全35件 (35件中 1-35件目)
1
人工透析患者に対して暴言(と言って差し支えないと思う)を書いて炎上した長谷川豊 氏が担当していたテレビを降板というニュース。 で、この件で彼はブログが炎上した際、「炎上を狙っていた」という発言をしていました。あえて過激な言葉を使うことによって皆がこの問題を考えるきっかけになればいいと。しかし、結果は自ら放火犯になっただけであり、さらにその火が自分の服に燃え移って「熱い熱い!」と七転八倒しているだけで。これが彼が報道人としてやりたかったことなのかと。 過激な言葉というのは、その反応も大きいので自分がすごいことをやったような気分になりやすい。でも、実際は地道に現場で苦労している人を傷つけ、怒らせ、負担になるだけで、さんざん現場を混乱させて後始末せずやり逃げのような。 この人はくだんのブログで「栄養管理など自己管理のできていない人間」を非難し、殺せ、とまで言い放った。しかし、当たり前だが自ら望んで不健康になりたい人間などいない。誰もが厳しく自己管理できるわけではない。というか、この人だって自分の暴言すら制御できない、弱い人間であることを証明して見せている。誰だってそうだ。だからこその相互扶助が保険医療の制度ですから。自分が健康だから、医者にかからないから無駄なわけじゃない。こんな簡単なことすらわからない・・・ この方は自身のブログのタイトルを本気論 本音論 と称している。本音を書けば世の中に通用すると思ったのだろう。しかし、結果は「社会的に負担になる人間は殺せ」という彼の本音を伝えた、それに対する世間の反応はこういうものだ。ネットだから炎上したのではない。 暴言吐いてPV集めればいい、それこそネットのまとめサイトとたいして変わらないんだよなあ・・・
2016.09.30
コメント(0)
ヘイトスピーチ 在特会に賠償命じる 大阪地裁 都知事選にも立候補した人物の裁判であり、しかし、彼は選挙でそれでも10万程度の票を集めている。それがこの手のヘイトスピーチに共感する人がいる、ということ。 この手の人がすでに論理的に考えられていないと思うのが、たとえば彼らは差別する理由の一つに外国人犯罪者のことを語ります。しかし、日本国内で発生する犯罪の9割以上は当然、日本人が犯人。比率として圧倒的に多い以上、なぜ特定外国人だけを理由にするのか? もっと言えば犯罪というのは起こした人物がその罪を問われるもの。隣の家の住人が万引きで捕まったとして自分には責任がない。それと同じ思考がなぜ特定民族には適用できないのか? 上の判決に対して在特会側の意見が呆れたのですがーーーーーーーーーーーーーーーー判決について、在特会=在日特権を許さない市民の会と元会長の代理人の弁護士は、「在日特権を批判、追及している政治団体への偏見に基づく一方的な判決で不当であり、控訴を検討する」というコメントを出しました。ーーーーーーーーーーーーーーーー 自分たちが偏見の最大原因であることは無視しているのか・・・というか、彼らの主張する在日特権というのが実はネットに出回っているデマであることがほとんど。そういうデマを信じた人間が彼らに対する怒りを燃やす。だいたい「年間600万円の不労所得を得ている」とか「生活保護の6割が在日によって占められている」といったビラが流布されたけど、数字的に考えてそんな馬鹿な・・・って単純に思わない人達が信じている。 つまり、この手の主張に喝采を上げている人はその程度の思考力すらないと自分で喧伝しているようなもので。これは日本だけでなく、アメリカのトランプ氏を日本人がどう見ているか?それを思えば簡単に想像がつく。 過激な意見というのは面白い。が、そこに「実」があるとは限らない。彼らはこの手の主張をする際に「普通の日本人なら~」という言葉をよく使う。しかし、私はどうして自分たちの意見を「普通の日本人の意見」にするのだろうか?といつも疑問に思う。というか、分母的支持数から考えても異端の意見だろうが・・・
2016.09.28
コメント(0)
たとえば今年の夏に公開された「シン・ゴジラ」と「君の名は」の2つはどちらもアニメ監督であり、どちらも邦画として異例の大ヒット作品。 で、なんだか不思議だったのが両方とも映画を見たのですけど、シン・ゴジラに関しては「もう一度見たい」と思ったのですが、「君の名は」に関してはこの気持ちよく終わった余韻のまま、もう見ないな・・・という。 事実「シン・ゴジラ」は後にもう一度見に行きまして。一回目より細かいところを楽しめ、映画館を出た後に「また見たいな」とさらに思うという、これはどういう差なのかなあと不思議に感じました。 ネットでもシン・ゴジラ公開直後から、自分も含めて多くの人がこの映画を語りたくなっている、この映画に絡めて国防論やら防災論、政治論、文化論、映像論などなど~さまざまなテーマの題材に使われる。しかし、君の名は に関しては「面白い映画だった!」というのは大方共通しているのですが(自分も面白かった)、それ以降、感想以外は特に語る部分がないというか。見たことのない人に「どうだった?」と聞かれれば間違いなくお勧めしますが、自分はもう見なくていい、そういう感想です。 なんでしょうか?この2つのタイプの映画の違いというのは、きっと心に引っかかるフックが多いかどうかの違いであるかもしれないなあと。もちろん、君の名はを何度も見に行った人もいるでしょうが、自分にはその部分がない、サラッと流れる清涼飲料水のような作品であり、逆にシン・ゴジラは強烈な炭酸を効かせた、飲んだ後もげっぷが止まらないコーラみたいな感じでした。 新海誠さんの作品は私は他にはよく知らないのですが、インタビューで「今回は映画通の評価より一般受けを意識した」と語られていました。それで大ヒットしたのですから、演出コントロール能力はたいしたものだと。確かに映画内でも「もっとこうしたらオタク受けするだろうな」というポイントはたくさんあったのですが、きれいに避けている。逆にシン・ゴジラはマニアがニヤニヤするところ満載の、こちらも「わかっている」映画であり。 まだどちらも、あるいは片方しか見ていない方は是非、この2つの映画の差を見比べていただくことをお勧めします。
2016.09.25
コメント(0)
アニメ「君の名は」が興行収益100億円を超えて宮崎アニメに並んだ大ヒット、という話題。 これはたとえば昨今だとオタク業界的に深夜アニメ作品原作として空前の大ヒットとよばれたガルパン映画の4倍以上の数字をあっという間に超えてしまった、しかも、ガルパンに関しては同じ映画を複数回見た人が多い(そのため異例のロングランや爆音上映など)のに対して、この君の名は はもちろん複数回見た人も中にはいますが、基本はカップルがデートムービーとして一回見て楽しかった、で終わらせることができる映画です。その上でのこの動員数ですから、同じアニメであっても市場が違う、ということなのでしょう。 日本の映画は長い間、国民的作品、幅広い客層から支持される映画の枠をジブリ映画が担っていまして。しかし、当の宮崎さんは後年にいくにしたがってカルト映画の様相を呈している。子供と一緒に夏休み映画として見に行ったら子供も大人もよくわからない、と首をひねって帰るような。その宮崎監督も引退ジブリ映画枠の消失。ここに空白が生まれている、という状況でしょう。 ですが、そういうものなのか、と思ったグラフを あくまでアンケートからの推論調査ですが、国民の半分は映画館で映画を見ていない、見るとしても年に一本程度の人が大半という・・・つまり映画館で映画を見る人そのものがすでにマニアックな、特別な行為になっている、という結果です。映画を見ることはレンタルDVDやテレビでの放送などを見ることであって、映画館で見ることの方が稀な体験である、という。田舎では市内に映画館が一つもない、なんてざらにありますので。逆に考えると、一人の映画好きが月に一回映画館に行くと、それだけで12人分の年間売り上げに相当する、すごい影響力であり。 映画というのが値段も含めて大衆娯楽の枠からすでにはみ出している、これは例えるならゲーム業界の据え置きハードが時流の中心からどんどん遠ざかっているのと同じような。そんな感覚すら思います。
