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+大英博物館。あくまでも自分が感じているこの瞬間は、自分の世界でしかないが、しかし、それだけではない。一瞬間。この瞬間は、止まることのない時間の流れでもある。1億分の1秒は、観念の世界でもある。それはゼロの発想でしかない。架空の存在を人間は、ホモ・サピエンスの時代から想像していた形跡がある。それが無知への飽くなき接近であり、自分たちが解からないものがあることを知っていたからに外ならない。やがて神をも発見したのだ。 ・恐るべき祖先たちの感性があり、想像力があったのであり、その伝統は科学を発見していった。どんな現代人もその遺伝子を持った子孫たちだ。この瞬間を書きたくて起きてきた。まさに自分のこの時間も、2度と戻らない時間でもある。この1年、自分にとってどんな1年間だったのだろう。元旦から、あと今日を入れて9日間でしかない。 ・へ2・・・私にとって、それほど人生の時間は残っていないが、つい目先の優先順位を失念してしまう。社会環境というのは嵐のようなものだ。巻き込まれたら自分の存在は無くなってしまう。切れた凧のように吹き飛ばされてしまう。この瞬間の自分を見つめるしかないだろう。
2020.12.31
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大英博物館。ルソーのことば 「社会の基礎を検討した哲学者たちはみな自然状態にまでさかのぼる必要を感じた。しかしだれひとりとして、そこに到達した者はいなかった」(『人間不平等起源論』)「虚栄心を生む者は理性であり、それを強めるのは反省である。-人間が苦しんでいる人を見て、「おまえは滅びてしまえ、私は安全だ」と密かに教えるのは学問である」「ある土地に囲いをして、「これは俺のものだ」と宣言することを思いつき、それを信じるおめでたい者たちを見つけた最初の人間が政治社会の真の創立者であった」「各構成員の身体と財産を共同の力すべてによって保護する結合の一形式を見出すこと、それにより各人が全員と結びつきながら自分自身にしか服従せず、以前と同じく自由であること、これこそ根本問題であり、社会契約がそれを解決する」(『社会契約論』)「人民が十分に情報を持って審議するとき、市民が相互の意志を伝達しなければ、わずかの相違が多く集まってつねに一般意志が生まれる」「民主制という言葉の意味を厳密に解釈すれば、真の民主制はこれまで存在しなかったし、これからも決して存在しないだろう。多数者が統治して少数者が統治されるということは自然の秩序に反する」「統治者が市民に向かって「おまえの死ぬことが国家に役立つのだ」というとき、市民は死なねばならない。
2020.12.31
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精神(スピリッツ)(物質・肉体に対して)心。たましい。「健全なる精神には、健全なる身体に宿る」。明日はクリスマスイブ。この言葉が浮かんだのはやはり嬉しい。厳しい一年だった。見た目にはどう視えようとも個人的にも楽な一年ではなかった。それは当然だと思っているから、苦痛なのではないだけだ。一つのケースとして、庶民の一人としてそれは、あるのだろうと思って遣っている事。 ・もっと楽な活き方もできただろうし、遣れたことはあったのだろうが、自分で選んだ道だ。精神、と言えるほどまだ遣って来たのではないし、それは、評価された訳でもない。これからなのだろう。今言うべきことではないのかもしれない。然し思いついたことを言っておかないと言えなくなることもある。毎日15キロ近く歩いているが、ふと思い付くことをブログに書こうと思っても、忘れてしまったことはいくつもある。 ・へ2・・・自分ではウオーキングのつもりでも、最近は、どんどん追い越されもされている。考えたりするからだろう。無心でいることはない。だから疲れもする。どんな小さなこともやり遂げれば小さいことではなくなるかもしれない。ウオーキングを始めて来年4月で4年間になる。それこそ毎日だ。今朝は雪らしい。ウオーキングだって、10年間以上続けている人は多いだろう。頭の下がるような人はどれだけでもいる。自分にしかできないことをするしかない。そしてそれが精神になるまで生きるしかない。
2020.12.30
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「揺籠から墓場まで」と言われる時代だ。社会福祉は遅れている。国民皆保険というが、病気になっても患者は治療を受けられても病人は放置されている。自分が病人でも病院に行って治療を受けなければ患者にならない。だから社会には病人が溢れているが、確りした治療をしていない。どんなに病院に通院してもよくなるとは限らない。まだ治せない病気があり、医者の力は大してある訳ではない。それらしい格好をしているだけでしかない。お粗末な医療体制でしかない。本気で国民の病気を治そうとしていない。そうしたら、社会が破綻すると思っている人たちが政治をしている。公務員は自分たちのことしか考えていない。 ・自己責任を上手く使って誤魔化している。どうぞ早く病気が悪化して、取り返しがつかなくなって病院に行き「死んでください医療」でしかない。自己管理ができないとすぐにも病気は悪くなる。体は正直だ。化学反応でしかない。理屈に合わないことにはならない。病人を作りだし易い社会があり、病人が増えている。高齢化社会になればますます病気は増えるだろう。まだ人間の知らない病気があるだろうし、病名は増えていく。 ・へ2・・・「ロンドン塔」の「19才の若い王妃だったキャサリンは処刑の際、恐ろしいほどの馬鹿力で処刑人たちの手を振りほどき、目隠しをはずすと、髪を振り乱し金切り声をはり上げて処刑場の中を逃げ回った」。逃げ場所のない刑場では仕方がないのだ。どんな莫迦ちからも通用しない。こうなれば、意地でも長生きしてやるという気概がないとだめだ。処刑人は、罪人で斧を振り回したという。
2020.12.30
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アオサギ。生命は、自己と他者と別れるに因って成立っている。人はよく建物に喩えられえる。手入れをしない建物は、どんなに立派な御殿でも、すぐに老朽化してしまう。身の程知らない奴は、大きな建物に住みたがるが、そのスケールに潰されもする。自分のサイズに合うものに住むべきなのだろう。日本の家が「うさぎ小屋」と、よく嘲笑されるが、狭い島国だから仕方がない。世界のどこも同じようなものだ。寧ろ、不相応な豪邸を欲するとすれば思いあがりなのだろう。最期の行き先は同じだ。路地が好きだ。路地は狭い方がいい。毎朝窓を開ければ、向かい側の窓に「おはよう!」と挨拶をする、くらいできる方が、素敵だ。それが、人間らしい付き合いのスタートだ。来年も自分らしくありたい。
2020.12.29
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ウエンブリー・スタジアムは、サッカーの聖地でもある。ほてるがそのちかくにあった .メルヒェンは、日本では童話、おとぎ話、昔話と訳されている。子どもたちに生きる知恵を教えようとした知恵があるのだろう。戒めを教えたりもする。宗教的な色彩の濃いものがある。勧善懲悪があるのだろう。それにしてもグリム童話の「赤ずきん」「雪白姫」も童話にしては、悪人の最期は無残な死になる。決して甘い話ではない。西欧のお話はみな宗教の道徳観が織り込まれている。13.14世紀の一枚絵も宗教の教えから始まっている。戒め、恐怖がある。 ・善と悪があり、悪は滅びなければならないし、それは無残でなければならない。切り棄ててきた歴史が、明るさと暗さを浮き立たせている。メルヒェン、テール、トールもそして童話も同じ意味ではない。それぞれの語彙は違う。それは国情にもよるのだろう。社会環境が生んだ子どもへの教育がある。血生臭い歴史を持っている欧州が残している世界観が色濃く残っているのだろう。人間の形質は同じだろう。東洋の童話も容を換えたものでしかない。 ・へ2・・・マザーグースにしても、露骨な表現がされているが、それも分かるものと分からないものがある。そこに育ったものでないと分からない暗号のようなものが含まれてもいる。タブーもある。言ってはならない言葉や人がいたとしても、それは歴史の陰でしかないのかも知れない。そういう蔭や暗さがあるのがメルヒェンでもある。美しいものに寄り添っている影はいつも美しさを際立させる。
2020.12.29
