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またまたご無沙汰でした。三月弥生、月末処理は無事終わり、明日からは四月、卯月です。病院には行かず、薬も飲まず、仕事も休まずでしたが、風邪はほぼ治ったと思います。鼻炎のような症状や喉の不快感、くしゃみなど、風邪の「ような」症状はすっかり消え切りませんが、近年にない程の目の痒さを伴っているので、恐らく風邪というよりは花粉の影響じゃないかと思っています。この2週間ほどは、大事を取ってというよりそれを口実に、家事もブログも大々的にさぼっていましたし、会社では2週間ずっとヒーターを強にして背中に背負い、のど飴代わりの水素水のボトルを机に置いて、仕事もデスクワーク限定にして過ごしていました。仕事帰りは買い物もせず、家に帰れば呆れるほどすぐにベッドにもぐりこんで朝まで寝ている日々、風邪ひきたての先週の月曜日は、さすがにせき込んで電話が辛かったことがありましたが、咳が治まってからはほとんど問題なく過ごせていました。mamatamが自分に優しすぎるせいで、ブログもできないほどひどい風邪なのに、病院にもいかず薬も飲まないなんて無茶!とか、そんな時にも仕事なんて無理しすぎ!とか、たくさんの方たちにご心配かけてしまい、本当に申し訳なく思っています。訪問もコメントもできなかったのに、温かいコメントをくださった皆様にも改めてお礼申し上げます本当にありがとうございました。でも、病院には行きたくない、薬も飲みたくないという我儘をもう少し続けさせていただきので、まだしばらくPCにはご無沙汰をしてしまうかもしれませんが、どうかご心配なさらないよう、そして大目に見ていただけるよう、よろしくお願いします。さて、実は、明日も、母方の叔父の法事があり、先週に引き続いて出かけなくてはなりませんので、今日は週末の家事だけ片付けて午後はまた読書三昧で寝て過ごしたかったのですが、どうしてもしなくてはならない買い物があり、午後ちょこっと出かける予定。日用品程度のものなので、どこへ行っても良いのですが、往き帰りに桜を見られそうな道を選んで走りたいと思っています。東京は桜満開と聞いて数日たちますが、見とれるような桜にはテレビでしかお目にかかっていないのです。昨年夏に引っ越してどこにどんな木があるのかもわからないので、初めての桜の季節、突然の出会いをとっても楽しみにしていたのに、残念ながらわ~~っと言いたくなるようなポイントが通勤路ではみつからなかったのです。ここ2週間、風邪のせいでわき目もふらず寄り道もせずの通勤だったということもありますが、道の両側の並木も、銀杏だったり、槐だったり、ヤマモモだったり、小学校、中学校も3‐4校あるのに、校庭には桜が2-3本ずつしかなく、不思議なくらい桜の木の少ない地域なのも確かなようです。いつもはバスで行く駅までの道には桜並木があるのを知っていますので、日差しの温かいうちに自転車で行ってみようと思います。そうそう、その前に、我が家と4車線の道路を隔てた向こう側にある公園にも寄ってみなくては。我が家の真正面にあるのに、両側家に挟まれた、その公園の入り口になっている路地があまりに細くて視界が狭く、今までわからなかったのですが、ピンボケでごめんなさい、でも、今朝窓を開けたらこんなことになっていたのです。その狭い狭い路地からはみ出さんばかりの満開の桜です。我が家から仕事場までの間で、たった一か所見付けた桜ポイントが、何と我が家の前でした。お昼ご飯を食べたら、道を渡ってこの桜をしっかり見てから、お買い物に行ってこようと思います。
2018.03.31
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昨日ご紹介した布多天神社さん、御朱印のことですごく大事なことを書き忘れました。 昨夜思い出して、昨日の記事にも付け加えておいたのですけど、御朱印をくださるとき、そのままではなく、おはらいをしてから渡してくださるのです。 こんなことしていただいたのは初めてで、とてもびっくり、それにもまして大感激でした。 昨夜は無事お通夜に行けました。 何も予定がなければ昨日も一日寝て過ごすところでしたが、まだ咳が完全に治まっていなかったので、お焼香の時にお線香の煙でむせ込みそうだったら咳止めでも買わないといけないと思って、様子を見るついでに朝から起きていろいろなことをしていました。 