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週末でもなんでもない火曜ということもあってか、我々は予約していなかったにもかかわらず、すんなり店の中へ案内された。副主将とカラコ、そしてわたしの3人で、この時点ではまだ茶さんは到着していない。アンソロジーという店の名前が示すとおりに、まず良質の音楽が聴こえてきてしかるべきだったが、分厚い一枚板でつくられた巨大なテーブル席には宴会中のサラリーマンがいて、彼らが繰り出す喧騒に音楽はかき消されがちだった。店員は気をつかってか、巨大な門扉のような戸で仕切られた別室へと我々を案内した。その別室には全部で10卓ほどのテーブルがあったが、客は1人もいなかった。大きな扉で間仕切りされているとはいえ、天井は他のフロアと繋がっており、したがって宴会の騒音は無遠慮に我々のところにも届いてきていて、人の姿は見えないのにやたら騒がしいという、不思議な居心地の悪さをしばらく感じ続けなければならなかった。副主将は紙袋からかるかん饅頭をとりだして配り始め、カラコは白い携帯電話を覗き込んだり、開けたり閉じたり置いたりしていた。全体として店の調度はなんとなく高級そうな印象を我々に与えたが、ソファがほころびていたり、テーブルが瑕だらけだったり、壁の絵画が雰囲気にそぐわなかったりする。部分的には安っぽい。落ち着かない。それは何か統一感が損なわれているからなのかもしれない。よさそうでよくない。静かそうなのにうるさい。高そうなのに安っぽい。たとえば店に意思があるとして、それが一貫していないと客は不安な気持ちになる。良質なサービスを提供してしかるべきと思わせる店から、失礼な働きをされるとものすごく不愉快な気持ちになるけれども、最初から礼儀もなにもない、たとえば中野あたりの立飲み屋が少しぐらい無礼であっても何も気にならない。だったら最初から自らを着飾ることなく、借りてきたセンスではなく、ありのままの自分本来の姿を表現するほうが、よっぽど客のためになるような気がする。わたしの目前には2人の象徴的な女性がいる。ある見方からすれば対照的な2人であるともいえる。1人は数ヵ月後に結婚を控えてその報告のために一時的に上京してきた。1人は結婚を解消して1年数ヶ月前に暮らすために上京を果たした。念のために申し添えておくと、どちらかが優れていてどちらかが劣っているとかそういった話ではない。たとえば結婚を控えた1人を祝福するとなると、結婚を控えていないもう1人のほうは、この場では祝福されないということになる。もちろん結婚するということはめでたいことには違いはない。でも結婚をしないもう1人の気持ちをいたわろうとするなら、2人のうちのどちらかを祝福するということを、しないことが正解なのではないかとも思える。またそういうことを言ってしまうと、じゃあ結婚するのに祝福してくれないのかと、結婚を控えたほうが思うかもしれないから悩ましい。つまり何をいいたいのかというと、この場合、何も言わないのが正しいのかもしれない、ということだ。ただ「おめでとう」というありきたりの祝詞でささやかに飾ってやるほうが、100の言葉を並べ立てるより、よっぽど祝福っぽくなるような気がする。お詫び副主将の名付け親はてっきりおおフランス様と思っていましたが、コビックの間違いだったそうです。大変失礼したしました。お詫びして訂正いたします。
2007.07.17
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何かを選ぶということは、他の全てを捨てるということだ。と誰かがいった。我々はこの日アンソロジーという店を選び、酒も料理も雰囲気も、店にまかせようと決断した。周辺には他にも多くの店があったにも関わらず、真剣に探せばもっと良質なサービスを受けられるかもしれないという権利を放棄し、ただなんとなく感じがよさそうだという理由にもならない理由だけで、他の全てを捨て、一つに絞り込むということは実は尋常ではない覚悟が必要なのかもしれない。豊富な種類のワインを出す店のイメージとして、ちょっと大人びていて高級感にあふれ、気の利いた音楽が耳に心地よく、気の利いた店員が気持ちのいいサービスをしてくれる、という勝手な期待があった。だれもこの店に入ったことはなかった。入口の重い扉を開き、店内を覗いた様子からは確かに、ワインダイニングをうたう店の、イメージ通りの感じを受けた。