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1ヶ月に一回みたいなエントリー頻度になってしまいました。 いや少しは聞きに行ってはいるんですけれどもね。 シルバーウィークは本当に珍しくシンガポールに行っていました。四半世紀くらい行ってなかったので、もうあまりの変わりっぷりに口あんぐりってとこで。 で、別に音楽聞きに行ったわけではないけれども、やってりゃ聞くってことで、シンガポール交響楽団を聞いてきました。四半世紀前にも聞いていて、当時は、植民地時代からある小さいホールで、趣はあるのだけれど、音響はそう良いとも言えず、それ以上にオケがもうなんというかというレベルで、確かモーツァルトとかやってたのだけれど、流石になぁ、と思って帰ってきたのでした。その頃は香港とかでも聞きましたが、その当時は香港の方が上だったかな。 で、四半世紀も経つと、そもそも当時はなかった新しい劇場というかホールができていて、収容人数も2千人クラス。いやそれよりなにより恐ろしく近代的なホールで、ガラス張りを結構使っていて、これ音響的に大丈夫か?とか思ったりしたのですが、実際聞いてみるとこれがなかなか凄い。 指揮はヴァシリーの方のペトレンコで、独奏にゴーティェ・カプソンと、地元の少年合唱団を迎えて、ペルトの合唱曲、サン=サーンスのチェロ協奏曲、後半はショスタコーヴィチの4番というプログラム。正直言っていやさすがにこれどうなんだろうと思って聞きに行ったのですが、これがかなりの演奏で。 ショスタコーヴィチが凄かった。丁度亀山郁夫のショスタコーヴィチの評伝 - 本当はヴォルコフの「証言」を読みたかったのだけれど、今は日本語では出てないんですね。まぁ問題の多い書ではあったけれども - を読んでいたこともあって、さてこの難曲出来るのか?くらいに思っていたのですが、これがなかなか凄い。 簡単に言ってしまうと、このトンデモな曲をともあれ弾き切る技量が一応あって、しかもその上を行く。ホールは正直ちょっと大変じゃないの?という大きさなのだけれど、このオケも指揮者もホールの大きさをよく理解して、きっちりとオケを鳴らし切っている。ちゃんと響きが充溢するように演奏していて、その演奏も立派なもの。正直言って好感が持てました。 やっぱりモーツァルトとかやらせるといまだにダメらしんですよね(笑) でもこういう曲だと張り切ってガンガン鳴らす。なんかどっかで聞いた覚えのあるような話じゃありません?でも違うのは、それでガンガン鳴らす音が決して醜いものではないということ。日本のオケがよくやる金切り声フォルティッシもはない。金属的な音はそれが求められているところでは出せるけれど、ベーシックにはそういう音は出さない。 アインザッツとか、揃わないところはあるのでしょう。でも、全編にわたって適切に演奏されているので、そういう瑣末事は気にならない。むしろこの曲をよくここまで弾けるなという。 まぁ、アレですよ。日本のオケよりいいというような言い方はしません。ただ、もう、彼らは同じ土俵の上に立っていると思っていい。そのくらいのレベルです。しかも金がある。金が全てとは言わないけれど、その地の経済が好調であるならば、回ってくるお金も潤沢になるし、たとえば楽器にしてもいいものが調達出来る。演奏会だって沢山できる。聞く人もお金があるなら、需要は潤沢になる。 国というか都市というかの勢いというものはやはり馬鹿に出来ない。 それはお客の方も同様で、正直、「マナー」は決していいとは言えない。例によって一番安い天井桟敷で聞いていたのですが、上から見てると演奏中にスマホの画面が光ってるのがかなり見える。2,3じゃない、二桁レベル。でもねぇ、正直、これ、今は欧州でも結構そうなんですよね。ザルツブルクのウィーン・フィルの公演でもそんな感じだし。いけない、だめだ、って言ってるんですよ?でもやっちゃうんだよね。で、そういうお客だからレベルも低いんだろ?という話かというと、なんとも。 みんな、ちゃんと最後まで聞いてるんですよ。