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ソーシャルステータスという概念はいつも考えている。それがあって考えも違う。ひとは社会的動物だ。視点が違えば評価も相当違いもする。よくここまでブログを続けていると、われながら思うが、それはそれができる環境があるからだろう。何かを得ながら、何かを喪失しているに違いないが、私だけの問題ではなく、見てくれる人にも言える。 ・客観的にモノを見ているかだろう。真の相とは、何だろうか。安心するために表面的なものの見方をしているが、それは合理的思考でもある。では、それだけでいいかと言えばそうとばかりは言えない。寧ろ、見せかけの社会だからだ。私たちは騙される。大抵はそれでもかまわないことが多いが、そう行けないことも多い。このクリスマスも、クリスチャンでもないのに。 ・へ2・・・そして初詣をしたり、古寺巡礼も楽しんでいる。本当に自分が何を考えているのか表現することは難しい。川面に浮かんでいる木葉のようだからでもある。その時次第でもある。自分をどう考えるか、社会はどうか。ブログで心境をこれから伝
2020.12.29
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ァウフヘーべンとは、止揚と訳される。 ヘーゲル弁証法の考え方だ。どうも議論の空回りばかりしている政治がある。そればかりでなくどうも短絡的な議論で見切り発車ばかりしているようなものばかりだ。妥協はしてもアウフへーベンのない議論には不毛でしかない。哲学のないのが売りの堀江貴文氏が、株主から「自分だけがもうけようとしているのでは」と想定外の厳しい指摘を受けて思わず「涙が出てきた」と泣き声を出したというニュースに絶句した。未だその場面をみてはいないが、巨額のカネを動かすひとも悪人でもまだ小悪人なのだろうか。底の浅い人間が政財界に存在しているのは風潮なのだろうが、如何にも心もとないことだ。日本人の優秀は世界の優秀とは限らない。彼らはテスト優秀者でしかない。国際社会で通用するには、甘さや温情ではない。「アウフへーベン」できる人間なのではないか。自己撞着している人間では、役に立たないことをどれだけ理解されているだろうか。弱いところを突かれて凹むような人物では先が思い遣られる。理論なき議論ばかりしているようでは世界をリードなどできはしない。赤字国家が、カネをばら撒いて得た国際的信用など何の価値もないだろう。
2020.12.29
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つの社会は、ある一つの全体として評価せねばならない。その弱点をぼかしたり、その暗い側面を触れることを拒んだりしてはならない。ある文明がいかにして一体性を保ち、進化し、存続しているかを理解するかだ。 サタンが西洋文化圏で、決定的に重要な位置を占めるのは12世紀から13世紀頃のことに過ぎない。ましてや悪魔にまつわる強迫神経症的な恐るべきイマジネールが確立するのは、さらに遅い中世末期である。こうした現象は、神学的かつ宗教的な領域のみを出来事として把握すべきでない。これも一つの文化の表象だからだ。 ヨーロッパは、当時言語も文化がバラバラだったのは、自らの独自性を確立しようとしたバベルの塔でしかなかった。教皇庁と強大な諸王国は悪魔と地獄とを発明したという事実を、大して重要ではない宗教上の現象とみなすわけには行かない。絢爛たるサタンのイメージを練り上げた思考システムの誕生こそ、西洋の活力が飛躍的に増大したことと密接につながるのだ。 すなわち「中世の秋」は、近代の幕開けを告げる「西洋の春」でもあったのだ。何の為にサタンがあるかは、よく考えれば解かることだろう。それほど、頭の良いひとが滅多にいない代わりにその逆もいないだろう。あとは、自分の想像力の問題だ。
2020.12.29
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ハイデルベルク。本当は、どうなのだろうか。自分は人生を愉しんでいるだろうか。自分ではそう思っていても、他人が感じていることは違うかもしれない。ブログも長くなってきたが、私の知り合いがどれだけいるかわからない。履歴が見れなくもなっている。他人が知人でも友人でも知らない人でも、私の文章がある意味を持ち語彙を理解してくれる人はいるだろう。一歩一歩と日々を刻んでいるがそれもいつかは終わる。 ・お付き合いのあった人も、あんな人間だったのかと失望もされるだろう。まだ私の世代ではPCの馴染みのない暮らしをしている人も多いから、知られていない節もある。無関心であり、無視されているかもしれない。私も、普通のサラリーマンだった。臆病でいじいじ暮らしてもいた。自分ではそうしなければならないと思ってもいた。引っ込み思案は、こどものころからの傾向でもある。 ・へ2・・・ひとも木の葉が黄葉して枯葉になり散っていくような人生で終わるのだろうか。その束の間の時間でしかないのではないか。毎日1万歩朝夕ウオーキングしているが、どちらかと言えば散歩でしかない。それでも暗い中を日照時間が短い時は歩いている。そして、太陽が東の空から昇ってくるが、その位置が、そろそろ南の端になり、1月の初旬からは、北に向かって走り出すだろう。日没も違うし、月や惑星や星座も動いている。四季があり生物も毎日違うし、何と豊かな世界だろうか。いつも楽しくない訳がない。 福岡パスポートセンターがあるアクロス福岡まで行ってきたが、平日の午前で比較的早かった所為で、すぐに受付が済んだ関係で、このまま帰るのは勿体ない気持がしたので、博多駅まで歩くことにした。中州を通ってついでに櫛田神社まで、回ってきた。それほども寒くもなく、いいウオーキングができた。
2020.12.28
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時々思いがけないことが起きる。「人生塞翁が馬」というのは、中学生の教科書で習ったが、そのころの言葉が頭に残っているのは、まだいくつかある。そして、今でも口から出る時があるから、それだけのインパクトがあったのだろう。落ち込んでしまうこともあるが、回数は減ってきたが、生きていて好かったという気持ちも起きる。この月の13日には、朝からクロツラヘラサギを2か所で8羽みた。女子大で英詩の楽しい講義を聴いて、夕方には娘と天神でモーツアルトのコンサートを聴いて、父と娘の2ショットで帰宅した。何でもないことだが、そういうチャンスを嬉しいと思う。 ・母は50歳のころ死んだし、父も69歳だった。まだ父の死んだ歳まで行かないが、同じようなDNAだろう。生きるためには、社会的環境と、自然環境と、そして自分の生体として加齢の条件があって、生きてもいる。1クールのプロセスを心臓の鼓動をうつように進んでいる。余りに早くて、自分の目には視えないでいる。ラジオ体操が昔のようにはできなくなっている。体が硬い。生きていれば出来るが死んではできないことばかりだ。 ・へ2・・・誰が、自分のいのちの最後を決めるのだろうか?幼いころからそれを聴かされて来た子どもたちの一生は、私には辛く感じる。でも、本当にこの世の在り様を信じることのできない人間はもっと悲しい。祈ることを知らないからだ。その祈るということを、私は知りたいと思う。そうあってほしいことが、この世にはあるからだ。私は何ものであろうとは思わないが、一人の人間として、この時代に自然でいたい。 旧い鎧を棄てられない人がリーダーに為るべきではない。成長しない人間は猶更だ。本音と建前の使い方が下手な人間は国際社会では通用しない。
2020.12.28
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決められたレールの敷かれた電車に乗ってのんびり外の風景を眺めているような日常から、「もう終着駅ですよ」と追い出されてきた。まだ生きている。確かに足は付いているが、余り使ったことはなかった。外を歩いていれば雨も降るし、風も吹く、時には暴風雨にもなる。山になれば雪にもなるだろうし、砂漠もある。自由があるのではなく、放り出されたようだ。それでも、何とか生きていかなければならない。道なき道を行かねばならない。これまで何とか見よう見まねの他人の真似ばかりしてきたが、生きていくにはそれだけでは足りない。 ・環境に適応していくためには、この社会が自分に何を求めているのか知る必要がある。この社会で、何が起きているのか。何が起きようとしているのだろうか。藁をも縋るように周囲を見回してきた。ツールを探し出したら、多過ぎるくらいある。そういうじだいになってもいるようだ。つまり、私のような人間がゴロゴロいる。大学の公開講座に出席して、レールのない道を歩き始めている人たちと出逢えるのは心強い。 ・へ2・・・余生をどう生きるかなど考えたことはない。いまも余生とは思えない。これまでの生活の延長でしかない。それでも社会は違う生き方を求めている。レールはないのだ。そこまでの社会保障はない。勝手に生きろだ。生き残るものだけが生き残れば好いということらしい。もう講座を受け始めてこの大学も9年になる。資料が多いのに驚く。どうやら整理が遅れている。タイムオーバーになる前になにかつかめるだろうか
2020.12.28
