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今日、友達がこんな事を言った。『esposo(エスポソ/夫)かesposa(エスポサ/妻)か、そんな単語で “捕まえる”とか“捕らえる”とか、そんな意味の単語知ってる?』なんかの犯人が捕まってるTVシーンで、テロップにこんな単語があるらしいのだ。なので調べてみました。『esposar(エスポサール/~に手錠を掛ける)』なんと! ラテンの世界では、妻を持つこと=人生の手錠を掛けられるって事らしい(苦笑)妻を貰い家庭に入る事は、男として手かせ・足かせになるって事なのね×なんともマッチョな世界だわ。でも女の側からしたら、『esposor/エスポソール』って動詞にしたいくらい!あ、でもスペイン語の動詞はすべて『ar、er、ir』で終わるから これは無理か(笑)『男性形・女性形』の区別があるスペイン語、なかなかおもろいっす。そういえば、『azucar(アスーカル/砂糖)』って単語も面白い。この単語、男性形でも女性形でもどっちでもいいんです!でも「con poca azucar(コン ポカ アスーカル/お砂糖少し)」って言う時はpocaという女性形で言う事が多いんだって。 言いやすいからかな?(もちろん男性形で言う人もいるよ)でも複数形になった時は必ず『男性形』でいう。なんで? 単数の時はどっちでもいいのに、複数形だと男性形だけ?この話を聞いた時に私が思った事は『男性も女性も甘いものが大好き♪ だから単数形の時はどっちでもいい。 でも本来は男性のほうが甘えん坊。 だから複数形の時は男性形。』どうでしょうねぇ? 男性の皆さん(笑)異論・反論、受け付けておりませんのであしからず。あ~ こんな事書いて遊んでないで、宿題せにゃ~!!!
Apr 27, 2007
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うちの近所は、金持ちエリアである。金持ちエリアだけど、決して品がある、とも言えない。新興エリアというか、言ってしまえば成金エリア。お高くとまったオバサマ達が、すんごい偉そうに運転してたり買い物してたり。私はスーパーに買い物に行く時は、お昼時などの超込む時間は避けている。なんたってあのオバサマ達の買い物の仕方といったら・・・お金を払う前の商品でも平気で食べちゃうし、飲んじゃうし、列には割り込むし・・・精神衛生上とってもよくないのである。今日の夕方、Wong買い物に行った。この時間は店内も空いてて、とっても買い物しやすい。ほーら、あそこにもお金持ちそうだけどとっても品のよさそうなおばあちゃまが、メイドに助けてもらいながらゆっくり買い物してるわ。そうそう、お年寄りがあの昼間の激戦区みたいな中で買い物するのは大変よね♪と、おばあちゃま、お肉売り場の前に立たずんで、じーっと考え込んでいる。そっかそっか。 どのお肉を買ったらいいのか迷ってるのね。店員さんが側にいないから、お願いするタイミングがつかめないんだ。・・・グサッ グサッ グチュグチュ・ドサッ! グサッ グサッ・・・ばーちゃん、何が気にいらないのか無言で肉を串刺しにしては、他のお肉のエリアに投げてる(苦笑)お肉売り場にある大きなフォークでグサグサと。 顔色1つ変えず、言葉も発せず(苦笑)成金のオバサマが年を取るとこうなるらしい。 おー、くわばらくわばら。他の買い物を済ませ、レジに並ぶ。ちょうど前の人が終わったばかり? 私のをすぐレジに通し始めた。すると。さっきのばーちゃん、登場。すっごくゆっくりだけど、なんかすっごくしつこくレジに文句を言ってる。どうやら『タバコを1カートンって頼んだのに、1箱しか入ってなかった』というクレームだ。ひくぅ~い声で、ゆっくぅ~りと、でもすんごくしつこく文句を言う。『1カートンって言ったのに、1カートンって言ったのに、あんたは、あんたは・・・』あのぉ。 後ろ、つかえてるんですけど(苦笑)レジもこういうのには慣れてるのか自分のミスを反省してないのか、淡々と彼女の会計をもう一度やり直す。1カートンと1箱の差額分を請求すると、ばーちゃんはまたまた文句を言い始めた。