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>石榴福岡市の日照時間 年月日 曜日 日の出 日の入り 気温2012/11/1 木 6;37 17;25 12 2012/11/2 金 6;38 17;24 82012/11/3 土 6;39 17;24 10 2012/11/4 日 6;39 17;23 2012/11/5 月 6;40 17;22 14 2012/11/6 火 6;41 17;21 13 2012/11/7 水 6;42 17;20 12 2012/11/8 木 6;43 17;19 11 2012/11/9 金 6;44 17;19 2012/11/10 土 6;45 17;18 11 2012/11/11 日 6:46 17;17 13 2012/11/12 月 6;47 17;17 12 2012/11/13 火 6;48 17;16 13 2012/11/14 水 6;49 17;15 10 2012/11/15 木 6;50 17;15 10 2012/11/16 金 6;50 17;14 2012/11/17 土 6;51 17;14 2012/11/18 日 6;52 17;13 8 2012/11/19 月 6;53 17;13 7 2012/11/20 火 6;54 17;12 8 2012/11/21 水 6;55 17;12 7 2012/11/22 木 6;56 17;12 2012/11/23 金 6;57 17;11 12 2012/11/24 土 6;58 17;11 12 2012/11/25 日 6;59 17;11 2012/11/26 月 7;00 17;10 -2012/11/27 火 7;01 17;10 72012/11/28 水 7;01 17;10 2012/11/29 木 7;02 17;10 2012/11/30 金 7;03 17;10 年月日 曜日 日の出 日の入り2012/12/1 土 7;04 17;09福岡市の(去年)日入りの一番早かった時間は17;08 だったが今年は、どうだろうか。今朝の気温は8℃で、少し暖かく感じる。>和白干潟。和白川口付近。
2012.11.30
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他人を見下げれれば結局得るものは少なくなる。自分を敬しないものに心を開く人はいないからだ。敬されても敬すことはなお難しい。思い込みかもしれないが。先入観なしに素直に心で聞くことが段々できなくなる。だからこそだろう。同じことを聴いているかもしれないが、改めて聞いていると思えば、新しい発見もあるだろう。 ・こうして朝起きてくるのも昨日とは違う。同じように思うのは、安心したいからでしかない。時は不可逆であり、この瞬間も一瞬後には過去になっていく。現在はアバウトな自分の感性でしかない。夢の中で視ているイメージは走馬灯でしかない。今日は講座があるが、妻から秋月に行きたいと誘われている。どうしようかと迷っている。 ・へ2・・・目が覚めて、トイレに行きながら、起きるか、もう一度眠るか、自分の体と相談したが、取り敢えず暫く起きていようと決めた。寝てしまえば、このブログも無い。
2012.11.30
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解かる時自分ではそれほど解かっているわけではないが、今だから、というのは確かにあるのだろう。般若心経もただのひとつの考えとしか考えてはいなかったから記憶しようとも思わなかったのだ。こうして記憶力も落ちて来た時になって、やっと暗唱できるまでになった。そして、自然と口にも出るまでになった折、韓国の長い歴史のある文化遺産でもある仏国寺や海印寺にツアーに行く機会に恵まれた。 ・現地ガイドの簡単な説明を聴いただけの、どこか物見遊山や買物ツアーの目的が多いツアーでもあったが、世界遺産としての存在の重みはあるのだろう。日本にはない伝統の重みもあると感じない訳には行かない。自然とか環境とか、今に残る文化遺産だからこそそれだけの評価もあるに違いない。お寺のある町の慶州だからこそ食堂には「般若心経」の印刷物が壁に飾られてもいた。 ・へ2・・・韓国では、仏教は、儒教やキリスト教や国家の政策によって必ずしも厚遇されてきたのではない。然し、いまに遺産として残っているのは、それだけ信仰ある人たちが現在残しているだけの底力が無ければならない筈だろう。あるがままにあるのが世の習いでもある。私もこの歳になって解かるものは解かるのだろう。
2012.11.30
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<作品> 古潭 「山月記」・文学講座の教室が、以前の図書館のある教室から、広い多目的ホールに移動。・レジュメ2枚・原典は、「人虎傳」のみではない。・カフカ「あな」、穴のような家。・カフカ「罪・苦痛・希望・および真実の道についての考察」より。・変身。むしろ、引用は、種本になるのは、・司馬遷は「任小卿にかえす手紙」参照。司馬遷は宮刑された。これと「山月記」は関係がある。ふつうの人ではなくなる。・トーマスマン「トニオ・クレエゲル」・中島敦は、日本人には珍しく、英語や中国語が堪能で原本を理解できる。鴎外、漱石と同じくらいの語学力があった。東大卒。英文学に進むと思われていた。・「虎狩り」。との共通点。・何かに「憑かれた人間」というのも中島という作家のモチーフである。・主人公は詩歌に憑かれた人間。・虎を「文字に憑かれた獣」という中国で伝習がある。・作中のあのシーン「月に吠える」のは「虎」でなければならない。・何故虎なのか?かっこ悪くてはいけないのか。太宰も格好悪さを格好良く書こうとする。・自分が虎になったことを自分自身で理解できない。カフカの変身もある面リアルに描く。詩人の悩みと虎の悩みは同じではない、そこに違和感がある。・「李徴」は、何故虎になったか、答えの無い苦しみ。・人間にはどう考えても判らないものがある。人間の限界がある。・有限と無限。・哲学的な問い。いくら考えても判らない。・詩人の悩みと虎になった悩みは、別のテーマである。・三島や北杜夫は、トーマスマン「トニオ・クレエゲル」を愛読した。・「北方行」参照。・生活への愛着を棄てきれないのは、プロではない。・俗人・・・「生活」。画家のプロ意識もある。・芸術は何に向かって描くか。人に向かう。・やましい良心をもった芸術家。・中原中也 明治以前事象・妻子への愛情の欠如。・・・反面、妻子のために衣食のためにと書いていると別のところで書いている。・どう読むか。非人間的ではない。・虎になったのは非人間的だからではない。安易な答えではない。・アリ地獄の苦しみを書いている。具体的に描こうとする。中島風のあり地獄。・「問いそのまま答えである」。何を問うのか、が問題。・納得できないこと。答えを求めていない。哲学的。・生活への愛を棄てきれない。李徴の嘆き。・志賀直哉「荒絹」。蜘蛛にする。女神から妬まれた孤独な少女。・人との接触を断つと可笑しくなる。孤高の人。・世の中から離れていく。コミュニケーションの断絶が異類になっていく。・自殺する人間の気持ちは誰にもわからない。他人には、解って貰えない。・人間は「教育だ」と思っているひとがいる。漱石。教育次第である意味。・聖書を読まないでも、キリスト信仰者もいる。・あらゆる芸術は凡庸を否定できないのではないか。・選ばれた人間である李徴と、トニオ・クレエゲルとの比較。芸術と生活。愚かな人間と天才。その対立。・司馬遷「史記」。宮刑。・「李徴の独白」。司馬遷の境遇。男でなくなることと同じ。内面の葛藤。・手紙と語りと独白など同類。外枠は人虎傳だが、内面は、司馬遷とトニオ・クレエゲル。・人がトラになる話と一致するかしないか。カフカの作品では解からない。確かめる作業がある。モチーフ。発想。が気になる。調べてみる価値はある。・中島のカフカのメモがある。・Man and Books 漱石、秋成、鴎外。カフカなど。・定説に捉われないことが大事である。「人虎傳」とは内容が違う。
2012.11.30
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無花果は子どものころから食べていました。食糧難の時代で、食べるものもなかったから、貴重な食料だった。沢山実をつけて、無花果という漢字をいつからだろう知っていた。国語辞典を調べるのが趣味だった。聖書に出てきた無花果がある。トルコのトロイ遺跡でも無花果があるのを見つけた。日本に渡って来たのは三裂は江戸時代、五裂は明治時代以降らしい。それこそ飽きるくらい食べた。葉や茎を切ると乳汁が出るのが奇異に感じたものだ。
2012.11.30