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甘やかされずあることも決して悪いことばかりではない。寧ろその反対の状態は、余りいいことにはならない。成功ゆえに没落するという。上手く行くと奢りも出る。自分の力だと過信もする。漱石の作品の中にも読者を見下げたところがある。特権意識のある人の言葉はどこか嫌な感じがする。 ・若い女が美しいとちやほやされて駄目な人生になる。性格が悪くなり易い。勿論例外はあるのだろうが、甘やかされた人間は、自分が特別な人間だと思いがちなのだろう。それはその人のダメージでもある。厳しい日々も自分の人生の糧になるとおもう。辛かった昔は、いま何でもないことのように思えるからだ。 ・へ2・・・仕事をしていたころの師走はどこか落ち着きのない日々だったと思う。仕事が待っていて、いつも平穏な気分になれなかった。職場でも、自殺したり、病気になったりした方も多かった。この一年、自分にとってどんなものであっただろうかと考えると、自分が甘やかされてこなかったことに感謝したくなる。
2020.12.26
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クリスマスとシックデイが重なったようだ。久ぶりのシックデイでコロナに感染したかと心配したが、咳も、夏もあまりなかったが、腹痛は一日止まらなかった。もしも感染したらどうしようかと心配した。通院していると頃がいいが、隣の市で、かなり離れている。眠ろう思っても痛くて眠れなかった。こういう時に気軽に相談できると相手がいない。しばらく様子を見て、どうしうてもダメな時は救急をたのもうとおもっていた。 ・朝食は取ったが、昼飯と夕飯は食べれなかったので、ベットで横になるしかなかった。流石にこうなるとブログどころでhがない。それこそパンデミックで世界中大変な騒和議だ、高齢者で、基礎疾患もあ㋓うので、担ぎ込まれたらどうなるかわからない。このまま最後もないではあるまい。突然不幸は襲ってくる。やっと朝になり起きてきたが熱はないようだ。まだ気分はよくない。
2020.12.26
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大英博物館。エジプトエリア。方法的だが、資質がそうさせている。・前と後が繋がる。本を読むのも自分の読み癖による。作家にもあるので重なる人と波長の合わない人がいても当然。・一番自分の頭に入るように読むこと。・ストーリー上の繋がりではない。理屈ではない。同じパターンの繰り返し。・作家をどう読むか。・漱石は悲劇から喜劇への繰り返しである。「落語」の落ちと下げ。・落語の延長として「猫」を読むと解かる。前近代・反近代。・無関係と思われるものがあとで繋がる。・ブラックユーモア。落語でも、人間の死をコミカルに描く場面がある。・主人と猫が初めて出会うシーン。「吾輩の顔をしばらく眺めておったが、・・・やがてそんなら」猫と主人の表裏の関係。通じ合う関係。主人は、同情した。捨て猫への同情。ポイント。・同情から始まっている。主人から拾われる瞬間。主人だけである。・迷亭像が、1章と2章では、人物像が変化している。・車屋の黒の憐れな最期。心象風景が書かれている。情景描写でもそれを締めくくっている。・1の終わりと13の終わりと同じ終わり方をする。・8 「鏡」が出てくる。自分の正体を晒すから。漱石は狂人扱いされた。あばた顔でコミカルに描いている。深刻さがないように書く。・逆上。インスピレーション。異常なもの。狂人。カフカ変身。・狂気から異常なものを生まれる。自覚している。漱石自身でも思っている。・おれは可笑しいかもしれないと思う。 9章。・笑いと悲惨とが、内省的になる。
2020.12.25
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カワセミ。いよいよ時代は、愈々減数分裂をしていくだろう。日本の未来を担う若者の教育こそ何よりも大切であり、それを優先すべきだろう。教育、教育、そして教育なくして未来はない。その教育現場が、汚職の巣窟では困る。創造性豊かな人材を育てるべきだろう。促成栽培では役に立たない。営利ばかりではなく、対局でものを考えることのできる人材がそれこそ、富士山では足りない。チョモランマでも中国に負けるだろう。それこそそれ以上の人材を育てて、物理学的には不可能な地上一万メートル以上の重力に耐えねばならない。 何ができるのか、何ができないかではなく、できることを一つ一つ積み上げるような忍耐力のあるリーダーはいないだろうか。自分の権力奪取に凝り固まったようなことでは困る。大局を把握できるだけの見識も必要だ。党利党略で、この複雑怪奇な国際社会を乗り越えることはできない。確り国政のかじ取りをしなければ百年の計を誤るだろう。また「空白の10年」のような轍を踏むことがあれば、日本は後進国の仲間入りをすることになるだろう。 落ち目になると不思議と暗い話ばかりが増えていくようだ。たいしたことでもないのに大袈裟に云いたがることもある。これまでやってきたことが、できそうもない気持にもなってくる。耐えられない人生はないのであり、それができないときは終わりなのだろう。腹をくくっていかなければならないのは、これからばかりではなく、これまでも何度もあったのだ。それが、豪く大仰にも見えてしまう。高齢化社会を迎えて、これまでのようにはいかなくなる。そういう時代に、不適応な人物が国のリーダーでいいのだろうか。少なくとタフな精神を持った人物であり、苦難を抱えて平然として立ち向かう情熱ぐらい持った人であって欲しい。
2020.12.25
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大英博物館。.なぜそこまで知らなければならないのだろか。疑問に思うことがある。必ずしもこの世界は美しいものばかりではない。老いて死ぬのもある。死ぬのが怖いと思っただろう。どうして生まれ、どうして死ぬのか知識がなかったからだ。神や悪魔が登場したのも、長い間ブラックボックスが、周囲に存在していたからだ。自分の目で見ていることに気付かない。人間関係も親子から始まっている。親が何を考えているか知ろうともしないで、他人のことをどこまで解かるだろうか。どうして自分が学友と差があるのか、一番になりたくてもなれないのは何故か。必ず理由も原因もある。なる人が為りならない人はならない。外見にはそれだけの努力していないようにみえるが為るだけの要件はある。 ・確かに完璧な人はいない。表もあれば裏もある。長塚節「土」の登場人物は、暗いがそれは環境が暗いからでもあろう。作家が子規の門下生で、歌人でもある。風景の描写が繊細だし、人の姿も写実的だ。彼は裕福な地主の息子でもあった。小作人の姿を多く視て来たのだろう。卯平、勘次、お品、おつぎ、与平の自然と暮らしの物語である。私は、最後にある、小作人の失火で自分の屋敷を焼かれた内儀がいう台詞が印象的だ。「まあ惜しいといえば紙一枚でも何だが、家は直ぐにも建てれば建つんだが、樹が惜しいことをしたって云ってるのさ、それだが此れもそんなことを云ったって仕方がないがね」。 ・へ2・・・地主と小作人との落差のある運命がある。同じ所に居ながら、違うことを想っている。お互いに理解することは生涯ないのだろう。内儀は、聖母のように小作人がどんな罪を犯しても許してやるのだ。自分の屋敷が焼かれても「お前も丸焼けでしようあるまいが少しは銭でも持って行くかね」。
2020.12.25
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大英博物館。本当はどうなのかわからないが、自分では他人には無害のつもりでいる。傍迷惑とか、KYとか。その時の状況は流動している。公開講座は、いつ始まったか詳しいことは調べていないが、個人的な体験では、50年以上前の阪大の市民講座からで、サラリーマンになってからも、長い休みはあるが、受講している。そういう意味では、生涯学習を考えていた。 ・思いがけなく、6年間の日本文学講座を受講できたのは貴重な体験だったと思う。然も一人の教授の講義を受けた。大学の懐の深さでもある。能力がないこともあるが、日本文学も諦めたわけではない。脳内空地があると思う。遣りたいことが多すぎるだけだ。自分の頭で考えることが、理解のポイントでもある。気が付いたら、もう12月だ。 ・へ2・・・一歩も前に進んだわけではない。同じことの繰り返しでしかない。ある源氏物語の研究家が、毎年同じ本を買い続けて読むと言われていた。小六法もそうしていた。同じ本を読み続けることになにか発見できるものがあれば意味がないのではない。ウオーキングで歩くことも同じ気がする。日照時間は日々変化している。それが面白い。
2020.12.25
