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世界には、様々の風が吹き、色んな名前がある。その有名な風だけでも100を遙かに超えるだろう。日本では「おろし」「やませ」になる。「セガン」は、フロヴァンス地方の昼間の微風だ。「太陽を追いかける者」の意で、作物の惠みの風になる。フランスの南東部、ローヌ川の東、アルプス山麓から地中海のエリアに吹き、一度はその恩愛に満ちた「太陽を追う風」に触れたい誰しも思うであろう。何と隔絶された世界で、私たちはそれぞれが感じる風が違うことであろうか。そして、私たちは、世界でどんな風が吹き、ひとびとがどんなふうに生きているかを知っている。少なくとも知ろうとさえすれば、知ることができるだろう。目先のことのみに齷齪せず、生きようではないか。ケセラセラ・・・と。いつか、自分の心にも「セガン」を感じる時が来るだろう・・・と。
2012.10.31
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毎日お題目のように繰り返している。「今日は、昨日とは違う」と。年を取ると、同じことをしたくなってしまう。昨日と違うというのは、厄介に思えても来る。同じことをして楽をしたくなる。いつも顔見知りの人が周囲にいて、優しくしてくれるところに居たくなる。好きなものが食べられて、昨日と同じことをしたい。そうは問屋が卸さない。朝昨日のことは全部忘れてリセットできないと、スタートが切れなくなるが、それができる間が辛いがいいのだろう。棄てなければ歩けない。日々と別れて進むしかないのだ。 ・余計なものを持ちたがるのは妙な未練の所為だ。身に纏うものはない。余計な脂肪と別れて行かねばならない。昔の坊主は、死ぬ前には絶食したという。坊主が生臭くなったのは、戒律を忘れたからだ。それで世俗に見捨てられてしまった。範を垂れない指導者は指導者ではない。真似をするような人物がいなくなれば、誰も信用などしない。欲望が人間を支配し、美徳を尊ばなくなり、堕落した社会になった。他人に隷属しても恥じなくなった。「恥」を忘れてしまった。本当の「恥」も知らないのだ。 ・へ2・・・今や教師が教師ではない。ただの手配師でしかない。先生が先生ではない。課題を与えられないと応えられない。計算ばかりしている。0[ゼロ)が何かを知らないものばかりが溢れている。亡霊ではないから、「恥」も昔のコンセプトではない。
2012.10.31
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生物は皆ニッチを求めて活動している。コンクリートの道路の僅かな隙間にも植物は芽を出そうとする、風で吹き寄せられたゴミから芽を出し、湿気があれば生き残ろうとする。大抵は蒸発し、乾燥して棲み場所は無くなってしまう。蠅はどこにでも卵を産む。それが屍体の死亡推定時刻にもなる。隙間のない生命の営みがされている。 ・ホモ・サピエンスというにはほど遠い生き方をしているのではないだろうか。日本の教育を受けてきたが、こうして振り返るとどれだけ役に立っただろうか。殆んど無用の長物でしかなかったのではないだろうか。英語も、科学も、哲学も、法学も、そして社会科学一般にしたところが、裏切られることばかりだった。どうやら竹槍教育でしかなかった。 ・へ2・・・世に役立つツールを持たないで、世の中に放り込まれた。大海にコンパスもなしでどこへ行けというのだろう。前を行く人は次々に替わっていったに過ぎない。人々は混乱し、翻弄されていたに過ぎない。日本の政治は理念の核心を見失ってもいた。教育は社会の歯車を製造していただけだった。手足をもがれていた。精神を鍛えるスキルさえなかったのだ。これから何ができるだろうか。褒め殺しにされてよければこのままいけばいい。せめて、水たまりには気をつけるだけしかないだろう。雨が降れば世の中はまた泥海にもなるだろう。
2012.10.31
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ゲシュタルト心理学 「全体は部分の総和ではない」という基本的なステージだ。視覚研究に発している。そのまま聴覚に適用することはできないが、周波数や音の高さがキーになるとともに、時間の重要性が増すという。例えば、匂いにしても脳との関わりはこれからだろう。人間の脳は、あらゆる情報で判断しているのだろう。好き嫌いにしても視覚だけではない。音楽が果たしている役割もまだ総体が見えていないのではないか。日本人は、和歌や短歌という凝縮したもので、自分の感情や思いを伝えようとしたが、それは、多分、誤解をされただろう。もし有効だとしても、それは人間のほんの一部のこころでしかない。音をことばに置き換えようとしても、収まらない。また、そこに価値があるのだろう。目や耳や鼻でさえ、そうだし味覚や、触覚でさえ感受性は磨かれる余地がある。これらの感覚様相の、相互の関連を知ることがいよいよ重要になってきている。古いゲシュタルト心理学から現代の認知心理学での見直しがされようとしている。進化と学習との関係について Bragman が注目されている。
2012.10.31
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・円空は1692年、61歳の時、岐阜県の高賀神社に三尊仏を納めた。そして千日行に入り、徐々に食を減らし、1695年7月15日、弥勒仏到来の時をまつミイラとなるべく関市の長良川沿いの地で入定(にゅうじょう)した。 円空の歌は決して上手な歌ではなく、歌の意味も鮮明ではない。それにもかかわらず彼の残した業績は鮮明であり、その歌は深く暗く何か底知れないものがあり私たちを魅了してやまない。 皆人ハ仏に成(なる)と願いつつまことになれるけさの杉の木 縄文ころから日本人は、神は樹木に降りるという考えがあり、ここで仏は一本の杉の木だといっている。その杉は、皆人が仏になることを願って仏になったと円空は言うのだ。それは空海でさえ語らない密教のあるいは修行の秘儀でもあるだろうか。今年の6月北京旅行で、明の十三陵で多くの杉が植えてあるのをみたが、杉は多く墓地に植えるのだそうだ。人間と木とのつながりは深い。慣れ親しんでいる風景の中にある樹木は、昔から人間とともにあったのだ。 ・へ2・・・日頃より、日本人を突き動かしているものは何であろうか。それは心豊かな感性であり、ふつふつとわき出す水のように清らかであってほしいものだ。
2012.10.31
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<ドイツ旅行> 12-1(4日目) ・<感想> ローテンブルグのフリータイムは、良い思い出になったと思う。4時間余りだったけれど結構歩いたし、それでも疲れを覚えることもなかった。少し酔ったけど悪酔いではなくその分いい気分にもなったかも知れない。 ・ローテンブルク発13;50~ ニュルンベルク(約110キロ、1時間30分) ニュルンベルク着後チェックインした後、すぐ市内観光。カイザーブルク、ローレンツ教会など。 ・<感想> 旧市街をあちこち歩き廻ったが、坂道が多くてこれは少しハードだった。足の速いガイドがドンドン先に行くので、ゆっくり見物できない。忙しいツアーだ。それと旗を持っていく日本人ツアーが目立つらしく、じろじろ見られている気がしたならなかった。道路の真ん中をグループで歩くので数回文句を言われそうになって思ったが、何か、ツアーのメンバーに簡単な携帯でも持たせてやればいいのだろう。いまどきできない話ではない。あまり工夫がなさすぎるのではないだろうか。軋轢を防ぐためにそれくらい旅行社もやるべきなのだろう。ツアーの参加者が何を見たいのか、もっと目的を明確にさせるべきだ。もう、見ればいいだけの観光ではないはずだろう。 ・市内観光のあと19:00~20;20 フリータイム。集合場所は、聖母教会前。 ・<感想> 一旦ホテルで休息して、ホテルから徒歩で、職人街を抜けて聖母教会まで歩いた。大混雑していた。流石は、ニュルンベルクの「クリスマス・マーケット」だ。規模がでかい。お目当ての、カップを手に入れるために、名前入りのグリューワインを飲む。4.5ユーロ。屋台めぐりをしたあと、スーパーで買物をした。・ニュルンベルクの歴史の重みを感じた。背景には、キリスト教の絶大な権力があるだろう。それは、この街を形成している数々の遺物でも想像させるには充分である。そしてこの街の歴史的事実でも理解できるだろう。ナチスが党大会をし、戦後すぐニュルンベルク国際軍事裁判が開廷されたことでもわかる。・今夜(12.1)は金曜日の夜でもあり、非常な賑わいであったようだ。それでも、日本の屋台と違い整然としたものだった。しかし、私の眼にはナチスユーゲント風の若者たちが見え隠れしていた ・20;20聖母教会前が集合場所だった。目の前には「クルッぺ」があり、その周辺に屋台が林立していた。昨夜はこの場所でクリスマス・セレモニーがあったらしい。今年は暖かい。地球温暖化の影響らしい。この時期は、寒いという話を聞いていたが、今夜は防寒服は必要ないくらいだったが、夜が深まるとやはり寒くなった。日本のように派手なだけで電飾が煌々とした華やかさではないが、暗闇にぽっと蝋燭のように浮き立つ風情は心を温めるには充分であり、しかもメルヘンチックだと思った。それはまた重厚でゆったりとしており歴史を感じさせるものだ。羽根を広げた電飾の鳥(天使?)が、道路いっぱいに拡がり「道標」になっているようだった。 ・フリータイムの後、有名なドイツビアーが飲めるビアガーデンで遅い夕食になった。広いホールに大勢の地元ひとたちが賑やかにビールを飲んでいた。「焼きソーセージ」が名物らしい。ここに来るまでに、私は既に、「グリューワイン」を数杯とやはり名物らしい食べ物を片端から結構食べていたので空腹ではなかったが、新鮮な野菜類が意外と美味しいと思った。それほど豪華な食べ物が並んでいたわけではないが、決して貧しく冷たい食べ物ではないと思った。このビアーホールの和やかな雰囲気の中でドイツ人たちも今は楽しく暮らしており、ドイツワインとビールと焼きソーセージと、それから豊かな美味を味わいながら生活している。戦争から半世紀も過ぎて、其の殆どは戦争も知らない人々に違いない。中にはかなり年配の人たちもいる。ドイツは年寄りが冷遇されている国情でもない。ここは冠たるEUをリードする先進国ドイツである。私は、ツアーの人たちと会話を楽しむことも忘れて独り感動していたし、この地で見たことの感慨に耽っていた。そして時間さえ忘れてもいた。そして、ここに来るとは想像もしていなかった自分を思った。突然の幸運で、別の世界に紛れ込んだような夢の中にいた気持がした。
2012.10.31
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1832年一つの大きな時代、ゲーテの時代は終わった。ハイネは「神々は去った。ゲーテは死んだ」と書いた。晩年のゲーテは、自由主義者に反対した保守派であった。「自由」は、人間の心の中にあって、この世で実現できると思い上がるのは、許されざる錯覚に過ぎないだろうか。政治から完全に身を退いたあとも、彼は謂わばワイマールの「顔」であり、人びとは、フラウエンプラーン広場に面した「ゲーテハウス」を訪れ、文学界の帝王に伺候した。しかし裏腹に、若い世代はゲーテへの反発を強めて行く。その代表格がペルネとハイネだ。日本の憲法学は、ワイマール憲法に多くを学んでいる。日本とドイツのつながりは、長い歴史の遺産でもあるだろう。いつも行っている女子大に、ドイツ人講師が派遣されている。巧みな日本語で講義や講演もされているあと数名ドイツからの先生がおられるらしい。大学の交流がされている。何度か講演を聴いたが、新鮮だった。異文化交流は、これから必要な課題だろう。ひとりでのんびり秋の夜長を愉しんでいる。