ホールで出迎えてくれたのは、ダークな色のシャツとエプロンをした不良そうな中年男で、ファッションはなんとなく決まっていた。ただちょっと客に対して威圧感を与えている。その威圧感は、高級そうな店のたたずまいを自負するプライドからくるものかもしれないし、財布のひもが固そうな我々の風貌にたいする軽蔑からくるものなのかもしれない。いずれにしても、客として店に入った瞬間、客に感情を読み取られるような表情をして出迎える店員を配備しているというだけで、店の品格が疑われ、やがては客足が遠のいてゆくであろう。一等地の隠れ家的なところに店を構えているわりには、たいした店ではないなという印象を持った。第一印象である。第一印象で好きか嫌いかを判断することの是非については広く議論がわかれるところではあるかもしれない。わたしの場合、たぶん9割ぐらいは第一印象で好きか嫌いかを判別している。もちろん偏見には違いない。確かに長くつきあってみて良さがわかったり、逆によかれと思っていたものがだんだん嫌になってくることはあると思う。ただ、第一印象で悪く映った人と長く付き合いたいと思う確率は極めて低く、その中でも好きと思うか嫌いと思うかがコインの裏表だとするならば2分の1だから、好きと嫌いが逆転する可能性はさらに低くなる。結局のところ第一印象は、全てを決定づけるほどの影響力の高い要素なのだ。副主将と2度目に会ったのは何かの宴会のときだった。あるいは副主将自身が企画した宴会だったのかもしれない。50人から集まった自転車のオフに参加した人の中で、とりわけて仲のよくなった数名が集まって、確か池袋のどこかの居酒屋にまた集まって、酒を飲んだり話をしたりした。なぜか歯切れの悪い物言いになっているのは、どういうわけかこのときのことをまったくといっていいほど覚えていない。それはとるに足りないから覚えていないのではなく、痛飲しすぎ、前後不覚になるほど酩酊していたからだと思われる。だから断片的にしか記憶が残っていない。その断片的な記憶をたどるところによれば、深夜にカラオケ屋へ行った。深夜にカラオケ屋にいるということは、きっと居酒屋を出たときには終電間際で、そこで帰る人は帰り、わたしは家が近かったこともあり残ることに決め、家が遠すぎて帰ることを諦めた者も残らざるをえなくなり、残ることにした者の中には副主将もいて、というような状況だったのだろう。記憶にはないから全部憶測ではある。ただはっきりと憶えていることが2つだけある。狭い部屋だった。何人いただろうか。4人として、女は副主将1人だった。1人は部屋に入るなり寝ていた。わたしがトイレから帰ってくると、副主将は残った男とセックスをしていた。扉を閉めて椅子に座っても、セックス中のふたりはわたしが戻ってきたことに気付かず、男は後ろ向きに立って腰を振っていて、後ろからの衝撃に耐えるようにして副主将は小刻みに悲鳴をあげていた。しばらく眺めていても射精がおとずれるような気配はなく、かといって目の前で射精されてもどうしていいかわからないので仕方なくわたしは「おい、なにセックスしてるんだよ」と声をかけた。するとようやく2人はわたしに気付き、かといって驚く風でもなく、これはこれは他人様がいるのに恥ずかしいところをお見せしてしまって、という調子で離れ、下着やズボンを上げて身なりを繕ったのだった。2人は人前でセックスをしていても恥ずかしがらなかったし、わたしも他人同士のセックスを見ていて驚かなかったということが証明するとおり、かなり酩酊していたのだけれども、なにか神事的な禁忌に触れてしまったような罪悪感は残ってしまい、また、セックスの続きをさせてさしあげよう的な、良心的な心配りも多少あって、わたしはその店を辞することにした。すると2人は、わたしが機嫌を損ねてしまったと勘違いしたらしく、懸命にひきとめるのだったが、ひきとめられて残ると、だだをこねてかまってほしがっただけと思われることなどを懸念して、やはり丁重に辞退申し上げた。はっきりと憶えていることが2つあるといったが、1つ目はこのセックスを目撃してしまったということで、残りのもう1つは、カラオケ屋を出てからラーメン屋に入り、そこで「全部のせ」を注文したことだ。そのラーメンを食ったのか残したのか、またラーメンを処理したあと、どこをどうやって家にたどりついたのかまでは、憶えていない。
2007.07.09
