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愛読の『花岡信昭メールマガジン』の1月31日号の読者投稿を読んで目が涙でうっすらかすんでしまったぜ。以下、引用。≪「敗戦時、わが国は生産設備の90%を爆撃で失い世界の最貧国の一つでした」と某氏が書いておられましたが、当時の日本には素晴らしい人たちが いました。2つほど例を挙げさせてください。かれらのお蔭で日本は復興したのです。1.三沢基地に当時務めていた某米軍将校が外出中日本人の子供たちにお菓子を与えて基地に帰ってきたところ、ある日本人の婦人が訪ねてきていた。近在の農家の主婦であった。「子供があなたからお菓子をもらったが、ただで いただくわけにはいかない」といって「持ってきた野菜を受け取ってください」と言って きかなかった。その米軍将校は、「我々はこんな恐るべき国民と戦ったのか」と恐怖心を覚えたそうである。2.ある日系米国人が日本占領中、親の祖国を見たいと思いGHQ勤務を志願した。日本に着任して靴を靴磨きの少年に磨いてもらっていたとき、たまたま持っていたジャム付きのパンを与えたところ、少年は食べずにポケットにしまった。腹が空いているはずなのに不思議に思い、「何故食べないのだ」と訊いたところ、「妹に食べさせる」と答えた。それを聞いてその日系米人は、「あー、日本は大丈夫だ」と思ったそうである。(ST)<花岡信昭コメント> たしかに当時の日本にはそうした「矜持」がありました。これがどこへ失われたのか、考えたいですね。≫いや、そういう「日本の本領(そこぢから)」は、しっかり健在だと思いますよ。だって、農家のおかあちゃんや靴磨きの少年のこと「ああ、日本人だ!」と思いませんか。花岡信昭さんのブログはこれ:http://www.hanasan.net/xoops/modules/wordpress/
Jan 31, 2006
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昨日1月29日は、太陰暦の新年だった。バンコクでも朝から爆竹の音が響いた。皇室典範をひょろっと変えられるくらいなら、「建国記念(の)日」の日付も変えてほしいと思っている。「太陰暦にもとづく元旦」が神武天皇即位の日だった。(いわゆる西暦でいう紀元前660年の即位というのは壮大なフィクションとしても。)明治のはじめに太陰暦を完璧に排除するのでなく、いまの中国ていどに太陰暦の世界も並存させ、太陰暦の新年の祝いを建国の祝いとセットにしておけばよかった。そうしたら、もっとすなおにお祝いができたのではないか。国民の祝日のなかで、唯一、太陽暦上は毎年日付の変わる日となるが、伝統の祝日をうまく残す方法だったはずだ。周辺諸国とともに祝日を楽しむことができたはずだろうに。伝統を消し去ることなく、近代の表層の下にしっかり残すというのは日本のお家芸だし。それなのに、西暦でいう紀元前660年に建国という壮大なフィクションをベースに太陰暦の元旦を太陽暦に直したものだから、2月11日などという中途半端な日付が建国記念の日になってしまった。「年が改まる日をもって即位した」ということこそ本質なのに、明治政府はまことに官僚的に「そのとしの太陰暦の1月1日」 → 「太陽暦の2月11日」という計算にすべてをゆだねたところでボタンの掛け違いをしたのだ。西暦の紀元前660年に即位というのは100%フィクションだが、「何らかの年の太陰暦の元旦に天皇家の初代のかたが即位された」というのはこれはきわめて「ありうる」ことなのだ。だって、天皇家にもかならず初代があり、初代のかたが即位された日もかならずあるのであり、即位されるには何らかの特別な日を選ばれたでしょうよ。それが太陰暦の1月1日だったというわけさ。明治の人々にすれば、National Foundation Day が西洋人の目からみて年によって日付が変わるというのは、とっても具合の悪いことだったのだろう。だから、フィクションであることもいとわず、西洋の論理でもって律儀に日付計算して2月11日という日をきめた。ナショナリズムの発露であるはずの National Foundation Day の決め方じたいが、西洋の論理に屈服しているわけで、日本文明史上ゆびおりのアイロニーというしかない。そういう日本文明の悲劇を噛みしめる日としてわたしは2月11日という日をとらえている。
Jan 30, 2006
