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最寄駅のすき屋がいったん閉店→3日ほど開店→また閉店→1日開店→ただ今閉店 をしている・・・ 思うのは「バイトが一人辞めたぐらいで店が開けない経営って破綻してる」と。すべての調理接客を1人で行うことで人件費を削ったつもりがそれはいざというときにバックアップができないという。それによって店舗が運営できない損失って、バイトの削った人件費を上回るものなのに。 ひとつ思うこと。自分を大切にしてくれない会社に居残ることに意味はない。それどころかまわりにその不満を共有させようとする「俺もそんな過酷な状況で我慢してやってるのにお前らは何だ!」的な害悪になる。皆が我慢すればするほど環境が悪くなる。一斉に辞めているのはいい兆候で。 いい意味で「たかだかバイト」です。その店の運命を握るような仕事を時給1000円程度の給料でやらせようなんて虫が良すぎる。そんなに人件費が削りたければ自動販売機で全て完了するようにすればいい。
2014.03.31
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TVアニメの性的表現がきわどすぎる、とBPOに抗議する人と、韓国のドラマやタレントばっかり使いやがって、とネットでスポンサーに不買運動やクレーム電話をけしかけた人との差はないと思う。 どっちも自分でチャンネルを変えるという、一番現実的で簡単な選択肢をせず、嗜好品でしかない好みの問題を他人にも見せないようにしたいというエゴで。 自分が嫌っているものを見たい人がいる。その逆もある。だからTVに限らずチャンネルがいろいろある。逆に言えば「これしかチャンネルがない」という時代が戦争中の日本だったわけで。
2014.03.30
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ウインドウズxpのサポートが切れるということでいい加減自宅の据え置きマシンの乗り換えをしました。で、今回いろいろ考えたのですが、よく考えたら据え置きマシンである意味はない、ということで高性能のノートにしました。 で、早速セットアップなどしたのですが・・・全然勝手がわからん!というか、会社でWin7は使っているのですが、8.1に関しては初めて触るようなもので。最初のネット接続からいきなりつまずいて回線会社に電話し、「えっと・・・画面右下の四角くて手前にコードがあるようなアイコンを・・・」と、まるでパソコン初心者のおじいちゃんのような質問をしながらようやくメール設定とネット接続、そして最低限の機能をそろえました。環境の移植はぼちぼちやります。 しかし・・・8年前に買った前の据え置きマシンの数十倍のパワーがあるのですよね、このノート・・・でも自宅で使うのは趣味のお絵かきと同人ゲームつくり、ネットがメインですのでこんなスペックいらなかったかも・・・もっとも、モニターが異常に視野角広いものなので満足していますが。使ってた据え置きモニタよりいい発色だよ、これ・・・
2014.03.30
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最近何かお勧めのアニメない?と聞いて「最近のアニメはつまらない、志がない、安易な萌えや腐女子受け、露骨な性的描写でオタクに媚びをうっているだけ~」と言っているオタクより、立て続けに5、6作品今季の「自分が今、面白い作品」を言える人間の方が、よほど「今のアニメに詳しいオタク」だよ。 ましてやネットで上がっていた「アニメの制作現場に女が入ってきてからおかしくなって~」の論調はバカとしか言いようがない。昔からどれだけの「名作」といわれる作品を女性が支えていたか知らないだけ。 自分の好きなタイプの作品が減ったこと=業界の衰退、怠慢ではない。10年に一度の傑作が毎年出る訳がない。記憶はつまらない作品は忘れ、名作だけ残る。そして美化される。 昔のアニメに魂があったのではない。数を見ることによって自分がその魂に共感する心が鈍くなっているだけだと思う。
2014.03.28
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たとえば、ボクシングのアッパー。マンガなどではそれこそ拳を天に突き上げるように振り抜くのが絵として「かっこいい」から、一般の人にはそういうイメージがある。それこそ車田正美先生のマンガみたいに相手が盛大に吹っ飛んでいるような。 しかし、実際のボクシングのアッパーは小さいモーションで懐で素早くゴツっとコンパクトに相手の顎を打つ。大振りしないのはすぐに次のモーションに移れるように、相手に隙を与えないようにするため。実際に見ると非常にこじんまりとした印象を受ける(もちろん威力は絶大)。 で、じゃあどっちが「一般相手の絵としてエンターテイメントの世界で正解か」という話になると思う。 怖いな~と思うのは、書き手が「わかっているが見栄え優先」でデフォルメ、あるいはウソの絵を描くことに、いわゆる「本格派」の人が「こいつは何もわかっていない」と突っ込むこと。絵描きがわかっているのは正しいアッパーの絵ではなく、かっこいい絵としてのアッパーなので、そこを突っ込むというのは「求められているのがわかっていないのはどっちか?」という話になる。 リアルな戦争映画で銃を横に構えるのは「求められていない絵」であるが、アクション銃撃ではその絵がカッコよく見える。どこに向けられた作品であるかを解っていない人間が振り回す「リアルじゃない」という知識自慢は間抜けに見えるし、事実、それを得意げに横から指摘してもウザイだけでその作品が面白くなるわけじゃない。むしろ知らずに楽しんでいる人に水を差すような。 リアルとリアリティーは違う。
2014.03.27
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経営者と労働者の感覚が決定的にズレること。 経営者は「安い値段でなるべく多くの仕事をすれば儲かる」労働者は「高い給料で少ない仕事をする方が儲かる」 この差があるから、どんなに上が企業努力を叫んでも下のものは損をする関係にしかならない。特に時給が決まっているバイトにとって、客が多ければ多いほど自分の労働単価は落ちる。 「お客様の笑顔」で給料の代用は出来ない。疲弊は累積する。人件費を安く抑えている以上、拘束力も弱くて逃げ出される可能性も高い。ましてや、単純労働できついだけの誰でもできる仕事であればなおさら。 チェーン店でたった一人の店員が調理も配膳も片つけも会計も掃除もやらされていてバイト扱いでは、そりゃ逃げるよ。
2014.03.26
