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喫茶店で久し振りに朝日新聞を読んだ。「声」欄に定時制高校教員(44歳)のこんな投稿が載っていた。全文を写す。 授業で原発のことに触れた。「3号機が不調のようだね」と言うと、4年の男子生徒が怒ったようにこう言った。「いっそのこと原発なんて全部爆発しちまえばいいんだ!」 内心ぎょっとしつつ、理由を聞いた。「だってさあ、先生、福島市ってこんなに放射能が高いのに避難区域にならないっていうのおかしいべした(でしょう)。これって、福島とか郡山を避難区域にしたら、新幹線を止めなくちゃなんねえ、高速を止めなくちゃなんねえって、要するに経済が回らなくなるから避難させねえってことだべ。つまり俺たちは経済活動の犠牲になって見殺しにされているってことべした。俺はこんな中途半端な状態は我慢できねえ。だったらもう一回ドカンとなっちまった方がすっきりする」 こういう絶望の声は他の生徒からも聞く。震災でアルバイトを失った2年生は吐き捨てるように言った。「なんで俺ばかりこんな目に遭わなくちゃなんねんだ。どうせなら日本全部が潰れてしまえばいい!」 一教師として応える言葉がない。ぐっと堪えながら耳を澄まし、高校生がこんな絶望感を与える政府に憤りを覚える。定時制高校で本名も出ているので、たぶん今日の高校の電話は鳴りっぱなしだったろうと思う。励ましも多いだろうが、おそらくこんな非難の声も来たのではないか。「きちんと放射線の安全性については教えたのですか」「生徒の不安は分かるが、それを公の新聞に投稿することで不確定な不安を煽ることはいかがなものかと思う」かつてフリーターの赤木某は「希望は戦争」と言った。政治から見放されて生涯這い上がれない可能性の高い若者にとって、希望は戦争のような乱世に入って価値観の逆転が起こるしかない、といったのである。しかし、彼は充分確信犯的にそれを書いたのであって、本気度は少なかっただろうと思う。この高校生は違う。半分以上本気だろう。放射線の安全度って一体どのくらいだというのだろうか。癌になる確率が1/1000になれば安全なのか1/10000になれば安全なのか。そのときまでは未来は一点の曇りもなく開けていたと思っていた若者が、宝くじに当るよりも高い確立で癌になるかもしれないよ、と言われたら、私の場合でもかなり絶望すると思う。昔、ノストラダムスの大予言というのが流行った。中学一年のときだ。映画も見に行ったし、本も読んだ。この予言はかなり眉唾だという声も聞こえてはいたが、私はかなり絶望した。39歳以降の人生はないかもしれない、それならばここで勉強するなんて無駄ではないのか、どこかに行って今から仙人みたいな余生を送ったほうが充実した人生ではないのか、と本気で毎日考えた。幸いにもこの予言は歳をとるにつれてさらに眉唾度が上がって二十歳のころにはゼロになったから良かった。しかし、放射能は違う。この私でさえ、今政府の言っているほうが嘘ではないかという気がしてならない。高校生の彼らの絶望に私も応える声はない。しかも、「つまり俺たちは経済活動の犠牲になって見殺しにされているってことべした」という彼の叫びは全然的外れじゃない。今日の新聞を見てもありありと分かるのだ。今の政府は弱いものの命よりも経済を優先しているのである。消費税を導入しようとしている、(貧しいものほど税負担率が上がる)逆進性があるのが分かっているのにあえて出そうとしている。さらには生活保護の見直しも具体的な姿が書かれていた。「働けるのに生活保護を受けている人がいる」と期限付き制度を導入しようとしている。「最低賃金や年金よりも生活保護水準が高いケースもあることから」見直すという。最賃や年金を上げるわけではない。生活保護を下げるという見直しである。得てして大人よりも若者のほうが政治の本質を突くものだ。これを投稿した先生の勇気を私は応援する。
2011年05月31日
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いま、茨木のり子の評伝「清冽」を読んでいる。全体の感想については読み終わったときに書くとして、今日こんなエピソードを読んだ。茨木のり子が甥夫婦と一緒にボストン交響楽団の演奏会に行ったときである。演奏の前、交響楽団は来日の儀礼ということだったのだろう、「君が代」を演奏した。周りのほとんどの聴衆が起立した中、茨木はじっと座っていた。小声で甥夫婦に言う。「今日私は音楽を聴きに来たのでね。私は立たないけれど、あなたたちは好きにしなさい。」その三年後茨木にこんな詩が生まれている。「鄙ぶりの唄」それぞれの土から陽炎のようにふと匂い立った旋律がある愛されてひとびとに永くうたいつがれてきた民謡があるなぜ国歌などものものしくうたう必要がありましょうおおかたは侵略の血でよごれ腹黒の過去を隠しもちながら口を拭って起立して直立不動でうたわなければならないか聞かなければならないか 私は立たない 座っています演奏なくてはさみしい時は民謡こそがふさわしいさくらさくら草競馬アビニョンの橋でヴォルガの舟唄アリラン峠ブンガワンソロそれぞれの山や河が薫りたち野に風は渡ってゆくでしょうそれならいっしょにハモります ちょいと出ました三角野郎が八木節もいいなやけのやんぱち 鄙ぶりの唄われらのリズムにぴったしで政治の世界では、大阪府議会はどうやら公務員は「起立斉唱しなければ罰則」を議決しそうだ。もう、茨木のように個人の裁量で不起立を選ぶことは難しくなる。こうなれば自らの信条に反して起立斉唱してもしかたない、と言わざるを得なくなった。茨木は「左翼詩人」だと言われているらしい。「おお!じまんじゃないが資本論も読んだことのない者が、左派詩人のなかにいれてもらえるなら、まったくいれてもらいたいものだ」と茨木は笑い飛ばす。そんなことではない。個人を大切にする人。できあいの思想にも、できあいの宗教にも、できあいの学門にも、いかなる権威にも倚りかかるまいとした人。この評伝を読んで、つくづく思ったのは、茨木と詩とがまったくイコールで結ばれるということだ。そういう体験は稀有のことである。これから大阪府の教職員は個人として決断のときを迎える。起立斉唱しても、もちろんいい。ただ、できたら自らの信条をどこかに生徒に伝わるように発して欲しいと私は思う。おお、そうそう、18日の参議院で改憲手続法に基づき改憲原案の審査権限を持つ憲法審査会の規定が採択された。社会党と共産党以外のすべての党は賛成票を投じた。国民の大部分が改憲を望んでいないときに、まさにこっそりと改憲手続きを前に進めるということには、私のこの無力な小さなブログで「NO」といっておく。
2011年05月19日
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昨日のツイッターからgloomynews deepthroat 共同:福島原発の男性作業員死亡 仕事中に体調不良訴え http://ow.ly/4Unxx 「男性にけがなどはなく、原因は不明という」20時間前ついに死者がでた。新聞を読む限りでは、放射能が原因ではないようにも思える(続報がないので詳しいことは分らない)。しかし、過労死だという疑いも晴れない。これが「序の口」でなければいいのだが。と、言うのも以下のような呟きもあるからだ。 nuclearleak nuclearleak 福島原発作業員「ようやく『ホールボディカウンター』(体内の内部被曝量を計測する機器)が復旧しました。でも私たち作業員は、なかなか受けられない。東電や元請けの社員が優先され、順番が回ってこないんです。」 #genpatsu #hidoi http://bit.ly/hkyZeS23時間前下請け、孫請けの労働者たちの労働条件はまだよくわかっていない。東電社員でさえ、雑魚寝をしているという。このピラミッド社会では、彼らの労働条件が心配です。mcym163 町山広美 日本の原子力の父のひとり、中曽根大勲位の昨日づけの発言。もちろん産經新聞。 http://p.tl/PkqC「原発の騒ぎがおさまれば」という一言に、その考えがあらわれている。この期に及んで「原発の騒ぎ」って! 22時間前 私は中曽根の以下の発言の方を重視する。「 昭和29年、ハーバード大のゼミに出席するため訪米した。当時の米国は、アイゼンハワー大統領が「アトム・フォー・ピース」を提唱して、原子力を軍用から平和利用に移行させる動きが出てきた。日本が敗戦から立ち直るのにエネルギー問題は避けられない課題であり、日本で原子力の平和利用を急ぎ進めなければならないと判断した。(略)今回の原発事故は、津波と地震による複合的な災難であり、今までの想定を超えた問題だった。ここで反省すべきは、「想定」を設定していいのかということだ。人智による想定に自然は従わないとの立場から、想定を超えた対策を練り直していく必要がある。新設の原発を海辺に築くのは、もはや難しい。いかに防潮堤を高くしても、津波が乗り越えることはないという保証はないからだ。いかなる津波も届かないという安全な場所に設置するくらいの基準を作らないといけないだろう。ある程度のコストをかけても、安全運転のためにはやむを得ない。」現在の無責任体制の原子力ムラを作った張本人がまるで人事のように語っているこの「平和利用」という言葉、「新設の原発を海辺に築くのは、もはや難しい。」よくもまあ、いけしゃあしゃあと‥‥‥。しかし、原発のことだけを見ていたら、私たちはとんでもない間違いを起こすだろう。久し振りに赤旗ウェブ版を見ると、見過ごせない問題もかかれていた。米有力議員 「嘉手納統合」を提案して沖縄の怒りを買っていることは、他の報道もされているが、これは知らなかった。日本負担小さく見せかけ/ウィキリークスで発覚/米海兵隊のグアム移転費/検証し合意取り下げ迫る/笠井議員が追及そもそも沖縄本土返還のときも、米国が移転費を出していると見せかけて実は日本政府が出しているという資料を社会党に渡したのは、沖縄核密約をすっぱ抜いた毎日の記者だった(最近山崎豊子の「運命の人」第一巻で知った)。それと全く同じようなことを今回もやろうとしていたというわけだ。絶対許せない。米国は出来るだけ日本からむしりとろうとする。日本は米国の言いなりにそれを黙認する。日本国民がその負担を被るという構造である。また主張ではこんなことも書かれていた。社会保障「たたき台」/抑制路線の継続に道理はない 「厚生労働省が社会保障「改革」案を提示しました。 厚労省案は、東日本大震災による甚大な被害まで口実にして、歴代自民党政権が進めてきた社会保障の抑制路線をいっそう強めることを強調しています。医療・介護では「給付の重点化」や「公平な負担」の名で給付の縮小や患者負担増を図り、生活保護では受給基準を「検証」するとして削減の方向を打ち出しています。」という。介護保険の負担を増やして給付を抑制しようとしているのは、既に報道されているが、この大震災を口実にそれを推し進めようというのは許せない。要は弱いものを切り捨てようということだ。良く分らないままに進められては堪らない。また、生活保護の方はもっと深刻だ。私は人づて聞いている「改革案」は、生活保護受給者に「仕事を見つける期限」を設けて、それを達成しないと受給を「打ち切る」という内容である。確かに、受給者の中にはいったん生活保護をもらいだしたら仕事探しはする気をなくすという人もいるかもしれない。しかし、それは役所の机の上から見た景色なのだ。私はこの三年間、幸いにも何人かの受給者を見てきた。彼らの多くは、いろんな要因から吹きだまりに吸い寄せられるようにホームレスになっていった人ばかりだ。あるいはその一歩手前に行った人たちだ。そこに至るまでには、いろんな心の傷を負ってやってきている。社会は一様に彼らに厳しいが、社会が少し優しくすればすぐ仕事を見つけられる人はかえって少ないのである。これは明確に憲法二十五条違反だ。具体的な答申が出たら危険だ。その前にこんな答申は潰さなければいけない。
2011年05月15日
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韓国の旅レポートちょっと小休止。最近集めたツィッター情報から。yoyoshimata 吉俣 洋 【J-CASTニュース】福島第1原発事故は二重の人災だった日本共産党・吉井英勝衆院議員に聞く(上) http://t.co/eVWVmQo4月23日 吉井議員は2007年に、既に国会で津波による福島原発事故の危険性を追求していたのだが、その吉井議員が四月最初の国会で明らかにしたのがこの問題だった。赤旗のウェブ記事もあったのであるが、いまひとつわかり難い。このインタビュー記事で、3月11日から12日にかけて、何が決定的な問題だったのかということが、やっと腹落ちした気になった。今のところ、日本のもっとも大きな事故は3月15日に起きたのではあるが、それを引き起こした最大の原因はこの「空白の10時間」にあったのである。私は別に菅首相が物見遊山で福島にヘリを飛ばそうとかまわないと思っていた。自民党がそんなことを追及するのは菅下ろしのための「為にする議論」だと思っていた。テレビでは「空白の10時間」の意味が全然伝わっていなかったからである。そうではなかった。このときに東電は速やかに危険を官邸に伝えなくてはならなかったし、官邸は東電報告を待つまでもなく海水注入を「命令」しなくてはならなかったのだ。専門家ならば、すぐに気がつくところを「思考停止」していた責任は、これからも絶対に追及しなくてはならない。そして吉井議員の国会追及(共産党は議席が少ないので追求時間がほとんど取れないというジレンマがある)第二段情報がこれである。watawata52 清水渡 日本共産党のHPにありますよ。 http://ht.ly/4KdOy RT @makotokuwata: このニュースはネットで見れますか?探したけど見つかりません。 RT: 日本共産党、吉井英勝議員の質問で福島第一原発の外部電源喪失が津波ではなく地震動によってもたらされた4月30日 びっくりだ。浜岡原発や福井原発は津波対策として、代替電源を高台に置くから大丈夫だと宣伝している。浜岡原発は7月に休止させている原発を再稼動させると堂々と発表する。けれども、津波で止まったというわけではないというのならば、活断層の真上にある浜岡原発が「もしも」のときにどのような目に遭うかは考えただけでも恐ろしい。いや、今や地震活動期に入った日本列島の上に「人類が制御できない火」を福井にしろ、新潟にしろ、愛媛にしろ、置くこと自体、「人類の常識」から遠く離れているのではないか。少し明るい情報もある。kama38 hitomi kamanaka 朗報!!枝廣淳子さんのメルマガでなんと~~「環境省発表の調査で、日本には原発580基分もの自然エネルギーがあること、全量固定買取制度で採算ベースで導入できる分だけでも原発46基分にもなることがわかりました。」4月25日 gpjTweet Greenpeace JP 環境省発表: 風力発電、風が吹くときだけ発電しても、最大1億4000万キロワットの電力を生み出すことが可能で、国内全体の発電量のうち原子力で賄われる量を上回ることが分かった。(23日、NHK)http://j.mp/fHvzrL #enepare4月29日hutenma1 普天間基地撤去を求める高校生の会ツイート NHKニュース:東北電力株主 原発廃止提案へ/画期的かも http://p.tl/rEPk11時間前 iidatetsunari 飯田哲也 tetsu iida@ISEP 朝生と読売TVに連続出演した感想その2。電力の独占の弊害、電力と国や政治との癒着、そして発送電分離などが、地上波で普通に語られるようになりましたね。#genpatsu #fukunp #asamadetv4月30日次第と脱原発の発言数が多くなっているという気がする。飯田哲也氏も同じような感想を述べている。iidatetsunari 飯田哲也 tetsu iida@ISEP 橋下大阪府知事の「エネルギーシフト」と孫正義さんの連携、インパクトが広がりそうだ『「原発の新規建設・延長を停止」橋下知事、代替策検討へ』(朝日2011年4月27日23時22分) http://bit.ly/lck2Kt #genpatsu #fukunp4月28日私は橋下は大嫌いであるが、どのような思惑で言い出したのか慎重に見極めないといけないと思うが、どちらにせよ、彼の脱原発へのシフトは、それでも支持したい。 @kawazoemakoto: 5月7日(土)14:00集合、15:00出発。「原発やめろデモ!!!!!!!」@渋谷 http://ow.ly/4Ihkk 。東京高円寺の「素人の乱」の松本哉さんらが呼びかけた4月10日の1万5千人のデモの第二弾。高円寺を飛び出て渋谷で開催東京方面の方、こんなデモがあります。デモだけでは日本は動かない。でも、デモは参加してみてこそ意義がある。初めてデモに参加した、という声が前回のデモのとき多かった。前回は一万五千人。今回は三万人を越えたならば、私は希望があると思う。
2011年05月01日
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「ミツバチの羽音と地球の回転」鎌仲ひとみ監督この映画の上映と監督のトークがあるということで、日曜の朝岡山市内に出向いた。鎌仲監督の作品を見るのはこれが初めてである。50人ほどの小さな会場に一日3回の上映である。ちょっと嫌な予感がして一回目の上映よりもだいぶ早く行ったのであるが、前売り入場者優先という方針だったため、当日整理券を持っていた私はあぶれてしまった。「夕方5時20分の回ならば入れるかもしれません」といわれたので、夕方三番目の整理券をゲットして私はマックで雑誌「世界」の感想を書きながら7時間待つことにした。これでは入れなかったら、急遽決まった来週の上映会の券を買うかどうか決断しなくてはならない。企画の時には、まさか「フクシマ」が起きるとは予想していなかったのでこういうことになったのである。岡山みたいな地方都市でも、このような映画を見たいと思う人が150人で済むはずがない。この映画は山口県祝島の上関原発反対の闘いとスェーデンの持続可能な経験を映したドキュメンタリーである。3月14-16日に、たまたま祝島を旅した私は何を置いてもこの映画を見たかった。映画では練塀は出てこない。平さんの石垣も出てこない。しかし、私も買った(まだ料理できていない)祝島特産のひじき獲りの映像が出てくる。散歩の途中で見つけた井戸の側の竈はやっぱりひじきを煮るためのものだった。びわ栽培もでてくる。そうやって、島の中で自然の恵みを受けながら完結する農業と漁業を丁寧に映したあとに、クリーンエネルギーへの転換を果たしつつあるスェーデンの経験を取材するのである。そして最後に上関原発の反対運動にカメラは移っていく。2009年、原発工事のためのブイの設置を阻止しようと、海の上で祝島の住民と中国電力の人々がハンドマイクで「対話」する。中国電力幹部の人は「第一次産業だけでやっていけると思っているのですか」と呼びかける。今に至ってこんな呼びかけしか出来ない中電の幹部の「不勉強」には驚かざるを得ない。27年間の、何億という保証金をも蹴って、自らの暮らしのために闘ってきた祝島の人々をなんと思っているのか。「農業と漁業だけでやっていくから、反対しているんだ」間髪いれずに一番若い住民の32歳二子のお父さん孝さんは叫ぶ。不勉強以上に、エリート道を来たに違いないこの幹部の、第一次産業従事者に対する「不遜さ」が見えたときであった。「海は絶対壊れません。絶対安全です」中電の幹部が叫ぶ。これには、孝さんたちの反論がある前に、会場から「笑い」が起きた。「絶対、というから私たちは不安に思うんです。絶対ということはないんです。」孝さんは台風が来たときの事故のことを言う。この「対話」は中電の完全なる負けだった。このあとの通産省との交渉の場面で知るのであるが、27年間反対運動をして、中電の拒否にあって、これが祝島住民と中電との最初の「話し合い」なのだそうだ。これが話し合いだといえるかどうかは別として、中国電力株式会社とはそんな「不遜」な会社なのか。中電の電気を毎月一万円近く買っている私は、出来ることならば不買運動をしたいくらいだ。祝島の戦いは、リーダーの人が言っていた様に「引き伸ばし作戦」である。世論に訴えて情勢が変わることに期待する作戦だった。見通しは暗かったはずだ。3月11日までは。しかし、彼等はほんとうに明るい。おばあちゃんだらけなのに、将来を語っている。まだ予断は許されないけど、上関に原発は来ないだろう。祝島が今のままであって欲しい。そして、少しずつ若い人が増えて、500人が600人と変わっていって欲しい。鎌仲監督の印象は映画監督というよりも、環境運動家というかんじであった。監督トークの終わりに質問が出た。「日本政府はなぜこんなにも原発を推進するのですか」鎌仲さんはこのように答えた。「原発が儲かる仕組みを早々と作ってしまったんです。1954年第五福竜丸の事件が起き、450万人の反核運動が盛り上がりました。このとき、米国と密約を交わしたんです。「原発は核の平和利用といえばいいのだ」このときの中心人物が中曽根です。絶対損はしない原発政策をこのとき作ったのです。核兵器への転用が出来ることとかあったのかもしれません。世論は残念ながら、原発をまだ支持している人が多い。日本人は一旦決めたらなかなか変えない体質を持っています。これは原発だけじゃなくて、日本の政治も会社もそうです。飯田哲也さんなんかは「思考停止の原発ムラ」とか言っています。結局、一人ひとりが気がついた人たちが、声を出す勇気を持たなくてはいけないのです」
