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髪を切ってきた。髪を切るとどういうわけかこうして日記を更新したくなる。心身ともにリフレッシュしたりすると、気持ちが外側を向くのだろうか。いきつけの美容院は「アーリア要町店」である。少し前まで有楽町線要町駅の近くに住んでいて、マンションから徒歩1分と近かったことなどから自然に通うようになった。南長崎へ引っ越した後も、自転車で10分程度とそう遠くないしなにより信頼しているのでいきつけになっている。いつもはスタイリストに「おまかせ」とだけ言う。たまに「かっこよく」とか「さわやかな感じで」とか、極めて漠然とした注文を出すこともある。髪型だけ変えたところで、キムタクとかフクヤマのようになるとは思っていない。ただもしかしたらスタイリストが、ものすごいイメージや技術を隠し持っているかもしれないので、たとえば「かっこよく」といった方向性を伝えるぐらいはゆるされていいと思われる。はじめてこの「アーリア要町店」へ行ったのは、だいたい4年か5年ぐらい前である。近所だから予約もせずにふらっと入ったときに、たまたまついてもらった女性のスタイリストに、今も変わらず切ってもらっている。細身で背が高く、人形のように大きな目が特徴的で、よく笑う。一般的に「美人で気立てがいい」とされるようなカテゴリーに属している。しかし付け入るところがまるでないかというとそうでもなく、いつも着ている服が、「ファッショナブルなスウェット」と表現するのがふさわしいような、ちょっと個性的なタイプのものが多く、街ゆく他の誰とも違うという印象を放っている。「その服だいじょうぶ?」などとしていつもからかうのだが、毎回「なんでですか、いいじゃないですか、」と戸惑う風でもなく、他の客からも言われ慣れているからなのか、むしろ開き直って自らのその特異なファッションセンスを誇張したりする一面もある。それも愛嬌には変わりはないが。外見や、そんな愛嬌のある一面は、5年前から今までたぶんほとんど変わっていない。カットの技術もさることながら、客に安心感や信用を与え続けることも、美容師にとって重要なテーマなのかも知れないとも思う。私がもし5年前にこの人に出会っていなければ、今も「アーリア」へ通っていたかどうかわからない。今日は仕事を休んで髪を切りに行った。というと髪を切るために仕事を休んだと思われてしまいがちだが、そうだとも、そうでないともいえる。平日の昼間に私がアーリアへ行ったことで、それが話題になるかと思い、2つ3つ言い訳を用意しておいたのだが、たまたま受付にいた担当の彼女が私を見て発した言葉は「花粉症にやられてますか?」だった。確かに花粉症にやられていた。そのため朝から鼻や喉の粘膜は炎症を起こし、脳にもその影響は及んでいるようで、意識もちょっと朦朧としていた。気休めぐらいにはなろうかと思い、大きなマスクをしていたのだった。きっと第一声は「仕事さぼってきたんですか」と思っていたのだが、予想は見事に外されてしまった。「今日はどのようにしますか」という事務的な質問に対しては、「春らしく、さわやかに」とリクエストした。いさみやビルの2階から見下ろす要町の中心街は、春の暖かな日差しを反射してまぶしく輝いている。「春らしく、ですか!」ここでも、え、そんな反応?と思わせるリアクションを彼女はした。しかし私は戸惑わない。期待したことと違うことを彼女が言うことに私は期待していたからだった。そういえばテレビのクイズ番組で「ヘキサゴン」て見てる?あれに出てくるアホな女のコ知らない?「えー知らないです、誰ですか?」なんだっけカントリー娘の一員で、っていっても今やカントリー娘は一人しかいないらしいんだけど、いつも短パン履いてて、足が長くてキレイなコなんだけど。「だってカントリー娘知らないですもん」オレも知らないんだけどさ、とにかくヘキサゴンに出てる一番アタマの悪いコだよ。それを毎回見るたび、似てるなあって思うんだよ、言われたことはない?「えーわたしですか?なんでですか、ばかっぽいところがですか?わたしがばかっぽいからですか?」いやえーとばかっぽいんじゃなくてなんていえばいいんだろ、天然そうなリアクションとか、もちろん顔の造りとかが似ているからそう思うんだけれども。「いわれたことないですねー、今度見てみます、本当にバカっぽいところがそっくりだったらどうしよう」東京ウォーカーやフライデーを見るともなく見ながら、そんな会話を交わしていて、その間に私の髪の毛は切られているということになるのだけれども、髪を切られている意識があまりないまま時間が経過している。夏川純の年齢詐称疑惑について言及したフライデーの記事はいささか古いらしく、ブログで実年齢を告白した事実については書かれていなかった。ブログで告白したらしいじゃん、本当は何歳だったって。「そうですよねその記事ちょっと古いですよね。そういえば井上さんて、ブログとか書いてるんですか?」