全363件 (363件中 1-50件目)

うまく写真がアップできますかね。今日から2月。2月は「逃げる」というから、あっという間に終わってしまわないように。体調もいいし、これから少しはまともにウオーキングもできそうです。阿弥陀経とか、勉強することも多いし。
2012.01.31
コメント(0)
逆境といえども、苦悩を続けているとしても、何かに夢中に打込んでいれば苦痛とは思わない。真剣さとはそういうことではないか。下手に弛んだ時、悲哀を覚えるのだろう。所詮個人としての自分は、何ものでもない。徒の微力、非力の輩に過ぎない。 只一匹のハエのように狭い空間を、与えられた時間をせっせと自分の子孫を残そうとしているだけだろう。こっちから見るか、反対側から見るかによって物事は逆転して見えるだけだ。 宗教は、内に向かう人々ではないか。或いは外に向かって、万里の長城を築こうとしている人々ではないだろうか。もしそうだとすれば、この地球を分割しなければならなくなる。 私たちに何ができて、何ができないか? 不可能が何か、困難とは何なのだろうか? 不可能はいつまで経っても為しえないことであり、困難なことは努力次第で為しえるだろう。人は、困難を克服する為に努力しなければならない。常に、その見極めをすべきだ。 やがて夢は覚めねばならない。ひとはいつかその時がくる。自分が遣ってきたものが何かを知らねばならない。それは、個人のなしえることは、すべて果敢ない一事でしかない。短い夢か、長い夢かの違いでしかないだけだ。 それは、「一炊の夢」に過ぎないだろうか。・・・かも知れないし、そうでないかも知れない。東洋人も西欧人もその他の人びとも同じ遺伝子を持った種としてのヒトであって、遣っている来たことも、遣っていることも同じだろう。ただそれぞれが利己的に見えるだけだろう。 私の中の多忙は、自分を夢中にさせただけに過ぎないし生半可であれば自身の蒙眛に終わる。
2012.01.31
コメント(0)
人間由来 何故こうした複雑な世界になったのだろうか。説明の出来ないことはないが、それは簡単ではない。知れば知るほど解からないことも増えてくる。終わりのない議論が繰り返されるのは、視点が違えば評価も変わるからだ。不毛の議論ばかりされて結論の出ない歴史が、更に積み上げられている。厖大な遺物が、人間の未来を塞いでいる。宗教だけでは、この世界は救われない。 ・いつものようにウオーキングして来た。風邪の症状が出たので、不快になることもなく、いつものコースを約1万歩、7キロくらい歩いた。 ・へ2・・・それこそ、あっという間に状況は変化してしまう。ブログも、それほど注目されなくなったが、消えていく運命だろうか。それはありえる。消えないものはないからだ。生き残る価値が見出し得るかである。単に商品価値があるかないかでもないと思っている。未来への鍵は、意外な所にあるだろう。それは騒がれるばかりがそうではないのだ。人間由来を見詰めることが出来ているかだ。
2012.01.31
コメント(0)
2012-1月 年月日 気温 起床 歩数2012/1/1 日 3 5;00 14,0082012/1/2 月 4 4;00 12,1132012/1/3 火 4 3;30 24,1522012/1/4 水 3 2;00 20,8382012/1/5 木 3 5;50 21,6242012/1/6 金 2 2;33 20,4672012/1/7 土 5;05 20,6652012/1/8 日 5;55 10,8152012/1/9 月 4 5;00 25,5252012/1/10 火 5 3;00 20,8462012/1/11 水 6 5;25 21,1182012/1/12 木 2 5;35 24,5842012/1/13 金 3 3;25 22,6182012/1/14 土 4 5;25 22,0602012/1/15 日 4 4;40 20,3052012/1/16 月 5 5;00 15,7892012/1/17 火 3 4;00 21,6362012/1/18 水 4 5;04 16,6272012/1/19 木 7 3;00 6,8412012/1/20 金 8 4;05 22,1522012/1/21 土 7 5;05 24,5652012/1/22 日 7 4;20 16,2222012/1/23 月 2 4;05 22,5102012/1/24 火 2 7;05 21,9942012/1/25 水 3 6;10 22,8422012/1/26 木 0 4;20 42,7452012/1/27 金 2 3;30 28,4262012/1/28 土 5 4;10 31,3052012/1/29 日 3 2;45 32,8752012/1/30 月 4 4:14 22,2782012/1/31 火 2 2;55 23,076合計 673,621年月 歩数 日数2008年4月 258,124 152008年5月 461,505 312008年6月 454,828 302008年7月 492,053 312008年8月 479,175 312008年9月 607,612 302008年10月 635,399 312008年11月 562,374 302008年12月 629,723 312009年1月 628,603 312009年2月 587,391 282009年3月 700,366 312009年4月 686,126 302009年5月 704,517 312009年6月 610,392 302009年7月 646,126 312009年8月 655,742 312009年9月 682,647 302009年10月 749,592 312009年11月 682,170 302009年12月 683,681 312010年1月 675,525 312010年2月 637,727 282010年3月 735,903 312010年4月 778,075 302010年5月 814,547 312010年6月 780,407 302010年7月 748,643 312010年8月 733,665 312010年9月 706,656 302010年10月 714,428 312010年11月 646,698 302010年12月 635,004 312011年1月 715,561 312011年2月 573,736 282011年3月 725,158 312011年4月 941,220 302011年5月 980,230 312011年6月 804,417 302011年7月 712,501 312011年8月 647,744 312011年9月 601,644 302011年10月 663,043 312011年11月 620,043 302011年12月 655,210 312012年1月 673,621 31累計 30,519,552 1,386日写真が無いと寂しいですね。
2012.01.31
コメント(0)
写真がアップロードできない過渡的なことかもしれないが、それでも気分は良くない。改善ではなく、改悪ではないのだろうか。縮小なのかもしれないが、説明があるが、余り親切ではない。アクセスの足あとの削除にしても、サービスの低下でしかない。ブログの時代も終わりつつあるのだろうか。足を引っ張っているのは誰かということでもある。写真をアップすることが目標の大きなポイントでもある。それが無くなるのであれば意味もなくなる。暫く様子を静観したいと思う。
2012.01.31
コメント(0)
和白干潟は、80ha の国の鳥獣保護の指定地域でもある。236種1万種といわれる野鳥が棲んでいる。先日の番組で和白干潟が紹介されていた。以前は26千羽いたのが、今は1万羽に減少してしまったのは、これも最近できた人工島や、環境破壊の所為であろう。生き物の小宇宙が展開して何とも素晴らしい世界でもある。 ・遠くヨーロッパや中国から飛来する野鳥たちの楽園だ。クロツラヘラサギは、絶滅危惧種で1000羽のうちの一部が飛来している。中国本土の奥地が開発のため追われて来たらしい。もう12年経過した。 ・あとスグロカモメもいる。ミヤコドリも30年飛来している。コウノトリもいる。ここは、都市高速で天神から10数分で来れる場所にある。 ・ひとと野鳥が共存できるかのいいテストケースになるだろう。それこそ、自宅から1キロも離れていない場所に野鳥の楽園があるのは嬉しいことだ。
2012.01.31
コメント(0)
教育とは、知識の習得ではなく、これから起きるあらゆる課題に対して、それを「自分で解決できる能力」を養うことだという。世界で最も教育レベルが高いというフィンランドの教育関係者のことばだ。知識の蓄積だけが重要視されるべきではない。寧ろ自分で想像し、考える力をどうしたら伸ばすことができるかだという。記憶力はコンピュータに勝つことはできない。それをどう効果的に使いこなすかでもある。自分の脳のパワーを引き出すことができなければ、勝ち残れない時代だろう。 ・これまでのやり方を真似ていただけでは先に進めなくなっているのではないだろうか。哲学者でさえ数学ができなければ数式を立てられない。小さな国が、巨大国をリードするようになるのではないだろうか。それは、優れた思想家が、どこで生まれるか分からないからでもある。知識は共有化すべきだろう。それがEUでは始まっているのではないだろうか。まず教育の一元化に取り組んでもいる。日本はどうなのだろうか。アジアはどうなのだろうか。アメリカは孤立化するのではないだろうか。 ・へ2・・・日本はアジアの中ではいち早く西欧の知識を学ぼうとしたが、現在はどうだろうか。新しい知識に対して貪欲であるだろうか。目先の損得ではなく、長い目で教育を考えるべきだ。そして、どんな事態が起きてもそれに果敢に取り組んで解決できる能力を幼児教育から始めねば間に合わない。>仏国寺
2012.01.31
コメント(0)
・大進化と小進化・自然淘汰と適応進化がある。・生存し繁殖することで遺伝子を次世代に 伝えること。・自然淘汰に目的はなく、進化は価値とは無関係であること。身につけたものを失う退化も 進化であること。・恐竜の絶滅も進化の過程である。 ・遺伝子・蛋白質・酵素・神経・ホルモン・脳内物質から行動が機序であり、・人間は、多細胞の生物 。・ある機能を果たすための行動のセットであり、戦略の進化を示す。 ・ダーウィンの観察によれば、雄間競争と雌による配偶者決定があり、 ・大きな体、 ・シンメトリー、 ・鳴き声など、が配偶者選択の基準となる。 >幣立神社
2012.01.31
コメント(0)
