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監督 : チョ・グンシク 出演 : イ・ビョンホン 、 スエ 、 オ・ダルス 60歳を超えた今も独身を貫き通す老教授ユン・ソギョン。誠実な人柄で学生たちから信頼も厚く、その端正な容ぼうは、さぞ美青年だったであろう若き日の面影をとどめている。ある日、彼の元に「初恋の人を探すテレビ番組」への出演依頼が舞い込む。番組取材のために訪ねてきた構成作家スジンに、ソギョンは古びた1冊の本を差し出した。その本をきっかけに紐解かれるソギョンが生涯唯一愛した女性ソ・ジョンインとの秘密。そこには歴史の波に翻弄された男女の悲恋の物語が隠されていた…。(以上goo映画情報より)当時学生だったソギョンは友達に誘われるまま、農村の奉仕活動で10日間を過ごす。電気も通っていないその村でであった女性に恋に落ちる。女性は警戒しながらもしだいと学生に打ち解けていく。まあ、ハンサムだからね。途中、1969年7月20日、電気が通ったばかりの村でひとつしか無いテレビを囲みながら村総出でアポロ11号月面着陸のテレビを見る場面が出てくる。そのときまで私は60年代前半の韓国の話なのかな、と思ってみていたのだが、どうやら日本では東大安田講堂の頃の話しらしい。当時学生の中では朴大統領の三選を阻止する運動が盛り上がっていた。日本とは違って催涙弾であっけなく運動は潰される。けれども権力が最も警戒していたのは、北からのスパイ。ソギョンについてきたスジンは、大学紛争のさなか、父親が10数年前、北側の人間だったということだけでスパイ容疑で逮捕され、ソギョンも逮捕される。恋人の目の前で「この人は知らない」といってしまうソギョン。このときの二人をめぐる長回しが、秀逸。ただし、その後の二人の再会から別れまでがあまりにもばたばたと終わらせていて、不満である。二人が会うときにはいつも雨が降る。ものすごく湿っぽいラブストーリー。社会派の話かと思いきや、純粋恋愛映画でした。社会的な背景が分からないと感情移入しづらい所はある。それを差し引いても私は2人の気持ちのゆれを十分に描いていなかったとおものであるが、果たして評判はどうなることやら。軽い罪で逮捕してほこりが出てこないか調べるところや、有力者の父親がいるとすぐ保釈になるところは戦前の治安維持法のときの雰囲気とよく似ている。このころ、韓国は昔の日本を真似していたのかもしれない。
2007年01月30日
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監督 : ソフィア・コッポラ 原作 : アントニア・フレイザー 出演 : キルスティン・ダンスト 、 ジェイソン・シュワルツ 、 ジュディ・デイヴィス オーストリア皇女マリーは、14歳にしてフランス王太子ルイ16世の元へ嫁ぐことになった。結婚生活に胸を膨らませていたが、待ち受けていたのは、上辺だけ取り繕ったベルサイユ宮殿の人々と、愛情のない夫婦生活。ルイは必要な事以外はマリーと口もきかず、同じベッドに寝ていても、指一本触れない。愛情深く育ったマリーだったが、悪意溢れる噂に傷つき、やがて贅沢なドレスやパーティーに心の安らぎを求めるようになる。(以上goo映画情報より)監督のお父さんのパーティはこんな感じだったのだろうか。少女は華やかさと孤独をその中に見ていたのだろうか。本物のベルサイユ宮殿や、衣装や、お菓子等等見所はあるらしいのだけど、興味の無いものにとってはちょっと退屈な二時間だった。
2007年01月30日
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abi.abiさん にこの記事をささげます。不安倍増首相の施政方針演説を我慢して全文を読んでみた。まるでマニュフェストみたいに箇条書きに方針がならぶ。全体として感じることは、「なんだか、ものすごく悲しい」ということだ。まるで「心の真ん中にビュービューと風が吹いているようだ」これはいったいどういうことなんだろう。少し考えてみた。不安倍増は言う。「公共の精神や自律の精神、自分たちが生まれ育った地域や国に対する愛着愛情、道徳心、そういった価値観を今までおろそかにしてきたのではないでしょうか。こうした価値観を、しっかりと子どもたちに教えていくことこそ、日本の将来にとって極めて重要であると考えます。」‥‥‥国が、地域や国に対する愛着愛情をしっかり子供たちに教えていくこと。 もう、法律が出来たものだから何はばかることなく言っています。実際こんな文章が活字になって新聞に載っているのを見るのは、嫌いだった先生に予想とおりひどいこと言われた時のようにつらい。憲法が変わった暁には今度は「国を守る」ことも教えるのだろう。「愛情を教える」と言うことを改めてどういうことなのか、考えてみる。手塚治虫の「火の鳥・未来編」では愛情を教える主体は巨大マザーコンピューター「ハレルヤ」であった。若い指導者ロックは彼女の言うことは母親のようにすべてそのまま聞く。メガロポリス・ヤマトの場合、服装も朝食も彼女の指示通りに動いているのだ。ロックもハレルヤから「私の計算では幸福になれない」といわれ、恋人と別れる。まさに愛情まで、コンピューターが計算して管理する未来なのである。そして西暦3404年、全てをコンピューターに任せた五つのドーム都市はコンピューター同士がけんかをして同時に核戦争で滅亡する。人類の危機にあたって、人類よりもはるかに優秀な機械に国の方針を任せたことが、すべての間違いだった。今回再読して気がついたのであるが、未来編にはひとつの悲しい「愛情物語」があった。天才・猿田博士と女性型ロボットたちとの顛末である。大きな鼻で顔の醜い猿田博士はどの女性からも愛されなかったため、ロボットで恋人や娘を何人も作る。けれどもやがてロボットの「好きよ」という言葉が信じられなくなる。すべてのロボットの声帯を取り、保管する。さて、主人公山之辺を追ってきた軍隊を退けるため、彼女たちは博士に命じられ外に出て行き敵と戦い一人ひとり自爆していく。(その戦闘場面のなんと美しいこと。韓国映画「トンマッコルへようこそ」はこの場面を使ったのだろうか)人間的な召使ロボットのロビタは博士に言う。「彼女たちは心から博士を愛していました。」それに対して博士は「‥‥‥わかっておる」というのだ。‥‥‥なんて複雑な愛情なのだろう。人間にも愛情があるように、ロボットにも愛情がある。けれども二人は結びつくことができない。お互い理解しているのに、かけるべき言葉がないのである。(ロビタは実は奇跡的に結びついているのだが、それはまた別の物語)少年だった私はこの場面の意味が分からず、素通りしてしまった。今なら微かに分かる。本来たった4Pで描かれるような内容ではない。「鉄腕アトム」のリメイクを描いている浦澤直樹なら大長編の物語に変えてしまうだろう。「愛情」とはそもそもそんなにも難しいものなのに、だれが「愛する」ことを教えることが出来るというのだろう。ロックもいったんはメガロ・ポリスを見捨てて逃げようとするが、自分の死期を悟ると放射能渦巻く自分のふるさとの火口で一生を終えるのである。これは「愛国心」というのでしょうか。どうでしょうか。「こうした価値観を、しっかりと子どもたちに教えていく」とは、そこまで考えた上で、熟考した上で言われた言葉なのだろう。一度最高責任者が模範授業を見せてもらいたい。その上で、具体法を決めたらよろしい。首相の演説を読んだ後の私の精神状態は例えば、ボブ・ディランの次の歌のようなものなのかもしれない。この歌の「風」は「むなしさ」ではない。