ああたまに書いてるよ。どんなものかと思って、何でもやってみないと気がすまないからね。「それはどうやったらケンサクできるんですか?」それは無理なんじゃないかな、だって名前と電話ぐらいしか接点がないわけでしょ、ネットだと本当の名前とかそういうのって、個人情報だからあまり載せないことになってるし。でも今日髪切りに行って、美容師とこんな会話をしました、とても楽しかったです、みたいなことは書くかもね。「えーちょう見たいんですけど」じゃあそしたら、「アーリア要町店」に行った、てことを書くから、それでケンサクしてみたらどう?で、実名はやっぱりヤバいから、ここだけで通じるキーワードみたいなのを決めておこうよ。それを書いておくから。「じゃあ『ヘキサゴン』で。」髪の毛が洗って乾かされるにつれ、明日からの髪型の全容が明らかになっていった。春らしいし、トータル的にさわやかかどうかは判断しづらいが、さっぱりしたカタチになっている。後ろ髪を適度に跳ねさせているヘアースタイルも、『ヘキサゴン』の発案によるものだ。会計を済ませて2階から地上へと降りる階段をいつも、下りきるまで見送られる。キャバクラの見送りのようだと思いながらも、それほど悪い気はしない。1階はスーパーになっていて買い物のおばちゃんたちがごった返している。ただおばちゃんたちにでれっとした顔をして見透かされるのも癪だから努めて気のないそぶりをしている。風に吹かれる感じで髪が短くなったことを実感する。風は春の香りがする。「そうだ、マスクしないとまた花粉症にやられちゃいますよ!」と彼女はいった。
2007.03.29
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髪に白いものが目立つようになってきた。10本か、もしかしたら20本ぐらいは白髪のような気がする。染めようか抜こうかそのままにしようか迷っている。肌にも張りや艶がなくなってきた。でもそれは諦めがつく。男の顔は生き方で決まる。オレの顔は生き方を変えているのだろうかそれとも、生き方が顔を変えているのかわからない。髪の毛はどうしようか。このままいくとびんのあたりが灰色になりそうだ。気にする必要はない、といわれればそれまでなのだが、気になるから迷っている。中途半端に白髪が数本あることが、どっちつかずでよくないのかもしれない。いっそ真っ白か、そうじゃなければ真っ黒でなければならないような気がする。灰色でもいいけれども。もう少し経ってからどうするか考えよう。としたまま1年ぐらい経っている気がする。決断を先延ばしにすることと、諦めることは状態としては似ているが、本質的には違うはずだ。でもあんまり先に延ばしすぎると、線の幅がどんどん狭まっていってしまい、点の大きさが線同士の間隔を上回り接点になってしまう。道のりが違ってもたどり着くところが一緒ならば、なにかしても、何もしなくてもどちらでもいいということだ。どうしようか。
2007.03.27
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金魚の水槽を掃除した。期の替わり目、つまり4月と10月にいつもしていて、2年とか3年とか経つからもう年中行事のようになっている。水槽の水を取り出してとっておく。砂利とフィルターを古い水で洗う。モーターは綿棒とティッシュで汚れをふき取る。水槽の壁面には黒い汚れがこびりついている。スポンジでごしごしやるが洗剤は使わない。完全にはきれいにしない。古い水はバケツ1杯ぶんとっておいて、きれいになった水槽には、洗った砂利と古い水を入れる。全部新しくすると、魚が水に馴染まないからだ。薬品を溶かした新しい水を継ぎ足していき満タンにする。モーターのプラグをコンセントに挿して水を循環させる。1時間もすると、白く濁っていた水が透明色になってゆく。水槽は全部で3つあるから、3回同じことを繰り返す。一日がかりの大仕事だ。洗う水槽の住人たる金魚はこの間、よその水槽に移される。金魚すくいの金魚は成長しすぎて手のひらに収まらないサイズになっている。昔住んでいた小さな水槽に入れておいても懐かしがったりはせず、狭そうに壁の向こう側へ進もうとするだけだ。初めてのことでもないだろうに、一日ぐらい不自由なぐらいでじたばたしないでほしい。この作業は午前10時から始めて午後4時ぐらいに終わった。魚にとって、果たしてこの大掃除がいいことなのかどうかはわからない。どちらかというと迷惑そうな反応をしている。しかし彼らは観賞魚だ。自分にとっては、ぴかぴかになった水槽は見ていて非常に気持ちがいい。これは金魚のためではなく、自分のためだということを自覚する。これは儀式だ。季節の替わり目を自覚するための儀式だ。水槽といっしょに気持ちもリフレッシュしたような気になっている。
2007.03.24
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