『あんたは自分が間違ったのに、また金を取るのか。』うーん、もうどうでもいいから早く終わってよ(怒)『あんた、なんて名前だい。』 『(名札みて)カリーナだね。』『カリーナ、カリーナ・・・ 覚えたよ、あんたの名前はカリーナだ。』呪文のようにレジの姉ちゃんの名前を繰りかえすばーちゃん。『1カートンを間違ったカリーナ 1カートンを間違ったカリーナ』『カリーナだよ、カリーナ。 覚えたよ 私はもう忘れないよ カリーナ カリーナ・・・』ここに肉を突き刺すフォークが無くて、本当によかったね。 カリーナ。どんな時間に行っても、毎度毎度いろんな人が見れるスーパー、Wongなのでした。
Apr 26, 2007
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海外において、東洋人というのはとかく同じ顔に見られるものだ。中国人、韓国人、そして日本人。服装や持ち物、行動や言葉で違いを分かってもらえる場合もあるが、往々にしてみんな一緒くた。 ここ南米では「cino(女性はcina)」である。私も毎回「君はチニータかい? ハポネサかい?」と聞かれる。もちろん日本人である事を強調するけど、ペルーでは愛情込めて(ちゅうか、ナンパの場合がほとんど/苦笑)「チニータ♪」と言ってくる場合も多いので、こっちも「ま、いっか」と思ったりもしている。でも、今回の米大学乱射事件のようなことが起こると、あまり「ま、いっか」とは言ってられない。911以降、中東系の人が不当な差別を受けたのと同じく、東洋人というだけで全部一緒くたに差別されたりするのは、やっぱり困るもん。そういやジャカルタ時代、デンマークで起こった「モハメッド風刺画事件」。この時もなぜかデンマーク大使館だけじゃなく、アメリカ大使館が抗議デモの被害にあっとったな。あれは間違ったというより、意図的に米大使館を襲った気もするけど(苦笑)とは言え、あの国の人には申し訳ないが、しばらくは「日本人」である事を強調せねばならんだろうと思った。先日、タクシーの運ちゃんと話した時のこと(あの事件後です)。運ちゃん、新しい車が欲しいらしい。(運)「日本の車ってのはいいねぇ」 「中国のは安いけど、すぐ故障するんだ」よしよし。 この運ちゃんは親日派とお見受けしました。 でも。(運)「トヨタっていうの、ありゃ中国かい? 日本かい?」おいおいっ! あんた、今 日本の車はいいって言ったばかりじゃない?もちろんちゃんと教えましたよ。 トヨタは世界に誇る日本のメーカーです。(運)「じゃあ、ホンダは?」(私)「日本だよ」(運)「じゃあ、ヒュンダイは?」(私)「あれはコリアだよ」(運)「じゃあ、スズキは?」(私)「日本っ ちゅうかモト(バイク)やんっ」(運)「じゃあ、キアってのは・・・」(私)「コリアッ」結局このおっちゃん、自動車メーカーのどこがなんだかぜんぜん分かってなかった。しかもさー さっき言ってた「中国の車」ってのはどれの事?(笑)このように、東洋って世界はラテンにとっては全部一緒なのである。大使館情報で「しばらくは韓国街、韓国料理屋には必要以上に近づかない事」っていう注意がでたとかって聞いた。でも先週韓国料理屋に行ったけど、いつもと一緒、なんら危ない事もない。大げさなんだよね~ と思う反面、やはり気をつけるべきなのか?イマイチ分かりません。今回の悲惨な乱射事件。被害者、その家族の方々には、心からお悔やみ申し上げます。でもだからと言って、韓国人や東洋人を差別したりしないでね。人としてみんなが同じように悲しい事なんだから。でも最初間違えられた中国側のコメントや、韓国の反応、その後の大使のコメントなど、色々考えさせられる事件でした。。。
Apr 22, 2007