「愛情」の一形態なのである、と私は思う。Blowin' In The Wind風に吹かれてHow many roads must a man walk downBefore you call him a man?Yes, 'n' how many seas must a white dove sailBefore she sleeps in the sand?Yes, 'n' how many times must the cannon balls flyBefore they're forever banned?The answer, my friend, is blowin' in the wind,The answer is blowin' in the wind.ねえ、どれだけ歩きゃいいんだよ?あんたに人間扱いしてもらうためにはさ。ねえ、いくつの海を越えればいいのさ?飛び疲れた鳩が浜辺でゆっくり眠るためにはさ。まったく、どれだけ大砲の玉をぶっ放せばいいのさ?そんなもの、この世から無くしちまうためにはさ。ほら、その答はさ、あの風を見なよ。風ん中にびゅうびゅう吹かれているじゃないかWords and Music by Bob Dylan; 1962 Warner Bros. IncRenewed 1990 Special Rider MusicJ-T@keさんの訳「20万アクセス突破記念」にabi.abiさんから宿題として出された三題話「憲法」「火の鳥」「ボブ・ディラン」をやっと書き終えることができました。申し訳ありません。こんなんでご勘弁を。
2007年01月28日
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「憲法九条を守ろう岡山平和のつどい」が1月24日(水)夜、市民会館で開かれ、笠木透と雑花塾のコンサート、澤地久枝の講演があった。岡山県下九条の会が集う実行委員会の主催である。岡山県で九条の会の統一した大きな催しをするのは今回が初めて。県下には現在175の九条の会がある。九州中四国では、福岡についで二番目に多い数。参加者は予想の1500人を超えて1700人まで集まった。第一部のコンサート、笠木透さんは中津川フォークジャンボリーの仕掛け人らしいけど、私は知らない。(フォーク世代は私よりも上です。ホントです。)でも、護憲運動の中で生まれた以下の曲を聴いて、なかなか面白いと思った私なのでした。「♪ピース ピース ピース ピース、ピースナイン♪」ピース・ナイン (ここで曲も聞けます) 作詞 笠木 透 作曲 岡田京子 安達元彦鳩は平和を 運ぶ鳥九の鳥と 書くのだからカタルーニャの鳥も日本の鳥も ピース ピース ピースとさえずるこの世は 九で十分なのさ鳩よ 世界の空で鳴けピース ピース ピース ピースピースナインさて、メインの澤地久枝の講演。この人の講演も初めて聞く。自ら何度もいっているように、「怒ってしゃべっていると、どんどん脱線するのは分かっているけど止まらない」んだそうです。熱い思いの伝わる講演でした。76歳、持病持ちとは思えない。幾つか印象に残った言葉をピックアップする。「第二次世界大戦の前後にかけて、世界中の人がもう武力による戦争をやめようと思っていた。太平洋条約や、ポツダム宣言、国際連合の発足はその現れ。私も戦後「チボー家の人々」を読んで感動した。これは「(ジャック・チボーという人が)戦争反対のために命をかけてビラをまこうとする物語なんだな」と思った。」「ブッシュも世論調査で不支持が64%にも上るようになった。この前の朝日の世論調査でついに安倍内閣への不支持が37%になって、支持と拮抗している。ただ、女の不支持は29%、男の不支持は46%で、女のほうが少ない。これは残念じゃないですか?女たちもしっかりと発信していきましょう。それから、老人や都市層のほうが、若者や田舎よりも不支持が少ないようになっている。老人や、都会の人たちももっと頑張りましょう。」「日本はいま、国が戦争をする体質が出来上がりつつある。戦死者が出る一歩手前です。国は集団的自衛なんてしなくていいんです。個々が考えて「私がこの道を生きます」と言って、確立された個人が国を守る、砦を作る。自衛するということはそんなことだと思うんです。」「満州で国が民を見棄てたのを見ました。これが私の原点。今も、「国なくして何の国民か」と偉い人が言っています。そんな国などいらない。日本は平気で「棄民」をする国です。軍隊は民を守ったりなどはしません。だから、「知的な武器」として憲法9条があるのです。」もう少し深めて欲しいな、という部分もあったけど、元気がもらえる講演でした。そうか、ボクって、世論調査では多数派なんだ。
2007年01月25日
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薔薇豪城さんの東京新聞のように、私の読んでいる朝日新聞で紹介したい記事はあまり無いのであるが、いつも楽しみに読んでいるのは、月一連載の加藤周一「夕陽妄語」である。今月のお題は「超楽天主義のすすめ」。「楽観主義」と書かないところが氏の知性なのだ。もちろんこの「楽天」を利用しよう、ということではない。(←面白くない、親父ギャグでした。すみません。)「たしかに今年の年賀状は「新年おめでとう」と書くのをためらう人が多かった。」と、氏は言う。それを何とか工夫して「希望の常に実現する未来を空想する」方法を考える。ひとつは希望複数主義。たくさんの望みを持つことの自覚。お茶を一口飲むために卓上の茶碗を手元に引き寄せることから始める。しかし、望ましい目標が大きくて、実現に必要な手段がむやみに必要なこともある。例えば護憲のこと。そこで第二の工夫。行き先のハッキリしない大事については、初めから最悪の結果を予想する。予想が当たっても当たらなくても、当事者は絶望するには及ばない。さすがに意気盛んとまでは行かぬとしても、なんとか細々と時には冗談なども交えながら、根本的な思考の軸は変えない。「希望は目標であり、目標は動かず、方向を与える。動くのは当方との距離である。その伸縮に一喜一憂することは無い。」---と、この文は結んでいる。(ほとんどはしょりました)第二の工夫のほうは何も「悲観主義に陥れ」ということでは無いというのは明らか。安倍政権の支持率がついに30%台に突入した。一ヶ月前は、教育基本法が改悪されて多くの人が悲嘆にくれた。今ある現象は、とりあえず「護憲」という大きな目標に対しての一つのバリエーションに過ぎない。私の目標は何か。護憲運動の大きな盛り上がりの中、国民投票になるにしてもならないにしても、圧倒的な多数で国民は「護憲」を選ぶ、ということ。もしそれを実現したなら、その時からはじめて「憲法を暮らしに活かす」ことを堂々と要求できることになるだろう。政府にもう、嫌だとは言わせない。
2007年01月23日