ひとの心臓ひとの心臓は、一日10万回以上拍動し、平均耐用年数は、70年間以上あり、その間25億回以上拍動する。その間保守点検や不凍液も必要ではない。機械装置のように性能アップもするし、無茶な扱いをしてもそこそこ無事に機能してくれる。この拍動する筋肉のかたまりは、小さな奇跡と言える。その信頼性の精確さにおいて、ロレックスの腕時計をはるかに凌ぐという。心臓は、これまでずっと体の中心的な臓器と思われてきた。心臓手術をした先駆者たちは、みな第一人者としての名声を手にしてきたが、いまでもまだ一部には、その能力以上に尊大な態度をとる心臓外科医もいる。からだをつかさどる存在があるがあるが、その機序さえ把握できないでいる。まだほんの一部の知識でしかない。医者の存在も社会的地位まで届いてはいない。>大濠公園。もうずいぶん出掛けていませんが。
2012.01.31
コメント(0)
森の如く生きよ森の中にいると安らぎを覚える。これは人間のルーツに根差している。森の中から出てきたからだろう。いつも出掛けている宗像大社も森の中にある。日本の寺社というのは森の中にあるのが普通だろう。それだけ森という存在はひとを安心させるところでもある。全国には8万の寺社がある。 ・古代日本の世界観が感じられる。宗像神社には高宮という建造物のない神域があって、そこにあるのは本殿があっておかしくない空間と樹木しかない。古代宗教では、樹木には神が宿るとされた。樹木は保護するために剪定されて太陽を目指して空に伸びて行くが、ここでは手を加えないようだ。そのまま枝が伸びている。その形が何とも興味深い。樹木の枝の強さというのは驚異でもある。 ・へ2・・・宗像大社には、毎週日曜日には行っている。2年になるからかなりになる。今年はどれだけ行ったか数えてみようと思って数えだした。今年1月は5回になる。時々境内の樹木をブログに載せているが、自分の興味はそこにある。自然のままにされた樹木がどのように成長するのか、それは人間の姿にも視える。>宗像神社 高宮
2012.01.31
コメント(0)
知識は古くなる過去にどれだけ学んだとしても、通用しない知識もある。というよりも常識が常識ではなくなっていくサイクルが短くなったり、早くなってきた現代では、5,10年といえども昔のままではない。孫たちがどんなことを学校で学んでいるかを観察して視ればすぐに解かることでもある。他人を軽蔑する前に自分はどうか検証してみるべきなのだろう。 ・自分は本当は何も知らないことに気付く筈だ。少なくとも私はいつも思う。知っていることを話す講師の話を聴いて、安心もするが、知らないことを聴くともっと嬉しくもなる。自分の知識も役に立たなくなりつつある。自分が頓珍漢な事を考えているといわれかねない。社会は変動し、人は老いるのであって、自分の時代も終わっていく。誰にも止められな不可逆の時間がある。 ・へ2・・・天に唾するものは、自分の顔に還ってくる。他人を蔑むものは自分もそうなる。社会が貧しいままでは、自分の老後も安泰ではない。自分の足で歩いて、夜明けの道で明日を目指す。
2012.01.31
コメント(0)
強かに生きているとはいえない本当に強い人間とはどういうひとをいうのだろうか。その時代によっても違うことは言える。軍人が威張っていた時代もある。武士の時代もあった。金融がエリートだったとか、モーレツ社員が持て囃されていたとか。先日大学の教授に健康のために何かしていますかと聴いたら、別に何もしていないと言われたが、それは本意かどうかは知らないが、詰まらない人だと思った。 ・自分のからだのことを管理できない人間に他人の心など解りはしないと思う。誰に威張って活きているのだろうか。それは社会に対する偏見でもある。国民はすべて健やかに暮らしていくことを社会は望んでいる筈だからだ。大学の教授が自分の健康を顧みず研究に没頭することを偉いとは思わない。早く死んで好い人間などいない。良い研究をするためには自分が健康でいなければいい仕事は出来はしない。 ・へ2・・・能力とは学力ばかりではない。この世界でよりよく生きることを知ることでもある。自分を大事にしない人は嘘も平気で付くだろう。科学とは、人を活かすためにある。真面目な人ほど謙虚である。それは自分を知っているからだ。社会的地位に目がくらんでしまう人間は詰まらない。>玄界灘
2012.01.30
コメント(0)
神仏習合本地垂迹(ホンジスイジャク)は、平安時代ごろからの神仏習合の思想でもある。時の権力者によって利用された宗教がある。宗教国から視れば日本の宗教は訳のわからないものに見えるのだろう。クリスマスだったり初詣だったりする。何でも都合のいいように考えている。素性のわからない民族だと思うだろう。それは言えないでもない。外国の良いところを自分たちに同化して利用して来た。 ・解かっているからできることと解かっていないからできるものもある。良いが悪いになり悪いも好いにもなる。良いと思ったがその時で変化もするからだ。日本にとって、アメリカも中国も、その時の風の向きで違うだけだろう。敵に味方にもなる。まあ国家とは似たようなものだが。成功が没落の原因にもなる。日本の時代も今では嘘のようだ。中国もバブルになるだろう。 ・へ2・・・栄枯盛衰。どんな人も社会的ステータスで変化する。老人は老人のような考えになるし、どこから視ても若くはない。老醜というが、どんな綺麗な牡丹だって最後は萎れて行く。五百羅漢の石仏を見て感じることはある。先日宗勝寺の露天の石仏も風雨にさらされていたがあれもあのままで好いのだろう。祖母が五木の子守唄をよく唄って呉れた。・・・雨は天から貰い水。>宗勝寺
2012.01.30
コメント(0)
いまも直ぐ過去になる気がつけばもう今日で2012年1月も終わる。31日間も過ぎる。当り前のように日々は過ぎてしまう。無事もあれば、そうではないこともいる。何事もないというのは平穏を意味しており、悪いことを指してはいない。寒いと思う日が続いている。南国九州というが、夜明け前の寒さで零下になることは殆どない年が増えている。 ・2.26事件のこともその日を気付かないかもしれないとふと思った。大事件があった日も時間とともに薄らいでいく。3.11も、そのうち忘れられる日が来るのだろうか。過去のことをどんどん忘れてしまう。そのことにあとで気付く。事件に巻き込まれ無残に犠牲になった人たちは、残された記録になっていくだけなのだろうか。どんな優れた叡智もそれを活かして遣うかでもある。穴のあいた靴下を捨てずに使っている。一々棄てていたら靴下はいつも買っていなければならない。 ・へ2・・・毎日15キロ歩いているから、靴下はすぐに破れてしまう。踵の皮が角質化して靴下はすぐに破れてしまう。穴のあいた靴下は以前は履く気にはならなかったが、今は平気で履いている。穴のあいたシューズも雨の時に困るだけで、舗道を歩くので、けがの心配は殆どないが、穴を見付けた妻が絶句していた。自分の人生を活きている。他人からどう思われようと気にしてはいられない。>宗勝寺境内。どこにも似たようなものがある。夫々意味があるに違いない。寧ろ意味のないものはこの世にはない。廃仏棄釈も何も訳の分からない参拝が行われている。
2012.01.30
コメント(0)
個性が確立しなければ自己主張もあったものではない。曖昧な態度は自分の考えが明確でないからだろう。これは幼児教育から養成されなければ至難なことでもある。それがない社会であったことも事実だ。個性を重視した教育ではなかった。社会の歯車としての人づくり優先されていたからだ。これは占領政策下の戦後教育の日本の悲劇でもある。 ・人権意識も、民主主義の思想も皮相的なものに過ぎない。人材育成の欠落も将来に禍根を残すだろう。現在国会議員たちが国民の代表者として国会活動をしているが、どれだけ国際社会で通用する人たちだろうか。党利党略で自己保身の器ばかりではないだろうか。金権や当選回数で総理が決められているだけではないのか。未だに出自やカネで当選しているではないか。頭は空っぽではないか。 ・へ2・・・何のための二院制だろうか。都合のいい解釈で政治がされている。現代を正確に理解した頭脳集団であり、真剣に政治がされ、国民による、国民のための政治だろうか?国民が真に期待している政治が行われているとは誰も思っていないのではないだろうか。それほど偏頗になってはいないか。何故雇用情勢は悪化し続けているのだろうか。それを黙って政府は見過ごしている。
2012.01.30
コメント(0)
そういえば自分の体温が低い。毎朝起きてすぐ体温を測っている。基礎代謝を高めるには体温を上げる必要がある。ウオーキングを始めて暫らくすると体温が上がり始める。免疫力も高まる。どうも自分が低体温だということをその時知った。体温と基礎代謝とは関係がある。体温が低いのは基礎代謝が低く内臓もそれだけ不活発。 ・自己管理票にこれまで体温を入れていなかったので、これからは計測したいと思う。よく手が冷たいと妻から指摘されるが、血流が悪いからだ。血管が大事。加齢とともに生命活動は劣化し血管が脆くなっても来る。血管は細くなったり、硬くなったりもする。体温も重要なポイントでもあった。 ・へ2・・・「体温を上げる」という本がよく出版されている。いつも朝の私の体温は35℃台ではないだろうか。ウオーキングをした後と比較してみようと思う。体温を上げるというのもひとつの視点ではある。免疫力を高めて風邪と闘いたい。
2012.01.30
コメント(0)
何が優雅な日々なのだろうか。それはその人次第でいい。誰にも決められないから好いのだ。勝手に決められたくはない。それを、決めたがる社会は、いい社会ではない。優雅であろうとなかろうと、それは変わりはしないだろう。自分でいいと思うことができる社会が一番豊かなのではないだろうか。できないことだから童話にもなる。うそをついて真実を語るのだ。 ・この社会はうそつきである。だからみんな虚偽なのではない。そのなかに真実がある。つくられた真実の中には真実はないからだ。なかは空っぽだ。宝は実体がないから宝なのだろう。簡単ではないから神秘的にもなるのだ。優雅であることは、果して美しいのだろうか?或いは幻想ではないだろうか。それこそ、すべてを失ったホームレスの暮らしが優雅なのではないか。乞食の生活が悟りの道だと説いたひとがいた。 ・へ2・・・山頭火は優雅な一生だったのかも知れないなあ。 うしろすがたのしぐれていくか
2012.01.30
コメント(0)
