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ここまで生きて来なければ見れなかったものがあるとしたら、それが何なのか理解できなければ何の意味もない。見逃すとすぐ消えてしまう空間もあるだろう。余程豊かな水源をもっていないと枯らしてしまう。こどものころに降り注ぐ愛情のシャワーを受けなければこころの水源はない。そして蒸発しないための悦びと環境が必要だ。ほとんど無知の中で私たちは旅を続けてきたかも知れない。周囲ばかりに気を配り、自分が誰かを知らないで生きてきただろう。誰を責めることも出来はしない。みな同じ運命なのだ。それは無知からだが、私たちの環境のすべてだ。就中、こころの水は、一日では蓄積などできはしない。何をしても良いのではないだろう。しなければならないことばかりだが、余りにも、私たちは小さな生き物に過ぎないだけだ。一人の命は、一滴の水でしかないだろう。 めでたさも中くらい哉、おらが春 一茶 新年明けましておめでとうございます。ことしもよろしくお願い申し上げます。
2012.12.31
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日時計が発明されるまで人々は、自然時間に従って暮らしていた。太陽、月、星が生活のパターンを決定していた。日時計は5千年以上に亘り、人々を支配し、ひと社会で使われていた。そして、近代の時計が果たした役割は大きい。コミュ二ティ全体を共有できて、眼に見える指標が齎されたのだ。周期が一日より長いリズムをインフラディアン・リズムという。13年または15年ごとに2週間の繁殖クライマックスを迎える蝉など、ずっと長い周期があるとされる。J.T.フレーザーは、「同じニッチを共有している動物や植物は、お互いの生物リズムを合わせる必要がある。狩りをする時間、食事をする時間、交尾をする時間、巣をつくる時間など、それぞれ決まっていなければならない筈である」という。ひとが、共有する時間は一定であるが、或る意味でウルトラディアン・リズムや、インフラディアン・リズムを遣っていることも価値があるかも知れない。不安定性が齎すものが進化に繋がる蓋然性があるのではないか。葉を日中に開き、夜に閉じるという光合成の形成が必要な植物の形質であるが其の中で、概日リズムに則って、日没を予測し、香りをも生成するという時間を持っているというのは驚異であろう。来年もひとしての私たちの一日一日が香りを放つものでありますように。
2012.12.31
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時代のパラダイムの中で時代の空気に合わせてモノを言おうとする姿勢は日本人の知識人の劣性遺伝子だろうか。固定観念から距離をとり、できるだけ可能な限り高い視座から観察するしかないのだろうか。戦後60年も米国への過剰依存と屈辱のなかで、「米国を通じて世界を見る」ことしかできなくなった日本人の知性の敗北の帰結がある。対米コンプレックス症を抱えた奇妙な右傾化は、何を意味するかを見定める必要があろう。強い「準拠枠」を内部に感じながら、然も私たちは固定化したパラダイムに繰り込まれている。謂わばその偏狭した世界を突き破らなければ、何時までも「井底の蛙」でしかない。そこからテイクオフできるひとはまだ少ないのではないか。少なくとも、その「量」を増やすまでに時間がかかるであろう。何れ「量」が「質」的に変質までには、まだ先があるだろうし、逆流もあるだろうが、日本人は、独立国としての気概を持たねばならないだろう。日本人が、国として、個人として、真のプライドを取り戻しているだろうか。最近の混迷現象は、日本人がプライドを喪失していることの証左のような気がしてならない。
2012.12.31
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・ミトコンドリア・イブ 加齢とともにミトコンドリアのゲノム・DNAに変異が蓄積すること。ことにゲノムの複製に重要な1千塩基対より特定のDNA断片に変異の集中が判った。若い内は惹起せず高齢者に5%~50%の確率で起きる。ミトコンドリアのDNAは、核のDNAと異なりヒストンのようなタンパク質による保護が無いため変異の確率が10~20倍高いと言われる。せっかちマウスは短命でのろまの亀が長生きなのはミトコンドリアの活性酸素の放出と無縁ではない。大食いは大量の活性酸素を作り出し動脈硬化と老化を早めることになる。複製のエラー:ミスマッチが発ガンと結びつく。体のメンテナンスは、常に点検を怠らず傷ついた部分を修理しなければならない。手当てをしないと家屋のメンテと同じで怠ると木造家屋ももたない。パーツも大事にしないと修復できない運命だ。 生殖に到るまで個体差が少ないのは子孫を残す為だ。生殖との係わりが希薄になると多様な個体差を生じてくる。熱力学第二法則のエントロピー増大:生物を含む全ての物質は劣化を免れない。 PALE BLUE DOT "A vision of the human future in space " "pale blue dot "の地球が何時か太陽に呑み込まれ、或いは、r=10mm なるかも知れないが・・・。 存在理由 「問題の所在」は何か。意義があり。沿革・構成要件の総論があり。そして存在理由がある。企業も生きているのだ。遺伝子からみれば人体は道具である。脳も精密マシーンでしかない。感情も化学作用で喜怒哀楽がある。どれだけの情報を持っているかで未来は決定される。情報能力のない個体は生き残れない運命だ。蚯蚓でさえ移動しなければ同じ環境で生き残れないことを知っている。遺伝子にプログラムされているからだ。シンメトリーな異性を好み優れた子孫を残そうとして、仕組まれたDNAが遠い数十億年の彼方から来ている。 存在理由のないものは、この世界では消去される。 あと1時間余りで、2013年です。来年も好い年でありますように。
2012.12.31
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性というシステムは、ある染色体を失っても消滅するような単純なものではないと専門家はいう。緩やかに減少する男性ホルモンと急激に減少する女性ホルモンの差異がある。 ・男性の平均最終身長は、174.7cm ・女性の平均最終身長は、162.2cm何故、13cmの差があるかといえば、Y染色体が関与している。人間は見ず知らずの他人に対して手助けするコストを進んで負うことがあるのは、「他人の幸福への感情移入と関心」からだ言われる。どうやら、他の霊長類には感情移入はないようだ。少なくとも、「他人の幸せに関心をもつ」というのは、人間特有の性質ではないだろうか。この特質が、人間の進化をさせた要因でもあるだろう。併しそのために複雑な人間社会を形成してもいる。子孫を残すという使命が遺伝子にはあり、人間もその呪縛から自由ではない。母性が、必ずしも絶対ではなくなる時がくるだろうか。ヒトの Y染色体が消滅するという考えもある。性という戦略がリセットされる可能性もあるだろう。既存概念に眠るものは保護されない時代がくるかも知れない。 どうぞ皆様にも良い年を迎えられますようにお祈り申し上げます。
2012.12.31
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十字軍以降も東方へのキリスト教布教がヨーロッパ人の宗教的な情熱としてあったため、経済的な要求とともに大航海に出るための理由となった。中でも、スペインとポルトガルは海上貿易に熱心で、王室が大航海に対して資金的なバックアップをした。マルコ・ポーロ「東方見聞録」等、15世紀から始まる大航海時代のアジアへの好奇心が背景にある。当時の航海技術からすれば、見果てぬ夢を追いかけるような大冒険でもあっただろう。そして国王は、自国の財政を豊かにする為に、新しい富を必要としたのだ。大航海時代のフロンティアスピリットといわれるものが、果たして現代人にミームとして継承され、どれだけ存在しているだろうか。宇宙への旅は、それを予見されるが、まだ僅かの人びとのそれでしかない。かって、先人たちはSFでしか果たせなかった世界が、宇宙を覗く針の穴から拡がりつつある。空気のない世界と、途方もない時間が横たわり、とてもまだ人類の一生では足りない。科学の進化も端緒についたばかりだが、乗り越えようとするフロンティアスピリットが是非必要だろう。その遺伝子が消えない前に旅立つ必要があるだろう。人びとの造り上げたものでは夢がもてなくなり、やがて新天地を目指さねばならないだろう。そこに新しい富を探さねばならない。そうしなければならないだろう。何故なら、地球上の生命は、そのために生まれてきたと言っていいからだ。生命は、常に更に、新しい富を見つけて生きて来たからだ。
2012.12.31
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生命とは・・・生命現象を営む存在だ。自己複製・代謝・細胞膜の特徴をもつ。生命は海から生まれた。そして、 水は宇宙にあまねく存在する。動物は、海を捨てたのではなく、海を抱えて上陸したのだ。今も、 ヒトの体内にも海を抱えている。そして、母なる海はいつかなくなる日が来るだろう。その前に、ヒトは、 姿を変えても遺伝子を残せない。 種としてヒトの「ヘイフリックの限界」がある。 地球上の1000万種以上の生物も、宇宙のスケールは超えられない。 何と小さい存在。人間は、自然の前に謙虚であるべきだ。
2012.12.31
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元気を出そうビハーラという言葉は、古代インドにおいて仏教教典などに使用されたサンスクリットという雅語であり、「休養の場所、散歩して気晴らしすること、仏教徒の僧院、または寺院」というような意味を持つ、往古ビハーラと呼ばれた仏教施設は、「一には病人に供給す、二には病のために医薬の具を求む、三には病者のために看病人を求む、四には病者のために法を説く、......」 ・ビハーラ(Vihara)という「散歩して気晴らしすること。遊歩」というのは、いい言葉ですね。ホスピスにも<中世におけるキリスト教の聖地巡礼に伴う宿泊施設としての始まり・・・>と、意味があるらしい。人間の考えることはどこか似てしまうのではないだろうか。恐らく私の考えているものも、そういうありふれた場所に行くつくのではないかという予感がある。人間は謂わば導かれて生きているのかもしれない。歪めてしまっているのは自分の屈折した心なのかもしれない。それは拠って立つ環境にばかり責任があるのではなく、詰まる所、自分次第でもある。 ・へ2・・・今年もあと3時間になった。紅白をみていますが、外は寒そうです。朝は雪の元旦になるかもしれない。いつものようにできれば朝からウオーキングをするつもりです。世間に流されず自分らしく過ごしたい。