大丈夫そうだったので、咳止めは買わず、出がけにコンビニでのど飴だけ買って、一応ポケットにインスタントカイロを忍ばせていきましたが、幸いなことに、どちらも出番はありませんでした。 わたしたちは40分ほど早く式場に着いたのですが、受付を頼んだ方がまだ来ないとのことで受付が始まっておらず、それから15分以上たってもまだ到着しなくて急遽受付をすることになってしまいました。 咳がぶり返さないか心配でしたが、建物の入り口ではなく、2階のエレベーターホールでの受付でしたので大丈夫でした。 昨日はまだ少し症状が残っていましたが、それは風邪を引いた後遺症みたいな感じで、特につらくもしんどくもなかったので、後はもうゆっくり経過させていけばいいのだろうと思いました。 30年以上住んだ暖かいマンションから寒い戸建てに移ってきた冬が、例年にない程の寒さでしたので、それでなくても経年劣化著しい身体は、頑張って持ちこたえてくれはしたものの、体調の維持にかなり苦労したのでしょう。 その間に積み重なった歪みを一度清算しておかないと、春も近づいて緩んだ身体が歪み歪みさらに大きくしてしまいかねないと、あっちこっちのネジを締めなおした、それが今回の風邪だったかな~~と思っています。 高熱は出なかったので仕事には行きましたが、喉の痛みも痰も鼻詰まりも咳もクシャミも、寒気も頭痛もだるさも、おまけのように軽いひざ痛まで、思いつく限りの症状が出ていました。 どうやら、老体が自分に鞭打って、ここはどう?こっちは?そっちは?とテストしては調整し、ありとあらゆる部位をリセットしてくれていたようです。 一週間も風邪が治らないのに病院行かないの?と眉を顰める方もいらっしゃいましたが、お薬を飲んだり注射をしたりして症状を抑えてしまうと、テストや調整作業の邪魔になりますので、ちょっと耐えやすくするため温めたり緩めたりはしたけれど、基本的には風邪さんに協力するのが基本姿勢の、mamatamの風邪週間でした。 今日は、幸いのどの痛みや咳は治まりましたが、くしゃみと鼻水に悩まされた一日でした。 朝の天気予報の花粉予報で、関東地方全部が真っ赤な地図が出たくらいたくさん花粉が飛んでいましたので、これは多分風邪の症状ではなく、花粉さんの仕業でしょう。 風邪はほぼ経過できたのじゃないかと思います。 歪みを探ってリセットするために風邪で1週間も頑張ってくれた身体はさぞかしお疲れなので、治ったぁ!とご機嫌になって飲みすぎ食べすぎに走らないよう自戒しつつ、せめて今週中は自分に優しく過ごそうと思います。 まだしばらく早寝早起きで、PCも控えめの日々が続きそうですので、訪問やコメント、あまりできないかもしれませんが、どうぞご容赦くださいね。
2018.03.26
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ご無沙汰でした。風邪をひいていました。ずっと寝込んでいたわけではないのですが、仕事は休めず、PCを開く余裕がありませんでした。先週の土曜日少し前に予約に空きができたとのことで整体の予約を入れて戴いていたので、出かけたのです。お天気が良くて、少し風がありましたが寒くもなくて、朝、起きた時のどが少し痛かったのですけれど、体調はさほど悪い感じはしなかったので、普段の週末と同じにお洗濯をしてお掃除をした後バタバタと出かけました。今回の会場は、いつものY子さんのお宅でなく、M先生のお宅でした。いつもの駅からでも、別の私鉄の駅からでもで行かれるとのご案内でしたので、我が家からは少しだけ便利な「京王線調布駅」からバスに乗ることにしました。前の週の文楽に続いての京王線。そして、調布も初めて行く街です。初めての街というとどこかお詣りできるところを探さないではいられないわたし、とりあえず御朱印帳をバッグに入れました。調布も東京都調布市、つまり東京の西の方の市部で、我が家からは先週の府中同様東京の反対側になります。乗車時間はバスも含めて1時間余り、電車だけで乗り換え1回で50分ほどかかります。その時間に調布駅近辺の神社仏閣をチェックしようという計画というか、無計画というか。。。でした。検索の結果、布多天神社と国領神社が調布駅に近く、お詣りできそうとわかりました。調布七福神というのもあるようですが、お出かけのついでのつかの間の時間で回るのは無理そうなんて思っている間に調布到着。初めて降りた調布駅はきれいな駅で、駅の周りもとても賑やかでした。まずは布多天神社に向かって歩き出しました。中央口を出たら広い通りを右にまっすぐ行って、電気通信大に突き当たったら右に少し鍵の手に迂回してさらに直進、その突き当りが布多天神社でした。