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長い長い修復が終わり、来年2013年から公開されるというのでいち早く下見に行ってみた。フォロ ロマーノは、ご存知のようにローマのおへそがある所。古代ローマ時代、帝国各地へここからの距離が測られた、ローマ帝国のど真ん中ということになる。バジリカといわれた商業取引所や裁判所のほかに、重要な神殿などが集まっていた場所でもある。このフォロ ロマーノ内、パラテイーノの丘寄りの場所に、この古い小さな教会がある。隣に位置する「40人殉教者教会」のような感じで、もともと6世紀に建てられたもの。内部は、6世紀から8世紀にかけて、各法王が、フレスコ画を描かせたので柱から壁に至るまでフレスコ画で埋め尽くされていた。9世紀半ばに起きた地震と、フォロ ロマーノの湿地化(もともと谷に位置するので、水はけが悪い)により、教会は崩壊し、この教会の代わりに現在コロッセオ寄りにある、フランチェスカ ロマーナ教会(もともとの名はサンタ マリア ノヴァという、つまり、新聖母マリア教会という)が出来た。建築的には、もともとローマ皇帝のお屋敷があったパラテイーノの丘に近いということもあって、皇帝付近衛兵たちの詰め所になっていた所を、教会にしたという興味深い場所でもある。また、この教会を有名にしているのは、内部のフレスコ画。特に、ローマでは最初の聖母マリア像(6世紀)が描かれており、それは、ビザンチンの影響が強く見られる。マリア信仰は、5世紀のエフェソス公会議の後に広がったもので、もともとのケレス女神や、ヴィーナス女神に見られるような女性崇拝にもつながっていると言われる。内部は思ったよりも、状態の良いフレスコ画が多く、興味がある方はフォロ ロマーノ見学ついでに足を向けてもいいと思う。来年の公開については詳細はまだ発表されていない。経済危機の時代でも、こうして修復が終わり、大事なモニュメントが見られるようになるのは、とても嬉しいことだと思う。
2012.10.31
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時計の針を土曜日の夜に全部一時間遅らせる。ということで、日曜日の朝はちょっとだけいつもよりもゆっくりと時間を過ごせるのは、いいのだが、正午にもうお腹がすいたりしてしまう。今朝はぐっと気温が下がって、もう毛糸が恋しいような感じ。サマータイムが終わったとたんに、気候も冬バージョンになるなんて、行き過ぎ。北イタリアでは、昨日雪が降っていた所もあって、ホント冬の到来という所。
2012.10.29
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ローマ旧市街には、いくつか有名なバールがある。ここのカフェが一番美味しいとか、人に寄っていろいろあるのだけれど、家人曰く、沢山人が入って、しょっちゅうコーヒーの機械を動かしている所がいいそう。わたしのお気に入りは、ラルゴ トーレ アルジェンテイーナという、バスが沢山停まる場所にあるカフェ。ここは、アレア サクラつまり、聖域といわれる場所で、古代ローマ時代の神殿跡があるところ。また、ローマで由緒ある劇場、テアトロ アルジェンテイーナがあり、そこは、昔シーザーが暗殺された場所でもあるのだった。ここに、フェルトウリネッリという大きなブックショップがあり、その1階にカフェがある。軽食も食べられ、アレア サクラを見ながら、ゆっくり出来るという具合。外が見られるので、待ち合わせにももってこい。La Feltrinellilargo torre argentina 7/20, 00186 Roma tel.:06'68 93121
2012.10.28
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ついに、この日がやってくる。サマータイム切り替えは3月最後の日曜日から10月最後の日曜日となっているので、今週末サマータイムが終わって、冬時間になる。今回は、時計の針を一時間遅らせるので、日没が一挙に一時間早くなる訳だ。このサマータイム切り替えは、混乱がないように週末になっているわけだが、テレビでも新聞でも報道されるので忘れるということは、あまりない。(そういう人もいないことはないけれど)この一時間の差というのが、時差ぼけに近いものがあって、やはり変更1週間くらいは調子が悪い。体が慣れるまでにちょっと時間がかかるわけだ。これが、一年に2回もあるのだから、サマータイムを取り入れない日本の気持ちもちょっと分かるような気もする。(だけど、夏の間、21時くらいまで明るいのって気持ちがいいし、節電になるんだけどね)という感じで、週末突入。