2012.12.31
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和白干潟は、80ha の国の鳥獣保護の指定地域でもある。236種1万種といわれる野鳥が棲んでいる。先日の番組で和白干潟が紹介されていた。以前は26千羽いたのが、今は1万羽に減少してしまったのは、これも最近できた人工島や、環境破壊の所為であろう。生き物の小宇宙が展開して何とも素晴らしい世界でもある。 ・遠くヨーロッパや中国から飛来する野鳥たちの楽園だ。クロツラヘラサギは、絶滅危惧種で1000羽のうちの一部が飛来している。中国本土の奥地が開発のため追われて来たらしい。もう12年経過した。 ・あとスグロカモメもいる。ミヤコドリも30年飛来している。コウノトリもいる。ここは、都市高速で天神から10数分で来れる場所にある。 ・ひとと野鳥が共存できるかのいいテストケースになるだろう。それこそ、自宅から1キロも離れていない場所に野鳥の楽園があるのは嬉しいことだ。
2012.12.31
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歴史的理性の覚醒は、神話を正面の相手とし、ロゴスとミュトスがある。統一的神話そのものが歴史的理性の所産である側面があることを忘れがちである。神話は、象徴的出来事を報告し、命名し、その起源を物語る。記述であり、確定であり、説明である。くりかえされ、暗誦され、編集され、神話となる。世界は、神話の中で、神の思召し、あるいは約束として、人間の支配にゆだねられる世界にかわる。これこそ、ミメシス的呪術からの大きなジャンプである。 ヨーロッパにおける市民的理性は、そもそも出現のときから、自然支配的性格の刻印を自分にきざんでいる。人間は、自然を支配する過程を通じて、自然の一環としての自己を、自己によって支配された自然から疎外させないわけには行かない。人間の自己疎外の原過程は、自然からの根源的自己疎外であり、自己確立と自己疎外の弁証法的過程である。 歴史的理性は、その発端において、進歩と疎外の弁証法的モイラ Moira を背負っている。 理性は、神話からすべての材料をうけとりながら、神話をやぶるために、この材料を逆用しようとし、逆に、神話の呪縛におちこむ危険をはらんでいることだ。つまりヨーロッパの形而上学が自然と人間の永遠的秩序を規定する為に使用した根本的カテゴリーの重要な部分が、統一的神話をルーツとしているという事実である。
2012.12.31
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2012-12月歩数集計 年月日 気温 起床 歩数2012/12/1 土 8 3;20 22,0132012/12/2 日 5 4;00 28,8002012/12/3 月 6 3;50 11,5002012/12/4 火 8 4;15 24,4802012/12/5 水 5;50 18,8652012/12/6 木 5 3;55 23,3262012/12/7 金 1 1;30 15,5412012/12/8 土 7 7;30 15,8752012/12/9 日 5 4;10 16,5372012/12/10 月 4;15 22,6082012/12/11 火 3 4;35 21,5332012/12/12 水 3 4;15 22,6542012/12/13 木 3 6;10 21,8652012/12/14 金 6 2;55 11,5002012/12/15 土 13 3;50 13,5122012/12/16 日 9 2;35 25,7362012/12/17 月 8 4;10 20,8772012/12/18 火 4 3;55 24,7402012/12/19 水 4 4;50 24,1232012/12/20 木 2 3;30 21,9832012/12/21 金 4 3;35 12,2862012/12/22 土 10 4;28 22,7812012/12/23 日 5;10 21,4772012/12/24 月 2 3;10 20,7662012/12/25 火 6;01 22,5042012/12/26 水 2 2;30 25,5602012/12/27 木 3 3;35 22,3402012/12/28 金 6 3;45 12,5362012/12/29 土 8 4:10 26,5602012/12/30 日 8 4;20 13,5312012/12/31 月 2 2;48 22,533合計 630,9422012年1月 673,6212012年2月 616,3452012年3月 604,5632012年4月 704,4482012年5月 750,8302012年6月 624,7132012年7月 677,5562012年8月 631,0982012年9月 618,3212012年10月 641、2552012年11月 613,8592012年12月 630,942合計 7,787,551歩今年も、いつものように紅白歌合戦が始まりました。もう店を閉めているところもありますが、ジョギングしたり、ウオーキングをしたりしている人もいた。月は出ていなかったが、木星は輝いて励ましてくれた。何とか一年を通してウオーキングができた。ただ歩いているだけですが、それでも続けることは自分の心と体のためになっている。来年も続けようと思っています。マイ・ペースで遣りたい。
2012.12.31
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去年の大晦日の下記のブログでも、同じようなことを書いている。どうやら進歩がない。それが分かるだけでも参考になる。過去を見直す契機になる。そして現在の自分の蒙昧も見えてくるものだ。同じことを続けているのかも知れない。それでもあすなろもある。つづけながら考えることが無駄でもないかも知れない。「誰のために」、というなかれ、「時は来る」だろう。鍛えられる自分のチャンスがあるだろう。大騒ぎしたい空騒ぎもいつかは終わるのだ。フィードバックがあるだろう。「戦後レジューム」などという言葉を使った首相がいたが、自分が世襲を利用としたではないか。曖昧な言葉を弄して姑息な手段で人の上に立つような奴は信用ができない。自分の利益だけを追いかけているような人間は軽蔑されるしかない。 ・妥協しないことだ。自立とは、自分の心を他人に任せないことだ。「個」として自分に責任を持たねばならない。感情に溺れないことだ。人間として弁解しないことだろう。自分が何ものになろうとはしないことだ。死ぬまで夢を諦めないことだろう。どうも取り巻きを作るような人間は信用できない。自分を鍛えない人間は壁を乗り越えることはできない。 ・へ2・・・これだけ大勢のタレントがいながらメジャーにならないのは、スケールの違いではないだろうか。そうさせているのは芸能界とファンたちなのだろう。ソウルのない人たちばかりではないだろうか。というか自己主張さえないひとをタレントいうのは変な話だろう。社会が歪になっているからだろうか。原石を磨きもしないで世に出しているからだろう。そして大量消費している。そんな「柳の下にドジョウ」がいるわけがない。一つの現象として、芸能界に同性愛や麻薬常用者が多いことだろう。これはこの時代が如何に混迷を深めつつあるかということでもあるだろう。
2012.12.31
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>イスタンブル。日付の印字は、日本との時差がある。自発心と向上心 学問は、まず自発心だろう。ベースになるのは自立心でもある。自分のないものには主体性がないのであり、学んでも進歩もない。学ぶに値しないということになる。向上心は出世をすることではない。志を高めることである。ひとは、自由意思を持つから自分で考えているものでしかないが、他人に認めてもらうのは容易ではない。死ぬまで向上心をもてといわれたことがある。そうだと思う。
2012.12.31
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>トルコ ヨーロッパサイド ひとつの集合が他集合に比して大きな場を占めることをいう。・インスリン優位・成長ホルモン優位・アドレナリン優位・副腎皮質ホルモン優位 ホルモン指向の方向性がある。優位の場の移行を蝉脱という。其の移行は瞬時に蝉脱的に起きる。どうも判り易い方向性は正確ではないことの方が多いだろう。人間は、恐らくアバウトにできているからこそ進化を遂げたのだ。ところで、還暦とは面白い表現だ。元に還るというのは、そういう思いが確かにあるかも知れない。最近、これまでのことがリセットされて、初めからやり直してみようと思う。ネガティブ・フィードバックは生態学では、抑制的ホルモン指向と訳されている。この二次作用の役割は評価されるべきであろう。
2012.12.31
