞台で、そのやり取りはより抽象化されています。だから、より心理描写的な歌唱、演技が有効であろうと考えられたのだと思います。これは或いは演出家の指示でもあるかも知れない。 ただ、それだけに、その後の群衆が中途半端なのです。確か、先週、群衆の一部は追悼するように膝まづいたりしていたのではなかったかな?今回はそのような仕草は見受けられなかったけれど、どちらにしても、これだけ抽象化された場面の後、群衆を出して、ではどうするかというと、処理し切れてないのですね。致命的な問題ではないんだけど。 昨日の「パリアッチ」にしてもそうなのだけど、やはり、音楽が語ることを信じ切れない人は、演出しちゃいけないと思うのです。特に古典作品の場合。 音楽が語ることをまずきっちりと吟味し尽くした上で、初めてその先の可能性があるのではないかと。でなければ、オペラ以外の所で仕事をするべきです。かつてのシェロー(だったかな?)による「イゾルデは来なかった」トリスタン演出にしても、音楽が語ることを最大限吟味し尽くした上で、イゾルデはトリスタンにとってはやってきた、という、それ自体は苦いけれど決して否定出来ない線での演出だったと思う訳です。 それは、いつも言うことだけれど、宮本亜門の「ドン・ジョヴァンニ」にも言えることで、あれは荒唐無稽に見えるけれど、あそこまで変え尽くして尚音楽が語ることは殆ど語った上で対決されている訳で。 そういう面では、やはり演出が弱いな、と思う訳です。解釈はお客に任せちゃいけません。
2007年12月09日
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東京芸術劇場 18:00~ 3階右手 ストラヴィンスキー:組曲「プルチネッラ」 レオンカヴァッロ:「道化師」 カニオ:アルベルト・クピード ネッダ:ミナ・タスカ・ヤマザキ トニオ:牧野正人 シルヴィオ:与那城敬 耕友会、淑徳小学校(合唱) 読売日本交響楽団 演出:光瀬名瑠子 指揮:ブルーノ・ダル ボン 年も押し詰まってから、なかなか面白い公演にぶつかってます。 パリアッチは久し振りです。結構公演があるようで、意外と機会が少ないんですよね。 今日はアルベルト・クピードに尽きるでしょう。 正直、結構一杯一杯の歌唱だったと思いますが、その一杯一杯がかなりいいレベルまで出来ていた。特に、"衣装を着けろ" は素晴らしい出来。歌唱も及第点を越えているのは勿論、その上での演技が良い。 結局、オペラっていうのは、特に相応のレベルに達している作品というのは、音楽にきちんと展開されるべきドラマが表現されているんですよね。歌手の演技というのは、それを十全に表現してその上で初めて問題にする資格があるというもの。その意味で、今日のクピードは大変良かった。このアリアでも、最終幕でも、及第点を越える歌唱を展開していて、それがちゃんとした音楽になっている。 その上しかも、その音楽に見合った演技を展開している。 どうしても、このオペラを観ると、いやというほど観た。NHKのイタリア歌劇団公演でのデル・モナコの歌唱と演技が思い出されます。クピードがデル・モナコに匹敵するとは言わない。けれど、今日のクピードの歌唱と演技は、それ自体が評価されるに足るレベルに達したものでした。 何年か前の、ジャコミーニが新国立劇場でやった舐め切ったそれ、言ってみれば「大歌手ごっこ」とは全く違います。正直、クピードの声を聞いていると、もう一つ腰を残していればなぁ、と思わなくもないけれど、これが最大限でしょう、きっと。 これに比べると、他の歌手陣は皆もう一つ足りない。何がと言うと、深みと言うか、腰が足りない感じなのです。全般に、出来は悪くないけれど、唯一クピードが二枚腰なだけで、後は一枚腰。限界が見えると先がないのも見えちゃうような。それはまぁ「その先」を求めると、特にクピードの歌唱と比べると、という話であって、決して悪くはないですけどね。 問題もあります。まず、指揮者があきらかにキャパ不足。クピードのちょっとした変異に付いていけないし。 それと、バランスが悪過ぎる。元々響き過ぎの上に、オケを舞台の左奥方向へ引っ込ませて、合唱や歌手はその前の方で歌うので、必要以上に聞こえてしまう。よく聞こえるのはいいけど、ちょっと不自然。正直、歌手陣がよく聞こえている一因には、オケを後ろにしていることそれ自体が少なからずあると思います。合唱も随分前に出ているし。 演出は、まぁそれなりにいいんだと思いますが、最後がはっきり言って「分かってるか?」と言いたくなる内容。最後、シルヴィオを殺し損ねるのは、台本からの逸脱著しい。意図を問いただしたい気分です。これじゃ救いようがないだろう。それに、この流れだと、正直ドラマが一度止まってしまいます。シルヴィオ一人殺し損ねるカニオの立場ってなんでしょうね。そんな人間に自ら芝居の幕を下ろさせますかね。カニオにはシルヴィオを殺させないというのなら、彼に芝居の幕引きを許すべきではないと思います。"La commedia e finita" の言葉は他の誰かに言わせるべきです。 まぁ、全体的にはよく出来た公演だと思います。生で観る分には十分ですね。取り敢えずは。 あ、プルチネッラは、まぁそれなりに楽しめました。眠かったし、あまり集中して聞いては居なかったけど、良かったです。