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ロンドンひとの最期では、魂が裸になる。ラジオであるクリスチャン医師のこれまで2500人余の終末を看取った人の話があっている。「ひとは死を背負っている」というテーマだった。いくつかの例があったが、宗教にとって、ひとのもつ恐怖の救済がある。社会的ステータスを持ち、それなりに威厳を以って生きている人間が、自分の死に立ち向かわなければならなくなると、こころとからだははだかにされる。それが魂の裸であろう。 ・宗教家のみる人間の最期の視点がある。宗教への信仰の確信はそうして強まっていくのでもあろう。自分の人生に満足はできなくても、納得のできる生き方のできた人はどんな時もこころの平安がある。最期の時、自分がどうなるのかその時でないと解からない。絶望するかしないか。表現がどうであろうと、生と死のことを真剣に考えておく必要がある。そしてそれもそのひとの個性があると思う。 ・へ2・・・生活習慣病になってしまったが、知識がなかったわけではない。然し、知識を活かすことができなかった。本当は解かっていなかった。勝手に思っていたことは浅はかなことでしかない。運動をしなければ、摂食しなければならないと知っていたが実行できなかった。その報いが来た。それでも其のままだったら、確実にすぐにも「ポイント・オブ・ノーリターン」があっただろう。こころとからだの波長が合致して心の平穏もある。そのことに気づいたのは、もちろん長い曲折の時間があったのは間違いない。そしてその闘いはこれからもつづいている。
2020.12.25
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2006年のクリスマスマーケット。時々思いがけないことが起きる。「人生塞翁が馬」というのは、中学生の教科書で習ったが、そのころの言葉が頭に残っているのは、まだいくつかある。そして、今でも口から出る時があるから、それだけのインパクトがあったのだろう。落ち込んでしまうこともあるが、回数は減ってきたが、生きていて好かったという気持ちも起きる。この月の13日には、朝からクロツラヘラサギを2か所で8羽みた。女子大で英詩の楽しい講義を聴いて、夕方には娘と天神でモーツアルトのコンサートを聴いて、父と娘の2ショットで帰宅した。何でもないことだが、そういうチャンスを嬉しいと思う。 ・母は50歳のころ死んだし、父も69歳だった。まだ父の死んだ歳まで行かないが、同じようなDNAだろう。生きるためには、社会的環境と、自然環境と、そして自分の生体として加齢の条件があって、生きてもいる。1クールのプロセスを心臓の鼓動をうつように進んでいる。余りに早くて、自分の目には視えないでいる。ラジオ体操が昔のようにはできなくなっている。体が硬い。生きていれば出来るが死んではできないことばかりだ。 ・へ2・・・誰が、自分のいのちの最後を決めるのだろうか?幼いころからそれを聴かされて来た子どもたちの一生は、私には辛く感じる。でも、本当にこの世の在り様を信じることのできない人間はもっと悲しい。祈ることを知らないからだ。その祈るということを、私は知りたいと思う。そうあってほしいことが、この世にはあるからだ。私は何ものであろうとは思わないが、一人の人間として、この時代に自然でいたい。 旧い鎧を棄てられない人がリーダーに為るべきではない。成長しない人間は猶更だ。本音と建前の使い方が下手な人間は国際社会では通用しない。
2020.12.25
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大英博物館。味覚のメカニズムを先ず昆虫のケースから解説され、ヒト、哺乳類の感覚について易しい解説だった。何故肥満になるのか、白色脂肪細胞と褐色脂肪細胞、そして交感神経と副交感神経の相違について、写真を交えながら解り易い解説を聴いた。肥満遺伝子(ob)とレプチンの話も。 ・肥満の予防は、特別のことではない。三食を規則的に 「愉しくゆっくりと食べ、食べ過ぎないこと」 「適度な運動をすること」 「ストレスをため込まないこと」心の空腹感で食べないことでしかない。肥満とは、脂肪細胞(体脂肪)が過剰に蓄積した状態。ヒト成人で300億個なのに対して肥満では400億個~600億個になる。
2020.12.25
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モンサンミッシェル・人生塞翁が馬で、好いことも悪いこともある。いまはそのどちらかでもないが、その人の価値はいきているあいだは評価し難い。他人を理解しようとしても無理だろう。本人さえ解らないでいるのだから。夢中に何かをしている時というのはその時は無心でもある。 ・へ2・・・何を思ったのか知らないが、妻が朝起きて、仏前で摩訶般若波羅蜜多心経を半年ぐらい前から唱えている。私も数年前、冊子を求めて暗唱して覚えたが、どうやら自分では気づかないが、そういう心境になる時があるのだろう。大昔だが幼いころ毎月二回家に坊さんが来て、お経をあげていたが、記憶にある文章もある。今年は、パンデミックで異常事態のクリスマスのようだ。自粛自粛で、所謂クリマルも寂しいものになったようだ。また安倍晋三氏は、秘書がやったというが、秘書も本人の代理だろう。知らなかったですまない。言行不一致の人間である。それが日本の政権で最長期の内閣を誇示した政権でもある。情けないが、地元の人の話を聞いたことがあるが、その人柄をよく理解していたのに驚いた。知っている人は多いのだろう。
2020.12.25
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和白干潟のミヤコドリ。時代の先覚者は、苦難といばらの道を歩くものだ。ラッセルも然り。彼は40代で確乎たる名声を得ながら、第一次大戦での反戦運動で、アメリカでの不幸な事件のために、長らく世に容れられず70歳近くまで思想的背徳者と非難されていた。しかし第二次大戦後になって、改めて世間は彼の真価を見直し、不屈の哲学者として賞賛した。ケンブリッジに復帰し、英雄として迎えられた。彼は、76歳のとき、ノルウェーで飛行機事故に遭い、海中に身を投じ凍るような水中を泳いで自力でボートまでたどり着いた。溺死者が19人も出た最中にである。高齢のラッセルが北海で然も晩秋の冷たい海を考えると不屈の精神力と偉大なる生命力だ。1970年98歳でラッセル死す。ラッセルは、貴族として静かな余生を送れたはずだが、そうしなかった「たえず努力するものは救われる」という精神を貫いた。強い意志と情熱の人だろう。挫折を経験し、それを乗り越える忍耐力こそ、真の人間の姿だと思う。
2020.12.25
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イスタンブール。侘人と関わって活きているのだから、自分だけの感情では済まない。そして自分の感性も自然や他人との間で成長もしている。ひとの知識も多くは視覚から入ってきたものだ。喜怒哀楽はそうして自分の中に作り上げられてもいる。記憶のない人間はいない。それはことばのいない人間はいないのと同じだろう。自分を形成して来たものは、個人の存在はどれほど微細でも、何とも壮大な宇宙との繋がりを持っているだろうか。 ・自分の存在を社会の高みに措こうとして競争社会を活きることを半強制されているが、それで豊かな社会があるだろうか。満足して生きていられる社会だろうか。世界の現状は、さまざまな問題を抱えて苦悩している。そして私たちの暮らしもその中でしかない。69億人の世界人口の中で、9億人の人びとは飢餓の状態にあると言われている。それは由々しい現実でもある。 ・へ2・・・非力な自分を情けないと思う。人びとは自分の眼から入ってくる情報で自分の生きるべき道を選択しているが、完璧に情報の真偽を処理できる人はいない。一人の人間の犯罪でさえ、正しい判決を下しているとは限らないだろう。外の社会的環境ばかりではなく、自分の中の脳の整理さえ確りと把握できてはいない。視ているが、まだまだこの宇宙の真実を視ているわけではないだろう。
2020.12.24
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南阿蘇。色々という程でもないが、市民講座は学生の頃から聴講しているので、休んでいた時期もあるが、頭から離れたことはない。向上心が無くなれば男ではない。男だからでもないが、自分の非力を知っていればやらなければならないことはある。楽に生きようとは思わない。 ・日本文学や日本史もある。もっと自分に相応しいテーマが見つけられるかもしれない。色々遣って見たい。最期までそれは見つけられないかもしれないが、それを探し回っただけでもしないよりかましだろう。無知無能だったと納得もするだろう。一葉のようなジャンプが簡単にできるわけではない。悟りもあるが、それも「百千萬刧難遭遇」なのだろう。目の前にあるのに気付かないだけだろう。 ・へ2・・・市民講座はヒントを呉れる格好の場所だと思っている。漠然とではなく、そろそろ絞って遣らないと何をしているか解らないことにもなる。これまでの6年間の文学講座の中で取り敢えず、中島敦は、鳥渡深く読んでみようと思っている。研究も遅れているようだ。空地のある方が面白い。それこそ厳しい社会環境はどこでも同じだが、楽をしていたいという欲望を棄てられない。だから欲を棄てろと言われても困る。生きるための営みを棄てられないからだ。嘘も方便では仕方がない。