鳥居をくぐるとこんな木があり、立派なご本殿に、この大鳥神社をはじめとしたいくつかの境内社、神楽殿などもあり、天神様にはつきものの牛さんもいました。実はわたし、この牛さんを見るまで、こちらの神社「布多天」神社なんだと思っていたのです。牛さんを見て、アッ、天神さま!と思い、「布多」天神社だったと気づきました。とても立派なお社で、境内にはテープでしょうが、雅楽が流れ、お宮参りのご家族が一組みえていました。先週のことでしたので、桜はまだ見えず、紅白枝変わりの梅が満開でした。御朱印を戴きました。 びっくりしたのは、こちらでは御朱印をそのままくださるのでなく、お祓いをしてから渡してくださるのです。 初めての経験で、ホントに驚きましたが、それ以上に感激しました。 最高の気分で境内のベンチに腰を下ろし、抜けるような青空の下、駅前で買ってきたペットボトルのお茶で一休み。整体を受ける前に、既に心も体も癒されるようなひと時でした。こちらが思ったより駅に近かったので、国領神社にもお参りしてみようかと思いながら境内を出ると、来る時は前ばかり見ていて気付かなかった立派なお寺が参道の左にありました。大正寺さんで、どうやら七福神のうち恵比寿様のようでした。門には柵があって入れないかと思ったら脇に枝折戸があり、お参りの方は云々と張り紙がありましたのでそこから入ってみました。正面のお堂は、豪壮ではありませんが、大変威厳のある雰囲気を漂わせています。境内もそう広くはないのですが、とても落ち着いて気持ちの良い空気が流れるお庭がありました。寺務所のわきにインターフォンがありましたので、御朱印をお願いしてみたら、すごく気軽に出てきてくださったのは、ジャージ姿のとっても大きな男性。ハイハイっていう感じで御朱印帳を受け取って、中に入って行かれたので、お庭を写真を撮るのも忘れてほわ~~んと拝見していましたら、ハイハイという感じで持って出てきてくださったのがこちらの御朱印。七福神巡りはまたいつかと思ってお願いしませんでしたので、今回はご本尊、大日如来様の御朱印です。素晴らしいでしょ?ここで駅に戻って、お茶でも飲んで時間調整して先生のお宅に伺えばよかったのですが、予約時間までかなり余裕があったので、国領神社もと欲張ったのが、どうやら失敗でした。国領神社までは、広いバス道路に沿ってまっすぐ歩けばいいだけだし、距離も大したことはなかっのですが、風が吹き抜ける広い道を歩いているうちに体が冷えてしまったようで、道のわきに神戸屋のレストランがあるのを見たら、さっきベンチに座って休んだばかりなのに一休みしたくなってしまいました。暖かいミルクティーを戴いて、また歩き始めると、5分足らずで国領神社に到着。やっと着いたのになんだか心が弾まないのです。こ地らは藤の花で有名とのことで、左手に藤棚がちらっと見えています。まだ冬の風情で立派な藤も裸の状態で、寒々しいです。鳥居の正面のご本殿にお詣りもしたけれど湧いてくるものが何もありません。ご朱印もいただいたのですが、インターフォンの鳴る音は聞こえているのにお返事がなく出てきてくださるまで時間はかかるし、待つ間、社務所のカウンターに御朱印帳のカバーを外して出してくださいと書いた紙がおいてあってそれが妙に気に障るし。。。わたし、相性が悪いのかしら?なんて思いましたが、どうやら、このあたりが体調の変わり目でもあったようです。体調だけでなく頭の具合も、極めて快調とは言えなくなっていたようで、ここから調布駅に戻るつもりなのは確かでしたが、手前の布田駅から電車に乗るのか、バス停を見つけてバスに乗るのか、調布まで歩くのか、なんだかはっきりしないままとりあえず歩き出していました。途中調布行きのバスに追い抜かれたのに、一生懸命バス停を見つける気にもならず、道脇に七福神らしいお寺を見つけてもお詣りさせていただく気にもなれず、結局だらだらと調布駅まで歩いたのでした。時間には余裕があったので、先生のお宅には遅れずに着き、整体もしっかり受けて、帰りはどうやらそちらの方が近いらしい、いつものJRの駅に出て、間違いなく家に帰り付きましたが、帰宅したとたんにベッドにもぐりこみ、眠ってしまいました。翌朝目が覚めたら、のど痛、頭痛、寒気、くしゃみ、咳、痰、鼻詰まりで、もう大変。一年ぶりの風邪!でした。その日は一日中寝ていて、週明けの月曜日も半休して午後から出社。一日しのげばまた明日は一日寝ていられると、火曜日も大幅遅刻で出社。春分の日は、また一日ベッドの中で、これでだいぶ良くなりました。木、金は夫社長が出張だったので、普通に仕事に出ましたが、帰ってくればすぐに就寝という2日間を過ごし、土曜日はまた日がな一日寝ていて、今日の日曜日は、ようやく朝から起き出してブログアップしています。今日は夜、友人のお母様がなくなってお通夜に行かなくてはならないのです。昨日に引き続いて、暖かい日になったので大分助かります。咳もほとんどでなくなっているので、大丈夫そうです。お出かけまで、暖かくして過ごそうと思います。これからまたしばらく暖かい日が続きそうですが、桜の咲く頃って思うほどは暖かくないので、皆さまもどうぞお風邪などひきませんよう、お気を付けください。