2016.09.25
コメント(0)
「逆張り」という言葉があります。世の中の時流や潮流とあえて逆のことをすることによって注目を集めたり、集客や利益を上げる行為。これ自体は否定されるものではないし、それがあるからこそ多様な社会が生まれます。 ただ、世の中には単に目立つために逆張りをする人というのはいて。でもそれで集めた注目というのは、決して支持されている訳でも話を聞いて理解されるためでもなく。例えるならいきなり町中を全裸で歩いている人がいたら注目は集めます、が、その人を「世の中の人間は服を着るという常識にとらわれていた」と思う人が、はたして何人いるか?ということにも。 先に書いた長谷川豊 氏のブログで強く感じたのは「こういうやり方で注目を集めても、本質的なところで理解が得られなければ、上に書いた全裸で町を歩く人と同じ」ということ。人工透析患者の医療負担問題ではなくなっている。 注目されたいがための炎上はろくなことがない、どころか、関係者を傷つけ、社会的弱者を分断し、無用な社会対立を生むこともある。だったらもっと真摯に、地道に活動している人の行動を取り上げる注目の方がよいと思います。 あ、あと意図的に火をつけたならその後の火の始末もきちんとできないとね。燃えた後は知ったこっちゃない、であれば単なる放火犯なので
2016.09.24
コメント(0)
事の発端は自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!今のシステムは日本を亡ぼすだけだ!! この文面にかなりの批判が来た模様。それに対して余りの低レベルな言葉狩りに戸惑っています 内容を読んでいて気が付くのは、「自分がその立場(人工透析のお世話になる)には絶対にならない」という過信というか。 特に後の意見で----------------------現在、透析を受けてらっしゃる患者さんの中で、私のことを悪質にツイートされている「見出し」を見て、気分が悪くなられた方がいらっしゃると思う。大変申し訳ないことをしました。私は透析病棟を何度も取材した経験があります。貴方がたの治療が苦しく、大変なことくらい十分知っています。原因が不明なまま、苦しい治療を受けていらっしゃる方にも直接話を聞いています。それを知った上で…その上で、貴方方の気分を害させてしまった。本当に申し訳ないことをしました。心よりお詫び申し上げます。------------------------------ という言葉を載せている一方、最初の人工透析患者は殺せ論に関しては否定していない。つまり、謝りながら人を殴っているという状態。 この方の他のブログを見てもわかりますが、過激な見出しをつけて注目を集めることが「論議が深まる」と思っていることなのでしょう。が、理解はされていない。ここがブログ主が書いている「保育園落ちた、日本死ね」の論議と一番違うところです。保育園が足りないという窮状を訴え、それが多くの人に理解され、国政を動かした。 一つ思うのは、病気や怪我、障碍というものにかかるきっかけはいつ、だれが、どこでおきるかわからない。だからこそそうなって生活困窮した人を救うのが国の保険制度であり。しかし、この人は「自分はこんなことにはならない」と根拠のない自信で今苦しんでいる人を叩いている。想像力の欠落しているように感じます。 世の中には規則正しい食生活ができないほど毎日の生活に追われている人はたくさんいる。そういう人も「自己責任だ、殺せ」というのだろうか?金がかかる病気の患者は殺す。その発想は「世の中に役に立たない人間は殺せ」と・・・たしか数か月前、障碍者施設での惨劇の犯人がまったく同じことを言っていたと思います。この長谷川さんはその犯人と同じ思考であることに気が付いているのか? 炎上を狙って過激なことを言う場合、その自分の言葉の反応に「言葉狩り」などという逃げを打つのは卑怯だと思うし、言葉(文章)を自由に発するのは彼だけではなく、反対側にもある。自分の過激な意見は許されるが自分を批判する意見は許せない、なんて、本当に報道の立場にいる人間だったのか疑問符すら湧いてきます。
2016.09.24
コメント(0)
電車の乗務員が人身事故で乗客からのクレームに耐えきれず飛び降り、というニュース、これ、本当に聞いていて辛い話で。 この手の状況は私も駅で見たことがあって。人身事故による鉄道停止に、状況説明している駅員に怒鳴りつけている客、駅員はひたすら低姿勢でしたが、これ、言われる側はたまらないだろうなと。というか、その光景を見ていてこっちがストレスが貯まるというか。 何より怖く感じたのが、今回の事件に関して鉄道会社の側が「お客様にご迷惑をおかけしました」と謝っていること。これ、飛び降りた乗務員をさらに傷つける言葉だとわかってやっている対応なんだろうか… 電車が遅れてイライラすることは誰にでもある。けど、それは駅員の責任じゃないし、罵声を浴びた駅員にとっても理不尽で精神的ストレスが貯まるだけ。さらに今回の件で「職務放棄した無責任な駅員」と叩く意見も散見しますが、本来、理不尽な罵声に耐えることは業務じゃありません。 と、同時に駅員を怒鳴っていた人も電車の遅延で仕事に遅れて叱られる、という理不尽に謝らなければいけない人かもしれない。意味のない謝罪の連鎖が続く。 なんだか日本の謝罪文化の闇をはっきり見せつけられた気がしてなりません。
2016.09.23
コメント(0)
大手開発会社の社長さんのブログです第18回『“キャバクラゲームショウ”やめませんか?』の巻 これに似たことですが、有名人を使ってメディアに露出する=ゲームのCMになる、って考え方が根本的にずれていると思うことがあって。 以前、自分も関わっていたゲームですが、ゲームショーのイベントで当時ドラマで人気があり、数か月前に恋愛がらみのスキャンダルで話題になっていたタレントさんがゲストでした。が、その方、ゲームにはまったくの門外界の人。かといってゲームの舞台になっているジャンルに関わる仕事をしているわけでもなく、本当に人選が「話題の人だから」というだけ。 広報の人にとってはワイドショーなどで取り上げられることを期待しての人選なのでしょうが、たしかにワイドショーで取り上げられているビデオを後日見せてもらいました。が、その日のイベントやゲームのことは全くといっていいほど取り上げられていない。それに、そのゲーム自体がワイドショーを見る時間帯の主婦層にはまったく関わり合いのないアクションゲームで、ゲームのタイトルや映像すらほとんどテレビで扱われていない・・・ この場合、本当に何のため、誰が選んだ人選なのかさっぱりわからなくて。イベントでもプレイするわけでもなくPVを見ながら「画面がきれい」「すごいリアル」「迫力がある」ぐらいしか言葉がない(当然と言えば当然ですけど)本当にスッカスカな内容で、これ、本当に宣伝効果があるのか?と思ってしまいました。 タレント人気に商品CMを便乗させようとしても、それがミスマッチだと何も宣伝効果を生まない。上記のコンパニオンをたくさん使ったやり方も、誰に何を注目させたくて、というところが変な方向に向いてしまっているのかもしれません。