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日本語講師 養成講座 2日目。今日から新しい仲間も増え、先生Sさんと3人の生徒で開始です♪色々話した中で、とっても印象に残ったお話をご紹介。『日系ペルー人が日本に出稼ぎに行った場合に起こりうる、そして現在起こってる問題』もちろんペルー人のみならず、どの国の人にでも当てはまる例として・・・日本で生きていく為、親のみならず子供も必死に日本語を勉強する。 しなければならない。年齢や環境にもよるが子供の多くの場合、生活言語は1~2年で、学習言語は5~6年ほどで習得。しかしその学習期間中、母国語であるスペイン語はどんどん使われなくなる。日本で通じないという事実もあるが、それ以上に子供の中で母国語を恥ずかしいと思う心が芽生えてしまう事があるからだ。異文化を排除しがちな日本の社会に適応していく為に、学校で苛められない為に、子供は日本語のみでの生活を求めていく。『自分の国はまずしい』 『自分の国は劣っている』 『自分がペルー人だという事実を隠したい』自分の身を守るため、子供達は日系ペルー人としてのアイデンティティを否定し、隠そうとする・・・親はどうか。もともと教育にそんなに熱心ではないペルー人。 ましてや親の世代は、能力的にも意欲的にも、最低限の日本語しか習得できない場合が多い。こうなってしまうと親はスペイン語で、子供は日本語で会話をするようになり家族間でコミュニケーションを図る事が 非常に難しくなっていってしまう。親も子も、お互いの立場、環境、考え方を十分理解しあってる場合はまだ大丈夫。しかし、自分を日本人化する事で必死に生きようとしている子供にとっては、中途半端な日本語しか話せない親がうざったく、恥ずかしいものとしてうつるようになる。親も子も、お互いが実はぎりぎりの状態で生きてるにもかかわらず、まったく違う文化の国にきて、お互い助け合わなければならない関係であるにもかかわらず、相手を、そして自分さえも否定、そして家族が崩壊していく。子供自身も、授業についていけないなどの理由から学校をやめ、不良化していく。日本にはまだまだ外国人の相談窓口がなく、事態はどんどん深刻化していく・・・じゃあ、どうすればいいのか?今の日本に足りないものは何か?人口がどんどん減っていく日本。 作業的労働を嫌がる日本人。外国人の流入・移民は避けられない。 というか、外国人の手を借りなければいずれ生きていけない社会がくるだろう。でも今のままの受け入れ態勢では、治安の悪化や人種間のトラブルばかりが増えていく。どうするべきか? 何か自分達にもできる事があるのではないか?もっと外国人に対する日本語教育が必要なのではないか?などなどなど・・・そんな事例や話を色々しました。最初、単純な教え方の技法を習うんだと思ってたけど、こんな面白い話が聞けて、みんなで議論ができるなんて最高♪というか、私以外の3人はみんな国際結婚って環境もすごいわ~(しかも国籍も色々)彼女達自身の語学に関する苦労はもちろん、その子供達への教育という観点からもこの講座はすごい価値があるのでは、と思う。そしてそういう話や経験談を聞ける私は、超ラッキー!いやいや、今日はほんと面白かったので、ちと興奮冷めやらぬ感じです(笑)P.S.Eさん、こんな感じだったよね?もし私の理解がおかしいところがあったら、またご教授くださいまし。
Apr 20, 2007
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今日は4月17日!(えっ? もう18日だって? いいんだよ、時差、時差っ!)417で「ヨイナ」の日。そう、我がけろっぱーずの入籍記念日です~ ぱふぱふ~!いやぁ、お互いよくもったよ、じゃない、楽しく続きましたですねぇ。92年4月17日に入籍してから、15年!って、この場合、「15周年記念?」or「16周年目記念?」イマイチこの数え方が分かってません(苦笑)今日は平日なので外食はなし。でもお寿司をデリバリーしました。冷蔵庫にはCava(カバ・スペインの発泡酒ね)が冷えてます。あとサラダとかハムとか用意して、さーて 後はだんなの帰りを待つのみ♪という事、で皆様にもかえるからの愛をお裾分け♪「長らくのご愛好、ありがとう! これからも引き続きしつこくよろしく! ぶっちゅ~っ♪」ではでは、これから飲みます。Chao~♪
Apr 17, 2007
