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新しいサーフボードを試すのは買ったばかりの新車で初めてドライブするようなものでそれはもうドキドキわくわくする。newborad に乗るのは、今日で3回目なんだけどこれまでの2回は台風後のぐちゃぐちゃのコンディションでいまいち乗り心地がわからなかった。そして今日。波は小さいけれど、ホームビーチにはメローな波が割れていた。観光客も随分少なくなり、海の大混雑もひと段落。ロングボードには ちょうどいいコンディションだ!これまで乗っていたボードは10feetの長さがあり とても重かった。おかげで、小さなうねりでもテイクオフ出来ることからアウトで割れるメローな波の時は 最高の威力を発揮してくれた。でも、その分掘れてくる波の時はボードが波に刺さったり ターンがしにくかったりという欠点がある。そのため newborad は これまでのより 0.6 feet短くピンテールでターンのしやすいタイプにしてみた。果たして上手く乗りこなせるか? 短くなった分、バランスの取り方や テイクオフのタイミングに慣れるのに少し時間がかかったけど、今日は ようやくいい感じが掴めてきた。他人行儀だった所から、ようやく打ち解けてきた感じ。何より、プルアウトの時、ピッとキレがいいのが気持ちいい。あまり newborad ばかりほめると 10 feetが すねると困るのでこれからは 両方波に応じて乗っていくことに。新しい相棒が増えて、また海が楽しくなった!
August 27, 2009
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昨日の続き。多賀氏は、その研究の中で<身体や脳の発達が U字型の変化を遂げる> ことを自己組織化の観点から解き明かしている。一見 順調に伸びていた発達が止まったり 逆行しているように感じる時。それもまた成長のプロセスなのだと。これは組織論・経営論で世界的に著名な ピーターセンゲらの述べている組織発達における U理論と同じではないか!(文献を見る限り 彼らは多賀氏の研究を知って この理論を創り上げたのではないようだ)つまり 組織も生命も 同じような振る舞いをすることを別の観点から学術的に述べているのが興味深い。またこれを別の視点から考えると弁証法のいう 3次元的な螺旋型の進化が2次元で見るとU字型に見えるようにヘーゲルは同じことを別の視点から述べているのかなと感じた。もしそうなら 益々面白い!身体と組織と時代との 繋がり・・・それらをまとめて論じられるような学際を超えた学びがあるとすれば 僕はそれが東洋哲学・医学だと思う。そしてその学びは 学者の論文の中にではなく 体験の中に 自然の中にある。
August 26, 2009
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カラダの凄い所は いろいろあるけどその中の注目すべきことの一つに、その組織力がある。カラダを創り出す細胞の数は 60兆~100兆と言われているがそれをまとめあげ、行動することがいかに難しいことか。国連ですら この地球上の人類(約60億)をうまく制御できないことを考えても その凄さが理解できると思う。 「身体は国連の1万倍のことを、いとも簡単にやってのけている!」それはとても興味深いことであり身体において その仕組みを解き明かすことが出来れば同じ複雑系システムである この国家・社会・経済・企業・人生はたまた 波乗りや 畑なんかにも応用できるはずだと僕は思っている。その意味で、僕達が生命システムから カラダから学ぶべきことは多い。「脳と身体の動的デザイン」 多賀厳太郎著この本は「非線形システムである身体が、いったいどうやって制御されているのか?」そんなことが書かれた本だ。理系向けに書かれているため、以前読んだ時には 数式の山にクラクラしたけど最近あるきっかけで、読み返すと 改めてその内容にとてもワクワクした!多賀氏のいう 制御の概念は「制御するものと されるもの」という関係性を超えるものだ。それは 老子のいう「 The way to do is to be ~ 何かをなす為には そのものになることだ」という言葉の深い意味と 同義だと思う。 制御するもの されるものという 関係を超えた関係性。主体と客体の2元論を超える時 制御する対象すらもなくなりただそこには自己組織化のダイナミックスのみがあるのだろう。それは セラピストが 施術中ふと感じる クライアントとの一体感や 静けさ。気持ちよく波乗りをしている時 ふと感じる 波との一体感や 静けさとも同じだと思っている。そのほかにもまだいろいろあるので、また改めて。とにかく面白い!