2011年04月21日
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朝起きて一番最初にすることは、寝ながらテレビを見ることである。時には夢を見ながら二時間~三時間見る。最近は、春眠の中で気持が暗く暗くなっていく。今朝も、何度も何度も原発事故レベルが7に引き上げられたとニュースが流れていた。安全だ、安全だ、と言いながらいつの間にか最悪の事故レベルまで行き着いてしまった。昔の大本営発表が、こんな感じだったのだろうか。と布団の中で思う。このような日々が、被災地から遠く離れたね親類にも被災民は誰一人いない立場の朝の風景である。最近みたツイッターから。yamamototaro0 山本太郎俳優 原発発言やリツイートはCHECKされ必ず仕事干される、お前がその事に触れられぬ事は皆判ってくれる。二週以上前から母は僕に釘をさし続けた。日雇い労働役者稼業明日から干されてどう生きてく?だからって黙ってテロ国家日本の片棒担げぬ。親不孝許せm(__)m日曜高円寺行くのも許してチョ山本太郎の呟きは「本気」である。四月四日にはこんな呟きもあった。kou_1970 鈴木 耕 朝日新聞(4日付)で、福島県出身の西田敏行さんが「今度だけは怒りを」と語っている。「今度だけは、東京電力や原発を進めてきた政治家たちに怒りの声をあげたい」と。これが真っ当な感覚だろう。他の芸能人たちも、チャリテイや募金活動もいいけれど、せめてこのくらいの発言を…。この西田さんのコメントは私もたまたま読んだけど、「今、心の整理がついていない」と言い訳めいた前書きを書いた上で「今度だけは怒りを」といったのである。それほどまでに原発批判はマスコミ内ではチェックされるのであろう。それがそのまま、仕事が干されることにつながるというのは、果たして政府首脳や経済人の好きな「自由と民主主義」の国のことなのだろうか。恐ろしいのは、西田敏行も山本太郎も「例外」だということだ。kharaguchi 原口 一博 昨晩、TVで共に出演した方から電話がありました。「浜岡原発の停止について議論をした部分やいかにして原発の危険性・原発を減らしていくか話しあった部分など、安全神話だけを強調してきた人たちが嫌う議論は放送から全て抜け落ちていました。」と。編集権は侵せません。だからこそ公正に!民主党の原口議員の呟きである。この番組は月曜のタケシの「TVタックル」のことである。もう東電の破産は決まったようなものなのに、マスコミはこれほどまでに原発批判にはびくびくしているのである。TVだけではない。国民のみんなが感心を持っていることが全然わからないのは、新聞含めてマスコミの取材力が全然及び腰だからではないか。だから自由報道協会の人たちや赤旗記者の質問が、今回非常に注目されるのである。iwakamiyasumi 岩上安身 私の質問に対する菅総理の回答続き。「何らかの問題があれば、稼働を止めなくてはいけないかもしれないが、どこかの炉を止めることは考えていない」。原子力政策の根本的な見直しはなし、浜岡原発のような危険な原発の緊急停止も考えていない、と。つまり、これまでと、何も変わらず、と。「震度6ていど」で不具合が起こっている原発問題が進行中なのに、震源地がどんどん南下しているのに、浜岡原発を止める検討さえしない、菅首相はいったい何処を向いているのか。いくつもいくつもげんなりすることばかりが起こる毎日。せめて、これ以上の惨事が起こらないように、早く東北の復興だけに気持を持っていける日が来るように、願わずにはいられない。
2011年04月12日
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久し振りに朝日新聞を読む。震災や原発の推移は他の情報で足りている。見るのは、社会面の一人ひとりの取材記事である。声は多種多様になった。阪神大震災のときは、その変化についていくのが精一杯だったが、今はそれも予想済みで次の一手が打てている所が「進歩」ではある。いまは、どこまでケアがフォローが出来ているのか、その量と質を気をつけていくべきなのだろう。もう一つ見るのは、社説だ。今日は「岐路に立つ電力文明 持続可能な暮らし求めて(4月4日付)」と書いていた。「原発がこれほどの脆さを露呈した今、依存しない、あるいは依存度を極力小さくした社会を構想すべきではないのか」どうやらそこまでは書いているようだ。読売が原発依存の姿勢を変えていないと聞いていたので少し安心する。「原子力は優等生に見えた」「慢心が生まれた」と主語なしで書いている。直ぐでなくてもいいが、これに主語をつけて欲しい。間違っても、「まちがいは二度と起こしませんから」と最終的に主語なしの宣言などしないでほしい。間違っても過去を反省するとき、国民全体を意味する。「わたしたちは」という主語は入れないで欲しい。新聞の社説は、閣議決定でも、国会答弁でもない。よって、前言を翻すことがしばしばある。今までもそれは許されないことだったのだが、今回ばかりは決して許さない。
2011年04月04日
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石原都知事がこんなことを言い出した。時代錯誤では…慎太郎“花見禁止令” 戦争時の「連帯感は美しい」東京にも桜の季節がやってきた。例年、花見で盛り上がるところだが、石原慎太郎都知事(78)が「待った」をかけた。東日本大震災の被災者、節電への配慮から、今春は自粛すべきというのだ。 「桜が咲いたからといって、一杯飲んで歓談するような状況じゃない」 死者・不明者だけで2万7000人を超えた大震災。29日の会見で石原氏は、太平洋戦争を引き合いに「同胞の痛みを分かち合うことで初めて連帯感ができてくる」「戦争の時はみんな自分を抑え、こらえた。戦には敗れたが、あの時の日本人の連帯感は美しい」と、都民に対し、事実上の“花見禁止令”を通達した。 上野恩賜公園では、すでに「うえの桜まつり」の中止を発表。園内の至るところに宴会の自粛を呼び掛ける看板を設置。恒例のぼんぼりは点灯せず、ごみ置き場や仮設トイレもない。 上野恩賜公園管理所の渡辺裕チーフは「来園者の反応は、『こういう時だからこそ、盛り上がりたかった』という声と、自粛は当然という意見の半々。例年は朝から場所取りで大にぎわいですが、今朝(30日)は1組だけでした」と話す。 上野公園をはじめとする都立公園では、飲食を伴う花見自体は禁止しないが、アルコールが入り、過度に盛り上がっている団体には、ガードマンが自粛協力をお願いするという。千鳥ヶ淵緑道のライトアップや、国立劇場や靖国神社などのお花見イベントも中止が決まっている。‥‥‥会社の同僚同志で話し合って「今回花見はやめようよ」というのはいい。けれども、都知事が言うことじゃない。確かに、節電なんだからと言って、ぼんぼりの点灯はなくしてもいいと思う。けれども、そうでなくても活気がなくなっているといって、危惧が広がっているのに、それを後押ししてどうなるのか。花見ほどエコな娯楽だ。弁当と風呂敷さえあれば、都民がどれだけ元気になれるか。日本人はこれで一年の始まりを自覚し、人生の区切りをつけ、仲間との思い出をつくるんだ。「アルコールが入り、過度に盛り上がっている団体には、ガードマンが自粛協力をお願いするという」都知事が花見禁止を言うと公園ガードマンが「騒ぐな」と言うのだ。けれども、楽しみ方はそれぞれであっていいはずだ。被災者や被災者の家族を励ますために騒いでいるのかもしれない。そうして銘々の大事な花見が出来なくなる。ひいては、最も必要とされている被災地の花見が出来なくなる。花見は庶民のやり方に任せるべきだ。都民よ、お願いだから、この最低の知事を再度選ぶようなことをしないで欲しい。サウジアラビアより大きな都予算を、裁量で大きく動かす権限を持つ、そういう意味では内閣総理大臣よりも権限を持つ主張を誕生させないで欲しい。この大事な時期に、政策論争を一切やらないでやり過ごそうとする、原発推進を言ってはばからない知事を誕生させないで欲しい。
2011年03月31日
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この間印象に残ったことなど幾つか。以前三陸と大槌で震災以後呟きがなくなっているツイッター利用者をフォローしたと書いた。3月14日、祝島に行く電車の中で「ご無事を祈っています」とメッセージも出しておいた。その後何人かは呟きを始めていたのを確認したのであるが、今日もう一度良くみたら、八人中五人が呟きを再開してた。 kazu007さんからは返事も来た。三陸の人です。@KUMA0504 お見舞いありがとうございます。まちは壊滅的な被害を受けましたが、家族全員無事です。こちらでは、家族を亡くした人たちも復興のために毎日、必死に頑張っています。@KUMA0504 ありがとうございます。私は大船渡に拠点を置く地域紙の記者をしていますが、被災者に少しでも多くの必要な情報を届けられるよう、がんばります。 釜石のhappykamaishiさんは釜石のぞみ病院上の駐車場から怖くて動けないでいます。停電してるみたいです。下の様子が全くわかりません。消防車と救急車の音のみ… 3:18 PM Mar 11th twitbeamという呟き以降途切れていたので、この後津波が襲ったのではないかと心配していたが、15日に呟きを再開してた。タウン情報誌の編集者で今は精力的に動き回っているようだ。YukichiMさんは大船渡の漁師だ。自己紹介には「ウニやアワビをとったり、魚を釣って売ったり、釣り船を営業したり、ホタテの養殖漁家に雇われたりしながら赤字人生を送っている三陸の新米漁師。」とある。震災直後にはもしかして、終わったかな?あはははは 3:08 PM Mar 11th 船逝きました 3:17 PM Mar 11thひでえ http://twitpic.com/48dhlx 3:19 PM Mar 11th おしまいです 3:25 PM Mar 11thとまあ地獄を見ていたわけですが、やがて、ゆきちもう死んだだろうな、って思ってた人、手を挙げな。なんとか生きてたぞ。船も家もなくしたけどな。 4:51 PM Mar 16th みんなありがとう。がんばって絶対復活するからね! 5:07 PM Mar 16th と、呟くまで至る。最近は携帯が完全復活したらしく、瓦礫を片付けながらこう呟いています。@satoko 間違いなく今までで一番死に近かったです。残ったからには負けません。何年かかってもまたここで漁師をやります。いつか俺がとったものを食べてくれたらうれしいです 私のフォローしたのはたった八人ですが、いまも呟きない人ももしかしたら携帯PCが無くなっただけかもしれないし、通信始めたときにメッセージが入っていたほうが嬉しいに違いない。それに第一、たまたま見つけた彼らの動向を知るだけで私も励まされます。他にツイッター情報で印象に残ったこと。yuuny1 宮城県のスーパーにて。壊れたDSを持って泣いてた子供がいたそうなんだけど、母親との会話を聞くとDSはサンタさんにもらったものらしい。中学生くらいの男の子が近づいていって、「サンタさんに頼まれた」って言って壊れたDSと自分のを交換したそう。今、悲観なことばかりだけど、希望を感じる。 10:05 AM Mar 17th webから golgiasu『世界』1月号。マイケル・シュナイダー「原子力のたそがれ」。世界的に見れば、明らかに原発は斜陽産業だという。建設コストは10年で2倍となり、技術投資と効率化が反比例している。事故が頻発し、返ってCO2排出量まで引き上げている。今では世界の電力の2%に過ぎず。今後も減り続けていく。 1:25 PM Mar 20th webから sudamitsuteru 東京・墨田区の公共施設の節電に伴って施設で夜間働く東部労組匠工房支部の組合員2人が解雇された。組合はただちに撤回を要求。施設管理会社は先ほど継続雇用を組合に約束した。大震災関連で労働者への不当な仕打ちが相次ぐ中、団結の力ではね返した好例。「震災切り」にあった労働者は2人に続こう! 7:25 PM Mar 23rd TwitBirdから 「震災切り」は確実に起きていると思う。要注意だ。@hatumins 石原都知事 24日選挙出陣式で、再度「地震は天の声」と発言。「高校卒業者の徴兵制」の必要を訴える。?都民の皆さんこんなバカな現職 石原には、絶対に投票は辞めましょう。自分の大事な子供が戦争に行かされてしまいます。 約17時間前 Twitter for Androidから 震災のどさくさにまぎれてこのまま行けば、最悪の石原都知事が出現する。東京都のみなさん、目覚めて!!一昨日地元のスーパーではミネラルウォーターが見事に棚から消えていた。この岡山の田舎で!!!確かに熊野古道水2リットル88円は安いけど。少しは思考して欲しい。情けない。
2011年03月26日
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心配で夜の四時ごろまで起きていたのだが、朝七時のニュースを見たら、もう見るも無残でどうしようもない。人がまだ助けを求めているのならば、大変だから助けないとと思うし、県立病院の20名の緊急を要する人は早く搬送してほしいと思うけれども、まるっきり人気のない家がなぎ倒された平野を見ると、いくら自然のすることとはいえ、何てことをしてくれたのだと思う。岡山はびくとも何もなかった。私は四時過ぎに映画が撥ねて携帯ヤフーのニュースを何気なく見ると、「津波10m」と書いているではないか。超低空飛行の一報を聞いたときも「家屋全壊」という言葉に「なんですか、これ?」と言ってしまったけど、今回も「なんですか、これ?」だった。TVにたどり着くまでの四時間の間にツィッターをずっと見ていて、私がフォローしているひと達の呟きが例外なくすべて地震情報、安否、避難所、交通、政府、原発情報になっていて、日本もこういうときには一致団結して危機に対処しようとしている気がして嬉しかった。けれども、人気のない爪あとを見ると、それさえもむなしくなる。被害に遭われた方、お見舞い申しあげます。安否がわかっていない方は一刻も早く消息が分ることを願っています。
2011年03月12日
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昨日のNHKスペシャルは「ネットが革命を起こした~アラブ・若者たちの攻防」だった。今回の中東のネット革命の内実と経過を良くまとめていた。デモを提起した青年に密着取材し、その素顔を明らかにし、ネットでの呼びかけの仕組み、攻防、その後の心境までも扱っていた。2月11日から一週間と少しで、ここまでの番組を作るNHKの底力をまず凄いと思う。少し内容を紹介したい。そして、今日の深夜零時から再放送があるので、興味を持った方は見てほしい。事の起こりはチェニジアのネット革命。屋台の青年が抗議の焼身自殺をしたことで、役場に抗議に押し寄せている映像をアリブさんがフェイスブックに動画を投稿した事から始まる。それを見たリーナさんが、フェイスブックに転送。ただし彼女は一万人の「友だち」がいた。そしてたった一ヶ月でチェニジアの独裁政権は倒された。政権倒壊一日後にエジプトでデモの呼びかけがフェイスブックでなされる。何故、フェイスブックなのか。政権はもちろん、インターネットの監視をしていた。しかし、これはいったん暗号化されて特定の人にしか情報はいきわたらない。監視が難しいのである。デモを企画したのは「4月6日運動」の青年タレクさんたち。「1月25日に集まれ」当初500人を想定していたという集会は数万人規模から始まる。エジプト内務省はネット対策を始める。ネットスパイを送り込んで、集会を呼びかける人たちのパスワードを盗み、利用者に成りすまし、かく乱させる方法である。しかし、青年たちは消されたら新たに登録しなおすという反撃に出る。元内務省の役人は「ムバラクはネットを過小評価していた。本当はネット対策には300万人が必要だったのだ」と証言する。ムバラクは1月27日にインターネットを遮断する。しかし、そのときには既にデモのことは多くの国民に知れ渡っていて、効果がなかった。そして「ムスリム同胞団」が参加。数万人のデモから、数十万人のデモに質的変化が起きていた。さらには、インターネット遮断にはグーグルが抗議、エジプト内のプロバイダーを通さなくても電話回線でインターネットが出来るようにした。さらには謎のハッカー集団「アノニマス」がサイバー攻撃をムバラク政権に世界中からかけてきた。彼らはインターネットの自由を主張、じゃまをする国は政権内部まで入って秘密を暴露する、と脅した。世界からの批判も集まるようになる。そして遮断五日後にインターネットは再開する。2月1日、ムバラクは9月に退陣する、と表明。デモの収束論が出現する。「これ以上、市民生活を乱すべきではない」。タレクさんたちの危機意識は高まる。2月3日、タレクさんたちが警察に拘束された。3日後に人権団体の力で釈放、同時に300人以上が拘束されたと知れ渡る。「洪水のように独裁者をつぶせ」即時退陣のデモの勢いが増す。この頃、フェイスブックのエジプトの利用者は500万人を越えていた。軍が声明を出す。「デモを規制するようなことはしない」そして、2月11日、ムバラクは退陣を表明した。NHKはしかし、終わりをこのように結んでいる。新しい「混乱」が始まっている。賃上げのデモ、政治勢力の駆け引き。タレクさんの「若者グループで過激な団体が増えて心配している」という声、観光を再開できないチェニジアではリーナさんの「こんなにもみんな過激なことをいっていたら、収束が衝かなくなってしまうわ」という声。そして、全中東に広がり始めたネット革命を紹介し、「石油の九割を中東に依存している日本でも無関係ではいられない」という。そのことは、確かにその通りだと思う。しかし、「混乱」という言葉で、ありうるべき姿を指し示すことができないNHKに私は限界を感じる。賃上げのデモは私は「混乱」ではないと思う。これを解決することが、エジプトの新しい民主主義の試金石だろう、と私は思うのである。
2011年02月21日
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2月11日(金)、12日(土)とNHKが「無縁社会」を特集に取り上げた。インターネットカフェ難民、ワーキングブアと、常に社会のひずみから出てきた少し新しい現象をテレビらしく、わかりやすい名称で社会に定着させてきたNスペスタッフの新しい着目点は「20代から50代、本来つながりのある、働き盛りの世代に無縁社会が広がっている」ということの告発だった。NHKが自由に電話で思いを告白できる回線を開いたところ、14000件もの声があり、老人からの声が来るとばっかり思っていたら、意外にも若者の声が多く、この特集を作ったらしい。「孤独で耐え切れなくて、心が折れそうです」「まるで心の中は無人島に暮らしているに等しいです。私が死んでも、誰が気づいてくれるのでしょうか」(51歳男)「苦しい夜は電話をかけます。繋がらなくても、呼び出し音だけでも繋がっているような気がしています」(27歳女)なぜそうのようなったのか。どうしたらいいのか。ということは、12日の討論番組で扱っていた。小さなことでは異論もあるのだが、全体的に貧困の広がり、介護のリスク、社会的な孤立を原因に挙げていて、私は賛成する。49歳独身。団地でひとり暮らし。遺言的な伝言を入れていた男性だ。死ぬ前に連絡が取れる。彼はバブル崩壊で失業、派遣で20年生活、親族が誰独りいなくなる、身体を壊して仕事ができなくなった、そして同じ団地で50歳女性が死んで10日たって死んでいることが判った「孤独死」に出会う。そんなことは避けたいと言う想いが伝言を入れた理由だった。しかし、その後彼は人と繋がろうとする。彼の中にはまだ、生きようとする「力」が残っていたようだ。和歌山、三段壁、自殺の名所でそのような人を防ぎ、一時的に暮らすことをしている教会の団体が紹介されていた。その団体である日、男性が保護される。11日間山の中を歩き、死に切れなくて連絡してきたそうだ。彼は一ヵ月後はかすかな笑顔を見せるまでになるのであるが、私が気がついたのは保護直後のモザイクがかかっていて表情はよく見えないけれども顔全体の「生気のなさ」である。顔全体の雰囲気が「表情がない」のである。この写真は、駅前のマクドナルドの窓からとったある写真だ。この人はどんな人でどういう事情なのか、まったく良く分からないけれども、駅前広場をあてもなくずーとウロウロしていた。彼の全体の雰囲気が、テレビの彼に重なる。「いつもはこんなはずじゃない。ずっと奇跡みたいなものを期待して生きてきた」とTVの彼は言っていた。「生気」とはなんだろう。団体の中で、彼には無理のない役割が与えられる。そういう中で少しずつ表情が戻っていく。人は、繋がり中で、自分の役割を感じてはじめて生きていける。「必要とされていない、って考えすぎじゃない?自分なりのやり方をしていればいいし、第一考え方が受身です」という、まるきり想像力をもたない奥谷礼子(派遣会社アール社長)という人も12日の討議に加わっていたが、番組全体的にはいい問題提起だったと思う。奥谷さんに対しては、「一度、八方塞になってみなさい。(客観的に道があっても)道が見つからない苦しさを味わって見なさい」と一言言いたい。ともかく、他人事じゃない。