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堀江貴文氏が墜落してから、「額に汗して働くことこそが大事」てな発言がやおら力を得てきて、ぼくは戸惑っていた。「汗」なんかどうでもいいよ。あんたの汗臭いシャツなんか、嗅ぎたくもないさ。だいじなのは、「付加価値」でしょ。ライブドアに足りなかったのは、「汗」ではなく「付加価値」なんだよ。オンリーワンの創造的アイディアがなかったのさ。さすがの連中だって、「冷や汗」くらいはかいてたはずさ。オンリーワンの付加価値がないところを虚像で補おうとしたのが、ばれちゃっただけだ。商社の仕事だって、汗をかくところはかくとして、やはり目指すところは、他の企業が気づく前に付加価値の高い仕組みを作って、汗をかく分量よりはるかにでかい利益を得ることだからね。「汗」を礼讃し、「清貧」を礼讃し、おせち料理はゴマメと黒豆があればいい、みたいなちんけなことを言う連中がいちばんきらいだよ。リンクさせていただいている「かみぽこちゃん」がするどいことを書いている。堀江貴文は「時代の寵児」どころか、「時代遅れ」だっただけじゃん。まあ、読んでください。http://plaza.rakuten.co.jp/kingofartscentre/diary/200601270000/
Jan 28, 2006
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田中角栄が罪人となってからも北京政府が角栄好き好きと言い続けていたころを思い出した。堀江貴文に米国メディアはなぜこう甘いのだろう。1月25日のウォールストリート・ジャーナル。James Rose という雑誌編集者が書いていた。堀江が逮捕されたことと、その経緯のあらましを書いたうえで、In short, what Mr. Horie did wrong was to be too American.と言ってのけた。「はやく言えば、堀江氏の誤りはアメリカ式をやりすぎたことだ」。おいおい、まさか、財務報告の数字の操作・改竄など米国では あたりまえさ、ちょっと「やりすぎ」ただけさ、と言いたいのかね。すくなくとも建前上、「ウソをつかない」ことに対して日本人以上に潔癖なのが米国人じゃなかったの?堀江氏の手に手錠がはまったのも端的に言えば「大ウソをついてきた」からだが。どこがアメリカ流なものか。いや、それともやはり、「米国流」に「資金力」と「ニューヨーク州法」をふりかざして世界の中小国家を手ごめにしてきたことにそれなりに良心がうずいていたのを、ツンツンと、突つかれでもしたのかね。1月20日のクリスチャン・サイエンス・モニター紙はなんと社説でHis potential downfall may merely represent the establishment's way of hitting "a nail that sticks up" rather than actual illegality.と言ってのけていた。逮捕前とは言え、すでに「勝負あった」の時期だが。「彼は失墜することにもなろうが、それは単に旧来の体制側が <出る釘を打って> いるにすぎず、本当の意味で違法なことをしたからではない。」よく言うよ、まったく。訂正の社説が出ないかと待っているが、いっこうに出ない。朝日新聞流の「だんまり」路線かい。「クリ・モニ」紙によるとHorie also used legally borderline and "un-Japanese" tactics to boost his company's stock and to buy into other companies, challenging Japan's semisocialist business/government collusion, or what's called "communitarian capitalism".だそうだ。「堀江は法的にスレスレの、日本人ばなれしたやり方で自社の株価をつり上げ、他社を買収してゆき、日本の <共生資本主義> とでもいうべき擬似社会主義的な財界・政界のなれ合いにたてついた。」笑わせるね。そんな立派なタマかねぇ。大学中退のコンプレックスにまみれた才覚を非日本人どもに利用されただけでしょ。見抜けなかった自民党も経団連も、今になって恥をかいているじゃないか。「エスタブリッシュメントが出る釘をたたいた」というが、自民党も経団連も自分の靴の先をトンカチで叩いたってことかい。今回は久々に、米国のメディアに愛想がつきた。
Jan 26, 2006
