2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全20件 (20件中 1-20件目)
1
ヨン様が来日して、帰って行きましたね。来日した日には、ファンのおばさまが怪我をされたという事件が起きましたが、あれは、なんだか思わずいろんなアングルで見てしまった出来事でした。始め、確かドラマ「冬のソナタ」が口コミで人気を博して、あっという間にヨン様フィーバーが起こったのですが、その後のフィーバーがあまり大きかったために、何となくヨン様については「作られた」フィーバーであるかのような気がして、白状しますと、ワタクシなどは「ホントにヨン様ファンのおばさんなんているのかい」なんて思っていたんですが、これはもともとドラマの人気がじっくり広がったことを忘れていたからこその考えだったと言えるでしょう。どうも、テレビがあんまり取り上げると逆に「これってテレビが作り出してるんだよな」なんていう風に勘繰ってしまうのは、我ながらよくないことです。だってねえ、あまりにも露骨に取り上げてたもんだから。お笑い番組で、ヨン様をネタにしたコントを何本見たか知れないってくらいでしたから、つい。ところが、ヨン様を見に行く韓国ツアーは、おばさまを中心に本当に盛況のようですし、(それにしても、韓国でのイベントなのに、お客の8割が日本人って)空港での大フィーバーの様子などもテレビで見てみると、どうもこれは「マジで」起こっていることのようだと、ワタクシも認識を改めた次第です。で、それには納得したのですが、問題の、おばさまが怪我をされたという、ヨン様来日の時の映像をテレビで見てまして、どうも異常に思えた点がひとつ。それは、ヨン様の乗った車に駆け寄るおばさまが、「ヨン様~! ヨン様~!」と絶叫していた声でした。ええー!? 「ヨン様」って。「ヨン様」ってのは、日本のマスコミが勝手に彼につけたあだ名なのですよ?マスコミってのは、有名人をいかに換金するかってのが商売なのですから、有名人に勝手にキャッチーな名前をつけるもんですよね。その方が、例えばスポーツ新聞の見出しがタイトに決まりますから。「ヨン様」と3文字書くだけで「ああ、ペ・ヨンジュンね」と思わせることができます。ワタクシのような、彼自体には関心のない人でも、3文字なら覚えられるかもしれません。「キムタク」とか「番長」とか「ナベツネ」とか、全部そうです。キャッチーで覚えやすい。有名人の名前はそうでないとダメなのです。「木村拓哉」や「清原和博」や「渡辺恒雄」では、一般人かと思ってしまうだろうという、ありがたーい、ご配慮なワケですね。で、多分ですけど、呼ばれる本人は、この名前を喜んでないと思うのです。だって、解りますからね。私達マスコミは、アナタをいかに換金するか考えた結果、こう呼ぶことにしましたからね、っていう、なんというか、愛情のないネーミングだということが。確かキムタクも、「おれをキムタクと呼ぶ奴は、おれの味方じゃないと思ってる」というようなことを言っていたと思います。だから、多分、キムタクのファンの人は、彼のことをキムタクとは呼ばないと思うのです。(たまたま彼のラジオ番組を聞いたら、ファンの人のお便りでは「拓哉くん」で統一されてました)多分、清原選手のファンの人は、あんまり「番長」とは呼ばないと思うのです。(これは、キムタクの場合よりは、自信ないですが)そして、ナベツネのファンなんて人のことは、考えなくていいと思うのです。で、「ヨン様」。「ヨン様~! ヨン様~!」と叫んだおばさまは、多分、ヨン様のファンなのでした。と、すれば、ヨン様に嫌われたくないわけです。なるべくは好かれたいはずです。なのに、なんで「ヨン様」なんて呼ぶのか!?ましてや韓国の方なわけですよ?「ヨン様」なんて叫ばれて、自分のこととは思っていないかもしれない人を相手に、なぜ?少しはNHK教育ハングル講座でも見て、「ヨンジュン、サランヘヨ~(これで正しいのかどうかは、ワタクシ、知りません)!」くらいのことを言ってみてはどうかと思うのですが。つらつら愚考しますに、これはどうも、おばさま方の世代では、もっとテレビやマスコミに権威があったということなのかと思うワタクシなのでした。さきほどワタクシが展開したような、テレビを、マスコミを、うがった見方でとらえるような論と言うものは、おばさま方の時代には考えることもなかったのですね。だから、テレビが「ヨン様」と呼べば、それが正しい呼び名だと、疑うこともなく受け入れられる。それですんでいるわけですので、ま、問題ないと言ってしまうこともできるのですが、ワタクシなどはどうしても、ある面テレビに完全に心を許したりはしないぞと思っている精神状態の方が健全だと考えてしまいます。そう思って見ていると、ヨン様が日本のマスコミの前では「冬のソナタ」で演じた役のイメージを決して損なわないような格好だけをすることも、なんとも意味ありげに思えたりするわけです。次の仕事って、なかなかやりにくくなるんでしょうねえ。
2004年11月30日
コメント(2)
the CRAZY ANGEL COMPANYさんのリストランテ・アンジェーロが亀戸であると聞きつけ、観に行きました!ここでもう一度復習です。「the CRAZY ANGEL COMPANY」は、団体名。「リストランテ・アンジェーロ」は、そんな彼らがコックやウェイトレスさんのカッコをして、演奏しつつパレードするという、出し物の名前です。いいですか!? よく解りましたね?・・・(CAのみなさまの方を向いて、小声で)合ってます? 合ってますよね・・・?ということで、亀戸に来ました。亀戸に来たということはぁーっ?やっぱ、まずはこれでしょ。亀戸餃子に突入!亀戸駅すぐの餃子の専門店。食べ物は餃子しかなく、最低2皿以上を注文しなければいけないので、カウンターにつくと何も言わなくても餃子が出てくるのが、おもしろいです。そしてぇーっ、亀戸餃子に来たということはぁーっ?当然、ビール。昔は「関東ビール&餃子の会会長」を名乗ったこともあるワタクシです。飲まいでか!・・・いや、でも、昼酒で酔っ払っちゃうとマズいから、小ビンにしときましょう。ビールで喉を潤しながら、餃子を1個また1個。パリッとした皮の焼き加減が最高です!あ、でもね、前にも書いたように、その後このお店でパイカルの美味さを知ったんで、それからはパイカル&餃子なワタクシですが、今日はさすがに、それは。いや、あんな強いお酒を飲んで、酔っ払っちゃうとアレですから。なにせ、今日は別の目的があって来たわけですからね・・・。ええ、どうぞ、お構いなく・・・。・・・。別に誰も構ってませんね・・・。あ、でも、カウンターの向かいに座った二人客が、20歳過ぎくらいのイケメンとそのオヤジって感じなんですが、オヤジの方が「飲んだことないけど、これ、飲んでみようかな」なんて言いながらパイカルを注文してます・・・。で。出てきたパイカルを一口飲んで、あ、顔をしかめた。そりゃあ、そうです。飲み口のわりに強い酒なんですから。今度はイケメン君が一口。あ、首をかしげた。もう、見てらんない!(↑このセリフは、かの超有名FLASHアニメーション吉野家ゴルゴ調で!)こんな日でなければ、ワタクシが即座に正しいパイカルの飲み方を超クールに教えてあげるのに・・・。命拾いしましたね、イケメンとそのオヤジ・・・。ああーっ、こんな日でさえなければ・・・。本当に残念です。本当に本当に本当に本当に・・・「パイカルください」・・・あ、思わず頼んじゃった・・・。ん、まあ、アレですよ。頼んじゃったものは仕方ないですからね。ワタクシも鬼じゃないんだし、飲みますよ。本当はね、今日は絶対酔っ払っちゃいけないんですけど、君達イケメン親子に正しいパイカルの・・・いないし!風のように消え去ったイケメン親子。彼らなくしては、このパイカルに意味などないはずなのですが・・・。ですが、ワタクシは、飲みます!だって、出されたものを残しちゃダメって、ママンが言ってたもん!・・・うめー(←ダメオヤジ)。結局あっさり酔っ払って、ふらつく足で亀戸餃子を後にするワタクシ。外に出ると、よく晴れた日ざしが、あまりにもまぶしかったのでした。・・・ふわああ、ねむー・・・。イ、イカンイカン!! イカンよー!!目的忘れるとこだったー!!亀戸十三間通商店街は、この日から「どっかんセール(ステキなネーミング!)」を開催。CAのみなさまは、その一発目の賑やかしと言うことで、歩行者天国になった通りをパレードします。セールの宣伝のため、ビラ配りのメンバーが数人いました。かねてから、リストランテ・アンジェーロのパフォーマンス形式はチンドン屋に似ていると思っていたワタクシですが(ある日急に街に現れては、お祭りの空気を作り上げてしまう辺りは、まさに同じですね)、今日のは、ビラをまく辺り、いつもよりさらに似ているなあと思いました。(事実、来週は「ネオチンドン・かぼちゃ商会」さんが来るそうです)まあ、それはワタクシの勝手な考えで、アンジェーロはいつものアンジェーロ。演奏と一緒にハイテンションの掛け声が響き渡ると、あっと言う間に沿道に人があふれました。「今まで、どこにいたの?」って感じです。ワタクシは最初「イベントにしては人の出がイマイチかも・・・。 CAのみなさんも苦戦するのでは・・・?」と思っていたのですが、全然心配無用でした。「サンバ・デ・ジャネイロ」「風になりたい」「聖者の行進」「散歩」など、おなじみのナンバーが繰り出されるたび、通りがかる人々の足がハデに止まっていきます。人を巻き込むハイテンション、そしてパワー。楽しさ。演奏形式や楽器の特性など、モチロン違う点は多いのですが、そういうことは抜きにして、同じ路上で人の目を引くククリで考えれば、チンドン屋として学ぶべき要素は非常に多いです。ワタクシはチンドンでこれができるようにならなければいけないわけです。んまー、今はそーゆーこと考えられるレベルではないので、いずれはってことですがー。パレードは楽しく観たのですが、帰りの電車の中では、ついそういうことをマジメに考えてしまいました。本当はシリアスな好青年のワタクシです。んま、考えすぎた結果として、電車の中でグーグー寝てしまったわけですが、これはモチロン、パイカルのせいですので、ワタクシの人間性には何の傷もつかないと言いますか・・・。
2004年11月28日
コメント(6)