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昨夜はペルーに来て初めての披露宴に行ってきました♪ボランティア仲間のエレーナ(日系人)の娘さんの結婚式(エレーナは私の母くらいの年齢。)娘さん夫婦はアメリカで正式なお式を挙げるので、昨夜のは「お母さんの為の、お母さんの知人を呼ぶ」お披露目式という感じ。会場を見渡すと、いつもの見慣れた顔ばかり。リマ日系人社会の重鎮を一同に集めた会となってました。まず最初に、日系人の神父様が2人へのミサを行います。スペイン語で厳かに聖書を読む神父様、そしてところどころで人々の口からでる「pero pedimos sen~or」(しかし 私達は求めます 神よ)。★ここで修正!★南米人Eさんよりコメント。『ミサの途中で言うのは「te lo pedimos Sen~or」(お願いします)だよ。 神に「pero・でも」と文句つけちゃいけないでしょ~(爆!)。』そっか~! わたしゃ神父様が「君達、ダメでしょ」見たいなお説教してて、「でも~ 神様ぁ~ 許してちょ~だ~い♪」みたいな感じで言ってるのかと思ってた(爆)カトリックの皆様、ごめんなさ~い!!!いやぁ、なんかいいなぁ~!(って、自分達もカトリック教会で結婚式を挙げた事実を今思い出した! 所詮なんでもありなのよね、私って日本人だわ/苦笑)ディナーの前の前菜?として、なぜかお寿司が出るところが日系社会(笑)飲み物がコーラかインカコーラか赤ワインっていうちぐはぐさも、ペルーらしくてよい(苦笑)招待客は日系社会のお偉いさんいっぱいで、今更ながらエレーナって実は偉い人だったのね、と知った。ボランティアって、ある程度お金持ちで生活に余裕がないとできない事。それを「金持ちの道楽」と取る人もいるだろうけど、でもだからと言って誰でもする訳じゃないし、できる事ではない。寄付だけじゃなく身をもって活動してきた結果が、この招待客の顔ぶれなんだろうなぁ、としみじみ思う。ペルー社会からみると、この日系人のボランティア精神は本当に特異なものに見えるらしい。仲間を助け、年寄りを労わる文化。行き過ぎて多少問題もある(苦笑)けど、でもこれからも続いていって欲しいな。もうすぐアメリカに旅立つ娘さん。エレーナのその寂しい気持ちを十分理解した上で、快く集まってきた人々。「娘さん夫婦の披露宴」という形式はとってはいるものの、エレーナという女性への賛辞と祝福、労わりの会という感じで、とっても心温まるお式でした。しかし!夜8時に始まって終わったのが12時すぎ!なんで夜にお式なのぉ?こういうところは日系というよりペルーだわ×疲れちゃったよ、私しゃ(笑)P.S.Eさん!お疲れ様でした!色々訳してくれてありがと~! 歌もよかったよ~!ご主人様にもよろしくです♪
Apr 15, 2007
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インドネシアとペルー。 2つの国での駐在妻生活。同じ駐妻としての暮らしでも、住む国が違えばさまざまな事が違う。文化や歴史は当然として、ジャカルタ暮らしではまったく身近ではなかったものが1つある。それは「日本語教師」という存在。ペルーは日系人が多いせいか、日本語を学ぼうという人が結構いる(リマに限る?)生徒が多い=先生も多い。去年まで私にスペイン語を教えてくれてた先生はペルー人だけど、彼女も日本語教師。そしてリマには沢山の日本語教師会があり、先生がいる。それでも先生が足りないのか、まったく教師経験の無い私でも「日本語教師にならない?」と何度か言われた事があるほど(苦笑)いくら日本人でも、教えるとなると別でしょ~?というか、日本語を外国人に教えるのって、どうやって教えるの?と言うわけで、ではないけれど、友達でもあり日本語教師歴10年以上という大ベテランのSさんが「日本語教師 簡単養成講座」を開いてくれる事になりました!わーい、わーい! 教えて、教えて~~~!!ほんまはそんな事より スペイン語の単語1つでも覚えなあかんのやけどね(苦笑)以前のブログにも書いたけど、日本語ってとっても独特な言葉。例えば「ただいま」と言う言葉。 スペイン語にはない。「どうして今もうそこにいるのに、わざわざ『家に帰ってきた』という意味の挨拶をするのか?」アニメの翻訳もしてた先生は、この「ただいま」が訳せないと言っていた。