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サッカーのFIFAワールドカップ南アフリカ大会、楽しませて頂きました。グループEではFIFAランキング最下位だったのですが、予想に反して見事突破、決勝トーナメントでの活躍にも大いに期待を持たせてくれましたが、残念ながらPK負けとなりました。決勝トーナメント1回戦の日本vsパラグアイ戦、試合は0-0のまま、今大会初のPK戦にもつれ込み、日本が3-5で敗れ、パラグアイが初のベスト8入りとなり、日本は逃して目標としたベスト4には届かなかった。先日、郵便局で記念切手を購入して来ましたので、活躍してくれた記憶を残す意味で、使用せずに保存しておこうと思います。
2010.06.30
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ドイツのババリア地方には、ねぎ坊主頭の教会が多く、ミュンヘンの聖フラウエン教会もねぎ坊主頭の塔を持つことで知られています。ミュンヘンから1時間南下して行ける国境の町フュッセンは、ノイ・シュヴァン・シュタイン城を観光名所として知られていますが、その下の平原には小さなねぎ坊主頭の教会があります。人家も見えない処に位置していますし、観光資源でも無い様で、奇妙な感じがしないではありませんが、なかなかの被写体でもある様に思われます。この写真はインターネットで見つけたもので、私が撮影したものではありません。この教会からは、丘の上に立つノイ・シュヴァン・シュタイン城を望むことが出来ます。こちらは、15年前に撮った私の写真、教会前の小径から撮ったものです。一般的に「ねぎ坊主」と呼ばれていますが、その形は火焔を現し、教会内での聖霊の活躍を象徴しているとも言われています。
2010.06.29
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トゥールーズを訪問しましたのは、1991年3月とことですから、もう20年も前のこととなりました。イラクがクウェート侵攻から撤退、所謂湾岸戦争が終結した直後で、ヨーロッパ行の飛行機はガラガラに空いていました。当時、日本も21世紀に自動車産業の次世代を担う産業は航空宇宙産業であるべきとのことで、ヨーロッパ各国を回って調査し、トゥールーズでもエアバス社を訪問するのを目的としていました。トゥールーズは歴史の古い町で、聖セルナン教会は12世紀に、トゥールーズ大学は13世紀に建てられました。聖セルナン教会は、11世紀から12世紀の間に建てられ、ロマン式の建築様式で全長115メートルとなっています。中世に於いては、キリスト教信仰の力強さを検証する象徴だった様です。西暦250年の殉教者サトュルナンに由来し、ヨーロッパカトリック巡礼の最終目的地スペイン/サンチァゴ・デ・コンポステーラの途中基地として重要なのだそうです。スペインのサンチァゴ・デ・コンポステーラ、この町で9世紀にキリストの12人の使徒の一人聖ヤコブの墓が発見された。ローマ教皇は「これは奇跡!」としてヨーロッパ中に知らしめたことから、エルサレム、ローマと並ぶキリスト教の三大聖地とされ、1985年世界遺産に指定されました。何時かは家内とスペイン旅行と思っていましたが、夢が叶わずに終わってしまいました。それでも、ドイツ、フランス、オーストリア、チェコ、イタリア、スイス、スウェーデン、ノルウェー、デンマークと夫婦気まま旅行に行けたのですから、良しと致しましょう!
2010.06.28
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昨年は配当ゼロどころか、JAL株は100%減資となり、電子株券だったので紙屑にもなり得ず、9000株(300万円)消滅の憂き目に遭いました。今年は手持ちの大企業重工株、何とか配当が出た様で、昨日郵送されて来ましたが、僅か2円配当ですので、5000株に対して税引き後9000円に過ぎず、利食いにもならず、ほんの小使い程度にしか成りません。それでも2年振りの復配ですので、経済状況は大企業にとっては、復配出来る程に回復していると考えることも出来ます。何とか株価が戻ってくれることを期待していますが、ヨーロッパEUの財政不安、アメリカの景気減速など、国際経済情勢が不安定な中、暫くは予断を許さない状況と考えざるを得ません。リスクヘッジの為、株式市場から原油市場・金市場へのヘッジファンドの資金流入が大きくなった様で、特に原油価格は日常生活にも直結していますので、何らかの規制が論議されなければなりません。金満家のみが利益を享受出来るシステムは、人類の「最大多数の最大幸福」を実現するロゴス実現には、最大の障害にしかなっていない様に見えます。修正資本主義に対する認識、論議・論争は何処に消えてしまったのでしょうか?自由資本主義に対するアンチテーゼ「共産主義」の消滅は良い様で、結果的に宜しくは無いのだと思えてなりません。