2018.03.25
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ブロ友の和菓子職人さんissei666さんのところで、桜餅のお話でちょっと盛り上がりました。というか、わたしだけ盛り上がった感じですが。というのは、わたし、大人になるまで道明寺粉を使った桜餅があることを知らなかったのです。小麦粉(isseiさんいわく、それに白玉粉とか餅子を加えてモチモチ感を出すそうですが)を薄く焼いた生地で漉し餡をくるっと巻き、その上に塩漬けの桜の葉を巻いた、「長命寺の桜餅」に代表される、あれが子どものわたしにとっては唯一の桜餅でした。道明寺桜餅に出会ったのは多分20歳ごろ。まさに驚天動地の出来事と言ったら大げさですが、どうしてこれが桜餅なの?と思いました。というのは、あの生地を紅色に染めてなくて、椿の葉でくるんだ和菓子を、わたしは椿餅という名で知っていて、それはそれで好きなお菓子だったからです。isseiさんには「mamatamさんの好みは、やはりクレープ状のものですか?」と尋ねられましたが、う~~ん、なんて応えたらいいのか、難しいです。だって、道明寺桜餅も(わたしの中では椿餅だったにせよ)美味しいと思うし、好きか嫌いかといったら好きな味なのです。本当にどちらも美味しいと思います。ただ、道明寺桜餅を桜餅と呼ぶことへの違和感がどうしても消えないだけで。何しろ、「だって、あれ、椿餅だもん。」と、心の中で延々ウン十年呟き続けている、頑固な少女のmamatamがいまだに胸の中に居座っているものですから、どうにもなりません。長命寺の桜餅は、記憶を探ると高校時代の定期テストの最終日につながっていました。その日はいつもより早く学校を出られる日なので、いろんな過ごし方をしたはずなのですが、1.向島百花園へ行った、2.隅田公園を通って浅草まで歩いたという2種類の記憶しか残っていないのです。多分テストが良くできた気がすると百花園、自信がない時は浅草寺で神頼みというパターンだったのでしょう。で、隅田公園といえば長命寺の桜餅です。高校生のわたしは、これが桜餅で、ほかにも桜餅と呼ばれるものがあるなどとはゆめゆめ思っていませんでした。お小遣いも豊富ではなかったあの頃の高校生が、そこを通るたびに桜餅を食べられたかどうか定かではありませんが、この桜餅は、皮が白くて、桜の葉は2枚、その葉が固くて、葉っぱは食べずに残していたという記憶があります。実際はどうだったのか、はっきりしたことはわかりませんが、きっと1度や2度は食べたことがあったのでしょうね。それにしても桜餅ひとつで、ずいぶん遠い昔まで旅ができるものだと、妙に感心してしまった今日のmamatamでした。
2018.03.16
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府中市民の守り神様大國魂神社をお詣りし、安養寺さんにもお寄りして、再び府中駅に戻りましたが、途中ちょっと迷ったりして、駅に着いたのは待ち合わせ時刻の16時ちょうどでした。待ち合わせのKさんとHさんを探しましたが、見つけられずにうろうろして、結局お二人に見つけていただきました。少し遅れてしまいました、久しぶりにお元気なお顔を見られて嬉しさでいっぱいになりました。3人で軽くお食事をしながらたくさんおしゃべりをして、会場に向かうと、府中芸術の森劇場はずいぶんと立派な劇場で、前庭では、薄闇の中、紅白の梅が芳香を漂わせつつ今を盛りと咲き誇っていました。この日の第2部(夜公演)は、超有名なあの作品「曾根崎心中」です。先ず解説から始まりました。義太夫の豊竹咲寿太夫さんと字幕(Mr.G.マーク)の掛け合い。なかなか洒落た演出です。「文楽初めての方?」