2012.10.31
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夏の賑わいも段々と遠ざかり、冷たい風が吹き出してくる。明日は11月だ。何か、浦島太郎になりそうだ。まあいいけど。喩え、何でも構わない。自分の目が捉えるものしかできはしない。他人のいうことを聞かないことだろう。他人と違うことを考えることだ。他人に烏合しないで自分で考えること。写真も整理もそろそろ飽きたので、スローダウンすることにした。明日は寒くなりそう。
2012.10.31
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>洞爺湖 2012-10月 年月日曜日気温起床 歩数備考2012/10/1月18 3;0021,870 2012/10/2火19 2;3022,607 2012/10/3水16 5;0021,860 2012/10/4木19 4;0022,310 2012/10/5金 5;0021,556 2012/10/6土17 4;2023,113 2012/10/7日18 2;1015,605 2012/10/8月 8,750北海道ツアー2012/10/9火 18,423北海道ツアー2012/10/10水 14,354北海道ツアー2012/10/11木16 4;0025,784 2012/10/12金15 3;5522,338 2012/10/13土13 3;008,229 2012/10/14日 53520,732 2012/10/15月 5;3021,733 2012/10/16火14 4;3017,321 2012/10/17水18 2;2518,767 2012/10/18木14 2;5522,747 2012/10/19金16 2;5121,137 2012/10/20土13 3;0024,011 2012/10/21日13 3;3022,465 2012/10/22月16 3;0615,488 2012/10/23火14 0;0529,621 2012/10/24水12 4;2020,521 2012/10/25木13 4;1026,195 2012/10/26金 5;3321,685 2012/10/27土15 4;2017,514 2012/10/28日 5;5023,560 2012/10/29月13 5;1025,286 2012/10/30火153;3026,550 2012/10/31水123;5019,123合計 641,255
2012.10.31
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一日3時間ウオーキングを続けている。確かに自分の健康に役に立っていると思う。無理をしないでできるだけ長く続けようと思う。一日2万歩もそろそろ限界かもしれないが、なんとかあと半年は遣るつもりだ。勿論遣れればそのあとも続けいたいが。 歩数累計年月歩数2008年4月258,1242008年5月461,5052008年6月454,8282008年7月492,0532008年8月479,1752008年9月607,6122008年10月635,3992008年11月562,3742008年12月629,7232009年1月628,6032009年2月587,3912009年3月700,3662009年4月686,1262009年5月704,5172009年6月610,3922009年7月646,1262009年8月655,7422009年9月682,6472009年10月749,5922009年11月682,1702009年12月683,6812010年1月675,5252010年2月637,7272010年3月735,9032010年4月778,0752010年5月814,5472010年6月780,4072010年7月748,6432010年8月733,6652010年9月706,6562010年10月714,4282010年11月646,6982010年12月635,0042011年1月715,5612011年2月573,7362011年3月725,1582011年4月941,2202011年5月980,2302011年6月804,4172011年7月712,5012011年8月647,7442011年9月601,6442011年10月663,0432011年11月620,0432011年12月655,2102012年1月673,6212012年2月616,3452012年3月604,5632012年4月704,4482012年5月750,8302012年6月624,7132012年7月677,5562012年8月631,0982012年9月619,3212012年10月641,255累計36,389,681
2012.10.31
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>和白干潟から志賀島に沈む夕日。 独立独歩というほどのことはない。21世紀の街の中に暮らしている。近所にコンビニもいくつもあるし、スーパーも病院も、その他の施設も沢山あるし、家の前にはゴルフ場まである。福岡市内のゴルフ場だから狭いコースだろうと思われるだろうが、名門だ。潰してマンションでも建てたら、相当違う風景になる。恐らく将来はそうなるのではないかと密かに思っている。今夜は10月の最終日で、一応ウオーキングの目標は達成しているので。 ・雑踏の中の孤独がある。どこにいても悩みの種はある。一人で誰もいないところにいても孤独とは限らないし、大勢の家族や仲間や仕事があっても孤独な人はいる。人が生まれてまだ人びとの心は一つになって、豊かな人生ではない。ばらばらになって傷つきあっていなければならないまだ未熟な時代に生きている。無駄な死もある。 ・へ2・・・漱石の女性観では「虞美人草」の藤尾のような美しい女も憐れに死ななければ済まない。この世で価値のあるものとそうでないものがあり、はみ出た人は切られてしまう。独立独歩も怪しくなる。漱石がどうして読まれるのか少し理解できた。どうも鈍いのか莫迦なのか知らないが、私は、たそがれのウオーカーだ。
2012.10.31
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後悔するに決まっているが、それでも後悔を少しは和らげられるかも知れない蓋然性はあるだろう。そう思いながら、出来ることはしようと思ってはいる。アスベルガー・シンドロームではないが、波長の合わない社会に生きている気がしている。これまで生きて来たのだから、人並みの人生だと言えないことはない。我慢もしたし厭なこともあったし、恥も掻いた。運が好かったとは思うが、不運だと思ったことはない。これも父母の御蔭なのだろう。
2012.10.31
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>ローテンブルクワインのコルクを開けるものがないので、町の中で探すことにした。町の中を歩いていたら、「 GALERIE E.TAKEYAMA 竹山画廊」という看板を見つけた。眺めていると、日本の女性らしい人が開店の準備を始めるために外に出てきたので、好奇心の強い連れが、早速話しかけた。どうやら、ここでご主人と画廊を始めた画家の奥さんだった。<ドイツ旅行> 12-1(4日目) ・あと、ローテンブルクまで5キロの地点だ。落葉の木々が連なり、寂しい風景が流れていく、少し点在する農家が増えてきた。皆、同じ白い壁に煉瓦色をした屋根である。・9;00 憬れのローテンブルクに到着した。広い駐車場にそれほど車の姿もみえない。それでも、外国人らしいツアーもみえた。どうやらアメリカ人のグループではないだろうか。黒人も交じっていた。冬のシーズンの観光には、こうしてヨーロッパの名所の観光をしているのは日本人と中国人が多いのだそうだ。何故か、廉価だから・・・。それでも中国人が、どこでも増えている。彼らの好奇心は並ではない。スタミナが違うだろう。世界中にどこでも、日本人はいなくても、中国人はいるのではないだろうか。彼らの適応力は筋金入りだ。・9;00~13;45 集合場所は、バスが停まった駐車場だ。 私たちはフリータイムだ。(OPは、ディンケルスピュールとネルトリンゲル観光である。)何せ、私は、今回のツアーの目的の一番が「ローテンブルク観光」で、二番がニュルンベルクの「クリスマス・マーケット」のつもりだった。妻と二人で、市壁の外を歩いた。私は、ハイデルベルクで購入し持参したワインをどこで飲もうかとそれが気になっていた。11時からローテンブルクのマルクト広場でクリマルも始まることになっており、タイムリミットは、約4時間である。それでも人のいないゆっくりできる場所となると、昨日は、このローテンブルクの町中を歩いたが、城壁の外は知らないので、地図を見ながら歩いた。そういえば、ツアーで手に入れた観光ガイドのレジュメが何とも役に立ち楽しい思い出になっている。「Rothenburg 日本語版の市街地図(巡回コース付き)」というのを貰ったが、これは観光地らしいサービスで各国語あるらしい。流石に心配りが素晴らしい。私たちは、時計周りで、トゥバー川に行ってみるつもりだった。このローテンブルクは「トゥバー川の上のローテンブルク」というらしい。ガイドブックにも、「Rothenburg ob der Tauber」と書いてある。ブルクガルデン(城塞庭園)まで、殆ど人影もない静かな小道だった。勿論落葉していたので少し緑がなくてさびしい感じの風景ではあったが、私は充分満足した。この道も、この地を教えてくれた彼女は歩いたのだろうか? 私は妻と歩いているが、彼女はついに独身のままで逝ってしまった。妻は、実物の彼女に会ったことはないが、私が本社に帰った時から知っているし、写真も見ている。「背が高く、こんな美人なのに、何故、結婚しないの?」と言っていた。「佳人薄命・・・?」、彼女が死んだと訊いて、私たちは驚いた。この世は時々非情なことをするものだ。こうして、この地を歩きながら心に沁みた。周辺を時間までゆっくり歩いてからきた。そのあと出逢った日本人のアトリエを経営している日本人の女性に「トゥバー川の周辺を歩いてきた」というと、「あそこは良かったでしょう。実は昨日は午前中、靄がかかっていて何も見えなかったよ・・・。」「今朝は、晴れて運がよかった」と喜んでくれた。この「中世の宝石」の町には、日本人が35人住んでいるという。この画廊は、ヤコブ教会の通りの近くにある。コルク抜きは、ドイツでも有名なソムリエナイフの専門店で記念に買って、また、先ほどの小道に戻り、トゥバー川の上で、ワインを開けて乾杯した。コップは、持参したハイデルベルク大学のキャンパスで買ったグリューワインカップで。無理して、もちろん喜んで、一本空けた。ローテンブルクに!!