2010.06.27
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今日は家内の8回目の月命日、来月は初盆で、喪が明けるのも4ヶ月となりました。昨日は薄曇り、今日は天気が崩れると言う予報を聞き、午前11時から墓所の冨士霊園に出掛けてみました。この梅雨の時期、富士山を見ることは難しいのですが、「晴れ女」の家内が墓参り時間中、気を利かしてくれ、うっすらとした富士山を見せてくれました。曇り空に、墨絵の様な富士山の姿も、一興良いものです!近くの草叢で、又四つ葉のクローバーを見つけましたので、持参した供花と共に、墓に供えてあげました。富士山と言い、四つ葉のクローバーと言い、私の「月命日の墓参り」と言う心掛けに対してご褒美を貰った様な気がしました。墓の前で、独り昼食を取り、1年契約で植栽されているサツキを剪定、草花を整理してから帰路に着きました。
2010.06.26
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1972年4月初旬の朝のワイキキ・ビーチ、それにしても空いています。その1年前に、360円/ドルの固定相場から308円/ドルになったばかりで、外貨の少ない日本からの観光客が少ない頃で、海外旅行は未だ高嶺の花でした。ミネソタ州の小さな町から日本に帰国することをJALに電話相談したのですが、即日帰国は無理で、ホノルル経由で翌日に帰る様に設定してくれ、ワイキキ・ビーチにある契約関係にあったモアナ・ホテルを予約してくれたのでした。ワイキキと言えば砂浜で有名ですが、ワイキキ・ビーチには元来砂浜はなく、1920年代から1930年代にかけて、カリフォルニア州のマンハッタンビーチから白砂を運んで作られた人工の砂浜である。1971年8月、ニクソン大統領はドルと金との交換停止を宣言し、ブレトン・ウッズ体制の終了と為替相場の変動開始を告げた(ニクソン・ショック)。1971年12月、スミソニアン博物館で各国蔵相会議が開かれ、通貨の多国間調整(1ドル=360円→308円に切り上げ)と固定相場制の維持(スミソニアン協定)が確認されたが、長続きせず、1973年2~3月に日本を含む各国は相次いで変動相場制に切り替えた。変動相場制は1976年1月ジャマイカのキングストンで開催されたIMF暫定委員会で承認された(キングストン体制)。
2010.06.25
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鳩山政権の「友愛」、「コンクリートから人へ」と言うキーワードが、菅政権では「強い経済」、「強い財政」、「強い社会保障」が行財政のキーワードになるらしい。財政再建が無いと社会保障の充実は出来ず、社会保障の充実が無いと経済成長は無く、経済成長がないと財政再建は出来ないと言う、堂々巡りの論議に陥ってしまいます。このキーワードは現在の逼迫した財政・経済状況を打破する意味からは的を射たものかも知れないのですが、その論理発端となる原資は消費税の増税で賄うと言うのですから、学者の経済論理を無批判に受け入りしたものだと、考えざるを得ません。経済学者・評論家の論理が、実際に功を奏したと言うことは殆ど無く、現実の経済活動から遊離していることは、従来から良く言われていることなのです。私は、消費税増税は必要と考えていますが、それは社会保障の基礎年金に充てるものでなければならないと思っていますし、国民年金だけでは生活が成り立たず、憲法に違反する状態だから、是正する必要があると思うからです。これが民主党の主張でしたので、昨年の総選挙では、それに与したのですが、一向に進展を見せることは無く、落胆せざるを得ませんでした。今回の菅政権では、増税を社会保障目的よりも経済成長に寄与させる意味合いが強い様で賛成しかねるのです。経済成長は、多くの変数を持つ複雑な方程式であり、その施策の正否は結果で知り得るだけで、一筋縄では行きません。経済回復を軌道に乗せるには、「コンクリートも人も」バランス良く種々の施策を講じて、リスク分散を図りつつ、時点々で軌道修正して回復加速させて行くことが、不可欠なのだろうと思っています。成否の分からない一つの経済論理に乗じて政策を推進する愚を許してなりません。発端の消費税増税財源確保で、先ず経済が頓挫しそうな懸念も大きく、菅氏の目論見が崩れるのは必定でしょう。
2010.06.24
