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お陰様でお天気にも恵まれ、昨日の早慶戦は大いに楽しめました。午前中、息子と僕は「Z会」の数学後半を終え、11時過ぎに家を出ました。外苑前には12時頃に到着しましたが、ヤクルト戦程の混雑もなく、いささか拍子抜けでした。当日は隣接する「秩父宮ラグビー場」でも大学リーグ戦があり、こちらへも結構な人数が吸い込まれて行きました。神宮球場へ着き、早稲田は一塁側であることを確かめて、おもむろに内野席券を2枚購入しました。観客席へ行ってみると、試合開始1時間前にも関わらず結構な入りで、前の方は既に塞がり、かなり上の方でないと席がありませんでした。何とか息子と二人の席を見つけ、座ることが出来ましたが、OBの来場が多く、流石に「伝統の一戦」だと思いました。丁度グランドでは早稲田の練習時間で、レギュラー選手がフリーバッティングをしており、総勢100名近くの部員が内外野に散らばって打球を追っていました。高校時代には中心選手でも、早稲田の野球部では「その他大勢」になるのでしょう。これも社会の縮図ですね。息子にもそういったことを話しました。そうこうしている内に、両校の校旗入場とエール交換が始まりました。学生席は全員起立でしたが、一般席は熱心なOBのみ起立し、還暦を越えた方までが学生と一緒に拳を振りつつ「都の西北」を歌っていました。僕はと言えば、何だか気恥ずかしい気持がして、着席したまま聴き入っていましたが、熱いものが込み上げて来て、何度もハンカチで涙を拭いました。斯くして試合が始まりましたが、始球式は早稲田OBの徳武定祐氏でした。早稲田は初回に2点を奪われ、その後は投手戦でしたが慶応は5回に1点、7回に2点と追加点を物にし、一方的な試合になりました。それでも早稲田は8回に1点返して、何とか完封は免れましたが、9回表は三者凡退で呆気なく終わりました。まあ、試合の勝ち負けは別として、卒業以来30数年ぶりの早慶戦でしたが、「集まり散じて人は変われど」母校の応援に息子と馳せ参じ、自分は学生時代の雰囲気に浸り、息子は父親の母校と将来のキャンパスライフに幾分関心が向いたようでした。7回の「エール交換」では、「都の西北」と慶応は「若き血」が交わされました。応援は慶応の方が力強く、学生席では皆肩を組んで「早稲田を倒せ、早稲田を倒せ、早稲田を倒せ!」でしたから、息子曰く「応援でも負けてたね」という状況でした。斯くして、親子の早慶戦観戦は終了し、外苑前から渋谷へ戻り、東急プラザの地下で肉を買って、その晩は一家で「すき焼き」を楽しみました。今日、僕は留学時代の恩師を囲み、銀座でミニ同窓会に出席しましたが、早慶戦の第二戦はテレビ中継されたそうで、息子が応援してくれました。放送では9回に早稲田が同点に追い着き、延長戦に入ったところで終わったようですが、その後延長12回に2ランホーマーが出て早稲田が勝ちました。明日は第三戦が行われ、早稲田が勝てば完全優勝です。ちょっと気掛かりです。
October 29, 2006
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ここ2週間は仕事が忙しく、ブログも書けませんでした。今度の週末は東京に帰り、家族と過ごして参りますが、土曜日(10/28)は息子と早慶戦に行く予定です。先程天気予報を覗いたところ、金曜は雨が降るものの、土曜は晴れ後曇りで、何とか濡れずに済みそうです。夏の甲子園が終了直後、秋の早慶戦には「早実の斉藤君が始球式に登場する」なんて噂が流れてましたが、それはないでしょう。コギャルやオバサン達が大挙して来られたら、早慶戦本来の醍醐味がぶち壊しですから。でも、斉藤君自身は「お忍び」で観戦に来るかも知れません。当日は13:00プレイボールです。開場は10:00ですから、学生席は徹夜組も出る中、一塁側・三塁側共に満席で応援合戦が試合前から盛り上がることでしょう。秋期リーグでは、早稲田が早々と優勝を決めており、優勝が掛かった早慶戦ではないものの、伝統の一戦ならではの熱気が伝わって来るものと思われます。息子には早慶戦を通して、キャンパスライフの一端を感じ取ってくれればと思っています。常ならぬ俄ファンに席を奪われぬよう、少し早めに出発する必要がありそうです。関連サイト:東京六大学野球を応援しよう!