2020.12.24
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ドイツのクリスマスマーケット。なにごともそれほど急ぐことはない。まだ終わろうとしているのではない。それでも漱石は「明暗」を書き終わることができなかった。計算間違いだろうか。もっと生きているつもりだったのだろう。長編小説を書こうとしたらしい。あまりゆっくりしていると自分の計画通りには行かなくなる。然し、それは漱石ばかりではない。人間はみなそうかも知れない。明日自分が死ぬことを知っていた人は中々いないのではないだろうか。それを感じだとしても他人には伝えられないのかも知れないが。慌てると失敗するし、余計なことをしてしまう。それでもゆっくりしていると時間がなくなってもしまう。コツコツ何かをしている時が愉しいという自覚があるだろうか。それはやりたいことをしているからだろうし、それが目的をかなえるからだろう。 ・ウオーキングをしていて思うのは、子供たちや少年たちが軽々と歩いていることだ。何と素晴らしいだろうかと惚れ惚れする。赤ん坊が<あんよ>をしているのもほのぼのする。種としてのヒトが手に入れた二足歩行は、多くの恵みをヒトに与えた。その恩恵を私たちは日ごろ味わい楽しんでもいる。這い這いから立ち上がり、そして杖に頼るようにもなるだろう。人間の姿は、容にすれば、4-2-3 だとスフィンクスはいう。人は自分たちを偉大な生物だというが、そうだろうか? ・へ2・・・ゆっくりし過ぎたり、急ぎ過ぎて間違いばかりしてはいないだろうか。思えば反対のことばかりして時間の無駄遣いばかりだ。地球上だけでなく、宇宙空間までゴミをばら撒いている。自分たちの生きるスペースを汚している。おごりがすべてを台無しにするのではなかろうか。 この社会を仲間にするかどうかだろう。そう思えるかだ。妙に急がないことだ。自滅するしかない。あまり先に知り過ぎないことだろう。自分だけ抱え込まないことだ。早く寝たので妙に早く起きてしまう。BSでサッカーを観戦しながら、深夜便を聴いている。
2020.12.24
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「キング自伝」は、生存中に、普通私たちが理解しているような意味での「自伝」を自ら執筆はしてはいない。クレイボーン・カーソンが「自伝」のかたちでまとめたものだ。別途「キング著作集」という詳細なものが完成予定である。その中からキングの生涯と思想のトータルな姿とキング自身の晩年を想定してまとめたものである。作中で、 あなたはそれを見ることはないかも知れません。夢は実現しないかも知れません。しかしあなたがそれを実現しようと願っていることは、よいことなのです。 「それは今日実現できないかも知れない。また明日も実現できないかも知れない。しかしあなたが心にそう思ったことはよいことである。あなたが試していることは、よいことである」(「列王記上八。17-19」) ・それが、暗殺という非業の最期を遂げた人の言葉だけに、私たち与える言葉の意味はより深く重いものがあるだろう。彼が牧師であったということを考慮すれば彼の言いたいことを聴く価値は大いにあるだろう。 ・もし私が通りすがりにだれかを助けることができたとしたら、もしだれかを一つの言葉、もしくは歌で励ますことができるとしたら、またもしだれかにその生き方は間違っているよと忠告できたとしたら、私の人生は無駄ではなかったでしょう。・・・。 ・へ2・・・マーティン・ルーサー・キング牧師が宗教活動にとどまらないところに彼の凄さがあったのだろう。その遺志がアメリカで引き継がれているのだろうか。
2020.12.24
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大英博物館。・老齢のスイス女性の喉ぼとけの動きに夢中になった男の子が、うっかり喉ぼとけを指でふれてしまった。老女は失神して倒れそのまま死亡してしまった。(ベルナー/1940)・ある40歳の父親は、重傷を負ってバイクのそばに横たわっていた息子の頭を、柔らかい敷物の上にのせようとした時、そのまま路上に倒れて死亡した。多くの思いがけない奇妙なケースがある。科学的なメスが敢えて入れられない。寧ろ曖昧にしてきたものは多いし意図的なものを感じる。過労死や飲酒運転にしろ企業に気兼ねしたものがある。自殺の多さもある。ところで、自分を死に駆り立てる誘因は、・抑鬱な人とナルシスト・恐怖心の強い人と強制的な人・分裂質の人とヒステリックな人どうやら、どこにでもいるパートナーのようだ。知らず知らずに「心因性死」「突然死」にアプローチしているひとも多いだろう。せめて自分から「籠の鳥状態」に嵌りたくはないが、用心しないと知らない間にそうなるかも知れない。 湧き水を貰いに行ってきた。やはり水道水とは違うからだ。お金の贅沢はできないが、そのほかでもできることはあると思う。
2020.12.24
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大英博物館。甘やかされずあることも決して悪いことばかりではない。寧ろその反対の状態は、余りいいことにはならない。成功ゆえに没落するという。上手く行くと奢りも出る。自分の力だと過信もする。漱石の作品の中にも読者を見下げたところがある。特権意識のある人の言葉はどこか嫌な感じがする。 ・若い女が美しいとちやほやされて駄目な人生になる。性格が悪くなり易い。勿論例外はあるのだろうが、甘やかされた人間は、自分が特別な人間だと思いがちなのだろう。それはその人のダメージでもある。厳しい日々も自分の人生の糧になるとおもう。辛かった昔は、いま何でもないことのように思えるからだ。 ・へ2・・・仕事をしていたころの師走はどこか落ち着きのない日々だったと思う。仕事が待っていて、いつも平穏な気分になれなかった。職場でも、自殺したり、病気になったりした方も多かった。この一年、自分にとってどんなものであっただろうかと考えると、自分が甘やかされてこなかったことに感謝したくなる。
2020.12.24
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モモ メス11歳。 いくつかの選択肢の中から選んでいる暮らしがある。その自覚があるかでもある。安易な生き方をすれば人間はどれだけでも堕落もする。贅沢な生活に慣れたものは、そこから容易に抜け出せない。口で言うほど人生は甘くはないというのは本当のことだろう。本音と建前が違う世界に生きている。どんな理由があるにしろ、何かを選択している。それが価値があるかどうかはある程度、認識できるだろう。何でも分からないままでもない。解るものもある。公開講座は、まだそれほど評価されないだろうが、市民が学ぶきっかけには充分なるに違いない。 ・このままでは日本の社会は衰退してしまう。それは文化だけではない。人間の品格もある。安易な経済優先主義が人間を貶めてもいる。何かを学ぼうとする態度があり、自分が何を選択するかで生活も変わる。自分が変わらなければ他人も変わらないし、社会も変わらない。結局誰と付き合うかでもある。そして何を相手にするかだろう。 ・へ2・・・自分の価値観を他人に押し付ける気持ちはない。自分が善いと思うことをするだけだ。独りよがりにならないために何をすべきだろうか。いつも学び検証しなければならない。汚染されていく肉体があるとしても、死ななければならないとしたら。誰も神ではない。人間の終わりが肉体のない人工知能の始まりだろうか。もしそうだとしても、生物学では驚かない。種の一つの絶滅でしかない。
2020.12.24
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大英博物館。
2020.12.24
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大英博物館。エジプトエリア。大相撲にしろ、何のために、誰のためにあるのだろうか、と思わないでもない。政治もある。タレント議員をみて腹の立たない人はいまいが、それが現実でもある。利用されながら利用する人は利口なのだろうか、強かなのだろうか。国民はいい面の皮だ。碌に勉強もしていない若い奴が高額な契約金を貰ったりする。ゲームのためにだ。愉しませるというがそれは何なのだろうか。遊びのためにだけ働いている人もそれほどいるわけではあるまい。外国人の横綱で成り立っている国技と云うのは何なのだろうか。 ・それこそ訳のわからないことが罷り通る社会でもあるから、不思議でも何でもないのかも知れないが、それに慣れきっている大衆も文化が高いとは言えない。運動は健康のためにするものであり、遊びだけではない。利益社会だからだろうか。何か利益を生み出さねばならない社会の呪縛がある。建前と本音が、また隔絶して来たのではないだろうか。 ・へ2・・・硬直化して行く傾向がある。これも老化現象だろう。国家が柔軟性を失いつつあるようだ。悪いものはさっさと終りにして、大事なものを活かして行かなければ社会は枯渇してしまう。いつまでも古いものにしがみ付き、新しい芽を活かさなければ、社会は死んでしまう。古い体質を捨てるべきだろう。子どもたちの未来を閉ざしてはならない。