2012-1月 年月日 気温 起床 歩数2012/1/1 日 3 5;00 14,0082012/1/2 月 4 4;00 12,1132012/1/3 火 4 3;30 24,1522012/1/4 水 3 2;00 20,8382012/1/5 木 3 5;50 21,6242012/1/6 金 2 2;33 20,4672012/1/7 土 5;05 20,6652012/1/8 日 5;55 10,8152012/1/9 月 4 5;00 25,5252012/1/10 火 5 3;00 20,8462012/1/11 水 6 5;25 21,1182012/1/12 木 2 5;35 24,5842012/1/13 金 3 3;25 22,6182012/1/14 土 4 5;25 22,0602012/1/15 日 4 4;40 20,3052012/1/16 月 5 5;00 15,7892012/1/17 火 3 4;00 21,6362012/1/18 水 4 5;04 16,6272012/1/19 木 7 3;00 6,8412012/1/20 金 8 4;05 22,1522012/1/21 土 7 5;05 24,5652012/1/22 日 7 4;20 16,2222012/1/23 月 2 4;05 22,5102012/1/24 火 2 7;05 21,9942012/1/25 水 3 6;10 22,8422012/1/26 木 0 4;20 42,7452012/1/27 金 2 3;30 28,4262012/1/28 土 5 4;10 31,3052012/1/29 日 3 2;45 32,8752012/1/30 月 4 4:14 22,278合計 650,545冬の空は空気が澄んできて、夜空の星も奇麗に見える。夜のウーキングでは、晴れた空に月と木星と、西の空には金星と、火星までみえていた。どうにか去勢手術をしたネコも無事帰って来た。何が起きたのか、猫は解からないらしい。
2012.01.30
コメント(0)
生き残るためにすることいま手術しているイエ猫のオスの「ちゃ」は、子孫を残す事は出来なくなったが、それでこれからも自分の寿命を活きて、少なくとも自分の命を守ることになったと信じている。何があるか解らないが、ネコも生き残りのためにすることを乗り越えなければならない。男でも女でも、自分の活きる可能性を潰してはならない。すべてを喪失しても守るべきものはある。 ・世のため人のために尽くせますように、と願う心は尊い人間の素直で正しい真心でもある。ことばは魔術であって、それをどこでつかうかで全く違うものに変質してしまう。利用する心が歪めてしまうのだ。人は元来邪まではないが、邪な心に汚れ易い。権力は腐敗する。人は神には成れない。 ・へ2・・・妻が早く帰宅してくる予定なので、それを待って、去勢手術した「チャ」を引取りに行く。何も分からないでいるチャが可哀そうだが仕方がない。ネコのためにすることだが、ネコには迷惑な事には違いないだろう。勝手な世の中が生き物を活かしも殺しもする。自分を知ることは生命の大きなテーマには違いない。>和白干潟の野鳥たち
2012.01.30
コメント(0)
<太宰のぼんやり> ・太宰・・・女のマネ・・・女になることを意味している。 「女語りをするものは女である。」 ・女語りを太宰はやめようとしなかった。 ・太宰と鱒二との相違点 ・太宰も芥川も、生涯にわたり庶民への差別意識をもっていた。 ・「ぼんやりと待つ」・・・太宰の本質。 ・太宰:ブルジョアに生まれた。貧困に対して屈折したコンプレックスがある。 ・太宰は庶民の側にいないから庶民の側に立てない。庶民はケチ臭い。庶民の考えに共鳴できないという思い。 ・S5.S10年太宰は、鎌倉で自殺を図っている。鎌倉の「実朝」に対する思い入れがあった。実朝と太宰の距離。実朝になりきろうとしながら、距離を置こうとするという矛盾。 ・「似ている」・・太宰のキーワード。切っても切れない相手に対して使っていることば。 「富士には月見草がよく似合う」・・自分の思いを込めている・太宰は、とめどなく言葉が出てくる天才 といわれる。ロマネスクの変型。・太宰は、落語に親しんでいたことで、落語の話芸を知っていたこと。落語の造詣が深い。・太宰は、同じキーを叩き続ける。・太宰のユーモアの源泉・・・西鶴との関係。・太宰は、「カネのこと」に触れるときは真面目になる。「三界に家なし」。生き方が下手。・太宰は、自意識過剰の人。 ・太宰には意識の負い目があった。憎悪と愛情。兄は議員。貧しさを尊ぶ・・時代にマッチしていた。少しも旅先でも住民と会話をしようとしていない。 ・太宰の心理的コンプレックス・・あばただった。隠された幼児体験。 ・堤重久「太宰との七年間」・・なぞるように書いている。作品・・をそのまま評価できない。 ・作品だけが救い。芸術は私だ。という太宰が、芥川賞に落選した。自分の作品が無視された。才能をのばせないという苦悩があった。自意識と世間の作品評価との乖離と逆比例。 ・太宰にとって、芸術とは自分のこと。「芸術は私だ」 ・太宰の読み方は普通(単純)にはいかない。 ・「人間失格」・・・女性遍歴史がある。「書くものがない」一方的に書いている。 ・鱒二と太宰の師弟関係。師はいやなもの。オリジナル・・・めざめる。 ・「ヒューマンロスト」・・・「パピナール中毒」になり太宰は拘りを持っている。 ・太宰の入院。鱒二に入院させられたことを恨んでいる。 ・鱒二著「薬屋雛女房」で、太宰の病気のことを書いている。太宰の恨みは続いた。 ・太宰は、自然のままを書かない。へそまがり。老婆=自分の変型。(太宰の小説の原型) ・作家の発想はひとつでしかない。違った作品に見せかけているだけ。それが上手いか、下手かの違いでしかない。それから抜け出せない。 ・「背後にひそむ何者かがいる」「死は背後にある」・・・気付かない。 ・太宰の純潔に対する考え方。嗅覚の比喩。悪臭という表現を使う。 ・文壇・・・ 井伏、川端。 太宰は、疎外されていた。集団嫌い。被害妄想。 ・富嶽百景は問題作。富士をどう描き分けるか。見方はTPOで変わるのは、見方が変わるから変わる。 ・小説に使う「私」を使うのを嫌った。大庭葉蔵ペンネームとして気に入っていた。「人間失格」に出てくる。 ・「滝」をみたら滝を忘れない。 ・「ぼんやり」・・・作家になろう。しかし作家はぼんやりと書くときは実は本気である。 ・恥ずかしことを書く。本当のことはなかなか書けない。作家になりたくない。 ・「ぼんやり」という表現。・・・アンニュイ。ボードレール。 ・ストーリーがない。分かり難いのは当り前。・・・太宰の本質。 ・才能のある人間のある話を書く。小説家が、小説家を書く。 ・川端を憎んだ。菊地寛は、当時文壇のボスだった。芥川賞に絡んで太宰は落選。 ・昭和10年は、太宰のターニング・ポイント。 ・道化の華。道化の精神(太宰の道化) 身健やかに 世のため人のために尽さしめ 給へと かしこみかしこみもうす
2012.01.30
コメント(0)
従士団は、原則的には主君のまわりに集った自由人男子の戦士たちの共同体である。従士制についての具体的な叙述が中世の英雄叙事詩のなかに、すなわち、北欧のサガ、アングロサクソンのべオーウルフ、ニーべルンゲン伝説、グードルーン伝説の中に見られる。これらの叙事詩は、「従士叙事詩」ともいわれる。従士を率いていたのはたいてい国王や太守たちであったが、北欧では、従士団がこれらの者たちに独占されていたとはいえない。むしろ従士団への加入は自由意志に基づき、自由人男子であれば誰でも加入は可能だった。若者のなかには名声と資産を得る為に、信望ある従士団の首領の屋敷に行って、しばらくの間仕える者もいれば、高齢まで主君の屋敷にとどまる者もいた。デンマーク、ノルウェー、スウェーデンの王権の強化は、従士団の拡大を齎した。親衛隊として君主の宮廷で生活するものは一部に過ぎず、従士たちは自己の所領に居住した。このアルカイックな組織は、国王の支配権や国家構造の重要な構成要素となっていた。フランク王国の建設は、ゲルマン人の民族移動の中で最も重要な出来事のひとつであった。ヨーロッパのその後の発展に影響を与えたからだ。ゲルマン人とローマ人の共存により、ゲルマン、ローマ末期、およびキリスト教に由来する制度、生活形態および理念の融合が招いた。フランクの従士制はゲルマン起源の要素のひとつである。しばしば、奸計と暴力が行なわれた。国王は自分の競争相手の家来を唆し主君を裏切らせた、それが成功すると今度は、不忠な従士には贋物の金で十分だとした。騙しのテクニックは、詐欺や強迫の類であり、それが人々を翻弄させた。他人を信用できない歴史的体質だ。西欧社会のそうした歴史が、彼らの複雑な人間関係を創り上げていったのではないだろうか。他人を信用しない体質でもある。 憐れなオス猫は、いまごろ去勢手術を終えているのだろう。夕方に引き取りに行く予定である。>宗勝寺
2012.01.30
コメント(0)
「天才と分裂病の進化論」から、確定した事実の要旨とは、1、人間とチンパンジーは、共通した祖先であること。2、ヒトは、殆ど皮下脂肪がなく、菜食で、言語を持たず、半ば樹上、半ば地上で生活していた。3、原人の遺骸の発見は、川辺、湖畔、海などの水辺であること。4、人間に必要な放熱システムには、水が供給されなければならない。腎臓はあまり水を貯蔵できず、皮膚や裸の身体は汗によって効果的に冷やされる。人間に充分な水がなければ、死がおとずれること。5.人間とチンパンジー・類人猿との違いは脂肪である。脳の大きさ、皮下脂肪の蓄積、体形は、すべて脂肪が関与している。6.分裂病は、人間が分岐する前に人間に入ったこと。7.人間が、以前の脳の大きさのままで、人間としてジャンプしたのは謎であり、こころの機序が未だ説明できないこと。 科学的解明が確定した事実から、物事を出発するのが有効であろう。余計なことを知り過ぎて挫折を味わうことになるのは、減数分裂に学ぶことができる。長文過ぎると駄文になるのと同じように、できるだけ無駄をなくすことが必要である。科学の解明は単純ではないが、言葉に置き換える能力がいるのではないか。膨大なコストを払うことになるが、生命の機序が解明されねば次のジャンプはできない。>昨日の車検の時、トヨタのショールームでみかけたプリウス。
2012.01.30
コメント(0)
「ひとはしばしば愛から野心へ移行するものである。しかし、野心から愛へ戻ることはない」(ラ・ロシュフコーの「マクシム」)戦争・飢餓・パニック・大災害などの極度の社会的混乱は、恐怖・疑心・自信喪失・無気力・狂乱の状態を惹起する。そこにあるのは意味など存在しない狂気であろう。然もそれは、コトの一つでしかなく単なる事象でしかない。ヘーゲル的な見方に立てばコトそのもの。コトとは、次のようなモノを指す・事由、事宜、事理・事実、事況、事情、事象、事態・事件、事故、事変・事例、事項、事務、事業ものの世界とは、客体としてのものと、事物化されたコトで成立つ。「こころ」の多様性とは、・こころは、知・情・意の根本の働き・思考、志、思惟、思慮・中心・根本・思い遣り、情け・趣向、工夫 etc感知・認識・思考の能力を意味している。想像力を豊かにし、知性を活性化することでもある。デカルトの「コギト・エルゴ・スム」が出てきたので、まあそのあたりの本であろう。それほど興味はないが、面白いフレーズが出てきた。「青春とは、絶えざる陶酔のことである。即ち、それは理性の熱に浮かされた状態なのだ。」「おおかたの女性たちの才智は、自分の理性よりも自分の狂気を強めるのに役立っているだろう。」どうも暗い室内で目を悪くしたのか、本が読めなくなったので止めるけど、あとで推敲します。