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ドルのニセ札があるなら、円のニセ札だってあるだろうに。世間では表面化していないが、朝鮮国がドル札用のインクだけでなく、日本円のお札の色のインクも輸入していることを米国はつかんでいるらしい。日経の春原 剛 編集委員が書いている。≪ケリー前国務次官補が6カ国協議の米国代表を務めていた頃、ケリー一行は通常の協議相手である外務省や防衛庁だけでなく、財務省、日本銀行の担当者との面会も求めた。FBIによる内偵などの結果、北朝鮮がドル札だけでなく、日本の円紙幣についても偽造している恐れがあるということを伝える目的だったが、当時のやり取りに詳しい元米政府当局者によると、日銀関係者らの反応は鈍かった。≫ここから先を読むと、おっ、これはガセネタじゃないな、と思った:≪「日本のお札は特殊な木材を使っているので、北朝鮮はもちろん、誰にも偽造される恐れはない」。という日本側の反応に米側はただ、言葉を飲み込むしかなかった、とこの元米政府当局者は振り返る。≫ http://www.nikkei.co.jp/neteye5/sunohara/20060119n991j000_19.html思い返せば、一時期、偽札報道が頻発した時期があった。最近、偽札報道を目にしないが、ひょっとしたら、もはやニュースにならないほど偽札発見が頻発しているということではないでしょうね。ちなみに中国では、偽札が多すぎて、偽札をつかまされてもニュースにならぬどころか、警察さえ相手にしてくれない。(わたしが広東省にいたころ、現地社員が市場で偽札をつかまされ、「記念」に事務所の壁に貼っていた。もう6年以上も前の話。)マスコミの事情通にお聞きしたい。日本は さすがに 中国化してなどいないでしょうね。
Jan 25, 2006
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逮捕された詐欺犯について、ぼくは昔なんと書いていたか。8月18日のブログから:≪ライブドアの堀江社長が自民党から立候補ですか。ああ、ヤだヤだ。悪いけど、堀江貴文氏のことは大嫌いですから。客寄せパンダに終わらず、たぶん田中眞紀子的厄介者になるのでは?カネも持ってるし、ね。今度の選挙で、カネをどれだけ使うのかな?堀江氏立候補でいちばん注目すべきポイントはそこでしょうなぁ。自民党にどれだけ恩を売り、どんなIT利権を見返りでもらおうとするのか。どうせ立候補するなら、堀江氏には民主党から立候補してもらって、民主党のなかをかき回してほしかった。≫そのあと8月20日に追加の書き込みをした:≪堀江貴文は けっきょく無所属、ということでホッとした。自民党は、堀江氏とは新たな give and take を構築するのはヤメにすべきだ。堀江氏のやんちゃぶりは、自民党の手に負えないだろう。≫ブログのページはこちら:http://plaza.rakuten.co.jp/yizumi/diary/200508180001/それにしても、この詐欺犯が当選していたら、当選直後から「自民党代議士」として利権拡大に飛び回っていたのではないか。堀江氏の落選に最大の貢献をした亀井静香代議士に、小泉純一郎君と武部 勤 君はもはや足を向けては寝られまい。
Jan 25, 2006
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そば粉でクレープを焼くと、手巻き寿司の楽しさを味わうことができますが、クレープでなく小型ホットケーキを焼いて、手巻き寿司ならぬ「手挟みバーガー」の楽しさを満喫しちゃえ!という発想の人がいました。遊酔さん。「貧乏食堂 ちょっとイッてるお料理レシピ」を配信している。さっそくご紹介しよう。≪みんなで、どら焼きを食べるんです。手巻き寿司のように、好きな具をどら皮(そんな名前ではないが)にサンドして、“ウマいっ”“マズいっ”と言いながら、パーティをします。これは盛り上がったぜ、わが家では。じゃあ、いってみよう!材 料:ホットケーキミックス・あんこ・ 福神漬け・目玉焼き・チーズ・ マーガリン・マヨネーズ・おろししょうが 分量はすべて適当です。お気楽に。作り方:1.ホットケーキミックスで、小さく、まるく、薄く、 ホットケーキを作ります。2.焼けたら、好きな具をはさんで、ムシャムシャ。以上。あんこを入れず、目玉焼きとチーズ、マヨネーズをはさんだら、ハンバーガーのようで、旨かったです。おろししょうがとあんこは、しょうががピリッとアクセントになって、意外な美味しさ。なかなか旨かったのは、あんこ&福神漬け。あんこと塩系の味は、合うんですよね。みなさんもぜひ、やってちょうだいな。子どもは喜びます。≫クレープだと、「くるむ」感じで、具材の味がきつすぎると負けますが、ホットケーキで具を挟むとなると、ホットケーキもそれなりに主張するから、逆にいろんな具材の冒険ができるということかもしれませんね。