2012.10.26
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リスボンのベラルド美術館という現代アートミュージアムにも彼女の作品がいくつかあったが、彼女の作品は世界中にかなり散らばっているので、どこかで見たという方も多いだろう。日本の那須高原にも彼女の美術館があったが近年閉館してしまったらしい。一体、どういう人だったのかというと、パリ生まれの女性だったが、芸術については独学という感じだったらしい。もともと、作家と結婚したあと、精神生涯の治療で始めた絵がきっかけだったという。とても興味深い話だ。彼女の作品の多くに出てくる太った女性は、妊婦を表現しているらしい。彼女自身は、モデルとしても若い頃活躍していたというが、確かに写真を見るときれいな女性だった。わたしの知人Gは、彼女の大ファンで、トスカーナ南にあるニキ美術館に何度も行っている。マレンマといわれる南トスカーナはわたしも大好きで何度も行っているが、彼女の美術館には行ったことがない。野外美術館のような感じだが、一度は出向いてみたい。(次回の旅の一つに入るかもしれない)サイトがあるので、良かったら。
2012.10.25
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ヨガは昔インドに長く住んでいたイタリア人の友人に習っていたことがあった。昨年からヨガを改めてしだしたのだが、今年はこれで2年目ということもあって、調子がいい。ヨガは呼吸を鼻でしながらするので、鼻つまりも良くなるし、生理痛にもひどく良い。わたしのインストラクターのOも花粉症だが、ヨガのあとはしばらく調子が良いと言っている。重要なのは、少しずつでも(何でもだけどね)続けることではないかと思う。また、体を動かすことによって、改めて自分の体を再認識できるという利点もある。この歳になってようやく分かるのかという気もするけれど、遅くても気が着かないよりは良い。ヨガをこれからしようという人には、呼吸を忘れないように(息を止めたりはしないこと)と言っておこう。
2012.10.23
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先日、ローマの美術館がただになった夜は、このフェルメール展を見ようというローマっ子がどっと繰り出して、ものすごい列だったのをテレビで観た。ただというのにローマっ子は弱いような気がする。わたしだったら、ただといわれても、何時間も待つのは嫌だし、そんなときには入った所ですごい人ごみの中を美術鑑賞する気には、ちょっとならない。フェルメールは今回始めてローマに来たということで、割と人が入っている。できるなら、平日に出かけたほうが混んでいないが、どうしても週末という場合には、予約もできる。(そうすると入り口で並ばずに済む)さて、先日のブログでも話したように、彼は絵を描くのが非常に遅かったので、大体絵の数が少ない。全部で40のうち、今回の展覧会に来ているのは、8点。ということで、同時代のオランダ画家たちの絵が多く来ている。彼の生涯については、良くわかっていないことが多いという。(例えば絵の先生について)彼のお父さんは、絹の工場を経営していたが、デルフトのギルド登録には、美術品売買業となっているそう。いくつも商売をしていたらしく、後に宿屋を買い、経営をすることにもなる。(フェルメールも父の商売を受け継ぐことになる。年間3枚の絵では暮らしていけない)また、裕福な妻の実家がトラットリアなどを経営していたこともあって、そこからも援助が多少はあったようだ。今回の展覧会で勉強になったのは、彼がプロテスタントの国にいながら、妻の信仰により、カトリックになったということだ。当時、カトリック信者は、プロテスタントのオランダでは教会もなかったので、家でお祈りをしていたという。そんなカトリックの信仰深いフェルメールの絵を、そう思って観ると、改めて、違う面から絵を見ることができる。彼の絵に良く出てくる、女性たちの日常生活だが、例えば、若い女性が手紙を読む場面。これは、若いと言っても、結婚していて、愛人からの手紙だという。また、若い女性が男性にワインを勧められる場面。これも、恋愛の形の一部らしいが、誘惑に負けないようにというフェルメールの信仰がここには描かれている。彼の美しい色、光の具合についても驚くものがあるけれど、そういった知識を交え改めて絵を見ることもできて、今回もなかなか楽しい展覧会だった。展覧会は1月20日まで。SCUDERIE DEL QUIRINALEIn via XXIV Maggio, 16Tel.06’399672012 euro月曜日休館10時から20時まで金曜日と土曜日は22時半まで