August 24, 2009
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自然農といえども、全く何もしない訳ではなく草の勢いが強すぎる時は 少し根本の草を刈ったり野菜の勢いが足りない時は 油粕や糠などの肥料をほんの少しあげたりという制御を行う。大きな自然の流れに添うための微調整。では、その加減は 何に基づいて行うの?というと最終的には「なんかいい感じ」に従うようにしている。その感覚はきっと 企業の経営や カラダの治療、書道や絵画の審査なんかも同じだと思う。「なんかわからないけど あの絵はいいよなぁ・・・」という感覚は論理や分析では、なんとも判断がつかないものだ。けれど、多くの人の深い部分にある 普遍的な「美意識」のようなものはその良し悪しを しっかり判断できる。演繹的な論理を超えたところにある、直感のようなもの。 複雑で多層的なシステム全体を見渡す 広い視点。「なんかいい感じ」は、決していい加減なものではなくそんな所から出てきているものなんだろう。・・・・・・・・・とはいっても、それは非常に「漠」とした感覚でありそれが本当にいいのやら、自信の持てない時もある。社長から「なんかいい感じがしたので 君は首だ」なんて言われても困っちゃうし・・・。それはカラダを診る時も、WSのファシリテートをする時も同じでさまざまな分析や・観察や・論を尽くすのは最終的に その漠とした感覚でもって 決断をする際の自分に対する言い訳のような気がする。「既に自分の中で答えはわかっている」けれど「これで決断してよかったのだ」と、自分に言い聞かせる為の拠り所。いつだったか、小泉元首相の意思決定手法について 誰かが述べていたけど彼は「大きな決断は一瞬の直感で行う」ことをポリシーとしていたそうだ。この話を聞いた時なるほど、あの切れ味の良さはそこから来るのかと 感心したのを覚えている。国家の大きな決断をしたあと「なんかいい感じだったんだよ」と にやりしてるような・・・haha。模範解答のような、官僚のつじつま合わの説明より、僕はそちらの方を信じるなぁ。
August 23, 2009
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夏の朝早く、畑に出かけると こんな風景に出会うことがある。ささげの花。朝露に濡れた畑のなかで、朝日に照らされて 輝くその紫の艶やかなこと!夏の花の中でも、一番好きな花だ。でも、お昼を過ぎる頃は もう花はしぼんでしまい茶色い無残な姿になっている。でも、そのすぐ後には 紫色の長いさやが伸びてきてその中の豆が ぷっくりふくらみさやがパリパリに乾いて はじけそうになると・・・いよいよ豆の収穫になる。まだ薄皮がついているのもあるけど夏の陽射しをたっぷり浴びて 濃い紫色をした豆は、ほのかな甘さもあり絶品だ。しばらく乾かして、来週には 新豆のささげご飯が食べれるかな。その頃には もう秋だ。
August 16, 2009
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未明の地震、大きな揺れにびっくりしましたが、何事もなく無事です。台風の大雨も、雷を伴う激しいものでしたが、ようやく雲の切れ間が見えてきました。ご心配頂きありがとうございました。このところ、いろんなことが激しさを増しているように感じます。8月は海水温の上昇に伴い、潮の干満も大きくなる季節。地球規模でも起こるこのような激しい振幅は個人や社会レベルでも起こっている現象の象徴なのかもしれません。・・・・・・・強い力同士のぶつかり合いは時に激しい揺れや・混乱や・渦を創りだします。それはプレートのぶつかり合いによる 地震もそうだし高気圧と低気圧のぶつかりあいによる 竜巻もそうだしリベラルと保守のぶつかり合いによる 政争もそうだし東洋と西洋のぶつかり合いによる 文明の衝突もそうだし内面の感情と それを抑えようとする理性のぶつかり合いによる 葛藤も同じでしょう。実は僕自身もつい先日、非常に悩ましく でもいかんともしがたいことがあり急に呼吸が苦しくなるような症状がありビックリしていた所です。きっと今後、時代は激しさを増していくのかもしれません。光と影の対立も激しさを増していくのかもしれません。そんな時「いったい僕達はどうすればいいのだろう?」最近そんなことをよく考えます。・・・・・・・・・僕は、その答えにそのまま当てはまるかどうかは わからないけど「誠実に希求する」というありかたを 大切にしたいと思いました。「誠実に希求する」僕は戦争を知らないし、想像でしかその悲惨さを感じ得ないけどこの言葉を読むと、この文章を書いた人の ほんとうに誠実な気持ちが伝わってきます。激しい動乱と、本当につらく悲惨な体験のなか戦争のない世界を、普通のことを普通に行える社会をほんとうにほんとうにありがたいと思ったんだろうなぁと。だから、心の底から そうあることを希み・求めた。そんな先輩方の強い想いが、一筋の光となり激しい動乱を乗り越え、今の平和を創り上げる 大きな指針となったのだと。それは「祈り」というべきものかもしれません。当たり前のように地面があり当たり前のように太陽が降り注ぎ当たり前のように空気と水があり誰しもが平和に、与えられた使命を存分に発揮出来る、幸せな暮らし。そんな世界を 誠実に希求すること。 誰に何といわれようと どんなに道は遠くとも 誠実に希求すること。改めて、そんな大切さを感じた日でした。