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>イスタンブル空港 ウオーキング歩数累計年月歩数日数2008年4月258,124152008年5月461,505312008年6月454,828302008年7月492,053312008年8月479,175312008年9月607,612302008年10月635,399312008年11月562,374302008年12月629,723312009年1月628,603312009年2月587,391282009年3月700,366312009年4月686,126302009年5月704,517312009年6月610,392302009年7月646,126312009年8月655,742312009年9月682,647302009年10月749,592312009年11月682,170302009年12月683,681312010年1月675,525312010年2月637,727282010年3月735,903312010年4月778,075302010年5月814,547312010年6月780,407302010年7月748,643312010年8月733,665312010年9月706,656302010年10月714,428312010年11月646,698302010年12月635,004312011年1月715,561312011年2月573,736282011年3月725,158312011年4月941,220302011年5月980,230312011年6月804,417302011年7月712,501312011年8月647,744312011年9月601,644302011年10月663,043312011年11月620,043302011年12月655,210312012年1月673,621312012年2月616,345292012年3月604,563312012年4月704,448302012年5月750,830312012年6月624,713302012年7月677,556312012年8月631,098312012年9月619,321302012年10月641,255312012年11月613,859302012年12月608,40930歩数累計37,611,9491,720 未だ今日のウオーキングの歩数が、またもう一度夕食後に歩くつもりでいるので、最終結果ではないが。1720日で、@0.7mとして、26,328km の試算になる。せめて地球一周の4万キロを目指している。まだ先は長い。この1年間は少しマンネリになったようだ。生きることが、こんなに大変だとは思わなかった。どこまでも堕落もするだろう。日々の闘いを感じなければそれまで。
2012.12.31
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その軽さを感じて生きているが、振り返ることはできない現実がある。こころの寒さを感じているだけでは、何もできはしない。苛立ちだけでは、一歩だって進みはしない。天下のnhkが紅白歌合戦の宣伝をしている。毎年、誰かが制作ている。これで、食べているひともいるのだろう。音楽性のない国民で、旋律は脳細胞を狂わせてしまうのでしょうか。いつまで繰り返している歌がある。それが、一番というひともいる。いつまでも、変わらない、同じフレーズばかりだ。これで、この言葉たちで、そのコンセプトで世界を語ることができるだろうか?世界で争い続けている人たちの中に入って行き、「もうやめろ!」と説得できるだろうか?日本人の感性は、どこに行ったのだろうか。或いはもともとないのかもしれないが。底の浅いことばで、喜怒哀楽を表現することができるだろうか。まあ、そのうち腹を切り裂いて出てくる未来の子供たちがいるに違いない。それを私たちは見ることができるかは知らないが、いつかそう日が来るだろう。心が寒い大晦日である。
2012.12.31
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>イスタンブル ・「キング自伝」は、生存中に、普通私たちが理解しているような意味での「自伝」を自ら執筆はしてはいない。クレイボーン・カーソンが「自伝」のかたちでまとめたものだ。別途「キング著作集」という詳細なものが完成予定である。その中からキングの生涯と思想のトータルな姿とキング自身の晩年を想定してまとめたものである。作中で、 あなたはそれを見ることはないかも知れません。夢は実現しないかも知れません。しかしあなたがそれを実現しようと願っていることは、よいことなのです。 「それは今日実現できないかも知れない。また明日も実現できないかも知れない。しかしあなたが心にそう思ったことはよいことである。あなたが試していることは、よいことである」(「列王記上八。17-19」) ・それが、暗殺という非業の最期を遂げた人の言葉だけに、私たち与える言葉の意味はより深く重いものがあるだろう。彼が牧師であったということを考慮すれば彼の言いたいことを聴く価値は大いにあるだろう。 もし私が通りすがりにだれかを助けることができたとしたら、もしだれかを一つの言葉、もしくは歌で励ますことができるとしたら、またもしだれかにその生き方は間違っているよと忠告できたとしたら、私の人生は無駄ではなかったでしょう。・・・。 ・へ2・・・マーティン・ルーサー・キング牧師が宗教活動にとどまらないところに彼の凄さがあったのだろう。その遺志がアメリカで引き継がれているのだろうか。日常は矛盾の川である。
2012.12.31
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人間は夜空や鳥の声や花の香りを感性豊かに感じる能力をもっている。そしてこれらの感覚を奪われると脳は衰弱し、活動を停止してしまう。脳は、詩人を作り、芸術家にする能力をもつが、使い方を間違えると犯罪者にもなるし極悪人もつくるだろう。幼児期に脳の基礎架線工事がきちんとされていないと学習能力が奪われてしまう。幼児教育は、人間形成に最も重要な意味を持つと言われる。何処の国でも弱い母親がその役割を担っている。特に、人の脳は可塑性に富んでおり、そのための良好な環境は絶対条件である。ところがどこの国でも母親は、恵まれているとは言えない歴史をもつ。人間の野望により膨大な資金が浪費されていないだろうか。必要なことは、幼児教育にもっと投資すべきだ!!!子供たちが、誰も皆健やかな脳によって教育さるべきだろう。そのための環境を整備することが、やがて人間の「叡智」を生むことになると信じたい。これまで、人類は、脳という「ブラック・ボックス」を抱えて過ちを繰り返してきたが、21世紀後半では、人口問題が地球規模の危機になるだろう。そのために何ができるかを考えねばならない。女性が母性を喪失し、子供の産めない時代が来ないとも限らない。
2012.12.31
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<作品> 「器楽的幻覚」、「冬の蠅」・草稿からいくつかの作品が生まれる。モチーフ・・・複数の作品になる。・連想。羽虫・・・船。空・・海。作家の思考のスタイル。・テーマを隠す。草稿と決定稿との相違。連関。・作家が、「何を考えていたか」を考える。・理由は書かない。決定稿ではわからない。草稿を見る必要性。・海のような闇。空が闇になる。・「桜の木の下には屍体が埋まっている」。・・・メモは昭和3年ころ。・「冬の蠅」・・・メモの存在。・着想・・・梶井の作品に対する。・かいつまんで言えなければ理解していない。・梶井はある一つのものがひとつではなく、ふたつのものが混在する。感覚の世界。 「器楽的幻覚」、・音楽は理屈ではない。絵とか音楽は感覚である。・小説は説明の世界であり、それを梶井は感覚で表現しようとした。「蒼穹」・やむを得ない説明。ポーの作品。奇想天外。・アイデア。絵にできる着想。・詩人としての梶井の評価がある。・草稿は散文的で、決定稿で詩的になる。・感覚は説明が要らない。・奇抜な着想への執着・・川端。シュールリアリズム。一時凌ぎではないもの。・「おや」、という感覚。日常が非日常に変わる。こどものような鋭敏さ。ナイーブ。・刺激が強すぎる。老人には。・梶井の拘り、「刺激」である。感覚表現として書く。「冬の蠅」・写生(文)→視覚の世界の再現 五官(五感ではない)。・奇妙なたくらみ。・・・(「檸檬」)にもある。・「意志の宙ぶらりん」。ふと浮かぶ(思いついたこと)。理屈ではない。ふっと浮かぶ。・おりてくる。アイデアが湧く。・強い感動が無感動になる。無感動に見える。周囲は分からない。・この作品の梶井のアイデア。こころの緊張が別のものをもたらす。・破れ目がもたらすもの。口笛が。外からの障害物・・・かき乱すもの。感覚の抑揚を書いている。・石化・・・「檸檬」にもモチーフがある。漱石にもある。・「犯行」の意味。・感覚をモノにした。「檸檬」。石化すること。音楽を聴いて感動している聴衆が石化する。演奏者に集まる。・自分の考えを周囲のだれも解らない。聴いているものの気持ちを表している。・視覚と嗅覚と聴覚。壁を越えようとする感覚。・他人に知られない犯行。・侯爵を殴り倒すことを想像する。・調和して物を壊す。石化で終わるのをそれで済まないのが梶井。爆弾を用意する。梶井や三島には危険なものがある。・この作品は、「檸檬」に通じるものがある。 「冬の蠅」・3で私の意志で殺しているではない。自分の運命と重なる。・志賀直哉「城の崎にて」蜂・鼠の連想。「生きんとする意志」。死んでいくさま。悪戯心。関連。・故意か過失か。「高瀬舟」・蠅からみた着想。横光利一「蠅」。・蠅・・・病気。バイ菌。病人である梶井が蠅を見る目。距離感。・見ているものの一部が乗り移る。同化がある。・高村光太郎「冬が来た」光太郎は冬が好きだった。・草稿では「冬がやって来た」が書き出しだった。・落日・・・文学的表現。・・・冬の日。・蠅と自分の共通点。・疲れているのにうっかりバスに乗る。危ないことをする。わざと相反することをする。・「意志の宙ぶらりん」危険を呼び込んでいる。・蠅が死ぬこと。蠅の運命と自分と運命と重ねている。・瞬間、瞬間を書いている。・<死神>をモノ化して書いている。・テーマを暗示するものを書かない。書こうとしない。それが梶井だ。
2012.12.31
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この社会の現実と自分の意志はどこか違う何かが違うと思っているが、その違いが解からなければ何にもならない。自分の思惑と、自分の暮らしが目指してきたものと違う。社会的正義も、普遍的真理も理想と現実では違う。法の解釈でもそれこそ自衛隊が違憲もあれば合憲もあり、政府の考え方も歴代内閣で違いもする。テレビのタレントたちの栄枯盛衰のように目まぐるしく交代して行くのは人ばかりではない。そのコンセプトさえ変化している。日米安保で日本の政治は世論は二分したが、今や、アメリカ政府の考えも変化した。 ・国際社会はニューリーダーの登場を待っている。アメリカの正義は、いまや世界の正義ではない。中国の底力は、世界に幸福を齎すだろうか。あの北朝鮮でさえ、正しく指導できない。それが現実ではないだろうか。世界の指導者として相応しいものが為るべきであって、覇権を求めるものであってはならない。アメリカや中国は、もっぱら国益を重視しているのであり、これからの国際社会には通用しないものだ。世界から紛争をなくすために何をすべきか、強いリーダーシップを発揮できなければならないのだ。 ・へ2・・・日本の政治の、混迷は、この国の未来に陰りを投げかけるものだ。若者に信頼をおけないのであれば、未来はない。どこが間違っているか、理想と現実は、どう違うのか、その根源にあるものが、広い視野と、深い洞察力によって導かれた論理で解明すべきであって、日和見的な観念であってはならない。どんなスキルを体験しながら成長しているのだろうか。その確信がない若者たちばかりが目立っている。見せかけの華やかさに、酔いしれてはいないか。異性ばかり気にするばかりでは、不安である。簡単に罠にかかるような人間でも困る。