馬鹿みたいなフライング拍手なんてない。象徴的だったのは、チェロのアンコール。現代曲、と言っても難解とか突拍子のないようなものではなく、まぁ、聞きやすい、静かな曲。カプソンが最後の音を弾き終わる、でも弓の構えは解かない。静かな聴衆。10秒以上は弓の構えを解かず、ゆっくりと構えを解き、解き切ってからの拍手喝采。いい意味ですれてないんですよね。ちゃんと聞いてる。だから、フライング拍手みたいなものがない。それはショスタコーヴィチも同じで、アレもなかなか難儀な最後なのだけれども、ちゃんと聞いて、指揮者がタクトを下ろし終わって緊張が解けてから拍手が始まる。 日本じゃ間違いなく最後の音が鳴り止むや大騒ぎしようとてぐすね引いて待ち構えてる奴らが沢山いますよ。自信を持って言いますが、そういう日本の「通」の連中なんかより、シンガポールの人達の方が間違いなくちゃんと聞いてますよ。 日本のオケはウィーン・フィルなんかとも肩を並べるレベルになった、みたいなことを言う人がちょっと前には居たものですが、正直、こういうのを聞いてると、そういう問題じゃないんじゃないかと思ってしまいます。というか、そもそも、今このプログラムを定期演奏会でセット出来るオケが日本にどの程度あるのか。しかもこのレベルの演奏を出来るようなところがあるのか。 いい悪いじゃなくて、そういうレベルなんだと思って頂ければ、ってとこですかね。まぁ、シンガポールまで行って聞いてみろ、と言うつもりはさらさらないのですが、日本のオケでこのクラスの演奏が出来ないところの方が多いんじゃないですかね。日本の外ではそういうことが起きてると思っておいていいと思います。もう日本がクラシック音楽でアジアのリーダー的立場と無条件で言える訳じゃないんだよ、くらいには。まぁ、コンクールとかの上位入賞者を見れば、そんなこと自明ではあるのでしょうけれどもね。それが全てではないけれど、しかし、一面を表しているのも間違いないとは思いますよ。
2026年09月27日
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1ヶ月に一回みたいなエントリー頻度になってしまいました。 いや少しは聞きに行ってはいるんですけれどもね。 シルバーウィークは本当に珍しくシンガポールに行っていました。四半世紀くらい行ってなかったので、もうあまりの変わりっぷりに口あんぐりってとこで。 で、別に音楽聞きに行ったわけではないけれども、やってりゃ聞くってことで、シンガポール交響楽団を聞いてきました。四半世紀前にも聞いていて、当時は、植民地時代からある小さいホールで、趣はあるのだけれど、音響はそう良いとも言えず、それ以上にオケがもうなんというかというレベルで、確かモーツァルトとかやってたのだけれど、流石になぁ、と思って帰ってきたのでした。その頃は香港とかでも聞きましたが、その当時は香港の方が上だったかな。 で、四半世紀も経つと、そもそも当時はなかった新しい劇場というかホールができていて、収容人数も2千人クラス。いやそれよりなにより恐ろしく近代的なホールで、ガラス張りを結構使っていて、これ音響的に大丈夫か?とか思ったりしたのですが、実際聞いてみるとこれがなかなか凄い。 指揮はヴァシリーの方のペトレンコで、独奏にゴーティェ・カプソンと、地元の少年合唱団を迎えて、ペルトの合唱曲、サン=サーンスのチェロ協奏曲、後半はショスタコーヴィチの4番というプログラム。正直言っていやさすがにこれどうなんだろうと思って聞きに行ったのですが、これがかなりの演奏で。 ショスタコーヴィチが凄かった。丁度亀山郁夫のショスタコーヴィチの評伝 - 本当はヴォルコフの「証言」を読みたかったのだけれど、今は日本語では出てないんですね。まぁ問題の多い書ではあったけれども - を読んでいたこともあって、さてこの難曲出来るのか?くらいに思っていたのですが、これがなかなか凄い。 簡単に言ってしまうと、このトンデモな曲をともあれ弾き切る技量が一応あって、しかもその上を行く。ホールは正直ちょっと大変じゃないの?