2012.10.31
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視点の違いそれこそ個々人は違う世界にいる。多様性の生物である。各々ドラマテックな人生を活きている。同じ兄弟でも親に対する感情さえ違うのだから、人生を面白いと感じるか、悲惨と思うかも大いに異なる。恐らく戦争でさえ皆が同じ感情を抱くのではない。異教徒を殺してしまえ、の考えもあるのだ。それが正義にもなった。反日キャンペーンで何故それよりひどいことをした西欧ではないのだろうか。一方で互恵関係をいうのだから、ことは単純ではない。共生しなければやっていけない生命活動もある。 ・国家のエゴも、国益という美名のもとに肯定される。必要悪がいわれるが大抵ためにする論理でしかない。違うというから違うのかもしれない。実は同質のことを違うと言っている事もある。皮膚の色がどうであろうと同じ人間であり、男も女も性が違うが同じ人間だ。アメリカ人も多民族の坩堝でしかない。中国人も50ある多民族国家である。同じ日本人でも、男と女の世界は違い、学歴や出自が違えば違う世界でもある。まして異文化の世界では、その考えも多いに違うだろう。人の一生は、ひとつの宇宙を活きて燃え尽きる。 ・へ2・・・もし、トルコに産まれていたら、日本人の私のこれまで学んできたことの常識は通用しないに違いない。殆ど、世界観の違うスペースを活きていくことになるだろう。社会的ステータスで意識も違う。それが幸福かどうか分からないだけだ。満足するかしないか、その時措かれた環境で感情も相違するだろう。将来に不安を感じながら、コンパスのない人生を活きてきたのだろうか。後悔しない人生はないだろうが、自分の人生の、その意味を見出して行くことは1クールが終わるまでつづけなければならない。
2012.10.31
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>山から落ちる滝に見えませんか。 からだをまもるないものはないのであり、在るもの、残されたものを大切に遣うしかない。あるものしかない。自分のからだも、時が経過して、老化もしている。1メートル先にみえるひとも1億分の1秒で、過去の姿を視ているという。時は一瞬も止まってはいない。既に過去に為りつつあるのであり、現在は、未来と過去のほんの・・・の間でしかない。それも止まらない現在だ。 ・なにを成し遂げることなく、過ぎて行く存在でしかない。それが「空」でもある。だからこそひとは、自分の存在を認めようと必死になるのでもある。未だ命はある。朝のさわやかさを感じることができる。生命力も、生きることのパワーも感じる。これ以上のものがあるだろうか?私は欲が深すぎる。自分の欲望のために一生を台無しにもするだろう。 ・へ2・・・大切に遣うべき命だ。目の見えない少女が、生きていて好かったとテレビでスピーチしていた。そう感じることができる人は幸せでもある。才能も健康もあるのに心を閉じてしまっている若者もいる。大事なことを忘れている。あり過ぎると見失いがちな幸福もあるのだ。太陽も、銀河も、やがて終わる時が来る。自分の寿命を活かしきったものが、この一瞬の輝きを知る。 からだを守るのは、生物の最も基本になることだが、果たしてそれをどれだけ理解し実行できているだろうか。
2012.10.31
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すべての道はカシュガルへかって。「すべての道はローマに繋がっている」と言われた。何故だろうか?謎は在る。疑いのないものはなく、その真実を掴むのは容易ではない筈だ。より多くの情報を収集するものが強い。一番早く知れば一番早く行動することができる。アメリカが大国になったのは一番情報の集まる国家だからだし、現在、中国人のいない国家はないだろう。 ・いまや情報があふれる時代に為り、情報を得てもそれを処理できなければ意味が無い。バンコクの洪水も、どうしたら最小限に被害を防げるか知恵のない政府では仕方が無い。日本も原発や巨大津波や、大地震が起きることが解かっていても、むざむざ大勢の犠牲者を出している。日韓トンネルという発想も、一部の人たちのものでしかないようだが、或いは実現するかもしれない。 ・へ2・・・未来に熱意をもつ人たちの未来はモノになるのだろう。アジアが一つの共同体になることがあるだろうか。必要は発明の母でもある。日本政府は自滅への先導者たちだろうか。顛倒夢想する人たちが、この社会を混乱に導いてもいる。弱肉強食ではやがて末路は悲惨だろう。新シルクロードを平和のグリーンにできるだろうか、それが問題だ。
2012.10.31
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「星の王子さま」は、大学の心理学でも研究されていると聴いたことがある。 今朝の大江健三郎氏の対談の中で、「レサンブル」の話があっていたが、その箇所を引用してみる。 -Adieu,dit le renard. Voici mon secret.Il est tres simple: on ne voit bien qu'avec le coeur. L'essentiel est invisible pour les yeux. フランス語の正しい表示になっていないが、「一番大事なこと」を「本質的なこと」へ、作家が書き直したという点があり、「本当のことは人には見えない」という意味だろう。子どもが読むだけではなく大人にも教えられるものがある。 急に寒くなった感じだ。これから冬が近づいてくるのだろう。寒さに耐えてまた明るい春を迎えたいものだ。
2012.10.31
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・15;30ローテンブルク着。今日は、一応の下見見物で、明日は、午前中フリータイムで、半日楽しむことになっている。「ローテンブルク」は、城壁に囲まれたメルヘンの街として有名で、「中世の宝石」と呼ばれている。それよりもなによりも、亡き元同僚から、一度行くようにといわれていた地でもある。彼女から貰った現地のガイドブックで街並みの写真集があり、そのままの街並みが見られて感動した。これだけの伝統を守るのはここの住民の郷土愛と意識が高くなければできないことだと思った。 ・マルクト広場では、明日から始まるクリスマス・マーケットの屋台の準備をしていた。それでも小さい町なので、すぐ一周したので道に迷うことはないと安心した。 ・今夜の宿泊地は、約40キロ、約1時間のバートメルゲルトハイム。美味しいビールとメルヘンの街を散策したこともあり、すぐにぐっすりその夜は眠った。 >ローテンブルクの周辺 ドイツツアー 4日目 ・ホテルで朝食。朝は軽いヨーロッパスタイルの朝食と訊いていたが、「アイス白ワイン」 がテーブルに置かれていた。搭乗員の女性は、「これが、ツアーで至福の時」との話。そし て、新鮮な柔らかい「生鮭」と芳醇な「チーズ」もある。これなら、このホテルにこのま ま一日居座っても文句はない。などと言いたくもなる。食べてみたら、チーズが最高だっ た。種類の名前など知らないが、「ゴーダチーズ」だろうか。昨夜は熟睡したので、朝一番 にレストラン入って、それこそ一番乗りの私たちを待っていたまじめで優秀な搭乗員の< ○○>さんから、色々貴重なアドバイスを貰って、その恩恵に浴したわけだ。ちなみに彼 女は独身で、どうやら仕事を兼ねて、自分なりの観光を楽しんでもいるらしい。玉にキズ は、若いので先導して歩くとき、どんどん先に歩いてしまうことだろう。いまどきの若い 女性は、周りの人を見ようとしない。決して性悪ではないが、気配りや配慮が足りないし、 それだけ自由に育ち、世間を知らず、視野も狭いのだろう。それでも、まあ、いい方のガ イドだった。水漏れ事件ではお世話にもなったし。「なんて、間抜けな夫婦だろう」などと 内心では思ったかもしれないが、顔には出さない。 (午前7時にはトランクをドアーの外に出して、ホテルを8時出発予定) ・7;50出発。「バートメルゲルトハイム」のホテル~ローテンブルクまでの専用バスの約1時間。 ドイツの田園風景が見られた。ロマンチック(ローマ人のような)街道とは、それこそ「ロ ーマ人の道」だった。殆ども信号もない。12月の麦畑などの農地が広がっていた。広い 農地の隅に小さなサイロも見えた。これがドイツの田舎だ。道は狭いが対向車もない。ス イスイと走っていた。時速は60キロくらい。おそらく、たとえ青い屋根を造ろうとして も規制があってできないか、周囲の反対があるに違いないし、元々そういう気持にもドイ ツ人にはないのではないだろうか。少なくとも日本人の思うような自由な建物は建てられ ないに違いないと思った。それほど、すべて童話のような風景だった。ドイツ人にとって ドイツ社会というフレームワークの中での自由が自由の本質なのだろう。そして、田園と はこういうものだというコンセンサスがあるに違いない。ハードはあくまでもハードであ り、ソフトは自由であれば自由なのだ。それが、多くのドイツ人のイデーでもあるのでは ないだろうか。だから、こうして、伝統と科学を共存させているのではないだろうか。ロ ーテンブルクもだからこそ、そうして住民たちがサポートしているのではないだろうか。 ・昨日は、帰りがけにツアーの日本人たちは10分間くらい集合時間に遅れて集合したの で、それがドイツ人運転手には忍耐できなかったようだった。私は、それがわかっていた ので、苛々して運転するのをハラハラしてみていた。これはツアーの人たちが時間に厳し いドイツに来たことを忘れているからだろうと思った。「郷に入れば郷に従え」というでは ないか。彼の気持ちがわからないでもない。日本人は時間にルーズな野蛮人だと思われた に違いない。その運転手が、今日もまた専用バスを、運転するらしい。彼は、8時の予定 より10分間前にさっさとホテルを出発させたので、私は内心、これが合理主義のドイツ 人の気質だろうと思ってバスの中で観察することにした。髪の毛は短く切っている。どこ かナチスの兵隊に似ている。どこから見てもドイツ人だ。大柄で逞しい身体をしている。 日本でならプロレスラーになれるだろう。特別運転が荒いのではないが、のたのたした運 転ではない。道路の周辺には落葉も終わり、少し薄暗くくすんだような風景である。「そう だ、広告看板がない」と思った、だけではない「道路標識」さえない。これは、自然を壊 さない、何もしないという高い理想のコンセプトがあると感じた。 >ローテンブルグ
2012.10.31
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知識としての老人学もあってない徐々に人は、老化しているのであり、それを中々自覚できないだけだ。産まれてすぐから老化は始まるという。死までのプロセスは、産まれてから成長を始めながら、死への伏線を持っている。春になりその中に夏や秋や、そして冬のプロセスが仕組まれてもいる。生命現象は、そうした遺伝子のデザインが施されたものだろう。人生を儚いと視るのは単純な発想に過ぎない。そんなモノクロの世界ではない。老化現象も、若いころは感じることさえできないくらいだが、「人生50年」とはよく言ったものだ。平均寿命が50歳もなかった頃から、ひとはからだの老化の激しさを感じていた。 ・自分の口では言わないが、自分のからだの変化は誰も感じている。個体差はあっても或る時点で劇的に下降し始めるのだ。鈍感な人と敏感な人の違いでしかない。何処から始まるか分からないが、手足が硬直し始めたのは、いくつからだったろうか。それさえ忘れている。視野の衰えや、聴力も、筋肉も、あれもこれもある。認めたくないだけだし、それを一々把握しても何の歓びにもならない。ネガティブ・マインドは、長い人類の歴史の中で仕組まれた罠でもある。 ・へ2・・・日記を書いていた中世の日本人たちも、裏にあるのは自己卑下でしかなかったのだろう。科学の知識が低かった時代では、それは謎のままだっただろう。人はなぜ老化するのか圧倒的な不安だったに違いない。科学が進化し、医学も漸く遺伝子まで知るようになったが、からだの神秘や脳は、未知の世界でしかない。超高齢化社会になっても、老人学があって無いようなものだ。生殖年齢を過ぎた人間の役割はまだ解かってはいない。生きている間が自分の存在のすべてだろう。