October 25, 2006
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今度の週末は東京へ戻り、目一杯息子と過ごして来ました。彼も僕が帰る週末は観念したらしく、勉強に励むようです。土曜の午前中は11月末の期末テストに照準を合わせ、学習計画を作成しました。勉強の中味も大事ですが、物事を計画的に実行して行く習慣を身に付けることも「生きる力」の重要な要素です。それと同時に、9科目の目標値を個別に設定し、目標達成に向けて頑張るよう励ましました。本人も具体的な数値目標を前に、焦点が絞られて来たようです。平均85点を目指します。こんな訳で、午前中は計画作成に費やしましたが、午後は息子の要望で六大学野球を神宮球場まで観に行きました。別に特別なカードが目当てではなく、大学野球を生で観たかったのです。その日は午前中が早法戦、午後が慶明戦でした。家を1時頃に出て、渋谷経由で東京メトロ銀座線に乗り、二つ目の「外苑前」で降ります。これは都立青山高校時代の通学コースでもあり、「渋谷発8時23分の地下鉄に乗れれば、一時間目に間に合ったんだよ。先生は8時半のチャイムが鳴ってから職員室を出るから、教室には8時33分頃に同時到着でセーフなんだ」と息子に語り掛けました。外苑前から球場まで歩く途中、息子が「早慶戦って毎年あるの?」と聞いて来るので、「六大学野球連盟のリーグ戦が春と秋にあるから、毎年2回、夫々2試合ずつあるんだよ。ところで、今は秋のリーグ戦だけど全部で何試合あるか分かるかい?」と最後は「組合せ」の問題を出しました。息子はしばし考えた末「60試合かな?」と答えました。以下、会話体で書いてみます。僕:うーん、惜しいな。先ず、2試合でなく1試合ずつ戦うとしてごらん。一つのチームは何試合すると思う?息子:1チームは他の5チームと戦うから5試合あるね。6チームだから5×6で30試合でしょ。僕:大事なところでミスがあるよ。A、Bの2チームで考えようか。まず、最初にAチームで考えると、5試合の中でBチームとの試合がある。同じようにBチームの5試合の中にAチームの試合があるので、結局ABとBAを別々に考えていることになる。息子:そうか、ダブってるんだ。そうすると1試合だけだと30÷2で15試合だね。夫々2試合するから、全部で30試合なんだ。僕:そのとおり。自分で最初から出来たら凄いけど、まあ、今は答が分かっただけでも良しとしよう。ということで、数学談義は終わりました。青山高校の前を通り掛ると、中学生と思しきグループが、中には父兄と一緒に正門から入って行くのが見えました。看板を見ると「授業公開・学校説明会」と書かれており、三年生にはそういう時期なのです。「君にはまだ早いけど、来年はそろそろ何校か観に行っても良いね」と水を向けましたが、息子はあまり関心がないようでした。神宮球場に着くと、まだ第一試合の余韻が残っているようで、外は結構大勢の人達が固まっておりました。第二試合は慶応が一塁側、明治が三塁側であり、「どっち側に行く?」と聞くと、息子は「今日は明治にしようか」というので三塁側の切符売場で内野席を2枚買いました。思ったより高く、1枚1100円でしたが、2試合通しで見られる券のようでした。席に着くと程なく試合開始となり、最初は投手戦でしたが慶応が途中で2点先取し、その直後からシーソーゲームになりました。最後は明治に2ランホーマーが出て5:3となり、風も寒くなったので早く出たいと思っていたら、9回裏慶応にソロ本塁弾が飛び出し、延長戦かと気を揉んだところゲームセットとなりました。帰路、渋谷の紀伊国屋に寄り、非主要科目の問題集を買いました。技術家庭・保健体育・音楽・美術の4教科ですが、教科書とノートだけでは定期テストの成績が伸びず、問題集の効果が絶大なのです。これらの科目は勉強のコツが分からず、一学期の期末テストは芳しくありませんでしたが、今回はこれで問題練習をしておけばペーパーテストなら大丈夫だと思います。勿論、本人が「やる気」を出せばの話ですが。こんな感じで土曜日は過ぎ行き、今日は僕がサンデープロジェクトを見終わってから、「Z会」の数学前半をやりました。「比例・反比例」の纏めであり、後半から平面図形になります。学校では「一次方程式」をまだやっているようですから、数学に関しては結構進んでいます。添削も綺麗に赤ペンが入れてあり、自分でじっくり読み返すようなら頼もしいのですが、中々そこまでは参りません。まあ、中1ですから、長い目で見守って行くつもりです。