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2ちゃんねるのまとめサイトが本家の多くの板の転載禁止を受けて右往左往している様子を見ています。 早々に辞めるサイト、他の掲示板から拾ってくるもの、ツイッターから拾ってくるもの、自分の掲示板内のコメントを転載するサイト・・・ で、思ったのですが「ああ、普段から自分の意見を書いてない人間だから、いざ、こういうことがあっても己の主張がない、あってもその文面を真正面から書く度胸も自信もないのだろうな」と。 アクセス数という魔物は一度でも一日数万アクセスを常時稼ぐようになると、まるで自分がネットの話題の中心にいる、自分が皆に注目されている、アフェリエイトなどの副収入で自分の実力がすごいもののような気分になる。しかし、その大本が単なる他人の落書きの書き写しで人気を得ていただけた、と知った時の虚脱感、そして、つい最近まで人気があったのが自分の力では全くない借り物。何より、自分の言葉を発していない、責任から逃れるために「ネットでの意見」という衣を纏って匿名の無責任な言葉を集めていたことによる注目でしかなかったこと。 ちなみに私のブログでの文章を書く時間は、大概15分程度です。一日に15分程度の、その時のニュースや思った事、考えをページを跨がない程度の文章量で書く。たったそれだけ。 たったこれだけのことを書き、そして見ず知らずの人が読んでくれる、人によっては毎日見に来てくれる。一日数千程度の閲覧者数ですが、情報サイトでない、有名人でもない個人の意見なんて本来その程度なんです。 まとめサイトが今まで集めていたアクセス数は個人の身の丈に合っていなかった、そう思えば慌てる必要も、ましてや以前のアクセス数とのギャップに、必死に他のサイトから引用を繰り返す、などというてんてこ舞いを見せる必要もないと思うのですけどね。
2014.03.25
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昔、大きな会社で仕事をしていた時のこと。プロジェクトの迷走でスケジュールを大幅に超過している。予定のスケジュールの半分を超えているのに素材ばかり作られ、まだゲームとしての基礎が固まっていない。現場でやっている人間には「これはヤバい」という空気が誰もがわかりきっている。 で、当時いわゆる上層部に現状の進捗報告プレゼンが定期的にあったのですが、それにあわせて「とりあえず出来ているような絵とゲームっぽい感じの動画、全然遊べないけどなんとなくゲームが出来ているようなものを大至急作れ」と。 え?それって虚偽報告ですよね?そんなことやっていいんですか?と現場でも声が出た(その素材のためにプログラマーが別作業を強いられるので)のですが「これが通らなければプロジェクト自体が凍結される可能性があるんだ」と・・・ もはや本末転倒でしたね。当然、そんな小手先のことなど簡単に上層部に見破られて、結局主要リーダーの更迭が行われましたが。 なんだろ?問題があるにもかかわらず、上手くいっているように見せかける、たとえば数字をいじるとか、帳簿上のごまかし、遅れているにもかかわらずそれを報告しないってのは、現状の問題点を協議対策する報告会の意味をなさないのに。
2014.03.24
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自宅近所、最寄り駅、そして会社近くのチェーン店「すき屋」が3件どこも明かりが消えていたのでどうしたんだろうと思ったら、どうやら牛丼「すき家」店舗が次々と『人手不足閉店』 新メニュー「鍋定食」に従業員が憤慨? ネットに「やってられん!」の声 確かにあのすき焼き鍋は自分も食べた事があるのですが「凝った事してるなあ」と。具材も多く、コンロに旅館の夕食にあるような固形燃料で常に熱々に状態で提供する、これで580円は安い、と思っていましたが、値段以上に手間がかかりすぎるのは確かで。 特にすき屋って店員が一人、とかのケースがあるにもかかわらず、レジ、配膳、調理、食器のあと形付け、洗い物、店内の清掃までその一人が担当して、しかも24時間営業のため、この状態で手間のかかる調理品が増えたら破綻するのは明白。材料費のコストはクリアできても人を増やさなければオペレーションが間に合うわけがなく。 こういうのってゲームの仕事でもよくあって、恐ろしく凝ったつくりのものを全体に要求されるけど、そりゃ作れるけど時間がかかる、だから人が増えない限りスケジュール的に出来ない、という現場の意見を「怠惰」と呼ばれる。対応策が「お前らが死ぬ気でがんばれ」という、何の解決方法にもなっていない解決方針を打ち立てる。 上のすき屋の問題も単純に「人を増やせば解決する」問題です。が、人件費がかかるからそれが出来ない、となるとやってられるかと逃げるバイトがいて当然。近所のすき屋の店先にはきっちり「スタッフ不足のため一時閉店します」の張り紙が。せめて会計は食券、食べ終わった食器のかたつけはセルフサービスにするだけでだいぶ違うと思いますが。 なんだろう?「安くて旨い」のコストのツケがすべて末端の従業員に負担となって現れている。客としてはその恩恵を受けているけど、どこかでそのツケを払わされている、と考えた方がいいです。
2014.03.24
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なんだか「奴隷を鞭で叩いている側の腕だって疲れるんだよ」と言っている様にしか読めませんでした。「我々の離職率は高くない」ワタミ・桑原豊社長が、若手教育について語る ブラックと呼ばれる理由は自殺者が出ているにもかかわらず、私達は悪くないと遺族と裁判で徹底的に争う姿勢を見せているところ。これだけでもすでに矛盾が出ている。少なくとも法定労働時間を守っている企業では過労によって追い詰められた自殺なんて出ない。 私の好きな格闘マンガ「高校鉄拳伝タフ」にこういう一説。 有名プロレスラーの弟子で、若い頃に死ぬほど木刀で叩かれ、殺されかけるほど辛いトレーニングをさせられていた。だが、あの厳しさに耐えられたからこそ今の自分がある、というレスラーに対して主人公の父親が「ですがあなたは今、もう一度その若い頃の苦しみを耐えられますか?」と聞かれて黙ってしまうという・・・ あの頃の苦しみを味わった人間なら今、それに耐えられないのがわかる 「今、それをやらないからいい思い出になっている」だけです。 耐える価値があるのは技術や能力を手に入れるための避けようがない苦労であって、他に解決法があるにもかかわらず回避しない苦労など徒労でしかない。ましてやすでに自殺者が出ているにもかかわらずその体質は肯定し続ける。 ありがとう名刺を配っている、などDVの旦那が誕生日に花を贈ればその他の日常で痣が出るほど奥さんを殴っても感謝されている、と勘違いしているようなもので。