2012.10.21
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朝晩は冷えるのだけれど、日中はかなり暑く、ローマの最高気温は27度とか。まだ海に行く人がいてもオカシクナイくらい。旅が好きだけれど、旅に出かけないときには、次回の旅を考えたり、旅についての本を読んだりするのが好きだ。今年春他界した、アントニオ タブッキの2010年出版された「旅そのほかの旅」を読み返している。原題「Viaggi e altri viaggi」Antonio Tabucchiこれは、残念ながらまだ日本語には翻訳されていないようだ。これは、彼が京都を訪れた際に、谷崎潤一郎のお墓を訪ねた話やら、彼の愛するポルトガルの話やら、世界のいろんな街とその国の小説家の話がでてきて、とても楽しい。冒頭に、こんなフレーズがあった。La letteratura-ha detto un poeta-è la dimostrazione chela vita non basta. Perchè la letteratura è una forma diconoscenza in più. è come il viaggio:è una forma di conoscenzain più, tante forme di conoscenza in più. Molte cose ci possono bastare, e devono bastare, nella vita:l'amore, il lavoro, i soldi.Ma la voglia di conoscere non basta mai, credo. Se uno ha voglia diconoscere, almeno.文学は、(ある詩人が言った)人生はこれで十分といえないことを証明するものだ。なぜなら、文学は、更なる認識のひとつの形だから。文学は、旅のようなものだ、つまり、旅は、更なる知識のひとつの形であり、更なる認識の多くの様態である。多くのことは、人生において、これで十分と言っていいだろうし、それで十分と言わなければならない、例えば、恋愛、仕事、お金については。だが、知りたいという願いは、足りるということは、ないと思う。少なくとも、人が、知りたいと思う限りは。気持ちの良い秋空を眺めながら、次の旅はいつ、どこになるかなとふっと考えている。
2012.10.21
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映画監督リチャード カーテイスは、「MRビーン」「ノッテイングヒル」「ブリジットジョーンズの日記」など、イギリスを舞台にしたヒットを作っている。恋愛も人生もそうシンプルでないこの国で暮らしていると、こんなことがあるわけないだろうと思いながら、こんな楽しい映画をたまに観たくなる。これは、ラヴショートストーリーズが沢山集まっているのだが、それが最後はどういうわけか、みんなつながっていることが判明するというもの。なんだか、アメリカ文学でいうと、レイモンド カーヴァーの「今日のアメリカ」を思い出させるものがある。俳優たちも豪華キャスト。MRビーンをはじめとして、ヒュー グラントやケイラ ナイトレイ、エンマ トンプソン、コリン ファースなど。それぞれが、クリスマス前に恋の告白をしてしまおうというものなのだが、英国首相役のヒュー グラントがオカシイ。ダウニングストリートの首相官邸に勤めるナタリーに恋をしたため、仕事が手につかない。最後は彼女を探しに護衛を連れて出かけ、住所がはっきり分からないので、ロンドンで一番長い通りを一軒一軒訪ねてしまう。作家役のコリン ファースは、弟に恋人を奪われてしまい、南仏の別荘に出かける。そこで、知り合ったメイド役のポルトガル人の女性に恋をすることになる。という訳で、話だけでは感じがつかめないという方は、さっそく映画を。ラブ・アクチュアリー オリジナル・サウンドトラック(オリジナル・サウンドトラック)楽天ブックスで詳細を見る
2012.10.19