2012.12.31
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街歩き歩くことによって得られるものは計り知れない。歩きながら考えるというのは、纏まり易いのかもしれない。それは、余計なものが排除することが出来るからだろうか。その本来の活用法でもある。脳の働きや、体の免疫系等の働きを知ると、その使い方を間違えていた気がしてならない。自分に何が出来るか、何をすべきか、誰も的確に教えてはくれない。それは当然のことであって、自分で自分の人生の意味を見出さねばならないのだ。 ・最低ライン一日2万歩の62万歩。これで何とか2012年も最後の月まで、最低ラインをクリアーできたようだ。内容的には、勿論満足していないが、続けることが重要である。来年につなげられるだけでも好い。生きることに希望をもって日々を暮らしていくことが街歩きの原点でもある。 ・へ2・・・ワイキキの近くで、早朝公園を散歩をして、ウオーキングしている人たちから、気持ち良い挨拶を交わして以来、その悦びを知った気がする。自分の住んでいるところにどんな人が住んで居るか、ウオーキングしながら情報を得ている。それは環境を知ることでもある。より深く関心をもつことであり、朝の空気を吸い込んで、元気を貰うのだ。街を歩けば、自分の世界が見える。
2012.12.31
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これから何をしようとするか、ではないだろうか。痛かったり苦しかったりすれば、何をする気持ちにもなれないが、それは思えばそれほど長い時間ではない。生きている限りチャンスがある。それは、前を向いて歩くという勇気をもっている。それはヒトの誕生由来の形質であるのだろう。外に出たら、歩けそうなので、これから歩いてくる。 ・ブログをしながら、あまり料理もできないが、得意のコンソメスープを作っていた。カレーとか、ポテトサラダくらいは妻子も喜んで食べてくれる。親父が家にいるのは、どうも娘たちも煙たい存在だったようだが、どうやら少し慣れたらしい。親をあてにするなと言っているがどうもできないらしい。親元を離れて苦労をしないと、どうも世間の冷たさが分からないらしい。 ・へ2・・・家の中ばかりで生きているのではない。外に出なければならない。自分の心の窓がいつも曇っていない訳ではない。外を歩いてみる。色んな人たちがいる。風景がある。知り合いがだんだん減っていく。そのうちことばも通じなくなるのではなかろうか。次元の違う社会になっていくのだろう。日本語も時代の便法でしかない。これからウオーキングをして来ます。何時か出掛けたままになるのでしょうね。
2012.12.31
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>イスタンブル 当初どんな立派な政権も長期政権になると組織は腐敗してしまう。これも利己的な遺伝子のなせる業だろう。身内に甘く他人に冷たくなる。それが分かっていながらいつまでも修正しないのは、その腐敗は伝染して国家存亡の危機にもなる。間違いを修正するのは、人のからだでもやっていることだ。異常発生した昆虫は直ぐに滅びてしまう。正しいこともいつか終わるのであり、枯れたしまうから新しい芽も出てくる。 ・今年も有名人が多く亡くなった。その数万倍の庶民も死んだのだろう。同じ人間であり、名を成した人たちが必ずしも幸福ではなかっただろうし、残されたものが何を感じるかは分からない。象徴的にその有名人たちを思い出すだろう。あの輝いていた人たちが最期は一般の人たちと同じで、あっという間もない。同じ炭素になってしまう。美しい花ほど枯れると寂しいものだ。普通に生きて長生きしてみんなから好かれた方が賢いのではないだろうか。偉大と尊敬された人も自分が死んだあとにどんな評価をされるのか、それは公正に後継者を育てたかどうかだろう。 ・へ2・・・評価は自分でするものではなく、社会がするのであり、それは後世の人がする。権力を持ち過ぎればそのために起きる弊害は甚大になりがちだ。それこそ成し遂げたことがご破算にもなる。清盛は、その典型でもある。繁栄は悲惨な終わり方をした。その教訓をどこまで活かしただろうか。日本だけでなく、世界のあちこちで、未だに繰り返されている。
2012.12.31
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間違いをして進歩もある 人は巧く遣ろうとして失敗もする。それはいつも同じように視えて少しずつ違う時間の流れがあるからでもある。然し、間違うから新しい発見もしている。いつも優しい人が、いつもと違う事件が起きて、全く違う予想もしないことをするかも知れない。自分のことだって解らない。ひとの潜在意識は自分では感知できないことが多いだろう。命の危険が生じた時、妻子を先に考える余裕があるだろうか。普段立派なことを言う人もいざとなれば恥ずかしい行動もするものだ。 ・野田前首相も、その座にあった時といまでは国民の受け取る印象も違って視えるに違いない。社会的ステータスというのは、中学生の授業で知った赤い兜の話だと思う。そのひとではなく兜に人はひれ伏すのだ。それを自分の力だと思ってしまう。カネに靡く人もいるが靡かない人もいる。人の偉大さは、権力や権威に靡かない人間もいることだろう。 ・へ2・・・ひとは善人でも悪人でもない。善行を目指す人が善人であるに過ぎない。どんなことでもするのが人間の生まれつきだ。悪行をすれば報いを受ける。そうしなければ社会が許さない。この社会も常に正義ではないが、時々まともに為る。それはいつか間に合うのか間に合わないのか。運命の別れ目もある。自分が不幸でも幸福でも、他人は平気だ。
2012.12.30
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福岡市の日照時間年月日曜日日の出日の入り気温起床2012/12/1土7;0417;098 3;20日入り最早日2012/12/2日7;0517;095 4;00日入り最早日2012/12/3月7;0617;096 3;50日入り最早日2012/12/4火7;0717;098 4;15日入り最早日2012/12/5水7;0717;09 5;50日入り最早日2012/12/6木7;0817;095 3;55日入り最早日2012/12/7金7;0917;091 1;30日入り最早日2012/12/8土7;1017;107 7;302012/12/9日7;1117;106 4;102012/12/10月7;1117;10 4;152012/12/11火7;1217;103 4;352012/12/12水7;1217;103 4l052012/12/13木7;1317;113 6;102012/12/14金7;1417;116 2;552012/12/15土7;1517;1113 3;502012/12/16日7;1517;129 3;252012/12/17月7;1617;128 4;102012/12/18火7;1717;124 3;552012/12/19水7;1717;134 4;502012/12/20木7;1817;132 3;302012/12/21金7;1817;144 3;35(冬至)2012/12/22土7;1917;1410 4;282012/12/23日7;1917;15 5;102012/12/24月7;2017;152 3;102012/12/25火7;2017;16 6;012012/12/26水7;2017;172 2;302012/12/27木7;2117;173 3;352012/12/28金7;2117;1863;452012/12/29土7;2117;1984;102012/12/30日7;2217;1984;402012/12/31月7;2217;2024;48 2012年1月673,6212012年2月616,3452012年3月604,5632012年4月704,4482012年5月750,8302012年6月624,7132012年7月677,5562012年8月631,0982012年9月618,3212012年10月6412552012年11月613,8592012年12月608,409合計7,765,018 どうも一年を振り返れば、午前3時台が、一番気分が良いというか、夜明けになっていくといい時もあれば好くないと子もあるというか、体調はその時で違いもする。大晦日で、12月の一日2万歩の目標が、まだ未達である。今日は、是非続けている月度の目標を達成したいので、出来るだけ早く朝のウオーキングをしようと準備をしているが、降水確率は福岡市は、50-50-50-50%で、雨ではなく雪が降る予報である。雪なら歩けるが、強風のようだ。やっと4時台になり、6時過ぎにはウオーキングをスタートしたいと思っている。 ・一つのことをして、他の諸々の事象と繋がっている。毎日やることは同じのようで、時間という流れは様々な現象を変化させて、私たちを援けるが、その逆のこともある。天候も季節も人には厄介な相手にある。優しい時間もあれば苦しい時もある。そして加齢という課題を私たちに突き付けてくる。こんな筈ではなかったと思うが、それはこちらの甘さでしかない。既に、両親も死んでしまったし、優しい人たちも周囲から消えている。 ・へ2・・・身内にしてもどこまで心の奥まで理解していただろうか、それは怪しい。妻子だって見えない部分がある。人という生き物の複雑系は理解しつくすには相手が悪過ぎる。生命の種は宇宙から来たのだろう。それはアミノ酸に分解されて、隕石の中に含まれて地球にやってきた代物だ。太陽系は、やがて太陽の終焉を向かる。そして私たちの子孫たちも果てしない宇宙の旅に立つのだろう。その日がくるに違いない。私たちはそれを脳の中で想像している。形や相をを変えた生命の欠片が暗黒の厖大な宇宙を飛ぶ時がどれだけ長かろうと、また生命の誕生を一から始めるだろう。地球の歴史を一年にすれば、種としてのヒトの誕生は大晦日だ。
2012.12.30