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<作品>「光と風と夢」・代表作。芥川賞候補。落選した理由が解からない。当時の軍国主義の雰囲気があった。・賛否の分かれる作品。・吉田健一は高い評価。・第十五回芥川賞選評では、川端と室生が賞賛したが、他の委員が評価しなかった。横光は触れてもいない。時代背景と、作品には斬新さがある。・平凡な日常を描いており、面白くない。散漫で焦点が定まらないとの厳しい評価があるが、小説とは事件ばかりを扱っているわけではない。描き方次第。殺人や突拍子もないことだけが小説ではない。皮相ではなく、その深さにある。視点の面白さ。斬新さである。・中村光夫は、「欠点があって、否定的なものでも、却って長所にもなる」と言った。時局に受け入れられない。作品は、300ページに及ぶ長編の作品であり、当然散漫な部分もあり、新しい形式が受け入れられなかった。・川端は流石に鋭い視点で「受賞しないのは訳が解からないと評した。横光は、その反対。・中島は、英文学に進むと思われていた人物で、英語にも漢文にも通じていた。何故そうしなかったのか。時代がそれを許さないと思ったのだろうか。時代の身に迫るものが臆病にしたのだろうか。それが挫折するエリートを描いている。皮肉。・吉田は、漱石、鴎外に次ぐ作家として中島を評価した。・翻訳英語は、スラスラと読める日本語になっている。・英語や中国語を理解できる能力に優れている作家は、日本の作家には、そうはいない。・「文学は文章」である。・「文学と筋」についての議論があり、芥川と谷崎の間で論争があった。芥川は、筋(ストーリー)は要らない。その後自殺した。・谷崎は、小説は筋(ストーリー)である。・この作品の結末の描写で、鴎外の「阿部一族」最後の切腹の前に、「風鈴が鳴り」、「ヤンマが一匹とまっている」など、連想させるものがある。・この作品に初めに、友人の父の死の描写があるが、カフカの作品のような箇所がある。・無名の人の死と有名な作家の死が同等に書かれている。上下の関係ではない。フレームが最初からできており、それが最後の描写のフレームに繋がっている。・「山月記」の李徴にも通じている。・作家としてではなく、生活者としても描かれ両方を中島敦は書きたかったのではないか。・ありのままを、それこそ小説(ストーリー)にならないものを敢えて小説にしようとしたのではないか。どうでもいいようなことを書いている。それが寧ろ小説ではないか。・散漫になっているのは、敢えてそうしているのではないか。・ムダなものが、むしろ必要である。・300枚も書いたのは、それが欠点であるが長所にもなる。判ってそれを書いている。中島の狙いはそこにある。・欠点になることを敢えて書いている。それが長所になることもあると言いたいのではないか。・退屈のように視えてそうではない。それが日常でもある。・当時の日本人で欧米人を理解できる作家だった。・題名は当初「タンタラの死」。語り部。著名な語り部として。・「光と風と夢」の題名に付いて、出版社から変更を勧められた中島は、納得していたかどうか分からない。・触れている箇所は一箇所しかない。「明るい光と風の中に」・作品を短縮したのは時局もある。(昭和15年に書かれた)。芥川賞どころではなかった。・その頃何故こんな作品を書いたのか。・国策に副わないとも言えない。当時の空気のようなもの。当時の人でなければ解らない正直な感想もある。・この作品と時局の問題は、未解決のままで、いつまでもおそらく解らないだろう。・安岡章太郎。・当時の流行の「告白」を漱石、鴎外、中島は嫌った。資料を重視した。・作家ステーブンスンに託して中島の想いを書いている。そこが魅力にもなる。客観的に書いては面白くない。・「李徴」の中にも中島の想いが表現されている。中島の小説に対する思いを書いている。・名を為しと思いながら想いを遂げることができない。・芸術家と市民の意識の違い。・「山月記」李徴。・ディケンズとフローベルの違い。・作家と一般人。一般人がもっと大人である。・中島の中にも、作家よりも一般人が大人という考えがある。・作家として作家を書くだけでは買う、島民の姿を同等に書く。・人間の苦悩。・余分なものも敢えて書く。・一人の人間の顔を色んな角度から描く。・文学・・・ふつうのこと。一般人のことを書く。・年々年をとると愚かになる。不安の様子。・中島は自分のことかスティーブンスンのことか解らなくなっているところがある。・「牛肉と馬鈴薯」 「死を驚けない」・道・・・比喩、象徴的表現として。・「熱帯の白い道」・中島の頭の中に「鴎外」いた。・吾は誰か。・ドッペルゲンゲル・仮面から素面になって書いている。その瞬間、欠点が美点にもなる。・自己否定。これから書くものが重要。過去の作品はどうでもよい。自分の過去を否定したくなる。・「檸檬」調和が治まらなくなり爆発する。「虎になる」。・最後に「阿部一族」のさわりを遣っている。・作家の死で終わっていない。「終わりは始まり」死はおさまりがつかない。「細雪」ゆきこの下痢で終わる。結末で、終わらせたくない。穏やかに終わらせたくない感情がある。・「死と生」・単純には読めない。フレームが最初と最後にある。
2012.11.30
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コプト(エジプト)は、元来肥沃な農耕地帯だった。しかしギリシア・ローマの植民地穀倉地帯になり、数百年間搾取され極端な貧困を余儀なくされた。「われわれは、これほどの教養と知恵を持っていながら、何の徳を持っていません。しかし、この農夫やエジプト人がこれほど多くの徳を身につけているのは、どうしてなのですか」。「われわれは世間の教養から何も得るところはない。これらの農夫やエジプト人は自分自身の労苦によっていろいろな徳を身につけている」。「確かに私はローマとギリシャの教養を身につけているが、この農夫のアルファベットさえ学んでいない」。師父アルセニオス(354~445)のことば。
2012.11.30
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江戸時代は変化のない凡庸な時代と思われがちだが、すばやい対応があり、270年間も命脈を保ちえたと言えなくもない。秀吉は、検地により石高制度をつくりあげて、農民から米の全生産高の3分2を取り上げ、3分1を生産者農民に渡すという租税制度をつくり上げた。彼は、その税収で自らとその一族の豪華絢爛の安土桃山文化を形成させ、朝鮮出兵という対外侵略によって浪費し、自滅した。家康は、税率は秀吉と同じ年貢を取るが、それを城下町の建設や、交通網の整備、港湾、河川の建設に使用した。社会の経済基盤である耕地を拡大させて、その安定のための河川、用水路など整備に力を入れたのだ。そして、過剰なインフラ整備を、時を見計らい社会投資を切り上げて、過重な税率を逆転させた。寛文6年(1666)「山川掟」の発布が目度となる。税率を、「七公三民」を、「三公七民」に改めた。その結果は、庶民が手にした厖大な可処分所得は新しい消費をよび、多くの産業を拡大し、やがて元禄文化の大繁栄を招き入れた。処で、中世ヨーロッパでは、音楽や絵画でもすべて領主を中心とするサロンが生み出した文化であるが、日本は町人(庶民)うみ出したものである。江戸時代の支配者(将軍も大名)も文化を生み出してはいない。その違いは、根本的には経済構造に由来するだろう。しかし、やがて元禄のバブル崩壊を招いた。そのうえ新井白石の通貨量を減らすという失政で、酷いデフレに追い込まれる。その後吉宗によって、新しい産業を掘り起こすことにより立て直しに成功する。
2012.11.30
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誰のために、というなかれ、時は来るだろう。鍛えられるチャンスがあるだろう。空騒ぎもいつかは終わるのだ。フィードバックがあるだろう。「戦後レジューム」などという言葉を使った首相がいたが、自分が世襲を利用としたではないか。曖昧な言葉を弄して姑息な手段で人の上に立つような奴は信用ができない。自分の利益だけを追いかけているような人間は軽蔑されるしかない。 ・妥協しないことだ。自立とは、自分の心を他人に任せないことだ。「個」として自分に責任を持たねばならない。感情に溺れないことだ。人間として弁解しないことだろう。自分が何ものになろうとはしないことだ。死ぬまで夢を諦めないことだろう。どうも取り巻きを作るような人間は信用できない。自分を鍛えない人間は壁を乗り越えることはできない。 ・へ2・・・これだけ大勢のタレントがいながらメジャーにならないのは、スケールではないだろうか。そうさせているのは芸能界とファンたちなのだろう。ソウルのない人たちばかりではないだろうか。というか自己主張さえないひとをタレントいうのは変な話だろう。社会が歪になっているからだろうか。原石を磨きもしないで世に出しているからだろう。そして大量消費している。そんな「柳の下にドジョウ」がいるわけがない。一つの現象として、芸能界に同性愛や麻薬常用者が多いことだろう。これはこの時代が如何に混迷を深めつつあるかということでもある。
2012.11.30
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定点観測を和白干潟にして最近毎日のように出かけている。自転車やウオーキングを兼ねて出かけている。定点から、さらに雁の巣方面まで行くこともある。海岸の堤防に沿って歩くので気持ちがよく見晴らしも素晴らしいので気に入ったコースになっている。野鳥の観察もできるが、野鳥に近づくと必ず、警戒音を立てる見張りがいるようだ。 ・その警戒音に沖の方にまるで全部の野鳥にスイッチがはいったように一斉に動き出すのには感心する。それこそサッと動き出す動作は見事というほかはない。鳥の目は人間よりも余程優れているようだ。こちらから見えない前から警戒音がすることがある。こちらも写真を撮りたいので近づきたいのだが中々油断がない。それこそ、野鳥の目をもった自衛艦であればあんな漁船衝突事故もなかったのではないだろうか。 ・へ2・・・人間のように油断するということを知らないのではないだろうか。人間も本能に由来するものは抜け目がない。必要でないものを捨ててもいるが、何が必要かを確り体に認識させることは容易ではない。野鳥のように注意深く監視しているものがいるのは、そうしなければ生き残れなかったからだ。人間は油断しているものが沢山出てきた。自分たちは生き残れると勘違いしている。それが怖い。>和白干潟。アオコも赤潮の一種。
