全11件 (11件中 1-11件目)
1

秋の感謝企画無事終了!不思議とこのイベントは、いつも季節の変わり目となるようで終了と共に、今日から秋雨模様。乾いていた大地を潤す恵みの雨だ。リトリートやワークショップでご縁あった人たちに僕達夫婦の暮らしそのままを見てもらいたい。大好きな伊豆の海や、自然農の畑を体験してもらいたい、と始めたこの企画。実はその根っこは、2005年から運営していた「里山リトリート」というカラッポ体験=Unplug のためのリトリートが原点になっている。当時は、夢をもって独立したため「いろんなことを伝えなくちゃ!」という想いが先走り今から思えば、なんか いっぱいいっぱいに背伸びしていた。だから、この里山リトリートをクローズすることになった時も残念さと寂しさの反面、<ほっとした>というのが正直な所でもあった。・・・・・・・・・その後 時を経て「今度は自分達も もっと自然体でいられるそんなリトリートをしてみたいなぁ」というのが この感謝企画の原点だ。何より、僕の一番好きなものを 全部詰め込んで「ほらほら、自然農の野菜美味しいでしょ? 伊豆の海での波乗り最高でしょ?」と<好き>をストレートに伝えられるのが嬉しい。定員が少なくて、毎回お断りしなくてはいけない方が沢山いるのが申し訳ないけど本当に好きなものって手のひらの中のホタルを 大切な人に見せるようにそ~っと「ほらね!」と伝えるものだと思うから。という訳で、また来年も そ~っと告知しますので、どうぞお楽しみに!
September 29, 2009
コメント(4)

自然農を始めてからの数年間。いろんなことがあったその中でも、今年の畑はすこぶる健康だ!野菜の出来も、もちろんいいし、虫や病気の被害も少ない。何より、足を踏み入れた時に感じるその雰囲気が、理屈に抜きに・・・何だかいいかんじ!ここまで信念を持って やってきたことの結果がこんな風に形として現れるのは、ほんとうに嬉しく、誇らしいことでもある。(大根の芽ぶき)僕はWSの中で、カラダのことを解剖生理という観点からだけでなく「制御の困難な複雑系である身体や心に対し セラピストはどうあるべきなのか?」というシステム論の観点からもお話ししているのだけど時としてそのような視点に なじみの無い方からは「それは理想論だ」とか いろいろなご批判を頂くこともある。 でも、僕は誰に何といわれようと そこに絶対の自信を持っていられるのはその理論を、机上やシュミレーションの世界だけでなく自然農の畑で 信念をもって実践し 「ああ、間違いないよ。ほらこの畑を見てごらんよ!」と言えるから。そして何よりも僕は複雑系であるこの人生で、自らの生き様でもってそれを実践し「ああ、間違いないよ。だって僕はそう生きている!」と胸を張って言えるから。それが僕の源なんだぜ ベイベー。
September 24, 2009
コメント(8)

台風の進路予想って最新式スーパーコンピュータを何台も使ってきっと僕達の頭では想像もつかないようなシュミレーションしているのだろう。でも、そこまでしても1週間先の、いや3日先の台風の行方すら当たらないことが多い。 (ささげ豆に止まったカエル・・・「僕の予想の方が正確カモヨ!」)それは、複雑に絡み合う人生や 経済や カラダなんかも同じ。「何がどう影響し、どう変化し 最終的にどうなるかなんて誰にも予測はつかない!」けれど、そんな世界のなかで僕達が迷うことなく生きていけるのはこれまでの経験や、何となく感じるパターンや流れみたいなもので大体の方向性がイメージできるからだ。まるでそれは台風の予報円のように おおまかな確率としてこの先 大体こうなるだろうみたいなイメージ。そのイメージを、指針を見出す力こそが人生や経営やカラダを診る上で大切なのだと思う。東洋哲学やゲーテやヘーゲルなどの述べる 螺旋の進化もまたそんな自然の観察から生まれたはずだ。自然はそんな大いなる指針を与えてくれる。
September 18, 2009
コメント(0)

