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「仰げば尊し」。歌の題名だけで、高校生の女声合唱の清らな声が脳裡に響く。じつは日本の古典文法の教育にもたいへん重宝する歌詞である。「今こそ別れめ 、いざさらば」というのは「今こそ分かれ目 、いざさらば」じゃないんだよ、と教えるだけで、助動詞の 「む」 の已然形 「め」 が学習できてしまう。係り結びの典型的学習教材。念のためもう少し解説しておくと、「いま別れむ 」 (=いまお別れしよう)の 「いま」 に強調の 「こそ」 をつけたので、終止形の 「別れむ」 が係り結びで已然形の 「別れめ」 になった。「いまこそ 別れめ 」 (=いまこそお別れしよう)そしてもちろん、日教組が嫌う歌である。だから卒業式からだんだん消えている。1月24日の共同通信配信のニュースによると、桜井雅人さんの研究の結果、原曲は米国で明治4年に出版された音楽教材に "Song for the Close of School" (=学校終業歌) として楽譜が載っていることが分かったという。明治時代の最先端の歌だったわけだ。いまや米国でも知られておらず長年、作者不詳の謎の曲とされていたという。歴史というのは巨視から微視まで、お宝の謎だらけだ。さぁ、日教組的にいえば「チッ、天皇制の抑圧を象徴する歌だと言ってきたのに、米国の歌かよ。……いや、米国の歌もいかん! 帝国主義の歌であることに変わりはない。……中国や朝鮮の歌だったら、批判しづらいな。いや、そのときは、もとの中国語や朝鮮語の歌詞で歌えばいいんだ。だって、日本語の 『今こそ分れ目』 は変な歌詞だからな」みたいな反応になるだろうか。1月24日 共同通信配信のニュース(配信原文は 「あおげば」 となっているが 「仰げば」 と直した。やはり共同通信的には、「扇げば尊し」 と解釈したかったか?)≪「仰げば尊し」 原曲の楽譜発見 19世紀米国の歌卒業式でよく歌われてきた唱歌 「仰げば尊し」 の原曲とみられる米国の歌の楽譜を、一橋大名誉教授 (英語学・英米民謡、歌謡論) の桜井雅人さん (67) が1月24日までに発見した。研究者の間で長年、作者不詳の謎の曲とされていた。桜井さんによると、曲名は "Song for the Close of School".米国で1871年に出版された音楽教材に楽譜が載っていた。直訳すると 「学校教育の終わりのための歌」 で、友人や教室との別れを歌った歌詞という。作詞は T. ブロスナン、作曲は H.N.D. と記されていた。旋律もフェルマータの位置も 「あおげば尊し」 と全く同じという。桜井さんは約10年前から唱歌などの原曲を研究。何十曲もの旋律を頭に入れ、古い歌集や賛美歌などを調べていたところ、1月上旬に楽譜を見つけた。桜井さんは「日本にはたどれる資料がなく、今の米国でも知られていない歌。作詞・作曲者の実像など不明な点も多く、今後解明されればうれしい」と話している。2011/01/24 21:37 【共同通信】≫
Jan 31, 2011
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「ひとり芝居」 をはじめて見た。どういうものなのか、前から興味があった。新妻聖子さんの演じるひとり芝居は、1時間20分の1幕もの。彼女の才気と、演技の幅の広さ、そしてうつくしくも心ゆさぶる歌声が存分に生かされたいい舞台だった。おばあちゃんが残した、電話帳のように分厚いノートに見つけた防空壕の記録にひかれてたどり着いた娘。厚い鉄扉のなかには、折り紙の動物園と、おばあちゃんが作りかけた巨大な 「約束のキリン」 のオブジェがあった。芝居は、ケータイで母親にきれいごとを話すシーンで始まる。やがて防空壕のなかは、目に見えないが娘にとっては実在する、亡きおばあちゃんと娘との会話が支配する。そうか、舞台を電話の会話から始めることで、会話の片割れだけが浮遊しても不自然ではない環境をつくった。こうして、ひとり芝居のための空間のルールを巧みに設定したわけだ。*新妻聖子さんはいつも完璧に仕事をこなす才人で、とくに去年は 「キャンディード」 と 「プライド」 の公演を3度4度と観たものだから、ぐっと近しい感じがしていたのだけど、今回1時間20分の舞台は新妻さんの地の部分まで総動員して立ち向かっている。はじめて彼女に 「女」 を感じてしまった。といってもコケティッシュに媚びていたわけでもセックスアピールがあったわけでもなく、むしろその対極で、比喩としての “すっぴん” まで見せる体当たりが舞台を駆け抜けていたのである。歌は5曲ばかり。せりふを歌うわけではないので、ミュージカルではない。歌としての歌を歌うので、音楽劇である。なかほどの甍(いらか)の波の 「こいのぼり」 は、澄み切ったうつくしさ。