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監督・脚本 : 周防正行 出演 : 加瀬亮 、 瀬戸朝香 、 山本耕史 、 もたいまさこ 、 役所広司 百聞は一見にしかず。万が一あなたが冤罪に見舞われて、被疑者になったとする。やっていないのだから容疑を認めない。真実はいつか必ず勝つはずだ。だから何も心配しなくていいのだ。と、思って一日ほど我慢すればすむことなのか。全然違う、ということをこの映画は描いている。本来は単館上映になるような内容だと思う。映画の出来が、そうなのではない。クスリとするような場面はあるけれど、万人がなかなか自分の身近に考えることが出来るような現実ではないからだ。出来は良い。こんなテーマをよくもここまでエンタメ近くまで作り上げた。周防監督でないと、出来なかった。ほかの監督なら、絶対深刻な映画を作るか、途中で妥協して匂わすだけの映画を作るかだっだろう。忘れもしない、96年2月3日岡山東宝で、公開直後の「Shall we ダンス?」を見始めたとき、冒頭に「物語せよといへ。われ汝の耳を魅せる話をせむ」というシェイクスピアの言葉が出る。なんて生意気な、と自分を省みずにそのときは思ったのだが、映画が終わったときにはもうすっかりその言葉に納得している自分がいた。長かった。次回作を待って、11年。新しい周防監督を見た。祝着。前宣伝で、「一日目の弁護士料はタダ」だとか、「無罪になったら拘留期間の日数分だけ一日約一万出る。アルバイトだと思えばいい」とかトリビアな場面を見て、案外被疑者になるのもいいかも、などと軽く考えている方はこの映画を見た後にもう一度そのように思えるのか、試してみたらいいと思う。例えば、私は二日目のあの地検での接見、耐えられそうもない。簡単に「自白」してしまいそうだ。(主人公が自白したかどうかは映画を見てのお楽しみ。)いや、あれは自白ですらない。しその辺りは「一見」して欲しい。そして、あの裁判場面。日本の裁判制度は「推定有罪」なのだという事がよく分かる。私は絶対罪など犯さないし、ましてや冤罪など疑われることはしない。という方も多いだろうと思う。私もそうだ。でも例えば、この前安倍首相はこんなことを言っている。「共謀罪」の通常国会成立を指示=野党に理解求める-安倍首相(時事通信1/19)共謀罪とは、浮気性の夫を憎んで「もう殺してやりたいっ」と友達同士で酒を飲みながら盛り上がって、そのうちの一人が警察にタレコミをすればもうそれだけで殺人罪として被疑者になるという代物である。提案者側はそんな犯罪は想定していない、というかもしれないが、実際条文案の中には殺人罪も入っている。法律は出来てしまえばひとり歩きする。首相の周辺は、支持率が下がっているのに、今そんな本音を出されたら参議院選挙に影響する、と否定に躍起である。けれどもこの法律が不要だとは決して言わない。日本は今、「夜警国家」の一歩手前だ。誰もが冤罪をこうむる可能性が出てきた。映画は「夜警国家」がテーマではない、けれども万人に関係する映画であることは確かだ。
2007年01月21日
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監督・脚本 安田真奈出演 上野樹里 本上まなみ 沢田研二 中村静香(関西弁で読んでください)べたべたです。なあんも意外なところはあらへん。けど、意外としっかりつくられてます。95%ふて腐れ顔の上野樹里がなかなかです。こんな女(の子)身の回りにもおるから、よけいおもろい。彼女に見せてやりたいわ、ホンマ。量販店出店の中でしぶとく生き残っている地域密着主義の電気屋の親父役をやった沢田研二も、大阪弁のおっチャンそのまま(「大阪物語」の再来)ですわ。父さんのことを理解しようとし家族の調整役を勤めてしっかり者たけど貧血の持病がありはかなげな長女の本上まなみ、声が大きくて元気で少しさびしがり屋の末娘中村静香、近所の主婦の一人一人もみいんな役にぴったんこで、クスクス笑いの絶えない、ええ映画でした。
2007年01月19日
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気がついたら、カウンターが20万を突破していた。メールでの知らせによると、1/16の午前12:08ごろらしい。メールでは誰かを特定していない。私だ、という方がおられたら名乗り出てください。また、三題話とかで「ご奉仕」させてもらいます。もうこのまま、いろんなことに首を突っ込みながら適当に書いていくのが私のスタイルになりそうです。いろんなことに首を突っ込みながら、いろんな人と繋がる事がこのブログの目的になるのかもしれない。まだ「韓国の旅」は完結していないのですが、「私はどんな人間なのか」と、麗水(ウス)の紫山公園の斜面に寝転びながらイ・スンシン将軍が通ったであろう海を眺めていると、「好奇心旺盛で、ひとつのことに集中できないフラフラ人間が自分なのだ」となぜか合点が行ったものです。こんな私ですが、これからもよろしくお願いします。
2007年01月18日
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締め切りぎりぎりですが、いちおうインターネットの投票に参加しておこうと思います。評価についてはすでに書いたベスト20を参照してください。[作品賞投票ルール] ・選出作品は5本以上10本まで ・持ち点合計は30点 ・1作品に投票できる最大は10点まで『 外国映画用投票フォーマット 』【作品賞】(5本以上10本まで) 「スタンドアップ」 3 点 「父親たちの星条旗」 3 点 「硫黄島からの手紙」 3点 「ココシリ」 3 点 「亀も空を飛ぶ」 3 点 「イノセントボイス-12歳の戦場」 3 点 「グエムルー漢江の怪物 」 3 点 「ナイロビの蜂」 3 点 「ミュンヘン」 3点 「白バラの祈り」 3 点【コメント】今回邦画と比べて洋画の水準が高すぎた。甲乙つけがたい。【監督賞】 作品名 [ クリント・イーストウッド] (「 」)【コメント】誰も文句ないでしょう【主演女優賞】 [ シャーリーズ・セロン] (「スタンドアップ」) この内容(以下の投票を含む)をWEBに転載することに同意する。
2007年01月18日
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締め切りぎりぎりですが、いちおうインターネットの投票に参加しておこうと思います。評価についてはすでに書いたベスト20を参照してください。[作品賞投票ルール] ・選出作品は5本以上10本まで ・持ち点合計は30点 ・1作品に投票できる最大は10点まで『 日本映画用投票フォーマット 』【作品賞】(5本以上10本まで) 「かもめ食堂」 9点 「博士の愛した数式」 5点 「フラガール」 3 点 「紙屋悦子の青春」 2点 「花よりなほ」 2点 「デスノート後編」 1点 「虹の女神」 2点 「手紙」 1点 「ゆれる」 5点【監督賞】 作品名 [荻上直子 ] (「 かもめ食堂 」)【主演女優賞】 [ 蒼井優 ] (「ハチミツとクローバー」「虹の女神」「フラガール」)【コメント】 女優の演技を見るだけで満足するという点で、宮崎あおいには負けるが、いい作品に出た。【助演男優賞】 [香川照之 ] (「ゆれる 」)【コメント】演技のみですべての感情を見せるということは出来ることではない。----------------------------------------------------------------- この内容(以下の投票を含む)をWEBに転載することに同意する。--------
2007年01月18日