2011年02月20日
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蓮池薫氏の講演が1月23日、岡山韓国商工会議所の主催で行われました。「韓半島と私」と題し、北朝鮮に拉致された24年間と日本に帰ってきたときの経過、今後の抱負などを語りました。出来るだけメモで再現します。中央大学の学生だった蓮池さんは20歳。ノンポリでした。1978年7月31日、恋人(現在妻)と一緒にたまたま思いつきで海岸を散歩していたときに、拉致されます。だから、北は拉致する網を張っていて偶然彼らがその中に飛び込んだということになります。ボートに乗せられ、ピョンヤンへ。以後、「招待場」を10箇所以上転々としたといいます。拉致の目的は当初の目的は「対日工作員の育成のため」だったろうと蓮池さんは言います。思想教育が段階的に行われます。しかし、一年数ヶ月たったある日、その方針が変わります。レバノン女性拉致事件化が起きて、北朝鮮の拉致の一端が明らかになってまったことが原因だろうと、蓮池さんは分析しています。その後、日本に置いたと聞かされていた恋人と「結婚するか?」と突然言われるのです。ずっと一人だった蓮池さんは「ハイ」と即答します。ともかくも、蓮池さんらを「表ざたにしないように静かに暮らさせる」という方向に方針がおおきく舵を変えたのです。2000年に入って蓮池さんたちの存在は、「日朝交渉のカード」となります。その間、彼等は北朝鮮内にあっては恵まれた生活をしていました。一日米700g、肉一ヶ月1-2キロ、野菜、下着等の配給、月15-20ドルもらえることもあった。外貨店に行って、日本製は高いので、中国製品を買っていたという。これは全国民がするのであるが、思想教育は土曜日。3時間ほど。月曜日は生活総括。自分の生活で悪いところを書き出して自己批判しなければならない。無理やり自己批判したらしい。蓮池夫婦は二人の子供に恵まれた。彼等は途中で「日本には帰れない」と腹をくくったらしい。総ては子供のためである。子供が将来生きていけるために、在日朝鮮人だったが、北朝鮮にやってきたと身分偽装をしたらしい。日本の帰る前の二ヶ月、初めて自由にピョンヤン市内を歩いていいと言われる。日本へ帰れる期間は二週間のみ。子供へは、国内旅行に行くと嘘をついた。日本へ帰るときの北朝鮮当局の指示はひとつのみ。「ピョンヤンへ帰ること」しかし、期限の二週間の終わる前夜、蓮池さんは日本へとどまることを決意する。北朝鮮当局と二週間の間、完全にひき離された。この立場で北に帰れば、もう私たち親子はずっと疑われたままだ。私たちの未来は無い。それにわれわれの存在が朝鮮外交のカードになっている以上、子供たちを日本へ返してもらえる可能性は高い。蓮池さんは決意を夫人に伝える。夫人は半狂乱になる。蓮池さんも冷静な決断ではなく、パニックの中の決断だったと言っていた。結果、蓮池さんの見通しは、正しかった。子供たちは日本にやってきた。思ったよりも、彼らの頭の切り替えは早かったという。これからはどうして行くか。四つの抱負を語りました。一つは拉致問題。残りの人々が帰ってくるためには話し合いしかない。この問題については講演の終わった後の質疑応答で突っ込んだ質問が出た。「拉致被害者の会の人々は政府と一緒になって北に圧力を掛けている。それだと北は返って態度を硬化させるだけだ。私たちにできることは何か?」蓮池さんは言います。「被害者の家族は思いが鬱積しているのでバランスの取れた発言をするのは無理があると思う。大事なのは、交渉をするのは、日本政府であるということです。日本政府が現実的で冷静な方針をきちんと作る必要があります。日本政府が強行発言にのっかかってやると、譲歩は引き出せません」非常に冷静な現実的な見解でした。一つは歴史問題。韓国にはこの間三回行きました。西大門刑務所博物館に行ったとき、幼児教育なども盛んなのですが、おわりのところに彼らの感想文がはってあった。そこには反日感情をいうものはほとんどなかった。それよりも「愛国者ありがとう」「あなたたちのおかげで今の私たちがある」という感想がほとんどでした。二度とこういうことをおこさないようにしよう。それで若い人たちと一致できる。いつまでも「日本人謝れ」じゃない。繰り返さないために何ができるか建設的な議論をしていかなければならない。この博物館には私も行ったのですが、蝋人形の悲惨な場面だけを見て、語学力もないので当然そのような感想文は知りませんでした。同じものを見ても見えるものは違います。一つは南北の緊張。戦争記念館に行った。入り口に戦死者の名前がずらっと載っています。びっくりしたのは朝鮮戦争が終わっても、戦死者の名前は続いているのです。「戦争は終わっていない」このままの状態が続いていっていいはずがない。……このようなことも私の見学時には目に入ってこなかった。一つは北朝鮮の庶民たちはみんな素朴で心優しい人ばかりだということ。沢山の親切を受けた。そのことを忘れてはいけない。これは大切な視点です。蓮池さんはこれらの視点を持ちながら、日韓文化の交流のために翻訳などを通じてできることをしています。さて、私たちにできることは何なのか、と考えました。
2011年02月09日
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中東ツィッター革命が進行している。けれども、この革命が「どこまで行くのか」今のところはとても不透明だといわざるを得ない。私はこの推移を注目している。なぜか。二点ある。ひとつは、中東は石油の生産地であり、中継地であり、而して世界経済の出発点である。推移の次第では世界史が大きく舵を切るのだ。ひとつは、未だに反ムバラク政権の中心団体がハッキリしていない。そもそも、反対組織が組織される以前に火が燃え上がってしまったのが、今回の「革命」だったのではないか。世界史はそういう革命は潰されてきたことを教えている。しかし、今回は大きく広がってムバラクを大きく追い詰めている。アメリカもまだ手を打てていない。これこそが情報革命の成果だともいえる。あまりにも早く広く反対の民衆が立ち上がった。それを全世界が注目するとという事態が生まれた。これは昔の革命青年が夢見た事態だ。70年当時、小田実がいっていた状況である。「果たして組織されない革命」というのはありえるのか。これはひとつの哲学的テーゼだと思う。不謹慎だが、とっても面白い。私が推移を見守るときに気をつけているのは一点のみ。できるだけ、米国のフィルターを通らない情報を探すということ(←それだけでOKかどうかは自信がない)。その意味ではこの「エジプトの若者からのメッセージ」という投稿は第一次情報ではある。また、日本の新聞の中で赤旗はカイロ特派員がいて、なおかつアメリカの息がかかっていないという点では重要である。また、エジプト出身のタレントふぃふぃという人もブログで発言を始めました。以下長いけれども、字数制限の許す限り、コピーしてみる。「エジプトの若者からのメッセージ」◎エジプトにてベルリンの壁崩壊の再現なるかニュースでご覧の通り、エジプトで現在、政治の正常化を求める市民の気運が大きく高まっています。ベルリンの壁が崩壊した時に似て、現在、私たちは草の根からの革命を目撃しているのかも知れません。エジプトでは、約30年前、時の大統領のサーダートが殺され、非常事態が宣言され、当時、副大統領だったムバーラクが大統領になりました。以来今日まで、非常事態宣言は解除されていません。つまり、非常事態が 30年継続していて、その中で、大統領が自分に都合のいいように法を作り変えている状態が続いています。エジプトは、アラブの大義を裏切って、イスラエルと単独和平を結んだ結果、アラブ連盟から追放されましたが、そんなエジプト、つまりはムバーラク大統領の独裁制を、アメリカが全面的に援助してきました。そして、それに反対するエジプト人民の声や運動はずっと抑圧、弾圧されてきています。本速報では「エジプトの一青年」と名乗る匿名の人物によるブログへの寄稿を邦訳して紹介します。これは、ブログサイトとして英語圏で最大手の一つ、blogspot.com に 2011年1月27日に投稿されたものです。同筆者からの投稿は、これ限り、すなわちこの文章を投稿するためにブログのアカウントを取得して発表したものと見受けられます。そういう意味では、この投稿者が本当に現地人かどうかを確認する術はありません。1/27頃以降、エジプトからのインターネット接続が政府によって禁止された現状ではなおさらのことです。一方、エジプトでの反政府的な言動への弾圧の歴史を考えると、一市民が実名でこのような文章を発表するには決死の覚悟が必要なことは自明ですから、現実問題として匿名投稿になるのはむしろ当然、ある意味で真実味がある、とも言えます。このブログ投稿は、世界に静かに広がっているようです。投稿の内容が真に迫っていて、かつ簡潔ながらよく練られた文章になっています。私ども TUP(有志)の心を打つものがありました。実際、文章で触れられている基本的な事実関係のうち確認できる部分は TUP有志で確認して、問題ないことを確かめました。無論、現地からの声である以上、確認できない部分が多いことはいたしかたありませんし、だからこそ価値があるとも言えます。以下、同ブログ投稿を邦訳して、皆さんと共有します。エジプト市民に近く自由と平安とが訪れることを強く願います。〔前書: 坂野正明/TUP管理人、邦訳: 山崎久隆/TUP、TUP有志〕 2011年1月27日 木曜日 世界への手紙みなさん、今日、私は皆様に、エジプトで本当はいったい何が起きているかを知らせたくて手紙を書いています。1月25日に火が付いたデモは、自分にふさわしい人生を送る権利を求める国内の青年たちによって組織されました。大統領を含む政府はそれを否定し、ムスリム同胞団のような反政府組織が行った行為だと主張しています。でも、いいですか、これはどこかの対立党派の行動ではありません。社会全体の行動です。理由は以下の通りです。 ホスニー・ムバーラク(今年83歳)は 1981年からエジプト大統領でした。それがいったいどのようなものか、私たちの身になって想像してみてください。ムバーラクは私と私の友人誰もが生まれる何年も前から大統領でした。私が小学生のときも、中学・高校のときも、大学生のときも、結婚したときも息子が生まれたときも、ムバーラクはずっと大統領でした。単にムバーラクだけが「私の人生まるごと」と同じあいだ大統領だっただけではなく、取り巻き連中までみなそうだったのです。アフマド・ファトヒー・スルール(今年79歳)は 1986年から大臣で、1990年からの 21年間ずっと議会の指導者[人民議会(下院)議長]でした。サフワト・エル=シャリーフ[現上院議長]は 1980年代から、他の者たちもみな、私たちが生まれる前から政府の中枢にいて、いまでもその地位にとどまったままです。 国の状態はどこもかしこも、ほとんどの人にとって悪化の一途をたどっていました。教育、報道、経済などすべてが間違った方向に向かっており、私たちが生まれたとき以来ずっとそうでした。一般のエジプト人がどんな生活をしているかにかかわらず、政府は独占企業がもっと利益を上げられるように「改革」してきました。それと同時に、1981年からずっと「非常事態宣言」が機能していて、必要と見なされれば誰でも、国家安全保障上の理由により裁判抜きで身柄を拘束することが認められてきたのです。さらに、選挙では不正が行われ、そのうえで、なお真実の声を発表するどのような表現形式を認めることさえ拒否しています。大学の学生組合の選挙にまで不正が行われ、骨の髄まで堕落しきっています! ありとあらゆる分野の指導者たち、知事、大学長、工場長さえもが現役か退役した将軍です。社会のあらゆるレベルでの腐敗はいうまでもありません。失業率は、特に若者の間であまりに高く、また貧困が蔓延して国民の半分以上が貧困ライン以下で暮らしています。ほかにもまだ、ここに書き切れないたくさんのことがあります。 けれど、いまこそチェンジの時です! 私たちは今までずっと警察や治安当局を恐れていました。裁判なしで私たちを拘禁し、拷問しても殺しても問題にならないことを知っていたからです。でも、もうたくさんだ! 私たちは待って、待って、いつかは正されると30年間むなしく待ちました。この前の議会選挙では、かつてない規模の不正が行われ、ムバーラクにさらに一期――あと 6年間か、あるいはかれが死ぬまで――大統領の任期を与えるお膳立てがされました。私たちは可能な限り平和的な手段をとろうとしましたが、自由声明に署名することさえ追放の理由とされ、追及されました。私たちに選択の余地はなかった。より良く生きること、子どもたちのためにより良い人生を用意することは、私たちの権利です。 だまされてはいけません。人々を動かしているのはどこかの野党やイスラーム主義者ではありません。社会全体が、なかでも特に私たち若者が動いているのです。私たちは平和的にデモをしていますが、政府はごろつきや悪党を雇って抗議者のあいだに潜入させ、問題を引き起こさせて、それをわたしたちのせいにしようとしています。政府は容赦なく私たちを叩き、ネットやメディアを検閲し、ほんものの銃弾やゴム弾、催涙ガスで攻撃し、何百という抗議者を拘禁したり多くの人たちを殺傷しています。これは本物の戦いで、しかしほとんど一方的な戦いです。私たちは警官が同胞であることを知っています。ただ「命令に従っているだけ」です。私たちはできる限り、どんな場合においても警官たちを傷つけるのを避けています。 親愛なるアメリカの仲間のみなさん あなたがたの政府は30年にわたり、ムバーラク大統領に最大の支援を提供してきました。武器と催涙ガスで国家安全保障体制を支えています。米政府は、私たちの国に毎年 16億ドルに及ぶ資金を与えていて、それは腐敗したエジプト政府の中で主にさまざまな形の賄賂として使われています。あなたがたの「民主的な」祖国はイスラーム主義者を恐れるあまり、我々の政府を支援しています。いいですか、怖いものなどないんです。イスラーム主義者についてのあなたがたの見解は事実に反し、間違いだらけですが、その話はまた後日。私たちのリーダーを選ぶことは私たち自身の権利であるという一点において、あなたがたの支援を望みます。私たちを支援し、上院議員や下院議員にエジプト政府を支援するのをやめるように言ってください。私たちを支援し、自由はパンよりも重要である と世界に伝えてください。私たちを支援し、30年続いている政府を追放するのを手伝ってください。もしもあなたの孫たちが、いまと同じ支配者を目撃するとしたら、あなたがどのように感じるかをぜひ想像してください! 親愛なるヨーロッパの仲間の皆さん あなたがたのリーダーはエジプトの状況を気にかけています。ムバーラクが腐敗していることを知っていて、それゆえに心配しています。わたしたちがひどい圧政の下にいることを知っていて、その状態が続くことを望んでいます。あなたがたのリーダーは、ローマ時代から、英国による最後の植民地支配が終わるまでずっと、エジプトを監視していました。けれども、自分たちの国を治め、自由がどれほど貴重であるかを自分たちの子どもに教えるのは、私たちの権利です。リーダーと政府を選ぶことは私たちの権利です。そして私たちを支持するのは、あなたがたの人道的責務です。あなたの国のリーダーに対して、私たちを支援すると言ってください。エジプト大使館に行って、あなたの支持を示してください。私たちの大義について人々に話し、そして、私たちが、自分たちの権利、生まれてこのかたずっと抑圧されてきた自分たちの権利を手に入れようとしているだけであることを知らせてください! 親愛なる世界の皆さんへ、 これは、あなたが本当は何者であるかを試される瞬間です。あなた自身の真実の瞬間です。あなたの良心はまだ生きていますか。あるいは、あなたは人間性よりも利害関係を重んじますか? あなた自身の尊厳を証明し、私たちが人間性の回復を要求することを手伝ってくれるでしょうか。それとも、戦車が我々を轢(ひ)くのを、脇に立ってただ見ているだけでしょうか? それはあなたが決めることですが、覚えておいてください。それはあなたが一生抱えていくことになる何かであり、いつかあなたはこの件で子供たちと正面から向き合わなければならないかもしれません。 お声が聞こえるのを楽しみにしています。エジプトの一青年よりエジプトは どうなっている/退陣迫る「民衆の怒り」(赤旗2/4)フィフィ オフィシャルブログ「All about FIFI」
2011年02月05日
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図書館による途中、宗忠神社が賑やかしくしていたので寄ってみました。宗忠神社は黒住教の神社で、岡山に本殿があるせいかとっても地元に根付いています。そうか、今日は節分でした。二時からの豆まき(?)に備えてか、12時過ぎなのに、備中神楽が奉納されています。神社の豆まき、って私は初めて。寄り道です。婦人部の皆さんが大きな釜で甘酒を煮ていて、無料で振舞っていました。「ためしてガッテン」で酒粕がいいと聞いて以来、私も酒かすは意識して取るようにしているので、喜んでいただきました。福豆は二百円で売っていました。今日の夜の豆まきに使うのか、大量買いをするばあちゃんもいました。一時前には、早く来たものには福があるぞ、とばかりに恵比寿さんが少量の餅と豆をまいていました。最初は5-6人だった人だかりがあっという間に30人くらい膨れます。でもすぐにおしまい。備中神楽はいよいよ佳境です。私の知っている神楽はヤマタノオロチ退治だったのですが、今回はどっちかというと明治維新のいでたちの人たちが多い。それに神々がかかわっていく「筋」なのでしょうか。観客がいようがいまいが、高い舞台で延々と演じていて、正しくこれが「奉納舞台」なんですね。神楽が終われば、山陽新聞社長のなんたらやら、天満屋のなんたらやとか、国会議員のなんたらが舞台に上がって豆餅をまき始めます。写真はここまで。私も散っちゃい頃の棟上(←分かります?)以来で、燃えました。子供の頃は下に落ちてくる餅を拾っていたのに、まくもちが小さすぎるのか、みんな空中キャッチします。中に時々福券が入っているので、みんなさらに燃えているようです。五回に分けての餅まきで、それでも私の成果は餅11個に福券入りボールが二つでした。福券ではボールペンと鉛筆が当たりました。今日は驚くほどの暖かい日でした。ずっと寒い日が続いたので、街中でこのような催しは昔より庶民の大いなる楽しみで、なおかつ春を感じる行事だったのだと思います。外に出て春を探すや節分蔡。少し汗ばみました。餅は多くは豆餅です。豆餅は私の大好物。楽しみです。節分の豆をこぼして双葉待つ
2011年02月03日