いよいよチンドン太鼓デビューです。本日は、師匠のミカさんは池袋で別のお仕事。サオリちゃんとワタクシが、地元西荻での仕事でした。朝8時過ぎに師匠の家に到着。サオリちゃんはすでに着物姿。そろそろ出発しなければならない師匠は、テンパッていました。ワタクシはワタクシでテンパッていたため、黙々と化粧に入ります。師匠は、テンパッたまま、出発。ご自分の仕事に加え、ワタクシのデビューについても、ご心配をおかけしていることでしょう。ありがたや、申しわけなや、ありがたや、申しわけなや。そうこうするうち、本日の楽士さん・クラリネットのサトウさんが登場しました。本日のメンバーのうち、最もキャリアを持った方で、ワタクシは、生きるも死ぬもこのお方次第、まさに「お命預けます」状態なのでした。初対面でしたが、すかさず土下座をして助けを乞います。地元のお仕事なので、師匠の家からチンドン太鼓をつけ、徒歩で会場へ。本日のお仕事内容は、障害者ふれあいトーチラン(つまり聖火リレー)の賑やかし。聖火リレーよりも先にコースを周り、5箇所あるチェックポイントで、演奏して盛り上げるというもので、朝10時過ぎに打ち出して11時半頃には終了という、やけに労働時間の短いお仕事です。1日フルタイムのお仕事と比べれば、多少は気が楽ですが・・・。演奏が下手くそなのは、これはもう、今の段階ではどうしようもないことです。今後練習して上手くなるしかないわけで、それまでは「下手くそ」と言われるしかないわけで、これは仕方ない。ですが、チンドン太鼓の担当ということになりますと、一応はその日の一座の先頭を歩くわけであり、口上を述べるわけであり、演奏をいつ始めていつ止めるというような、全体の進行を担当するわけで、その辺を上手く見極める自信がないのが、辛いところです。ですが、そういったことは、すべて場数を踏んで覚えるしかないのだと無理矢理自分を納得させます。集合場所には、トーチランに参加する子供達が、思ったよりたくさん集まっていました。その場で演奏を始め、開会式をやっているうちに、一足早く出発。コースを先にたどって、チェックポイントを目指します。チェックポイントで、しばらくとどまって、演奏と応援の掛け声の練習。本隊に追いつかれては、シャレにならないので、多少急いで進みましたが、これが急ぎすぎ。やや本隊を置いてきぼりにしすぎてしまったので、しばらく本隊を待ちました。で、待ってみると、今度は追いつかれそうになって、急いで進んでしまいました。本隊との間隔をキープするのは、かなり特殊な挑戦であり、難しかったです。西荻駅の北口へ回り、ワタクシが毎日駅まで歩いている道へ。何となく、ここでは失敗が許されない、という気分になります。いや、モチロン、どこでも失敗は許されないのですが。そこからは、まずまず適度な間隔を保って、ゴールの蕎麦屋さんの前まで。チンドン太鼓の演奏については、時々テンポがキープできていなかったり、例によって日本の古い歌謡曲の難しさから、ビートがうまくつかめなかったり、いろいろ反省点が残るできでした。まずは曲の知識を増やすことが必要だと思いました。みんなでリレーした聖火が聖火台に点火され、大きな炎になるという閉会式は、なかなかよかったです。蕎麦屋さんの2階で、おにぎりと豚汁を振舞われ、食べながら2階の窓から見ると、集まった子供達や地元の方々の人垣がよく見えて、「ああ、いい街に住んでるなあ」と思いました。東京の中のムラ、と呼ばれ、発展を拒むかのような姿勢を、時として見せる街・西荻。ですが、それだけに、都会では失われがちな、地域のつながりみたいなものが、他の街より残っているような気がします。この街には、お祭りが、そしてチンドンがよく似合うような気がします。参加していた、やたら元気な女子中学生の一団が、盛んにこっちの窓に向けて手を振るので、思わず振り返したら、キャーキャー喜んでくれたので、なんだかヨン様にでもなったような気分でした。結局全部終わって、師匠の家に帰って化粧を落としても、まだ午後1時過ぎなのでした。この時間にして、一応は今日の仕事が終わったと言えるわけですが、これは異様に気分がいいです。まあ、単純にチンドン太鼓デビューの緊張から開放されたってのも大きいのでしょうが、何だか、朝早く起きて、昼までで1日の仕事を終えるというのが、正しい人生のように思えてきます。こんな風に人生を送れたら、すばらしいことです。モチロン、チンドンのお仕事も、通常は夕方まであるわけで、こういうお仕事が特殊なのですが。まあ、とりあえず、チンドン太鼓デビューという、最優先事項に一応のケリがついたわけで、何はともあれホッとして、開放感に満たされました。・・・で、気分よく、夕方から芝居の稽古に行きました。・・・みんなが台本を持たずに演技をしていて、愕然としました。ま、まさか、本当にセリフ覚える気、みんな・・・?いや、芝居ですから、当たり前なんですけど。とりあえず、心を入れ替えて、少しはマジメにセリフを覚えようと思ったのでした。要するに、最優先事項が全くなくなったのではなく、新たな優先事項ができただけだということに気づいてしまって、暗澹たるキモチになってしまいました。が、頑張れ、おれ!
2004年11月27日
コメント(4)
今度は「どんな音楽を聴いてきたんだい、ベイベ?」ってことを。○「あはは、あはははは」の小学生時代 初めて買ったレコードは「好っきやねん(ミス花子とジャンプ&ジャンプ)」。 4年くらいから、歌番組(ベストテンやトップテンだ)を見始めました。 寺尾聰の「ルビーの指輪」が大ヒット。 収録されたアルバム「リフレクションズ」をカセット(!)で持ってました。 ○「ハマショー、オザキ万歳!」の中学生時代 1年 一世風靡セピアがカッコよかったなあ・・・。 何だか当時から「和」というか、東洋風なものに憧れるみたいでした。 2年 テレビ京都でやっていた「ミュージックトマトJAPAN」をよく見てました。 邦楽のPVを流す番組です。 バービーボーイズ、ルック、爆風スランプ、米米クラブ・・・。 懐かしいですねえ・・・。 3年 友達の影響で、浜田省吾、尾崎豊に一気に傾倒しました。 赤面モノの過去ではありますが、こういう若気の至りがあったことを、キチンと受け止めておかねばなりますまい。 恥ずかしい~。○「オラァ、ミュージッシャンになりてえ!」の高校時代 これまた友達の影響で、フュージョンにどっぷり。 始めは機械的なカシオペアよりも、センティメンタルなスクェアが好きでしたが、 後にカシオペアにも義理堅くハマりました。 さらに松岡直也などのCDをレンタルで借りまくります。 友人と組んだバンドでは洋楽をコピーしていたため、初めて洋楽に触れます。 ハワードジョーンズや、ホール&オーツ、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド辺り。 高校3年の時、当時はライヴでのみ演奏していた上々颱風(シャンシャンタイフーン)と出会って、怒涛のライヴ時代への足がかりが。 さらにPSY・S(サイズ)を知ってファンに。○「な、何、この人達。すっげえー!!」の浪人時代 数少ない上々颱風の情報を追っては、東へ西へ。 勉強どころではありません。 彼らのライヴを形に残したいがために、録音機能つきのヘッドフォンステレオを購入。 その後の「ライヴに行っちゃあ、録って聴く」人生の幕開け。 生まれて初めて録音した京都精華大学での上々のライヴは、ワタクシの中では今だに伝説。○「誰もこんな音楽聴いてねえだろーなー、ふっ」の大学時代 上々熱、一向に冷めず。 PSY・Sに加えて、小川美潮、種ともこ等、女性ポップスも多く聴きました。 仙波清彦とはにわオールスターズのライヴビデオ「In Concert」を見て大感動。 大人数バンドへの憧れが始まりました(?)。 フュージョン好きだった部分は、ジャズへと進化(?)。○「やっぱライヴハウス、サイコー!」の社会人時代 東京へ出てきたことにより、ライヴハウスがグッと身近に。 渋さ知らズと出会い、その後数年ライヴ通い。 最近じゃお客が多すぎて、いけません。 バンバンバザール、ザ・コルツなど、CD屋の試聴機でいろんなバンドを知りました。 ○「ヤなこた踊って忘れるぜー!」の自由人時代へ 社会人時代終盤にDDRと出会って、ダンスミュージックを聴き始めます。 本人もビックリの展開! さらにWACK WACK RYTHM BANDを知り、いよいよキーワード・FUNKYの登場です! その後、栗コーダーカルテットを知ったり、ファンキーなものをいろいろ聴いたり、 吾妻光良&スウィンギン・バッパーズに出会って「嫁の里帰り」などの名曲に感動したり・・・ いろいろしました。 いつの間にか、ライヴハウスには滅多に行かなくなっています。 観たいものが少ないのと、やや飽きたこと、周りのお客にアタマに来ることが増えたこと、 などが理由です。○で、今 依然、JAZZとFUNKの時代は続いています。 ヘッドフォンステレオは、もしものライヴに備えて、今でも録音つき。 しかもMDではなく、カセットテープのものを使っています。 本当はもっと、ワタクシを「絶対行く!」と言わせるライヴに出てきてもらいたいのです。 今でも。以上、いろいろと抜けてる気はしますが、だいたいの音楽遍歴を書いてみました。今日は、オチはありません!では!
2004年11月25日
コメント(2)
Tシャツ好きで、ここを知らない人はモグリ!東京Tシャツ部のオフ会に行ってきました!代々木公園の芝生にTシャツ好きが集まって、自慢のTシャツを見せびらかしては、あーでもないこーでもないとおしゃべりするという、素晴らしいイベントです。当然、参加!前日から、自慢のTシャツを厳選してバッグに詰め、レジャーシートまで用意して、準備万端です。・・・で、今、集合時間の午後1時。JR原宿駅の売店の前にいるのですが・・・。誰も来ません・・・。どうしちゃったの・・・?今日は近くでGLAYのコンサートがあるらしく、さまざまに趣向を凝らした黒づくめの少女達が、駅前にあふれています。Tシャツと正反対のファッションです。うおお、みんなどうしちゃったのおおー・・・・?前日準備をちゃんとしたわりに、出発前にバタバタしたので、Tシャツ部部長のクラゲ氏の携帯番号をメモってくるのを忘れてしまったワタクシは、いきなり万策尽きていました。なんで、おれっていつもこうなんだろ・・・?しかたなく、半泣きで代々木公園に踏み入りました。この公園のどこかにいるはずなんだ!探してやる! 探し出してやる!・・・と、探すまでもなく、公園内の売店の前にクラゲ氏の姿を発見。どうやら、ここが待ち合わせの場所だったようです・・・。全く、どこまで最低なんでしょうか、ワタクシって奴は。(クラゲ氏、そして参加されたみなさん、ゴメンナサイ)さて、ようやくみなさんに合流した後は、どんどん湧き出るTシャツ談義の雨アラレ。ice-mix・しんさんの、あまりにも有名な「ガチャTが正式コラボになった話」は、やはり感動的でした。インディーズのTシャツ屋として冥利ですよね、ホント。TRIFAIのkeminさん、ラブサミの時は、近くでカッコいいブースを出されてて、なんかドキドキしましたよ。”I'm with stupid”Tシャツがステキ。みなさん自慢のTシャツ達は、さすがにTシャツ部部員が持ち寄ったもので、今では手に入らないレア物や1点モノ、自作アイテム、おもしろいもの、などなど。見応え充分でした。ワタクシは、ナゴヤ堂のものではなく、Tシャツファンとして買い集めた、珠玉のコレクションを披露。一座に微妙な笑い声をもたらしました。「1枚のTシャツに、どれだけお金をかけられるか?」というテーマでは、ほとんどの人が「5千円を超えると、なんらかの理由を求める」という意見で、ちょっとホッとしました。6千円を超えるTシャツは、買ったことがない、貧乏性のワタクシです。クラゲ氏からの、Tシャツプレゼントコーナーでは、なんと2枚もいただいてしまいました。いかんよなあ。許しがたい行為だよなあ・・・。夕方頃、急に冷え込んだので散会しましたが、いつまでも尽きそうもないTシャツトーク。みなさん、ホントにTシャツを愛してるんですね。次回作へのアイディアも多少得られましたし、次回オフについて「みんなが家で眠っているTシャツを持ち寄って、交換会を行う」という楽しそうな意見が盛り上がりました。もしかしたら、ワタクシがぜひ着たいTシャツを、誰かが持っているかもしれないわけで、非常に楽しみです。でも、その場にナゴヤ堂のTシャツがあったら、きっとショックです。しかし、ホントみなさん、Tシャツについて、いろいろよくご存知です。誰もが気軽に着られるものだけに、専門家顔負けの知識を持っている一般の人ってのが、簡単にいてしまう世界なのですね。ワタクシもナゴヤ堂ごときとはいえ、ブランドを運営する身。頑張っていかねばならないなあ、と決意を新たにしたのでした。クラゲさん、ご参加のみなさん、今日はありがとうございました。次回も楽しみにしてます!