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昨日は夏至、夕日を見ようと桜丘公園にある「夕日の丘」に、午後6時過ぎに行ってみました。西の空に夕日らしきものが見えるのですが、雲が厚くて、7時頃まで待ちましたが状況が変わらず、諦めることにしました。ふと、足元を見ていますと、4葉クローバがありました。別に見つけようとしたのでは無く、偶然に眼に着いたに過ぎませんが、「そろそろ、トラウマを脱して自分の人生を見つけなさい!」と言う家内のメッセージと思い、家に帰って家内が愛用していた「鉢花」と言う本に、栞として挟んで置きました。4葉クローバを探すのは、家内は何時も敬遠していましたので、専ら私の役目だったのです。
2010.06.22
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ノットウェイ・プランテーションハウス(Nottoway Plantation)を訪れましたのは、1981年1月のことですから、ほぼ30年前のこととなりました。当時は、アメリカは製造業の衰退が顕著で景気が悪い時でしたので、観光産業にも勢いが感じられず、訪問客も殆どいませんでした。観光産業が勃興するのはクリントン大統領2期目のことでしたから、それより10年以上経過しなければなりません。我が家でも、駐在員の私が出張多く母子家庭になっていたのですが、家内が運転免許を取得し2台目の車を使って行動が自由となり、英語が話せず1年間現地小学校に通っていた子供達も漸く慣れて来て、少しづつ英会話での意志疎通も見え始め、少し安心感が出て来た頃でした。ノットウェイ・プランテーションハウスはサトウキビ実業家が、建てた豪邸で、敷地面積2800ha、建坪5000m2、 部屋数64という南部最大のプランテーション。1859年に出来上がったこの家、寝室にはウォーキングクローゼットなどが隣接し、納戸等も含まれ、ボールルーム、書斎、ダイニング、ゲストルーム、プレイルームと様々な部屋が点在している。敷地内には42の奴隷小屋が備えられ、敷地内に共同浴場やら病院、集会場なども設置していたと言う。現在では、訪問客用に、母屋と隣接する棟の15部屋がB&Bとして宿泊できるようになっている。このプランテーションは、南北戦争時代の戦火から逃れ、ほぼ当時のままの姿で保存されているが、1889年多額の税金の支払いを課せられ結局、5万ドルにてこの屋敷を売り払った歴史があります。現在は、オーストラリアの富豪が所有、当時の栄光の姿を保管すべき同じ時代の調度品などを収集しこの屋敷に集め、それを一般公開しているそうです。ルイジアナ州、ミシシッピー州のプランテーションには結構行っていますので、その一部をご覧ください!古き良き時代のプランテーションハウス
2010.06.21
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昔LPレコードには30cmの他に、25cmLPもあり、そのカール・ベーム(Karl Boem)指揮ウィーンフィル盤を愛聴していました。交響曲第8番Op.93は、25cmLPの表裏で録音出来る程、小規模な交響曲だったのです。1814年2月交響曲第7番と共に初演。ベートーヴェン自身はこの第8番を気に入っていた様ですが、聴衆からはあまりよい反応が得られなかったとされています。この曲は小振りで、義父母が好きだったので、家内も小さい頃から馴れ親しんだものなのでしょう!しかし、家内はあまり自己主張をしなかったので、好きだったか否かは今になっては不明です。Beethoven - Symphony no. 8 conducted by Klemperer. 3: Tempo di Minuetto第三楽章 Tempo di Menuettoベートーヴェンが交響曲の楽章として用いた唯一のメヌエット。独創性も十分で、トリオのホルンとクラリネットの牧歌的旋律は、作曲当時ベートーヴェンが滞在していたカルルスバードの郵便馬車の信号を基にしたと言われている。オットー・クレンペラー(Otto Klemperer )指揮のフィルハーモニア交響楽団、録音は1958年だったそうです。オットー・クレンペラー(Otto Klemperer, 1885~1973)はポーランドに生まれたユダヤ系ドイツ人、20世紀を代表する指揮者の一人とされる。ドイツ古典派・ロマン派から20世紀の音楽まで幅広いレパートリーを持つ。アンサンブルや音色・情緒的表現など表面的な美しさよりも、遅く厳格なテンポにより楽曲の形式感・構築性を強調するスタイルでよく知られている。クレンペラーのマタイ受難曲(エンジェル盤)は名盤として知られていますので、遠い昔LPからテープにダビングしてあるのですが、残念ながら近頃聴くことがありません!