October 15, 2006
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明日から週末は家族と過ごすので、ちょっとだけ書いておきます。それにしても、今週は北朝鮮の核実験一色でしたね。来週は真偽が判明し、具体的措置が動き出すのではないでしょうか。さて、2001年~2006年の自校作成問題の「英語」につき、概要を以下のとおり整理しました。過去問はこちらへ。2006年度の問題はこちらです。1.問題は大問が三題出され、パターンは以下のとおりである。2.第一問: 都立高校入試のリスニング共通問題(ネット上では入手出来ない模様)3.第二問: 会話文から小問が9問出題される。最後の問題は20語程度の英作文4.第三問: 長文問題から小問が7問出題される。最後の問題は30語程度の英作文試験時間は50分ですが、第一問のリスニングにどれだけ割かれるか不明です。第二問は然程難しくありませんが、分量が結構ありますから、速く読む力が必要です。最近の傾向として、小問の一つは4つのイラストが示され、会話の内容と合致するものを選ぶことになっています。ポイントを的確に掴む能力が必要です。最後の問は、20語以上の英文で答える問題です。第三問は長文問題ですが、結構分量があります。最後の問は「あなただったら、どう考えますか」というもので、30語以上の英文で考えを纏めねばなりません。英語以前の問題として、思想を正確に捉え、自分の考えを整理する能力が要求されます。これをベースに英文化し、きちんと訴えることが必要です。難易度は数学程ではありませんが、英文の読解力と同時に英作文力が重要になります。英語日記を書いているようなお子さんなら、この種の問題にも十分対応出来ることでしょう。尚、第二問、第三問共に少し難しい単語は脚注に意味が付されてあり、闇雲に英単語を覚えることは要求されておりません。次回以降で、詳細を報告致します。
October 12, 2006
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単身赴任の週末、ロードショウ公開中の映画カポーティを今日は観て来ました。トルーマン・カポーティ(Truman Garcia Capote, 1924年9月30日 - 1984年8月25日)は、アメリカの小説家。有名な作品は「ティファニーで朝食を」ですが、本当の代表作は何と言っても「冷血(In Cold Blood)」だろうと思います。この作品は1965年に発表され、1967年には映画化されています。詳しくはこちらを。実はこの映画、僕は高校2年生のときに、今は無き渋谷は東急パンティオンにあった「東急名画座」で観ており、鮮烈な印象があったことを覚えています。カポーティという作家を知ったのもこの時でしたが、今回の映画「カポーティ」はトルーマン・カポーティの一生ではなく、名作ノンフィクションの「冷血」(In Cold Blood)が生まれるまでを描いた伝記ドラマです。とはいえ、僕の知らなかった「カポーティ」なる人物を知ることが出来、また彼でなければ「冷血」が書けなかった事情も良く分かりました。また、若干蛇足ですが、「アラバマ物語」(To Kill a Mockingbird)の作者ネル・ハーパー・リー(米国の女流作家)とは彼が一時期住んでいたアラバマ州モンローヴィルで隣人だったそうで、後年、作家としての友情をベースに「冷血」の取材には彼女がアシスタントを務めていたのです。今回の映画にも実名で登場していました。