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エトルスク博物館は、バールがなくなってしまったので、ヴィアレ デッレ ベッレ アルテイ(美術大通り)を少し上って、GNAMまで行ってしまおう。この丘には、日本文化会館を始めとして、各国の文化アカデミーがわんさか集まっている。GNAMというのは、Galleria Nazionale ArteModernaつまり国立現代美術館のこと。モデイリアーニ、セザンヌ、デガ、クールベ、モネをはじめとして、イタリアのバッラ、ボッチオーニなどなどとても見所のある美術館なのだ。ここの美術館付属カフェは、とてもおしゃれ。バールとレストランがあるので、知っておくと便利な所。今回は、小さかったけれど、クレーの展覧会を見た。音楽家の両親をもち、奥さんもピアノを弾いたという、クレー。彼はヴァイオリンを弾いたのだ。彼の絵には、とても暖かい感じがする。イタリアにも何度も滞在していたようだ。音楽から絵に移ったり、絵から音楽に移る芸術家というのは、結構多いようだ。彼は詩も書いている。次回は彼の詩を研究してみたい。クレー展内で、子供たちのワークショップが設けられている。予約無しで参加できるので、参考までに。GNAMViale delle Belle Arti, 13100196 Romatel.06'322981月曜休館。火曜から日曜の8時半から19時半。12ユーロ。Caffe delle Arti:Via Gramsci, 737:45-00:30 月曜は7:45-18:00tel.06'32651236
2012.10.18
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ここは、国立エトルスク博物館として使われている。長い間行われていた博物館の改装が最近終わって、現在、内部はとてもきれいになっている。古代エトルスク人についてちょっぴり話しておくと、彼らは、アジア中央部からイタリア中部に移動してきた民族と言われ、海賊のようなことも時々しながら、地中海を制覇した民族で、古代ローマ人たちに土木技術を伝えたと言われている。古代ローマ帝国のようにひとつには国がまとまらず、いくつもの小国から成り立っていた。そこから、最後古代ローマ人たちに敗れてしまうのだが、伝説の古代ローマの7人いた王様の3人は、エトルリア人だったくらいに、昔は勢力があった民族。最盛期は、紀元前7世紀から6世紀になる。古代エトルスク文化を扱った博物館としては、ルーブルもヴァチカンも興味深いのだが、このヴィッラ ジューリアが収容数が一番多く、世界一大きい場所になる。主な見所は、地中海で当時一番勢力があったというチェルヴェテリのネクロポリ(死者の街)からの出土品を始めとして、ヴェイオのアポロ像など。チェルヴェテリ出土のエウフロニウスのクラテレ壷はもちろん、他にもゲッテイ美術館からなどの美術返却品が結構ある。有名な、チェルヴェテリ出土の「夫婦の棺」は、発見されたとき、400ものかけらで見つかったものを、継ぎ合わせたものだが、エトルリア人ならではのシンプルな美しさがあり、観音像を思い出すのは、わたしだけではないだろう。ルーブルにも似たものが収容されているが、ここにあるものの、双子作品と言われている。そのほか、チェルヴェテリの港町だったピルジにあった神殿から見つかった金箔に文字が書かれているもの(エトルスク語とフェニキア語)も見もののひとつになる。チェルヴェテリで始まったといわれる、ブッケロも大変美しい。ブッケロは、ブロンズに似せて作られた陶器であるが、初期のブッケロは、薄くて繊細なものが多い。まあ、ともかく一度は訪ねる価値が大有りの場所とお奨め。公式サイトは、こちら。月曜休館。8時半から19時半。8ユーロpiazzale di Villa Giulia, 9 00196 Roma, Italia tel.06-3226571隣接する、博物館一部のvilla Poniatowskiについては月曜、日曜日休館。火曜から土曜の9時から13時45分まで
2012.10.17
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内部、中庭は二つあるのだが、その中庭の間にエレガントな、ヴィニョラ得意のニンフェウムがある。ニンフェウムは、泉や彫刻がある建物を指す。この泉へは、スペイン広場の泉やトレヴィの泉と同様に、アクア ヴェルジネ乙女の泉という古代ローマ時代の水道が現在も使われている。大きな方の、手前の中庭では、昔夏コンサートなどが行われていたのが、懐かしい。古代ローマの大浴場に使われていたエセドラ(劇場のような役割を果たしていたという)の形を思い出させるロッジャ(開廊)天井のフレスコ画が美しい。 スペイン階段に負けないくらい素晴らしい、1500年代の建物と中庭を見に来るだけでも、いいくらいの場所なのだ。(続く)