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新春二日より始めました連歌の試み、15日目の1月16日目で、目標の30句に達しましたので、一応これで打ち止めにしました。みなさん、本当にご協力有難うございました。この連歌を始めた発想や運営規則、そして各人の付け句の説明は「連歌始めます」に書いていますので、そちらをご参照下さい。登り来て広場の隅で初音聴く {aaaaaaaaaaaaaaaaaa} KUMA0504 ウグイスカグラも芽吹きの準備 aa 薔薇豪城 若夫婦新居を探し枝運び {aa} ポンボ 二日に入る雪の初風呂 {AA} 嫌好法師 澄み渡る朝焼け空に手を伸ばす {A} N.カナエ 投函前に彼から電話 {AAAAAAAAA} KUMA0504 汝(な)が声にふとよみがえる紅顔の頃 {A} 華氏451度 クロネコ走れ海辺の町へ {AAAA} abi.abi ラーメンのスープ音立て飲み干して {AA} 嫌好法師 おせち料理はや無くなりぬ {AAa} ポンボ ほろ酔いも一気にさめて眼をみはる {AA} N.カナエ 熱源抱き寒風を行く {AAAA} KUMA0504 友の個展憲法前文大書して {AA} 薔薇豪城 九条は世界の宝 {AAA} ポンボ 冬空を飛行機雲の切り分けて AAAAA まろ0301 故郷恋し蜜林檎かな {AAA} 嫌好法師 批判こそ愛国心よ林檎食む {A} 薔薇豪城 あの歌への想いはいずこ {AAAA} ポンボ 食も心も統制されし時代あり {AAA } 薔薇豪城 心に留めて鍋囲みけり {AAAAA} まろ0301 鋳掛け屋の手には木槌とはんだ鏝(ごて) {AA} 嫌好法師 釦までもが瀬戸物時代 {AAAA} ポンボ 壊れないものは何かと考える {AAAA} N.カナエ 目には見えない わたしの想い {AAAA} abi.abi 今年こそ 入賞目指して 夢舞台 {AAち} とこおとめ 花と見まごう雪の降るなり {AAAA} 嫌好法師 この国は、言われなくとも美しい {AAAAAA} ポンボ 事新しく言わずともよし {AAA} まろ0301 何度でも本気の夢を描いてきた {AAA} N.カナエ人生の夢か夢の人生 {AAAAAAA} ポンボ30句に9人の方が参加していただきました。(惜しくもフライングに回ったhanaaraさん入れると10人)果たしてこの試み、どうだったんでしょう。忌憚の無いご意見を聞かせていただければ、と思います。
2007年01月17日
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「ゆれる」監督 西川美和 出演 オダギリジョー、香川照之、新井浩文 、真木よう子 地元のミニシアター、シネマクレールではこの2週間「ゆれる」のアンコール上映をしている。ちょうどこの映画が上映されている頃、私が韓国旅行の途中だったので、見逃していた。評判だけは聞いていたので、ある程度は事前情報を仕入れたうえでこの映画をみたのがよかったのかもしれない。わりと混乱せずに見ることが出来た。台詞による説明や、わざとらしい演出も無い。みんなの評判からなんとなく、大きく揺れる橋が何回も出てきて、観客にイメージだけを喚起するような難解な映画かと思っていた。ところが、橋は映像の中ではほとんど揺れない。非常に硬質でリアルな映像が続く。うーむ、これを新人といっていいような女性監督が作ったのか。やっぱり映画は実際映画館で見てみないことには分からない。確かに分かりやすい映画ではない。幾つかの事柄は、観客の判断にゆだれられている。ただし、お酒をめぐるエピソードで兄がどこまで知っていたか推し量れるし、腕の蚯蚓腫れによって弟の疑惑がどのように生まれ、昔の八ミリフィルムを見ることでどのように解消されたのかも推し量れる。最終的に兄はバスに乗ったのか、乗らなかったのか。は観客にゆだねられているだろう。私は乗ったと思う。兄はもはや田舎には帰らない。香川照之の演技は素晴らしかった。06年の主演男優賞は彼以外にはありえないだろう。えっ、主演はオダギリジョーなの? うーむ、仕方ない。彼がもしも助演男優賞を取れないような映画賞なら、私はそれを信頼しない。これは見事な心理劇であると同時に、現代日本の片田舎の現実をも見事に切り取っている、それを証言する作品になっている。囲炉裏が残っているような旧家に、葬式には親類縁者が12~3人はすぐに集まるような繋がり。「町はおにいちゃんを温かく迎えてくれるよ」「お前、本気でそう思っているのか‥」と無実を晴らそうと励ます弟に兄は言う。35歳独身。いつ潰れるかわからないようなガソリンスタンドを経営している、気配りの出来るまじめがとり得な、女にもてない、年老いた父親を抱えている、旧家の嫡男。そんな彼に確かに「人殺し疑惑」は決定的な痛手だろう。彼の未来は限りなく暗い。反対にいえば、現代日本の田舎とはそういうところだということだ。
2007年01月15日
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「麦の穂をゆらす風」 監督 : ケン・ローチ 出演 : キリアン・マーフィ 、 ポーリック・デラニー 、 リーアム・カニンガム 、 オーラ・フィッツジェラルド IRA(アイルランド共和軍)の歴史は複雑だ。 アイルランド独立戦争の現代史を評価しようとすると、 袋小路に入り込み出てこれない。ひとつだけわかるのは、アイルランドに独立の大義はある。ということだ。民族独立権は、人類が獲得してきた歴史的な権利であると、私は思う。大英帝国が冒頭に示すような集会禁止条例を盾にした暴行等、数限りない民族独立権への侵害には怒りを覚える。主人公デミアンも結局それらに我慢できずにIRAに身を投じる。しかし、映画は独立の大義を高らかにうたわない。デミアンは「僕は一線を越えたかもしれない」とつぶやく。イギリス軍兵士を初めて殺したときではない。情報を敵に漏らした友を命令のために射殺したときである。大義はどこかで微妙に歪められる。(いや、歪められているかどうかという判断もこの独立戦争に対して私は判断できない。)兄弟は個人の力ではどうしようもないところに自分をおいてしまう。それが歴史の中を生きる、ということなのだろう。同じように兄弟相殺しあう映画としては朝鮮戦争を扱った「ブラザーフッド」があり、圧倒的な暴力描写で私を押し切ってしまった(この年の私のベスト3)。あるいはギリシャの内戦で双子の兄弟が殺しあうことになった「エレニの旅」では、丘の上の会話の神話的な描写がある(この年のマイベスト1)。そして、この作品では、IRAと自由国軍との内戦は非常にリアルスティック、そしてドキュメント的に表現される。ただし、デミアンが兄の最後の説得を冷たい目で見る目にはぞっとさせられる。やりきれないラストだ。2006年12月30日、イラク政府は「われわれは自主的に、正当な手続きを踏み、前イラク大統領フセインを処刑した」と発表した。その直後からシーア派に対する無差別テロが頻発する。そしてイラク政府はアメリカとともに大規模な掃討作戦を決定する。米軍は二万人の増兵を決定する。この作品の中身は明確にそれまでのイラク戦争を反映しているし、映画が完成した後の世界を予言している。この映画の中身は「今まさにそこにある悲劇」だ。「一線を越えたんだ」この言葉の意味は大きい。
2007年01月13日
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1月12日の朝日新聞に「へぇー」ということを書いていたので、忘れないように内容をメモ。「貧乏ゆすりはなぜ起こるか」「貧乏ゆすりは悪いことなのか」貧乏ゆすりをするのは男が圧倒的に多い。(男59%女7%)これはしつけの問題だろうということです。これは個人の癖ではなく、生まれながら持っている原始的な動きである可能性が高いらしい。何かに集中しているときに無意識に出てくるのは脊髄反射の証拠。しかも「貧乏ゆすりはひえの解消につながる」らしい。貧乏ゆすりを3分続けるとふくらはぎの皮膚温度が一度近く上がった。これはウオーキングを20分間したのと同じらしい。これはいいこと聞いた。貧乏ゆすりの実害は、振動が周りの迷惑になることだけだ。後の実害は「目障りだ」というもの。しかし、それは認識を変えることで変化するだろう。これは「人類の本能であって、しかも体にいいんですよ」と認識することで、横でするのを見ても「がんばっているのね」ということにならないだろうか……。