2010.06.20
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昨年度の衆議院総選挙は政権選択を問う選挙でしたので、今回の参議院選は、その政権選択結果の是非を問うのが筋だと思っています。鳩山政権は「友愛」を謳い、「コンクリートから人へ」をキャッチフレーズを用い、事業仕分けで6億円以上の財源を確保してマニフェスト推進することを掲げて登場しましたので、期待は大きかったのです。現実は、事業仕分けで財源確保が出来ず異常な国債発行をしながらも、4年間で実現するべきマニフェストも「子供手当」以外、何らの進展を見せること無く推移してしまったのですから、迷走したままで、期待を裏切った失政だったと思われてなりません。其処で、鳩山政権から急遽、菅政権に表紙替えして選挙管理内閣として、人気回復を図り、マスコミのご祝儀報道も相俟って支持率はV字回復が伝えられていますが、投票日までその状況が続くのか大いに疑問も残ります。国民も、理想を掲げながら結局何も出来なかった政経塾出身の書生軍団に囲まれた鳩山政権が退場するのを妥当としているに過ぎませんが、人気のある菅政権でも殆どが留任の「居抜き内閣」なのです。又、民主党連立政権も自公政権と同じく、数の横暴で強引な国会運営が目立ち、結局は「目糞、鼻糞を笑う」となり、政治家とは信をおけないものだと認識させてしまいました。「景気回復と雇用増加」「安定した社会保障」が国民の最も関心の高い処で、1ヶ月に亘る選挙戦での各党マニフェストを検討しつつ、投票に臨むべきだと思っています。又、消費税論議も唐突で、方向性として良としても、「逆進性」にも触れないマニフェストには納得出来にくい処もあります。現在の状況では、それ程の差異が感じられず、今回の参議院選が3年前と同じく衆参ねじれ国会とし、「横暴で強引な国会運営が出来なくなる」様に保険を掛け、キャスティングボート政党を実現させる方向が良いのではないかと思われてなりません。
2010.06.18
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ニュージーランドのテカポ湖の湖畔に、1935年に開拓民により建てられた「善き羊飼いの教会」という名の小さく質素な教会があります。又、テカポ湖は、氷河の溶けた水が流れ込むこともあり、美しいトルコ石色の湖水を持っていることで知られています。此処の教会の祭壇は特徴的で、小さな十字架の掲げられた祭壇の後ろは、ガラス窓になっており、十字架の背景にして、美しい湖水と、遠くに雪を頂く美しいサザンアルプス山群を同時に見ることが出来る仕組みになっているのです。普通、教会祭壇の後ろにはステンドガラスがあり、幻想的な光線で厳かな雰囲気を醸し出すのですが、如何にも手作りの教会と言った感じがします。私と家内が訪れましたのは、2001年1月中旬の夕暮れ時で、教会も閉まる直前でしたが、管理人の方が「どうぞ入り下さい」と快く中に招き入れてくれました。遅い時間だった所為か、観光客は殆どおらず、ゆっくりと暮れていく夕陽の中で、清冷な湖水と美しいサザンアルプス山群を堪能することが出来ました。9年以上前のことですが、残念ながら家内との最後となってしまった海外旅行時の、良き思い出として鮮明に記憶されています!
2010.06.17
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例年、この時期に町田市にあるえびね苑に行ったことは無いのですが、インターネット検索してみますと、アジサイが開花している6月中旬の10日間開苑していることが分かりましたので、行ってみることにしました。入場無料と言うことで、入口事務所も閉まっていて、訪れる人も少なく閑散としていましたが、アジサイは見頃となっていました。開苑と言っても外周部のみで、えびね蘭を植栽している苑内の林床部は全て立ち入り禁止で、養生をしている様でした。えびね蘭の盗掘される被害が多発している現状、仕方の無いことなのでしょうが、近年の植物愛好家のモラル低下で、この様な処置を取らなければならない状況は嘆かわしいものがあります。えびね苑内には、珍しいアジサイも多数植栽されていますので、訪問して観賞する価値は十分にありあそうでした。黒姫アジサイは、小振りのガクアジサイ、青色が際立っていました。クレナイアジサイもガクアジサイ、ピンク色が印象的。その他、子供の頃に親しんだ甘茶も含め、種々の開花を楽しむことが出来ました。
2010.06.16
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昨日は梅雨入り、一日中雨模様でしたが、今朝は青空が覗いて気持ちが良い朝となりました。2日間綺麗な姿を楽しませてくれました孔雀サボテンも萎れて頭を垂れています。僅か2日間の盛り、花の命とは本当に儚いものです!一昨日夕刻、孔雀サボテンが一つ咲き出しました。月下美人とは違い2日間ほど咲いていますので、この写真は昨日夕方撮影、満開状態です。深紅の花萼、濃いピンクの花弁、白い雌しべ、ベージュ色の雄しべ等と、色の対比が素晴らしい豪華な花です。孔雀サボテンは月下美人と並ぶ大輪の花を咲かせるサボテンの一種で、花の豪華さからサボテン蘭(Orchid Cactus)とも呼ばれます。孔雀サボテンは2日間咲きますので昼間陽の光の中で観賞出来るのも良いと思われます。孔雀サボテンには、月下美人と違って香りが全く無いのも奇妙で、その替わりに、赤、白、黄、ピンク等色のバリエーションがあるのもこれ又奇妙に思えますが、これも定められた造物の妙かも知れません。
2010.06.15