2012.11.30
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2012-11月歩数集計 年月日 気温 起床 歩数2012/11/1 木 12 5;20 20,8412012/11/2 金 10 3;00 21,6912012/11/3 土 10 4;20 32,0422012/11/4 日 ー 5;34 12,3332012/11/5 月 14 2;40 20,2312012/11/6 火 13 5;05 22,5212012/11/7 水 12 3;50 21,5882012/11/8 木 11 4;10 26,2812012/11/9 金 ー 5;10 17,7762012/11/10 土 11 0;01 13,2822012/11/11 日 13 4;10 8,5532012/11/12 月 12 5;01 23,2552012/11/13 火 13 5;00 10,8662012/11/14 水 10 4;10 26,6352012/11/15 木 10 5;20 22,8162012/11/16 金 ー 6;10 21,8322012/11/17 土 ー 5;20 13,4772012/11/18 日 8 2;20 16,3382012/11/19 月 8 3;00 21,8832012/11/20 火 8 5;05 23,7892012/11/21 水 7 4;15 22,8132012/11/22 木 ー 5;05 24,4482012/11/23 金 12 4;05 22,5112012/11/24 土 12 4;00 22,3682012/11/25 日 5;30 21,8342012/11/26 月 5;50 14,5702012/11/27 火 7 2;15 21,1172012/11/28 水 4 4;45 23,2112012/11/29 木 11 4;10 22,7042012/11/30 金 6;30 20,253合計 613,859今月は、気候も好いし雨も少なかったので楽勝かとたかをくくっていたら、結果は散々だった。講座が多かったこともあるが、気合が足りないのだろう。
2012.11.30
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午後から女子大で「神功皇后と香椎宮」を講座があり、そのあと産学官技術交流会「生活の水の安全を守る女性たち」というブログラムがあっていたので、予定外だったが、聴講したので結局17;30までかかった。そのあとパネルでデイスカッションもあったが、これはパスした。もう外は暗い。水道水は安全か? ・博多湾の水質調査をしている女子大の取り組みをこれまでも講演会を聴いているので、それを聴こうと思って参加して来た。データも貰ったのでこれから読んでみるつもりだ。
2012.11.30
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直観を信じて今の私にどんな感性があるかよくわからないが、少なくとも自分の直観を信じるしかない。そんなわけで今朝、物見遊山の韓国ツアーに出かけてきます。どんな風に視えるとしても、今の私でしかなく。それにしても、またもや食べ過ぎてしまうのではなかろうか。物資の少なかった貧しい戦後に幼児期だったのか食べ物には意地汚い。 ・あるものを全部食べろと教えられた。他人の所為にはできないが、バイキングと言うとつい食べ過ぎてしまう。最近のツアーのホテルは、バイキングが多いようだ。次々に名物料理でもあまり嬉しくはない。がつがつ食べてもいられない。眼の肥やしになるようなものを見てきたい。 ・へ2・・・その気にさえなれば、視えるものがあるに違いない。いまだからこそ、直観を働かせねばならない。楽しいツアーになるようにとは思っている。現地は、雨、晴れ、晴れ、雨の予報のようだ。写真がどれだけ撮れるか楽しみです。
2012.11.30
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連想することが読書のコツと文学講座で石井教授が言っていた。朝のドラマ「純愛」で、ザ・リッツ・カールトンの宿泊客に対する従業員のサービスの話を思い出して妻に話したら、鳥渡似ている話ねと言っていた。それは、美しい写真集だった。ある男の客からプロポーズするので、何もない砂浜にテーブルと椅子を準備してくれるように頼まれた従業員は、客のために素晴らしいセットをしたという。有名な話だ。それでホテルの評判が高まったからだ。 ・バラバラのように思える自分の暮らしにも、自分の意識という脳のネットワークで繋がっている。朝から美しいものをみて、大学で色々の知識を蓄えている。それをブログで書いてもいるが、それをどこまで活用しているだろうか。識見を高めることのむずかしさがある。そして洞察力もある。東区に暮らして30年以上になるが、郷土史をどれだけ知っていただろうか。神功皇后のことを今日は講義を聴いてきます。
2012.11.30
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今日で11月も終わる。何とか一日2万歩は達成できるだろう。些細なことだが、毎日歩いているのは自分の健康の指標でもある。いつも気分よく歩けるということはそのための前提条件もある。天候と場所と時間。勿論歩けるだけの気力と体力も。 ・20世紀は二度の世界大戦があり、戦争の世紀でもあったが、私たちは後半の20世紀を生きてきた。生きた歴史の証人として感慨はある。 ・へ2・・・つまり凡人として生きていることは何と幸福なことだろうか。特別な思いをすることを求める人もいるが、皆と一緒の思いをして生きることも悪いものではない。危険な場所でハラハラしなければならないのは必ずしも幸運ではない。平凡に生きるからこそ一瞬の喜びに浸ることができるのではないか。人並みにあることは寧ろ大いなる喜びでもあると思う。感性とは雨の音でも反応する心だ。
2012.11.30
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>今年10月中旬の洞爺湖ですが、ここ数日の大雪でどうなっているのだろうか。2時頃目が覚めたのですが、寒いのでまた寝たので、起きたのが6時半。今朝はゆっくり。午後から講座もある。あと8,000歩で、やっと11月の月の目標が達成できるが、達成が月末というのもあまりミットも好い話ではない。無理をしないつもりで来たが意欲も薄れている。からだが重く感じるのは着衣が増えたこともあるが、太陽の光もあるのだろう。冬季うつというほどではないが矢張り気分は違う。 ・今日は、講座で神功皇后由来の北部九州の話があるので、昨夜はサイトで調べていたが、面白いものがいくつかあったし、地元の和白の語源や和白干潟周辺の塩浜海岸など、つい嵌まってしまった。「東区を知ろう」という講座の3回目で、最終日は香椎宮周辺の現地学習になっているが、残念だが、参加できない。参加希望が多くてキャンセル待ちになってしまった。 ・へ2・・・200人近い人が受講しているのだから、それだけ市民の関心は高いのだろう。この講座は、地元の三大学提携という最初の企画でもある。福岡市も協賛しているようだ。来年も環境をテーマに三大学で企画している僧である。各大学の持ち回りで遣ることになるようだ。私は三大学とも講座に参加しているので、どこでやっても歓迎である。
2012.11.30
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ヒトは何時か燃え尽きる。死は、誰もが辿る道だ。人間はほんの限られた空間でルールを守りながら、生きている。人間の一生はおかれた環境に左右され、各々の寿命で尽きる。たった数百万年をかけて、ヒトは種として生き延びた、ありふれた存在だ。そして地球で60数億の種としてのヒトが生存している。地球は、一つの惑星でしかなくこれからも限られたスペースで生きて行かなければならない。無謀な環境破壊は、地球の死の序曲となり、全ての生物を巻き添えにするだろう。数千億の種の未来を絶つのだ。病む人の QOL は、いまも夢を見ることも出来ず、燃え尽きる前に痕跡も残さず消去される運命だ。地球が太陽にのみ込まれる瞬間まで生き延びる生物はいない。
2012.11.29
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TelomereDNA末端のTTAGGG塩基構造でヒトでは10~15Kbの長さが短縮し92のTelomereがある。その Telomere はある一定の長さで分裂を停止する。即ち死だ。.老化は、「プログラム説」と「まちがいの 集積説」がある。いずれにしても死は必然である。悲観することでもない。恐れても何の益もないだろう。 blog で皆んな好きなことを言っている。それでも夫々悩みを持ち、苦労もしているだろう。それでも 老若男女みな忍耐強く生きているし、愉しんでもいる。何が明日に残るだろうか。或いは何も残らず とも良い。真実を求めて飽くなき努力を続けることに意義があると思うから・・・。 科学的真実はまだまだ未来の彼方だ。