2012.01.30
コメント(0)
今度は、ネコの去勢手術去年春に生まれたオス猫の仔猫もいつの間にか発情するようになっている。手に負えないので、去勢手術をすることになった。随分猫の勉強をしたのは、愛猫家の妻子たちで、私はそばで聴いているだけだが、ネコの生態も少しは解るようになった。人間も、度一切苦厄というが、ネコも毎日が苦厄かもしれない。 ・今回は、茶色のネコで、もう一匹黒の兄弟がいる。これは少し小さいが、そのうち去勢手術をしなければならなくなる。次が一番小さい仔猫がいる。人間と同じで体格のいいだけ発情も早いようだ。毎朝猫から起こされるし、ネコとの暮らしも、結構大変だが、ネコのために仕事をしているような妻子たちがいる。家族というのは不思議なもので、「たが」になるものがないとまとまりが無くなるのだろう。 ・へ2・・・共通するものが必要なのかもしれない。子は鎹と言ったりする。たがも同じだ。疲れて帰ってきた妻子が、ネコに癒されているのを見かけると、文句も言えなくなる。好きに生きていける間が、極楽なのではないだろうか。死んで極楽浄土したいとは思わない。それはそうであって欲しいと願った人たちの夢であり、願いでしかない。私は、ネコが好きでも嫌いでもない。>今日去勢手術をするのは右端の茶色で肥満気味。
2012.01.30
コメント(0)
新しいスニーカーで何度か、ウオーキングで靴を履き潰している。最初は足に肉刺が出来たりした。今回は靴底に穴が開いた。一日2万歩を4年近く続けている。距離にすると2万キロを超えた。こうなったら地球を一周4万キロを達成したい。1日15キロと試算すると、10日で150キロになる。一月は、昨日までで62万歩を超えている。 ・昨日新しい靴を買ってきたので、今朝から履いてみるつもりでいる。履き心地はどうだろうか。ウオーキングをしていると解るが、どんな靴を履くかで気分も違う。どんなに寒くても、足の裏から温かさを感じてくる。これまで自分の足が、それほど関心がなかったが、毎日歩いていると、自分のからだを支えてくれる存在の重要性が解かる気がする。 ・へ2・・・ヒトは二足歩行をすることで巨大脳を可能にしたのだし、重力に逆らって運動することが、健やかな暮らしの基本でもある。そのための快適な靴は、大事なポイントでもある。さて今朝は新しい靴で気持も新たに頑張りたい。
2012.01.30
コメント(0)
価値を発見する人はみな偉大な生き物だと思うが、その価値を見出し得るかという課題もある。人だけではなく、生命が偉大でもある。それを活かしきれずに大抵終わるのも事実だろう。詰まらないものにしているのは、身を守るという使命の難しさでもある。ネコは自分のミッションを理解しているとは言えない。人間にはそれが解かるという違いはある。その差は小さいものではない。深く洞察できるという能力は、それだけの脳を所有しているものの価値でもある。 ・自分にある数値目標を以って生きるということを足掛かりにしている。病院では、採血や採尿をして検査をし、患者と面談して、その診断をする。検査結果は、その間のからだとメンタルの記録の結果でもある。正常値と自分の目標値と、巧くいったりいかなかったりする。言えることは化学反応の結果でもある。そして思うのは、人間のからだの複雑さであり、それは一つの証明でもある。 ・へ2・・・それこそそろそろ4年間毎日朝夕1万歩を歩いている。休みなしだ。雨の日は止めている。歩いていると、自分の気分や体調や、環境や季節やどんな世界に自分が住んでいるかなど、これから何をするか考えている。目標の数値は、自分のからだの状態を、意識だけでは解からないものを教えてくれる。数値管理が目安になる。>福岡市
2012.01.29
コメント(0)
ルソーの言葉 「社会の基礎を検討した哲学者たちはみな自然状態にまでさかのぼる必要を感じた。しかしだれひとりとして、そこに到達した者はいなかった」(『人間不平等起源論』)「虚栄心を生む者は理性であり、それを強めるのは反省である。-人間が苦しんでいる人を見て、「おまえは滅びてしまえ、私は安全だ」と密かに教えるのが学問である」。「ある土地に囲いをして、「これは俺のものだ」と宣言することを思いつき、それを信じるおめでたい者たちを見つけた最初の人間が政治社会の真の創立者であった」「各構成員の身体と財産を共同の力すべてによって保護する結合の一形式を見出すこと、それにより各人が全員と結びつきながら自分自身にしか服従せず、以前と同じく自由であること、これこそ根本問題であり、社会契約がそれを解決する」(『社会契約論』)「人民が十分に情報を持って審議するとき、市民が相互の意志を伝達しなければ、わずかの相違が多く集まってつねに一般意志が生まれる」「民主制という言葉の意味を厳密に解釈すれば、真の民主制はこれまで存在しなかったし、これからも決して存在しないだろう。多数者が統治して少数者が統治されるということは自然の秩序に反する」「統治者が市民に向かって「おまえの死ぬことが国家に役立つのだ」というとき、市民は死なねばならない。
2012.01.29
コメント(0)
<作品> 「女神」、「フォス・フォレッセンス」、「朝」、「斜陽」、「おさん」・敗戦のあと太宰は死に向かう。マタイ伝に触れる。・アウフヘーベンすること。・「斜陽」天皇制とのつながり。外側から見ていてはわからない。「斜陽」は「桜の園」ではない。太宰は革命ではなく、解体に向かう。・解釈が安易ではない。MCの解釈。太宰と聖書。・母なる存在。 「女 神」・細田の「斜陽」と同じ、人名を使っている。・細君の姿・・・女神。信仰の世界?アナロジー?母なるもの・・存在。・男性がだめになる。病んでいる。・男に欠落したもの・・・女語りの意味。・狂人であろうとなかろうと構わない・・・細君の考え。常識を超えている。・細田は、敗戦後の日本の姿を象徴している。「フォス・フォレッセンス」・女神から続いている観念がある。母の存在。・現実と夢想。・フロイト。・私・・男。・それが・・・何かを太宰は云わない。全部を言わないで書いている。親友とは?・羽左衛門・・・についての太宰の考え。・芸術家と市民(太宰の生涯のテーマ)トーマス・マン、森鴎外。・「トニオ・クレーゲル」の影響がある。市民になれない・・トラになる。芸術家はトラである。心の中に虎を飼っている。市民にはない。・正気と狂気。・・天才と才能。ある種の異常さ。・漱石・・時々、顔が変わる。・太宰の狂気はこれとは少し違っている。・山の男と芸術家は相似している。街には住めない。・当時の知識人は太宰を信用しない。 そこで市民の存在。・ロマン主義者でありたいという太宰の理想がある。リアリストではない。先鋭的なクールさ。意外に現実家。未だ夢想の側にいる。 「朝」・夜の次の朝の意味。・男の仕事。・「・・・キクちゃんは、じつとしていた。」瀬戸際が去っていく。そして朝になる。・貴婦人が、平気で小便をする。「斜陽」にモチーフがある。・バイブルが出てくる。難事を乗り越える。・「明り」がててくるのは要注意。 「斜 陽」・弟・・・世間と交渉できない。交渉が下手だという。太宰と同じ。・敗戦後の日本の姿を描いている。・象徴がわからなければ芸術を理解できない。母・・キリスト・・襟巻・・うけつがれること。第三章が冒頭は、母子像に重要性がある。・「水田が素晴らしい。」当時の太宰の意見は正しい。現在の日本を言い当てている。・数子の胎内の子が問題。継承されるものとしての存在。・太宰の「空」は象徴的表現。「青」梶井基次郎もおなじ。・「趣味の悪い家」・バラが咲いた、も象徴的。・「国破れて山河あり」は、中国では、敗戦ではなく、離散することの意。・堀辰雄「あら野」・・・数子の心象。夢が破れていく。・太宰の「怪談好み」・・・蛇が出てくる。・冒頭の貴族の書き方がうまくないと批判された。母の姿が貴族ではない。・貴族の没落。「細雪」「桜園」「ともしび」・弟の麻薬中毒。没落の原因。・「私の恋は消えていた」自分の思いが重要である。片恋。相手の恋はどうでもいいこと。・尋常なモラルでは成り立たない。女しか革命は起こせない。自分の子によって。MCの意味。マイ・クライスト。肉体としての子ではなく、精神としての子。没落した家の子ではなく、数子の子として継承するため。子供にすべて託される。・ピエタのマリア。・数子と直治は象徴的存在として書いている。太宰のロマン主義。・蛇の子・・・まともな子ではないことを匂わせている。・西行の「桜」・・夏の好きな人は、夏に死ぬという・・・。・徒然草の引用がある。 「おさん」・女語り。・心中。・自己嫌悪。革命家の犠牲になる。・おさん・・妻の比喩。・細君から見た夫。敗戦後の日本の男の姿。・遠いところを見る夫。魂の抜け殻。・「革命は、平和な家庭を破壊する」・招魂祭とパリ祭。・蛇のモチーフがある。・狂気になる夫。(太宰のこと。)「狂ったほうが、気が楽だ」・家庭の幸福を考えていない夫。・テーマ上で「斜陽」に近い作品。
2012.01.29
コメント(0)
深夜、グレートヒエンの部屋で逢引するために、ファウストは母親に睡眠薬を飲ませることをグレートヒエンに承諾させる。ところが、結果的にはそれがもとで、母親を死なせてしまう。 私はあなたのために余りにたくさんのことをしてさしあげて、 私にはも何も残っていないような気がします。18世紀後半のドイツでは、結婚前の妊娠は、世間の笑いものであり、世間的に抹殺された。この時代の結婚と恋は別という現代の風潮とは大きな隔たりがあった。戒律の厳しい時代で、恥ずべき行為を犯したと看做された。グレートヒエンの兄、ヴァレンティンはいう、 ・・・ もうまざまざとその時が見えるようだ。 堅気の町の衆は 疫病から出た死人を避けるように 売女のおまえを避けて通るのだ。世間的に抹殺された形でしか、あるいは身を売る形でしか生きていくことができないグレートヒエンの将来がまざまざと描かれている。それは、立ち直りを拒否して、むしろひとを徹底的に破滅に追いやるものでしかない現実が横たわっている。恋人を愛する余り、仕組まれた罠に嵌る娘たちの哀れな姿でもある。ゲーテは何をいいたいのだろうか?