2004年11月23日
コメント(2)
ストーカー問題は、今や深刻な事態になっていると思います。ワタクシの友人や知り合いの中にも、ストーカー被害に遭った人もいれば、残念なことにストーカーみたいな感じになってしまった人もいるわけでして。そこから考えても、実に身近な問題と言うか、非常に頻繁に発生している問題なのだと思わされるのです。そこで本日は、ワタクシが以前から考える、「ストーカー被害を根絶することはできないかもしれないけど、数を減少させることはできるかも?」という秘策をここに発表して、世に問いたいと思います。どうか、みなさん、よろしくお願いします。まず、始めに考えておきたいのは、これほどまでにストーカーが多く発生する事態になるまでには、マスコミの力が大きく作用しているということです。始めは、ほんの一部の人が、振られた逆恨みや何かで、相手をしつこく付け狙う、といった事態が、ごく稀に起こっていたのだと思うのです。ところが、ある日、誰かがこれに「ストーカー」という名前をつけました。名前が与えられたことによって「ストーカー」は初めて具体的に存在するものになったのです。そういうものは、存在するのだ、とみんな認めてしまった。そのことによって、それまで何とかストーカーにならずに頑張れていた人が、一気に楽になったのではありますまいか。「ああ、オレ(私)だけじゃないんだ・・・。 みんな、一緒なんだ・・・」この安堵感と「自分は振られたのだ、かわいそうなのだ」という被害妄想が合わさった時、言うに言われぬ不思議なチカラが、彼(彼女)をストーカーにするのに働いたという説。モチロン、こればかりが理由と言う気はありませんが、こういうことも今の事態を招いた一要素ではないかと思うのです。で、ここでワタクシが問題にしたいのは、こういった陰湿な行動をとる人間を「ストーカー」と呼ぼうという言葉のセンスです。ハッキリ言いますが、これはセンスが悪い。悪すぎます。絶対にやっちゃいけないネーミングです。だって、カッコいいんだもん。【stalker】ですよ? なれるもんならなってみたいと思うもん。とりあえず、言葉の意味を無視して、音の響きだけを味わってくださいよ。例えば、こういうの。「青のユニフォームに身を包んだ、日本代表イレブンが登場! エースストーカーは、モチロンこの人、背番号758番の吉田ナゴヤ選手です!」とか「未だ景気の低迷を抜け出せない日本経済。 しかしその中にあって唯一元気なのがファッション業界だ。 次のブームはどこから起こるのか? 我々はトレンドストーカー・吉田ナゴヤを直撃した」あるいは「おお、そなたこそ しんのゆうしゃに ちがいない そなたに これを さずけよう ナゴヤは ”ドラゴン・ストーカー”を てにいれた!」とか。意味を知ってるから笑っちゃうけど、意味を知らなきゃ充分通用するでしょ?ストーカー行為を働くような人に、こんなカッコいい呼び名を与えちゃダメです。誰だって、もしも自分がダメな行為を行っていたら、心の中で少しは反省するでしょ?「これじゃ、おれ、ヒモだよな・・・」とかいう風に。解ってても、改めて自ら口に出すと、こういう言葉はショックだと思うのです。この反省がキチンと行えれば、違う方向に自分を向かせようという努力が生まれると思うのです。ところが、「これじゃ、おれ、ストーカーだよな・・・」では、「ストーカー」という言葉自体のカッコよさが、彼に安らぎを与えてしまうのです。「おれ、『ストーカー』なんだ・・・。それもいいかも・・・」正しい人の道から外れてしまった孤独感を、選民意識と錯覚させるに充分な働きが、「ストーカー」という言葉の響きのカッコよさにあふれています。これでは反省どころか、正当化が生まれるでしょう。「ストーカー」を癒してどうする!?ここで、みなさんに思い出して欲しいのが「出歯亀」という言葉です。どうですか、このすがすがしいまでの容赦の無さ。繰り返しますが、「でばかめ」ですよ?もう、軽蔑のニュアンスが純粋に結晶したかのような、非の打ち所のない、研ぎ澄まされた、胸に刺さるような言葉。いやー、昔の人は偉かった!実にセンスの違いを見せつけられる思いです。一体、誰が「出歯亀」なんて名前のものになりたいと思いますか?もし、仮に、のぞきをしてしまったとしたら。そして「出歯亀」という言葉を知っていたら。「これじゃ、おれ、出歯亀だよな・・・」なんて冷静には絶対に思えないはずです。「うわあああああ!!! おれ、出歯亀だあ!! これじゃ、おれ、出歯亀だあああ!!! 呼ぶなあ! おれを出歯亀と呼ぶなあああ!!!! 許してくれえええ!! もうしないから、許してくれええええ!!!!」どうですか。一旦はのぞきという犯罪に手を染めてしまった彼ですが、立派に更正への道を歩み始めました。これが「出歯亀」という言葉の持つチカラなわけですよ。正しいセンスの言葉が発揮するチカラなわけですよ。ワタクシの言いたいことは、以上でお解かりいただけたと思います。マスコミに告ぐ!!即刻「ストーカー」なんていう、悪人を癒す、センスの悪い、ふにゃにゃけた言葉の使用を禁止して、この陰湿な犯罪行為に、新たな、身も凍るような、正しいセンスの呼び名を与えよ!!!ワタクシは、叩き台として、例えば「へにょーぽん」とか「ずるむけ」とか「ひっつきもけけ」とか「ずぺたらし」とかそのような言葉を挙げておきたいと思います。モチロン、全部特に意味などありません。まぬけで、そう呼ばれたくない響きを意識しただけです。ああ! しかし!やはり「出歯亀」の持つ見事なセンスには遠く及びません・・・。美しい・・・なんて美しいんだ、「出歯亀」・・・。(例によって冗談で書いたと思われるでしょうが、どっこい、ワタクシ本気です! これがストーカーを減らすことになると信じています! だまされたと思って、やってみてくださいよ、マスコミのみなさん!)
2004年11月22日
コメント(11)
今週末は、引き続きチンドン太鼓の特訓でした。(ややこしいので、この日記ではチンドン屋の行為全体を指して「チンドン」、 楽器としてのチンドンを指して「チンドン太鼓」と呼ぶことにします)土曜日は、師匠のミカさんと一緒に、大御所チンドンみどりやのお仕事に参加させていただきまして、1日チンドン太鼓を叩いてました。まだパターンをひとつだけ、それもすぐテンポはずれちゃうし、時々叩き損ねて音が出ない、というくらいにしかできないのですが、ともかく必死についていって、1日を乗り切りました。逆の言い方をすれば、ついて行くのに精一杯ってことですね。5時までチンドン、その後ガッコの芝居の稽古に参加。メチャメチャ、キツかったです。芝居のセリフなんか覚えている場合じゃないのです。で、今日は、夜7時から2時間、区民センターで練習しました。仕事帰りのミカさんと、何の用事も無いのにわざわざ来てくれたサオリちゃんの3人。本当にありがたいことだと思います。今度の土曜日がいよいよワタクシのチンドン太鼓でのデビューです。このお話を受けた時は、全くどうなることかと思いましたが、みなさんが時間を割いて手伝ってくださるおかげで、ほんの少しは上達できたような気がします。1ヶ月弱の練習でチンドン太鼓というのは、多少無謀ではありましたが、締め切りが決まったことで、無理にでも練習できたのはよかったと思います。こんな風に何かに頑張る気持ちも、本当に久しぶりです。土曜日は、全力で、行きます。とにかく上手と思われなくてもいいから、「最低限ごまかしきる!」を肝に銘じます。
2004年11月21日
コメント(0)
12:00になったので、急いで仕事場の建物を出ました。急げば急ぐほど、昼休みは長くなります。ワタクシは働くのは大嫌いですが、サボるのは誰にも負けないくらい好きなのです。急いで昼飯を食いに、小走りの34歳。気楽なもんだ?放っといて下さい。ワタクシはワタクシの権利のために、走るのです。フンだ。ちょっとムクレながら小走りしていると、ブランド物っぽいピンクのスーツを着た女性とすれ違いました。上原多香子ちゃんによく似た女性でした。えー・・・。「またか!」と言われそうですが、わりと好きなのです。顔がね。「ああ、上原多香子ちゃんに似てるなー」と思いながら通り過ぎたのですが、そんなのは、モチロン一瞬の出来事です。「似てるなー」の「なー」の辺りでは、すでに「何食べよっかなー」とも考えているような、そんな一瞬。でまあ、近くの高級レストランで、豚丼の並を食べて(前回の日記が影響?)、残りの時間を有意義に過ごして、午後1時前に仕事場に戻りました。仕事場では、営業のみなさんが熱っぽく語り合っていました。「おれは、見たんだよ」「チクショー、おれは見えなかった」「やっぱいいよなあ」「何だよ、おれも呼べよ」・・・?話の内容は解らないのですが、まあまあ、楽しそうなのはいいことですね。(↑仕事に入ったのが最近なので、まだ周りの人とあまり打ち解けてない人見知りのワタクシです)昼休み明けの訓示。社長が言いました。「今日さ、上原多香子がこの辺来てるらしいんだけど、浮き足立ってないで、仕事しろよな」・・・。・・・あ。カチーン!(←さすがに何かが結びついた音)ワタクシ、見ました・・・。・・・ええと、つまり・・・。・・・。しまった、本物だったのかっ!!・・・だってさー。じぇんじぇん人に囲まれたりとかしてなかったんですよ?ごく普通に、道を、男の人(多分マネージャーさんか何かでしょう)と一緒に歩いていただけで。うっわー。別になんとも思ってなかったのに、なんか今書いてると、じわじわと損した気分が盛り上がってきました。モチロン、その場で気づいてたって、何にもできなかったであろう、小心者のワタクシではありますが。しかし、それにしても。気づけよ、おれ!ってゆーか、ホントにあれ、上原多香子ちゃんだったの?ワタクシはワタクシで、全く関係ない、上原多香子ちゃん似の別人を見ていた、って可能性もあるわけで・・・。うー。ワカラン。この日記を見ている人の中に、上原多香子ちゃんがいたら、本当のことを教えてください。ワタクシは悩んでいます!!