しかし、「あんこ+福神漬」には参ったね。これは試してみる価値あり。クレープには合うまい (試してみる価値あり)。それにしても、遊酔さんの「どら焼パーティー」、はやく「日本が元祖」って広めておかないと、これを知った韓国人が得意のパクりで、焼肉+キムチをはさんで食ってみせ、「この食べ方は高句麗時代にすでにあったが、日帝時代に弾圧されてすたれていたのを最近 xx 教授が現代風にアレンジしたものである」なんて、またひとつ「なんでも朝鮮起源(ウリジナル)」の珍説を世界に広めるかもしれませんな。ところで、「貧乏食堂」の無料配信のお申込みは、こちらへ:http://www.mag2.com/m/0000109476.html
Jan 23, 2006
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本日の配信コラムへのご感想は、こちらにコメントをいただければ幸甚です。
Jan 20, 2006
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去年11月29日のニューヨークタイムズの記事をプリントしたのが引き出しの下から出てきておもむろに読んだ。損傷した肉体組織を再生させる技術。Chemical and biological engineering(化学・生物工学)というのだそうで、この第一人者の37歳の女性へのインタビュー記事だった。生まれ育ったのがノースダコタ州の北西部の小さな町、というから、超ど田舎である。ひいお爺さん・お婆さんたちが、日清戦争のすこし前に開拓者として住み着いた町だそうだ。ど田舎だけど、その分だけ女性も肝っ玉かあさん揃いで、だからGirls don't do things like science.(女の子が理科の勉強だなんて、お止しなさい)などとは、誰からも言われなかったのだ、と。周りの人たちに「化学工学を勉強したいと思うの」と話すと、そもそも chemical engineering なんて何のことか分かりもしない人たちがみんなしてGreat! What can we do to help you find a good college?と言ってくれた、というのだ。いやぁ、絵にかいたような positive thinking(前向き思考).まいっちゃうよね。訳せば「そりゃいいや。いい大学見つけるのに、何か力になれることはないかい?」となりますがね、聞いただけで吹き替え映画のせりふだね。日本語っぽく訳そうといろいろ考えたけど、無理でした。あんがい、NHKの朝のドラマの「風のハルカ」の湯布院感覚でいけるかもしれませんが。いずれの国にも、「田舎のよさ」というのがあって、これが都会生活のなかにたくみに温存されているのを発見できるととっても愉快な気分になれる、ということかもしれませんね。
Jan 20, 2006
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ものごとにはタイミングというものがある。天皇陛下は、出番をお間違えになったのではないか。民主党の前原代表が、「女系天皇」(泉用語では、「母系天皇」)に Yes を打ち出した。自民党は、おそらく最終的に母系天皇には No で臨むだろうとわたしは見ているのだが、母系天皇に Yes か No かが、政党間の政治イッシューのひとつとしてどんどん膨れ上がるだろう。皇位継承方法が政治イッシューになればなるほど、皇室は意見を表明しにくくなる。意見を表明すると、結果として特定の政党の見解を支持することになるからだ。しかし、これまたわたしの見るところ、大騒ぎのすえで、けっきょく皇室が見解を出して決着するだろう。おそらく、旧宮家のうち、どの宮家を復活させるかについて天皇陛下が うむを言わせぬ裁断をおくだしになることになろう。旧宮家の「すべて」を復活させることに、ある問題があり、かつ旧宮家の選別をするなどということが宮内庁官僚には手がつけられないので、この選択肢をはなから排除したのが例の井戸端会議(宮内庁官僚のロボット)の答申。そりゃそうさ。官僚には決められないさ。皇室が決めるしかないのである。最初に皇室が賢者をあつめて会議をひらき、皇室+賢者一丸の皇室典範改定案をつくり、一気に正面突破しておれば、政治イッシューにはならなかったろうに。ボタンの掛け違いで、これから皇室は否応なく、政党間の見解の対立の嵐のなかに入っていかざるをえない。天皇陛下は、だいじなところでタイミングを逸してしまわれたのではないか。皇位継承方法の論議は、はやく皇室が主体的に終止符を打たないと、ソフトランディングがむずかしくなる。
