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♥【ナンマイダー】♥今日から11月今月中にマイナンバーが各家庭に届くという。どんな番号が来るのだろうか。12ケタ全て同じ数字の人はいるのだろうか。カード通知が来てその後どのような手続きをするのだろうか。そのまま放っておいてもよいとのことだが仕事を途中で投げ出すようで気に喰わない。まだ頭のほうはしっかりしているからよいが、老人世帯だけのところは果たして理解できるのか心配である。次から次へと新しいものを出してもらうのはよいが団塊の世代が年を取ってきたら多くの人々が後期高齢者になるそれらの人々が何かにつけて理解できるかが心配だ。この便利になった世の中もう少し簡素にできる工夫がないのかと考えてしまう。猜疑心の強い私は今回の制度の裏で大儲けしている人々がいるのではないかと疑う。川柳に「マイナンバーナンマイダーと聴き違え」というのがある。 ♡ 明日またご縁がありましたらお会いしましょう ♡
October 31, 2015
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♥【化粧】♥小話に「隣の奥さんが交通事故に遭って顔がくちゃくちゃになったらしいぜ」「へぇーー」「せやけど整形手術で元通りの顔に治るらしいぜ」「そりゃー気の毒に」先日テレビで奥さんの顔に化粧をして別人みたいにして旦那さんが気が付くかどうかというモニタリングをしていた。整形手術をするまでもなく今は旦那さんでもわからないぐらいの化粧で顔を変えることができる。清水寺の管長さんであった、大西良慶さんはその著書で、「化粧ばかりしていて、腹の中が黒かったらそれは化けそこないになる。宗教を聞いて、腹の中に正しい道理を持って、相手に合わせていく、これが化粧である。お互い化粧を忘れてはいかん。教えがなかったら手出しをする。口出しをする。顔出しをする。そしてみんなに嫌われる。化粧にならん。せめて生きているうちだけでも嫌われんようにせよ。汚いとき心をとって、磨きをかけてなくてはいかん。顔を見たとき優しい顔を見せてくれる。優しい言葉をかけてくれるぐらいにならんとつまらん。せっかく人間に生まれてきたのだから勿体無い。」といっておられる。つまらない生活はしたくないものだ。川柳に「知らん顔そうか私は化粧前」「お化粧というより君のは変装だ」「逃がさない素顔を見たのはあなただけ」
October 31, 2015
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♥【金貯めて】♥「金ためて使う頃には寝たっきり」という川柳があるが、金はたまっていないので寝たっきりにはならないと思うが思うことが思うようになるには、自分の運命を良くすることだと教えられています。 諸葛孔明が司馬仲達を火攻めにしょうとしたとき、大雨が降って計画が成就しなかった。この時に諸葛孔明は 「事を謀るは人にあり、事を成すは天にあり」と言ったという。 私たちの現在の運命は過去の結果であり、これからの人生は現在の行いと心遣いが結果として現れてくるだけです。 自分に与えられた運命に感謝して、運命改善の全責任を自分に背負って努力したいと私自身が思っても思い通りにならないかもしれない。 ♡ 明日またご縁がありましたらお会いしましょう ♡
October 30, 2015
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今日もスポセンに行ってきた。健康はありがたいことだ。老老男女が多く来ている。ひと昔前であれば60代や70代がこれだけ運動するということは考えられなかった。ウォークマシンに乗りながらこのような小話を思い出した。「お婿さんが義母をスポセンに送り迎いしていた。義母はいつの間にか25メートルを泳ぎるまでに成長した。そこでインストラクターが言うには「お婆さんこれで三途の川も泳ぎ切れますね」そばで聞いていたお婿さんが「先生ターンだけは教えないでください」ってある本に効果的な歩き方 ということで1 歩くときは頭を上げ、背筋を伸ばし、かかとを地につける。 2 話をしながら歩く3 自分の最大脈拍数と心拍数を知ること。4 スピードは、5km/h・初心者は一日に20分・週4回 一週間づつ運動量を増やす。 5 靴を選ぶ……ランニング用の上靴 6 歩いてみて痛みを感じるところをメモしておく。 と教えられています。私もスピードは5km/hでほぼ毎日40分歩いています。これでどうなるのか結果は知りませんがその後のサウナやふろを楽しみに今日も通っています。たとえ25メートル泳げるようになっても三途の川を泳げるようになってもターンだけは覚えないようにしたいと思っています。 ♡ 明日またご縁がありましたらお会いしましょう ♡
