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先週の23日、「勤労感謝の日」でしたが僕は仕事が佳境のため一人オフィスで「勤労」していました。6時半まで頑張り、会社の近所にオープンした温泉(とはいえスーパー銭湯に毛の生えたものですが)で体を癒した後、家で簡単に夕食を食べ、市内のシネマ・コンプレックスのナイトショウで「父親たちの星条旗」を観ました。映画自体はオフィシャル・サイトを御覧戴くとして、見応えのあった作品だったことは言うに及びません。アメリカの側から見た「硫黄島の戦い」ですが、新たな発見が幾つかありました。物量に優る米軍でしたが、彼等にとっても決して楽な戦いではなく、「太平洋戦争後期の島嶼防衛戦において、アメリカ軍地上部隊の損害が日本軍の損害を上回った唯一の戦闘であった」そうです。(Wikipedia「硫黄島の戦い」より)米軍といえば戦車を大量に保有し、装甲で守られつつ敵を追い詰め、最後は歩兵部隊が残敵にとどめを刺すのかと思っていましたが、上陸後の肉弾戦で相当数の米兵が戦死した模様です。この辺は栗林中将の作戦が功を奏した訳で、「5日で片付く」と思って楽観していた米軍も、占領までには多大な犠牲を払った訳です。「摺鉢山」の星条旗は、硫黄島の戦いに米軍が勝利した瞬間かと思いきや、決してそうではなく、単に「摺鉢山」という一拠点を占領したに過ぎず、そこから30日近くも戦闘は続いたのでした。戦闘は2月16日から開始され、米軍の上陸が2月19日、「摺鉢山」への星条旗掲揚は2月23日でしたが、戦闘の終了は3月26日でした。6名の勇者も、3名はその後の戦闘で戦死していたのです。これと同時に、僕として驚きだったのは、米国自身も戦争継続の資金に悩んでいたことです。星条旗掲揚の生き残り3名は、戦時国債の募集のため、全米各地のキャンペーンに送り込まれた訳ですが、この中で彼等は夫々に葛藤し、一人はアル中になって破滅的な人生を送ります。結局、「戦争に英雄はいない」というのがこの作品のテーマであり、戦勝した米国も決してハッピーだった訳ではありませんでした。今までのアメリカ映画では、決して描かれなかった真実だと思います。さて、12/9からは二作目の「硫黄島からの手紙」が封切られます。仕事の合間を縫って、早いところ観に行くつもりです。
November 27, 2006
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このところ仕事が佳境にあり、中々ブログも書けませんでした。本当はこの週末も土日出勤したかったのですが、流石に体が悲鳴を上げ、昨日は予定よりも早く退社し、今日は休むことにしました。雨の日曜日、昼からは「Qちゃん」の力走を応援していましたが、途中で寝てしまい、気が付いたら土佐選手に離され、更には尾崎選手にも抜かれて3位という結果でした。彼女については、98年の名古屋国際での優勝と日本記録樹立を目の当たりにして以来、何度か沿道で応援したこともあり、浅からぬ御縁ですが、更なる発展を望む次第です。さて、今回は「硫黄島二部作」と題してクリント・イーストウッド監督作品の、「父親たちの星条旗」と「硫黄島からの手紙」を取り上げます。オフィシャル・サイトはこちらです。クリント・イーストウッドといえば、僕らの世代にはTVドラマ「ローハイド」のロディーであり、その後はマカロニ・ウエスタン「荒野の用心棒」で人気を博し、更には「マンハッタン無宿」で米国映画界で認められた俳優として有名です。その後、彼はカリフォルニアの高級住宅地「カーメル」の市長になったりした後、自ら映画製作に乗り出し既にゴールデングローブ監督賞を二度も受賞しています。今回の映画は「硫黄島の戦い」を日米両方から殆ど同時に描いたものであり、彼曰く「従来の戦争映画では、米国が正義の味方として描かれていたが、今回は『戦争に英雄など存在しない』というのがメインテーマだ」ということです。これは、先日の「報道ステイション」、それからNHKの「クローズアップ現代」で報道されていました。硫黄島の「擂り鉢山」に掲げられた星条旗の写真は、米軍兵士の勇敢さを讃えるシンボルとして全米に報道され、後には銅像にさえなりましたが、今日まで明らかにされなかった悲しき実態があった模様です。「父親たちの星条旗」は、6名の勇士の内、生き残った3名の苦悩が描かれています。一方、「硫黄島からの手紙」は玉砕を覚悟した日本軍将兵の、家族に対する並々ならぬ愛情が描かれています。渡辺謙扮する司令官栗林忠道中将は、米国駐在歴も長く、合理的な考え方に貫かれた軍人ですが、祖国の礎として潔く死ぬ道を選び、守備隊全員が36日間の激闘を耐え抜き、米軍側にも予想をはるかに上回る犠牲を強いたのでした。この栗林中将、実は僕の祖父と陸軍士官学校第26期の同期生であり、出世頭だったそうです。この方の奥様は、僕がまだ幼い頃、僕の祖母を訪ねて我家に来られたことがあったらしく、ある種の親しみを感じておりましたが、今回の映画を通して「人間栗林忠道」を感じてみたいと思っています。今日は体調が良ければ「父親たちの星条旗」を観に行こうと思っていましたが、静養に務めました。「硫黄島からの手紙」は12/9に封切りですので、これら二作は腰を据えて観るつもりです。
November 19, 2006
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昨日(11/4)は小学校の同期会があり、50代半ばのオジチャン・オバチャンが集まりました。割合小さな小学校だったので、一学年110数名でしたが、12年前に同期会が発足し、冬季五輪の年に開催が決まっている関係で結束は固く、今回も20数名が集まりました。一次会は自由ヶ丘の某割烹で食べて飲み、二次会はカラオケハウスにて歌い捲りました。そうこうする間に、「我々も良い歳だから、次回からは2年おきに開催しよう。要するに夏冬の五輪の年にやろうじゃないか」という提案が為され、言い出しっ屁が幹事を押し付けられましたが、満場一致で決まりました。思うに、20代、30代は仕事や子育てに忙しく、40代になって漸く「幼馴染」と会おうという心境になるみたいです。不思議なもので、30年以上会っていない者同士でも、会った瞬間小学校時代にタイムスリップ致します。「あの人誰だっけ」というケースは滅多にないのが「幼馴染」なのです。今回も在京のメンバーが尽力して下さり、盛況の内に終了しましたが、準備の段階では色々な人間模様があったようです。音信不通が約3割、当日都合が着かず出席出来なかったり、遠方のため来れないケースが約3割でしたが、連絡は着くものの「行きたくない」という人が約1割いるのです。大半は「訳あり」だと思われます。中には某一流大学まで出た人もいるのですが、彼の場合、電話で誘った人によると近況を尋ねることさえ憚られたとか。逆に、仕事や病気で失意の時代を過ごしたにも関わらず、明るく顔を出している人もおり、気持の持ち様で人生は大きく変わるものだと痛感した次第です。僕自身、成功者などでは決してありませんが、サラリーマンの傍らブログを楽しみ、「息子と共に」勉強する中で親子の絆を感じつつ楽しく日々を送っています。そして、小学校の同期会にも楽しく顔を出して参りましたし、これこそが凡人にとっての素朴な「幸せ」なのでしょう。小学校の同期会にも様々な人間模様があり、今一度人生を考える機会となりました。P.S. このところ忙しく、息子との勉強や「日比谷シリーズ」とも御無沙汰ですが、こちらもキャッチアップして行くつもりです。
November 5, 2006
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