さて、「冷血」執筆の発端は、カンサス州の農家で一家4人が銃で惨殺されたという新聞記事であり、彼は作家特有の嗅覚で小説化を思い立ち、事件直後からネルを伴ってカンサスに乗り込むのでした。事件は思い掛けなく早期に解決され、犯人二人が逮捕されましたが、その内の一人ペリー・スミスは、ネイティブ・アメリカンでアル中だった母親を持ち、孤児院で迫害されて育ったという人物でした。そして、これはカポーティ自身の恵まれない生い立ちと相通ずるものだったのです。彼は映画の中で、次のように語っています。例えて言えば、彼と僕は同じ家に育ち、彼は裏門から外に出て、僕は表玄関からだった。It's as if Perry and I grew up in the same house. And one day, he stood up and went out the back door, while I went out front.二人の間にはある種の友情が芽生えますが、それはカポーティにとってアンヴィバレント(相互に矛盾する)な葛藤を生むのでした。早く処刑されたら作品が書けないし、命を救おうとすれば作品を完成出来ないのです。上級審に控訴するため、彼は自腹で弁護士を雇うのですが、それは必ずしも人道的な目的ではなく、作家としての利益追求でもあったのです。ペリーの方も心を開くかに見えて、殺人に及んだ犯行の動機については決して話そうとしませんでした。そして、利用されているという現実も分かってしまうのです。こうする間に、最終的な控訴が棄却され処刑の日も決まり、ペリーは漸く重い口を開くのでした。カポーティは、ペリーの絞首刑にも立会います。そして、「冷血」は出版され、ノンフィクション・ノベルという新たなジャンルを切り拓いたと言われる作品になりました。ところが、「冷血」以降、1984年に没する約20年の間、カポーティは一冊の本も完成していないのです。ペリーの処刑を目の当たりにし、殺人犯ではあるものの、心を通じ合わせた人間の死を商品化したことに対する良心の呵責だったのでしょうか。映画を見つめる僕も、我が人生との関わりが脳裏を過ぎりました。事件は1959年11月、つまり僕が小学2年生の時に発生し、犯人の処刑は1965年4月でした。この時僕は中学2年生であり、犯人達とカポーティの繋がりは、僕が小学校低学年から中学生になるまでの間、カンサス州の刑務所において続いていたのです。そして、僕は高2の時に映画「冷血」を観ましたが、その後40年近い歳月が流れ、その間にカポーティ自身は亡くなっていたのです。カポーティと「冷血」を通し、一人感慨に耽った一日でありました。
October 8, 2006
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息子の中間テストは先々週に行われ、先週には結果が出て参りました。一学期の期末テスト(8教科)では平均点が80点弱だったので、今回の中間テスト(主要5教科)では平均85点を目標にするよう励ましました。同時に、テスト前の学習スケジュールを一緒に考え、「このとおりやるんだぞ。足りない分は自分で追加しなさい」とアドバイスして名古屋に戻りました。さて、結果ですが、英数は90点台、社会は目標をクリアーしたのですが、国理が振るわず平均点は80点を僅かに超えたというところです。まあ、決して悪くはないのですが、試験前でも友人と遊んだりで、あまり「やる気」を出さず、ベストを尽くしたとは言えない状況でした。逆に言えば「伸び代」はあるものの、それは本人の意欲があればの話であり、今のままでは目に見えた改善は望めません。とはいえ、僕自身も中1の頃はチャランポランでしたから、本人の自覚を待つことに致します。あまり点数のことばかり書くと、読まれる方の中には「結果万能の父親」のように映るかもしれませんが、決してそうではありません。息子は中学生となり、子供から少年を経て青年になる過程において、内面的には「個」に目覚め、自分の意志と責任で生きる人生を歩み始めた段階です。