2012.01.29
コメント(0)
2012-1月 年月日 気温 起床 歩数2012/1/1 日 3 5;00 14,0082012/1/2 月 4 4;00 12,1132012/1/3 火 4 3;30 24,1522012/1/4 水 3 2;00 20,8382012/1/5 木 3 5;50 21,6242012/1/6 金 2 2;33 20,4672012/1/7 土 5;05 20,6652012/1/8 日 5;55 10,8152012/1/9 月 4 5;00 25,5252012/1/10 火 5 3;00 20,8462012/1/11 水 6 5;25 21,1182012/1/12 木 2 5;35 24,5842012/1/13 金 3 3;25 22,6182012/1/14 土 4 5;25 22,0602012/1/15 日 4 4;40 20,3052012/1/16 月 5 5;00 15,7892012/1/17 火 3 4;00 21,6362012/1/18 水 4 5;04 16,6272012/1/19 木 7 3;00 6,8412012/1/20 金 8 4;05 22,1522012/1/21 土 7 5;05 24,5652012/1/22 日 7 4;20 16,2222012/1/23 月 2 4;05 22,5102012/1/24 火 2 7;05 21,9942012/1/25 水 3 6;10 22,8422012/1/26 木 0 4;20 42,7452012/1/27 金 2 3;30 28,4262012/1/28 土 5 4;10 31,3052012/1/29 日 3 2;45 32,875合計 628,267月と金星と木星と西の空に輝いていた。もう一つ中天にあったのは火星だろうか。どうやらあと2日あるが、一月の一日2万歩の62万歩のトータルには達したようだ。今年も1年気を抜かずに頑張ろうと思っている。
2012.01.29
コメント(0)
なぜ変貌するか?経済社会はなぜ変化し、変貌しなければならないのか?アメリカと日本の経済について、リーマンショック以後と以前について、学んできた。金融資本主義のあとにどんな経済・社会が来るのだろうか。経済の変貌は必ずある。成長と危機は循環する。果たして資本主義は変質するだろうか。そこまでは見通せないようだ。講師は最後に二人印象的なフレーズを紹介された。 1.資本主義はその成功ゆえに没落する。(シュンペーター) 2.何も根本的に変化しないためには、すべてが常に変化しなければならない。 (ヴィスコンティ監督「山猫」) ・上記(1)の「成功」の中にはリスクを包含しているのではないか。完璧な成功もないからだろう。何を成功とみるかもある。(2)は、何も変化しないものはないのではないか。変化しないという前提が問題だ。資本主義が利潤の追求という意味では、モノやカネを商品化することによって成長をしてきたが、それが人に向かっているのは最近の傾向でもある。ひとや心まで商品化しようとするとすれば、あとがないような気がしてくる。 ・へ2・・・「順調な経済社会は必ず危機に陥る」。というのは人体に喩えれば必ず病気になるということでもある。それを克服できるかどうかであり、経済社会ではそれ(病気)は「危機」と呼ばれる。今後の経済の変貌を見極めるだけの能力をもちたいものだ。
2012.01.29
コメント(0)
資源は無尽蔵ではない。人間も同じだ。限られた時間と限られた世界で生きている。個人にとって、未だ自分のスペースを選択できるが、いつかそうもできなくなる。のびのびしていられるのにも限界があるだろう。私たちはただ黙って、それを受け入れるしかないのだろうか。一生恙無く生きられれば幸福といえるだろうか。何か今しなければならないことが私にもあるのではなかろうか?それが、正直な気持ちでもある。 ・石炭や石油や、或いは人間の生命でさえ限界がある。自然は、人間の文明や社会的活動を後押ししてくれた。私たちは子孫に誇れるものを残せるだろうか、悩み始めている。彼らの健やかな一生を守るべき資源を残すことができるだろうか?それだけの時間と智慧があるだろうか。生気を失った残骸だけを残すのではないだろうか。勝ち負けや損得だけを追求している社会が、人間の叡智といえるだけの資源をのこせるのか? ・へ2・・・個人主義の限界があるのではないだろうか。無謀な野心がすべての存在を絶滅させ、目的を見失いショートしてしまうかもしれない。そう思い始めてはいないか。少なくとも個人としてそのことを思っている。人間の未来を類としての存在として考えることはある。そろそろ部屋の中にたまった資料を整理しなければならない。このままではゴミの山になる。後継ぎはいないから、妻子はすべて焼却場に捨てるに違いない。消されないためにもこれから少しは残ったエネルギーを使わねばなるまい。今年5回目の宗像神社参りをしてきた。
2012.01.29
コメント(0)
魂が足りない ブラウニングは19世紀の英国の詩人。第二行目は「最上のものはこれからくる」とつづく。「われとともに老いよ」は詩人の口にふさわしいよいフレーズである。「春風春水一時に来る」ごとく、春が来たかと思った急に冷え込んで寒の戻りを味わっている。気紛れなのは人間だけでもないようだ。 Rachel Carson は、56歳で死んでいる。環境汚染を警告したひとでもある。自然の価値を知る人が早く死んでしまうのだろうか。エコロジーが彼女のコンセプトであった。 われ見ても久しくなりぬ住吉の岸のひめ松いくよ経ぬらん (作者不明) 日本人のそういう松の伝統の中に育った来たという文化が、この古松の長寿をめでたく詩的に受け取ることができるのだろう。それが古典文学を持つ国のゆたかさでもある。龍之介も多くの作品で、「松林」をある感情をこめて描いている。古典文学が自分の国にあることは、そういう意味では大したことかもしれない。古典を読む力を養っていることは、つまり人生の知恵を知ることができることであり、その蓄積の恩恵にも浴し、楽しむというゆとりがあることでもあるからだ。 そうした日本の古典を、現代社会は如何にも陳腐なこととして遠おざけるのは全くあたらないのであり、外国の古典も決して外国の昔語りに過ぎないのではない。人類が営々と経験した積年の叡智が含まれている。むしろ泡沫の表現を有り難がり、功利に走る経済社会をこそ警戒すべき現象だろう。 ある名画工がいう。 「見な、あれはラファエロという五年前に死んだ男の描いた画だ。腕のつけかたなんか間違っている。チョークをよこしな、直してみせる。こういうふうにならなくちゃいけないのだ。だが、精神というやつ、心、魂、これはどうにもならない。おれあやつに、かなわない、やつの画は天へ昇っている・・・。」 精神が、魂が足りない、あまがけるものがない、世俗に汚れた画工や教師や小説家たちがたくさんいるのだろう。
2012.01.29
コメント(0)
車検車検が終わったので、車の引き取りに行って来た。車道を通ると5kmあるが、近道だと5,000歩くらいしかなかった。写真を撮りながら歩いたので、40分くらいだった。昨日よりも気温は数℃高いようだ。穏やかな天気だった。このまま用事がなければ立花山に登りたいくらいだ。 ・自分の娘はどうも思うようにならないが、よその娘には気楽に話ができるというのも鳥渡アイロニカルである。車検も検査の結果報告を聴いた後、担当の女性とお喋りをしたが、今年の4月に結婚をするそうだ。仕事はこのまま続けるそうである。 ・へ2・・・それだけ悧巧な女性でもあるのだろう。相手の話を良く聞いて理解するということが、社会人の基本でもある。それができるかどうかで能力も解る。解かる人にしか話さない。社会人として生き残ることも決して容易ではない。
2012.01.29
コメント(0)
<作品> 「名人伝」・最期の作品と唯一のエッセイ。・今回の講座の参加者は50人。男が8人。・レジュメ2枚参照。・「名人伝」「列子」・「名人伝」の最後の意味がよくわからない。定説が無い。・名人の先生と弟子の実力差はない。象徴的な中島の最後の作品である。・中島本人は自分が死ぬと思っていない。・死の直前に書かれた戦時下のエッセイである。文学を忘れていた。戦争が始まって文学を忘れていた。大雑把な人間になってしまっていた。おぼろげながらわかってきたこと、戦争は戦争、文学は文学でしかないと思っていた。文学の現実社会での無力。・正直な気持ちを中島は書いている。・戦争という時局を考えると、文学は意味が無い。思考忌避性をもつ。・病気で苦しい息の下にいるが、まだ自分が死ぬとは思っていない。・古典にテーマを求めている。当時は、他の作家たちにもある。・英文科に進まなかったのは何故か。当前のレールに進んでいない。時局を考えたのだろうか。・最後には、馴染みの漢学に戻っている。直線的ではないところが注目すべきである。・李陵は、自分の措かれた状況を視る必要がある。戦時下であること。・研究が古典である意味。時局に妥協しないでいたい。題材が違っている。 「名人伝」・主人公は、何かに憑かれた人間のテーマ。作家の傾向としてある。・弓に憑かれた人間。別のものに措きかえれば何にでもある。・草稿と決定稿と違っている。草稿では、冒頭の部分の前のことを書いている。小説を書くとなると書きだしが問題になるが、草稿のはじまりが波乱含みであり、実際は、無難な書き出しになっている。この方が優れている。シャープになる。・紀昌。・「のべてつくらず」。作家の基本姿勢であった。・「邯鄲」。夢枕。一炊の夢。名人になったのも夢。「邯鄲夢枕」の故事。・何故邯鄲か。場所の意味。・本当は、「邯鄲のあゆみ」。四つん這いになる。予想外の見方。読みが分かれる。・すべてが夢になるという解釈。・象人(木偶)のごとくになる。・人間の理想は赤子になること。(老子の理想)無為に化す。・石川淳は、作品だけが残るのが理想という。・紀昌の末路。こっちとあっち。・三島は、老いの哲学を信じていない。・出家・・・あっちにたつこと。醜態を晒す事。・自我が喪くなることではないか。・ある道に到達した人の事。