2014.03.21
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ツイッターで公然とヘイトスピーチかましている人間が、日本人観光客が韓国でひどい差別的扱いを受けた、という記事を取り上げて「だからあいつらは野蛮人だ」論を語っている姿に、ああ、この人は虫と同じ脊髄反射で生きていて、まともにロジックを組み立てる頭脳が欠落しているんだろうなと思った。
2014.03.20
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これをやったら本当に戦前の、それこそはだしのゲンの時代の思想弾圧だろ、と思ったニュース「なぜゲンだけなのか」 回収協力の校長「悔やんでる」 この市長は> 「ゲン」の中には、君が代や天皇制を批判する箇所も出てくるが、市長は「そこを問題視したわけではない」と説明している。 といっているが、その理由が「差別用語がつかわれている」となったとしたら、古典文学にある様々な差別用語が記載されている文献も一律に見せないようにする、とするのか?それこそ聖書にもそういう言葉はあるぞ? 何度も書きますが表現の自由とはそれに反対する意見や書物を書くことができる自由であって、他人の目をふさいだり、見せないようにすることじゃない、っていう前提があるから自由な訳で。 なによりもっとひどいと思ったのは、図書館を管理する教育委員会や学校長が協力してしまった事。今は反省し、抵抗しているが、本来そこは「たった一人の市長の意向でこういうことが行われるのは納得できない」と、最初から断固抵抗すべきだったと思いますが。というか、たかが一市長、教育委員会にそんな憲法の枠を超えた思想規制に匹敵する踏み込む権限なんてものはありません。もし別の市長が「俺はこの作家の思想は間違っていると思う」と考えたら、市内の学校図書館からすべて排除できるというのと同じで。 この連中、この手の教育方針をずいぶん推し進めていますが、傲慢さに頭が痛くなります。自分の認める思想以外は認めないという、戦中の思想そのものじゃないか・・・自分の思想と同じぐらい他人にも思想があり、並列、多様性を認めることが「自由」なのに。
2014.03.20
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「プレーヤーはプロットを覚えていない」―ベテラン開発者が明言 これはたとえばノベルゲームのような「ストーリを読ませる」ことがメインのゲームは別ですが、アクションなどでは確かに思います。 似たことで以前、宮本茂さんがダウンタウンの松本人志さんとの対談で宮本さん映画撮らないんですか?という質問に「映画とゲームは違うんです。ゲームってプレイヤーが自分のやって来た苦労に泣くんです」という言葉になるほどなあ、と感じた事があるのですが。 極論すると「異星人が攻めて来た!やっつけろ!」な簡単なシナリオでもゲームが面白ければ許される。逆にせっかくゲーム部分は面白いのに幕間に入るイベントシーンの会話劇がつまらなくてゲームのテンションを途切れさせ、評価を落としてしまう事も多い。 最近はアクションゲームであっても必ずシナリオがあるのが普通ですが、冷静に考えたらストーリーがなくても記憶に残る面白いものをゲームは作っていたんだよな。マリオなんて毎回ピーチ姫が攫われて助けに行くだけだし。
2014.03.19
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以前、TBSのブロードキャスターという情報番組内で、その週の各局ワイドショーが取り上げていたニュースの時間をランキングした「お父さんのためのワイドショー講座」というコーナーがありました。 で、その時に感じたのですが、たとえば凶悪事件などがあると、報道の全体時間の半分以上がその事件に費やされる。それがどの局も同じように長い時間をかけて報道する。それこそ今週1位のニュース>その他のニュース ぐらい。 そうなると、まるで「世の中はおかしくなってしまった、こういう凶悪犯罪がたくさんある嫌な世の中になった」ような感覚になるんだろうなと。 これはアメリカでも同じことを言われていて、アメリカ国内でも昔より凶悪犯罪の件数は減っている、がそれに反比例してメディアの凶悪犯罪を報道する時間が長くなっている、という統計があって。 つまり、「人々の興味(視聴率)を得るためになるべく強烈な事件を長い時間かけて取り上げる、それによって世の中が昔より悪くなっている印象を与えているのはこういうメディアの取り上げ方に問題があるのではないか」という。 これは凶悪事件に限らずですが、たとえば昨今の話題だと、例の耳が聞こえないとされた音楽家のニュースとか。これって本来、そこまで執拗に取り上げるような話題じゃないですよね?でも、いじりやすい、つっこみやすいからバンバン取り上げる。 で、困るのは本当に耳が不自由な人、あるいはコメンテーターが「芸能人の本なんて全部ゴーストライターが書いてますから」と訳知り顔に言われて「そういう人もいるかもしれないけどオレは全部自分で書いてるよ!勝手に訳知り顔でいってんじゃねえよ!」と憤っている伊集院のような人。お笑いタレントの一人が生活保護を不正受給していた、ということを大きく取り上げることによって「生活保護を受けている奴はみんな不正受給だ」のような。 メディアの取り上げられる長さでたった一つの事件が、社会全体に蔓延しているような雰囲気になる。 どんなに性犯罪が減っても統計という数字は無視され一つの事件を引き合いに出して「青少年の性犯罪が増えている、これはマンガやゲームの影響で・・・」論がまかり通るようなお話なんだろうなあ・・・
2014.03.18
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2ちゃんに限らず、ツイッターの過激な一部まとめサイトなどもそうですが。 私が卑しいなあと思うのは「ネットでの反応」という見出しをつけて過激な事、差別的なことを選び出し、自分の主張を責任からは回避しようとするその手口。 さらに矮小なのは、掲示板の中でも少数のその手の過激な匿名意見を集め「ネットで話題に」というタイトルで釣ろうとする神経。そんなのお前が寄せ集めて放流しなきゃネットで話題にも何もなってねえよ。 なんだろ?自分は炎上したくない、けどボヤ騒ぎは起したい、他人が燃えているところを見たい、という下種な思考が見え見えです。 少なくとも他人の意見であったとしても、数あるコメントの中からそれを選び出した、という時点で、明確に否定しない限り「そいつ(まとめ人)の意見」であると受け止めます。だから、ゲスなコメントをまとめているサイトほど、そういう人間がそういう考えで運営しているんだろうと。