そして終局の 「青空」 の歌には再生への決意をこめた万感がこもっていて、ぼくのからだに電撃が走った。*劇場で配られたプログラムシートに書かれた新妻聖子評が、それぞれ的を射ていておもしろかった。≪彼女の目にはいつも胸を撃ち抜かれてしまう。ギラギラしていて、何者をもトリコにしてしまう引力がある。その目はとにかく貪欲だ。(中略)よく、素直で吸収の早いことを“スポンジ”のようと表するが、彼女の目自体が底なしの胃袋のよう。好奇心と挑戦をいつもたたえている。≫(まつもと市民藝術館 今井浩一さん)≪危うい透明感と傲慢なまでの存在感。やんちゃな少女性とひたむきな少年性が同居する。一筋縄でいかない摩訶不思議な力を感じる。(中略)普段は飛びっきり愛らしい。よく笑いよく食べ、マイペースで人を惹きつける。(中略)そんな彼女が、今回の稽古場でふと迷う表情を見せる。ひとり芝居…相当なプレッシャーが彼女にのしかかっている筈だ。(中略)孤独な戦いを続ける彼女を見て、僕は一段と新妻聖子という女優が好きになった。≫(作・演出の東 憲司(ひがし・けんじ)さん)東 憲司さんのシナリオは、謎解きの楽しみと詩的設定のうつくしさがあって、みごと。新妻さんのいいところを存分に引き出してくれた。(1月30日まで 赤坂レッドシアター で上演)
Jan 26, 2011
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この人の木彫(もくちょう)は、肩をすくめたユーモアと妖(あや)しい引力がある。silent conversation IIぎょろっとした顔をこうして正面から見ると、アニメキャラクターのイラストのように見えるが、まぎれもなく木彫なのである。silent conversation II平成22年6月21日に銀座八丁目の exhibit Live & Moris gallery で牧田草平さんに会った。昭和55年、栃木県足利市生まれで、東京藝術大彫刻科から修士修了、その後 足利市に戻って制作活動を続けている。そのときの個展の感想をブログにこんなふうに書いている:≪樟(くす)材に鑿(のみ)をふるい、木にうずまっていた童子を彫りだしたら、童子は深い裂け目を身に負って生まれたのだった。人を避けるようで射すくめる目。痛々しさと飄々としたところが同居していて、高橋龍太郎コレクション入りが望まれる。≫ひりひりとしたユーモアをたたえた木彫。牧田さんはそのとき「写真を撮ってブログに出してもいいですよ」と言ってくれたのだが、撮った写真がピンボケで責を果たせずにいた。今回は晴れて新作群をご紹介できる。silent conversationコアの部分は深刻だが、口笛でも聞こえてきそうな軽みが惑星軌道を浮遊している。深刻さと軽みの同居が牧田作品の魅力だが、今回の作品群は軽みのほうに磨きがかかって、部屋に置きたくなる気分。vague outline IIエイリアンのすごみ。昨年の個展の作品群の土俗の臭いが宇宙に昇華した。vague outline IIいっぽうこちらは、うつむく半魚人、とでも呼ぼうか。vague outline I「ウルトラQ」 を写実的なアニメに仕立てたら、こんなキャラクターが出てきそうだ。木彫の宇宙的進化である。牧田草平展は、ギャラリー坂巻 で1月28日まで。
Jan 25, 2011
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英語に訳しづらい政治用語は、屈折した情念がまぶされていてイヤらしい。 その代表例が 「思いやり予算」。 用語の上でだけ、在日米軍を上から見下ろす気分の「思いやり」。 いかにも惨めな、いじましい情緒を感じる。 前原誠司外相が1月21日の記者会見で、今後は 「ホスト・ネーション・サポート」 という用語を使うと表明して、報道側にも協力を呼びかけた。 訳せば 「接受国側支援」 。「ホスト・ネーション・サポート」では長いので、HNS と略語にされそうな気がする。TPPの流儀で。 わたしなら「基地経費分担」と言うだろう。 「思いやり予算」 は 「基地経費分担予算」、略して 「基地分担予算」 と言えばいいと思うが。 あえて私案にこだわらない。とにかく 「思いやり予算」 という語は、替えてほしいものだ。 以下の産経記事によると、「思いやり予算」 という用語は、わたしが嫌いな金丸 信 氏の発言が語源らしい。産経新聞 平成23年1月22日5面≪前原氏 「思いやり予算と呼ばぬ」 新協定に日米署名前原誠司外相と米国のルース駐日大使は1月21日、平成23年度以降の在日米軍駐留経費の日本側負担 (思いやり予算) について、現行水準 (平成22年度約1,881億円) を5年間維持する新特別協定に署名した。前原外相は同日の記者会見で「戦略的な特別協定だ。もはや 『思いやり予算』 という言葉は適当でない」と述べ、今後は 「接受国支援」 を意味する英語の 「ホスト・ネーション・サポート」 を使うと表明。報道陣にも協力を呼びかけた。「思いやり予算」 は昭和53年に当時の金丸信防衛庁長官が「思いやりを持って対処する」と述べ、在日米軍基地従業員の福利費を負担したのがきっかけに使われるようになった。≫