2012.10.16
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ローマの日曜日は、車ストップデイだった。旧市街を中心に、車の乗り入れが禁止になって、カラカラ大浴場跡が、サイクリングの95キロと150キロの競争スタートおよびゴール地点になったり、歩こう歩こう運動が色んな場所で行われていた。旧市街は観光バスも含めて一挙に車ストップにし、電気バスと自転車でみんなが動いたらいいのにといつも思う。(簡単でないことは分かる)ヴィッラ ジューリアは、ローマのボルゲーゼ公園北側にあるというと、大体お分かりになるだろうか。テヴェレ川とパリオリの丘のちょうど間に位置している。ここへは、ローマの市電トラムでコトコト揺られながら行くのがいい。市電は最近また見直されて、現在トラステヴェレ地区を走る8番と、フラミニア街道傍を走る2番に、ローマの南東を横断する3番、ヴァチカン傍からこのヴィッラ ジューリアに重宝な19番がある。19番は、ヴァチカンの城壁傍、リソルジメント広場から出て、マストロヤンニが住んでいたプラーテイ地区を通り、テヴェレ川を渡って、ヴィッラ ジューリアの博物館前に停車駅がある。建物は、こんな感じのファッサードになっている。もともと、1552年に法王ユリウス3世により建てられたもの。ここは、当時全くの旧市街外になり、法王のぶどう畑があったところになる。ヴァザーリ、およびミケランジェロの貢献によるともいうが、建築家はアンマナーテイとヴィニョラになる。ヴィニョラは、16世紀の典型的なマニエリスムの建築家で知られ、開放的な構造と自由に流れる空間(例えば、ロッジアという廊下や庭園とニンフェウム:泉や彫刻などのある建物が多い)が特徴。ルネッサンス時代の大きな箱型屋敷に庭がついていたものが、段々動きがでてくる建物になってくる訳だ。ちなみに彼が参考にしたのは、現在外務省の管轄になる、ラッファエッロのヴィッラ マダマと言われる。(ヴィッラ マダマについてはブログで扱っているので参照に)構図はこんな感じになるが、最後の庭の部分は、法王の他界により未完成に終わる。ファッサード正面は左になる。(続く)
2012.10.15
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どうも、風邪気味っぽい。イタリアでは、元気が出るようにこんなときでも、ビステキを焼いたりする。家人は、どちらかというと肉よりも野菜好き(イタリア人と言っても色いろある。友人でベジタリアンは結構いるし)なので、元気が出るように、ポロねぎのリゾットを作る。(家族4人分)ポロねぎ2本くらいコンソメ固形ひとつリゾット用のお米4人分塩、コショウ少々レシピは至って簡単。1.ポロねぎ(日本ではあるのだろうか)をみじん切り。2.深めのお鍋でオリーブオイルでポロねぎを炒める。3.よっくいたまったら、そこに水を加え、固形のコンソメひとつを入れ、少し煮込む。4.スープが沸騰したら、お米を入れて、水を加えながら、お米が柔らかくなるまで、かきまぜる。5.好みで塩、コショウを加える。ということで、ボネペテイッ!2皿目には、たまねぎ入りオムレツとポテトのオーブン焼きを付け合せにしてみた。
2012.10.13
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今朝は、明け方すごい大雨で目が覚めた。秋は、雨が降る度に気温が下がると言われる。気温が下がると、紅葉もきれいになるというが。さて、今日は学校のストライキだった。娘も息子もとりあえず、学校には行ってみるというので、家人が送っていったのだ。(場合によっては、ストライキと言っていても学校があったりすることもあるので)今回は、学校の門がしっかり閉じられていた。ビデッラとイタリア語で言われる学校の門番たちのストライキだったらしい。大雨だったから、学校に出かけるのをやめたという可能性もある。後で門番のひとりが、犬を連れて散歩しているのを見た。イタリアは、ストライキが多い。先日は、イタリア中で公共の交通機関のストライキだった。朝早くは、通勤の人たちに8時半頃までは地下鉄やバスも運行していたらしいが、最終の地下鉄に乗ろうとして、怪我した人も多かったという。そんなときには、朝早く出て行かないと仕事に行かれない。また、ローマで高校生たちの大きなデモもあった。学校への補助金削減についてのものだった。学校のストも多く、昨年秋はほとんど金曜日ごとにストがあって、大変だった。学校のプログラムをこれで消化できるのかと思うが、学校の先生いわく、「現在の教育制度について*学校への補助金がどんどん削減されているのだ*、デモを行わなければならないと思うので、(彼女たちも学校に行かないと、お給料が少なくなるのだが)、ストライキをすることにしている。」とか。日本では、学校のストライキなんて見たこともなかったけど、国が違えば、いろいろある。
