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中国語の単語には色々な名訳があって、挙げる例はひとによって異なる。わたしに問われれば“可口可楽” みたいな誰でも知っているものは脇におき“猫臉花” と “長頸鹿” を挙げるだろう。“猫臉花” の “臉” は 「顔」 のことだから 「ネコガオノハナ」 または 「ネコバナソウ」 とでも訳せるが、さて何でしょう。じつは 「サンシキスミレ」 のことなのですねぇ。そういわれてみると確かに猫の顔をしてると思いませんか。 “長頸鹿” は訳せば 「ナガクビジカ」 ですが、さて何でしょう。「キリン」 のことなのです。たしかに長い首の鹿ですが、キリンのことを 「鹿の一種」 とはこれっぽっちも認識していないものだから、むかし上海動物園ではじめて “長頸鹿” の看板を見たとき虚を突かれたような驚きを感じました。台湾の新聞を読んでいると、最近の 「ワーキングプア」 は “窮忙族” と訳してありました。まるで日本人が 「窮乏+族」 の 「乏」 の字を同音の 「忙」 に変えてシャレてみたかのようです。北京語では “乏 (ファー)” と “忙 (マン)” は発音が違うので、シャレの意識はありません。「サブプライムローン」 は “次級房貸”。“次級” は 「B級」。 “房” は 「家屋」 で、“貸” は 「融資」。つなげれば 「B級家屋融資」 です。プロジェクトのための本格的な融資が成立する前の つなぎ融資のことを「ブリッジローン」 と言いますが、さて中国語では “橋貸” とか “橋梁融資” とか言うのかなと思って香港人の融資担当者相手につかってみたら、さすがに通じなくて、“過渡性融資”だよ、と直されました。いま話題の 「つなぎ法案」 は、共同通信の中国語訳では “過渡法案” となっています。同じく共同通信の英文サイトをみると a stopgap bill とありました。「ギャップが出ないようにするための法案」。満身創痍の国家にバンドエイドを貼るような痛々しさ。海外取材番組で、アフリカの極貧国の子どもの目や負傷箇所に水分を求めて蝿がたかっている光景を見ることがありますが、さしずめ民主党はこの 「蝿」 ですな。 満身創痍の国家の傷にたからずとも、責任政党ならまず自分で井戸を掘れと言いたいのであります。1月29日の 『北國新聞』(金沢市) のコラム 「時鐘(じしょう)」 は、「つなぎ法案」 から郷土の詩人、室生犀星(むろう・さいせい) にもってきた。さすがプロの技だ。わたしの到底およばぬ境地である。≪あの郵政民営化論議と同様、造反騒ぎまで出てきた暫定税率問題だが、税率維持の法案が年度内に成立しなかった場合を想定し、与党側が、とりあえず暫定税率を一時継続する「ブリッジ(つなぎ)法案」を提出する方向となってきた。 苦肉の策とはいえ、世の中には一本の通り道を渡すことで劇的に事態が好転する場合も多い。金沢市の犀川大橋下流で、藩政期の幻の木橋を復活させる構想も、川の両岸を結ぶ新しい人の流れをつくると期待される。 防災や公共性の点で、許可を受けるまでの道は平坦でない。しかし住民が主体となり、工事費に寄付金を募るというから、お役所も地元の熱意に一肌脱げないか。 犀川河畔で幼少を過ごした室生犀星の「性に眼覚める頃」に、朝の一番水をくみに川へ行くと、良質な水が後から後から流れてくるようで、幾度も手桶の水をくみかえたという清冽(せいれつ)な描写がある。 そんな犀星の世界をたどるためにも、雄渾(ゆうこん)なおとこ川の流れに木橋の情緒を加えたい。構想を煮詰める中で地域の一体感も生まれた。どこかの法案のような一時のつなぎでなく、既に両岸の住民の心の中に立派な橋はつながっている。≫『性に目覚める頃』は大正8年発表の短篇小説だ。そんなすがすがしい描写があったのか。帰国したらさっそく読んでみたい。
Jan 29, 2008
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大阪人や京都人の何がうらやましいかといえば、あらたまった儀礼の場でも土地のことばを使うことができる点だ。これを「ことばの洗練」というのだろうが、大阪ことばや京都ことばは儀礼的なときにも下卑た冗談にも対応できる一言語としての幅の広さがある。だから単なる方言ではないのだ。この点、松山辯(べん)は儀礼の場では使いにくい。大阪ことばと似てはいるが田舎ことばの悲しさで、居ずまいを正すと標準語に切り替えざるをえない。日本国内よりもアジア諸国を出張して回ることが多いので、ホテルに着いてテレビをつけると地元のことばが流れるということに慣れ切っている。