2004年11月19日
コメント(2)
ほお、吉野家へ行きたいと申されるか。若いのに今時感心な娘さんじゃ。全く近頃の若い者と来たら、ろくに味も分からん癖にどいつもこいつもグルメグルメ。不味いものを食うのが損のように思うておる馬鹿者ばかりじゃて。限りある命をせいぜい楽しもうというつもりらしいが、そもそも美味いものというのは、ごく稀に食べるから美味いのであって、今日は中華、明日はフレンチ、その次はうなぎだなどと食べ歩いておったのでは、却って舌が馬鹿になってしまうわい。食べることの魅力は美味のみに非ず。気軽に食べる食事、済ませるだけの食事もまた食の喜びなのじゃ。それに食事などにかける手間暇を他に回せば、その方が余程素晴らしい、人間的な人生を歩めると思うのじゃが、あんたはグルメにも興味があって然るべき娘さんの身でありながら、その辺を理解されようとしておるのかな? はははは。まあ、よいわ。どれ、早速駅前の吉野家まで連れて行って進ぜよう。何、構わん。善は急げじゃ。さあ、さあさあさあ。どれ、入るぞ。おお、丁度席が並んで空いとる。ああ、くれぐれも言うておくが、今後もし一人で吉野家へ行くことがあったら、昼の3時か4時頃にでもすることじゃ。間違っても時分時に行ったりしてはならんぞ。昼食時などは、むくつけき男共でカウンターはぎゅうぎゅうじゃ。とてもとても、あんたごとき娘さんの入って行けるところではない。どっこいしょ、やれやれ。何、テーブル席? ははは。そんなものは、ありゃせんわ。注文は一言「並」と言えばええ。丁寧にしようと思うて「下さい」とか「お願いします」とかグジャグジャ言うてはならんぞ。それらは全て無用のことじゃ。玉子や味噌汁、新香、サラダなんぞという付け合わせもあるが、まあ、好みで玉子をつけるかどうかくらいで、後は考えんでいい。一個の丼。それが全てで、他には何もないというシンプルかつ豪快なスタイル。牛丼はこうでなくてはいかん。栄養のバランスを気にしてサラダを付け合わせたりするくらいなら、始めから吉野家なんぞに来なければよいのじゃ。ましてや「つゆだく」とか「つゆぬき」なんぞは以ての外。全く吉野家まで来て、通ぶって知識をひけらかそうとする阿呆が多くていかん。吉野家に詳しいことが何の自慢になると思うておるのか。さて、注文が済んだからと言って、安心していてはならんぞ。なにせ、頼んだものがすぐ出てくる。それはもう、待っとったように出てくる。時々は注文するよりも先に出てくるくらいじゃ。油断はならん。ほれ、もう来おった。吉野家においては、注文即ち食事の開始なのじゃ。腹が減ってから食べ物屋に入る日本人には、このタイムリーさがうれしいところじゃな。さあ、食べるのじゃ。遠慮はいらん。なに、わしもすぐに追いつくでな。おおっと、待たれい。ほお。ほおお。よい姿勢じゃな。背筋がぴいんとしていて気持ちがええわい。近頃の娘さんには珍しく、親御さんの躾(身を美しくする、と書く。それが”しつけ”じゃ)が行き届いておるの。じゃが、ここではそれはいかん。背中を丸めなされ。肩をすぼめて・・・そう。丼の上に屈み込むようなつもりで。何、みじめ? みじめではない。そのフォームこそが、牛丼を食べる際の正しい姿勢なのじゃ。何故と言うて、さっきも言うたように、吉野家にはカウンター席しかない。あんたのような娘さんなら大丈夫かもしれんが、屈強な男共がカウンターに並べば、隣同士で肩やら肘やらガツンガツンぶつかって、食事どころの騒ぎではなくなってしまう。そこを考えれば、その姿勢が正しいことが分かるじゃろうて。要は他人を気遣う心じゃよ。これは茶道の精神じゃな。ま、高級レストランで食事をするなら、そんな姿勢はみっともないと言われるじゃろうが、ここでは全てがそれとは逆になるんじゃよ。気づいたかどうか分からんが、さっきの注文、あれもそうじゃ。わしは「並」と言うだけにせい、と言うた。「下さい」とか「お願いします」は、必要ないのではない。あってはならぬのじゃ。注文はその内容さえ伝わればよし。食事は腹が満ちればよし。吉野家では簡単・迅速こそが正しいことであり、無駄を省いた姿こそが美である。これが洗練と言うものじゃ。そして、それはもちろん「下さい」をつけたりするような半端な礼儀よりも優先されるのじゃ。おお、そうじゃな。せっかくの牛丼が冷めてしまうわ。何、味? 無論美味い。それはもう「美味い不味いは別として美味い」のじゃ。よいかな、人間の味覚は、経験によって作られる。あんたも、小さい頃からお母さんが作ってくれた料理を食べて大きくなっとるわけじゃから、当然お母さんの作る料理が「慣れ親しんだ味」として・・・なんじゃな? そう、インプット? されておるわけじゃな。その「慣れ親しんだ味」がもたらす安心感。これも美味の一要素となる。この場合はそれ自体が美味かそうでないかは問題ではない。「美味い不味いは別として美味い」というのはそこじゃ。嘘ではないぞ。あんたは、朝ご飯はきちんと食べとるかの? ご飯に味噌汁、のりと納豆に梅干し。ふむ、感心感心。そしてそのメニューは毎日ほとんど同じじゃろう? そういうものなのじゃよ。殊に朝、まだ半分寝ぼけた身体には、そのいつものメニューこそが最上のごちそうなのじゃ。同じ理屈で、わしらごとき吉野家に慣れた者には、このいつもと変わらぬ牛丼の、言ってみれば安っぽいこの味が、いつもと変わらぬが故に美味なのじゃ。ここにこそ安らぎがあるのじゃよ。毎日手を替え品を替えして、高級な料理ばかりを追い求めるグルメなんぞという奴ばら共は、実にここのところが分かっておらん。無論、美味も豪華も大いに結構じゃが、余りにもそればかり追い求め過ぎて、こういう安らぎを知らん人間は、どこかが欠けた、どうにも味気無い、寂しいものになってしまうのじゃよ。どうじゃ、美味いか? ほっほっほ。そうか、そうか。まだ、少し難しいかの。確かにあんたが今まで食ったものとは、少しばかり違った味かも知れんな。そのうち慣れて来れば、この味が美味に感じられることもあるじゃろうて。さて、わしはもう御馳走さんじゃ。はははは。何も驚くことはない。あんたら女は、丼に口をつけてかき込むような、はしたない食べ方はできんからの。その差じゃよ。ああ、構わん構わん。急いで喉に詰めたりしたら大変じゃ。ゆっくり食うたらええわ。スプーン? ほっほ。おもしろいことを言う。そんなものがあるわけなかろう。それとも、今時の娘さんは、丼ものをスプーンで食うたりするんかの? 食う? マジで? ・・・そうか、時代も変わったものよ。丼をスプーンでのう・・・。おお、食べ終わったか。すまんすまん。うむ、残さずきれいに食べておるな。ますます感心じゃ。適量を考えて注文し、出たものは残さず食べる。その無駄のなさこそが、さっき言うた洗練なのじゃ。あんたもだいぶ吉野家の考え方が分かって来たようじゃな。はははは。照れずともよいわ。さて、行こうかの。御馳走さん。いくらじゃな? ああ、これ。財布なんぞ出さんでええわ。どうせ安いもんじゃ。たまには上手に奢られて、目上の者を立ててやるのも若い者の務めじゃよ。はははは。どうじゃ? 吉野家もたまにはええもんじゃろう。じゃが、あまりこういうものばかり食べるのも、もちろん正しい在り方とは言えん。さっきわしは、贅沢だけするのは味気無いと言うたが、吉野家や立ち食い蕎麦ばかり食べとるのでは、ただの貧乏人じゃ。こういうものもそれなりに楽しみ、さらに贅沢をも知った時、初めて人間的な深みというものが出てくる。あんたもそういう人間にならんといかんぞ。・・・そこでじゃ。昼飯は吉野家で食うたことじゃし、夜は贅沢を知るためにも銀座の「マキシム」なんぞへ連れて行って進ぜよう。何、遠慮はいらんぞ。さっきのお返しに今度はあんたがわしに御馳走してくれれば、それだけで充分じゃからの。ささ、善は急げじゃ。さあ。さあさあさあさあ・・・。-------------------------------------------------------------------昔書いた手習いシリーズ、第2弾です。必要以上に長過ぎる感はありますが、ま、何となく自分でも気に入ってるものです。例によって、加筆訂正は、ほとんどナシ。その後の吉野家については、みなさんご存知の通りです。最近のワタクシは、まさにこのジジイ言うところの「貧乏人」です・・・。豚キムチ丼なんて、普通に美味いと思っちゃいますもんね。くそ、こんなこと書いてたのか、あの頃のワタクシ・・・。
2004年11月17日
コメント(4)
完全にタイミングを逸しちゃった感はありますが、オリックス・バファローズの新ユニフォームには、笑いを通り越して、呆れました。消しゴムでちょこっと消して、描き直したって感じですか!?笑えない。全然笑えない。例の巨大掲示板群に住む方々がいかにもやりそうな、笑えないブラックジョーク。ところがそれを大喜びで採用したオーナー。まったくどいつもこいつも、と、本気でアタマを抱えてしまいます。かねてより「アンチ・ユニフォームがダサいチーム」を宣言しているワタクシ、当然ながら、今後オリックス・バファローズは、目の敵にいたします。ま、もともとブルーウェーブの頃から好きじゃなかったのですが。あのねえ。プロスポーツのユニフォームってものは、そのデザインを通して、ファンが、子供達が、その競技に夢を見るためのアイテムなのであって、新聞に挟まってくる折込みチラシでは断じてないのですよ!いかに宣伝するか、そればっかり考えて、競技に、そしてそのファンに対する思いがないからこそ、こんなユニフォームができてしまうのです。オーナーに見せるデザインの候補は、当然、他にもあったそうです。最初にこれを見たオーナーが、他のを見ずに決めたと言うことですが、多分、これは「まさかこんなの選びませんよね?」という、アテ馬的選択肢だったとワタクシは思いたい。ね、そうですよね。他のデザインは、少しはマシだったんでしょ?それにしても。だいたい、今年近辺の日本のプロ野球において、あまりにもヒドいユニフォームの変更が多すぎです。あなた、そうは思いませんか?○中日ドラゴンズ CとDを組み合わせたマークや、CHUNICHIのロゴ、果てはだんだん 太くなる謎のサイドライン。時代錯誤も甚だしい逸品!○西武ライオンズ ロゴのガチャガチャした感じは、まあ許しましょう。 しかし、胸部分と袖部分の継ぎ目に入った、謎のラインは一体・・・?○北海道日本ハムファイターズ メジャーリーグを意識し(すぎ)たデザインで、確かにホーム用は、今のプロ野球ではトップクラスのカッコよさ。 ですが、ビジター用の胸のロゴは・・・。 それに、そもそもですよ。例えば、南海がダイエーに身売りした時に緑色を捨ててから、緑色のチームがなかったり、日本ハム、ダイエーと、オレンジを使った球団が2つもあったのに、さらに近鉄がロゴをオレンジに変更したり、ロッテが、明らかにダイエーを意識した黒いビジターモデルを作ってみたり。特に、パ・リーグのユニフォームデザインは、全体を考えてバランスを図ると言う思想がまったく見られません!変更するたびにどんどんセンスが悪化してます。これをふまえて、ワタクシは言いたい。おれにデザインさせろ、と!!いや、そんな顔で見ないで。大好きなユニフォームをデザインできるなら、ワタクシだって本気出しますよ。Tシャツは本気でデザインしてないのかって?あんなのが本気なわけないでしょうが!! 「こう見えても野球中」とか「ライブドアじゃない」なんてデザインはしませんったら。やらせてくださいよ、マジで。ギャラはいいですから。ええ仕事しまっせー。・・・ねえ、誰かあ。ねえったらあ・・・。来年、あのユニフォームを着る、オリックス・バファローズの選手の方々には、心からご愁傷様。そして、ユニフォームファンとしては、せめて楽天ゴールデンイーグルスのユニフォームに期待しましょう。・・・イヤな予感はするんですけどね。特に「ゴールデン」ってあたりが、なんとなく。