憑りつかれている。自我は苦しみが伴うものである。・そこから解放された状態。・中島には、到達点ではないのではないか。・30歳過ぎた頃の自我でしかないのではないか。・生臭過ぎる。自我が強いのではないか。・歳を重ねるごとに理解が深まるのではないだろうか。・紀昌は老人になっていく。そのままリアルに描いている。衰えて行くがままに書いている。驚かそうとしている。・鴎外が書くとあとあとまでのことを書く。それをしない筆法である。末路まで書く。そういう目がある。・末路を書く。一辺倒ではない。「弟子」と違う。人はそれぞれ違う。・一見違うものを書く。最後が違っている。読者の違いで思いも違う。・穏やかな書き出しをしている。比較している。波乱も考えた。・(述べて作らず)。作家の考え方。・飛衛から課題を出される。・「列子」の「名人伝」引用である。・原典にないものは人間的なもの。・虱の話もある。・生々しく書くのが中島のオリジナル。・ただし、アランポーの小説に「スフィンクス」がある。虱の話。・虱が大きく視える。窓辺で大きく視える。・誇大にみえる。・誇大誇張にみえるがそうではないかもしれない。・古代では、日にちはない。10日のちなどはない。・現代では、日数の細分化。・草稿の部分を、飛衛と闘う部分に出てくる。ライバルになる。単純に移したのではない。決定稿の方が優れていると思う。・老名人の「不射の射」を効果的に変えている。・木偶のでてくるところが違っている。ポイント。意味も違う。・中島の哲学。原典にない木偶が遣われている。象人と木偶。・木偶の配置が問題になる。「ようふん録」では冒頭に出てくる。・木偶はキーワードになる。・飛衛のことばは、アイロニカルか?シニカルか?・邯鄲の都がでてくると注意すべき。・飛衛の評価が決定的。天下一の名人。見間違えたか。・真っ白になった状態をどう視るか。アイロニーか。・深読みしてしまったか。そういうことも考えられる。・人前で技術を披露しない。・紀昌は何にも云ってはいない。どう読んでもいいのではないだろうか。どちらに読んでもいいように書いている。作家だけが知っている。・駄目な人間なのか、名人なのかよく解らない。・道具を遣わないでことをなす。・名人は、それを超えていることかもしれない。老子。無為にしてかつ。・老子、荘子、列子を中島は読んでいる。・自我の解放ではない。・当人にはどうでもいい。他人のうわさは気にしない。・「雨月物語」宗教の対立がある。執念が消えない。往生していない。・その後の紀昌の意味。・いい意味で、作品について意見が分かれるのは良い作品である。・鴎外から中島の学んだ手法で、だらだらと書いている。鴎外の歴史小説の書き方から学んでいる。
2012.01.29
コメント(0)
猫悲しい やっと「吾輩は猫である」を読了したが、なぜ酒に酔って水死せねばならなかったのだろうか?漱石の頭の中には何があったのか?私の頭の中の眠った部分にある感性は、歩いているときに目覚めるようだ。リラックスしないと出て来ないアイデアもある。何故人は好きなひとでなければならないのか。脳内ホルモンの量の違いがある。それこそ漱石の猫は偉大な猫であった。仮想の猫だが、殺すのは惜しい。 ・漱石にあれだけの猫を想像することが出来たのだから、もし猫がそのまま生きていたら面白かったに違いない。登場人物たちをそのまま大正から昭和を見せてやりたかった。汽車が文明のシンボルだった時代から、遠くまでやってきた日本だが、漱石の猫がいたころとどこが違うだろうか。猫は立派な批評家であった。ネコの発見は、相手の身になって考えることを教えている。 ・へ2・・・漱石の猫の最期は悲しい。うちの猫たちも次々死んだ。それでも10年生きていた猫もいた。私はその白猫が嫌いだったが。白猫は根性があった。ガッツがあった。追い払っても負けずに居続けていた。妻子は、私が好かないのを知りながら「にゃんこ先生」といって可愛がっていた。私への反発もあったのだろう。その白猫が死んだとき、寄生していた虱がどっと出来て来た。動物の最期は無残である。人も同じだ。>風化していく文化がある。
2012.01.29
コメント(0)
ネコが好きではない犬派と猫派と二分されると聴いたことがあるが、それは敢えてという意味だろう。子どもの頃からイヌは飼ってことがあるが、ネコはその経験がない。ノラ猫を追い回したことはあるが。それでも何の因果か知らないが、今我が家には5匹のネコがいて、そとにもいる。あまり素性も解らないネコどもだが、愛猫家が家の中にいて結構癒されているらしい。 ・私も、昔から異性には苦手意識があり、係わりたくないのでネコぐらいと見逃がしてきたが、ネコの方からよってくるのは如何ともし難い。お宅猫でしょうということばに引き取った猫が、私のネコのように言われている。そいつがどんどん大きくなり、いまでは走り回るようになり、昨日も家を飛び出して、一日外で遊んでいたが、夜になって帰ってきた。これ幸いと思っていたがあてがはずれた。 ・へ2・・・どれだけ可愛がっても、ネコは猫である。人間とは次元の違う世界にいる。ネコの都合まで構っておれないが、ネコも生存競争が厳しいようだ。いつもその仔猫が、私の寝ているところに来て顔を舐めたり、顔の前で尻を向けて座るので、どうやら親とでも思うらしい。「俺は娘が二人でも手を焼いているに、お前の面倒まではみないという」がそれが通用しない。今も膝の上で眠っている。
2012.01.28
コメント(0)
いつの時代も愚かであるアメリカは、第二次世界大戦で勝利国となり、世界の覇権を握ったような振舞いをしてきたが、世界の警察として遣って来たことは戦争の継続でしかなく、それは自国を繁栄に導いても来たが、破滅への道にもなりかねない。「それが成功ゆえに没落もする」という例の法則でもある。作用は反作用を招くのであり、原因と結果の因果律でもある。 ・敗戦した日本は戦後戦死した人は名目ではいない。アメリカは、どれだけの戦争に係わり、徴兵されたアメリカ兵が戦死してきただろうか。それはアメリカ人が正当に選挙された国会で決めたことであり、アメリカ人が自分で望んできた道と言えないでもないが、本当にそれで好いのだろうかと思わないでもない。アメリカが一番だという大統領の言葉がむなしく聴こえてならない。 ・へ2・・・建前と本音の違いわけをうまく遣い熟してきた欧米社会が、その実態を暴かれるのも自業自得だろう。国際社会もいつまでも愚かではない。一部の特権階級の甘い汁も続かないだろう。個の寄せ集めでしかない国家は、やがて分解もする。求心力を喪う時が来る。栄枯盛衰は世の習いだ。「平家物語」は、今の世でも良き教本でもある。
2012.01.28
コメント(0)
世間と私自分の考えとは違う世間があり、それはそれで仕方がないと思わないではないが、勘違いされると困ることがないではない。それは自分の過失もあるが、そうとばかりは言えないかもしれない。世間があって私もあるのだから、自分を先に考えると間違いもする。腹が立っても自分の思い上がりもあるに違いない。世間に負けてばかりも居れないが折れる所は折れねばならないのが常だ。 どういう因果かこうしているが、それも悪くはないが、困ることになることもある。「莫迦は死ななきゃ、解からない」。死んでからでは取り返しが利かないが、そうなるのだろう。科学を利用し、それで自業自得にもなる。利用して措きながらあとで迷惑だと言っても遅い。便利に生きてきたが、それで苦しまねばならないのがある。色が好きで、あとで厭になったからと言っても、知らないふりもできない。あと始末をしなければならない。それがなければけじめがつかない。 ・へ2・・・「面白」の語源というのが、天岩戸神話の 「天晴れ、あな面白、あな楽し、あなさやけ、おけ!」と叫び、ともに歓び踊る。から来ていると歴史読本にあった。それは、アメノウズメノミコトの踊る姿がぽろりとみえて、それをみた神々が、いっせいに花が咲いたように大笑いして騒いで踊りだしたという。何が種になるか解らない処がある。それが人間性でもあるのだろう。おおらかな時代があったというべきだろう。>昨日の宗勝寺(福岡市東区)の石仏。
2012.01.28
コメント(0)
・「セトナ皇子」・・・英文の文献。かなり前の作品。ミイラ。「セトナ王子物語」。先行論文はない。・ミイラとの対話。・余り調べられてはいない。・レジュメ2枚・ショーペンハウエル・作家がどの本を読んで書いたか?・怠けものにはできない。・段々勉強しなくなっている。・「北方行」は、最近注目されている。日中戦争。時局。・風俗小説でもある。時局もあるすべてがある。教養小説。・彼が何を読んでいるか。成長。主人公が成長していく過程を書く。・三造・・・成長していない。必ず成長しなければならないのではない。安易では意味が無い。・「プウル・・」と「北方行」は、同じ三造ではない。・三造の家族問題。・出生が彼の問題でもある。母を「その女」と書いている。・そのまま書いているのではなくフィクションもある。大枠は変わらない。・義母から苛められて育った。父への反発。・家庭環境と地球の滅亡するという話を聞いたことと無関係ではない。同時に起きる。・一連の作品が繋がっている。・地球の滅亡とは、それほど深刻に受け止めるのか。・ポワンカレの偶然・頭に入れて書いている。・要するに、複雑な偶然は、必然になる。・肝心なことは人間には解らない。・語り手と聴き手が悪くであったのではないか。・「プウルの傍で」俺は何者なのだ。家庭環境からきている。・怖い話が加速した。不安。解り難い。個人的な体験。・空想を現実に思えてくる。・「暗夜行路」祖父と母の間の子であった。父親は嫌だ。抽象ではなくなる。解らない。解らないことを解かった顔をしてはならない。・父の子であって欲しくない。・母が死んで、継母がまた死んで、また次の継母が来る。・愛着した黒猫・・・それで喘息になった。それで死んだ。・どうにもならない衝動。危険な爆発衝動。・感性。青年の感性。中島の檸檬的衝動。・あくどい色彩の絵看板・・・檸檬。連想。ふたつ。「レモン」と「プウルの傍で」の関連。・病弱ではない性衝動。私小説的。(「プウルの傍で」)。・家より学校にいると快活になる。・谷崎の小説的なところ。白粉の香りに魅かれる。