2016.09.22
コメント(0)
不思議に思うこととして、タクシーの料金ってどうして100円単位、みたいに切りのいい数字でメーターを回さないんでしょうかね? 距離と値段はデジタルで設定できるはずですから、お釣りなどの手間を考えても運転手、利用者共にそちらの方が便利だとと思うのですが・・・
2016.09.21
コメント(0)
これは深刻、かつ、理不尽な話でブラック部活が殺すのは生徒だけではないという話 部活で生徒の移動に使うバスの運転&車の費用まで担当教師の負担、しかも業務外という状態で。 日本の部活の印象って、いい意味でも悪い意味でも漫画の影響って大きいと思いますが、部活顧問の先生も熱心である、というのが定番になっています。 ジャンプで連載しているバレー漫画「ハイキュー」の中で「おや?」と思った描写に、顧問の先生が生徒の移動にマイクロバスを使うのですが、それを運転している・・・あるいは部活にかかるお金について「結婚資金がありますから」的なギャグを入れるところとか。 学校での部活動の危険性というのは、まるで業務の一環のような形でありながら、実は先生にとっても業務以外の、給料が出ていない、それどころか上記リンクのように金銭負担までさせられ、責任まで取らされる。 あまりにも日本では部活が「当たり前の風景」になっていますが、あくまで本来は勉学以外の生徒の自由行動です。
2016.09.20
コメント(0)
印象論というのはこういうことだろうなという話。 日本の深刻な殺人離れ これ、大変危険なことで。その大きな理由の一つがメディアでの報道の「時間」というのがあると思います。同じニュースであっても数分の事件として取り上げるのと、全ての番組で長時間報道されるのでは印象が全く違う。 グラフを見ても凶悪犯罪の数が過去最低水準に落ちている、にもかかわらず、昨今は治安が悪く感じるのは、そういう情報を耳にする機会が増えたからであり。考えればわかりますが、自分が子供だった頃はニュース番組や新聞など見ない。見ないからこそそういう事件事故が自分が経験しなければ世の中に存在しないものであると考える。だから「昔はよかった」につながりやすくて。 今年は障碍者施設でおきた戦後史に残る事件が発生しました。が、オリンピック報道で世の中から一切忘れられたような雰囲気になる。印象というのはそういうもので。
2016.09.19
コメント(0)
高速増殖炉 「シンもんじゅ」を目指せ 核燃サイクルは国の生命線だ おそろしく苦しいコラムです。いうなれば「ここでやめたら今まで投資してきたお金が無駄になる」という、パチンコで失敗するいちばんよくありがちなパターン。例を挙げるまでもありませんが、太平洋戦争で負けが込んできて逆転の目がない状態の時にも「これまで死んでいったものが浮かばれない」と、さらに新たな死人の山を築くことをやめなかったこの国では失敗を止める人間が、なぜかその失敗の責任を取らなければならないという事が多くて。 しかし、20年も使用できず、ただ維持のみ、しかもその維持の技術すら怪しくなっている状態では、さすがに年間100億のお金を使う理由としては厳しすぎる。核燃サイクルが国の生命線と言っているけど、いまだにその生命線は一度も活用されたことはなく。今の状況では再稼働もできない完全に無駄金になっています。 主張では今のもんじゅを廃炉にするかわりに新たな高速増殖炉計画を、ということなのでしょうが。表題に使っている元になった映画シン・ゴジラを見た人であればそんな結論は出せないよなあ・・・むしろ映画では厄債として描かれているし。
2016.09.19
コメント(0)
こち亀最終200巻が発売し、私も記念に一冊購入しました。考えてみるとこち亀の単行本を買った経験はありますが、たとえば実家に帰省する際に電車内での時間つぶし、のような、駅の売店で一冊ぱっと買って~のようなことばかりで。ストーリー漫画だとできない、読み切りギャグマンガだからこその気軽さというか。 多くの方がこち亀の魅力を語っていますが、私は「過去も、現在も、未来も面白く描いている」のが人気の秘密だったのかなあと。主人公の両さんは中年オヤジで昭和の下町という懐かしさを知りつつ、現在の流行にも飛びつき、そして漫画的な未来ガジェットも面白がる。このいい意味での節操のなさがどの時代も一概に否定しない、いつの時代も面白さはある、ということを体現しているキャラクターだったなと思います。 なにより、40年も続くと掲載当時未来的だった描写が現実になり、さらに過去のものにすらなる。そういう時代の変化の面白さも改めて読み直すと感慨深くて。 こち亀が終わることでジャンプの歴史に一つの大きな区切りができた、とは思わない、なんだかまたひょっこり思い出した頃に両さんが戻ってくる、そんな最終巻を読み終わった感想でした。
2016.09.18
コメント(0)
多くの都民や関係者も含めて思っているであろうことが「どうして築地を危ない豊洲に移転しなければいけないの?」ということに、今の状態だとなっているのでしょうねえ。 地下の空洞問題といい、地下にたまった水の問題といい、今回の風評被害というのは引っ越したとしても市場関係者にとって大ダメージのはず。特に食べ物の話は評判が売り上げに直結する。どんなに科学的に検査され、安全だと保障されていても原発事故の影響で「福島産」という産地を書くと売れないように。 築地市場は昔から「江戸の台所」「新鮮な魚が全国から集まる日本一の鮮魚市場」というブランドがあった。だからこそ海外からも観光客がやってくる場所です。 当初は「老朽化した施設が危ないから移転」だったはずが、その移転先がもっと風評的に悪い場所では中の人は納得しない。これまで長年付き合いだった小売りの客にまで迷惑をかける。「築地で選んだ生きのいい魚!新鮮だよ!」と売り文句に出来たのに、ここまで悪評が広がってしまった豊洲の魚であることが売りにできるだろうか?その上、引っ越しの費用も彼らの負担なのだからこれはたまったものじゃない。 さらに当初の目的であった新しい建物が使い物にならないとなったら、国立競技場以上の無駄金問題になる。 私が思うのは、最大の責任者は移転を決定した当時の都知事の石原さんです。強権を発動した、ということは当然、そこで起きる予想外の事態の責任も負う。にもかかわらずテレビで「騙された」とか・・・ この人、結局大きなことがしたいだけのひとだったんじゃないだろうか?