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昨日、久し振りに喫茶店で朝日新聞を読むと、いろいろと面白かった。気になった記事についてコメント。「オバマ大統領広島・長崎訪問 米での「賛成」51%」オバマの被爆地訪問はアメリカの意識が「訪問したほうがよい」51%、「しないほうがよい」の36%より多かった。原爆投下については「やむえなかった」55%、「間違いだった」34%だった。71年の調査では「やむえなかった」64%、「間違い」21%だったので変わってきている。この変化を大きいと見るのか、小さいと見るのか。私は大きいと見る。堤未果さんがこの前の講演で質問を受けた。「アメリカのオバマの国民皆保険の提案に対してどうしてみんなはあんなに反対したのか」。それに対して、堤さんはオバマノ提案自体に対する不十分は認めつつも、国民が反発したのはそのためでは無いと言う。アメリカでは、新聞を読んでいるのは、都市部に住む一部の住民だけだというのである。郊外に行くと、圧倒的な市民のほとんどの情報源はテレビになる。テレビの世論形成力が圧倒的に高いのである。そのテレビが、「原爆は戦争終結を早め、そのために何千万の人々を救った」という伝説をそのまま垂れ流していたとすれば、反論の番組がほとんどなかったとすれば、あんなに倫理的な厳しいアメリカ国民がもっとも反人道的な核兵器を容認するのもありうる話ではある。今回オバマ大統領が(中身に問題はあるにしても)「核投下は間違いだった」と言っのは大きいし、テレビも今までとは違う検証番組を作りやすくなっているはずだ。日本の社会学者は「アメリカにおける核問題の番組編成史」を調べるべきである。朝日の韓国併合100年を記念してのシリーズ「百年の明日 ニッポンとコリア」も最後を迎えて、ソウル支局長の箱田哲也氏が感想を述べている。「韓国では両国関係をいっきに改善する契機になるのでは、というちょっと過剰な期待があった。日本では逆に、韓国の反日意識が急激に高まらないかと心配する声が出た。結果はそのどちらでもなく、節目の年は静かに終わろうとしている。」まるで男と女の関係ではないが、二人の感情の温度差がこういうところにも出ている。韓国併合100年を迎えて、NHKは日韓の歴史を検証するETV特集を七本ほど作った。その他にも、特集企画が多かったように思う。その一方では、「坂の上の雲」というテレビドラマを作成中である。しかし、概して静かな一年だった。箱田さんの言うには、韓国は今年を日本の何倍も「特別な年」と位置づけたらしい。メディアは大キャンペーンを展開、各地でシンポジウムが開かれた。感情豊かなおとなりさんを前に、鈍感な私たちはこれからも戸惑うところがあるのかもしれない。幾つかのバイアスはかかっているかもしれないが、韓国の人たちは国の政策として日韓史を学んでいる。私たちはまだまだ日韓の歴史について知らな過ぎるのではないか。国が教えてくれないのならば、私たちが努力して学ぶしかない。その意識を持っていないと、日本と韓国の交流は始まらない。そして、交流がないと、アジアの平和はありえない。
2010年12月25日
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12月18日、堤美果さんの講演があったので聞きに行きました。本では共感と刺激を一杯もらっている著者ですが、やっぱり実物を見たいと思ったのです。「希望をみすえ、貧困と格差社会を考える」という演題でした。印象を一言で言うと、才気煥発ですね。ロングヘアーはいつもの通り。スーツでキャリアウーマンのようです。意外にもアナウンサーとしても十分通る綺麗な声で、早口だけどしっかりとした発音です。この声が武器で、アメリカ社会をインタビューしまっくっているのだろうと感じました。素敵でした。カメラを忘れたので、いつものような写真はありません(今、携帯で撮ればよかったと気がつきました)。今年は四冊本をだし、来年二月にも岩波ジュニア新書が出る予定です。現代日本で最も「乗っている」ルポライターであるといっていいでしょう。一方、時代が要請しているという面があります。9.11以降、この10年でアメリカは大きく変化しました。それはいろんな形でダイレクトな波となって日本を襲っています。彼女は9.11が生んだ初めての本格的国際女性ジャーナリストかも知れない。そんな彼女がどうして「みんなの党」の川田龍平と一緒になっているのかが不思議なのですが、さすがに質問では出てこなかった。一応、彼女だけはその方向性は信頼してもいいかな、と思いました。話の骨格は「グランドゼロがくれた希望」と「ルポ・貧困大陸アメリカ2」だったが、幾つかは初めて聞いた話や改めて重要な指摘だと思った点があった。その幾つかをメモする。9.11の教訓として、国民全体がパニックに陥っているときおかしな法律が通る。それは愛国者法。これは盗聴自由、個人情報はすべて見て、怪しいと国が判断すれば逮捕が出来る。これで監視カメラが全国で一挙に3000万台増えた。アメリカ国民はやがて気がつく。テロを監視しているのではない。私たちだ。学費反対の学生は一度デモに参加すれば、テロ容疑としてブラックリストに入る。そして、デモ前に逮捕される。外に分かりやすい敵がいて、いつ狙われるか分からないという宣伝が起こったとき、アメリカ国民はやすやすとこの法律を通した。……アメリカ国民は郊外ではほとんど新聞を取っていないらしい。だから、テレビの影響はあまりにもおおきい。この話を聞いて、私はすぐに北朝鮮のことを思った。日本にとって北朝鮮の存在は、アメリカのテロ組織と同じ役割をしている。北朝鮮が何かをして、パニックが起きたとき、有事法制は発動されるだろう。それだけではない、日本ほど空気を読む民族はいない。なにかとんでもないことが起きる気がする。事実、この前の砲撃騒ぎのときに、有事法制、国民保護法制で確立されている「連絡網」は動いているのである。果たして、自治体のどの部分まで「連絡」が行ったのか。マスコミ、病院等の公的、民間機関まで行ったのか、どのような「連絡」が行ったのか、私は知りたいと思う。アメリカは本来空気を読まない人ばっかりだったのに、このときばかりは空気を読んで反対する議員はいなかった。一度、持った権利を国は離さない。去年この法律の期限が切れるとき、議員の過半数はこの法律に反対だったのに、なぜか12月テロ危機が起きた。オバマはこの法律を恒常法とした。……この一点だけでも、オバマを信頼するというのは間違いだ、ということが分かる。イラク戦争に行った兵士がこれだけは日本に伝えてほしいと言っていました。「イラクやアフガンから帰ってくる兵士の中で、日本のことを知りたいという人が増えている。アメリカは劣化ウラン弾を使っていて、兵士の中でも癌が増えている。アメリカでは報道されない。彼らはまったく補償が無い。日本の被爆者は長い間の戦いで、最近補償を勝ち取った。興味があるらしい。日本には憲法九条がある。憧れの憲法ではある。けれども、もしアメリカに九条があっても、私はイラクに行っただろう。九条があっても無くても、当たり前の生存権(25条)教育権(26条)が奪われたならば、戦争に行かざるをえなくなる。いろんな権利をセットで守らなくちゃいけないのです」「若い人にメッセージをください」という声に対して。高校生から聞こえるのは「将来が不安だ」という声、大学生からは「五年先が考えられない」という声。私は言いたい。そんなに若いときから将来を悲観しないで。もっと、大人に頑張らせて!と。
2010年12月20日
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私にも弱点はある、というのは冗談で、弱点だらけの私ですが、特につくづく弱いなあ、と思うのは、ポイントカード、クーポン券の類です。この写真に写っている以外にも実にさまざまなポイントカードがあるのですが、きりが無いので…。楽天ポイントなんか3400ポイント以上貯まっていたりします。この写真の右下隅にあるムービックスカードにいたっては1185ポイント貯まっていて、19回無料で映画を見ることができます。シネマクレールのスタンプは12個やっと貯まって次回は無料で見ることができます。モスバーガーのスタンプ(500円で一個)も10個貯まって次回好きなバーガーを食べることができます。ジョイフルのドリンク割引券は10枚ほど持っていますし、古紙リサイクルカードは68ポイント(一キロで一ポイント)貯まっていて、500ポイントまでの道のりは遠いという状況、薬屋ザグザクのポイントはこの前使ったのでほとんど残っていません。この前タウン情報誌でラーメン半額券の特集をしていて、ついつい9月は6件ほとラーメンの食べ歩きをしてしまいました(不味いラーメン、本来の価格が高すぎるラーメンばっかり)。つまりそれだけ投資しているということです。私にはたいていものを買うときには、品質のよしあしは二の次になり、クーポンや割引に走ってしまうという、わかっちゃいるけど悪い癖があるようです。いや、むしろ生活の買い物ほとんどが何らかの特典が引っ付いていないと買う勇気がもてないという「業」のようなものにまで成長しているのです。昨日の本のように粗食を食べるように決心するぐらいが、私の食生活にとってはちょうどいいのかもしれません。クーポンやカードは顧客の囲い込みということで、店の方にもメリットはあるのですが、当然客のほうは安く買うことができる。いいことのように思えますが、価格に見合った品質のよしあし(使用価値)よりも、資本力の強い(交換価値)方を選んでしまうという、資本主義の片棒を担いでいるということで目覚めはあまりよくないのです。(使用価値、交換価値の使い方はたぶん正確ではありません)。人間は弱いものです。タバコは肺がんの明確な原因であるということをつい最近公にしたけれども、それでも約30年、人間はタバコをやめることはしません。けれども、一方では人間は賢い。人間にとってあきらかな毒である、と認識したタバコを世界的規模で絶滅させるためにいま必死でソフトランディングさせていると思う。私自身はタバコはまだ生涯5本ほどしか吸っていないので、他人事のように語れます。でも、もし強権でこれを禁止していたならば、アメリカの禁酒法ではないですが、闇の世界が広がっていたのは間違いないでしょう。これから20年後にはほぼタバコ吸い人種は絶滅種になっているのではないでしょうか。これが、地球温暖化、とくに化石燃料を明日からすぐに止めなさい、ということになれば果たしてすぐに応じることができるだろうか。そんなことは無理だ。だから人間は必死でソフトランディングの努力を始めている。間に合うかどうかは分かりません。人間は弱いけれども賢いそのあとどんな言葉をつなげることができるか私には分からない
2010年10月13日
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7月にニューヨークで開催された、New York Book Festivalで日本在住のオーストラリア人デザイナー/写真家のReme Camerota氏による日本のマンホールを撮影した写真集「DRAINSPOTTING」がBest Art Photo Book 賞に選ばれたらしい。つまり外国の目から見ると、世界に一般的にあるマンホールではあるが、日本のそれはデザイン的にとっても優秀なものだと発見されたということらしい。マンホールに使えるデザインがあるらしい。デザインされた絵を木彫りで型を作る。それを元に鋳型の方を作る。これらかの技術が全て優れていないと世界に誇るマンホールは作れない。(色のつけ方ひとつでも日本独特の技術があるらしい)そういう目で近所のマンホールを撮って見ました。倉敷のは他所と違って芸がなく、市の花の藤をあしらっています。日本的にはありふれた意匠なのですが、外国の目から見たらこれも新鮮に見えるのでしょうか。
2010年09月17日
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[名護・市長派圧勝]敗れたのは日米政府だ(9/13沖縄タイムス)名護市など25市町村議会議員選挙の投開票が12日あり、開票が1日遅れる竹富町を除く議席がほぼ確定した。米軍普天間飛行場移設問題で注目された名護市議選(定数27)は反対派が圧勝した。(略)これは普天間をめぐる知事選の基地論争にも大きな影響を及ぼすはずだ。「争点隠し」はもう通用しない。 理不尽な基地負担はこりごりだ、という地元の素朴な訴えに耳を貸さず、状況を悪化させている政府の責任こそ厳しく問われる。日本の安保政策への将来をも決定する11月28日沖縄知事選の前哨戦は、反対派の圧勝で終わりました。これで、基地反対派の宜野湾市の伊波洋一市長統一候補予定にはずみがつく。昨日のNNNドキュメントは「カツドウカ、社会へ」というものでした。一年前湯浅誠さんらが始めた活動家一丁上がり講座の一年間を追ったものです。開講式で湯浅誠さんは言います。「みなさんこんにちは。活動家と言うと、どこで爆弾を作っているんですか、というイメージですよ。そうじゃなくて、もっと楽しくて、普通なことなんです」「本来はカッコイイことのはずなんです」講座は月二回、受講料は一回300円。45人が参加したという。受講生たちは講座を聞くだけでなく、自分たちデなにかイベントをして実施してもらうというのが一年間の目標らしい。派遣切りで失業中そしてワーキングプアのしげさん(37)、仲間と一緒に広島福山で「非正規キャラバン」をしてしげさんらの体験を語るつどいを企画する。ところが純粋な参加者はたった5-6人、新聞の記事にもなったので30人くらいを期待していた企画者らは少しがっかり。けれども、湯浅誠さんもデモを企画して3人で歩いたという経験を思い出し、慰める。しげさんは「あんなに話せなかったことを人前で今では話せるようになったこと」を喜ぶ。「仲間がいるな」。事務系の正社員の女性も「身も心も守ることの難しい仕事環境を何とかしたい」と思っていた。都内で「会社にしがみつかない生き方座談会」(参加費500円)というのを開く。インターネットで呼びかけただけで40人か参加。悩みを喋りあう場を作る。いま全国で、小さな「喋りあう場」が生まれている。そこから少し継続的な場に発展している。九条を守る会も、そういう場をつなぐネットワークを目指していた。それが大きな運動になりうるかどうかは、まだまだ未知数である。
2010年09月13日
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暑い。八月の間、雨らしきものがふったのに気がついたのはたった一回である。それも一時間ほどである。よくうちの父はそういう雨のことを「焼け石に水」だといっていた。若いころには充分土が湿る水なので言いすぎだと思っていたのであるが、最近はその通りだと思う。土が半日で乾いてしまうような雨なんてふらないほうがましなのだ。雑草はそんな土地でも不思議なほど枯れない。なぜなのか、仕組みがわからない。もちろん枯れている草もあるが、半分以上は枯れないのである。土の下でその根はどこまで伸びているのだろう。人間様にこれほど忌み嫌われているのに、花や野菜よりも一部庭木よりも逞しく生き残っている。この写真の雑草なんか少なくとも10日は雨にありついていないはずだ。一体どうやって生きていられるのだろうか。土地の奥からほんの少し上がってくる水蒸気を取り込む技術を、花には無い能力を持っているのだろうか。酷暑の中、手入れのしないうちの庭木は枯れだした。実際熱中症で死んでしまう人間様も多い。けれどもまだ、経済活動は平常とおり行われている。雑草も生きている。酷暑である。けれども生き物はまだまだ逞しい。アニメ作家の今敏さんが亡くなられたらしい。彼は最後まで命を燃やした。「HPに壮絶"遺言"世界的アニメ映画監督の今敏さん死去」5月にすい臓がんで余命半年といわれ、たった3ヶ月で亡くなった。「遺言」で7月7日の臨死体験を綴っている。上空から眺めているもので、アニメの世界では「定番」である。少しばかり驚いたのは、自宅の茶の間に運びこまれるとき、臨死体験でおなじみの「高所から自分が部屋に運ばれる姿を見る」なんていうオマケがついたことだった。自分と自分を含む風景を、地上数メートルくらいからだろうか、ワイド気味のレンズで真俯瞰で見ていた。部屋中央のベッドの四角がやけに大きく印象的で、シーツにくるまれた自分がその四角に下ろされる。あんまり丁寧な感じじゃなかったが、文句は言うまい。(最近観た原恵一監督の「カラフル」でも冒頭死んだ男が冥界より降りてきてもうすぐ死ぬ男のぞばに近づくときにはふわふわと街の上を飛ぶのである)あまりにもアニメ監督らしい書き方だ。しかし、この遺書、長文でとても数日後に死ぬ文章はない。すい臓がんは異変に気がついたときには既に遅い。しかし、三ヶ月と言うのはあまりにも速い。心残りは多くあったに違いない。ご冥福をお祈りします。熱心なファンではない。「千年女優」は丁寧な絵のつくりで、映画としてのアニメの質を一挙に高めたのは記憶にある。実写と見まがうような絵のつくりが得意だった。ちょうどアニメ「夢みる機械」を製作中だったという。どういう内容かはわからないが、きっと誰かが想いを引き継ぐと思う。引き継ぐことの出来るのが人間である。
2010年08月28日
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遅まきながら「ゲゲゲの女房」を見始めました。気にはなっていたのですが、これまで見始めたら、そうでなくても毎週登録している番組が多いのについていけなくなると心配していたからですが、やっぱり人気番組はそれなりに面白いですね。この番組が人気が出た理由は残念ながら主演の松下奈緒ではなく、向井理にあるのは明らかなようだ。背が高くて、イケメンで、高校まではサッカー漬け、大学では遺伝子学の優秀な学生、バーテンの店長を経て、俳優業に、という経歴もいままでの俳優にはない深さを感じられているようだし、その佇まいが穏やかでかつ優しくしかも誠実だ、とおばちゃんたちの圧倒的な支持を得ているようである。佇まいは私には韓国の俳優を想起させる。俳優としては、磨けば光る原石であり、使われすぎて潰されないようにして欲しいと、おじちゃんは心配するのです。さて、その彼が倉本聡のテレビドラマ「帰国(現題は旧漢字)」の放送された次の日、自分のブログ(向井理のオフィシャルブログ)でタレントには珍しく戦争のこと、とくに靖国について書いていて、その記事に対してなんと3000以上のコメントがついているのを見て、良くも悪くも、これが今の日本の「民度」なのだと思った次第です。彼のブログにはこう書いている。今日は日本がポツダム宣言を受諾して65年の日です。何年か前のブログにも書きましたが決して終戦『記念日』ではありません。戦争に関わった人全てに於いて、まだ戦争は終わっていないからです。しかも北の地では65年前の今日以降もソ連と戦っていましたから。昨日放送したドラマ『帰国』の撮影前に靖国神社に参拝に行きました。劇中の自分のセリフにもありましたが、『国の責任者が参拝するのは当然の義務なんじゃないのか』今日本はいろいろな問題を抱えていて、その一つに靖国神社に関することも含まれています。でも、じゃあ何故それが問題なのか?それを理解しなければ何も進まないと思います。八月十五日が来ると改めて今の自分は幸せだと思います。ちゃんと生きて、生活できているから。それこそ戦争中はいつ死ぬか、家族の安否もわからぬ生活を送る人が多かった訳だから、それに比べたら幸せ過ぎて申し訳ないくらいです。当時の生活と比べても意味はないかもしれませんが、当時を考えると今の自分は不平不満を言えるほど頑張っているのか疑問です。そして、必死になって日本の行く末を案じながら散っていった人達のことを考えると感謝の気持ちで一杯です。さらにあの戦況下で無条件降伏まで持っていったのは凄いことだと思います。日々戦争のことを考えるのは難しいですが、一年に一回でも深く考えてみても良いんじゃないでしょうかね。世界のどこかで、いまでも戦い、争いが起こっています。(彼の意図を明確にみせるために敢えて長いですが全文を載せました)「帰国」は少し飛ばしながら録画で見ました。向井理の役は、南の島で散った「英霊」が65年ぶりに日本に帰ってきた戦没画学生の役で、信州「無言館」で私が一番感動した妻の裸体画を描いた男の役である。政府閣僚がA級戦犯が合祀されているのを遠慮して、深夜に靖国参拝させざるを得ない状況を向井理は見る。それを追うマスコミは「政治家に賛成なのか、反対なのか」と地元の亡霊に聞き「マスコミは賛成でも反対でもない」といわれて彼はブログにあるような怒りのセリフを発するのである。倉本聡の作品全体を見たならば、決して閣僚の靖国参拝に「賛成」している内容ではないことは分る。(しかし反対している内容でも決してない)「貧幸」貧しくても幸せな日本であってくれ、と願い、それに反するような日本になっている「英霊」たちの嘆きだけを見せるそれだけのドラマだったのである。しかし、このブログに書いた向井理の意見はそれから一歩踏み込んだ発言であり、私には不用意な一言だったと思う。昔、反戦ドラマを作るときは、監督、脚本家たちは時間をとり俳優たちはそれなりに集団学習をして臨んでいたように思う。ところが今の若い俳優たちは、おそらく何の背景学習もなく、こういうドラマに臨むのだろうなと思った。(今年はなかったけれども)政府閣僚がA級戦犯問題に遠慮して深夜参拝する状況はあるが、それでも反対意見がありながらどうして無理してでも靖国参拝するのか、65年ぶりに帰ってきた英霊たちは、靖国に祀られているということで何かメリットがあるのか、という視点は向井理には全くない。彼の発言は世の「靖国参拝派」を喜ばせるだけである。これは彼だけの責任ではなくて、彼の周りの「大人」たちの責任である。彼の発言を受けたお嬢さん、おばちゃんたちのコメントは「向井さんのこの言葉で、戦争はいけないことだと気づかされました」という幼稚園並みの感想がほとんど。(専門的なコメントはもしかしたら削除されているのかもしれないけど)。人気タレントが一歩踏み込んだ政治発言をしたならば、多くの人がそれに敏感に応えるということだけは分った。韓国の代表的な俳優(たとえばチェ・ミンスク)は、俳優生命をかけて政治的な活動もする。日本はなかなかそういう人は出てこない。ファンがそれを許さないからである。けれどもブログという手段でそんな「問題提起」が時々あれば日本の民度もすこしづつ鍛えられるのではないか、とそんなことをつらつら思った向井理のブログでした。