2007年01月13日
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監督・脚本・製作 : ウスマン・センベーヌ 出演 : ファトゥマタ・クリバリ 割礼は、何百年も続いてきたこのアフリカの村の風習だ。しかし、子供は本能でそれを嫌う。四人の子供は逃げてきた。二人の子供は自殺までしてしまう。母親は立ち上がる。最初はひとつの家族から。やがては村のほとんどの女たちが。長老は絶対に認めない。帰って悪い情報を与えるラジオを没収して回る。村には長老の独裁的な権限と、保護を求めてきた子供は無条件に保護されるという民主的なおきてとがある。長老は抵抗している母に鞭を打って従わせようとする。女の夫ならそれが出来る掟のようだ。夫はいやいやながら、けれども村全員が見ている前で容赦なく打つ。けれども女は「保護」を撤回しようとはしなかった。女たちはさらに団結をする。の縮図がここにあるだろう。ここに不当なはいかに廃れていくのか、どのように闘えばいいのか、重要ながある。私は重要な法則を実はこの映画を見る前に見つけていた。哲さんがその「具体例」がこの映画にあるというので、見に行った。重要な法則とはなにか。「男だけの会議で精神論を持ち出すと、なぜかどんどん暗くなっていくが、女だけの会議で精神論を持ち出すと、なぜかどんどん明るくなっていく。」割礼には何の経済的効果もないだろう。あるのは伝統を守るかどうか、ということと得体の知れない価値観の転換への恐怖である。男は具体的な達成目標がないとどんどん暗くなっていく。女は何をするだろうか。夜を徹して話し合う、あるいは寄り添う。そして歌を歌うのである。ひとりが朗々と歌う。周りがリズムをつける。そのとき古い法は廃れていくだろう。教育基本法の闘いの時には、もっと歌う必要があっただろう。護憲の歌はもっともっと必要だろう。
2007年01月12日
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監督 : ジョナサン・デイトン 、 ヴァレリー・ファリス 出演 : グレッグ・ギニア、トニー・コレット、 スティーヴ・カレル よく考えたら、アメリカはもうずーと前から「勝ち組、負け組みキャンペーン」の先進国だ。この映画の中で、お父さんが、「負け組み」「勝ち組」なる言葉を何回も使うのは当たり前。この家族の一人一人は「勝ち組負け組みとは何か」という命題に対して、それぞれの回答を引き出す。自称(たぶん客観的にも)プルースト研究家の妻の弟は言う。「彼はずーと病弱で、職にも就けないニートで、恋人に死に別れた神経質な男で、20年かけてたった一つの小説を書いた者に過ぎない。それがいまや、シェイクスピア以来の大文豪になっている。」(うろ覚えなので、ニュアンスは違うかもしれない)だから負け組みとか決めるのは、自分自身しかないのさ、こういうメッセージはストレートに伝わってきた。気持ちのいい作品。
2007年01月11日
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今日おそらくほとんどの全国紙に、一面を使って不安倍増の笑顔が載っている。「皆さんは何から始めますか。私はウォームビズから始めます。」自民党の広告でもなければ、内閣府の広報でもない。地球温暖化対策推進本部の全国的なキャンペーンの一環である。教育を重視する不安倍増は、飲酒運転や温暖化防止キャンペーン、まずはみんなが反対できない事柄から国民をひとつの方向にまとめて行く戦術のように思うのはうがち過ぎなのだろうか。世耕弘成首相補佐官は25~35歳(ロストジェネレーション)対策で「話が官僚調だとアクセス数はてきめんに落ちる。ビジュアルで身近なテーマには飛びつく。」と特徴を捉えているらしい。。あるいは、「1.政策に共感すれば自民でも共産でもぱっと乗るが、媚を売ると見透かされる。2.経済的にいい思いをしておらず、生活に関心が高い。3.強いリーダーを求める。」とも考えている。そういう見方でこの広告を見ると、おお、計算されているなあ、と思う。ただし、まだ慣れていないのか、その効果は疑問である。例えば社会に自覚的なロストジェネレーションのカナエさんはこのように突っ込みを入れている。「ん? ちょっとまってよ。わたしなら外ではコートも着るけど?? 外も中もこの格好?? それとも、上着がコートでやっぱり室内では寒い格好?(暖房は?) いや、「ウォームビズとはこういう格好です」と言っているのだわ。じゃあ、室内での撮影でもいいじゃない? 外にしたのは・・・マフラーつけたほうが格好いいから?? よくよく見れば、「エコ商品を選んで買っている女性」も寒そうな格好。ブラウスとスーツとスカートとパンプス。タイツや長い靴下もなし。後ろから歩いてくる人たちがコート姿なのを見ると、暖かい日でもなさそうな・・・。なんだか中途半端なウォームビズだなあ・・・。」一生懸命、金かけて計算しているのに、中途半端。たぶん本気で地球温暖化阻止のためにこの広告を使っていないからだろう。一面広告の左上に首相のお言葉を配す。つまりこの広告は「美しい国」キャンペーンの一環なのである。「(略)これからは環境でこそ世界一を目指す時代です。私たちには、昔から伝えられてきた知恵や、目覚しい進歩を遂げた環境技術があります。温暖化対策の最先進国へ。一人ひとりが本気になれば、日本は世界から信頼され、尊敬される美しい国になれると信じています。」チームリーダー内閣総理大臣 安倍晋三言葉をひとつ二つ書き換えれば、見事な美国(アメリカ)の属国日本の姿になる。そこで私は少しだけ言葉を変えて、首相に進言したい。私もこのキャンペーンに乗っかり、エコクイズなるものをして見ました。その中にアメリカは地球全体の熱量の何%を消費しているでしょうか、というのがありました。びっくり!22%です。そこでぜひともこのように書いて欲しい。「温暖化対策の最先進国へ。京都議定書を拒否している米国に批准するように同盟国としての義務として進言します。わたし一人が本気になれば、日本は世界から信頼され、尊敬される美しい国になれると信じています。」チームリーダー内閣総理大臣 安倍晋三安倍さんは何から始めますか。あなたはここからはじめて欲しい。無理だけど。
2007年01月09日