2012.11.29
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光が窓からさしこんで次第に変化していき強さを増し、やがて減じていく。辺りが暗くなるが、時間の経過は一様ではない。それは私の心が感じるものが違うからでもある。光が身体に当たる感触は、暖かさや、まぶしさや、光の大気の中で流れる濃淡であり、決して一瞬も澱んでいるのではない。一日という出来事の進行は毎日異なっており、そして、それは週単位でわずかに変わり、月単位では確かに変化していくだろう。私たは今どこにいるかを感じることができる。周囲の光にはすべての意味が含まれている。 ・私たちは大気の中にあって、また多くのものに包囲された存在でもあるだろう。それはハードでありソフトである。あらゆる行為は多様の固さのレイアウトで包囲されている。すべての移動は固さのレイアウトの中を推移する経験である。と表現する生態心理学がある。私たちが、生きているこの世界とは、このように書き尽くせない膨大な意味をもった世界であり、この周囲に意味の充満した世界で生まれ、成長し、子どもを育て、仕事をし、移動して、老いて、死んでいくのだ。 ・へ2・・・怖れることはない。父母たちもそうして生き、私たちに伝えたもので生きていけばいいのだ。奢り高ぶるものがあれば叩きつぶせばいい。私たちの生は、私たちの皮膚の内側だけではなく、それが置かれている周囲とともにあるだけではないか。周囲の光には意味があるだけだ。その意味を知らねばならない。 ・恥というのは、庶民の感覚と権力はコンセプトが違うらしい。そして一向改まらない。守屋の国会の言動と同じものを何度見ただろうか。そしてまだ恥知らずの人間たちが、国家システムからほとばしる血税の甘い汁を吸い続けるつもりらしい。まさにそれを止めさせない限りこの国に正義の時代は来ないだろう。
2012.11.29
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人は倒れて寝たきりになれば、1週間で20%筋肉が低下する。歩くだけでなく、動くことさえできなくなる。おそらく人生は暗転する。早期リハビリを的確に始めないとますます心身ともに萎んでいく。高齢化社会とは、社会全体で、人とカネと手間をかけていかなければならないのであり、簡単なことではない。子育てがそうであるように、老人たちも、周囲の人たちに手間をかけることになる。 ・脳溢血などで倒れてしまえば、多くの人が以前当前にできたことができなくなり鬱状態になるという。なにもできなくなるという状態は、よほど看護師か身内で世話をした人でない限り想像することもできない。その手間がかかることは想像以上だ。しかも小家族になり世話をする人が少ないとなれば尚更だ。介護疲れによる悲劇も増えているのではないだろうか。倒れた本人の気持ちをどれだけ世間の人たちが理解しているだろうか。医師や看護婦が、そして介護者が、果して本人の真意を理解しているか、大いに疑問だ。 ・へ2・・・世話をされるより、世話をする方がいい。手間をかけることに慣れた人ならまだしも、ほとんどの人は他人の世話に慣れない人たちだ。再起できる人であれば違うかもしれないが、老人たちにはそれがない。それで安易に明るい気持ちをもてというのは無理だろう。しかし、ひとの温かさは是非必要だ。それがなければ人の心は筋肉よりも早く萎えてしまうに違いない。 ・患者が暗い気持ちで生きていれば、家族の気持ちも暗くなる。それを払いのけるだけの力を持たなければならない。ネガティブ・マインドとの闘いは容易ではない。 ・へ2・・・それは、ナチズムがユダヤ人を抹殺しようとしたり、精神病や弱者を邪魔者扱いした非情な社会を想起させる。それほどではないにしても現実の社会は、弱者切り捨ての傾向がある。
2012.11.29
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2012-11月歩数集計 年月日 気温 起床 歩数2012/11/1 木 12 5;20 20,8412012/11/2 金 10 3;00 21,6912012/11/3 土 10 4;20 32,0422012/11/4 日 ー 5;34 12,3332012/11/5 月 14 2;40 20,2312012/11/6 火 13 5;05 22,5212012/11/7 水 12 3;50 21,5882012/11/8 木 11 4;10 26,2812012/11/9 金 ー 5;10 17,7762012/11/10 土 11 0;01 13,2822012/11/11 日 13 4;10 8,5532012/11/12 月 12 5;01 23,2552012/11/13 火 13 5;00 10,8662012/11/14 水 10 4;10 26,6532012/11/15 木 10 5;20 22,8162012/11/16 金 ー 6;10 21,8322012/11/17 土 ー 5;20 13,4772012/11/18 日 8 2;20 16,3382012/11/19 月 8 3;00 21,8832012/11/20 火 8 5;05 23,7892012/11/21 水 7 4;15 22,8132012/11/22 木 ー 5;05 24,4482012/11/23 金 12 4;05 22,5112012/11/24 土 12 4;00 22,3682012/11/25 日 5;30 21,8342012/11/26 月 5;50 14,5702012/11/27 火 7 2;15 21,1172012/11/28 水 4 4;45 23,2112012/11/29 木 11 4;10 22,704合計 593,624雨が降ったり、講座があったりで、思うように歩けなかったのと、少し油断したこともある。風邪だけは引かないように用心もしたが。これから、愈々冬仕様の毎日なので前途も厳しい。 ・食事も少しルーズになっている。料理を少し真面目に勉強しなければならないようだ。運動だけに気を取られてもいた。体調を気にし過ぎていたかも知れない。もっとリラックスして人生を楽しみながら遣らないと草臥れてしまうだろう。楽しく遣る事が大切だ。解かっているがついムキになってしまう。
2012.11.29
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あれもダメ、これも駄目では結局何もできないで終わってしまう。常識を破らないとできないことがあるのではないか。できないと思うことを常識にしているようではなにもできはしない。毎日1万歩歩くことが難しいと思い、ジョギングはできないと決めていたが、自分がそう思い込んでいただけに過ぎなかった。遣れるのにやれないと思い込んでいることばかりだ。欲が深いのではないく、自分の常識が狭いのだ。 ・昨夜は強風が吹いて歩き難かったが、何のことでもなかった。歩きだしたら同じことだ。少し負荷が増えるだけに過ぎない。遣る努力とは熱意ではないだろうか。熱意があれば大抵はできることばかりだ。娘が「ここ(東区)は、住みやすくて、好い環境だね」と。へえ、そう思っていたのか、と驚いた。そんなふうに思っていたとは意外だったからだ。 ・へ2・・・PCが変な動きをしたので寿命かと思って覚悟していたが、いまのところは小康状態になっている。最悪のケースを考えておけというのが、常識でもあるが、やはり吃驚する。ネガティブマインドにもなる。壊れたら仕方がないでしょ。そう言われたが、それはそうだ。それで自分の人生が終わるわけではない。成るようになると思ったら気が楽になった。はらはら、どきどきして肝心なことを忘れてもしまう。これから夜のウオーキングです。
2012.11.29
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>高千穂峡視床下部は小さな神経核の集積でそれぞれが身体の衝動や欲求をコントロールしている。間脳の一部で脳と身体の橋渡しである。 重量は脳全体の 300分の1 しかない。単純な飢餓感が生まれ、みたされるのは視床下部だ。 ホルモン、ニューロンペプチド、神経伝達物質の複雑な働きで、視床下部には身体の状態がリアルタイムだ。体内のブドウ糖、ミネラル、脂肪のレベルが低下すると、血液や胃、腸、脂肪細胞からその情報が視床下部に送られる。その情報が皮質に伝わり脳の各部分を呼び起こして空腹感を起こし、一連の食べるという行動になる。こうして食べ物が体内に入ると、身体は満足したことを視床下部に伝え、そこから皮質にメッセージが送られ、食事止めるという意識が生まれる。 アメリカ人の3人に1人、西欧で4人に1人が肥満であるという。(但し、データが古い)毎年大勢の人が肥満の合併症で早死にしている。世界的な規模で過食症や拒食症が拡がっているのは、そう簡単な仕組みだけではない要素があるのだろう。視床下部それ自体が、摂食障害を引き起こすことある。
2012.11.29