2014.03.16
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>星海社の編集のなにが間違っているかというと、"あの座談会を読んで作品を送ろう”と思う奴は、まずいないということだ。電撃文庫の大賞の50分の一か60分の一の応募数だ。その座談会で「つまんない作品ばっかり!!」ということの悪循環を続けている。これは編集の責任ではないか? ですよね~。新人の作家の稚拙さをさんざんコケにするような編集者がいる、というところに持ち込むようなマゾは少ない。厳しいプロの目、というのがいつの間にか学校でノートに絵を書いている漫画家志望の子のノートを奪って黒板に張り出し、「こいつ、こんなの書いてるよ!デッサン狂ってる!顔の書き分けできてねえ!こんなのでプロなんかなれっこない!」と笑っているクラスのお調子者のような。そういう空気。 いずれにせよ「こんな編集社に持ち込んだところで・・・」と思われるようなことをやっている時点で公募作品の企画としては失敗でしょう。 きちんと理を持ち、作品を応募してきた新人に敬意を表しつつ厳しい指導を行うのと、最初から笑って馬鹿にする毒舌なのは違う。前者はプロの仕事、後者は素人の遊び。
2014.03.16
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垂れ幕作成者「外国人が入って来るのは困る」 まあ、いろいろ突っ込みたいのですが、一言で言えば「困ってるのは選手や運営だよ」と。少なくともチケットを買い、正規の手続きを持って入場した人間であればファンに貴賎はない。いや、あるとしたら「選手や運営、もっと言えばファンに迷惑をかけた人間は国籍関係なくジャマだ」 これは他国で対戦相手チームや選手の国籍を誹謗中傷する連中は万国共通で同じ。他国でもやっている!は通用しない。総じて愚かな行為だ。 だいたい、この個人的行為で「だからレッズファンは」「日本のサッカー業界は」ひいていえば「あの国は」論にされる。 おそらく本人もここまで大事になるとは予想をしていなかったと思う。特に最近はネットで気軽に他国民族を馬鹿にしたり差別する言葉を拾えるから、まるでそれが「普通である」という感覚を持つ人もある。強い主張ではない。ファッション感覚で覚えたての危ない言葉を使うような感覚。 だから、余計に怖い。サッカーは特に日本人選手が他国で活躍したり、逆に海外選手が日本のチームでがんばるなどが普通の世界。そういうすばらしい選手の交友の妨げになる。 いずれにせよ、こういうことで選手やチームの足を引っ張ったら、ファンでもなんでもない。 冷静に考えればわかるだろうけど、自分が海外旅行に行って楽しみにしていた美術館に入ろうとしたら「日本人お断り」の看板が現地の差別主義者によって吊るされていたらどう感じるか。 そのぐらいの想像力もない人間なんです。
2014.03.15
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『黒子のバスケ』脅迫事件初公判で渡辺被告が主張した犯行動機 この犯人の行動原理が「自虐」と「社会という漠然としたものに対する恨み」である、だからどうにもならない、という恐ろしさを感じます。 たまたま今回はその攻撃の矛先が「黒子のバスケ」に向かっていただけで、たとえばアキバで起きた無差別殺傷事件になっていたかもしれない。しかも、個人の内面で蓄積された狂気だから、こちらの予防ができない。社会全体の問題、として考えてはいけない、極めて個人的な暴走の刃はいつ、自分に向けられるかわからない。 >「最後に申し上げます。こんな人生やってられないから、とっとと死なせろ!」 これはこの男の偽らざる言葉だと思う。けど、まったく心に響かない。それは死んで楽になろうとしているから。そしてこの男を「不器用な人間だった」とは思わない。本当に不器用な人間はもっと地道で、寡黙で、静かに消えていく。 生きるのが下手な人間なんていくらでもいる。こういう劇場型犯罪をして生きがいを感じていた時点で、器用に生きている部類だと思う。 だから同情も憐れみも感じない。
2014.03.14
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ネット炎上で思い出したこと。 よく、学生がツイッターなどで飲酒していたことをぽろっと書いた場合、その証拠が単に「自白」であるだけにもかかわらず大炎上、停学、退学なんて話がありますが。 で、ふと思ったのは、たとえば自分が小さいころ、田舎の神社に大晦日にお参りに行くと、そこで参拝者に杯一杯のお神酒を大人にも子供にも「景気付け」に振舞われました。もちろん、酔っぱらうほどの量じゃない。当時の私もそういう行事だということで何気なく思っていましたが。 これを今、「当時、酒飲んだ」と告白した場合、炎上の火種になるのでしょうか?あるいは炎上したとして、「あははは!あれはうそだよ~ん!」と言ったら、皆はそれをちゃんと同じように信じるのでしょうか?きっと「騒ぎになったからあわてて嘘だってことにしている、誤魔化そうとしている」と・・・ なんだろう?こうなると酒を飲んだ、飲まないということの法的根拠とか許される、許されないの基準がなくて、単に弱みを見せた相手を叩き、社会的に抹殺することが目的になる。 未成年の飲酒、という状況で言えば行事の一種であるお神酒も酒つくりの蔵元の息子が幼いころから修行の意味で自らの家の酒を知っている事も法的には「違法」。大学などで新人歓迎コンパなどでの飲酒は「公然のこと」として昔から行われているにもかかわらず、ネットに書いたとたんに社会正義を振りかざす炎上の火種になる。 そして、それをネット上で自白という以外、何の証拠もない根拠で匿名の大ぜいから社会(学校に電突など)から抹殺されるほどの制裁を受ける状況に恐怖心を感じます。 あ、もちろんわたしはお神酒といえどもオサケナンテノンデマセンヨ?!(予防線)
2014.03.13