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線上のドットラジオの深夜便で「G線上のアリア」が流れている。何の因果か、2;48に目が覚めて、起きてきた。珍しく妻子が揃って昨夜は騒いでいたので、私は追い出された訳でもなく遠慮した。福岡市の今の気温は2℃で冷えている。今年の大晦日で、遂に最後の日まで、一日2万歩の自分の日課の、年間の平均値は超えたが、月度がまだ達成していない。些細なことが気になる。 ・ひとは拘っている。これは中々抜けない。好いことでも悪いことにもなるのだろう。ある一つの線上にいるというのはイメージでしかないが、ラインの上にあるという自分の架空の幻想を信じている。というのは一つの思考法でもある。生きていく中でスポットとスポットを繋いでいるものは人間の思考の延長にある。連想ができるというのは脳のネットワークの為せる術でもある。 ・へ2・・・恣に自己本位に活きて暮らしている。文化レベルの所以でもあるが、何かを信じている。それはどこまで普遍的であるかが問題であるが、限られた狭い社会の中で生きてきたものの限界があるに違いない。遺伝子の設計図は、その人間の生命を支配してもいる。私が自分の一生で知るものは自分だけの準拠枠でしかない。やっと21世紀なり、類的存在の中で1ページの線上にある。死んでいく身の儚さを感じるが、決して惨めではない。美しいものに囲まれている。
2012.12.30
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>レモンツリー ルイ14世は「朕は国家なり」といった<歯抜けの太陽王>である。ルイ14世は、侍医ドクトル・ダガンの主張する「歯はすべての病気の温床である」という説に基づき、12回にわたる手術の末、すべての歯を抜かれた。しかも当時は麻酔もないため、歯はやっとこで引き抜かれ、抜いた後は真っ赤に焼けた鉄の棒を歯茎に押し当て消毒とした。その後、歯の無いルイ14世は、8時間以上かけてくたくたになるまで煮込んだホロホロ鳥や雉などしか食べられなくなった。また、常に胃腸の調子が悪くトイレに頻繁に駆け込んだ。時にはトイレから、家臣たちに命令を下すこともあったという。あまりにもトイレに行く回数が多かったため、衣服にも糞尿のにおいが染み付いてしまっていた。そのため家臣たちは、香水をしみこませたハンカチを鼻に当てて閣議に臨んだ。(Wikipedia引用) ・まさに中世からの中国の文化の日本支配は、「君臨すれども統治せず」だったかもしれない。君臨しても、統治がなければ、それは名目ばかりでしかない。イギリスの君主制もその他の国々もその範に従っているのが多いだろう。日本は天皇を象徴にしているが、それが休火山であることに変わりはない。それは猿知恵だろうか。否分らない。化けるかもしれない、よくあることだ。「支配すれども統治せず」は変形がどこにでもある。名を捨てて実を取るというやつだ。何が言いたいか。イラク戦争でアメリカの思惑は外れつつある。それは「君臨すれでも統治せず」でイラクをプチアメリカ型の国家にしたかったのだろうか。そうはいかない。キリスト教の世界支配は挫折しつつある。 ・へ2・・・笛を吹けども大衆は踊らないだろう。精々なにかのパレードでしかないからだ。それにしてもこの世界の混沌はどこから生まれたのだろうか。「朕は国家だ」というルイ14世が<歯抜けの太陽王>だったというのは、アイロニカルな話だろう。莫迦な事をしたものだが、それがまた、ルイ14世が君主であったからでもある。ひとはばかなことをするものだ。「裸の王様」も同じだろう。政府のブレーンも時代認識が欠けているような気がする。どんな統治をしようとしているのかわかったものではない。中国による北朝鮮もどうなのだろうか。いつまでも野放しでは後の祭りになりかねない。
2012.12.30
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これから 何時もこれから。そう思っている。これまでのことはそれまでのこと。今夜は、家族と一緒にテレビを見ながら鳥渡呑んでいる。また来年もある。あるというのはうれしいことだ。そして今年遣れなかったことを遣ろう。イエ猫が5匹。結構癒してくれる。相手の存在を認めることではないだろうか。ネコを知って知ることがある。それは共存することの大切さでもある。家族と仲良く遣れるのも猫たちの存在がある。嫌っているから世の中も厭になるに違いない。好きになることだろう。屹度いいところがある。自分のことを馬鹿にしないで、励ますことだ。これからの人生であれば楽しいこともあるに違いない。そう思う。 >私が拾ってきたちびちぶです。このブログの直前に撮りました。
2012.12.30
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考えるスタートが元日であるはずもない人生を生きているから、反省もしない1年だ。過去のことは過ぎたことで、遣りたいことを抱えているのだから不幸ではない。少なくとも何もないよりかは良い。できるかできないかが問題ではない。酒を飲み過ぎるとニューロンを破壊してゆく、食べ過ぎると早死にさえするだろう。リッチとは反対方向に歩いているが、他人を傷つけるよりかはましだ。 何よりも自己撞着が一番醜いと知っていますか。本当に、真のひとの美醜が見えていますか。人間は、皆「成長」し、ある時間から突然「老化」に変わる過程を生きているけど、現在の貴方の1年とは、何でありますか。もうあと一日で、2005も終わる。「ザ一葉」を読もう。誰にも走り出す勇気が必要だ。
2012.12.30
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>アユタヤの涅槃像 一葉の「十三夜」は、少年のころ読んだことがあり、「いかにしたるか車夫はぴたりとカジを止めて、誠に申しかねますが私はこれで御免をお願ひます、代はいりませぬからお下りなすってと突然にいはれて・・・」の場面が、妙にこころに残っている。もし、車夫が、自分のことだったら・・・と思ったりしたものだ。暗い夜道を弱気な自分を鍛えようとひとりで走っていたころだ。男女のことなど判りもしなかったが胸が騒いだ、というより不安に近いだろう。今読むと「ふうん」くらいでしかない自分がいる。世の中を知ることに価値があるのだろうか。「にごりえ」の「おい木村さん信さん寄ってお出でよ、お寄りといったら寄っても宜いではないか、・・・」も凄い。一葉のだらだらした序文がない。古典を模した「弁解」がない。小説はこうでなければ小説ではない。読者に甘えていては自分の思いは伝わらない。半井桃水と絶交して一皮剥けた女がいる。傷つくのを懼れては恋愛はないのだろう。そして破れなければならない。ハートブレイクが知る境地があるだろう。不幸でなければ見えないものがあるかも知れない。一葉がたどり着く境地は、喩え貧しく短く未熟な魂だとしても、それが「片恋」であったとしても一葉のエリアだろう。それほど利巧でもない現代人は、先を急ぎたがるが先に何がある訳でもないのだ。文化は砂利にしか見えないだけで、何も知らずに駆け抜けていく間抜けだろう。知ろうとしないだけだ。どれだけデータがあっても意味がない。騒音が大きいだけの花火でしかない人生にしている。 自分の人生に工夫のないひとの生き方は間違いだ。
2012.12.30
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>アユタヤ。仏像の首が切られている。遺跡は殺戮の歴史をも物語っている。私たちの存在もその歴史の流れの裔だ。晦日の夜、静かな時間だ。久しぶりの家族がそろって、テレビを見ているが、レコード大賞とかあっている。毎年同じような番組ばかりで発想の貧困ではないのだろうか。「清盛」も、大学の講座でもあまり話題にならなかったが、講師たちが見ていなかった。それだけ新しいものがなかったのではないだろうか。ぼんやりと生きていると面白くなくなってしまう日常がある。真剣さが足りないのではないか。首を切られた仏像は、なにを意味しているだろうか。文明の衝突は、現実になるかもしれない。そのときなっても何もできなくなる。事が起きる前にやることしないものは、その報いを受けるだろう。明日一日で2012が過ぎてしまう。我が家は今夜は賑やかである。
2012.12.30
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まだ夢の見られた時代に生きておもうことあり眠っている間の脳はどのような働きをしているのだろうか。個人差があるとしても、自分の脳の働きには興味がある。睡眠の質が悪くなっているのではないかと、日頃思うことがある。何故そうなるのだろうか。睡眠が学習にもたらす影響は大きいし、重要な役割を果たしているに違いない。SW睡眠の間に、海馬から大脳皮質に伝達が起こり、これが安定した長期記憶になる。だからレム睡眠は一旦大脳皮質に移った知識を強めるために必要であり、SW睡眠はまず情報を海馬から移すために必要だという。 ・ある研究では、新しい技術と知識の習得は、ひと晩の睡眠の後に向上し、さらにその後の数日のあいだ、毎晩充分な睡眠をとる限り向上するという。最初の晩の睡眠をすっぽかしたら、その埋め合わせは絶対に出来ないらしい。つまり、記憶をインテリゲートするためには最初の睡眠と記憶を外せないのだ。はたしてどれくらいの睡眠が必要なのだろうか。勿論個人差があるとしても自分のことは知りたいところだ。 ・へ2・・・6時間以上睡眠しないと学習促進効果のレム睡眠が得られないらしい。とても、それだけ長く眠っていないだろう。宣言型・非宣言型の記憶の双方にSW睡眠とレム睡眠は殆んど新しい仕事の学習に重要な役割を果たしている。目覚めている時の意識的な視点と普通に意識的にアクセスできない脳の部位にある記憶が同じことをしている可能性がある。記憶は、同じ情景でも一人一人違う見方をするものだ。それは自分で見たいと思うものをみているからだろう。
2012.12.30