2010年08月18日
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マガジン九条を読んでいて、教えてもらった。選挙直後の朝日はこんな恥知らずの主張を書いている。今回の選挙は一つだけ明らかなのは、明確に消費税ノーを訴えた選挙だったということである。消費税賛成の自民党を支持したのでは決してない。そんなことは誰の目で見ても明らかだ。それなのに、こんなことを書くマスメディアというは、いったいどこを向いているのだろうか。何が見えているというのだろうか。あまりにも情けない。韓国の人たちは、マスコミは信用できない、ということが光州事件等の重大事件で何度も出あって、一種の常識になっている。だから『砂時計』みたいなホームドラマでも、港町の普通の叔母さんが「新聞が真実を書いたことがあったか?」と当たり前のように言うのだ。こんな恥知らずの主張を書いた新聞のことを我々はずっと覚えておかなければならない。■消費税から逃げるな 民主党の大勢が「消費税が敗因」と受けとめれば、今後、税制改革論議への消極論が強まるかも知れない。 しかし、「消費税10%」を掲げた自民党を有権者は勝たせた。菅首相も「議論そのものが否定されたとは思っていない」と述べた。 膨大な財政赤字を放置できないことは明らかだ。議論は早急に始めなければならない。それが、2大政党があえてそろって負担増を訴えた今回の意義を生かす道でもある。 もちろん行政の無駄に切り込む。政治家が率先して身を切る姿を示す。何より、持続可能な社会保障の全体像を描く作業が欠かせない。 菅首相は日本の将来のために増税が必要だと信じるのなら、逃げずに正面から自民党に協議を呼びかけ、有権者の説得にもあたるべきだ。 (7.12朝日主張「2大政党にさらなる責任」より)
2010年07月14日
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今日夕方、岡山市内の商店街でこんなシーンにであった。正直「萩原誠司はまだ出るというのか」というのが最初の感想だった。この人は私が「再出発日記」を始めた年の郵政選挙で、突然岡山市長の職を投げ出し、「刺客」として代議士様になった人である。(市長時代の企業との癒着追求をかわすという理由もあったかもしれない)去年の総選挙で見事小選挙区も比例区も落ちて、もう諦めたのだとばかり思っていた。そんなに議員の身分に未練があるのか。それよりも、特定企業のマンションビルに「街のなんチャラ」という理由をつけて何億という補助金を出すような、企業癒着政治のツケを払ってもらいたいと思う。そうかこの人は、枡添の新党改革で出るんだ。中央では人気ナンバーワンのこの人であるが、この日の街頭演説、ぱらぱらとしか人は聞いていなかった。あっ、こういうネガティヴ記事、もしかしたら選挙法違反になるのかしら。それもよし、こんなんで逮捕されたら「きちんと戦える」。私も写真だけ撮って早々に立ち去りました。ひさしぶりに「だて」のシナそばを食べた。時々無性に食べたくなる。濃い目の醤油ラーメン。これこそ、岡山のラーメンである。
2010年06月28日
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以前平和新聞の記事で紹介した中塚明さんが講演に来るというので出かけた。「朝鮮半島と日本の過去と現在」(倉敷革新懇主催)中塚さんの本を買ったので(「司馬遼太郎の歴史観」)おそらく講演の内容はそこで紹介できると思うので、今回は講演の中で、印象に残ったことをランダムに紹介するだけにしたい。NHKの「坂の上の雲」で朝鮮人が出てきたのは、たった一回のみ。また、伊藤が「日清戦争は一体どのような理由でしたのか」といったとき、井上馨が「あれは朝鮮独立の為にしたのだ」といっただけ。明治以降、日本が朝鮮に対して何をしたのかを司馬遼太郎も一切描かない。ドラマもそれを忠実に踏襲している。日清戦争のきっかけになった東学党蜂起の本当の意味を日本人はほとんど知らない。この運動は3.1独立運動を経て現代の民主主義運動に連なっている。金大中の1980年黄土峠(ファントジ)の集会は東学党の初勝利の場所である。司馬は「日露戦争の後に軍部が横暴になった」と言っているが、日清戦争のときに韓国の近代を切り開く可能性のあった大衆的な農民蜂起を日清戦争で押しつぶしたということを軍部はもみ消している。韓国の統一地方選挙は軍艦沈没事件が北の攻撃だと発表し、与党の勝利を予想されていたが、結果は与党の大敗北であった。日本の全ての新聞はこれを全く予測できていなかった。それほど、日本は韓国の状況を知らないのである。在日の方が質問。「ドイツは6兆円も戦後補償している。日本はしていない。なぜか」先生はそれは単純だという。「日本政府は朝鮮に対していいことをしたと思っている。植民地支配に対して全然反省をしていない。だから在日の問題もまともな判断をしていない。それはアメリカのバックアップがあるからである。」
2010年06月06日
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昨日今日と岡山で地域人権問題全国研究集会という集まりがあって、今日だけ分科会に参加してきた。そこで初めてアイヌの方の話を聞いたり、鞆の浦の環境保全の闘いがいまだ予断を許さない形で続いているということを知ったのであるが、基調報告がちょっと勉強になったのでメモ的に紹介したい。岡山大学教授の小畑隆資教授が日本近代の「人権」概念を植木枝盛の事例をもとに話してくれた。私自身の植木評価は、少し頭でっかちだけど、ラジカルで、日本国憲法の民間案に多大な影響を与えたという高評価だったのであるが、それはその通りなのであるが、小畑さんの話は植木の「人権」概念の「限界」について述べたものであった。植木の「自由」観はひとつは「志士的」自由である。「元来あなた方の自由権利はなかなか命より重きものにて、自由がなければ生きても詮ないと申すものでござる。いかさま金銀や珠玉の話ではありますまいが」と、「生命」よりも「財産」よりも「自由」のほうが重いものと主張している。もうひとつ、能力主義的自由観。植木の「天賦自由」とは「才力」の自由です。こうして「広く知識を磨」く「自由」と「国家公けを受け持つ」自由が植木の自由観の骨格をなしている。これらは、福沢諭吉の自由観とも共通していて、明治の初め、国民国家を作らないといけないのに、国民が出来ていない、だから「国民」をつくろうというナショナリズムから出発した自由なのである。もちろん、植木と福沢の思想は違うところもある。植木には人民主権のの観点はあるし、天皇の神格化はない。けれども植木の「自由」は日本国憲法の「自由」とは基本的に違う。志士的自由も能力的自由も、それらを基軸にして権利義務関係に基づく社会や国家を構想するのは不可能だからである。日本国憲法13条の「生命、自由および幸福追求の権利」は「侵すことのできない永久の権利」(第11・97条)であり、社会や国家の基本原理である。しかし、日本の不幸は、この憲法の「自由・権利」が戦後切り崩されたところにあるのではないか、と小畑さんの話を聞きながら膝を打ったところです。小畑さんは言います。現在の教科書は「つくる会」以外の教科書もひどいものだ。自由の説明では、「あなたたちは空気のように自由を吸っていますね」と書いている。「あなたたちはもう自由・平等なのです」と教え込んでいるから、そこから落ちこぼれたものは「自己責任」なのだと言外に言われているのである。教科書的説明、ひいては訳知り顔の大人たちの説明は、おそらく植木の「生命・財産」の権利を「自由」の権利と切り離し、対立したものにみなし、能力主義的自由観から全然進歩していない。教科書的人間はだから平気で「自己責任論」を言うのだ。生命・健康が他者からの支配や侵害にさらされている時には、それは「自由」な意思のもとに勝ち取ることを教えていくことが国家としての責任であろうと私は思います。と、つらつらと勉強になった半日でした。
2010年05月30日
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ツイッターをはじめたということは既に書いた。そのあと数人から「私には向かない」という意見を聞いた。当然だと思う。私も未だ使い方がよくわからないし、終始携帯とかパソコンに向くわけでもないし、「フォロー100人を超えないと面白さはわからない」とは言うけれど、そんなにたくさんフォローしたら、タイムライン(フォローした人の記事の一覧)を読むだけでも大仕事だ。(※解説 フォローすると、相手の記事が自分のタイムラインに流れてくる。当然フォローされたということは、相手のタイムラインに私の記事が流れているということ)一日で100以上の呟きを読まなくてはいけない。付いていけない。と、いうことで私は未だフォローは38人止まり。それでも読むのは苦労している。たぶん何かのソフトを導入すれば、いいのだろうけれど、よくわからない。ただ、ツイッターに何らかの可能性を感じているのも確かである。そのひとつが「なんとなく」発信する力、繋がる力である。ブログは強い繋がる力がある。簡単に記事が発信できて、トラックバックを使うと、簡単に気になる人に自分の記事を読ませることが出来る。コメント欄を開放すれば、わりと深いところまで情報交換も出来るし、一定の議論も出来る。トラックバックとコメント欄を併用すれば、短時間の間に膨大な情報を多くの人が共有できる。だから共謀罪が導入されそうになった時には、大きな力を発揮したし、沖縄基地問題も、マスコミにだまされないで、ことの本質を多くの人が共有を始めている。しかし、ブログには困った特質もある。「炎上」や「荒らし」「迷惑コメント、迷惑トラックバック」が頻繁に起きるので、特に政治的な言動は一部ブログに限定されているということだ。コメントやトラックバックを制限しているブログも多い。ほとんどの人は、何百文字という「文章」には出来ないけれども、数文字の「違和感」を言葉にしないまま、なんとなく「流されてきた」のではないか。ツイッターには実は「炎上」や「荒らし」などなどが存在しない。自分に不都合な相手は、フォローしなければいいのだから、変な横槍は「広がらない」のである。理路整然とした「文章」にする必要もないし、基本的にそれをするのは苦手なツールなのだ。140字以内のつぶやきは非常にあいまいな数字だ。一定の情報は書けるが、突っ込んだ情報は書けない。だからURLを挿入してブログと連動するというやり方で、それをカバーしている。ツイッターは呟くだけでなく、「共感する」力もある。「リツイート」といって、気に入った他人の発言を転載して自分の周辺に知らせるという機能もある。要は意見表明がものすごく「手軽」になったということだ。何百万人という人たちが、もし同時期に同じことに違和感をもって呟くようになれば、それをインターネットを通じて「繋がる」ようになれば、日本は変わるかもしれない。そんなことを夢想してみる。もちろん、ツイッターはそんな簡単なものとは思っていない。繋がる為にはフォローするという行為が必要である。(厳密にはリツイートやハッシュタグという掲示板機能ではそれは必要ないが、ややこしくなるので割愛)また、現在のところ、ツイッターの検索機能は非常に不十分で全ての発言を網羅していない。よって、検索して同じ意見を持った人たちを見つけるというのは非常に限定されている。5月5日の朝日新聞「明日も喋ろう」で江川紹子さんが言っている。「自分の思ったこと、感じたことを表現し、それに従った行動を取るのは勇気が要ることです。「いじめはやめようよ」と言うのに必要な勇気を育てていきたい。それには孤立しないでものを言える状況を作ることが必要です。 社会に大きな流れができ、異論を押しつぶして一方向に走り出すのは、危険な現象です。違和感を発言できる場や、思いを共感できる人間関係をさらに広げていくことが大事なことだと思っています」ツイッターははたして「孤立しない」力になれるだろうか。今年はインターネット選挙元年になるはずである。あと公示まで33日。「憲法が生活に活かせる社会」になることが、私の夢の大きなひとつ(全てではない)であるが、ツイッターはそのための武器になりうるし、なることを出来るだけ発見したいと思っている今日この頃なのである。
2010年05月22日
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さて、今日はかってな推測で記事を書いたことにまず謝りたいと思う。つまり一昨日の記事で、官房機密費に使い道についてTBSのプロデューサーは大きな社会正義と上層部にはスクープ的な餌と幾人かの「政治評論家」たちへの打撃すなわちサンプロの田原総一郎あたりへのを打撃を見越してこれをぶち上げたのかも知れず。(田原が今回突然番組を降りたのが怪しいと私はすぐに思った)‥‥‥など書いていたのだが、東京新聞5月1日記事によると、野中氏は「前任の官房長官からの引き継ぎ簿に評論家らの名前が記載され『ここにはこれだけ持っていけ』と書いてあった。持っていって返してきたのはジャーナリストの田原総一朗氏だけだった」と証言。「政権交代が起きた今、悪癖を直してもらいたいと思い、告白した」と強調した。と証言しており、全くの言いがかりであったことが判明した。記事は「足で書け」。推測などは愚の骨頂である。反省したい。ところで今日はメーデーだった。一時間ばかし、デモ行進をしたのだが、なんかシュプレヒコールをしてもみんなの声がばらばらだし、市民の反応も全くないので、その時点である「推測」を持って、記事を思いついた。即ち、今日のメーデー、ツイッターではみんな冷たい反応をしているだろうから、もっとデモ行進やシュプレヒコールの内容を再検討すべきではないか、という記事を書こうとしたのである。ツイッターを「デモ 騒音」で検索して見た。ところが、これが結果である。メーデーのデモ行進がまだ続いている。正直、騒音が迷惑です。もう3時間ですからね。about 9 hours ago from webxx26: デモ起こすのは結構だけど近くでやってほしくない…ただ叫べばみんな聞いてくれると思ってるなら大間違いだろ…街中でそんな息荒げて喧嘩腰で喋ったらただの騒音だとなぜ気づかない…これだから休日は… 2 days ago from web TequilaBancho: 代々木公園で労働組合のデモ。せっかくの休日が台無し。なんでここで騒音を出す意味があるの???霞ヶ関でやれよ。バカヤロー。 nakagawashoichi: 日教組の一部活動家は(教育基本法改正反対の)デモで騒音をまき散らしている 3 days ago from API今日の呟きで言えば、一件しかヒットしなかった。三日でたったの四件。しかも最後のnakagawashoichiさんは故中川昭一議員(のおそらくファン)である。自分は世論を代表して言っているつもりだろうが、この呟きは実は全く世論から浮いていますね。一方「メーデー」で検索すると、午後10時現在、たった10分の間に以下の呟きがされている。 yuttuok: 今日は日比谷でメーデーの行列を見て、映画観て、電車からスカイツリー見て、お友だちと1日早いBirthday dinnerバースデイディナー♪?してきました?ルンルン? m_kg95: 今日新宿でメーデーのデモ行進とすれ違ったのですが、皆で一斉に「シュプレヒコール!」と叫んでいたのは一体何だったんだ。 half a minute ago from web nikkei_RSS: 全労連などメーデー http://dlvr.it/jkf4 2 minutes ago from dlvr.it riematsuki: 今日はメーデー。ほとんどのお店がCloseなのに、私はこれから仕事・・・。そしてまだ二日酔い中。最近、アルコール抜けるのが遅くなってきた気がする。。。コーラ飲んで乗り切らねば。 3 minutes ago from web tanabatananako: 新規事業責任者のご意見聞かせてください!RT @ProBoffin: @tanabatananako ほんまや。 QT: 今日メーデーやん?四条をデモしてる人たちが『大企業は内部留保を放出せよ~!』って。それってあまりにも短期的な目線じゃないかって。新規事業立ち上げの資金は? 5 minutes ago from TweetDecknaccyo_o: たのしそう♪RT @kushimikatamaka: 5月1日はフィンランドではメーデーのお祭りなんだって。昼間から飲んで大騒ぎをするらしい。 Hyv?? Vappua! 6 minutes ago from Echofonyanagitataeko: 2時からシネマサークルの会議(5月の例会は山田洋次監督のおとうと)のあと八和田小学校のPTAの総会、懇親会。途中で失礼して7時から東松山・比企地域メーデーに参加。シュプレヒコールでは後期高齢者医療制度を廃止せよ!大企業は内部留保をはき出せ!と声をあげ、スカッと盛り上がりました。 7 minutes ago from web vareland: @kkc_rug @yard1917 いつメーデー歌うたうんですか? 7 minutes ago from Echofon taka_hochi: 連休初日は朝寝の後、洗濯、掃除、調理(ついでに床屋にも行った)。今日はメーデー。勤め先の研究所の所長がかつて、賃金交渉の時期になると、「君たちは労働者じゃない、個人事業主の気概をもって働け」とか言って、賃上げを抑制しようとしたことを思い出す。 7 minutes ago from web meganetoruna: 春香「労働者のみなさん!メーデーですよ!メーデー!」 【アイドルマスター 『聞け万国の労働者』 メーデー歌】 http://www.nicovideo.jp/watch/sm5749806 8 minutes ago from P3:PeraPeraPrv hiroyuki229: メーデーメーデー 労働とは資本への奉仕である 9 minutes ago from webhakulo765: メーデー意識してIS Paradeだした説 バイト賃金 値上げ!値上げ! 10 minutes ago from webほとんどがメーデー肯定の呟きである。「メーデー」の参加者こそ少ないけど、みんなこの労働者の祭典を温かく見守っているということがわかった。もしかしたら、世の中は私の想像以上に「変化している」のかもしれない。
2010年05月01日
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heliotropeさんが紹介しているのですが、知りませんでした。野中さんが4月19日と20日のNEWS23において、官房機密費の使い道について暴露したそうです。紹介しているのは、「阿修羅掲示板」です。そこにこのように書いている。毎月、首相に1000万円、衆院国対委員長と参院幹事長にそれぞれ500万円を渡していた。これは目的が野党工作などに機密費が使われていたことを示唆している。さらに首相経験者には盆暮れに「顧問料」といった感じで、100万円ずつ渡していたとも。言論を用いて世論を操作するために複数の政治評論家にも、「付け届け」としてカネをばらまいたとも。機密費には「引き継ぎ帳」があって歴代官房長官の間で引き継がれていた。「引き継ぎ帳」には、毎月の固定費が5000万円にのぼり、多い月には7000万円以上になったことが記されていた。ユーチューブの映像も紹介されているが、既にTBSによって削られているそうな。私には十分衝撃的です。今高村薫の「レディ・ジョーカー」(文庫版)を読んでいるのですが、野中は野中のプライドといくらかの打算でこの暴露を決意したのだろうし、TBSのプロデューサーは大きな社会正義と上層部にはスクープ的な餌と幾人かの「政治評論家」たちへの打撃すなわちサンプロの田原総一郎あたりへのを打撃を見越してこれをぶち上げたのかも知れず。(田原が今回突然番組を降りたのが怪しいと私はすぐに思った)そのあたりの思惑のぶつかりとすれ違いがこの小説の城山(日之出麦酒社長)や久保(遊軍の新聞記者)などの人物像と重なり、興味深い。しかし、それにしても私が今まで知らなかったぐらいなので、本当にマスコミから意図的に無視されている「スクープ」なのだと思う。野中は言った以上は、もっと全面的に明らかにするべきである。