Jan 24, 2011
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最近の政府人事で注目しているのが、アジア大洋州局長の斎木昭隆さんのインド大使就任。1月11日に発令された。朝鮮国に関連する6カ国協議など重要な交渉ごとで、メディアに顔が出る数少ない外交官。こういう気骨あり智あり華ある人が、ほんらい首相候補と目されるべきなのだが、いまの日本の政治風土では58歳の斎木さんがたとえ今年国会議員に当選しても 「チルドレン」 呼ばわりされるだけで、政治家として大成できない仕組みになっている。斎木さんのような人を前にすると、日本のいまの国のシステムの限界が見えてしまう。「インド大使」 として、日米印連携強化に向けてぜひご活躍を。朝鮮国問題をふくめ、中国と対する外交が正念場を迎えるころには、外務次官として外交をリードしていただきたいと念願している。
Jan 21, 2011
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平成22年の画廊メモを見たら、歳のはじめが新国立美術館の Domani・明日展だった。今年も、とっても楽しみだった。行って、大満足! 図録もよくできていた。◆ 今年のぼくのディーヴァは、近藤聡乃(こんどう・あきの)さんですねぇ。平然飄々としたおかっぱ頭の少女のひとり遊び、ひとり夢、ひとり惑い……。5分超のアニメ作品 「てんとう虫のおとむらい」 を1回半見たけど、ほんとは何度でも見たかった。新作アニメのためのドローイングのかけらがいっぱい展示されていて、胸がしめつけられるほど いとおしくなってしまう。ちょい苦いところが、いいのよね。彼女の画集が出たら絶対買う、と思ってショップに行ったら、平成16年刊の漫画本 『はこにわ虫』 (青林工藝舎・刊) があったので、もちろん買いました。彼女のオリジナル作品をぜったい手に入れたいな。◆ 近藤高弘さんの陶藝にも圧倒された。自分の顔を型でとって禿頭の渋面像を焼き、そこに染付でメダカを描いたり、水滴のような銀滴彩をほどこしたり。多様なアートになった 「擬似近藤」 たちがひしめく獄門界をすり抜ける贅沢といったら。◆ 遠山香苗(とおやま・かなえ)さんは、カラフルなキャンディーのような透明感のあるキューブが白いキャンバスをミズスマシのように泳ぎまわる抽象画。太い刷毛で造作なく描きあげたようにも見えるけれど、計算と偶発が同居する色彩と配置に、天空の星の軌道のような曲線が描き足されて、軽やかで気持ちのいい動きが生まれる。◆ 町田久美(くみ)さんは、日本画の白描(はくびょう) (=墨で線を主体として描く手法) の技法でシュールレアリスムの最先端を走っている。昭和前期の日本人が懸命に日本への移植を試みたシュールレアリスムが、胞子となって飛び散り、思いがけないところに茸となってびっしり繁殖しはじめたような。以上4人をとりあげましたが、ぜんぶで12人のアーティストの豊饒な展覧会。1月23日まで、国立新美術館で。
Jan 10, 2011
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本館の 「平常展」 が 「総合文化展」 と名を改めた。展示替えもしっかり行っているし、特別陳列コーナーもおもしろく、とにかくお宝ぞろいだから、閑散としているのがいつも残念だったが、1月はお宝特別公開を PR してお客も多い。じつは1月2日午後に行ったらチケット売り場に長い列がとぐろを巻く盛況ぶりだった。きょう1月9日は適度の入りである。雪舟等楊(せっしゅう・とうよう)筆の国宝 「秋冬山水図(しゅうとうさんすいず)」 は国宝切手や日本史教科書でおなじみ。あらためて見ると地味な絵で、しかもたいへん小ぶり。技巧をつくした壮大な山水画は後世いくらも出てきたが、この作品の寒空は雪舟がこれを氷壁のように物質化して描いてみせた。その思い切りが今日に至るまで独創として高く評価されつづけているのだろう。国宝 「古今和歌集 元永本(げんえいぼん)」 は、巧みな散らし書きと豪奢な料紙の、掌の贅沢。狩野永徳筆の国宝 「檜図屏風」 八曲一隻も国宝切手や教科書で小学生のときからおなじみの絵。檜の葉となる深緑の顔料が金箔の上に厚く盛られ、勢いがある。絵全体に色数は少ないが、大胆な構成がモダンだ。 尾形光琳筆の重文 「風神雷神図屏風」 二曲一双も切手になっている。本物を前に、くっきりはっきりした色彩と、キャラクターデザインのシンプルさに驚く。