2012.10.31
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福岡市の10月日照時間年月日 日の出日の入最低気温起床時間2012/10/16;1218;02183:002012/10/26;1318;0019 2;302012/10/36;1417;5916 5;002012/10/46;1417;5819 4;002012/10/56;1517;56 5;002012/10/66;1617;5517 4;202012/10/76;1617;5418 2;102012/10/8 北海道ツアー2012/10/9 北海道ツアー2012/10/10 北海道ツアー2012/10/116;1917;4916 4;002012/10/126;2017;4715 3;552012/10/136;2117;4613 3;002012/10/146;2217;4515 5352012/10/156;2317;4415 5;302012/10/166;2317;4314 4;302012/10/176;2417;4118 2;252012/10/186;2517;4014 2;552012/10/196;2617;39162;512012/10/206;2717;38133;002012/10/216;2717;3713 3;302012/10/226;2817;3616 3;062012/10/236;2917;3414 0;052012/10/246;3017;3312 4;202012/10/256;3117;3213 4;102012/10/266;3217;31 5;332012/10/276;3217;3015 4;202012/10/286;3317;29 5;502012/10/296;3417;2813 5;102012/10/306;3527;28153;302012/10/316;3617;26123;50 函館市の今朝の最低気温は2℃で、最高気温も10℃の予報だ。福岡市の最高気温は17℃なので、やはり九州と北海道では気温の差がこれから深まるのだろう。ちなみに台北市では、最低気温は18℃らしい。これから朝食の後、今月最後の朝のウオーキングをするが、年中ウオーキングができるという環境があってこそだろう。どこで暮らすかはそのひとに大きな影響がある。 ・最近はNHKのラジオ深夜便を毎日聞いている。そのなかで今朝は大江健三郎の再放送の対談があっていたが、その中で、「星の王子さま」の21章の狐の言葉のことがあった。SAINT-EXUPERY のこの本だけはいつも手元に置いている。彼は、こころで「一番大切なもの」の箇所を「本質的なもの」 L'essentiel est invisible pour les yeux. 大切なものは人間の目には見えない。「本質的なもの」は、心が大切なのだという。メルヘンの中に比喩として伝えられることばが意味が深い。
2012.10.31
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>2匹生まれた仔猫さんのうちの昨日は1匹の黒の仔猫だけが母猫のそばにいた。雨が降ったりしたのであとの2匹が心配である。生き残ることの厳しさを感じる。智慧があるわけではなく何故書くのだろう。自分の思いを書くのは、つきつめれば何の智慧があるわけではない。表現するということは目的があり、それが明確であって意味も価値もある。目的意識が問題だろう。ヒトがどのように苦しんだか、悦んだか。赤ん坊を見てその仕草が可愛いと思うのは深い意味があるのか。ないといえるが、ある意味もある。ネコの赤ん坊も可愛い。ネコ可愛がりということばがある。 ・それだけ可愛いものがあるということだ。否定しようのない感情が遺伝子にあるのだろう。どんな悪人も赤ん坊を見ると笑うという。赤ん坊が笑うからだろう。人の表現には、言葉や振る舞いがあるが、心がこもったものは否定しようのないものがあるのだろう。自然の振る舞いの中に人間の精神もある。それは喜怒哀楽によって表現される。心が共鳴することができるかだ。あることで勇気を与え、あることでは失望もする。 ・へ2・・・善いことも悪いこともある。自分には解らないことばかりだが、好いと思うことを続けるしかない。人はある社会の全体の中のほんの一部分の役割を担うだけだろう。
2012.10.30
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・フランクフルトのホテル発は8;20で、ハイデルベルクへ。約80キロの場所。バスで1時間20分間。 ・ランチは各自で、とのこと。日本人経営の土産物店「ユニコーン」で試飲した後、24ユーロの白ワインを購入した。集合場所は、大聖堂の前。旧市街を散策。ハイデルベルク大学はドイツで最古の大学で有名なノーベル賞学者も出ているという。ゲーテも生前8回ほど訪問している。相愛のマリアンネの「ハイデルベルク城の詩歌」を持参した。ゲーテがマリアンネとキスをした公園を見るつもりでいた。74歳の老婦人が連れになり、三人で大学の屋台のある広場で、「焼きソーセージ」と「グリューワイン」で乾杯した。色んな人や、学生たちも飲んでいた(?)どうも自由な雰囲気だ。なにしろ、大学から処罰を受けた当時の「学生牢」がのこっている。ガイドの話では、講義の時だけは受講を許されていたらしい。流石ドイツだ。懐が深い。「グリューワイン」は赤ワインで、甘くしてあり手作りの自家製らしく、種類は多いらしい。「甘口」なので、つい飲みすぎてしまう。それでもカップが一緒に貰える(込みなので)その楽しみがある。それを知ってから、そのあと、いくつかの都市で手に入れた(4カップ)。後で訊いたら同乗の搭乗員も趣味で集めているらしい。 ・あまりゆっくり見物できなかったが、ハイデルベルク城は、一部工事中だったが一応城の中を見て回った。そのあと、ハイデルベルク城内の庭園で「マリアンネの銀杏」の木を探したが見つからないので搭乗員に訊ねてみたが、知らないらしかった。(あまり知られていないのだろうか?)それでも、石碑の「ゲーテの記念塔」がみつかり、そのそばの公園が、「エルザベス門」が近いので、この場所なのだろうと思った。(今回のツアーの前に訪問する都市の情報を調べてデータを持参していたので、個人的に楽しむことができた。行く前に、「ゲーテ」の情報を大学でも調べたが、意外と情報が少ないので失望したものだ。)薄暗かったが、風もそれほど冷たくもなく穏やかなハイデルベルク市内だった。殊に城のテラスからの眺望は、最高で、それこそ飽きるくらいこのブログに載せているが、独りで喜んでいるだけの自己満足でしかない。 「ハイデルベルク城」から、 「ローテンブルク」へバスで移動した。約170キロ。約2時間。
2012.10.30
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眼のさきの倖せあるのに知らないというのは哀しいことだ。他人から羨ましがられるような幸運なひとが不幸だったりするのは、人間の心持でもある。当然だと思うようなことが意外とそうではない。水も空気も、家庭も、そして家でさえ。何か足りないものが在ると、そればかり考えてきたところがある。青い鳥なのだろうか?創られたイメージが先行して、素直な自分の心を見失いがちだ。人はみな同じではない。成長の速度も違うし、自分を活かすのは容易ではない。 ・社会が期待した人間になろうと努力しても、切り捨てられる人たちが大半だ。期待されない人間が出来てしまう社会システムが出来上がっている。いま科学の恩恵を受けていないひとはいないだろうが、社会から切り離されている人びとが居るのも事実だ。人を人とも思わない人が居るのは社会が創り出した。鳥渡仔猫を見ようとデジカメを持って外に出たら、つい周辺を歩いてしまった。 ・へ2・・・外に出て歩けばなにか発見できる美しい造形がある。私たちの物理的な眼が視ているものは、再生され脳でイメージしている。創り出されたものだ。人間は幸福でさえ自分の脳で創り出すのだ。そして不幸も同じだ。60兆の細胞と100兆の微生物が共生し、人間は動いている。眼のさきに愛するものや美しいものをそう創作する能力が備わっている。幸せを作るのは自分自身である。 >函館山の夜景
2012.10.30
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私の時間自分を続けること。自分らしくあること。考えてみたら、このコンセプトも怪しい。自分がこの葉の如く浮遊し動くからだ。「自分」という存在は不確かなものでもある。いい加減であり、そうでない時があるだけだ。いま大事なことだと思っても何か起きると、一変する。朝と夕方と1万歩ずつ、一日約15km歩くことを日課にしている。雨も降るし、これから寒くもなる。それでも平均で毎日そのノルマをつづけて30カ月になる。まあ、続いている。わが人生でこれほど熱心に続いたためしはない。 ・ここ数年、夜の睡眠は3時間くらい。免疫異常の原因は恐らく睡眠にあると思う。最近は、5時過ぎ朝食 7単位。6時ころから一時間ウオーキング。帰宅して寝る。9時ころ起きて、午前中はフリータイム。12時に必ず昼食 7単位。娯楽タイム。講座のない日は、14時から昼寝約2時間。フリータイム。18時から夕食 7単位。一日の摂取カロリーは、1800キロカロリー。19時から一時間ウオーキング。シャワーをしてフリータイム。その間随時ブログをしている。 ・へ2・・・別にどこに行かなくても、自分の一日のノルマを熟していれば満足何をしなくても文句はない。予定を入れると却って気になる。今月は、どうもしまりのない一ヶ月に為ってしまった感じだ。来月は、学園祭や、トルコツアーもあるので、気合を入れて、できるだけウオーキングを休まないようにしたいと思っている。
2012.10.30
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・たとえば、メスのダニは交尾を終えると適当な灌木の枝先に登り、その下を通る小動物を待つという。ダニには目も耳もない。ただ彼は一つだけ哺乳動物の出す「酪酸の匂い」だけは知っていて敏感に嗅ぎ分けることができるのだ。運が良ければ小動物が近付くと枝から落ちて動物の皮膚に密着し血を吸うのだ。そして血を吸い終わると地面に落ち、産卵して死ぬ。 <酪酸菌は皆さんもご存知のビフィズス菌、乳酸菌の発育を助ける働きをもっています。 酪酸菌はヒトや動物にとって必要な有機酸を作ります。> ・へ2・・・この話は、有名な事例なので何度も聴いていることだろう。そしていつも感動する。生命な不思議なパワーを感じるからだろう。メスのダニにとって、この世界の他の一切のものは捨象され、酪酸の匂いだけが重要であり、現実なのである。 ・ダニばかりではない。すべての生物は、トンボもハエもイヌも特殊な知覚器官と作用器官を持ち、甚だ抽象的な世界に生きているとユクスキュルはいう。彼は植物については言及していないが、植物も同じような抽象的な世界に生きているのであろう。つまりすべての動植物はそれ独自の歪んだ世界をもっていることを理解すれば、私たちを取り巻く環世界の驚異に満ちた、実に豊かな世界であることがわかるとユクスキュルはいう。 ・へ2・・・考えてみれば、人間の中にも特殊な能力を持った人がいるのではないか。カネを儲ける人の中にダニのような人がいるからだ。辛抱強く待ち続け酪酸の匂いにのみに敏感なダニのように獲物を見ると跳びかかるような人間がいる。そういうひとはダニ世界のみが現実の世界であると思っているのではないか。それはカネ以外のものが捨象されていることでもわかる。そういう社会に寄生した人物をよく<ダニのようだ>というのだろう。それしかできないとすれば人間という優れた能力を持ちながら、小動物と変わらないなんと無残な生き方だろうか?