2012.10.12
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先日のNYタイムズ国際版に、こんな記事が載っていた。トルコ政府が、NYのメトロポリタン美術館にある18個の美術品に対して、不当な所有だとして返却を求めている。トルコ政府の遺跡監督局長、ススル氏は、「それらの美術品はアナトリアという、古代トルコの遺跡から来ているもので、我々の所有になるものの返却をお願いしたい」と言っている。同様な要請は、エジプトやギリシャもしているという。イタリアは、2006年に、メトロポリタン美術館から、エウフロニウスの壷と呼ばれるものを返却してもらっている。これは、紀元前6世紀のギリシャ人エウフロニウスという壷作り職人が作ったもので、ローマ北部の古代エトルリア人の町、チェルヴェテリから出たもの。現在は、ローマのヴィッラ ジューリア、エトルリア博物館に収められている。確か、アメリカに渡って行った事情が密売のような状況に近いものであったからというのが、返却理由のひとつだった記憶がある。ひとつの例に、アレクサンダー大王の棺(と呼ばれる)がある。これは、1887年にレバノンで見つかったもので、現在はイスタンブールの考古学博物館に収められているのだが、ススル氏は、トルコ所有であるのが、正当だという。なぜなら、当時、その地域はトルコ領だったからだという。トルコ政府の要請で、昨年には、ベルリンのペルガモン博物館からは3000年ものスフィンクス像が、ボストンのファインアーツ美術館からは1800年ものの「疲れたヘラクレス」像が2011年9月に返却されているという。ユネスコ協定に寄れば、1970年以前にオリジナルの国を離れていた美術品について調査ができるということだが、トルコ政府は、1906年のオットマネラ法(美術品の輸出を禁止したもの)に、遡らねばならないとしている。さらに、ススル氏は、ルーブルが所有している16世紀のイズニクタイルは、1880年代にフランス人の修復家により、盗まれたものだという。フランス側の主張としては、トルコの王宮よりフランスに寄贈されたものだとしているらしい。イタリアからもルーヴルに行ったものは、数知れない。ローマにも、古代エジプトのものは沢山あるけれど、エジプトは古代ローマ帝国の領地だったのだ。美術品のひとつひとつの出所をチェックしていくと、世界中の美術館は大騒ぎだろう。
2012.10.11
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今度は、わたしに胃腸性インフルが移ったのか、どうも昨晩からおなかが痛い。こういう時には、まず、コーヒーは避けたほうがいい。牛乳類も駄目。節食ということで、玄米を炊く。自然食ショップで買っておいた、がんも(売っているのだ)とじゃがいもでお煮しめを作った。このがんも、ファッロとイタリア語では呼ばれるスペルト小麦が入っていて、とっても美味しい。季節の変わり目、気をつけないとね。
2012.10.10
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本格的なインフルエンザにはまだ早いのだが、学校が始まったと思ったら、さっそく胃腸性のインフルエンザが流行っている。先日娘がやられて、治るのに1週間ほどかかった。お腹がときどき痛いというので、食事に随分気をつけていた。予防には、しっかり石鹸で手を洗うことが大事。かかってしまったら、軽いものを食べさせて、野菜は、ニンジンとじゃがいものみ。牛乳類は避ける。従って、チーズ、ヨーグルト、チョコレートも駄目。今度は、上の息子がかかり、ひどい腹痛なので、家庭医に診てもらうことにした。イタリア語では、コリカという、疝痛で、これも食事に気をつけることと、お水を一日2リットル飲み、(水はガスナシがベター)痛み止めのお薬を出してもらう。秋って、こんなに素晴らしい季節なのに、全く。
2012.10.09