2004年11月16日
コメント(2)
先の、CAのWS(もうみんな解るよね!)において、ワタクシが気にしていた「楽器経験」。ワタクシは、基本的にこれがないのをバレないように、ってスタンスでいたわけですが、では、本当にワタクシに楽器経験はないのか?今日は、これを本気出して考えてみました。「ヒマなんかい?」って言わないで。○小学校入学以前ウチの親は、ワタクシに音楽的な何かを与えたかったらしく、ある日、家にエレクトーンがやってきました。文句なく楽器に触れる初めての経験だったはずです。モチロン4歳かそこらの子供に、それがどういうものかなんて解るはずもなく、その巨大な楽器を海底基地に見立てて遊んだのを、今でも覚えています。このエレクトーンは、その後10年以上も我が家に居座ることになります。始めのうちは、モチロン弾くのがイヤでイヤでしょうがありませんでした。坂本龍一だって、矢野顕子だって、ピアノは泣きながら練習したそうです。妹はピアノをやはり習わされました。エレクトーンの方が、いろんな音が出るからエライのだ、と思っていましたが、今になってみると、ピアノをやった方が、汎用性が高かったのになあ、と思います。人間万事塞翁が馬。「サニー」とか「オブラディ・オブラダ」なんていう、小学生にしてはかなり渋い曲を知れたのは、大きな収穫でした。その後の人生で「あ、この曲は!」って事態、連発。○小学校3、4年ごろ5年ほど習っていたエレクトーンを辞めました。理由は不明。しかし、この頃にはだんだんエレクトーンを弾くことが好きになっていて、4年ごろからTVの音楽番組を見ては、気に入った曲を耳コピしてエレクトーンで弾くということをして遊びました。4年から、とある鼓笛隊に参加。ワタクシの唯一の「マーチング経験」です。スネアドラムを担当。バスドラやクアッドタムなどは、中学生の花形隊員が担当していて、要するにスネアなんてものはザコの楽器でした。全体で考えれば楽しかったのですが、地道な練習はやはり嫌いで、練習場を逃げ出す計画を練ることで自分を励ましていました。○小学校5、6年小学校が合奏に熱心だったので、いろいろな楽器に触れました。オトコノコは、やはり打楽器をやるのがカッコいいという美意識があったので、いろいろ挑戦しました。シンバルに唯一触れたのも、この時。6年の時の合奏では、花形のスネアドラムを担当。鼓笛隊の時は、沢山いたからザコでも、ここでは一人だったので花形です。○中学1年生地元の村立中学校に進学。合奏が好きだったので、ブラスバンド部に入部。やはりスネアを担当。田舎の中学で音楽関連の部活に入るのは、女子ばかりでしたので、男子はワタクシだけ。当然、先輩やまだ若くて美人だった先生に可愛がられました。残念ながら、3ヶ月ほどで転校。バチが当たったのでしょう。転校した先の中学校では、ブラスバンド部の人数が多すぎ、入部を断られました。今なら人権問題だぞ。○高校時代高校入学時に親にせがんで買ってもらったのが、キーボードだったというから、なかなかの音楽少年。入学後すぐに、友達に誘われ、バンドを組みました。キーボードを担当。1年の文化祭を終えたところで、言いだしっぺのドラマーが抜けたため、興味のあったドラムに転向。その後、誘われるままにいろんなバンドに参加、キーボード、パーカッション(リズムマシンのボタンを叩くのみでした)などを担当。3年の時には、ついにヴォーカルもやってしまいました。ラウドネスとかコピーするバンドでした。・・・忘れたい・・・。○大学時代入ったサークルは、音楽関係でないのにバンド経験者が多いところで、「アコースティックの夕べ」なる、身内ライヴイベントがありました。やはりバンドを組んだりもしました。弾き語りと言うことをやってみたくなり、しかし、今さらギターを始めてもFが押さえられなくて泣くのが目に見えていたので、ウクレレを買いました。確かにウクレレは簡単でしたが(Fでも指2本!)、弾き語りをしても、誰もほめてくれませんでした。微妙に作詞作曲をしたりしました。大学時代後半から、やっと「自分はパーカッショニストだ」と設定して、打楽器をいろいろ買い込むようになりました。シーケンサーでデモテープを作ろうとして、挫折。○リーマン時代打楽器がいろいろ増えたので「打撃の会」というのを2度ほど開催しました。公園に友達を呼んで、打楽器を配り、ひたすらドンチャカドンチャカ鳴らす、というバカげた集まりでした。でもね、やってみないと解らないことですが、これは楽しいのですよ?「アコースティックの夕べ」はまだ続いていました。Rosemarie様にピアノを弾いてもらい、ワタクシが歌うという大問題ユニット「Rosemarie Piano Duo(略称RMPD)」でほぼ毎年出演。ウクレレの弾き語りなんかもやりました(←恥知らず)。ある時、大阪城公園で吹奏族というのと出会いました。吹奏楽経験を持つ人たちが集まって、休日の一日をひたすら演奏するというものでした。早速、パーカッションとして参加しましたが、基本的に譜面を気にしないで好きに叩くので、一部メンバーに嫌われたみたいで、しばらく後にフェードアウト。吹奏楽の人は、マジメで融通が利かないと勘違い。○自由人時代から現在へ打撃の会はまたやりたいし、相変わらず打楽器は買っちゃうし、ウクレレはまだたまに弾くけど、弾き語る場所もないし。さびしいなーと思っていると、チンドンをやらせてもらえることになり、CAにも出会いました。さあ、この先もまだまだどうなることやら!!・・・。書いてみて、改めて慄然としました。ワタクシという人間は、実にいろんなことに手を出していやがるのですね。そして、もうひとつ。これこそが重要なのですが、どの楽器ひとつとして、モノになっとらん!!ホント、情けないです。例えばトランペットならトランペットだけを何年も吹き続け、「まあ、他はアレですけど、トランペットだけは、少し自信持ってます」なんてハニカミながら言える人を心から尊敬します。爪のアカ、ください!それに引き換え、ワタクシって奴は、どうだ!!これを書き終えた今、改めて、ワタクシの主な楽器経験は何か? を真剣に考えてみます。やはり、どう考えても、「ナシ。」って答えるしかないよな・・・。く、くそう。せめてチンドンだけは、多少自信が持てるようになるまで、やりたいものです・・・。
2004年11月15日
コメント(7)
あんなに大騒ぎしてたわりには、結局一人でってところがいかにもワタクシですが、そこは気を取り直して。とにかくまあ、デザインフェスタ(以下DF)に行ってきました!ビッグサイト到着が午後1時頃。まずは一目散に食べ物コーナーへ。前回のDFで食べたグリーンカレーが美味かったので、今回もそれを食べるつもりで、何も食べずにきたのです。美味ーい。最高ー!まあ、DFに来ていきなり腹ごしらえってのはどうかとも思いますが、これでようやく落ち着きました。さあ、見るぞ。今回、ワタクシは本当なら出店デビューしていなければならなかったと思っています。この前のラブサミでは、テーブルにTシャツを置くのみというみすぼらしいブースを出し、ド素人っぷりを全てのTシャツファンに向けて、全身でアピールしてしまった、ワタクシ。モチロン、内心忸怩たるものがあったのですが、今回はそれを雪ぐ絶好の機会でもあったわけです。しかし。しかし、ワタクシは。未だにブースってどうやって組めばいいのか、解りません!!くっそー。ですので、今回は、まず他のブースをよく見て、自分が将来のイベントで出す店のカタチを模索しなければならなかったのです。そんなわけで、今回はズル休みです。で、伊藤製作所のブースへ。正直、ワタクシは最近まで、このTシャツ屋を、伊藤コーイチくんをナメてました。いや、彼とは、なんか初めて会ったときから、妙に気が合ってしまったのです。ノリが非常にワタクシに近い人間だということが、ぴーんと来ていたのですよ。ですが、Tシャツ屋として、彼のことを本当に恐ろしく思ったのは、この前のラブサミの時が初めてでした。デビュー戦だしな・・・。ま、最初は大人しく様子を見て・・・。だんだん慣れていけば、本領も発揮できるってもんで・・・。んま、最初は何も準備しなくてもな・・・。別にブースがいいからってTシャツが売れるってもんじゃないし・・・。などと考えていたワタクシとは大違い。かなり早い段階から参加を表明し、ブース位置「2」番をゲットし、かなりの数の新作を作り、棚を準備し、旗まで作ってきた、彼。彼のブースを一目見たとき、ワタクシは「これは勝てん」と不覚にも思ってしまいました。で、実際、彼はワタクシの倍以上の枚数を売ったのです。完敗。完膚なきまでの敗戦です。まるでエプソンのプリンタのCMで、あややの引き立て役に納まってしまった某国民的アイドルグループのような、見事なまでの惨敗。ワタクシは、時に素直な一面を見せる好青年です。完膚なきまでの惨敗の後、ワタクシは素直に「伊藤コーイチ君から学ばねばならない」と思ったのです。で、今回のDF。何はさておき、伊藤製作所のブースだけは、この目に焼き付けて、盗めるところは盗み、もしもダメなところがあったら、全力で放置し、次回相対する時には、できることならワタクシが味わった敗北感を、奴にも。実に姑息なことを、キッパリと決意するワタクシだったのでした。姑息なものの常として、表面上は実に友好的に、伊藤製作所に近づきます。今やワタクシを全く問題にしていない余裕からか、そんなワタクシをにこやかに迎える伊藤コーイチ君。