2020.12.24
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文殊の智慧のつもりで「もんじゅ」としたのだろうが、またもや廃炉の憂き目にあったようだ。なぜ早く中止ができなかったのだろうか。引き返すという勇気が必要だと言われるが、最後までやり遂げたいという願望もある。だからこそ文殊の智慧でもあるが、科学者にはそれが乏しいのだろうか。 ・原爆を製造した科学者たちもいる。北朝鮮の科学者たちも独裁者の命令に逆らえられないのだろう。高齢者の年金がどんどん削られていくが、悪政による無駄遣いもある。またもや100兆円近い予算が組まれたが、歳入に見合うものではない。既に1000兆円の赤字財政でもあるのだ。 ・へ2・・・それでも安倍内閣は訳のわからないカネをバラまいている。国会の議員たちは、それを後押しているのだ。この国は危ない。逃げ出していくところがあれば行きたいものだ。ひとびとのこころは荒び始めているのではないだろうか。無関心とエゴイストの国になっていくようだ。文殊菩薩も泣いていることだろう。
2020.12.24
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モモ。メス 11歳。公園に捨てられていたのを子猫の時に引き取ったが、私が夜のウオーキングをしていたころ、よく後ろから追いかけてたが、急にいなくなったので探していたら、どうやら犬に追われて道路の側溝に逃げ込んで帰り道が分からなくなっていたらしい。呼びながら歩いている側溝で、がさがさと音がするので調べてみるとモモだった。狭い側溝で、重いコンクリート蓋がしてあるので簡単には出せないので困っていると、道具を持った人がいて助けてくれた。その夜大雨が降り、危なかった。 ・もう一度は、車にはねられて数日帰らないので心配していたら、後ろの片足が骨折していたらしく、現場から足を引きずって帰ってきた。獣医に手当てをしてもらい助かったが、その先生が、今日も見てもらった獣医さんである。評判のいい医師らしい。動物が好きな先生なのだそうだ。今朝は、娘から頼まれてアッシー君をした。そのあとは、モモは、私の外出の後を追わなくなった。 ・へ2・・・もう11年間もわが家で暮らしている。いつの間にか肥満体になってしまったが、餌のやりすぎである。去年の今頃、も一匹可愛がっていたチビが、急にいなくなった。いつか帰るだろうと思っていたが。オスが、もう一匹いるので、自分の居場所がないと思ったのかもしれない。ただいま家猫は4匹である。
2020.12.24
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大英博物館。ゴルフを楽しんでいる人たちがいるが、どうもあまり好きになれない。安倍首相の履歴にもアメリカ留学のころからゴルフの趣味があったらしい。私大を卒業してアメリカ留学の経験がある。代議士の息子であり、政治家の家系でもある。何を学んだら総理にもなるのだろうか。 ・権力者たちとの付き合いが巧いのだろうか。トランプ大統領との彼のパフオーマンスにもそれが現れているようだ。そこそこそつなく熟してきたのだろう。問題は中身だ。ゴルフを楽しもうという気持ちにはなれなかったが、支配人にされそうなことはあった。それでということでもないが、ゴルフが余計嫌いになった。 ・へ2・・・ロシアのプーチン大統領は、遅れてやって来たがシリア問題で忙しかったようだ。国際社会も彼の行動に注目しているが、安倍首相は、地元の温泉に招待して北方領土領土の返還を要請したという。結果はどうだろうか。グッドタイミングだったのか。安倍首相の頭の中はどうなっているのだろうか。凡そゴルフ遊びでしかないのではないだろうか。
2020.12.24
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大英博物館。「欲はなく決して怒らず」とはなかなか悟れないけれど、どこまで世の中の無常と付き合っていけるかだろう。他人さまから見れば何とも楽をしていると思えるかもしれない。シンプルライフもそれができる人の話だろう。胸がつかえて暮らしていたこともあるが、それはだれにもあることだ。毎朝通勤のために駅まで歩いていたころ、反対方向から、暢気そうに歩いてくる老人を見て気楽でいいなあと思ったものだ。今はその逆だが、なんて暗い顔をしているのだろうと思ったりする。道端の花や空の色くらい視て歩いてはどうかと。 ・あちこちに気兼したり、気を配っていなければならない仕事ばかりだった。勿論自分の性格もある。同時進行がいつも10くらいあった。いやそれ以上だったのだろう。そして自分は何をしたいのか解からないことが増えていた。脳は委縮したのだろうが、逆に目の前が良く見えてきた。これは不思議だ。目が悪くなって見えるものがあるのは、それだけ集中してみているからだろう。 ・へ2・・・悧巧なのはいくつも多くのことが理解ができることだと思っていたが、むしろ単純化してみることではないだろうか。見え過ぎて解からないこともある。それは表層しか見えないから、見ても解からないことをいくら集めても理解できない。人の心を理解できないでいたのだろう。こちらが解からないと思うから、意外と本音を吐くのだろう。出し抜かれたくない相手には本音は言わないものだ。損得を離れた場所でひとは自由にもなれる。
2020.12.24
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大英博物館。これから何をするか、「次のことを考える」のが、好景気をつづけるコツであるそうだ。うまくいかなければどうしたいいかを考えるし、次に何をするかであり、それを真面目に考える。考え過ぎることはないのだろう。いつも次のことを考えておく。遣ることがあるということは、生きることのエネルギーの基になる。 ・遣ることがあり、それができなくなって人間の寿命が尽きてもそれは悔いることのないものだ。次にやることを冷静に考えられるかでもある。それが問われてもいる。時々何も考えていない。何をするか解らなくなる。そして時間を無駄にしてきた。好不調は人には付き物であり、好調を如何に続けられるか。
2020.12.24
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どんな世界にいるのか?それが認識できなければ意味がない。鬩ぎ競い戦っている。いまや総力戦が国際社会のルールである。何でもあるものを利用している。理想も現実もある。あるものを利用して生命は生まれ、そして始まれば終わる。世界遺産は、人の作ったものであるが、肝心の人間の姿は消えてしまう。映像で残るしかない。現在のすべての生物は消滅してしまう。石油や石炭は過去のもでしかない。 ・般若心経の世界が、あの科学のなかった時代でもこの宇宙をイメージしていることをどう解釈したらいいのだろうか。何を知り、何を知ろうとしたのか。それはいまも私たちの問題でもある。どんなコストを払っているだろうか。時間と空間と生命だろうか。私たちは自分のステージをもっているだろうか。 ・へ2・・・すべては幻想かもしれない。次元の違いは致命的でもある。自分がどれだけのことを知りえるかは、自分では解からない。ひとはなぜ武器をすてないのだろうか。家族や自分の命が大事だからと言うが、他人を信じないで、この社会システムもありはしないのだ。クリスマスをどれだけ信じているのだろうか。それこそ宗教は違うが、彼らの想いは理解できる。それが必要だということも。何故殺し合わなければならないのだろうか。正義は1つではないのだろうか。午前中、家猫のモモが異常に肥満しているので、病院に連れて行ったが、心配ないらしい。可愛がり過ぎの肥満らしい。
2020.12.24
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いつも試されている。その厳しさに耐えられるか。テストではない本番。これで大丈夫もない。安易なハードルで油断するから崩壊もある。日頃の安易な活き方を変えない限り、生き残れない。誰もそれを言わないから、何もしなくていいのではない。自分はどこまで耐えられるのか、それは遣ってみないと解らないが、ショートすれば終わり。 ・人の与えられたミッションは、早く死ぬことではない。如何に苦難を乗り越えるかだろう。冷たい空気を吸い込んで、肺を鍛えなければならない。免疫力を高めないと病気になり易い。活きる努力をすることがなければならない。自分を甘やかせないことだ。それが一歩でも前に進む原動力になる。生命を出来るだけ保ちえたものはそうして進歩を可能にしてきた。 ・それはジワリと来るのか、瞬時かも知れない。耐えるだけ耐えるしかない。それが多分に状況次第なのだろう。これまで、どれほどの生命が生まれそして死んでいったのだろうか。死んだ親がどこにいったのか。 知ろうとしないのはどうせわからないから。朝のことは誰も知らない。然し慰めにもなりはしない。そろそろ下の娘が起きてくる。また新しい年の年の初めだ。無事でいることは有り難い。そしてどっと津波が押し寄せてくるのだろう。それを心配していても詰まらないだけだ。あるこの時間を有意義にして暮らすしかない。次の楽しみまで辿りつけるだろうか。それは自分次第。そう思うしかない。 ・へ2・・・春に向かって植物はもう準備を始めている。梅の花もそろそろ咲きだしてくるだろう。前を向いて歩く者が明日の光に届くのだろう。明日を予見できるものだけが前進することができる。