枯淡など微塵もない。じつにモダン。*以上が特別公開の目玉。それ以外の注目作品をいくつか。■ 土佐光起(みつおき)筆 「源氏物語図屏風 (初音・若菜 上)」 は、思い切った技。リアリズムのひとつの極致だ。物語の世界は御簾(みす)の向こうで展開するのだから、ほんらいは見えない。御簾越しの世界であることをどう表わすか。御簾をなすの細く割った竹なのか葦なのか、とにかくあの1本1本を緑青(ろくしょう)のくすんだ深緑で再現した。人物や調度を丁寧に描きこんだところで水平に緑青の線をひいていく。これは勇気の要る技だ。緑青を使ったことで、人物や調度と色調が混じらない。ただ水平線を引けばいいというものでもなくて、人物の顔の部分は細くとぎれとぎれの線にするなど、隅々まで画技の心が行き届いている。屋根を取っ払い、隅々は雲を配して隠す、あの伝統手法の対極にあるネオ・リアリズムだ。写真ではただ暗い画面になるだけで技の妙が伝わりにくい。本物を見ることができてよかった。■ 伊藤若冲筆 「松梅群鶏図屏風」 六曲一双は、丸まるとふとった鶏たちに俳味がある。「俳味」 と言ったところで、それは何かと自問すればこの場合、「よりよき写実をめざして、雑な部分を省き類型と異なる部分を際立たせることにより、巧まざる滑稽味がにじむこと」。御影石の質感をだすために、石燈籠の輪郭線をかかず、燈籠全体を点描であらわしたのも斬新。■ 秦 意冲(はた・いちゅう)筆 「雪中棕櫚図」 は、南天の赤い実を配した棕櫚の葉が日本画の題材としてじつに新鮮で、田中一村(いっそん)の描いた奄美大島の棕櫚のイメージに直(じか)につながる。■ 住吉具慶筆 「洛中洛外図巻」 は、飽きることなく楽しめる生活描写の宝庫。なんで 「飽きない」 のか。きまじめに写実された街並みに、場違いに思えるくらいに生き生きした表情の人物たちがいて、神出鬼没しているかのような錯覚を与えるからだろう。保存状態がたいへんよい絵巻で、色彩も鮮明なので、現代作家の作品だと言われても本気にしてしまいそうになる。具慶は、1631年生まれ、1705年没。■ 特別陳列 「香りをたのしむ ― 香道具」 で 「十組盤(とくみばん)」 という道具を見て一気に心がはずんだ。チェス盤のような方形の盤の上に、人形や桜・楓の木などの立物(たてもの)が置かれる。盤の上には、縦方向に立物を滑り動かせるような溝が切ってある。人形の両手こぶしには小さな穴があいており、そこに花の枝など飾り物を差せる。香を聞いてその当否に応じて立物を前後に動かしたり、人形の持物を遣り取りしたりする。形のない香の世界ゆえに、形あるもので勝敗を風雅に表わしたかったのだろう。心憎いばかりの遊び心だ。■ 小林古径筆 「阿弥陀堂」 (大正4年作品) は、赤と黒の対比が鮮烈。屋根の黒が空間に溶け出でるようにして暮れてゆくのが妖艶で、建物からあやしいエロティシズムまで立ち上るようだ。■ 安田靫彦(ゆきひこ)筆 「項羽」 (大正5年作品) は、英傑を金箔で鎧(よろ)わせつつ、絵は中間色でしっとりとまとめ、項羽と妃(きさき)の永訣のせつなさを表わした。■ 前田青邨筆 「神輿振(みこしぶり)」 (大正元年作品) は、無邪気に絵本をひも解くような楽しさだ。西紀1177年、延暦寺の僧兵らが神輿をかつぎ、わっさわっさと京の町に乱れ入るのを、それぞれの顔をして見やる京の町衆の姿。……と、まぁ、たいへん贅沢な1時間半を過ごさせていただきました。冒頭言及のお宝公開は1月16日まで。
Jan 10, 2011
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『北斎漫画』。天才画家北斎の手すさびの図案集、くらいに思っていたが、それにとどまらないすごさを知った。同時代の人々ならぴんと来る暗示や判じ物、謎かけ、間違い探しが隠されていて、当時の教養レベルに追いつかないと読み解けない本だったのだ。それを平易に解説しつつ北斎の高度なユーモアを読み取ろうという本なので 「北斎漫画を読む」 と書名がついた。*なかで、「あぁ、そういうことだったのか」 と大納得したのが、桃太郎の由来。大きな桃を川から持ってかえるのはよいとして、包丁で桃を切ってしまっては中にいた赤ん坊の桃太郎も無傷では済まない。「桃を切ったら赤ん坊が出てくる」 というのは、じつに不自然な発想だ。それもそのはず。なんとそのプロットは、明治政府が国語教科書に桃太郎を載せるときに元もとの話を小細工したものだったそうだ。本書の 164ページにいわく、≪桃太郎が桃から生まれたというお話は、明治の国定教科書が本来の物語を変更したものです。桃太郎の誕生は次のようです。昔々ある所におじいさんとおばあさんが住んでおりました。……おばあさんが川で洗濯をしていると、大きな桃が流れて来ました。おばあさんはその桃を持って帰っておじいさんと食べました。