という大きさなのだけれど、このオケも指揮者もホールの大きさをよく理解して、きっちりとオケを鳴らし切っている。ちゃんと響きが充溢するように演奏していて、その演奏も立派なもの。正直言って好感が持てました。 やっぱりモーツァルトとかやらせるといまだにダメらしんですよね(笑) でもこういう曲だと張り切ってガンガン鳴らす。なんかどっかで聞いた覚えのあるような話じゃありません?でも違うのは、それでガンガン鳴らす音が決して醜いものではないということ。日本のオケがよくやる金切り声フォルティッシもはない。金属的な音はそれが求められているところでは出せるけれど、ベーシックにはそういう音は出さない。 アインザッツとか、揃わないところはあるのでしょう。でも、全編にわたって適切に演奏されているので、そういう瑣末事は気にならない。むしろこの曲をよくここまで弾けるなという。 まぁ、アレですよ。日本のオケよりいいというような言い方はしません。ただ、もう、彼らは同じ土俵の上に立っていると思っていい。そのくらいのレベルです。しかも金がある。金が全てとは言わないけれど、その地の経済が好調であるならば、回ってくるお金も潤沢になるし、たとえば楽器にしてもいいものが調達出来る。演奏会だって沢山できる。聞く人もお金があるなら、需要は潤沢になる。 国というか都市というかの勢いというものはやはり馬鹿に出来ない。 それはお客の方も同様で、正直、「マナー」は決していいとは言えない。例によって一番安い天井桟敷で聞いていたのですが、上から見てると演奏中にスマホの画面が光ってるのがかなり見える。2,3じゃない、二桁レベル。でもねぇ、正直、これ、今は欧州でも結構そうなんですよね。ザルツブルクのウィーン・フィルの公演でもそんな感じだし。いけない、だめだ、って言ってるんですよ?でもやっちゃうんだよね。で、そういうお客だからレベルも低いんだろ?という話かというと、なんとも。 みんな、ちゃんと最後まで聞いてるんですよ。馬鹿みたいなフライング拍手なんてない。象徴的だったのは、チェロのアンコール。現代曲、と言っても難解とか突拍子のないようなものではなく、まぁ、聞きやすい、静かな曲。カプソンが最後の音を弾き終わる、でも弓の構えは解かない。静かな聴衆。10秒以上は弓の構えを解かず、ゆっくりと構えを解き、解き切ってからの拍手喝采。いい意味ですれてないんですよね。ちゃんと聞いてる。だから、フライング拍手みたいなものがない。それはショスタコーヴィチも同じで、アレもなかなか難儀な最後なのだけれども、ちゃんと聞いて、指揮者がタクトを下ろし終わって緊張が解けてから拍手が始まる。 日本じゃ間違いなく最後の音が鳴り止むや大騒ぎしようとてぐすね引いて待ち構えてる奴らが沢山いますよ。自信を持って言いますが、そういう日本の「通」の連中なんかより、シンガポールの人達の方が間違いなくちゃんと聞いてますよ。 日本のオケはウィーン・フィルなんかとも肩を並べるレベルになった、みたいなことを言う人がちょっと前には居たものですが、正直、こういうのを聞いてると、そういう問題じゃないんじゃないかと思ってしまいます。というか、そもそも、今このプログラムを定期演奏会でセット出来るオケが日本にどの程度あるのか。しかもこのレベルの演奏を出来るようなところがあるのか。 いい悪いじゃなくて、そういうレベルなんだと思って頂ければ、ってとこですかね。まぁ、シンガポールまで行って聞いてみろ、と言うつもりはさらさらないのですが、日本のオケでこのクラスの演奏が出来ないところの方が多いんじゃないですかね。日本の外ではそういうことが起きてると思っておいていいと思います。もう日本がクラシック音楽でアジアのリーダー的立場と無条件で言える訳じゃないんだよ、くらいには。まぁ、コンクールとかの上位入賞者を見れば、そんなこと自明ではあるのでしょうけれどもね。それが全てではないけれど、しかし、一面を表しているのも間違いないとは思います。
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