そんな身で、たまに大阪に行ってホテルでテレビをつけると東京語が流れ出すのに一瞬戸惑うことがある。「テレビのアナウンサーもとうぜん大阪ことばをしゃべっているはず」という無意識の期待が脳に組み上がっていたらしい。「都である」とは、どういうことか。「みずからの言語をはぐくみ育てていること」ではないかと思うのだ。台湾の人口2,300万人のうち、客家(ハッカ)人は約300万人。家庭のなかで必ずしも客家(ハッカ)語が継承されているとは言えない状況だが、言語の消滅を憂うる人々が客家語でラジオはもちろんテレビ放送まで運営している。ニュース番組から藝能番組まである。ちなみに北京語の知識では98%聞き取り不能の、独立言語である。客家語のテレビ・ラジオ放送が可能なら、大阪ことばのテレビ・ラジオも可能である。これはまじめな提案である。大阪がそこに踏み出さぬかぎり、大阪は都たりえず、一地方都市でしかなくなるのだ。きょう1月28日の 『北國新聞』 (金沢市) のコラム 「時鐘」 は、大阪人への辛口メッセージである。これに触発されて、大阪語放送実現へのエールを発した次第。全文、引用させていただく。 ≪修学旅行で大阪に行ったとき、引率の教師が空を覆う工場の煙を指して、成長ニッポンの象徴だと誇らしげに言ったことを覚えている。公害問題が世間を驚かせる前の話である。 大空の煙や運河の泥水は、経済発展の懸命な汗とみられていた。その工業都市や天下の台所という商都の歴史を持つ大阪が地盤沈下し、「あかんようになって」久しい。ハコモノ作りに突き進んだ揚げ句、巨額の赤字に苦しむ自治体の代表選手になってしまった。 新しい大阪府知事に、テレビで名を売った弁護士が当選した。売り物の茶髪をやめて、イメージチェンジを図ったそうだが、新首長の髪の色より、街がどう変わっていくのか。いささか離れたご近所のよしみで注目したい。 あれだけ繁栄の時代を過ごしながら、大阪の遺産はどこへいってしまったのだろう。自慢のタネがたこ焼きと串カツでは、浪速の食い倒れの名が泣く。元禄文化を生んだ街で、元気があるのはテレビに出てくるお笑い芸能人というのでは、さみしくはないか。 煙が空を覆った後、文化に金を使うことをすっかり忘れてしまったようにお見受けする。もって他山の石としたい。 ≫たこ焼きと串カツとお笑い藝能人にあっさり大阪を代表させてしまったあたり、さすがに大阪人には異論もあるのではないか。いつになく辛口が極まった「時鐘」だった。いずれの地方にもある危機感がしみでたのだと思う。肯定的こじつけをすると、「B級グルメ、B級カルチャーが元気なのは、A級を生む培養池」なのかもしれないが、問題はA級が生れた途端に全国区モノとなり、みやこ東京へ移ってしまうという現象なのだろう。A級が生まれ全国区モノになってもなお、核が東京に移らず大阪を溶鉱炉としつづけるとき、はじめて「大阪も、みやこや」といえるのだと思う。
Jan 28, 2008
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「スウィーニー・トッド」は、去年1月に日生劇場でミュージカルを観た。宮本亜門さん演出で、主演は市村正親さんと大竹しのぶさんのコンビだった。そのときの感想を平成19年1月14日のブログに書いている。ティム・バートン監督、ジョニー・デップ主演のアメリカ映画 Sweeney Todd, the Demon Barber of Fleet Street は、 demon(悪魔)の1語を使っただけあって、ダークな絵画がうごめいているような映像だ。彩度が抑えられて、まるでモノクロ映画を見ているようなタッチがうまく時代感をつくっている。客が全くよりつかない、ミセス・ラベットの不潔なパイ屋の光景もグロテスクだ。粉を練る板の上をゴキブリがうごめき、蓋をする寸前のパイの具に大きな蝿がとまりペチャリとそのままパイの一部にされてしまうあたり、CGが使える映画ならではの表現だろう。ストーリーも、ミュージカル版に比べて陰惨だった。市村正親さん演じるスウィーニー・トッドは最後まで人間的感情が溢れかえっている。舞台上の床屋の椅子であやめる相手もそれぞれに“悪(わ)る”であって、観客の心を最後まで自分に引きつけ続ける役回りになっていた。劇の終りちかく、絶対に手にかけてはならぬ女を殺してしまうときも、市村スウィーニーは「もう時間がない!」と苦悶のなかでカミソリを振り下ろす。映画のジョニー・デップ演じるスウィーニーは、招かざる脅迫者の首をやむをえず銀のカミソリにかけたあと、自身が殺人機械と化してしまい、無差別殺人者としての悪魔性が前面に出ている。