2020.12.24
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大英博物館。・シラーの詩「人質」と古伝説のカバーとアレンジの「走れメロス」で学校の教科書というのはどんなものだろうか。確かに国語の時間で読んだ。芥川にしろ、太宰にしろ、評価は違うとしても文学者の一角をしめた作家たちだろうが、それがあちこちからそれが発掘はあるとしても、余りに安易なのではないだろうか。 ・へ2・・・少なくとも、文学者の名を貶めているのではないか。作家の品格がないのではないか。もしそうだとすればそれを商品化した文学界とはなんぞや。サロンのどうのというレベルではない。まあ素人ですから、見当はずれかも知れない。文学とは綺麗ごとではないといわれるだろう。現実とかけ離れてあるはずがない。それが時代の反映でしかないともいえる。太宰が昭和15年書いた中で、市民とはなにかと問い、2.26や日中戦争といった時代背景があることは想像できるが、どれだけ真剣に作家がどうあるべきか?とどれだけ考えたのだろうか。 ・乱作しまくりで、やがて枯渇していく作家たちを見殺しにしたのは大衆の存在でもあるだろう。日本の作家たちにみられる貴族趣味は愚劣でしかない。等身大で描けるだけの内部蓄積がなかっただろう。宗教を持たなかった思想の貧困であっただろうか。日本の女性が自分の一枚の皮膚に拘りつづけて、ついに精神の気高さを忘れてきたように、その陰で男社会が堕落して芸術を作家という名の子供たちの玩具にしただろうか。 経済の専門家は、アベノミクスの破綻を予測しているのだろう。さらに国際社会は厳しい目を持っているに違いない。愚か者の所業は嘲笑されるべきだろう。そして悲劇はそれでは終わらないことだ。 へ2・・・狂い咲きしたか、それとも熱砂の砂漠に潜り続けているだろうか。底の浅いものでしかないだろう。そして成功者と呼ばれた文学者が陥りやすいリスクに容易くも刈とられていったのだろうか。それこそ貧者一燈にも値しないとすれば日本語は絶滅するだろう。
2020.12.24
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ハイデルベルク大学。昨日23日は、日本でも感染者が、新たに3,271人の最多だったらしい。日々増加している。政府は、いのちと経済の優先の選択を迫られているが、どうも曖昧である。八方美人でいたいからだ。ドイツのメルケル首相のような指導者がいない。命がけでパンデミックを阻止しよとする政治家がいない。どこまで被害を増やしてしまうのだろうか。今日は、イブであるが、クリスマスどころではない。 ・世界では、感染者は、78百万人。死者数は、175万人と大変な事態だ。EUでも日本でも、どこまでパンデミックが増大するかわからない。最悪のステージが広がってもいる。どさくさ紛れに、トランプ大統領は恣意的な恩赦を続けているが、だれも止められないのだろうか。それを許している社会だとすれば、北朝鮮を非難することもできないだろう。 ・へ2・・・していいこととそうでないことがあるが、そのラインを超えるとテロもおきるのではないだろうか。宗教戦争も、お互いへの憎悪の連鎖で起きる。そこでいつも弱者が犠牲になる。しかもだ老い惨事になりやすい。キナ臭い状況になってきたようだ。2020年は、最悪の一年になりそうだ。静かに暮らしていたい人間もいる。
2020.12.24
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建前と本音の使い分けをして、暮らしているが、何が建前か、本音か。定義も難しい。抽象的な表現で語っても例外は必ずある。ある人には平気でも、ある人には耐えられないことだってあり。大人になりたがらない子供もいる。それが犯罪とは言えない。自分勝手な人間が社会から不利益を与えられても、それは一概に間違いとばかりは言えない。 ・大気汚染も社会が引き起こしたことで、みんな死んでしまっても仕方がないのだろうか、という疑問はある。砂漠だって、原因は人間たちが起こしている。化石燃料の浪費も、豊かな社会を目指して肯定されてきた。自然の調和は壊れつつあり、食物連鎖も危なくっているが、無視している。いまごろ福島第一原発の重大さがわかっても、不幸を強いられた人たちは救われない。 ・へ2・・・括弧の中で、物事を見ようとするが、その枠外にいる人たちもいる。この前まで政権を握っていた民主党が野草になり、国会で反対の立場で話している。この前まで、顔を見なかった政治家たちが、今や与党になって、豪そうなことを言う。
2020.12.24
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玉名市。5年くらい住んでいたところで、朝温泉に行き、よく菊池川で釣りを楽しんだ。他人にもまれすぎるとスポイルされるし、孤立すると孤独にもなる。個人と社会との関係を程よくやることが、知恵でもあるが、そう簡単でもない。旧いバージョンのPCに慣れていたが、さっさと画面の替わるスピードについていけない。鈍感になっている。 ・だから平気でいられる。それが老化でもあるのだろう。それこそ発情もしなくなった。それはある意味では卒業であり、ある別れでもあるが、それはそれだ。そのままでいいじゃない。昔の友人は言うだろう。みんな同じ所へ行くのだと。一人だけ若くてどうする。やけくそで歩いているわけではなく、続けられるから続けているだけ。 ・へ2・・・別に恥辱であるとは思わない。これまでそれほどちやほやされてきたわけではない。もっと価値のあることもできたのかもしれないが、どうも忍耐力がなかったのだろう。戦争をしなくて済んだが、世界では戦争が続いていた。貧困や無知で苦しんでいる人たちも多いことに引け目を感じないではない。社会参加することに巧く絡むことができない。ボランティア活動もどうも見せかけに思えてならないからでもある。
2020.12.23
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大英博物館。女性は、横顔が多いらしい。これは珍しい正面の家である。著者紹介に上智大教授。深い学識と鋭い評論で知られる。とある。著作も多数だ。「自分の壁を破る人、破れない人」「英語学史」「知的生活の方法」「イギリス国学史」など。読んだのは「新・知的生活の方法 ものを考える人、考えない人」だ。平易な文章で読み易かったが、何か読みながら読者を莫迦にした本だと感じた。コンテンツは、まるで御用学者の本である。「よき師、よき友、よきコネがいい人生の”三種の神器”」とか。「お金のあるところには色々な「知恵」が出てくる」とか。最後のとどめは、「お金があってこそ、凡人も知的生活を楽しめるのである。」幸いにして、私はこれらの本を読んでいないので、発狂せずに済んでいるがこの作者は、30年前のベストセラー作家だという。そういえば、何年か前にリチャード・カールソン著「小さいことにくよくよするな」のシリーズを訳が分からず読んでいたのだから、偉そうなことはいえないが。だから、結構何を読むかだろう。言えることは、高い識見を持たないと真実が見えないことだ。そのための努力が少なくとも最低限は必要だろう。そして、それは誰も教えてくれない。もしそれを示すとしてもおおよその方向だろう。それに到る過程はそれぞれの人生であり、世界観でもあるだろう。
2020.12.23
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大英博物館。ベーコン「読書は充実した人間をつくり、会話は機転のきく人間をつくり、書くことは正確な人間をつくる」という。渡部昇一氏は、流石にベストセラーを書くくらいの人だから読み易いし、くだらないことを書いて平気でいる。陽気であり、所謂「助け舟」を出したがる。「感謝する心は、すべての人間をハッピーにする」などと得たいの知れないことを言い放つのだ。先人は彼の味方をすることに為っているらしいし、恵まれた留学で、恵まれた先生で、恵まれた国民のなかでぬくぬくと生活できたのは自分は「刎頚の友」を持ったからだという。だから、私の真似をしたら、仕事上の「よい人間関係」が得られるはずだという。「自分の世界」をもち視野をひろげて、人生を豊かにして生きられると説く。心底そう思うのだそうだ。日本のインテリの底の浅さは、まさに幼児的である。自分の観てきたところしか観ようとはしない。多分山の見えない草原に立ったことがないか想像したことのない人たちだ。自分の見解が特殊なのだということが判らないでいる。外国に留学したからその国が分かった気でいるだけだ。何も理解してはいないだろう。他人から思想の「いいところ取り」をして分かった気でいる。それは、「書くことは正確な人間をつくる」ことにはならない。渡部は、最も良き時代の「英国精神」の虜になると書いているが省略し過ぎた世界で、正確ではないだろう。私たちは検証された正確な歴史を学ぶべきだろうと考える。