August 11, 2009
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ついに、ついに・・・我が家に新しいボードがやってきた!ウェーバースタイリスト 9.4ft。まだワックスを塗る前の ぴかぴかのデッキは スーパーカーを思わせるかっこよさだ。畳の上において、ステップの感じを何度も確かめてみた。take off から、ちょうど2歩で足がかかる、ぴったりサイズだぜ うほ~ぃ!ああ、一刻もはやく、乗ってみたいんだけど今日から明日は、台風の影響でジャンクコンディションだしお盆の大混雑した海で新しいボードをぶつけられるのも嫌だしその後すぐに東京だし・・・。という訳で、海は再来週までのお預けでしばらくは イメトレで我慢するのだ、そう我慢するしかないのじゃ~。でも、なんだか夢に出てきそうな感じだなぁ・・・。
August 10, 2009
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物事をゼロから生み出すのって、すごくエネルギーが必要だ。植物の芽ぶきや 僕達の誕生もそうだし何より、この相対的な宇宙が生みだされた時には想像もつかないエネルギーが必要とされたのだろう。それは新しいWSを生み出す時も同じ。そこには多くのエネルギーと共に それをそっと包みこむ やわらかな飼葉が必要だ。昨日、スペースUさんで そんな新しいWSが産声をあげた!これまで何百回とWSを行ってきた僕だけどやっぱり初めてのWSを行うときは、不安で声が震える。「この表現で的確に伝わるだろうか? レジメはわかりやすいだろうか?・・・」でも、昨日のプレWSに集まってくれたメンバーはそんな生まれ出ようとするWSを 暖かく見守りいざなってくれた。(まるで助産師さんだ!)最初は 恐る恐る歩みを進める感じだったけど参加者のみんなからの、有機的なシェアやつながりによりWSが次第に息を吹き込まれるのを感じてファシリテートしている僕自身が ゾクゾクしてくるほどだった。 そしてWSの終盤、ペアワークでみんなが深く呼吸をしている最中夕陽が窓から差し込んできて、場全体が神々しく輝いていたのがとても印象的だった。それが自然のなせる祝福なのか、偶然なのかなんてそんなことはどうでもよくてとにかく出産に立ち会ってくれたみんなに感謝!そしてこれからも、この子の成長を見守っていて下さい。ありがとう!
August 9, 2009
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夏野菜順調成育中!自然農のいい点の一つは、病気に強い所だ。長雨が続き、土がべちょべちょになる今年のような天候は病気が発生しやすい。でも、自然農では草があるため、土がぬかるまず さらっとした感じ。おかげで、今年もみんな元気に育ってくれている。ただ、収量に関しては いつも通常農法にはかなわず5割から6割くらいという所だろうか。これまでは、「まぁ、自然農だからしょうがないよな~」と思っていたけどなんかそれでは面白くない。これまでも、そこにジレンマを感じてきたけど今年の春に思ったことは自然農が、ほんとうに素晴らしいものであるならば哲学として素晴らしいだけでなく美味しく・安全な野菜が・安定して収穫できてこそはじめて「地に足のついた学び」となるのではないか ~ということ。きっと、そうでなければ多くの人を巻き込み、広まる力となり得ない。そしてそのために「自然農だから収量が少なくても当たり前」という 言い訳をせず収量と・美味しさと・哲学と 全てを満たすような畑にしてみようと思った。 そこで、今年は少し油粕を与えてみたり自然農に適した種を仕入れたり、試行錯誤してみた結果畑全体がとても健康で、元気溢れるいい感じになってきた。うむうむ!自然農 と 慣行農法自然に沿うこと と 人為的なコントロール自由放任 と 規制 相反する その両者のどちらかが優れているのではなくその間を 行ったり来たりすることで学びは深まっていくものなんだろう。だからこそ、その両者の間を身軽に行き来できるような柔軟性が 身体にも 企業にも 社会にも必要なのだと思う。
August 2, 2009
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