October 29, 2015
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小学校の同窓会の幹事会に行ってきた。小学校は戦後のベビーブームの時の生まれだとか団塊の世代とか言われたが田舎のことで50名ぐらいの一学級で6年間を過ごしたためすぐに誰かが判り話も弾んだ。話の内容は同窓会のことは横において近況の報告会だったが病気のことばかりだ。私の気胸の入院の話から始まり、それぞれが血液サラサラになる薬を飲んでいるとか、前立腺だとか、首の軟骨が出ているとか、膝が痛いとか、内科・外科・整形外科・眼科・皮膚科・泌尿器科・耳鼻咽喉科の診察券をすべて持っているとか、病院で違う病院の診察券を出して「これ違います」と言われたとか、検査の後妻の優しさが気になったとか、病院のはしごだとか。こんなのを聞いていると私は健康だと思った。「あんたいくつになった」と聞く者がいなかった分安心して帰ってきた。 ♡ 明日またご縁がありましたらお会いしましょう ♡
October 28, 2015
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もう40数年も昔の話である。東京へひとりで出張した。初めて一人の大都会である。少々緊張していた。地下鉄に乗ったら懐かしいにおいがする。正露丸のにおいである。私は子供の時から腹が痛いといえば正露丸を飲まされ。歯が痛いといえば虫歯の穴に詰められた。あの強烈な匂いを嗅いで「ああ東京にも正露丸を使っている人がいるのだ」と思い緊張がほぐれた気がした。ホテルについて着替えを出してびっくりした。鞄の底で正露丸がつぶれていた。ずーとこのにおいをつけて東京を歩いてきたのだ。匂いに鈍感になり地下鉄を出てから感じなくなっていたのだ。これは母親が腹の弱い私が東京で腹痛になった時に困るといけないと思って鞄に入れてくれたものだった。「持って行け」と言っても拒否する息子を思っての行為で鞄の底に忍ばせたものだったのだ。『父母恩重経』というお経に、親に対する恩が説かれている。1懐胎守護の恩……胎内の子育て2臨生受苦の恩……出産の苦しみ3生子忘憂の恩……出産の喜び4乳哺養育の恩……授乳の工夫5廻乾就湿の恩……就寝の工夫6洗灌不浄の恩……衛生の心遣い7嚥苦吐甘の恩……食事の心遣い8為造悪業の恩……子どもの為なら 悪業も厭わず9遠行憶念の恩……遠く離れた子を思う心10究竟憐悠の恩……生存中も死後も 子を守ろうとする心 である。親というのは無償の愛で子どもを育てるのである。母親も齢90歳で弱ってきた。今一度このお経をかみしめたい。 ♡ 明日またご縁がありましたらお会いしましょう ♡
October 27, 2015
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♥【テレビ】♥ 今の子に黒電話を見せて電話をかけなさいというとダイヤルの穴の番号をおさえるらしい。私の子供のころは家に電話はなかった。集落に1台電話があり放送で「だれだれさん電話がかかっています」と呼びたされると電話のある家まで行って電話に出たものだ。それが昭和40年代の初めである。このころは何気ない用事でも電報が来ていた。それから集落電話になり5軒で回線が一つで隣近所が使っていると家の電話が使えない。受話器を取ると話し中であり、その話もまるきこえであった。それから1軒ごとの電話になり、色もカラフルになりコードレスになりガラケーになり、スマホになった。50年でこれほどかわった。最近ラジヲのAMチャンネルをFMでも放送するという。都会ではビルの谷間で聞きづらいところがあったのだという。田舎に住んでいる者には意外な現象だった。テレビもそうだ。私の家にテレビが入ったのは昭和34年である。当時は白黒で映りが悪くよくテレビの横をたたいたものである。一家に1台でチャンネル争いを妹として負けると頭に来て窓ガラスを割ったこともある。昭和39年にカラーになり、それ以後日進月歩を続け映りは抜群になった。昨夜のテレビドラマ『下町ロケット』の技術屋さんの寝食を忘れた努力のたまものだ。今では我が家だけでも8台ある。部屋ごとにテレビがあるといっても過言でない。それぞれの部屋で一緒の番組を別々に観ているときもたまにある。チャンネル争いはしなくてよくなったが家族の会話がなくなった。悲しいことだが我が家にテレビのない哀れさ、寂しさ、よその家で小さくなってテレビを見ていたことを経験している自分にとっては今の生活に大満足である。 ♡ 明日またご縁がありましたらお会いしましょう ♡