マリアナ諸島沖で発生した台風14号は中心気圧915ヘクトパスカルという 非常に強力な勢力を保ったまま小笠原諸島に向かって北上を続けているという・・・915ヘクトパスカル!そして今日、伊豆のビーチにも そのうねりが届き始めた!この写真は、随分離れた高台からの画像のためその迫力がいまいち伝わりにくいけれど普段の波では、このビーチのこんな奥で波が割れることはめったにない。近くで見ると、そのぶ厚い盛り上がりに身震いがするほどだ。このビーチで波乗りするのはこれが3回目。まだ慣れていない。今日は波の破壊力も強そうだし所々水面下に岩が隠れていて、そのありかがまだしっかり頭に入っていないし少しドキドキしていた。newboradを買ってからは、少しご無沙汰していたけどこんな時は、やっぱり何年も慣れ親しんだ、10feetのボードが一番信頼できる。パドリングを始めると、その安定感といつもの感覚を感じ、少し安心できた。時折沖でブレイクする強烈な波に何度もやられながら必死でアウトまでパドリングして、そこで割れるうねりにトライしてみた。サイズは頭半くらい、分厚くパワーがありそうだ。少々びびりながらのtake offだったけどググッとレイルを入れ込んでボトムターンが決まるとあとは気持ちよく加速してくれて、最高のライディングになった!・・・・・・・・・・慣れない場所での危険を伴うトライには最初は恐怖心が湧いてくるけど一度経験しちゃえば、次からは案外何でもなかったりする。「な~んだ、オレ全然やれるじゃん!」という感じで低い所においていた、自らの基準がグッと引きあがる。そしてその基準って、一度上がっちゃえば 一生続くものだと思う。そんなトライアルが出来るのも、信頼できる相棒のおかげだ。
September 17, 2009
コメント(0)

新しい政権の誕生に合わせる様に畑ではいま、夏野菜から秋冬野菜への転換期を迎えている。地上に葉を生い茂らせるものから地中奥深く、根を張るものへ 主役が移り変わる。(人参の芽)それはまた目に見えるものから 目に見えないものへの外に向かう成長から 内面的な深みの充足への 大きな転換期でもある。その繰り返しにおいて、野菜も畑も成長するのなら日本の本当の成熟は、いよいよここから始まるのだろう。そんな季節の変わり目には、時に強い風が吹く。
September 17, 2009
コメント(4)
![]()
いつも愛読している ロングボーダーのための雑誌 NALUにジョン・ペック のインタヴューが載っていた。 彼のことは、以前サンディエゴに住む友人から教えてもらって、その存在を知ったんだけど、その深い思想にふれるのはこの記事が最初だった。彼はインタヴューに答えてこんな話をしていた。「すべての生物は 海の波の割れるゾーンで生まれたんだよ。そこには、宇宙のエネルギーの全てが結集しているのさ。」波の割れるゾーン・・・それは創造と破壊のせめぎあうエッジでもある。複雑系科学において、生命は「カオスの縁」と呼ばれる規律と混沌の狭間、エッジに生まれたという仮説がある。彼は ヨガを通じて 波乗りを通じて、神聖な生き方を通じて、現代科学の見出した最高の発見を、自らの内側に見出したのだろう。ヒンドゥーの神であるシヴァは、創造と破壊の最中で激しいダンスを踊り続けると言われているけれど、彼の波に乗る姿は、まるで瞑想しているかのような淡々としたものだった。そこに僕は、徹底的に圧倒される。
September 12, 2009
コメント(0)

観光客もめっきり少なくなり、いつもの海が戻ってきた。8月はあまりにも混雑し過ぎていて、結局5回くらいしか海に行けず 身体もなまり気味だ。その分を取り戻そうと、9月に入り随分海に通っている。今日の海は、台風のうねりがまだ少し残り時折形のいい波が来る 秋晴れの海日和だ!新しいボードにも、徐々に慣れてきた。フェードターンをする時、これまでのスクウェアーテールの板よりもクイックに回る感じがする。・・・と、いろいろ実験をしながら調子に乗っていたら急に掘れて来た波に巻かれて、そのはずみで リシューコードが切れてしまった。近くに人がいなくて怪我をさせなくて良かったけど、気をつけなければ・・・。これまで十数年間波乗りしてきて、リシューコードが切れたのはこの新しいボードの 試運転の時が初めてで、今回が2回目だ。十数年起こらなかったことが、2ヶ月で2回。いったいどういう訳なんだろう?ただの点検不足か?倉庫の奥にしまいこんだままにされている、今まで乗っていたboardのジェラシーか?それとも、新しい何かに繋がることを示唆したメッセージなのか?いろいろなことが、新しいプラグへの繋ぎなおしをする時・・・Unplugなのかも。とにかく、次回は新しいリシューコードを買って久しぶりに10Feetを引っ張り出して、海に連れて行ってあげないとね。
September 11, 2009
コメント(4)

テレビで「野菜工場」のことが紹介されていた。管理されたクリーンルームの中で、温度管理され、肥料の入った水を与えられ青白い人工照明の下 レタスが育っている姿は 異次元空間のように感じる。それもまた必要があって、生まれたことでありその存在には意味があるのだと思う。でも、野菜工場と自然農の畑との根本的な違いはそこで自立しているかどうかというところ。(ニラの花の蜜を吸うアゲハ蝶) 野菜工場は 停電した瞬間・・・OFF それで終わりだ。誰かがずっと 意図的に手をかけなければ野菜は育たない。自然農は 誰かが肥料をあげなくても 水をまかなくても 花粉を交配しなくてもその生態系や自然の営みの中で、自立して野菜が育つ。時間がかかるけど、粘り強く待つことが必要だけどそんな 自律的な仕組みを創り上げることが、自然農のとても大切な仕事だ。それは、途上国への援助や 補助金による産業育成、薬漬けの医療の問題点もまた同じ。 <自らの力で、考え・工夫し・生きていく力を育てること>開発教育や・コーチング・自然農の本質はそこにあるのだと思う。イヴァン・イリイチのいう Unplugとは そういうあり方を提起したものだ。そしてそれは、僕達がさらに高い視座に昇るためのあり方だと思う。
September 9, 2009
コメント(4)