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この映画の公式サイトは、これ。2011年製作の映画なので、日本では公開されたばかりのよう。イタリアでは、もうすでにDVDが出ている。監督は、イタリア人監督のパオロ ソレンテイーノ。主人公は、ショーン ペン演じる元ロッカーのシャイアン。見ものは、このショーン ペンが、すっかり世捨て人のような生活をしているのだが、ロッカー時代の自分が捨てられずにどぎつい化粧とチリチリの髪をして、買い物用のトロリーを引きずりながら、生活をしている様子。奥さんは、消防隊に勤めており、ふたりでアイルランドのお屋敷に住んでいる。昔の栄光から抜け切れず、気分的には落ち込んだままの生活を送っているのが、ショーン ペン演じるシャイアン。そこに、アメリカに住む父親の危篤の知らせが届き、シャイアンはアメリカに行くことになるのだが、父親の最後には間に合わない。ユダヤ人の父の生涯の念願であった、生存するナチスの頭を探し出すという追跡調査を、シャイアンははじめることになる。ストーリをバラしてしまうと、いろいろあるけれど、最後シャイアンはこのナチス頭を突き止めることに成功し、自分自身も見直すことができるというハッピー エンド。崩れたロッカーのショーン ペンには笑わされるものがあるけれど、現在の自分自身を見つけることが出来ずに生きるということに、ちょっと考えさせられた映画だった。スロウだけれど、見る価値はあると思う。
2012.10.08
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2005年製作のこの映画。ウイキペデイアでは簡潔な説明。監督はジム ジャームッシュ。というと、イタリア俳優・監督のロベルト ベニーニとの「ダウン バイ ロー」が思い出される。カンヌ映画祭では、審査員特別賞を取っている。ブロークン・フラワーズビル・マーレイ(Bill Murray)楽天ブックスで詳細を見るストーリーは、主人公のドン ジョンソン(これは喜劇俳優のビル マーレーが演じる)が、彼の過去の女性たちを探すというもの。というのも、ドンは、PC関係の仕事で一儲けしたのはいいが、すっかりだらだらした生活を送っていた。一緒に暮らしていた女性に逃げられた直後、不思議なピンクの手紙を受け取る。そこには、ドンとの間に出来た子供が19歳になり、父親を探し出したいようなことが書かれていた。ドンは、冗談で書かれたものと思うのだが、親友のウインストンに説得され、過去の女性を訪ねる旅に出ることになる。その女性たちが、興味深い。シャロン ストーンが演じるロラをはじめとして、ジェッシカラング演じるカルメンなど、楽しいのだ。監督のジム ジャームッシュは、それぞれの女優たちに、ピンクの手紙から来るイメージで、それぞれに手紙を書いてもらい、演技をお願いしたということだ。結局、これと言った手がかりも見つからずに、帰宅することになるのだが、そこには、2通目のピンクの手紙が。それは、出て行ったばかりの元彼女からのものだった。最後、自分の息子がそのへんにいると確信するドンは、若い男の子が、家の周りにいるのが気になり、お昼ご飯をご馳走したりするのだが、逃げられてしまう。(この男の子役は、マーレーの実の子供、ホーマー マーレー)なんだか、はっきりしないものを抱えて映画は終わってしまうのだが、ドンはこれからどうなるんだろうとふと考えてしまった。
2012.10.07
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もうニュウスでごらんになった方も多いと思う。モナリザ財団法人が発表した若いモナリザ。確かに似ていることは、似ているのだが。風景は、ルーヴルにあるモナリザよりも簡素な感じがある。また、専門家に拠れば、彼女の髪も手も全く違うとのこと。1503年にレオナルド ダ ヴィンチが有名なルーヴルのモナリザを描く前にこれを描いていた(正確には彼がデッサンだけして、他の人が仕上げた)という仮説。財団法人では、将来、ルーヴルのモナリザと並んで飾ってもらうことが出来ればと言っているそう。ルネッサンス時代の画家であり、美術史家であったジョルジョ ヴァザーリは、モナ リザは2つあると言っていたらしい。あり得ないことではないのだが、本当の所は、どうなのだろうか。後記:専門家によれば、ルーヴルのモナリザは板絵であり、この若いモナリザは、キャンバスに描かれているというのが、レオナルド ダ ヴィンチのものと言えない理由のひとつになるという。キャンバスは、1500年代初め、ヴェネツイアの船の帆を使って、使われ始めたものであるからだ。
2012.10.04