学生の本分が勉強なら、持てる能力を十分に発揮出来るよう自分でモチベイションを高め、自分に対して恥ずかしくない成績を収めるべきなのです。今回は「80点と90点」というテーマで書きますが、この10点の差には物凄く大きな意味があるのです。公立中学において、成績が中位のお子さんなら、授業をよく聴き、宿題を含めた予習・復習をきちんとすれば、学校の定期テストで平均80点のレベルまでは到達出来ると思います。逆に言うと、上位と下位10%を除けば先天的な能力の差は殆どなく、成績の差は真面目に勉強したか否かなのです。問題はこの先で、人に差を付けるにはここから頭一つ、二つ抜け出さねばなりません。世の中には所謂「秀才」という人達がいますが、彼や彼女等は最初から平均90点以上の世界にいますので、マイペースで進んで戴きましょう。「秀才」は学年で1~2%であり、最近の傾向だと彼(女)等は大半が国公私立の中高一貫校へ進学しますから、地元の公立中学に「秀才」は殆どいないのが実情です。では、公立中学で頑張る中で、「平均90点以上」の持つ意味と、如何にしてそれに近付くかを考えてみましょう。先ず、90点(以上)のお子さん(A君)と、我が子を含めた80点のお子さん(B君)との違いを整理してみます。尚、この場合、A君は所謂「秀才」というよりも努力型の「優等生」だとお考え下さい。1.A君は落ち着いた性格で、情緒的な成熟度が高い。要するに大人なのである。一方、B君はまだ子供っぽいところが見られる。2.A君は知的好奇心が高く、日常生活を通して色々なものに関心を持ち、自分から本や新聞(最近ではネットも含む)を読んで、教科書や学習参考書意外から知識を蓄積している。B君の方は、この点まだ受身である。3.A君は嫌いな科目や、苦手な科目がない。関心の低い科目でも、要点を捉えるセンスがあり、中学レベルの試験なら高得点を取れる。別の言い方をすれば、好き嫌いの感情に左右されず、端から受け付けないような科目はない。4.A君は読書の習慣が身に付いており、文字を通してイメージを形成したり、一人で知識を吸収し、考え、学ぶことが出来る。一方、B君の方はあまり読書が好きでなく、直ぐに飽きてしまう。5.A君は自然体で授業に集中出来、授業中に要点を吸収してしまうので、家庭学習に然程の時間を割かずに済む。一方、B君は科目により授業内容が右耳から左耳へ抜けてしまい、試験前に一からやり直しという、非能率な勉強方法から抜け出せないでいる。6.A君は周囲に振り回されず、マイペースを守っている。といって、付き合いが悪い訳ではなく、スマートに人間関係を処理している。B君の方は、悪友に振り回される傾向がある。7.A君は目標達成意欲が高く、妥協せずに淡々と努力を継続する。8.A君は一喜一憂せず、コンスタントに勉強を続けるが、B君の方は良い結果が出ると直ぐに油断して手を抜くので、成績にムラがある。ざっと思い付くだけでも、これだけあります。B君がA君に変身するには、こういったことを認識し、自らの意志で自己改革に努めねばなりません。共通項は「自律」だと思います。13歳の少年少女が自己と向き合い、A君の域に達するよう粘り強く頑張れば一歩一歩前進出来ます。結果として「90点」に到達出来なくても、その努力したプロセスは貴重であり、精神的な意味で「A君」になれるのです。僕は思うのですが、99%の人は「普通の人」であり、その中で競争があるのです。「自分さえ良ければ構わない」という利己的な人は論外ですが、フェアプレイで戦う限りにおいて、人は自分の存在価値を高めるのが当然です。さもなければ、目まぐるしく変化する現代において、元々何が起きるか分からない人生を、逞しく生きて行くことは不可能ですから。そして、端的に言えば、「A君」のような属性を努力して身に付ける必要があるのです。大勢いるB君から、数える程のA君に脱皮するために、中学時代の「90点」への挑戦は大きな意味があると僕は思います。息子にもこの「10点差の持つ意味」を繰り返し説明し、納得した上で努力を継続して欲しいです。こういった考え方には反対意見も多いかと思いますが、「人生観」の違いですから悪しからず。