2012.10.30
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2012-10月 年月日 曜日 気温 起床 歩数 備考2012/10/1 月 18 3;00 21,870 2012/10/2 火 19 2;30 22,607 2012/10/3 水 16 5;00 21,860 2012/10/4 木 19 4;00 22,310 2012/10/5 金 5;00 21,556 2012/10/6 土 17 4;20 23,113 2012/10/7 日 18 2;10 15,605 2012/10/8 月 8,750 北海道ツアー2012/10/9 火 18,423 北海道ツアー2012/10/10 水 14,354 北海道ツアー2012/10/11 木 16 4;00 25,784 2012/10/12 金 15 3;55 22,338 2012/10/13 土 13 3;00 8,229 2012/10/14 日 535 20,732 2012/10/15 月 5;30 21,733 2012/10/16 火 14 4;30 17,321 2012/10/17 水 18 2;25 18,767 2012/10/18 木 14 2;55 22,747 2012/10/19 金 16 2;51 21,137 2012/10/20 土 13 3;00 24,011 2012/10/21 日 13 3;30 22,465 2012/10/22 月 16 3;06 15,488 2012/10/23 火 14 0;05 29,621 2012/10/24 水 12 4;20 20,521 2012/10/25 木 13 4;10 26,195 2012/10/26 金 5;33 21,685 2012/10/27 土 15 4;20 17,514 2012/10/28 日 5;50 23,560 2012/10/29 月 13 5;10 25,286 2012/10/30 火 15 3;30 26,550 合計 622,132 どうにか一か月の目標を達成したが、あまり頑張っている訳でもない。何とかがギリギリという感じだ。満月だった。雲が折角の十五夜を時々邪魔をしていた。明日から寒くなりそうです。
2012.10.30
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<2日目>つづき・どれくらいの距離があるだろうか。地球は円周が4万キロだから、太陽は時速約1700キロになる。西回りだから、それをJetは時速約1000キロで追いかけているわけだ。機内は奇妙空間の中にいた。・ジェットが時速850キロで飛んでいるとすると、一日で2万キロになるから、略地球の半周くらいの距離になる。まだ一般には地球一周の旅客機はないが、その内ジェット燃料でないもので飛べるようになるのではないだろうか。何か妄想に耽りながらまどろんでいた。そういえば、日本も格差社会の批判の声が高まりつつあるが、機内にもファーストクラスができるとかで、航空機内も身分社会が露骨になりつつある。東南アジアのある国では、バスまで貧富の差別があるらしい。それで割り切ってやっているのだろうが、それも考えてみれば、現状の肯定でしかない。改善の努力をしないという諦めだろうか。日本も段々そんな国になるのではないだろうか?私が子供の頃よく見た修道女がいるだろうかと目で探してみたら、仁川空港の待合室で白人の修道女を目撃した。彼女たちは旅慣れた感じだった。もうそういう時代である。ベルリン上空を飛んで、やがてフランクフルトまで、あと37分との機内放送があった。現在15時35分である。座席が左主翼の横なので真下が見えない。先ほどから高度を下げ始めている。長い11時間半が終わろうとしている。18;00「ホテル・イン・フランクフルト」着。 533号便 宿泊。・フランクフルト空港からバスで約20キロのところにあるホテルで、一息いれて、食事をし、シャワーを浴びてのんびりしていたら、バスタブから水が溢れて大騒ぎした。水がこぼれても日本と違い排水口がない。こちらでは風呂場の床と室内のフロアがパラレルになっていた。だから風呂の水が溢れれば室内に入ってくる。何とかフロアに連絡して、事なきを得たが、折角の気分が壊れてしまった。妻は相当慌てていたようだ。此処ドイツは空気が乾燥しているので、日本とは、風呂場の設備の視点が違うのだ。文化の違いを感じた。日本人は風呂に入る習慣があるが。・一時はどうなることかと心配したが、搭乗員も手伝ってくれたので事なきを得た感じだ。ドイツに来て、こちらの知識がないのは、こちらが悪いのだから仕方がない。トラブルになったケースもあるらしい。日本が世界ではないのだ。いい勉強になった。・2日目は、頭の芯が疲れました。
2012.10.30
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人間は進化して今日を築いたのであり、子は親を凌いで更に進化する。私たちの世代よりも親たちはもっと幼稚な科学だったし、私たちも現代のような科学を学校で学んではいない。社会科学では一概に進化と言えるかどうかは分からないが、生物学者は退化も進化のうちだというだろう。時代認識も個人によってばらつきはあるとしても、若者たちが未来のカードを持っている。それは単に年齢だけで決されないが、コンセプトしては言えると思う。 ・金太郎飴であったとしても、歴史ドラマも受け手が違う認識を持っている。製作サイドがどうであろうと、それを変えることはできない。ただ、その意図するものが何であったかを明確にすべきであり、それが公平に批評されるだけのものでなければならない。人物に対する偏った思い入れは排すべきだろう。史実に基づいてなされるべきだ。 ・へ2・・・既成概念でものを考えている人間たちはそこにおいて行かれる。他の人が書いたものでものを考えるようでは、新しい視座は生まれない。自分の頭を使うべきだ。そうすれば必ず時代認識が違う。それを無視してはいないか。新鮮さのないものには感動はない。明日はないかも知れないと、思っている人がどれだけいるのだろうか。それは杞憂で終わるだろうか。呑気に生きているのではないか。それは、余りにも傲慢だろう。消えていく文化がある。それは一部ではなく、突然変異のないのが殆んどだ。
2012.10.30
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>福岡市東区;近くのみかん畑。 3 in自分らしくあることは苦しいですか。私にもそういう時があった。若い頃だけど、いつも胸が苦しかった。自分だけなのだろうか。そう思っていた。違うのは自分だけで。何をするにも気が重かった気がする。思い込んでいたことは詰まらないことばかりだ。歌を唄って気が休まるようなものは、すぐに終わってしまう。一瞬の悦びはあっても、何か直ぐ厭なことが起きた。 ・辛く思えることが、若いころには多い。何故だろうか?歳をとってくると痛みがなくなってくるのは鈍感になるからだ。苦しさも、痛みも慣れてしまう。3in ;ミームの継承 Inspect → Inspect → Instuct (洞察→検証→教育)昨日の講義のレジュメにある。眉つばの話もあったが、その中にある宝石もあった。すべてを信じることはできなくても、世の中にあるのはゴミばかりではない。・はきだめに鶴もいる。鶴は何故、汚れないのだろう。どんな美人も外見を繕っても内面から来る老化には防ぎようが無い。皺だらけの老婆が美しいと思う時、それをそう思わせる心が人間にはあるに違いない。昆虫が好きな人は、昆虫が美しいという。人の排泄を平気で触る人もいる。気高い心が人にはあるのだ。その私たちは子孫でもある。 ・へ2・・・せめて活きている短い間くらい挫けないでいよう。我慢していれば、直ぐにその時は来るのだ。どんな苦しみも我慢も、地球から太陽まで1億5000万キロは遠い。陽が落ちたら少し寒くなっている。
2012.10.30
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>五稜郭タワー 苦しさに耐えてこそ気持に敗けてしまう。自分だけが強いのでも弱いのでもない。あるがままでしかないが、その時で、感受性が異なるらしい。追い込まれないと自分が解からないところはある。勇気を出せるかどうかだろう。ひとはミームを包含している。それが臆病になったり、英雄にもなるのだ。その時、自分はどうするだろうか。 ・人の評価は、その時、どんな行動をするかで決まる。日頃何を考えているかだろう。9.11でアメリカはどうしたか?3.11で日本は、どうしたのか?露呈したものは現実だろう。その時、恥ずかしくない行動がとれるか。自信はない。それでも決意だけはすべきだ。日頃、我慢強く生きることを学ばねばならない。痩せ我慢ではなく、贅肉を付けないだけの鍛錬をすべきだろう。 ・へ2・・・放射能で汚染された土壌をどうするか、狭い国土で日本は苦しまねばならない。原発54基の問題は深刻な問題だが、それを招いたのも政治と経済の所業でしかない。責任を負うのは自分たちではないと思うから、言い逃れをしようとする。卑劣なことをして恥じないような人間もいる。
2012.10.30
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>北海道南西部。新千歳空港から 函館市への途中。 食後の散歩 まだ北海道ツアーの写真がまだ残っている。毎日のように写真を撮っているので、前後が混乱してしまう。昔のことを思い出したり、連想が飛んでしまう。最近食後の運動が、朝と夜は、ウオーキングをしているので大体できているが、昼が問題で、暑かったりして、食後そのまま昼寝したりしていたので、体重が増加気味だった。随分涼しくなったし、昼食後近くのマーケットまで運動かねて買物をしてきた。 ・油断すると元の木阿弥にもなる。気を抜くとできなくなる。元々生活習慣病でもある。意識していないと安易な生活になる。肥ってしまう人がいるが、自分の責任でもある。できなくなって運動しても間に合わない。生きているうちに人生を愉しむべきなのだ。遣ろうと思えばできることばかりではないだろうか。禁煙だって、禁酒だってできる筈だ。 ・へ2・・・私のころはあった小中の家庭科の授業がなくなっているそうだ。こうしていま食餌療法をしている子どものころ料理を手伝った経験があると最低のことは知っている。自分でカロリー計算もする。食事後の運動が大切かも分かる。それは教育入院をした経験が何度かあるからだ。病気と戦うには知識が最大の武器だという。
2012.10.30
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>上の写真は、上が南で、左が東。大分県の上空。 <2日目> 11-29 ・7;30 モーニングコール。 ・8;20 ホテル前に集合出発。 朝鮮式朝食(わかめスープ=誕生日に飲むスープだそう)。 ・10;00 仁川空港に到着。コーヒーを飲む、あと免税店で過ごした。 ・12;40 仁川空港発、「フランクフルト行き」。アシアナ航空。11時間半予定。 昼食は、コリアンランチ。カルビ風。 飛行高度10700m 時速880キロ。映画は「パイレーツ・オブ・カリビアン」。 「機内でPCが使いたいなあ」。妻は、機内販売の化粧品を買っていた。 <感想>韓国人?の男と乗務員と、機内で食事のクレームでもめていた。男のパーサーが、 すっ飛んで来て長い交渉の揚句、彼には特別メニューらしいものが出てきた。男は平然と 食べていた。隣の妻らしい女はニヤニヤしながらそれを見ていた。どうやらゴネ得とい うやつか。これがアシアナ風韓国流クレーム処理なのだろうか。白髪交じりの初老の恰 幅のいい男だった。皆が食べた後も、悠々と食べていた。横柄な態度から、彼の生きている エリアでは、どこでもそういう態度を取るのだろう。家庭でも、会社でも、社会 でも他人の前でも。妻の目はどこか狐の目のようだ。飽くまでも、傍目でし かない。実際何があったのかは判らないが、しかし、日本人の私も誰もが見ていたし、他の 外国人も見ていた。 昔から食物に文句を言う奴は嫌いである。嫌な気分がした。昨夜は1時ころ目が 覚め、暫く夜景を眺めていた。少しメモをしたりして過ごした。どうやら昨夜のカルビで腹 痛もなかったので一安心した。 ・フランクフルト16:30着(約12時間?) >下の写真は佐渡。