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9日目 9月6日(水)9月の22日間の韓国の旅レポートをまた少しずつ始めます。教育基本法の危機に少し熱くなってこっちのほうがおろそかになりました。前回までのは、左のCategoryの中の「韓国旅行記」をクリックしてください。儒城温泉の大浴場に入るモーテルの浴槽温泉にも浸かったが、やはり大浴場に浸かりたい、とレジェンドホテルに行く。割引が使えて4000wが2800Wに。大浴槽のほかにサウナや寝ござサウナがある。旅の9日目にして命の洗濯をさせてもらった。左写真は私がこの旅でベストの宿と薦めるサムソンモーテル。朝飯は朝から牛のスープ。 大田で日本帝国の植民地教育を見る午後は大田(テジョン)に戻り、駅に行く途中バスを下車して大田教育博物館に寄る。1938年小学校として築造。日帝戦争、朝鮮戦争を経て現在も現役の小学校として残っている貴重な公共建築物。小学校のPTAが使う会議室とともに一階二階の幾つかの部屋を歴史博物館として無料開館していた。入ってすぐの野外には当時の石柱や看板などが展示されている。「皇国臣民誓詞之柱」が横倒しに展示されてあった。中の展示場にも、生徒に書かせたのであろう小さな石に墨で書いた「皇国臣民誓詞之石」があった。 戦前の教科書は歴史も地理も日本のことが中心だ。修身は、朝鮮の民族衣装を着た人の絵が載っていて、まじめに働きなさい、と諭す。その国の教育はその国の中で決めなくてはならない。これが教育の根本である。ところが、この展示を見るとどのように言い訳しても、これは植民地教育そのものだろう。昨日も80歳近いハルモニがバスの中でまごまごしていると日本語で声をかけてくれた。「どこへ行くの?」「○○です。」「それは行かない。」「?(何とかしてこのバスであっているはずだとパフォーマンス。)」車長に行き先を聞いてくれた。「大丈夫。」「ありがとうございます。」というと、そのご婦人はすまして、でも満足そうに「どういたしまして」と日本語で答えて去って言った。韓国では私が日本人だとわかっても、老人はめったに日本語で話しかけてこない。これは台湾とは明確に違うところだ。でもこの古い人たちの頭の中には、今も消えない日本語の世界が住み着いているのだろう、と思う。韓国はキリスト教徒の町教育博物館からバスセンターまで、大田の街を歩く。前々から多いと思っていたが、この一角には驚くほど教会が多い。日本で言うと公民館の数よりははるかに多い。歩いたら分かるのだが、角を曲がると必ず教会のとんがった屋根が見えてくる。韓国映画、特にキムギドクの作品を見ていると、人間の中にある原罪、あるいはあるいはの姿を捉えようとする衝動が日本とは比べ物にならないくらい強く伝わってくる。そういうことのみが韓国の中でキリスト教徒が多い原因にはならないと思うのだが‥‥‥。実はこの日の朝、韓国ケーブルテレビでギドクの「春夏秋冬そして春」を放映していた。最初師匠の行動に分かりにくいものがあったのだが、あの一見悟りきっているように見えていた師匠も実はいまだ人間の業をもてあましていたのだ、と考えるとすべての行動に納得するものがあった。あれはやはり名作である。 ジャージャー麺食べました♪バスセンターに行く途中もバスを待つ間も、昼食をしようとして適当な食堂を探していたのだが、なかなか見つからなかった。何がというと、韓国の国民食といわれるジャージャー麺である。諦めかけて24時間チュクソキンパブのチェーン店に入ってやっと見つけた。チャジャン(名前を間違っていたのかも)2500W。麺が延びきっているところや、量の多さは大衆食らしくて納得。でもこれがなぜ大衆食なのだろう。全然辛くない。黒いソースは特性の黒味噌らしい。さすがに突き出しのキムチとたくあんはまずくて食べれたものでなかった。宿をやっと見つける水原(スオン)総合バスターミナルに午後6時ごろに着く。さて宿探しだ。目当ては「地球の歩き方」の地図でホテルが密集している辺り。市庁の南側辺りである。ところが行ってみると旅館よりワンランク上のモーテルしか建っていない。(この造りだと30000w以上は絶対にするぞ‥‥‥)場所を間違えたことを自覚する。やはりセオリー通り、駅の裏側を探すべきだった。市内バスに乗るコツをマスターした私は水原駅に行き、夜遅くまでしているという観光案内所まで行って地図をゲットする。ついでに旅館の場所も聞いたが、そんなのはないという。しかし、旅の9日目にして役人のそんな言葉を真に受ける素人ではもはやない。駅前のモーテルの看板を目印に行くと、あるわあるわ、旅館(ヨガン)と旅人宿(ヨインスク)の文字。一軒のヨインスクに飛び込みで行くと一泊25000Wという。高いのでやめた。もっと奥の目立たないヨインスクに入ると、部屋は見せてくれないが、15000Wだ。不安はよぎったが、決めた。江陵の宿と比べたら、部屋にトイレとシャワーと扇風機が入っているので、こっちのほうがいい。2日分の下着とシャツの洗濯をすることが出来る。洗剤は日本から持ってきたのがまだ5~6回分ある。クーラーよりも扇風機のほうがありがたい。洗濯物が乾くからである。2800(温泉入浴料)600(歯ブラシ、髭剃り)300(コーヒー)5000(ソムルタン)1300(バス)2500(ジャージャー麺)6600(大田→水原バス代)850(バス代)150(ボールペン)15000(宿泊代)3000(マッククス夕食)
2007年01月08日
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伊藤千尋が朝日の土曜日別刷りの「be」に移ったためか、最近面白い記事が多い。しかも朝日には珍しく著名記事もインターネットで公開している。(保存は三ヶ月)というわけで、今回は先週に続いてこの記事を。「超高齢化社会の衝撃度」表を見ると超高齢化社会がどのようなものかよく分かる。この記事では「根本的な転換が必要」との中見出しで、 巨額の財政赤字がのしかかる中、将来の手厚い介護や医療などは期待できない。手っ取り早いのは、「自己責任」「自助努力」。性急に単純な答えを求めすぎると、政策は「市場原理に任せる」方向に向かいがちだ。若い世代の職業訓練や子育てと一体の問題として、じっくり考え続けるべきだとする専門家は多い。という政府の宣伝に対する批判的な視野をきちんと入れているところだ。 生産はどうか。人口が減少し、高齢化が進むと、労働力は数千万人単位で減る。海外からの移民だけで働き手をまかなうのは困難だ。 政策研究大学院大学の松谷明彦教授(マクロ経済学)は「設備投資や公共事業によって経済を支える従来モデルはもう役に立たない」と、(1)技術開発力の向上(2)計画的な生産規模の縮小(3)薄利多売から利益率重視の経営――の3点を挙げてこう説明する。 技術開発力の向上は、高付加価値製品を生み出し高い利益を上げるのに必要だ。そのため、米国などの企業のようにインドや中国など世界中から優秀な人材を集め、研究・開発にあてる。 労働力が減ると、遊休化する工場が増え、設備投資は縮小する。浮いた分は労働者の賃金に回す。投資が減る社会で経済を支えるには底堅い消費が必要。そのため賃金を上げなくてはならない――。 だが、現実の政策は賃金が上がるような工夫に乏しい。「企業が賃金を抑えるのは、過去の成功から、とにかく設備投資しなければと思い込んでいるため。でもそれはもう通用しない」と松谷教授。 不安倍増内閣は勝ち組負け組みと切り分けて、負け組みを切り捨てればいいと思っているようだが、それをしてしまうと消費力の減少という日本経済の体力をなくしてしまう。大企業のともかく儲けなければならない、という「資本の衝動」にストップをかける政策が「愛する日本を守る」ためにも必要だ、という意見にあと一歩のところで記事は終わっているのが残念なのだが、いい記事だと思う。
2007年01月07日