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今朝は、イタリア語でイドラウリコという、配管工に来てもらった。というのも、先日お湯が出なくなったときに、彼に来てもらったら、我が家で使っているソーラシステムの管のパッキング一部を交換する必要があったのと、何年か前から暖房に使っているペレットというストーブがあるのだけれど、(これは、木屑を圧縮して作ったペレットをそれように作られたストーブで燃やすのだが、我が家はそれが、家のセントラルヒーテイングにつながっていて年に一度は点検しなければならない)ついでにストーブとボイラーの点検をしてもらおうということだった。ボイラーの一部のヴァルヴォラつまり、バルブが駄目になっていて、ソーラーシステムが使えなくなっていたのを、直してもらった。何故、駄目になっていたかを聞くと、この地域の水がかなりの硬水なために、石灰分が内部にたまって使用不可能になるのだという。ヨーロッパの水は、硬水だ。だから、水を使うと、あとに石灰分がかなり残る。水道水をずっと飲み続けて体に石灰分がたまらないようにペットボトルをだから買うわけだが、実は、節約のために買わない人も多い。そのほか、硬水のせいで、洗濯機や皿洗い機などが傷むことが多い。「どうしたら言い訳?」と、配管工に聞いてみた。家に水道が入ってくる所に、石灰分を取り除く装置をつければいいのだそう。装置は、かなり高いらしい(2000ユーロくらい)が、考えてみる価値はあるかも知れない。
2012.10.03
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10月に入った。イタリア語では、オットーブレ。日本の陰暦では、神無月(カンナツキ)という。語源由来辞典によれば、神様を祝う月であることからそう呼ばれ、無は、水無月と同様に「の」を意味する助格詞になるとか。また、中世の伝説によれば、神様たちが、出雲大社に10月は出かけてしまうため、地方の神様たちがいなくなったために(出雲では10月は神有月、カミアリツキになるとか)そう呼ばれたともいう。まあ、そういった日本の陰暦を思い出すのも楽しいのだが、オットーブレって、ローマでは最高に素晴らしいと言われている。というのも、天候が一年の中で最高に好いとされていて、ローマの10月は、オットーブラータ ロマーナというくらいに、有名なもの。先週は、湿気がかなり高く、(ローマは海に近いので湿気は結構ある)雨が降ればと言っていたら、日曜日に雨になった。今週は、最高気温が25度くらい、最低気温が15度くらい。お天気がいいと、最高気温はもっとあるような気もする。昨年は、10月雨が多かった代わりに、お天気のいい11月で、ノヴェンブラータになったけれど、今年はどうだろう。日の光が素晴らしいこの季節。スポーツにアートにと頑張ろうかな。
2012.10.02
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彼も、古い友人のひとり。わたしの友人Bがローマの国立オーケストラサンタ チェチリアで楽器を弾いていたことから何と日本で知り合いになったのだった。Mは、オーケストラでパーカッション担当。現在、弁護士だが、市役所の文化部門に勤める奥さんLと小学生になる息子Cと一緒にローマの旧市街で暮らしている。スポーツマンで、冬はスキー、夏はヨットと忙しい。昔は彼と彼の友人たちとドロミテにスキーに行ったりもした。とても親しいというわけではないのだが、Mは、何度も仕事で日本に来ていて、日本文化に大変詳しいこともあり、また私の家人が働く分野に近いこともあって、話が割りと合うのかも知れない。ということで、昨日はM家族と我が家で昼食。昼食後、ずっと話が弾んでいた。確かに、イタリア人は、話を始めるとなかなかそれが終わらないことが多い。思うのは、サンタ チェチリアを含めて、こういった大きなオーガナイゼイションがあるところは、運営を含めて、ムツカシイなことが多いということ。それは、もちろん、イタリアに限ったことではないとは思うのだけれど。しかも、オペラ座をはじめとして、国などからの補助金で経営が成り立っている所は、何もしなくても何とかやっていけるという所があって、良くないのだ。更に、内部で働く人たちの妬みとか、嫉妬とかもあって、本当に大変な世界みたい。ただ、単に音楽を弾いて暮らすというだけではない世界が、そこにもあるようだった。
2012.10.01
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