あやめてはならぬ女の首を無言のうちにさっと一斬りするジョニー・デップの表情は、人間性が燃え尽きている。現実世界とはちがう空気が流れる映像のなかで、スウィーニー・トッドとミセス・ラベットはさながら魔界のかなしい妖怪のようだ。鮮やかな紅色の血がいくら飛び散り流れても、それはあまりに別世界の光景だから、たぶん夢のなかの再現にうなされることはない。西新井でいっしょに観たわたしの女は「こんどミュージカルが舞台にかかったら連れていって」と言った。陰惨なストーリーだが、そのいっぽうミュージカルゆえの救いがある。間の悪い青年アンソニーが “I feel you, Johanna...” と絶唱する恋歌には心洗われるし、不本意にも悪辣裁判官の籠の鳥にされてしまったジョアナが窓の外を見ながら歌うナンバー Green Finch and Linnet Bird(「緑の鳥」)も哀しいほどに清ら。ミュージカルに仕立てることなくして「スウィーニー・トッド」は成立しうるのだろうかと、そんなことまで思わせる作品だ。
Jan 26, 2008
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台北に来ている。台北には、アジア有数の「台北101ビル」を除けば、たか~いビルは数えるほどしかない。台湾の経済力からいえば、ビルがにょきにょき林立する地区があってもおかしくないのだが、そういうバブリーなカネは台北でなく上海や北京、天津の超高層ビルに投じられているのだろう。よく言えば、台北の景観は「バブル崩壊と無縁の身の丈にあった町」を表わしているわけで、肩の力を抜いて生きられる居心地のよさがある。わるく言えば、「台北101」付近を除けば総じて田舎町めいた街並みは、台湾人の自己イメージの矮小化にもつながっているのではないかと思う。人口・面積だけとってみれば、中国に対する台湾は、本州に対する四国にたとえられるかな……と最近おもっているのだがそれで、ふと四国にある超高層ビルって、香川県の高松シンボルタワー(30階建て、高さ151.3メートル)のほかに何があるのだろう?と疑問がわいて調べだした。そしたらウィキペディアに」「各都道府県で最も高いビルの一覧」というサイトに行き当たった。なかなか興味深いので、一度ご覧になってください。なかでも、山形県のところを見たら、上山(かみのやま)市に「スカイタワー41」(←画像あり)という41階建ての集合住宅があるのにはびっくり。平成11年完成だが、周囲の田畑がミスマッチで合成写真みたいに見える。わが愛媛県でいちばん高いビルは、県庁所在地の松山市ではなく、今治(いまばり)市にあることを知ってたまげた。今治国際ホテル(22階建て)だった。今治市には造船では日本最大手の今治造船本社があるので、外国人客対応のホテル需要があったのだろう。そんなこんなで、県庁所在地の松山市にこそ超高層ビルを! と夢を語るサイトを2つ発見した。ひとつは、松山市で26歳にして英会話学校の取締役社長という和家裕樹さんのブログ。応援のつもりで、和家さんの夢を引用させていただくと≪高層ビル(地上35階以上)を松山市内中心部に、愛媛県・松山市・地元企業の方々と連携してランドマークタワー松山として建設するのが夢です!!!立地条件に左右されないIT系企業を誘致しオフィスフロアーに入っていただくのがその構想です。1階はスタバ。2階~10階くらいまではデパート。11階~25階くらいまでは企業の方々のオフィス。26階~34階はホテル。35階は展望台。松山人としては、高松市の30階のシンボルタワーには負けたくない!ガンバレ松山市!!!絶対実現!≫写真入りの自己紹介もさわやか。松山はまだまだ大丈夫! とうれしくなったのであります。もう1つは“リアル空想”プロジェクトとして「松山オレンジタワー」構想をかたるサイト。≪頂部にオレンジの断面を想起させる半円形の展望窓を配し、赤みがかった金色に光るガラスカーテンウォールで覆う。ご当地名産の1つ“蜜柑”を表現しているというワケである(^^;)地上40階建て、高さ180mのオフィス・ホテル・ショッピング複合ビルという想定で、低層部のショッピングゾーンには“大温室”があり、また松山駅ともつながっているという設定。≫ビルの完成予定図も描く予定だった様子ですが、不発におわっています。「高い建物やったら、山のてっぺんのお城があろがね。松山城より高いビルは建てれんぞよ」松山ことばで考えると、そんなところに落ち着いてしまいますが。ここはひとつ、松山市の小中学生諸君を対象に「松山市の超高層ビル」の水彩画コンテストを開いて、未来の松山人たちのおつむを超高層ビルの夢で洗脳するところから始めましょうか!