Jan 19, 2006
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きょうは阪神淡路大震災の日だが、心ある中国人にとっては、中国共産党によって趙紫陽が軟禁大虐殺された日だ。憤死した日。中国の次の政権は天安門の毛沢東を外してきっと趙紫陽の肖像画を掲げるだろう。そう思っている。ところで、話かわって、フランス人外交官が中国共産党の色仕掛けにひっかかった話。「大紀元」というサイトで読んだ。http://www.epochtimes.com/b5/6/1/11/n1185351.htmそれによると、昭和39年(1964年)にベルナール・ブルシコ(Bernard Boursicot)という外交官が、時佩孚(じ・はいふ)という女装男優(つまり「おかま」)に惚れ込み、しかもホモとしてではなく、純粋に相手を女と思って惚れ込み、1年後には子供がうまれた(!)。「子供」は、じつは新疆ウイグル(東トルキスタン)から連れてこられた青い目の混血児だったそうだ。ブルシコ君は、「美女」に言われるままに、フランスの外交秘密を貢ぎつづけた。そのうち、ブルシコ君は帰国。中国は文化大革命。時佩孚 嬢 は、「うっふーん。外交秘密を提供できないとわたしと子供の命があぶないの。」と言って、ブルシコ君から情報をとりつづけた。そして昭和57年(1982年)、ついにブルシコ君は愛する時佩孚を妻としてフランスに呼び寄せるが、ほどなく警察に2人して逮捕される。法廷で「時佩孚は男だよ」と告げられても、ブルシコ君はこれを信じず、「それじゃ、確かめてみろ」と囚人室に2人して入れられてみて、はじめて真相を知り、ブルシコ君は絶望のあまり首を切って自殺をはかるが、一命をとりとめた。…………以上が概要だが、いったい時佩孚は、どうやってブルシコ君とセックスし、ブルシコ君を満足させ、しかも男だということを見破られず、それでいて、囚人室で2人きりになったときなぜ真相がばれたのだろう。前半を読むかぎり、医学の最高技術を駆使した性転換手術をしたとしか思えぬし、それならなんで、ばれちゃうの?(やっぱり性転換手術って、あとをみると、すぐ分かるの?)それともブルシコ君は、ほんとにウブなおとこで、子供の作り方の基本をしらなかったのだろうか。それなら説明がつくが。このウソっぽい話を読んで、わたし、「大紀元」というサイトそのものへの信頼感をかなり失いました。中国共産党反対! のサイトで、けっこう重宝してるのですがね。ブルシコ君の話は、中国通のあいだで けっこう知られているものなのでしょうか。
Jan 17, 2006
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事務所のあるビルの前で、おじさんが手押し車にのせて売っていたもの。ビニール袋いりのもち米ごはん。ちょっとにごった水をふくんでいて、ごはんは微妙に粒がしなしなしている。う~ん、これはたぶん発酵してるんだろうね。そういうビニール袋が5つくらいあって、そのまわりには、何かを葉っぱに包んだものを取り囲むようにして置いてある。う~ん、この葉っぱのなかは、おかずかな。まさか虫じゃないだろうね。まあ、ものは試しだ、買ってみよう。ビニール袋のふにゃふにゃしたもち米と葉っぱの包み、あわせて15バーツ(40円)。帰って開けてみたら、葉っぱはサトイモの葉で、なかにはビニールに包まれた発酵もち米があった。なんだ、同じものか。どうりで、買うときにおじさんが変な顔をしてたはずだ。おそるおそる食べてみた。米粒は、舌で軽く なでただけで つぶれてくれる。砂糖がけっこう入っていて、いわゆる甘酒ドリンクの味。ああ、日本人なら食べられるな。欧米人にはちょっと酷な味かな。タイ語で「カオ・マック」ないし「カオ・マーク」。4口くらい食べたら、何となく酔ってきて、「灯りをつけましょ、ぼんぼりに~」をこころのなかで口ずさんでしまった。タイ語の辞書でサトイモにあたる「ボーン」をひいたら、「サトイモの葉のうえに転がる水」という言い方があって、これが「移り気な女心」の意味なんだそうだ。言い得て妙。
Jan 14, 2006