2020.12.23
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大英博物館。 スカラベ。山川捨松は大山捨松になり、鹿鳴館の貴婦人になっていた。小説「不如帰」の「人間はなぜ死ぬのでしょう!生きたいわ!千年も万年も生きたいわ!」のヒロインの浪子の実家で継母にいじめられるその継母が、捨松のモデルだったという。それは事実と違い虚像だったようだ。捨松は、日本人女性で最初にアメリカの大学を卒業したひとであり、さらに看護教育も受けたひとで、「隔離」制度を取り入れたのは、当時肺病の伝染を怖れた処置だったようだ。捨松は日本赤十字社のボランテイア活動をするなど日露戦争当時のアメリカの世論は日本びいきでもあった。日本の総司令官の夫人がアメリカの大学の卒業生と報じたからだ。アメリカの寄付金は捨松のもとに送られ慈善活動に使われた。当時としては画期的なことだ。 それこそ鹿鳴館の仇花ではない。蘆花が脚色しただけだろう。それにしても津田梅子が亡くなり、その後捨松が女子英学塾を塾長の就任式までしながら、その翌日から体調を崩し、60年の生涯を閉じているのは惜しまれる。それにしても岩倉使節団の留学生の一人として当時捨松は12歳であった。10年の留学を終えて帰国したが、待っていたのは失望であった。そして、捨松は日本語を殆ど忘れ、考え方もアメリカ的になっていた。男尊女卑の風潮は、高等教育をうけても女性の活動できる場がなかったからだ。日本語の文章が殆ど書けなかったという。それでも立派に最初の留学生としての仕事を遣り通したといえるだろう。異質な経歴を持つ捨松への偏見が虚像をもつくりあげたのでもあろう。 指摘されるのは、岩倉使節団の首脳が戊辰戦争の官軍側であったのに対し、女子留学生の親がみな賊軍の娘たちだったということだろう。捨松は8歳の時会津戦争で家族とともに籠城して悲惨な体験をしている。その時弾薬運びをして手伝い、義姉が砲弾に当たり亡くなるのを目の当たりにしている。まれに見る根性の据わった人でもあった。
2020.12.23
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大英博物館。脳は先入観から「錯覚」を起こしている。これが「ハンディキャップ」だ。私たちに備わった知性こそ、自分たちが霊長類として神から授けられた生れながらの最良の解決策を見つけられるという信仰でもある。それと死闘を続けて科学は来たのではなかったか、それが奇妙なメカニズムに結びついている。そのトリックを見破られるか。 ・思えば誰でも漠然とわかっている。だが近づくことができない。「ハンディキャップ」は時には致命傷になる。おいそれとは克服できないことを肝に銘じておかねばならない。見せかけの道化と生きることは容易だが、それが何になる。。「ハンディキャップ」を乗り越えてこそ真実をみることができるだろう。そのためには「無意識の盲目」である楽観的な視覚の働きによる自分に都合の好い点だけを引き出していることを自覚しなければならない。 ・へ2・・・雨が降るのはその要件が満たされた時に雨が降る。雨が降れば人間は一つだけの情報を得ているだけではない、もっと数えきれないものを感じている。それはひとつの「ハンディキャップ」にもなる。自分が見ているものは視覚だけではない。もっと多様で、豊かな感性がある。それは真実ですか?何か自然の匂いがありますか。どんな色をしているだろうか。赤い円い実だろうか。ヒトの人生は穏やかではない。ゼロからの出発でもない。そして自分の寿命は短い。
2020.12.23
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モロッコのコウノトリ。春が来るまで、家の中でおとなしく待つのがいいのだろう。冬でも道路が凍結してしまうのは北海道や東北ではあるのだろうが、殆どの日本では、寒くはなるが車やサイクリングができないほどではない。カナダの自転車の愛好家が、冬でも走れる日本が羨ましいと言っていた。南北問題が、経済格差の代名詞だったが、東西問題と並んで、まだ解消された訳ではない。 ・寒冷地の闘いは、厳しい冬の季節との生命をかけた暮らしでもある。食べるものが潤沢にある温暖な気候とは違い飢餓との闘いだった。ヨーロッパの観光地のオフシーズンで、観光しているのは中国人と日本人だけだと言われている。それこそその時期が費用も確かに廉価である。 ・へ2・・・居心地のいい我が家でのんびりしたいのかもしれない。もうなにも見るものがないと思うのだろうか。欲しがる必要もない人は、わざわざ危険な場所にはいかないのだろう。山に登る人たちも、なぜ苦しみながら登ろうとするのだろうか。或いはそのために命も落とすのだ。高齢者たちの山登りもある。ひとは時々無理をしたくなるらしい。馬鹿げたこともする。春は、来る人のためにあるのであり、来ない人のためではない。
2020.12.23
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北海道。「天才と分裂病の進化論」から、確定した事実の要旨とは、1、人間とチンパンジーは、共通した祖先であること。2、ヒトは、殆ど皮下脂肪がなく、菜食で、言語を持たず、半ば樹上、半ば地上で生活していた。3、原人の遺骸の発見は、川辺、湖畔、海などの水辺であること。4、人間に必要な放熱システムには、水が供給されなければならない。腎臓はあまり水を貯蔵できず、皮膚や裸の身体は汗によって効果的に冷やされる。人間に充分な水がなければ、死がおとずれること。5.人間とチンパンジー・類人猿との違いは脂肪である。脳の大きさ、皮下脂肪の蓄積、体形は、すべて脂肪が関与している。6.分裂病は、人間が分岐する前に人間に入ったこと。7.人間が、以前の脳の大きさのままで、人間としてジャンプしたのは謎であり、こころの機序が未だ説明できないこと。科学的解明が確定した事実から、物事を出発するのが有効であろう。余計なことを知り過ぎて挫折を味わうことになるのは、減数分裂に学ぶことができる。長文過ぎると駄文になるのと同じように、できるだけ無駄をなくすことが必要である。科学の解明は単純ではないが、言葉に置き換える能力がいるのではないか。膨大なコストを払うことになるが、生命の機序が解明されねば次のジャンプはできないだろうと思う。
2020.12.23
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大英博物館。猫に小判間も知れない。貴重な遺物ばかりだが、どこまで理解しているだろうか。悲しみから怒りへのプロセスは、時として分断される。それは諦めであり、孤独へと導くだろう。孤独を脱出する術を知らないものは、時として、自ら不幸を選択しがちだ。会社員にとって孤立は、いつか孤独となり、落葉のように「枯葉」にされるだろう。いまも人間疎外は、深刻な問題だ。現代では、「ストレスに対抗できないものは早死にする」のだ。利己的な人間であるものほど、自滅しやすいのは、情報を得難くするからからでもある。孤立も同じだ。正しい情報とはなにか、どこから時代の風が吹いているか、無関心では、生き残れない。孤独であることを怖がるのではなく、寧ろ、孤独に耐えながら、価値ある情報を得ることを忘れないことではないか。内からだけではなく、外からも見ることを心がけるべきなのだ。企業現場は、大きく変わろうとしている。世代交代だけを意味しない。新しい価値観を持とうとしている。だから、いまの新興のリーダーたちが、これからいつまで続くかは分からない。明日いなくなるかも知れない。それこそ、華やかに騒がれた六本木ヒルズの住人たちが、都落ちする日も遠くはないのではないか。彼らは、操られた木偶人形に過ぎないからだ。それほど甘くはない社会だろう。数字だけで読める世の中でもない。それこそ外資の実力をかるくみてはならない。外資が日本にバブルをつくり、バブルで稼いだのだから。小悪人たちが、動かすスペースは、大したものではない。寧ろ、「悲しみから、怒りへ」続く道をこそ真の道なのだ。それが構築できないからこそ、悲しみは繰り返されてしまう。私たちが、先ずすべきなのは、世界に通用する論理学を学ぶことだ。
2020.12.23
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