October 6, 2006
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数学の過去問を全て横並びで比較しましたが、今回2006年度の問題を紹介して「数学編」を終わります。詳しくは上記のページを参照願いますが、要約は以下のとおりです。---------------第一問:無理数、二次方程式、二次関数のグラフと直線、円周角、確率から小問が5題出ています。基礎的な問題であり、これがスラスラ出来ないようでは日比谷の合格は覚束ないでしょう。第二問:双曲線のグラフから出題されています。一般的な難易度としては中級の上といったところです。問1と問2に別れ、問2は更に(1)と(2)に別れています。問1、問2(1)は基本的問題であり、この両者は正解が欲しいです。問2(2)はワンランク上の問題であり、合格圏内に入るには正解しておきたいところです。第三問:台形の対角線を結んだ問題で、問1、問2、問3に別れています。問1は作図の問題で、比較的基本的な出題ですので、これは正解が欲しいです。問2は証明問題で中級の上といったところですが、合格圏内に入るには正解しておきたいですね。問3はやや難問でしょうか。時間制限がなければ解けても、50分の中でこれに正解を出すのは実力が必要です。第四問:底面が長方形で、一側面が正三角形で且つ底面に垂直なの四角錐の辺上を動く2点P、Qに関し、会合するまでの時間や場所を問う問題です。問1、問2、問3に別れ、問1はP、Qが頂点Aから同時出発し、異なる速度で別の稜線を周回するときに、再びAで会合するまでの時間を求める問題です。これは基本問題ですから正解が必要です。問2はP、Qが底面の長方形の長辺と平行になるときの時間を求める問題です。これも基本問題ですから、正解が欲しいです。続く問3が2006年度の最難問で、これが時間内に解けた受験生は殆どいないのでは。三角錐の体積を求める問題ですが、母体となる三角錐の体積(=V)を求め、別の面を底面とした場合、その底面積と高さの積は、Vの3倍になるというのが最大のポイントです。その底面を直線で二分割し、頂点とその直線を含む平面で母体の三角錐を二分割した場合、夫々の体積は底面を二分割した面積比でVを分割すれば求まります。-------------こうして見渡すと、第二~四問の最後の問は難問が揃っていますから、これらを残して他を正確に解き、残った時間でどれかにチャレンジするのが最も賢い取組み方だと思います。恐らく毎年の受験生で、数学の最高点は80点くらいかなと思われます。年毎の難易度にもよりますが、日比谷の数学は50点取れれば合格圏内に十分入るのではなでしょうか。その他、過去問から難問をリストアップすると、以下のとおりです。2001年度:第四問 立方体を面分割する時の計算方法。 2002年度:第四問の問3 今回と同じで、錐体の体積が底面の分割比で分割出来ることがポイント。2003年度:第四問の問3 シリーズ6で解説済み。2004年度:第三問 シリーズ7で解説済み。第四問の問3も結構手強い。2005年度:第五問の問2 円筒の表面を螺旋状に動く点の時間と移動距離の問題。これらは大学入試でも使える問題です。日比谷の難問は立体図形に集中し、空間的イメージがしっかり把握出来ないと全くお手上げです。数量よりも図形、特に空間図形の攻略が死命を制するように思いました。以上で「数学編」を終り、次回からは「英語編」に参ります。
October 5, 2006