この大きな桃は仙桃でしたので、二人は回春して桃太郎を授かりました。≫桃を食べたじいさんは「ばあさんや、けふはえらい別嬪さんぢゃの」「やンだ、ぢいさんもいい男でねぇの。股に太いのが見えてるでねぇか」……などというやりとりは有泉さんの本にはもちろん書いていないが。『北斎漫画』 の美本から本書のための図版をとるために、北斎作品蒐集家の浦上蒼穹堂・浦上 満さんが協力されたとのこと。浦上蒼穹堂は京橋にあって、いちどおうかがいしたことがある。「北斎漫画」 の冊子をばらして、1頁ごと額にいれたものをいくつか売っておられたが、なかに屁の ひり方の諧謔画があり、買おうかどうしようかしばらく迷った。たしか3万円ほどだった。
Jan 9, 2011
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シェークスピアの 「リア王」 をバレエとダンスと芝居で見せるというから、まったくの興味本位で劇場へ行ったら、予想を大きく上回るすばらしい舞台だった。バレエをみながら、じんと来たのははじめての経験。総勢30名が東京藝術劇場の小ホール1のがらんとした平面をみごとに華やがせ波立たせる。緻密な演出・振付だ。音楽は、おもにヴィヴァルディの 「四季」 を使っているが、尺八の奏楽もあれば、フランス語やドイツ語のアナウンス録音をコラージュ的に入れ込んでみたりと、変化に富む。辛口のわたしでさえ、不満をさしはさむ余地を感じない。「リア王」 は、朝子夫人と3人の娘の葛藤物語として換骨奪胎されている。狂言回しとして2人の道化師と子役の女の子がおり、この3人だけにはセリフがある。道化師どうしのやり取りによって筋書きを語らせるところに、シェークスピア劇の雰囲気を残したあたり、心憎いばかりだ。バレエの楽しみに加え、話劇を見る うきうき感も時々与えてくれる。子役の鹿島あゆ子さんは、四肢がよく伸び声の張りもあり、女優としてまっすぐ育ってほしいものです。プロデューサー: 卯埜賀寿江演出振付: 安藤雅孝、キャスト: 中島綾子、相沢康平、周東早苗、川村靖子、近藤可奈、のがみきみこ(道化役)、坂本幸香(道化役)、鹿島あゆ子(子役)今後の公演: 1月7日14時・19時、8日14時・17時半問合せ先: ABC・FACTORY (メール abcfactoryjp@yahoo.co.jp )
Jan 6, 2011
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昨年いちばん驚いた経済ニュースは、「日本勢がベトナムの第2原発を 受 注 し た」とメディアが11月はじめから大まじめで 報道しつづけた こと。 いまでも 「受注した」 という整理になっている。 原発の値段はおろか、日本勢としてどのタイプの原発を売り込むかすら、議論していないのが実態ですが。 この段階で 「受注」 とは、針小棒大もいいところ。大東亜戦争後半の大本営発表も、はだしだ。 原発には、加圧水型 (関西電力などが採用、三菱重工業などが製造) と沸騰水型 (東京電力などが採用、日立製作所などが製造) の2つのタイプがあり、どちらか一方に決めなきゃいかん。 ところが 2つの陣営がいかにも日本的に遠慮しあい、いかにも日本的に問題の先送りをして年を越しました。そんなわけですから、ベトナム側とは本格交渉以前の段階。 実態としては、ロシア・フランスを振り切って日本勢がひとまず 「独占交渉権を得た」 というのが正しい。 ベトナム側は2020年 (平成32年) 稼動を 「目指して」 いますから、着工は早くて2015年か2016年。 ほんとの 「受注」 は早くて2014年です。 これから陰湿な日本国内のバトル、そしてベトナムとの長い長い交渉がはじまるのです。おそらく国内バトルのほうが日越バトルより熾烈でしょう。 わたしは商社勤務の最初の仕事が原発機器の中国向け輸出でした。親日国ベトナムからの原発プラント受注に今年さらに近づけるよう、祈るような気持ちです。
Jan 4, 2011
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平成13年以来、毎年1月はじめには元旦社説読み比べを書いてきました。 (参考: 平成13年の元旦社説読み比べ) 10年前の社説がそのまま通用する国ですね、日本は。 改憲も消費税引上げも政界再編もまったく進まないから、10年前のオピニオン誌を読んでもほとんど古びていない。■ 老いがひきいる民主党政権 ■≪民主党が歴史的な政権後退を成し遂げてから、わずか1年4カ月。政治がこんな混迷に陥るとは、いったいだれが想像しただろうか。≫ (朝日新聞、元旦社説) 「政権交代」 と打とうとしたら 「政権後退」 と変換された。ワープロソフトは正直だ。 わたしは民主党政権成立で、もっとメチャクチャなことになると想像してました。