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3年前政権交代が実現して民主党が政権を奪取したが、期待されたことがどこまでできただろうか。期待は失望に変わったが、それは冗談では済まない。ぼろぼろと失態が暴露された。何故こんな政治家たちなのだろうか。スキルの無い政治家たちが、先生と呼ばれて、VIPにもなるのだ。国民の血税は、こんな政治家たちのためにあるのではない。 ・報道の自由とか言論の自由が話題になったことがあるが、それは一部の人たちのことではないだろうか。権力のいぬになっていないか。これだけ腐敗した社会になった責任の多くは事実を報道した来た人々がその責任を感じていないためでもある。中国の官僚たちの一部が汚職をしているとの話だった。是は中国の長い歴史の中にもあるが、日本ではどうか。 ・へ2・・・こそこそやっているのと、堂々と遣っているのとの違いだろうか。汚職はやがて国家体制のボデイブローになり、内部から壊れていく原因でもある。正義の無い報道も同じだろう。見識のないリーダーたちが社会を崩壊させるのだ。その場かぎりのことであとの責任を放棄している。そんな国家は淘汰されてしまうだろう。
2012.11.29
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玄侑宋久と柳澤桂子。柳澤の作品は以前から読んでいるし、玄侑の著書も時々見かけるようになった。文春で二人のものは大抵読んでいる。生命科学者と住職という、それこそ異次元の対話が面白いのと、「般若心経」が、私の愛読書という事もあって興味を引かれた。謂わば、全く違うように思えるものが、意外と理解できることもあるかも知れない。違うというのは思い込みだけかも知れないのだ。柳澤が、科学は分析的なものだけではなく、それは科学が統合にいたらないが、統合に向かっているという。それにしてもこの「電子メールでの対話」は、日本的なのだろう。中々、かみ合わないものがある。まだ続くようだが、当事者以外でどれだけの読者が、理解できるのだろうか。然も、相当忍耐強くなければならない。日本語は、元来対話には向かないのではないだろう。語彙が複雑過ぎるし、使うひとの真意が伝わり難く出来ている。それこそ、一流の文筆者が交わす書簡なのだから、興味が湧かない筈は無い。
2012.11.29
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今日の午後中国人講師の講義を聴いてきた。女子大に5年前に来られた若い女性の先生で、早稲田で博士になられたようだ。北京大学を卒業して国営企業に勤めれば、北京市民になる資格ができるそうだ。新しい中国人のタイプのようだ。女子大には7年近く受講しているので、この先生が初めて公開講座で講義をされた時も知っているが、美人である。中国人の研究者が日本に来て、日中の相互理解のために努力されているのだろう。それがひとつはこうして公開講座で講義もされる意味はあると思う。中国の概況と、中国の経済発展と、中国の課題について話がされた。解説は当りさわりのないものだったが、では、なにを考えていかなければならないのだろうか。日中問題を拗らせない為に。 ・へ2・・・なかなか痒いところに手が届かないもどかしさがある。若い男と女のような関係では済まない。隣人として付き合っていくためのお互いの文化のレベルを高める必要があるのだろう。そのための懸け橋になる人がまだたくさん必要だ。
2012.11.29
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・最後の作品と唯一のエッセイ。・今回の講座の参加者は50人。男が8人。・レジュメ2枚・「名人伝」「列子」・「名人伝」の最後の意味がよくわからない。定説が無い。・名人の先生と生徒の差はない。象徴的な中島の最後の作品である。・中島本人は自分が死ぬと思っていない。・死の直前に書かれた戦時下のエッセイである。文学を忘れていた。戦争が始まって文学を忘れていた。大雑把な人間になってしまっていた。おぼろげながらわかってきたこと。戦争は戦争、文学は文学と思っていた。・正直な気持ちを書いている。・戦争という時局を考えると、文学は意味が無い。思考忌避性。・病気で苦しい息の下にいるがまだ自分が死ぬとは思っていない。・古典にテーマを求めている。当時は、他の作家たちにもある。・英文科に進まなかったのは何故か。当前のレールに進んでいない。時局を考えたのだろうか。・最後には、馴染みの漢学に戻っている。直線的ではないところが注目すべきである。・李陵は、自分の措かれた状況を視る必要がある。戦時下であること。・研究が古典である意味。時局に妥協しないでいたい。題材が違っている。 「名人伝」・主人公は、何かに憑かれた人間のテーマ。作家の傾向としてある。・弓に憑かれた人間。別のものに措きかえれば何にでもある。・草稿と決定稿と違っている。草稿では、冒頭の部分の前のことを書いている。小説を書くとなると書きだしが問題になるが、草稿のはじまりが波乱含みであり、実際は、無難な書き出しになっている。この方が優れている。シャープになる。・紀昌。・「のべてつくらず」。作家の基本姿勢であった。・「邯鄲」。夢枕。一炊の夢。名人になったのも夢。「邯鄲夢枕」の故事。・何故邯鄲か。場所の意味。・本当は、「邯鄲のあゆみ」。四つん這いになる。予想外の見方。読みが分かれる。・すべてが夢になるという解釈。・象人(木偶)のごとくになる。・人間の理想は赤子になること。(老子の理想)無為に化す。・石川淳は、作品だけが残るのが理想という。・紀昌の末路。こっちとあっち。・三島は、老いの哲学を信じていない。・出家・・・あっちにたつこと。醜態を晒す事。・自我が喪くなることではないか。・ある道に到達した人の事。憑りつかれている。自我は苦しみが伴うものである。・そこから解放された状態。・中島には、到達点ではないのではないか。・30歳過ぎた頃の自我でしかないのではないか。・生臭過ぎる。自我が強いのではないか。・歳を重ねるごとに理解が深まるのではないだろうか。・紀昌は老人になっていく。そのままリアルに描いている。衰えて行くがままに書いている。驚かそうとしている。・鴎外が書くとあとあとまでのことを書く。それをしない筆法である。末路まで書く。そういう目がある。・末路を書く。一辺倒ではない。「弟子」と違う。人はそれぞれ違う。・一見違うものを書く。最後が違っている。読者の違いで思いも違う。・穏やかな書き出しをしている。比較している。波乱も考えた。・(述べて作らず)。作家の考え方。・飛衛から課題を出される。・「列子」の「名人伝」引用である。・原典にないものは人間的なもの。・虱の話もある。・生々しく書くのが中島のオリジナル。・ただし、アランポーの小説に「スフィンクス」がある。虱の話。・虱が大きく視える。窓辺で大きく視える。・誇大にみえる。・誇大誇張にみえるがそうではないかもしれない。・古代では、日にちはない。10日のちなどはない。・現代では、日数の細分化している。・草稿の部分を、飛衛と闘う部分に出てくる。ライバルになる。単純に移したのではない。決定稿の方が優れていると思う。・老名人の「不射の射」を効果的に変えている。・木偶のでてくるところが違っている。ポイント。意味も違う。・中島の哲学。原典にない木偶が遣われている。象人と木偶。・木偶の配置が問題になる。「ようふん録」では冒頭に出てくる。・木偶はキーワードになる。・飛衛のことばは、アイロニカルか?シニカルか?・邯鄲の都がでてくると注意すべき。・飛衛の評価が決定的。天下一の名人。見間違えたか。・真っ白になった状態をどう視るか。アイロニーか。・深読みしてしまったか。そういうことも考えられる。・人前で技術を披露しない。・紀昌は何にも云ってはいない。どう読んでもいいのではないだろうか。どちらに読んでもいいように書いている。作家だけが知っている。・駄目な人間なのか、名人なのか解らない。・道具を遣わないでことをなす。・名人は、それを超えていることかもしれない。老子。無為にしてかつ。・老子、荘子、列子を読んでいる。・自我の解放ではない。・当人にはどうでもいい。他人のうわさは気にしない。・「雨月物語」宗教の対立がある。執念が消えない。往生していない。・その後の紀昌の意味。・いい意味で、作品について意見が分かれるのは良い作品である。・鴎外から中島の学んだ手法で、だらだらと書いている。鴎外の歴史小説の書き方から学んでいる。
2012.11.29
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外は雨になっている。冷たい雨なのだろう。これから講座に出かけてくる。車で10分くらいのところにある女子大で、明日も明後日もある。講座も来月の8日ころまでの予定だ。意外と今回はアウンしないようだ。一寸先は闇は、政治の話だが、私の暮らしの中にもある。
2012.11.29
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どこにいてもどこにいても自分は自分でしかない。明日はどんな一日だろうか。嫌になることもあったが、それでも明日はやっぱり遣って来た。鳥渡我慢していれば、時は過ぎて行ったし、耐えられないような苦しみもなかった。期待は裏切られ、失恋もした。考え過ぎて、いつも思うようには行かないことばかり起きた気がする。 ・それでもこれまで生きて来れたのは、自分だけの力ではない。誰かが前に立って、守ってくれたからでもある。後ろから棍棒で殴られたこともない。余り信用ならない社会だが、私を活かしてくれたのだろう。 ・へ2・・・自分がどれだけ社会のために役立つことをしただろうか。恥ずかしいが何もない。それでも生きている。平均寿命まで生きられるか解らないが、何か自分にできることを遣るしかない。その気持ちはある。明日から物見遊山の韓国ツアーに行きます。
2012.11.29