・猫を蹴飛ばした父。・父との溝が深くなる。・朝鮮の少女。何もしない。相手には心が通じている。・男と少女のこころの交流を書いている。・ただ女を買う話。だがいい文章である。・「プウル・・・」良い作品であるが結論がよくない。今日の中で、これが一番いい作品で大事な小説である。・「虎狩り」の中にも出てくる。上級生に殴られる。・家庭環境。父子。・ネコと女。女は猫だ。・中島の女性観。内と外。「無題」・私小説的。自分のいくつかの要素を入れている。何人かに分化して書いている。・ショウペンハウエル・・・レジュメ。・数学の教師。無関係ではない。・高等学校の先生だった時代を思い出して書いている。・自分と世界について考えたこと。・デカルトやソクラテスやメフィストなど。・人間には理解不可能なものがある。「北方行」にもある。・「北方行」から他の作品に繋がる。 「セトナ皇子」・大きな疑いを抱く。・この世の初め。ラーはどこから生まれたか。「ラーの神話」。・みんなが信じて疑わないものを疑う。そのことに不安を感じて行く。「文字禍」も同じ。・疑い始めて、「木偶」のようになる。「名人伝」。結末に似ている。中島の木偶がキーワードである。・にやりとわらった。自分を見て、何故お前は笑うのか。・参考にした本。原典を突きとめた人はいない。つづきがある。・ラーの前。そこからの不安が起きる。見過ごしていたものに気付くと不安になる。同じテーマ。・疑う。知恵が動き始める。疑いから始まる。・聖書で言うなら、知恵のリンゴを食べること。 「妖ふん録」・傾城・・・楊貴妃。悪女。あやしい女。・周囲が動かされるが本人はそうは思っていない。白痴のような美しさ。幼女。中島のオリジナルの女性。・悪女の書き方ではない。「下田の女」よりもこちらの方がよく書いている。不思議な女。周囲が転んでいく。・しまりもなく腑抜けのようになる。木偶のようになる。男たちが骨抜きになる。・夏姫が男を骨抜きにする意味が解からない。・短編だから。・この妖女が怖い。いそうでいない。いるかもしれない。・操る女。これで終わったのは残念。 「北方行」・三造と伝吉。二つに分けて中島の中にある。・白夫人と関係。・伝吉は女性関係が多い。三造は違う。・スパイになる。偶然になる。必然と偶然のアイロニー。・「狼疾記」でも出てくる。不安。・中島が自分で感じたことを書いている。鴎外とは違う。漱石にはある。幼児体験による性格。作家。共通した性格。・作家たちの不安の根源。・偶然ここにいるのではないか。ポアンカレの「偶然論」。・強い感情であり深刻な父と子の関係。・戦時下の日中の時局。もうひとりの三造は、「レオパルジ」。現実は解らない。二葉亭四迷。独歩が言っているように「薄い膜」があって現実に触れていないと思う。二葉の死のあと「それから」。・彼らの苛立ちと同じ。・中島は作家になろうと思った。現実がこの世で崇高なものであると思った。享楽主義者。・説明的。三造。・伝吉は違う。対話的に三造と伝吉を描こうとした。対話の変形。レオパルジが出てくる意味。・こちらがある部分が中島の考えに近い。・歴史の渦中で書いている。あとから書いているのではない。当時の作家でこんなことを書いた人はいない。実験的。時局がどう動くか解らない時期。・完成するのが難しい。時局性が難しい時期。時代的な無理な直送をしている。・白夫人は、伝吉との関係。嫌い。狐のような男。どこがいいのか。「ある女」有島。憎悪にちかい。男に対する感情。
2012.01.28
コメント(0)
手島実郎は「脳力のレッスン」の序文で、「狂気に満ちた時代に正気を保つことは、容易ではない」と書いている。9.11以後、アメリカは「力と正義の論理」という不可思議な論理で「新しい戦争」へ乗り出し、日本はといえば、戦後培ってきた平和の資産をかなぐり棄ててまで、アメリカに追随している。謂わば、「仕方がないシンドローム」だと指摘している。「イラク戦争」後のステージは、やがて、日本の将来に暗雲を招き入れるだろうか。03年夏のバクダッド崩落後のあるシンポで、イラクのひとりの高校生の質問が紹介されている。「佐世保で少年が、一人の幼児を殺害したことで、大騒ぎしている日本なのに、何故イラクでの何千万何万人もの人間が殺されるかも知れない戦争を日本は支持するのか」日本の大人社会の欺瞞を衝く質問だろう。それは、何故日本の高校生からではないのだろうか。否勿論ないはずはないだろう。そうさせない大人社会があるからだろうと信じたい。日本も第二次世界大戦では、何百万人もの犠牲者を出して、日本国憲法を制定して、世界に「戦争の放棄」を宣言したではないか。かって、ナチの台頭を許したワイマールのドイツは、ヒッラーを冷笑しているうちに、抑え難い潮流は大津波となり、多くのドイツの知性をなで斬りにした。日本も同じだ。「テロとの戦い」「核の脅威」とは、それは如何に繕うとも戦争を正当化しようとする陰謀でしかない。自分だけは、平和を愛しているというだけで良いのだろうか。それは、「ワイマールのドイツ」ではないだろうか。何れ何もできない愚民となり、むざむざ殺されていく子供たちさえ守れない人間になろうとしているのではないか。それこそ、私たちは何ものなのだろうか。この時代の、世界の社会事象の変転の背後にあるものとは何だろうか。>博多湾東部と和白干潟
2012.01.28
コメント(0)
只管打坐「一行専一」が日本の禅という。中国の禅の「無事」の禅が変質した。「学道」の禅となる。親鸞は念仏の一行に、日蓮は唱題の一行に、道元は打坐の一行に集約した。一事を専らにするのが鎌倉仏教の特徴で ある。禅は、「無心」から「無事」への思想だ。無事は日常性に生きることとされる。「無事」とは、ゆっくり と焦らず、さわがず、悠々として生活することをいう。天地の運行、自然の摂理に逆らわずに生きることが 無事となる。「一坐して四十年」という中国の禅がある。時間と空間がひとつになり哲学がある。 科学の向かうところは、平坦ではありえない。今日は、31,617歩。気持ちよく歩いてきた。月も出ていた爽快だった。
2012.01.28
コメント(0)
2012-1月 年月日 気温 起床 歩数2012/1/1 日 3 5;00 14,0082012/1/2 月 4 4;00 12,1132012/1/3 火 4 3;30 24,1522012/1/4 水 3 2;00 20,8382012/1/5 木 3 5;50 21,6242012/1/6 金 2 2;33 20,4672012/1/7 土 5;05 20,6652012/1/8 日 5;55 10,8152012/1/9 月 4 5;00 25,5252012/1/10 火 5 3;00 20,8462012/1/11 水 6 5;25 21,1182012/1/12 木 2 5;35 24,5842012/1/13 金 3 3;25 22,6182012/1/14 土 4 5;25 22,0602012/1/15 日 4 4;40 20,3052012/1/16 月 5 5;00 15,7892012/1/17 火 3 4;00 21,6362012/1/18 水 4 5;04 16,6272012/1/19 木 7 3;00 6,8412012/1/20 金 8 4;05 22,1522012/1/21 土 7 5;05 24,5652012/1/22 日 7 4;20 16,2222012/1/23 月 2 4;05 22,5102012/1/24 火 2 7;05 21,9942012/1/25 水 3 6;10 22,8422012/1/26 木 0 4;20 42,7452012/1/27 金 2 3;30 28,4262012/1/28 土 5 4;10 31,305合計 595,392漱石は明治元年の前年に生まれた。そこから50年生きてあれだけの作品を残した。生涯の作品をというわけではないが、「明暗」から遡及しながら読んできて、「漾虚集」までどうにか辿りついて、今その七つの作品を読んでいる。 ・人間の脳の偉大さに感嘆もする。日本では当時最高の教育を受けた人間だとしても、今日に比べればスタートは明治維新で西欧文化も何も知らなかった約150年前に生まれた人である。その人が、現代人と変わらないことを考えていたということ、繊細な心理や表現で、然も殆んど一気呵成に描いているという事実に驚愕する。明治時代の日本人たちは西欧から、「猿」のように思われていたし、脇差や、丁髷を断髪にかえたばかりの文化だった筈だ。 ・へ2・・・流石に漱石も、ロンドンでカルチャーショックを受けて神経衰弱になっている。それでも2年間我慢して持ち帰った西欧の体験は、多くのものに結実し、彼の留学の業績というべきものになっている。ただ貴重な国費を浪費した他の留学生とは違う。どれだけ期待を裏切った人間たちがいただろうか、それは留学生だけではない。国内の恵まれた教育を受けた優秀だと称えられた人たちも、自滅したのか潰されたのかは別としても、何の成果もなく消えて行った。漱石はやはり稀有な存在だったのだろうか。「吾輩は猫である」と書き始めた人がたどったユーモアのある作家が必ずしも明るい人生ではない。
2012.01.28
コメント(0)
一匹のハエの如く逆境で、苦悩を続けているとしても、何かに夢中で打込んでいれば苦痛は薄らぐらしい。真剣さとはそういうこと。下手に弛んだ時、悲哀を覚えるもの。所詮個人としての自分は、何ものでもない。徒の微力、非力の輩に過ぎない。そうしているのは自分である。 只一匹のハエのように狭い空間を、与えられた時間をせっせと自分の子孫を残そうとしているだけだろう。こっちから見るか、反対側から見るかによって物事は逆転して見えるだけだ。 宗教は、内に向かう人々ではないか。或いは外に向かって、万里の長城を築こうとしている人々ではないだろうか。もしそうだとすれば、この地球を分割しなければならなくなる。 私たちに何ができて、何ができないか? 不可能が何か、困難とは何なのだろうか? 不可能はいつまで経っても為しえないことであり、困難なことは努力次第で為しえるだろう。人は、困難を克服する為に努力しなければならない。常に、その見極めをすべきだ。 やがて夢は覚めねばならない。ひとはいつかその時がくる。自分が遣ってきたものが何かを知らねばならない。それは、個人のなしえることは、すべて果敢ない一事でしかない。短い夢か、長い夢かの違いでしかないだけだ。 それは、「一炊の夢」に過ぎないだろうか。・・・かも知れないし、そうでないかも知れない。東洋人も西欧人もその他の人びとも同じ遺伝子を持った種としてのヒトであって、遣っている来たことも、遣っていることも同じだろう。ただそれぞれが利己的に見えるだけだろう。 私の中の多忙は、自分を夢中にさせただけに過ぎないし生半可であれば自身の蒙眛に終わる。>宗勝寺の梵鐘