との問いにかなりの数の挙手があり、ちょっと驚きましたが、興味はあっても国立劇場の定期公演は敷居が高いとで感じる方、以前のわたしもそうでしたから分かりますが、そういう方には、身近な場所で開催され料金も少しお手軽なこういう地方公演は良い入り口になるのでしょう。手を挙げた中の何人かは、次回の定期公演には半蔵門まで足を運ばれるかもしれません。大阪人らしくシャレの利いた咲寿大夫さんの粗筋紹介と解説で、会場の雰囲気もずいぶんほぐれてきたところで開幕です。文楽用の小屋ではないので、太夫さんと三味線さんの座る床は即席で、くるっと回るドンデンではなく黒子さんが幕を上げています。なんだかほほえましいです。でも、お話は心中モノの代名詞ともいえる曾根崎心中ですからほほえましいどころではありません。幕が開くと、そこは生玉神社の境内。正式には生國魂神社ですが、大阪の人たちからは親しみを込めて、「いくたまさん」と呼ばれる神社です。(近松の銅像もあります。)このいくたまさんで、主人公の徳兵衛とお初が偶然顔を合わせます。徳兵衛は吉田玉男さん、お初は吉田和生さんです。お初は遊女、徳兵衛はなじみ客で今は恋仲の二人。でも徳兵衛は、店の主人でもある伯父に目をかけられ有難迷惑にも姪との結婚をおぜん立てされていました。徳兵衛がその話を断ると、義理の母に渡した結納金を全額返して大阪から出て行けと言われてしまいます。一度握ったお金は絶対離さないという義理の母(いますよね、こういうヒト!)から何とかお金をもぎ取って大阪に戻った徳兵衛からその話を聞いたお初はいいます。「大阪から締め出されたって、わたしがなんとかするし、どうしても会えないようになったら死んじゃえばいいんだから、まずおじさんにお金かえしちゃいなさいよ。」楚々とした風情の19歳の遊女は、実は何ともたくましい浪速女なのでした。でも、伯父でもある店の主人に逆らい、持参金付きのお嬢様との結婚話を断って、遊女である自分と添い遂げようとしてくれている徳兵衛の思いに応えたいという、それはお初の心意気でもあるのかもしれません。そんないい女お初に引きかえ、徳兵衛(25歳)のおバカさ加減は、どうしたことでしょう。なんと徳兵衛、その大事なお金を親友(と思っていた)九兵衛に貸してしまっていたのです。数日後には必ず返すと約束した九兵衛は、ありがちなことに姿をくらまし、返してもらおうにも会うことすらできないと言っていると、なんとも都合よく九兵衛がそこを通りかかります。町の衆を引き連れてほろ酔い機嫌の九兵衛に借金返済を求めますが、金など借りてないととぼけられ、それならと徳兵衛が証文を見せると、九兵衛は、その証文に捺してある判はその日付の前日に紛失したものだから、これは徳兵衛が詐欺を働こうとでっち上げた偽証文だと言います。九兵衛を親友だと思い、すっかり信用していた徳兵衛はようやく騙された、諮られたと悟り、九兵衛に殴り掛かりますが、逆にコテンパンにやられ、こうまで巧妙に仕組まれては身の証も立てられないからもう死ぬしかないと、涙ながらに去っていきます。ここで一度幕が下り、床も交代。次の天満屋の段は、義太夫がわたしの好きな竹本千歳太夫さん、三味線は名コンビでダンディな豊澤富助さんで、mamatamさんテンション上がりっぱなし。これは、今回の公演のパンフレットの表紙なのですが、左側の大きな写真は、まさにこの段。とっても有名な場面です。天満屋に連れ戻されたお初は沈み込んでいますが、朋輩の遊女たちは徳兵衛の悪いうわさで持ちきり。その時店の外にやってきた徳兵衛に気づいたお初が外の様子を見るふりをして出ていくと、身の潔白を証すことは無理だから、死んで九兵衛に思い知らせると徳兵衛が告げ、そんな徳兵衛をお初は裲襠の裾で隠して店の中に入らせ、縁の下に入れて、自分はその上に腰かけ裾で徳兵衛のいる縁の下を隠します。それが上の写真です。そこへ九兵衛が現れ、お初や朋輩の遊女に徳兵衛の悪口を言いまくります。縁の下でそれを聞いていきり立つ徳兵衛を足先で押し鎮め、「あんたも友達だったらそんな憎まれ口きくもんじゃないわ。あの人のことは良く知ってるけど、そんな悪い人じゃない。優しすぎるから騙されたんでしょ。でも、証拠がないんだから仕方がない、もう死ぬしかないけど、覚悟が聞きたいわ。」と独り言みたいに言うお初に、徳兵衛はその足首を取って喉笛を撫で自害するつもりだと伝えます。ここでちょっと豆知識。文楽では、女性のお人形には、一般的に足がありません足は、足担当の人形遣いさん(足遣いさん)が、着物の内側にこぶしを当て、それでひざを表現することで表し、この上の写真みたいに足先が見えることは基本的にはありません。なので、この段のこの場面、本当に特別で珍しい場面といえます。