Jan 25, 2008
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1月21日の配信コラム「無漂白で灰色のトイレットペーパーができないか」 は、タイトルがよくなかった。専門用語を使って「脱墨(だつぼく)なしで……」と書けばよかった。再生紙の原料になる紙の繊維から印刷インク成分を界面活性剤(要は洗剤)で洗い落とす過程を省けば、再生紙製造過程の水の消費を減らせるし、界面活性剤の消費が減れば環境にもやさしいはず、というのが配信コラムの趣旨だったのだが、この「脱インク」プロセスを業界では「脱墨」と呼んでいる。英語では deinking といいます。分解すれば de (脱~) + ink (インク) + ing であります。脱墨技術でも日本企業は世界の最先端にある。「高付加価値商品をつくって、そこに利潤を見出すべし」というビジネスのイロハからいけば、脱墨しない手はない。だからマーケットから40年も前に灰色のチリ紙は消えた。でも逆にいま、あえて脱墨しないことで商品が売れる隙間市場(ニッチマーケット)も潜在しているのではないか、そしてその今は見えない隙間市場を顕在化・活性化させることが「環境にやさしい」ことにつながるのではないか、というのが配信コラムの趣旨だった。もちろん「ひとの好み」を変えられるものではないし、ひとの好みに干渉するのが趣旨ではない。世の中のおおかたの好みは、純パルプの高級トイレットペーパーが並ぶ店頭を見ればわかる。従来の純白トイレットペーパーとの「併用」を前提とした提案だ、とコラムにもはっきり書いたつもりだったが、「じぶんは灰色のトイレットペーパーはとにかく嫌である」という趣旨の長文のメールを送ってこられた方がいた。いろいろ参考になることも書かれていたのでありがたかったが、そこまで熱心に反論されなくとも……と思いながら読んだら、最後に≪どこかのメーカーなり、ペーパーの売り場担当者の方がこのグレーティッシュに力を入れだし、好みのトイレットペーパーが購入できなくなると大変なのでメールした次第です。≫とあった。あの……。グレーティッシュとは、すてきなネーミングですこと。尻拭き紙のつもりでしたが、もちろん用途は万能だと思います。とはいえ、世の中のトイレットペーパーがすべて灰色紙になるなんて、独裁国朝鮮でもありえないと思いますが。趣旨にご反対のかたは、おくつろぎのうえ静かにしててくださると助かりますねぇ。賛成のメールもいただいた。≪全く同感であります。綺麗な紙である必要はないと考えます。極端なことを言えば、「ケツが拭ければイイ!!」のであります。≫≪まことにおっしゃるとおりです。小生は63歳なので、子供の頃に灰色どころか、新聞紙に湿気を含めた紙を使用したのを鮮明に覚えています。≫脱墨を含む再生紙製造技術については、昭和興産のこちらのサイトの説明が、写真入りで分かりやすい↓http://www.showakosan.co.jp/technica/wn_datsu.html基礎篇はこちら。王子製紙の工場跡地にある「紙の博物館」(東京都北区)がまとめた「紙の講座」から↓http://www.papermuseum.jp/kouza11.htm
Jan 24, 2008
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小沢一郎氏の昨年秋の熱辯(ねつべん)とやらを日経の秋田浩之記者が引用紹介していた。1月20日第2面「風見鶏」。≪極端にいえば、政党の最大のテーマは選挙なんだ。選挙に負けて偉そうなことを言ったって何にもならない。国民の支持を得て初めて自分の考えを政治、行政に生かせるのだから。≫参院議員との会合の席での発言らしい。文脈から考えて、このひとのいう「偉そうなこと」とは、筋道を通した議論のこと。彼がわたしの配信コラムを読めば、きっと「偉そうなコラムだ」とのたまうはずだ。筋道を通そうとするのはナンセンスで、票集め第一。だからスーパーマーケットの店長よろしく4月初旬の特売期間にガソリンの値札を25円下げるのが自分の仕事だとうそぶくわけだ。国政とバーゲンセールの区別がつかないのだろう。「自分の考え」を生かすためには国民の支持を得なければならないが、その支持とやらをいつ国民からもらうのか。自分の考えを「偉そうに」言ったって何にもならないというのが、このひとの持論なのであるが。もしわたしが選挙に出るとしたら、その第一の目的は自分の主張をメディアに乗せ、街角の風に乗せることだ。政治家が「支持を得る」とは、国民がいちようにもっている安易な心に取り入ることではなく、信念にしたがって国民を啓蒙し結果的に自分を支持してくれるようになってもらうということだ。選挙は、国民にとって最良の教育・啓蒙の場であるべきなのだ。そういうことが語れぬ党首とやらを、わたしは心の底から軽蔑する。大衆に媚びて尊王攘夷をとなえながら、いったん政権を取ると尊王開国に向った明治維新という歴史事象が、とかく政治家にとっての妙な免罪符材料になっているのではないか。大衆迎合の尊皇攘夷志士気取りは結構だが、それ相応の緊迫感でもって日本の対外関係を憂慮し、諸外国に抜きん出た国にせんという気概だけは持ってもらいたい。