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>イスタンブール 民族社会学者リヒャルト・トゥルンヴァルトは「同じ言語を話し、類似した制度や風俗、慣習を有し、文化装置がお互いに似ている家族、ジッぺ、共同体、集落の集団をヨーロッパ人は「部族(Stamm)」と呼んでいる。しかし、歴史学からは、当該人間集団の自己意識、彼らの共属意識、そして他の集団に対する彼らの対立意識が無視されている。歴史家にとっては、部族意識は部族概念の不可欠な構成要素である。共通の始祖の子孫であるという概念は、純粋で混じりけのない血統という理念と容易に結合する。ある部族のエスニックに純粋な構成は、他のエスニック集団との混合より高く評価されている。ゲルマン人は、明らかにこれを肯定的した観念をもっているように思われる。部族が血統共同体であり、エスニックに純粋であるという観念はいうまでもなく虚構であって、歴史的現実とは一致しない。にも拘らず、それは自己理解の本質的な部分であり、また、政治的イデオロギーの根幹をなす要素であっただろう。そして血統共同体の観念は「部族」関連することばの語源でもある。・ドイツ語の Stamm・ラテン語の gens・ゲルマン語の theodaliut と folk は、どちらかといえば、政治的・制度的な意味での民族を意味する。ドイツから見た日本人とは、単に極東の「部族」のひとつだろうか。それはラージであってもグレートではないのではないか。偶々西欧かぶれの一時期があったにしても、それは物真似としか評価しない世界があるだろう。日本人が、アジアのリーダーと思っているとしたら思い上がりだろう。そう評価されるまでのことは何も遣っていないだろう。族社会学者リヒャルト・トゥルンヴァルトは「同じ言語を話し、類似した制度や風俗、慣習を有し、文化装置がお互いに似ている家族、ジッぺ、共同体、集落の集団をヨーロッパ人は「部族(Stamm)」と呼んでいる。しかし、歴史学からは、当該人間集団の自己意識、彼らの共属意識、そして他の集団に対する彼らの対立意識が無視されている。歴史家にとっては、部族意識は部族概念の不可欠な構成要素である。
2012.12.30
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>グランド・バザールの中の有名なアイスクリームのおじさん。 いまNHKTVでイスタンブールの「世界遺産で住もうツアー」・黒谷友香があっていますが、たのしんでおります。魅力たっぷりだ。
2012.12.30
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・凍える寒さ・・地獄のような寒さ。 ショールの中で乳児マグダが死んでいる。 ・空腹・・・・・ジャガイモ1個のためなら魂を売ってもよい、というものが空腹である。 ・ローザは生き残り、ホロコースト難民としてアメリカへ。彼女は58歳、トラウマ、自己嫌悪、他者不信に悩み、偏屈で、気難しい女性になり、今はマイアミの安ホテルに滞在している。35年後もホロコーストは終わっていない。 過去>現在 過去のトラウマにとらわれたままである。 ・メンターとなる人はいた。71歳ユダヤ人。ローザのメンターになる。 メンターとなるひとの叡知 ・「お茶を飲み、おしゃべりしよう」 ・「私は申請用紙かね。よかろう。お前さんが申請し、私が受理しよう」 ・「どんなことにもいい面と悪い面がある」 現実的でなければ生きていけない。 「彷徨」(習作)、・同じものが二つある。書き直している。繰り返している。・はじめはモノトーク。・比喩として書くのが上手い。「手に砂が付いている。」詩的。詩になっている。正岡子規が始めた。「目で見たものをそのまま写す」。写生。梶井の特徴でもある。写生文。変容していく。心理を目に見るようにモノ化したのが漱石。・梶井と太宰との相違。太宰は、梶井を真似た。梶井のパクリがある。・すっきりしたもの・・・。晴朗な空気。太宰との違いがある。三島は梶井は好き、太宰は嫌った。・小説は判り易いとダメになる。・辿り着くべき結末。方向・ベクトル。容の違った反復。「檸檬」の爆弾がない。「檸檬」で成功し、ここではうまくいっていない。・梶井にとって、善悪が重要ではない。モラルで書いていない。・直哉の場合は、好悪=善悪と一体化している。・美・・・惹きつけられる。・この段階であるとどまっている。 「裸像を盗む男」(習作)、・他人と自分との関係。・標題を納得させるものがない。・肝心なことができていない。・暗示されている3人について書きたかった。書きたかったが、書かなかった。目指しているものが違う。本人と意図したものが違う。散文詩から散文(小説)他人の評価と自分の評価が相違している。・「丸善」が出てくる。「檸檬」にも出てくる。・金・借金・・・拘り。分からない。人間を支配しているもの。説明できていないもの。まだ「檸檬」・・までにはここではたどり着いていない。散文詩のレベルにとどまったが、多くの作家たちは散文と見做した。三島に影響を与えたなど。・梶井は自分の良さに気付いていない。堀辰雄・梶井の違い。 「鼠」(習作)、・「愛撫」・・と相対している。「愛撫」の着想がある。ねこ。猫に対する鼠。この作品が下敷きになっている。・完成された作品。ただ「愛撫」の方が文学としては優れている。当時は、梶井は、より小さいものに関心があった。レトリックを磨いた作品。・みるべき作品になっている。結末の選び方が上手くいっていない。良質な作品を残しながら、結末だけがうまくいっていないのではないか。・注目していい作品である。 「カツフエ・ラーヴェン」(習作) ・親しいRと敵対するSとの間の私を書きたかった。自分を脅かす存在がいる。・Sという存在。脅かすものではない。書かれなかった後が問題。完成していない。・Raven(からす)・卑屈な自分を許せない。・腕力・・暴力。に対する人類。檸檬に書かれていないものを書こうとしていたが、・・・。・中野重治「歌のわかれ、鑿」佐野の無礼は許せるが、それを許す自分が許せない。・ジュリアン・ソレル・・「赤と黒」。軍人か僧侶か。「罪と罰」自尊について書いている。・梶井の拘り・・・自尊。漱石や志賀直哉の影響を受けている。三島を評価している。・他人への拘り。立っているところが漱石と同じ。対人関係が漱石のテーマ。「道草」と「明暗」に、梶井は辿り着いていない。・詩・・私の感情を書くもの。私でありながら普遍性をもつ。私小説ではない。プロの作家が梶井を評価する傾向がある。本格的な小説は、むしろプロの作家たちには関心がない。
2012.12.30
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晦日のウオーキング今年も晦日までウオーキングは切れずに来れたなあと、霙に為りそうな空を見ながら歩いてきた。朝から強風と雨で、16時ころからやっと、約2時間ばかり。香椎と和白干潟は、野鳥の姿は少なかったが、人影もなく静かな風景を愉しんできた。 ・「断捨離」ということばが、片付けられない娘たちへの妻の警告であるが、どうやら来年への持ち越しでもある。身辺整理の出来ない人間は、頭も悪いのだろう。整理整頓ができないでは、先に進めなくなる。ことばの概念は難しいが、確かに、決断の出来ないのは問題でもある。昼から年賀状作成でPCを娘たちに貸していたので、これからブログも再開します。 ・へ2・・・どうも正月が来るという感じもない。いつものような一日だが、一段と寒さが増してきたので、あと一度ウオーキングをするつもり。
2012.12.30
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一つの社会は、ある一つの全体として評価せねばならない。その弱点をぼかしたり、その暗い側面を触れることを拒んだりしてはならない。ある文明がいかにして一体性を保ち、進化し、存続しているかを理解するかだ。 サタンが西洋文化圏で、決定的に重要な位置を占めるのは12世紀から13世紀頃のことに過ぎない。ましてや悪魔にまつわる強迫神経症的な恐るべきイマジネールが確立するのは、さらに遅い中世末期である。こうした現象は、神学的かつ宗教的な領域のみを出来事として把握すべきでない。これも一つの文化の表象だからだ。 ヨーロッパは、当時言語も文化がバラバラだったのは、自らの独自性を確立しようとしたバベルの塔でしかなかった。教皇庁と強大な諸王国は悪魔と地獄とを発明したという事実を、大して重要ではない宗教上の現象とみなすわけには行かない。絢爛たるサタンのイメージを練り上げた思考システムの誕生こそ、西洋の活力が飛躍的に増大したことと密接につながるのだ。 すなわち「中世の秋」は、近代の幕開けを告げる「西洋の春」でもあったのだ。何の為にサタンがあるかは、よく考えれば解かることだろう。それほど、頭の良いひとが滅多にいない代わりにその逆もいないだろう。あとは、自分の想像力の問題だ。
2012.12.30
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2012-12月歩数集計 年月日 気温起床 歩数2012/12/1土8 3;2022,0132012/12/2日5 4;0028,8002012/12/3月6 3;5011,5002012/12/4火8 4;1524,4802012/12/5水 5;5018,8652012/12/6木5 3;5523,3262012/12/7金1 1;3015,5412012/12/8土7 7;3015,8752012/12/9日5 4;1016,5372012/12/10月 4;1522,6082012/12/11火3 4;3521,5332012/12/12水3 4;1522,6542012/12/13木3 6;1021,8652012/12/14金6 2;5511,5002012/12/15土13 3;5013,5122012/12/16日9 2;3525,7362012/12/17月8 4;1020,8772012/12/18火4 3;5524,7402012/12/19水4 4;5024,1232012/12/20木2 3;3021,9832012/12/21金4 3;3512,2862012/12/22土10 4;2822,7812012/12/23日 5;1021,4772012/12/24月2 3;1020,7662012/12/25火 6;0122,5042012/12/26水2 2;3025,5602012/12/27木3 3;3522,3402012/12/28金6 3;4512,5362012/12/29土8 4:1026,5602012/12/30日84;2013,531合計 608,409 朝から雨で歩けなかったので、13,531歩。まあ今日はこれくらいで、夜のウオーキングは、無理をしないことにした。
2012.12.30