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ほぼ7時きっかりにカラコから電話がきて、それは「いまどこにいます?」というような督促的な内容であって、わたしは東京駅の日本橋口から地上に出て、コレドのあるメリルリンチ証券ビルに向っている途中のことだった。永代通りと銀座通りが交差する交差点を左折すれば、首都高の高架がかぶさった日本橋やはては三越に出るし、わたしや副主将が働いていた八重洲あるいは京橋には歩いて10分もかからない距離であろう。後ろを振り返って大手町のその先には皇居がある。思い起こせばわたしが副主将と初めて出会った場所は皇居だった。皇居から晴海へ向い、いくつもの橋をわたって台場へ着いた。「至上最大のオフ」そんなような名前がついていた集まりだったと思う。確かに至上まれにみるような人数が集まった。公称にして約50名が皇居竹橋のちっぽけな広場に自転車で乗り付けた。それが一列に連なって、あるときには全長200メートルもの列車を形成し、あるときには地を蠢く蟲となって既成の交通網を混乱せしめたりした。当時このイベントに参加あるいは参加しようとしていた予備軍たちはことごとく熱狂し、始まる前から、いわばこのテロ的な行為に酔いしれていた。反対派による妨害工作もあったし、参加者同士の内部闘争もあった。1月。障害を取り除き、闘争を処理し、集団の興奮にもまれた。自然、周囲の温度はぐんぐん増してゆき、冬の寒さは忘れ去られた。至上最大にしては50人という人数が、それほど多くもないだろうという向きもあるかもしれない。たしかにこの異常なまでの盛り上がり方から察するに、ともすれば千人ぐらい集まってパニックになることまで考えられた。が、ふたをあけてみれば50人。他の予備軍には「臆した」とういうような評価が下され蔑まれた。かたや参加者の間には「臆さなかった」という自信が芽生えやがて優越感にかわっていった。ここに参加した50名は、その優越感が起爆剤となり、各方面で武勇を馳せるようになる。やがて幾多のトラブルに巻き込まれてゆく命運をたどることになるのだが、まだこの時点では誰も知るよしもない。自転車のチェーンの音とひといきれがわずかにする程度の地味な音しかなかった。台場のカフェテラスで寒い中コーヒーをすするだけだった。寒そうで貧乏たらしくて地味だった。でも、血は熱を帯びていた。神輿も山車もなく、喧騒や囃子の音もない。でも、あれはまぎれもなく祭りだった。祭りを形成する集団の中の、1割にも満たない女のうちのその1人として、飯尾副主将はいた。副主将はシュインの青いマウンテンに乗っていて、自転車のチェーンで汚れたり擦ったりしないように、ズボンの右足首だけをゴムバンドで巻いていた。そんな地味目なファッションでありながらも、派手なサイクルウェアにタイツを履いたような、スポーツサイクリストのようなスタイルの者が多い特異な自転車集団の中にあって、数少ない女性であることもあり、すべからく注目の的となった。整った目鼻立ち、悩ましげな腰つき、エロティックな胸もと、気弱そうに見える表情、この女のどこをどうとっても、熱くたぎる血をもてあます男どもの欲情を抑えられるような要素はみあたらなかった。飯尾副主将は、副主将とは呼ばれているものの、集団の中でリーダーの補佐役をつとめたり、リーダーが不在のときにはなりかわって、集団を導くような仕事は全くしなかった。つまり「副主将」とは役職名ではなく、ただのニックネームであり、それは昔ディズニーランドにあったマイケルジャクソンのアトラクション「キャプテンE.O.」にちなんでおおフランス様により命名された名前であることを、記録係としては書き記しておかないわけにはいかないだろう。かくして、ダイナマイトでハレンチな容姿の飯尾副主将が、そうして我々の前に初めて姿をあらわしたのだった。7時を何分かまわっていた。待ち合わせしているような顔をしている女の2人組を探した。行き交う人はそう多くはなかった。カラコと、そして副主将を見つけた。この2人は、我々に共通する何かを包括し、象徴している。そんなわけのわからないことを、思った。
2007.07.06