Jan 21, 2008
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イギリス人の優雅なペテン師(鹿賀丈史・演)とアメリカ人の気ままな詐欺師(市村正親・演)が互いをいたぶりあう奇妙な友情物語。ネブラスカ州の有閑マダム(愛華みれ・演)、オクラハマ州の石油王の娘(香寿たつき・演)、オハイオ州の純朴なアメリカ人旅行者(ソニン・演)を次々に引っ掛けつつ、ペテン師と詐欺師はお互いへ勝負に打って出る……。本邦初演はおととし10~11月@銀河劇場。このときの感想を平成18年10月9日のブログに書いている。今回は日生劇場での再演。(↓ 音楽つきのサイト)http://hpot.jp/drs/第1幕が、優雅にまとめすぎた分、躍動感が落ちたような気がした。第2幕になって急によくなったというか、花開いた感じ。ソニンさん演じるオハイオ娘が、最後の真っ赤なじゃじゃ馬への変身ぶりは、ストーリーを知っていても度肝を抜かれた。第2幕のノリのよさにすっかり満足して劇場を出たのだけど、一夜明けて考えると、やはり初演のほうが好きだ。なぜでしょう。アンサンブルの数も初演の「男9名、女6名」から今回は「男11名、女8名」に増え、ダンスも華麗になった。舞台セットの作りも手が込んだ。歌の訳詞も、日本語なのに効果的な脚韻を多用してみせ、一段と工夫が感じられた。初演が「小劇場の公演」めいた雰囲気をたたえていたのに、再演では商業演劇然としていてミュージカルらしさの完成度は上がった。今回は第1幕で、市村正親さんが客席側に下りて一列目の観客やオーケストラピットの指揮者に話しかける「あそび」も入れた。それでも初演がよかったと思うのは、奥菜 恵さんと高田聖子さんがいたせいだ。おふたりとも今回の再演では別の役者さんに替わってしまった。奥菜さん演じるオハイオ娘は、奴隷になりますと志願したくなるほど愛らしくコケティッシュだった。清純素朴な物腰とことばづかいなのに、コケティッシュさがにじみ出る。もう、ぞくっとさせられ続けだった。いっぽう今回再演の役者さんは、可憐がすぎて15、16歳の娘のよう。若く見えすぎて、ストーリーとの違和感がぬぐえなかった。高田聖子さん演じるオクラホマ娘は、ふしぎな陰を感じさせると同時に荒削りな力強さもあって、好演だった。さすが劇団☆新感線の看板女優。いっぽう今回再演の役者さんは元宝塚トップスターで、ミュージカルコメディーらしさはピカ一。ただ、高田聖子さんの毒を知ってしまった身にはちょっと物足りなさが残った。今回の演出は全体的に毒を薄めてコメディー色を強めた感じ。愛華みれさんの有閑マダムなど、初演では哀愁をこめて歌うナンバーが印象深く、複雑なキャラクターだったのに、今回はコミカルなキャラに変わっていた。今回の公演パンフレットで秀逸の市村正親評を元朝日新聞記者の扇田(せんだ)昭彦さんが書いている。簡潔にして的を射た批評なので、引用させていただく。≪市村正親は標準型から外れたマイノリティーの人間に扮すると、異様なまでに濃い魅力を発揮するタイプの役者なのだ。彼の演技のベースにはいつもユーモアの感覚があるが、その過剰なまでのサービス精神と愛嬌は、彼の心の中に潜む孤独感や寂寥感と結びついているように思われる。≫「ペテン師と詐欺師」今回は、1月29日までの東京公演のあと、名古屋、広島、北九州、西宮を巡業公演する。
Jan 19, 2008
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1月11日の産経新聞が1面の企画記事で、北京市の「青空」日数が増えているという当局発表に懐疑をまじえつつ言及していた。(ここでいう「青空」とは、汚染物質が基準値を下回った状態を指す。)≪市環境保護観測センターは、98年に100日だった「青空」が07年には246日に増えたと胸を張る。≫当局発表をふまえて作られた「北京市の<青空>日数の推移」棒グラフはひたすら右肩上がりで、にわかに信じがたい。1月9日付『ウォールストリート・ジャーナル』紙で Steven Q. Andrews 氏が、北京市当局の姑息なからくりを教えてくれた。それによれば、「青空」判定をするために1998年から2005年までは大気観測地点として市の中心部の7ヶ所が選ばれ、同じ地点での観測が続いていた。ところが2006年になって、交通量の多い地点の2ヶ所が観測対象からはずされ、代わりに汚染の少ない場所から3地点が追加された。2006年と2007年の「青空」日数はそれぞれ241日と246日という発表になっている。オリンピックの北京開催が決定した2002年の「青空」日数が203日だから、顕著な改善ぶりということになる。