過去の配信コラムにしっかり書いてあります。 「誰が想像しただろうか」と言われたからには、朝日新聞社に行って「俺だよ!」と名乗ってやりたいが。 幸いなことに、民主党政権にはメチャクチャを貫く実行力もなかったよ。 民主党政権は、鳩山ピエロから菅カカシに代わってまだ、ましになった。 (そこで花のピエロ役を引き受けたのが仙谷由人氏だったな。) 「ましになった」という意味は、菅政権になって、官僚組織が提示する最低線にだけは素直に従うようになったから。 なにかと ひとくせあった鳩山政権より、まだ、まし。 菅直人首相は、要すれば老いているのよね。世の中の動きに反応できないあの鈍(にぶ)さは、老いの典型。 老いには個人差があって、高齢の 「残念」 がくっきり見える政治家に、宮澤喜一氏や村山富一氏がいた。 菅直人氏もその仲間だ。 もっとも、菅首相がもし若々しかったら、外国人参政権実現とかアジア謝罪旅行とか、とんでもないことで頑張っただろうね。 ……鈍な首相で救われる、悲しさよ。■ バカのひとつ覚えの大連立 ■ 元旦社説でいわゆる大連立の勧めを説いたのが、読売と朝日。≪次善の策として、懸案処理のための政治休戦と、暫定的な連立政権の構築を模索すべきではないか。1年ないしは2年の期限を切った、非常時の 「救国連立政権」 とし、懸案処理後に衆院解散・総選挙で国民の審判を問えばいいのだ。≫ (読売)≪自民党は早期解散へ追い込むという。だが、自民党への支持はさっぱり戻っていない。このまま総選挙になれば、投票先を失った選挙難民が路頭に迷うであろう。菅首相が野党との協議を求めるならば、たとえば公約を白紙に戻し、予算案も大幅に組み替えるといった大胆な妥協へ踏み出すことが必要だ。≫ (朝日) “選挙難民”とは恐れ入る新語だが、グーグル検索したら 1,420件がヒットした。 大連立の内容が 「ポピュリズムなき自民党政治」 なら賛成だが、そういうまともな大連立など朝日は全く想定していないだろう。 読売と朝日がそろって大連立のススメを書くのなら、ためしに両社の論説委員らが合宿をして可能なかぎり具体的な連立マニフェスト案をつくってみるがいい。■ 党議拘束こそ日本政治の癌 ■ わたしの意見は、前から書いているが 「党議拘束はずし」 である。 米国の議会では、日本のように厳しい党議拘束がないから、野党議員が自分の脳で考えて与党案に賛成することも多いし、その逆もある。 日本でなぜそうなっていないかというと、理由はふたつあって、(1) 国会議員が能力不足で、自分の脳で考えられない。(2) 党議拘束に従わせることが、党執行部の権力の証し。 党議拘束が外されても、今度は派閥や党内グループごとに投票の拘束が起きるだろう。 党の執行部の威光はなくなり、派閥の領袖や党内グループリーダーの割拠が鮮明になる。 だから与党も野党も党議拘束をする。 だから政界再編がいつまで経っても起きない。 日本の政治の癌は、党議拘束だ。 究極の密室政治を生むだけの大連立には反対である。むしろ、個々の議員の能力と見解をさらしものにする究極の公開政治である 「党議拘束はずし」 をして国の仕組みを変える懸案に挑むべきだ。 新聞は、個々の議員が何に賛成し、何に反対したかを逐一報じて、次の選挙での判断材料を提供すればいい。それこそが、“選挙難民” (?) を無くす道であろう。■ 「元気と底力を引き出す仕掛け人」 ■ 毎日と産経の元旦社説のキーワードは 「底力」。 『日本の本領(そこぢから)』 を書いたわたしとしては、まんざらでもありません。 毎日は社説の前半、18世紀後半の出版起業家・蔦屋重三郎(つたや・じゅうざぶろう)のことを書き綴る。 蔦屋重三郎が賭けた写楽・歌麿をはじめとする美術出版。昨年サントリー美術館の展覧会は、わたしも行って感動しました。 こういう切り口が、元旦社説にはぴったり。社説タイトルは「日本の底力示す挑戦を」。≪斎藤佑樹投手の言にならえば、私たちは何かを持っている。それは長い時間をかけて蓄積された潜在的な力といっていい。明治の急速な近代化も、戦後の奇跡的な復興も、広く世界に目を向けて底力を発揮したことによる。私たちはもっと自信を持っていい。蔦重(つた・じゅう)の挑戦も江戸の人々の教養の高さや社会の成熟があってこそできたものだ。≫≪重要なのは蔦重のように人々の元気と底力を引き出す仕掛け人を生み育てていくことだ。≫ ……と、ここまではとてもいいのだが、ここで息切れ。「ミニ朝日」の悲しさ。■ 中だるみが残念な産経 ■≪日本の芯は、皇室に代表される伝統や、勤勉・礼節といった国民精神などに形容される。変化に対応して、芯といえる底力を作ってきたのは全国で2万を超える創業100年以上の企業だ。≫ 毎日が書けるわけありませんね、こういう文章を。はい、こちらは産経の社説です。 