お話に戻りますね。それを聞いた九兵衛が「徳兵衛が死んだりするはずがない。もし死んだらオレがかわいがってやるよ。」と言うのへ、「あら、ありがとう、この毛虫野郎。わたしを可愛がるならあんたも殺すわよ。徳様なしでも生きていられると思われてるなんて心外。情けないわ。わたしも一緒に死ぬわよ。」と、お初は啖呵を切ります。あ、この辺は浪花弁じゃないと多分雰囲気出ないのでしょうが、mamatamには浪花弁は使えないので、ご容赦を。なおも憎まれ口をききながらも這う這うの体で逃げ出す九兵衛、楼主も朋輩も、間が悪そうに早仕舞いと床に就くのを待ちかねて、二人はやっとの思いで店の外へ出てきます。死への道行きの始まりです。ここでまた幕が下り、床が回り(って回らないけど)、いよいよ天神森の段。今度はお初を先日襲名披露を終えた竹本織太夫さんが語り、徳兵衛は豊竹睦太夫さんが語ります。この段では、徳兵衛は先ほどまでの情けない色男ではなく、何となく男らしいカッコよさを漂わせていて、睦太夫さんの低くて太い声がぴったりです。もう一人、先ほど解説をされた超イケメン豊竹咲寿太夫さんも並んでいます。三味線も3人です。そして、太棹三味線が響くと、のっけからあの有名な語り、「この世の名残り、夜も名残り。死にに行く身をたとふればあだしが原の道の霜。一足づつに消えていく夢の夢こそあはれなれ。あれ数ふれば暁の、七つの時が六つ鳴りて、残る一つが今生の、鐘の響きの聞き納め。寂滅為楽と響くなり。」ここ、もうね、しびれました。この後は、人魂におびえたり、今年は二人とも19と25の厄年で祟りまで一緒だなんて、縁の深さの証拠かしらと甘えたり、自分の死後に噂を聞くであろう両親を思いやって泣いたりと、19歳の若い娘らしい様子ものぞかせるお初を和生さんがしおらしく控えめに、一方、死ぬと決めたらなんだか急に凛として男らしくなった徳兵衛を玉男さんが持ち前のカッコよさで決められて、それはそれはため息の出るような美しさでした。文楽の記事の最後は、いつも書いてしまいますが、「なんでそうなるかなあ」と頭の中はこのセリフでいっぱいなのに、お人形の美しさや表現の巧みさに感動し、太夫さんの語り口と声のすばらしさに胸がいっぱいになり、音に触れそうな気がするほどの三味線の迫力を満喫して、疑問符はすべて不問に付した上、満足感でいっぱいの心で会場を後にするmamatamなのでした。
2018.03.14
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相変わらずバタバタと慌ただしく過ごしているmamatamです。すっかり読み逃げが常態化していて、誠に申し訳ありません。このところ、仕事以外でPCを開くのは2日に一回開くかどうか、「読み逃げですみません」なんてあっさりお詫びしてますが、2-3日分まとめてのそれなのですから、我ながら実にたちが悪いです。そんな週末は、大好きなごろ寝がいつにもまして怪しくじゃなくて妖しく美しくわたしを誘惑するのですが、昨日の土曜日はよりによって朝から夜遅くまで予定がいっぱいの大忙し、残念ながら誘惑に乗ってる暇なし!実にまったく、誠にもって楽しい一日でした。最初の予定は、別に楽しくはない、病院での診察。先週の土曜日、例の仁和寺店展に行った前の日ですね、採血に行き、血液検査をしておいてもらったその結果を診て、お薬を出して戴くのです。30分前には来院していてくださいねという診察予約は9時半。どうせ、診察開始は9時半過ぎで、開院前から並んで順番札を取っている患者さんが数人前に入るのだからと高をくくって、10分ほど前の9時20分に病院に到着。案の定30分以上待って(待たされて)、問診だけですから診察時間は5分もかからず。幸い、今回も、結果は上々(体重以外は)、医師のコメントも「このままキープで(体重以外は)お願いします。」でしたし、お薬も前回と同じ3か月分出していただけました。会計で呼ばれるまでまた十数分待たされ、処方箋薬局でさらに30分。ようやくお薬を受け取ることができたのは、もう11時半過ぎ。急いで、週末も工場No.2で作業している夫社長と二人分のお弁当を買います。今日は、二人とも体力を使うので(って、わたしは遊びですが)、奮発しててんやの春一番天丼。バスだと乗車時間だけで20分以上かかるので、冷めないうちにとタクシーも奮発!っていうのは口実。待たされすぎてそろそろわたしの予定時間が危なくなっていたのです。12時5分過ぎに家に戻り、お昼を食べて1時過ぎにまた出発。行く先は府中です。