2016.09.17
コメント(0)
4ヶ月で大学を中退し起業します。レールに沿ったつまらない人生はもう嫌だ。 見ず知らずの他人事ながら、読んでいてハラハラしてしまうブログですが・・・ なぜ読んでいて怖いと思ったのかというと、「最低限の足場の固まっていない状態で崖をジャンプしようとしているところ」でしょうか。それも、必要に迫られて、というのではなく、なんとなく今の状況は居心地が悪いからそこに見える崖を飛び越えたらうまくいくんじゃないだろうか、的な。これは本当に怖くて。 本文内で探していると、ブログでお金を稼げることや実際に何百万も稼いでいる人がいることを知り、 「ブログで月商100万稼げる?大学生で100万稼いでいたらすごくないか?」 これなら自分にもできそうだと思いました。 と、ありますが、自分が100万円稼げたとは書いていない。当然です。そういうことができるのは大きな米俵のほんのひとつまみ程度の人間。で、昨今、ネットバナー広告でも見かける「在宅で毎月○○万円稼ぐ方法教えます」というのは、情報商材詐欺の典型的な例。この辺、漫画「闇金ウシジマくん」に描かれていますが、要は大金を稼ぐための情報が入っているCDを○○万円で売ります、仲間を紹介すると手数料があなたにも入ります、というねずみ講みたいなもので つまり、餌になる側の人になりやすい。 前に学校を辞めて漫画家になりたい、という学生に対してプロの漫画家さんが「あなたは作品を雑誌社に投稿して、読み切りなどが評価されて編集者の方からプロになりませんか、と言われてから学校を辞めることを考えても遅くはない、漫画家デビューは作品がよければ何歳でもできる。だから焦らないで」とアドバイスされていましたが。 この方が人に敷かれたレールの上を生きる人生はつまらない、とおっしゃっていますが、実際はどの生き方をしても人間的社会生活を送る人生の場合、誰かの敷いたレールの上を走らされています。それこそ反社会的なやくざのような闇社会ですら強烈な縛りがあるように。 でもなあ、この人を一概に否定したくもないんです。自分がゲーム業界なんていう当時は訳の分からない業界に飛び込んで、20年近くなんとかやっているのを見ると、本当に運命なんてわからない。それこそ一流の大学を出て、一流の会社に入ったのに会社が倒産して現在無職、なんて人も世の中にはたくさんいます。 よく「後悔のない人生」という言葉がありますが、後悔のない人生の基準とはたった一つ。現在満足しているかどうかに尽きるかと。あこがれていた仕事に就いたけど毎日死ぬほどつらい人もいれば、夢や憧れとは一切かけ離れているけど、仕事以外の楽しみのために幸せな人もいる。本当にどうなるかわからない。 この方はもう大学を辞めてしまったので、人生のレールで分岐点を一つ越えてしまった。どうなるかは誰にもわからない。ただ、これまでの「つまらない人生」を選んだのは自分だ、ということだけは確かですので。
2016.09.16
コメント(0)
シン・ゴジラのヒットで思ったことなんだけど、たとえばアニメオタクで普段映画館で実写の邦画をジャンル問わず見たことがここ数年ずっとなかった人、けっこういるんじゃないだろうか?それどころかテレビで放送されていても見ないとか。 そういう人に限って「日本の実写映画はつまらない」と言ってないだろうか? TBSラジオ「ライムスター宇多丸 ウイークエンドシャッフル」の中で毎回今やっている映画をくじ引きのように引いてその感想をリスナーと共に語るコーナーがあるのですが、ここ近年は邦画で評価が高い作品が多く、でも、実際にはさほど話題になっていない作品も多々あります。ちなみにこのコーナー、アニメ映画も入っているので、ガルパンやまどかなども取り上げられたり。 そういう意味では「見る機会がないから評価が低い」ということ、ずっとあるのではないだろうか。特にネットでネタになるのはひどい出来の作品が多いし。 もちろん、興味のないものを無理やり見る必要はないけど、見ていないのに邦画はつまらない、というのもいいものを作っている人に無礼な話だし。そもそも、映画は作品の個別評価であって、ジャンル全体で語るものではない。つまらないアニメも面白いアニメもあるのが当然のように。 オタクに聞きたい。ジン・ゴジラ以前に実写邦画を見たのはいつですか? ちなみに私が最近「すげえよくできてる」と思った邦画はちはやふる:上の句 ですね。漫画の実写というのは特に批判されがちですが、原作をうまく再構成し、しかも元々実写向けの作品なので親和性が高く。アニメの出来も素晴らしかったですがこちらもお勧めです。
2016.09.16
コメント(0)
ふと思ったこと。とある居酒屋で、そこでは店員がやたらに声出しする。いらっしゃいませ、ありがとうございます、だけでなく、注文すると「注文いただきました~」料理を持ってくると「お待たせしました~」 それを店員さんみんながやっているところを見ると威勢の良さを売りにする店の方針なのだと思いますが、正直声が大きすぎて会話がさえぎられるほど。 これ、誰が喜ぶサービスなんだろうw?