October 26, 2015
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♥【100円玉】♥Aさんという小説家が昔書いていたエッセイである。AさんとBさんが酒を飲んでいてそこでBさんが言うには「私とCさんとDさんの3人で大阪から東京に行くことになった。朝から3人がくだらない洒落ばかり言うので今から東京に着くまで洒落を言ったら100円の罰金を取ろうということになり新幹線に乗った。すぐに車掌が車内改札に来て一礼をした途端Cさんが「♪車掌さんが出てきてこんにちわ 皆さん改札頼みます」と洒落を言った。それを聞いたDさんううっとした顔をしたね」というとまたしばらくAさんとBさんが飲み進めた。するとBさんが「私とCさんとDさんの3人で大阪から東京に行くことになった。朝から3人がくだらない洒落ばかり言うので今から東京に着くまで洒落を言ったら100円の罰金を取ろうということになり新幹線に乗った。すぐに車掌が車内改札に来て一礼をした途端Cさんが「♪車掌さんが出てきてこんにちわ 皆さん改札頼みます」と洒落を言った。それを聞いたDさんううっとした顔をしたね」Aさんはこの時思ったという「ああ歳はとりたくないなぁ、Bさんは先ほど話したことを忘れているのか、それとも酒がまわってきたのか?同じ話を始めたよ」と思ってお猪口を口に持っていったとたんBさんが「それでなぁCさんの手にはすでに100円玉が握られていたんやで、ふとDさんの手を見たらなんとDさんも100円玉握っていたで」これを読んで笑った。笑ったと同時に私とこの4人が一体になった気になった。ちなみにAさんBさんの名前は忘れたがCさんDさんは6代目笑福亭松鶴師匠と3代目桂米朝師匠の在りし日の話である。 ♡ 明日またご縁がありましたらお会いしましょう ♡
October 25, 2015
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♥【憐み】♥ 古い本に草柳大蔵さんが書かれていたことである 「「お遍路さんこれあげる」と小さな掌を差し出した。掌の中に汗に濡れた50円玉が光っていた。はじめての喜捨を受けた青年が、怪訝な顔をすると少女は「お母さんが、これで何かを食べなさい。でもお遍路さんが来たらあげるのですよと言ったの」と言い50円玉を渡すと、また校庭の遊びの群れに戻っていった。母親が子供に50円を渡すのも「憐み」なら、その子が母親のいいつけどおりお遍路さんに、その金を渡すのも「憐み」である。」 今自分が食べようとしている握り飯を食べれば1時間ぐらいで満腹感は終るが、それを餓えている人に差し上げれば一生忘れないでいてくれるでしょう。 ♡ 明日またご縁がありましたらお会いしましょう ♡
October 24, 2015
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♥【げ】♥ 煩悩というのは、 貧(とん)……物や名誉を際限なく欲しがる。瞋(しん)……憎しみ怒る心 痴……物の道理をわきまえないで迷う心であり、私たちの心はこの煩悩のほかにも、私欲・情欲・傲慢・強情・負惜しみ。不平・不満・形式的な謙遜・色々とあるのが人間の心である。出来るだけ多くの時間これらの心を浄化したいものである。本能が濁ると煩悩になるのである。ホンノーがボンノーにならないように気つくべきである。おれがおれがの我を捨てておかげおかげのげで生きよ ♡ 明日またご縁がありましたらお会いしましょう ♡
October 23, 2015