ところがこれを1998年から2005年までに使われていた旧観測地点7ヶ所の観測値で判定しなおすと、どうなるか。2006年の「青空」日数はじつは203日で、2002年当時と同じ。発表値の241日は、観測地点を入れ替えることで「青空」を38日も水増しにした数字だった。2007年の「青空」日数は、じつはたった191日だ。いっぽう発表値は246日。観測地点入替えで55日も水増しされていた。オリンピック開催地に選定された2002年に中国政府が約束した「北京市の大気汚染状況改善」は、果たされなかった。「青空」が2002年には203日、2007年には191日だったわけだから。オリンピック開催年には少なくとも年初からオリンピック最終日までは外国メディアによる報道の自由を保証する、というのが中国当局の約束だった。しかし実際は報道制限や記者への嫌がらせが続いていると、ウォールストリート・ジャーナル紙は書く。日本のスポーツ界が「全てを疑う」精神で一皮もふた皮も剥けていただけることを祈っている。
Jan 17, 2008
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わたしも含めておよそ日本人は円の為替相場といえばまず「米ドル」のレートを考える。だから、円相場は1ドル100~120円の間でけっこう安定してるなという印象だ。コラム子の本業も「モノの輸出」に多分に関連している関係上、居心地はよろしい。しかし最近さすがに今の円相場はどう見ても低すぎると思いはじめた。「米ドル換算の1人あたりGDP」のランクがあまりに下がってしまった。たとえばWikipediaの List of countries by GDP (nominal) per capita を見ると、日本は世界20位でアラブ首長国連邦やシンガポールの後塵を拝している。日本の次の 21位はブルネイだ。イタリアも迫ってきている。これがわが日本? いくらなんでも実体経済より低い評価ではないか。弱くなり続けている米ドルに日本円がリンクして価値を下げているうちに、ヨーロッパ諸国をはるか雲の上に仰がねばならなくなった。米ドルとユーロが一時は「1ドル=1ユーロの時代がくる」と言われたときもあったのに、今や1.46ドル=1ユーロだ。そういう米ドルに事実上リンクし、しかもここ1~2年は輸出産業も居心地がいい。地球的にみると、われらの円の価値は下落しすぎだ。■ 韓国人が堪えられる相場なら ■では、どのていどが適正相場なのかということだけど、日本人として納得のゆく比較対象として韓国ウォンを考えることもできるのではないか。韓国ウォンは、長らく「0.1円(10銭)」の通貨だったのに、いまや「0.12円(12銭)」の価値がある。韓国経済がとくに強いわけでもない。韓国が「ウォン高」を嘆き狂騒状態にあるわけでもない。韓国ウォンのあり姿こそ自然体の相場のようだ。伝統的な相場である 10ウォン=1円 のレベルまで、ぐいっと円の価値を上げてみるとどうなるか考えてみた。今朝の為替相場は10ウォン=1.1432円1ドル=107.5円1ユーロ=157.47円。円だけぐいっとシフトして、10ウォン=1円までもってくるとどうなるか。1ドル= 107.5 ÷ 1.1432 = 94.03 円1ユーロ= 157.47 ÷ 1.1432 = 137.74円。1ドル=94円というと「ゲッ! 円高!」と思ってしまうが、今日ただいま韓国人はそういう為替相場で粛々と生きているのだ。この適正相場(?)まで円を上げたら、たぶん日本の「1人あたりGDP」の世界ランキングも納得のゆく順位になるはずだ。
Jan 17, 2008
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韓国の取引先のビルの窓から見下ろすと通りの向かいに「チュオタン」と書いた看板が見えた。(もちろんハングルで。念のため。)周囲をビルに囲まれるなか、その食堂だけが平屋の建物で頑張っている。韓国のどじょう汁というのがどんなものか、今回のソウル出張最終日にようやく体験できた。基本の味付けは味噌(熟成がすすんでチーズっぽい旨みあり)+ 青唐辛子 + 胡椒 + 山椒。わたしが行った店は具がごぼう、韮(にら)、もやしなど。テーブルの上のガス焜炉でアルミ鍋をぐつぐつ。蓋を開けてかき混ぜたら、店のおばさまが「もっと煮込むのよ」という。蕪(かぶ)キムチや分葱(わけぎ)キムチを食べながら待ちに待って、ようやくお許しが出た。お椀に具と汁をつぎ、アルミ碗のご飯を平たいスプーンですくって汁に混ぜながら食う。味噌が粒々している。ごぼうや韮の表面に細かい味噌粒がいっぱい付いている。ところが肝心のどじょうがいない。きっと鍋の底のほうにたまっているのだろう。鍋から杓子で2杯目をすくう。まだ、どじょうにお目にかからない。そのうち、どじょうのものらしい小骨の小さなかけらを舌先で発見した。ひょっとして、どじょうは鍋に入れる前にすっかりすりつぶされていたのでは?