2016.09.15
コメント(0)
昔、NHKで大変人気のあった「プロジェクトX」という番組ですが、改めて考えてみると無茶な状況無茶な要求無茶な予算無茶な期間を、現場の人間の過労と運で達成した、という、非常に褒められた話じゃないよなあ。だからあの番組を企業が新入社員の研修に使っている、という話を聞いたことがあるけど、そういうことが日本企業のブラック化肯定につながっているし、実際は番組にはなっていない、無茶で計画が破綻、過労で社員が倒れるなど失敗例の方が多いことも知らなければいけないと思う。 無茶な成功が美談になると危険な状況のままマニュアル化される。徹夜でギリギリ間に合った仕事が後に「じゃあ今回もこのスケジュールで」と当たり前にされるように。
2016.09.14
コメント(0)
豊洲市場移転問題で、建物自体の欠陥以上にもっと根本的な汚染土対策がなされていなかったという、もはやどうしょうもない状態になっていることについて。 これ、引っ越しは無理です。というか、ダメです。無理やり押し付けられた引っ越し先の建物が欠陥住宅だった、それどころか畳の下から死体が見つかったような事故物件だったようなものでw 今回、移転推進派がやたらに期日を迫った理由がここにきてよくわかりました。強引に引っ越させて発覚した後に「今更しかたないだろう」とする予定だったんです。そうでなければこんな空間があることを隠し通せると思うわけがない。悪徳業者が欠陥住宅を売ってしまえばこっちのもの、みたいなのと何も変わらない。 こうなった以上、移転は白紙に戻して今ある築地市場を改良するしかないですねえ。
2016.09.13
コメント(0)
40周年と単行本200巻で大団円を迎える長寿人気漫画「こちら葛飾区亀有公園前派出所」がギネスに世界一単行本の巻数の多いマンガとして申請した、という話題がありました。 で、数か月前にこち亀のマンガ内でこち亀の歴史を振り返る、という話があり。その中で当時連載中に内容が乱暴だということで連載中止を求める運動があり、それに対して作者も普通のお巡りさん漫画にしようか迷っていたところ、編集者が「今まで通りやりなさい」と思いとどまらせてくれた、というエピソードがありました。 当然ですが、こういうことができたのは当時からこち亀は人気があった作品だから。人気があったからこそ、読者がたくさんいるからこそ、編集部もそのまま続けさせてくれた。また、その時に作者が風評を恐れて毒も刺激もない作品になっていたら、入れ替わりの激しいジャンプでは確実に淘汰されたと思います。40年たった今、振り返るとそれこそ日本漫画の歴史に燦然と輝く、国民的作品となったわけですが、さて、あの時に「やめろ」と抗議した人たちは今、どんな気分でこのことを見ているのでしょうか? 似たことはたくさんあって、たとえばクレヨンしんちゃんも前は「子供に見せたくないアニメ」の筆頭に上がる作品でした。歌の世界でも美空ひばりさんは日本昭和歌謡の女王ですが、デビュー当時は評論家から「あんな歌い方はけしからん」とさんざん叩かれたとか。ゲームなどもファミコンはそれこそPTAの敵だったのが、オリンピックで首相がコスプレすると言葉もわからないブラジルの、あるいは世界の人も「あ、マリオだ」とわかるほど普及した日本を代表するポップアイコンになった。 世の中を悪くすると思われたものが後にジャンルの歴史を代表する偉大な存在になる、だから、自分の好き、嫌いは別にして「こんなものが流行するようでは世の中がおかしくなる」ということをいって、楽しんでいる人たちの間に割って入ってやめさせようとするのは、それこそ文化を破壊する行為だと思います。 しかし・・・こち亀のすごいところは、実はテレビアニメ化されたのが単行本100巻の時代から、ということです・・・しかもそのアニメが8年以上続くという、恐ろしく歴史があり、舞台になった町の駅前には両さんの銅像が建てられ、住んでいる人たちにまるで本当に存在するようなキャラとして愛されている。そして、ジャンプの屋台骨を40年間支え続けた、本当に面白い作品です。
2016.09.13
コメント(0)
民進党の蓮舫議員の二重国籍問題について。 一連の報道を見ていて思ったのは、根底に純血主義的な危険な思想がある、ということです。何しろ臆面もなく「日本の政治家は日本人のために働くもの、いざ、2重国籍のある国と戦争になったとしたら相手に利敵行為をする可能性があって信用できない」というコメンテーターまで。 ・・・人間って、血で国家を決めるものなの?バカ? そもそも国家と血縁は何の関係もない。それに、自分もそうだけど日本国民は「国に忠誠を誓う」契約をした覚えもない。選んで日本人になったわけじゃない。たまたま両親が日本人で、その子供として生まれただけで。 それに今の政府が「日本国」なのではない。この国では何度「お上」が変わったか?これは日本だけじゃなく、他国も同じ。 たとえば、私の妹は結婚した夫が大手商社の社員で、今、タイで暮らしています。そこで子供を産みまして現在3歳。この子は一応日本国籍を持つ日本人ですが、タイで生活した時間の方が長い。今後、たとえば会社の命令で何年後かに戻ってきて日本で生活するようになったとき、この子は「純粋な日本人ではない」ということになりますか?今はタイと日本は友好的ですが、もし、外交的に敵対するようになったら、この子は敵国で育った「怪しからん人間」になるのでしょうか? こういった意味でもバカバカしい考えだと思うし、日本政府が台湾を正式に国家として認めていない以上、法律的にはまず二重国籍にもなっていないと思うのですが。 また、世界の政治家トップには移民の出身であったり、他国が生まれの国である人などいくらでもいる。政治と純血は何の関係もない、それどころか他国にパイプを持っている、というだけで外交的に大きなアドバンテージを持っていると考えます。
2016.09.12
コメント(0)
話題になっている映画は見ておくものだ、というのがポリシーなので見てきました。「君の名は。」 新海誠さんの作品というのは私はあまりまともにみたことがなくて、印象深いのはイース2のリメイクOP映像でしょうか。とにかく映像が美しい作風の方だなと。ただ、映画作品はほぼ見たことがないので他作品の評価を全く知らない人間の感想です。あ、このあとネタバレもありますので読みたくない人は注意ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー まず素直な感想として「面白かった」でした。最初は男女入れ替わりのドタバタコメディーだと思ってみていたのが、途中から話が一転。想像以上に深刻で悲劇的な状況、しかもそれに時間軸の概念まで加わって、最終的には大規模災害に立ち向かう少年少女という、「こいつはやられた!」という構成になっていました。 また、荒唐無稽に思える内容ですが、前半に細かく伏線を張っていたり、キャラクターとの関係性で違和感なくその突飛な行動を主人公が起こすことに対して納得ができたり。この辺は非常に丁寧に積み上げられているなあと。 そして何より風景の美しさ。新海誠さんの真骨頂と言える雲や夕焼け、日差し、太陽の反射、雨といったものを「絵画的に」美しく見せるシーンはそれだけで画材資料になるほどどこも美しい。何より「都会の美しさ」が表現されているのはそれだけでため息が出ます。 気になった点として、音楽・・・というか、挿入歌の使い方がうるさいところでしょうか。OP含めて途中4回も歌詞があるタイプの邦楽がかかるのはさすがにウザい。いかにも「ここで感動してください!」みたいな煽られ方が逆に冷めてしまう印象でした。(楽曲そのものが悪いということじゃありません) また、セリフの一部がちょっとクサい言葉にしすぎなところがあって。あれだけ美しい風景なのだから、そこでわざわざ何も叫ばなくても主人公の心は伝わってくる、そう感じます。 でも予告CMから受ける「世界系リア充恋愛ドラマ」かと思うと全く裏切られ、それでいて心地よい、後味の良い映画ですのでお勧めします。 あと目覚めるたびに執拗におっぱいを揉む主人公は笑った。あの繰り返しギャグは卑怯だ!