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因果犬が西向きゃ尾は東雨にふられりゃ着物が濡れるつねりゃ痛いし叩けば腫れるこれらは、どのような共通点があるでしょう? そうです。原因と結果です。原因があるから結果があるのです。今の結果は以前の原因の結果です。今の結果が未来の結果の原因になるのです。今の結果とはなんでしょう? そうです。日々一瞬一瞬今・ここにおいてやっている行いと心遣いです。これが未来のあなたの結果になって現れてくるのです。どのような行いやこころづかいをすればいいのでしょうか? そうです。慈悲の心をもって人に接し、自分に反省を繰り返すことです。慈悲心とはどのようなことですか?自分に反省するとはどういうことですか? ♡ 明日またご縁がありましたらお会いしましょう ♡
October 21, 2015
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かつて通勤をしていた時7時13分に家を出て7時22分のバスに乗り7時40分にバスを降り、そこから20分歩いて職場に着き(運動のため相当手前のバス停で降りていた。)一応仕事をして、17時15分に職場を出て、20分かけて歩き、17時37分のバスに乗り、18時にバスを降り18時05分に家に着き、22時に寝る。これが私の生活パターンでした。 『無門関』という禅問答の書物にという公安がある。坊さんは鐘の音で何故衣を着るのか?という問答である。昨日も友人の見舞いに言って来た。59歳で脳溢血である。幸い後遺症は残らないとのことであるが、入院や病気は日常していたことが出来なくなる。時間が来れば時間どおりの動きをして、日常茶飯事変わりなく勤める。これが尊いことである。 ♡ 明日またご縁がありましたらお会いしましょう ♡
October 21, 2015
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♥【犬が吠えた】♥農夫が牛を曳いて行くと新品の靴が片方落ちていた。いくら新品でも片方では使い物にならないと思いそのままにして、暫く行くと、もう片方が落ちていた。農夫は牛を木にくくり付けて先ほどの靴を拾い戻ってきたら、牛が盗まれていた。という。これを読んだとき、小学校で習ったイソップ物語の橋の上の犬を思い出した。犬が肉を咥えて橋の上から川を見ると肉を咥えた犬がいた。吠えたところ骨を川に落としたというものだ目先の欲にかられると、こういう目に遭う。ご用心ご用心 「落ちていく奈落の底を覗き見んいかほど深き欲の穴ぞ」 ♡ 明日またご縁がありましたらお会いしましょう ♡
October 20, 2015
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♥【大 漁】♥朝焼小焼だ大漁だ大羽鰮(おおばいわし)の大漁だ。浜は祭りのようだけど海のなかでは何万の鰮のとむらいするだろう。 はじめて、この詩を読んだときには身体が震えたのを覚えている。この詩を読んだのは金子みすゞの詩がCMで流される何十年も前のことだ。それまで現実と真逆にあるものは全く見えていない生活をしていた。自分の見える範囲 考えが及ぶ範囲のことだけで生活していた。このような考えもあるのだ。このように逆の世界もあるのだということをこの詩から思い知らされた。それ以来少しは視野が開けた見方をできるような気になって生活を続けている。 ♡ 明日またご縁がありましたらお会いしましょう ♡
October 19, 2015
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ある山で火事が発生した。そこに棲むシシやトラや象たちは懸命になって消火に努めるが、火勢はつのるばかりであった。さすがに巨獣たちも、ついに力尽きて安全な岩陰に隠れて山火事を傍観するばかりであった。その時巨獣たちが驚いたのは、羽に火傷を負った一羽の小鳥が遠く離れた沢の水を傷ついた自分の羽に乗せては火事場に運び、消火に努めた。彼らは小鳥の行為を嘲笑するが小鳥は答える「私の力で不可能なのは、よく知っています。しかし大切な山が焼ける というのに出来ないからといって、そのまま傍観は出来ません」釈迦は、この比喩を告げておもむろに人々に法を説く。「おん身らは、必ずや巨獣たちの行動を是認して、小鳥の行為を愚挙として笑うであろう。しかし、この小鳥の願いと行為こそ菩薩の智慧と慈悲に他ならない。」 永遠なるものを求めて永遠に努力する人を菩薩と言う高田好胤師 ♡ 明日またご縁がありましたらお会いしましょう ♡
October 18, 2015