そして、デザイナー兼働き者のマツシマ嬢。ハッキリ言って、伊藤製作所と吉田ナゴヤ堂本舗の差は、まずはここにあると思います!マツシマ嬢は、基本的にはデザイナーであり、伊藤君の言う「ま、こんな感じで」みたいな指示に基づいて、Tシャツデザインを作成する、絵の上手な女性です。しかし、それだけではありません。今回のようなイベントの場において、「おれ、カワイコちゃん以外の接客はニガテ」と公言する伊藤君に代わって、彼女は接客を始め、お金の勘定、在庫の整理、ブースの整頓、などなど、考えられる全ての仕事を行います。しかも、付け加えるなら、全てをこなしながら、彼女は常に笑顔なのです。明るく前向きな発言のみでしゃべり、のみならずワタクシのような闖入者にも気遣いを忘れない、実にチャーミングな女性なのです。女神か。女神様か、お前は!思わず理不尽なツッコミを入れてしまうワタクシなのであります!伊藤君、いやさ、伊藤コーイチ!それに対して、君は一体何なんだ!何かっちゅーとブースを離れたがって、「じゃあ、お茶買って来てよ」ってマツシマ嬢に言われて、おれと一緒に行ったコンビニで、アンタ、お茶買い忘れそうになったよね!!その後も、おれと一緒にフラフラとブースを離れては、他のお店を見学に行ったりしたよね!(↑モチロン、ワタクシがいつまでも伊藤製作所にべったり貼り付いていては、 売り上げに影響すると思ったのかもしれないが、そんなことは別問題だ!)・・・んまあ、あんまり言って、元プロボクサーだった彼の、必殺のフックが、ワタクシの顔面を襲うようなことがあってもどうかと思うので、これで止めておきますが、要するに、ワタクシが言いたいのは、んあー!! ナゴヤ堂にもマツシマ嬢のような人がいたらなあー!!ってことなわけですよ!!なんでだ! なんでウチにはいないんだ!誰だ、「なんとなくその理由はわかる」って顔でうなずくのは!うがー!!さて、いろいろ言いましたが、実はそんな伊藤コーイチ君にそそのかされて、12月26日の府中アートマート、そしてさらには来年5月の次回DFにも、参戦することが決定しました!両イベントとも、ナゴヤ堂と伊藤製作所のブースは隣り合う予定です!今日のDFでも好調に売っていた(特に新作、バカラーメン道Tシャツがカッコいい!)伊藤製作所の人気に、ナゴヤ堂もあやかりたいと思います(負け犬!)。さて、今回は伊藤製作所ブースにべったりで、時に全くの店員気取りで活動してしまったワタクシでしたが、その他ブースのことなども。手描きTシャツのbaster greatさん。ブースが美しすぎでした! 普通にありますよね、こういうお店。オランダせんべい、ありがとうございました。これでワタクシも一流Tシャツ屋の仲間入り!?セイマニさん。伊藤君と一緒にブースに行ったときは、ジャマ以外の何者でもなくて、失礼しました。あとでbaster greatさんのブースで、マシュマロもらいました。baster greatさんのブースを、興味深そうに眺めていたお客様が、置いてあったセイマニさんのチラシを持って帰ってました。baster greatミウラさんと、思わず顔を見合わせて爆笑。きっと、あのお客様は、今頃セイマニさんのサイトを見て「?」と思っていることでしょう(笑)。んま、そして。いろいろと言って来ましたが、ワタクシにとって、THE CRAZY ANGEL COMPANY・リストランテアンジェーロのパレードがないDFというのは、実にどうも寂しいものだったことだけはハッキリ記して、今日の日記を終わりたいと思います。
2004年11月14日
コメント(5)
そして、これは金曜日の日記。読んでくださってる方には関係なく、かつ伝わりにくい話だとは思いますが、ついさっきまで、月曜日の日記を書いていましたもんで。んまあ、とにかくそんなわけで、WSは楽しかったけれど、その後の今週一週間はメチャメチャでした。キツかったー。水曜日はチンドンの練習、木曜日はガッコと、もう、いろんな意味で盛りだくさん。んま、仕事を除けば全部好きでやってることなんで、甘えたことを言える義理ではないのですが、それでも疲れるものはしょうがないのですよ。特にキモチが休まらなかったです。さー、寝るぞ、コンチキショー。明日は昼まで寝てやるう。あ、デザインフェスタは、結局日曜日に遊びに行く予定です。(↑半分は自分へのメモとして書いてます・・・)さー、寝るぞ、コンチキショー。
2004年11月12日
コメント(0)
ぎゃあー!! 書いても書いても、日記が生活に追いつかーん!!土曜と日曜、CAのWSに参加していたのは、すでに書いたとおりですが、土曜の分の日記はようやく昨日、つまり火曜日に書けたのです。(モチロン、月曜日は何もできなかった一日でした)まだ日曜日の分の日記については、完全に手つかずの状態で、しかも、今日は今日で、いろいろと感情の動く出来事があったのですよ。し、しかし、うおお。うおおおお。どうするのだ。そんなことを書いているヒマはないぞ。とりあえず今は。で、しかも明日はガッコ。ボヤボヤしていると週末には芝居の稽古とデザインフェスタ。どうするのだ。書くことが溜まっていく一方だぞ。締め切りをとっくに過ぎた火浦功の気分って、こんななんだろうか・・・。くっそー、先週から仕事なんか始めさえしなければ・・・(すみません、もう言いません)。えーと、えーと、なんだっけ。あれですよ。とにかくまだ、WSの疲れでアタマがまともに働いてくれんのですよ。アタマが、ア、アタ、アタマ・・・が・・・・・・。・・・はっ。寝てません。寝てませんよ(よだれを拭いながら)?あ、そうだ。今日の話。今日は仕事終わって帰ってきてから、チンドンの練習をしたのですよ。夜9時半から、2時間。近所のスタジオで。師匠を始め、あっちゃんもサオリちゃんも付き合ってくれたのですよ。みんな、こんなワタクシを一応チンドン屋っぽくするために、必死になってくれてるんですよ。もったいないことなんですよ。そして、それにしてはあんまり上手くならないワタクシを尻目に、サオリちゃんが初めてしょったチンドンで実にいい音を出しているのですよ。もうね、何なんだと、ワタクシ。誰のためにこの場があるのか、分かってんのかって話ですよ。がんばんなきゃいかんのですよ。で、帰ってきて、日記とても書いてるヒマないよなあ・・・とか思いながら、一応パソコンのスイッチ入れたのですよ。そしたら、なぜか楽天広場のログイン画面が出てきて、パスワード要求されるのですよ。で、モチロン、自分で設定したIDとパスワードが分からずに、マジであせったのですよ。もうね、何なんだと、ワタクシ。ボケ老人かと。で、ヒマがなくて書けないとか、なんだかんだ言いながら、結局ここまで書いてしまったのですよ。もうね、何n(略)。く、くそう。今に見てろよ。今週末が過ぎたら、絶対今日の分の日記もちゃんと書き直すんだぞ!これは、それまでの仮バージョンにすぎないんだぞ!多分そんな気力、来週にはないと思うけど。でも、今の段階では絶対そうなんだぞ!
2004年11月10日
コメント(0)
WSが終了しまして、日曜の夜に西荻に戻ってみますと、たった2日だったにもかかわらず、見慣れた駅前の景色が、妙に懐かしかったです。まだ夢心地の中にいるから、現実味のない感覚で全てを見ているのでしょうか・・・。で、家について、荷物を放り出して、バッタリ倒れました。次の瞬間、目覚ましが鳴りました。さあ! 新しい一週間の始まりです!!・・・。・・・くっそー。カンベンしてくれー・・・。いつもいつもそうですが、素晴らしいことがあった週末が明けた月曜日の朝ってのは、どうしてこう、イヤでイヤでたまらないのでしょうか!?まったくもって、骨の髄からキリギリス体質なワタクシであります・・・。今だに将来の夢は「遊んで暮らす」ですもんね。いや、マジで。疲れと筋肉痛と寝不足と荷物を持って、職場へ。電車の中は、ずーっと立ったまま寝てました。ツライ一週間になりそうだぜ・・・。では今日は、土日の日記には書けなかった、WSにまつわる小ネタを並べてみましょう。もう食べちゃったアイスの棒をいつまでもぺろぺろぺろぺろなめるような未練がましさですね。こうやってしばらくは、「楽しかったなー」とかボンヤリ思い出しつつ過ごしてみたいと思います。○まずはTシャツの話。 日記にも書いたように、ワタクシは初日は「よい子」、2日目は「B級魂」を着ました。 でもね、いつもCAのみなさん、参加者のみなさんとも練習時のTシャツは、かなり凝ってらっしゃって、 Tシャツファンとしても、見ていてとても楽しいのです。 で、そういうTシャツを見てて、時々「あ、あれはどこのブランドだ」って分かるあたりが 我ながらマニアなワタクシです。 メンバー・オガワ氏のTシャツ。 初日が「新外国人」。2日目が「戦力外通告」。 笑いました。 くそ、負けてらんねー!○いつもながら、WSでBGMにかかるCDは、なぜかワタクシも持っているものが多いです。「ダンスマニア・エクストラ」は前回から引き続きでしたね。 このCDは、初期のDDRに入っていた曲が多く、聴いてると思わず身体が動きます。 前回、初めて参加した時、練習場にいきなり流れていたのがこいつで、なんだかちょっと意外でした。 あと今回は、ダンスの時に、テクノのプロペラヘッズのCDが。 おお。持ってるCDなのに、久々に聴いたぞ、この曲。 部屋が一緒だったメンバー・ヤスダ氏は、Buddy Richの「THE ROAR OF '74」を持ってらして、JAZZ FUNKに凝っているワタクシ、 思わず反応してしまいました。 このCDに入っている「BACKWOODS SIDEMAN」は、メチャメチャカッコいい曲で、大好きです。○参加者は、今回もイロイロでした。 いちばん遠くは、長崎からのご参加(!)。すごいなあ・・・。 ある方とは、実家が近所だと発覚しました。 ○2日目のお昼。 会場の庭に出て、みんなでサンドイッチを食べました。 一人2個は確実。3個目は争奪戦。 いつまでも食べやめようとしない代表の姿が印象的でした・・・。 この昼食に遅れてきた、くーまいさん。 みんな、自分の食べるのに必死で、くーまいさんの分を確保しなければ、って話になったときには、すでにたまごサンドしか 残っていないという事態・・・。 しかたないので、飾りつけ(?)でごまかそう、ということに。 で、ごまかし切ったんでしたっけ・・・?○で、これからのCA 今月最後の日曜日、28日には、亀戸の商店街でリストランテ・アンジェーロに会えるそうです! ワタクシは、きっと観に行きます! 昼飯は亀戸餃子だな。 あ、それとも純レバ丼かな・・・?