2016.09.11
コメント(0)
東北の震災でも、鬼怒川洪水でも、最近では熊本地震でも、ネットに即「在日外国人犯罪集団が多数」やら「○○人が井戸に毒を投げ込んだ」「▽▽人に女性がレイプされた」というツイッターでのデマが飛び交い、拡散し、後にそういう報告が警察には全く届けられていない(発信元はわからない)ことをみると、90年前、関東大震災での流言で多数の朝鮮人、および外国人、また、地方出身者(方言で発音がおかしいことで外国人扱いされた)も自警団によるジェノサイドが行われたのは事実だし、今の時代もそういう可能性はいくらでもあると感じさせます。 特にひどいのは、最近その関東大震災の虐殺もデマである、という情報が保守系愛国者ツイッターに広がって、本当に信じている人がいること。おいおい、当時の裁判記録にも残っている事件なんだけど・・・しかも10や20ではきかない数が。 何より怖いのは、自然災害などが起きると間違った情報であっても拡散させることが正義だと思っている人がいること。間違った情報は現場の混乱しかうまない。たとえ善意であっても出所の分からない「拡散希望」なるタグには注意をすべきだ。 熊本震災で上のデマを拡散した人にツイッターでそのことを突っ込んだ際、「私はネットで拾った情報を伝えただけでデマを広げたのはリプした連中だ。私には責任はない」と・・・ こういった人がツイッターを使っている。もちろん、自分もそうなる可能性がある。 肝心なのはこの手の情報は速報性に意味がないということ。検証できない人間が現地が混乱している状況で性急に広げる意味はないし、きっと広げた人間も「暇つぶし」の一環だ。
2016.09.10
コメント(0)
過酷な労働環境であることは公務員も一般職も、学校の先生も変わらないはずですが、なぜか「聖職」とよばれる職業では「それが仕事だ」と言われる教員にも休む権利をください。16時間も学校にいる今の生活は異常です。 まず「部活」というのを基本学校の先生に任せるのはやめましょう。部活が未だに生徒全員入部が義務、なんて学校がありますが、給与が出ていない先生の時間を拘束するのは明らかに違法です。 生徒に本当に必要なら、教員以外の専門のコーチなり指導者を雇うでしょう。その場合、給与は支払われる、その費用が支払われていないのに「生徒のために」なんて、それは生徒のためじゃなくて学校側の都合です。 気持ちが悪いのはコメント欄でも散見する「だったら辞めろ」という意見。この件に限らずですがどうして違法な状態で苦しんでいる人が悲鳴を上げると「苦しんでいるのはお前だけじゃない!」と叩く人がいるのか?苦しいのをみんなが我慢してしまっているから、何も変わらない、それどころか「ああ、これ、できるんだ、だったらもっとやってもらおう」と更なる負荷がかかる。 また、公務員幻想を未だに持っている人が世の中には多くて。公務員は楽なんでしょ?残業もなくてダラダラしてるんでしょ?と・・・しかし、たとえば私の姉も国家公務員ですが、「人が足りない、とにかく忙しい」と・・・特に税務署に勤務しているので確定申告の頃は深夜残業が当たり前だとか。 16時間というのは8時間労働でいえば2人分の仕事。つまり、一人では無理な負担です。
2016.09.10
コメント(0)
ネタバレというのをどこまで許容できるかの問題。 先日、昼に聞いていたラジオでパーソナリティーが「シン・ゴジラ」を見たという話をしていました。で、本人は「公開されて間がないのでネタバレはしないようにしますが」と気を使っているのですが、映画序盤にある描写をさらっと語る。が、序盤だからネタバレにならない、ってわけでもないw これって難しくて、たとえば「予告映像に出ていたからネタバレじゃない」という人がいますが、予告映像だってもろに後半の大切なシーンを映していることもあるし、何より皆が予告を見ているわけじゃない。 それこどころか一切ネタバレをしないで映画を語るというのは不可能で。ネタバレの基準が人によって違う。結末のオチをばらしても「いや、映像に意味があるからネタバレには当たらない」なんて人も。 シン・ゴジラに関しては私は公開2日目に見に行ったのですが、話題になった後だと「この映画、ネタバレしないで語るのは無理だよなあ」と。だから、本当にそういうことが気になる人はとっとと見に行くしかない。ネットを巡っていたら避けることは不可能に近いので。
2016.09.07
コメント(0)
ちょっと不思議な光景として 自分が通勤に使う駅のホームなのですが、転落防止用のホームドアが「山手線側だけある」という状態。反対側の別の線路側にはついていない。ものすごく片手落ちな感じで。 ホームドア設置にはお金がかかるし、人の往来が激しいホームでの工事は時間的にも厳しいのはわかります。が、たとえばホームドア化を完全に行った駅では、年間の自殺者も含めたホーム転落事故が9割減という、つまり、よく人身事故で電車が止まるというのは、こういった社会システムでほとんど解決できるということでもあり。 また、自分も混雑時にはひやっとすることがあるのですがホームの幅が非常に狭い、それこそ1M程度の横幅しかない個所もあります。 全部自動開閉でなくても、それこそドアがない場所にだけ鉄製の手すりみたいなものがあるだけで安心感が全然違うのに、と思うことが多々あります。
2016.09.07
コメント(0)
日本の体育教育、特に部活動は、生徒にスポーツの楽しさを教える前に苦痛や我慢を教え、その中から優秀な生徒だけ優遇するシステムになっている、だからスポーツ嫌い、学校を卒業したらそのスポーツをやめてしまう人が多いのではないか、という意見を聞いて納得しました。 確かに一年の時は球拾いとか走り込みとか素振りとか、実際の面白い部分にほとんどかかわらせてもらえない、また、それ以降も下手なやつはレギュラーになれず、公式試合にも出られないなんてことも。 単純に遊びの延長としてそのスポーツがしたいから部活に入っただけで、強くなりたい、全国大会に出たい、という生徒ばかりではないと思うのですけど・・・ スポーツって必死にやらなければいけないのか?という疑問が常に自分にはあります。