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今週のTBSラジオ「伊集院光 深夜の馬鹿力」であのキモチ悪さの正体はこういうことだったのか、というお話をDJがしていました。 例の耳が聞こえないと詐称していた(とされる)作曲家さんに今、世間がものすごい勢いで殴りかかっているけど、記者会見で執拗に記者が携帯を鳴らしたり、音を鳴らして執拗に反応を見ようとしている姿、そういう方法で相手を試そうとする姿に「うわうわうわ」となった、というお話。 で、思い出したのがマンガ「ガラスの仮面」でヘレンケラーの演技の練習のために姫川が目の見えない子供の学校で同じように生活する訓練の最中、居合わせた取材記者が本当に見えない演技をしているのか彼女の足元に物を投げて転ばせる、ということを行い、そこの先生に猛烈に抗議されたというシーン。 ガラスの仮面はマンガなので、あくまで紙の上のお話ですが、冷静に考えると上の記者会見ってそういうことに近いなと。「目が見えない」人に対して真実を知るためであれば興味本位でボールを顔面に投げつけて避けるかどうか反応を見てもいい、みたいな。 メディアの「真実を暴く」という正義がえらく暴力的に見えた瞬間でもあると思いますが。似たようなことはネットでの炎上騒ぎ、それこそ当事者同士の謝罪と保障で十分なレベルのお話なのに、個人情報を調べ上げられ、勤め先や所属学校に電話突撃で会社を辞めさせる、学校を退学させる、まで社会的に追い込む、もっと言えばその人を雇っている店を閉店に追い込むことを「正義の鉄槌という娯楽」にしていたり。 伊集院はラジオでこう語っています。>それを鬼の首をとったかのように言うけど俺もそこに陥るはずなんだ。何かを責めたり、笑ったりしているときに、俺も笑われてるから。それに関して、「そんなのやりやがって」って思ってるんじゃないんだよ。「人って、そうなるな」って。「俺は間違ってない」って思ってるがゆえに、襲いかかるとそうなるなって。
2014.03.13
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客観的に見て、という言葉の問題。 たとえば、今、現行のゲームハードですらクオリティーがそれこそすさまじい勢いで上がっていますし、作業工程数もやたらに増えている。で、デザインの現場などでは「作り込むことがハードの性能上出来る以上、細かいところまでリアルに作り込む」ことがよいことになっている。 でもそれってだんだん「客側がほしいのは単に腹を満たすためにそこそこ美味い料理だったのに、コックが究極やら至高やらを求め出し、そのために材料費がかさみ、調理時間もかかり、出された料理が味が濃すぎてそこまで美味いと感じられない、ボリューム多すぎて胃もたれするような料理」を出すことが売れるゲームを作ることだと。 以前、CG系雑誌の某格闘ゲームのモデリングデザイナーのインタビューで「普段は見えないキャラの口の中のテクスチャーにまでこだわりました」と。で、その時感じたのは「実際のゲーム内で見えない部分を作り込むことで自分の頑張った証を立てられないのは不幸だな」と。 プロ同士の世界だと、基準がプロ目線になりやすい。しかし、実際そのプロが満足するレベルというのは直接ユーザーにとって購買意欲にまったくつながらないところが多い。誰が靴の裏の溝のでこぼこのリアルさを基準にゲームを買うと思うのか? AとBでどちらの商品を選ぶか?それは高品質、というたった一つの基準じゃない。Aの商品の方が細部にこだわったため開発期間がかかった分、高くなっているとしたら?リアルなためむしろ気持ち悪くて引いてしまうとしたら?何十時間もクリアにかかるのではなく、もっと気軽にゲームを遊びたいとしたら? よくあるのは、デザイナーではないディレクターはその程度で十分と言っているのに現場のデザイナーディレクターがいつまでもクオリティーチェックを通さず、結果開発が遅れる、というパターン。自分が作っているものが本当の意味で客観視ができていないと言えるのではないか?というお話。
2014.03.12
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すごい記事だな、と久々に笑ったのですがPS4絶好調、実は“じらし反動”の結果オーライ…いまだ「マリオ頼み」任天堂が象徴する日本のソフト不足は解消できるか 上の記事で一番の違和感は「マリオは1985年に誕生した人気シリーズ。約30年前からのヒット商品しか頼みの綱がない、任天堂の「マリオ頼み」はいつまで続くのだろうか。 さあ突っ込むぞ!任天堂がマリオだけ?ポケモンは?カービィは?ゼルダ、ピクミン、どうぶつの森、ドンキー、メトロイド、ファイヤーエムブレム・・・この辺はスマブラを見ればどれだけこの会社、ゲーム業界でこんなに人気キャラ、しかも世界で人気のキャラがいっぱいいるんだよ!と思うほどたくさん。一本でその辺の大手の売り上げを稼ぎ出すようなソフトを抱えている。 忘れちゃいけないのは「30年前のマリオに頼っている」って書いてあるけど、30年前のキャラのソフトが未だにゲーム業界で国内売り上げナンバー1コンテンツの場合、それはもうサザエさんと一緒でずっと定番であるって話。昨年のソフト売り上げ国内トップ10を見てもトップ10に6本入っている、という時点で、売り上げ、ラインナップ数共に未だこの国の家庭用ゲーム機の主流である、ということにならないか?過去にも一時期業界を席巻したゲームがいくつもあったが、今やその面影がまったく残っていないタイトルが多い。 で、この記事で気になったのはPS4が好調、という割にソフトの名前が一本も出てこない。当たり前で、実際PS4で売れているソフトの大半は縦マルチだったり360やPCとのマルチ作品。この辺はXBOX ONE も一緒ですが、そのマシン独自のソフト、このハードじゃないと遊べない、という作品は少ない。というか、据え置き開発費の高騰を考えると、今後そうならざるをえない状況だと思いますが。 ハードの魅力は結局ソフトに依存する。これは「家庭用据え置き機」というゲーム専門ハードにとってはもっとも大きな問題で。インターネットが出来る、DVD、ブルーレイが見られる、ネットで映画など見ることができる、という部分を強調しても付加価値でしかない。ましてや、新ハード発売直後に買うようなゲームマニアにとってゲームを遊ぶ事が最大の購買意欲になる。 私が任天堂ソフトの怖いと思うところは「最初は地味な売り上げなのにいつの間にかミリオン」という作品が多い事。2年前に発売されたソフトが未だに今週の売り上げにひょいっと入っていたり。これは発売一ヶ月で売り上げの波が引いてしまう他メーカーの作品とは一線を画し、だからこそ幅広い年齢層に長く支持される定番商品になれるのだと思いますが。 なんとなくですけど、WiiUを任天堂は主戦場と見ていない気がします。あくまで技術力の保持&更新&携帯にフィードバックで。無理なてこ入れもしないけど見捨てもしない。銀行に借りなくても内部留保金が頭がおかしいだけある企業ですから、採算は儲かるところから賄えばいい、種まき、水やりはしておく、みたいな。逆にそれができないメーカーがほとんどなのですから。 というか、上の記事を書いた記者って日本以上に海外の中堅会社がバタバタとレイオフされている事、知らないのかな・・・サードがなくなったら自社タイトルソフトの少ないハードがピンチなのに・・・