2004年11月08日
コメント(1)
朝8時、起床。さあ、WS2日目に突入です!中には、早朝起き出して練習や散歩を行った、すばらしい方々もいたようですが、何せこちとら老体ですからの。朝飯ギリギリまで睡眠ですじゃ。バイキングの朝食は、洋風にキメて、ブラックコーヒーをガブガブ飲みました。眠ーい。朝9時集合で早速練習開始。いよいよ今日の夕方には、成果の発表会もあります。くどいようですが、大丈夫か、おれ!?まずは身体をほぐすため、軽めの運動から・・・とは言いながらも、すでに課題は「好きに踊る」になっていて、早くも噴き出す汗の玉。2日目の練習用に着た「B級魂」が、早くもボディの色を変えていきます。何かの曲の終わりで、ふと思いついて、両足の踏みしめと手拍子で「We Will Rock You」をやったところ、あっと言う間に広がりました。さすが、みなさん。朝からハイテンション。エチュードはこの日もメニューにあって、またも楽しみました。「感情を表現する班」と「楽器を鳴らしているように踊る班」の2つに分かれて、行き来は自由、班全体でひとつの作品を作る気持ちで行う、というルール。ワタクシは「感情班」にいました。「楽器班」もやってみようとか思っていましたが、結局やってみると「感情班」だけでも楽しすぎて、移るヒマなし。メロディはゆったりしてるけど、ベースだけは活発に鳴っているという、カッコいい曲で、「感情班」のみんなは、基本的にメロディを拾ってゆったり動いていました。で、ワタクシはベースラインで踊るのが好きなので、一人激しい動きに。昨日のエチュードで、他人と反応し合い、気持ちを高めていくことが、まだまだできていないと悟ったワタクシは、この日はなるべく他人の動き、気持ちを気にしてみました。ゆったり踊る人と絡んで、激しく踊ります。その対比が自分でやっててもなかなかおもしろく、大いにノリました。うーん、やっぱりエチュード最高!問題はフラッグでした。前回のWSでもやや気づいていたのですが、ワタクシ、マジでフラッグ苦手です!今回は、一連の動作の流れが、どうしても覚えきれず、「次、何だっけ?」と思いながらやっていると、できていたはずのアクションができなくなります。で、失敗するもんだから、「TCRだあ、おれ、TCRだあ!」と思ってしまい、ますます縮こまって失敗するという悪循環。ViViでTCR(ViVi、TCRについては、土曜の日記参照)。ホント、下手くそでした。ダンスについては、最終的に、一応振りは覚えることができたのです。ただ、曲に合わせてやってみると、曲のテンポが速く、かつビートが取りづらくて、「何拍目でこの動作」という図式でしか覚えていない頭が、簡単に混乱します。結局、曲には最後までついていけませんでした。前日からの練習で疲れているし、集中力が足りなくなってるし、しかもなぜか微妙に頭痛が始まっていて、練習の合間にも笑顔になれなくなってきました。おっさんです。疲れたおっさんの姿が、ここにあります・・・。うう、発表会、頑張らねば・・・。ギリギリの時間までいろいろと練習しましたが、一向に上手くできる気配がありません。発表会直前、いよいよ頭痛は最高潮に達しました。くっそー、おれのバカバカバカ。いつもこうだよ、いつも・・・。いくらバカバカ言っても、頭痛は消えません。いよいよ午後5時。発表会が始まりました。わざわざ見に来てくださった方や、周りの部屋でダンスなどをしていて、たまたまこの時会場を通りかかった方々という、もったいないお客様が見てくださってます。まずはフラッグ。・・・何も言いますまい。悲惨なまでに、振りが抜けました。心配だったところは、全部失敗しました。続いて、ダンス。・・・何もいうべきことはありません。やはり、曲のスピードがいかんともしがたく、最後はグダグダに。それでも一応ポーズだけはシッカリ決めました。最後に合奏。フォーメーションの変化は、一応できたと思います。まわりのCAメンバーのパーカッションの人についていれば、大丈夫だったからです(苦笑)。例の妖精ステップのところは、思わず神妙な顔つきで踊ってしまいました。ワタクシが笑顔になっていたら、それはそれで気色悪かったことでしょう・・・。後半、曲の盛り上がるところでは、やはり感動しました。最後のffで、渾身の一撃。そのシンバルの振動が止む前に、みんなでお辞儀をしました。盛大な拍手。ついで、WS参加者が前に出て、お辞儀。これまた盛大な拍手をいただいてしまいました。いやー、これでWSも終わりかなあとか思いながらボンヤリしていると、お客様と何事か話していたサイトー代表が、おもむろにサンバホイッスルを取り出しました。こ、これはまさか・・・!?そう、そのまさかです。今回のWSで唯一ワタクシが残念だなあと思っていたのが、前回のWSでやったようなリストランテ・アンジェーロ形式の合奏がメニューになかったことだったのですが、ここで急遽、それが始まったのでした!待ってました!!!すかさず手にしていたシンバルを置き、カウベルを盗み出して、アンジェーロに参加するワタクシ(迷惑)。やっぱりCAはこうでなくっちゃね(身勝手)!!「サンバ・デ・ジャネイロ」「風になりたい」というアンジェーロお得意の2曲を演奏。CAのみなさんと大いに踊って、演奏して、ホント最高でした!!すべてが終わった時、あんなに苦しめられた頭痛が、すっかり消え去っていて、ビックリしました。うーむ、「病は気から」ですな。この後、懇親会を行って、2日間にわたるWSの全てのプログラムが終了しました。んま、モチロンその後、CAの本拠地湯島に場所を移しての打ち上げに、ワタクシの姿もあったわけですが・・・。とにかく、CAのみなさん、WS参加者のみなさん、2日間、本当にお世話になりました。いろいろマズい点があったワタクシでしたが、それも可愛いところと思ってやってください(無理)。ああー、もうー、CA最高! WS最高!次回WSは年明け1月だそうです。アナタ、どうします?モチロン、ワタクシは次回も参加の方向でっ!!!
2004年11月07日
コメント(0)
the CRAZY ANGEL COMPANYさん(以下CA)のワークショップ(以下WS)にまたも参加!(ちなみに前回のWSに参加の顛末は、この日記の7月4日分に書いております)しかし、今回のワタクシは、このWSが楽しみだった反面、とてもビビって(以下ViVi)います。なんと今回のWSは土日2日間! そう、泊りがけです! 合宿です!前回の1日だけでも、ものすごい内容の濃さに圧倒されたのに、2日もあったら一体どうなってしまうのでしょう。しかも、主な課題は、ダンス、フラッグ、合奏の3種目なんですが、合奏では、なんと普段CAの皆さんがやっているように、さまざまにフォーメーションを変えながら演奏、ということに挑戦するのだそうです。当然譜面は事前に覚えておくように、ということでした。しかもしかも、2日目の夕方には、これらの成果を発表するための発表会まで予定されています。だ、大丈夫なの(主にワタクシが)!?いや。しかし、そんなことは、実はささいな問題でした。実は、今回、ワタクシはもっと根本的な問題にハデに直面していたのです。今回のワークショップ参加の条件として挙げられていた「楽器の演奏経験があること」。このルールを、見事にシカトしたまま、ワタクシはWSにもぐりこもうと言うのです。本当はいつ「お前みたいなトーシロー(以下TCR)は帰れよ!」と言われてもおかしくありません。もともとビザを持っとらんのですからね。だのに、来てしまった。理由はひとつです。「だって、楽しそうなんだもん!」そうです。ワタクシは自分の楽しみのためなら、他人の迷惑は顧みない性格なのです。集まった参加者のみんなが、手に手に楽器を持っていて「いかにも楽器経験者!」って空気をかもし出しているのを見て、すぐにでも土下座したい気分になりますが、歯を食いしばって知らん顔をし続けました。会場に到着。まずはジャージに着替えます。Tシャツは「よい子」にしました。前回の「佐藤」といい、初対面の人にはいささか刺激の強すぎるセレクションですが、ま、それこそがワタクシの人となりを現しているということで。簡単なゲームなどで軽く身体をほぐした後、「エチュード」が行われました。CAの練習でも、最近やるようになった種目だそうですが、音楽を聴いて、そこから得られる感情、想像される情景を、身体で表現する、というもの。恥ずかしがらずに、集中して、自分の感情を大きく表現すること、と指示がありました。説明を聞きながら、ワタクシ、気づいたのですが、これは要するにワタクシが何年もの間、DDRというあの変な機械の上でやってきたことに他なりません。じゃあ、楽しめそうかなあ、とボンヤリ思いましたが、いや、これはマジで楽しかったです。最初は、明るく楽しげな曲がかかったので、せいぜいバカっぽく楽しく動きました。CAのメンバーの人達も、実に楽しそうに踊っています。バカはワタクシの最も得意とするところですが、このところDDRから離れていることもあり、バカっぷりにいまいちキレがなかったように思います。感情は、驚くべきスピードで老いるのですね。いかんことです。問題は次の曲。なんだか不穏な感じの出だしだったのです。ワタクシは思わず、見知らぬ街に一人でいるような孤独と、不機嫌な時の理由のないイライラのようなものを感じました。アタマをかきむしり、ふてくされて、座り込みました。ついには寝転がって、軽く足をばたつかせたりしました。周りのみんなも、それなりに苦悩しているようでした。で、しばらくイライラしていたのですが、そのうち、どうも曲調が変わる気配がしました。何か、希望をもたらす明るい兆しが見え始めたのです。まるで、森の中で遠くに一筋の木漏れ陽を見つけたような感じでした。ところが、しばらくイライラしていたものだから、ワタクシの感情や身体は、うまくその変化に乗ることができなかったのです。うわあ。何とかしなきゃ。どうしよっかなー。内心あせっていると、CAのメンバーの方がワタクシの方に近づいてきました。彼は、両手にすくった砂のようなものを、ワタクシの手に細くこぼすしぐさをしたのです。ワタクシはその砂が、はっきりと金色に希望の光を放ちながら、流れ落ちるのを見たような気がしました。思わず両手で、砂を受けました。いつの間にか立ち上がっていて、イライラは消えていました。ワタクシは軽く震えました。一人でやっていたDDRでのパフォーマンスでは得られなかった、誰かの行動に刺激を受けて感情が見事に変わるということに、興奮していたのです。おお。おお!!他人の感情を変えるための、なんという的確な行動! そして、なんて単純なワタクシの感情!今や、両手に持った金色の砂は、球体へと変化していて、頭上に高くそれを掲げるワタクシ。そんなことが、どうして楽しいのでしょう。