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よく生きるためにするよく活きたいと思うが、それが中々うまくは行かない。何故だろうか。 期待>現実。 客観的に自分を把握できない。実力と願望が一致しないのは、よくあることだ。野望を抱けと言うが、それは困難もある。人生を大別して、4分割すれば、 20年×4回。 ヘイフリックの限界ではないが、20年毎に生まれ変わるという学者がいた。 20歳、40歳、60歳、80歳で平均寿命だ。60歳になれば、過去のことは全部、捨てて新しい自分になる。 ・妻子もいるだろうから、ひとりで生きていくわけではないが、精神的には生まれ変わることはできる。ひとにも変態があっていい。ひとは変わることはできるのだ。凡人が天才にはなれないが、努力家にはなれる。下らないことを考えないこともできる。よく活きるとは、自分にとって何であるか、その最善を尽くす事でもある。 ・へ2・・・アバウトに20年と書いたが、疑問はある。それはアバウトな数字であり、20年に拘るべきでない。4回が、5回でも構わない。それが個性でもある。ただからだには、細胞分裂があるように、心に節目があっていいと思う。遺伝子も設計図が在り、それは成長し、或る時点から死へと向かうのであり、それにともなって人のあるべき容も変わるべきだろう。60歳になって過去と別れたつもりでいる。それで自分の好きなことをしている。
2012.12.30
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<作品>「弟子」、「李陵」・レジュメ2枚。・李陵。「弟子」・子路のはなし。・論語に載っていない話。・参考竹内照夫「春秋」(東洋思想叢書)日本評論社昭和17.4・熊本に中島の有名な研究者がいる。・「君子は、冠を正しゅうして死ぬもの」。どこから来ているか解らない。特定されていない。・中島の創意ではないか?原典があるらしい。・註が出ているのが普通である。・21ページ。・37ページ。「春秋」。・7,8あたり。南子の存在が気になる。・谷崎の存在がある。・35ページの南子の件画あって孔子が旅に出る。孔子の転換点。・子路への孔子の疑問。・天道是か非か。司馬遷の宮刑のとき発する。子路の疑問。・善悪は人間が決めているもの。子路は純粋な人間であることを中島は書こうとした。・弟子と李陵の共通点がある。・子路と孔子。その溝。・孔子から子路をみた。孔子は逃げている。・孔子・・・行動者。現実的。・孫悟空に近い。・政治家は俗人。・聖者は勝つのではない。・孔子は遣わない。容れられない。・中学では孔子道を教えられない。・中島は、孔子の現実主義者を説いている。それは他とは違っている。これが重要。他にない。・7.8.9がポイント。・天は何だと思っている。司馬遷は天道是は非か、という。・キリスト教は、ヒトと動物を差別している。・中島の思想。・子路の問いに孔子は幸福と逃げている。・死を恐れなくなる。・現実的な判断を言っている。現実的な対処法。下手に規定するとまずくなる。・死後の生がありやいなや。永遠の問い。・即答になっていない。・期待するような答えではない。・孔子の存在。について書いている。子路ではない。・観念ではない。孔子道。・腕力がある孔子。武蔵が知恵をつけたようなもの。・モラルのモデルではない。・戦時下で書いた作品。何か意味があるのだろうか。・生身の孔子。・何故子路が孔子をおそれいるか。・中島の子路像。・孔子は、予見している。子路の無残な死を遂げる。・「弟子」の評価は低い。「山月記」は、完成度は低いが感動する。「李陵」は欠点が少なく完成度は高い。作品としては、評価が高い。 「李陵」・「李陵」は、三者三様をまとめている。・中島の視点が他とは違う。・司馬遷ではなく、李陵をメインにしている事。・核。天道是か非か。だから司馬遷を書く。報われない李陵を書いている。・好みが他の作家とちがう。視点が違う。・森鴎外「意地」。乃木希典を書いている。・「こころ」は、乃木は、何で死んだか解らない。・しず。乃木の奥さんの名前。・新聞を信じていない。リアルな取り上げ方。・軍人は肝心なことを口にしない。・西郷も違う。乃木は似ている。・他人に死なれて平気ではない。西郷と月照。当時は知られていた。・乃木と203高地。先生が殺したK。・小説をリアルに読む必要がある。「こころ」も違ってくる。・当り前のこと。皆が感じていて口に出さないこと。・中島は、何故鴎外を研究したのか。歴史小説。・漢文の素養が、鴎外、漱石の時代と、谷崎、芥川では差がある。中島は漢文の素養がある。・中島には、鴎外が意識されたのではないか。・運命と意地の張り合い。意地を繰り返す。・司馬遷「天道是か非か」。腐刑。・創・・・作ではない。作為。創造。・のべてつくらず。創造。・「史記」人物が浮き上がるように書く。人物がリアルに描かれること。歴史家の書き方ではない。中島が司馬遷をそのように考えている。・人間が精彩あるように書く。歴史家とは違う。・大江健三郎。創造を生み出す力。クリエーション。(述べて作らず)・作為ではない。・述べる。一人ひとりの人間。個性と個性がぶつかり合う。・実践。小説を書く小説家。アンドレジイド。太宰。昭和初期に流行った。・最晩年の作品でもある。・腐刑に遭った後に同じように書けるか?当り前ではない。人間ではなくなったあと。・李徴と李陵。・「山月記」李徴と「李陵」司馬遷。レトリックが繋がっている。・宿命的因縁。・詩をつくることを止められない李徴。史を書くことを止められない司馬遷。・三人の宿命。捕虜になる。内向する人物。題材にし難い。・中島の好み。李陵。それが特徴。・子路と通して孔子を書いている。・中心にすべきものを外している。ものの見方。・述志の文学。こころざしがなへんにあるか。・李陵は、捕虜になった。構図的。この世にかけた活き方。生の違い。こころざしを描く。・作家好みの李陵。・蘇武。
2012.12.30
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講座でヒントを貰って 色々という程でもないが、市民講座は学生の頃から聴講しているので、休んでいた時期もあるが、頭から離れたことはない。向上心が無くなれば男ではない。男だからでもないが、自分の非力を知っていればやらなければならないことはある。楽に生きようとは思わない。 ・日本文学や日本史もある。もっと自分に相応しいテーマが見つけられるかもしれない。色々遣って見たい。最期までそれは見つけられないかもしれないが、それを探し回っただけでもしないよりかましだろう。無知無能だったと納得もするだろう。一葉のようなジャンプが簡単にできるわけではない。悟りもあるが、それも「百千萬刧難遭遇」なのだろう。目の前にあるのに気付かないだけだろう。 ・へ2・・・市民講座はヒントを呉れる格好の場所だと思っている。漠然とではなく、そろそろ絞って遣らないと何をしているか解らないことにもなる。これまでの6年間の文学講座の中で取り敢えず、中島敦は、鳥渡深く読んでみようと思っている。研究も遅れているようだ。空地のある方が面白い。
2012.12.30
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雨になっている 朝食はパンと野菜と牛乳だけだ。時々即席のマーボ豆腐をつくっている。今朝は、そのマーボに茄を加えてもう作ってある。今朝は朝風呂もしたし、だらだらと晦日を過ごすつもりでいた。 ・無理して雨の中を歩くつもりはない。予報では、夕方まで70%の降水確率。あと3万歩のこしているが、一日2万歩も月度目標に届く。些細なことではあるが、ウオーキングは、私にとって健康のバロメータでもある。苦しむことなくそれができたことを悦んでいる。 ・へ2・・・つまらないことを蔑しにはしない。大きな目で見れば生きることは詰まらないことではない。詰まらないことにしているのは自分の欲望や野望でしかない。そのことを最近覚えた般若心経でおもう。昔から知っていた「般若心経」だが、右の耳から左の耳へ通過していただけだった。義父が亡くなる前に、毎朝仏壇の前でやっていたらしい。そんなことやめろと妻が言ったいたが、どうやら言うのを諦めたようだ。
2012.12.30
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>美味しいものも食べ過ぎると、ろくなことはない。 ちやほやされず 甘やかされずあることも決して悪いことばかりではない。寧ろその反対の状態は、余りいいことにはならない。成功ゆえに没落するという。上手く行くと奢りも出る。自分の力だと過信もする。漱石の作品の中にも読者を見下げたところがある。特権意識のある人の言葉はどこか嫌な感じがする。 ・若い女が美しいとちやほやされて駄目な人生にもなる。性格が悪くなり易い。勿論例外はあるのだろうが、甘やかされた人間は、自分が特別な人間だと思いがちなのだろう。それはその人のダメージでもある。厳しい日々も自分の人生の糧になるとおもう。辛かった昔は、いま何でもないことのように思えるからだ。 ・へ2・・・仕事をしていたころの師走はどこか落ち着きのない日々だったと思う。仕事が待っていて、いつも平穏な気分になれなかった。職場でも、自殺したり、病気になったりした方も多かった。この一年、自分にとってどんなものであっただろうかと考えると、自分が甘やかされてこなかったことに感謝したくなる。
2012.12.30
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>ブルーモスク 「無眼耳鼻舌身意」と般若心経にある。外見の老化しか余り気にされないが、血管年齢も肺年齢も、口の中もある。メタボだけではなく、ロコモ(ロコモティブシンドローム)とは、運動器症候群のことである。先ず視力が弱ってくると周囲に対する細かい情報が減って来て状況の把握が若いころのようには行かなくなる。それでも生きていくだけの情報は最低限あるものだ。 ことばの世界の中で「耳順」まではいかないが、周囲の人たちの言動が理解できるだけ安心もできる。自分の世界はせまくなってきたが、それでも私には広すぎるくらいだ。
2012.12.30
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ゾフィー・ショル Sophie Scholl 1921年5月9日、ゾフィーはコッハー河畔の小さな町フォルヒテンベルクで生まれた。1943年(21歳) 2月18日 大学内で兄ハンスとビラ6号を撒いている発見され逮捕2月22日 民族裁判所にて死刑判決。17時ミュンヘン・シュターデルハイム刑務所内で斬首 帝国勤労動員を経て、ようやく大学で学ぶことができるようになった1942年5月初め、ゾフィーはミュンヘンへ移った。ハンスは親しい友人たちを彼女に紹介し、彼ら主催の読書会にも招待する。白バラのビラがミュンヘンの街に現れたのはこの1ヶ月後だが、最初からゾフィーが白バラに関わっていたかどうかはわかっていない。1943年2月18日、兄妹は大学構内で用務員に目撃・通報されナチスの秘密警察に逮捕されてしまった。そこからのゾフィーの処刑までの5日間。処刑の前に兄妹が両親とシュターデルハイム刑務所で面会した。ハンスは囚人服を着ていたが、ゾフィーは自分の服で、絶えず微笑みを浮かべ、ハンスが断った甘いものを嬉しそうに食べた。「あらそう、いただくわ、私はまだお昼を全然食べてないのよ(『白バラは散らず』P.110/インゲ・ショル・内垣啓一訳/未来社)」。 ゾフィーのメッセージ 私はもう一度、すっかり同じことをやるでしょう。 考え方のまちがっているのは私ではなく、 あなたがたの方なのですから。