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歌会始。天皇陛下の御製(ぎょせい)、皇后陛下の御歌(みうた)は、ことしもすばらしかった。しかし、皇太子殿下の親バカ歌には、つくづくがっかりさせられた。いとけなき吾子(あこ)の笑(え)まひにいやされつ 子らの安けき世をねがふなり「いやされつ」とは、妃殿下のほうのお歌かと思った。妃殿下のこころの病につづき、男親までこれでは、いったいどうするのだ。下(しも)が、「子らの…」と複数形になっていて、世界が「わが子」のことから少しは広がっているので、まだ救われるが、もしこれが「子の安らけき世をねがふなり」だったら、視点が完璧にわが子にしか向いていない自閉症歌だ。まだ妃殿下のお歌のほうが、ましだ。輪の中のひとり笑へばまたひとり 幼なの笑ひひろがりてゆく「ひとり笑へば」は、まさか愛子さまではあるまいね。もし Yes なら、これまた救いようのない親バカ歌である。秋篠宮殿下、妃殿下は、昨年9月24日にご公務で訪れた兵庫県豊岡市こうのとり郷(さと)公園でのコウノトリの放鳥のようすを お歌にされた。妃殿下のお歌。飛びたちて大空にまふこふのとり 仰ぎてをれば笑み栄えくる自然と人が共生するよろこびを、みごとにうたわれた。「笑み栄えくる」も、おおやけのために祈る皇族としてのお歌にまことにふさわしい。豊岡市では、歌会始の殿下・妃殿下のお歌をよろこび、さっそくホームページで紹介している。http://www.city.toyooka.hyogo.jp/ほんとは、皇太子殿下こそこういうお歌をつくるべきところだ。秋篠宮殿下・妃殿下に見習っていただきたい。
Jan 13, 2006
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泉 という姓のひとは、そんなに多くないはずなのだが、「泉 幸男」で検索すると、いろいろな 泉 幸男さんが出てくるのです。前から気になっていたので、ためしにリストアップしてみた。この人たち、みなさん 泉 幸男ですが、わたしとは別人です:(1)スガイ化学の取締役(2)NPO地域防災支援センター理事 (この方は、原子力の専門家のようです。)(3)WorldWidePanorama の常連 (どうも写真にお強いらしい。)(4)鳥取観光コンベンション協会理事 (「泉屋旅館」を経営されている。)(5)水戸市大塚町上中妻公民館 フラワーアレンジメント講師(6)金沢市諸江町 有限会社シー・アンド・シー金沢 代表取締役(7)西南学院大学同窓会関西支部顧問 (なんと平成15年の同窓会総会で、 この 泉 幸男さんが万歳三唱の音頭をとっておられる。)(8)長野県上田市の上田商工会議所所属 泉建工の社長この同姓同名の8名の泉幸男さんと、わたしを加えた9名がメーリングリストで「泉幸男の会」をつくったら……と想像するのですが、そうすると互いにどう呼び合うのでしょうね。やはり出身地でもって、このわたしなら「松山市さん」とか「辻町さん」なんてことに?父親の名をとって「鷹美(たかみ)の息子さん」とか。(ロシア語なら、「タカミエヴィッチ」となる。いわゆる「父称」。)ちなみに、検索したときに出てくるエスペラント関係の泉 幸男は、あれはわたしです。
Jan 12, 2006
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読者のみなさんにご教示いただきたいことがある。なぜ「大麦ごはん」はあるのに、「小麦ごはん」はないのでしょうか。なんで小麦は、わざわざ手間をかけ粉にして、パンや麺にして食べるのでしょう。いっぽうの米は、基本的に粒のまま食べる。ビーフンにしたりはするけど、パンにするところまで手間をかけることはまずありませんね。(「玄米パン」も不調におわっている。)「小麦ごはん」らしいものといえば、北アフリカ料理の「クスクス」ですが、あれは日本では作れない(らしい)デュラム小麦を挽き割りにしたのを蒸してつくるらしい。あれはあれで、コーンめいた香ばしさがあって、旨いですけどね。なんで、小麦といえば粉食なんでしょうか。そっちのほうがうまいから、だけですかね。たまたま米は、そのまま炊いても蒸してもうまかった、というだけなのでしょうか。そもそも小麦の粒というのを見たことがない自分。3つの仮説を立てた:1. 小麦の粒は固くて、炊いても蒸しても食べづらい。 そこで、苦心のすえ、粉にして食べることにした。 粉にしてこねてみたら、 グルテンのおかげで きもちよく コネコネできて、 麺にもパンにも変身だい。2. 小麦の粒はもろくて、 脱穀するときにぽろぽろと砕けてしまう。 粒がそろっていない砕けた小麦は使いづらいので、 いっそのこと粉にしてしまうことにした。 だって、 小麦って簡単に粉になっちゃうんだもん。3. 小麦も米も似たような粒である。 でも、小麦はグルテン分が多いので、 煮たり蒸したりすると、 妙にねとっとして、きもちわるい。 要は、食感がわるいのよ。 そこで、どろどろになった小麦のかゆを あらためて焼いてみたら、 ぱりっと香ばしくて旨かった。 多少の手間はかかるけど、 パンや麺にしたほうが断然おいしいの。 さて、どれでしょう。わたしは2番だと思うのですが。インターネットで調べようとしたけど、こういうベーシックなことって、なかなかわからないのですよ。