「いただきます」キリスト教なら神様に向かってお祈りするかもしれないけど、日本語のこれって作ってくれた人へ? 作物を作ってくれた農家さんへ? やっぱり神様へ?「さあ、食べましょう!」と言う事はあるけど、やっぱりこれもスペイン語にはないよね。自分の親の事を他人に話す時、「父は、母は」って言う。この謙譲語、とある国の人には理解されなかったという話も聞いた。「どうして自分の両親の事を他人に話す時、わざわざ謙譲語で言わなければいけないのか?」身内と外を区別する日本の文化、そっから説明しなきゃいけないよね。上司や目上の人に「私のお父さんがね~」なんて言葉使っちゃ、お子ちゃまと思われちゃうんですよ、日本では。そんなそんな、色んな事を考え始めたら、またまたとっても面白くなってきた。私の脳みそでは理解するのに時間かかるから、これからまた忙しくなっちゃうな(苦笑)それでもとてもありがたい、いい機会だ。教師になるかどうかは別として、日本語というものを違う面から捉えてみようと思います。日本語、もしくは外国語を教えた事のある方、もしいらっしゃったらアドバイスくださいね!
Apr 13, 2007
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ただいまです。 セマナサンタ(聖週間)の旅行から帰ってまいりました♪今回行ったのはペルー北部海岸地域の町トルヒーヨ(Trujillo)。ここは世界遺産にも登録されてるチャンチャン遺跡がある場所です。4日間中3日間も遺跡ツアーに参加したので、もう忙しいったらありゃしない。でも見たいものがあるんだしねぇ、しょうがないねぇ。老体に鞭打って参加してたので、最終日は風邪気味になってしまいました(苦笑)なので結局は遊びつかれ?という理由なのですが、ボランティアを休んでしまいました。でもあそこは風邪を引いてる時は働かないほうがいいのです。なんせ、一般成人にはなんとも無い程度の風邪でも一度ばーちゃん達にうつると命取りになりかねないんだから!(マジ)いくら元気でもやはり相当なお年。私の「コンコンッ」ってな咳から風邪がうつったなんて事になったらいくら悔やんでも悔やみきれませんからねーえっ? でもブログ書いてるじゃない?いえいえ、やっぱり帰ってきたご報告はすべきでしょう(笑)それにベッドにノートPC持ちこんでだから、あったかくしてますし。ペルーといえばインカ帝国でしょうが、その前の時代にも素晴らしい文化がありました。モチェやチムーの文化は、いけにえの、犠牲者の文化。遺跡に残されたレリーフからは、今も血の匂いがしそうな物までありました。そういうの、またご紹介していこうと思います。どうぞお楽しみに♪
Apr 10, 2007
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4月3日、この日は「ペルー日系人友好の日」。ペルー移民が始まって108回目の記念日でした。近代化の進む明治時代。 急速な社会変化の中、特に貧しい農村部で余剰労働力が生まれました。人口問題、余剰労働力問題を抱えた国は、移民先の誇大広告で疲弊した農村から大量の移民希望者を集め、ペルーやハワイなどに移民を送りました。しかし移民先の受け入れ態勢はまったくできておらず、また契約内容もいい加減でした。過酷な労働条件にもかかわらず賃金が支払われない場合も多く、また栄養失調に加えてマラリアも発生。 死者が続出したものの棺おけも足りず、何人かまとめて葬るという有様。まさに「地獄のような苦しみ」を味わったといいます・・・とまあ、歴史問題はここまでにして。苦労に苦労を重ねて今日の日系人社会を築いた一世の人たちの功績をたたえるためのそんな記念日でした。まず祖先の御霊にささげる「お茶」の儀式。なんで「お茶」か? うーん、聞かないでください(苦笑)でも裏千家のお偉いサマをわざわざブラジルからお招きしての儀式でしたよ。次にペルーにある仏教教団、曹洞宗のお坊さんによる法要がありました。お経・・・ 日本語とスペイン語(笑)お経自体は日本語だったけど、よく「○○の御霊に申したて祀るぅ~」とか言うでしょ?あれがスペイン語でした。 