この土日、クリパルヨガの集中コース「フェニックスライジング ヨガセラピー」のWSに参加してきた。クリパルの普段のヨガクラスも 僕にとって大きな学びの場だけど特に集中コースは「クリパルステージ1~3」をはじめその体験が、人生の転機になったといっても過言ではない、深みをもった内容だ。今回のフェニックスライジング・ヨガセラピーはプロセスワークっぽいもので、動きやアサナの中での体験を深く感じ、見つめていくもの。その体験は、いろんな気づきを与えてくれた。特に、ワークの中で「いつも易きに流されてしまい 頑張り切れない」と感じていた、自分の弱さの奥底にまるで ライオンが雄たけびを上げるようなとても力強く、パワフルなエナジーを感じたことが とても大きな驚きだった。この相対的な世界が プラスとマイナス 陰と陽 でバランスを取りながら出来上がっているのなら弱さの奥底には 同じだけの強さが存在するのだろう。表面的な強さの奥底には もろく繊細な弱さが存在するのだろう。明るい笑顔の根っこには 深い悲しみがあるのだろう。それをひっくるめての自分という存在。今週末も後半のWSがある・・・どんな体験があるのか楽しみだなぁ。
September 7, 2009
コメント(6)

選挙期間中、テレビではいろんな候補者の主張や演説を流していたけど僕は、民主党の福田えりこさんのお話しが一番心に響いた。「社会の底辺で必死に生きる人々の声を届ける」(白菜の芽)その真っ直ぐな眼には、嘘や・誇張や・けれんみが一切感じられなかった。彼女の真剣な気迫の前に、ほかの有力な候補者たちの発する「苦しい選挙だからご支援下さい」とかいう演説は色あせて感じた。「わたしは非力な庶民だから、か弱い病人だから 政府が何とかしてよ」的な リベラル派がよく行う主張は、僕は好きではない。けれど彼女の言わんとすることは「ほんとうに誠実に働き・しあわせを希求し、生きようとする人々の暮らしが 困難と不安に満ちているとするならば それはおかしいよ! そんな声を政治が国会に届けられないとしたら おかしいよ!」というものだ。そこに僕はとても共感する。(キャベツの芽)小さき者の声。僕は、人前でお話をすることが仕事だけどいまだに緊張して声が震えるような人間だ。呼吸のWSをしているけど、息が浅くぎこちなくなるような人間だ。でも、だからこそ、そんな人間だからこそ わかることがある。そこには葛藤もあるけどそれを隠して自信満々に振舞うのではなくそんな小さな声に 光をあて 耳を傾けられる人間でありたい。福田さんが 勇気をもって立ち上がったように僕もまた 僕にしか出来ないことで この世界の何かの役に立ちたい。
September 5, 2009
コメント(6)

東京・大阪とWSを終えて 伊豆に戻ったら庭のカボチャが 大きく育っていた。我が家では、野菜クズや食べ残しを堆肥にしているんだけどこのカボチャは、そんな種から芽を出したものだ。堆肥置き場から、ぐんぐん茎を伸ばしたカボチャは最初芽を出した所から、思いがけないほど遠く離れた所に実を結ぼうとしている。カボチャは肥料分をよく吸収するため親と同じ所に種がこぼれても、もうそこには栄養分がないことを知っているのだろう。それは故郷を離れて暮らす、今の自分のあり方ともどこかしら重なるような気がする。・・・・・・・先日の大阪WSの合間に 今度11月にお世話になる神戸フェリシモさんにご挨拶に行って来た。ここからの風景は神戸でも1番ではないかと思えるくらい街を一望できる素晴らしい眺めだ。六甲の山々~以前住んでいた実家のあたり~シックな建物が並ぶ三宮~港。そんな風景をぐるっと見渡すと、なんとも感慨深い。(村上春樹の「風の歌を聴け」も そんな神戸の街が舞台となっているのをご存知?)僕も故郷を離れてもう20年近くになるけれど神戸の街並みも随分変わっちゃったけどその茎は きっと今も 芽を出したところと繋がっていてそしてそんな街でまたWSを出来ることは、僕にとって大きな喜びとなる。
September 4, 2009
コメント(0)
全11件 (11件中 1-11件目)
1