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先週、昨年の家内葬儀を取り仕切ってくれた葬儀社から、初盆用の白い提灯と飾り付けを無料でお届けしますと、自宅まで持参してくれました。東京ではお盆は7月に行うのが普通ですので、その準備を考える時期に来たと言うことなのですが、1回限りの付き合いと思っていた葬儀社も、そんなサービスがあるとは初耳でした。核家族化が進行して、遺族となりますと独り暮らしが多くなりますので、アフターサービスにて口コミ評判を高めて、私の将来葬儀も取り仕切りたいと言うことなのかも知れません。家内の3月納骨法要の際、実兄と実妹には過分な香典を頂きましたので、それで仏壇を購入した仏具店に出向き、盆提灯を買うことにしました。「小さくて直ぐに格納出来るものが良く、予算は2万円です」と言いますと、行灯式の盆提灯を進めてくれ、1万3千円でしたので、それを購入することにしました。右に見える格納箱に、そのまま仕舞えて、サイズも大きくないので、収納にも良さそうです。しかし、天寿・天命を全うした家内を供養することは遺族の義務ですし、何ら不満は無いのですが、折々の行事を重ねて行きますと、語り合いを喪失した状態のまま、だんだんと遠ざかる様な気がして寂しくなります。しかし考えてみれば、長い闘病生活でなく、私に負担を掛けさせないと言うことだったのかと好意的に解釈しなければいけないのかも知れません。何れにせよ、それが人生で、世の常と言えばその通りなのですが・・
2010.06.14
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今日午前中に住民参加の除草祭が実施され、昨日は任意団体の事前剪定作業もあり、見違える様に綺麗になりました。私の住む団地では住民による緑栽自主管理をモットーとしておりますことから、住環境の維持には住民の大変な労力が必要なのですが、186世帯中約70~80%、一戸平均1.5人で200人近くが参加されましたので、人海戦術とは良く言ったもので、3時間で瞬く間に気持ちの良い環境が戻って来たのです。任意団体との合同反省会では、オピニオン・リーダから「緑栽自主管理と言いながら一部植栽剪定を業者に発注するのは理屈が通らない。除草祭を前倒しして、低木剪定を実施したらどうか?」との意見もありましたが、高齢化する任意団体の労力を軽減する意味では、団地外周部を業者発注したのは妥当だと思っています。加えて「緑栽自主管理を蔑にして、我が任意団体が市のアダプト制度に応募した清掃事業を管理組合との契約に替えたことは、道理が通らない。昨年の理事会は可笑しいし、今年度理事会は如何に?」とのスジ論が展開され、又例年の如く、理事会への悪口が出て来たので、本年度にも降りかかるのは必至です。昨年の管理組合理事会は任意団体幹部と相談の上、管理組合が受けてくれた方が動きやすいと契約変更に応じたのですが、その辺の事情を知りながらの発言だったのか疑問があります。後ろ向きの議論は建設的でなく、乗じて付和雷同するメンバーもおりましたが、今般管理組合との宥和を模索するメンバーが多くなりましたので、私が「今回は昨年を踏襲、広報で周知させつつ、来年度の議案事項として提案する」と調停することで、落着となりました。今後とも、善意の任意団体からの緑栽管理への貢献を基に、管理組合は団地経費節減を念頭にして、意志疎通を図り、お互いに良かれ(Win-Win)と言う関係を維持したい所存です。
2010.06.13
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独り暮らしで、自宅に籠もって、テレビを見たり音楽を聴いたりしていましても気分が段々落ち込んで来ますので、天気の良い日は出来るだけ、外に出掛けて歩くようにしています。昨日は晴天で暑くなりましたが、木陰の散歩も良いものだと、白山谷戸から小野路城址に出掛けてみました。熱中症も懸念される様な暑さの所為か、途中に出会う人も多く無かったのですが、道すがらホタルブクロ等も観賞しつつ、山道をゆっくりと登って行きました。小野路城址に着きますと誰もいない静寂の世界、涼しげな木風が迎えてくれました。木陰の草むらで、コンビニ弁当とお茶で昼食、自宅から持って来たコーヒーでゆっくり休憩、爽やかそよ風を楽しむことが出来ました。下りるのに違う山道を通りましたら、整備されていない道になってしまい、木陰から出て来た土蜂に手の平を刺されてしまいました。しかしそれも御愛嬌、ちくちくする程度で大したことはあるまいと、傷口に口をあて少し吸い込んでみた程度で治療完了、特に腫れることもありませんでした。
2010.06.11
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スイスのラガーツ温泉からリヒテンシュタイン公国を経てチロル街道に入り、チロル最大の町インスブルックに向かいましたのは200年5月中旬のことでした。 当時のチロル街道は山岳道路で一部は未だ高速道路となっていない部分がありましたが、天候も回復し快適なドライブでした。インスブルックを通り過ぎてしまい、Uターンして高速出口の観光案内所で宿を紹介して貰ってから入って行きました。予約してくれた宿(Hotel Altpradl)は旧市街(Alt Stadt)の一角にあった家族宿で、夕食サービスはありませんでしたが、気の置けない良い宿でした。早速しない見物に出掛けました処、有名な「黄金の小屋根」は町の中心地にあり、観光客で溢れていました。横を向いて微笑んでいるのが何故かは思い出せませんが、観光客も多く何か面白いことがあったのでしょうか?兎に角、インスブルック(Innsbruck)町中を流れるイン川は清冷で、町の雰囲気を清潔になっていたのが印象的でした。ハプスブルグ家の黄金時代を築き上げた皇帝マキシミリアン1世が、広場で催される行事を見物するための観覧席(ロイヤル・ボックス)として1500年頃に造らせた5階建ての建物。金箔を張った2657枚の銅板の瓦で出来た屋根から「黄金の小屋根」と呼ばれ、インスブルックのシンボルと なっている。懐かしくも、寂しい感がして仕方がありません!