2016.09.06
コメント(0)
PC販売店が老人に対して明らかに不必要なサービス契約を結ばせていたことから明らかになった社員に対しての過剰なノルマに関して。 この件に関して社長が「社員にこういったことを強要したおぼえはない、現場が勝手に行ったこと」と発言、これに対して元社員やが働いている側が匿名で車内で実際に行われている証拠書類などをネットにUPし、大変な問題になっています。 で、思うんですけど、たとえば一日に5つしかできない仕事をノルマとして10命令する。絶対に達成せよ、やり方はお前らが考えろ、となった場合、違法残業や休日出勤が横行しても「私はそんなことを命令したことはない。現場が勝手にやったことだ」と答えると思う。しかし、実際はそうやらないとできない負担になっていて。 今回の件もこういう状況、いや、日本人の就労時間が他国に比べて圧倒的に長すぎるのはこういうことなんだろうなと。また、たとえば技術革新で作業効率がUPしても、空いた時間をさらに生産性向上のため詰められる。忙しさは変わらないどころかさらに・・・ということだと思う。 ノルマの高さを現実的でない高さに設定して、現場が違法状態になる。そういうことだと思います。
2016.09.05
コメント(0)
こち亀終了の感想で「また一つ昭和が終わる」と言っていた人がいましたが、こち亀って昭和時代は65巻あたりまでで。実際は平成に連載していた期間の方が圧倒的に長いんですよねw
2016.09.04
コメント(0)
週刊少年マンガでもっとも長い連載であった「こちら亀有公園前派出所」こと、こち亀が終了する、というニュースが入ってきました。単行本200巻、しかも、連載中一度も休んだことがなかったという驚異的な作品 こち亀の面白いところは、その当時に流行っているもの、しかも、ちょっとオタク寄りの、ミリタリーとかパソコンとかゲームとか文化をテーマに取り上げることで、後で読み返すとサブカル文化の歴史書的な漫画になっていたり。たとえばパソコンのスペックとか顕著なのですが、マンガ内でとことん金をかけたモンスターマシーンと呼ばれるスペックが今の携帯端末以下であったり、逆に漫画だから実現するとされたとんでもアイデアが現在だと実用化されていたり。 かと思うと、いわゆるあの当時であっても「懐かしい風景」を描いた描写は、その時代を知らないはずの自分も懐かしく感じる。古さと新しさが混在する、そんな中、両さんといういい加減で乱暴で金に汚くて、でも憎めない人情家キャラはむしろ「なんでこれが少年雑誌に?」と思わせる作品でした。 作者の秋元先生の話では「自分の体調不良とかそういうものではなく、200巻のお祝いに終了ということにしたい」ということなので、本当に作者の意志で終了を決められた「大団円」なんだろうなと。 こち亀の面白さって自分が読んでいた世代によって「50巻までは面白かった」「100巻までは面白かった」のように読者の卒業があること。個人的には常に一定水準の作品を送り出し続けた結果、いつの時代もジャンプに載っている、という作品になり得たのだろうなと。また、主人公の両さんは新しいもの好き、ガジェット好きでいつもその当時の最新機器に興味を持つ姿勢が、懐古主義に陥らない面白さを演出していました。 また、秋元先生とのつながりというと、自分も大好きだった深夜ラジオ「コサキン」のヘビーリスナーで、ゲストに招かれたり、イベントの記念イラストを書いたりと、そういうところでも親近感がある作品でした。また、そのトークの中で「スタジオにはタイムカードがあって、スタッフも自分も絶対に徹夜しない」といった話も聞けました。 前に見たこち亀の評論で「ジャンプに作品を持ち込む新人の中で「こち亀にあこがれて」という作家はほとんどいない。しかし、連載を持っている作家は一様に「ずっとあの品質で何十年も休まず人気を保ったまま続けられる秋元先生はすごい」と感嘆する、という話を聞きました。生き馬の目を抜くマンガ業界では、マンネリとか惰性などという言葉で天下のジャンプで続けられるほど甘くない。むしろ、あのジャンプの中で世代を通して話題にできる、唯一無二のマンガです。 まずは最終回までもう少し!ラストスパートです
2016.09.04
コメント(0)
カリスマクリエイターの、たとえば無茶な要求やスタッフを徹夜させてこだわった、といった話は作品がいいものであると「美談」にされますが、それってブラック企業の社長が違法な残業や過酷労働をさせた結果、業績が良い、ってのと同じことであることを常に意識したい。 シンゴジラの庵野秀明監督の過去のエピソードがそういう形で美談化されることにものすごく違和感を感じる。「クリエイターは作品がすべて」というのは、あくまで観客側の視点、金を出して楽しむ側の損得勘定であって、たとえば自分が働いている人は「お客様のために給料半分、休日なし、一日16時間労働」も肯定できるか?という話。 個人の制作物であるならいくらでも過酷な状況に納得できるかもしれない。けど、それに他人が巻き込まれた場合、被害者になる。また、この手のカリスマクリエイターの暴走が「いい作品のために」人権を無視することはよくあって。 また、何より怖いのはこの手の話は伝説化、神格化し、後に手法とか考え方として肯定され、カリスマにあこがれる凡人にすら「宮崎駿はこうだった、庵野秀明はこうだった」というように正当化される。まるで「徹夜をしないといいものが作れない」のように。 だから、こういう話を美談にしちゃいけない。きっちりスタッフの労働環境を守り、それでいて評価の高い作品や仕事をする人は世の中にはちゃんと存在する。そういう人がエキセントリックなブラック企業的美談の陰に隠れがちなのが怖い話です。 映画の面白さと、かかわった人の労働環境は別の話。自分の業界(ゲーム業界)でも、カリスマクリエイターの求める過剰なノルマやクオリティーに応えるために無理をして体を壊して仕事を辞めた人、自殺した人、失踪した人の話をたびたび聞く。しかし、そのカリスマクリエイターは雑誌のインタビューでそのあたりを「スタッフの情熱」という言葉で美化していたり。