鎌倉・鶴岡八幡宮の大銀杏(おおいちょう)の根元からの新芽 (=ひこばえ) から説き起こしたのも元旦社説にふさわしいし、創業1907年の日本製鋼所が受け継ぐ日本刀づくりの伝統で締めたのもよかったが、 産経社説は、中だるみが残念。 1911年、1931年、1941年、1991年、2001年にそれぞれ、辛亥革命や満洲事変などが起きたことを書き連ねて、 ≪歴史を振り返ると、今年は大激変が起きた節目の年にあたる≫ と述べたのは、安易なこじつけと言わざるをえない。■ 今を切る冴えのある日経社説 ■ 日経社説が唯一、今ならではの切り口の冴えを見せた。無用な楽観に走らず、危機を説いてシニカルにならず。≪来年は 「団塊の世代」 の一番上が65歳を迎え、社会保障支出が急増し始める。働く人が年に0.7%程度減り、経済成長を抑える。本格的な高齢化を2~3年後に控えて、これから1~2年は日本再生への最後の機会となるだろう。≫≪ところが政治家や経営者の間では「日本は大国で、簡単には負けない。改革、改革と叫ぶのは大げさ」という向きが多い。時代錯誤である。≫≪貿易自由化で外の成長力を取り込む。伸びない産業よりも成長産業を後押しする。世界で通用する人材をはぐくむ。それはまさに明治期の人が挑み、なし遂げたものだ。≫≪外科手術が必要なのに、痛み止めを与える。そんな政策を民主党政権は自民党政権と同様、続けている。八方美人の政策は有害でしかない。嫌われても嫌われても、必要な政策を断行するキャメロン英首相 (44) の勇気に倣うべきだ。≫■ 英国政権の政策を勉強してみます ■ 恥ずかしながら、わたしは英国キャメロン政権の政策のことを全く知らない。これは勉強しなければならない。1月の課題を元旦早々にいただいた。 今年の元旦社説読み比べは、日経に軍配を上げる。 なお、東京新聞 (中日新聞東京版) の社説は、今年も読むに堪えないものだった。
Jan 4, 2011
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地理的にみれば辺地にみえる輪島の漆器がなぜ全国に名高い地位を得たか。なんと、輪島に曹洞宗大本山として總持寺があったからだ、と知って驚いた。「全国の末寺の住職が輪番で本山の住職を務め、参勤交代のように一族を連れて移動した。任期を終えて自坊へ戻る際に、寺の必需品として椀や御膳を買い求めたことが、輪島塗を全国区にした礎とも言われる」と、北國新聞の社説に教えられた。きょうの北國新聞の社説はいつもの倍の長文で、力がはいっている。ブログに転載させていただこう。北國新聞 平成23年1月4日 社説≪北陸の寺院調査 眠れる 「お宝」 の発掘の時 北陸の寺院には 「お宝」 が眠っている。それは、七尾出身の画聖・長谷川等伯の若き日の足取りをたどる調査の過程で、ゆかりの寺院から埋もれた名品が次々に発見されていることからも分かる。さらに、北陸の歴史をひもとく上で欠かせぬ水脈である浄土真宗の布教の道を探る東西本願寺の合同調査でも、寺院が所蔵する貴重な文書や絵伝を手がかりに、蓮如以前の布教の輪郭が明らかになってきた。寺院の奥深く眠る宝物に調査の光を当て、ふるさとの歴史をたどる試みは、いま確かな収穫の時を迎えていると言えよう。寺院はコンビニエンスストアの数より多いと冗談交じりに言われるが、実際にコンビニが全国に4万3千余りなのに対して、仏教系寺院は7万7千を超すとも言われる。だとすれば単純に数だけ見ても、地域密着度の高さが分かる。この中に歴史の表舞台から離れ、ひっそりと保存されてきた貴重な宝がまだまだあるはずである。そんな宝を探り当てるには、本物の価値を見いだす 「目」 が重要だ。等伯調査では、美術的観点に加えて、中世北陸の日蓮宗の展開という歴史的要素も取り入れ、調査団員が意見を交わし対象寺院を絞り込んだことで、価値ある史料にたどり着いた。言わば研究者の異業種連携が実を結んだものだ。長い年月の中で線香の煙に当たって仏画の表面が黒ずみ、肉眼では確かめられなかった印が 「ここにあるはずだ」 との確信を持ってペンライトの光を当て、確認に至った劇的なケースもあった。調査の成果が報道される中で、能登の寺院の若手住職の間から関心が高まり、自らの寺の史料を見直し、貴重な情報を県七尾美術館などに寄せた例もあった。関係者を巻き込んで新たな成果に至るプロセスは、今後のモデルケースになるのではないか。寺院は何よりもまず厳粛な信仰の場であるが、一方で地域の核として、集会所や学校の機能も果たしてきた。大寺院ともなれば経済効果の点でも影響は大きい。曹洞宗大本山として總持寺が輪島市門前町にあったころ、全国の末寺の住職が輪番で本山の住職を務め、参勤交代のように一族を連れて移動した。任期を終えて自坊へ戻る際に、寺の必需品として椀や御膳を買い求めたことが、輪島塗を全国区にした礎とも言われる。寺院が北陸の工芸王国を支える役割も担っていたのである。