細かな味噌粒と思っていたのが、あれがどじょうのミンチだったのではなかろうか。どじょう鍋の底まで全部お椀にすくって、仮説は確信に変わった。想像していたどじょうの切り身はどこにもなかったのだ。鍋を食い終わるころには、わが胃袋はサンバを踊っていた。お勘定を頼んだら、どじょう鍋(チュオタン)は7千ウォン(840円)だった。韓国なので、キムチ3種と青菜のおひたし、にんにく酢醤油漬、煮干のにんにく風味佃煮の小皿が食べ放題で、このお値段。ご飯は、ちょっと粟(あわ)をまぜた雑穀ご飯だった。店はソウル江区の「元祖原州鰍魚湯」。創業30年が自慢だが、店内の見かけは雑然とした大衆食堂だ。店を出たら、扉のわきの地面にプラスチックの箱がどてんと2つ置かれて、どじょうの群れが水のなかでうねっていた。何匹食ったのだろう、わたしは。次に行くときは、魚の形をとどめた「揚げどじょう」を醤油だれで食ってみたい。
Jan 12, 2008
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先週、今週と久々に韓国・ソウルに来ています。前回来たのが平成11年3月頃なので、じつに9年ぶり。1ウォンの価値は9銭(せん)ほどというイメージだったのが、今や12銭ちかく。それでもタクシー初乗り1900ウォン(230円)、新聞1部500ウォン(60円)というあたりは割安感がある。ホテル近くのコンビニ“Buy the Way”に行ったら、たまたまレジの女の子がベビースターラーメンみたいなスナックをポリポリ食べながら仕事をしていて、さっそく軽いカルチャーショックを受けましたが、日本の通勤電車で化粧をしたりサンドイッチを食べたりするひとがいるのと五十歩百歩と整理すればいいのだろうか……。新聞を見ていると、盧武鉉(ろ・ぶげん)大統領はすでにレイムダック以下で、まともに取上げてもらえない存在になっている。昨年12月19日の大統領選で当選した李明博(り・めいはく)前ソウル市長が、きたる2月25日の就任を待たずに首脳扱いされている。肩書は「大統領当選者」(朝鮮日報)または「大統領当選人」(中央日報、東亜日報)。日本なら、大統領就任までは「前ソウル市長」という肩書で報道され続けると思うが……。たとえば1月9日の新聞をみると、東亜日報は火災現場視察中の「李明博大統領当選人」の写真を1面に大きく掲載しているし、ほぼ同じ写真が中央日報では3面に掲載されている。実質、すでに大統領あつかいだと言ってよいのではないか。朝鮮日報も1面で「李明博大統領当選者」が行政府と議会の間の新たな協力モデルを作ってみたいと語ったと、顔写真入りで報道している。まだ任期が1ヶ月半ほど残っている盧武鉉大統領の写真は3紙の1月9日号には1枚もなかった。はっきりしてますね、この国のひとたちは。李明博・前ソウル市長は、自らのオフィスに閣僚たちを来させて政務報告をさせるというところまでやっているそうで、ほとんど臨時政府状態だ。就任前に先に「院政」を始めてしまった感がある。今回訪問先の会社が入っているビルの地下に大きな書店があって、辞書売り場でさっそく4冊買い込んでしまった。気に入った順でゆくと、まず『東亜延世初等国語辞典』という小学生用の韓国語国語辞典。見やすい文字。見開きに1~2枚のカラー写真。見出しは3万5千語なので多からず少なからず。編集センスのよさに、ほれてしまった。辞書って「ほれて買う」ものなんですよ、ぼくにとっては。『チンチャン初等国語辞典』という、漫画入り辞典もいい。小学校の教科書で使われている5,500単語から約1200語を選んで(=つまり正にいまぼくがさらうべきレベルの単語ということになる)、1頁にゆったり4単語、定義・例文・漫画という構成で解説してくれている。あと、おしゃれな韓英辞典と、新機軸の漢字語辞典も買ったのだけど、この紹介はまたの機会に。
Jan 9, 2008
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1月7日の日本経済新聞1面トップが「基礎年金、全額消費税で」と題して、同新聞社なりにまとめた年金制度改革報告書の概要を報じている。コラム子は日経の改革案に賛成である。支払いを怠っていて国会議員が謝罪せねばならぬような義務的な社会保険料。これはもう、税金を体(てい)よく「保険料」という名目で徴収していたにすぎないと言ってよい。福祉充実を要求しつつ増税には反対するわがままな世論に正面から向き合うのが面倒で、ほんらい税金でまかなえばよい部分を社会保険庁に別の名目で徴収させていたにすぎないのだ。「基礎年金」部分は国民すべてが一定年齢に達すれば受け取れることを想定した部分だ。これはもう、国の景色の一部と言ってよい。国民に対する年金の最低線は一律に支払う制度にすべき理由は、それが一国の風景を維持するために必要だからだ。端的にいえば、「駅を一歩出たら周辺に老齢者がたむろして乞食をしている」ような国にしないための社会制度である。新たな税金でまかなうのが妥当であり、その税目としては「消費税」しかない。そもそも日本の消費税率は、諸外国に比べて低すぎる。現在の「5%」という税率は世論なるものを腫れ物扱いしすぎた結果だ。保険料未納問題で年金制度そのものへの不信感がふくれあがってしまったのを解決するには、制度の根本的な改革しかない。いまの制度では実質の保険料未納が全体の51%に達していて、そもそも制度的に破綻している。もはや「国の風景」として機能していないのだ。日経の報告は、これまでの「保険料」を財源とする制度から「消費税」を財源とする制度へ移行するのに、40年間を想定している。一刻もはやく手をつけるべきだ。