2014.03.11
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テレビゲームをすると、キレやすくなったり思考力が落ちると言われている「ゲーム脳」はウソだった!? この論文がおかしい、ということは、実際にはゲーム脳という言葉が広まった直後から学会で多くの学者が指摘していました。 自分達のようなつくり手も「そんなバカな」という感想でしたし、現実に子供の犯罪率を見てもゲームがなかった時代より圧倒的に減っている。 じゃあ、どうしてこのゲーム脳という言葉が広がったかというと、結局、世のお母さんが「子供にゲームをさせないための口実」として科学という論拠を使いやすかった、と思うのです。 似たこととして電車内での携帯電話、これ、本来マナーの問題です。が、ペースメーカーに異常がある可能性~を理由にする(携帯電話の電磁波がだめならば家庭用電子レンジはどうなるんだ、というお話)ことで注意をしやすくする。 他にも山崎パンのランチパックが常温で腐らないのは保存料が大量に入っているからだ、の添加物害悪論(実際は無菌状態でパックすると雑菌の繁殖は抑えられる)だったり。 科学というのは本来、感情に左右されてはいけない、数学と同じで自分にとって都合が良かろうが悪かろうが結果は同じでなくてはいけない、というものであるからこその信頼性に繋がるわけで。 上のゲーム脳も言葉が広がるのは早かったのですが、それを打ち消す言葉は広がっていない。それはゲームを否定する材料として格好の論文であり、似たようなものではその昔、マンガは子供達から想像力を奪い、暴力的な性格を生む、として学校で焚書された時代があるのと同じです。また、ニセ科学が政治的プロパガンダに使われた代表例として、ナチスドイツが当時純血のアーリア人とユダヤ人の子供の頭の大きさを測定し、大脳の大きさでユダヤ人は劣っている、だから劣等民族だ、というニュース映画を作った事実など。 ゲームばっかりやって勉強しなければそりゃ成績は落ちる。それは甲子園に向けて野球ばかりやっていれば成績が落ちるのも、勉強ばかりやっていれば体力が衰えるのも同じ。インプットの時間と熱量が一つに偏ると他のステータス値が低くなるのは当然。しかしそれはゲーム内容が悪いのではない。 問題だと思うのは放送メディアの側が、ゲーム脳肯定の番組を一方的に取り上げ、当時ですら反証、反論がたくさんあったにもかかわらずそちらはほとんど報道されなかった事。 怖いのは、この森教授がいわゆる保守系新聞、雑誌、講演などで「若者文化の否定」論客として「あのゲーム脳の本を書いた」という肩書きで求められている事。そして、こういう意見を聞きたがるために集まる人にとって大変に都合がいい人なんです。 逆にマンガ業界でも当時手塚治虫の大阪帝国大学附属医学専門部を卒業している、という肩書きを否定派インテリ層に向けて大いに利用しています。 少なくともこの国にファミコンが普及して30年以上経ちます。が、未だに子供の犯罪率が映画「三丁目の夕日」時代に比べると圧倒的に低い事を考えると、ゲームがあろうがなかろうが世の中たいした影響はない、って結論になりませんかね?
2014.03.10
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週末に借りてきたDVD「2001年宇宙の旅」。SF映画の古典的名作、と呼ばれる作品ですが。 で、私はこの映画を見るのは3回目になるんです。最初は中学生の頃にTVの洋画劇場で、2回目は20代の頃に、そして今回と。 ですが・・・うん、この映画、さっぱりわからん!今回は事前にネットなどで「あの映像はこういう意味を持っている」という解説サイトを見た後だったのですが・・・うん、それでもわからない! なんだろ?じゃあ映像がすばらしいか、というと、たしかにCGのない時代、あれだけの無重力空間を特撮だけで表現した事のすごさはわかるのですが、作品内容が理解できていないので冗長に感じられてしまうし、ラストのあの表現の意味もわからない(解説によればさらに進化した人類)。 でも、あの映画を当時多くの人が見て、高い評価をしている、影響を受けたクリエイターがたくさんいる、ということは間違いなく。 なんだろ?SF作品というのは究極的には科学を超越して宗教とか精神世界にいってしまう、という話を聞いたことがありますが、そういう感じで3回見た感想も結局「わからなかった」でした。
2014.03.10
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ちょっと前のテレビで、ある事件の容疑者の自宅前からレポーターが中継していましたが、その時のコメントが「普段、閑静な住宅街なのですが、詰め掛けた多くの報道陣でパニック状態になりました」 みたいなことを言っていました。 が・・・それって「お前らの責任じゃね?」と。なんだろ?GWにディズニーランドへ行ったら客がいっぱいで満足に乗り物に乗れないことを「こんなに人を入れるんじゃねえよ!入場制限しろよ!」と喚くような。自分もそのごったがえす客の一人なのにねえ。
2014.03.09
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ゲームばかりして少年時代を過ごしていたら、ゲームで飯が食えるようになったある男の話 すばらしいコラムであり、私も同様の生き方(ゲーム大好きでゲームを遊び、ゲームを作り、青春時代ゲーム中心の生活をしていたら自分の職業になった)をしていただけに非常に共感できます。 同じことはたとえば「マンガが大好きで子供のころから紙があったら絵を描き、ノートに落書きしたり、同人誌を出したり」していた人が漫画家になっている。音楽が大好きでギターを弾き、文化祭で歌い、仲間を集めてライブをやっていた人がプロ歌手や演奏家としてやっている。 で、リンク先コラムに引用されている「ゲームは時間の無駄」というのは、結局「楽しい時間は無駄だ」と言っているのと同義語で。 ゲームをするより有意義なことがある>それは個人の価値観の差。ゲームをやらずに勉学に励み、いい会社に就職して暇つぶしにゲームをやるのももちろんすばらしいことだ。 ただ、「時間の無駄」とは、やった時間,かけた時間がつまらなくて、苦痛ばかり記憶に残り、最終的に何も生きていないことだと思う。 あの当時、本当はやりたかったゲームを我慢し必死に勉強したのに、結局今、求めていた生活を送れていない、我慢という苦痛しか味わえないとしたら?それこそ「時間の無駄」だったんだろうし。「楽しい時間」は人生において最も有意義である時間のことだ。