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50日ぶりに 肋骨骨折から気胸になり入院し退院し養生して50日目少しばかりよくなったのでスポセンへ行ってきた久しぶりに汗をかいてきた若いインストラクターがすぐに飛んできた「しばらく見なかったですがどうされていたのですか?」「入院していました」「けがですか」「栄養失調です」 >^_^^_^
October 17, 2015
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かとうみちこさんの詩に ♥めぐりあいの讃詩♥友よあなたとめぐりあえたから わたしは生きる勇気をもてたのです友よあなたとめぐりあえたから 私は共に学び 共にたかめあうよろこびを知ったのです友よあなたとめぐりあえたから わたしはわたしの 役割を知ることが出来たのです 友よあなたがしかってくれたから あなたが導いてくださったから あなたが一緒によろこんでくださったからやっとここまで歩いてくることができました このよろこびを この感謝をどうして伝えたらよいのでしょうかいったい何をお返ししたらよいのでしょうかかけがえのない友よあなたよ…… とある。あるお寺に行ったときに日めくりを売っていた。そこには一日ごとに標語が書かれている。そのうちの一つに「迷ったおかげでいい人に巡り合えたのです」と書いてあった。それを買い求めた。なぜかといえば50年も昔の話だが高校進学の時に二つの学校で迷った。結局卒業した学校に進学したのだがこれが正解だった。今でもその親交は続いている。2-3人とは、ひと月に一回会い奈良・京都方面や名古屋に出かけている。正月には10人ぐらいが集まり新年会を毎年行っている。共に学び・ともに高めあい・役割がわかったのです。感謝です。いい人生です。 ♡ 明日またご縁がありましたらお会いしましょう ♡
October 16, 2015
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古今亭志ん生師匠の小噺を聴いたネズミの娘がお嫁に行ったが離縁して出てきたそこでお母さんが「どうしてあんないい家で務まらなかったの」と聞いた。「お婿さんが嫌になったの?」「いいえ」「お義母さんとうまくいかなかったの?」「いいえお母さんはとてもいい人で優しい言葉で毎日声をかけてくださいました」「それじゃどうして離縁してきたの?」「お母さんの猫なで声が我慢できなくて」って皆さん即座に笑っている声も録音されている。最初きょとんとしたが暫くして理解できた私は少しずれているのでしょうか? ♡ 明日またご縁がありましたらお会いしましょう ♡
October 15, 2015
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「朝々日は東より出で、夜々月は西に沈ム雲収まって山骨露われ、雨過ぎて四山低し畢竟如何」 と道元禅師は言われました。私たちが一生懸命働き、働き働きぬいても、病気で寝ていても、朝になれば日は東から昇り月は沈むのです。雲が無くなれば山は現れ雨の後は四方の山は近くに見えるのです。大自然の理というものはすべてにおいて定まっているのです。どなたが定めたものかは分かりませんが一定不変の法則は大自然に現前するのです。 その中で生かされている人間としてはこの法則に則って生きなければ退化するのです。この法則に則り慈悲の心で生きていけば進化するということも自然の法則のひとつです。 ♡ 明日またご縁がありましたらお会いしましょう ♡
October 14, 2015
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光と闇 詩人 坂村真民さんの詩に 光と闇 光だ光だという人にはいつしか光が射してくるし闇だ闇だという人にはいつまでも闇が続くとある《好幹の感想》前向きに、プラス発想で生きてゆこう。二度とない人生だから!下の図はルビンの壺といって心理学ではよく用いられるものである。右の図の黒い部分を見ると人が二人向き合っており白い部分を見ると壺に見えるというもので一つのものでも見方によって違うと教えられている図である。光だ光だといって生活するか、闇だ闇だといって生活するか、それはあなた次第です。 ♡ 明日またご縁がありましたらお会いしましょう ♡
October 13, 2015