2012.12.30
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晦日の雨 雨でウオーキングできないので、気分転換に朝風呂をしてきた。結婚する前、玉名に住んでいたので、近くの風呂屋の一番風呂に入るために昼ころ出掛けていたことがある。いつも入れ墨をした老人と一緒だった。玉名温泉と言って地元では有名な温泉地でもあり、ふつうの風呂屋も温泉だったが、温度が低かったのでボイラーで過熱していたようだ。大学を出たが浪人をしていた。 ・一番風呂に入ってから、昼寝をしていた。その当時のことを思い出していた。好くそんなことができたものだといまでは思うが、そのころは気付いていなかったのだろう。父母もよく我慢してくれたと思う。子どもに甘かったのに違いない。思えば若いころで、病人だったわけでもない。罰が当って、母が胃がんになったりしたが、おはら庄助さんだった。 ・へ2・・・人生は一度の出来事でしかない。それは何であろうとも一度しかなく、しかも不可逆である。そしてそれがあったからこそ今の自分もある。胃弱で直ぐ病気になっていたが、そのころからだを鍛えておくべきだったのかそれをしたら却って違うことになったのかもしれない。4年半続けている朝夕のウオーキングも今だから効果もあるのか無いのか解らないが、遣る価値はないことはないのだろう。今年は、台北に行ったのと、北海道に行ったことぐらいである。碌に進歩もないが、そろそろ変わらなければならない。
2012.12.30
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それは思うけれど、少なくとも衒うことはしたくない。自分に対して悪いことだからでもある。決して善いことにはならない。愉しくないのに楽しいとか振舞ってもそれが何になるだろうか。見せかけの自分を他人から良く思われたいと思っても長続きはしない。政治家たちが、虚偽申告をしがちだろう。票集めのためにしたくもないことをしたりする。本気なのかどうか分からないが、宗教団体にすりよったり、圧力団体のこま犬になる。 ・豪邸を買って僅かな年月で早死にした人も多い。それは自分の寿命は解からないことかもしれないが、どんなこともあると少なくとも考えておくべきであり、見栄のために生きているのでもない。甘い考えがあるのだろう。一日も化笠何で酒を飲んでいると今ラジオでしゃべっている人がいるが、何とも寂しい人間だ。それこそそれくらいの今風芸者でしかない。 ・へ2・・・21世紀に生きている人間が、毎日酒を飲んで、それを有名人になって、豪そうにラジオで喋ることではない。それくらいの見識もない人間だろう。そういう人が書いたエッセイを読んでいる人たちはそれこそ情けないだろう。酒屋の宣伝にはなるのだろうが、それは害毒を垂れ流していることでもある。毎日酒を飲めば自分は病気にならなかったとしても、それを遣れば必ず病人になるのだ。夜眠れないから酒の援けをかりて呑んでいる人もいる。然し必ず反作用がある。どうしたら、良質の睡眠ができるか悩んでいる。簡単な方法で、出来ることは少ない。酒、酒という人がいると腹が立つ。 健康で活きていくために、それは自分のためだけではない。社会を良くすることなければならない。自己陶酔してはそれはできないことだ。自分の命を大切にすることがこの社会を尊重することであり、人間尊重にもつながっている。
2012.12.30
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>和白干潟。福岡に来て30数年間。それこそ出来合い結婚をして、子どもが生まれて、あまり続かないだろうと思ったが、夫婦関係もいまだにつづいているが、それがどうしてか理由はあるのだろうが、考えたこともない。気を遣いたくなかっただけだが、それが悪くなかったのだろう。 ・一人っ子で、周囲の大人たちから大事にされたこともあってか、ひ弱に育ったところがある。外弁慶の内なめくじと義祖母から揶揄されていた。たしかに内気で損をしたが、おとなしいと想われようとしてネコをかぶっていた。それは社会ではマイナスだったのだろう。自己主張がないと評価されてしまう。小さく収まってしまい、冒険をしない人間にもなるのだろう。 ・へ2・・・自分の措かれた環境がすべてだと思ってしまう傾向は決定的なダメージにもなってしまう。これでも何回か、方向転換をした。それは大したことではなかったが、もっとしばしばやらなければならなかったと後悔もしている。後の祭りでしかない。その時なぜチャレンジしなかったのだろうか。勇気がなかったのか、自己保身のためか、いずれにしても失敗を恐れずすべきだったことはいくつもある。また来年も中くらいの春が来るのだろう。それが何だろうか。これから何ができるかだ。
2012.12.30
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福岡市の日照時間年月日曜日日の出日の入り気温起床2012/12/1土7;0417;098 3;20日入り最早日2012/12/2日7;0517;095 4;00日入り最早日2012/12/3月7;0617;096 3;50日入り最早日2012/12/4火7;0717;098 4;15日入り最早日2012/12/5水7;0717;09 5;50日入り最早日2012/12/6木7;0817;095 3;55日入り最早日2012/12/7金7;0917;091 1;30日入り最早日2012/12/8土7;1017;107 7;302012/12/9日7;1117;106 4;102012/12/10月7;1117;10 4;152012/12/11火7;1217;103 4;352012/12/12水7;1217;103 4l052012/12/13木7;1317;113 6;102012/12/14金7;1417;116 2;552012/12/15土7;1517;1113 3;502012/12/16日7;1517;129 3;252012/12/17月7;1617;128 4;102012/12/18火7;1717;124 3;552012/12/19水7;1717;134 4;502012/12/20木7;1817;132 3;302012/12/21金7;1817;144 3;35(冬至)2012/12/22土7;1917;1410 4;282012/12/23日7;1917;15 5;102012/12/24月7;2017;152 3;102012/12/25火7;2017;16 6;012012/12/26水7;2017;172 2;302012/12/27木7;2117;173 3;352012/12/28金7;2117;186)3;452012/12/29土7;2117;198)4;102012/12/30日7;2217;198)4;40 福岡市の今朝の最低気温は8℃ 最高気温は9℃の予報なので、日中も殆んど気温が変わらない。夜半から雨になり、いまも降っているが、昼まで降水確率が70%~80%で午後は30%~20%。北西の風だ。それこそ、つまらないことをブログに書いているが、そこには私なりの暮らしがある。そして拘りもある。2012-ウオーキング歩数記録2012年1月673,6212012年2月616,3452012年3月604,5632012年4月 704,4482012年5月750,8302012年6月624,7132012年7月677,5562012年8月631,0982012年9月618,3212012年10月6412552012年11月613,8592012年12月594,878 合計7,751,487今年は、結構一日2万歩の日課も苦労している。去年まではどこまで記録を伸ばせるかだったが、今年は続けることの難しさが問題である。2010年8,607,278 2011年1月715,5612011年2月573,7362011年3月725,1582011年4月941,2202011年5月980,2302011年6月804,4172011年7月712,5012011年8月647,7442011年9月601,6442011年10月663,0432011年11月620,0432011年12月655,210合計 8,640,507
2012.12.30
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>博多湾東部。和白干潟付近。 あと一日寝るとあと一日寝るとお正月。いいですね。子どもの頃は正月は、お年玉とか、つまらないことだが、妙にその詰まらないことでもいいことがあると、何か幸せな気分がした。何故、そんなに喜んだのだろうか、うきうきした気分がした。大人に為り、生きていることが楽しいことばかりではないと知りだすと、なんとなく正月もあまり嬉しいものではなくなったようだ。 ・それでも、父母と一緒に暮らしていたので、30歳くらいまで呑気に生きていた。熊本市の西部で、お城に西にあったので、城西に住んでいたが、現在は西区になっている。金峰山の麓に当たるところで、昔は琵琶崎と言っていた。ハンセン病の私立としては明治以来の有名な教会があった。療養の施設には多い時には100人を超す患者が収容されていたようだ。そこの教会から毎朝夕の教会の鐘を聴いて育った。 ・へ2・・・子どもころの幼児体験が、その人の人生に大きな影響がある。世界観や人生観というのは、育った環境がベースになっている。一人ひとりの人生には、毎年正月を体験して歳をとってきたわけだ。悲喜交々、悲しさや喜びの数が多かった少なかったのはそのひとのものでしかないのだろう。過ぎてしまえば、懐かしい。睡眠が、私たちの活力の源泉でもあった。あと一日寝るとお正月だ。楽しいお正月にしたいものだ。その気分だけでも悪くない。
2012.12.30
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