2016.09.03
コメント(0)
ネットにあった「知っていて当然」というレベルってぜんぜん世代や環境によって違うという話。 その書き込みは「ナスカの地上絵を知らなかったら友達に「ナスカの地上絵を知ってるのは日本人の常識だろ」とばかにされた」という話。 たしかに、言われて思うのはナスカの地上絵って何で知ったかと言うと昔やっていたUFOなどのオカルトテレビ番組だった気がします。あとはテレビゲーム「ゼビウス」の背景とか。でも、別に学校で習ったとか、テレビでよく報道されている訳でもない、接点がなければ一切知らなくても不思議じゃないワードです。 似たことで、たとえば野球のルール。これ、不思議なのですが中学の体育の授業で「今日は野球をやります」ということがあった場合、男子全員基本ルールを知っていて特に先生の指導がなくてもゲームになっていた。しかし、よく考えたら数あるスポーツの中でも群を抜いて野球のルールって複雑ですよね?実際、野球の基本ルールを知らない人、特に女性などは普通にいますし、昨今は少子化で子供の遊びとしての野球経験がない、人気低迷でゴールデンタイムにテレビで中継が少なくなっているのでプロ野球を見ない家庭に育った場合、野球を知らない世代もいます。 ナスカの地上絵も野球も「日本人なら知っていて当然」のように感じる常識も、接点がなければ一切入ってこない。だから、自分が知っていることを知らない人がいるのは当然だし、また逆もあるというお話
2016.09.03
コメント(0)
マニアの深読みというのはあまりあてにならない、というお話をしましょう。 以前、あるプロレスゲームのレスラーの動きを作る仕事をしておりまして。で、発売されたそのゲームはいわゆるプロレスマニアの方には大変高い評価を受けました。 で、その中で「この技の形は通常状態と違って○○年に××の試合で出した因縁の技、これを選ぶとは開発者のプロレスに対する深い知識と愛を感じる」と。 ・・・すみません、そういうことまったく考えていませんでした。ただ単に会社内に会った資料のビデオがそれしかなかっただけで。また、自分も当時プロレスには知識もそれほどありませんでしたし、ましてやその技がそういう因縁があることすら知りませんでした。 このように深読みというのは製作者の意図を勝手に超えて拡大解釈される。ある歌手の熱狂的なファンが「この歌の歌詞のこの部分はこういう解釈ですよね」と聞いたところ、本人は「特にそこまで考えていませんでした」みたいな話はよくあって。 だから、マニアによる深読みというのはあまりあてにしない方がいい。昔、エヴァ放送終了後のネットでの論議で笑った書き込み「庵野はエヴァのことを何もわかっていない」
2016.09.02
コメント(0)
言われなければ気にならなかったことなのに、知ってしまうとそれが気になってしまう、というケース 現在ヒットしている映画「君の名は」で、彗星の描写についての間違いの指摘をSF作家から指摘され、それについて「そこにこだわるのがプロだ」「本編と関係ない部分は突っ込む方が野暮」などネットで論争が起きていました。 で、ふと思い出したこと。以前、あるアニメで野球のシーンがあり、1カットだけバットを持つ手が左右逆であるカットがあって。別に野球アニメではないので放送を見ている時はまったく自分も気になりませんでした(数秒のカットですので)。が、後にその画像がキャプチャーされ、ネットのまとめサイトで作画ミスとして広がった。その情報を見た後だと・・・そのカットが気になってしまう。 これって余計な知識を手に入れたことによって、本編を楽しめなくなった典型みたいな話で。だったら知らなかった方がその作品を素直に楽しめた、ということになります。何しろその情報が初見ではまったく気にならなかったのですから。 過去に流行った科学的見地からアニメに突っ込みを入れる本を読んでいる時にも感じたのですが、最初はゲラゲラ笑いながら読んでいたのです。それこそ何十メートルもある巨大ロボでこんな動きをしたら操縦者はぐちゃぐちゃになる、とか、主人公のこの動きだと法律的に~など。しかし、だんだんむなしくなっていって。それは「知ったところで冷や水をぶっかけるだけ知識でしかなかったな・・・」と だから、山本さんのような本職のSF作家さんが楽しみとして突っ込むのは趣味だからいいと思うのです。が、知らない側がその聞きかじった知識で「○○の描写がおかしいらしい」という余計な情報で映画を素直に楽しめないとしたら、それは不幸な知識でしかないのだろうなあ。
2016.09.02
コメント(0)
これはあまりにもひどい、と思ったお話お詫びと訂正 あきれ果てて唖然とするのですが。NHKで放送され話題になった貧困JKを叩くために、まったくされていない取材とNHK側のねつ造した回答を掲載していた、ということ。 今回のネット炎上を見ると、特にまとめサイトを中心にNHKを叩くための材料としてこの女子高生が使われている。しかもそれは「不正を暴く」といった類の話ではなく、「甘えるな、お前なんか貧困者じゃない」という、まるで意味のない攻撃方向が露骨に出ていて。 この件に限らずですが、ネットではたびたびこの手の「生意気だ」「甘えるな」系の炎上が起きている。しかし、その炎上の火種は本人に責任があるのではないものも多い。それこそ被災地取材しているアナウンサーが弁当を写真でUPしただけで「食べられていない人もいるのにお前だけ飯をぱくついているなんて」といった訳の分からない理由で炎上したケースとか。もはや何をきっかけに火を付けられるかわからない。 上の記事に戻りますが、この女子高生を実は貧困ではない、という風にしたい人々って、いったい何がしたいのだろうか?単に貧困問題を見たくないから表に出すな、ということなのだろうか?
2016.09.01
コメント(0)
全35件 (35件中 1-35件目)
1