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>下関 唐戸市場縄文人やラスコーの人々の感性がなくなり、ひとは自分の利害や快楽のために、人間も自然さえ商品のように利用してゆく近代思想のなれのはてにさえ直面しつつある現代である。縄文人が、日ごろ見ていていたブナの林や、山間の清流、満点の星空が、君には、まだ見えますか?ゲーテの魅力をお供にするにはどうしたら好いかを考え、気に入ったサイトから「ゲーテの魅力」をプリントアウトした。30ページ。ついでに、ハイデルベルク城も。外にも、データがあるが、勿論、W.Sauer "Rothenburg ob der Tauber"も持参する。それほど気負ってはいませんよ。どうせ物見遊山だもの。目の玉の奥にある脳で、何か拾って来ますよ。自分なりのドイツを、もっと中世の修道院の歴史を読んでおくべきだった、けど。まあ本は逃げる訳でもない。少し行くのが遅れたけど、旧友の足跡をたどって見ますよ。私は、国籍は、日本人だけど、ゲーテだってご先祖さまだと思っている。だから、フランクフルトも、ドイツだってこころの故郷のようなものだ。いくつかの meme が脳の中で騒いでいる。「やっと、このぐうたら野郎(私のこと)が、ドイツに行くのだ」と。イスラム教でも、キリスト教でも、聖地巡礼がある。日本にも、以前は伊勢参り、出雲大社へお参りするのが慣わしだった。それは、ひととしてのお勤めでもあっただろう。そこで学ぶものがあったに違いない。現代は、そういうものを省略してしまいがちだ。見なくても行かなくても解るではないか、写真で見ればいいではないかというだろう。写真は、カメラマンが写した物で、空気までは伝わらない。脳は、空気まで知っている。何をみて、ひとは畏怖しただろうか。何をみて歓喜しただろうか。私が見た幼いころのハンセン病患者を世話していた修道女が、いまもドイツで見られるらしい。その彼女らは、私の脳にあるイメージとどう違い、同じなのだろうか。さてさて、日本の朝は、来た。
2012.11.29
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ちいさな日本人として生きていかなければならないとしても、明日に希望を持っている。誰にも特徴がある。好いことも良くないこともあるに違いない。長所が欠点にもなるし、弱点を克服して昇華もする。宝くじに当たったからと言って幸福な人生が送れるとは限らない。人生は塞翁が馬ともいう。敵が味方になることもあるが、その反対もある。愉しもうと海外ツアーをして事故に遭うこともある。アイロニカルN人生もある。明日は、「東区を知ろう」の最終回で、明後日は土曜講座の「平家文化圏を考える」の二回目がある。暫くは、いつダウンするか分からないので、ちょっと違う。いつも違うステージになるだろうことを覚悟しておかなればならない。いつまでも同じではない。めだかの絶滅は、象徴的だ。日本が無くなってしまうグローバル化を進めている政策を黙過してはいないだろうか。勿論原因と結果があり、必ずその予兆はあるだろう。水田に水が無くなって行き、昆虫たちがいなくなった。私たちの食生活も変化した。農業が衰退した。それを選択したのは私たちでもある。
2012.11.29
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いつダウンするか分からないので、文章が短くなってしまう。まあこういうこともある。ヒトの苦しみもそう長くは続かない。一日は24時間だと。誰にも終わりはあるし。あなただけがくるしんでいるのではない。みなおなじ。色んな意味で。消えてしまえばおしまいだ。自分が終わりたい時に終われるわけではない。どこでもグローバル化というフレーズを聴いてきたが、それが弱いものたちが追われることでもあることを、自分たちのこととして聴いた。父母を看取ったが、自分もそうなる立場になるのだ。一日を、この瞬間を大事にしなければならない。
2012.11.29
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午後から「グローバル化時代における中国経済」というタイトルで中国人講師によるレクチャーがある。日本人講師とは違う視点で話される内容は、新鮮でもあるが、疑問がないわけではない。歴史観や世界観が違いもする。世界の中で日本の存在は小さくなっていくようだ。それが現実でもある。力の関係は変化している。グローバル化の現実があるのだろう。 ・一概には世の中で起きているものをそのまま肯定はできない。否定すべきものもある。何を選択するかつねに考えなければならない。そしていつか何ごとも終わる。広い識見と、深い洞察力を学ばねばならない。共存するには忍耐も努力も必要だ。それだけはいえる。
2012.11.29
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2012.11.29
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>絶滅危惧種 クロツラヘラサギ 和白干潟グローバル化は日本を滅ぼす少なくとも生物のグローバル化は。自生する日本独自の生物の外来種による攻撃によって絶滅されてきた。やがて淘汰されてしまうだろう。それが宿命でもあるのだろう。それをどこまで食いためられるのだろうか。それを考えなければならない。グローバル化は人間たちにも及んでくる。人間社会のグローバル化が正当化されているが、それは日本民族の絶滅を意味している。危機感を以って生きなければならない。PCがいつダウンするか分からない。
2012.11.29
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誰でも同じだろうが、自分のできることをするしかない。そして終わるときに終わる。やれることがあるあいだが華だろう。何もできないのが生命の限界でもある。遣れることさえわからないのだろう。貧困と無知もそうしていつまでもつづいている。時間がない。それが普通の生物の課題でもある。生きた証は得られないのだ。すぐに消えてしまう。大事な時に雨にもなる。何かしたいと思うことがあればそれを遣らなければならない。絶滅との闘いが生命の宿命でもあるのだろう。これから朝のウオーキング。
2012.11.29
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記事がアップできない。何でもありの社会だ。思うように行かない。それでもできることをかんがえるしかない。すぐに画面が消えてしまう。PCの寿命なのだろうか。めだかが絶滅したが、それはちゃんと理由がある。日本人も外来種に追われてしまうかもしれない。そのことを考えなければならないだろう。
2012.11.29
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どうも、これまで弁解や、言い逃れや、無責任という空気を吸い過ぎたのではないだろうか。どうもそれが当り前のようになってしまっている。事なかれ主義でしかない政治や行政ばかりだろう。これではいけないと、誰も言うが、どうしたらいいか具体的な行動が取れないでいる。政治は議員によって運営されるが、その議員が議員に相応しい人材ではない。世襲や、宗教や、圧力団体を背景とした連中ばかりで、ビジョンもあるのかないのか分かったものではない。 ・口から出るのは、弁解や、言い逃れや、或いは屁理屈であり、そして画を描いたような無責任でもある。猫かぶりでしかないではないか。庶民の痛みをどこまで知っているだろうか。選挙制度が齎す弊害はアメリカの大統領選挙ばかりではあるまい。日本もいまだにコネや賄賂が行われてもいる。政治は汚れている。 ・へ2・・・体質改善もまだ初期のステージでしかない。これからできるあと5年先を想定した運動をテストしている。勿論一寸先は闇であるが、まあ、それくらいの想定をしないと面白くない。社会的ステータスがその人の意識を決定する。くらいは知っているが、前提となるコンセプトが揺らいでいる。勝手にやるしかないし、生きるしかない。
2012.11.28
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どうも、これまで弁解や、言い逃れや、無責任という空気を吸い過ぎたのではないだろうか。どうもそれが当り前のようになってしまっている。事なかれ主義でしかない政治や行政ばかりだろう。これではいけないと、誰も言うが、どうしたらいいか具体的な行動が取れないでいる。政治は議員によって運営されるが、その議員が議員に相応しい人材ではない。世襲や、宗教や、圧力団体を背景とした連中ばかりで、ビジョンもあるのかないのか分かったものではない。 ・口から出るのは、弁解や、言い逃れや、或いは屁理屈であり、そして画を描いたような無責任でもある。猫かぶりでしかないではないか。庶民の痛みをどこまで知っているだろうか。選挙制度が齎す弊害はアメリカの大統領選挙ばかりではあるまい。日本もいまだにコネや賄賂が行われてもいる。政治は汚れている。 ・へ2・・・体質改善もまだ初期のステージでしかない。これからできるあと5年先を想定した運動をテストしている。勿論一寸先は闇であるが、まあ、それくらいの想定をしないと面白くない。社会的ステータスがその人の意識を決定する。くらいは知っているが、前提となるコンセプトが揺らいでいる。勝手にやるしかないし、生きるしかない。