2012.10.30
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>ソウル <1日目> ソウル泊。12;00福岡空港発、ソウル(仁川)行き、満員。 ・某敬淑(ソウル案内)5年のキャリア。40代。地元で日本語研修。感じの好い中年女性だった。・<韓国>人口4700万人、ソウル市1100万人。・仁川からソウル市内までバスで1時間余り。 ・市街は車が多い。かなり渋滞するとのこと。軽自動車は少ないのはお国柄。 ・「地盤、看板、カバン」がある。ソウルは郊外で土地バブルの傾向。 ・キムチ 気温5℃が漬けるのに最適。20種類ある。 ・ソウルは岩盤が堅い。平均400m~800mの厚さがある ・大陸性気候のせいか空気が乾燥しているようだ。これだけでも日本との違いを感じる。 ・ソウル市街は、銀杏並木が多い。丁度落葉して舗道の隅に葉で積もっていた。 ・仁川空港・・ロッテの免税店・・ハイアットのカジノ・・食事後・・ホテルの予定。 ・土産に「鰻の革の財布」自分用、キーホルダー。 ・市内に教会が多いのが目立った。キリスト教の普及。ネオンで十字架が暗闇に浮かんでいたのが印象的だった。 ・夕食は、カルビ料理のレストラン。店内「オンドル」で硬質の床で食事。OP大き目の本物「チゲ」とビール等で、略3000円也。 <感想>確かに野菜で焼肉を巻いて食べるのは美味かった。キムチもそれほど辛くなかったがどうやら、それは日本人向けだったようだ。同行している一人の男が野菜に手をつけないので訊いてみたら、水道水が怖いと言っていた。ガイドも生水を飲むのは勧めないとのこと。どこも同じだ。娘もプサン旅行して食事が合わず入院した。美味しいのでつい調子に乗って食べたり、飲んだりしたが、後の祭り。ここで腹でも壊したらと心配したが杞憂だった。カルビ料理は、当初肉片が大きいこともあり、食べだしたらボリュームは充分だった。ホテルからの夜景が綺麗だった。 ・ITAEWON HOTEL
2012.10.30
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十五夜今夜が十五夜。昨夜は知らなければ満月と思った人もいただろう。目が悪くなったので満月に私もみえた。仏教でも、 月影のいたらぬ里はなけれども ながむる人の心にぞすむ 月は、意外と宗教的なのだろう。イスラム教でも月が出てくる。太陽が生命に与える影響は計り知れないが、地球から別れた月は、地球と共に歴史を刻んできた。そして地球は惑星で生命の存在する水の星でもあるが、月は違う運命を活きてもいる。水分は蒸発し生命は存在しない死の世界でもある。地球と月との関係は惑星と衛星というだけではなく、生命を形成した影の力だろう。そして月は離れている。 ・へ2・・・月は段々遠ざかっている。太陽は膨張していき、やがて水星、金星を呑み込んで、地球に迫ってくるという。そこまで勿論種としてのヒトは生き残ることはない。ヒトの寿命であるヘイフリックの限界を超えられるだろうか。ヒトが自分のコピーを何度再生できたとしても、或いは何万回再生できたとしても、時間がショートしてしまうだろう。何万年冬眠したとしても足りない。そしてその先は到底考えられないことばかりだ。
2012.10.30
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歩数累計年月歩数日数2008年4月258,124152008年5月461,505312008年6月454,828302008年7月492,053312008年8月479,175312008年9月607,612302008年10月635,399312008年11月562,374302008年12月629,723312009年1月628,603312009年2月587,391282009年3月700,366312009年4月686,126302009年5月704,517312009年6月610,392302009年7月646,126312009年8月655,742312009年9月682,647302009年10月749,592312009年11月682,170302009年12月683,681312010年1月675,525312010年2月637,727282010年3月735,903312010年4月778,075302010年5月814,547312010年6月780,407302010年7月748,643312010年8月733,665312010年9月706,656302010年10月714,428312010年11月646,698302010年12月635,004312011年1月715,561312011年2月573,736282011年3月725,158312011年4月941,220302011年5月980,230312011年6月804,417302011年7月712,501312011年8月647,744312011年9月601,644302011年10月663,043312011年11月620,043302011年12月655,210312012年1月673,621312012年2月616,345292012年3月604,563312012年4月704,448302012年5月750,830312012年6月624,713302012年7月677,556312012年8月631,098312012年9月619,321302012年10月595,58229累計36,344,0081,658 1658日 36,344,008歩は、歩幅(@0.7m)略25,440キロ。時速1000キロ以上で飛ぶ航空機の時代にテクテクあるいている。自分との闘いで、社会的には無価値なことだが意外と愛好家は多い。一日2万歩を何とか続けているが、記録を見ると、去年に比べてガクンと落ちている。無理をすると続けられなくなる恐れがある。4年半になるが、取り敢えず、地球一周の4万キロが当面の目標だ。 ・血管年齢が、平均より10年老化が進んでいる。それを遅らせるのが目標でもある。肺年齢もある。他にも色々あるに違いない。末梢神経も脳細胞もある。まあ歩けることや、呼吸が楽にできることや、腰痛も無い。自分の腹部に脂肪肝が亡くなったので、それだけは元に戻したくない。 ・へ2・・・先日ウオーキングをしていたら、声をかけてきた人がいた。私のウオーキングをみていてくれていた。威張ることではないが、健康のためになっているし、隠すことでもない。ウオーキング中に挨拶する人がどれだけいるか、数えてみると、その時で違うが多い時は10人くらいいた。夫婦で歩いている人たちもいる。日本もやっと平和なのだろう。
2012.10.30
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人は生れた時は一人ではないが、自分を知り、社会の中で人びとの中で暮らしていかなければならない。花のようには生きていけない人間の宿命でもある。知的生物とは周囲のものを犠牲にして生きようとする。利己的な遺伝子は自己の生命を守ろうとして他を食うのだろう。貪ってはならないだけだ。 ・群れて飛ばなければ休む場所も食べるものも手に入りはしない。離れた鳥は飢えて死ぬ。奇跡の水の惑星で生命は生きている。宇宙は、真空であり、冷たい果てしのない世界なのだ。そして人類も滅びていくだろう。一瞬の光のように生きている。そしてその中で自分という僅かな転寝の夢を見ている。 ・へ2・・・そして夕暮れて死に場所にいそぐ象のように、時々空を見上げる。誰もいつか消えてしまう。未だ洞窟は見えないが、それがあることを私は知っている。どうして知っているのだろうかなど考える必要もない。独りになって死ななければならないという声がする。 あるとき鉄橋で鉄道自殺をした若い女のバラバラになったからだを川の中で探し回る巡査の顔を見たことがある。ずぶぬれになったその姿は能面のようだった。
2012.10.29
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やっと自由であること どこか梗塞感が若いころあったので自由に為りたかったが、それは内心のことだ。どうしたらこの社会の中で活きて行くのか自信がなかった。気楽に暮らしていけるとは思えなかったのは、周囲の人や親たちの背中を見ていたからだろう。中国から戦争直後引揚げて食糧難の混乱期の中で成長してきたからでもある。 ・こどものころに汚いものや厭なことを体験することはその人の人生観や、世界観になっていくに違いない。美しい世界だろうか、とてもそうは思えなかった。未だ私は一歳にもならなかったころで、小学生から極端にクラスの数は少なかった体験がある。戦争犠牲者は戦争をした人たちばかりではない。幼いものたちも犠牲になったことを忘れてはならない。それは戦後生まれのこどもたちにも影響があったということでもある。 ・へ2・・・卒業してから、もっと自由に本を読んでいたかったが、労働しなければ暮らしていけなかったから社会人になったが、こころには物足りない気持が常にあったので、定年まで働いてから、自由な時間を過ごそうと、今それを実行している。こんな筈ではなかったと思うことはあるが、こういうように好きな時に寝て、好きな時に起きてくる暮らしがしたかった。少し頭がぼけたのは予想外ではあるが。
2012.10.29
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老化を遅らせ、高齢期も健康に過ごすことが知恵なのだろう。飢餓からの脱却がまだ世界の課題でもある。一部だけの健康が問題にされるが、肉体的だけではなく、精神的、そして社会的にも良好な状態であってはじめて健康なのだ。健康というコンセプトを一面からだけから見てきた気がする。少し抽象的にとらえ過ぎたようだ。どうも次元の違う世界のようでもあった。併し、こうして歩くということを通じで感じる思いは、それほど現実離れしたものでもないということだろう。それにしても、最近の食の問題として捉えられている社会現象は酷過ぎるのではないだろうか。 ・利益を優先した社会が齎してきたものは複合汚染であり、環境汚染ではないか。健康はそれらの問題を払拭していかなければ得られない問題でもある。長寿食ではなく健康食でなければならない。肉体的に自由であり、精神的に幸福感があり、社会的には基本的人権が保護され福祉や安全性が整っていなければならない。概念ではなく具現化されなければならない。 ・へ2・・・何を食べるか、どのように食べたらよいか、どのような環境であるべきか、について、適当な運動、過度のストレスを避ける(気分転換を図る)、生き甲斐を持つ、楽しみを持つ、社会とのかかわりを続けることだ。愉しく食べることもある。健康長寿へのみちは良識の世界でもある。
2012.10.29