2014.03.08
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「2ちゃんまとめサイトが転載禁止になると2ちゃんも衰退する」というまとめサイト管理人の言葉を見て「とらのあなのような企業がなくなると同人業界が衰退する」と同じ違和感を感じた。 2次著作同人もそうですが「母体に悪影響を与えるほど肥大化した寄生虫は生き延びさせる意味がない」 自分も2次著作同人はやりますけど「自分の活動が原典作品の人気を支えている」なんて思いあがった思想は持たないようにしたいです。
2014.03.08
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昨日の補足として。 今回おかしいと思ったのは「他に選択肢がない状態で本体を買った人全員をソフトの売り上げとして、単体ソフトの売り上げと同じ土俵に上げている」こと。はじめてのWiiパックはパットと共に3800円販売(ソフト単品は1000円)している。現に私はWiiは持っているけどWiiスポーツなどは持っていない。 いわばメタルギア付きPS3本体、みたいなもので、価格差があり、買う、買わなの選択肢があってこれの売り上げをカウントするのは正しいと思う。選択肢がないナック同梱本体である以上、それは別カウントされるべきで。 逆に言えば「顔シュー」や、DsLLの内臓脳トレが本体売り上げ台数=今週の売り上げとして出てきたら、それには同様の違和感を感じると思う。 任天堂だから、ソニーだから、マイクロソフトだから、というのではなくこの集計「おかしい」と思わなかったのか?本当にPS4を買った人が「ナックが欲しくて本体ごと買った」人が全員なのか?もし本パッケージ価格5000円高いバージョンがあったら30万人全員が買ったか?というお話なんです。
2014.03.07
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今週のファミ通の売り上げランキングでまさかと思ったのですが、1位がPS4の「ナック」というアクションゲームで30万本・・・って、本体同梱(正確には無料ダウンロードコード)が売り上げとしてカウントされるのっておかしくない? PS4本体の売り上げ=ソフトの売り上げにできるなら、たとえば3DSに入っている「顔シュー」も国内だけで恐ろしい売り上げになることに・・・しかしそれはランキングには反映されていない。また、「パッケージがあるソフト」という制限があるなら(ナックもパッケージ版があります。同梱タイトルのため売り上げはほぼないですが)DSLLが出た時に同梱されていた脳トレは? なんだろ・・・ナックのゲームとしての面白さとは別のお話で「そこまでしてソフトが売れたことにしたいのか」という恐ろしさを感じます。むしろローンチとして健闘しているps4「龍が如く」がかわいそうで・・・ 何より、この手の集計がまかり通るようなデータに価値があるのか?せめて「本体同梱セット」として別価格商品(ソフトの代金数千円分高いもの)であるなら一本としてカウントしても納得できるのですが。 客観的であるはずの数字を作為的にいじり始めるようになったら崩壊が始まる。ソフトの売り上げが据え置きは厳しいことはわかっていますが、ウソ(といって過言じゃない)をついてまで結果を出しているように見せたら、もうその商売は終わりだよ・・・
2014.03.06
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「ハードコアゲーム」と言えば? 例えば、自分が一番最初に遊んだゲームがなんだったのか?を思い出してみるとわかると思います。私の場合、小学生時代に触ったPC88のゲームでキーボードの4862を叩いてで方向操作コントロールするゲームでした。だからファミコンに初めて触った時、「なんて操作が簡単なんだ」と驚いたもので。 で、上記の記事にある>ある知人は、iPhone 5s購入を機に出会ったLINEのゲーム(絵柄をなぞって消す、みたいな内容)で生まれて初めてゲームにハマり、この同じゲームだけを毎日ずーっとプレイしている。この知人に、今回の企画ページの「ハードコアゲーム」のいくつかをプレイしてもらったが、まったく受け付けてもらえなかった。『アングリーバード』でさえ「よくわからない」と一蹴されたのには驚いた。 これはすごくわかる。人間、自分のそのジャンルへの入り口が常識になりやすく。これはゲームの料金体系や相場感覚にも反映されやすくて。 携帯端末の普及でゲームがより身近になっている、そういう人にとっては初めてのゲームが「基本無料、アイテム課金」のゲームである人もいる。これでゲームを知った人の場合、思考の中に「最初から面白さがわからないものを数千円出して、専用ハードまで買って遊ぶなんて」という常識が生まれてもおかしくない。 現に当初は散々叩かれていた課金ゲームも、今や据え置きコンシューマ以上に市民権を得たと思います。よく重課金の話題が問題視されますが、普通の人はそこまで金をかけていない。無料だけで遊ぶか、月に数百円程度。というか従来の据え置きゲームですらファミコンが出た時のウリが「ゲームセンターで100円入れなくても家庭でゲームやり放題」という部分があったのですから。 ゲーム業界はまだ3.40年の歴史しかない。その間にここまで変化があった業界では、今後も何が起こるかわからない。だからこそ「ライト層向け」とか「マニア向け」なんて定義さえコロコロ変わります。
2014.03.06
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石原慎太郎、衝撃発言「皇居にお辞儀するのはバカ」「皇室は日本の役に立たない」 国歌斉唱で起立しない教師を処分しながら、自分はノウノウとこの発言。 この人に関しては今更どうしょうもない人であり、むしろ選挙で選ぶ人が何を持ってこの人を支持するのかの方を聞きたいぐらいですが。政治方針とか思想の好みではなく、よくわからないけど「石原慎太郎」という知名度で入れているとしたら・・・ で、この方の考察をされたこのページにすごく納得したのです。 石原慎太郎都知事の精神構造について思う事 まさにその通りで、この人には自分の中での「高貴」と「低俗」の基準がある。その基準は、自分の知っているもの、理解があるもの、得意分野に関しては他人に押し付けて、理解できないもの、興味がないもの、不見識なものは「低俗」として扱う。そこに矛盾があっても意にも解さない。そういうことを自分にいうやつは屁理屈だと・・・ そうでなければ>「(出版社に圧力をかけ記事を規制するのは)言論統制だろ、これ。人間の自由を要するに奪っているんだろ。見たいもの見させない、行動したいのにさせない。こんなのは絶対許さない、私は命を賭けて戦う!」 という口でマンガの表現規制を行おうとした矛盾の言い訳ができない。 ちなみに私は、石原氏が都知事から国会議員になって本当によかったと思ってるんです。都知事だと独裁で馬鹿なことを出来る(散々やってきた)のですが、国会議員ならたくさんいる議員の一人でしかありませんので・・・政治の中枢にいない以上、もう何もできまい。