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〔フジテレビ系「料理の鉄人」では、審査員として「おいしゅうございます」の名セリフで人気を博す。 料理記者歴50年〕 以下は今年9月22日に逝去された岸朝子さんの言葉である。 「終戦直後の昭和20年代は、とにかく食べれればいいという「胃袋時代」でしたね。それから30年代に入って「舌で食べる時代」に入ります。この時期はいわゆる高度成長期でインスタントラーメンが生まれ、日本人一人当たりの米の消費量が減り始める(昭和33年)というエポックでもありました。40年代には「目で食べる時代」フレンチ・イタリアンなどがブームで、盛り付けや器に凝るようになりました。一方でカップラーメンがヒットし、コンビニの第一号店が出来たのもこの頃ですね。50年代は「頭で食べる時代」考えて食べるという意味です。体に必要なものをきちんと摂れるようになりましたが、食べすぎが増えた結果糖尿病が100万人を超えた時代でもありました。」「振り返ってみると、40年代の食生活のパターンが最も理想に近かったといわれます。摂取エネルギーの比率がたんぱく質15%・脂肪25%残りの60%が炭水化物というバランスですね」「平成14年に厚生労働省が発表した平均寿命の「年齢階級別調査」では、35から44歳男性の死亡率は沖縄県が第一位になっています。これは、米軍統治の時代に本土より早く食生活の欧米化が始まり、特に男性は外食が多いため動物脂肪や塩分の摂取量が増え、それまで少なかった生活習慣病が増加した結果なのです。沖縄には、もともとチャンプルー(炒め物)やンブシー(味噌煮)などの伝統食がありました。そういうものが敬遠されるようになった結果ともいえます。その証拠に、今も伝統食を食べ、農作業や漁業の労働で一日中体を動かしているお年よりは、相変わらず元気で、60・70は子ども扱いされるくらいです。沖縄一の長寿村といわれる大宜味村では「80はサワラビ(童)、90になったて迎えが来たら、100まで待てと追い返せ……なんて宣言の碑があるのですよ。」「沖縄の豆腐は「島豆腐」と呼ばれ、本土の豆腐より水分が少なく栄養価も高いのが特徴です。これを汁物・チャンプルー・ンブシー・揚げ物という風に、いろいろと調理して毎日食べています。(中略)それから、できるだけその土地で採れたものを食べる「地産地消」の考え方を見直すこと。そういう意味からも、主婦が台所に立たなければ何にも始まりません。動物だって、子どもに食べ物のとり方を教えます。人間が動物と違うことは火を使って食べ物を調理することですから、それを教えてこそ人間の親としての教育だといえます。“おふくろの味”が教育であって、レトルトやインスタントの“袋の味じゃだめねぇ”」「料理をつくった人にも、食材を捕ったり育てたりした人にも、火の神様にも、心から感謝して“おいしゅうございます”」 ♡ 明日またご縁がありましたらお会いしましょう ♡
October 12, 2015
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♥【一生懸命】♥坂村真民さんの詩に「一生懸命! わたしはこの言葉がとても好きです ひとところに いのちをかける ここまで辿りつくのが 大変だが 辿りついたら もうしめたものでこわいものはないですね あの不動明王の 大火焔のようなものが いつも体にわいて とても愉快です」 とある。 不動明王は八方照らすといわれている。不動心といわれる如く、一度これを身に付けるとどのような変化にも、対応して行けるという。 真民さんは、一生懸命に命をかければこの不動心が身につき愉快であるといわれている。 わたしも60数年一生懸命に進んできた。つもりである。退職後数年燃え尽き症候群に陥っているが、まだまだ頑張らねばとこの頃燃えてきている。暑さ寒さにも負けずに、社会のどのような変化にも対応できる不動心を身につけ世のため人のためにがんばりたいと考える日々である。人生まだまだこれからですよご縁がありましたら明日またお会いしましょう
October 11, 2015