2012.11.28
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<作品> 「盈虚」、「牛人」・古俗。・「盈虚」(えいきょ)は、栄枯盛衰の「盛衰」の意味。・昭和17年7月に発表。「或る古代人の半生」を改題した。・「盈虚」太子カイガイ。「牛人」叔孫豹。・作家は、暗過ぎる作品を何故多く書いているか。・レジュメ・佐々木充。「古俗」篇。「超越者の貌」直訳・竹内輝夫「春秋」。 さて、孔悝は荘公(大子)を立てた。荘公は今までの政治のしかたをこのまず(大臣たちを)残らず追い払おうとし手始めには「私は外国で苦い目にあったものだ。あなたもその味をなめて来たまえ」。・「弟子」子路の末路にもある。「盈虚」は同時期に書いたか?・「古譚」「古俗」6編。何故分けたのか。・物語と半生は違う。・人物像。「かいがい」という人物。かいがいの一代記。優柔不断な人間の一生。高見から視れば、たいしたことはない。平凡な見方。どうして書いたか?名前は残らない。取るに足りない。・栄枯盛衰。・「牛人」は、違う。世界の悪のシンボル。牛人論の評価が高い。・豚のかお(原典では)が消されている。愛嬌という表現もない。原典を超えたフィクションがある。悪の権化。・三島。「橋づくし」の読解。田中みよこ・・・色の黒い娘。三人の芸者の願いが全部叶わないとよいと想っている。・眼が潰れる。輪廻転生がひっくりかえる。・三島は生きている人間は解らないと思っている。「牛人」につながっている。・「八犬伝」。・三島好みの作品。梶井。「れもん」。・丸善・・・外国品を当時は扱っていた西洋のシンボル。・調和を吹き飛ばす。静的・・・動的。ポーの天邪鬼。・スタティク。・れもん・・・現代的。・実力行使。やってしまったことの説明がつかない。・惨劇を待っている。世界の悪を書きたい。三島のテーマ。・漱石にも悪がある。性悪説。「こころ」荀子。・避けようがないこと。・教科書の載るのは限定的な内容の小説になる。不道徳なものは載せない。・「古俗」 「盈虚」・父と子。・漱石、直哉、中島の幼児体験は異常。波乱の人生。・多数の人の話。広い題材。複数の人格。・空費された己の過去。・闘鶏を大事にするシンボル的。・復讐される。・赤銅色に濁った月。「牛人」にもある夢。・老子玄のまた玄。 玄は黒。・真黒な原始の混沌に根を生やした。・へりくだった怖れに近い。に通じている。・三蔵法師・・・宇宙論。沙悟浄の悲しみ。・中島の「わが西遊記」の沙悟浄は、作者に近いのではないか。・テーマは繋がる。黒は、原典も黒。玄の玄なるもの。これが禅は「無」である。「牛人」・父と子。・幸不幸がふっとんでしまう。・ひと組の親子。子が父を殺す。・絞って書いているのでインパクトがある。印象が残る意味では成功している作品。・「妖気録」夏姫(かき)。・南子と夏姫。・色と徳の闘い。谷崎と漱石。・谷崎「麒麟」レジュメ参照。・中国・・・父と子の関係。歴史的に視て。・変身する。幼い子が大人に為る事。・自分も老人に為ってしまう。・
2012.11.28
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「狼疾記」・人間の不安。・泉鏡花と通じるスタイル。・死に伴う不安ではない。ルーツ、小4の時の体験。・本当の不安とは何か。・死んだあとのことを言っている。直接の不安ではない。・どう違うかが解からない。・中島敦の感受性は、他のひととは違う部分に注意する。・曖昧ではない。リアル。これは感覚。解らない側の人間として読むしかない。「山月記」が解かるかどうか。主題の分裂。中島では分裂ではない。一つの繋がり方。繋がるかどうか、イエスかノーか。・絵空事ではない。・喘息で生まれた感性?理解のしようがない。違和感。・鏡花の霊感。中島敦の感性。・ユングとフロイトの違い。・霊的なものを信じるか信じないか。以って生まれた感受性。・中島は宗教的にはなっていない。・パラオに行った時の感情も中島敦は、他のひととは違う。・観念的哲学的不安。・個人的な不安ではない。自分の死だけではない。・この作品としての、中島敦の不安の本質的な部分でよくわからないところがある。・「山月記」を関連して読む必要がある。
2012.11.28
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「かめれおん日記」・製作は、昭和11年ではなく、昭和12,3年ではないか。・「かめれおん日記」の終わり方が、ものの本質について問うもの。・「ユウリピデスの世界」。中島は、宗教の評価までは行っていない。・PCで調べること。・「毒のあるモモの実」。山に長い。とは?・アッと驚くことが、文学の感動である。・一つ一つ辞書で調べることが重要。詳しくPCで。するとそこにある真実が見える。・抽象的な表現。それを考える。・レジュメ。世界大思想全集 22・ここで注目できれば、ひとつの論文が書ける。・「三蔵法師」を視ると悲しくなる。直観で読む。それが真実を見出す。・自分の喘息は宿命(中島敦)。直観を信じる。論理はうそである。・読書は先ず直観で読んでみること。・誰も自分の同じ土俵で読むことを。・直観しかないというのはそういう意味。学識や経験はそれではない。・主観的。連想と直観で読む。だからいつでも文学の門は開いている。感性を以って読むことが重要。・読書の直観。自分らしい同じ土俵に乗る読書。自分のスタイル。自然な容で読む。・人間の叡智も滅びなむ。・恐怖と悲哀。地球の滅び。深淵を視る。・小4年の時に訊いた地球の最後。恐怖心を押しつける教師の話。・何の意味もない。宇宙も滅亡してしまえばすべては無意味とおもっている。・怖い小説。若い時に読むことの危険性。生半可。未熟な人間。・ニヒリズム。・宗教の価値。・作家は宿命を感じていた。・出生は複雑。作家は似たような処がある。中島、龍之介、漱石。・ニヒリズムをどう通過したかの回答がこの作品。・基調低音。・悲しい執着。・ルクレティウス。・芥川「羅生門」。鴎外「蛇」。・「蛇」から「羅生門」そして「狼疾記」がうまれた。・ラストの下人の生の輝き。・キリギリスが、「すいっちょ」になる。・がまが、蚊を食べる。食物連鎖。蚊は私を悩ませる。・「羅生門」の弱肉強食のすがた。・鴎外はミステリーの名手。ポーを紹介した人。・「高瀬舟」は、安楽死ではない。・隠す。あからさまに書くことが怪しい。・抽象的な部分がある。・死とは違う不安。・鴎外は、抽象的な世界に生きた作家ではないか。・「行人」の一郎のパクリの部分がある。神経衰弱。・ショウペンハウエル。・「盲目的な生命の意志にだけ従え」。・なぜ「かめれおんか」?環境によって変化したかどうか。普遍的な化石。石化願望・・・不変性。反対概念。・教師小説。「虞美人草」甲野・・・化石になりたい。・自己分裂。・違う人間の存在。・死生観。作家の死生観がある。
2012.11.28
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子どもたちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、 驚きと感激にみちあふれている。 残念なことに、私たちの多くは大人になるまえに澄みきった洞察力や、 美しいもの、畏敬すべきものへの直感力をにぶらせ、ある時は全く失ってしまう。 もし、私が全ての子供の成長を見守る善良な妖精に話しかける力をもっているとしたら、 世界中の子供に、生涯消えることの無い 「センス・オブ・ワンダー(神秘や不思議に目をみはる感性)」を授けてほしいと頼むだろう。 地球の美しさと神秘を感じとれる人は、科学者であろうとなかろうと、 人生に飽きて疲れたり、孤独にさいなまれることはないだろう。 (「センス・オブ・ワンダー」より)カースンは特にアメリカの保守層から批判を受け続けているが、特に格好の標的となったのがDDT禁止問題である。この問題については1980年代にレーガン、ブッシュ(父)と続いた共和党政権時代からチャールズ・ルービンらによって継続的にカーソンへの批判がなされてきたが、2000年代に入ると「カーソンがDDTの禁止を主張しなければ何百万人ものマラリア患者が死なずに済んだ」という論法で、カーソン個人がそれらの死について責任を負うべきであるという批判がなされるようになった。加えて2006年にWHOがマラリア予防の方法として、年に1度、住居の壁面にDDTを塗布する使用法を推奨したこともあり、カーソンのDDT批判は完全に的はずれだったという主張もなされている。(Widipedia より)
2012.11.28