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作品>「詩」(習作)、 「小さき良心」(習作) 「不幸」(習作)・「習作」は、本格的な小説が書かれる前の作品。・梶井はいくつか転居している。移動する意味。・京都にも住んだ。・経歴。「檸檬」に繋がるものがある。・梶井の「日記」が重要。創作メモが含まれている。・梶井は、詩作もしている。・「檸檬」の詩の発想が作品の中にある。詩の原形がある。モチーフがおなじ。・大正の習作としてみること。・「鴎外は莫迦だ。漱石が訳語だ。」・・・谷崎が好きだった(梶井の見解)。・実篤に対する関心。賀川豊彦。・身近なものを題材にしている。・先行作家に対する見方。関心が重要。・理性ではなく、「感覚」が大切だ・・・梶井の考え。「感覚的」。横光よりも新感覚派である。I教授の意見。・梶井に対する評価は、当時は高い。・文章が詩であること。詩的な文章。・レンブラントの「光と影」のモチーフがある。・レモンは、それまでの作品の中に何度も出てくる。そして「檸檬」の作品でまとめた一つの作品になる。「詩」(習作)、 ・「檸檬」の原形がる。・画集の上にレモンをおく。レモン爆弾ではない。ポーの作品。「告白と隠蔽」・相反する考えがある。人間の中に同居する。パーバース。・谷崎的・・梶井に近い。・漱石の心理分析を好まない。「草枕」はいい。・企みは、檸檬をのせて帰ってくるだけ、・リフレンになっている。「秋の木の下」・肺病は悩みではないという。それを気分で顕している。・「檸檬」がわかる若い読者は却って怖い存在でもある。レモンが、爆弾にある。・調和の上に破壊がある。自らの手で破壊する。・・・梶井の心理。「小さき良心」(習作)・白樺派の発想がある。・設定が曖昧。結末がない。何事かを明確にするつもりはない。気分を書く。・具体的に書かない。・・・書きたいのは気分のほうにある。・二つの作品?書き直した?前後がつながらない。別稿?・リフレイン。あるいているが繰り返される。・・・怖れている。・中野重治「街あるき」街を歩くのがモチーフ。・興奮や、怖れや、苦悶が出ていない。と梶井は書いている。それが書かれていない。・自分を他人のように見ている。ドッペルゲンゲル。相手の側からみる。・(谷崎「二人の芸術家の話」のちに「金と銀」に改題した、の関連。・佐藤春夫の存在。・志賀「剃刀」が念頭にあった。感覚の鋭敏さ。の影響がある。・巡査を気にする。巡査の目。「交尾」につながる。・外側から自分を見る目。・何のために書いたのかという疑問がある。潜在するもの。・追い込まれた人間の心理を書きたかった。気分を書きたいという願望。・「・・・さえあれば、」・結末の付け方は、他にはない。作品にしていない。分かり難いものがおおい。 「不幸」(習作)・二稿と三稿は、全く違う。描写の違い。同じモチーフを違う書き方をしていない。・母への関心。何故か?母のことばで「夢うつつでやっている」。言い当てており、核心をついている。自分の感性の源は母親であると感じていた。・一稿はもともとない。・人間をどう描くか。というテーマがある。苦悶を書きたかった。・何度も同じところに戻ってくる。敢えて戻る。それは従来の小説では回避されること。
2012.10.29
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<作品> 「盈虚」、「牛人」 ・古俗。・「盈虚」(えいきょ)は、栄枯盛衰の「盛衰」の意味。・昭和17年7月に発表。「或る古代人の半生」を改題した。・「盈虚」太子カイガイ。「牛人」叔孫豹。・作家は、暗過ぎる作品を何故多く書いているか。・レジュメ・佐々木充。「古俗」篇。「超越者の貌」直訳・竹内輝夫「春秋」。 さて、孔悝は荘公(大子)を立てた。荘公は今までの政治のしかたをこのまず(大臣たちを)残らず追い払おうとし手始めには「私は外国で苦い目にあったものだ。あなたもその味をなめて来たまえ」。 ・「弟子」子路の末路にもある。「盈虚」は同時期に書いたか?・「古譚」「古俗」6編。何故分けたのか。・物語と半生は違う。・人物像。「かいがい」という人物。かいがいの一代記。優柔不断な人間の一生。高見から視れば、たいしたことはない。平凡な見方。どうして書いたか?名前は残らない。取るに足りない。・栄枯盛衰。・「牛人」は、違う。世界の悪のシンボル。牛人論の評価が高い。・豚のかお(原典では)が消されている。愛嬌という表現もない。原典を超えたフィクションがある。悪の権化。・三島。「橋づくし」の読解。田中みよこ・・・色の黒い娘。三人の芸者の願いが全部叶わないとよいと想っている。・眼が潰れる。輪廻転生がひっくりかえる。・三島は生きている人間は解らないと思っている。「牛人」につながっている。・「八犬伝」。・三島好みの作品。梶井。「れもん」。・丸善・・・外国品を当時は扱っていた西洋のシンボル。・調和を吹き飛ばす。静的・・・動的。ポーの天邪鬼。・スタティク。・れもん・・・現代的。・実力行使。やってしまったことの説明がつかない。・惨劇を待っている。世界の悪を書きたい。三島のテーマ。・漱石にも悪がある。性悪説。「こころ」荀子。・避けようがないこと。・教科書の載るのは限定的な内容の小説になる。不道徳なものは載せない。 ・「古俗」 「盈虚」 ・父と子。・漱石、直哉、中島の幼児体験は異常。波乱の人生。・多数の人の話。広い題材。複数の人格。・空費された己の過去。・闘鶏を大事にするシンボル的。・復讐される。・赤銅色に濁った月。「牛人」にもある夢。・老子玄のまた玄。 玄は黒。・真黒な原始の混沌に根を生やした。・へりくだった怖れに近い。に通じている。・三蔵法師・・・宇宙論。沙悟浄の悲しみ。・中島の「わが西遊記」の沙悟浄は、作者に近いのではないか。・テーマは繋がる。黒は、原典も黒。玄の玄なるもの。これが禅は「無」である。 「牛人」 ・父と子。・幸不幸がふっとんでしまう。・ひと組の親子。子が父を殺す。・絞って書いているのでインパクトがある。印象が残る意味では成功している作品。・「妖気録」夏姫(かき)。・南子と夏姫。・色と徳の闘い。谷崎と漱石。・谷崎「麒麟」レジュメ参照。・中国・・・父と子の関係。歴史的に視て。・変身する。幼い子が大人に為る事。・自分も老人に為ってしまう。
2012.10.29
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「西東詩篇」の中の、ズライカ書の箇所を読んでいた。読んでいるのは「ゲーテ全集」で出版が大正15年5月版。「汝この日より逃れ行くべからず。汝が急ぎ行きつかん日も 今日より善きに非ざればなり。・・・」なのだ。翻訳が旧過ぎる。ズライカは、マリアンネのことで、ハーテムは、ゲーテだと言われる。優れた「相聞歌」として知られている。昨日、ネットで「西東詩篇」を調べたら、余り多すぎて少し意欲をなくしてしまった。それくらいある。ゲーテ66歳の老人とマリアンネ30代の人妻との恋愛といえば、些か萎れてしまいそうだが、大詩人ゲーテであり、マリアンネも只者ではない詩人なのだ。読み解く力があるだろうか。そして、彼女のいくつかの詩が、この「西東詩篇」に収められている。「愛しながら互いによみがえるのは、天国の歓喜でしょう」と、大いなる愛を予告し、ハーテムの詩は「あなたの胸の中で私はよみがえった運命を喜ぶのです」と表白する。これは、単なる男と女の「相聞歌」ではなく、大詩人と対等に類稀な女性詩人との練り尽くされた軽妙な遊戯的表現ではないだろうか。そして、夫のヴィレマーがいる。養女を妻にした男だ。ハイデルベルクの古城に、あの「二裂葉の銀杏」があるそうだ。「ハーテムは、もう一度、春の息吹と夏の灼熱を感じます」と刻まれたベンチがあるそうである。 「・・・・われ一つにしてまた二つなるを?」余り、嵌りたくは無いがファウストを読んでみたい。
2012.10.29
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<作品> 「十五年間」、「未帰還の友に」、「冬の花火」、「苦悩の年鑑」、「チャンス」、「春の枯葉」・戯曲は2作。戦後の作品。この時点でなければ書けないことを書いている。戦時中には書けなかった。戦後の文章であるという特徴。この時期の太宰の評価がされている。・太宰は、盗み方がうまい。「たづねびと」・・「みかん」のパクリ。・近代文学は、すべて比喩である。そのままを書いていない。「十五年間」、・津軽の百姓。「津軽通信」との連関。単なる自然ではなく、自分に繋がっているものの存在。そのことを太宰は気づいている。津軽に生まれたコンプレックス、何故彼はそう思ったのか?・太宰は、文壇サロンを否定する。サロンから孤立していた。・<献身、エゴイズムの否定、隣人を愛する>・「津軽の拙さ」、津軽気質。文化人ではない。文章で書いていること、と太宰の心と一致しない。・太宰の文化とは?・サロン(集団)・・・疎外感と孤独(太宰)サロンを認めない。津軽気質と太宰の内面の不一致。「未帰還の友に」、・徒然草の関連。友にするに悪しきものとは。<健康で強い人は弱い人に同情ができない傾向がある。酒を好む人。虚言する人。兵隊。慾深き人。など>自分が如何に悪しき友であるかを書いている。・太宰の小説は、逆説的に読む必要がある。・慾深き・・自分のこと。・未帰還とは・・・戦争で帰ってこない友人(戦死)と太宰の自責の念。・ざッざッざッという軍靴・・・音に敏感。・酒が飲みたい。卑しさ。「冬の花火」、・評価が高い。「春の枯葉」よりも。・小説はある意味みなワンパターンである。・戦後風俗の批判。・持ち上げて落とす・・・義母(あさ)のことは、太宰の結末への拘り。・あさの浅はかさに対する・・・評価。ただ希望だけでない。させない。時代が変わろうとも変わらないという意味にも取れる。太宰は、あさ(義母)にシミをつけている。「苦悩の年鑑」、・私は天皇が好きである。天皇の「人間宣言」に対する太宰の考え。言動が一般人と違う。・「十歳の民主派、二十歳の共産派、三十歳の純粋派、四十歳の保守派。」・津島家の息子としての立場。名家の生まれ。・太宰の後世の評価される点。昭和21年には、ぶれていない。・太宰は、自分のデモクラシーの概念をもっている。・・・そして、新しい思想とは?・浄土真宗。漱石は、革命と言っている。親鸞は考えを大きく変えた人。逆説の人という意味で、太宰の考えに相似する。漱石「こころ」・個人の歴史が重要だという。P768下段。・俗物批判。「雨後の筍」のような思想を信用しない。・「ギロチンのない革命は意味がない」・・・落伍者としての立場で書いている。・中野重治の存在。・「・・・更衣の季節で、オサダは逃げながら袷をセルに着換へた」・天皇に対する一般人の見方が違うという。「チャンス」、・恋愛にチャンスはない。(漱石は、違う)・太宰は、チャンスではなく恋愛は、意志だと言っている。・戦後の広がった風俗に対する批判。・片恋・・ストーカー的存在。・背後に「徒然草」がある。155段。「春の枯葉」・善悪の彼岸・唐人お吉の話、戦後の売春婦の存在。・戦前の話(国民学校)。の体裁を取りながら、青い目の外国人と唐人お吉を重ねる。・菊代・・アナーキー的思考。菊代的生き方が生き残る。光を当てている。野中と菊代の生き方・・・太宰の考えがある。・「あなたを待っていたんじゃない」・田舎だけでもない太宰。但し田舎を知っている。・「現金があるかないかで、物事を決めるのは田舎である」。・戦後を、はっきり割り切っては書いていない。
2012.10.29
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2012-10月 年月日曜日気温起床 歩数2012/10/1月18 3;0021,8702012/10/2火19 2;3022,6072012/10/3水16 5;0021,8602012/10/4木19 4;0022,3102012/10/5金 5;0021,5562012/10/6土17 4;2023,1132012/10/7日18 2;1015,6052012/10/8月 8,7502012/10/9火 18,4232012/10/10水 14,3542012/10/11木16 4;0025,7842012/10/12金15 3;5522,3382012/10/13土13 3;008,2292012/10/14日 53520,7322012/10/15月 5;3021,7332012/10/16火14 4;3017,3212012/10/17水18 2;2518,7672012/10/18木14 2;5522,7472012/10/19金16 2;5121,1372012/10/20土13 3;0024,0112012/10/21日13 3;3022,4652012/10/22月16 3;0615,4882012/10/23火14 0;0529,6212012/10/24水12 4;2020,5212012/10/25木13 4;1026,1952012/10/26金 5;3321,6852012/10/27土15 4;2017,5142012/10/28日 5;5023,5602012/10/29月13 5;1025,286合計 595,582
2012.10.29
