ゆんたま Spiritual Life
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気がつけば、もう半月も書いていなかった。なんやかやと忙しいのと、最近ミクシィを始めたせいもあるかな。今日、久々に書きたいと思ったのは、数日前に本屋で見かけた本に感じるところがあったからだ。その本は「Bashar 2006 バシャールが語る魂のブループリント」である。言わずと知れたチャネリングの元祖であるバシャール。私が最初に読んだのは、もう15年程前になるだろうか。今回のバシャールの言葉が収録されたのは2004年12月というから、1年ちょっと前のことになる。本の前書きに、VOICEの喜多見氏はこんなふうなことを書いている。自分の現実は自分の観念が作り出しているということは、今ではあちこちでごく当たり前のように語られていて、ちょっと精神世界をかじった人達の間では「そんなこととっくに知ってるよ」という人も多い。でも「知っている」ということと、「できる」ということ(=観念を変えて現実を変えること)は決定的に違うのだ、と。この言葉は私にとって痛かった。いや、言われるまでもなく自覚してることなんだけどね。なぜこの現実を変えることができないのか。いや、ほんの少しずつでも現実を変えてはいけてるのかもしれないよ。でもその実感がない。現実を創造している、自分できちんとコントロールできている、という確かな実感が、ない。状況やしがらみや時代の奔流に、つまりは自分以外の外側のものに、振り回されているとか流されているという感覚ばかりが強い。 これって、自分のセンター(中心)に居ないよね。 中心の外れた独楽のように、ふらふらゆらゆら揺れてる感じ。今回の「魂のブループリント(青写真)」という本では、知らず知らずのうちに私達がもっているその観念を変えるということについて詳しく書いてあるらしいのだけど、ふと自分自身はどんな観念をもっているんだろうか、と考えてみた。本にも書いてあったと思うけど、「○○があれば□□ができるのに」と私達はよく考える。○○と□□の中に入る言葉は、人によって千差万別だろう。たとえば、「もっとお金があれば、勉強できるのに・良い家や車を買えるのに・夢を叶えることができるのに」「もっと美しければ、異性にもてるのに・玉の輿に乗れるのに」「素敵な恋人がいれば、もっと幸せになれるのに」等々。私も当然そう思っていることがある。だけど、これも一つの観念=思い込みなんだよなぁ、と気づいた。(思い出したという感覚に近いけど。) それでは、「○○があれば□□ができるのに」 ↓ 「○○がなくても□□はできる」と言い換えてみたら?いや、すぐに「□□ができる」とは言えないこともあると思うんだけど、こう言い換えてみると何か自分の中で響くものがあるのだ。 ○○がなくても□□はできる…カモシレナイ。そこに、私を縛っている思い込みを外す鍵があるような気がする。ここから何かが変わり始めるような予感がある。しかし、あんまり進んでないような気がするねぇ。まだこんなこと言ってるのか、という感じだ。遅々としたカメのような歩みである。前に進んだと思えば戻り、戻ってはまた少し進み。まぁ、それが自分らしいと言えば自分らしいのだけれども。*******************************************************SoulNavi Wisdom Club本館
2006.03.19
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