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2012-11月歩数集計 年月日 気温 起床 歩数2012/11/1 木 12 5;20 20,8412012/11/2 金 10 3;00 21,6912012/11/3 土 10 4;20 32,0422012/11/4 日 ー 5;34 12,3332012/11/5 月 14 2;40 20,2312012/11/6 火 13 5;05 22,5212012/11/7 水 12 3;50 21,5882012/11/8 木 11 4;10 26,2812012/11/9 金 ー 5;10 17,7762012/11/10 土 11 0;01 13,2822012/11/11 日 13 4;10 8,5532012/11/12 月 12 5;01 23,2552012/11/13 火 13 5;00 10,8662012/11/14 水 10 4;10 26,6532012/11/15 木 10 5;20 22,8162012/11/16 金 ー 6;10 21,8322012/11/17 土 ー 5;20 13,4772012/11/18 日 8 2;20 16,3382012/11/19 月 8 3;00 21,8832012/11/20 火 8 5;05 23,7892012/11/21 水 7 4;15 22,8132012/11/22 木 ー 5;05 24,4482012/11/23 金 12 4;05 22,5112012/11/24 土 12 4;00 22,3682012/11/25 日 5;30 21,8342012/11/26 月 5;50 14,5702012/11/27 火 7 2;15 21,1172012/11/28 水 4 4;45 23,211合計 570,920モードを切り換えてと思いますが、まあいつもと変わらない。風邪を引かないといいのですがこれから寒さとの闘い。
2012.11.28
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物欲に駆られてどこまでもいけば行きつく先は崖の上だろうし、宗教心に呼び覚まされてどこまでもいけば何なのだろうか。それは同じところではないだろうか。違うと思うからそうなのであって、反対から見ればまた違うだろう。遠くまで来たと思うのは錯覚でしかない。自分が大きい筈はない。していることは誰かの真似でしかなく、趣味の遺伝を続けている。平家と源氏の争いの時代から、私たち日本人は、そのどちらから末裔であり、流れに過ぎない。敵と味方といまは呉越同舟であろう。殺し合い愛し合った。つながったり離れたりした。離れれば寂しいし、同じ場所にいると窮屈だし。渡り鳥のように旅を続けている。同じことをしているのだろう。そらのうえから人には見えない世界を鳥たちは視ているという。
2012.11.28
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この世は面白いと思い上がっていると、突然冷水を浴びてしまう。天は自ら助くるものを援けくとかや。終わってしまうことがある。それを忘れている。知らぬがほとけだ。PCが可笑しい。立ち上がりができなかった。いつもまでも続く筈がないが、終わらないものがたりをつづけている・・・つもりでいる。物語は終わらないのが小説だ。仕組まれている。だから商品価値もあるのだ。解かっているつもりでいるが何も分かってなどいない。上には上がおり、この世は不可解である。おもしろてやがてかなしきうかいかな。その1クールを繰り返している。そして私には何が残るのだろうか。砂漠の真ん中で、さあ、どうするだろうか?人ごみの中で、空ばかり見ていたような気がする。これまでの自分の記憶はどこへ消えるのだろう。
2012.11.28
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ものが足りても心が足りないことばかりある。物欲は果てしがなく、どこまでも満たされない欲望が拡がっていく。VIPになろうとしてなれる人は限られている。このままでは地球も狭くなり、世界人口は、すぐにも71億人になり、100億人を超えてしまうだろう。建設と破壊を繰り返して、自然環境は破壊され続けている。近くのスーパーまで買い物に行って来た。何でもそろっているが、今夜食べるのはほんのわずかのものでしかないが贅沢な食べ物で溢れていた。貧しいのか豊かなのか、こころは足りていない。
2012.11.28
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>博多湾東部<作品> 「ある崖上の感情」 「奇妙な手品師」「ある崖上の感情」・対話小説は、日本文学にはあまりない。谷崎作品「金色の死」は、「こころ」に対するアンチテーゼ。漱石(こころ)・谷崎・三島の共通性。・「窓」、「見る・見られる」への拘り。ふたつの方向のモチーフ。・のぞき見。・遠藤誠治・・梶井の影響。・吉行淳之介・谷崎潤一郎「金色の死」。重要。大正年間に書かれた。朝日新聞。「こころ」には肉体がない。・「見る・見られる」・・ドッぺルゲンゲルとの関係。窓。・生島と石田は同じ人物。・漱石・・・小説でも男二人。対話小説。・梶井の中の「漱石」がどういう意味があったのか、よく分からない。・漱石や谷崎が、対話小説の草分け。・「崖上のポニョ」・・作者のこだわり。漱石「門」から。・崖の上で見なければわかない感情がある。・珍しい作品。のぞきのシーン。但し淫靡さがない。この小説の特徴。男女の関係。・夕暮れ、ものの境界が不明確になる時間。「宵」とは違う。たそがれとも違う。・生島の章、石田の章と分けて書いている。・高いところから見る・・・。格別。視点のもつ意味。・設定。城のある町・・・妹の死。・西欧風カラー・・・が出てくる意味。三島由紀夫「旅の墓碑銘」・「聖書」列王紀上」第10章。「黄金伝説」平凡社。シバの女王。そこにしか出てこない。シバがソロモンに会いに行く。・「ソロモンの十字架」。「命の木」。桜の木の下には屍体が・・・。・十字架は物語の起点になっている。・梶井がどこまで西欧の歴史を知っていたか。・キリスト・・故郷と母はタブー。流浪の民。定住しない。・日本;農耕民族は定住型。排他的。「七人の侍」利用して追い出す。相容れない。・「窓」はかない運命を持っている。・他の作品では人間を虫にしたが、ここでは虫ではない。人間の死・・・そのものを描いている。「冬の日」まで、虫にしていたものが、ここで変わる。より真実になる。根底には「妹の死」がある。性=生―死。光景。梶井は深入りしない。・イメージにする。・これまでのテーマと違う。<威力ある無常観>。・中ぶらりんの意志との相違。(「冬の蠅」)自分たちの意志が通用しない。はかなさでおわる。・梶井らしさ。終わり方が違う。作品の結末が違う。二作品の違い。処理の仕方が違う。・体調が良い悪いではない。体調が悪いから暗いのではない。・「あれは俺の空想が立たせた人影だ・・・」二重人格。「Kの昇天」・「金色の死」友田と松永の話。・自分は抜け殻になる。どちらが実体か分からない。どちらでもいいこと。・超現実の視点・・・崖の上。景色が違って見える。・はかない運命ではない・・・見方が変わる。・濡れ場を書きたいのではない。・性の営み・・・戦慄がある。薄い刃物で撫ぜるような、反逆がある。ポーの作品との類似性。同じベクトル。破壊する。得体の知れない現実。「檸檬」のような心情をもっているひとが現代でもいる。反逆。・作家は、行動しない。頭で想像するひと。・日常を脱して非日常を見ることによって威力ある無常観を感じる。ふたつのことを書いている。だから対話になっている。・比較的解りやすい作品と言える。「奇妙な手品師」・超現実主義の絵画の意味。梶井が書いている意味。シュールリアリズムとは、真の意味は超現実・・・過剰なまでに現実であること。「夜の夢、見慣れた都市、風景、むき出しの物事などの中から不意に感じられる「強度の強い現実」をいう。・現実のもう一つのとらえ方とする考え。
2012.11.28
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自己表現の仕方 尊大でありたくはないし、卑下したく思わない。農民のアルファベットの評価を忘れたくない。そして自分が他人を無視したくないように、他人からもそうされたくはないし、国家と個人との関係もそうでありたい。ただそれは私の希望でしかないことも知ってはいる。私は、凡人だからであり、庶民だからでもある。現代社会で、個人はどうあるべきなのだろうか、それを模索もしている。街角の闇に紛れて惰眠を貪りたくはない。これも、そう為らざるを得ない理由があるだろうし、不合理もあるに違いない。明確に追及しないのも社会の歪みもある。何時も、ツアーの時は文春を空港で買い暇つぶしをすることにしているが、「書く」ことは生きることというフレーズを見つけた。日頃考えている事に近いと思う。つねに向学心を以って、というのが脳裡にある。さて、コストを活かせるだろうか。 ・へ2・・・自己表現の仕方で、大抵失敗してしまう。それでも挫けない。少なくてもそれがなければならない。
2012.11.28
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文学は、文学者のものだと思っていたが、そう卑屈になる必要はないと、その文学者がいう。作家は自分を理解する人のためだけに作品を書いているのだろうか。一介の市民に理解できる世の中ではないだろうか。芸術は、一部のエリートたちの文化ではない。教養は、貴族社会の装飾でしかなかった貧しい時代の名残でしかないのだろうか。 ・木偶人形のようになって労働するしかない社会もある。見ようによっては、地獄にも極楽にもなった文化の乱れた時代もあった。豚のように食べてそれが自由や幸福だという人もいる。太く短く生きて死ぬだけで好いというのだろうか。そういう人にはどんな哲学も文学もただの享楽のためでしかない。 ・へ2・・・狭い世界の専門家に為り、小さな山に登って満足して死ぬしかない人生もある。或いは届きそうもない穴を掘り続けてミイラ取りがミイラにもなる。点となることを恐れず、それを刻むがいいのだ。人は生命という命の連鎖の歯車でしかない。
2012.11.28
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