2010年04月29日
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昨日「平和新聞」4月5日号が届きました。そこに非核「神戸方式」決議35周年記念集会の記事が載っていたので紹介します。非核「神戸方式」とは、1975年の神戸市議会の決議によって、外国の艦船(軍籍を持つ船)が神戸港に入港する際、核兵器を搭載していないことを自ら証明する「非核証明書」を提出することを義務つけたもの。証明書を出さないと入港は許されず、決議以降、米艦船は全く入港出来ていない。記事では交流集会での運動交流の様子を書いています。 米艦船の入港に際して「『非核三原則』を国是としている国からの入港通告なので非核とみなす」(鳥取・境港市)「真珠湾を母港とする米艦船に問い合わせたが、『事前協議がないので核搭載はない』と外務省から口頭で返事があった」(愛知・名古屋港)など、港湾管理者の対応状況に付いて報告があり、密約をめぐる新しい段階のもとで港湾管理者の姿勢を改めて追求することの重要性が語られました。 沖縄の代表からは、石垣港で管理者である市長の反対を押し切って米艦船が強行入港したことが報告されました。 「密約をめぐる新しい段階のもとで港湾管理者の姿勢を改めて追求することの重要性」とはなんだろうか。政府は『アメリカを信頼しているから、今さら核密約を破棄する必要はない』という立場です。しかし、密約を破棄するとどうなるか。有名無実になっていた『事前協議』が生命力を持つのです。そうなれば、日本に入港するアメリカの艦船は、日本政府に申し入れて事前協議の申し入れをするか、自分は核兵器を持っていないという『非核証明書』を関係機関に提出するか、二つしか道はなくなる。日本全土が非核『神戸方式』になることが出来る。密約は過去のものだった、今アメリカは核廃絶に動いているのだから心配ない、という岡田外相の言葉がいかに詭弁に満ちているのか、証明する集会だったようです。
2010年04月07日
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3Dが花盛りである。『アバター』のジェームズ・キャメロン制作の『ミクロの決死園』が3Dで忠実にリメイクされるらしい。ゴジラがハリウッドで再リメイクされる。3Dならばこけないだろうということか。楽しみのような怖いような。しかし、3Dに便乗してちゃっかり値上げしても観客はすんなりついては来なかったようだ。狂想曲はしばらく続く。結局残るのはいい作品だけなのだろう。先週、テレビでも3Dが見れますよ、とスーパーで大宣伝していた。ソニーの3Dブラビア体験会にちょっと顔を出した。60型で58万円の予定だとか。ドキュメンタリを観た。飛び出してくるし、十分鮮明。テレビなんだけど、眼鏡をかけてみるのである。眼鏡は映画よりほんの少し軽い。しかし何というか、やはり立体という感じがしない。ただ、3D用に作った以外の映像も3D化するのである。凄い。まあ、私は買いません。安くなるうちに、直ぐに眼鏡をかけなくても観ることで出来るテレビも出てくるような気もするし。
2010年04月02日
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核密約に付いては、さすがに赤旗が一番わかりやすい。3月10日赤旗主張有識者委報告書きっぱり密約と認め廃棄せよ 日米間の「密約」問題に関する外務省の「有識者委員会報告書」が公表されました。 日米「密約」問題の解明は鳩山由紀夫政権の選挙中の公約です。有識者委員会は岡田克也外相が政権発足直後設置したもので、「日米核密約」など4件の検証を行ってきました。日本共産党は資料提供などで調査に協力しました。 「有識者委員会報告書」は、最大の焦点である「日米核密約」について密約文書の存在は認めています。しかし「暗黙の合意」などと、明確な合意は存在していなかったとしているのは重大です。「討論記録」は密約そのもの 「日米核密約」は、日本に寄港したり飛来したりする米艦船や航空機が核兵器を搭載していても、1960年に改定された現行安保条約第6条の「事前協議」の対象外とし、この方式での核兵器の持ち込みを条約上の権利としてアメリカに認めたものです。「密約」の疑惑は70年代以来たびたび指摘されてきましたが、2000年の国会で日本共産党の不破哲三委員長が、60年の安保改定時に当時の藤山愛一郎外相とマッカーサー駐日米大使が署名した「討論記録」を突きつけ、「密約」の存在を決定的にしました。 今回の「報告書」は、「討論記録」(報告書では「討議の記録」)のコピーの存在を認め、自民党政府が繰り返してきた「密約はない」という説明がまったく虚構だったことを浮き彫りにしました。にもかかわらず重大なのは、「報告書」が存在を認めた「討論記録」だけでは「核持ち込みの事前協議に例外を設ける了解と見ることは難しい」「明確な合意はない」などと、核持ち込みの密約そのものであることを否定していることです。 しかしこれは通用しません。「討論記録」は、米軍機や米艦船の「日本領海や港湾への立入り」は「現行の手続きに影響を与えない」と明記しています。旧安保条約と同じように、改定安保条約でも核兵器を自由に持ち込むことを保障したものであり、通過や寄港は事前協議の対象外とする、明確な「密約」であるのは明白です。 しかも「討論記録」は日米間の公式の合意文書であり、日米安保条約の一部をなすものです。 もともと「討論記録」の合意が成立したのは59年5月20日です。その直前にマッカーサー駐日米大使と会談した当時の山田久就外務次官は81年10月、安保改定時点で通過や寄港が事前協議の対象外だったと「はっきり言っていい」とインタビューで証言しています。「報告書」がこうした証言もとりあげず、「明確な合意はなかった」というのは国民を欺くことになるといわれても仕方がありません。核持ち込み許さぬために 「報告書」は、これまでの政府が核積載艦の寄港を「黙認」してきたことを、「事実に反する明白なうそをつき続けた」と非難しています。「黙認」してきた責任が問われるのは当然ですが、「密約」がないのに寄港が「黙認」されてきたという「報告書」の説明では、それに対して今後政府はどういう態度、手段をとるのか、あらたな矛盾を引き起こすことになります。 「核密約」問題は過去の問題ではありません。鳩山政権は、「核密約」をきっぱり認めて廃棄し、「非核の日本」に進む実効ある措置をとることが求められます。(以上引用終わり)岡田克也外相が、9日の記者会見で、「今後アメリカに何らかの働きかけをおこなうのか」と問われて、“何もするつもりがない”という立場を繰り返したらしい。これは全くおかしな答弁である。今は「持ち込みはないものと信じている」というのならば、はっきり核持込のある無しを記載した証明書を日本の全ての港に提示する措置を取るべきである。即ち「神戸方式」の全国化。その結果、日本に一隻の米軍艦が寄港しなくなっても、それはそれで日本の港がより安全になるだけである。
2010年03月12日
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ドングリさんが書いていたのだが、インターネット新聞のJANJANがついに休刊するらしい。『JANJAN』休刊のお知らせ非常に残念だ。要はスポンサーがつかなくなったということなのだろうが、以下の点も非常に重要だし、だからこそ、これから選挙ネット解禁が本格化する今だからこそ、頑張ってほしいところだったのである。第3は、インターネット新聞『JANJAN』は、官情報頼り、上から目線、一方通行型の既成のマスコミに刺激を与えるため、ごく普通の市民が記者になってニュースを書くというインターネット時代にふさわしい市民メディアの創造に挑戦しましたが、このところマスコミ側も市民の投稿やブログとの連携を重視する傾向が顕著になってきました。また、弊社をはじめ既存マスコミに属さない報道関係者が長年主張してきた中央省庁の記者クラブの開放も民主党政権の下で徐々に進んできました。こうした点からみて、弊社の所期の目的はひとまずは達成されたと得心しております。 弊社は、時代を先取りする市民メディアばかりでなく、政治の活性化を目指して、本来は政府が取り組むべき全国のすべての選挙に関する情報を集積する『ザ・選挙~JANJAN全国政治家データベース』や不透明な政治資金の実相を明らかにする『政治資金データベース』、国会議員の活動を計量化する『国会議員白書』など公益に資するサイトを運営して参りました。「暫時休刊」は誠に残念であり、ご愛顧いただいた皆さま方にはご迷惑をお掛けして誠に申し訳ありません。今後は、できるだけ早期に、新たな発想を織り込んだ新サイトの復刊を目指したいと考えております。ドングリさんは「BlogやSNS、Twitterが普及する今、『JANJAN』のWebサイトシステムは技術的に少々時代遅れになったと言っているが、メディアに求められるのはコンテンツであり、コンテンツにうったえるものが有ってこその技術ではないかと思うのです。」と言っておられます。全く同感です。まあ、廃刊ではなく、休刊なので、何とか復活してほしいと思う。ここには実は私は4年半前に3-4本記事を寄せていた。恥ずかしいので楽天記事で紹介。唐子踊りあるいは日韓民衆の交流『川辺の風景』あるいは朝鮮の枯れた文学 ローカルからグローバルへ「歩く学問 ナマコの思想」ちなみにペンネームは熊谷次郎でした。本名ではありません。平家物語で戦争が嫌になって法然上人に弟子入りした熊谷次郎直実から取ったのです。ドングリさんが「どうして市民メディアは根づかないのだろう」とコメントで書いていましたが、私はこのJanjanのお知らせのコメント欄をざっと見渡して、つくづく嫌になりました。このあまりにも「投げ捨てごめん」的なコメントが集まる日本のネット環境が匿名だと突然幼児に戻るような環境が健全なネットメディアが育たなかった原因ではないのでしょうか。
2010年03月09日
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日本テレビの22日深夜のドキュメント「カツドウカ、政府へ 反貧困・湯浅誠の1年」をみました。参与になったとき、眠れないほど迷ったけれども、参加した。入った当初、いつものように地下鉄で行こうとすると、ハイヤーが待っている。彼は車の中で呟きます。「こんなことをしていたら腐っちゃいま‥‥‥イヤ、慣れてしまいますね。一年もやっていたら、絶対慣れちゃいます」ドキュメンタリーとしては、彼の本音やら信念やらが出てきた絶妙の場面であった。結局彼は一年も参与の籍にいなくて、100日ほどでもとの「もやい」に戻っていく。その間に彼は、公設派遣村を立ち上げた。もちろん、二度と派遣村を作らせない、という政府の強い意向があったからできたことではあるが、湯浅誠がいなかったら、「やった」という実績だけを作って、中味のないものになっていた可能性が極めて高いといううこともこの番組を見て思った。ただ、かれのようなカツドウカが政府とのパイプ役にいて欲しいというのも、事実である。彼自身も新聞記事でそのようなことは言っていた。そのあたりのことはどうなのか。今度は1時間番組で、NHKスペシャルがあるらしい。もう少し検証してみたい。
2010年02月22日
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マガジン9条でフリーランスライター畠山理仁の「永田町記者会見日記」-首相官邸への道-というのが始まった。畠山さんの問題意識は、 「記者会見」とは“公の場”である。それが世界の常識だ。 ところが日本における「記者会見」は、ちょっと様子が違う。日本には世界に類を見ない「記者クラブ制度」があるため、記者会見の場に「立ち会える人間」と「立ち会えない人間」の二種類が生まれているからだ。 (略) 鳩山総理はこう明言した。 「記者会見の開放に関しては、来年(2010年)からもっと開放されるように、やるようにと申し伝えているところでございます。どうせ信じていただけないかもしれませんが、私の決意は変わっておりません」 正直言って、私はある時期、「記者会見のオープン化はこれ以上無理だろう」と諦めかけていた。だが、総理がそこまで言うんなら、こっちも乗りかかった船だ。総理の言葉を全面的に信じるわけではないが、この結末を見届けよう。そう思った私は、首相官邸での会見がオープン化されるまで、一部オープン化が実現している霞が関、永田町界隈の記者会見に出続けることを決めた。 ……というものである。大いに共感し、頑張ってほしいと思う。鳩山首相の真意はまだよくわからないのであるが、畠山さんみたいなフリーランサーの出現と活躍が、日本のマスコミ、ひいては日本の世論、ひいては日本の民主主義の前進への大きな一里塚になるだろうと、信じるからである。前にも紹介したが、「一枝の桜」の著者V.オフチンニコフは、新聞関係者から以下のような「本音」を引き出している。「たとえ一回でも他の新聞全部の後塵を拝するよりは、ほかの新聞とまったく同じニュースをもらうことが10回あるほうが、ましだということです。記者クラブが、新聞を没個性的なものにすることはもちろんですが、どの新聞も特落ちを絶対にしないことは保障されます……」この部分は正直な言葉とは言え、読んで全くあきれてしまった。「記者クラブ」この村社会的な制度のために、どれだけの重要な情報や視点が国民から隠されてきたことか。国民もそれに慣らされて、例えば畠山さんの指摘する「外務省は、岡田大臣が就任後の会見でオープン化を明言したため「参加できる」との回答を寄せた。金融庁は、亀井大臣がオープン化に抵抗する記者クラブに対し「(記者クラブは)頭が古いので自分でやることにしました」と発言。記者会見室で開かれる従来の記者クラブ向けの会見とは別に、大臣室でフリーや雑誌の記者に向けた「もう一つの記者会見」を開きはじめた。 」という事実を国民はほとんど知らない。(私もインターネット新聞JANJANで初めて知った)日本のマスコミ史上の大改革なのに、である。情報はもっともっとオープンにされるべきである。もし、売るために差別化を図る必要があるのだとしたら、情報を提供する切り口、でそれをすべきだ。大新聞はまるで特権階級のように、「情報」を持っていることだけで、偉いかのように振る舞う。「報道機関は中正公立であるべきである」というわけのわからんお題目のために、同じ情報で、同じような切り口で、同じような世論が出来上がっていく。世界は違う。いくつもの新聞がお抱え記者クラブ記者を置く必要なんてないのだ。基本情報は共同通信などから買う。それで十分である。問題はその料理の仕方だ。そのために必要な取材で記者を走らせばいいのだ。記事は「足で書く」ものである。基本情報はロイターや共同通信、特集やコラムは独自記者で。それが世界の常識だ。以前「スクープとは何か」で新井直之の論評を紹介しながらこう書いた。「スクープとは衝撃的な事実を速報することではない。まだ人々に知らされていないことを報道すること。報道することによって世論に大きな影響を与えるような報道であること。物事の本質をつかんだ報道であること。物事の本質を分かりやすく報道すること。」この定義によれば、決してすっぱ抜きの記事だけが「スクープ」とはならない。むしろ、論説記事、解説記事が「スクープ」としてもっと評価されてしかるべきである。畠山さんたちの活躍が「記者クラブ」を崩壊させ、事実に立脚した主張のある、本来のマスコミの在り方に変わっていくきっかけになればいいと願わずにはいられない。
2010年02月11日
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自分で紹介していてなんなのだけど、映画「おとうと」に出てくる民間ホスピス「みどりのいえ」のモデルになった「きぼうのいえ」のHPを見ていると、時の経つのを忘れてしまった。スタッフのブログでは今自称「新人」のスタッフSさんが毎日入居者の最期の様子を書きつづっているのだけど、一つ一つがとても深い。たとえば、今日の「ここではないどこかへ」では「いつもどこかへ行かねばならないと思ってるMMさん、そして禅問答のようなことをポロリと言うMMさん。」のことが綴られています。「氷は溶けるとどこに行くの?」という素朴な問いは、MMさんが言うと可笑しくもあり、意味深長な気がしないではありません。 他の日には、「善いものと悪いものを計るハカリがある、それを探すんだ」って言いました。「おとうと」には、ホームレスの終末ケアがテーマに入っている以上、昨今の貧困問題に対する監督の目線も見え隠れはします。けれども、それ以上に見えてくるのは、「生と死」であり、やっぱり「幸せとは何か」という沈思せざる得ないことなのです。スタッフSさんの以下のようなつぶやきに、私はやはり沈思してしまうのです。S.ベケットに『ゴドーを待ちながら』という有名な戯曲があります。ストーリーはありません。2人の登場人物が、ただひたすら誰だかわからないゴドーという人物を待ち続け、ゴドーは最後までやって来ないのです。そして2人は「行こうか」「行こう」と言いあいますが、しかし一歩も動かず、そのまま幕が降ります。 私はきぼうのいえで働くようになってから、この戯曲の意味がよく飲み込めるようになった気がします。大いなる瞬間がくるその日まで、わたしたちは一歩も動くことができません。そして、やはり2人の登場人物のように最後まで、一見すると無駄にさえみえるやりとりをやめないのです。 学生時代、待ち続けるだけの状況は悲劇と思いました。 今は、もしかするとその時間こそ愛しいものかも知れないと感じています。このきぼうのいえがどのように立ち上がって、どのように運営されているのか、幸いにも、多くのすぐれた雑誌や新聞のルポがあり、このHPでは「資料室」でそれをそのまま見ることができます。いくつかを読めば、それはやはり「しあわせとはなんなのだろう」と沈思せざるを得ないのです。施設長山本雅基さんのインタビュー(PDF)隣人の中にいるもう一人の自分と出会う-入居者の方たちと向き合うのも結構大変ですね。大変ですよ。ここのおじさんたちは元気ですから、言いたいことを言う。若い女性ボランティアが「横に座れ」と言われて「セクハラだ」と泣きついてきたこともあったし、「女のほうがやさしくていいな」と言われたシスターが「私だって女なんですけどねえ」って。ともかく人を怒らせることに関しては天才的なおじさんたちですから、あらゆる人の気持ちを逆撫でする。初めはぼくもいちいち反応していたから、パニック障害を起こしてしまいました。-そんなおじさんたちとも理解し合うことはできたのですか?これだから社会に受け容れられない、自業自得だ、と言ってしまうことは簡単です。でも生活歴をたどってみると、そこには人を恨んだり、疑い深くなったりしても仕方がないと思うような人生がありました。山谷にいる高齢のおじさんたちの多くは、中学卒業後に東京に来て、労働者としてこつこつと働いてきた人たちです。仕事がないという人に聞いてみると、新聞社で活字拾いをやっていたという。活字を間違いなく拾えれば昔はどこに行っても困ることはなかったけれど、今は何の役にも立ちません。日本の経済成長の土台を支えてきた人たちが、景気の波や機械化に翻弄され、ある時点から用なしになって放り出されてしまった。山谷のおじさんたちは、本人の努力如何にかかわらず落ちこぼれるしかなかったのです。愛情を受けた経験が少なければ、愛情の受け方も、愛情がほしいというサインの出し方もわかりません。相手から感謝されることをとおして自分のアイデンティティーを見つけようとするのではなく、自分は相手を潰すことができるくらい影響力をもっているという破壊的な方向性において、自分の存在を見いだそうとするのです。,やられるほうはかなわないですよね。でもそれをその人の責任と言えない現実があって、人とのかかわり方を学べなかったこと自体がこの人の人生の悲しみだったのではないかと気づいたとき、腹立たしい気持ちはなくなりました。……と言葉で言うのは簡単ではある。しかし、その中で仕事をしていくことの苦労は幾ばかりか。あるいは、山本さんの伴侶で看護主任の山本美恵さんのインタビュー(PDF)過酷な人生を歩んできた人たちに休憩の場を
2010年02月02日