Jan 11, 2006
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もう5日前のことになりますが。1月4日の朝、社長挨拶が社内テレビで流れたが、その前に「海外各場所からの新年挨拶」と称して、いくつかの海外支店・事務所からのビデオが流れた。のっけが北京事務所。いきなり笛と太鼓と弦楽の、獅子踊りにでも使いそうな、せわしい音楽がかかり、「ひえー、悪趣味だねぇ」と わたしは広い事務所の部屋じゅうに聞こえる声で言いましたよ。いたたまれなかった。黙って聞いてられるか。現地スタッフ十数人が万里の長城に座って、中国語や日本語で「がんばりましょう」みたいなことを言う、という趣向でしたが。あの音楽はだれがいれたのか。北京事務所がいれてきたのか。東京で、社内テレビ担当の広報部がいれたのか。そのあと、ニューヨークやロンドンなどいくつかの場所からの挨拶ビデオがあったけれど、カントリーが流れたり、ビートルズが流れたりは、もちろんしなかった。中国だけを特別扱い。妙に情緒に流れて「いかにも中国」という音楽をいれて。たとえ中国音楽をいれるにしても、もっと趣味のいい音曲がいくらもあるのだが。わが勤務先のレベルは、あいかわらずこのていどか……と新年早々さばさばとかなしい気持ちにさせられました。
Jan 9, 2006
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クリスチャン・サイエンス・モニター紙の1月3日号に、Notes from Toyota-Land: An American Engineer in Japanという新刊書の書評が出ていた。『トヨタ国からの手記 米国人エンジニアの日本ノート』とでも訳せるだろうか。トヨタが、いかに旧態依然たる滅私奉公型社会をつくっているか、という一昔まえにもよくあった日本もの。トヨタが世界最大の自動車メーカーになることで、いよいよ虚実まぜこぜのトヨタ叩きがはじまるだろうな、と予感させる一冊。書評はここで読める:http://www.csmonitor.com/2006/0103/p14s01-bogn.htmこれを読んでなるほどと思ったのが、「なぜ社員が会社の(しばしば理不尽な)上司の言いなりにならざるをえないか」についての分析。ととのった研修制度がないために、社員としてのびていくためには、上司なり先輩なりの個別指導をあおぐ以外に成長の方法がないからだ、と指摘している。Because there were no formal training programs,many workers felt they had no choice but to curry the favorof supervisors who they hoped would act as their senpai, or mentors.たしかに、米国企業とつきあっていると、「だれそれは研修で1週間出社しません」というたぐいの返答が日本企業に比べて多い。われわれなど、商社の営業は研修で身につくものではなく、現場でしか学べない、という考え方に染まりきっていて、それはそれで事実だと思うのだが、それが通用したのは、わたしが入社したころのような「タコ部屋」的雰囲気で理不尽つづきの指導をうけることに、それなりの納得性があったからだ。最近の若い人たちにはこれが通用しなくなってきていて、じつは次の世代をどう育てていくかというのが、重要なテーマになっている。数年前から社内で叫んでいたのだが、ようやく(わたしの声を聞いたからではなかろうが)、役員レベルでも人材育成を社の重要課題として口にするようになってきた。「明るく楽しく人を育て、人が育つ」ようにするには、どうすればいいのだろう。タコ部屋的厳しさにも堪えられる強み、を次の世代に別の形でどう継承させていけばいいのだろう。
Jan 6, 2006