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昨日の朝日であるが、正月から連載されている「ロストジェネレーション25~35歳」の特集があった。企業の就職採用率が向上するまでの「失われた10年」の世代だそうだ。とく特集面では「政治」「労働」「消費」に分けて分析している。「政治」では、この世代の取り込みが自民、民主とも悩みのタネらしい。小泉劇場にどっと反応したのもこの世代だし、安倍人気の急落をもたらしたのもこの世代である。官邸の動画ニュースでは首相の小学校給食訪問の様子を取り上げる。世耕弘成首相補佐官は「話が官僚調だとアクセス数はてきめんに落ちる。ビジュアルで身近なテーマには飛びつく。若い世代の安倍政権への見方を探るひとつの参考になる。」と目を凝らしているそうだ。世耕はこの世代の特徴をこう言う。1.政策に共感すれば自民でも共産でもぱっと乗るが、媚を売ると見透かされる。2.経済的にいい思いをしておらず、生活に関心が高い。3.強いリーダーを求める。--と見るが「ひとくくりにはつかめない」そうです。この分析はあたっていると思います。世耕さんが手をあぐねているのは、何とかしてこの世代を騙そうとしているからでしょう。「労働」では、現在就職氷河期は過去のものになり、大卒就職率は03年の55.1%から06年の63.7%まで回復しているそうです。(私はまだまだ充分氷河期だと思いますが。それとたぶん相当条件の悪いところに就職しているはず)厳しいのはロスジェネの世代。正社員の道は厳しい。正社員につかないと、今はいいかもしれないが、20年後には生存さえできなくなるかもしれない。そのことに気がつき始めた、あるいは気がつかないといけない世代ではある。
2007年01月07日
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四日の朝日新聞朝刊に、澤地久枝が「憲法60年明るい年にしていくために」と題し投稿している。朝日の社説はほとんどが優等生的で(別の言葉で言えば役立たずで)面白くないのだけど、投稿の中には時々うんうん、とうなずくようなものが在る。澤地久枝の言葉は別に新しいことを言っているわけではない。けれども新年の言葉としてはもっともふさわしい言葉だと思う。最近の世相は「戦争前夜の世相と似ているか」という質問をよく受けるという。「人々が口をつぐみ、世の成り行きをうかがって腰を引く、その点では、まったくよく似た世の中がまたしても姿を現した。」とさ澤地は言う。そして作家は訴える。「国内の民情悪化とその疲弊は避けがたくなった。選挙で議席を失えば、政治家はタダの人。確実に政治は変わる。政治のあまりの悪さ、露骨さに、危機感を持つ市民が全国に生まれた。もうこれ以上の逆コースは認めない。悪法は押し返し、憲法本来の国に戻ろうという市民の意思。悪政はおとなしい市民たちを揺さぶり、無視できない運動を拡大しつつある。希望のタネ、希望の灯は、市民運動によって守られる。」「市民は自衛する。武器なきたたかいだ。考えて思慮を深め、おのれ一人の思いからはじめて、同じ思いの人とつながる発信。負けることのできない、危うい政治の動きになお、希望をもちつづける熱源は、一人ひとりの心、決意にこそかかっている。「憲法を泣かせるな」を、施行60年目にあたる今年の合言葉にしよう。」一人ひとりの心を繋げようと思い、私のところで今連歌を始めているのですが、最後の文章の「熱源」を11句目に使わせてもらいました。「憲法を泣かせるな」文学者の呼びかけに僕らはどう応えるか。
2007年01月04日
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年の始めの連歌一日目ではスムーズな進行とはいえない事態を招いたことをお詫びします。でも皆さん、なかなか個性が出て、面白い歌が集まりつつあるのではないでしょうか。単純に575と77を繋げていく、といいながらフライングの歌はここの記事に集積したいと思います。隣のカテゴリーには「連歌補足」としてエントリーしておきます。この試みが終わるのに何日かかるか分かりませんが、いつでもその記事に飛べることが出来るためです。それからここではコメント欄で掲示板的な役割も持てると思います。進行の文句はここへお書きください。(フライングした記事)雄鶏(一昨年・失礼) hanaaraさん ケッケケッケととさか立てたて(2007.01.02 17:47:12)嫌好法師さんに続けます KUMA0504さん 遅出の年賀の亥鼻尾も九にいつもはメール年賀状だけなんだけど、PC故障でアドレス消えたので今年は特別猪のカットをかきました。hanaaraさん、とっても面白いんだけど、次は575です。出先なのでメールでコメント。(2007.01.02 19:07:35)薔薇豪城さ~ん、575の次は77なんです。発想はうまいこと繋がっているんだけど‥‥‥なかなか難しいものですね。私これから夜までお出かけなので、メールでコメントするかもしれません。Re:管理人さんご苦労さん(01/02) 薔薇豪城さん (この空もアフガンの野につながっているんだなあ・地球はひとつ)冬銀河すべての人のふるさとに(2007.01.03 08:21:36)ごめんなさい、連続2句です ポンボさん 美意識を無理に押しつけ戦争開始美意識を持て若者よと戦に行かす(2007.01.12 09:47:26)そうなんですぅ。でもね、片方だけでは加害者だけになってしまう。加害者は被害者でもあるわけで、となると、などと考えていたらどうにもならなくて、書かないのもと思って書いてしまったのでした。(2007.01.12 19:51:37)ポンボさん、二句連続投句も判断に困るのですが、それよりか、575と続けるところを577と続けています。フライング集行きとさせていただきたいと思います。(私の美意識?)ところで、これ除いて、あと二句で30句終了です。(2007.01.12 13:05:04)‥‥‥ということで、今回のポンポさんの場合は禁止されている連続投句の一種です。しかも、文字数を間違えている。
2007年01月02日
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おはようございます年の始めのためしとて連歌(れんが)なるものを始めます難しいことは分かりません。たんに575と77をこの記事のコメント欄で繋げていくだけだけ。季語は必要ありません。同じ言葉を重ねるのは野暮だけど、前句からインスピレーションを受けた句を重ねる。でも、発想の飛躍した句のほうが面白い。この「つかずはなれず」が面白さではないかと‥‥‥そうやって想いが「繋がる」ことは面白いんじゃないかと、そんな狙いで始めます。素人大歓迎。(私も大素人)誰でも参加できます。句のあとに簡単な説明つきも許す。(無くてもOK)でも長すぎる場合はコメント削除もあり。77と77が重なったりすれば早いほうが優先される。(その場合遅いほうは分かりやすいように削除します)一回投句したら、連続の投句を禁ずる。(当初の構想より緩くしました)迷惑投句は管理人の責任で削除する。最初なので100句は目指さずに30句でとめる。(一週間以上投句がなければ終了とみなす)終わったら編集してひとつの作品としてアップする。左のカテゴリー欄に「連歌」があるので、そこからいつでも飛べます。追記薔薇豪城さんより質問あのう、77を書いたら、同じ人が次の575をやるの?77だけでいいの?私のところでは連続投句のみ禁じます。だからひとつ間が空きさえすれば、次は575をしても77をしても大丈夫。では最初の句を‥‥‥今朝までなんも考えていませんでした。で、裏山に散歩。登り来て広場の隅で初音聴く
2007年01月02日