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♥【生きる】♥加藤美知子さんという人が言われた言葉に 「とにかく、生かされている限り生きてみよう人間は生きることを拒否すると、体の細胞は死ぬ方向に行く。希望やロマンに向かっていくと細胞はみるみる生きてくる。私は自分の生命力を信じています。一生懸命生きていて、世の中が必要とする人間であるなら神が生かしてくれると思います」とある。 まだ生かされているうちから死など考えるのは全く無意味である。希望やロマンを持っていればどんな環境であっても生き生きと生きることができる。戦後シベリアに抑留された人々のうち還って来た多くの人は、日本に帰るのだという強い希望が会ったと聞いたことがあります。悪い条件を逆によい方に使う心遣いをする。悲しみや苦しみは幸せを一層深く感じさせるための”隠し味”です。 ご縁がありましたら明日またお会いしましょう
October 10, 2015
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下駄買う人も売る人も 雪解け道のぬかるみを杖にすがって とぼとぼと歩み来たれる老婆あり行き来の車馬の絶えざれば向こうの側へ行きかねつ老婆の前を右左行き交う男女の多けれど北風寒き街の辻身なりいやしき老婆には手を貸す人もあらざりき米屋の小僧お得意へ米を運びし帰り道ひらりと降りて自転車をかどの下駄やに預けおきすぐに老婆を導きぬ歳の若きに感心なかくゆう声を後にして小僧は乗りぬ自転車にくにに 母親残すらん彼の瞼に露ありき下駄買う人も売る人も下駄屋にありし人はみな彼の姿を見送りぬさとすべき子にさとされし小さな悔いを抱きつつ 高田好胤著『道』より
October 9, 2015
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孔子が諸国を巡歴し太守の哀公に挨拶に出たとき哀公は孔子の旅の疲れを慰めようと、最愛の女房を忘れて引越しした家来のことを話した。孔子は言葉静かに「妻を忘れても思い出すから、よろしいでしょう。しかし一番大事な自分を、どこかに忘れて忘れ放しになっていないでしょうか」 と言ったという。私たちも日常の忙しさにかまけて、大切な自分自身を忘れていないでしょうか? 忙しいとは、心が亡ぶと書きます。 毎日毎日自分を見つめなおす、時間が必要でしょう。親に心配をかけていないか?他人に迷惑をかけていないか?自分が自分を自分しているか?毎日見つめたいものです。最愛な人を忘れて引越ししない為にも By GT-ONE&MUON縁がありましたら明日またごお会いしましょう
October 8, 2015
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決断考える昔二人の男が江戸に来て水を売っている人を見かけ、一人は「江戸と言うところは水を売ってでも商売になる。チャンスがある」と思い、江戸で商売を始め成功した。 もう一人は「江戸じゃ田舎で只の水も買わなければ生活できない」と田舎に帰ったという。 また、靴をアフリカに売りに行った時に裸足の人々を見て一人は「100%売れる」と思い、他の一人は「100%売れない」と思ったという。 同じ水を飲みながら、蛇は毒を出し、牛は乳を出すとも言われている。 ひとつの行為を見て、一つの行為をして私たちは毎日毎日どのような結果や結論を出しているのか? 自分自身も考えよう。うーーーん ご縁がありましたら明日またお会いしましょう
October 7, 2015
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杞憂周代 杞の国の人が、天が落ちて来はしまいかと心配ばかりしていた人が居たという杞憂の語源であるが、ある時の東京からの帰りに思った。 東京は、人人人である。吉祥寺の方で住んでいたので、よく新宿や渋谷に出かけた。このとき思ったのも東京は遊びに行く場所であるが、決して住む場所ではないと思った。東京湾を埋め立てビルを建て、高層建築物が鉛筆のように立ち並んでいる。ビルの5階ぐらいの高さのところを高速道路が走り、その下に家が並んでいる。車が落ちてきたらどうなるのだろう。静岡に入れば海のすぐ横を東名高速道路が走っている。南海トラフが騒がれているが津波が来たらどうするのだろう。愛知県に入れば工場の煙突からもくもくと煙が出ている。公害は大丈夫なのだろうか。天は落ちてこないだろうが、人間はこのようなものを作ってどうするつもりなのだろうと、杞憂する By GT-ONE&MUONご縁があれば明日また会いましょう
October 6, 2015