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わが勤務先の同じ課の中堅社員のお父さまが脱サラし、実家を改造してはじめたお好み焼屋「DONDON 館」。会社の新年会をひらいた。日暮里駅から歩いて8分のところにある。最近は、ここで「お好み焼き」道を修行して、海外で店を開く人たちが続々登場しているのだそうで、店のご主人は脱サラして苦労した方ならではの、店の経営方法にまで立ち入ったレクチャーをしてくれるらしい。さいきんオランダで店を開いたお弟子さんの店では、なんとお好み焼きに「1人前 25ユーロ(3500円)」という恐るべき値札をつけたそうだが、それでも人気は上々なのだという。お好み焼は野菜がタップリはいって「健康にいい」ところが、見直されているらしい。この店の変り種のお好み焼。できあがったお好み焼きに、山芋のすったのをかけて、醤油をさっとふる。いわば、山かけお好み焼。これがしゅわしゅわとまろやかでうまい。片面を焼きつつ、周囲に餅の細切りを並べ、まんなかにピザ用のチーズの細切れを盛大にふりかける。これをどひゃんと裏返して、ちりちりと焼くのでありますな。チーズが溶けてどろどろになるのかと思えば、意外にも、鉄板でちりちりにされて、香ばしいクラスト状態になっていた。これにいつもの「ソース、海苔、鰹節の3点セット」+マヨネーズ。せっかくのチーズ味が負けてしまうなと思ったけれど、なんの、お好み焼の地と、カリカリしたチーズに、餅、この組み合わせが絶妙だった。奥、深し。http://www.tcn-catv.ne.jp/~dondonkan/
Jan 5, 2006
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『北国新聞』(金沢)1月3日号の社説を開いたら、≪道州制の行方 「遷都」と同様、夢のまた夢≫ときた。『北国新聞』は、昨年秋にも道州制に疑問を呈していて、これは固い持論のようだ。要は、「道州政府」が県庁と中央政府の間にもうひとつできるだけで、官僚組織が増えて効率が低下する弊害のほうが大きかろうというもの。わたしは基本的に広域行政区設定に賛成なのだが、さいきん少し悩んでいるのである。やはり、「全国一律に道州制施行」という「全国一律」発想そのものに無理があるのだろうな、と。たとえばわが故郷の「四国」など、いまや4県あわせて静岡県とほぼ同じ人口規模。経済規模を比べたら、四国4県より静岡県のほうがでかい。こういう四国などは、まとめて広域行政区にしてしまったほうがよい。逆に、『北国新聞』のある石川県を、新潟県や長野県とまとめて北陸信越5県の広域行政区に放り込むというのは、端から端まで距離がありすぎて、まとまり感を欠いてしまう。たしかに無理があるだろう。せいぜいまずは富山・石川・福井の3県でまとまるのが正解。「県」という単位をいきなり否定するのではなくて、たとえば県警だけ四国4県で合併して「道州警察」をつくるとか、県単位で存在するJAを合併させるとか、そういうプロセスを徐々にすすめてゆくのが、日本人のスピード感にはいちばん合っているのではないか。北国新聞社説は、隣県どうしの合併から始めたらどうだ、といっている。そうだな、と思うのだ。愛媛県と香川県も、1つの県だったときがある。島根県と鳥取県など、規模からいっても合併が正解だろう。北国新聞社説を引用させていただく。≪一昨年の地方自治法改正で、都道府県の自主的合併が可能となった。「小さな県庁」を前提として、歴史を共有し、地理的にも文化的にも違和感のない隣県同士が、県民の同意で合併する方が、お仕着せの道州制よりははるかに現実的である。≫まことに、まず隣県どうしの合併もできないようでは、何が道州制か、という正論である。
Jan 3, 2006
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ことしは初めてプロがつくった売り物の おせち料理を楽しませていただきました。ああ、おせち料理というのは、古来の「甘み」の魅力を伝えるものなのだなぁ、としみじみしながら、バーボンなど飲んでいた泉でした。個人的にいいことが続いているというのも若干ながら影響しているけど、平成18年は、いい年になると断言できる。実力を粛々と発揮していく年になる。昨年後半の資源高も、ぜんぜんこたえなかった。わたしが属する総合商社業界がうるおったのは当然だが、いっぽう、資源高で苦しむはずの業界から怨嗟のエの字もなかった。大陸中国のもろもろのリスクをしみじみ味わったのも昨年だ。このうえ大陸中国にだまされる経営者がいたら、ただの大バカだ。中国向け不動産投資は、投資保険の対象外とするよう、一刻もはやく法改正してほしい。でないと、大バカが中国のマンションに投資しつづけあげくの損失を公的資金で填補しかねない。==今年の抱負をホームページに書いたので、よろしければお読みください。http://www.f5.dion.ne.jp/~t-izumi/
Jan 2, 2006
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