なんか間が抜けると言うかなんというか。超ゆっくりなので、ヒアリングの勉強にはなったけど。しかしまあ、ちょっと独特の進化を遂げた?お経のあげ方でしたね(苦笑)(私、曹洞宗じゃないけどお経読めるしある程度分かるんですよね。)今はカトリックの人も多いし、誰もそんなこと分からないだろうなぁ・・・ いいのか悪いのか。日系人社会って、とっても先祖を大切にします。お年寄り、特に一世の人たちを大切にするし、とてもいい事だと思う。でも現実的には、これから今のような日系人社会はなくなっていくんだろうな。もちろん日本人の血は入ってりゃみんなずっと日系人なんだけど、文化的にというかね。2世3世の人は日本語分からない人も多いし、4世5世の若者は完全にペルー人社会に入ってる。食生活もペルー化してるし、体系もペルー化してる人多いし(笑)もちろん戦後、移民とかそういうのじゃなくてペルーに住みつく人も多い。でも彼らはいわゆる日系人とは違うと思うんだよなー「日本人」のまま、という感じなんだよね。ここに居る間は この日系人社会に片足のつま先だけ突っ込んだ状態でいると思う。でも決してどっぷりつかる事はできないし、ありえない。そんな中途半端な状態だけど、でも日系人というものに対してとっても興味があります。だから色々みて聞いて、考えていきたいなって思ってます。P.S.あはは、まじめに書いちゃいました。でも明日からセマナサンタのお休み!我が家ももちろん旅行に行きます♪また楽しいご報告ができたらいいな。ではみなさま、よい週末を~♪
Apr 5, 2007
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できました~~~!な~んて。エイプリルフールなので 許して(笑)南米ペルー。 子供、多いっす。スーパーや公園でみる家族、子供2~3人は当たり前。田舎に行くともっと多いかもしれません。日系人のばーちゃん達に至っては、子供6~8人なんてざらだし、その子供達がこれまたよく産み、よく育て・・・ コロコロ状態ですな(笑)もちろん望んでいても、なかなか子宝に恵まれない夫婦もいます。でもまあこればかりはしょうがない。 原因がある場合もない場合も、本人達のせいではなし。だからなのか何なのか、すっごく普通にあるのが「養子縁組」。家庭教師の先生もずっと子供ができなかったらしいけど、生まれたばかりの赤ちゃんを養子に貰って、その子が今23歳って言ってました。「これは神様からの贈り物よ!」と、カトリックからプロテスタントに改宗までした彼女。どっちの神様も同じキリストさんじゃなかったっけぇ?と思ったりしたけど、でも幸せそうな先生を見るのは私も嬉しいので よしとする。(笑)私もリマに来てから、「子供いないの? じゃあどうして養子をもらわないの?」といろんな人から言われました。(「子供いないの? じゃあ病院へ!」ってのと同じくらい/苦笑)ここでは実際に養子を貰って育ててる人、沢山います。肌や髪の色、もともとの国籍が違うってのも普通だし。両親は明らかに褐色の肌のペルー人だけど、子供は白かったり黒かったり。アンジェリーナ・ジョリーもカンボジア・エチオピア・ベトナムの子を貰ってるね。日本という単一民族の、しかもなんでか「養子」というイメージがイマイチな国で育ってきた私にはこの養子縁組に関するおおらかさが、とてもいいモノに思えます。だってさ、「本当の親子じゃないって、いつ話そう・・・」とか「ボクはお父さんお母さんの本当の子供じゃなかったんだ!」っていうドラマ、多くない?見た目が同じな分、“血のつながり”が返って重要なのだろうか?愛情をもって大切に育ててきたんなら、自信を持って「自分の子」と言えばいいのに?我が家は子供いないけど、もし養子を貰うならラテンの国で育てたいな。純日本人顔の私の子が、お目々ぱっちり・金髪クルルンだったらどうだろね~「幼児誘拐、人身売買」の疑いでも掛けられたりして?ははは、ヤバイヤバイ。でもそんな家族も十分ありえる、そんなところが好きであります♪
Apr 1, 2007
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