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ものもたろうザブライさんからシネカノンが倒産したということを聞いてショックです。ももたろうさんは「ファンド方式によるローリスクローリターン運営の問題なのか、単にヒット作が出なかったからなのか」と言われていますが、何が問題だったのかよくわかりません。調べるとこういう記事がありました。「パッチギ!」「フラガール」など映画制作・配給株式会社シネカノンなど2社民事再生法の適用を申請負債47億300万円 2005年には37億あった年収が08年に約19億7900万円09年は約8億9100万円まで落ち込んでいたのだから、仕方ないということなのでしょう。実は今年一月の韓国旅行では、シネカノンの運営していたといわれる映画館を探したのです。必ず、一作品は日本映画を上映しているということで期待していたのですが、「そんな映画館はない」という観光案内所の返事でした。この記事によると、「韓国で開業した映画館が詐欺事件に巻き込まれ廃業することとなり多額の損失計上を余儀なくされてい」ということだったらしい。「詐欺」というところが少しショックです。もしその映画館が成功していたならば、日韓映画交流の拠点となっていただろうに。そのほかにも、実際はファンド方式の失敗というよりは、事業の失敗のほうが大きかったように思える。いい映画を作る、そのことだけに集中してもう一度再起できないものか。この五年間だけに限ってシネカノンが製作・配給した作品を見ても以下のものを作っている。誰も知らない - (2004年) パッチギ! - (2004年) ゆれる - (2006年7月8日公開) ジダン 神が愛した男 - (2006年7月15日公開) フラガール - (2006年9月23日公開) 麦の穂をゆらす風 - (2006年11月18日公開) 魂萌え!-(2007年1月27日公開) フリージア - (2007年2月3日公開) キトキト! - (2007年3月17日公開) 恋するマドリ - (2007年8月18日公開) 歓喜の歌 - (2008年2月2日公開) 歩いても 歩いても - (2008年6月28日公開) ラストゲーム 最後の早慶戦 - (2008年8月23日公開) ハルフウェイ - (2009年2月21日公開) 真夏の夜の夢 - (2009年7月25日公開) 「誰も知らない」「パッチギ!」「ゆれる」「フラガール」「麦の穂を揺らす風」「歩いても、あるいても」はその年のマイベストのなかに入っている作品である。こうやってみると、非常に高い確率で「忘れることのできない作品」を作っている。テレビドラマタイアップ作品やアニメが幅を利かせている邦画界の中で、実に貴重な映画製作会社であった。記事を見ても、ファンド方式が悪かったということではないと思う。決定的な失敗作を作っていたわけでもない。李鳳宇氏の志を応援しているものとして、何とかもう一度再起してほしい。事業ではなく、映画製作を志して。
2010年02月01日
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昨年の自殺者は3万2753人 12年連続で3万人超また今年もこういうことを話題にしなくてはならない。この12年の間に一つの中核都市が蒸発してしまうような出来事がなぜ起こったのか。ハッキリわからないのであるが、今回このような表を見つけた。これをみると、98年に何かが起きた、ということと、ともかく女ではなく、男が一万人近く一挙に自殺するようになった、ということが分かる。98年に起きたこと。ある人がインターネットで質問していたので、紹介。97-98年は、大きな企業がたくさん倒産したり、銀行が破綻したことが多かった年、なのですね。そのせいで社会全体に絶望感が走ったのでしょうか。。。と、いろいろ書いているが、上の説に最も共感しているようではある。内閣府経済社会総合研究所はこのような分析をしている。98年以降の30歳代後半から60歳代前半の男性自殺率の急増に最も影響力があった要因は、失業あるいは失業率の増加に代表される雇用・経済環境の悪化である可能性が高い。 また、都道府県別年齢階層別データの統計分析は、近所づきあいの頻度が高い地域で自殺率が低い傾向にあったことを不完全ながらも示している。したがって、失職者や経営難に陥った自営業者を経済面だけではなく精神面でも支援するような人的ネットワークを土台とするセーフティーネットの構築が自殺予防に有効である可能性が高い。つまり基本的には、大企業の倒産が引き金になっている。しかし、それより前の不況と決定的に違っていたのは、こういう時に助けてくれる家族、隣人、役所が、いなくなっていたということなのではないか。1999年の労働者派遣法改正などによる雇用形態の激変も決して無縁ではないはずである。自殺防止、厚労省に特命チーム 3月までに対策第1弾という報道も一応はある。確かに、こういうことは今までもやっていたはず。でも、長妻さんは心構えが違う「日本の自殺率は先進国で最も高い。原因はまさに厚労省所管の問題であり、社会保障全体をきちんと立て直すことも大きな課題だ」という言葉を一応信じたい。
2010年01月27日
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薔薇豪城さんの「かずさアカデミアパーク破綻」の記事、県と市が出資するバブル時代の清算がまたやっと行われようとしているという記事を読んで、わが郷土岡山にも同じような公園のことを思出してしまったので、ちょっと書いてみる。薔薇豪城さんは言う。「今日は NHKのテレビで千葉大学の先生が、「バブルの頃に、気軽に売れるはずのない安易な計画をしたからだ」と語っていましたが、今だったらそんなことうちのみかんちゃんでも言えます(これは嘘) 私たちが夢中になってかずさアカデミアパークへの県の無謀な開発を反対して訴えていた時に、そしてまた、赤字の県が巨額の県税をつぎ込んでいるのを告発していた時に、なんでそのコメントを言ってくれなかったの?と恨めしい気分です。」それとまったく同じことを私は「チボリ公園」に言いたい。チボリ公園計画が浮上したのは、バブルの真っ最中であるが、作られたのは既にバブルが終わった後1997年であった。作られる前から私たちは、大反対していた。バブルの最中でさえ、テーマパークで成功しているのは東京ディズニーランドと長崎テンボスだけだった当事である。素人の私たちでさえ、失敗することが目に見えていた。ところが、「経営的に失敗はしない計画だ」「県と市は第三セクター方式で援助するので少々の失敗はカバーできる」「地元への経済効果は○○であるから、税金をつぎ込む意義はある」と言って知事も市長もぜんぜん聞く耳を持たなかった。いったん岡山市に計画が浮上したときに、市長選挙でそれを止めた経緯がある。ところが、県は諦めずにそれを倉敷駅前にもってこようとする。私たちは反対する元助役を担ぎ出して、二回の市長選挙を戦った。しかし、二回とも接戦の末に敗れてしまった。ところが、出来たチボリ公園は規模も小さく張りぼての建物もしょぼく、ずーと目標入場者未達成が続いた。経済効果はその後に出来た「イオン」のほうが、地元商店街を犠牲にしたのではあるが、大きかっただろう。チボリ公園は私たちの心配したとおり、11年後多大な負債を抱え、2008年末に畳んでしまった。この間つぎ込まれた私たちの税金は幾ばかりか。土地はクラレの借り物なので、今度はその土地に大型スーパーが建つという。税金も使わないで、この方が集客力はありそうだ。たとえば、自民党や公明党の議員や保守の議員たちは、こういうことの専門家のはずである。けれども、非専門家のわれわれのほうが正しいことがよくある。お上は正しくないかもしれない。市民の常識のほうが正しいことがよくある。そのことが市民の常識になってほしい。
2010年01月26日
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12月29日から1月3日まで開いていた「岡山年越し派遣村」が閉村した。私はつきあいがあって5日参加。とはいっても、1日主に受付をしていただけである。毎日五号まで出た「派遣・労働者支援センター派遣村ニュース」から抜粋してこの6日間を振り返る。(なお、数字は最終確認をせずに書いているので若干不正確です。)1日目 派遣村の入村者は初日30人でした。夕方5時までと聞いていたのでギリギリに相談にこられた女性もいました。最初にこられた方は、午前9時。10時に開村した時にはすでに10人近くの方が待機していました。 しかし、マスコミの多さに驚いて帰ってしまったという方もいました。(略) 底冷えのする年末年始で最も気になるのがシェルター問題。初日は9人の方が希望し、途中で待てなくなった人を除く8人全員の宿泊を確保しました。2日目 初日の夜に4人の方が訪ねてこられました。この方たちを含めて2日目の入村者は37人になり、前日より7人増になっています。 (略)中には、テレビで見たが、まだ相談に言ってもよいか、とか、倉敷のはローワークから臨時宿泊所を紹介して欲しいという依頼も寄せられています。 昨日から今日まで現地に寄せられたカンパの総額は、25万円を超えました。急遽作成した郵便局の口座へのカンパ申し込みもあります。わずかな期間でここまでカンパが寄せられることは、市民の関心の高さと事態の深刻さが伝わっている証左です。 ハローワークプラザでの生活保護申請が本日までということで相談者の内容から一刻も早く生活保護につなげる必要があると判断した5人は、直ちにはローワークプラザで申請し受理されました。 またシェルター利用の希望者にもホテルの提供もあわせた宿泊所の確保をしました。3日目 12月30日は、午後からあいにくの雨。夕方からは本降りでテントも雨水がたまってぎしぎしと音が鳴り始めました。このままでは雨水に押しつぶされる危険性も。幸い雨はさほど本降りになりませんでした。 しかし、12月31日の早朝5時に、夜警をお願いしているボランティアから風でテントの一つが倒壊したとの知らせが入りました。副村長の村上さんなどが駆けつけ、2時間かかってなんとか張りなおしましたが、朝方から午前中は、なお風が強く、宣伝カーにテントをくくりつけるなど補修と補強に追いまくられました。 (略)おかやま「派遣村」の3日目は、こうした波乱がありつつも無事、時間通りに「開村」することが出来ました。寒風が吹きすさぶ中、村に集まってくる人たちの出足は若干遅れましたが、続々と昼前には前日を上回る39人の入村者がありました。 朝早くにはニュースを見て、ジャンパーをカンパするためわざわざ倉敷から訪ねてくれた方もいました。さらに事務局の電話がいつも話中にもかかわらず、粘り強く電話をかけてくださり、「年内に少しでも役立ちたい」とカンパを寄せてくださった老夫婦もいました。(略) 本日の相談は、全部で6件。東京の派遣会社で働く青年が帰省で実家に帰り、おかやま派遣村を知り、相談にこられました。友人宅に身を寄せている若者も来月下旬には仕事が決まりそうだが、年末年始は友人宅でなくてはならず、シェルター利用を希望され、入ることになりました。歩からも多重債務の相談やメンタル面での相談などがあり、終日相談者は奮闘しました。4日目 2010年がスタートしました。昨日からの強風のためテントの補強をしながらの元旦から派遣村が開村でした。 その派遣村では、2010年正月元旦に、生活保護申請を行ないました。昨日の夕方に訪ねてこられた方で、一泊だけシェルターに泊まって、元旦の朝にアパートを探して、大家さんの好意でその日から住むことが出来るようになって生活保護につなげました。この申請には福祉事務所の所長自らが来村して受理し、つなぎ資金も持参してくれました。(略)年が明け早々に、行政を動かし、市民の要求のまえに前進が勝ち取れたことになります。5日目 おかやま派遣村の入村者は5日間のトータルで延べ186人。最終日の1月3日分を足すと、軽く200人を突破する見込みになっています。 本日も夕方4時過ぎに駆け込みで相談があり、最後まで気の抜けない事態となっています。ボランティアは今日は50人と増え、炊き出しに加え、トン汁などのまかないを行なうまでになりました。 本日のシェルター利用は2人でした。夕方に兵庫から来たという方は、事務局の説明の悪さもあり、派遣村までまだ、いまのところたどりつけておらず、今後の案内の仕方等に課題を残しています。(以上派遣村ニュースより抜粋) そして今日6日目、閉村式で副村長の話では、入村者延べ236人、ボランティア延べ324人、カンパ約36万円、シェルター利用10人以上、生活保護申請9人という集約になっているそうです。(最終集約はまだ)「来年は公設派遣村を要求していきたい」と言っていました。岡山でもやはり、派遣村を作ることで、雇用の破壊、セーフティネットの破壊を可視化することが出来ました。そして、本当にたくさんのボランティアや支援物資、カンパが集まることになりました。テレビやラジオのニュースを見たり聞いたりして、ともかく来たんだ、という人が1日3-4人はいました。「香川ではこんなことをやっていないから」と言ってきた青年は一時間だけ炊き出しを手伝って帰っていきました。「去年はボクが同じような立場だったもので」といいながら。
2010年01月03日
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26日の朝日新聞の36面は7つある記事すべてが面白かった。右上から以下の記事が並ぶ。「09年考古学を振り返る」「考古学月別年表」「建築薀蓄ファイル投入堂」「加藤周一の心は続く」「性の役割分担今も」「民博でトラ展」「万葉こども塾」特に「09年考古学を振り返る」は朝日新聞の考古学記事の重鎮天野幸弘氏の記事であった。彼はやはりこの一年は「奈良・纒向遺跡の大型建物あとの発見で久し振りに邪馬台国論争が盛り上がった。」と述べ、もうひとつ淡路島や高知の鉄器工房あと、そして岡山・鬼の城の鉄器炉あとの発見に注目し、「歴史像の変革に迫る発見」だとした。鉄の遺跡はキレイに残らない分だけ派手さが無い。けれども非常に重要なのである。もうひとつの注目記事は12月5日に加藤周一の一周忌を記念して開かれた京都・白沙村荘で開かれた集いの記録の記事「加藤周一の心は続く」である。桜井均氏の「加藤周一のラストメッセージ」ジェリー・ブロック氏の「加藤周一の思想における時間と空間」が講演、参加者も重要な発言をしたらしい。戦後まもなく広島を訪れたときの様子、加藤周一から高い評価を得た画家・遠藤剛き氏の発言。葬儀のとき棺に入れたのは、フランス語版の聖書、ドイツ語版のカントの「実践理性批判」、岩波文庫版の「論語」だったという。なぜそれらが選ばれたのか、いろいろと想像してみる。「聖書」には深い意味がある。そのことについてはまた別の機会に述べる。他はもっとふさわしい本があるような気がする。どうして「万葉集」は入らないのか、など。年の瀬、色々しなくちゃならないのに、動くの億劫で喫茶店で貯まっている新聞を読んでいる。27日の新聞には内閣府参与の湯浅誠さんのインタビューが載っている。ワンストップデーが「相談」のみになったのは、内閣府としては「権限」はないのでやっぱり自治体の抵抗があったということが分かった。「私が10求めたことに対して担当課で8になり、省内部局との調整、自治体や政治家との調整で、結局残るのは2。それがもともとの趣旨に沿ったものかは判断されない。私も調整の中で官僚と同じつらさを感じました」という。参与はこれからも続けますか、という質問に「やったことはまだ三合目という感じです。ただ情報量の差は圧倒的。「活動家」の誰かは政府の中にいたほうがいいと思います。」その下に五木寛之「親鸞」(上)(下)の全国一斉発売の広告が載っていた。年の瀬である。
2009年12月27日
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かばんの中からぐちゃぐちゃになった切抜きが出てきました。多分半年前くらいの朝日新聞「悩みのるつぼ」という企画の切抜きです。今もう一度読んでみて、非常に普遍的な悩みだと思い、そのまま書き写してみます。相談者は34歳の契約社員。女性です。「結婚にもなんとなく無気力で…」という悩みです。 出版社の契約社員をしている34歳女性です。結婚のことで悩んでいます。 仕事は半年ごとの契約です。出版不況の中、いつクビを切られるか分かりません。独身のままの老後を想像すると、ゾッとします。その前に他県で暮らす両親の介護が必要になるかもしれません。 安定した人生を送るには、収入のある男性と結婚するのが近道なのでしょう。30歳までは「早く結婚を」という親の圧力もあり、焦っていました。30歳を過ぎても結婚しない女性には、きっと何か問題があるに違いないとえ思っていました。 でも、これまで付き合った男性4人とは結婚に踏み切れませんでした。「この人でなくちゃ」という確信がもてないと結婚はだめだと思うのですが、誰ともそこまで気持ちが高まらなかったのです。だんだん結婚への意欲も薄れてしまい、4人目の彼氏とは自然消滅でした。 子供を産みたいことや、自分の容姿などを客観的に考えると、タイムリミットが近づいていると頭では分かっています。でも、周囲には同世代で独身の女性も多く、かつてのような切迫感はありません。 最近はこんな自分の無気力状態にこそ漠然とした不安を覚えるのです。独身のまま不安定な仕事を続け、先の読めない未来を乗り切ることが出来るのでしょうか。うーむ。どうでしょうか、皆さん。どのようにアドバイスすればいいのでしょうか。じつは、回答者は専門的なアドバイザーでもなければ、文学者でもなく、経済学者の金子勝氏でした。朝日はみごとな人選をしていると思いました。回答を長々と書いていましたが、はしょって紹介。彼女はみごとにロスジェネの走りなのです。就職氷河期で正社員になれず、セーフティネットのない社会を生きている典型です。契約労働だとすぐに首を切られ保証がない。医療も介護も崩壊状態なので家族の支えが泣ければ無理。ところが、自分が老後は独身かも知れず、親の面倒の心配もしなければならない。逃げ道は結婚しかないのでしょうか。でもそれも今のままで不利です。将来の安定を確保できるだけの結婚や正社員の道はあまりに「競争」が激しい。金子さんは言います。「個人的な解決はほとんど困難です。残されている道は、自らが多数派であることを自覚して、社会的な不公平に対して同じ世代で主張を共有するしかありません。」それもめんどくさいならば、あなたが今抱えている「不安」は的中するでしょう。もうこれは、身の上相談の回答ではありません。たぶん彼女にとっては回答拒否に映ったに違いありません。でも、私もこれ(個人的な解決はほとんど困難)が現実だと思います。もちろん、彼女が好転する可能性はゼロではありません。むしろ、そうは言ってもキチンと自覚してがんばれば、数少ないチャンスをものにして正社員の道も…いやこれは難しいとしても、理想的な彼氏が現れる可能性はゼロではありません。でも、彼女のように「理想の彼氏」を待っていてすぐに40歳を越えた人も数多くいるのも事実。やっぱり、回りくどくめんどくさいかもしれないけれど、少しでも住みやすい社会に向けて頑張ってみるのをお勧めします。案外そこから見えてくる未来があるような気がします。(以上自分のことを棚にあげています。いつも私はそうです。すみません)
2009年11月29日