2014.03.04
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漫画の効果って教育よりすごいな、と思う事で。 たとえば「闇金ウシジマくん」や「ナニワ金融道」を読んだ人って、それだけで「無審査ですぐに借りられます」的な消費者金融には警戒心を持つようになると思います。しかし、現実にはそれを知らず、今月末財布が厳しくて友達と遊びに行けないんだよね、程度で簡単にこの手の業者にお金を借りる人も多い。 で、少なくともこういうことは学校教育であまり教えてくれない。これから社会に出ていく子供達は「10万円借りて、月5%の利子が付く、ということがどれだけ怖い事か」を知らない。 逆に言うと、そういうのをわかりやすく、えげつなく描く上のような作品はむしろ学校図書館向けじゃないかと思ったり。たとえ数学上でいくらの利子がつく、ということがわかっても、その利子がついた時の生活とか、精神状態、そういう人を食い物にする人間が世の中にいるという事。 自分もそうでしたが、好き嫌いはあれどこの手のマンガって「生きる上で知っておきたい」情報だと思います。 それを学校教育では教えてくれない以上、どこかで仕入れないと怖いな。最近のビットコインの例もありますが、人間、無知の状態だと危険性に気が付かず、「株より安定して儲かる」なんて言葉に自分もあっさり引っかかるかもしれないし。(ビットコインの問題は後ろ盾のない金融商品の怖さ、でしたが)
2014.03.04
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本屋大賞などを取った「海賊と呼ばれた男」を読みました。以下、ネタバレありの感想。 この物語は一代で大手の石油会社を作り上げた主人公の物語です。次から次へと訪れるピンチ、そのたびに持ち前の反骨精神と人道主義、そして運によって切り開く。実にマンガのようなわかりやすい展開に面白く読んでいたんです。途中までは・・・ この「途中まで」というのは、このイケイケの主人公の行動って、現代でいうところのブラック企業の代表として語られる「ワタミ」元社長とどこが違うのか?という部分で。たとえばこの主人公は社会にある既得権や縄張り意識的なるものを打ち破る時「私利私益のためではなく天下国家のために」という言葉をよく使います。 が・・・このことって上記のワタミ社長がよく言っている言葉なんですよね(W.社会のために、世の中のために、お客様のために・・・ で、このあたりに引っ掛かりをもってしまってからずっとその後の文章が「?」という目でしか見えなくなって。実際、この主人公って自分の立場に合わせて国家利益と私的会社利益を使い分けているんですよね。そこに違和感。 特に後半、英国海軍に撃沈させられる可能性のあるタンカーに行き先を知らせず社員を載せて「もしこのタンカーが沈められたら自分も死のう」というシーン(自分は乗っていない)は「え?それって知らされていない社員の立場は?」と突っ込んでしまいましたが。 なんだか文章のリズムと勢いがある面白さなので読んでいて損はないです。が、どうもそれが引っ掛かって・・・ 社員を絶対に首を切らない「大家族主義」の方針など、単に社員を使い捨てのコマとして考える企業に比べれば全然いい部分もあります。が「家族だから何をしてもいい」的なところが、TVの「痛快!ビックダディ」を思い起こさせました。 この主人公のモデルになった出光興産の社長は本当に「情に厚い」人だと思うし、それを生涯実践してきたのでしょう。でも、もし自分の人生が事情を知らされずタンカーに乗せられた社員だったとしたら尊敬できるのか?ぞっとします。
2014.03.03
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例えば労働時間について。 毎日9時過ぎまで日常的に残業をしている人にとっては帰宅する時間が10時以降。遅い場合は日付をまたいで、なんてことも。 で、全体がそういう雰囲気の中8時前に毎日退社する社員がいた場合、業務を終えていても「自分だけさっさと帰って、仕事に対する熱意が感じられない」となりやすい。 ここで残業代が支給されている場合、給料に明確な差が出る。のですが、会社側がそれを行っていない場合は「人事査定」での曖昧な「やる気」という基準で評価を下げられる形になりやすい。本来は成果が同じ場合、短い時間で効率的であったということで毎日遅くまで働いている人よりいい評価がもらえるはずであるのに。 このあたりが日本の企業からサービス残業依存の体質が抜けない、あるいは残業が前提の人事査定になりやすいことで。 今朝のTBSラジオの報道では「政府が企業のリストラを進めた場合に一人当たりいくら、の助成金を会社側に出す」という方針を明確にしましたが、結局そういう時に切られやすいのは残業しない人なんだろうなと。
2014.03.03
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都内の図書館で何者かによって「アンネの日記」が破られる事件に関して。 はだしのゲンの閉架問題の時も思ったのですが「自分の嫌いなもの、主張と違っているものを他人にも見せたくない」という行動のあさましさ、というか。 アンネの日記もはだしのゲンもどちらも当時を生きた人間の、その作者による記憶であり著者の思想であります。で、この中で歴史的に間違っている記述がある、と考える人がいるのも当然です。 ですが、その場合「これは間違っている」という本を書くことが許されるのが表現の自由で。著作物を破壊、封印する理由にしてはならないと。これは逆の立場の書物でも同様でなくてはならないと思いますが。 たとえば天皇論一つでも「戦争犯罪人である」という人と「戦争を抑え、国民を全滅から守った」という人がいます。真逆の意見はある。でも、どちらも語ることが許されるのが現代であり、思想統制の厳しかったころはそれが許されなかった時代であり、まさに上記作品が描かれた時代である、ということをよく考えた方がいいと。
2014.03.02
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