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2003年08月02日
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 朝、息子が東京から帰ってくる。しばらくして中坊公平、日高敏隆、山折哲雄氏を交えての会議に出席するためにまた学校に出かけた。『宗教の力』(PHP新書)という本を持っていってサインしてきてもらったのを帰ってから部屋にきて見せてくれた。

 東京では二つの大学を訪れた。一つの大学はオープンキャンパスの抽選に漏れたので説明を聞いたりはできなかったが、学内に入って写真を撮ったりしてきた。別の大学の方はパンフレットなどをもらって帰ってきたが、実学には興味がない、と一言。

 木田元の『偶然性と運命』(岩波新書)という本のことを思い出して本棚から取り出して見たら、三章くらいまで読んであった。なぜ途中で読みさしになっているのかわからないが書き込みがしてあるのでわかる。ハイデッガーを引いて、人間にとって自分自身の死は、誰にも代わってもらうことのできないと書いてあるところには(pp.28-9)、生もそうだ、という書き込みをしている。過去の再構造化という言葉には線が引いてある。今日の夜のカウンセリングの中でこの言葉を使った…。

やまじゆみこさん のHPの掲示板でこんなことを書いたのを思い出した。このエピソードはこの本で知ったことがわかった。

 絶望に打ちのめされ、生きる意欲も失っていたニーチェがある晩秋の日、ライプツィヒの古本屋の店頭でふと一冊の本を手にしました。この本を買って帰れという魔神(デーモン)のささやきが聞こえたのです。なけなしの金をはたいて、読み始めました。二週間、ニーチェは夜はいやいやながら二時に床に入り、朝はきっかり六時に床を離れ、憑かれたもののように読みふけりました。この本とはショーペンハウアーの『意志と表象としての世界』であり、この本との出会いが後年のニーチェの思想を作り上げることになります。ショーペンハウアーはまるで私のために書いておいてくれたかのようである、とニーチェはいっています。

 こんな出会いがあれば本はきっとどんなことがあっても読めるでしょう。知識を獲得するために読むという不純な(というべきか)動機では読めるものではありません。辺見庸の言葉を借りると「首から上で」読んではいけないということです。 (5月24日22時10分)

 今、書いている原稿にもこの問題に少し触れているのだが、偶然や運命というような問題には「決定的な解決をもたらすことなどできないことは初めから分かっている」(木田元、p.203)ので自分なりに考えてみようと思い立って新書として書くまで三十年もかかった、と木田が書いている。「オチのつけられないことがはじめから分かっている本は書きにくい」(ibid.)哲学の本はみんなそうだといっていいくらいだ。

 過去の再構造化についてはまた改めて。





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最終更新日  2003年08月02日 23時44分39秒
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