2007年12月08日
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NHKホール 18:00~ 3階後方 メシアン:ほほえみ ベルク:ヴァイオリン協奏曲 <ヴァイオリン アンコール> バッハ:無伴奏ソナタ第2番第3楽章 ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」 ヴァイオリン:フランク・ペーター・ツィンマーマン 指揮:アラン・ギルバート 新国立劇場のカルメンが終わってから、大慌てでNHKホールへ向かったのは、ベルクのヴァイオリン協奏曲が聞きたかったから。当然遅刻で、メシアンは途中から外で聞くだけ。ちょっと聞いた限りではなかなか面白そうな曲で、生で最初からゆっくり聞ければ良かったのに。まぁ、それは言っても詮無いこと。日曜の公演もあったのだけど、それは都合で行けないので、止む無し。 ベルクのヴァイオリン協奏曲は昔から結構好きです。ベルクの作品の中でも実演で聞ける機会が比較的多い方ですが、やはり機会があれば逃したくはない。今回は、NHKホールとはいえ、独奏もツィンマーマンでもあるし。 というわけでなんとか駆け付けて聞いた訳ですが、まぁ頑張った甲斐はあったようです。上手い下手という面では、流石にこの辺の曲ならこなせるN響ですし、そういう面では問題無し。ツィンマーマンの独奏はロマンティックな面がかなり出ていて、そういう方向性としてはよくまとまっていました。ツィンマーマンに限らず、個人的には最近はこういうスタイルの演奏が多いように感じます。ベルク自体を、12音技法を取り入れた「前衛作曲家」ではなく、後期ロマン派の流れを汲む作曲家として捉える行き方が主流になっているのでしょうか。確かに、この曲など聞いていると、そういう面が結構強い曲なのは分かるし。 ただ、この日の演奏もそうだけれど、そういう方向で纏めてしまった結果、全体に上手く「纏まってしまい」「整理されてしまう」のも、そういう演奏ばっかりだと、ちょっとどうなんだろう、という気もします。もっと鋭い所もある曲だと思っているのですけど。 とはいえ、実演で、そこで聞く分には、どれか一つのアプローチしか取れないのだから。その意味では、申し分のない演奏だったと思います。 アンコールはバッハの無伴奏ソナタから。これも、改めて実演で弾かれると、どうしてこういう風に別の音が同時に鳴るのか、分かっていても不思議な気がします。NHKホールは3階だと舞台が遠いので、あまり細かい所はよく分からないんですが、いい音がきちんと上まで届いて来て、気持ちよかったですね。 後半はベートーヴェンの「英雄」。 うーん、途中幾らかアンサンブルが乱れていたような。なんか弦と管、それにティンパニの折り合いが上手くついてないような感じが。 気になったのはそれだけ。演奏としては悪くなかったですね。編成は決して小さくなくて、コントラバスで8人は居たので、NHKホールとしても少なくないと思いますが、その割にタイトと言うかコンパクトな感じの演奏でした。思い返すに、決して音量が小さいわけではなかったと思うんですが......なんだろう、この感じは? ダイナミックな感じが、もう一つだったかな。対抗配置での演奏だったので、むしろステレオ感とかは考えられているのだと思うのですが、全体に纏まる方向の演奏だったような。第2楽章なんかは結構頑張ってるなー、という感じだったのだけど、逆にその後がタイトな方向へ。求心力が強過ぎるのかな?なんか見た目と聞こえる感じとのギャップが......... まぁ、個人的にはお目当てのベルクが聞けたので良かった良かった。
2007年12月02日
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新国立劇場 14:00~ 4階正面 カルメン:マリア・ホセ・モンティエル ドン・ホセ:ゾラン・トドロヴィッチ エスカミーリョ:アレキサンダー・ヴィノグラードフ ミカエラ:大村博美 新国立劇場合唱団/杉並児童合唱団 東京フィルハーモニー交響楽団 指揮:ジャック・デラコート 演出:鵜山仁 久々に4階で聞きましたが.........あれ?こんな感じだっけ?と、ちょっとなかなか勘が戻りませんでした。最近3階とかが多いからなぁ。 結構疲れてたんですね、我ながら。そういうつもりじゃなかったけど、結構集中力が無くて、途中意識を失ってたところも。そんなこともあって、ピンと来てないんですが、結構良かったと思います。 大体が、カルメンはそれほど大好きという訳でもないけど、我ながら何処か点が甘くなる傾向があるみたいです。昔々、初めて欧州に行った頃、ウィーンではバルツァを起用してのカルメンが結構当たっていて、それを何度か見ています、相手役はルイス・リマとかなんですけど、そういうのの刷り込みがあって、却って「それと比べちゃいけない」という意識が働いてるのかも。他の演目でそうなるかというと、必ずしもそうでもないんですけどね。 外題役のマリア・ホセ・モンティエルは、予定されていたマリーナ・ドマシェンコの病気代役。