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昨年劇場で見た映画は、韓国で見た二本を加えて96本でした。その中から、厳選してベスト20を選ぼうと思います。06年の映画興行は、久しぶりに邦画が洋画を追い抜いたらしい。実際ブロガーの中には「今年は邦画の豊作の年だ」という方も何人もいる。事実見るべき作品は何本かはあると思う。しかしそれでもなお、私としては今年の作品群を回顧して言わざるを得ない。今年は近年まれに見る洋高邦低の年だった。特に、アメリカ映画で見るべき作品が多かった。なぜそうなったのか、要因として考えられるのは以下の三点。1.昨年以前の作品で素晴らしいのが今年岡山上映にずれ込んでしまったものが三点もある。そしてなおかつ、本来は来年の公開になるはずか、日本が舞台であるという理由で今年のスピード公開になった作品が二点ある。2.9.11以降顕著になったハリウッドのCG多用忌避傾向が脚本重視に結びつくようになった。3.秋の中間選挙を迎えて、アメリカ国民の間に現在の状況をきちんと批判的に見ようとする芽が出てきた。9.11ショックから5年目にして、やっと洋画はそのショックから立ち直った。その結果が今年の洋画群なのだ。よってベスト20の中にはアメリカ映画が圧倒的に多い。これでも厳選したのである。その一方で邦画はもとより、ヨーロッパ映画とアジア映画の不振は深刻だ。来年を期待したい。そういうわけで、ベストワンはアメリカ映画の中から選ぶ。今回選ぶアメリカ映画はすべて甲乙つけがたい。そういう時は、作品の完成度よりも自分に与えた衝撃度の大きいほうが優先されるだろう。ベスト1.「スタンドアップ」私がセロンのファンだからでは、決して無い。まず最初に一人が立ち上がる。そのことの意味は限りなく大きい。セクハラ裁判の話ではあるが、私はそれのみには受け取らなかった。泣き寝入りをしつつあるすべての労働者よ、独りでも立ち上がろう。そして仲間を信頼しよう。ベスト2は不振のアジア映画の中から選ぶ。しかしこの「ココシリ」だけは別格である。チベットの厳しい自然の中で撮影されたカモシカ密猟集団との死闘。社会性とエンタメ、ドキュメント的な具体性と神話伝説として語られてもおかしくない普遍性、反骨映画なのに中国各賞を受賞したしたたかさが往年のチャン・イーモウを思わせる。期待の新人が登場した。ベスト3は礼儀として日本映画から。「かもめ食堂」日本映画の長所である日常生活の細やかな描写。フィンランドというとっぴな舞台を得て、毎日のおにぎりを握ることや、皿みがきや、身体運動や散歩が、すべて意味のある広がりを持った。ベスト4.「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」二部作。クリント・イーストウッドという頑固親父がついに立ち上がり、イラク戦争に反対する映画を撮った。この鋭さ。懐の深さ。この悲しみ。ベスト5.「亀も空を飛ぶ」イラクのクルド人監督バフコマン・ゴバディの作品を初めて観た。今も続く泥沼のイラク戦争。それなのに今から考えると奇跡のような時期に撮影されたイラク北部を舞台にしたイラク戦争を批判する映画。具体性と普遍性を併せ持った、子供の目を通してみたイラク戦争。ベスト6.「イノセントボイスー12歳の戦場」ほんの20数年前のラテンアメリカの現実。子供たちが直面する厳しい運命。一般家屋の中で内戦の流れ弾が飛び交い、そこで歌われるラテン音楽の叙情。ベスト7.「博士の愛した数式」数式から世界と人生の秘密を探る。素晴らしい原作を見事に換骨奪胎した小泉堯史監督の力量。この映画と能の関係についても話題を読んだ。ベスト8.「グエムルー漢江の怪物」今年の夏、韓国を一周する旅行をしている間、公開してから二ヶ月以上近くたっているのにこの映画がずーと映画館の一番大きい看板を占め、客を集めていた。漢江の怪物とは実はソン・ガンホのことである、というのが私の「説」なのだが、いまだその説は数多ある批評の中では無視されている。いいのだ。その説が、そのように星の数あるブログの中で不気味に存在することが、この映画の批評にふさわしい。ベスト9.「ナイロビの蜂」原色のアフリカの映像と青が基調の西側国連職員の生活との対比、それが中盤に入って国連職員自体がアフリカの現実に入っていく中で変わっていく。そして亡き妻への愛情に気がついていく。社会性と愛情物語を統一させた見事なラスト。(←これも私の説です)ベスト10.「ミュンヘン」ユダヤ人であるスピルバーグの9.11総括。暴力の連鎖に対する明確な批判。この力技は凄い。ベスト11.「白バラの祈り」ナチスに早い段階で抵抗し、殺された学生組織の話。逮捕されるまでのドラマ、取調官との対話劇、処刑に至るまでの緊張した心の動き、見ごたえがあった。ベスト12.「パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト」 CG全開、外国ロケ満載、有名俳優の起用、の前にまずアイディアとセンスありき。大作とはこうでなくちゃ。ベスト13.「武士の一分」藤沢時代劇三部作の最後。これはいまどきの若者風の主人公が、武士の一分に拘っていた自分を克服する、いわば一分を否定するまでの物語である。(←これも私の説)ベスト14.「 Vフォー・ヴェンデッタ」 アメリカと共同歩調を取ったイギリスはこの十数年夜警国家を完成させてきた。そういう現実に対するプロテクト映画をエンターテイメントとして作っているのが凄い。おりしもこの映画がヒットしている頃、日本では共謀罪が強行採決の危機を迎えていた。かろうじて回避されたが、そういう現実が日本にもあると知りながらこの映画を観ると、さらに怖い。ベスト15.「ホテル・ルワンダ」エンタメというと、この映画も社会性とエンタメを見事に融合させていた。インターネット上の上映運動(私も一筆参加)が実を結んだ例としても記憶に残したい。最後の歌は今年の主題歌賞もの。ベスト16.「ニューワールド」文明から原始共同体へ、原始共同体から文明へ。その体験を映像と音楽で雄弁に語る。素晴らしき映像体験。あまり話題にならなかったが注目すべき作品。ベスト17.「スーパーマン・リターンズ」スーパーマンは還ってきた。父(神)の言葉を実践するために。しかし、この「神」はブッシュ大統領の信奉する神ではない。慈愛に満ち、市民の自立を期待する神だ。アメリカの神はやっと自らの役割を思い出した。アメリカ人はこれからも模索しながらヒーローを追い求めるだろう。ベスト18.「クラッシュ」単なる脚本家ではないことを示したポール・ハギス。多人種社会の中で、中盤の事故の「触れ合い」があまりにも素晴らしい。ベスト19.「スピリット」武道精神の見事な映像化。こんなに泣かされるとは思わなかった。ベスト20.「フラガール」見事な役者魂を見せてくれた。ほかに、「グッドナイト&グッドラック」「カポーティ」「トゥモローワールド」「単騎千里を走る。」「トンマッコルへようこそ」「紙屋悦子の青春」「手紙」「デスノート後編」「虹の女神」「空中庭園」などが注目すべき作品として残った。
2007年01月01日
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/~~\ 明けましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします。 毎年元旦は食っちゃ寝、食っちゃ寝で過ごします。去年と違うのは、こうやってすき間時間を使ってメール更新出来ることです。技術の進歩ですね。 去年は午前中に一升瓶を一本終わらせましたが、今年は二合終わらせたのみ。これも進歩か。 明日から連歌(れんが)を始めます。私がやるので、素人大歓迎。575と77を繋げていくのみ。「繋ぐ」ことに意味を見つけます。
2007年01月01日
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