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>宗像神社 顛倒夢想 いま一切は遠く離れた。般若心経の「遠離一切顛倒夢想」のフレーズを想起したが、今日の講座は興味深く聴いた。「ユーラシアの九州人?」、平和のグリーンに道へ」、「閨閥」、「モナコ」、「鳥の目」、「ミーム」など。解かるところもあれば解らないこともあるが、講師の言わんとすることは多少解かるので、面白かった。 ・大学では。久しぶりのアブノーマルな話を聴いたが、ありえない話ではなく、この非常識の中に真実が無いとは言えない。何でもありなのだから。朝鮮半島と九州をトンネルで繋ぐ話もあったが、「新シルクロード構想」は、夢想では済まないだろう。何が夢想かは次代が決めることでもある。かって地動説も同じ運命を辿ったではないか。 ・へ2・・・発想力や想像力のあるものが能力を発揮すべきであり、それを活かさなければ、現実社会は腐敗してしまうだろう。何を重視するのかは、その社会の責任でもある。9.11の本当の事実がまだ明らかになっているわけではない。この世界の裏社会もある。誰が、この世界を動かしているのか?それは単純ではない。勇気のある人がたくさんいなければこの社会を糺すことはできない。
2012.10.29
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>きくまつりの前でもあり、これからの花もあるようだ。 弟子中島敦講座の弟子」「李陵」。現役の教授は、真剣な講義をされた。6年間続けてその価値も解っている。できの悪い弟子だ。一葉、龍之介、太宰、梶井、漱石、堀辰雄、そして今年は中島敦。月二回で、夫々の作家の全作品を読むという企画で講座は進められてきた。 ・講座は、昔の寺子屋のようなもので、先生の講座を一方的に聴いてきた。土台質問するには、随分程度の違いがある。文学をそれほど熱心にやってきたわけではない。他の受講生は、この大学の卒業生とか、今日足の経験のある人たちもいる。私より老人もいるから、先生の話がどこまで理解できているか解らない。 ・へ2・・・学生ではないから、立場の違いはある。だが文学を理解するというのは、その人の世界観の違いでもある。「貴方の頭で読まれて理解するしかない」と、よく言われる。文学の価値はそこにある。誰でも触れることの出来る世界だが、奥も深い。然し素人が作家の真髄を解せないとは限らないとも。長年の研究者には視えないものもある。それはこの世界が、文学者たちだけのものではないということだ。世の中のことは庶民が知っている。魚の心は魚にならねば解らない。
2012.10.29
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<作品> 「虞美人草」 ・久し振りの講座。・若い時の読む本である。・しんどい文章。漱石が40代だから書けたのではないか。・ミステリーの手法。・「家紋」を書いている。・三つ鱗。 シンボルとして書いている。しつこくかいている。なぞかけている。・「継子いじめ」。・「金色夜叉」の向こうを張っている。金とダイヤモンド。・「虞美人草」 花言葉は乙女心、慰めというのを漱石は知らなかっただろうと思われる。・・・藤尾 ・英語を教えている(小野さん) プルターク 英雄伝 アントニウス 84節。85節。・シェイクスピアの「アントニーとクレオパトラ」 2編を英語を藤尾に教えている。・「ハムレット」の中に,甲野の思想。"to be or not to be, that is question."・紫の発想。・読売新聞「金色夜叉」への対抗心があった。ライバル意識がある。・「あうん」・・・「それから」・「多情多恨」・「草枕」・隠れた部分がこの作品にはある。・家紋の謎。みつ鱗。三つの家の物語。・漱石書簡・・・藤尾という女にそんな同情をもってはいけない。・・・。・勧善懲悪。漱石の意味の。・谷崎は「虞美人草」は邪道に陥っている。・「坑夫」をなぜ書いたか?「虞美人草」の「勧善懲悪」の反省として書いた。・ストレスのたまる小説。・21世紀で藤尾は復活している。漱石の予想外ではないか。・わがまま一杯育った子供のころの自分と、作中の「藤尾」が重なっている。何故これだけ叩かねばならないのか、屈折している作家の思いがある。 ・憐れ、気の毒、同情 ・同情 と我・人情・・・道徳の核。・「草枕」の人情と「虞美人草」の人情とは違う。漱石の考え方。・我の女としての藤尾。・藤尾を、死んで救う。・どうして藤尾は死んだのか書いていない。・小栗風葉「青春」・大森にいったら深い関係になった。一線を超えることを暗示。1626p・「坊ちゃん」では恋愛を否定している。・「虞美人草」でも、拠って多寡って藤尾を殺している周囲の人間たち。それが道徳的か。恩を着ることをかいている。親の決めた縁談を守る。・漱石が指示している読み方が求められている。小野さんはどうなるか。漱石の言った通りにはならない。・結婚観、世界観が違う。・大阪朝日、東京朝日。漱石は大阪朝日で書いている。義理を立てている。比叡山を書いているのも関西が舞台。・男と男。一対一。落語の二人旅がある。・禅問答。一対一の関係。漱石の小説のスタイル。・甲野と宗近。・作為的にふたり旅をさせたのは、藤尾の母の思惑があった。小野と藤尾の関係を深めさせるため。策略を認める。・甲野の疑い深い性格。策略を知っている。自分が出ていけば、母と子が堕落する。と思っている。どうでもよいことではない。義理の親子の関係。・漱石は、なぜ甲野を出て行かせないのかは、漱石の考えがある。・「同体同心」にならなければ理解できないという漱石の考えがある。個人主義ではできない。個人の壁を超えなければならない。不可能なこと。・禅に近い発想がある。・漱石は自分の我の強さを、自覚していた。・キーワード 憐れ、同情、気の毒、・「一夜」漱石の作品の中で一番難しい。誰も理解できない。・「同情」の対極に藤尾がいる。・宮さん「生きるか死ぬか」。「ハムレット」がある。そして「虞美人草」に通じている。・死を真近にすると真面目になる。・藤尾が死んでも変わらないのは何故か?・予想をしていた藤尾の死であった。そしてその死後だれも変わっていない。漱石の論理は破たんしている。「死は、ここでは何も変えていない」。・人の死の前では真面目にならなければならない。論理の破たん。・四迷「浮雲」。20年後「其面影」・・・人情が出てくる。・「虞美人草」をみて、「平凡」を書いた。・坪内逍遥「小説神髄」小説の神髄は人情なり、・・・。ここから人情が始まる。・漱石は、それを知らないで、書いている。先駆的に二葉亭四迷がいた。・漱石はこの作品で、人情を重んじる勧善懲悪をかいた。ホトトギスの読者と違う朝日の読者を意識したのではないか。・糸子・・・「ハムレット」。甲野「尼寺へ行け」。いまようハムレットが甲野である。・
2012.10.29
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記憶力について、ラットの実験で、豊かな環境・・・道具や、遊び仲間、学ばねばならないことの多い環境で育ったラットと、そうでない刺激のない空っぽの檻の中で育ったラットの比較研究がされ、前者のラットが後者のラットよりも大きな脳になり利口になったという。つまり樹状突起や、シナプスの数が多く、学習経路も多様で、知能も高かった。人間でテストしたわけではないが共通点はあるだろう。同じ実験で、刺激のない環境で育ったラットでも、年を取ってから豊かな環境に戻すと、脳がより大きくなり利口になった。それだけ脳が柔軟性があるということだ。新しいライフスタイルと環境に劇的に反応できたのだ。 ・成人期の仕事以外の知的、身体的活動の頻度と多様性が、痴ほうの予防の効果を持つが言われている。最近の研究では、知的活動が最も重要な要因であること、殊に外国語の勉強が成果が顕著であるという。アルツハイマー病に効果があるかも知れない。根拠があるだろうか? ・へ2・・・知的活動が脳細胞の蓄えを殖やし、それを老後に必要に応じて引き出すことができるという。加齢による構造上の低下が起きても、余分のニューロンやニューロンの回路が、その埋め合わせをするのに役立つのだ。多様で刺激的な活動の経験も新しい脳細胞の発達のサポートをするらしい。どうやら「海馬」に関係があるようだ。「海馬」は学習と記憶の中枢だからだ。
2012.10.29
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夢の中でスケールの大きな話をされたので、少し夢でも見ているのではないかと思ったが、私大の自由な雰囲気もあるのだろう。フリーメイソンの話が出てくるとどうも現実離れをした話に思えてくるのはこれも固定観念だろう。然し、「ミーム」と言う言葉が出てきたので、講師の豊かな発想を傾聴した。 ・もともと荒唐無稽が好きである。どんな破天荒な話にも真実はあると思っている。夢を喪いつつある若者たちが可哀そうでならない。せめて、大学時代は、大ぼら吹きの先生の話に夢を追うのもいいのではなかろうか。否でも、社会で現実を知ることになる。小さくなっていく人間では未来はないと思う。 ・へ2・・・他人に自分の幻想はどこまで話すか、はあるのではないだろうか。頭の硬くなった市民たちに話してもそれは中々だが。中には私のような人間もいるから、これはこれで何かのヒントになる話だった。興味本位な話で終わるのではなく、研究を深めてほしいものだ。
2012.10.29
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一日は24時間。日照時間でしかないが、今朝の福岡市は、6;34~17;28になっている。下の日照時間は、今年6月のものだが、他所の国のことのように思えてさえ来る。これから12月冬至まで日照時間は短くなっていく。葉っぱは夜の時間を計測して、2カ月先の気温を予測する。さらに未来を予見して行動してこそ人間でもある。 福岡市の6月日照時間(日の出、日の入)2012/6/185;0719;302012/6/195;0819;312012/6/205;0819;312012/6/215;0819;31(夏至)2012/6/225;0819;312012/6/235;0819;312012/6/245;0819;322012/6/255;0919;322012/6/265;0919;322012/6/275;1019;322012/6/285;1019;322012/6/295;1019;322012/6/305;1019;32
2012.10.29
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門外漢でこの言葉(精神分析)のほんとうの意味までもよく知っている人はごくまれだ。というフレーズをみつけた。C・G・ユングの「現代人のたましい」の戦前訳したものだ。ことばも時代とともに語彙を変化させてしまうが、文章は硬いが含蓄が在るものが多いだろう。プロがアマをバカにするのは、中たっているところも在るが、目くそ鼻くそを笑うということもある。元々壁を創りたがるのは、ちゃちなスペースだからだろう。小さな穴を掘っただけなのに、誰も彼も門外漢にするような人もいるに違いない。諦めの悪い研究者が、日本には多いのではないか。今更外国語ができないからと凹むより、ネットや翻訳ソフトを使えばいいのだ。外国語が苦手なのは、自分だけの責任ではない。日本の外国語教育が悪いのだ。下手な英語教師が、ネイチャー・イングリッシュに勝てるはずが無い。それた蛇足だが、少し英語ができるからと威張ることは無い。母国語でもない外国語を子どもの頃から母国語並みには使えるひとはどこにでもいる。要するに、お玉杓子が、何時までも蛙に変態しようとしないだけではないか。もう手足がなくては餌は獲得することができないのだから・・・。一般の人を門外漢にすることで、自分たちの権威を守ろうとした大学は、今後消えて行くだろう。個人も同じだ。宗教も、時代に適応できなければ、その力を喪失させるだろう。かべは外に対しては強くとも、内からの崩壊をとめることはできない。土台、門外漢などといって排除したがるのは、所詮、狭いスペースでしかない。取るに足りないものだろう。
2012.10.29
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