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今年も新語・流行語大賞の時期がやってきました。今年の60の候補を挙げているホームページはここです。その中からベスト10と大賞が選ばれるわけですが、個人的にベスト10なってもらいたいものを挙げてみました。定額給付金 1人当たり一律1万2000円、18歳以下と65歳以上には8000円を上乗せ。麻生政権の目玉政策の一つになるはずだったが、選挙対策のバラマキと批判を浴びたり、「低額給付金」と揶揄されたり。申請締切りの全国的なピークである9月・10月を過ぎても未申請者が約1割という実態も。 年越し派遣村 ホームレス支援や非正規雇用の問題に取り組む大小のグループと労組が手を携える形で実現した、2008年歳末の給食所。厚生労働省の隣、東京・日比谷公園に設けられた仮設テントには6日間で、登録ボランティア約1700人、支援金は4400万円にのぼった。 派遣切り リーマンショック以降の急激な雇用調整において、パートタイマーや派遣労働者など非正規労働者は真っ先に雇用調整の対象となった。まず削減の対象となったのは派遣労働者で、特に生産の落込みが激しかった自動車や電機など製造業の派遣労働者は真っ先に削減されることに。貧困 経済的理由により最低限度の生活を営むことが困難になる状態。貧困線すれすれの生活しかできない人々を一般に「ワーキング・プア」と呼ぶが、日本では貧困線の定義が不明確なために正確な数を特定できない。一方で、リストラによる失業や離婚にともなう母子世帯の増加によって、「子どもの貧困」も問題になっている。 宇宙人 鳩山首相には、かねてから「宇宙人」というニックネームがある。変人と呼ばれた小泉純一郎が首相だった当時の参院選挙のとき、「私は宇宙人と呼ばれている。宇宙人と変人の一騎打ちとみてもらって結構」と自ら発言。 裁判員裁判 「裁判の迅速化・民主化」という名目の下に2009年5月にスタート。法務省は「未来の裁判員を育てる」として、08年9月から検察官や刑務官による「出前授業」を全国の小中高でスタートさせている。厳罰化に向けて舵を切りたい国の片棒を国民に担がせる制度だという声も。 政権交代 8月30日の第45回衆院総選挙。自民党は300から119へと議席を激減させ惨敗。一方、民主党は115から308へと議席を大きく伸ばして圧勝した。投票率は69.3%。総選挙の結果を踏まえて、9月16日、鳩山由紀夫を首班とする民主党内閣が発足した。選挙による政権交代が実現したのは初めてのこと。 事業仕分け 国や地方自治体が行う個別の事業について、公開の場で必要性や効率的な実施方法を議論する手法。各事業を「不要」「民間に委託」「国ではなく都道府県が行うべき」などと仕分けする。「仕分け人」と呼ばれるのは公務員OBなど、民間人。民主党新政権の下、行政刷新会議はこの手法を用いて、概算要求に盛り込まれた事業の必要性などを判定していく。 核なき世界 オバマ大統領は2009年4月、チェコのプラハでの演説において「核兵器のない世界」を目指すことを表明して、世界から注目された。核兵器を使用した唯一の大国として行動する、道義的責任にも触れた。これによりオバマ大統領はノーベル平和賞が決まった。 歴女(レキジョ) 『三国志』や戦国時代をテーマにした映画やゲームが増え、原作本を読み始めて「歴史通」になる女性が増えてきた。小日向えりら歴史好きのアイドルは「歴ドル」と呼ばれる。 ちなみに全60候補は以下の通りです。●エコカー減税●エコポイント●コンビニ受診●1000円高速●ゼロゼロ物件●990円ジーンズ●定額給付金●年越し派遣村●派遣切り●貧困●ハウジングプア●宇宙人●小沢ガールズ●オバマ政権●故人献金●裁判員裁判●政権交代●事業仕分け●脱官僚●チェンジ●25%削減●ばらまき●飛翔体●DNA鑑定●UFOで金星に●核なき世界●アシュラー●あぶり●ぼやき●あると思います●育成選手●1Q84●乙男(オトメン)●カツマー●家電芸人●実物大ガンダム●キング・オブ・ポップ●国営マンガ喫茶●こども店長●婚活●こんなところ来とうはなかった●侍ジャパン●女子力●シルバーウィーク●新型インフルエンザ●セクスィー部長●草食男子●草食系/肉食系●トゥース●ノギャル●のりピーショック●のり塩事件●パンデミック●ひな壇芸人●ファストファッション●弁当男子●マー君神の子●八ッ場ダム●離カツ(離活)●歴女(レキジョ)
2009年11月18日
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八つ場ダムをめぐっていろんな情報が錯綜している。こういう場合、わたしは「真実は何か」というふうには情報を見ない。ある「偏見」をもとに「真相は何か」というふうに物事を捉えようとする。そのとき大事なのは、人の意見ではなくて、「事実を基にする」ということである。マスコミ報道から突然流れてきた膨大な情報に対し、八ツ場ダムをストップさせる千葉の会が、以下のような反論を載せている。「みんなの八つ場パーフェクトガイド」(PDF)ここで、地元住民を名乗る女性の発言やら、東京や千葉の県知事の発言などに対して数字を挙げて一定の反論をしている。旬の疑問におこたえします!検証 ウソ or ホント?1. 八ッ場ダムは継続するより中止した方が高くつく?2. 八ッ場ダムはすでに7割もできているので、今さらストップできない?3. 八ッ場ダムを造らないと河川の水を使う権利がなくなる?4. 八ツ場ダムは渇水対策のために必要?5. 八ッ場ダムは利根川の洪水対策として重要?読ませてもらった。数字のマジックは色々あるので、私はいちいち検証することはできない。けれどもどのような立場に立つのか「選択する」ことは出来る。「支配される側に立つ」「一番弱いものの立場に立つ」その原則を出来るだけ守りたいと思う。一つ明らかになったのは、すくなくとも一定の立場から流されている現在のマスコミ報道は、この数字のまえには大きな矛盾を抱えているということである。このような数字は「事実」であるから遅かれ早かれ、国民の前に明らかになる。誰が得をするのか、それはやはり現在の工事を継続した大企業と天下り役人と一部住民であることは間違いないだろう。そういうものの立場には私は立たない。継続した場合、誰が損するのか。差し引きで税金を多く払う国民と県民である。未来においてえんえん無駄な金を使う国民県民であろう。そして破壊される自然であり、その自然の元に暮らさざるをえない地元住民だろう。問題は、ずっと国の政策に翻弄され続けてきた地元住民は正統な保証をもらったとしても傷は残る、という点であるが、この場合工事を継続しても傷つく。こういう場合は、地元住民も抵抗の精神を示して欲しいと願わざるをえない。私の立場は、さしあたり、このようなものである。
2009年09月27日
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「ニューヨーク・タイムズ(電子版)に掲載された鳩山論文」というのが話題になっている。その要旨は以下の通り。一、日本は冷戦後、グローバリゼーションと呼ばれるアメリカ主導の市場原理主義に翻弄(ほんろう)され続け、 資本主義が原理的に追求されていく中で人間は目的ではなく手段におとしめられて、人間の尊厳は失われた。 一、道義と節度を喪失した金融資本主義、市場原理主義にいかに終止符を打ち国民経済と国民生活を守っていくかが われわれに突き付けられている課題だ。 一、今回の経済危機は、アメリカ型の自由市場経済が普遍的、理想的な経済秩序を代表しており、 すべての国が経済の伝統と規制をグローバル(むしろアメリカの)スタンダードに合わせて修正すべきだとの考え方によって もたらされた。 一、グローバル経済は日本の伝統的経済活動を損傷し地域社会を破壊しており、 グローバリズムが進む中で切り捨てられてきた価値に目を向け直すことが政治の責任だ。 一、もう一つの国家目標は、「東アジア共同体」の創設だ。むろん、日米安保条約は日本外交の礎石であり続ける。 われわれは同時に、アジアに位置する国家として、地域の経済協力と安全保障の枠組みを築き続けなければならない。 一、金融危機は多くの人々に、アメリカ一国主義の時代の終焉(しゅうえん)を予感させ、ドル基軸通貨体制の永続性への 懸念を抱かせた。私も、イラク戦争の失敗と金融危機で、アメリカ主導のグローバリズムの時代が終わって世界が多極化の 時代へと移りつつあると感じる。 一、現時点では、支配国家としてアメリカに代わる国も、世界基軸通貨としてのドルに代わる通貨も、一つとしてない。 だが、中国が軍事力を拡大しつつ世界の主導的経済国家の一つになることは明らかだ。 一、世界の支配国家としての地位を維持しようと戦うアメリカと、これから世界の支配国になろうと狙う中国との間で、 日本はいかにして政治的、経済的独立を維持すべきか。これは日本のみならずアジア中小国の悩みであり、 地域統合促進の主たる要因であるこれを鳩山が本気で言っているのだとしたら、以前の記事で「新自由主義を推し進める国会を作ってもいいのですか」と言ったことは訂正してお詫びしなければならない。しかし当の鳩山氏はすぐにいいわけをしている。「「VOICE』という雑誌に載ったものを、その新聞社が一部を、抜粋をして載せたものだ。(略)一部だけとらえられて書かれていると。私自身が書いたものは決してグローバリゼーションの負の部分だけを、申しあげるつもりはなかったと。負もあり、正の部分というものも当然あると。」鳩山氏の評価はまだこれからであり、「お詫び」は保留ということにさせてもらいたい。けれどもこの論文で言っていることは、基本的にこれまでの自民党とは大きく舵を切った意見であり、大いに歓迎したい。ウソでもいいから、この方向で日本の未来を突き進んで行ってもらいたい。23日には憲法学者河上氏の言葉「今は選挙で『投票非暴力革命』ができるのだから、「あなたの一票、革命権」というようなスローガンのほうがいい。」というのを紹介した。今回の政権交代を「革命」という気は無いが、場合によっては大きく変わる一歩かもしれないし、間違いなく歴史の教科書に載る出来事ではある。ところが、8月31日フィナンシャル・タイムズの記事の末尾にこのようなことが載った。こういう事態になっても尚、自分たちには選択肢が本当にあるのかどうか、有権者は確信できずにいる。世論調査を見ても、個々の日本人に話を聞いてみても、日本の有権者は民主党の政策に心から同調して投票したというよりも、自民党に対して反乱を起こしたのだ。しかしそれでも日本人は、自分たちが本当の意味で主権を行使した、あるいは影響力を発揮したのかどうか、確信できずにいる。その証拠に30日の夜、こんなことがあった。あるイタリアのテレビ・プロデューサーが「民主主義の歴史的勝利をあちこちで祝っている日本人の画像をとってこい」と、カメラマンを外に送り出したのだが、そんな光景はどこにもなかったのだという。「何も録画できなかったんだ」とこのプロデューサーは嘆いていた。阪神が優勝したり、サッカー日本がワールドカップで一勝したならば、カメラマンは街中でいい映像を撮ることは出来ただろう。しかし、わたしたちも確信する。8月30日の深夜、「長い間の願いだった自民党政権が終わったぞー」と叫びながら町の中で人々がお互い喜び合う光景は「皆無」だっただろうと。その夜、12時を過ぎると日曜の夜なので特に静かに更けていっただろう。喜ぶ姿はあった。それは「選挙事務所」という閉じられた世界の中でえんえん夜通し続いただろう。これが日本なのだ。ウソでもいいから、自分たちで歴史の一ページを作らない。でもこれからだ。来年の参議院選挙、本当に自民党政治が終わる日は来る。あるいは、憲法を守り生かすことが決まる日、自分たちで花火を挙げる日は、まだこれからやってくる。
2009年09月02日
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「こどもたち」 茨木のり子こどもたちの視るものはいつも断片それだけでは何の意味もなさない断片たとえ視られてもおとなたちは安心しているなんもわかりはしないさ あれだけぢゃしかしそれら一つ一つとの出会いはすばらしく新鮮なのでこどもたちは永く記憶にとどめているよろこびであつたもの 驚いたもの神秘なもの 醜いものなどを青春が嵐のようにどつと襲ってくるとこどもたちはなぎ倒されながらふいにすべての記憶を紡ぎはじめるかれらはかれらのゴブラン織を織りはじめるその時に父や母 教師や祖国などが海蛇や毒草 こわれた瓶 ゆがんだ顔のイメージで ちいさくかたどられるとしたらそれはやはり哀しいことではないのかおとなたちにとつてゆめゆめ油断のならないのはなによりもまづ まわりを走るこどもたち今はお菓子ばかりをねらいにかかっているこの栗鼠どもなのである 『対話』より本当はもっとまえにこの詩を紹介するべきだったのかもしれない。今日の選択は四年前の9.11と同等の深い意味を持っている。本当に民主党に独り勝ちをさせてもいいんですか。憲法の平和や民主条項などの根本理念を変える可能性のある議員を当選させてもいいのですか。新自由主義を推し進める国会を作ってもいいのですか。「子供手当てが欲しいから、後はよく分らんけどとりあえず」「どうも空気がそんなんだから、皆と一緒で‥‥‥」というよな夫婦の会話を、子供が聞いていてもいいのですか?けれども、私のブログにそんな影響力を期待するほうがチャンチャラおかしい。まあこれから投票に行く前に、本や映画の紹介よりも、今の私の気分の証として、未来の子供たちに恥ずかしくない行動をしようと思っているということで、こんな詩の紹介の方がいいかな、と思って書いてみました。
2009年08月30日
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9/30の選挙において、毎回ある最高裁裁判官の投票ですが、態度を決めました。いつもは全員×をしていたのですが、基本的にはそれでも意味があるのでしょうが、本人にとっては、×の割合が多ければ多いほうが、「意思がはっきり感じられて」堪えるだろうと推測し、「選んで」×をすることにします。少しでもいいという判決をしたと思われるのは、宮川光治氏(弁護士出身)のみ。中国残留孤児の国賠訴訟において上告破棄(原告の請求を破棄)の多数意見において、上告受理のの少数意見でした。ちなみに櫻井龍子氏はこの上告破棄に賛成意見。また、田原睦夫氏は「君が代」伴奏強制事件で「伴奏を命ずる職務命令とその違反を理由とする懲戒処分を合憲とする多数意見」に賛成している。この人は×です。其の他、他のブログを色々参照した結果、お玉おばさん竹内行夫最高裁判事に何で×をつけるのか 来たる8月30日の衆院選と同時に行われる最高裁判所裁判官の国民審査で、「4人の最高裁裁判官に×(バツ)を与える国民運動」今回九人のうち×をするのは那須弘平氏涌井紀夫氏田原睦夫氏櫻井龍子氏竹内行夫氏竹崎博充氏の六人でした。
2009年08月22日
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「いちど視たものー1955年8月15日のために」いちど視たものを忘れないでいよう日本の女は梅のりりしさ恥のためには舌をも噛むと蓋をあければ失せていた古墳の冠ああ かつてはそんなものもあつたろうか戦おわつてある時東北の農夫が英国の捕虜たちにやさしかつたことが ふつと明るみに出たりした 茨木のり子『対話』より一部2005.9.11の郵政解散自民の地すべり的大勝より四年たち、2009.8.30を迎える。「いちど視たもの」を忘れないよう、この間書いてきた記事を少しだけピックアップしてみた。2005.9.27首相所信表明演説あるいは後世の歴史家から見れば(この後すぐに小泉はアメリカ・大企業の傀儡であったことが明らかになる)2006.4.22もっともっとメールを!『共謀罪、審議入り』 (結果的には廃案にすることは出来たが‥‥‥)2006.12.04「世界」編集長の言葉、ジャーナリズムの責任 (教育基本法の改悪はこの4年間で個人的には一番むごい改悪だったと思います)2007.3.29改憲手続法『修正案』とは (国民投票法は成立した。しかし戦いはまさにこれからが本番である)2007.12.31今年の総括、お知らせ、或いは「水滸伝」(今年の総括を書評と一緒にしているところが私流)総括といえば、今年はひとつの大きな闘いがありました。参院選。あの闘い、カネも情報も、自民党の方が有利だったはず。けれども、野党が勝った。悪法の度重なる強行採決、カネをめぐる違法と嘘とごまかし、とくに5000万件の中に浮いた年金、長い不況と格差拡大が、与党にいつもの方程式を許さなかった。不安倍増は政権を投げ出し、福田小川のアクロバット「連合」も許さなかった2008年も色々あったが、長くなるので‥‥‥2009.4.24海賊対処の本質(憲法違反の海賊対処法成立)
2009年08月15日
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昨日の広島平和祈念式において、麻生首相は世論に押されていつより一歩踏み込んだ挨拶をした。改めて核兵器廃絶のために国際社会の先頭に立っていくことを宣言するのと同時に、やっと重い腰を上げて原爆症の認定対象をできるだけ拡大すると具体的な方針を出したのである。これだけを読むと力強い宣言である。遅きに逸する感もある。この長い裁判の間に何人もの原爆症の方々が亡くなった。けれどもマア今までのなおざりな挨拶よりはよい。ところが、今朝の朝日ではこの舞台裏を書いている。『首相の決断』演出(略)「基金のことはちゃんとつめてくれよ」首相は会見後、河村官房長官にこう指示した。政府内では敗訴原告の救済には異論が強かった。基金の詳細は白紙とはいえ、民間の寄付だけには頼れず、政府も出資する可能性が高い。首相の懸念は、間接的であれ、敗訴原告を税金で救済することの正当性を説明できるかにあった。(略)しかし、河村、桝添え両氏の説得に対し、首相は5日も慎重姿勢を崩さず、両氏がまとめた解決案を手に、『本当にそれでいいのか』と何度も念を押したという。(略)ただ、確認書の著名式でも首相の表情は硬く、質疑では用意された紙を読み上げただけ。被爆者団体との代表との会談では『きわめて異例な対応ですが…』と断りをつけた。原告側は裁判の長期化に対する政府の謝罪を求めていた。しかし、首相の口から一言もなく」河村官房長官が陳謝の談話を発表したらしい。いやあ、麻生さん、本当に被爆者の方々に『税金で救済するのは』嫌で嫌でたまらなかったんでしょうね。これに税金を使うとすれば幾らかかるかは知りませんが、思いやり予算に毎年何千億、米軍基地のグァム移転に七千億もの税金を使い、景気対策と称してぽんと大企業にお金が行く仕組みを何十兆円も使うのに、ともかく「本当に困っている」国民にお金を使うのは「ありえないこと」なんでしょう。徹底して頭の構造が国民ではなく、米国と大企業に向いている、という証拠なんでしょう。ほかの新聞記事では、麻生さん広島市で記者会見し、日本が「核の傘」の下にある実態については「核をもって攻撃しようという国が隣にある。現実を踏まえないといけない」と仰りました。この人は何が現実だというのだろうか。「現実を踏まえる」は「現状を踏まえる」とは違う。「現状」を乗り越えていく、その実際の行動への意思なのではないだろうか。斧を振り上げている精神異常者が隣の家にいるので、彼の病気がさらに悪くなる様にさらに大きな斧やら鉄砲やらを目の前に用意するということなのだろうか。それを自前では用意できないので、頼み込もうとしている親戚の大人は病理的対応を主張しているというのに、である。もしかしたら、隣の家に影響されて私たちの家の当主も精神的に異常になっているのかもしれない。そういえば、すこし精神的に不安定さが目立ってきた。こわい、こわい。広島市長の平和宣言は毎年言うことが具体的になってきた。今年はこんなことも言っている。実現する「芽」がもしあるのならば、生きていくのに希望を覚える内容である。夢物語だろうか。本当の平和を実現するためには、麻生さんのいうやり方よりも、よっぽど「現実的」であると私は思う。対人地雷の禁止、グラミン銀行による貧困からの解放、温暖化の防止等、大多数の世界市民の意思を尊重し市民の力で問題を解決する地球規模の民主主義が今、正に発芽しつつあります。その芽を伸ばし、さらに大きな問題を解決するためには、国連の中にこれら市民の声が直接届く仕組みを創(つく)る必要があります。例えば、これまで戦争等の大きな悲劇を体験してきた都市100、そして、人口の多い都市100、計200都市からなる国連の下院を創設し、現在の国連総会を上院とすることも一案です。
2009年08月07日
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なぜか、昨日家に帰るとインターネットもメールも通じなくなっていました。システムの復元をしてみたり、ルーターをいったん切ってみたり、いろいろしたのですが、原因がわかりません。今日は、違うパソコンを借りてちょっとの間だけ使わせてもらっています。しばらくは、更新ができないかもしれませんが、よろしくお願いします。「原因」というと、今日さんが「原っぱの「原」は書けるのに、原理の「原」は、なぜ書けないか。 」という考察をしていました。原理の原が、書けないのは、低学年で、目で見える原っぱの意味の原は、教えるが、その後、頭の中だけで理解する原理の原の意味を軽く扱うか、素通りしている傾向があるからなのですね。覚えやすいかどうかの観点から言いますと、原っぱ原の方が覚えやすいですね。見えますからね。ところがもとの意味というのは、頭の中だけで理解する言葉(これを抽象語といいますね。)なんですね。だから、覚えにくいのでしょうね。このことから、漢字は、もとの意味と派生(ハセイ)した意味をきちんと指導する事が、大切なのですね。これは結局、現在の国政の貧しさの「もとの意味と派生した意味」をしっかりとらえる訓練を国民がしていないから、いつまでたっても同じことが続いているのとよく似ていると思います。なぜ「100年に一度の大不況」は起きたのか、昔あったはずの「溜め」がこんなにも干上がっているというのに、なぜ毎年2200億円もの福祉教育を削ることを許してきたのか。マスコミは、「原っぱ」しか教えません。けれども国民は圧倒的多数がマスコミを一番の教師として見ているようです。あっ、時間が来ました(^^;)まあ、そんなこんなで今回の故障の原因、いい教師を探したいと思います。
2009年07月01日
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