東京近辺の人以外にはあまりなじみのない地名でしょうが、東京競馬場のある所といえばあ~~とうなずく方もいらっしゃるでしょうか。松任谷由実さんの「中央フリーウェイ」の、あの「右に見える競馬場」です。mamatamの住む東京の東の端の町からだと、対角線のような位置にある町なのですが、そもそもYouはどうして府中に?というと、これが、文楽のためでした。はい、そこ、笑わないように。この日に見に行きますよってお知らせくださった方がいらしたので、便乗させてくださいとお願いして連れて行って戴けることになったのです。ごろ寝なんかできなくたったへっちゃらなのは当然の、めちゃくちゃハッピーな、この日のmamatamなのでした。そんなこんなで、朝は病院、夜は文楽で、忙しいわ~~なんて思っていたmamatam、前日にふと思い出したのです。そういえばブロ友のまる2005さんが、以前ブログで紹介されていたステキな神社、あれ、府中じゃなかったっけ?で、問いあわせてみたら、アタリ!!大國魂神社さんでした。ということで、上機嫌どころか、もう、スキップしかねない勢いで、御朱印帳をしっかりバッグに入れて府中に向けて出発したのでした。新宿で京王線に乗り換えて何と1時間20分くらいかかります。あ、でも前の住まいと違って、どこに行くにも1時間弱かかる今の住まい、驚く様な時間じゃありませんでした。で、府中駅です。14時30分。文楽は府中の森芸術劇場で開催。待ち合わせはこの駅で16時ですから、あと1時間半あります。この間から何度かだまされているナビウォークを、今回も懲りずに頼って歩き始めます。何かのイベントでもしているように賑やかな広い歩道を歩くと、迷う暇もなく着いちゃいました。まるさんいわく、特に立派というわけではないけれど、府中市民に愛されている神社ですと。何をおっしゃいますやら、この時点で、既に特に立派。少し行くと、2の鳥居があり、その先には山門があって、その山門の内側にうかがえるのは、さらに立派な門で、その門の前でにらみを利かす狛犬さん。御手水場もとてもいい感じ。鐘楼?神楽殿?など由緒ありげな建物が並び、これがご本殿です。いよいよ御朱印を戴きにと思ったら、こんな行列が登場。結婚式でした。さていよいよ御朱印所、行ってまいりました。これで目的は果たしたわけですが、まだ少し時間があったので、もう一軒お寺をお詣りしてみることにしました。大國魂神社の裏手にある、天台宗のお寺安養寺さんです。とはいえ、大分長くなってしまったので、駆け足で。まずは山門、そして、観音堂。観音堂に掲げられた額。多摩川三十三札所のひとつなんですね。うっかりご本堂を撮り忘れ。。。こちらが御朱印です。大悲殿と書かれているようです。こちらのお寺は、なんと例の競馬場の真ん前でした。大きく見えてはいたのですが、御朱印を戴いて裏側に出ると、道を隔てた向かいが競馬場でした。約束の時間まで20分ほどになっていましたので、ここから歩いて府中駅に戻りました。
2018.03.11
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ブロ友のまる2003さんが、昨日お雛様を飾ったそうで、昨日はお日柄がとてもよかったのだそうです。偶然ですが、mamatam家のお雛さまも、昨日ようやく箱からお出ましになりました。こちらは、お日柄とかなんとか熟慮の結果ではなく、ただ単に時間がなくて延ばし延ばしにしていただけで、好い加減に出さないと一夜飾りになっちゃうと焦っただけのことでした。mamatam家のお雛様これだけなんです。箱の大きさ、約15×20×6cm、重さは測ってないけど。箱をしまい場所から出すのに30分、箱を開けて上に載せお写真撮りましょ!に2分、ここに飾ろうと決めておいた場所にポイと置くのに3分(向きを微調整したりして、一応矯めつ眇めつ眺めたため)、緩衝材を箱に戻して箱を片付けるのに5分。mamatam家のお雛様飾りは、所要時間わずかに40分の作業でした。mamatamが子どものころに飾ってもらっていたのはお内裏様だけの古風な雛飾りでしたが、それでも母は押入から引っ張り出して飾り付け、箱をしまうまで、結構大汗を書いていましたけど。そのお雛様は、引越しの多かったmamatam実家、いつの間にやらお姫様のお鼻の先が欠けたり、お着物が色あせたりして、大人になるころには飾れなくなっていましたので、この可愛いお飾りは20年ほど前にわたし自身が購入したものです。ところで、前から思っていたのですが、お内裏様とお雛様という、あの有名な童謡の歌詞はちょっと変ですよね。お内裏様というのは、もともとお殿様とお姫様お二人1セットでの呼び名じゃないのでしょうか。お雛様というのも、お姫様の事ではなく、雛人形の丁寧な言い方だと思うのです。だから、お内裏様とお雛様を並べたらすごい団体になるので、続く歌詞は「ふたり」じゃなくて、「みんな」じゃないとおかしいんじゃないかしらと、あの曲を聴くたびに思います。あーあ、せっかく雅なお雛様のお話をするところだったのに、いつもの理屈っぽいmamatamが出てきてしまいましたね。まさに蛇足でありました。