2012.01.28
コメント(0)
アポートシスがあるからアポートシスがあるから細胞の進化が可能だった。不能の作家が溢れていることに絶望を感じなければならないのかも知れないが、それを誰も認めようとはしない。子殺しは種の絶滅につながるのだろうか。サインを見落としているのではないか。女たちが男を恐れなくなっている。それは復讐につながるのであるか。増えすぎた種は一挙に絶滅するか。魅力を失いつつある男は存在価値を失いつつある。 ・この社会を頽廃させているのは誰でもない私たちの油断だろう。油断する者は自然淘汰されてきた。そのルールはいまでも当て嵌まるに違いない。そのことを誰も気づかないのは頽廃しているからに他ならない。かっての中国がそうあったように疲弊して崩壊している。現代の作家たちがなにをしているのだろうか。政治家になったり、タレントになったり、社会批判さえしなくなっている。読者は古典しか読むものが無くなり、こどものようにしか喋れない。 ・へ2・・・何を誇れるのだろうか。そんなものは何もない。まだ立ち上がることができるかを考えているだけだ。まだ歩いてさえいない。歩かねばならないということだけを知ったところだ。これからいくつもの山を越えて行かねばならない。この世界を読み解く汀に届くだろうか。それは知らない。立ちはだかる岸壁をどう登るかだろう。>宗勝寺
2012.01.28
コメント(0)
梶井「ある心の風景」(青空 8 大正15.7.21稿)、・たかしモノ。・女を買うはなし。教科書にはできない。・「街では、自分は苦しい」と思った。・「街をほっつき歩くことがあった」・・・「町歩き」のジャンル。・「銀の鈴」というテーマで書こうとした。性病・病を癒す音で調和する。・「窓」という文字が繰り返される。ひとの目や心の「窓」のこと。他の作家にも「飾り窓の女」などでシンボライズされる。主人公の存在が部屋の中を憂鬱にする。こころの内面のこと。陰鬱。・「一~六」で構成している。・外の風景は、色々に見える。闇の中の夾竹桃。影が立体化する。ものと自分の心と一体化する。比喩的表現であること。文学の傾向としてある。・梶井は晩年鴎外を理解した。当初は鴎外を酷評していた。鴎外の「金貨」を読んで面白いと言っている。・・「景色」は、こころの比喩になる。・「物心つく」の意味。「もの」と「こころ」、ものは風景。こころは心象風景。・小説では、「比喩」が多用されている。「聖書」も同じ。・古今集・・・三島の指摘。比喩の問題。虚構の読み方。託す。日本の歌は比喩であった。それが教養。和歌の価値高い。・人が見る。・・・~を見る。選択している。そこにも(対象)心が投影される。・凝視(みい)る。・・・重要なポイント。・町歩き・・・苦しい場所。でも歩かないわけにはいかない。・<五>・・・「銀の鈴」は、調和されていくことをさしている。「瀬山の話」にも「鈴の音」がある。・「・・・人びとのなかでは聞こえなくなり、夜更けの道では鳴り出すそれは、彼の「こころの象徴のように」思へる」。・清浄に思える。「伊豆の踊り子」少女が全裸になるシーン。「まだこどもなのだ」。・「性病」を浄化するものとして「鈴の音」が使われている。・<六>・・・「窓」夾竹桃の白い花。そして「虫」・・・病気。・病んでいる・・・肺病と性病。「城のある町にて」の虫と同じ。・虫・・・病原菌のこと。血痰。・癒される場所。換喩・・・隠喩ではない。>宗勝寺
2012.01.28
コメント(0)
アレンジ 人は先人の作ったオリジナルの物語をアレンジして、自分のモノのように描いて作品にするのが常だ。角度を変えて違うものにする。まるで料理のようだ。人間の心象風景を魚や野菜を煮たり焼いたり蒸したりする。結局多くの作品は、過去の何かの亜流か変形でしかないものばかり。オリジナルを読むことは稀なのだろう。堀辰雄の「曠野」(あらの)も、そうした流れの一つだという講義を長々と聴いた。 ・文学を愛することは難しくなった。昔は、皆純真だったか、文学を愛してもいた。然し、いつかだれも言葉を信じなくなってしまったのだ。嘘ばかり付いている社会だからだろう。豊かな社会など、夢のような夢だったのだろう。アレンジばかりが上手くなり、オリジナルは真実と一緒に消えてしまったようだ。 ・へ2・・・ものまねではなく、人間もオリジナルでありたい。そうありたいと思うことと現実は違うのだろう。阿羅漢が500人集まれば五百羅漢になる。1250人倶 皆是 大阿羅漢と阿弥陀経にある。
2012.01.28
コメント(0)
車検と宗勝寺最近街の中でトヨタプリウスが目立つようになったが、燃費が好いらしい。車のディラーの工場に預けたあと、担当者の女性と打ち合わせをして来たが、その担当は福岡教育大の卒業生で、車を買ったときからの付き合いでもある。随分営業マンらしくなっている。半年ごとの定期点検もしているので、お互いに色々知ることも増えている。商売抜きの話もするが、仕事柄纏めて休暇が取れないらしい。 ・カネはあっても旅行も行けないのは辛いことだ。折角若くて感受性もある年齢で、好きなこともできない。働くということは時間を売っているだけではない。好きなことも我慢しなければならない人も多いのだろう。それこそ若くて背が高く美人で頭もいいのに、どれだけでもモテそうな女性だが、好きなこともできないらしい。 ・へ2・・・今度そこのディラーの支店長になったひとが車で送りましょうかと言って呉れたが、彼女の前の担当だった人だった。車も古くなったが、人も年をとっている。帰りは、ブラブラ歩いて帰ってきたが、途中の宗勝寺の石仏を視てきました。>宗勝寺の石仏。
2012.01.28
コメント(0)
クライマックス それこそ全方位で人びとは夫々の人生を活きている。職業も多様であり、キャリアも違う人生でもある。士農工商が在り、産まれたときから、其の定めが決まった時代もあった。堀辰雄の「曠野」も万葉の頃の貴族社会の女性の運命の物語でもある。都育ちで貴族のみめうるわしい娘に産まれたが親の投資を受けられなかったために、一人の男を愛したが棄てられ、やがて田舎の男の妾に為り、偉くなった前の男と下女になって再会してショック死する話である。どこがゆかしいのか解からないが、それが当時の女の「源氏物語」由来の女性の一生でもある。 ・近代文学の堀辰雄の時代が、古典の頃とは社会環境も違うが、そういう女性が作家は好きだったらしい。確かに従順で相手の男を怨まない女性であったが、何故、最期に死ななければならないのだろうか。それが作家の見識でもある。名を為した近代の作家たちがみな情けないほど、女性蔑視なのは時代がそうだったからだ。いまだに女子大では、男女共同参画であり、ジェンダーの運動を続けなければならない社会風土がある。情けないのは政治ばかりではない。そこに活きている文化のレベルが低過ぎるのだ。 ・へ2・・・社会には偏見がいまだにある。職業で社会の目は貴賎を問うところがやまない。どんなに知識が在り、キャリアがあっても下劣な人間はいる。情けない社会だ。文化の根底にあるものが歪なのではすべてが歪曲化してくるしかない。中世の女性の短い一生の中に精神の曠野(あらの)があるという。作家の目は、そこから旅立とうとはしない。悲惨な運命ばかりが、砂を書くような話で終わるのみだ。 午後は、車検のために近くのデイラーまで出掛けてくる。代車はせず、帰りはそこから歩いて帰ってくるつもりだが、数キロくらいだろう。明日の午前中には終わるらしいので、引き取りもウオーキングのつもりでいる。
2012.01.28
コメント(0)
「器楽的幻覚」、・[音楽]は理屈ではない。絵とか音楽は感覚である。知識ではない。・小説は説明の世界であり、それを梶井は、「感覚」で表現しようとした。「蒼穹」.・やむを得ない説明。ポーの作品。奇想天外。・アイデア。絵にできる着想。・詩人としての梶井の評価が高い。・草稿は散文的で、「決定稿」で詩的になる。・感覚は説明が要らない。・奇抜な着想への執着・・川端。シュールリアリズム。一時凌ぎではないもの。・「おや?」、の感覚。日常が非日常に変わる。・刺激が強すぎる。・・・老人には。理解できるかどうか?・梶井の拘り、「刺激」である。感覚表現として書く。「冬の蠅」・写生(文)→視覚の世界の再現 五官(五感ではない)・奇妙なたくらみ。・・・(「檸檬」)にもある。・「意志の宙ぶらりん」。ふと浮かぶ(思いついたこと)。理屈ではない。「ふっー」と浮かぶ。・「おりてくる」。アイデアが湧く。・強い感動が無感動になる。無感動に見える。周囲には容易には分からない事が多い。・この作品の梶井のアイデア。「こころの緊張」が別のものをもたらすという。・「破れ目がもたらすもの」。口笛が。外からの障害物・・・かき乱すもの。感覚の抑揚を書いている。・石化・・・「檸檬」にもモチーフがある。漱石にもある。・「犯行」の意味。・感覚をモノにした。「檸檬」。石化すること。音楽を聴いて感動している聴衆が石化する。固まるようになる。聴衆は、演奏者に注目が集まる。・自分の考えを周囲のだれも解らない。聴いているものの気持ちを表している。・視覚と嗅覚と聴覚。に梶井はその相互作用に関心がある。・他人に知られない犯行。・侯爵を殴り倒すことを想像する。危険なことを想像する。・調和して物を壊す。「石化」で終わるのをそれで済まないのが梶井。爆弾を用意する。梶井や三島には危険なものがある。・この作品は、「檸檬」に通じるものがある。
2012.01.28
コメント(0)
全363件 (363件中 1-50件目)

![]()