2010.06.10
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オスロ市内にホテルが取れない為、隣町のドラメン(Drammen)にホテル予約を入れ其処に向かいましたのは、1998年6月のことでしたから12年も前のこととなりました。観光客も全くおらず、静かな町並み、ホテルにチェックインして聞いてみますと、此処がオスロ・フィヨルドの中にある町だとのことでした。夜8時にはなっていたと思いますが、10時頃までは明るいので素晴らしいフィヨルドを求めてドライブして見ました。夜9時を過ぎても、北緯60度ともなりますと6月はなかなか日が沈みません。横道から高台に入り、道の行き止まりから海を展望して見ました。オスロ・フィヨルドの入口でしょうか、美しい景色が広がりました。但し、切り立った断崖が無く、日本の長崎の入り江に似ている程度のもので多少がっかりしました。それでも、入り江に出来た小さな集落がまるで箱庭の様な景色をもたらせていましたので、其処を背景として、家内の写真を撮りました。夕景の中、静かに微笑んでいる様は、雰囲気があって良い画像となり、今でも時折、二人旅行の良い記念となったと大切に見ています。オスロ近傍では真夜中になりましても6月には真っ暗にはなりません。夕暮れの様な気配のままで夜の12時になっても、外では未だ子供達が自転車に乗ってはしゃいでいました。このまま朝の太陽を待ち受けるのです。日本では、体験出来ない一寸不思議な感覚でした。
2010.06.09
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昨日は薬師池公園の菖蒲田も見頃になったのではないかと期待して出掛けてみました。残念ながら見頃には1週間程早かった様で、訪問客も少なく空いていました。ブログの過去アーカイブを探ってみますと、昨年は6月6日に家内を車椅子に乗せて、菖蒲を観賞に来ていたのです。酷くやつれて様子で、車椅子に乗り、その1月前に退院記念として購入した小さなショルダーバッグを何かいじって様子が写っています。闘病中の様子は、本人も写して貰いたくないだろうと、この小さな写真が唯一のものとなりました。写真にあった車椅子もレンタルでしたので返却、ショルダーバッグも家内の姪に形見分けとして差し上げてしまいましたので、自宅内には何も残っていません。「可哀想だった」と感慨に耽りつつ、久しぶりに涙がぽろぽろと流れて困りました。今朝、会社の先輩だった74歳の方から電話があり、「元気に暮らしている?」との連絡でした。この方も奥様を昨年春に亡くされて一人暮らしをしていますが、1周忌を過ぎても「あまり長生きしたくは無い」と感慨が続いているとのことでした。今後の生きる目標ライフワークが、なかなか定まらないのも一因かも知れませんし、パラダイム・チェンジとは言え、言葉は簡単、実行は甚だ困難と言うことなのでしょう!私も同様な状態であることは確かです。
2010.06.08
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私の住んでいる団地の中に、善意の任意団体があり、ボランティアで団地の緑栽美化に貢献しています。管理組合としては、緑栽業者への発注が僅少となり、管理費節減には嬉しい限りなのですが、問題もあるのです。管理組合理事会は輪番制の理事で毎年更新されるのですが、その善意団体のオピニオンリーダには団地に貢献しているとの意識が強過ぎて、毎年の如く理事会への不満が述べられるのです。それが建設的な具申で「我々として、この様に手伝いしたい」となれば団地内宥和も保たれると思うのですが、えてして個人攻撃に近い不満なので困ったものだと、思っていたのです。其処で、私の理事長就任挨拶では「任意団体は功罪半ばでNo Intelligence, No Strategy, Talking Only」とコメントし、「それでも任意団体の労務提供と住民協力によって年間数百万円の管理費を節減しているのだから、任意団体の団地貢献を正当に評価しよう」としたのです。しかし「No Intelligence, No Strategy」を「馬鹿どもの集まり」と解釈、「今年は任意団体として理事会活動に協力しにくい、謝罪を要求する」との要求が暗々裏にあったのです。そう言う解釈もあるのかと思い、別に頑なになる必要もあるまいと「不穏当な発言で、不快感を負わせたことはお詫びします」と団地広報に載せたのですが治まりません。其処で、昨日任意団体の臨時総会に冒頭参加し、真意は「任意団体の貢献を好悪の感情を越えて正当に評価したい。一生懸命働いているメンバーに謝意を表したいのが趣旨。しかし、理事会への文句等は止めて団地内宥和に努めて頂きたい。