2018.03.02
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行ってきました。と書いて以来ナシのつぶてで、どうなってるの?と思われていたことでしょう。実は、行ってきましたの翌日から、くしゃみと寒気、頭痛、眠気でブログどころではなかったのです。展覧会に出かけた日は曇って寒い日で、めったに人ごみに出ないmamatamなので、博物館で風邪をもらってしまったのかもしれません。昨日まで月末で仕事も休めず、おかげで、せっかくきれいにした家の中はまたまた手抜きでわずか3日にして元の木阿弥ですが、家でしっかりおサボりしたのが功を奏して風邪はおおよそ治り、月末も何とか乗り切りました。その、展覧会ですが、もう本当に良かったの一言。話題の葛井寺の千手観音様(ポスターの右側の仏様)は、360度周りをまわりながら拝観することができて、大変感動しました。細かい細工はもちろんですが、何よりお顔が素晴らしくて、感涙って大げさな表現ではなく、実際にあるんだとわかりました。実物の持つ力ってすごいものだと思います。今回は、自分の仏教の知識の乏しさを自覚していたので、イヤホンガイドを借りたのですが、その声を、阿部寛さんとをもう一人若い俳優さんが担当していたのです。公開されている映画「空海」とのコラボ企画らしいのですが、もう一人女性の、ちょっと吉永小百合さんに似た声の声優さんのナレーションも良かったですが、俳優さんお二人のナレーションもとても良かったです。イヤホンガイドといえば、展示物の直接の説明ではなく、「関連して。。。」という感じで門跡さんのお話が3題ほど入るのですが、これがまた良くて、もしおいでになったら是非イヤホンガイド借りてくださいね。500円ほどでした。展示の最後の方にあった観音堂の展示は、仁和寺の観音堂をこの東京博物館の中に再現していて、観音様と脇仏さんたちだけでなく背後の壁画や回廊の絵まで再現されていて、室内には読経の声が流れ、圧倒されました。ここだけ写真撮影可ということで、かなりの熱気。わたしも撮りまくってしまいましたよ。そのほかにも見どころはもう満載で、中でも何が良かったかというのは、興味のポイントによって全く人それぞれだろうと思います。多分何が目的でいらしてもがっかりされることはないでしょう。先日の日記に書いた投資部長さんからは、この展覧会だけの特別な御朱印が4種類あるので、ぜひコンプリートしていらっしゃいと唆されお奨めされていて、わたしの大きな目的の一つはそれをゲットすることでした。残念ながら書置きで、1枚700円というスペシャルプライス!!!一枚一枚がこんな立派な和紙のホルダーに収まっています。こんなのいらないしなあ。。。って、正直、ぼっ〇く〇じゃないですかといいたい気持ちでしたが、御朱印自体は、素晴らしいものでした。ね、素晴らしいでしょ?御朱印を販売していたミュージアムショップはすごい行列で、わたしは並ばずに買えるものをいくつか記念に購入しただけで、展示をもう一度見たいという誘惑に逆らいながら1階出口に向かって階段を下りました。帰る前に一休みと思ってロビーに入ると、何やら行列。その先にはテーブルに向かうお坊さんがお二人。どうやら書置きの御朱印に日付を入れてくださるようす。1日に2回、それぞれ1時間ずつそういう時間が設定されているようです。なんてラッキーなんでしょう。一休みしようと思わなければ知らずに素通りしてしまうところでした。壁際に展示されていたお花たち、を眺めたりしながら、めったにしないのですが行列に並びました。ちなみに、御室流というのは、仁和寺を創建した宇多天皇を開祖とする生け花の流派で、代々仁和寺の門跡さんが家元を務められているそうです。優しそうな字で日付を入れていただき、冷たいお茶で一服して会場を後にしました。
2018.03.01
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