Jan 9, 2008
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外国語学習の原点に「朗読のときの自己陶酔」というのがあると思うのです。テキストを読みつつ自分の口からネイティヴの雰囲気が湧き出て(すくなくとも主観的には)、別人になった気分になれるのが外国語をやる醍醐味のひとつです。朗読をしていちばん美しいと思うのがロシア語。大学で卒論までキリル文字で書いたのに、商社勤務では文豪プーシキンの言語は1秒も役立っていませんが。「小説や詩や新聞記事をきれいな日本語で読む」。きれいな日本語で文章を読めるようになりたいというのが、じつはわたしのあこがれであります。え? 方言まる出しの生活をしてるの?いいえ、わたしもわたしの女も愛媛・松山あたりの出身なのに、東京では家でも東京語の生活です。じつは小学校3年生から6年生までNHK松山で放送児童劇団におりました。(だから今でも朗読のときは鼻濁音を意識します。)会話文を読むのが上手だったのと声がよく通るのでテストに受かっちゃったのですね。ところが地の文を読むのが下手で、子供の作文を読んでもトチってばかりいて放送局のひとは録音テープの切り貼り編集でたいへんだった。そのうち作文朗読のお声がかからなくなり、放送児童劇団のなかで最も出番の少ない不遇の子になりました。父親に「放送児童劇団はやめたい」と言っても、星 一徹みたいな人だったので許してくれません。やむなく期限の小学校6年の秋まで続けて、しずかに消えました。いま思うと、放送児童劇団にいたころは、日本語のアクセント規則がよく分かっていなかった、ないし誤解していたのだと思います。放送児童劇団の入門レッスンで、単語たんいのアクセントのことは盛んに言われたのに、文章として読むときのアクセント規則について習わなかったのですね。それで、「正確に読まなきゃ……」と思うあまり、文章を単語・文節たんいでぶつ切りにしてそれぞれのこま切れごとに正確なアクセントをつけて読もうとしていたような気がします。すると、おかしな日本語になっちゃうんですね。たとえば、きょうの「産経抄」の一文を例にとりましょう。≪民放のレギュラー時代劇枠はほとんどなくなり、時々のスペシャル版だけになった。≫いまこれを読むとすれば、み↑んぽうのレギュラー時代劇↓枠はほ↑と↓んどなくなり、と↑きどきのスぺシャル版だけ↓になった。という抑揚をつけるでしょう。でもたぶん、小学校のころの泉少年は、収録マイクを目の前にし、よかれと思って、こう読んでいた ――み↑んぽうの↓レ↑ギュラー時代劇↓枠はほ↑と↓んどな↑くなり↓、と↑きどきの↓ス↑ぺシャル版↓だ↑け↓になった。いま思えば、抑揚のつけすぎを盛んに注意されていました。「念仏を唱えるように、抑揚なしで読んでみろ」とまで言われました。でも、泉少年はその指導がよく理解できなかったのです。日本語のアクセントの妙は、諸言語と比べても独特だと思います。「レギュラー」は「レ↓ギュラー」と読む。でも「レギュラー時代劇」は「レ↑ギュラー時だ↓い劇」。「レギュラー時代劇枠」は「レ↑ギュラー時代劇↓枠」です。これができるかできないかが、日本語のよくできる外国人とネイティヴ話者の違いになっているといっても過言ではないでしょう。文章を朗読してみると、自分の単語アクセントのあやふやさに驚くこともあります。≪新潟の雑煮の第一の特徴は大根の短冊切りがたくさん入ること。≫これを「だ↑いこ↓んのた↑んざくぎりが」と抑揚をつけて読んだ瞬間、あれ? と思って辞書をひくと、ガーン!「大根」は平板式アクセントの単語なので、「だ↑いこんのたんざくぎりが」と読むのが正しかったのですね。≪ご当地の雑煮には塩鮭が欠かせないという。≫「し↑お↓ざけが」と読んでから、あれ? ひょっとして?と思って辞書を引くと、これまたガーン!「し↑おざ↓けが」と読むのが標準的なのだそうです。家族を調べてみると、わたしの女と娘ふたりは、「大根を」は「だ↑いこんを」と正しく平板式で読み「塩鮭を」は辞書に逆らって「し↑お↓ざけを」と読んでいました。(たったいま改めて読んでもらったら、わたしの女は「し↑おじゃ↓けを」と正しく読んだ。)
Jan 6, 2008
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