見逃せないのが、芸術家に仏像や仏画の作品を依頼したパトロンとしての寺の役割であり、そうした作品を含め、長い歴史を刻む中で多種多様な寺宝を守ってきた収蔵施設としての役割である。風雪に耐えた堅牢な寺院建築そのものも合わせると、寺は 「お宝」 の濃密な集積地であった。等伯に関して言えば、北陸にいた当時、戦乱の世が落ち着いて寺院の再建が相次ぎ、仏画や仏像の彩色に腕を振るえる環境があったことが、等伯の筆力を磨いたとの指摘もある。仏具として制作された作品は、集いの場で披露された。法要には仏画が飾られ、信者が手を合わせ鑑賞する。涅槃会では、涅槃図の絵解きが行われた。大勢が寄り合う場で自作が披露されることは、絵師にとっては絶好の PR となった。歴史の中で多様な役割を担ってきた寺院に、近年、新たな価値が加わった。金沢市は、卯辰山山麓寺院群の重要伝統的建造物群保存地区を目指し、ことし国に申請する。全国88の重伝建地区の中でも寺院群は初めてとなる。連なる伽藍は、街の景観に奥行きを与え、宗教都市の側面から金沢の風格を高めるだろう。高岡市の国宝瑞龍寺や平成の大修理が続く勝興寺も、周辺一帯の街並み修景や、にぎわい創出の側面で活用策を探っている。寺院は、地元に住んでいながら気づかなかった、私たちのふるさとの宝なのである。ことしは親鸞聖人の750回忌でもある。東西本願寺の合同調査では、蓮如上人が越前吉崎に赴く以前に、南加賀から北陸一帯にすでに教団の基盤が芽生えていたことを示唆する史料も確認している。そんな成果も含めて、北陸の寺院の来歴に幅広い関心が集まろう。こうした節目に、地域活性化の視点から、寺の 「生かし方」 を考えることも大切だろう。≫
Jan 4, 2011
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東京都現代美術館のコレクションによる “常設展” だが、一流の企画展としての気合が入っている。1階入り口でヤノベケンジさんの「ロッキング・マンモス」が迎えてくれる。自動車などの機械部品を組み合わせた、高さ3.7メートル、全長4.5メートルのスーパーコラージュだ。1階展示はおもに映像作品。昭和37年生まれの Pipilotti Rist さんのビデオアートが、色彩ゆたか。うち1点は、暗い部屋のまんなかに囲炉裏のように鏡面を置き、天井にビデオ作品が上映される。観覧者はふわりとした床に丸い枕に頭をおいて横たわり、なごみながら天井の映像を観る。もう1点は、手指やペニスの動きを万華鏡ふうに編集して3面の大画面で見せる。いいね。3階展示はアンデパンダン回顧展。名前しか知らなかった 「アンデパンダン」 って、こんな熱気だったんだ。からだじゅうが掌になってくぐもる 鶴岡政男 「重い手」 (昭和24年作品) や女たちがおもいおもいに燈台にメタモルフォーゼして廃墟に立つ 山下菊二 「オト・オテム (英語名: Totems) 」 (昭和26年作品) など昭和前期の良質のシュールレアリスム作品として美術史にしっかり書き込みたい作品だ。岡本太郎の 「足場」 (昭和27年作品) は、おちついた構成美。岡本太郎さんのぎらぎらした赤も健在だけど、構成が沈着だと色まで淡々として見える。菊畑茂久馬(きくはた・もくま)の 「奴隷系図」 は、陽具を立てた丸太と、黒いほとを窪ませた丸太が龍の鱗のように装飾され御神体としてやや斜めに横たわる。このインスタレーションは、もと昭和36年に国立近代美術館 「現代美術の実験展」 に出品され、昭和58年に東京都美術館での「1960年代展」に出品するために再制作されたということだが、10万円分の5円玉がばらまかれて完成するこの作品は、まるで伊勢神宮のようにオリジナルが再構成されつづける存在なのだろう。(この “常設展” は1月30日までが前期、2月26日~5月8日が後期。これは後期も大いに楽しみだ!)
Jan 2, 2011
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新年あけましておめでとうございます読者の皆さまとご家族のご多幸をお祈りしますようこそわが家へ! 玄関の飾りをご披露します右に見えますのは、小原流いけばな教授の看板でございます飾り物は、松山の人形師・西川南雲(なうん)さんの工房の品々左に目を移すと、兎の木彫人形も飾ってあります今年は、読者イベントも4月と10月に開きたいと思っています画廊でアーティストの皆さんとお会いするのも楽しみです劇場でも感動を一杯いただけることでしょう平成22年の観劇は56本、そのうち25本がミュージカルでしたことしは足立区の演劇サークル 「七味とんがらし」 にも参加して修行を積むつもりです
Jan 1, 2011
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