不穏当な発言で不快感を負わせたことはお詫びします」と述べたのです。声の大きいオピニオンリーダ派は「謝罪になっていない」と追及して来たのですが、従来声の少なかった人達からは「任意団体としても態度が大きくなり、反省する処もあるのではないか?」との発言も出される様になりました。そこで、私は「活発な議論と、吉報をお待ちします」と退席したのですが、1時間半後、団体総意として「今年も協力したい!」との結論が伝えられたのです。組織活動を保つために、個人的立場を越える対応が出来たと言うことは、老齢になった言うことなのでしょうか?緑化担当理事は、例年と同じ方式で除草デーを翌日曜日に計画していましたので安心してくれたと思い、理事会活動の停滞を招かずに良かったと、多少安堵致しました。任意団体オピニオンリーダより、努力している一般メンバーへの配慮を考えた結果、一騒動となりましたが、組織改訂となった任意団体リーダと今後も腹を割って話して行こうと思っています。
2010.06.07
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久しぶりに高尾山に行こうと家を出ましたが、ミシュラン3星の観光地と指定されてからは、何時も混雑していますので、急遽景信山に変更することにしました。高尾山口の数分手前で、甲州街道から旧甲州街道に入り、奥高尾を経て、小仏バス停を通り過ぎて車道止めまで行き、路上駐車しました。此処から旧甲州街道の山道を登りますと、40分程度で標高560mの小仏峠に至ります。数年前に2軒あった茶屋も閉まってしまい寂しい感が漂っていますが、残されているベンチに座ってコーヒー休憩となります。旧甲州街道に別れを告げ、景信山への登山道を取りますが、此の登山道は「関東ふれあいの道」にもなっていますので、人の往来が無くなることがありません。それ程きつくは無い登山道をゆっくりと登りつつ、新緑の森林浴を楽しみます。30分で景信山直下に到達、杉林が伐採されていて急に視界が開けて吃驚しました。頂上から下りて来る人に聞いて見ますと、「東京都が登山客の眺望を楽しんで貰おうと、予算を取って伐採した様です」との情報でした。それにしても、間伐もせず下枝打ちもしない杉林は、真っ暗で荒れていますし、荒廃が眼に付きます。伐採した杉の材木はそのままの姿で放置されているのですから・・合計ほぼ1時間で、標高727mの景信山山頂の山小屋に到着しました。一昨年まで家内がしてくれた様に、キャベツと白ネギを小さめに切ってポリ容器に入れて来ましたので、ウィンナーソーセージも入れて、バーナーとコッヘルで塩ラーメンを作って食しました。独り登山とは寂しいものですが、下山途中に登山道に設置されているベンチで休憩をとりつつ、「此処で二人して、お茶休憩をしたこともあった」と感慨に耽りつつ、人生を共にした家内へ感謝し、ゆっくりと静かに駐車場に戻り帰宅しました。往復2時間、混雑に遭うことも無く、良い運動が出来ました。
2010.06.05
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昨年12月家内名義の預金を私と子供達で遺産相続した際、私分の一部1万ドルをドル預金にしておきました。当時88円/ドルと円高であったこと、外貨預金キャンペーンで年利4%と高率だったことが理由でした。そのキャンペーンは3ヶ月で終了し、年利4%から0.25%に激減してしまいましたので、3月に解約しても良かったのですが、為替が90円/ドルでしたので、預金時/解約時の合計2円/ドル手数料を考えますと、何の得にもならないと自動継続でそのままにしておきました。しかし、3ヶ月経っても元利合計が増えませんし、ユーロ危機に起因する通貨不安が続いたまま、少し92円/ドルと円安方向に振れていますので、此処でドル預金を解約することにしました。インターネットバンキングでしたので、パソコンで処理出来るかと思いつつ、当該銀行に電話で確かめてみますと、「お宅の口座は自動継続になっていますので、満期日以外は銀行窓口での処理となります」との応対でした。仕方なく銀行に出向き、ドル預金の解約手続きをした結果は下記の通りでした。預け入れ時手数料込みの為替88.5円/ドルで88万5000円、利息に20%税金が掛り、解約時手数料込みの為替91.13円/ドルで91万8600円、半年で3万3000円余のキャピタルゲインとなりました。又、ユーロ通貨が安定し、外貨預金キャンペーンがある時に、ドル預金を再考しようと思っています。外貨預金は株式投資程のリスクはありませんが、常に為替リスクが伴いますので、判断が難しく、余剰金を運用するのが原則だと思われます。今回は偶々ゲインですが、自己責任の判断でロスすることも覚悟しておかなければなりません!