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副主将がやってくることになったのを知ったのは、6月の中旬ごろだった。彼女が福岡に帰ってからこっち、連絡も途絶えたようになっていて、はがき以外ではほぼ1年ぶりにメールが届いた。「遊びに行くから宴会でもしないか」という内容だったが、想像するに、福岡から東京へ出てくるには軽い気持ちでちょっとぷらっと、というわけには行くとは思えず、並々ならぬ覚悟があるのか、あるいは我々と会うのはもののついでか、なにか裏めいた事情があると勘ぐった。急だね、どうしたの。とだけ返信すると、言外の意図を悟ったのか副主将はついに、結婚することになったことを報告せざるを得なくなって、「実はケッコンすることになりまして(汗」と照れくさそうに、真相を発表してしまったのだった。雨と晴れが交互におとずれる梅雨という不安定なこの時候がら、驚きとそして妙な納得がやはり交互に到来するような感情の不安定さを、副主将の発表はわたしにもたらした。第一報を受けた数時間後に、今度はカラコから連絡がきた。「副主将がやってくるけど、店どこにします?」きっとカラコは副主将結婚の報をいち早く知っているはずだったがそのことに触れた内容ではなかった。こういったデリケートな話題は本人が来てから、本人の口から発表させたほうがいいと思っているに違いなかった。副主将が結婚することになったんだってね。とはだからあえて言わず、「店?店なんかどこでもいいよ、予約しなくても入れる店は日本橋にいっぱいあるから」というような返信をするだけにとどめた。どうもカラコは宴会となると、少人数でも、ちゃんと場所を決めたがる癖がある。あと、大皿料理は人数分きっちりとりわける癖や、カメラを向けると顔を隠すかブイサインを送るかするような癖もあるがそれはこれよりももっと後の話になる。ともあれ、なんとなく店は決まったものの、予約はしておかない、という中途半端なホストぶりを発揮しつつ、副主将を迎えることになった。全部で4人。あと一人は茶さんである。なぜ茶さんだけさんづけなのかというと、茶、だけだと加藤茶みたいだし、フルネームだと「茶のんでーる」というふざけた名前だし、およそほとんど人が「茶さん」と呼んでいることもあり、だからさんづけなのである。たとえば「グッさん」を「おいグッ」と呼び捨てにはしないのとも同じ理由かもしれない。舞台は日本橋のワインダイニング「アンソロジー」。わたしはこれからこの宴会のもようを描いていこうとしているがそれは、副主将に書けと命じられ、そしてわたしが喜んで書こうと引き受け、つまり契約が成立したことに拠るものであるが、結論からいえば、副主将の結婚以上に衝撃的なことのない、ただの宴会の話である。それじゃつまらないとした場合は、趣向をこらしてたとえば副主将と出会ったころのことからひもとき、幾多のラブ・ストーリーを経てやがて今に至るまでを、あるいは書くことになるかもしれないし、書かないかもしれない。いやもちろんいいところをかいつまんで。アンソロジーとして。
2007.07.05
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病気療養と称して飯尾副主将が、東京から地元福岡へ帰っていったのはだいたい一年前だった。まるで病気には見えなかったし、よく実家には帰っていたようだし、一年に数度しか顔をあわせなかったし、それほど重くは考えていなかったのだけれども、アパートにあった家財道具やらなにやら一式を引き払って、東京から福岡へ帰っていったということはまぎれもない事実として伝わってきていた。その飯尾副主将と一年ぶりに今日、再会することとなった。福岡から東京へ、遊びにきているという。結婚するらしい。まずはめでたい。旦那になる相手は、学生時代からの友人で、今や世界をまたにかけるビジネスマンであるとは後にきいた。申し分ない。結婚という幸せをつかんだ副主将が一年ぶりに我々の目前に姿を現すということになったときに思ったのは、それほど久しぶりだとは思わなかったということだった。時間の経過に対して感覚が麻痺しているのかもしれないと思った。一年といえば、男女が出会って生涯をともに生きようと誓うようになるためには十分な時間に違いない。逆もまたしかりだが、ここでそのことを語るのは野暮かもしれない。ともあれ、我々が暢々と暮らしている間に副主将は結婚を決めて報告しにきた。おとといぐらいに会って別れたような錯覚を抱いたとしても、まぎれもなく時間は進行しているということをここは認知すべきだろう。ともあれ、めでたい。今日はうまく、おめでとうという言葉を伝えただろうか。酔っ払って覚えてないので、とりいそぎ今いいます。おめでとう、お幸せに。
2007.07.03
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