確かに最近は新国立劇場、代役が多いようで、色々言われる方もおられるようですが、ぶっちゃけた話、先日の「コッソットのアズチェーナ」ならいざ知らず、このクラスであれば、事前に代役を立てられているなら、まぁ別にいいんじゃないかと思います。私なんか、どっちも聞いたことないし、どっちにも大して特別の期待はしてないし(苦笑)キャンセルと大トチリはオペラの華。んなことでわぁわぁ言ってたら博徒は務まりません。務めるもんじゃないけど。 閑話休題。 モンティエルですが、悪くないです。言えばキリはないんだろうけど、声量もそこそこあって、しっかり歌えている。その上で、歌に表情があります。カルメンのような役柄は、綺麗に歌えばいいってものではなくて、歌自体に性格表現が求められる所ですが(それが無い、綺麗に歌うことをまず求められるミカエラは、だから好対照の役柄になる訳です)、こういう風に歌に表情が出せる(出る?)歌手はいいですね。 あまりしっかり聞いてなかったのもありますが、フレージングとか表現の細部はあまりどうこう考えなかったです。表情豊かな歌に気持ちよく乗ってしまったというか。今回の上演は、オペラ・コミック形式ながら台詞はレチタティーヴォで歌われる折衷方式でしたが、その点も有利に働いたのではないかな? トドロヴィッチのドン・ホセは、これはいいんだろうか...... 多分、細かく言い出すと、大味だとか、大雑把だとか、色々あるんですよ。決して上手いとも言えないし。でも、声量はあるんですよね。で、一応ちゃんと歌えている。大味って言っても、大根って言うのじゃなくて、ただ、おいおいドン・ホセってこうなんだっけ?みたいな感じで。最終幕のやり取りの所なんて、おいおいお前これはワーグナーじゃないよ、と言いたくなるようなスケール感。 いや、きっとヘルデン・テノールではないんですよ。そういうのはダメなんじゃないかなと。でも、瞬発力はあるよ、とか。 そうですね、全般に、まず面白かったですね、今日は。大はずしと言うのがいなくて、皆それなりに歌えていて、主役の二人が、それなり+α(でもなんかヘンなα)という感じで、こっちも難しいこと考えたくなくて、とか、まぁそんな感じなのかなぁ。 でもねぇ。実は私、第1幕のハバネラで途中一瞬寝たんですよ。「ああ、ええなぁ」と思いながらね。で、その時、つい思ったのが、「これがバルツァだったら寝ないな」と。そのレベルで比べてる、という意味で、むしろプラスに捉えてるのだけど、バルツァをつい思い出して、ああ、もう一歩懐が深ければなぁ、と思ったのも事実なのです。そのもう一歩の懐が、更なる表現の幅を生み出し、或いは圧倒的な声で迫り、ということになるんでないかなぁ。 とつい思うくらいの出来ではあったのです。 ミカエラの大村博美やエスカミーリョのヴィノグラードフ、その他の役は、大過無く「それなりに」歌えておりました。不満は、まぁ無いですね。次を是非、とは思わなかったけど。 今回、どうしたことか、ついつい二公演買ってあったので、もう一回行く予定です。次回はもうちょっとコンディションよく聞けるかな。 演出は、今年から演劇芸術監督に就任した鵜山仁。オペラは初演出だとか。 で、少々手厳しく申しますと、新演出の意味が感じられません。 新国立劇場では、既にカルメンのプロダクションは一度出してます。新国立劇場は事実上スタディオーネ・システムですから、どうしてもレパートリー化しなければならないわけではないのですが、予算もある中で、あまりつまらない新演出はやって欲しくないし、折角作ったプロダクションは、再検討して練り上げることは考えて欲しいと思うのです。 で、以前やった演出と、質的差異が殆ど感じられないのです。 というより、残念ながら鵜山演出は、1990年代に我々が見て来た日本人のオーソドックス系演出と変わらないのです。本当に、1990年代の、新国立劇場前夜の藤原や二期会の演出と差が無い。人の動かし方は、多少は整理されてる感じはありますし、両脇の建物の処理の仕方も決して悪くはないけれど、このくらいなら10年以上前からやっているレベルです。表現が特別特殊というわけではないし、格別新しく盛り込まれたものも無い。いや、多少のアイディアとして、付加されているものはあるかも知れないけど、既に何処かで知っているレベルです。 でも、演出そのものが「まるでダメ」というわけではない。例えば、これが、「ロベルト・デヴリュー」とか「シチリアの晩鐘」とか、要は新国では初めてのオペラの演出ならありかも知れない。でも、カルメンのプロダクションは、一応形になったものが、もう既にあるのです。 演劇芸術監督の演出、結構。オペラ初演出も大いに結構。でも、それならそれで、もっと考えて頂きたい。わざわざお金出して新演出やるのなら、もうちょっと考えてくれ、ということです。勿体ないって。お金も労力も。くどいようですが、演出としてダメではない。ただ、このレベルの「普通」の演出をわざわざもう一つ作る意味が無い。どうせなら、てめえふざけんなちょっと顔貸せくらいに大外ししてくれれば、それはそれとして面白いのにね。以上。
2007年12月01日
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