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週末は東京に帰り、家族とのスキンシップを温めて参りました。息子は中間テストも終り、本当は羽を伸ばしたいところでしたが、土日は「Z会」数学の残り(比例・反比例)と英語(Be動詞と代名詞)を片付けました。土曜は午前中に数学をやり、英語の前半も2時前に終わったので、「どうだ、青山通りをタウンウォークしないか?」と誘うと、息子も「行く行く」という返事で、早速二人で出かけました。家内と娘は先約があったので、今回は男同士の道中となりました。青山通りは、かって「僕の庭」であり、都立青山高校時代は帰宅時に外苑前から渋谷まで歩き、最後はお気に入りの店でソフトクリームを戴くのが楽しみでした。当時からモダンな街並みでしたが、それは今も変わりません。渋谷からは先ず「宮益坂」経由で青山通りに出ましたが、坂の途中で早速洒落た画廊が目に留まりました。フジコ・ヘミングさんの「ラ・カンパネラ」が心地良く響いており、何と彼女の絵が何枚もエッチングになって売り出されていたのです。予定外だったので買いませんでしたが、今度家族皆で来た時には買っても良いと思いました。寄り道しましたが青山通りに辿り着き、道の右側か左側かを選ぶことになりました。渋谷から歩く時は何となく右側通行で、今回もそうしました。少し歩くと「青山学院大学」があり、学生さんが大勢屯しておりました。道の反対側には「国連大学」があります。息子には「ほら、あれが国連大学だよ。"United Nations University"と書いてあるだろう。「国連」は"United Nations"で、大学は"University"だよ。こういう時に英語を覚えてしまおうね」と申しました。その後、「表参道」に差し掛かりましたが、昔何度か行ったフランス料理の店はなくなっており、跡地には「タイ料理」の店が入っていました。お腹が空いていなかったので、食べに入りはしませんでしたが、センスの良いお店が並んでおり、今度は昼前に出て、ランチはこの辺でしたいなと思いました。「表参道」には新しい目玉の「表参道ヒルズ」も出来ましたが、そこにも何時か行ってみたいと思います。きっと家内と娘は大喜びで、僕と息子は幾分イライラするでしょうが。その後、いよいよ青山に差し掛かり、「青山ベルコモンズ」の辺りで道路を渡って、外苑前から神宮外苑に向けて左折しました。程なく、母校青山高校に差し掛かりましたが、土曜日の午後、各種運動部の元気な掛け声が聞こえて来ました。校庭を覗くとサッカー部が練習しており、背の高い選手が大勢いるのが印象的でした。道の反対側には「神宮球場」があり、「東京六大学」の試合をやっていました。息子が入りたそうなのでチケットを買おうとしたら、「もう終盤ですからチケットは要りません。どうぞお入り下さい」という訳で、慶応:東大戦をネット裏で無料観戦出来ました。とはいえ、入ったのが8回裏で、慶応の攻撃が終り、東大の9回表の攻撃しか観られませんでしたが、息子はそれなりに嬉しかったようです。試合終了後には両校の「エール交換」があり、慶応の「塾歌」(例の、「強く雄々しく立てんかな」です)に続き、東大の応援歌「ただ一つ」を聴きつつ、息子に大学生活の一部を見せることが出来てラッキーだったなと思いました。その後、息子は「千駄ヶ谷まで歩きたい」というので、外苑の中を歩き続けました。中央広場の外周道路は僕の高校時代、長距離走の練習コースでもあり、その後は瀬古利彦選手もロス五輪前にはここで練習しておりました。そんなことを息子と話しながら「国立競技場」の脇を通りましたが、「東京ヴェルディーvs.ヴィッセル神戸」の試合が終わった直後で、観客が大勢出て来ました。「千駄ヶ谷」から乗った総武線は結構な混雑でしたが、代々木で乗り換え渋谷に戻った時は丁度4時半頃で、程よいタウンウォークでした。ちょっと買物をして帰宅しようと思ったら、息子が「腹減ったよ。何か食べたいな」と言うので、彼の所望に合わせラーメン屋に入りました。育ち盛りの食欲は、盛の良いラーメンをペロリと平らげましたが、彼にとっても中々良い一日だったと思います。こんな訳で9月も終り、10月に入りました。今月末には早慶戦もあるので、家族で行こうかなと思っています。
October 1, 2006
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