2010.06.04
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町田市薬師池公園の万葉草花苑に入ってみました。例年5月中旬、大山レンゲの開花する頃に訪れていたのですが、今年は5月最終日となりましたことで、残念ながら殆どの花が茶色く枯れ、ほぼ終わっていました。それでも、枝の間から数輪咲いていて、私の訪問を待ってくれていた様です。大山蓮華 (おおやまれんげ)木蓮(もくれん)科。 初夏5月頃に開花し、花期は短い。木蓮(もくれん:Magnolia)科の花は、モクレン、朴(ホウ)、泰山木(タイザンボク)等と殆どが上を向いて咲くのに、大山レンゲだけは俯いて咲く珍しい種類。木も大きくは成長せず、花の直径も他と比べて小さく5~7cmに過ぎない香気ある花を下向きに付ける様は、別名「天女花」と呼ばれるのも頷けるほど、可憐な風情がある。花を愛でる外出は、家内が亡くなってから極端に少なくなり、神代植物公園は今年になって行ったことがありません。
2010.06.03
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日曜日に義兄の墓が完成し、開眼法要と納骨法要がありましたので行って来ました。場所は横浜市旭区二俣川にある二俣川霊園、1年程前にオープンした真新しい墓所でした。霊園係員が来て、骨壷を納骨堂に収めて封印してくれましたので、遺影を墓に置いて供物供えて合掌、直ぐに霊園手配の住職が来てくれまして、「建碑式と納骨法要を行います」と言い、読経を始めました。浄土真宗では全て煩わしいことは省略、開眼法要(建碑式)も行わないとも言われていますが、場所々によって臨機応変に調整するらしいと納得することにしました。義兄は家内のすぐ上の兄で、逝去しましたのは2年半前のことで、その遺骨を葬式をしてくれたお寺にずっと預けていたのですが、所定の墓所に入ることになりました。3回忌も既に昨年末に行いましたので、納骨法要は遺族2人と私だけの参列だけで、ひっそりとすることにしたのです。これで家内の親、家内を含めて満州生まれの兄弟は、全て亡くなりましたので、五島の空き家を訪れる人達もいなくなり、寂しいことになりました。一昨年までは、家内と私が年に2週間程、メンテナンスをして来ましたが、段々と老化している度合いが加速しているかと懸念していました。今年は取り敢えず、庭の高木剪定を数本登ってし、東側窓のすだれ2本を取り替えて窓ガラスが割られない様にしてだけ・・家内亡き後暫くは、私が面倒を看なくてはいけませんが、何時まで限界集落の家の世話が出来るのか自信はありません。
2010.06.02
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先週土曜日、江東区豊洲で第25回OB会がありました。出席者は70名で、今昔写真展「滄桑之変」を併設したこともあって、話題も弾み盛況だったのです。豊洲地区は嘗て埋め立ての工業地帯で、夜9時の最終バスが終わるとタクシーも流していない無人地帯になり帰宅するのに苦労する様な状態でした。今では、沿岸開発が進み、オフィス事務所と共に、マンション等の居住区が驚くほど増えて様変わりしました。その隔世の感を、OB数人が記録に残そうとカメラに収めていたものを展示してくれたのです。将に「滄海(青き海)が桑畑に変ずる」世の激しく移り行く様が、良く分かることから、1500円の写真集が20部程注文を受けた様でした。このOB会では、私は近況連絡集の編集員・編集長を引き受けたのですが、出欠に拘わらず、104名分の近況が葉書、Fax、電子メールで寄せられましたので、全てスキャナーで読み取り、画像データ化し、出欠リストと共に、ワードファイルに貼り付けて行きました。結構な作業量でしたので、3年間続けたこともあり、来年は後進に役を譲りたいと考えたのですが、OB会終了後の幹事会で幹事役全員から慰留されてしまいました。利害を越えたOB会は良いものですが、世話役とは大変だと実感しましたし、私の出身母体からの出席者が少ないこともあったひけ目もあり、少なくとも、もう1年は幹事役を続けることにしました。
2010.06.01
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