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私はある時期東京で北は北海道から南は沖縄までの人々と寝食を共にしました。 その中で秋田県・新潟県・岡山県・長崎県の人とは部屋も同じでした。この人々は現役を引退されていますが、ふたりは市会議員をしています。今でも、切っても切れない付き合いをしています。また、東海地区の愛知県・岐阜県そして近隣の静岡県・滋賀県の人々とは数年に一度会って旧交を温めています。3年に一度は全国から一堂に集まります。私の人生の中でいい経験を積ませていただきました。しかし、人生には出会いもあれば別れもあります。これが人生の常です。高校時代の友達と卒業と言う名の下に別れるのが辛く18歳の時禅宗のお坊さんに「別れが辛いです」と訴えたところ「別れの寂しさの中に、頑張って生き抜きなさい」との返事でした。 出会いと別れ、人生の常ならば、素晴らしい出会いを多くして、どうにもならない別れの時には寂しさの中に頑張って生きていきたいと考える今日この頃です。
October 5, 2015
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人間は 1 いなくては困る人 2 居たほうがいい人 3 居てくれない方がいい人 4 死んでしまえばいい人 に別れるという。一人の人に対しても、見る人からすれば、居なくては困る人でも、居てくれないほうがいいと見るかもしれない。 勿論自分にとっては、他人からは、居なくては困る人にならなければと思うのだが、ひょっとしたら死んでしまえと思われているかもしれない。どうでもいい人間ではなく居なくては困るといわれる人間になりたいものだ。昨日お寺で永代供養が開催された。私の家は浄土真宗高田派である。親鸞聖人が開祖である。お経をつとめその後の説法の中で松井憲一先生からこういう話を聞いた。「私はどれだけの人に愛され、どれだけの人に好かれ、どれだけの人に感謝されている生活をしているか」 By GT-ONE 今日もお越しいただきありがとうございました 明日またご縁がありましたらお会いしましょう
October 4, 2015
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決断毎日のささいな選択……これが未来を形づくっていく決断 1 決断や選択が、自分自身の価値を高める。 2 決断や選択が、他の人にも益をもたらすか どうか3 決断するチャンスを逃さないこと。4 決断に失敗や不安を与えないものである こと。 7割方成功と思えばやってみること。 学生時代に、恩師が「Aは壊れた橋でも渡る」「Bは橋を叩きすぎて壊してしまう」「Cは石橋を叩いて、渡る」「好幹は石橋を叩いて、大丈夫だと思っても渡らない」と優柔不断の私に言われた。あれから五十数年そうかもしれない。決断が、選択が7割方成功すると思えばトライすべきだ。うん 今日もお越しいただきありがとうございました 明日またご縁がありましたらお会いしましょう>
October 3, 2015
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今年は紅葉狩りに行けそうもありません!毎年奈良や京都の神社仏閣に紅葉狩りに行っていた今年は体の都合で行けそうもありません月末になれば何とかなりそうな気もしますが。まだまだ本調子ではありません早く良くなって行きたいと思います私のモットーは行ける時に行ける人と行ける所へと言うことで毎月あちこちへ出かけておりましたが先月それがとざえました悲しいことですが治ればまた行きます By GT-ONE 今日もお越しいただきありがとうございました 御縁がありましたら明日またお会いしましょう
October 2, 2015
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今日から10月秋本番である短い秋はあっという間に過ぎ去りまた厳しい冬が来るどうもこの分で行くと今月も養生のままで終わりそうだ時々肋骨が痛むまだまだスポセンには行けそうもない肋骨骨折だの気胸だのと言うのは完治するからいいが入院がショックだった小学校・中学校9年間の皆勤が自分の誉であり、健康に産んでくれたことを両親や祖先に感謝してきた入院する羽目になったのは自分の不徳の致すところだが感謝の念が薄れていたことにもよると反省している By GT-ONE
October 1, 2015
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