しかし、今や、その想像上の球体は、どうしようもなく尊く、さらに周りの人にそれを手渡すワタクシ。イライラなんて、もう思い出せません。そのまま、曲の終わり、エチュードが解除されるまで、周りの景色までもがきらめいて見えたワタクシなのでした。すごい! すごいよ! ・・・。そして、この文章の分量もすごいよ・・・。今、気づいたけど。あまりにもインパクトがあったため、思いっきり書いてしまいましたが、実はこれ、じぇんじぇんまだ始まったばかりもいいところ。この後、ダンスの練習があり、フラッグの練習があり、夜には合奏とフォーメーションの練習があり、ワタクシは、普段あまり使わない脳みそから血が噴き出す思いで必死に食らいついていたのですが、それをこんなペースで書いていたら、この日記一週間分になってしまいます。なので、合奏についてだけ、少し書くことにします。曲は「IN CAELUM FERO(何て読むんだろ、と未だに思っているのはナイショです)」。ワタクシの担当はシンバルでした。そう、楽器の王様、あのシンバルです。そして、この王様、大概の例に漏れず、一歩間違えれば即暴君になってしまうのです・・・。山下洋輔さんのエッセイ「風雲ジャズ帖」には、この楽器がオーケストラの演奏をメチャメチャにするくだりが出てきて、実に抱腹絶倒なのですが、今や笑い事ではありません。ただただ自分の失策で、みんなの演奏をメチャメチャにしないように、気をつけるのみです。モチロン、シンバルなんてまともに触ったこともないワタクシですから!事前に送られてきたCDで、原曲をイヤというほど聴いて、とりあえずどこで絶対にあのものすごい音を出してはいけないかだけ、おぼろげに把握しておいたのですが、合奏練習ではフォーメーションの変更がとても大変で、ほとんど演奏どころではない、という状況でした。大丈夫か、おれ!?しかも、途中、曲が静かになって、木管楽器だけが可愛らしいメロディを演奏する部分があったのですが、そこで木管楽器を担当するステキな女性プレイヤーのみなさんには、妖精を思わせる、これまたステキなダンスが振付けられていました。「ああー、いいねえ。美しいねえ。可愛いねえ」などと、オヤジ全開で鼻の下を伸ばしていると、CA代表サイトー氏が、「んー、そこ、吉田さんも踊りましょうか」マジですか!?それは「美女と野獣」ってことですか!?木管楽器とシンバル。美しい女性達とオヤジ。なんだか、あまりにも符合している・・・。出番が増えたのはうれしいので、素直に妖精ステップを踊るワタクシでしたが、なんか、ワタクシがダメにしてません? このいいシーンを・・・。さて、初日の練習は、午後9時を回って、ようやく終了。宿泊する部屋は、CAのメンバーのみなさんを交えた4人部屋でした。んま、当然ながら、参加者ほぼ全員集合で酒を飲むわけですが。いやー、幸せだなあ、と思いながらも、明日の練習、および発表会が不安な気持ちも多少。しかしね、疲れたけど、苦しいけど、それ以上に楽しいのですよ。・・・と、言うわけで、WS潜入ルポ、とりあえず1日目を終了します。果たしてナゴヤは無事にこの危険な任務から生還できるのか!?以下次号を刮目して待て!
2004年11月06日
コメント(6)
11月13日(土)14日(日)は、デザインフェスタですね。まあ、掲示板でも書いたように、今回ナゴヤ堂としての参加はしないのですが、お客として観に行きます!あの伊藤コーイチくん率いる戦うTシャツ屋・伊藤製作所や、小山10さんのbaster great、セイマニンさんのセイマニと、この日記でおなじみのTシャツ屋さんも多数登場します!みなさん、どうぞご贔屓に!ワタクシは、伊藤製作所ブースにこっそりナゴヤ堂Tシャツを置き逃げするつもりです!それとねえ、いろんなブースを参考にして、次回こそデザインフェスタにデビューだ!!(言っちゃった!) さて、ガッコのクラスでそんなことを話してますと、デザフェスに興味を持つ若者が、若干名現れました。そうなると、ムーヴメントにしたがるのが、ワタクシの悪い癖です。早速ツアーを組んで、デザフェスに大挙、押し寄せるということにしました!・・・んまあ、実際はとても大挙なんて人数は集まりませんけどね。こーゆーのは、気は心って奴です。んで、ツアコン・吉田ナゴヤが立てる旅のタイムテーブル(仮)は、だいたいこんな感じです。○AM11:00 東京ビッグサイト前に集合 もしかしたら1時間遅くするかもしれません。 正直、朝起きる自信がないです。 しかしながら、待ち合わせについては、1秒でも遅れた奴は容赦なく見捨てるという、 ハードボイルドスタイルを採用する予定です。 いつも3分とか5分とか小遅刻する癖のある人は、前日から泊り込んでご参加ください。○AM11:05 入口にて、解散(笑) 各自、興味の趣くまま、あくまで自分勝手にデザフェスを楽しむため、 これ以降、団体行動の予定は立てません! 勝手に居たいだけいて、勝手に帰ってください! だいたいね、こんな場で群れるなんて、いいオトナのするこっちゃないッスよ! ワタクシは確かに、できればデザフェスにも、誰かと行きたいなと夢想するほど 寂しがりやではありますが、どっこい、楽しみはとことん自分勝手に エンジョイしたいという程度にはハードボイルドでもあるつもりなんですよ!! 従って、集合即解散! ツアーはこれでオシマイ! あとは全員勝手にしやがれ! 本当はお前らなんて、大っキライだったのさ!! ギャハハハハハハ!!!!・・・。 ・・・えー・・・しかし、モチロン、その・・・完全に群れることを禁止するなんてことは、ワタクシにできることではありませんので、もしも興味が一致する仲良し同士がいるなら、一緒に見て回るってのも、モチロン、選択肢の一つとして考えられるワケでして、どうせ群れるのならば、まあ、ワタクシだって、絶対に加わってやらないとまで言うほど鬼ではないと言いますか(苦笑)・・・。それにそもそもよく考えてみれば、そんなこととハードボイルドとは何の関係もないことなんでして・・・。ワタクシが「解散!」なんて言ったって、誰も解散しなければ、それは解散でもなんでもなく・・・。つまりその後も行動を共にするわけですから・・・。まあ、それならば、別に解散する必要があるわけでもなく・・・。つまるところ、みんなでいた方が楽しくなるわけで・・・。だから結局ワタクシが何を言いたいのかといいますと・・・。待てよう!!おれも連れてってくれよう!!おれだってひとりぽっちはイヤなんだよう!!!!えー。とにもかくにもデザインフェスタ。今から楽しみなワタクシなのでした。前の夜、眠れるかなあ・・・(またかい!)
2004年11月04日
コメント(2)
いろいろとやらなきゃいけないことが多くて、忙しいってわけではないですけど、気が落ち着かない感じなのです。芝居のセリフを覚えなきゃなあ、新しい仕事のやり方を勉強しなきゃなあ、週末にCAさんのワークショップに参加するので、合奏用の譜面を覚えなきゃなあ、などなど、ここに来て、やるべきことがどっと現れた、吉田ナゴヤ34歳の秋なのでございますよ。あれこれ、やらなきゃやらなきゃとは思うのですが、こういろいろあると、気ばかりあせって、結局よく考えたら何もできていない、という事態になってしまう、ワタクシはそういう人間でございまして、どうも自分でも時々困ってしまいます。で、今日は、その中でももっとも懸念事項だった、チンドンの練習をやってきました。月末にあるお仕事で、チンドンでのデビューが決まってしまったのです。その時は、まあ、いずれは通る道だし、逃げるわけにもいくまいと思ってお話を受けたのですが、前に一度だけ、ちょこっと叩かせてもらったチンドンは、とても難しくて、軽く落ち込んでしまいました。月末の仕事では、師匠もいません。ワタクシに逃げ場はないのです。当然、猛練習の必要があるのですが、なかなか都合がつけられず、練習ができていなかったのです。師匠とワタクシの身体が空いていて、練習場所が確保できる時間。考えると、これだけのことが意外に難しいのでした。で、今日、やっと時間が持てて、夕方から師匠の家に行きました。今日師匠と一緒に仕事をしていたサオリちゃんを入れた3人で、区民センターの音楽室を借りて、練習をしました。お二方とも、今日は仕事の後で疲れているところをお付き合いくださったのです。何としても、上手く叩けるようになって、恩返しをしたいところです。練習2時間。多少は前より上手くなったかとは思いますが、それより何より、今日はとにかく練習ができたのがよかったです。なんだか、このまま練習できずに本番を迎えてしまったらどうしよう、みたいな不安が、ずーっとアタマのどこかにありましたからね。不安というのは本当に恐ろしいもので、たとえ楽しく遊んでいようが、常にアタマの中に居座っては、「ダメだぞー。そんなことしてちゃダメだぞー」と言い続けるのです。はい、ワタクシはA型です。これから月末までの間に、もう何度か練習して、多少とも自信をつけた状態で、お仕事に臨めればと思います。なんたって、すぐビビるけど、開き直ったら強いのがA型ですから。まずは開き直れるところまで、自分を持っていけるように。
2004年11月03日
コメント(0)
新札発行だそうですね!いよいよ本日から流通だそうですけれども。どうですか? ご覧になりましたあ?ワタクシ、まだ見ておりません。と、申しますかね、ここんとこ、普通に一万円札を見とらんのですよ。ホラ、Tシャツラブサミットがあったじゃないですか。あれで、Tシャツを1枚¥3000で売ったんですが、お釣りを渡せるように、現金4万円相当の千円札(要するに40枚ですね)を持って行ったんですが、さすがラブサミのお客様は、慣れてらっしゃると見えて、みなさん千円札で、お釣りナシでのご購入をいただいたわけです。で、ラブサミが終わってみれば、ワタクシの手元には、40枚の千円札が丸々残ったのでした。ここんとこ、そいつを取り崩して生活していますもんで、財布の中は常に千円札しか入ってない状態なのです。ボチボチ、一万円札の絵柄を忘れそうです。五千円札も。うう、財布の中に札が千円札しかないってのは、なんだか貧乏です・・・。ま、実際貧乏なんですが。しかし、こちらで、新札の画像を見たわけですが、なんだか変更するたびにチャチになってるように見えるのはワタクシだけですかね?ってゆーか、前回の変更って、もう20年前なの!?そんな昔とは思いませんでした・・・。まだ伊藤博文の千円札がクッキリ思い出せるんですけど・・・。んもう、ナゴヤったら、骨の髄まで昭和のオ・ト・コって感じ?んむ。今日は最後まで自分のテンション管理が上手くできなかったです!投げっ放しで終了します! では!
2004年11月01日
コメント(0)
全20件 (20件中 1-20件目)
1

![]()
